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関連審決 審判1972-2814
関連ワード 優先権 /  実質的に同一 /  数値限定 /  実施 /  拒絶査定 /  変更 / 
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事件 昭和 49年 (行ケ) 89号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1976/02/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
この判決に対する上告期間につき、附加期間を三月と定める。
事実及び理由
当事者の申立
原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四八年一二月三日同庁昭和四七年審判第二八一四号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一、二項と同旨の判決を求めた。
請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
(審決の成立-特許庁における手続)一 原告は、名称を「エポキシ化基質の製造法」(後に、「エポキシ化合物の製造法」と変更)とする発明つにき、一九六四年(昭和三九年)六月一五日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和四〇年六月一五日特許出願をしたが、昭和四六年一二月六日拒絶査定を受けたので、昭和四七年五月九日審判を請求した(特許庁同年審判第二八一四号事件)ところ、特許庁は昭和四八年一二月三日右請求は成り立たないとの本訴請求趣旨掲記の審決をし、その謄本は昭和四九年一月二六日原告に送達された(なお、右審決に対する出訴期間につき三か月を附加された)。
(発明の要旨)二 本願発明の要旨は次のとおりであり、右審決もその理由中において認めるところである。
オレフイン化合物を、V、W、Mo及びTiからなる群から選んだ金属触媒と、
酸化剤として少くとも一個の水素原子を芳香族環に隣接する炭素原子にもつアルアルカンのヒドロパーオキシドとで処理し、かつ、この際、ヒドロパーオキシドの少くとも九五%がエポキシ化帯で相応するアルコールに転換するまでエポキシ化反応を続行することを特徴とする、酸化剤の量がオレフイン化合物一モルに対し〇・〇一ないし五〇モルの範囲にあり、金属の触媒量がヒドロパーオキシド一モルに対し少くとも〇・〇〇〇〇一モルであるエポキシ化合物の製造法。
(審決の理由)三 ところが、本件審決が示した理由は次のとおりである。
本願より先願にかかる特願昭三八-六九八三二号の発明(以下、「先願発明」という。)の要旨は「V、Mo、W、Seからなる群から選択される金属の溶解性化合物の少くとも一種の触媒量の存在下において、エポキシ化状態で低級オレフインを有機パーオキシド、有機ヒドロパーオキシド及びそれらの混合物からなる群から選択された有機パーオキシ化合物と接触させることを特徴とするエポキシ化合物の製造法」というにあると認められ、その明細書には、触媒量につき「パーオキシ化合物一モルにつき少くとも〇・〇一ミリモルの金属であり、なるべくは〇・〇二ないし四〇ミリモル、特に〇・四ないし四・〇がよい」、パーオキシ化合物の使用量につき「パーオキシサイドに対するオレフインのモル比率は一:一五ないし二〇:一、なるべくは一:一ないし一〇:一、特に二:一ないし5:1である。」との各記載があるほか、パーオキシ化合物としてクメンヒドロパーオキシド等が例示されている。もつとも、右明細書には酸化剤がどの程度アルコールに変換されるまでその反応を実施すべきかについて明文の説明がないけれども、経済上のコストからしても、格別の事情がないかぎり、酸化剤についてはできるだけ有効に、換言すると、十分消費するまで反応を進めるのが当然であり、先願発明の実施例七でも、アルフアーフエニルーエチルヒドロパーオキシドを用いて九一%の転換率を示すまで反応を実施しているから、これらの事情を考慮すると、先願発明を、使用するヒドロパーオキシドの反応が九五%に達しない場合に限られると解すべき根拠はない。
したがつて、本願発明は、反応剤、触媒及び反応条件のいずれの点においても先願発明と相違せず、これと同一発明というべきであるから、特許法第39条第1項の規定により特許を受けることができない。
(審決の取消事由)四 しかし、本願発明は先願発明と下記のように構成及び効果を異にするから、右審決は違法であつて、取り消されるべきである。なお、先願発明の要旨が審決認定の点にあり、その明細書に審決認定の記載があることは争わない。
(一) 本願発明は、原料化合物及び触媒においてこそ先願発明と実質的に同一であるが、酸化剤については先願発明のそれの範囲を著しく限定したものであるほか、要件として、先願発明に規定されていない反応条件、すなわち「ヒドロパーオキシドの少くとも九五%がエポキシ化帯で相応するアルコールに転換するまでエポキシ化反応を続行すること」が附加されている。なお、右審決は先願発明の実施例七でも九一%の転換率を示すまで反応が実施されていると指摘するが、右転換率は、パーオキシドの消費に関するものであつて、アルコールへの転換に関するものではない。
