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平成17ワ19162特許権侵害差止請求事件 判例 特許
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事件 昭和 45年 (ワ) 5034号
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裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1974/07/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一、被告は別紙目録記載の方法を用いて塩酸メクロフエノキセート及びその製剤品を製造してはならない。
二、被告は前項の塩酸メクロフエノキセート及びその製剤品を譲渡し、譲渡のために展示の行為をしてはならない。
三、被告はその占有にかかる第一項の物件及びその製剤品を廃棄しなければならない。
四、訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
原告等訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は、「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。
請求の原因
一 当事者 原告ラジヤンス・ナシヨナル・ド・バロリザシオン・ド・ラ・ルシエルシユ(以下ANVARという)は、フランス国の法律に基づいて設立された公法人であつて、フランス国の公的機関、特に大学及びサントル・ナシヨナル・ド・ラ・ルシエルシユ・シアンテイフイク(以下CNRSという)の附属研究所により行われた科学的及び技術的研究成果の体現のため協力すること等を主たる任務とするものであり、
原告大日本製薬株式会社(以下単に大日本製薬という)は、医薬品及び医療用外薬品、工業薬品、食品添加物の製造販売等を業とするものであり、
被告は、医薬品の製造販売等を業とするものである。
二 原告等の特許権 左記特許(本件特許という)は、訴外CNRSが一九五九年四月一五日並びに同年一二月三〇日の両フランス特許の出願に基づき優先権主張をして日本に特許出願をなし特許を得たものである。原告大日本製薬は本件特許につき、昭和四四年八月二五日、期間を特許権存続期間中、内容及び地域を全部とする専用実施権設定登録を受け、原告ANVARは一九七〇年八月二六日CNRSから本件特許権の譲渡を受け、その旨の登録を得た。
特許登録番号 第四一三一九〇号登録日 昭和三八年一〇月三一日発明の名称 新規塩基性エステル類及びその附加塩の製造方法出願日 昭和三五年四月一五日公告日 昭和三八年六月五日公告番号 昭和三八年第八一〇五号 特許請求の範囲の記載「無水有機媒質中で、一般式RCOOH(但し、Rはハロ又はジハロフエノキシメチル、アルキルーハロフエノキシメチル、α―又はβ―ナフチルメチル、α―又はβ―ナフトキシメチル又はβ―インドリルメチル基を示す)で現わされる酸のハロゲン化物一モルを適当なアミノアルコール又はアミノチオール一又は二モルと反応させるか又は遊離酸を前記アミノアルコール又はアミノチオールに相当するハロゲン化アミンと反応させ、最後にこの反応生成物を所望の酸類又はハロアルキルと反応させることを特徴とし、
一般式<11847-001>(但し、Rは上記と同様の基、Xは酸素又は硫黄原子、Aは側鎖又は直鎖を有する二価の炭化水素基、R及びRは水素原子又はそれぞれが同一か又は異なる不飽和又は飽和の脂肪族、芳香族又は複素環の一価残基又は同時にヘテロ原子又はヘテロ原子をもつていない二価残基又は一価残基若くは水素原子及びA基と環状鎖を形成する二価残基を示す)により現わされる新規塩基性エステル類及び該エステルと酸類又は第四級無毒ハロゲン化アルキル化剤との附加塩の製造方法」。
三 本件特許発明の目的物の薬効 本発明方法による新規塩基性エステル類は、動物組織の中枢神経系に及ぼす刺戟作用を有する点において治療的価値がある。
後記P―クロルフエノキン酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル(ジメチルアミノエチル―パラ―クロロフエノキシアセテートともいう)と称する物質は本件特許発明の目的物の代表的化合物であつて、W・H・O(世界保健機構)に「メクロフエノキセート」なる一般名で登録されている。この物質の塩基塩、即ち塩酸メクロフエノキセートは、CNRSの技術者たちが多年の研究と実験の結果、意識障害治療剤乃至脳代謝改善剤として創製した新規化合物であつて、フランス国・ラボラトワール・アンフアー社の技術者たちの協力を得て、右化合物が中枢神経刺戟作用、意識障害(昏睡)の回復作用、視床下部ー脳下垂体分泌刺戟作用の薬効を有することにより、臨床上、頭部外傷、脳術後、脳卒中等の意識障害の回復、麻酔状態の覚醒遅延の回復、アルコール中毒、モルヒネ中毒、その他各種薬物による慢性中毒における精神障害、老人性精神病、精神病、精神薄弱や破瓜病等各種の精神病の治療に用いられ、また月経困難症及び閉経期に起こる各種の障害、糖尿病、るい痩症、甲状線機能障害等の内分泌異常による疾患にも優れた治療効果があることを見出したものである。
本件特許発明の目的物には種々の化合物を含んでいるが、本件特許発明は、塩酸メクロフエノキセートの製造を中心とするものであり、そのことは、本件特許明細書中に、特に塩酸メクロフエノキセートについて、つぎのとおり詳細な説明がなされていることに徴して明らかである。即ち、「本発明方法で造つた新規化合物は中枢神経系に刺戟作用を及ぼす事を確めた。
特にパラクロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステルは精神の刺戟作用に富み、且神経強壮性の疲労防止効果が顕著である。この事は上述の塩酸塩を用い、多くの研究室及び臨床試験により証明した。(中略) 魚に就いては痙攣試験、ハツカネズミに就いては自然的刺戟、即ちメトラゾールにより冒された刺戟限界を低下させる試験、ウサギに就いてはアドレナリンの中枢作用の潜勢力及びハツカネズミに就いては強制水泳試験により抗疲労作用試験を行なつて中枢神経刺戟作用を研究した。
斯る臨床試験に於いてはバラクロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル塩酸塩一〇〇mgを含有する薬包を内投薬として一日一〜四服投薬した。
比較試験の結果精神刺戟剤として既知のβ―ジメチルアミノエチル―パラ―アセトアミドベンゾエート及びエフエドリンに対する効力及び持続力が著しく優れていた。
この精神刺戟剤に関して、パラクロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチル塩酸塩はそれ自身一層効能を顕わすばかりでなく、高血圧、心悸亢進等を高める如きエフェドリンに対する副作用がない事を確めた。
嗜眠病の場合、β―ジメチルアミノエタノールはそれ自身全く無能で、エフエドリンを多量投薬した場合にのみ効果を現わすが、この場合には好ましくない心臓疾患を伴う。
しかし本発明方法により造ったパラクロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル塩酸塩を一日に三服投薬すれば患者は嗜眠病を治癒する効果を有する。
又本化合物五〜一〇%と所望に応じ緩衝剤又は苦痛緩和剤を添加した水溶液は、
特に静脈又は筋肉注射用とする事が出来る。
本化合物をもって行なった臨床試験は神経精神病、神経病及び外傷又は一般医学に有益なる治療結果が得られた。云々」四 メクロフエノキセート P―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル、即ち「メクロフエノキセート」の構造式は左のとおりである。
<11847-002> 右化合物は、本件特許発明の目的物を示す 一般式<11847-001>において、Rとしてハロフエノキシメチル基の中のパラクロルフエノキシメチル基<11847-003>を選び、Xとして酸素を選び、Aとして直鎖の二価の飽和炭化水素基中のエチレン基(-CH2CH2-)を選び、R′及びR″として飽和の脂肪族の一価残基(-CnH2n+-)中のメチル基(-CH3)を選んだものである。
この物質の塩酸塩の製法の一例が本件特許明細書の実施例8に示されている。
五 被告の行為 被告は昭和四五年四月一〇日から塩酸メクロフエノキセートを製造し、これを錠剤及び注射剤として製剤のうえ、これに「プロセリール」なる商品名を付し、意識障害治療剤、脳代謝改善剤として販売譲渡し、及び譲渡のための展示等の行為をしている。
被告の製造している塩酸メクロフエノキセートの製法(以下被告方法という。)は、別紙目録記載のとおりである。
六 本件特許発明の技術思想(一) 本件特許発明の課題と解決 本件特許発明の解決した課題は、意識障害治療剤、脳代謝改善剤の分野において、従来知られていなかつた優れた奏効作用をもつアミノアルコールの新規なエステル類の合成である。本件特許発明は、植物生長調整作用を有するカルボン酸と中枢神経刺戟作用をもつアミノアルコールとを組み合わせるという着想に基づき、それらの原料化合物のいずれとも異なる新たな薬理作用をもつ化合物を見い出し、優れた医薬品を創製したのである。
(二) アミノアルコールのエステル類の一般生成形式 アミノアルコールのエステル類は、次の一般式で表わすことができ、本件特許の優先日当時公知の大別は、左式(A)(B)(C)符号を附した部分に関する。
