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事件 |
昭和
49年
(ワ)
5716号
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 1978/02/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
原告の請求をいずれも棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の申立
一 原告1 被告旭化成工業株式会社(以下、単に「被告旭化成」という。)は、別紙目録記載の物件(以下、単に「被告物件」という。)を製造販売してはならない。 2 被告東洋醸造株式会社(以下、単に「被告東洋醸造」という。)は、被告物件によつて製剤し、該製剤品を販売してはならない。 3 被告らは、同人らの占有する被告物件並びに前項の製剤品を廃棄せよ。 4 被告らは原告に対し、連帯して金三億四、三八七万円及び内金六、二五〇万円に対する昭和四九年七月二三日から、残金二億八、一三七万円に対する昭和五二年九月三日から支払ずみまでいずれも年五分の割合による金員の支払をせよ。 5 訴訟費用は被告らの負担とする。 との判決並びに仮執行の宣言二 被告ら 主文同旨の判決 |
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請求の原因
一 原告は次の特許権(以下、「甲特許権」といい、その特許発明を「甲発明」という。)を有している。 発明の名称 トランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の製造法出願日 昭和三九年三月二三日出願番号 昭三九ー一五七九一号出願公告日 昭和四一年八月二〇日登録日 昭和四二年一月一六日登録番号 第四八八一六八号特許請求の範囲の記載 「シスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸又はシス、トランス混合4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸を水酸化アルカリ、炭酸アルカリ又は炭酸水素アルカリの存在において水を溶媒として用いオートクレーブ中で一六〇〜二五〇℃に加熱し、シス体の立体配置をトランス体に完全に転換せしめることを特徴とするトランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の製造法。」二 原告はまた、次の特許権(以下、「乙特許権」といい、その特許発明を「乙発明」という。)を有している。 発明の名称 トランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の製造法出願日 昭和三九年七月六日出願番号 昭三九ー三八五二一号出願公告日 昭和四二年一一月九日登録日 昭和四三年五月一八日登録番号 第五一九〇四七号特許請求の範囲の記載 「シスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸またはシス、トランス混合4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸をアルカリ土類金属の水酸化物または酸化物の存在において溶媒として水を用い加圧下に加熱し、シス体の立体配置をトランス体に転換せしめることを特徴とするトランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の製造法。」三 原告は更に、次の特許出願について、特許法52条の権利(以下、「丙特許出願の権利」といい、その特許出願にかかる発明を「丙発明」という。)を有している。 発明の名称 4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸のトランス型立体異性体の製造法出願日 昭和三八年一二月二四日出願番号 昭三八ー六九六三二号出願公告日 昭和四八年七月七日(昭四八ー二二六九二)特許請求の範囲の記載 「トランスー4ーシアノシクロヘキサンー1ーカルボン酸又はその低級アルキルエステルをラネーニツケル又はラネーコバルト触媒の存在下アンモニアアルカリ性で接触還元し、低級アルキルエステルを用いた場合には生成物を更に加水分解することを特徴とするトランス(eーeー結合型)ー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の製造法。」四 甲、乙、丙各発明は、トランス(eーeー結合型)ー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸(以下、単に「本件目的物質」という。)