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関連審決 不服2003-3895
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ワ8682損害賠償請求事件 判例 特許
不服20058936 審決 特許
平成16ワ14321特許権譲渡代金請求事件 判例 特許
平成17行ケ10312審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ10524特許権侵害差止請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術的範囲 /  出願公開 /  技術常識 /  優先権 /  優先日 /  出願経過 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  侵害 /  発明の範囲 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  前置審査 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10197号 審決取消請求事件
原告 ニユー・イングランド・バイオレイブ ズ・インコーポレイテツド
訴訟代理人弁理士 小林純子
同 押鴨涼子
同 日野真実
訴訟代理人弁護士 大毅
訴訟復代理人弁護士 長沢幸男
被告 特許庁長官 小川洋
指定代理人 佐伯裕子
同 種村慈樹
同 涌井幸一
同 一色由美子
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/04/13
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2003-3895号事件について平成16年1月7日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2項と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成4年12月18日(優先権主張1991年12月18日(以下「本願優先日」という。),米国。),名称を「古細菌からの組換え熱安定性DNAポリメラーゼ」とする発明につき特許出願(平成4年特許願第355752号。
以下「本件出願」という。請求項の数は15である。)をし,平成14年12月10日に拒絶査定を受けたので,平成15年3月10日,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2003-3895号事件として審理し,その結果,平成16年1月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年1月19日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲【請求項1】(平成14年10月23日付け手続補正後のもの) 「古細菌由来の組換え熱安定性DNAポリメラーゼをコードする単離されたDNAであって,該単離されたDNAが (i) Fig.6に示された配列番号1によって表示されるヌクレオチド配列, (ii) 少なくとも20ヌクレオチドである,配列番号1のヌクレオチド配列の一部分, (iii) 配列番号1のうち,1から1274までであるヌクレオチド, (iv) 配列番号1のうち,1269から2856までであるヌクレオチド, (v) 配列番号1のうち2851から4771までであるヌクレオチドからなる群から選択されたヌクレオチド配列によって特定されたDNAに対して以下のサザンブロット法の条件, (a)ハイブリダイゼーション:0.75M 塩化水素,0.15M トリス,10mM EDTA,0.1%ピロリン酸ナトリウム,0.1%SLS,0.03%BSA,0.03% Ficoll400,0.03%PVP及び100ug/mL 煮沸ウシ胸腺DNAで,ハイブリダイゼーションを50℃で12時間行い, (b)洗浄:0.1×SET,0.1% SDS,0.1% ピロリン酸ナトリウム,0.1M 燐酸緩衝液で,45℃で洗浄を30分間を3回繰り返すことでハイブリダイズする(判決注・以下,この条件を「本願ハイブリダイズ条件」という。)が, ただし,以下の特定されたDNAを除いた,該単離されたDNA。 (a)配列番号1で示される配列, (b)配列番号1のDNA配列の変異体, (c)活性化熱安定性DNAポリメラーゼをコードする配列番号1のフラグメント, (d)WO92/09689に記載の熱安定性Pyrococcus furiosusDNAポリメラーゼIをコードし,該WO92/09689で開示された配列番号1に示されるアミノ末端のアミノ酸1乃至775残基を有する,DNA配列, (e)EP-A1-0 547359で開示された大腸菌NEB#720(ATCC#68723)から得られうる熱安定性Pyrococcus spポリメラーゼであって,EP-A1-0 547359の図18に記載の核酸配列を有するDNA配列及びEP-A1-0 547359の図19に記載された推定アミノ酸部分配列(判決注・以下,これらの除外された配列を順次「配列(a)」,「配列(b)」などという。)。」(以下「本願発明」という。) 3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,欧州特許出願公開第455430号明細書(以下,審決と同様に「引用文献1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから,特許法29条2項の規定に該当し,特許を受けることができない,とするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,本願発明と引用発明との一致点・相違点について,次のとおり認定判断した。
「引用文献1には,典型的な古細菌であるT.litoralis由来の,熱安定DNAポリメラーゼをコードする全配列(本件発明における「配列番号1」)およびその単離されたDNA断片であるヌクレオチド1〜1274,ヌクレオチド1269〜2856,ヌクレオチド2851〜4771が記載されており,そのクローニング過程も詳細に記載されている。 なるほど,本件請求項1の記載からは「ただし」以下の記載により配列番号1のDNA配列,変異体及び配列番号1の1部フラグメントDNA自体は除かれているとはいえる。 しかしながら,本件発明には,当該「ただし」以下で除かれたDNAと極めて類似性の高い天然に存在するDNA(いわゆる「ストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA」)については依然として包含されており,それらのDNAについては,本件優先日前の技術常識を勘案することで,引用文献1に記載される配列番号1及び各フラグメントに対応するDNAの配列情報に基づき当業者が容易に想到し得るものである。」