<11847-004> 右一般式において、(A)の部分で結合せしめて目的物を得る方法がエステル化法で、そのうち(a)の部分で結合するのがO―アシル化法、(b)の部分で結合するのがO―アルキル化法である。そして、(B)の部分で結合せしめて目的物を得る方法がアミノ基置換法、(C)の部分で変換せしめて目的物を得る方法が酸残基変換法である。
右O―アシル化の生成形式は、アルコール成分のアルコキシ基(―OR′)に酸成分のもつアシル基(RCO―)が結合してエステルが生じる場合である。この場合に生成するエステル(RCOOR′)の酸素原子の一個はカルボン酸に由来し、
他の一個はアルコールに由来する。
O―アルキル化の生成形式は、カルボン酸の水酸基の酸素原子に、アルコール(R′OH)のアルキル基(R′-)が結合してエステルが生じる場合である。得られるエステル(RCOOR′)の二個の酸素原子は共にカルボン酸に由来している。
O―アシル化の生成形式に属するものに、酸クロライド法、カルボン酸法(酸無水物法、エステル交換法等があり、O―アルキル化の生成形式に属するものに、ハロゲン化アルキルアミン法、アリルスルホン酸エステル法等がある。
(三) 本件特許方法の実施形式 本件特許の特許請求の範囲に記載の方法(以下本件特許方法という。)の実施形式は、これを被告が製造している目的物たる塩酸メクロフエノキセート(パラクロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル塩酸塩)の製造に即して説明すると、つぎの三つの態様に分たれる。
(1) a1法 右は、原料として、P―クロルフエノキシ酢酸のクロライドとβ―ジメチルアミノエタノールをそれぞれ一対一のモル比で用い、両者を溶媒中で反応させ、塩酸メクロフエノキセートを得る方法である。
なお、P―クロルフエノキシ酢酸のクロライドは、P―クロルフエノキシ酢酸に、塩化チオニル、三塩化燐等のクロル化剤を反応させることにより容易に得られる。
右方法により副生する塩化水素はメクロフエノキセートに結合するので、a1法では一挙に塩酸メクロフエノキセートが得られる。
(2) a2法 右は、原料としてP―クロルフエノキシ酢酸のクロライドとβ―ジメチルアミノエタノールを、それぞれ一対二モルの割合で用い、両者を溶媒中で反応させ、メクロフエノキセートの遊離塩基を生成せしめ、これに塩化水素を反応させて、塩酸メクロフエノキセートを得る方法である。
この方法では、β―ジメチルアミノエタノール二モルのうち一モルは副生塩化水素の固定剤となる。
(3) b法 右は、原料として、P―クロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエチルクロライドを用い、両者を溶媒中で反応させて塩酸メクロフエノキセートを得る方法である。
なお、溶媒について、本件特許の特許請求の範囲に、「無水有機媒質中で」と記載されている。これは、もし反応中に水が存在すると得られる目的物質が水により分解するだけではなく、P―クロルフエノキシ酢酸のクロライドの一部が加水分解し、それぞれ水と反応した量だけ収量を低下させるので、使用される有機溶媒は実質上水を含まないことを必要とすることを言い表わしたものであり、物理的に厳密な意味の完全な無水であることを要するという意味ではない。したがつて、ベンゼン、トルエン、キシレン等の如く水と相溶性の乏しい溶媒の場合には特に無水操作を施す必要はない。特許明細書に記載された実施例中に、特に無水操作を施したベンゼンを用いているのは、単に実施の一態様を示したに過ぎない。
(四) 本件特許の特許請求の範囲に、a1法、a2法及びb法が記載されている意味。
a1法、a2法はいずれも酸クロライド法であるが、その生成形式はO―アシル化に属し、b法はハロゲン化アルキルアミン法であつて、その生成形式はO―アルキル化に属する。
ところで、アミノアルコールのエステルの製造技術の分野においては、酸クロライド法とハロゲン化アルキルアミン法が実用的には最も多く用いられており、また、化学方法として純粋に技術的にみても、他のエステル化の諸法に比べて操作が簡単で、かつ効果が的確であり、最も一般的で主要な方法たる性格を具えている。
すなわち、製造技術の実際面からいつて、酸クロライド法はO―アシル化法による各種エステル化法を代表する方法であり、ハロゲン化アルキルアミン法はO―アルキル化法の各種エステル化法を代表する方法である。従つて、本件特許の請求範囲に、右三つの実施態様が記載されているのは、本件特許方法がO―アシル化とO―アルキル化の双方に亘ることを意味するのであつて、決して他のエステルの諸法を意識的に排除することを意味するものではない。
七 被告方法と本件特許方法との比較 被告方法によつて得られるメクロフエノキセートは本件特許の特許請求の範囲に記載せられた目的物を示す一般式に含まれ、塩酸メクロフエノキセートもまた「その酸附加塩」として本件特許方法の目的に属する。
被告方法では、P―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステルを得るにあたり、その成分としてP―クロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエタノールを用い、エステル化反応により目的物を得、これを塩酸塩化して塩酸塩を得ているのであつて、酸に由来する原料、アルコールに由来する原料の各選択、
手段としてエステル化と塩酸塩化という反応の選択において本件特許方法と全く共通している。
また、a1法、a2法と被告方法は、共にβ―ジメチルアミノエタノールを、それぞれP―クロルフエノキシ酢酸クロライドまたはP―クロルフエノキシ酢酸を用いてP―クロルフエノキシアセチル化する反応であるから、いずれもO―アシル化法であつて、その反応は不飽和炭素(カルボニル炭素)上の求核置換反応に属する。この際、求核試薬はβ―ジメチルアミノエタノールであり、P―クロルフエノキシ酢酸クロライドとP―クロルフエノキシ酢酸は共に基質としての役割を果たす。このように、本件特許方法のa1法、a2法と被告方法はその置換反応がカルボニル炭素(アシル基)上で生起する求核置換反応であり、いずれも酸成分が基質としての役割を果たしているという反応原理で共通している。
もつとも、本件特許方法のa1法、a2法では適当な溶媒中で緩和な温度条件下で原料を単に混合するだけで短時間に目的物が好収率で得られるのに対し、被告方法では一三五〜一四五度Cという高温反応を長時間実施しなければならない。本件特許方法はその操作方法が脱ハロゲン化水素反応であるが、被告方法の操作方法は脱水反応である。しかし、この相違点は、β―ジメチルアミノエタノールとエステル化反応をさせる原料が本件特許方法のa1法、a2法ではRCOOHのハロゲン化物であるのに対し、被告方法では遊離酸であることに基づくエステル化反応の要因である反応の促進と反応の完結に対する対応能力の優劣によるのであつて、その差異はエステルの製造を目的とした反応の原理ないし反応機構の上からみると常識的帰結である。
すなわち、反応の促進という要因については、P―クロルフエノキシ酢酸クロライドは、カルボニル基の隣接基(脱離基)たるクロル原子の強い電子吸引性のために、カルボニル炭素の電子不足度が高くなり、求核試薬たるβ―ジメチルアミノエタノールの攻撃を受け易い。これに対してP―クロルヘエノキシ酢酸は、カルボニル炭素の隣接基(脱離基)が電子吸引性の弱い水酸基であるために、カルボニル炭素の電子不足度はそれ程でもなく、β―ジメルアミノエタノールとの反応性が劣る。
次に、反応の完結という要因についても、P―クロルフエノキシ酢酸クロライドの方がP―クロルフエノキシ酢酸よりも対応能力が優れている。その理由は、両者のカルボニル基の隣接基(脱離基)が一方はクロル原子であり、他方は水酸基であつて両者は相違しているから、当然の結果として、エステル化反応の副生物が、それぞれ塩化水素と水となり、塩化水素は生成エステルを分解し難いのに対し、水はそれを分解し易いからである。
なお、被告方法の反応はいわゆる平衡反応であるが、副生物たる水を連続的に系外に除くという操作を用いるエステル製法の立場から言えば、被告方法は、実質上不可逆反応とみなすことができ、この点もカルボン酸クロライド法と共通しているといえよう。
要するに、本件特許方法のa1法、a2法と被告方法と比較するとき、各操作上生じる副生物の差異は製法の同一性を否定する理由とはなり得ないものである。
八 本件特許の優先権主張日当時の技術水準 本件特許の優先日当時、アミノアルコールのエステル類の製法につき、エステル化法、アミノ基置換法、酸残基変換法等が用いられていたが、エステル化法には、
酸クロライド法、酸無水物法、カルボン酸法、エステル交換法、ハロゲン化アルキルアミン法、アリルスルフオン酸エステル法等が知られていた。
そして、原料化合物によつては、例えばその構造の立体障害のために、反応の進行が困難であるとか、あるいは、反応温度を高めると原料自体が分解してしまうとかの理由で、目的とするエステルの生成が困難な場合もあるが、本件特許の優先日当時既に、それぞれの方法の実施に必要な反応条件の具体的なパターンやその適用妥当な範囲が明らかにされていた。したがつて、右の諸点を考慮するならば、各種エステル化法は、共にO―アシル化という同一の生成形式の反応であつて共通の手段であり、相互代替性があるものと考えられていた。