を生産する方法であるが、本件目的物質は椅子型構造のシクロヘキサン環1位と4位の炭素原子のそれぞれのエクアトリアルの位置にカルボキシル基(ーCOOH)とアミノメチル基(ーCH2NH2)を有し、この二つの基は互いにトランスの関係にある構造の化合物であつて、これは抗プラスミン作用の顕著な化合物であり、出血症状、アレルギー性症状、炎症性症状、浸出性疾患等における抗プラスミン剤として好適である。 五 被告旭化成は、昭和四八年六月頃から、甲、乙、丙発明の本件目的物質と同一物質である被告物件の原末を製造し始め、これを被告東洋醸造に譲渡し、同社は右原末を有効成分として治療目的に応じて製剤したうえ、同年八月頃から右製剤品に「リカバリン」なる商品名を附して抗プラスミン剤として市販を始めた。なお、実験成績書(甲第一一号証の一)の四頁、(5)に右「リカバリン」の有効成分として、「融点三九〇〜三九四℃(分解)」の旨の記載は、実験結果を示したものではなく、右「リカバリン」の有効性を特定するために示したにすぎない。 六1 甲、乙、丙発明の本件目的物質は、乙特許権出願当時、日本国内において公然知られた物ではなかつたから、被告物件は特許法第104条の規定により、乙発明の方法により生産されたものと推定される。 2 仮に、本件目的物質が乙特許権出願当時には日本国内で公然知られていたとしても、甲特許権出願当時、日本国内において公然知られた物ではなかつたから、被告物件は右規定により、甲発明の方法によつて生産されたものと推定される。 3 仮に、本件目的物質が甲、乙特許出願当時日本国内で公然知られていたとしても、丙特許出願の権利出願当時、日本国内において公然知られた物ではなかつたから、被告物件は右規定により、丙発明の方法によつて生産されたものと推定される。 七 したがつて、被告らの前記所為は、乙特許権の侵害であり、仮にそうでないとしても、甲特許権の侵害であり、仮にそうでないとしても、丙特許出願の権利の侵害であるところ、被告らはこれを知りながら、あるいは取引上必要な注意を怠つたため、これを知らずに前記所為に及んだものであるから、共同不法行為者として、 これにより原告が破つた損害を賠償する義務がある。 八1 被告東洋醸造は、昭和四八年八月頃から五〇年三月頃までの間、前記「リカバリン」を販売したが、その販売量は健康保険法の規定に基づき厚生省が定める薬価基準に換算すると次のとおりである。 (イ) 昭和四八年八月頃(発売開始時)から同年九月まで 金六、二〇三万円(ロ) 昭和四八年一〇月から四九年三月まで 金一億四、六九九万円(ハ) 昭和四九年四月から同年九月まで 金二億九、九五八万円(ニ) 昭和四九年一〇月から五〇年三月まで 金四億四、七八八万円2 ところで、原告は右「リカバリン」の有効成分である被告物件と同一の、すなわち本件目的物質の原末を製造し、これを有効成分とする「トランサミン」なる商品名の抗プラスミン剤を販売しているが、その販売価格は前記薬価基準の少なくとも七五%に相当するところ、原告は被告らの右侵害行為により、被告らの製造販売した「リカバリン」の数量と同量の「トランサミン」を製造販売しえなかつたことになるから、次のように各期の製造販売相当額にその利益率を乗じた合計金三億四、三八七万円が原告の得べかりし利益の喪失による損害である。 〈12052-001〉〈12052-002〉九 よつて、原告は乙特許権、第二次的に甲特許権、第三次的に丙特許出願の権利に基づき、被告らに対しその侵害行為の差止、その占有にかかる被告物件とその製剤品の廃棄並びに連帯して右損害金三億四、三八七万円及び内金六、二五〇万円に対する不法行為の後である昭和四九年七月二三日から、残金二億八、一三七万円に対する不法行為の後である昭和五二年九月三日から支払ずみまでいずれも民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 |
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請求の原因に対する認否と被告らの主張
