運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連ワード 承継 /  発明者 /  協議 /  技術的思想 /  使用方法 /  公然実施(29条1項2号) /  公知技術 /  技術的範囲 /  技術常識 /  先行技術 /  特定承継 /  共有 /  警告 /  実施料相当額 /  善意 /  権利の濫用(権利濫用) /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  構成要件 /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  実施許諾(実施の許諾) /  請求の範囲 /  変更 /  除斥 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 昭和 43年 (ワ) 12506号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1975/09/22
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告1 被告は、原告に対し、金六二三万四、七五〇円及びこれに対する昭和四三年一一月六日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二 被告 主文同旨の判決を求める。
当事者の主張
一 請求原因1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)の共有権者であつた。
登録番号 第二四六三六四号 名称 天然色写真の製造法 出願 昭和二九年三月一日 (特願昭二九ー三八四三) 公告 昭和三二年七月二五日 (特公昭三二ー五四八六) 登録 昭和三三年一〇月二一日2 本件特許権の共有権者及びその共有持分は、原告が二分の一、訴外富士写真フイルム株式会社、同小西六写真工業株式会社、同オリエンタル写真工業株式会社が各六分の一である。すなわち、本件特許権の共有持分については、共有に関する契約書において、一方当事者である原告を甲、他方当事者である右訴外三社を乙と表示して契約したのであるから、共有持分は、甲、乙各二分の一、したがって、原告が二分の一、右訴外三社が各六分の一となるのである。
登録原簿には、被告が主張するとおり、持分割合の記載はない。しかし、被告は、登録の欠缺を主張するについて、正当の利益を有しない。
3 本件特許発明の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の項の記載は、次のとおりである。
「使用すべき多層感光材料の各乳剤層の分光特性の最大感光域を測定し、それら各最大感光域にそれぞれ最大透過率を有する各単色フイルターを使用して順次露光することを特徴とする天然色写真の製造法。」4 右特許請求の範囲の項の記載を区分説明すると、次のとおりである。
(A) 多層感光材料を使用して天然色写真を製造する方法であること。
(B) 使用すべき多層感光材料について、その各乳剤層の分光特性の最大感光域を測定すること。
(C) その各乳剤層について、それぞれ単色フイルターを使用すること。
(D) その各単色フイルターは、各乳剤層の分光特性の最大感光域に、それぞれ最大感透過率を有するものであること。
(E) 前述の各単色フイルターを透過させた各色光により順次一回ずつの露光を与えるものであること。
5 本件特許発明の特許請求の範囲に記載された技術的事項のうち、「各乳剤層の分光特性の最大感光域」、「単色フイルター」、「測定」の意味は、次のとおりである。
(一) 「各乳剤層の分光特性の最大感光域」について(1) 多層感光材料は、ほぼ三五〇ないし五〇〇ミリミクロンの波長光(青色光)に感光する青感光層、五〇〇ないし六〇〇ミリミクロンの波長光(緑色光)に感光する緑感光層及び六〇〇ないし七〇〇ミリミクロンの波長光(赤色光)に感光する赤感光層の三層の乳剤層を有している。しかし、各乳剤層が、それぞれ具体的に何ミリミクロンから何ミリミクロンまでの波長に感光するか(感光波長領域)は、感光性付与の方法、増感の方法等によつて異なり、また、露光時間の長短によつても異なる。
(2) ところで、同種の多層感光材料においては、露光時間(露光量)と各乳剤層の感光波長領域との間には、次のような一定の相関関係がある。すなわち、露光時間を除々に延長すると(露光量を増大すると)、それについて、各層の感光波長領域も除々に拡大する。ところが、余り露光時間を長くすると、緑感光層及び赤感光層までが、ハロゲン化銀乳剤に固有の波長領域内にある三五〇ないし五〇〇ミリミクロン前後の波長光(すなわち、青感光層のみに感光させることを予定していた青色光)に共通に感光するようになる。
(3) このように、露光量が増大し、青色光によつて、緑感光層や赤感光層までが感光するようになつては、各層の三原色分別機能が失われるから、天然色写真材料としての意味がなくなる。
(4) したがつて、前述の緑感光層や赤感光層が四〇〇ミリミクロン前後の波長光に感光するようになる直前の状態における各乳剤層の感光波長領域が、それぞれの感光層の感光波長領域の最大ということになる。
(5) この乳剤が何ミリミクロンから何ミリミクロンまでの波長の光に感光しうるかという感光の領域を示す用語が、「感光域」であり、他方「感度」という用語は、乳剤が光に対してどの程度感じ易いかという感光の度合を示すものであつて、
両者は、区別して用いられている。
(6) 本件特許発明の明細書は、前述(5)の意味で「感光域」という語を用い、前述(4)のとおり、各乳剤層が、分光特性(三原色分別機能)を発揮しうる限界内において示す各感光域の最大領域を示すために、「最大」という語を用いているのである。
(7) 右のとおりであるから、本件特許発明にいう「分光特性の最大感光域」とは、露光量の増大によつて三層の乳剤層が共通に感光してしまう部分を切り捨てて分光比感度曲線を見た場合における各層の感光波長領域を指すと解すべきものである。
(二) 「単色フイルター」について(1) 単色とは、単一の色、すなわち、色の七色の原色をいう。その七色とは、
赤、緑、青、シアン、マゼンダ、黄のほか、光の場合は白、色材の場合は黒を加えた七色をいう。したがつて、単色とは、光の場合は、第一次原色である赤(ほぼ六〇〇ないし七〇〇ミリミクロンの光域の色光)、緑(ほぼ五〇〇ないし六〇〇ミリミクロンの光域の色光)、青(ほぼ四〇〇ないし五〇〇ミリミクロンの光域の色光)の総称である。それ故、単色フイルターとは、右の第一次原色光を、それぞれ透過するフイルター、すなわち、赤フイルター(約六〇〇ないし七〇〇ミリミクロンの光域に透過極大を有するフイルター)、緑フイルター(約五〇〇ないし六〇〇ミリミクロンの光域に透過極大を有するフイルター)、青フイルター(約四〇〇ないし五〇〇ミリミクロンの光域に透過極大を有するフイルター)の総称である。
(2) このことは、本件特許発明の明細書の記載から明らかである。
(イ) 明細書には、
「本発明の方法は……白光を用いず色光を用いるものであつて而も各3原色感性ハロゲン化銀乳剤の色感能に最も適応した換言すれば各層の最大感光域と合致した色光を用いることになるので……」という記載があるが、右記載によれば、単色フイルターの意味は、右(1)に述べるとおりとなる。被告は、明細書の単色フイルターは、被告の主張する単色光フイルターを意味するとするが、右単色光フイルターによる色光では、「三原色感性ハロゲン化銀乳剤に最も適応した色光」、「各層の最大感光域の合致した色光」とはいえない。
(ロ) 本件特許発明実施例の説明において、単に、「赤フイルター」、「緑フイルター」、「青フイルター」といつており、透過領域のきわめて狭いフイルターを用いるとはいつていない。
(ハ) 本件特許発明の明細書の記載全体をみても、三色に分解して順次露光することによる効果を述べているだけで、被告主張の単色光フイルターを用いることによる効果は、全く説明されていない。