アミノアルコールのエステルの製造に際し、カルボン酸をハロゲン化物として反応に供せしめるのは、その原料を活性化せしめるためであるから、そのハロゲン化工程を経ず、カルボン酸をそのまま反応せしめるときは、原料の活性化に代え、つぎの手段を用いる必要があること、すなわち、反応を促進せしめ、また完結させるため、加熱し、または加熱の温度を上昇せしめること、反応に際して副生する水を除去する等の操作が必要であること、更に共沸脱水の技術についても、水より軽い溶媒を使用する場合並びに水より重い溶媒を使用する場合の共沸脱水装置が既に知られていた。
溶媒についても、反応をより高温加熱下に行なわせるためには、例えばベンゼン、トルエン、無水アセトン、無水エーテルの如き沸点の低い溶媒を避け、キシレン(沸点一三五度Cないし一四五度C)の如き沸点の高いものを選ぶことは当業者が容易且つ当然に想到することである。
九 被告方法は、本件特許のa1法、a2法と特許法的に均等である。
a1法、a2法は共に、P―クロルフエノキシ酢酸のハロゲン化物を用いるのに対して、被告方法ではP―クロルフエノキシ酢酸をそのハロゲン化物に代え用いるものであるが、右二つの原料はいずれもβ―ジメチルアミノエタノールと反応してメクロフエノキセートの目的物を生成せしめるとの作用効果において同一であり、
その反応はいずれもO―アシル化の生成形式に属し、反応機構も同一である。
本件特許の優先日の技術水準のもとに、当業者が本件特許の明細書による開示を受けると、被告方法はその実施条件をも含め推考容易な技術である。即ち、P―クロルフエノキシ酢酸のハロゲン化物に代え、P―クロルフエノキシ酢酸(融点一五五〜一五六度C〔一五七〜八度C〕を使用し、水に難溶な不活性溶媒、例えばキシレン(沸点一三五度Cないし一四五度C)中で、β―ジメチルアミノエタノール(沸点一三五度C)と混合し反応させても、両原料は共にその反応を阻害するような因子(例えば立体障害等)を構造中に含まないから、これを加熱してキシレンを沸騰させ、その際副生する水と溶媒、ほかに小量の未反応のβ―ジメチルアミノエタノールとの共沸混合物を連続的に反応系外に除去することのできる共沸脱水装置を附置して反応させれば、たとえキシレンの沸点温度で長時間加熱しても両原料化合物が分解して進行を妨げると言つた障害は起らず、右の脱水装置により水を溶媒と分離して系外に除き、溶媒のみ再び反応容器に戻し、目的とするメクロフエノキセートの遊離塩基が得られるということは、当業者にとつて容易に推考し得ることであり、この遊離塩基を塩酸塩化することは本件特許明細書の記載に従つて容易に行ない得るところである。
そうすると、被告方法が脱水反応であり、本件特許のa1、a2法が脱ハロゲン化水素反応であるとの差異は技術上なんらの価値のあるものではない。
被告方法がエステル化法の方法であつて、本件特許の特許請求の範囲に記載の方法と技術的に均等である以上、当然両者は特許法的にも均等方法である。
一〇 そうだとすれば、被告の前記「プロセリール」の製造販売展示行為は、原告等の本件特許権及び専用実施権侵害に構成する。
よつて、被告による右侵害差止めを求めるため本訴に及んだ。
一一 なお、本件特許の特許請求の範囲に記載の原料及び目的物についての一般式の記載が広きに過ぎ、被告のいう公知化合物をも含み得る記載であつたので、原告は、昭和四六年四月三〇日付をもつて本件特許の訂正審判を特許庁に請求した。その内容は特許請求の範囲をつぎのごとく減縮すると共に、それに伴い詳細な説明の項のこれに対応する箇所を同様に訂正しようとするものである。
「無水有機媒質中で、一般式RCOOH(但し、Rはクロルフエノキシメチル又はアルキルクロルフエノキシメチル基を示す)で現わされる酸のハロゲン化物一モルを適当なアミノアルコール又はアミノチオール一又は二モルと反応させるか又は遊離酸を前記アミノアルコール又はアミノチオールに相当するハロゲン化アミンと反応させ、最後にこの反応生成物を所望の酸類又はハロアルキルと反応させることを特徴とし、
一般式<11847-001>(但し、Rは上記と同様の基、Xは酸素又は硫黄原子、Aは側鎖又は直鎖を有する二価の炭化水素基、R′及びR″は水素原子又は夫々が同一か又は異なる不飽和又は飽和の脂肪族、芳香族又は複素環の一価残基又は同時にヘテロ原子又はヘテロ原子をもつていない二価残基又は一価残基若しくは水素原子及びA基と環状鎖を形成する二価残基を示す)により現わされる新規塩基性エステル類及び該エステルと酸類又は第四級無毒ハロゲン化アルキル化剤との附加塩の製造方法。」 この訂正により除かれる範囲は本件特許発明のいわば周縁の部分で、塩酸メクロフエノキセートの製法には関係がなく、また明細書に記載されている実施例はいずれも削除する必要がないものである。
答弁並びに被告の主張
一 原告ら主張の請求原因一の事実中、
原告大日本製薬並びに被告に関する点は認めるが、その余は知らない。
二 同二の事実中、本件特許は、CNRSが特許出願をして特許権を得、原告大日本製薬にその専用実施権を設定したことは認めるが、CNRSが本件特許を一九七〇年八月二六日原告ANVARに譲渡したとの事実は知らない。
三 同三の事実のうち、本件特許方法で造った化合物が中枢神経に刺戟作用を及ぼすこと、その目的物の一つである「メクロフエノキセート」が臨床実験の結果、精神の刺戟作用に富み、神経強壮性の疲労防止効果が顕著であつたこと、発明者の研究によれば、副作用もなく、嗜眼病の治療に効果があつたとの事実は認めるが、この化合物が、(イ)中枢神経刺戟作用の外に、(ロ)意識障害(昏睡)の回復作用、(ハ)視床下部―脳下垂体分泌刺戟作用などを有するとの主張は争う。右(ロ)、(ハ)の作用は(イ)の作用の具体的な態様に外ならない。視床下部は正に中枢神経に属し、意識水準のコントロールに大きな役割を果たす部位であつて、
嗜眼を伴う脳炎と直接関係があることは常識であるから、(イ)に含まれるべき(ロ)、(ハ)の作用を(イ)と区別して恰も別個の作用である如く分類するのは薬理学上論理的でない。
「メクロフエノキセート」の原料であるβ―ジメチルアミノエタノールが中枢神経刺戟作用を有し、その結果嗜眼病にも効果があることは既に確認されていた(乙第四一号証)ので、「メクロフエノキセート」はこのβ―ジメチルアミノエタノールと、植物生長調整作用を有しこの種分野でエステル化のため常用されているP―クロルフエノキシ酢酸とからエステルを生成せしめてβ―ジメチルアミノエタノールの前記薬理作用の強化と持続化を計つたものとして本件特許発明を評価すべきであり、右二つの原料を結びつけたところに本件特許発明着想の独創性を見出すことはできない。
「塩酸メクロフエノキセート」が本件特許発明の目的物質の一であることは認めるが、本件特許明細書中の目的物質の薬効に関する記載を把えて、「塩酸メクロフエノキセート」が本件特許発明の中心ないし代表であるが如く述べる原告の主張は否認する。
四 同四の事実は認める。
五 同五の事実は認める。
六 同六の(一)の事実は争う。
同六の(二)の主張は争う。
原告らはエステル化法の一つとして、カルボン酸のエステルを用いる方法をエステル交換法の名のもとに挙げているが、カルボン酸のエステルを用いるエステル交換法には「アルコーリシス」によるもの、「アシドリシス」によるもの、「エステル相互交換」によるものがあり、後の二つは原告のいうO―アシル化およびカルボン酸のO―アルキル化のいずれにも属しないものである。これだけを見ても、種々のエステル化法をアルコールのO―アシル化とカルボン酸のO―アルキル化の二種の生成形式に分類するのは基本的に誤つている。しかも、原告らはカルボン酸とアルコールからエステルを製造する方法をカルボン酸法と称して、アルコールのO―アシル化に属する旨述べているが、カルボン酸とアルコールからエステルが生成する際には、カルボン酸のOHがアルコールのHと結合して脱水しエステルが生成する場合と、カルボン酸のHとアルコールのHOと結合して脱水しエステルが生成する場合の二通りの様式がある。したがつて、原告主張の「O―アシル化」、「O―アルキル化」の抽象的用語を用いる分類は非化学的、形式論理的であり、むしろ原料の組み合わせ並びにそれによつて起こる具体的な反応(本件について言えば脱ハロゲン化水素反応や脱水反応)に着目すべきである。
同六の(三)の主張は、分類の仕方を争う。
同六の(四)の主張は争う。
七 同七の事実のうち、メクロフエノキセートが本件特許請求の範囲に記載せられた目的物に含まれること、本件特許請求の範囲に記載の実施態様がいずれも脱ハロゲン化水素反応によるものであり、被告方法が脱水反応によるものであることは認めるが、右二つの方法が製法として同一性があるとの原告の主張は否認する。
八 本件特許の優先権主張日当時アミノアルコールのエステル類の製法につき各種の方法が知られていたことは認めるが、各種エステル化法が相互代替性があるものと考えられていたとの原告の主張は争う。
ハロゲン化物法において、カルボン酸とアルコールのいずれか一方をハロゲン化物にしたうえ反応に供するのは反応を活性化するためであることは認めるが、ハロゲン化物法と脱水反応による方法とは後に詳述する如く操作手段、反応条件が全く異なり代替性はない。
九 同九の均等の主張は否認する。
一〇 本件特許発明の目的物質を示す一般式<11847-001>に該当し出願日前に日本国において公然知られていた物としてつぎのものがある。