一 請求の原因一ないし三は認める。同四のうち、丙発明の明細書において、その目的物として本件目的物質が記載されていることは認めるが、その方法によつて実際に得られる物が本件目的物質であること、本件目的物質の薬効は知らない、その余は争う。もつとも、トランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸(以下、この物質を単に「トランス体」という。)が原告主張の薬効を有することは認める。甲、乙発明の目的物質はトランス体であつて、その立体配座においてeーeー結合型なる限定はなされていない。同五のうち、被告旭化成が昭和四八年六月頃から「リカバリン」の有効成分である原末の製造を開始し、被告東洋醸造がこれを購入して製剤し、同年八月頃から商品名「リカバリン」なる抗プラスミン剤を市販していること、右原末がトランス体であることは認めるが、その余は争う。 もつとも、右原末を単結晶にした場合にeーeー結合型の立体配座をとることは認める。同六、1ないし3のうち、本件目的物質が本件各特許出願当時、日本国内で公然知られた物ではなかつたとの点は知らない、その余は争う。同七は争う。同八、1及び同2のうち、原告が商品名「トランサミン」なる抗プラスミン剤を販売していることは認めるが、その余は知らない。 二 甲、乙、丙発明の本件目的物質と「リカバリン」の有効成分である原末とは同一物質ではない。すなわち、「リカバリン」の有効成分である原末がトランス体であり、これを単結晶にした場合、eーeー結合型の立体配座をとることは前記のとおりであるが、これは約二七〇℃で軟化し、直ちに化学変化をおこして別物質に変化し、二八〇℃でも融解せず(なお、約二六〇℃ないし約三〇〇℃の間に著明な熱呼吸を示して別物質に転化する。)三八六℃〜三九二℃附近で格別の熱吸収を示さないものであるところ、甲、乙、丙発明の本件目的物質は、各明細書の記載によると、その融点が三八〇℃〜三九〇℃であり、原告の主張する右各発明の追試結果によると、それが三八六℃〜三九二℃であるから、両者はこの点において顕著な相違を示すものであつて、同一物質ならば融点等熱的挙動は一致すべきものであるから、両者は別物質というほかはない。なお、甲第一八号証(宣伝パンフレツト)に、リカバリンが三八六℃〜三九二℃の融点(分解)を有する旨の記載は誤記である。また、丙発明に対応する本件目的物質の物質特許たる米国特許権(甲第二一号証の一、二)の明細書には、本件目的物質の核磁気共鳴(NMR)スペクトルはジオキサンより約九五CPS及び約一三〇CPS高磁場側に、それぞれ約三〇CPS及び六〇CPSの半値巾を有するシグナルが見られる旨の特徴が記載されているが、「リカバリン」の有効成分である原末にはこれに相当するシグナルが見られない(乙第一三号証の三)から、この点においても、両者は別物質と結論される。 三 甲、乙、丙発明の本件目的物質は、右各特許出願当時公然知られた物であつた。すなわち、 1 本件各特許出願当時、訴外三菱化成工業株式会社の出願にかかる発明(特公昭三二ー九〇七三)(乙第一号証)が公知であり、この発明の方法の目的物である4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸が抗プラスミン作用を有することが記載されているところ、この物質のうちにトランス体が存することは当業技術者にとつて自明であつた。更に、リービツヒス・アンナーレン・デル・ヘミー第三一〇巻(一九〇〇年刊行、日本受入大正一五年)第一九四頁から第一九九頁に記載された【A】、【B】共著にかかる「パラ・ベンジルアミンカルボン酸の還元」と題する論文(乙第五号証)が公知であつた。 2 右論文は、4ーアミノメチル安息香酸をナトリウムとアミルアルコールで還元(水素化)して4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸を合成することに関するものであるが、その中にはメタノールに対する溶解性の難易の差を利用して、還元成績体から二種の物質すなわちαーヘキサヒドローパラーベンジルアミンカルボン酸及びβーヘキサヒドローパラーベンジルアミンカルボン酸を分離取得したことが記載されている。しかして、ヘキサヒドローパラーベンジルアミンカルボン酸は、4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の別名であり、右の呼称は右二種の物質がそれぞれ4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸のαなる幾何異性体及びβなる幾何異性体(以下、「α体、β体」という。)であることを示している。 3 ところで、右論文にはこれらの両異性体のうち、α体について、「この酸は二七〇℃で軟化するが、二八〇℃に達してもなお溶融しない。この酸はアルカリには溶けるが、エチルアルコールには容易に溶けず、無水エチルアルコール、アセトン、エーテルには溶けない。」と記載され、このようにα体なる4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸の幾何異性体が公知であつた。 4 しかして、このα体は「リカバリン」の有効成分であるトランス体と前記のような熱的挙動が同一であるのみならず、赤外線吸収スペクトル及び核磁気共鳴スペクトルも一致するうえ、α体もこれを単結晶にしたとき、eーeー結合型の立体配座をとるものであるから、両者は同一物質というべきところ、このα体はまさにeーeー結合型のトランス体(以下単にeーeー結合型トランス体という。)そのものであるから、本件各特許出願当時甲、乙、丙発明の本件目的物質は日本国内において公然知られた物であつた。 四 原告がした本訴損害額拡張の申立は、その申立時すでに昭和四九年八月三一日から三年を経過していたから、同日以前の逸失利益の損害額の拡張分について、本訴で消滅時効を援用する。 |