(3) 本件特許発明の関連特許発明及び実用新案の明細書において、本件特許発明の単色フイルターに相当するものを、「赤、緑、青の三色フイルター」、「赤フイルター」、「緑フイルター」、「青フイルター」などと称していることからみても(特許公報昭三二ー九四三九、実用新案公報昭三六ー二〇四八七、同昭三三ー五〇六二。甲第二号証の一ないし三参照)、本件特許発明の明細書にいう「単色フイルター」は、前述の原告の主張のとおりに解すべきである。
被告主張のとおり、「単色フイルター」という語を、「モノクロマテイツクフイルター」ないし「単色光フイルター」と同義に用いる例はあるが、前述(2)、
(ハ)からみて、本件特許発明の「単色フイルター」が、被告の主張する「単色光フイルター」を意味するとは解しえない。
(三) 「最大感光域の測定」について前述原告主張の最大感光域を測定することであつて、これは、各乳剤層の分光特性に適応した各色光を得るために、いかなる単色フイルターを用いたらよいかを判別する行為である。
6 本件特許発明の作用効果及びこれに関する明細書の記載について説明すると、
次のとおりである。
(一) 作用効果について(1) 多層感光材料は、三層の乳剤層が各別に感光する。そのため、単純露光の方法によるときには、各乳剤層ごとの適当な露光量を与えることができず、その結果、特定の色が強くなつたり、三色相互間のカラーバランスがくずれることが多い。これを避けるため、補正フイルター、特に、モザイクフイルターを用いるとしても、フイルターの選択には熟練を要し、色補正は因難である。
本件特許発明は、右欠陥を克服し、カラーバランスをよくするための色補正を行う一方法を提案開示したものである。すなわち、本件特許発明は、多層感光材料の各乳剤層が感光の役割を分担している赤色光、緑色光、青色光の各色光ごとに各別に、かつ順次に、露光時間の長短を調整して露光を行うことによつて、色補正をし、カラーバランスのくずれを防ぐことができるのである。
(2) また、単純露光の方法による場合、特定の乳剤層の有する最高濃度を出そうとして、露光量を増大させると、その感光すべき波長光によつて、他層にも感光が及んで、不必要な発色が生じ、その部分の発色は、他層で発色すべき発色と混色(色カブリ)して、色彩純度が低下する。そのような混色を避けるためには、低い露光量を選択するほかないが、そうすると、高濃度の発色が得られず、実際上、露光域(露光寛容度)が小さくなる欠陥が現われる。ことに、天然色印画(カラーペーパー)の場合には、反射光でみるという特質上、乳剤層を薄くして、露光量のわずかな変化によつても、濃度変化が、大となるようにしてあるので、元来露光寛容度が小さいのであるが、それが更に少さくなるから、前述の単純露光における欠陥が顕著である。
ところで、本件特許発明は、天然色写真を製造するために、乳剤層の最大感光域の範囲内に最大透過率を有する単色フイルターを用いるので、ある乳剤層には感光を与え易く、他層には感光を与え難い、各乳剤層の色感能に適応した色光が得られ、この色光で露光させるので、各乳剤層の色分解能を十分発揮でき、写真の色彩純度も向上するし、ひいては、露光量の幅が大となるので、露光域(露光寛容度)も増大し、高濃度の発色が得られる。
(二) 明細書の記載の説明明細書は、原告のした実験の結果に基づき、前述(一)の作用効果を説明している。すなわち、
(1)(イ) 明細書添付の第一図(イ)は、赤色光による感光濃度曲線(陰画)比較図であるが、この図面において、実線で示す本件特許発明を用いた場合と、破線で示す単純露光方式を用いた場合とを比較すると、前者の方が、曲線形状が滑らかで、最高濃度が高く、濃度変化の差が大きく、露光域が広く、しかも、前者には、前述の不必要な混色によつて生じる長S字状の変転曲線が見られない。
(ロ) 第一図は、緑色光による感光濃度曲線(陰画)比較図であるが、この図面においても、前述(イ)と同様のことが認られ、単純露光方式より本件特許発明による順次露光方式の方がすぐれていることを表わしている。
(ハ) 第一図(ハ)は、青色光による感光濃度曲線(陰画)比較図であるが、この図面においても、単純露光の場合を示す破線に変転曲線が認められないこと以外は、前述の(イ)のとおりである。
(2) 赤、緑、青各色光の再現色感光濃度曲線(反転曲線)比較図である第二図(イ)、(ロ)、(ハ)においても、本件特許発明の方法による方法が、単純露光方式によるよりも、最高濃度が高く、最低濃度が低く、濃度変化の差が大であつて、本件特許発明の長所を表わしている。
(3) また、三原色光源の透過率曲線比較図である第三図(イ)、(ロ)、
(ハ)をみても、本件特許発明の方法による場合(第三図の(ロ)場合)の方が、
単純露光方式による場合(第三図(ハ)の場合)よりも、はるかに三原色光源の分光透過率曲線(第三図(イ))に近似しており、被写体色をより忠実に再現していることが認められる。
7 被告は、天然色写真印画を製造するために、昭和四〇年一一月一日から昭和四二年一〇月末日ころまでは、別紙目録(一)の方法(以下「被告方法(一)」という。)を、昭和四二年一一月一日ころから昭和四三年九月三〇日ころまでは、同目録(二)の方法(以下「被告方法(二)という。)をそれぞれ実施した。
8 本件特許発明の方法と被告方法(一)、(二)とを比較すると、次のとおりである。
(一) 被告方法(一)、(二)は、三層の乳剤層をもつ「さくらカラーペーパー」を用いて天然色写真印画を製造する方法であるから、本件特許発明構成要件(A)に該当する。
(二) 被告方法(一)、(二)は、各乳剤層の分光特性の最大感光域を訴外小西六写真工業株式会社が測定して得た結果を、被告において利用しているから、本件特許発明構成要件(B)に該当する。
第三者の行為を利用することは、自らそれをしたのと同一に評価しうる。
(三) 被告方法(一)、(二)は、各乳剤層について、それぞれ三色分解フイルターを使用しているから、本件特許発明構成要件(C)に該当する。
(四) 前述(三)の各フイルターの最大透過率は、
(1) 被告方法(一)においては、
(イ) 青フイルター四三六・五ミリミクロン(ロ) 緑フイルター(ラツテンNo.五七)五二八・五ミリミクロン(ハ) 赤フイルター七〇〇ミリミクロンであり、
(2) 被告方法(二)においては、
(イ) 青フイルター前述(1)、(イ)と同じ(ロ) 緑フイルター(ラツテンNo.五八)五三二・四ミリミクロン(ハ) 赤フイルター前述(1)、(ハ)と同じであつて、それぞれ、各乳剤層の分光特性の最大感光域、すなわち、青感光性乳剤層三四八ないし四七六ミリミクロン、緑感光性乳剤層四七六ないし五七三ミリミクロン、赤感光性乳剤層六〇〇ないし七三六ミリミクロンの範囲内にあるから、本件特許発明構成要件(D)に該当する。
(五) 被告方法(一)、(二)は、前述の各フイルターを透過させた色光により、順次一回ずつの露光を与えて焼付けるので、本件特許発明構成要件(E)に該当する。
したがつて、被告方法(一)、(二)は、本件特許発明技術的範囲に属する。
9 被告は、故意又は過失により、本件特許権を侵害して昭和四〇年一一月一日から昭和四二年一〇月末日ころまで被告方法(一)の方法により、昭和四二年一一月一日から昭和四三年九月三〇日までは被告方法(二)の方法により、「さくらカラー・プリンター4N型」九台を用いて、天然色写真印画を製造販売した。
そして、右天然色写真印画の「さくらカラー・プリンター4N型」一台当りの平均月間売上高は、昭和四〇年一月一日から昭和四一年四月三〇日までは金二〇二万七〇〇〇円、同年五月一日から昭和四二年四月三〇日までは金二〇〇万四〇〇〇円、同年五月一日から昭和四三年九月三〇日までは金一九四万五〇〇〇円である。
したがつて、昭和四〇年一一月一日から昭和四三年九月三〇日まで売上高総額は、
昭和四〇年一一月一日から昭和四一年四月三〇日までの間の月間売上高金二〇二万七〇〇〇円にその間の月数六及びプリンターの台数九を乗じた金一億九四五万八〇〇〇円、昭和四一年五月一日から昭和四二年四月三〇日までの間の月間売上高金二〇〇万四〇〇〇円にその間の月数一二及びプリンターの台数九を乗じた金二億一六四三万二〇〇〇円、昭和四二年五月一日から昭和四三年九月三〇日までの間の月間売上高金一九四万五〇〇〇円にその間の月数一七及びプリンターの台数九を乗じた金二億九七五八万五〇〇〇円を合算した金六億二三四七万五〇〇〇円となる。