(二) 次に、本願発明は、前項のような酸化剤の限定と反応条件の附加とを組合わせることによつて、主成物分溜の妨げとなる副成物の生成を防ぎ、かつ、転換アルコールの酸化剤としての再使用を可能にするという顕著な効果を奏する。これを詳説すると、オレフインのエポキシ化反応とは酸化剤を用いてオレフインを酸化させてエポキシ化合物を生成することであるが、先願発明は、その反応を実施するため酸化剤として従来用いられていた過酢酸あるいはこれに代る有機ヒドロパーオキシドを用い、かつ、触媒として特定の物質を用いる点に特徴があり、右にいう有機ヒドロパーオキシドとしては、中でも酸化剤として特に好適とされているクメンヒドロパーオキシドのようなアルアルカンのヒドロパーオキシドを具体例として挙げている。ところが、先願発明によると、酸化剤としてアルアルカンのヒドロパーオキシドを用いた場合には、エポキシ化反応が終了した後に行われる主成物たるエポキシ化合物の分溜精製過程において、フエノール、アセトン等の多量の副成物が生じて分溜精製操作を困難にするという好ましくない現象があつたので、本願発明においては、さような現象が生じるのは未反応のアルアルカンのヒドロパーオキシドがエポキシ化反応生成物の分溜条件下で特に分裂しやすいためであること、アルアルカンのヒドロパーオキシドがエポキシ化反応中に転換生成する対応アルコール(酸化剤がクメンヒドロパーオキシドの場合には、クミルアルコール)が分溜条件下で極めて安定し、しかも分離しやすいこと、
アルアルカンのヒドロパーオキシドをアルコールに転換させておけば前記の副成物が生じないため主成物の分溜が容易になることという知見に基づき、アルアルカンのヒドロパーオキシドのアルコールの転換率を著しく(九五%以上に)高め、これによつて、主成物分溜操作の妨げとなる副成物の多量生成を防ぐ劾果を挙げると同時に、対応アルコールを分離回収し再びアルアルカンのヒドロパーオキシドに転換して酸化剤として用いる効果をも達成したのである。
答弁
被告指定代理人は、請求の原因について、次のとおり述べた。
一 原告主張の前掲一ないし三の事実並びに四の(一)事実は認める。
二 しかし、原告主張の審決の認定ないし判断は正当であつて、右審決に原告主張の違法はない。すなわち、
(一) 本願発明において酸化剤として用いられるアルアルカンのヒドロパーオキシドは、原告も認めるように先願発明の酸化剤の範囲に含まれ、現に、これを用いた具体例が先願発明の実施例七及び一八に示されているから、酸化剤としては先願発明の一実施態様に過ぎない。
(二) 次に、本願発明に要件として附加されたと原告の主張する反応条件とは、
反応を実施するための通常の意味における条件と異なり、反応をどの程度まで進めるかということに帰するが、さようなことなら、右審決も説示しているように、格別の事情がない限り、一〇〇%まで反応を進めるのが理想であつて、先願発明の場合とて、その点の例外とは考えられない。また、もし本願発明の方法によれば右反応条件に示された転換率まで反応を高めうるというのであれば、そのための具体的手段が当然発明の要件とならなければならないのに、本願発明にさような要件は存在しない。したがつて、本願発明は、単に転換率を規定した点以外に、先願発明と差異がなく、その点のみを捉えて両者を別発明であるとする根拠もない。
(三) そして、本願発明においては、主成物たるエポキシ化合物の分溜精製及び転換アルコールの酸化剤への再転換を要件としていないから、生成物の精製手段も、転換アルコールの利用方法も、全く任意であつて、これらに関する原告主張の効果の点から先願発明との異同を論ずべき筋合はない。しかも、主成物を分溜によつて精製することは先願発明の実施例一に示されているところであるうえ、エポキシ化反応の過程で酸化剤をできるかぎり有効に利用すれば、酸化剤自体が主成物に混入する割合が少くなり、それだけ分離すべき不純物も少くなるから、エポキシ化反応の終了後、分溜によるにせよ、その他の手段によるにせよ、これを分離する操作が容易になるのは当然であり、また、分離された副成物たるアルコールを有用物に再転換して利用することも経済上の常識であつて、本題発明の原告主張の効果は先願発明においても当然予期される効果以上のものといえない。
証拠関係(省略)
理 由一 前掲請求原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたる特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて検討する。
(一) 先願発明の要旨が審決認定の点にあり、その明細書に審決認定の記載があることは原告の自陳するところであるが、本題発明が先願発明と使用される原料化合物及び触媒において実質的に同一であること、したがつて、本願発明と先願発明との相違するところといえば、一応、本願発明において使用される酸化剤が「少くとも一個の水素原子を芳香族環に隣接する炭素原子にもつアルアルカンのヒドロパーオキシド」であつて、先願発明の酸化剤たる「有機ヒドロパーオキサイド」の範囲を限定したものであること、また、本願発明において「ヒドロパーオキシドの少くとも九五%がエポキシ化帯で相応するアルコールに転換するまでエポキシ化反応を続行すること」という先願発明に規定のない反応条件が付加されていることに尽きることは当事者間に争いがない。