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被告らの主張に対する原告の反論
一 甲、乙、丙発明の本件目的物質は、その追試結果によると、二七〇℃で軟化せず、その融点は三八六℃〜三九二℃を示す物質であるが、これは単一の化合物であり、立体的化学構造で特定される物質であつて異種の物はありえないところ、「リカバリン」の有効成分がトランス体でこれを単結晶にした場合にeーeー結合型の立体配座をとることは、前記のとおり被告らの認めるところであり、eーeー結合型の立体構造というのはこのような場合をいうのであるから、両者はまさに同一物質というべきであり、被告ら主張にかかる熱的挙動の相違は、仮にそのとおりであつたとしても、甲、乙、丙発明の本件目的物質に関し、新らしい実験条件のもとにおける新知見が加わつたにすぎず、物質の同一性自体には何の変化もないものである。甲第一八号証の被告ら指摘記載部分が誤記であることは争う。また、米国特許に関する被告らの主張は、同明細書中のNMRスペクトルについての記載がやや簡略にすぎ不親切な表現をとつているにすぎず、両者を対比した観察結果はほぼ同じというべきであつて、本件目的物質と「リカバリン」の有効成分であるトランス体とが別物質である旨の結論を導びくものではない。 二1 乙第一号証の発明の方法によつて得られる目的物はトランス体そのものではないし、同明細書中にトランス体に関する示唆は全くないうえ、その目的物の融点は二三七℃〜二三八℃と記載されているが、本件目的物質のそれは前記のとおりこれと全く異なるから、同号証の存在をもつて甲、乙、丙発明の本件目的物質が日本国内において公然知られた物とはいえない。 2 特許法第104条にいう「公然知られた物」というのは、最も原始的な意味で実際生産されて流通し、人が見たり触れたりできる状態になつているものをいうべきであり、化学物質の場合、文献の記載のみから出願前に「公然知られた物」とする判断をするためには、その分野における通常の技術知識を有する者が、その物が前記の状態と変らない程度にこれを識別しうるのでなければならず、文献の記載から容易に推考しうるとか、その記載を手掛りにすればその物の存在に思いいたる場合とか、特許明細書が公開されたのちに、その教示に従えば、その方法を用いて得られる目的物の中にその物が含まれていたであろうことに遡つて気づくような場合、いずれも出願前に公然知られていたものということはできない。 ところで、乙第五号証のα体及びβ体は、パラアミノメチル安息香酸から得られた還元物質であるから、eーeー結合型トランス体の存在が確認され、その製法が確立された現在の知見からすると、α体又はβ体の中に若干のeーeー結合型トランス体が混在するのではないかとの疑いを抱き、これを検出することが可能であつても、同号証の文献の前半部に該当する甲第一〇号証の二には、「α体、β体どちらの酸がシス化合物で、どちらの酸がトランス化合物か決めかねる故、低融点のものをα体、他のものをβ体として示した」旨記載されているうえ、バイルシユタイン・ハンドブーフ・デル・オルガニツシエン・ヘミー第四版の第三補遺版(甲第九号証の一、二)では、右α体、β体は複数の立体異性体の混合物であつたと記載され、現に乙第五号証の追試結果(甲第二二号証)によると、α体はeーeー結合型トランス体、6ーアザビシクロ(3・2・1)オクタンー4ーカルボン酸、シスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸、4ーアミノメチルー3ーシクロヘキセンー1ーカルボン酸、4ーアミノメチルー1ーシクロヘキセンー1ーカルボン酸等からなる混合物であるが、前記文献の記載からは、α体、β体のいずれに甲、乙、丙発明の本件目的物質が含まれているか明らかでなく、右のようにα体はパラアミノメチル安息香酸からの還元物質の混合物であるから、「リカバリン」の有効成分たるeーeー結合型トランス体と同一物質であるということはできないし、乙第五号証によつて「リカバリン」の有効成分たるeーeー結合型トランス体が公知物質となつたということはできない。又丙発明に対応する米国特許(甲第二一号証の一、二)においては、右乙第五号証が参照されたうえ、甲、乙、丙発明の本件目的物質が物質特許として成立しており、右文献の記載が本件目的物質の新規性を損うものでないことを示しているものである。 更に、乙第五号証によると、α体は二七〇℃で軟化するが二八〇℃でも溶融しない旨記載されているが、甲、乙、丙発明の本件目的物質は前記のとおり二七〇℃で軟化せず、三八六℃〜三九二℃の融点を示すものであるから、この点からしても、 α体が本件目的物質と同一物質とはいえない。 以上のとおり、甲、乙、丙発明の本件目的物質が本件各特許出願当時、公然知られた物とはとうていいえない。 三 被告らの消滅時効の主張は争う。 |