原告主張の取消事由の要点
審決は,本願優先日における古細菌DNAポリメラーゼに関する当業者の認識の認定を誤り(取消事由1),また,引用発明における介在配列の認定も誤ったことにより(取消事由2),本願発明の容易想到性の判断を誤ったものであり,さらに,本件の審判手続には重大な手続上の瑕疵があり(取消事由3),これらの認定判断の誤りあるいは手続上の瑕疵が結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本願優先日当時の古細菌DNAポリメラーゼに関する当業者の認識についての認定の誤り) 審決は,上記のとおり,「本件発明には,当該「ただし」以下で除かれたDNAと極めて類似性の高い天然に存在するDNA(いわゆる「ストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA」)については依然として包含されており,それらのDNAについては,本件優先日前の技術常識を勘案することで,引用文献1に記載される配列番号1及び各フラグメントに対応するDNAの配列情報に基づき当業者が容易に想到し得るものである。」と認定判断し,また,「引用文献1の配列情報に基づき,T.litoralis以外の同属もしくは類似古細菌に由来する類似耐熱性DNAポリメラーゼ遺伝子をクローニングすることについては,何らの困難性を見出すことはできない。したがって,本件発明は,引用文献1から当業者が容易に想到し得ることであると認められ,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることはできない。」と判断した。
しかし,当業者は,本願優先日当時,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼのDNAと極めて類似性の高いDNAが天然に存在するなどという認識を有していなかったのであるから,審決の上記認定判断は誤りである。
古細菌は,極端な環境で生育する微生物であり(例えば,サーモコッカス属リトラリス種とピロコッカス属に分類される数種の株は,深海底の高温の熱水鉱床に存在する超好熱古細菌の一種であり,100℃を超える可能性のある環境に適応するものである。),その発見及び研究が困難であることから,本願優先日当時,古細菌のDNAポリメラーゼのDNAは,引用発明のサーモコッカス属リトラリス種のもの以外は同定されておらず,同リトラリス種以外の古細菌のDNAポリメラーゼの構造はそれと類似しないことが推測されたから,それらの古細菌のDNAポリメラーゼのDNAも類似しないことが推測されていた。
本願優先日当時,古細菌に分類される互いに異なる属の間では,八つの古細菌のDNAポリメラーゼが発見され単離されていたものの,それらは,アフィディコリン阻害活性,N-エチルマレイミド阻害活性,ddTTP阻害活性,5'→3'エキソヌクレアーゼ活性,3'→5'エキソヌクレアーゼ活性,プライマーゼ活性のDNAポリメラーゼを分類する一般的な各指標において異なる反応を示しており,そのDNAポリメラーゼの構造が類似しないことが強く推測されていた(甲12の1・2の表,以下「甲12表」という。)。このような阻害活性等の各指標は,タンパク質の構造の違いを表すものであり,タンパク質の構造が違えば,アミノ酸配列とそのアミノ酸配列をコードするDNA配列の違いを強く推認させるものである。
当業者が,本願優先日当時,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼのDNAと極めて類似性の高いDNAが天然に存在するなどという認識を有していなかったことは,A教授の見解(甲33,以下「甲33見解書」という。),陳述書(甲36,以下「甲36陳述書」という。),報告書(甲42,以下「甲42報告書」という。)によっても裏付けられるものである。
したがって,本願優先日当時,古細菌のDNAポリメラーゼにあっては,そのDNA配列に相同性があり,それらがストリンジェントな条件下でハイブリダイズするという当業者の認識は存在しなかったのである。本願発明についての審決の上記認定判断は,誤りである。
2 取消事由2(引用発明のDNA配列における介在配列の認定の誤り) 審決は,「請求人は,T.litoralis由来の全塩基配列中に引用文献1に記載された介在配列(IVS1)以外にさらなる介在配列(IVS2)が存在したことを発見したこと,及び当該IVS2を除去することによって,発現量が3〜10倍増加することをもって予期せぬ効果である旨主張している。しかしながら,引用文献1には下記〔4〕で述べるように,当該IVS2介在配列については,その存在どころか,塩基配列上の位置,長さ,及びその介在配列内の制限酵素様エンドヌクレアーゼ配列の存在についてまでも具体的に記載されているといえる以上,当該介在配列を除去することによる発現量の増大も充分に予測される範囲内のことであって格別の効果として検討する余地はない。そもそも,上述の保存領域からプローブを作製するに際しては当該介在配列部分がプローブの候補からはずれることは明らかであることからみても,上記認定を左右するものではないことは明らかである。」(審決書3頁7段〜4頁1段)と判断した。しかし,この認定判断は誤りである。
引用文献1の実施例3には,あるインテインをコードする介在配列のうち,IVS1は同定されており,そのほかに,別のインテインをコードする介在配列(本願明細書に記載されたIVS2)については,それが存在することは推測されているものの,具体的にどの領域に存在しているかまでは明記されていない。したがって,引用文献1に介在配列IVS2が具体的に記載されているとした審決の上記認定は誤りである。また,介在配列IVS2を除去することによって発現量を増大させるという発明は,IVS2が特定されなければ得られない発明であり,IVS2の特定が困難であったのであるから,このようなDNAポリメラーゼのためのプローブの設計及び構築は,技術的に困難を極めるのであり(甲4,5),審決の上記判断は誤りである。
3 取消事由3(審判における手続上の瑕疵) (1) 審査官は,本件出願に対する拒絶査定不服審判中の前置審査において,原告と面接をし,資料の提出を受けたにもかかわらず(甲14),この資料を,恣意的に,又は過誤により,別の出願の面接記録に編綴した。この行為は不適法なものである。
