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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ8682損害賠償請求事件 判例 特許
平成17行ケ10309審決取消請求事件 判例 特許
平成15行ケ39審決取消請求参加事件 判例 特許
平成19ワ35324特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成18行ケ10268審決取消請求事件 判例 特許
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事件 昭和 44年 (ワ) 14345号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1977/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は、原告に対し、金四、〇〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一月二一日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
3 この判決は、仮に執行することができる。
事実及び理由
全容
当事者の申立、主張並びに証拠関係は、別紙要約書記載のとおりである。
理 由一 原告が本件特許権の特許権者であること及び被告が昭和三八年一月一日から昭和四四年一〇月二七日に至るまでの間、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩を松脂に含有させたハンダ付用溶剤をハンダ中に封入したいわゆる脂入ハンダ(被告製品)を製造、販売したことは、当事者間に争いがない。
そこで被告製品が本件特許発明技術的範囲に属するかどうかについて判断する。
二 本件特許発明の特許出願から登録に至るまでの経過が被告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
被告は、原告がした昭和四〇年六月四日付の補正は特許庁審判官のした拒絶理由通知に対応してされたものであるところ、右拒絶理由通知は、前に特許庁審査官がした拒絶査定の理由と同一の理由をその内容としており、特許法にはそのような場合に拒絶理由通知をし得る旨の規定がないから、それに対応してされた原告の補正は当然に無効であると主張する。しかしながら特許庁審判官は右のような拒絶理由通知をし得るものと考えてこれをしたのであり、原告はこれに基づいて補正をしたと認められるから、仮にそのような拒絶理由通知がしえないものであるとしても、
それに基づく原告の補正まで当然に無効としなければならないということはなく、
特許法中にもそのような補正が効力を有しないとする規定もない。
被告は更に、仮に原告の前記補正が有効であるとしてもその補正は特許法第64条の規定に違反するものであるから、本件特許は補正前の特許出願についてされたものとみなされるべきであると主張する。しかしながら、成立について争いのない乙第一号証(本件訂正前の特許公報|-|以下これを「原明細書」という。)及び甲第二号証(本件訂正公報|-|以下これを「訂正明細書」という。)を対照してみると、原明細書の特許請求の範囲でいう「第三級アミンのハロゲン化水素酸塩」は、訂正明細書の特許請求の範囲でいう「<12007-023>のうち一個以上アリル基或はアラルキル基を有する炭素数八以上の芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩」を含むことが明らかであるから、原告がした補正は特許法第64条でいう特許請求の範囲減縮に当り、許されるものといわなければならない。被告は、原告のした補正は補正前の発明の要旨を変更して補正後の発明をまつたく異質の発明とするものであるから、補正後の発明の組成成分が補正前の発明の組成成分の下位概念に属するとの理由だけでは補正前の発明の方が補正後の発明よりも範囲が広いということはできないとし、要旨の変更である理由として、補正前の発明はハンダの表面張力の低下効果を得ることを目的とするのに対し、補正後の発明は、臭気の改良を主目的とし、ハンダの表面張力の低下効果を得ることをねらい(従目的)とするものであると主張する。しかしながら原明細書は、本件特許発明の目的について「従来用いられた第一級、第二級アミン塩は分子量小なるアミン塩に於てはフラツクス作用が比較的良好であつても前述のフラツクスの着色性、
腐触性、電気絶縁性、吸湿性等に於て甚だ不良の傾向にある。……本発明はアミンとして第三級アミンを選びこれとハロゲン化水素酸とを反応せしめて安定な塩を形成せしめ之をハンダ付フラツクスの有効成分としたものである。従来の第一級、第二級アミン塩を主要成分とするフラツクスは前述の如く種々の欠点を有していたが、本発明の如く第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を用いることによりハンダ付の能力を極めて大きくし且つ前述の欠点を改善する事が可能となつた。」(特許公報一頁右欄二四行目ないし二頁左欄七行目)と述べており、これとまつたく同じ趣旨のことは証正明細書にも記載されているから、訂正後における本件特許発明は、
訂正前のそれとはまつたく違った別のものであるとする被告の主張は理由がない。
もつとも訂正明細書中には、前記本件特許発明の目的に関する記述のほかに、「前記芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を使用する根拠は、臭気の改良を主眼としたものである。」との記載があることが認められる。しかしこれは、原明細書の特許請求の範囲の「第三級アミンのハロゲン化水素酸塩」との記載を「<12007-024>のうち一個以上をアリル基又はアラルキル基を有する芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩」と減縮したことに伴ない、芳香族炭火水素の有する芳香の特徴を強調するために挿入したものであると認められ、これが挿入されたことによつて、訂正の前後によつて本件特許発明がまつたく別のものであるとすることはできない。
被告の主張は理由がない。
三 被告製品は、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩を松脂に含有させたハンダ付用溶剤をハンダ中に封入したものであり、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩は一個のアリル基を有する炭素数一〇の芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩であるから、被告製品は本件特許発明技術的範囲に属する。
被告は、本件特許発明において、松脂等に含有させた芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩の量は松脂等よりも多量であることを要件とするのに対して被告製品に使用するフラツクスに含まれるN、N-ジエチルアニリン塩酸塩の量は松脂一〇〇部に対して約二倍であるから、被告製品は本件特許発明技術的範囲に属しない旨の主張をするが、本件明細書の特許請求の範囲中の芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩を「主要な成分とし、」とあるのは、活性剤として「主要な」成分という意味であることは訂正明細書発明の詳細な説明の項及び特許請求の範囲の項中の記載から明らかである。すなわち、発明の詳細な説明の項には「従来ロジンは電気用ハンダ付フラツクスとして古くから使用され、前述の諸性質の内ハンダ付性をのぞいてはほぼ満足している。ロジンのハンダ付性についてはロジン中に含まれる有機酸、アビエチン酸及びその同族体の存在によるものでその活性度は弱く、鉄、
ニツケル、亜鉛等に対する……ハンダ付を行う事が出来なかつた。