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原告の反論に対する被告らの再反論
原告は乙第五号証のα体が混合物である旨主張するが、これは事実に反するし、 たしかにα体がトランス体であるか否かについて同号証の文献はこれを確認していないが、著者がそのように考えていたことはβ体に与えた構造式との対比で明らかであり、当業技術者がそのように理解しうることは、本件各発明の特許明細書におけるα体に対する言及の仕方からも明らかであり、α体の物性、製法が十分に記載されているから、その構造の詳細が確認されていないことの故にα体が公知でないということはできず、甲第二二号証の追試で得たというα体なるものが乙第五号証のα体とその物性において同一であるかどうかの確認は全くなされていない。又乙第五号証の存在にも拘らず、前記甲第二一号証の米国特許が成立したのは、丙発明の本件目的物質が二七〇℃で軟化せず、三八六℃〜三九二℃の融点を有するものであり、α体とはこの点で異なり、別物質である旨の主張が採用されたために他ならない。更に、原告の主張によると、甲、乙、丙発明の本件目的物質が右のように二七〇℃では軟化せず、三八六℃〜三九二℃の融点を有する物性は、二七〇℃で軟化する公知物質たるα体から新規性を認める重要な標識というべきであるから、前記のようにこの点で顕著な相違を示す「リカバリン」の有効成分たるトランス体が本件目的物質と同一であるとする余地はない。 |
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証拠関係(省略)
理 由一 原告が甲、乙各特許権並びに丙特許出願の権利の各権利者であること、各特許明細書の特許請求の範囲の記載がそれぞれ原告主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがなく、右事実に成立に争いのない甲第三ないし第五号証を総合すれば、本件各特許発明の方法は、各特許請求の範囲の記載によると、次のとおりである。 1 甲発明(イ) 出発物質 シスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸又はシス、トランス混合4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸(ロ) 処理手段 水酸化アルカリ、炭酸アルカリ又は炭酸水素アルカリの存在において水を溶媒として用いオートクレーブ中で一六〇℃〜二五〇℃に加熱する。 (ハ) 目的物質 トランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸2 乙発明(イ) 出発物質 シスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸又はシス、トランス混合4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸(ロ) 処理手段 アルカリ土類金属の水酸化物又は酸化物の存在において、溶媒として水を用い加圧下に加熱する。 (ハ) 目的物質 トランスー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸3 丙発明(イ) 出発物質 トランスー4ーシアノシクロヘキサンー1ーカルボン酸又はその低級アルキルエステル(ロ) 処理手段 ラネーニツケル又はラネーコバルト触媒の存在下アンモニアアルカリ性で接触還元し、低級アルキルエステルを用いた場合には生成物を更に加水分解する。 (ハ) 目的物質 トランス(eーeー結合型)ー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸二 甲、乙、丙発明の本件目的物質について検討する。 