(ア) 審査官が面接の際に提出を受けた上記資料は,審査官が査定等の判断をする際,あるいは前置審査における長官報告をする際の基礎となるべき資料であるから,出願記録中に編綴されるべきである。上記資料は,その後,審査官により特許査定がされ,あるいは審判官によって審決がされ,特許が登録された後に,侵害訴訟が提起された場合には,当該特許発明技術的範囲を画するに際し,裁判官が,出願経過の一部として参酌する証拠となり得るものである。審査官が,このような資料を,恣意的に,又は過誤により,別の出願記録に編綴することは,特許発明技術的範囲の判断を誤らせる,不適法な行為である。
(イ) 審査官により拒絶査定がされ,出願人が不服の審判を請求した場合,あるいは査定不服審判中の前置審査において拒絶査定を維持する長官報告がされた場合には,審判合議体は,審査の当否を判断するに際し,出願記録全部を判断の基礎とするのであり,出願記録のうち,面接記録及び面接の際に提出を受けた資料を,ことさら判断の基礎から排除するべきではない。審査官が,出願記録中の特定の書類を恣意的に,又は過誤により,別の出願記録に編綴することは,審判における審判合議体の判断を誤らせるという点で,不適法なものである。
(2) 審決は,拒絶査定後の前置審査における上記瑕疵を承継し,審決の基礎とすべき資料を看過してされたものであるから,審理不尽の違法があり,取消しを免れない。
出願人は面接時に審査官が受領した資料は審判官が読むという信頼に基づいてその後の出願手続行為を行っているのであるから,本件においては出願人の手続保障が害される程度は大きく,そのような審判は,手続上の違法性が高い。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(本願優先日当時の古細菌DNAポリメラーゼに関する当業者の認識についての認定の誤り)について 当業者は,本願優先日当時において,本願発明の配列(a)ないし(e)で除外されているDNAと極めて類似性が高いDNAが天然に存在するという認識を有していた。本願発明において除外されるDNAの一つである配列(a)とは,引用文献1において,古細菌のサーモコッカス属リトラリス種という分類学上の種に属している微生物群のうち,1菌株に相当する菌株NS-Cのゲノム中において,そのDNAポリメラーゼの遺伝子が有していた5837塩基からなるDNA配列である。
サーモコッカス属と同属内の異種の菌株や,同科内の別属菌株のDNAポリメラーゼ遺伝子が天然に存在し,それらについて配列(a)と類似のDNAポリメラーゼ遺伝子が天然に存在することが確実であると考えることこそ,当業者の認識に合致するものである。
すなわち,古細菌に属するある微生物が単離された場合に分類学上の同じ「種」に属するような極めて近縁の微生物の存在を想定することは自然なことであり,ある微生物が有する有用遺伝子の配列について,その近縁微生物が,全く同一の配列ではなく,かつ極めて相同性の高い配列からなる遺伝子を有していることを想定することにも無理はない。
現に菌株NS-Cとはゲノム全体のDNA配列が10%程度異なる菌株A3が天然に存在している。菌株A3のDNAポリメラーゼ遺伝子中に,配列(a)と「極めて類似性が高いDNA」が存在するのである。
2 取消事由2(引用発明のDNA配列における介在配列の認定の誤り)について 引用発明の配列(a)は,介在配列IVS1及びIVS2を含むものである。
引用発明のサーモコッカス属リトラリス種の菌株NS-Cの配列(a)は,介在配列IVS1及びIVS2を含め,菌株A3のDNA配列と極めて類似したものであるから,その配列(a)と極めて類似した配列を取得するに当たっては,配列(a)におけるIVS2の配列(a)における位置を確定する必要も,その配列を除去する必要もない。
したがって,配列(a)におけるIVS2の存在は,それに極めて類似する熱安定DNAポリメラーゼをコードするDNAの取得に何ら障害となるものではない。
そして,引用文献1には,菌株NS-Cから熱安定DNAポリメラーゼをコードする配列(a)からなるDNAを取得し,その塩基配列を決定する過程が実施例として詳細に記載されている(乙1【0056】〜【0092】など)。
当業者は,近縁の菌株から,引用文献1の実施例と全く同じ手法,又は,その他公知の手法を適用することにより,配列(a)と極めて類似したDNA配列でコードされるDNAポリメラーゼのDNAを容易に取得できるのである。
したがって,本願発明のうち既に公知となった配列(a)などに極めて類似したDNA配列を有する発明については,何らの困難性を主張する余地はない。
3 取消事由3(審判における手続上の瑕疵)について 本件の審判の手続に違法とされる瑕疵はない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本願優先日当時の古細菌DNAポリメラーゼに関する当業者の認識についての認定の誤り)について 本願発明のDNAは,古細菌由来の組換え熱安定性DNAポリメラーゼをコードする単離されたDNAであって,本願ハイブリダイズ条件で配列(i)ないし(v)のDNAとハイブリダイズするものであり,かつ,そのようなDNAから,配列(a)ないし(e)のDNAが除かれているものである。
審決は「本件発明には,当該「ただし」以下で除かれたDNAと極めて類似性の高い天然に存在するDNA(いわゆる「ストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA」)については依然として包含されており」(審決書3頁7〜9行)と認定し,それらのDNAについては,「本件優先日前の技術常識を勘案することで,引用文献1に記載される配列番号1及び各フラグメントに対応するDNAの配列情報に基づき当業者が容易に想到し得るものである。」(同頁10〜12行),「上記引用文献1の配列情報に基づき,T.litoralis以外の同属もしくは類似古細菌に由来する類似耐熱性DNAポリメラーゼ遺伝子をクローニングすることについては,何らの困難性を見出すことはできない。」(同頁21〜23行)と認定判断している。