然るに前述のロジンのハンダ付に於ける欠点を改良する為活性剤として種々の有機、無機の塩類をロジン又はその誘導体、合成樹脂その他に含有せしめて用いられており、アミンの無機酸、有機酸塩が用いられた例がある。」 「尚本発明に於けるもう一つの特徴として樹脂ベースに松脂のみでなく合成樹脂(重合松脂など)を添加してフラツクスの耐湿性、電気絶縁性等を向上させていることである。」 「一般にアミンの塩の塩基性即ち有機酸、無機酸と塩を造る能力は、第一級〈第二級〈第三級と増大し、第三級アミンが最も強力である。このためハンダ付温度に於て急激にフラツクス作用を起し、作用が終つた後気化してハンダ付後はロジンその他の安全なフラツクスベースに履われて湿気や酸化発銹より保護するようになつている。」 「一方第三級アミン塩は対応する第一級、第二級アミンの塩にくらべ、親水性を減少し親油性を増大する。親水性の減少はアミン塩の有する腐触性、電気絶縁性の低下、吸湿性等の欠点を減少せしめる傾向がある。又親油性の増大はフラツクスベースに対する相溶性、その他を向上せしめる結果となり、又ロジンベースにした場合、第一級、第二級アミンの如き、フラツクスの着色は認められず、ワセリン等と混和してペースト溶剤とすることもでき、或はロジン中に一〜一〇%程度混入して溶剤入ハンダとすることもできるもので、従来の第一級、第二級アミン塩を主要成分とするハンダ付用フラツクスに於ては、望み得ない程強力で前述の欠点の極めて少ない優秀な性能を有するハンダ付用フラツクスの製造が可能である。」と記載されており、また本件特許発明実施例として一一例をあげているが、いずれもロジン(松脂)及び重合ロジン各三〇ないし五〇部に対して芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩が一ないし一〇部であり、右の事実を考えると、本件特許発明はハンダ付においてフラツクス性を有するロジン又は重合ロジン(特許請求の範囲でいう合成樹脂とはフラツクス性を有する合成樹脂をいうものと認められる。)のフラツクス性を活性化するものとして芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を主要な成分として使用したものであると認められる。そうすると被告主張のような本件特許発明においては溶剤中の組成比において芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩がそれ以外の成分よりも多量であるということをその要件とするものであるということはできない。このことはまた本件特許請求の範囲中の「芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩を主要な成分とし、」「松脂又はワセリン又は合成樹脂類に含有せしめ」とある表現自体からも明らかである(もつとも、右特許請求の範囲中におけるワセリンはフラツクス性を有するものとは考えられず、また発明の詳細な説明中にも他にフラツクス性を有するものを溶剤のベースとすることなしにワセリンのみに芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を含有させる点には言及されておらず、実施例中にもそのような記載がないことからすれば、本件特許請求の範囲中にワセリンを掲げたことは、特許法第36条第5項に違反し、特許無効の原因となり得る場合があるものと考えられなくもないが、このことと本件特許発明技術的範囲がどのようなものであるかということとは関係のないことであると考えられる。)。
被告は、芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を含有するハンダ付用溶剤は、本件特許発明の特許出願前すでに公知であつたから右芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩はその重量において松脂等を超えるものであると解釈されなければならないと主張するが、被告挙示の証拠には、ロジンフラツクスに活性剤として芳香族第三級アミン塩を添加するという技術思想は開示されておらず、また仮にそれが本件特許発明の特許出願前公知であつたとしても、そのことから直ちに本件特許発明における重量組成比を被告主張のように解釈しなければならないということはできず、また被告主張のように解釈しなければ発明の特定性に欠けるということもない。被告の主張はすべて理由がない。
被告溶剤の成分組成であると被告が主張するところによつても被告溶剤N、N-ジエチルアニリン塩酸塩を主要な活性剤として松脂等に含有させたものであると認められるから、被告溶剤は本件特許発明技術的範囲に属する。
四 被告は、ハンダ付用溶剤にN、N-ジエチルアニリン塩酸塩を添加すること、
及び松脂を成形剤とすることは、本件特許発明の特許出願前公知であり(乙第二一号証、第二三、二四号証)、しかも被告溶剤は乙第二四号証に記載された公知のフラツクスの具体的実施態様にすぎないから、被告製品の製造、販売が本件特許権を侵害するとして被告に対してその損害の賠償を請求することは権利の濫用であつて許されないとの趣旨を主張する。
しかしながら、本件特許発明が特許出願前公知であつたとの証拠がないことは前記のとおりであり、仮に公知であつたとしても、その理由で特許を無効とする審決が確定しない以上、特許権は有効として存続するのであり、その特許発明実施は権利の行使として許されるものであつて、その実施権利濫用として禁止されることはない。被告の主張は理由がない。
五 次に被告の先使用による通常実施権の主張について判断する。
被告は、被告会社の代表者である【A】は、自らの研究に基づいて昭和三三年一二月以来N、N-ジメチルアニリン塩酸塩及びN、N-ジエチルアニリン塩酸塩を組成分とするフラツクスを使用する脂入ハンダの製造、販売の準備をし、昭和三四年一月以来被告会社の設立(昭和三六年三月一三日)に至るまで、右脂入ハンダの製造、販売を行なつて本件特許権について通常実施権を取得し、被告会社の設立とともに被告会社にその通常実施権実施の事業とともに移転したと主張する。
証人【B】の証言により成立の認められる乙第一六号証及び被告代表者本人尋問の結果により成立の認められる乙第一五号証の一並びに証人【B】の証言によると、昭和三四年一月六日頃【A】が訴外純正化学株式会社からN、N-ジメチルアニリン塩酸塩五〇グラムを購入してこれをハンダ付用溶剤の製造のために使用したこと、同年中に【A】が訴外ワールド無線株式会社に対して液体状のハンダ付用溶剤約五キログラムを数回に分けて納入したことの事実が認められる。
本件における原告の主張は、被告が昭和三八年一月一日から昭和四四年一〇月二七日に至るまでの間、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩を松脂に含有させたハンダ付用溶剤をハンダ中に封入した脂入りハンダを製造、販売したことが本件特許権を侵害するというものであり、被告は右の期間右のような脂入ハンダを製造、販売したことを認めているところ、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩ではなく、N、N-ジメチルアニリン塩酸塩を使用したことが先使用による通常実施権取得の原因となり得るかという点についてはともかく、被告主張の頃に【A】がN、N-ジメチルアニリン塩酸塩を使用して脂入ハンダを製造し、これを販売していたこと、又は製造、販売の準備をしていたとの点については、被告会社代表者【A】の供述中これに沿うかのような部分がなくはないが、これ以外に他にこれを認めるに足る適確な証拠はなく、結局被告会社代表者の右供述部分は措信できないことになる。前認定のN、N-ジメチルアニリン塩酸塩を使用した液体状のハンダ付用溶剤は松脂又はワセリン又は合成樹脂類に含有させたものではないといわざるを得ず、他に被告主張の先使用による通常実施権取得の事実を認めさせるに足る証拠はない。
なお被告は、被告が本件特許出願にかかる発明の内容を知らないで、本件特許出願の出願公告日の前である昭和三六年三月一三日から被告製品の製造、販売を行なつて来たから、被告は本件特許権について先使用による通常実施権を取得したと主張するが、そのような事実によつて先使用による通常実施権が取得できるものでないことは明らかであるから、この主張はそれ自体失当として排斥せざるを得ない。
六 以上説明のとおり、被告が被告製品を製造、販売することは原告の本件特許権を侵害するものであり、被告はこれについて少なくとも過失があつたものと推定される。
そこで原告が被つた損害額について判断する。
原告は、被告は昭和三八年一月一日から昭和四四年一〇月二七日に至るまでの間に被告製品を販売することによつて少くとも約二億円の利益を得たと主張し、被告が右期間被告製品を製造販売したことは当事者間に争いがないが、被告が右の期間に約二億円の利益を得たとの点についてはこれを認めるに足る立証はない。
七 被告の昭和四三年一〇月二八日から昭和四四年一〇月二七日に至るまでの一年間の被告製品の平均月商が約金二、四〇〇万円であることは当事者間に争いがなく、そして証人【C】の証言及び同証言により成立の認められる甲第一四号証によれば、被告は右期間右売上高の約一五パーセントに相当する金四、三二〇万円を下らない金額の利益を得ていること、被告製品のような脂入りハンダの需要は主に精密で且つ高い作業効率を要求される電子機器製造業用として使用され、またこれを使用している需要先では線ハンダとハンダ付用溶剤とが別体になつたものを使用して作業するようなことはない等の事実が認められ、被告代表者本人尋問中右認定に反する部分はにわかに措信しがたい。