ところで、原告は、被告の前述の侵害行為により、通常受けるべき実施料相当額の損害を受けたものというべきところ、本件特許発明実施について通常受けるべき実施料相当額は、前述の天然色写真印画の販売価格の二パーセントに当たる額が相当であるが、原告は、前述のとおり、本件特許権について二分の一の共有持分を有するので、原告が本件特許発明実施について通常受けるべき実施料相当額は、
右二パーセントの二分の一、すなわち一パーセントとなるから、前述の金六億二三四七万五〇〇〇円の一パーセントである金六二三万四七五〇円が、本件侵害により原告が被つた損害となる。
10 よつて、原告は、被告に対し、金六二三万四七五〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一一月六日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する被告の認否及び主張1 請求原因1は、認める。
2 同2のうち、共有権者が原告主張のとおりであることは認めるが、共有持分の点は否認する。共有持分は、共有権者すべてにつき、各四分の一である。契約書の記載が、原告主張のとおりであることは認めるが、契約書の表示は、記載を簡略化するための便法でしかなく、このことは、その後締結され、そして、共有登録の原因証書とされた共有承諾書等に、原告主張の共有持分についての記載がないことからも明らかである。
右のとおり、本件特許権の共有に関する契約において、共有持分の割合については、何らの特約もなかつたのであるから、民法第250条第246条により、各共有者の持分は、相均しいものと推定され、各四分の一であるというべきである。
仮に、原告ら共有権者が、前述の契約において、原告の共有持分を二分の一とする旨約したとしても、現行特許法は、特許権の特定承継について、登録を効力要件としており、旧法により登録された特許権についても、経過規定により、右の理があてはまるところ、登録原簿に、本件特許権の持分割合についての記載がないから、前記推定のとおり、持分は相均しいものとして、これに絶対的効力を認めるほかない。
3 同3、4は、認める。
4 同5の原告主張の技術的事項の解釈が、本訴の直接の争点であることは認めるが、その解釈内容は争う。
(一) 同5、(一)、(1)、(2)、(3)は、認める。ただし、いずれも技術常識である。したがつて、実際の商品としての多層感光材料は、三原色分別機能が失われるに至らない、それよりはるかに低い露光量で露光されることを予定し、
そのようなものとして設計されている。同5、(一)、(4)で原告が主張するとおりの感光波長領域が客観的に存することは認めるが、多層感光材料は、右に述べるとおり設計されているので、原告が主張するような波長領域を考えることは、技術上無意義であり、したがつて、原告主張のような波長領域を表現する術語もない。同5、(一)、(5)の原告の主張中、一般に「感光域」という語が、何らかの感光波長幅を意味するために用いられていること、この語と「感度」という語とが、区別して用いられていることは認める。同5、(一)、(6)は争う。後述のとおり、本件特許発明の明細書は、原告主張のとおりに読解することはできない。
同5、(一)、(7)は争う。後述のとおり、「分光特性の最大感光域」とは、各感光層の有する分光特性の「最大感光度」を示す波長部分について、多少の幅をみた表現である。
原告主張のような感光波長領域の最大幅を採り上げることは、技術的に無意義であり、かつ、原告主張のとおりに解すると、本件特許発明の明細書中の発明の詳細なる説明や特許請求の範囲の他の記載事項との関係において、矛盾が生ずる。すなわち、
(1) 「最大感光域」という語は、本件特許発明の明細書中に定義のない新造語であつて、原告の説明は、本訴で始めてされた当業者にとつて予想もつかない意味内容のものである。
(2) 明細書中には、原告の主張とは反対に、被告主張のとおりに解することのできる説明がある。すなわち、明細書の実施例1の説明中では、「最大感光域」という語を、広い幅をもつ領域としてではなく、一定の波長値として表しているのである。
原告は、右実施例中の数値が、積分平均値であると主張するが、そうすると、実施例中の数値は、技術的にみて全く無意味なものとなり、原告主張の本件特許発明とも何らの関連がなくなつてしまう。原告の主張は、明細書の記載について、明細書の上からは誰にも判らない独得の意味を付与しようとするものである。
(3) 原告の最大感光域及び単色フイルターの説明にしたがうと、本件特許発明は、後述のとおり、公知技術になつてしまう。
(4) また、原告の解釈にしたがうと、本件特許発明は、公知技術による公知の効果すら挙げられない場合が生ずる。例えば、特性曲線の山のふもとの重合部分に最大透過率を有するフイルターを使用した場合である。すなわち、各種の多層感光材料の分光特性を示す比感度曲線図によれば、青感光性乳剤層の山と緑感光性乳剤層の山は、ふもとにおいて重なり合つているが、この重なり合つた波長部分に最大透過率を有するフイルターを使用して露光を行えば、そのフイルターは、原告のいう光の三原色青、緑、赤のフイルターではなく、シアンのフイルターとなり、明細書に述べていることに反して、色分解能は十分に発揮されず、印画の色は混じり合つてしまう。このように、原告の解釈にしたがうと、本件特許発明が意図している効果を全く期しえない方法ですら、本件特許発明技術的範囲に属するという結果になつてしまう。
(5) 本件特許発明の特許請求の範囲には、「最大感光域の測定」が要件の一つになつている。もし、「最大感光域に最大透過率を有するフイルターを用むる」という語の意味を、原告主張のとおりに解すると、右測定工程は、全く無意味、不必要とならざるをえなくなる。何故ならば、測定するまでもなく、一般の多層感光材料は、請求原因5、(一)、(1)で原告が述べるような特性を有しており、これに、原告が請求原囚5、(二)、(1)で主張するような三色(赤、緑、青)フイルターをかけて露光すれば、これらのフイルターの最大透過率を示す波長光が、
赤、緑、青光の波長域内にあることはいうまでもないので、当然に、原告の主張する最大感光域に最大透過率を有するフイルターを使用したことになるからである。
このような結果になる原告の解釈は、不自然であるというべきである。
「最大感光域」という語は、次のとおり解釈すべきである。
「最大感光域」とは、感光層の各層における最大感度(マキシマム・センシテイヴイテイ)を示す波長部分についての多少の幅をみての表現と解するのが合理的である。その理由は、次のとおりである。
(イ) 前述のとおり、明細書の実施例中、「最大感光域」として一定の波長値で表現していること。
(ロ) 明細書中には、「3原色感性ハロゲン化銀乳剤層の色感能に最も適応した換言すれば各層の最大感光域と合致した……」との説明があること。
(ハ) 前述のとおり、「最大感光域」を一々測定する必要があるということは、
とりもなおさず、それが、マキシマム・センシテイヴイテイを示す波長部分であることを示していること。
(ニ) 被告主張の解釈にしたがえば、原告主張の解釈によるときよりも、かえつて、本件特許発明の目的とする色彩純度の向上が期待できること。
(ホ) 被告の主張する解釈によれば、本件特許発明技術的範囲が、ザ・ブリテイシユ・ジアーナル・オブ・フオートグラフイ・一九五三年七月一〇日発行・三五三頁から三五五頁の公知技術(乙第七号証)と全く同一であるということにならないで済むこと。
(二) 同5、(二)、(1)は争う。技術の分野において、原告主張のような用語法は存しない。「単色フイルター」とは、「モノクロマテイツクフイルター」(monoーchromatic filter)の訳語であつて、別名「ナローバンドフイルター」(norewーband filter)ともいい、その特性が、きわめて狭い透過波長幅(一般に、最大透過率の二分の一の透過率で定めた透過帯の幅、すなわち、半値幅をもつて表わす。)すなわち、大きくても五〇ミリミクロン未満の値を示すフイルターである。しかるに、原告は、「色分解(用)フイルター」ないしは「三色分解(用)フイルター」(カラーセパレーシヨンフイルター)と同義であると主張する。しかし、「色分解(用)フイルター」と「単色フイルター」とは、当該技術分野において、明確に使い分けられているのである。同5、(二)、(2)、(イ)に原告が主張するような記載が、明細書中にあることは認めるが、「色光を用い」、「而も……最も適応した……合致した」という記載は、被告の主張を裏付けこそすれ、原告主張の趣旨にそうとはいえない。同5、