審決が本願発明に包含されると認定した上記DNAには,「T.litoralis」(サーモコッカス属リトラリス種)以外のサーモコッカス属又は類似の古細菌に由来するサーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼ遺伝子と類似の耐熱性DNAポリメラーゼ遺伝子,すなわち本願発明の用語でいえば,類似の熱安定性DNAポリメラーゼをコードするDNA,を包含するものであるといえる(なお,本願発明の「古細菌由来の組換え熱安定性DNAポリメラーゼ」とは,その「古細菌由来の熱安定性DNAポリメラーゼ」の製法が組換えによることを規定するものと認められるから,両者は物質としては異なるものではない,同一のタンパク質であり,本願発明の「古細菌由来の組換え熱安定性DNAポリメラーゼをコードするDNA」とは,その「古細菌由来の熱安定性DNAポリメラーゼをコードするDNA」と同じか,少なくともそれを含むものであると認められる。)。したがって,審決の上記判断は,サーモコッカス属の古細菌又は類似の古細菌に由来するサーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼと類似する熱安定性DNAポリメラーゼのDNAが天然に存在することを前提にするものである(以下,配列(a),配列(b)と極めて類似性の高いDNA配列を「配列(a')」,「配列(b')」などという。)。
(1) 原告は,本願優先日当時,古細菌のDNAポリメラーゼのDNAは,引用発明のサーモコッカス属リトラリス種のもの以外は同定されておらず,同リトラリス種以外の古細菌のDNAポリメラーゼの構造はそれと類似しないことが推測されたから,それらの古細菌のDNAポリメラーゼのDNAも類似しないことが推測されていたとして,審決が本願発明に包含されると認定する配列(a')〜配列(e')のDNAは,本願優先日当時,天然に存在するとの認識はなかったものであり,審決の上記判断は誤りであると主張する。
しかし,本願優先日当時において,(ア)サーモコッカス属の古細菌が,サーモコッカス属リトラリス種の菌株NS-C(そのDNAポリメラーゼのDNAが配列番号1表示のヌクレオチド配列のもの)以外にも天然に存在するとの知見があり,(イ)その古細菌に由来するDNAポリメラーゼのDNAは熱安定性DNAポリメラーゼのDNAであり,かつ,(ウ)その古細菌に由来するDNAポリメラーゼのDNAは配列(a)と極めて類似性の高いDNAである,との知見があったことから,少なくとも配列(a')のDNAは,天然に存在するとの知見があったと認められることは以下のとおりである。
(ア) サーモコッカス属リトラリス種の菌株NS-C以外にもサーモコッカス属の古細菌が天然に存在する,との本願優先日当時における知見について (a) 「Arch.Microbiol.,(1990)153:205-207」(乙12,甲33の別紙2。
以下「乙12文献」という。)は,本願優先日当時公知の「超好熱性の海洋古細菌の新種」と題する古細菌について記載する文献であり,次の記載がある。
@「二つの新しい単離体が,イタリアの浅い海底熱水源から得られた:菌株NS-Cは,ナポリ付近のLucrinoの海浜から分離され,これの生理学的な特徴が記述された(BelkinとJannasch 1985)。菌株A3は,Vulcano島から単離された。
この二つの単離体は,Thermococcus属に属する新しい種であることが発見されており,これについてこの文書の中で記述される。」(訳文1頁下から14行〜10行) A「菌株NS-Cは,55℃と98℃の間で成長し,88℃のときに最適な状態で,成長した(BelkinとJannasch 1985)。50℃と96℃の範囲で成長し,最適な成長温度は85℃である単離体A3とは,わずかな違いが見つけられた。」(訳文2頁「成長温度,pHの範囲,イオン強度」の項) B「単離体NS-Cと単離体A3とは,G+Cの含有量がそれぞれ38モル%と40モル%とわずかな違いのみを示した。」(訳文3頁「DNA塩基の構成」の項) C「菌株NS-Cと菌株A3は,制限的なハイブリダイゼーション条件の下にある場合であっても,高い度合いのDNAの相同性を持つことが示しているように,同一の種に属している。」(訳文3頁「DNAの相同性」の項) D「表1.菌株NS-C(Thermococcus litoralis),菌株A3,Thermococcus celer(DSM2470),Pyrococcus furiosus(DSM3638)の間に見られるDNAの相同性」において,菌株NS-Cと菌株A3のDNAの相同性について,フィルターに拘束されたDNAの供給源が菌株NS-Cのとき,菌株A3から得られた32Pで標識付けされたDNAとの相同性(%)は「86」, 同様に供給源が菌株A3のとき,菌株NS-Cから得られた32Pで標識付けされたDNAとの相同性(%)は「89」であること,菌株NS-CとThermococcus celerとの相同性についてはそれぞれ「3」及び「10」であることが記載されている。(訳文4頁) E「以下に挙げる合成オリゴヌクレオチドのプライマーが,部分的な16S rRNAの配列を決めるのに使用されている:(1)・・・(2)・・・(3)・・・。約320塩基の配列決定の結果は,菌株NS-CとThermococcus celer(・・・)との間に相違がないことを示しており,このことは,新しい菌株がThermococcus属に属していることを示唆している。・・・Pyrococcus furiosusの16S rRNAの150の塩基は,Thermococcus celer及び菌株NS-Cと比較すると違いが見られる・・・。鞭毛の欠如,成長の上限温度,成長に対して許容されるイオン強度のずっと広い範囲,G+Cの含有量,およびDNAの相同性は,菌株NS-Cと菌株A3とが,Thermococcus celerとは異なっていることを示唆している。部分的な16S rRNAの配列が,Pyrococcusに対してよりもThermococcus属の部分的な16S rRNAの配列と密接に関連付けられており,このことは,新しい単離体がThermococcus属に属していることを示唆している。」(訳文4頁「部分的な16S rRNAの配列決定」の項) F「Lucrino/ナポリとPorto di Levante/Vulcanoにある浅い海洋の硫気孔から分離されたものである。典型的な菌株:Thermococcus litoralis NS-C(DSM5473)。菌株A3もまた,DSM 5474として,ドイツ微生物寄託機関(DSM)に寄託されている。」(訳文4頁末〜「新種の記述」の項) (b) 上記の記載によれば,菌株A3と菌株NS-Cは,「Thermococcus属」に属する種であり,菌株NS-Cはサーモコッカス属リトラリス種(「Thermococcus litoralis」)でありそのドイツ微生物寄託機関(DSM)の寄託番号は「DSM5473」であることが認められる。