右事実によれば、被告は被告製品に封入されているハンダ付用溶剤をハンダと切離して単独で販売したことはないというべきであり、このような態様における被告の本件特許権侵害については、原告は被告が脂入ハンダを販売することによつて得た利益を自己の被つた損害として請求し得るものというべきである。
従つて、被告は、昭和四三年一〇月二八日から昭和四四年一〇月二七日に至るまでの一年間に本件特許発明技術的範囲に属する被告溶剤を実施したことにより原告の本件特許権を侵害し、その結果金四、三二〇万円を下らない金額の利益を得たものであるところ、特許法第102条第1項によれば原告は前記被告の受けた利益額相当の損害を受けたものと推定されるから、被告は原告に対しその損害を賠償する義務がある。
八 そうすると、前記金額の範囲内で被告に対し損害賠償として金四、〇〇〇万円及び不法行為の日の後である昭和四五年一月二一日以降民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本件請求は理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第99条を仮執行宣言について同法第196条第1項をそれぞれ適用し、よつて主文のとおり判決する。
追加
(別紙一)要約書原告の申立主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。
原告の主張並びに被告の主張に対する認否及び反論一原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件特許発明」という。)を有する。
登録番号第五一六八七一号名称「ハンダ付用溶剤」出願日昭和三五年五月三一日出願番号特願昭三五-二六二五一号公告日昭和三七年七月一三日公告番号特許出願公告昭三七-八一六六号(ただし、右公告後昭和四三年一〇月三〇日付で訂正公報が発行された。)登録日昭和四三年四月二五日二本件特許発明の特許請求の範囲は、前記昭和四三年一〇月三〇日付訂正公報記載のとおり、
<12007-023>のうち一個以上アリル基或はアラルキル基を有する炭素数八以上の芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩を主要な成分とし、松脂又はワセリン又は合成樹脂類に含有せしめたことを特徴とするハンダ付用溶剤。」である。(別添特許出願公告昭三七-八一六六号公報の訂正公報参照)(下記被告の主張に対する認否)原告の本件特許発明の特許出願から登録に至るまでの経過が被告主張のとおりであることは認める。
被告の下記(1)の主張は争う。
本件特許発明についてこれを特許すべき旨を決定した審決は、該補正が適法、有効なものであることを前提としている。もし右補正が手続的に無効であるというならば、それが適法な補正であることを前提とした審決自体の違法性の問題として論ぜられるべきである。従つて、審決が有効に存在していることを前提としながら、
途中でされた補正手続の不適法性を問題としても、その主張はなんらの法律的意義を有しない。
(審決の有効性を前提としながら、補正にかかる問題で、本件特許が原発明についてされたものであるという主張は、特許法第42条に基づいてのみしうる。)被告の下記(2)の主張は争う。
補正前の発明の方が、原告の主張する補正後の発明より範囲が広いから、被告主張の意図がわからないが、一応理由を示せば次のとおりである。
補正後の発明における芳香族第三級アミンの塩酸塩は、補正前の発明における第三級アミンのハロゲン化水素酸塩の下位概念である。
効果的にも、前者は後者の有する効果をも奏しうるとともにさらに加えて臭気の軽減という特殊の効果をも奏しうるものである。
従つてこのような補正は、明らかに特許法第64条の「特許請求の範囲減縮」に該当する。
三本件特許発明の構成の要件(一)前記特許請求の算囲の記載に従つて、本件特許発明の構成の要件を掲げればつぎのとおりである。
(イ)「ハンダ付用溶剤」であること。
(ロ)<12007-025>によつて表わされる芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩を主要な成分として含有せしめること。(ただし、R1・R2・R3のうち、一個以上はアリル基又はアラルキル基であり、炭素数は八以上であること。)(ハ)右化合物を、松脂またはワセリン又は合成樹脂類に含有せしめること。
(二)前記要件(ロ)中「主要な成分」とあるのは「活性剤として主要な部分」の趣旨であり、溶剤中の存在量が他の成分以上であることを意味するものではない。
このことは、
○ロジン・フラツクス中にロジン(松脂)の量を超える活性剤を含有せしめるということは技術常識に反すること、
○本件特許請求の範囲には「………を主要な成分とし、松脂………に含有せしめ」と記載されており、この記述の仕方からも、含有母体は松脂等であつてアミン塩は量的には添加物にすぎないことが推測されること、
○本件特許の明細書中、実施例(1)ないし(11)ではいずれも活性剤の含有量はロジン六〇ないし一〇〇部に対して一ないし一〇部であることが明示されていること、
等からして明らかである。
なお、後述するように、乙第二一号証ないし第二四号証のいずれにも、ロジンに芳香族第三級アミンの水素酸塩を添加したハンダ付用溶剤は開示されておらず、また、芳香族第三級アミン塩の独自の性質に着目した記述もない。従つて、右文献の記載を根拠として本件特許発明の特徴が各成分の組成比にあるとする被告の主張は理由がない。
四本件特許発明の目的、効果(一)本件特許発明は、松脂類を主体とするいわゆるロジン・フラツクス中に、
その活性剤として芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を添加することにより、フラツクスのハンダ付性その他の諸性質を改善するとともに、ハンダ付作業に伴なつて発生する不快臭をいちじるしく軽減することを目的とするものである。
すなわち、いわゆるフラツクス作用の弱いロジン・フラツクスにアミン塩等の活性剤を添加してそのフラツクス作用を高めること自体は従前から知られていたが、
本件特許発明は、特に芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩に着目し、これを活性剤としてロジン・フラツクスに添加することにより、フラツクスのハンダ付性を高めると同時に腐触性も少ないという、従来の活性剤においては相反するとみられていた要求を同時に満足させ、しかも、ハンダ付作業に際しての大きな問題であつた臭気の発生をもいちじるしく軽減することができるという効果を奏しえたものである。
被告の下記(二)の主張は争う。ハンダ付性の良否をハンダ付後のハンダの拡がり度合によつて判定することは、当業者間で広く行なわれている。(甲第七号証及び第八号証参照)活性度の高いフラツクスを用いると金属面の清浄化がよく行なわれ、その結果ハンダが金属面によりよく広がる。同一量のハンダを用いた場合にハンダがよりよく拡がるということは、ハンダがはがれ難いこと、すなわちハンダ付性が向上したことを意味するからである。
この拡がり試験がハンダ付性の良否判定のために用いられたことは明細書中に明記されているのであつて(訂正公報三頁左欄三六行ないし右欄一三行)、
拡がり試験が採用されているがゆえに本件発明の目的は単にハンダの表面張力を低下せしめることにあるという議論は不可解である。
ちなみに、被告会社自身もその出願にかかる特許出願明細書中において、ハンダ付性はハンダの拡がり性によつて評価される旨を明言している(甲第一二号証)。
五被告の侵害行為(一)被告は昭和三七年末頃から少なくとも昭和四四年一〇月二七日までの間、
N、N-ジエチルアニリン塩酸塩を松脂に含有させたハンダ付用溶剤をハンダ中に封入したいわゆる「脂入ハンダ」を「フアイン・ソールダー」の名で製造、販売した。(以下右脂入ハンダを「被告製品」といい、その封入された溶剤を「被告溶剤」という。)(二)被告製品に含有されるN、N-ジエチルアニリン塩酸塩は、二個のアルキル基を有する芳香族第三級アミンの塩酸塩で、その炭素数の合計は一〇である。すなわちこの化合物は、本件特許の請求範囲における〈12007-003〉のうち一個以上アリル基あるいはアラルキル基を有する、炭素数八以上の芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩」に該当する。
しかも被告製品中の溶剤は、右化合物を松脂に含有させたものであるから、本件特許発明の要件を具え、その技術的範囲に属するものである。