(二)、(2)、(ロ)で原告が主張する実施例の記載も、原告の主張を裏付けるものではない。けだし、被告主張の意味における単色光フイルターを用いるとしても、それらも、赤、緑、青フイルターであるからである。同5、(二)、(2)、
(ハ)は争う。順次露光の効果は、周知であり、明細書がそのような自明のことを、ことさら発明の新規な効果として特筆しているとは解しえない。同5、
(二)、(3)も争う。
「単色フイルター」の語は、前述のとおり解釈すべきである。その理由は、次のとおりである。
(1) 明細書の用語の解釈は、定義がない限り、その語の通常持つている意味に解すべきであつて、出願人の出願当時の表示されていない内心の意思によるべきではないところ、本件特許発明の明細書には、「単色フイルター」について格別の定義も、説明もない。
(2) 写真用フイルターは、種々の観点から分類できるが、目で見て赤、緑、青色フイルターでも、一般の三色分解フイルターとそれより透過波長幅のきわめて狭い単色フイルター(単色光フイルター、モノクロマテイツクフイルター、ナローバンドフイルター)とは、外国においても、日本においても、前述のとおり、明確に区別されている。
(三) 同5、(三)は争う。「測定」は、本件特許発明の一要件であるが、原告主張の最大感光域を測定することは、全く無意義である。その理由は、前述のとおりである。ただし、測定目的が、使用フイルターの選択にあることは認める。
5 同6は、争う。
(一) 同6、(一)、(1)のうち、多層感光材料は、三層の乳剤層が各別に感光すること、単純露光の場合、原告主張の理由によりその主張するようなカラーバランスがくずれる結果となることがありうること、原告主張のような補正方法があること、本件特許発明が色補正を行う一方法を提案したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。同6、(一)、(2)は争う。一般市販の多層感光材料は、単純露光により原告主張のような色カブリが生じるような条件下の露光を、通常の用法として予定していないこと前述のとおりであるから、原告の課題設定は、無意味なものである。
(二) 同6、(二)は争う。明細書からは、本件特許発明発明者が、どのような実験をしたのか、皆目判らない。すなわち、
(1) 一般のカラーネガフイルムの示性曲線は、有効露光域内においては、一定の傾斜をもつた右上りのほぼ直線形をとるが、上下では、種々の理由から、線が横にねるようになる(例えば、ジヤーナル、オブ、ザ、ソサイアテイ・オブ・モーシヨン・ピクチヤー・アンド・テレビジヨン・エンジニアー一九五二年六月号(乙第六号証の二)の四六八頁上段のFig4)。また、露光量が、感光材料の有効露光域を超えて、ある限度以上に大となれば、ハロゲン化銀固有の感光波長領域内の波長光にも感光するようになるから、不必要な感光による発色が加算されることにより、示性曲線に変化が生じる。この場合には、濃度の加算により、示性曲線は、横にねるのでなく、かえつて、傾斜が急峻に立ち上るのが当然である。この変化を除くため、黄色フイルターを用いて短波長を切つてやれば、示性曲線は、変転部分が除かれる以外は、その位置もカーブの状態も、ほぼ元のとおりとなるのが当然である。曲線が左方向や右方向にずれることはない(ただし、フイルターによる光の吸収を考慮すれば、フイルターを用いたときの曲線は、元の位置よりも右にずれるが、左にずれることは決してありえない。)。
ところが、第一図(イ)によると、フイルターを用いた場合、同一露光量でも濃度が大となり、したがつて、全体として示性曲線が左方向にずれている。このような奇妙な結果が生じえないことは、前述のとおりである。原告は、線の位置を判り易くするためにずらした旨主張するが、明細書の図面が、正しい実験結果を示していないというに等しい。単純露光とフイルターを用いて露光したときとで、露光時間を適宜変更しているというのであれば、実線が破線の左にずれている理由も判らなくはないが、そのような実線をしたことは、明細書には全く開示されておらず、
当業者において、発明の効果を全く把握できない。第一図(イ)の破線は、log3付近において一旦ねてから立ち上つているところ、不必要な感光によりその発色が加わつて、混色により濃度が増大すれば、示性曲線の傾斜は急峻になるのが当然であるから、右のように一旦横にねるのは、不必要な感光によるものではない。これは、露光量が、その感光材料の有効露光域を超えたことを意味するはずである。
そうすると、このような感光材料にフイルターを使用して露光したからといつて、
示性曲線の横にねる特性が変更されて、曲線の傾斜がより急峻になるはずがない。
第一図(イ)の破線と実線の傾斜の相違は、不可解至極である。
(2) 第二図について。
一般のカラーリバーサルタイプのフイルムの示性曲線は、右下りの形をとる。原告の主張にしたがえば、本来第二図(イ)の破線は、ハロゲン化銀固有の感光波長領域内の光の影響を受けて、ネガフイルムの場合とは逆に、凹みができ、かつ、カプリ濃度が小となるはずであるが、明細書の図面には、それが見られない。また、
実線と破線の傾斜が異なり、かつ、交差するということも、厳密な実験では考えられないことである。
更に、実線と破線とは、第二図のすべてにおいて、左上方に移るにつれて開いていく形状になつているが、これであると、露光量が零で、フイルターをかけてもかけなくとも、もともと変りがないはずのときに、フイルターの効果が最大に現われるということになる。
(三) 仮に、原告の作用効果に関する説明を前提とすると、原告は、現在市販されていない劣悪な感光材料、すなわち、普通の撮影や焼付の条件の下で変転曲線が現われる感光材料の、この欠陥を克服することを課題としていることになる。ところが、被告が現在使用しているさくらカラーペーパーにせよ、原告が実験に供したとする富士カラーネガテイブにせよ、もともと単純露光方式を採つた場合、原告主張のような欠陥を有していないのであるから、本件特許発明を適用する前提を欠くものというべきである。原告は、明細書の図面と作用効果の説明を通して、本件特許発明が、被告方法に関係ないことを別の面から自認しているというべきである。
6 本件特許発明の解釈に当つては、次の公知技術が斟酌されるべきである。
(一) カラーネガからカラーポジを得る方法(これも、本件特許発明の一実施態様である。)において、単純露光でなく、三色分解フイルターを用いる露光が有効であることは、公知のジヤーナル・オブ・ザ・ソサイアテイ・オブ・モーシヨン・ピクチヤー・アンド・テレビジヨン・エンジニアー一九五一年九月号(乙第四号証の一、二)、映画技術二二号・昭和二七年八月一日発行(乙第五号証の一ないし三)、ジヤーナル・オブ・ザ・ソサイアテイ・オブ・モーシヨン・ピクチヤー・アンド・テレビジヨン・エンジニアー一九五二年六月号(乙第六号証の一、二)に説明されている。右乙第六号証は、カラーポジからカラーネガを複製する場合についても述べている。
原告主張の、右乙第四、第五、第六号証は、本件特許発明出願公告に対する異議事件において引用されたが、三種のフイルターの使用方法を示していないとの理由により排斥され、本件特許権が確定したとの事実は認めるが、右事実は、審査のずさんさ及び無定見さを示す意味しかない。
(二) 被告方法(一)、(二)と同一の実施態様、すなわち、カラーネガからカラープリントを複製するのに、三色分解フイルター(原告のいう、本件特許発明実施に用いる赤、緑、青の三色フイルター)のセツトを用いて順次露光する技術及びその利点が、実際のプリンターの写真まで掲載して、公知のザ・ブリテイシユ・ジヤーナル・オブ・フオートグラフイ一九五三年七月一〇日発行三五三頁から三五五頁(乙第七号証)に開示説明されている。
原告は、右乙第七号証は具体的技術内容を示していない旨主張するが、乙第七号証は、本件特許発明の出願に先立ち、原告所属の大学の図書館に受け入れられているものであつて、その内容を検討すれば、それと原告が主張する意味での本件特許発明との間に相違点がないことは明らかである。