1 右一般式中がハロフエノキシメチル基の化合物β―ジエチルアミノエチル 4―フルオルフエノキシアセテート<11847-005>2 同Rがジハロフエノキシメチル基の化合物β―ジエチルアミノエチル2、4―ジクロルフエノキシーアセテート<11847-006>3 同Rがα―ナフチルメチル基の化合物(イ)β―ジエチルアミノエチルα―ナフチルアセテート<11847-007>(ロ)γ―ジエチルアミノプロピルα―ナフチルアセテート<11847-008>(ハ)γ―ジプロピルアミノプロピルα―ナフチルアセテート<11847-009>(ニ)β―ピペリジノーエチルα―ナフチルアセテート<11847-010>(ホ)β―ピペラジノーエチルα―ナフチルアセテート<11847-011>(ヘ)β―モルホリノーエチルα―ナフチルアセテート<11847-012>4 同Rが―ナフトキシメチル基の化合物β―ジエチルアミノエチルβ―ナフトキシアセテート<11847-013>5 同Rがβ―インドリルメチル基の化合物<11847-014> そして、本件特許明細書に記載の実施例8で得られるメクロフエノキセートは右公知の化合物1の末端のエチル基(-C2H5)がメチル基(-CH3)であることおよびふつ素が塩素であるとの化学構造上わずかな相違がみられるが、メチル基とエチル基がいずれも本件特許請求の範囲のR′及びR″の定義で現わされているものであり、最も一般的、代表的な基であること、塩素とふつ素がともにハロゲン原子であり本件特許請求の範囲のRの定義に含まれるから、本件特許発明の製法に得られる「物」としてみる場合、同一概念であらわされている同一の「物」と解すべきである等の事実によると、本件特許は無効事由を有するものである。本件特許につき訂正審判請求公告がなされたが、なお無効事由を有するので被告は請求公告に対する異議を特許庁に申立てた。
一一 本件特許発明の技術思想 本件特許の特許請求の範囲の記載によると、本件特許発明の要旨は、
(1) 出発物質として、「一般式RCOOHであらわされる酸のハロゲン化物とアミノアルコール又はアミノチオールとの組合せ」または、「一般式RCOOHであらわされる酸(遊離酸)とアミノアルコール又はアミノチオールのハロゲン化物との組合せ」を用い(2) 反応媒質として無水有機媒質を用い(3) 目的物として一般式<11847-001>のエステル及びその附加塩を得る製造方法である。
したがつて、本件特許発明の技術思想は、原料のいずれか一方にハロゲン化物を使用し、操作方法として脱ハロゲン化水素反応によつて特定の塩基性エステルを得る点にあり、これが本件特許発明の本質たる発明思想であり、具体的解決原理である。
このことは、本件特許請求の範囲の記載においていささかの疑義もなく汲みとれるのみならず、発明の詳細な説明における、「本発明における新規アミノエステル類及びアミノチオエステル類の製造方法は無水有機媒質中で上記一般式で現わされる酸のハロゲン化物一分子をアミン基を有するアミノアルコール又はアミノチオール、特に第三アミン基の一又は二分子をもつて反応させる。この反応は生成したハロゲン化水素酸を固定する試薬の存在に於て特にエステルを造らんと欲するアミノアルコールを余分に加えて行うを可とする」(公報一頁左下から八行目以下)、および、
「塩類、特に塩酸塩から直接に新規塩基性アミノエステル類を造るには前述の酸R―CO―OHを無水有機媒質中で選択したアミノアルコール<11847-015>に相当する<11847-016>のハロゲン化アミンと共に加熱する。
この方法はβ―インドール酢酸の場合の様に酸塩化物R―CO―Clの製造が難しいか又は不可能な場合に特に有用である」(公報一頁右一六行目以下)との記載ならびに開示された実施例のすべてにおいて、ハロゲン化物が用いられていることからも明らかである。
一二 本件特許方法 本件特許方法はつぎの製法1及び製法2に大別される。
製法T 原料として一般式RCOOHで表わされる酸のハロゲン化物と、アミノアルコール又はアミノチオールを組み合わせる方法 製法U 原料として一般式RCOOHで表わされる酸とアミノアルコール又はアミノチオールに相当するハロゲン化アミンを組み合わせる方法 原告は右製法Tをa1法、a2法に分類しているが、両者の差異は、原料としてP―クロルフエノキシ酢酸のクロライドに反応させるβ―ジメチルアミノエタノールを一モル加えるか二モル加えるかの一点にとどまる。
そして本件特許明細書には右製法2の方法はβ―インドール酢酸の場合の様に酸塩化物R―CO―Clの製造が難しいか又は不可能な場合に特に有用である(公報一頁右欄二〇行から二二行)と記載してある。
また目的物質たる塩基性エステル<11847-017>のXが硫黄原子である場合、即ちアミノチオエステルを製法Uによつて得る方法は本件特許発明には含まれない。このことは目的物たる塩基性エステルがアミノエステルとアミノチオエステルに分類されるところ(公報一頁左欄一七行から二〇行)、製法Uはアミノエステルを造るための方法である旨の記載(同一頁右欄一六行から一九行)がみられること及び製法Uの原料たるカルボン酸とハロゲン化アミンとの反応からは、アミノチオエステルは生成し得ないことから明らかである。
このように、本件特許方法の目的物質中には右製法1及び2の何れかによつてのみ製造しうるものが予定されている。
また、目的物質<11847-001>のAは側鎖又は直鎖を有する二価の炭火水素基であるから、原料アルコールにつき、第一級、第二級、第三級の各場合があることは疑のないところ、一般に、第二級、第三級アルコールは脱水反応によつてはエステル化され難く、特に第三級アルコールの場合は不飽和化合物を副生するため脱水反応によつてエステル化することは避けるのが技術常識である。
さればこそ、第一級、第二級、第三級何れのアルコールを原料としても、エステルの生成を容易に行ない得るという意図の下に本件特許発明は酸のハロゲン化物を用いる方法を採択したものと解すべきであろう。
なお、反応条件について「無水有機媒質中」で反応を行なうことが必須の要件として特許請求の範囲に記載されており、他に一切の条件は示されていない。
本件特許出願時エステル合成法として、脱ハロゲン化水素反応を用いる方法のほか、例えば脱水反応によるエステル化法(被告方法)、カルボン酸無水物を用いる方法、カルボン酸エステルを用いるエステル交換法等が公知であつたが、これら多数ある公知のエステル化法のうち最も反応性に富みいわゆる常法として採用されるのは、原料たる酸又はアルコールの一方をハロゲン化し、そのハロゲン化物を用いて脱ハロゲン化水素反応を行なわしめる手法であつて、酸とアルコールとを用いて脱水反応を行わしめる手法は、それが可逆反応であり、通常反応性が悪いなどの困難性が予測されるため、むしろ採用されないのが普通である。
以上指摘したところを考慮して見るならば、本件特許方法は前記原料の一方にハロゲン化物を採用し、脱ハロゲン化水素反応によつて特定の塩基性エステルを得るという技術思想の下に、特許請求の範囲に記載の方法を提供して特許されたものであつて、等しく公知であつた前記他のエステル化法はその技術思想として認識がなされていなかつたことを示している。
一三 原告主張の均等論についての反論 特許法上の均等は、出願時の当業界の技術水準に立つて特許明細書を読むとき、
そこに、特許請求の範囲を包括するより広範囲の技術思想を読みとることができ、
さらに明細書の全体記載に徴すれば、そこには特許請求の範囲記載の文言と対象方法(物件)とを包括しうる共通の課題解決の原理が存在すると認められるときに特許請求の範囲の文言を越え、その不備を補つて、権利範囲が対象方法(物件)に及ぶことを許す特許権者救済の為の法技術上の解釈手段である。そして一般に訴訟の対象となつている一定の実施形式と、特許発明とが均等であるとするための要件は、特許発明と右実施形式とが構成要素の一部を異にし、その置き換えられた要素が特許発明の構成要素と機能、作用効果を同一にし、そのため置換可能性があり、
その置換が特許出願時における当業者によつて推考容易であることとされている。
本件の場合、原告は、出発物質として本件特許方法の実施形態の一であるa法の酸クロライドをカルボン酸に置き換えたものが被告方法であるから、被告方法におけるカルボン酸と本件特許方法における酸クロライドとは均等であると主張するのであるが、被告方法は脱水反応による方法であつて、本件特許方法の脱ハロゲン化水素反応によるハロゲン化物法とは解決原理が全く異なる。すなわち、被告方法と本件特許方法とは、単に出発物質が異るだけでなく、基本的に解決原理、技術思想を異にし、処理手段も異るのであつて、機能、作用効果において同一性はなく、製法としてはすべて異るのである。したがつて、同一目的物質の生成という一点の共通性のみをもつて置換可能性は肯定されるべきではない。
酸とアルコールとを直接反応させて脱水反応によりエステルを得る方法は、エステルがその化学構造上、「酸とアルコールから水を失つたもの」と定義されている如く、原理的な方法であるといえる。しかし、酸とアルコールとはそれ自身の反応性が低いため、その何れかを一旦活性化させて反応し易くして用いる方法が、実用的な方法として認識され、特に本件特許方法の一つである酸クロライド法(原告のいうa法)は、その反応成分の酸クロライドの反応活性が最も高いため、この様な実用的な諸法の中でも適用範囲の広い、最も実用上優れた方法であるとされていたのである。しかし、この酸クロライド法と脱水反応とは、その原料の反応性が相異するため、その反応を行なわしめる操作手段及び反応条件が全く異なつてくるのである。それ故、脱水反応による方法においては、酸クロライド法の如き活性化法にはないところの、高温加熱、副生水の除去、触媒使用等の諸問題が生じてくるのであり、然もこの様な操作手段及び反応条件は、熱分解、反応操作及び後処理の煩雑さ、もしくは、それらによる低収率等の実用上の困難性を伴なうことが予想されるのである。酸クロライド法がわざわざ活性化した原料を用い、脱水反応による方法によりは一工程多い迂遠な方法を用いるのはこの理由による。