被告の下記主張に対する原告の認否及び反論(1)被告の主張する溶剤の成分組成のうち、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩の含有量が松脂一〇〇部に対し約二部である事実を有利に援用する。その余の被告の主張(1)は争う。
(2)被告の主張(2)は争う。
ただし、被告製品中に含有されているN、N-ジエチルアニリン塩酸塩が松脂の有する金属面清浄力を助勢するための物質であるとの主張は、被告製品が本件特許発明と同一の効果を奏していることを自白したものとして有利に援用する。
(3)被告の主張(3)は争う。
補正後の発明はロジン・フラツクスに属するものであつて、ロジン・フラツクスにおいて、松脂であることはありえない。
(三)なお、仮に本件発明の特許請求の範囲は前記補正前の明細書の記載に基づくべきものであるとしても、N、N-ジエチルアニリン塩酸塩は、該補正前の特許請求の範囲における「第三級アミンハロゲン化水素酸塩」にも該当するのであるから被告製品中の溶剤は、補正前の本件発明の技術的範囲にも属するものである。すなわち、
(1)補正前の特許請求の範囲はつぎのとおりである。
「本文所載の目的に於て本文に詳記する如く第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を主要な成分としてハンダ溶剤に含有せしめた事を特徴とするハンダ付溶剤」右特許請求の範囲の記載中、「主要な成分」の意義は、補正後の発明について述べたところとまつたく同様である。また、発明の目的、効果は、従来のロジン・フラツクスよりもハンダ付性において優れていると同時に腐触性等の幣害が少ないフラツクスが得られる点にある。
(2)被告製品中に含まれるN、N-ジエチルアニリン塩酸塩は、右「第三級アミンのハロゲン化水素酸塩」に該当するものであり、被告製品のフラツクスは、右N、N-ジエチルアニリン塩酸塩を「ハンダ溶剤」に含有せしめたものであるから、まさに補正前の本件特許発明技術的範囲に属するものである。
なお、補正前の本件特許発明の目的、性質、効果等に関する被告の主張はいずれも争う。
(四)以上のとおり被告製品中の溶剤は本件特許発明技術的範囲に属するものであるから、被告が右溶剤を含む脂入ハンダを製造、販売することは、本件特許権に対する侵害行為に該当する。なお、被告は東京地方裁判所昭和四四年(ヨ)第二五四五号仮処分事件の債務者として被告製品が本件特許発明技術的範囲に属し、
これを製造、販売することが本件特許権の侵害行為に該当することをすでに認めている。
被告の主張(2)は争う。
被告の指摘するいかなる証拠にも松脂類に芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を添加したハンダ付用フラツクスは開示されていないし、まして被告製品と同一組成のハンダ付用フラツクスが開示されているわけでもない。単に芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩がロジン・フラツクス以外の他種のハンダ付用フラツクスの成分として用い得ることが知られていたという事実は、なんら本件特許権の権利行使を制限させる根拠にはなり得ない。(被告の指摘する東京地方裁判所及び大阪地方裁判所の判決は、いずれも、公知技術そのものの実施に対しては特許権の効力は及ばない旨を判示しているにすぎない。)すなわち、乙第二一号証記載の発明は、第一に、水溶性フラツクスであつてロジン・フラツクスではなく、第二に、アミンはフラツクスの主体そのものであつて、
活性化のための添加剤ではなく、第三に、用いられているアミンは脂肪族又は脂環族のものであつて芳香族のものではない。要するに、ロジン・フラツクスに芳香族第三級アミン塩を活性剤として添加するという本件特許発明とは特段の関係のない発明である。
乙第二二号証記載の発明も、第一に、水溶性のものであつてロジン・フラツクスではなく、第二に、アミン塩はフラツクスの主体そのものであつて、添加剤ではなく、第三に、ヘキサメチレンテトラミンは特殊な脂肪族第三級アミンであつて、芳香族第三級アミンではない。従つて、この発明も本件特許発明とは特段の関係がない。
乙第二三号証記載の発明は、ロジン・フラツクスとはまつたく異なる組成のアルミニウムハンダ付け用フラツクスであり、また、芳香族第三級アミン塩は、各種アミン塩類、アマイド等のうちの一種以上の成分として用いうる化合物の一種として例示されているにすぎず、その特有の性質についての言及等はまつたく存在しない。要するに、乙第二三号証には、芳香族第三級アミン塩が、塩化亜鉛やヒドラシン塩と組合せて用いうる成分の一種として示されているというだけのことである。
乙第二四号証記載の発明は、ヒドラジン系フラツクスであつて、ロジン・フラツクスではなく、また芳香族第三級アミン塩は、右ヒドラジン塩と組合せて用いる化合物の中に包含されうるというにすぎない。
六被告の主張は争う。
被告主張(一)の事実は否認する。
被告主張(二)は争う。被告の主張は、特許法に根拠のない独自の見解であつて、全く成り立たない。
七被告の侵害行為による損害額(一)被告は昭和三八年一月一日から昭和四四年一〇月二七日までの間に、本件被告製品「フアイン・ソールダー」の販売によつて、少なくとも約二億円の利益を得た。
(二)本件被告製品の被告による平均月商額は約二、四〇〇万円であり、その販売による利益率は約二〇%である。
従つて、昭和四三年一〇月二八日から昭和四四年一〇月二七日までの一年間においても、被告は本件被告製品の販売により、少なくとも五、〇〇〇万円の利益を得た。
(三)本件被告製品の販売により被告が得た右利益額は、特許法第102条第1項の規定により、原告が受けた損害額と推定されるところ、原告は右(二)に掲げる一年間に受けた損害の一部として被告に対し金四、〇〇〇万円の支払を請求するものである。
なお、本件被告製品をも含めて、一般に脂入ハンダにおいては、ハンダとそれに封入される溶剤とは、その分離が不可能な程度に一体となつており、また、脂入ハンダは「脂入り」であるが故に使用者に着目、購入されるものである。従つて、本件特許権の侵害による損害額の算定基礎として、脂入ハンダ全体の販売による利益額を用いることは当然である。
被告の申立「1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。
被告の認否及び主張並びに原告の主張に対する反論認める。
二原告主張の訂正公報に原告主張のような記載があることは認める。しかし、これは以下(1)、(2)で述べるような理由で、本件特許発明の特許請求の範囲ではない。
(被告の主張)本件特許発明の特許請求の範囲は、特許出願公告昭三七-八一六六号公報の特許請求の範囲欄に記載のとおり、
「本文所載の目的に於て本文に詳記する如く第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を主要な成分としてハンダ溶剤に含有せしめた事を特徴とするハンダ付用溶剤」である。(別添特許出願公告昭三七-八一六六号公報参照)そのように解すべき理由は、以下の(1)及び(2)で述べるが、その前に原告の本件特許発明の特許出願から登録に至るまでの経過を述べれば、次のとおりである。
原告は、昭和三五年五月三一日本件特許発明の特許出願をし、右出願について、
昭和三七年七月一三日出願公告された。訴外【D】は、これに対し特許異議の申立てをし(昭和三七年八月二二日)、原告はこれに答弁すると同時に手続補正して明細書を全面的に訂正した(昭和三七年一二月一八日)。昭和三八年八月八日特許庁審査官は、補正却下の決定及び異議の決定並びに出願拒絶の査定をした。そこで原告は、昭和三八年九月二六日拒絶査定不服の審判を請求し、更に出願拒絶理由の通知(昭和四〇年四月二二日)を受けて、手続補正して明細書全文を訂正した(昭和四〇年六月四日)。昭和四三年三月二日にいたり、特許庁審判官は、原拒絶査定取消し、及び特許すべき旨の審決をし、本件特許権は昭和四三年四月二五日に登録された。
(1)原告の前記昭和四〇年六月四日付の補正は、特許法上補正することができない場合であるにかかわらずされたものであつて、当然に無効であるから、本件特許は補正前の特許出願についてなされたものといわなければならない。
すなわち右昭和四〇年六月四日付補正は、昭和四〇年四月二二日付拒絶理由通知に対応してされたものであるが、右拒絶理由通知は、前にされた拒絶査定の理由と同一の理由をその内容としている。特許法第159条によれば、審判手続において同法第64条に基づく補正ができるのは、「査定の理由と異なる拒絶の理由」をもつて拒絶の理由とされた場合に限られているのであるから、審判において拒絶理由通知がされても、それが拒絶査定と同一の理由によるものである場合には、特許法第64条による補正を行なうことはできない。従つて補正することのできない原告によつてされた補正は当然に無効である。このような無効な補正を却下しなかつたからといつてそのために補正が有効となることはない。