7 同7は、ラツテンNo.五七の緑フイルターの最大透過率を示す波長が約五二〇ミリミクロン、同ラツテンNo.五八の緑フイルターの最大透過率を示す波長が約五二五ミリミクロンであると主張する(イーストマン・コダツク社フイルター説明書・日本語版一九六八年九月号。乙第一五号証。)ほかは、原告の主張事実を認める。
被告方法(一)、(二)は、前述の公知の技術的思想に基づき、多層感光材料と三色分解フイルターを用いて、順次露光方式により露光しているのである。
訴外小西六写真工業株式会社は、本件特許発明が、その実施により感光発色される材料(カラーネガフイルムからカラープリントを得る場合は、カラーネガフイルムではなく、カラー印画紙)の最大感光域に合致した部分において最大透過率を示す単色フイルターを用いるのとは反対に、カラーネガフイルムの色素の最大吸収率を示す波長部分において最大透過率を示すようなフイルターを選択したうえ、被告に対し、その使用を指定指示しているのである。
8 同8、(一)は認める。同8、(二)は争う。訴外小西六写真工業株式会社は、原告主張の意味におけるカラーペーパーの最大感光域を、天然色印画の焼付法のために測定しておらず、本訴係属前に、測定結果を被告に知らせたこともないのであつて、被告は、被告方法(一)、(二)において問題にすることもない原告主張のような最大感光域いかんについては知らなかつたし、測定結果を利用する必要もなければ、利用したこともない。被告は、被告方法(一)、(二)において、原告主張の最大感光域を測定していないのである。同8、(三)は争う。本件特許発明における単色フイルターと三色分解フイルターとが異なることは、前述のとおりであるから、被告方法(一)、(二)における三色分解フイルターの使用は、本件特許発明構成要件(C)に該当しない。同8、(四)のうち、緑フイルターについての数値を除き、各数値部分は認めるが、その主張は争う。本件特許発明にいう最大感光域の意味は、被告主張のとおりであるから、被告方法(一)、(二)は、
本件特許発明構成要件に(D)該当しない。同8、(五)は、認める。以上のとおりであるから被告方法(一)、(二)は、本件特許発明技術的範囲に属しない。
9 本件特許発明にかかる方法は、最大感光域の測定の工程と順次露光工程とに大別されるところ、原告の、本件特許発明構成要件(B)と被告方法(一)、
(二)との対比の主張によれば、原告が被告方法と称しているものは、訴外小西六写真工業株式会社と被告とが、右工程別に行為を分担し共同している全体としての行為を指すことになる。ところが、右訴外会社は、本件特許権の共有持分権者であり、その実施行為は自由であるはずである。このような場合に、被告の行為を違法とするための原告が依拠すべき法理論としては、単に、被告が右訴外会社の測定の結果を利用したとの主張のみでは、不十分であるというべきである。
10 侵害の違法性の欠如(先行技術利用の抗弁) 被告の行為は、侵害行為についての違法性を阻却する。不法行為や特許権侵害構成要件該当行為は、原則として権利侵害に違法性が認められるからこそ、権利者からの救済、請求が許されるのである。そして、この違法性を阻却する事由は、成文法の文言によつて限定されるものではなく、超法規的違法性阻却事由が、一定の場合に認められるべきである。
前述のとおり、カラーネガからカラープリントをするに当り、三色フイルターのセツトを用いて順次露光する方法は、公知であり、この点に疑いを容れる余地はない。被告方法は、右公知技術の一態様をそのまま実施しているに過ぎない。
そうすると、被告方法(一)、(二)は、公衆の自由財産ともいうべき技術を実施しているに過ぎないから、本件特許発明技術的範囲が、どうであれ(その確定をまつまでもなく)、適法というべきである。
11 原告の信義則違反ないし権利濫用の抗弁(一) 前述10の主張が理由がないとしても、前述のとおり、完全公知の技術的思想を要旨とする発明について特許権を取得した者が、右特許が過誤特許であることを知りつつ、これに基づいて、他人の行為の差止又は損害賠償等の請求をすることは、権利の濫用ないし信義則違反であつて、許されないものというべきである。
(二) 仮に、右(一)の主張が容れられないとしても、本訴請求は、次の理由により失当である。すなわち、
(1) 原告は、千葉大学工学部において、天然色写真の基礎研究及び応用研究に従事してきた者であるが、本件特許発明につき、特許出願をし(当初は他人名義で)、その特許出願公告につき、訴外富士写真フイルム株式会社、同小西六写真工業株式会社及び同オリエンタル写真工業株式会社から異議を申立てられた後、他人を介して示談を申し入れ、その結果、原告と右三社間の共有関係が成立したのである。
(2) 右共有関係が成立した昭和三三年より数年も前から、右各社は、指定のカラー写真現像焼付引伸し等を行う業者に、これらの業務をさせるべく、プリンター及びカラーペーパーを供給していたのであり、右業者らは、当時のカラープリンターにより、必要に応じて順次露光を行つていたが、昭和三五年に順次露光方式専用のカラープリンターが国内で発売され、この方式によるカラー印画は、業界で公然実施されるに至つていた。
(3) 原告は、その職業上、自己の所属する大学の図書館に受け入れられた自己の研究分野に属する事項を専門に取り扱う雑誌である前掲乙第七号証の存在を知つており、業界における前述の事情も知悉していたのに、本件特許権に対する無効審判請求の除斥期間が経過するまでは、フイルムメーカー又は前述の業者に対して何らの請求もせず、本件特許権に関する特許問題が業界に全く存しない状態にしておき、右期間が経過した後である昭和四一年ころから、フイルムメーカーに対して、
本件特許権に関連した請求をし始めたのであるが、被告を含む多くの現像業者は、
この間の事情を全く知らず、平穏に業務を遂行していたのである。
(4) 特許権者が、長期間にわたり、権利の行使をすることなく過ごし、そのため、一般に当該発明の実施については、もはや権利侵害による責任追及がされないものと信頼されるに至つた場合、過失なくこの信頼に依拠して業務を開始した者に対する権利行使は、信義則に違反し、又は、権利の濫用であつて、許されないものというべきであり、少なくとも、右善意無過失に業務を開始した者が、その後相当の年月にわたり、その事業を知つているはずの権利者から、何らの警告も受けることなく、事業を継続してきて、特許権侵害に基づく請求をされることはないと信じるに至つたような事情があるときには、権利者の権利行使は、信義則違反、又は、
権利の濫用に当るというべきである。
被告は、右(1)、(2)、(3)に述べた事情から、本件特許権に関する侵害問題など全く予期せず事業を開始したのであり、その後本訴提起まで、何ら原告からの警告を受けることもなく、自己の行為につき特許権侵害を理由とする請求などないものと思つていたのであるから、原告の本訴請求は、取引界における信義則違反ないし権利の濫用として許されないものというべきである。
(5)原告の後述三の5の主張事実は、一部否認する。すなわち、前述のとおり、
順次露光方式専用プリンターが国内で用いられるようになつた昭和三五年から六年後の昭和四一年七月に、訴外三菱製紙株式会社が、順次露光方式によるカラープリンターを発表し、これを系列下のカラー現像所に使用させたいとの意向を表明したところ、原告から本件特許権についての実施料の支払いを要求したので、同社からの問合わせにより、昭和四一年一一月に本件特許権の共有権者らが集つて協議をしたことがあるが、その際本件特許発明実施に該当するとの理由で有償許諾を提案したのは、原告だけであり、この問題は、そのまま未解決に終つている。また、昭和四一年七月に、訴外株式会社大沢商会が、三色分解自動プリンターを輸入販売する旨広告したので、原告以外の本件特許権の共有権者らにおいて、右プリンターが本件特許発明と関係があるかどうかを問い合わせようとして、原告の意向をたずねたところ、原告が既に単独で実施許諾をしている旨述べたので、右問合せの書面を差し出さないままに終つたことがあるが、本件特許権の共有権者四名が、連名の内容証明郵便をもつて、右大沢商会に警告を発したなどという事実は、全く存しない。原告の主張は、事実に反する。
12 同9は争う。