1 まず、甲、乙発明の目的物質はトランス体であり、eーeー結合型なる立体配座の限定がなされていないことは前記のとおりであるが、前顕甲第五号証、成立に争いがない甲第一一号証の一ないし三、同第一九、二〇号証によると、トランス体は椅子型構造であるシクロヘキサン環の1位と4位の炭素原子に置換したカルボキシル基とアミノメチル基とが互いにトランスの関係にある構造を有するものであるが、右置換基はそれぞれエクアトリアル(eー型)又はアクシヤル(aー型)の位置に結合するものであり、したがつてeーeー結合型なる限定がなされたものは、 前記トランス体の一態様にすぎないこと及び甲、乙発明の前記方法によつて実験上現に本件目的物質が生成されることが確認されていることが認められ、これを左右するに足りる証拠はなく、右事実からすると、本件目的物質は申、乙発明の目的物質たるトランス体の範囲に属するものすなわち甲、乙発明における目的物質は本件目的物質を含むものというべきである。 2 次に、丙発明の目的物質についてみるに、これは前記のとおり本件目的物質であり、右甲第一一号証の一ないし三、同第一九、二〇号証によると、丙発明の前記方法によつて実験上も現に本件目的物質が生成されることが確認されていることが認められ、これを左右するに足りる証拠はないから、丙発明の目的物質が本件目的物質であることは明らかである。 三 甲、乙、丙発明の本件目的物質の薬効についてみるに、いずれも成立に争いがない甲第一二号証の一、二、同第一三号証、同第一五号証の一、二に前記甲第三ないし五号証を加えると、従来4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸が抗プラスミン作用を有することが知られていたが、その構造においてトランス体とシス体の両立体異性体が存在するところ、右抗プラスミン作用の本態がそのうちトランス体にあり(トランス体において、抗プラスミン作用が顕著であることは、被告らも認めるところである。)、その結合はeーeー結合型であり、出血性、アレルギー性、炎症性、浸出性疾患の抗プラスミン剤として最適であつて、その抗プラスミン作用は右のトランス・シス混合体或いはシス体に比較してはるかに顕著であることが認められ、これに反する証拠はない。 四 被告旭化成が昭和四八年六月頃から商品名「リカバリン」なる抗プラスミン剤の有効成分である原末の製造を開始し、これを被告東洋醸造に譲渡し、同被告はこれを有効成分として治療目的に応じて製剤したうえ、前記「リカバリン」なる商品名で同年八月頃から市販していること、右原末がトランス体であることは当事者間に争いがなく、この原末を単結晶にした場合、eーeー結合型の立体配座をとることは被告らにおいて自認するものであるところ、右単結晶にした場合というのは、 右の原末の立体配座を測定するのに必要な形態にしたことを意味するにとどまるものと解されるから、この場合にeーeー結合型の立体配座をとるということは、とりもなおさず右トランス体がeーeー結合型であることを示すものというべきであり、したがつて、右原末は別紙目録記載のうち塩を除いたすなわちトランス(eーeー結合型)ー4ーアミノメチルシクロヘキサンー1ーカルボン酸と解するのが相当である。なお、前記「リカバリン」の有効成分が右物質の塩の形態から成ることを認めるに足る証拠はない。 五 原告は被告物件(以下、塩を除く。)と甲、乙、丙発明の本件目的物質とは同一物質であるから、被告物件は特許法第104条の規定に基づき、乙、甲あるいは丙発明の各方法によつて生産された物であるとの推定を受ける旨主張するので検討する。 1 本条の趣意は、新規物質の生産方法の発明がなされた場合、他者によるその物と同一の物の生産はその特許方法によつてなされている蓋然性が高いことから、立証責任の転換により特許権者の負担の軽減をはかつたものと解されるから、本条にいう同一の物に該当するかどうかの判断は、対象たる物が当該特許方法によつて生産した物と見られるか否かによつてなされるべきものであり、当該特許方法によつて生産した物というのは、もとより当該特許明細書の特許請求の範囲に記載された目的物質をいうが、対象たる物の同一性を判断するにあたつては、事案に応じて、 同明細書の発明の詳細な説明をも参酌して、その物の構造、性質、効果等の特徴を考慮してなすべきものと解するのが相当である。 2 そこで、これを本件についてみるのに、前記事実によると、被告物件が甲、 乙、丙発明の本件目的物質とその構造において同一と解されることは明らかであるところ、原告は本件目的物質が二七〇℃では軟化せず、その融点は三八六℃ないし三九二℃を示す化合物である旨主張し、現に前記甲第三ないし五号証、同第一一号証の一によると、各特許明細書の発明の詳細な説明においては、本件目的物質の融点は約三八〇℃ないし三九〇℃の範囲内で記載されており、本件各発明の追試結果では、その融点は約三八六℃ないし三九二℃(分解)であることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。 