関連審決 |
審判1968-4053 |
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関連ワード | 有用性 / 進歩性(29条2項) / 化学構造 / 分割出願 / 置換 / 拒絶査定 / 公知事実 / |
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事件 |
昭和
48年
(行ケ)
20号
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1976/12/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が昭和四七年八月二五日、同庁昭和四三年審判第四〇五三号事件についてした審決を取消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は主文同旨の判決をもとめ、被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。 |
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請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和四一年二月五日特許庁に対し、同三九年五月一六日なされていた名称を「置換ベンズアミドの製法」とする発明の特許出願からの分割出願として、名称を「2―アルコキシ―4―アルカノイルアミノ―5―ニトロ安息香酸エステルの製法」とする発明につき特許出願をしたが、同四三年一月二五日拒絶査定を受けた。そこで、原告は同年五月二七日審判の請求をし、同年審判第四〇五三号事件として審理されたが、同四七年八月二五日「本件審判の請求は成り立たない。」旨の審決があり、その謄本は、同年一一月一八日、出訴期間として三か月を附加する旨の決定とともに原告に送達された。 二 本願発明の要旨一般式<11983-001>(式中AおよびR1はアルキル基、R2はアルカノイル基を示す)で示される2―アルコキシ―4―アルカノイルアミノ安息香酸エステルをニトロ化して一般式<11983-002>(式中A・R1・R2は前と同じ意味)で示される2―アルコキシ―4―アルカノイルアミノ―5―ニトロ安息香酸エステルを得ることを特徴とする2―アルコキシ―4―アルカノイルアミノ―5―ニトロ安息香酸エステルの製法三 審決理由の要点(一) 本願発明の要旨は、前項のとおりである。ところで本願発明のニトロ化反応で採用している反応処理の条件は、昭和三一年一二月二五日丸善株式会社発行、 日本化学会編「実験化学構座」第二〇巻「有機化合物の合成U」(以下「引用例」という。)に掲載された一般的なニトロ化反応のそれと差異がないと認められる。 そして、ニトロ化反応は非常に多数多種の芳香族化合物に対して適用されている反応であり、公知の物質である本願発明の原料物質は、そのベンゼン核に結合している各原子団がいずれもニトロ化反応を阻害するようなものとは考えられないので、 これにニトロ化反応を施した場合、反応が進行し、なんらかのニトロ化生成物が得られることは当業者が容易に予測できるところである。 そこで右ニトロ化生成物の種類について考察すると、本願発明の原料物質はそのベンゼン核の1―位、2―位および4―位に結合した原子団をもつているから、ニトロ基が導入されうるベンゼン核上の位置は3―位、5―位、6―位に限られる。 さらに、そのベンゼン核上に結合した原子団に対するニトロ基の配向性を考慮すれば、導入位置は3―位、5―位に限られる。してみると、本願発明の原料物質にニトロ化反応を施した場合の、少なくとも主たる生成物は3―ニトロ体、5―ニトロ体および3・5―ジニトロ体のいずれかであることが予期できるから、そのうちの一つである5―ニトロ体を得る本願発明は予測される三通りの可能性のうちの一つが実現することを確認したに過ぎない。 なお、請求人提出の資料に記載されているジユレンおよび2―アセチル―5―第3級ブチル―m―キシレンがいずれもジニトロ体を生成するからといつても、これら両物質は、ベンゼン核に結合している原子団が本願発明の原料物質のそれと種類を異にしているばかりでなく、対称的な化学構造を持つていてニトロ化可能な位置の反応性が全く同一である点からも、非対称構造を持ちニトロ化可能な位置の反応性が互に異なる本願発明の原料物質とは相違しているので、本願発明の原料物質についてもジニトロ体が得られると直ちに推測する根拠とはなり得ない。 (二) また、本願発明の目的物質が医薬物質製造の中間体として使用できることは認められるが、その有用性はあくまで最終目的物質である医薬物質が得られたときにはじめて実現される有用性であるから、最終目的物質である医薬物質に至るまでの一連の工程について特許を請求するのであればともかく、中間体製造までの段階に止つている本願発明において、該有用性をもつて本願発明が格別の進歩性あるものと判断すべきいわれはない。 (三) 従つて、本願発明は、引用例など公知事実に基づいて容易に考案できたものと認められるので、特許法第29条第2項により特許を受けることができない。 四 審決を取消すべき事由審決には、次のような違法があるから取消されなければならない。 (一) 審決は、本願発明の原料物質にニトロ化反応を施した場合、ニトロ基の配向性を考慮すれば、ニトロ基の導入位置が3―位および5―位に限られるとの前提に立つて、5―ニトロ体である本願発明の目的物質は予測できる三種の生成物、3―ニトロ体、5―ニトロ体および3・5ジニトロ体のうちの一つにすぎないから容易に推考できるものとして本願発明の進歩性を否定しているが、その前提と予測についての説示は、合理的根拠を欠く誤つた判断である。 およそ化学に関する発明においては、論理上あらかじめ予測が下されていたとしても、その予測どおりの反応が生ずるか否かは実験をまたなくては判明しないことが多く、実験の結果予測に反した生成物が得られることが少くない。本願発明の原料物質をニトロ化した場合、予測される生成物質は審決の説示するものよりはるかに広いものといわねばならず、本願発明は化学常識から容易に予測できるものではない。これを審決に即していうと、 (1) 審決は、芳香族化合物一般のニトロ化反応に関し、ベンゼン核の水素が直接置換されることが一般的であるという前提に立つている。しかし、芳香族化合物が試薬と反応する場合、一般的にはベンゼン核の水素が直接置換されることが多いとはいえるが、ニトロ化反応の場合には、反応試薬としてのニトロ化剤の組成、反応温度、既存置換基の構造、置換の場所と数、立体効果などの諸要因によつて複雑な影響を受け、既存基を置換することも少くないので、直接置換と既存基との置換のいずれが一般的であつて、いずれが例外であるかは予測し難い。 (2) また、本願発明の原料物質の構造からしても、ニトロ化反応の場合、直接置換か既存基との置換か予測がつかない。 (3) かりに直接置換が一般的であるとして、審決のいうニトロ基の配向性を考慮するとしても、ニトロ基の導入される位置は審決がいうように3―位および5―位に限られない。また、配向性を考慮するとすれば、立体障害をも考慮するのが当然であるから、本願発明の原料物質について配向性と立体障害を考慮すれば、3―位、5―位との間では、従来、むしろ3―位が原則的であり、5―位は例外的と予測されていた。 (二) 審決は、本願発明の目的物質が医薬物質製造の中間体としての有用性を認めながら、その有用性をもつて本願発明が格別の進歩性あるものとはいうことはできないと判断したが、誤りである。 本願発明の目的物質は、新規な制吐剤、抗ヒスタミン剤などの医薬を製造するための中間体であるが、それ自体、新規かつ有用であつて、作用効果の顕著なものであるから、進歩性が認められて然るべきである。 |
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被告の答弁
一 請求の原因第一項から第三項までの事実は認める。 二 同第四項の事実は次のとおり争う。審決の判断は正当であつて、何ら違法のかどはない。 (一) 取消事由について(1) 芳香族化合物一般のニトロ化反応においては、従来例からみて直接置換が一般的であつて、既存基との置換は例外に属する。 (2) 本願発明の原料物質の構造からしてもニトロ化反応を施した場合、直接置換をまず予想するのが自然である。すなわち、本願発明の原料物質はベンゼン核に結合した置換基としてアルカノイルアミノ基・アルコキシカルボニル基・アルコキシ基の三種をもつが、従来例からいうと、アルカノイルアミノ基、アルコキシカルボニル基はいずれもニトロ基によつて置換されないといえるし、アルコキシ基はニトロ基によつて置換されることはあつても例外的な現象で、多くの場合置換されない。 (3) 配向性と立体障害とを考慮しても、原告が主張するように、3―位が原則的にニトロ化されると予測することはできない。 