(2)前記のように、本件特許出願の補正は、無効なものであるが、仮にその補正が有効であるとしても、その補正は特許法第64条の規定に違反するものであるから、本件特許は補正前の特許出願についてされたものとみなされるべきものである(特許法第42条)。補正前の明細書によれば、その発明はハンダの表面張力の低下効果を得ることを目的とする(乙第一号証三ページ右欄下から八行目以下参照)のに対し、補正後の発明は、その明細書によれば、臭気の改良を主眼(主目的)とし、ハンダの表面張力の低下効果を得ることをねらい(従目的)とするものである。
訂正明細書中「この臭気を改善するに………第三級アミンのハロゲン化水素酸塩と云えども………ハンダ付性に難を生ずる。然るに前記構造を有する芳香族第三級アミンのそれは………」と記載するように、補正前の発明における第三級アミンのハロゲン化水素酸塩と補正発明における芳香族第三級アミンの同塩とは異なる性質作用のものであつて、補正発明は芳香族第三級アミンの同塩にのみ存在し、補正前の発明の第三級アミンの同塩には共通しては存在しない特異の性質を利用して別異の作用と効果を期待するものである。しかもその作用効果は、補正前の発明の第三級アミンの同塩の性質に伴う当然の作用効果でもないことは明細書中の上記記載の明示するとおりである。
従つてこのような補正は、補正前発明の特許請求の範囲減縮でもなく、誤記の訂正でもなく、また記載の釈明でもない。
従つて、原告主張のように、補正発明の組成成分が補正前の発明の組成成分中の下位概念に属する成分であるとしても、補正発明は、補正前の発明の組成成分に共通して存在するものではないところの臭気改善性、松脂との相溶性を有する一部の成分のその特性の利用技術において、補正前の組成成分によつては期待することも実現することもできない技術の利用によつて発明の構成をし、かつ異なる作用効果を得ようとするものであるから、その補正は明らかに特許法第64条の規定に反するものである。
また原告は、補正前の発明の方が、補正後の発明よりもその範囲が広い旨を主張するが、両者は同一性のものではない。前記(2)によつて明らかなように、本件補正は補正前の発明の要旨を変更して補正後の発明をまつたく異質の発明とするものであるから、補正後の発明の組成成分が補正前の発明の組成成分の下位概念に属するとの理由だけでは、補正前の発明の方が、補正後の発明よりも範囲が広いということはできない。被告の主張は補正前の発明と補正後の発明とは、その技術的思想をまつたく異にする発明であるというにある。
三(一)否認する。
(被告の主張)前記のとおり、本件特許発明の特許請求の範囲は補正前の明細書記載のとおりのものである。仮にそうでないとしても、その補正がされなかつた特許出願について特許がされたものとみなされるべきものである。右補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本件特許発明の構成の要件を掲げれば、つぎのとおりである。
(イ)「ハンダ付用溶剤」であること。
(ロ)第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を主要な成分とすること。
(ハ)右化合物をハンダ溶剤に含有せしめること。
しかし、仮に補正が有効であつて、しかもその補正は特許法第64条の規定に反するものでないとすれば、本件特許発明の構成の要件が原告主張のとおりであることは認める。
(二)否認する。
補正後の発明についての上記要件(ロ)中「主要な成分」とあるのは、溶剤中の存在量が他の成分よりも多いことを意味するものである。
すなわち、溶剤中の組成比を数値的に示せば次のとおりである。
芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩A………一〇〇部超松脂等B………一〇〇部その理由は、芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を含有するハンダ付用溶剤は、本件特許出願前すでに公知であり(乙第二一-二四号証)、公知であつた部分は発明とはいえないから(最高裁判所昭和三六年(オ)第四六四号同三七年一二月七日二小判決)、本件特許発明の溶剤における組成上の特徴は、その成分の組成比にあると解せざるをえない。のみならず、明細書の特許請求の範囲の項には、発明の構成に欠くことのできない事項のみを、一発明ごとに記載しなければならない(特許法第36条第五、六項)が、フラツクス等の組成物の発明については構成々分、その割合、用途の三事項がその発明の構成に欠くことのできない要件である。
従つて本件特許請求の範囲の欄において「Aを主要な部分とし、Bに含有せしめてなるハンダ付用溶剤」の旨を記載するうちには、上記三事項のみが記載されていなければならない。しかるに右の記載中A、Bは発明の構成々分を、「ハンダ付用溶剤」は発明の用途を、「含有せしめて………」はA、B成分の組成形態を溶剤の形容としてそれぞれ記載するものであつて、「主要なる成分とし」はA、B成分の組成比においてA成分を対全量比五〇%超となすことを示すものに外ならない。仮に原告主張のように「主要な成分」とあるのは活性剤として主要な成分の趣旨であり、成分の割合を示すものではないとすれば、組成々分の割合は本件の場合、A、
Bいずれかの成分が全量比においてα%(無限小までの数値を示す)〜一〇〇%マイナスα%(同上)であると解さなければならないが、かように解すれば、特許発明の特定性(同法第38条)の原則に反するので、特許請求の範囲の記載としてはあり得ないことである。これによつても、右「主要な成分とし」という記載は成分の組成比を表わすものであることは明らかである。
なお、発明は技術的思想創作のうち高度のものをいう、すなわち発明は「技術的常識」の範囲外のものである。従つて組成物についての発明の必須の要件である組成物中の成分の量比をいかにするかは技術的常識をもつてしては判断ができるものではない。また「含有」とは組成々分の組成物中における有り姿を示すに止まり、含有物質と被含有物質との量比を示す表示でもなければその意を示すものでもない。実施例は単に説明手段であつて、特許を受けようとする請求の範囲を示すものではない。従つてまたそれは成分の組成量比を示すものでもない。
四争う(被告の主張)(一)補正明細書及び査定不服の審判請求の理由書によれば、補正後の発明の目的、性質、作用、効果は左のとおりである。
イ発明の目的、臭気の改良を主眼(主目的)としハンダの表面張力の低下をねらい(従目的)とする。
ロ性質芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩(A成分)と松脂等(B成分)とからなり、組成比において、A成分を主要な成分(すなわち五〇%超)とし、同成分をハンダ付用溶剤の有効成分すなわち作用基体とし、従つてB成分は全組成中にあつて単なる成型剤にすぎず、A、B両成分は必要的に相溶性、無臭性のものである。
ハ作用A成分をフラツクスの有効成分とするからフラツクスの作用はA成分の作用であつて、その作用は臭気の改良作用とハンダの表面張力の低下作用である。
ニ効果ハンダ付温度において急激にフラツクス作用を起し、臭気をうすくし、
ハンダ付性その他の諸性質はかわらないがハンダの拡がりが大きくなる。
(二)補正後の発明はハンダの表面張力の低下をも目的とするものであることは次の事実からしても明らかである。すなわち、補正後の発明の明細書においては、
ハンダ付性の良否の判定のために、ハンダ付後のハンダの高さを測定する方法が採用されている。しかし、ハンダ付性の良否は、鑞付結果について機械的試験、化学試験、顕微鏡試験、音波試験等によつてはじめて判るもので、ハンダの拡がり度合によつては判らない。元来がフラツクスは鑞付の確実化に使用されるものではなく、鑞付作業の易化に使用されるものである。フラツクスの使用によつてハンダの拡がりが良くなつたということはハンダ付作業が単位量のハンダによつて広い面積について可能になつたとか、単位面積について少量のハンダで作業が可能になつたということはできても、それはハンダ付の確実度が高まつたことを示すものではない(甲第七、八号証)。本件について前記の効果試験を行なつているということは、つまり、前記特定の物質をフラツクス中に存在させることにより、ハンダの表面張力を低下させることを目的としていることを示すものにほかならない。原告の主張はハンダ付作業の易化をハンダ付性の向上とするものである。