一四 被告方法における困難性の克服 脱水反応による場合は、反応を促進させる必要があり、そのためには、反応温度を高めるとか、反応時間を長くするとか、エステル化触媒を用いるとか、あるいは生成物の一つを除去するなど、当業者が想到し得る手段は知られているが、そのような一般論や教科書的予測の程度だけでは脱水反応によりメクロフエノキセートを実用的に製造し得るものではなく、幾多克服すべき困難性がある。
(1) 反応温度は一般に使用する溶媒の沸点により制約を受ける。溶媒の沸点に至ると溶媒が気化しそれ以上の温度にはなり得ないからである。したがつて、使用する溶媒の沸点との関係をも考慮し、原料や目的物が分解せずしかも収率よく実用に供し得る品質の物を得るための反応温度を見出すことは容易ではない。
(2) 単に反応時間を長くしただけで収率が良くなるものとは限らないことは、
本件特許明細書の実施例に使用されているベンゼンを採択し、反応時間を五時間から二倍の一〇時間にした実験では塩酸メクロフエノキセートの収率が五・二%から五・七%に上昇しただけで、その差が極めて僅かであることによつても知り得るところである(乙第三三号証)。
(3) 触媒の選択についても問題がある。濃硫酸を触媒として用いると目的とするエステル化反応以外に副反応が生起し、副生成物が生ずる等の不利点がある。乾燥塩酸ガスを用いた実験では、該触媒の使用にもかかわらず目的とする塩酸メクロフエノキセートの収率は三五・七%に過ぎなかった(乙第三五号証)。(4) 副生水の除去は使用する溶媒と水と原料との相互の溶媒性並びに溶媒の比重とも不可分に関連する。
留出物中から水を取除くに当つては、溶媒と原料アミノアルコールのみを反応系中に返還するという条件と、水のみを系外に分離除去するという条件とを満たす必要があるが、選択した溶媒と水との溶解性、溶媒と原料アミノアルコールとの溶解性如何によつては、副生水を単に除去すると、その中に溶解している原料並びに溶媒が同時に除去されて収率の低下を来たし、また原料や溶媒を系内に戻すと水が付随するため反応の促進の妨げとなるからである。
被告はこれらあらゆる技術上の問題点を検討し、多数の試験研究を経て、溶媒としてキシレンを選び、副生水の除去方法をも含めた適切な操作との組み合せにより各種諸条件を満足する工業的製法を完成したもので、被告方法は原告にとつては、
正に意外性を克服したものである。
一五 以上の通り被告方法は、本件特許発明とは技術思想を異にするために、その機能、作用効果を著しく異にするものであり、本件特許発明の方法の保護範囲には属しない。
証拠関係(省略)
理 由一 本件特許第四一三一九〇号は、訴外サントル・ナシヨナル・ド・ラ・ルシエルシユ・シアンテイフイーク(CNRS)が一九五九年四月一五日並びに同年一二月三〇日の両フランス特許出願による優先権主張をして昭和三五年四月一五日日本に特許出願をなし、昭和三八年六月五日公告を経て、同年一〇月三一日特許登録になつたもので、原告大日本製薬が本件特許につき原告主張内容の専用実施権設定登録を得たことは当事者間に争いなく、成立に争いない甲第二号証によると、原告ラジヤンス・ナシヨナル・ド・バロリザシオン・ド・ラ・ルシエルシユ(ANVAR)は、昭和四五年八月二六日譲渡により本件特許権を取得し、同年一一月一三日その登録を経たことが認められる。
本件特許の特許請求の範囲の記載がつぎのとおり、すなわち、
「無水有機媒質中で、一般式RCOOH(但し、Rはハロ又はジハロフエノキシメチル、アルキル―ハロフエノキシメチル、α―又はβ―ナフチルメチル、α―又はβ―ナフトキシメチル又はβ―インドリルメチル基を示す)で現わされる酸のハロゲン化物一モルを適当なアミノアルコール又はアミノチオール一又は二モルと反応させるか又は遊離酸を前記アミノアルコール又はアミノチオールに相当するハロゲン化アミンと反応させ、最後にこの反応生成物を所望の酸類又はハロアルキルと反応させることを特徴とし、
一般式<11847-001>(但し、Rは上記と同様の基、Xは酸素又は硫黄原子、Aは側鎖又は直鎖を有する二価の炭化水素基、R′及びR″は水素原子又はそれぞれ同一か又は異なる不飽和又は飽和の脂肪族、芳香族又は複素環の一価残基又は同時にヘテロ原子又はヘテロ原子をもつていない二価残基又は一価残基若くは水素原子及びA基と環状鎖を形成する二価残基を示す)により現わされる新規塩基性エステル類及び該エステルと酸類又は第四級無毒ハロゲン化アルキル化剤との附加塩の製造方法」、であること、
ならびに被告が昭和四五年四月一〇日から塩酸メクロフエノキセートを製造し、製剤のうえ、販売していること、その製造方法(被告方法)が別紙目録記載のとおりであること、塩酸メクロフエノキセートおよびメクロフエノキセートが本件特許の目的物質に含まれることは、いずれも当事者間に争いがない。
二 本件特許発明の課題と解決 成立に争いない甲第一号証の本件特許公報、同第三七ないし四〇号証の各一、
二、乙第四一ないし四九号証によると、つぎの事実が認められる。すなわち、本件特許の優先日当時、β―ジメチルアミノエタノールが中枢神経刺戟作用を有することは既に知られていたが、その効力と持続性の点において未だ不満足な状態にあつたので、業界では医薬品の効力の持続化をはかるため、エステル化による構造変換の手段が慣用せられていたところ、本件特許の発明者は、β―ジメチルアミノエタノールに適当な酸を反応させ新規な塩基性エステルを創製することを課題として研究の末P―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル塩酸塩ならびにこれに近似する物質が動物組織の中枢神経系に及ぼす刺戟作用を有する点において治療的価値が高いことをつきとめ、右特異な薬効を有する新規物質の製造方法につき、特許請求の範囲に記載の通り構成して特許出願をなし特許を得たものである。このように認めることができる。
なお、成立に争いない甲第三八号証ないし同四〇号証の各一、二には、塩酸メクロフエノキセートは、ブドウ糖の脳内への移行促進に対して有効であり、視床下部―脳下垂体分泌刺戟作用を有するという極めて注目すべき事実が報告せられている。
三 本件特許発明実施形式 本件特許の特許請求の範囲に記載されている内容は、つぎの二つの実施形式に大別することができる。
(但し、式中R・X・A・R′・R″はいずれも特許請求の範囲に議されたとおり。YはOH又はSHを示すものとする。以下上記記号の用例はすべて同じ)。
(1) 一般式RCOOHで現わされる酸のハロゲン化物一モルと<11847-018>で現わされるアミノアルコール又はアミノチオール一モル又は二モルを無水有機媒質中で反応させて、一般式<11847-001>で現わされる新規塩基性エステル類及び該エステルと酸類又は第四級無毒ハロゲン化アルキル化剤との附加塩を得る(以下製法Tという)。
(2) 一般式RCOOHで現わされる遊離酸と<11847-018>で現わされるアミノアルコール又はアミノチオールのハロゲン化アミンを無水有機媒質中で反応させて、右(1)と同一の目的物を得る(以下製法Uという)。
もつとも、特許請求の範囲には、アミノアルコール又はアミノチオールについて、単に「適当な」と記載されているだけであるが、目的物を示す一般式<11847-001>から、本件特許発明の方法に用いられるアミノアルコール又はアミノチオールは前記のとおり、一般式<11847-018>で現わされる物質を意味すると解せられる。
なお、成立に争いない乙第四〇号証によると、本件特許の出願時の明細書の特許請求の範囲の記載はつぎのとおりであつたことが認められる。
「植物生長調整活性を有する有機酸群から選択した酸のハロゲン化物をアミノアルコール又はアミノ基を有するアミノチオールと無水有機媒質中で反応させ、一般式<11847-001>(茲にXは酸素又は硫黄原子、Aは直鎖又は側鎖を有する二価の炭化水素基、R′及びR″の夫々は水素原子又は飽和又は不飽和脂肪族、芳香族又は複素環の一価基或は複素環中の炭素以外の原子を含む二価基、若しくはA基と環状鎖を形成する二価基と結合した一価基又は水素原子)を造る事を特徴とする新規アミノエステル類及びアミノエステル類の製造方法」 右出願時の特許請求の範囲の記載は、現特許請求の範囲に記載の製法Tに対応するものであり、製法Uについては全く記載がない。製法Uは出願後訂正付加されたものである。
本件特許公報の発明の詳細な説明の項(一頁右欄一六行目以下)に、製法Uにつき、つぎのとおり記載されている。
「塩酸、特に塩酸塩から直接に新規塩基性アミノエステル類を造るには前述の酸R―CO―OHを無水有機質中で選択したアミノアルコール<11847-015>に相当する<11847-016>のハロゲン化アミンと共に加熱する。
この方法はβ―インドール酢酸の場合の様に酸塩化物R―CO―Clの製造が難しいか又は不可能な場合に特に有用である。」 本件特許公報による、明細書の「発明の詳細な説明」の項の記載内容は、大体つぎのとおりである。
公報一頁左欄一行から同左欄下から九行目までは本発明に関する概括的説明、同下から八行目より左欄終りまでと同右欄一一行から一五行目までは製法Tの説明、