いずれにしても、本願発明のニトロ化手段自体が一般的なニトロ化手段に属し、 かつ本願発明の原料物質についてのニトロ化反応の生成物の予測性を検討すると、 5―ニトロ体である本願発明の目的物質が得られたことは格別予想外のこととはいえない。 (二) 取消事由(二)について 医薬物質の中間体として使用できる有用性とは、あくまでも最終目的物質である医薬物質が得られたときにはじめて実現される有用性にすぎないから、それが最終目的物質である医薬物質にいたるまでの一連の工程と結びついているのであればともかく、中間体の製造までの段階にとどまつているかぎり、かかる中間体としての有用性をもつて格別の進歩性があるものと判断すべきいわれはない。 |
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証拠(省略)
理 由一 原告主張の請求の原因事実のうち、第一項から第三項までの事実は、当事者間に争いがない。 二 そこで、原告の主張する審決取消事由の有無について判断する。 (一) 取消事由(一)について(1) 審決が芳香族化合物一般のニトロ化反応に関し、水素原子とニトロ基との直接置換が一般的なものであるとの前提に立つていることはその説示にてらし明かであるところ、原告は、その前提が誤りである旨主張する。 成立に争いのない甲第三号証の一・二・三によると、ニトロ化反応において既存基との置換の例もあるが、同時に「オルトヒドロキシ安息香酸」(別名サルチル酸)をニトロ化して二種の「モノニトロオルトヒドロキシ安息香酸」(別名モノニトロサルチル酸)および「ジニトロオルトヒドロキシ安息香酸」(別名ジニトロサルチル酸)が得られる旨の記載があり、直接置換も生起していること、同号証記載の反応では、主生成物はベンゼン核の空位にニトロ基が導入されたモノニトロサルチル酸であつて、置換反応の生成物であるピクリン酸は数種の副生成物の一つにすぎないことがそれぞれ認められ、また、成立に争いのない甲第四号証の一・二によると、ニトロ化反応において既存基との置換の生起している例はあるが一例にすぎず、反応図に示された他のすべてのニトロ化反応例はいずれも直接置換によるものであることが認められ、さらに、成立に争いのない甲第一四号証の一・二によると、既存基との置換によるニトロ化反応の例が示されているが、もともと同号証の論文はその標題から明かなように「不規則(ANOMALOUS)なニトロ化反応」に関する論文であり、その序言には「ニトロ化反応は、水素原子が……ニトロ基により置換される……典型的(orthodox)な反応である」と記載されていることが認められ、他にこれらの認定に反する証拠はない。以上の認定の事実を総合して考えると、芳香族化合物一般のニトロ化反応に関しては、従来の実験の結果から直接置換が一般的であると予測できるものとされていたと認められる。したがつて原告の前記主張は採用できない。 (2) 原告は、本願発明の原料物質の構造からしても直接置換か既存基との置換が予測がつかない旨主張する。 しかしながら、本願発明の原料物質が芳香族化合物に属し、そのニトロ化反応の処理条件も一般的なニトロ化反応の域を出ないことは、弁論の全趣旨に徴し当事者間に異論がないことであり、また芳香族化合物一般のニトロ化反応に関しては、従来直接置換が一般的であると予測できたことは前(1)項に説示のとおりであるから、特段の事情がない限り、本願発明の原料物質の場合にもニトロ化反応に関し直接置換が優先的に生起するものと予測できると解するを相当とする。しかるに本願発明の原料物質の化学構造からみて特段の事情があることを認むべき証拠はない。 したがつて原告のこの点に関する主張も採用できない。 なお、成立に争いのない甲第二〇号証によると、分子軌道法による計算結果によれば、本願発明の原料物質についてはニトロ基が既存基と置換する予期が可能である旨を窺わせるものが示されているが、弁論の全趣旨によれば、分子軌道法においては純理論的な計算が極めて困難で種々の仮定が導入されねばならないし、その計算結果も、正確性についての実験をまたないで十分な信頼がおけないようなものであつて、蓋然性をもつものとはいえないから、にわかにこれを判断の資料として採用しがたい。 (3) 原告は、審決がニトロ基の配合性を考慮すれば、ニトロ基の導入位置は3―位および5―位に限られるとしたのは合理的根拠を欠く誤つた判断であり、配合性を考慮するとしても、ニトロ基の導入位置は3―位および5―位に限られない旨主張するので、以下この点を検討する。 