五(一)被告がN、N-ジエチルアニリン塩酸塩及び松脂を含有する溶剤を内有した脂入ハンダを、「フアイン・ソールダー」の名で製造、販売したのは、被告会社が設立された昭和三六年三月一三日からであり、その終期については原告主張を認める。
(二)被告製品中に含まれるN、N-ジエチルアニリン塩酸塩が、補正後の特許請求の範囲に掲げる芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩の一種であることは認める。しかし、特許出願の補正が有効であつて、しかも、それが特許法第64条の規定に違反するものではないとしても、被告製品は、左の理由((1)〜(3))によつて明らかなように、補正後の発明の技術的範囲には属さない。
(1)被告製品「フアイン・ソールダー」に用いられた溶剤の成分組成は次のとおりである。
松脂………………………………………一〇〇部N、N-ジエチルアニリン塩酸塩………約二部脂肪族アミン塩酸塩………………………約一部ワセリンまたはパラフイン………………約六部流通剤………………………………………約二部その他………………………………………約二部ところ、原告の補正後の発明においては前記三の(二)に述べたように、松脂等に含有させた「芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩」の量は松脂等よりも多量であることを発明の必須要件とするものであるのに対して被告製品脂入りハンダに使用するフラツクスに含まれる「N、N-ジエチルアニリン塩酸塩」の量は松脂一〇〇部に対して約二部であつてフラツクス全量比二%弱である。従つて被告製品は補正発明とはその性質を異にする。
(2)補正後の発明においては、フラツクスは芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩を有効成分として臭気の改良を主眼とし、ハンダの表面張力の低下を従たるねらいとしている。これに対して被告製品フラツクス中の「N、N-ジエチルアニリン塩酸塩」は脂肪族アミンの塩酸塩とともにフラツクスの主体である松脂の有する金属表面清浄力を助勢するための単なる補助剤である。従つて被告製品は本件補正発明とはその目的はもちろんその作用効果を全然異にする。
(3)補正後の発明が松脂等に含有させた芳香族第三級アミンンハロゲン化水素酸塩をハンダ付用溶剤の有効成分とし、松脂等はこれを単なる成型剤とするものであつて、その作用力を利用するものではないことは、フラツクス性を有しないワセリンを組成対象成分としていることによつても明らかである。これに対して被告製品フラツクス中「N、N-ジエチルアニリン塩酸塩」は脂肪族アミンの塩酸塩とともに松脂自体の金属面清浄力を助勢するものであつてこのことは組成量比から見ても明らかである。
いわゆるロジン・フラツクスというのはロジンを主体とし、そのフラツクス作用を利用するものであつて、補正発明のように、ロジンではなくて、芳香族第三級アミンハロゲン化水素酸塩を有効成分としワセリン等を単なる成型剤とするものはそのうちに含まれない。
(三)本件請求は、被告製品が補正発明の技術的範囲に属し、従つて本件特許権を侵害することを理由とするものであるから、被告製品が補正前の発明の技術的範囲に属するかどうかの問題は本件とはなんらの関係もない。仮に原告の上記主張を補正前の明細書の特許請求の範囲の記載に基づく予備的な請求であると解しても、
原告の請求は理由がない。すなわち、補正前の発明の構成要件は、前記三の(一)の(イ)(ロ)(ハ)で被告が主張するとおりのものであつて、その表示中「主要な成分」、「含有」の意味については同三の(二)記載のとおりであるからその目的、性質、作用効果は左のとおりである。
(イ)目的ハンダの表面張力の低下をねらいとする(効果試験のとおり)。
(ロ)性質第三級アミンハロゲン化水素酸塩(A)′とハンダ溶剤(B)′とからなり、その組成比を、(A)′を主要な成分(五〇%超)とし、同成分をハンダ付用溶剤の有効成分とし、(B)′成分を全組成中にあつて単なる成型剤とするものである。
(ハ)作用(A)′成分をハンダ付用溶剤の有効成分とするからフラツクスの作用は(A)′成分の作用であつて、その作用はハンダの表面張力の低下作用である。
(ニ)効果ハンダ付温度において急激にフラツクス作用を起し、ハンダの拡がりを大きくする。
しかるに被告製品のフラツクスは前記本項(二)記載の組成のもので、その目的、
性質、作用効果は後記本項(四)の(1)中(イ)〜(ニ)記載のとりのものである。従つて補正前の発明においては、ハンダ溶剤(B)′に含有させた(A)′の量は(B)′よりも多量であることを発明の必須要件とするのに反して、被告製品フラツクスに含まれるN、N-ジエチルアニリン塩酸塩(a)の量は松脂(b)一〇〇部に対して約二部であつてフラツクス全量比約二%弱にすぎず、そのほかに脂肪族アミン塩酸塩等を含有している。従つて被告製品は補正前の発明とはその性質をまつたく異にする。
補正前の発明においては(A)′をフラツクスの有効成分とし、ハンダの表面張力の低下をねらいとするのに反し、被告製品中の(a)は脂肪族アミン塩酸塩とともにフラツクス主体である(b)の有する金属表面清浄力を助勢するための単なる補助剤である。従つて被告製品は補正前の発明とはその目的も作用効果も異なる。
補正前の発明は、(A)′をハンダ付用溶剤の有効成分とし、(B)′はこれを単なる成型剤とするものであつて、(B)′の作用力を利用するものではないことは、フラツクス性を有しないワセリンを組成対象成分としていることによつて明らかである。これに反し被告製品中の(a)は脂肪族アミン塩酸塩とともに松脂自体の金属表面清浄力を助勢するものであるから両者はフラツクス作用基体を異にする。
つまり、被告製品中の組成分(a)および(b)はそれぞれ補正前の発明の組成分(A)′及び(B)′のそれぞれの一種であるにしても、(a)及び(b)の有する性質は(A)′及び(B)′が共通して有するものではない。従つて補正前の発明は(a)及び(b)の有する性質を利用する技術に関するものではないから被告製品はその組成分の利用技術において補正前の発明とはまつたく異なるばかりでなく、成分の組成比においてもまた作用効果においても前述のとおりまつたく異なるものである。
(四)争う(1)前記二、所述のとおり、昭和四〇年六月四日付補正にかかる発明は本件特許発明ではなくて、補正前の発明がすなわち本件特許発明であるから、右の補正にかかる発明が本件特許発明であるとし、被告の対象物品の製造等が本件特許権を侵害するものであるという原告の主張はその理由がない。仮に前記補正が有効であり、かつその補正が特許法第64条の規定に違反せず、従つて本件特許は補正後の発明についてされたものであるとしても、被告が製造して脂入ハンダに使用したフラツクスは前記本項(二)記載の組成のもので、その目的、性質、作用、効果は次のとおりのものであつて、補正発明とはその目的を異にし、その目的を達成するための技術的思想の構成をまつたく異にしているのである。
(イ)使用目的鑞付母材金属面をよく浄化する。
(ロ)性質松脂に、対比二%程度のN、N-ジエチルアニリン塩酸塩、約一%の脂肪族アミンの塩酸塩、約六%のワセリン及びその他約四%の物質を添加してなり、その組成上は、松脂がフラツクスの有効成分すなわち作用基体であつて、その他の成分は成型剤、補助剤である。
(ハ)作用フラツクス作用は、主成分である松脂の作用であつてN、N-ジエチルアニリン及び脂肪族アミンの塩酸塩等は松脂の作用の助勢剤であるにすぎない。
(ニ)効果鑞付金属面をよく清浄化する。
これに反して補正発明は、前記四、の(一)記載のとおりのものであるから、被告製品中のフラツクスは補正発明の技術的範囲には属さない。
なお、本項(三)の原告の予備的主張に対しても、同(三)被告所述の理由により、前述と同様に被告の行為は補正前の発明を特許発明とする特許権を侵害する行為にはあたらない。
(2)のみならず、特許法は、発明を保護することを目的とするものであつて(特許法第1条)、特許は発明をした者が受けることができ(同第29条)、発明につき特許を受けた者は、その特許発明業として実施する権利を専有する(同第66条)が、その特許権は財産権であるからその内容は、公共の福祉に適合するように特許法等で定められ(憲法第29条)、その行使は公共の福祉に遵わなければならない(民法第1条)。
しかるに、特許出願の当時すでに公知公用の技術的思想はこれを発明とはいえないから、なんびともその部分については特許を受けることはできない(最高裁判所昭和三六年(オ)第四六四号同三七年一二月七日二小判決)ものというべく、仮に誤つて公知の技術的思想について特許されても、その部分は、特許権の名のもとに一般にその実施差止め、特許出願人にのみ独占的権利行使をさせることは許されない。