同右欄一行から一〇行目までは冒頭の一般式で現わされた目的生成物中のA基の説明、同右欄一六行から二二行までは、製法Uの説明、同二三行から二頁左欄四行目までは附加塩に関する説明、同頁左欄一一行から右欄一五行目までは、本件発明方法の目的物に属するP―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステルの薬効ならびに医薬的用途についての説明である。ついで実施例として、1ないし8が記載してある。そのうち1ないし5と8が製法Tに関するものであり、同6および7が製法Uに関するものである。実施例8はP―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステルの塩酸塩即ち塩酸メクロフエノキセートについての製法の実施例である。実施例7を除く実施例はいずれも原料の一方に一級アルコール又はそのハロゲン化物を使用する場合のものであり、実施例7は1―ジメチルアミノ―2―クロル―2―プロパンという二級アルコールのハロゲン化物を用いる場合の実施例である。
原告は、本件特許の特許請求の範囲に記載の、「無水有機媒質中で……反応させ」とは、本件特許方法において用いられる媒質が実質上無水であることが必要であることを意味し、例えばベンゼン、トルエン、キシレン等水と相溶性の乏しい溶媒の場合まで事前に無水操作を施すことを必要とするものではない。また平衡反応の場合においては脱水操作を用いる限り、無水有機溶媒中の反応という妨げない旨主張する。しかし、右「無水有機媒質中で」との事項は、特許請求の範囲に記載の全文に徴すれば、原料の一方に「酸ハロゲン化物」か「ハロゲン化アミン」を用いることに対応して記載せられているもの、すなわち、原料にハロゲン化物を用いることから当然要求せられる必要条件として記載せられていると解すべきであるから、その記載自体、「原料にハロゲン化物を用いる」との要件と離れて格別の意味はないと解せられる。したがつて、副生物として水を生ずるような平衡反応の如き場合は、たとえ脱水操作を施してもこれを無水有機媒質中における処理方法ということができないことは多言を要しないであろう。
以上検討したところによれば、本件特許の明細書に開示してある特許発明実施形式は、製法T、Uに関するもののみであり、他の実施形式については明細書の詳細な説明中にもなんら触れるところがない。
製法T、Uの操作方法は原料の組み合せからみて、脱ハロゲン化水素反応を行わしめて目的物を得るものであることが明らかである。
四 本件特許方法による塩酸メクロフエノキセート製造の実施態様 被告方法の目的物質である塩酸メクロフエノキセート(P―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル塩酸塩)は、本件特許の目的物を示す一般式<11847-001>において、RをP―クロルフエノキシメチル基<11847-019>、Xを酸素Aをエチレン基(1CH2CH2)、R′、R″をいずれもメチル基(―CH3)として選んだ物質に塩化水素を反応させた物に該当する。そこで、特許請求の範囲に記載された実施形式に従い塩酸メクロフエノキセートの製法を示すと、つぎの三つの実施態様となる。
(イ) P―クロルフエノキシ酢酸のクロライドとβ―ジメチルアミノエタノールとを一モル対一モルの割合で反応させ、塩酸メクロフエノキセートを得る(a1法という。)。
(ロ) P―クロルフエノキシ酢酸のハロゲン化物とβ―ジメチルアミノエタノールとを、それぞれ一対二モルの割合で反応させ、メクロフエノキセートの遊離塩基を生成せしめ、これに塩化水素を反応させて、塩酸メクロフエノキセートを得る(a2法という。)。
(ハ) P―クロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエチルクロライドとを反応させ塩酸メクロフエノキセートを得る(b法という。)。
五 被告方法と本件特許方法との比較 被告方法は、別紙目録記載のとおり、「P―クロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエタノールとを、無水操作を施さないキシレン中で、反応によつて生成する水を連続的に分離しながら反応せしめ、次いで塩化水素ガスを吹込み、塩酸メクロフエノキセートを得る方法」である。
ところで、先ずメクロフエノキセートを得、これを塩酸メクロフエノキセートにする本件特許方法の実施形式a2法は、「無水有機媒質中で、P―クロルフエノキシ酢酸のハロゲン化物をβ―ジメチルアミノエタノールとを、それぞれ一対二モルの割合で反応させ、メクロフエノキセートの遊離塩基を生成せしめ、これに塩化水素を反応させて、塩酸メクロフエノキセートを得る」という方法である。
右二つの方法を比較すると、いずれも原料成分としてP―クロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエタノールを使用し、メクロフエノキセートを生成せしめ、
これに塩化水素ガスを吹込んで塩酸メクロフエノキセートを得る点において共通している。しかし、原料の点は、被告方法においてはいずれもハロゲン化物の形を径由せず、遊離の酸と遊離のアルコールをそのまま使用するのに対し、本件特許方法a2法では、P―クロルフエノキシ酢酸はそのハロゲン化物にして用いるものである。その結果操作方法が異り、被告方法においては脱水反応を行わしめるものであるのに対し、本件特許方法においては脱ハロゲン化水素反応を行わしめるものであり、被告方法においては副生物として水を生ずるから無水有機媒質中の反応ということができないが、本件特許方法では無水有機媒質中で反応を行わしめるものである。
したがつて、被告方法は、本件特許のa2法と実施形式が異るし、本件特許のa1法、b法とも実施形式が異る。しかし、被告方法が本件特許方法の保護範囲に属するかどうかについて更に考察を進める必要がある。
六 本件特許発明の保護範囲(1) 本件特許の優先日当時、エステル化諸法として,原料に酸ハロゲン化物とアルコールを用いる「酸ハロゲナイド法」、カルボン酸とハロゲン化アルキルを用いる「ハロゲン化アルキルアミン法」、酸無水物とアルコールを用いる「酸無水物法」、カルボン酸とアルコールを用いる「カルボン酸法」、エステル相互交換による「エステル交換法」その他が知られていたことは当事者間に争いがなく、右エステル化諸法のうち、「酸ハロゲナイド法」と「ハロゲン化アルキルアミン法」が工業的には最もよく慣用されていたものであることは被告も争わないところである。
なお、原告大日本製薬がケミカル・アブストラクツ誌の事物索引を利用し、ジメチルアミノエタノール、ジエチルアミノエタノールの各エステルについて、本件特許の優先日前の既知の合成法を調査し、各種エステル製法の利用度の統計をとった報告書である成立に争いない甲第一五号証の一によると、つぎの調査結果が認められる。
甲、β―ジメチルアミノエタノールのエステル製造法酸クロライド法 一三八件(四二・六%)ハロゲン化アルキルアミン法 八九件(二七・五%)エステル交換法 四一件(一二・七%)アミノ基置換法 二五件(七・七%)カルボン酸法 一五件(四・六%)酸無水物法 五件(一・五%)その他 一一件(三・四%)合計 三二四件乙、β―ジエチルアミノエタノールのエステル製造法酸クロライド法 二六〇件(四一・五%)ハロゲン化アルキルアミン法 一九三件(三〇・八%)エステル交換法 九三件(一四・八%)アミノ基置換法 四〇件(六・四%)カルボン酸法 二〇件(三・二%)酸無水物法 一四件(二・二%)その他 七件(一・一%)合計 六二七件(2) これらの事実ならびに前記二(本件特許発明の課題と解決)に認定した事実、さらに特許法32条二、三号(特許を受けることができない発明)の規定の存在を考慮し、本件特許公報を仔細に検討して考えると、本件特許発明において、固有の発明的性格が存する新規な点は、特許請求の範囲に記載の酸又はアミノアルコールあるいはアミノチオールの「ハロゲン化」にはなく、専ら右酸又はアミノアルコールあるいはアミノチオールの選定部分にあると認めるべきである。すなわち、
<11847-001>で現わされる新規エステル類を生成せしめるため、RCOOHで現わされる酸と<11847-018>で現わされるアミノアルコールあるいはアミノチオール(以上の式中R、X、A、R′、R″、Yの各定義については前記三に記載したところを参照)を原料成分に選定した点に発明的性格が存すると認めざるを得ない。
(3) そうすると、被告方法は本件特許方法と操作方法を異にするが、本件特許発明の発明的性格が存する新規部分を共通にするものであるというべきである。
(4) 被告は本件特許優先日
<11847-020>の構造式を有する、β―ジエチルアミノエチル4―フルオロフエノキシアセテートが公知物質であり、本件特許明細書の実施例8で得られるメクロフエノキセートを比較すると、右公知物質の未端(-C2H5)がメクロフエノキセートではメチル基(-CH3)であること、および右公知物質のふつ素がメクロフエノキセートでは塩素であることの化学構造上わずかな相違がみられるが、メチル基とエチル基がいずれも本件特許請求の範囲のR′およびR″の定義で現わされているだけでなく最も一般的、代表的な基であり、塩素とふつ素がともにハロゲン原子であつて本件特許請求の範囲に含まれるから、本件特許発明の製法に得られる「物」としてみる場合、前記二つの物質は同一概念であらわされている同一の「物」と解すべきである旨主張し、右β―ジエチルアミノエチル4―フルオロフエノキシアセテートが優先日公知物質であつたことは原告も争わないところである。そして成立に争いない甲第二六号証によると、原告ANVARは、昭和四六年四月三〇日特許庁に対し、