ただし、被告が、昭和四〇年一一月一日から昭和四二年一〇月末日ころまで被告方法(一)の方法により、昭和四二年一一月一日から昭和四三年九月三〇日までは被告方法(二)の方法により、「さくらカラー・プリンター4N型」九台を用いて天然色写真印画の製造販売をしたこと、右プリンター一台当りの平均月間売上高が、昭和四〇年一一月一日から昭和四一年四月三〇日までは金二〇二万七〇〇〇円、同年五月一日から昭和四二年四月三〇日までは金二〇〇万四〇〇〇円、同年五月一日から昭和四三年九月三〇日までは金一九四万五〇〇〇円であることは認める。
なお、前述の自由な技術の抗弁が認められないとしても、右抗弁中に主張した事実によれば、被告には本件特許権侵害について過失がなく有責性が阻却されると解するのが相当である。
三 被告の主張に対する原告の反論1 被告は、本件特許発明の明細書の実施例中では、最大感光域という語を、広い幅をもつ領域としてではなく、一定の波長値として表わしている旨主張して、これを最大感光域という語に関する被告の解釈の裏付けにしようとするが、感光域と感度とは、明らかに別異であり、単一波長の感光域などありえないのに、これをあえて単一波長値で表示しているのは、各最大感光領域の代表波長として、各乳剤層の分光比感度の積分平均波長値を挙げたものである。
2 被告は、原告の解釈にしたがうと、本件特許発明は、公知技術による公知の効果すら挙げられない場合が生ずると主張し、その例として、特性曲線の山のふもとの重合部分に最大透過率を有するフイルターを使用した場合を掲げるが、右の場合でも、単純露光の場合よりも良好な結果を得られる。
3 被告は、本件特許発明の明細書の図面の解釈に関して、黄色フイルターを用いて短波長光を切つてやれば、示性曲線は、変転部分が除かれる以外は、その位置もカーブの状態も、ほぼ元のとおりとなるのが当然である旨述べているが、青色光(第一層の感光領域に属する波長光)を完全に吸収するような理想的な黄色フイルターは、多層フイルムに用いられていないから、被告の主張は、架空論である。現在用いられている銀コロイドフイルターは、青色光をある程度吸収するものの、完全に吸収することなく、したがつて、青色光には本来感光してはならない第二層、
第三層が、不必要な青色にも感光してしまうことは、ある程度不可避のことであつて、変転曲線の出現も避けられないところである。ただ、変転曲線が出現するに至るまでの露光域が広いか狭いかが問題なのである。
また、被告は、明細書の第一図、第二図の実線と、破線との左右の位置関係について不可解である旨主張するが、第一、第二図は、実線と破線について、その曲線形状を対比するために作図されたものであり、その左右の位置関係そのものは重要ではなく、光量の変化に対してどのような濃度の変化を示すかということである。
つまり、図面の横軸は、光量の相対的変化を示すに過ぎず、それに付された目盛は、単なる目安のためだけであつて、絶対光量を示すものではない。絶対量を示すのであれば、C・M・S(キヤンドル・メーター・セコンド)と付記するのが例である。
更に、被告は、「……一旦横にねるのは、不必要な感光によるのではなく、これは、露光量がその感光材料の有効露光域を超えたことを意味するはずである。そうすると、このような感光材料にフイルターを用いて露光したからといつて、示性曲線の横にねる特性が変更されて、曲線の傾斜がより急峻に立ち上るはずはない。」旨主張するが、一回露光の場合には、比較的早い時期に変転曲線の出現がみられるから、それだけ有効露光域が狭く、したがつて、露光寛容度が小さいのに対し、三色分解露光の場合には、変転曲線の出現がみられず、それだけ有効露光域が広がり、したがつて、露光寛容度が大となるということであつて、この変転曲線の出現は、原告が、実験によつて確認したものである。
なお、被告が、第二図について、指摘するところは、すべて残留銀を残す反転現像の性格から当然の事柄である。反転現像においては、反転時のカブリを防ぐために、原則として、第一現像の際に、カブリが生ずるまでの現像(過度現像)を行うのであり、そのうえで、第二露光によつて残留銀を画像として取り出すのである。
したがつて、変転曲線を生ずるような露光域の部分は、反転現像のプロセスの性質上、現像の過程で消滅してしまうため再現曲線には、変転曲線が生ずることはないわけである。
4 公知技術に関する被告の主張は、理由がない。乙第四、第五、第六号証は、訴外小西六写真工業株式会社が、本件特許出願公告につき、特許異議の申立をした際、公知文献として引用したものであるが、三種のフイルターの使用方法を示していないとの理由により排斥されたものである。
また、乙第七号証は、具体的技術内容を示していない。同号証の記載から明らかなとおり、三色分解順次露光方式による天然色写真の製造技術は、研究がされていただけで、実施可能なまでに確立されてはいなかつた。それを原告が、研究の結果、実施可能なものにして本件特許発明につき特許出願したものである。
5 被告の前述二、9、10、11の主張は、いずれも争う。なお、被告は、原告が本件特許権に対する無効審判請求の除斥期間が経過するまでは沈黙していながら、その期間が経過するや本件特許権に関連した請求をし始めた旨非難しているけれども、たまたま、そのころから三色分解露光方式による自動カラー・プリンターが普及し始め、本件特許権の実施に関する問題が生じてきただけのことである。
丁度そのころ、訴外株式会社大沢商会が、アグフアーの三色分解自動カラー・プリンターを輸入販売する意向を示し、これについて訴外小西六写真工業株式会社が、本件特許権の侵害となるとして、本件特許権の共有者に協議を求めてきた結果、共有者四名連名の内容証明郵便にて、右大沢商会に警告を発した。また、同じころ、訴外三菱製紙株式会社から、系列のカラー現像所を作り、そこで三色分解方式による自動カラー・プリンターを採用するので、本件特許発明実施許諾を受けたい旨の申入れがあつた。そこで、右三菱製紙及びその系列のカラー現像所に対する実施許諾の可否・条件等について本件特許権の共有者四名が協議をしたが、その際原告から、原告以外の共有三社の各系列のカラー現像所の実施を野放しにしておいて三菱製紙の系列だけを規制するのは不公平だから、三菱製紙に対する実施許諾をする機会に、右共有三社の各系列のカラー現像所に対する実施許諾についても協定しておくべきであると提案したところ、右共有三社と原告との間で、本件特許権の技術的範囲に関する解釈に対立を生じた。そこで、原告は、ひとまず、これら実施許諾に関する問題をすべて棚上げにして、本件特許発明技術的範囲を確定すべく、テストケースとして、本訴を提起したという次第である。
証拠関係(省略)
理 由一 原告が本件特許権の共有権者であつたこと、本件特許発明の特許出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲の項の記載が請求原因3の項のとおりであること、被告が天然色写真印画を製造するために、昭和四〇年一一月一日から昭和四二年一〇月末日ころまで別紙目録(一)の方法(被告方法(一))を、昭和四二年一一月一日ころから昭和四三年九月三〇日ころまでは別紙目録(二)の方法(被告方法)(二))をそれぞれ実施したこと(ただし、ラツテンNO五七の緑フイルターの最大透過率及びラツテンNO五八の緑フイルターの最大透過率の各数値を除く。)は、当事者間に争いがない。
二 成立に争いがない甲第一号証(別添本件特許発明に係る特許異議の申立による公報の訂正。以下右訂正された公報を単に「本件公報」という。)によれば、本件特許発明構成要件は、次のとおりであることが明らかである(この点は、当事者間においても争いがない。)。
(A) 多層感光材料を使用して天然色写真を製造する方法であること。
(B) 使用すべき多層感光材料について、その各乳剤層の分光特性の最大感光域を測定すること。
(C) その各乳剤層について、それぞれ単色フイルターを使用すること。
(D) その各単色フイルターは、各乳剤層の分光特性の最大感光域に、それぞれ最大透過率を有するものであること。
(E) 前述の各単色フイルターを透過させた各色光により順次一回ずつの露光を与えるものであること。
三 そこで本件特許発明と被告方法(一)、(二)とを、右認定の本件特許発明構成要件及び被告方法(一)、(二)を示す別紙目録の記載に基づいて対比する。
1 被告方法(一)、(二)は、三層の乳剤層をもつ「さくらカラーペーパー」を用いて天然色写真印画を製造する方法であるから本件特許発明構成要件(A)を充足するものであることは明らかである。