一方,本願明細書においては,「天然のT.リトラリスDNAポリメラーゼの産生 T.リトラリスDNAポリメラーゼは,T.リトラリス株NS-Cから取得可能である(DSM No. 5473,この試料は,アメリカン タイプ カルチャーコレクションに,ATCC受託番号No. 55233 として,1991年9月17日に寄託してもある)。T.リトラリスは,1985年,イタリア,ナポリ付近の海底熱火道から単離された。この生物,T.リトラリスは,極度に好熱性であるイオウ代謝性の古細菌であり,55℃と98℃との間に増殖範囲を有する。Neuner,etal.,Arch. Microbiol.(1990)。」(甲2【0020】)と記載されており,その末尾に記載されている文献が乙12文献であり,その菌株名T.リトラリス株NS-C及び寄託番号は乙12文献に記載されたものと全く同じものであることが認められる。
したがって,乙12文献記載の「Thermococcus属」,「菌株NS-C」は本願明細書の「サーモコッカス」属,「T.リトラリス株NS-C」とそれぞれ同一であると認められ,また,菌株A3も,本願明細書に記載されている菌株NS-Cと同様にサーモコッカス属の古細菌であるということができる。
よって,本願優先日当時において,サーモコッカス属の古細菌が,本願明細書に記載されている菌株NS-C以外にも,天然に存在するとの知見があったことが認められる。
(イ) 菌株A3に由来するDNAポリメラーゼの熱安定性について 本願発明においては,DNAポリメラーゼの「熱安定性」が,どの程度の温度におけるどの程度の安定性をいうか,について明確な記載はないものの,本願明細書には,「T.アクティクス(T.aquaticus)YT1株からの80℃の至適温度を有するDNAポリメラーゼ」(甲2【0007】)を前提技術として「改善された熱安定性」(【0010】)であって,「このような酵素の一つである(・・・)セルモコッカス・リトラリス(Thermococuss litoralis)」(【0010】)と記載されていることから,その熱安定性の程度はサーモコッカス・リトラリス,すなわち菌株NS-CのDNAポリメラーゼの熱安定性の程度を,含むものであると認められる。
乙12文献の前記記載によれば,菌株NS-Cは,55℃と98℃の間で成長し,88℃のときに最適な状態で成長したとされ,菌株A3も,50℃と96℃の範囲で成長し,最適な成長温度は85℃であるとされており,菌株A3の生育温度環境は菌株NS-Cとほぼ同程度の高温であると認められる。
そして,DNAポリメラーゼはそれが由来するもとの生物の中で最もよく機能するように進化してきており,高温で生育する生物から単離されたDNAポリメラーゼは,同じような高温で最も活性である傾向にあるから,菌株A3のDNAポリメラーゼは,菌株NS-CのDNAポリメラーゼの熱安定性の程度と同程度の熱安定性を具備していると認められる。
(ウ) 菌株A3に由来するDNAポリメラーゼをコードするDNAと,配列(a)との類似性について (a) 乙12文献の前記記載によれば,菌株A3と菌株NS-Cとは「制限的なハイブリダイゼーション条件の下にある場合であっても,高い度合いのDNAの相同性を持つ」(前記(ア)(a)C)こと,「DNAの相同性(%)」は,「86」又は「89」である(前記(ア)(a)D)ことからすれば,菌株A3のDNAは菌株NS-CのDNAとDNA配列の類似度が高いものである。
そして,この相同性試験におけるハイブリダイズ条件は明確ではないが,同じサーモコッカス属の菌であると認められるサーモコッカス・セラーとの相同性の値が低いことから,制限的な条件,すなわちハイブリダイズが起こりにくい条件で行われたものであると推認される。
このことからすれば,菌株A3と菌株NS-CのDNAとは,同属であるサーモコッカス・セラーに比べても,非常に近縁であり類似したDNAを有するということができる。
(b) 甲42報告書においては,DNA-DNAハイブリダイゼーションによって測定される相同性と染色体DNAの塩基配列の類似度とは異なるものであること,乙12文献の表中の菌株A3の「89」との数値は,菌株NS-Cの標識・断片化DNAが同じ株のDNAに対してハイブリダイズする割合を100とした場合の,菌株A3からのDNAに対してハイブリダイズする割合を示すものであって,菌株NS-Cと菌株A3の全染色体レベルでのDNAの塩基配列の巨視的な相同性を比較したものであるにすぎず,二つの株の完全長塩基配列を並べたとき,染色体全体で90%の類似度があるということを意味するものではないことが記載されている(甲42)。しかし,甲42報告書のこの指摘は正確なものであるとしても,甲42報告書においては,上記の趣旨の記載があるだけであり,DNAポリメラーゼという遺伝子について,ハイブリダイゼーション実験における相同性が高いとしても,そのDNA配列は類似性がない,あるいは,類似性が低いものであるということが記載されているわけではないし,まして菌株A3と菌株NS-CのDNAポリメラーゼのDNA配列は類似性がない,あるいは,低いものであるということが記載されているわけでもない(甲42)。
むしろ,本件の各証拠をみれば,菌株A3と菌株NS-CとのDNAポリメラーゼのDNA配列は,類似していると認められることは以下のとおりである。
@ DNAポリメラーゼについて DNAポリメラーゼは,「DNAを鋳型にし,それに相補的なDNA・・・を,ヌクレオチドをつぎつぎと重合することによって合成する酵素で,合成ミスのほとんどない優れた酵素」(甲7・34頁2行〜4行)であり,また,細胞分裂に伴う遺伝情報の受け渡しにおいて,DNAの複製は極めて正確に行われる必要があって,古細菌のみならずDNAを有する生物の種すべての生体内,例えば真核生物であるヒト,真性細菌である大腸菌などの生体内に存在し(乙8Figure 1.,甲33見解書の別紙4訳文),それらの生体内においてそれぞれ上記の機能を同じように担う酵素であるから,DNAポリメラーゼは,そのDNA複製に直接関与する酵素として,生体内で重要な機能を有する物質である。
そして,生体内で重要な機能を有するものであって,その変異は生物自体に大きな影響を与える物質をコードするDNAの配列の保存性は,そのような機能を有しない物質をコードするDNAの配列の保存性よりも高いものであると認められる(甲6・17頁(1),乙4・121頁〜125頁,乙5・58頁下から6行。)。
DNAポリメラーゼは,上記のとおり生体内で重要な機能を有する物質であり,その変異は生物自体に大きな影響を与えるような物質であるから,DNAポリメラーゼをコードするDNAの配列は,その生物のDNAにおいて,より高い配列の保存性を有するものである。