本件特許明細書の特許請求の範囲中のRCOOHのRの定義は「Rはハロ又はジハロフエノキシメチル、アルキルーハロフエノキシメキル、α―又はβ―ナフチルメチル、α―又はβ―ナフトキシメチル又はβ―インドリルメチル基を示す」との記載を、「Rをクロルフエノキシメチル又はアルキルクロルフェノキシメチル基を示す」と訂正するほか、これに伴い詳細な説明の項ならびに昭和三七年一〇月一二日付提出の手続補正書の右関係箇所につき不必要な事項の削除あるいは訂正を請求し、昭和四七年一〇月二三日特許審判請求公告三〇〇をもって公告がなされた事実が認められる。つまり、原告ANVARは本件特許の特許請求の範囲に記載の原料及び目的物についての一般式による記載が広きに過ぎたことを自認し、被告のいう公知化合物をも含み得る記載であつたため、右の如く特許請求の範囲減縮を請求したものといえよう。
しかし、被告主張の公知物質中、メクロフエノキセートに化学構造上最も近似した前記β―ジエチルアミノエチル4―フルオロフエノキシアセテートが、塩酸メクロフエノキセートと同様、「ブドウ糖の脳内への移行促進に対して有効であり、視床下部―脳下垂体分泌刺戟作用を有する」との薬効その他同程度の作用効果を有すると認められる証拠は本件に提出されていない。
したがつて、右被告の主張事実は本件特許発明における発明的性格が存する新規な点についての前記認定を左右するものではない。
(5) 被告は、本件特許発明の本質をなす解決原理は、原料のいずれか一方にハロゲン化物を用い、操作方法として脱ハロゲン化水素反応を行わしめることによつて特定の塩基性エステルを得る点にあり、これが本件特許発明の中核をなす技術思想である旨主張する。
右被告の主張は本件特許発明が特異な薬効を有する特定の化合物の製造方法として特許されものであることを否定し、本件特許発明を単なる特定構造の物質の製造方法として特許されたものであると解したうえ、その方法の特徴のうち、原料の一方にハロゲン化物を用いる点を強調するものというべきである。
しかし、弁論の全趣旨によれば、一般にカルボン酸アミノアルコールを反応せしめてエステルを製造するにあたり、右原料のうち、いずれかをそのハロゲン化物の形を経由して反応させるときは原料の活性化および反応の促進上良好であるとの知見、ならびにその際脱ハロゲン化水素反応を行わしめて目的物を得るという操作手段はいずれも当業者の常識に属するものであると解せられ、また、前記優先日当時における技術状況に照らすとれアミノアルコールのエステルの製法では、酸ハロゲナイド法に属する酸クロライド法が断然第一位に、ハロゲン化アルキルアミン法がこれに次ぐ第二位として多く用いられていた事実が認められるのであり、本件特許発明の目的物たる新規エステルを生成せしめるにつき酸クロライド法ないしハロゲン化アルキルアミン法を用いることに格別問題があつたことは認められないのであるから、本件特許発明の方法の構成に右二つの方法を採用したこと自体、ないしその方法を用いるための前工程として特許請求の範囲に記載の酸又はアミノアルコールあるいはアミノチオールをハロゲン化物とすること自体はその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に知り得る範囲の事項であると解せられ、右の点に本件特許発明における固有の発明的性格が存するとは到底認めることができない。したがつて、本件特許発明を課題に対する発明的解決としてみる限り、特異な薬効を有する特定化合物を生成せしめるとの目的を志向してなされる原料成分の選定の点を度外視して考察することはできないのであつて、この点を重視することは特許法32条の法意に抵触するものではないと解する。
(6) 被告はさらに、本件特許発明の解決原理についての主張を理由づけるため、本件特許方法は、カルボン酸法では実施困難な二級、三級アルコールを原料に用いて生成せしめる物質をも含めたうえ、目的物全部について確実に実施しうる方法として、原料の一方は必ずハロゲン化物として用いるところの酸ハロゲナイド法とハロゲン化アルキルアミン法による各実施方式を選んで特許請求したものである旨主張する。本件特許発明が二級、三級アルコールを原料に用いて生成せしめる物質も含むことは特許請求の範囲の記載から明らかであり、なお、明細書記載の実施例7は二級アルコールのハロゲン化物を原料に用いる場合に関するものであり、二級、三級アルコールを原料に用いてカルボン酸法によりエステルを生成せしめる技法は一般に反応の進行が好ましくなく、収率も悪いことが成立に争いない甲第五三号証の三の文献によっても認めうるところである。したがつて、本件特許の出願人は右の事情をも考慮して本件特許発明を酸ハロゲナイド法とハロゲン化アルキルアミン法による各実施形式を選んで特許請求したものと推測することができるけれども、本件特許公報全体の記載ならびに優先日当時における技術状況に照らすときは、被告主張の右事情を根拠に、特許請求の範囲に記載の酸またはアミノアルコールあるいはアミノチオールのうちいずれかをハロゲン化物として反応せしめる点を、均等の主張を許さない本質的要件であるとは解することができない。けだし、
その点に本件特許発明固有の発明的性格が存するとは認められないからである。
なお、本件特許請求の範囲に記載の酸ハロゲナイド法でも、目的物のすべてに確実に実施できる方法として掲げられているのでないことは、本件特許公報の発明の詳細な説明中(公報一頁右欄二〇行目以下)の、ハロゲン化アルキルアミン法はβ―インドール酢酸の場合の様に酸塩化物R―CO―Clの製造が難しいか又は不可能な場合に特に有用である趣旨の記載に徴して明らかなところである。
(7) もつとも、本件特許発明は、特許請求の範囲には酸ハロゲナイド法とハロゲン化アルキルアミン法に属する実施形式だけが掲げられているのであり、特許明細書の発明の詳細な説明の項にも、専ら右二つの実施形式による実施例が示してあるにとどまり、その他の実施形式についてはなんら触れていないのであるから、たとえ、第三者の用いる方法が本件特許と原料の点において共通し、本件特許発明の開示から示唆を得て開発した実施形式であると認められる場合であつても、その実施形式が優先日当時の技術水準では当業者でも相当研究に値する努力を払わなければ確実に実施し得ることを知り得ないものであるときは、その実施形式についてまで本件発明が完成していたと認められないのは当然であり、その実施形式を本件特許発明の保護範囲に属せしめるべきでないことは言うまでもないことであるが、特許発明にかかる新規物質を得ることを目的とし、特許方法中これに固有の発明的性格を有する新規部分を共通にし、その余の部分は特許の優先日当時、化学教育を受けた当業者であれば格別研究に値する努力をしなくても、公知の知識、当業者の常識に基づき特許方法から容易に推考し得る範囲の実施形式については、発明者において特許発明とともに、右実施形式も均等の技術として発明を完成していたと認めるのが相当である。したがつて、特許公報により、新規な薬効を有する化合物の化学構造、融点等が教示され、その製造方法実施例について当業者を含む一般に開示がなされるときは、前記の要件を充足するような均等技術についてはたとえ説明がそこまで及んでいなくても、当業者においてそれを推考することが容易である筈であるということができるのであるから、右発明の開示は右均等方法をも含めて暗黙裡に教示しているものと解しなければならない。そうすると、出願人において右均等方法につき権利を主張しない旨を表明したこと、その他特許の保護範囲から右均等方法を用いる製法を除外して解釈すべき等特段の事情がない限り、第三者が右均等手段を用いる製法を用いることは特許発明に属する技術を剽窃することに外ならず、これに因り特許権者の権利を害するものといわなければならない。
本件特許の明細書において、カルボン酸法を用いる製法につき明らかに請求を放棄したものと解すべき記載はない。
(8) 特許法32条は、医薬や化学方法により製造されるべき物質等について特許を受けることができない旨規定している。
当裁判所は、右規定は、もし、右物質の発明者にあらゆる用途、あらゆる製法を支配する強力な独占的効力をもつ物質特許を賦与して了うと、も早や他人がその物質についてより優れた製造方法の発明をなすことを奨励し期待することが困難になるので物質特許を認めることは政策として好ましくないと考え、新規物質の発明がなされた後においても、より良き製法の発明がなされその製法につき特許出願があつたときは、その後出の方法特許の出願人に対しても独立した特許権者の地位を得せしめ、十分な保護が計れる余地を残すため、新規物質の発明の出願人に対して物質特許までは与えない旨を規定したものと解する。
そうだとすれば、右法条はその趣旨に従つて解釈すべく、右物質特許禁止の規定からは、新規物質の製法特許の保護範囲の認定につき一般の場合と異なつた限定的解釈をとらなければならない理由は生じないと解すべきである。
そこで、被告方法が本件特許方法と均等の技術を認むべきかどうかについて考察する。
七 被告方法は本件特許方法と特許法上均等か(1) 被告が現に被告方法により塩酸メクロフエノキセート(P―クロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステルの塩酸塩)を製造している以上、P―クロルフエノキシ酢酸のハロゲン化物に代え、その遊離酸にβ―ジメチルアミノエチルアルコールを反応させても右ハロゲン化物を用いた場合と同一の目的物が生成することは明らかなところである。