ところで、成立に争いがない甲第一八号証(被告東洋醸造発行にかかる「リカバリン」の宣伝パンフレツト)によると、リカバリンの有効成分たる被告物件の融点として、「三八六℃ないし三九二℃(分解)」と記載されていることが明らかであるけれども、後記被告らによる実験結果に照らすと、右記載は誤記と認めるほかなく、他に被告物件の融点が本件目的物質の右融点とほぼ同じであることを認めるに足る証拠はなく(前記甲第一一号証の一の四頁、(5)に、リカバリンの有効成分として、「融点三九〇〜三九四℃(分解)」の旨の記載は実験結果を示したものではないこと原告の認めるところであるので、同号証は、被告物件の融点が本件目的物質の融点とほぼ同じであることを推認すべき資料とはならない。)、かえつていずれも成立に争いがない乙第一二号証、同第一三号証ないし三によると、被告物件は約二七〇℃で軟化して直ちに熱変性し、二八〇℃にいたつても融解せず(なお、 熱吸収の面から熱的挙動を観察すると、約二六〇℃ないし約三〇〇℃の間に著明な熱吸収を示す。)、三八六℃ないし三九二℃付近では格別の熱吸収を示さない実験結果を得られたことが認められ、右事実に徴すると、甲、乙、丙発明によつて生産される本件目的物質と被告物件とでは、その熱的挙動においてまことに顕著な相違があるものといわなければならない。 しかして、成立に争いがない乙第五号証によると、α―ヘキサヒドローバラーベンジルアミンカルボン酸なる物質が本件各発明の出願前である一九〇〇年の刊行物において、すでに分離取得された旨記載されており、右α体は二七〇℃で軟化するが、二八〇℃に達しても溶融しない特徴を有することが認められ、右α体がその単一化合物か、混合物かの点は別として、eーeー結合型トランス体を含むことは原告の自認するところであるところ、原告は甲、乙、丙発明の本件目的物質が前記のように二七〇℃では軟化せず、三八六℃ないし三九二℃の融点を示すものである点において、二七〇℃で軟化する特徴を有する公知物質たる右α体とは異なるから、 右乙第五号証の記載にも拘らず、本件目的物質の新規性が損われるものではない旨をも主張していることが明らかであるうえ、いずれも成立に争いがない甲第二一号証の一、二、乙第一五号証の一ないし四に徴すると、現に丙発明に対応する米国物質特許(登録番号第三九五〇四〇五号)は、丙発明の発明者により本件各発明出願ののちに出願されたものであるが、その特許明細書において、本件目的物質の融点が三八〇℃ないし三九〇℃(分解)である旨明記されており、さらにその審査経過において、前記α体なる公知物質とはその融点において顕著な相違があるから別物質である旨強調して登録にいたつた経緯が認められ、これらの点からすると、甲、 乙、丙発明の本件目的物質における前記認定にかかる融点等熱的挙動は、二七〇℃で軟化する特徴を有する公知物質たるα体と本件目的物質とを区別する重要な特徴の一つをなすものといわざるをえず、したがつて被告物件との同一性判定のための識別標識としてもその特徴を重視せざるをえないものというべきである。 そして、融点等熱的挙動は化合物の同一性を判定するための重要な物理化学的識別標識の一つをなすものと考えるべきであるから、それがわずかな相違にすぎないときには、測定誤差や純度の違いによる差異を考え、これを同一とみることが許されるとしても、本件のように融点において一〇〇℃を越す顕著な相違が認められる場合には、化学技術の推移により、本件各発明の出願時における実験条件と現在の実験条件とが大巾に異なり、そのため同一物質であつても、熱的挙動の観測結果に顕著な相違をきたす等の特段の主張、立証がない限り、仮に他の物理化学的識別標識たる赤外線吸収スペクトル、核磁気共鳴(NMR)スペクトル等において一致していても、被告物件が甲、乙、丙発明の本件目的物質と同一の物質とは解し難いのであつて、右特段の主張、立証のない本件において、漫然、原告主張のように、右のような熱的挙動の相違は本件目的物質に関し新らしい実験条件のもとにおける新知見が加わつたにすぎないものとして、本件目的物質と被告物件とは同一物質であると断定することはできないのである。 3 以上のとおりであつて、結局、被告物件が甲、乙、丙発明の本件目的物質と同一の物と認めるに足る証拠は他にないから、その余の点を判断するまでもなく、前者が後者の特許発明の各方法によつて生産された物である旨の推定をすることはできず、他に被告物件がその方法によつて生産された物であることを認めるに足る証拠はない。 六 よつて、別紙目録記載の物件が乙発明、第二次的に甲発明、第三次的に丙発明の方法により生産されていることを前提とする原告の本訴請求は理由がないから、 これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 秋吉稔弘 |
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裁判官 | 伊藤博 |
裁判官 | 塚田渥 |