2 本件特許発明構成要件(B)の「分光特性の最大感光域について、原告は、
露光量の増大によつて三層の乳剤層が共通に感光してしまう部分を切り捨てて分光比感度曲線を見た場合における各層の感光波長領域を指すと解すべきである旨主張するのに対し、被告は、感光層の各層における最大感度を示す波長部分についての多少の幅をみての表現であると解すべきである旨主張する。
よつて考究するに、弁論の全趣旨によりその成立が認められる乙第二七、第二八号証によれば、本件特許発明の出願当時、「最大感光域」の用語は、特定の意味ないし定義をもつ用語として通用していたものでないことが認められ、また成立に争いがない甲第一号証(本件公報)によれば、「最大感光域」の用語について、本件特許発明の発明の詳細なる説明の項には、その意味が定義付けられておらず、明細書全体の記載からも、原告主張の意味の用語として使用されていることを一義的に確定することは困難である。原告は、「最大感光域」の用語の意味が前述の原告主張のとおりに解すべき理由として、(一)多層感光材料の青感光層、緑感光層及び赤感光層がそれぞれ具体的に何ミリミクロンから何ミリミクロンまでの波長に感光するか(感光波長領域)は、感光性付与の方法、増感の方法等によつて、また露光時間の長短によつて異なること、(二)ところで、同種の多層感光材料においては、露光時間と各乳剤層との感光波長領域との間には、露光時間を除々に延長すると、それにつれて各層の感光波長領域も除々に拡大するという関係にあること、しかし、余り露光時間を長くすると、緑感光層及び赤感光層までがハロゲン化銀乳剤に固有の波長領域にある三五〇ミリミクロンないし五〇〇ミリミクロン前後の波長光に共通に感光するようになること、(三)このように露光量が増大し、青色光によつて、緑感光層や赤感光層までが感光するようになつては、各層の三原色分別機能が失われるから、天然色写真材料としての意味がなくなること、(四)したがつて、緑感光層や赤感光層が四〇〇ミリミクロン前後の波長光に感光する直前の状態における各乳剤層の感光波長領域が、それぞれの感光層の感光波長領域の最大ということになること、(五)この乳剤が何ミリミクロンから何ミリミクロンまでの波長の光に感光しうるかという感光の領域を示す用語が、「感光域」であること、
(六)右(四)のとおり、各乳剤層が分光特性を発揮しうる限界内において示す各感光域の最大領域を示すために、「最大」という語を用いているものであることを主張するところ、被告は、原告主張の右(一)(二)及び(三)の各事実、右(四)で原告が主張するとおりの感光波長領域が客観的には存すること、右(五)で原告が主張する「感光域」という語が、何らかの範囲の感光波長を意味するために一般に用いられていることは、これを争わないところである。しかしながら、前掲甲第一号証(本件公報)によれば、右争いがない事実は、「最大感光域」の語を説明するための事実として本件特許発明の明細書に記載されているものではなく、
明細書の記載に基づかない一般的な説明であり、右事実をもつて、本件特許発明構成要件(B)の「最大感光域」の語が、原告主張のとおりの意味に用いられているとする根拠とはしえない。また、前掲甲第一号証(本件公報)によれば、本件特許発明の発明詳細のなる説明の実施例1の項に、「使用すべき内型多層印画紙の各乳剤層の分光特性の最大感光域を測定し、赤光六五〇mμ、緑光五五〇mμ、青光四五〇mμであつたとする。」(本件公報二頁左欄一七行目ないし一九行目)との記載があることが認められ、右記載によれば、明細書自体、原告の主張に反し、
「最大感光域」を一定の波長値で表現し、幅のある領域としては表示していないのである。この点について、原告は、単一波長の感光域などありえないのに、これをあえて右のとおり単一波長値で表示しているのは、各最大感光領域の代表波長として、各乳剤層の分光比感度の積分平均波長値を挙げたからである旨主張する。しかし、前掲甲第一号証(本件公報)によれば、本件特許発明の明細書には、原告主張のとおりの数値を指示するものと窺わせるに足りる記載は存しないことが認められる。更に、成立に争いがない乙第九号証の一ないし三、前掲乙第二七、第二八号証によれば、本件特許発明の出願当時、前述のとおり「最大感光域」という通念的な用語は存せず、また逆に原告がこの語が意味するとする、各感光層が露光量の増大につれて、他の感光層が感光すべき波長の光にも感光してしまう直前の感光波長幅を指す通念的な用語例も存しなかつたこと、分光感度曲線において、曲線のすそ野の両端の間の幅を示す用語としては、「感光波長域」あるいは「感光域」という用語があり、その用語には、「最大」の語を冠する意味がないことが認められ、右認定事実によるも、本件特許発明の明細書における「最大感光域」の語を、原告主張の意味における一定の技術的思想を開示するものとして特定して解することはできない。
そうすると、被告方法(一)、(二)において使用する「さくらカラーペーパー」の各乳剤層の感光波長領域は、青感光性乳剤層が三四八ないし四七六ミリミクロン、緑感光性乳剤層が四七六ないし五七二ミリミクロン、赤感光性乳剤層が六〇〇ないし七三六ミリミクロンであるといつても、右感光波長領域が、本件特許発明構成要件(B)の「分光特性の最大感光域」に該当するかどうか明らかではなく、したがつて被告がその使用にかかるカラーペーパーについて、各乳剤層の「分光特性の最大感光域」をその天然色印画焼付法のために測定使用しているとは断じえないから、被告方法(一)、(二)が本件特許発明構成要件(B)を充足するとする原告の主張は、これを肯認することができない。
3 本件特許発明構成要件(C)は、「各乳剤層について、それぞれ単色フイルターを使用すること。」であるところ、原告は、「単色フイルター」とは、赤フイルター(約六〇〇ないし七〇〇ミリミクロンの光域に透過極大を有するフイルター)、緑フイルター(約五〇〇ないし六〇〇ミリミクロンの光域に透過極大を有するフイルター)、青フイルター(約四〇〇ないし五〇〇ミリミクロンの光域に透過極大を有するフイルター)の総称である旨主張するのに対し、被告は、「単色フイルター」とは、「モノクロマテイツクフイルター」の訳語であつて、別名「ナローバンドフイルター」ともいい、その特性がきわめて狭い透過波長幅(一般に、
最大透過率の二分の一の透過率で定めた透過帯の幅、すなわち半値幅をもつて表わす。)、すなわち大きくても五〇ミリミクロン未満の値を示すフイルターである旨主張する。
そこで審究するに、原告は、「単色フイルター」が原告主張の意味のフイルターを指すことの理由として、(一)明細書には、「本発明の方法は…白光を用いず色光を用いるものであつて而も各3原色感性ハロゲン化銀乳剤層の色感能にも最も適応した換言すれば各層の最大感光域と合致した色光を用いることになるので……」という記載があること、被告主張の意味に解すると、そのフイルターの色光では、
「三原色感性ハロゲン化銀乳剤に最も適応した色光」、「各層の最大感光域と合致した色光」とはいえないこと、(二)実施例の説明において、単に「赤フイルター」、「緑フイルター」、「青フイルター」といつており、透過領域のきわめて狭いフイルターを用いるとはいつていないこと、(三)明細書の記載全体からみても、三色に分解して順次露光することによる効果を述べているだけで、被告主張の単色光フイルターを用いる効果は、全く説明されていないこと、(四)本件特許発明の関連特許発明及び実用新案の明細書において、本件特許発明の単色フイルターに相当するものを、「赤、緑、青の三色フイルター」、「赤フイルター」、「緑フイルター」、「青フイルター」などと称していることなどを挙げている。ところで、前掲甲第一号証(本件公報)によれば、原告の右主張事実中、(一)、(二)及び(三)の各事実が認められる。しかしながら、右(一)の事実が原告の主張を支持する前提としては、「最大感光域」の語が原告主張のとおりの意味を表わすものであることを前提とするものであるところ、右語が原告主張のとおりの意味を表わすものであると解しえないことは、前説明のとおりであるから、右(一)の事実を、「単色フイルター」が原告主張の意味のものであることの理由とすることはできない。次に、右(二)の事実については、被告において、単色光フイルターも、