(二) しかるに、本願発明において使用される酸化剤は右のように概念上、先願発明のそれに包摂されるうえ、成立に争いのない甲第二号証(先願発明の特許公報)及び甲第三号証(本願発明の手続補正書)によると、両者の明細書中にその酸化剤の具体例として示されているのはいずれもクミルヒドロパーオキシド及びアルフアーフエニルーエチルヒドロパーオキシドであることが認められるから、本願発明と先願発明とは使用される酸化剤においても構成上相違するということができない。
(三) また、本願発明に付加された反応条件について考えると本願発明と先願発明とがともにオレフイン化合物を原料としてエポキシ化合物を生成せるため酸化剤として前記のようにヒドロパーオキシドを使用するものであることは前掲各発明の要旨に徴して明らかであるが、前出甲第二、三号証並びに弁論の全趣旨によれば、
ヒドロパーオキシドは、酸素供給の役割を果した後、分解して他の化合物に転換する性質のものであつて、オレフイン化合物からエポキシ化合物を生成するエポキシ化反応は、同一反応器内におけるヒドロパーオキシドの転換に伴つて生じる酸素によつて行われる関係上、その進行には当然それに相応するヒドロパーオキシドの転換を必要とすることが認められ、このことから逆にいつて、ヒドロパーオキシドの転換はそれに相応するエポキシ化反応の進行を意味することになり、したがつて、
エポキシ化反応とヒドロパーオキシドの転換とはいわば表裏一体の関係にあるということができるから、本願発明においてヒドロパーオキシドの少くとも九五%が転換されるまでエポキシ化反応を続行するという反応条件は、結局、ヒドロパーオキシドの転換率によつて、エポキシ化反応の進行の度合を定めたものにほかならない。そして、これには「少くとも九五%」という数値限定があるが、前出甲第三号証(本願発明の明細書)中、「ヒドロパーオキシドを用いた場合、もしその転換率が……八〇%又はそれ以下であるならば……(中略)……反応生成物の蒸溜処理において炭化水素骨格の著しい壊裂がある」との記載によつて、その転換率が八〇%を越える場合には主成物の処理における不都合を避け得ることが僅かに窺われるだけで、「少くとも九五%」に達する場合、特に優れた効果が得られることを裏付ける資料はないから、右数値限定にいわゆる臨界的意義を認めることはできず、したがつて、本願発明における反応条件なるものは、せいぜい、エポキシ化反応を十分高い程度に進行させるべきことを意味するに止まるものと解さざるをえない。
これに対し、先願発明においても、その目的とするエポキシ化反応を十分高い程度に進行させることは、特段の事情がない限り当業者として当然考えるべき事柄であつて、現に、前出甲第二号証によると、右審決指摘のように、先願発明の実施例七においてはアルフアーフエニルーエチルヒドロパーオキシド(前記のように本願発明の具体例にも酸化剤として示されている。)が九一%の転換率を示すまでエポキシ化反応を実施していることが認められるから、先願発明におけるヒドロパーオキシドの転換ひいてはエポキシ化反応の進行はかなり程度の高いものであるということができるのみならず、先願発明においてヒドロパーオキシドの転換率が九五%以上に達する場合を排除していると解すべき根拠はない。なお、先願発明の右実施例における転換率がパーオキシドの消費に関するものであつて、アルコールへの転換に関するものではないことは当事者間に争いがないが、先願発明におけるヒドロパーオキシドは、さきに説示したように、エポキシ化合物生成のための酸化剤として使用され、酸素供給の役割を果した後、他の化合物に転換するものであつて、その働きが本願発明におけるヒドロパーオキシドと何ら異らない以上、これが転換される物質は本願発明におけると同様アルコールであると認めるのが相当であるから、右実施例における転換率は実質的にはアルコールへの転換率をも示しているものと解して妨げない。
そうすると、先願発明においては本願発明におけるような反応条件が明示されていないとはいえ、実質的には満たされているということができるから、本願発明は、反応条件の附加に拘らず、発明の構成において実質上、先願発明と相違するものではないというべきである。
(四) そして、本願発明と先願発明とは、すでに説示したように、原料化合物、
触媒、酸化剤及び反応条件において実質的に相違するところがないから、本願発明の構成によつて生ずる効果は先願発明においても当然生じるものと考えざるをえない。
(五) 以上の次第であるから、本願発明をもつて、先願発明と同一発明であるとして、特許を受けることができないものとした右審決の判断は正当であつて、これに原告主張の違法はない。
三 よつて、本件審決の違法を理由に、その取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 駒田駿太郎
裁判官 中川哲男
裁判官 橋本攻