かような場合には特許の無効処分を待つまでもなく独占的権利行使は制約を受ける。また、すでに社会共有の財産となつている技術について特許権又は出願公告という行政処分による権利の名のもとに一般にその実施差止めて、特許出願人にのみ独占行使させることは明らかに公共の福祉に反するものであつて許されない。
ハンダ付用溶剤に第三級アミンハロゲン化水素酸塩を添加することは本件特許出願前すでに公知であるから(乙第二一〜二四号証)、本件特許権はその範囲においては権利行使することは許されないものというべきであり、また仮に本件補正は有効であつて、しかもそれが特許法第64条の規定に違反するものではないとしても、
ハンダ付用溶剤にジエチルアニリン塩酸塩を添加すること(乙第二三、二四号証)も、松脂を成型剤とすること(乙第二一号証公報第二頁右欄)もすでに公知であり、そのうえに被告製品の溶剤は、乙第二四号証に示す公知のフラツクスの具体化に過ぎないものであるから、その範囲内においては補正発明によつて権利行使をすることもやはり許されないといわなければならない。それゆえに本件特許発明は補正前のものであると、補正後のものであるとにかかわりなく、被告による前記性質の対象物品の製造用に対して特許権をもつてその差止を求めることはできない(東京地裁昭三九年(ワ)第四四三九号同四三年一月二四日判決、大阪地裁昭和四二年(ワ)第四一二号同四五年四月一七日判決)(3)なお、仮処分事件において、原告主張のような自白をしたことは認める。
しかし、右自白は、本件特許発明の内容を曲解した債権者(本訴原告)の陳述によつて債務者が判断を誤つた結果なされたものである。
先使用権に基づく抗弁仮に、本件被告製品が本件特許発明技術的範囲に属するとしても、以下に述べるとおり、被告は本件特許権について特許法第79条に基づく実施権を有しているのであるから、本件被告製品を製造販売しても本件特許権を侵害したことにはならない。
(一)被告会社の代表者である【A】は、自らの研究に基づいて昭和三三年一二月以来N、N-ジメチルアニリン塩酸塩及びN、N-ジエチルアニリン塩酸塩を組成分とするフラツクスを使用する脂入ハンダの製造、販売の準備をし、昭和三四年一月以来被告会社の設立に至るまで右脂入ハンダの製造、販売を行なつた。従つて右【A】はその当時において、本件特許権が成立した場合にはこれについて先使用権に基づく通常実施権者たりうる地位を取得したものである。
被告会社は、昭和三六年三月一三日に設立されたものであるが、その設立に際して、前記【A】の営業をその設備とともに全面的に承継し、前記脂入ハンダの製造、販売をも継続的に行なつてきた。従つて被告会社は【A】が有していたところの、本件特許権についての前記法定実施権者たりうる地位をも当然に承継し、本件特許権の成立(出願公告の時点をも含めて)とともに、これについて特許法第79条に基づく通常実施権者となるに至つたものである。
(二)仮に前記【A】が有していた法定実施権者たりうる地位は被告会社に承継されないとしても被告は本件特許権にかかわりなく被告製品を製造販売し得る。
被告会社は、本件特許出願にかかる発明の内容を知らないで、本件特許出願の公告の日以前である昭和三六年三月一三日(被告会社設立の日)から本件被告製品の製造、販売を行なつてきたものである。
従つて被告は、本件特許権の成立とともに、これについて特許法第79条に基づく通常実施権を取得したものである。
特許法第79条における「特許出願の際」とは、特許法の法意に照し、現実の「特許出願の日」を意味するものではなく、特許出願が公告によつて社会的存在を有するに至つた時期を指称するものであると解すべきだからである。(乙第五号証)(一)否認する。
(二)争う。昭和四三〜四四年当時における、被告による脂入ハンダの月商は約二、四〇〇万円であつて、その荒利益は約二〇%であるが、生産費を除けば純利益は約二・五四五%であるから、年間純益は約金七二〇万円である。しかし、そのうちフラツクスは全材料費トン当り金六三万二、五〇〇円中金二万円であるから、右の脂入ハンダの年間利益を材料費で接分すれば、フラツクスによる年間利益は金二三万四、〇〇〇円である。
(三)争う。
仮に被告製品の製造等が本件特許権の侵害行為となるとしても、本件特許発明は「ハンダ付用溶剤」に関するものであり、被告製品は、物件目録記載の、中空線条のハンダの中空部に、自製のフラツクスを入れて脂入ハンダとするものであるから、このような場合、侵害行為に当るものは、フラツクスの製造、使用の行為のみにすぎない。
従つて、脂入ハンダ全体の販売利益を要償額算定の基礎となすべきではなく、フラツクスの製造使用による利益のみをその算定の基礎とするのが至当である。
証拠関係(省略)別紙二<12007-004><12007-005><12007-006><12007-007><12007-008><12007-009><12007-010><12007-011><12007-012><12007-013><12007-014><12007-015><12007-016><12007-017>註(1)前述の実施例に於ての鑞着性の比較は活性剤即ちアミンのハロゲン化水素酸塩の活性部を一定量としてロジンその他の合成樹脂に含有せしめたものでフラツクススペースはロジン:重合ロジン=一:一の比で配合したものである。
(2)腐蝕性腐蝕性はJISC二五一二の湿度試験に準じた。
その試験方法は、〇・三×二〇×三〇mmの銅板の表面に附着している油、グリースなどのよごれをアルコールで洗い去つたのち三〇%硝酸溶液に浸して酸化被膜を除去し十分に水洗いして乾燥する。ついでにこの上にヤニ入りハンダ〇・三gをのせてJISH四三四一に定められたハンダの溶融点(液相線温度)より四〇〜五〇℃高い温度で約五秒間溶解させたものを試料とする。上記試料を四個つくり、そのうち三個を湿度試験試料とし一個を比較試料とする。
三個の湿度試験料を温度三八±二℃、湿度八〇%の恒温恆湿槽に入れ連続七二時間放置したのち比較試料と比較して腐蝕の有無をしらべる。
(3)フラツクススペース(ロジン等)に対する相溶性フラツクススペースを一二〇℃で溶解し、この温度で活性剤を加えその相溶性を調べたもの。
(4)湿度試験後のフラツクスの色アミンの中には湿度試験を行なうと発色するものがあり、それを調べた。これは湿度試験後七二時間後のフラツクスの色をみた。
前述の実施例でもわかる様にその測定した高さによると、二、三の例外はあるがその鑞着性は第一級-第二級-第三級と増大する傾向にある。
尚ちなみにロジン、外国製品コワードソルダーもそのハンダ付性を測定して比較の試料とした。
特許請求の範囲一本文所載の目的に於て本文に詳記する如く第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を主要な成分としてハンダ溶剤に含有せしめた事を特徴とするハンダ付用溶剤。
昭三五年特許願第二六二五一号の明細書(特公昭三七-八一六六号、(審)昭三八-四二〇九号、昭三七・七・一三発行の特許公報二-八八七号掲較)は異議申立による補正に基いてその公報を下記のとおり訂正する。
-特許第五一六八七一号-一二B二一記ハンダ付用溶剤発明の詳細な説明本発明は芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を主要な成分としてハンダ溶剤に含有せしめたことを特徴とするハンダ付用溶剤に係るものである。
一般に電気配線その他の目的でハンダ付を行う場合、フラツクスを用いるが、その能力は接合すべき金属の酸化被膜を除去し、且金属表面の再酸化を防止し、溶けたハンダの表面張力を低下させ金属が溶けたハンダに容易に覆われることである。
特に電気器具のハンダ付に於ては、フラツクスとして次のような諸性質が要求されている。
(1)ハンダ付性銅、ニツケルは勿論、真鍮、鉄等にハンダ付が容易で、且迅速確実であること。
(2)ハンダ付後の状態ハンダ付後の状態がきれいであることは、ハンダ付そのもの、目的であるが、ハンダの色つやばかりでなく、フラツクスが松脂その他の合成樹脂をベースとした場合、活性剤即ちアミンの存在でフラツクスが着色せず無色透明であることが望ましい。
(3)電気絶縁性部品のハンダ付は極めて狭い場所にハンダ付工事を施す場合が多い故、端子等にハンダ付後、特に電気的絶縁を害さないように留意しなければならない。
(4)腐蝕性がないこと電気部品その他のハンダ付に於て、狭い場所で密封された個所や、細いリード線のハンダ付等が多く、腐蝕についての問題が多い。これは主としてフラツクスによつて惹起されるものであるから、フラツクスの選択を慎重にすることは勿論で、その良否判定は強制腐蝕試験、湿度試験(JISC二五一二湿度試験……AN-S-六二、MILS-六八七二)に完全に合格するものでなければならない。