なお,DNAポリメラーゼのうちでも,特に古細菌のDNAポリメラーゼがヒトなどの真核生物や真性細菌と異なる特殊な酵素であるとする技術常識など上記認定を覆すに足る証拠も認められない。
A 本願明細書においてピロコッカス属に属する菌株GB-DのDNAポリメラーゼのDNA配列がリトラリス種のDNAポリメラーゼの配列(a)に類似していることが示されている(甲2【0193】)。すなわち,分類上は同科内でサーモコッカス属と別属であるとされ(乙6),DNAポリメラーゼの表現形質は異なるとされている(甲12の1・2),ピロコッカス属に属する菌ですら,そのDNAポリメラーゼについてはDNA配列が配列(a)に類似しているのである。
B 菌株A3と菌株NS-Cとは,同じサーモコッカス属のサーモコッカス・セラーに比し,DNAの相同性が非常に高いこと,及び,DNAの塩基のG+Cの含有量(40モル%)の値が菌株NS-Cのそれ(38モル%)と「相違はわずか」であると評価されるものであり(前記(ア)(a)B),さらに,「鞭毛の欠如,成長の上限温度,成長に対して許容されるイオン強度のずっと広い範囲」でも類似すると認められるものである(前記(ア)(a)E)。
(c) 以上からすれば,菌株A3のDNAポリメラーゼのDNAは,サーモコッカス・リトラリスのDNAポリメラーゼのDNAと非常に類似性が高い,すなわち配列(a)と極めて類似していると推認することが合理的である。
したがって,当業者は,本願優先日当時において,菌株A3に由来するDNAポリメラーゼのDNAは配列(a)と極めて類似しているとの知見を有していたと認められる。
(エ) 原告の前記主張は,主に甲12表(「Bの供述書 表1:1991年12月以前に開示された,古細菌から単離されたDNAポリメラーゼ」)の記載並びにA氏作成の甲33見解書,甲36陳述書及び甲42報告書の記載を根拠とするものである。しかし,これらの証拠は,次に示すとおり,いずれも原告主張の根拠とはならないものである。
(a) 甲12表について 甲12表は,B博士が,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼ及び本願優先日当時に知られていたその他の7種類の古細菌,及びヒト,大腸菌などに由来するDNAポリメラーゼについてそれらの性質等(表現形質)を対比させた表である。原告は,甲12表の古細菌中のサーモコッカス属リトラリス種とサーモコッカス属以外のDNAポリメラーゼとでは,DNAポリメラーゼを分類する一般的な各指標が類似していないことから,当業者はそれらのDNAポリメラーゼのDNA配列の類似性は低いと認識していたと主張する。
しかし,甲12表においては,リトラリス種以外のサーモコッカス属の古細菌(例えば菌株A3)に由来するDNAポリメラーゼや,それをコードするDNAについては,記載されておらず,リトラリス種以外のサーモコッカス属の古細菌(例えば菌株A3)に由来するDNAポリメラーゼのDNAがサーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼや,そのDNAと異なることまでをいうものではない。
このような公知の古細菌のすべてのDNAについて記載するものでない甲12表を根拠に,「配列(a')のDNAは,本願優先日当時に天然に存在するという知見があったとはいえない」ということはできない。
また,甲12表に挙げられた8行目のピロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)以外の各古細菌(1〜7行目の古細菌)は,系統樹上,本願優先日当時のサーモコッカス属とは別の目,科又は属に属する古細菌とされているものであると認められる(甲6の16頁〜21頁,図2.1(19頁)。
甲8・22頁)。そして,系統樹は「現存する生物の遺伝子の塩基配列(・・・)を比較して,似ているものほど最近分岐した種であるとして作成される.この方法は形態の特徴に基づく分類法や特定の物質,形質に基づく分類法に比べ,・・・判断基準の恣意性が少なく,また,はるかに定量的である.」(甲8・23頁3段落。)ものであり,「1984年以降微生物の分類学分野では・・・homology値70%を境にして高い値なら同種,低い値を示せば別種と判断する」(甲42・3頁2段落,その添付資料134頁左欄1行〜11行)とされているのであるから,甲12表に記載された古細菌は,サーモコッカス属の古細菌とは相当に異なる古細菌のものなのである。
「岩波講座現代生物科学7 生命の起源と分子進化」(岩波書店1976年3月12日発行。乙4・111頁5行〜10行)には,「この表(判決注・「表3.2 ヘモグロビンとチトクロムcの進化の速度およびその標準偏差」)からわかるように,進化速度のばらつきは全く偶然にもとづくものであると仮定するよりは大きく・・・.それでも表現型の進化に比べればおそろしく均一」と記載されるように,タンパク質の表現形質の相違は,アミノ酸の相違,すなわちそのタンパク質をコードするDNA配列の相違よりも非常に大きいものと認められる。(引用文献1に,配列(a)5838塩基のうちの4塩基を変異させたDNAポリメラーゼは,活性は保持したままで「3'-5'エキソヌクレアーゼ活性」が失われる(乙1実施例VI(【0122】〜【0130】))ことが記載されている。すなわち,わずかな塩基の相違であっても,それによって表現形質が大きく変わることが示されている。) したがって,甲12表において,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼの表現形質が,他の古細菌中のDNAポリメラーゼと類似しないことは,むしろ当然のことであって,この表の記載が上記認定の妨げになるものではない。