(2) 本件酸クロライド法(a1法、a2法)と被告方法について反応機構を直接実験した証拠は提出されていない。しかしながら、争いのない甲第三三号証によると、アセチルクロライドがアルコールと反応してエステルをつくるときの反応機構につき、同第三四号証によると、酸塩化物によるアチル化の反応機構につき、いずれも不飽和炭素(カルボニル炭素)上の求核置換反応である旨の記載があるので、これにより本件特許の実施態様a1法、a2法の場合も右と同一反応機構により反応が進行するものと推測され、同第三五号証、第三六号証によると被告方法の場合もまた、右と同一の反応機構により反応が進行することが推測される。そうすると、a1法、a2法も被告方法も均しくβ―ジメチルアミノエタノールが試薬であり、a1法、a2法においてはP―クロルフエノキシ酢酸クロライドが、被告方法においてはP―クロルフエノキシ酢酸がそれぞれ基質としての役割を果たし、共にその置換反応がカルボニル炭素(アシル基)上で生起する求核置換反応であることを推認することができる。
(3) 成立に争いない、甲第四五号証の一、二、同第四六号証の一、二によると、P―クロルフエノキシ酢酸の融点は一五五〜六度C(一五七〜八度C)であり、2―ジメチルアミノエチルアルコールの沸点は一三五度Cであることが一九五三年出版のDICTIONARY OF ORGANIC CONPOUNDSの五五〇頁ならびに二七七頁に登載されており、塩酸メクロフエノキセートの融点が一三九度Cであることは本件特許明細書の実施例8に記載せられている。
(4) 成立に争いない甲第五号証、同第一二号証、同第二一号証、同第二五号証の各一、二、同第二〇号証によると、アミノアルコールのエステルの製造にカルボン酸法を用いる場合通常用いられる溶媒は、ベンゼン、トルエン、キシレン等であることが認められ、沸点はベンゼンが八〇度C、トルエンが一一〇度C、キシレンが一三五度C乃至一四五度Cであるから、反応をより高温加熱下で行なわせるためには、右各種溶媒のうち、沸点の高いキシレンが最も適当であることが推測される。
(5) カルボン酸とアルコールを混合加熱すると水が生成し、この反応は可逆反能であるから、収率良くエステルを得るためには生成する水を除く必要があることは古くよりよく知られた化学常識であり、成立に争いない甲第二二ないし二四号証の各一ないし三によると、本件特許の優先日当時既に共沸脱水装置が知られていたことが明らかである。
(6) 被告が被告方法の具体例として提出した乙第五〇号証(成立に争いがない)によると、被告が実際に採用している具体的方法はつぎの如く要約される。
「(イ) P―クロルフエノキシ酢酸一・〇モルに対しβ―ジメチルアミノエタノール一・二モルを用いる(ロ) 溶媒はキシレン(ハ) 加熱温度はキシレン(沸点約一三五乃至一四五度C)の還流条件下(ニ) 副生する水の除去、すなわち生成する水をキシレンと共沸させて水分分離器により連続的に除く(ホ) 反応時間は約五時間半(ヘ) 後処理、すなわち、反応液を冷却し濾過した後生成するメクロフエノキセートを塩化水素により塩酸塩とし、無水イソプロパノールから再結晶する」(7) 右被告方法の操作条件について、成立に争いない甲第五〇号証の鑑定人【A】(大阪大学教授)の鑑定書に、つぎの如き鑑定の理由ならびに結果が述べられている。
(一) 鑑定理由の要約右(イ)の原料のモル比について エステル化の如き平衡反応では、反応完結のために原料であるカルボン酸とアルコールの何れか一方を過剰に用いる方が有利であるが、他面、酢酸やエタノールと異なり、高価な原料の場合は、回収損失を避けるため真に消費される量の使用が望ましいから、通常、モル比を一対一・一ないし一対一・五程度にとどめ、その代り連続的に副生する水を除いて反応を完結させる手段がとられる。
(ロ)の溶媒についてエステルに用いる溶媒に必要な条件(a) 反応の進行に必要な温度に加熱できること 反応速度は、通常、温度の上昇とともに増大するが、他方では有機化合物は高温に加熱すると分解を伴うから、反応の進行に必要な最底限度にとどめることが望ましい。
(b) 還流下に水と共沸して生成する水を系外に除去できること。
この場合、水と共沸をする性質を有するほかに、冷却時に水と二層に分離することが必要である。
(c) 原料であるカルボン酸、アルコールおよび目的エステルと条件下で化学反応をおこさないこと これは、溶媒として当然に必要な一般条件であつて、アルコール類やエステル類を溶媒として用いるとエステル交換反応をおこすことはいうまでもない。化学的に最も不活性な溶媒は炭化水素類である。
右の条件を満足し、かつ経済的に有利なものとして、通常ベンゼン、トルエン、
キシレン等の芳香族炭化水素系の溶媒が用いられる。これらは同族体であり、化学的性質はほとんど等しく、炭素数の増加とともに沸点が上昇する。
通常の実験手順としては、まずベンゼンを用い還流下に反応を試み、反応が進行しなければ次にトルエンを試み、それでも不満足であればキシレンを用いるのが常法である。キシレンより高沸点の溶媒を用いると分解反応を伴うことが多いので市販入手可能であつても殆んど用いられない。ベンゼン、トルエン、キシレンはいずれも前記(a)、(b)、(c)の要件を満足することはよく知られている。これらのうち何れを選択するからエステルの種類により決まる。
(ハ)の加熱温度につき 反応に最適の温度を経験的に決めることは、前項(ロ)で述べた溶媒の選定に外ならない。本件の場合、化学常識からキシレンが最適であろうという大まかな推定も可能である。無触媒エステル化の場合は、ベンゼンの還流温度では通常反応が遅く、トルエンまたはキシレンを必要とすることが文献により知られている。
(ニ) 副生する水の除去について 副生する水を連続的に除去するため水分分離器を用いることが周知であり、学生実験でも昔からよく実用されている。
(ホ) 反応時間について 還流溶媒が決定されるとそれに伴つて必要な反応時間が決定される。キシレンで五時間半であればトルエンではさらに長時間を要するであろうし、ベンゼンでは反応の進行が観察されないほど遅いであろう。
結局、経済的に適当な反応時間を選定することは溶媒の選択に外ならない。
(ヘ) 後処理について 被告方法における後処理は、一般に塩基性エステルを単離精製する常法である。
なお、アミノアルコール類とカルボン酸の加熱脱水によるエステル化反応では、
アミノアルコールがアミノ基のために塩基性を呈するので、一般のアルコールを用いる場合と異なり、鉱酸(塩酸、硫酸)の添加は、アミノアルコールの鉱酸塩を形成し、これがしばしば不溶物として溶媒から折出するため、かえつて反応を不利にするから必ずしも得策ではない。
要するに、(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)、(ヘ)の何れについても、被告方法の条件は極めて常識的なものであり、これを選択実施するのに格別の苦労はなく、容易に導かれるものである。
(二) 鑑定の結果 「塩酸メクロフエノキセートの製造方法として被告方法に示された反応およびその条件は一般化学技術において極めて通常的なものであり、特別の創意を必要とせず、何等新規性のない事項である。殊に、本件特許の公開を前提とすれば、一般化学技術者が常識として誰でも想起するものであり、しかもその実施は極めて容易であつたと判断される。」(8) 右甲第五〇号証による鑑定の結果ならびにこれと同旨に帰する成立に争いない甲第一七号証および同第四九号証の鑑定人【B】(京都大学名誉教授)の各鑑定書による鑑定の結果によると、塩酸メクロフエノキセートを製造する被告方法ならびにその操作条件は、本件特許の公開を前提とすれば、これから一般化学技術者が常識として当然想起するものであり、何等新規性なく、その実施は極めて容易であるとの技術関係を認めることができる。
成立に争いない乙第六〇号証、同第六一号証の各鑑定書中前記認定に供した鑑定書による鑑定意見と異なる部品は採用し難い。
(9) 被告は、被告方法を実施するについては、単なる抽象的な教科書的知識だけでは十分ではなく、適当な操作条件を見出すについて種々困難な点があったのであるが、遂にこれを克服して開発したものである旨抗争するけれども、右困難性克服の点につき首肯するに足る証拠はない。
(10) 以上検討したところによれば、被告方法はP―クロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエタノールを原料として用いるものであるから、特許方法固有の発明的性格が存する新規な部分を共通にするものであり、ただその原料のうちいずれかをハロゲン化物として反応せしめるという特許方法の要件を欠いている点については、その要件に代る手段として反応温度をより高める、脱水方法を用いる等の処理手段を施して特許の目的物に含まれる塩酸メクロフエノキセートの新規物質を得ているのであり、しかも右代替手段の技法は優先日当時当業者に本件特許方法から極めて推考容易な域を出でない事項であると認められるのであるから、被告方法は本件特許方法の「原料のうちいずれかをハロゲン化物とする」との要件につき均等の手段を用いているものと認めるべく、被告の被告方法の実施行為は本件特許権を侵害するものといわなければならない。
八 よつて、特許権者たる原告ANVARならびにその専用実施権者たる原告大日本製薬が請求の趣旨第一ないし四項の判決を求める本訴請求を理由にありと認めて認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条を適用して主文のとおり判決する。
なお、原告は仮執行の宣言を求めているが、本件訴訟の性質に鑑みこれを付するのは適当でないと認めてこれを付さないことにする。
別紙 目録 パラクロルフエノキシ酢酸とβ―ジメチルアミノエタノールとを、無水操作を施さないキシレン中で、反応によって生成する水を連続的に分離しながら反応せしめ、次いで塩化水素ガスを吹込み、塩酸メクロフエノキセート(パラクロルフエノキシ酢酸のβ―ジメチルアミノエチルエステル塩酸塩)を得る方法。