(5)ガスの発生ハンダ付の際、フラツクスから有害ガスを発生して、軽度の腐蝕を起したり、叉悪臭を放つたりして、衛生上人体に有害と思われるものをさける等である。
従来ロジンは電気用ハンダ付フラツクスとして古くから使用され、前述の諸性質の内ハンダ付性をのぞいてはほぼ満足している。ロジンのハンダ付性についてはロジン中に含まれる有機酸、アビエチン酸及びその同族体の存在によるもので、その活性度は弱く、鉄、ニツケル、亜鉛等に対するハンダ付には、これ等に予めハンダメツキを施してから、ハンダ付を行う等の煩雑な手数を要し、従つてハンダ付を行うことができなかつた。
然るに前述のロジンのハンダ付に於ける欠点を改良するため、活性剤として種々の有機、無機の塩類をロジン又はその誘導体、合成樹脂その他に含有せしめて用いられており、アミンの無機酸、有機酸塩が用いられた例がある。
しかしこれ等はフラツクス作用、電気絶縁性その他の点でいまだに不充分であり、現在これ等の諸条件を満すものはない。
従来用いられた第一級、第二級アミン塩(例えばエチレンジアミン、アニリンジエチレントリアミンのハロゲン化水素酸塩)は分子量小なるアミン塩に於ては、フラツクス作用が比較的良好であつても、前述のフラツクスの着色性、腐蝕性、電気絶縁性、吸湿性等に於て甚だ不良の傾向にある。
これ等の欠点は第一、第二級アミンの分子量の増大と共に減少する傾向にあるが、その反面フラツクス作用は顕著に低下すると云う相反する性質があり、やむを得ずそれらの中間を取ることを余儀なくされている。
そこで発明者は第三級アミンを選び、ハロゲン化水素酸塩とを反応せしめて、安定な塩を形成せしめてこれをハンダ付フラツクスの有効成分とした。これにより従来の第一級第二級アミン塩を主要成分とするフラツクスは、前述の如く種種の欠点を有しておつたが、第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を用いることにより、ハンダ付能力を極めて大きくし、且前述の欠点を改善することが可能となつた。
即ち本発明の鑞接機構については、一般にアミンの塩基性即ち有機酸、無機酸と塩を造る能力は、対応するアミン類に於ては第一級〈第二級〈第三級と増大し、第三級アミンが最も強力である。
このためハンダ付温度に於て急激にフラツクス作用を起し、作用が終つた後気化してハンダ付後はロジンその他の安定なフラツクスペースに覆われて湿気や酸化発銹より保護するようになつている。このため第三級アミンは最も強いフラツクス作用を有し、これを実施した結果は別表の如くである。
一方第三級アミン塩は対応する第一級、第二級アミンの塩にくらべ、親水性を減少し親油性を増大する。親水性の減少はアミン塩の有する腐蝕性、電気絶縁性の低下、吸湿性等の欠点を減少せしめる傾向がある。又親油性の増大はフラツクスぺースに対する相溶性、その他を向上せしめる結果となり、又ロジンベースにした場合、第一級、第二級アミンの如き、フラツクスの着色は認められず、ワセリン等と混和してペースト溶剤とすることもでき、或はロジン中に一〜一〇%程度混入して溶剤入ハンダとすることもできるもので、従来の第一級、第二級アミン塩を主要成分とするハンダ付用フラツクスに於ては、望み得ない程強力で且前述の欠点の極めて少ない極めて優秀な性能を有するハンダ付用フラツクスの製造が可能である。
尚本発明に於けるもう一つの特徴として、樹脂ベースに松脂のみでなく、合成樹脂(重合松脂など)を添加してフラツクスの耐湿性、電気絶縁性等を向上させていることである。
又ハロゲン化水素として塩酸塩のほかに、臭化水素酸塩も用いられた塩酸塩と同様の結果を得た。
以下実施例を挙げれば次の如くである。
実施例一<12007-018>例(1)NNジメチルアニリン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註1重合ロジンはロジンより電気絶縁性、耐水性を強固にするため加えたものである。
註2酸化防止剤はアミンの酸化を防止し、長期保存にたえるようにするためのもので、例えばアイオノール(商品名)二、六ジータ-シヤリ-ブチル-四-メチルフエノール。
例(2)NNジエチルアニリン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(3)NNジメチルP-トルイジン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(4)NNジメチルナフチルアミン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(5)NNジエチルアニリン臭化水素酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ実施例二<12007-026>例(6)NNジメチルベンジルアミン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(7)NNジエチルベンジルアミン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(8)NNジベンジルメチルアミン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(9)NNトリベンジルアミン塩酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(10)NNジメチルβナフチルメチルアミン塩酸一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ例(11)NNジエチルベンジルアミン臭化水素酸塩一〜一〇部ロジン三〇〜五〇部重合ロジン三〇〜五〇部酸化防止剤〇・一〜〇・五部註例(1)の註に同じ前述実施例のフラツクスをSn五〇%、Pb五〇%、二・〇mmφのワコードソルダーとし、第一、第二級アミンと性能を比較したものを別表に示した。
鑞着性(ハンダ付性)試験方法〇・三×三〇×三〇mmの金属光沢ある銅板、真鍮板、ニツケル板(黄銅板にニツケルメツキをしたもの)を五枚ずつトリクレンで脱脂して試験板とする。Sn五〇%Pb五〇%二・〇mmφのフラツクス入ハンダを内径四〇φのリングとし(一個当りのリング重量〇・五g)これを上記試験板にのせ、二六〇℃のハンダ浴上で一〇秒間加熱して、鑞着後のハンダの高さを測つて五枚の平均でその鑞着性の良否を決定する。
この良否判定の基準は次の如し、
二・〇mm以上鑞着不能一・五〜二・〇mm鑞着難一・〇〜一・五mmやや難〇・七五〜一・〇mm良好〇・五〇〜〇・七五mm優良即ちフラツクスのハンダ付性の良否は一定なる条件(温度、時間、重量)で金属材上にハンダ付したる場合、良くのびるか否かである。
換言すれば金属材上にハンダにてメツキされたるような状態になつたものが最良であつて、この時のハンダの高さは零に近い。
故にハンダ付後のハンダの高さを測定することにより、ハンダ付フラツクスの効果を判定できる。
前述記載の如く、第三級アミンハロゲン化水素酸塩を疎水性のフラツクススペースに含有させたものは第一、第二級アミンのそれより明らかにその電気用フラツクスの諸性質を改善したものであるが、本発明のハンダ付活性剤としては、この第三級アミンのハロゲン化水素酸のうち、次の構造式を有する芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩即ち、
<12007-019>の構造式中のR1、R2、R3のうち一個以上をアリル基又はアラルキル基を有する芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を使用するものである。
かくの如く、前記芳香族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩を使用する根拠は、
臭気の改良を主眼としたものである。即ち脂肪族、脂環族第三級アミンのハロゲン化水素酸塩は、そのやや低分子(炭素数一二以下)のものを、ハンダ付け溶剤に使用した場合、やや魚臭に類似した臭気を発し、ハンダ付けの作業者に対して不快をもたらす。
この臭気を改善するに、分子量の大となるを用いることをもつてなされるが、分子量を大にすれば、第三級アミンのハロゲン化水素酸塩と云えども(同分子量の第一、第二級アミンのハロゲン化水素酸塩に比し、ハンダ付け性良好なるもの)ハンダ付け性に難を生ずる。
然るに前記構造を有する芳香族第三級アミンのそれは、臭気はうすく、且ハンダ付け性、その他諸性質は何らそこなわないものである。
これにより本発明のフラツクスは通信機等の電気特性を要求したものは臭気は少なく、ハンダ付け迅速で、ハンダ付け後の状態も腐蝕する虞れがないので、心配せず使用できるものである。
<12007-020><12007-021><12007-022>
裁判官 高林克巳
裁判官 清永利亮
裁判官 木原幹郎