(b) 甲33見解書について 甲33見解書は,本願優先日当時に,@当業者は,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼをコードするDNAとピロコッカス属の菌のDNAポリメラーゼをコードするDNAが,本願ハイブリダイズ条件下でハイブリダイズするか否かを予測できたかとの質問(質問2)について,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼをコードするDNAの塩基配列は解明されていたものの,ピロコッカス属の古細菌に由来するDNAポリメラーゼをコードするDNAの塩基配列は解明されていなかったことなどから,両者のDNAが本願ハイブリダイズ条件下でハイブリダイズするかどうかは,予想し得なかったことであると述べているものの,A当業者は,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼをコードするDNAとサーモコッカスと同属若しくは類似古細菌に由来する類似耐熱性DNAポリメラーゼをコードするDNAが本願ハイブリダイズ条件下でハイブリダイズするか否かを予測することができたかとの質問(質問3)については,質問2について述べた理由と同様の理由により,予測し得なかったと述べているにすぎないものである(甲33)。このように,甲33見解書は,質問3,すなわち,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼをコードするDNAとサーモコッカスと同属若しくは類似古細菌に由来する類似耐熱性DNAポリメラーゼをコードするDNAについて,それらが本願ハイブリダイズ条件下でハイブリダイズするか否かについては,具体的な理由を述べておらず,例えば,リトラリス種以外のサーモコッカス属の古細菌の菌株A3に由来するDNAポリメラーゼのDNAがサーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼやそのDNAと類似しないことまでをいうものではないし,両者が本願ハイブリダイズ条件下でハイブリダイズするかどうかについて明確な意見を述べているものではない。
したがって,甲33見解書を根拠に,「配列(a')のDNAは,本願優先日当時に天然に存在するという知見があったとはいえない」ということはできない。
(c) 甲36陳述書について 甲36陳述書においては,本願優先日当時に「サーモコッカス属とピロコッカス属との区分は16S rRNAの塩基配列とDNA/RNAハイブリダイゼーションではなく,単に生育至適温度の違い(・・・)で区分されていました。」として,同じ科内であることを根拠にして「サーモコッカス属とピロコッカス属の種の間でのDNA全体の塩基配列を類推することは不可能であった。」(4頁2段落),「当時の私を含めて古細菌の研究に携わっていた当業者は,・・・同じ科の中の古細菌のDNAポリメラーゼのDNA配列が類似していないと認識していました。」(6頁2段落)と記載されている。
しかし,甲36陳述書も,サーモコッカス属とピロコッカス属のDNAの非類似性について述べるものであって,リトラリス種以外のサーモコッカス属の古細菌(例えば菌株A3)に由来するDNAポリメラーゼのDNAがサーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼやそのDNAと類似しないことをいうものではないし,両者が本願ハイブリダイズ条件下でハイブリダイズするかどうかについて明確な意見を述べているものではない。。
したがって,甲36陳述書を根拠に,「配列(a')のDNAは,本願優先日当時に天然に存在するという知見があったとはいえない」ということもできない。
(d) 甲42報告書について 甲42報告書については,前記のとおりである。すなわち,DNA-DNAハイブリダイゼーションによって測定される相同性と染色体DNAの塩基配列の類似度とは異なるものであるとしても,甲42報告書には,菌株A3に由来するDNAポリメラーゼのDNAが,サーモコッカス属リトラリス種のDNAポリメラーゼのDNAに類似しないものであるということが記載されていないことは甲42報告書自体から明らかである。甲42報告書を根拠に,「配列(a')のDNAは,本願優先日当時に天然に存在するという知見があったとはいえない」とまでいうことはできない。
(2) 除かれた配列について 本願発明においては,「ただし」として配列(a)ないし(e)のDNAが除かれている。請求項1によれば,配列(a')は配列(a)と異なるもの(類似のもの)であるとしても,他の除かれた配列(b)ないし(e)と同じである場合には本願発明のDNAから除かれることになるから,その場合には,配列(a')は本願発明に包含されないものになる。
そこで,配列(a')に包含される配列であると認められる,菌株A3のDNA中におけるDNAポリメラーゼのDNA配列が配列(b)ないし(e)と同じであるかどうかを念のため確認する。
(ア) 配列(b)について 配列(b)は「配列番号1のDNA配列の変異体」(請求項1)すなわち配列(a)の変異体である。本願明細書には,配列(b)で規定する変異体について,その実施例6に「T.リトラリスDNAポリメラーゼの3'から5'へのエキソヌクレアーゼ変異体の産生」(甲2【0144】〜【0152】)についての記載があり,その変異体のDNAポリメラーゼは,3′から5′方向へのエキソヌクレアーゼ活性を持たないものであり,四つの塩基対が異なっていることなどが記載されている。ただし,本願明細書には,配列(b)の変異体がこの実施例6のものに限られるなどの記載はなく,配列(b)に規定する変異体についての明確な定義もない。
本願発明において除かれている「配列番号1のDNA配列の変異体」の範囲が不明であると,本願発明の範囲自体が不特定なものとなるため,ここでは,配列(b)の「配列番号1のDNA配列の変異体」とは,本願明細書の実施例6のものと,これに準じたものをいうものと一応解した上で,菌株A3のDNAポリメラーゼのDNA配列と配列(b)の異同について検討する。
前記(1)(ウ)Aに認定したところによれば,菌株A3のDNAの塩基のG+Cの含有量は40モル%であり,この値は菌株NS-Cのそれの38モル%と異なるものであることが認められ,また,菌株A3のDNAと菌株NS-CのDNAとの「DNAの相同性(%)」は,ハイブリダイズが起こりにくい条件下で「86」又は「89」であることからすれば,菌株A3と菌株NS-Cとは,本願明細書の実施例6に記載された,四つの塩基対が異なっているだけの上記変異体あるいはこれに準じたものであるとは到底いえず,菌株A3のDNAポリメラーゼのDNAは,菌株NS-Cの変異体であるということはできない。
したがって,配列(b)は菌株A3のDNAポリメラーゼの配列と同じであるということはできない。
(イ) 配列(c)について 配列(c)は,「活性化熱安定性DNAポリメラーゼをコードする配列番号1のフラグメント」であり,菌株NS-CのDNAの配列(a)の部分配列であると認められる。
菌株A3のDNAポリメラーゼの配列は,菌株NS-CのDNAポリメラーゼの配列(a)とは同一ではなく,一部相違するものであることは前記のとおりであるから,その部分配列である配列(c)は,菌株A3のDNAポリメラーゼの配列と,同一であるということはできない。