赤、緑、青フイルターであるから原告の主張を支持する事実たりえないと主張するところ、成立に争いがない乙第二二号証の一ないし三、前掲乙第二七、第二八号証によれば、本件特許発明出願当時から、「単色フイルター」は、単色光フイルターともいい、モノクロマテイツクスフイルターの訳語として、透過光線の波長の範囲が非常に狭いフイルターを指し、厳密にいうと半値幅が一〇mμないし二〇mμ程度であり、半値幅の狭いものほど純粋な単色フイルターといわれていること、しかし一般にモノクロマテイツクフイルター又はナローバンドフイルターと呼ばれて使用されているものには、更に半値幅の広いものがあること、被写体の色彩を三原色成分に分解するもので、赤、緑、青に透過率極大を有する広帯域のフイルターには、三色分解フイルター(カラーセパレーシヨンフイルター)という用語が用いられていること、三色分解フイルターと単色フイルターと同義に用いる用語法はないことが認められ、右事実によれば、「単色フイルター」の語は、明細書において特に定義がなされているか、その他ある特定の意味に用いられていることが明らかでない本件特許発明の場合においては、透過光線の波長の範囲が非常に狭いフイルターを意味するものと解するほかはなく、三色分解フイルターを指すものと解することはできない。明細書には、「赤フイルター」、「緑フイルター」、「青フイルター」との記載はあるが、「単色フイルター」がある特定の意味に用いられていることが明らかではなく、右記載から、「単色フイルター」を原告主張の意味に解することはできない。関連特許発明及び実用新案の明細書に本件特許発明と同一の用語法がみられるとしても、同様である。
そうすると、本件特許発明構成要件(C)の「単色フイルター」は、原告主張の意味に用いられているものと解するにしては、技術的思想の開示として不十分であり、かえつて、透過光線の波長の範囲が非常に狭いフイルターを意味するものと解するのが相当である。
ところで、被告方法(一)において使用する青、緑、赤(B、G、R)の各フイルターは、原告の主張によれば、ラツテンNo.九八のBフイルター(最大透過率四三六・五ミリミクロン、半値幅七〇〇ミリミクロンまでとして約五〇ミリミクロン)、ラツテンNo.五七のGフイルター(最大透過率五二八・五ミリミクロン、
半値幅約七五ミリミクロン)、ラツテンNo.二九のRフイルター(最大透過率七〇〇ミリミクロン、半値幅約八〇ミリミクロン)であり、被告方法(二)において使用するB、G、Rの各フイルターは、原告の主張によれば、ラツテンNo.五八Gのフイルター(最大透過率五三二・四ミリミクロン、半値幅約五七ミリミクロン)のほかは、被告方法(一)のフイルターと同一であるというのであり、原告の右主張のとおりであるとしても、被告方法(一)、(二)に用いられている各フイルターは、前認定から明らかなとおり、「単色フイルター」ということはできない。
そうすると、被告方法(一)、(二)は、本件特許発明構成要件(C)を充足するものとすることはできない。
4 前説明のとおり本件特許発明構成要件(B)の「分光特性の最大感光域」の技術的内容を明らかにしえない以上、被告方法(一)、(二)において用いられる各フイルターが、各乳剤層の分光特性の最大感光域に、それぞれ最大透過率を有するものであるかどうかを明らかにすることができないことになる。したがつて、被告方法(一)、(二)が、本件特許発明構成要件(D)を充足していると認めることもできない。
5 被告方法(一)、(二)は、同方法に用いられる各フイルターを透過させた色光により順次一回ずつの露光を与えて焼付けるものであるから、本件特許発明構成要件(E)にいう順次露光の方法を採用するものではあるが、右各フイルターは、「単色フイルター」ではないから、結局被告方法(一)、(二)は、同構成要件を充足しないこととなる。
6 右のとおりである以上、被告方法(一)、(二)は、本件特許発明技術的範囲に属するとするに由ないものといわざるをえない。
四 よつて、原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第89条を適用し、主文のとおり判決する。
追加
(別紙)目録(一)(1)第一〜一図及び第一〜二図は、自動露光装置「さくらカラープリンター4N型」(小西六写真工業株式会社製)の説明図であつて、第一〜一図は同露光装置の概略側面図、第一〜二図は露光系のタイムチヤートである。
(2)第一〜一図の装置において天然色写真陰画(カラーネガ)及び天然色写真印画紙(カラーペーパー)を所定の位置に配置して、シヤツターを露光光線の経路内に挿入した状態でランプを点灯し、第一〜二図にタイムチヤートで示すように、
まずB(青)フイルターを挿入してシヤツターを開き適当な時間だけB露光を行ない、次いで、シヤツターを挿入してG(緑)フイルターを挿入し、かつ、Bフイルターを除去してシヤツターを開き適当な時間だけG露光を行ない、最後に再びシヤツターを挿入してR(赤)フイルターを挿入し、かつ、Gフイルターを除去してシヤツターを開き適当な時間だけR露光を行ない、シヤツターを挿入した後Rフイルターを除去し露光を終了する。
一般に各色光による露光時間は同一ではなく、また、それぞれの露光時間は光電管によつて製禦される。
このようにして露光されたカラーペーパーは、現像及び定着処理される。
(3)使用するカラーペーパーは「さくらカラーペーパー」(小西六写真工業株式会社製)であつて、その各乳剤層の分光特性は第二図に示すとおりである。
第二図は、分光比感度曲線を得るため回折格子型分光機を使用し、これに光源……一〇〇V二〇〇Wタングステンランプ(色温度三一二〇度)調整用フイルター……CC八〇Y、CC七〇Mウエツジ……Nウエツジ及びハンセン絞り併用(光量差〇〜二)を用いて「さくらカラーペーパー」を分光機の受光面に置き三〇秒間露光を与えて後現像処理し、その三乳剤層共通感光部分(黒色に発色した部分)の頂点を横軸にとつて作図したものであるが、その場合に示す各乳剤層の感光波長領域は、
青感光性乳剤層……三四八〜四七六ミリミクロン緑感光性乳剤層……四七六〜五七二ミリミクロン赤感光性乳剤層……六〇〇〜七三六ミリミクロンであり、各乳剤層の最高感度波長点は、
青感光性乳剤層……約四〇〇ミリミクロン緑感光性乳剤層……約五四〇ミリミクロン赤感光性乳剤層……約六八〇ミリミクロンである。
(4)使用するB、G、Rの各フイルターは、第三〜一図に示すとおりの分光透過率特性を有する、
ラツテンNo.九八のBフイルター(最大透過率四三六・五ミリミクロン、半値幅七〇〇ミリミクロンまでとして、約五〇ミリミクロン)ラツテンNo.五七のGフイルター(最大透過率五二八・五ミリミクロン、半値幅七五ミリミクロン)ラツテンNo.二九のRフイルター(最大透過率七〇〇ミリミクロン、半値幅約八〇ミリミクロン)である。
(5)また、使用する天然色写真陰画である「さくらカラーネガフイルム」(小西六写真工業株式会社製)に用いられているY・M・Cの各色素の分光濃度特性は第四図に示すとおりであり、それら各色素が最高濃度を示す波長点は、
Y色素……約四四七ミリミクロンM色素……約五二六ミリミクロンC色素……約六九〇ミリミクロンである。
(6)右(1)(3)(4)(5)の器材・材料を使用して右(2)の方法により焼付けを行う天然色写真印画の製造法。
なお、この場合カラーペーパーの分光特性の測定は特に行なわない。右(4)の各フイルターの選定は、右(1)の露光装置・右(3)のカラーペーパー・右(5)のカラーネガフイルムの製造者である小西六写真工業株式会社の指示に基づくものである。
目録(二)右(一)の場合の(四)で使用するGフイルターが第三〜二図に示すとおりの分光透過率特性を有する、
ラツテンNo.五八のGフイルター(最大透過率五三二・四ミリミクロン、半値幅約五七ミリミクロン)であるほかは、右(一)と同じ器材・材料を使用して右(一)の(2)の方法により焼付けを行う天然色写真印画の製造法。
第1〜1図<11907-001>第1〜2図<11907-002>第2図<11907-003>第3〜1図<11907-004>第3〜2図<11907-005>第4図<11907-006><11907-007><11907-008>
裁判官 荒木秀一
裁判官 高林克巳
裁判官 清永利亮