審決がニトロ基の導入される得るベンゼン核上の位置は3―位、5―位および6―位に限られるが、さらに、ニトロ基の配向性を考慮すれば、ニトロ基の導入位置は3―位および5―位に限られる旨説示したことは、当事者に争いがない。 ところで、配向性とは、芳香族化合物の反応において、ベンゼン核に既に結合している基の影響によつて次にベンゼン核に導入される基の位置が支配されること、 すなわち置換基として電子供与基を有する芳香族化合物に対し、求電子試薬が反応するときは、反応はオルト位およびパラ位に起り易く、また電子吸引基を有する芳香族化合物に求電子試薬が反応するときはメタ位に起り易いことをいい、審決もこの趣旨で用いていることは弁論の全趣旨に徴し当事者に異論がないところである。 そうすると、配向性とは特定の置換位置における反応生起の難易傾向を示すものであつて、一般化学の反応理論の域を出ないものといつて差支えない。ところで化学反応においては、実験の結果、理論上の予測に反した生成物が得られることが少くないことも、弁論の全趣旨より肯認されることが少くないことも、弁論の全趣旨より肯認されるところである。そうだとすると、配向性も反応の予測に対して一応の指針ないし目安を与えるにとどまるものといわねばならない。換言すれば配向性の理論は、上記のとおり、ベンゼン核の特定の位置における反応の起り易さを説明するためのものであり、かつ、それにとどまるものをいうべきであるから、この理論に依拠して特定の位置における反応の起り易さの反面として特定の位置以外の位置においては相対的に反応が起りにくいことの説明とはなり得ても、そこでの反応が起り得ないと予測すことはできない筋合いである。 したがつて、本願発明の原料物質について直接置換によりニトロ基が導入され得るところの3―位、5―位、6―位の三つのうちから、実験の結果をふまえることなく、ただ配向性の理論のみに依拠して置換位置が3―位、5―位に限定されると断定することは合理的根拠を欠くものといわなければならない。 そうすると、本願発明の原料物質にニトロ化反応を施した場合、ニトロ基の配向性を考慮すれば、ニトロ基の導入位置が3―位および5―位に限られるとの前提に立つて、5―ニトロ体である本願発明の目的物質は予測できる三種の生成物、3―ニトロ体、5―ニトロ体および3・5ジニトロ体のうちの一つにすぎないから容易に推考できるものとし、本願発明の進歩性を否定した審決は、すでにその前提である説示において誤りがあるから、その余の原告の主張の当否を論ずるまでもなく違法であるといわざるを得ない。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がある。 (二) 取消事由(二)について 本願発明の目的物質が新規物質で、新規な制吐剤、抗ヒスタミン剤の医薬を製造するための中間体であることは当事者間に争いがない。そうすると、本願発明の目的物質は有用な医薬を製造するための原料として、その作用効果の発現の形態は医薬の場合と異なるとしても、それ自体有用性をもつものであるということができる。 被告は、医薬物質の中間体として使用できる有用性とは最終目的物質である医薬物質が得られたときにはじめて実現される有用性にすぎないから、かような中間体としての有用性をもつて本願発明が格別の進歩性があるものと判断すべきいわれはないと主張するが、新規物質を得る製法発明において、特許要件としての目的物質の有用性につき、目的物質がそれ自体有用な医薬物質である場合と、目的物質が有用な医薬を製造するための中間体である場合とを、特に区別して評価すべき合理的根拠はないというべきである。けだし、有用性に関する特許要件は、目的物質が新規であるというだけで何らの有用性をもたないところの製法発明、換言すれば無用の新規物質を得るにすぎない製法発明を特許付与の対象から排除することを趣旨とするものであり、かつそれにとどまるものと解されるからである。 したがつて、審決はこの点に関しても、判断を誤つたもので違法であるといわざるを得ない。原告の主張は理由がある。 三 よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条民事訴訟法第89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 杉本良吉 |
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裁判官 | 舟本信光 |
裁判官 | 小酒禮 |