(ウ) 配列(d)及び配列(e)について 配列(d)及び配列(e)は共にピロコッカス属に属する古細菌のDNAポリメラーゼをコードするDNA配列であると認められる(甲2)。
ピロコッカス属とサーモコッカス属は属が異なるものである。そして,前記のとおり「1984年以降微生物の分類学分野では・・・homology値70%を境にして高い値なら同種,低い値を示せば別種と判断する」(甲42)のであるから,ピロコッカス属に属する古細菌は,サーモコッカス属リトラリス種と菌株A3とよりもさらにDNAの相同性は低いものと認められ,それらのDNAポリメラーゼのDNAの類似性も菌株NS-Cと菌株A3におけるより低いと認められる(乙12文献の表1において菌株NS-C又は菌株A3とピロコッカス・フリオサス(Pyrococcus furiosus)の間のDNAの相同性(%)は5以下であることが記載されている(乙12訳文4頁)。)。
このように,サーモコッカス属リトラリス種の菌株NS-CのDNAポリメラーゼの配列(a)と菌株A3のDNAポリメラーゼのDNA配列とは相違するのであるから,それよりも異なると認められる配列(d)及び配列(e)と菌株A3のDNAポリメラーゼのDNA配列とが同じであるということはない。
(エ) 以上のとおり,本願発明のDNAから除かれる配列(b)〜配列(e)は少なくとも菌株A3のDNAポリメラーゼのDNA配列と同じであるということはできない。
(3) まとめ 以上のとおり,審決が,「本願発明には,当該「ただし」以下で除かれたDNAと極めて類似性の高い天然に存在するDNA(いわゆる「ストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNA」)については依然として包含され」と認定判断したことに誤りはない。
そして,引用文献1には,サーモコッカス属リトラリス種の菌株NS-CからそのDNAポリメラーゼのDNAを取得してその配列を決定する過程が実施例として詳細に記載され,その5837塩基からなるDNA配列が記載されているのであり(乙1),このDNA配列は本願発明の配列(a)と同じものであり,菌株NS-Cは寄託され入手可能なものである(乙1【0013】)。
また,配列(a')を有していると認められる古細菌,例えば菌株A3は,本願優先日当時,寄託され入手可能に存在することは前記のとおりであるから,当業者は,このような古細菌に対して,引用文献1に記載された方法で取得した配列(a)を「そのままニックトランスレーション法などで全面的に標識し,当該標識プローブによるハイブリダイゼーション法」などを適用することで,配列(a')を容易に取得できるものと認められる。
よって,審決の「上記引用文献1の配列情報に基づき,T.litoralis以外の同属もしくは類似古細菌に由来する類似耐熱性DNAポリメラーゼ遺伝子をクローニングすることについては,何らの困難性を見出すことはできない。」(3頁21〜23行)との判断に誤りはない。
2 取消事由2(引用発明のDNA配列における介在配列の認定の誤り)について 原告は,引用文献1の菌株NS-CのDNAポリメラーゼのDNAの配列情報(配列(a))には,介在配列IVS1及びIVS2が存在し,介在配列IVS2の領域も明確ではなく,介在配列の存在に起因するプローブ作成などに困難性があるから,引用文献1の配列情報に基づき本願発明の配列(a')〜配列(e')を容易に取得することができるものではない,と主張する。
確かに引用文献1の配列(a)には二つ以上の介在配列があることが認められる(乙1【0092】〜【0093】,【0105】)。
しかし,引用発明の配列(a)と菌株A3のDNAポリメラーゼのDNA配列とは,介在配列が存在するままの配列(a)から設計したプローブによってハイブリダイズすることができるほどに類似しており,それで取得することができるものであることは前記のとおりである。
したがって,引用発明の配列(a)に介在配列IVS1及びIVS2が存在することは配列(a')の取得に何ら影響しないことは明らかであり,配列(a)におけるIVS1及びIVS2の位置を確認する必要もこれを除去する必要もないのである。原告の上記主張は,その余の点について判断するまでもなく理由がないことが明らかである。
3 取消事由3(審判における手続上の瑕疵)について 原告は,審決が,審査過程における面接時に提出した資料(甲14)を審理の対象とすることなくされたものであるから,その手続きに重大な瑕疵があり,審理不尽であるなどと主張している。
しかし,出願人と審査官との面接は,審査官の本願発明の技術的理解の一助とするべく,出願人が技術説明などを行うものであって,そもそも特許法で規定されているものではなく,出願人の希望に応じて事実上任意になされる手続であるから,その面接において提出された書類が,出願書類として正式に出願記録に綴じられるべきものであるということはできない。
しかも,本件審判の請求(平成15年3月10日)後の前置審査を経て,審判合議体に移管された後に,本件の審判合議体は,審決に先立ち原告に対して審尋(同年8月12日)を行って回答書を求めて意見を申し述べる機会を与えており,その際に,同合議体は,審決と同趣旨の内容の審尋書を発送し,これに対する意見を求めていることが認められる(乙10)。
このように,原告は,審尋に対する回答書提出時において,必要な資料を正式に提出し,その資料に基づいて主張をすることができたのであるから,審判合議体が甲14の内容を審理の対象としなかったことを審理不尽ということはできない。
また,甲14の添付資料の一部であった甲12表については,その内容を検討したとしても,審決の結論を左右するものではないことは前示のとおりである。
以上のとおりであるから,本件審判における手続については審決の結論に影響するような手続違背は存在しない。
4 原告は,被告の平成17年1月25日付け準備書面第2回における主張の一部について,時機に後れた攻撃防御方法であるから,民訴法157条1項に基づき却下を求める,と主張する。しかし,被告が提出した準備書面第2回のうち,原告が時機に遅れた攻撃防御方法であるとして特定したものは,いずれも「第4 被告の反論の骨子」の欄に被告の反論として記載する必要のない補充的な主張であり,これらの主張は,いずれも訴訟の完結を遅延させるものということはできないものである。よって,原告の上記申立も理由がない。
5 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由にはいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 若林辰繁
裁判官 設樂驤