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事件 昭和 49年 (ワ) 5765号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1978/08/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の申立
一 原告1 被告株式会社日本凍結乾燥研究所(以下、被告研究所という。)は、別紙目録記載の試薬(以下、被告試薬という。)を生産し、販売してはならない。
2 被告協和薬品工業株式会社(以下、被告協和という。)は、被告試薬を販売してはならない。
3 被告らは、それぞれその本店、営業所、工場及び倉庫に存する被告試薬を廃棄せよ。
4 被告らは原告に対し、連帯して金九九二万円及びこれに対する昭和四九年三月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
5 訴訟費用は被告らの負担とする。
6 仮執行の宣言二 被告ら主文同旨の判決
請求の原因
一 原告は、次の特許権(以下、「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。
登録番号 第七五四、七一九号名称 病原性トレポネーマ・パリーダムの感作担体凝集反応を用いた梅毒の新規な血清学的検査法出願 昭和四二年三月一日当願公告 昭和四五年六月三日登録 昭和五〇年一月二八日本件特許の願書に添附した明細書及び出願公告後の手続補正書による特許請求の範囲(ただし第2項)の記載「抗原として生物に由来する感作担体を使用する病原性トレポネーマ・パリーダム感作担体凝集反応検査に於て、任意の非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白、健康家兎睾丸成分及び上記担体を用いて被検血清を吸収することを特徴とする梅毒の血清学的検査法」二1 本件発明の構成(一) 抗原として生物に由来する感作担体を使用する病原性トレポネーマ・パリーダムの感作担体凝集反応検査に於て、
(二)A 任意の非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白B 健康家兎睾丸成分C 上記担体を用いて被検血清を吸収することを特徴とする(三) 梅毒の血清学的検査法2 本件発明の作用効果 本件発明は、抗原抗体反応を利用した、梅毒病原体である病原性トレポネーマ・パリーダムを抗原とする梅毒の血清学的検査法のうち、担体凝集反応検査を行うにあたり、その反応の特異性を高めるため、あらかじめ被検血清から病原性トレポネーマ・パリーダム抗体以外の、右抗原に反応する非特異抗体すなわち(1)非病原性のトレポネーマ属の菌、(2)家兎睾丸成分、(3)生物に由来する担体にそれぞれ反応する抗体を除去することが必要であるところ、本件発明は、これらの非特異抗体に対応する抗原物質である非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白、家兎睾丸成分及び担体同物質をあらかじめ被検血清に混入し、それぞれの非特異抗体と反応させてその反応力を失わしめることすなわち吸収によつて前記のように反応の特異性を高めるという作用効果を奏する。
三 被告研究所は、昭和四八年一〇月ごろから被告試薬を業として製造してこれを被告協和に販売し、被告協和はこれを業として他に販売している。
四 被告らによる被告試薬の製造販売は、特許法第101条2号により、本件特許権を侵害するものである。
すなわち、
1 被告試薬は、病原性トレポネーマ・パリーダムを感作させたヒツジ赤血球を抗原とする梅毒の担体凝集反応検査用試薬である。
2 被告試薬のうち、「吸収用液」は、これをもつて被検血清を希釈するとともに、右「吸収用液」に含まれた吸収原物質たる(1)非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白、(2)健康家兎睾丸成分をもつて被検血清中の右に対応する各非特異抗体を吸収する。
3 被告試薬のうち、「抗原対照(非感作血球)」は、抗原である「TPHA抗原(感作血球)」に使用されているのと同一のヒツジの赤血球が用いられているところ、右「抗原対照」に陽性反応を示さない被検血清、すなわち右血球そのものに反応する非特異抗体が存在しない被検血清については、そのままで「TPHA抗原(感作血球)」を反応させることができる(その反応が信頼できる)という意味で「対照」ないし「確認」の目的をもつが、さらに、右「抗原対照」に陽性反応を示した被検血清については、あらかじめこれを反応させて対応する非特異抗体を吸収し、上清分離(沈降複合物を除去)したうえで「TPHA抗原(感作血球)」を反応させるものであり、したがつて右「抗原対照」は担体血球そのものに反応する非特異抗体を吸収するものである。
4 以上のとおり、別紙目録記載(1)ないし(5)の各試薬部品より構成される被告試薬は、一体として、梅毒の血清学的検査法のうち、抗原として生物に由来する感作用担体すなわちヒツジ赤血球を使用する病原性トレポネーマ・パリーダム感作担体凝集反応検査にして、病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白、健康家兎睾丸成分及び右担体(血球)を用いて被検血清を吸収する梅毒検査法に供されるものにほかならず、被告試薬を右以外の用途に供することはできない。
五1 被告らは、意思を相通じて、昭和四八年一〇月ごろから翌四九年二月末日ごろまでの間、被告試薬を八、〇〇〇箱製造販売したが、一箱当たりの売価は金四、
〇〇〇円を下らず、その利益率は右売価の三一パーセントを下らないから、被告らは右により合計金九九二万円を下らない利益を得た。
2 原告は、本件特許権に基づき、昭和四一年ごろから被告試薬と同種同目的の試薬を製造販売しているから、特許法第102条1項により、被告らの得た利益の額をもつて、原告が被告らの右侵害行為により受けた損害の額と推定される。
3 よつて、被告らは原告に対し、共同不法行為に基づく損害賠償として、金九九二万円を連帯して支払うべき義務がある。
六 以上のとおり、原告は被告らに対し、本件特許権に基づき、被告試薬の製造販売の差止め、同試薬の廃棄並びに連帯して損害金九九二万円とこれに対する不法行為ののちである昭和四九年三月一日から支払ずみまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。
請求の原因に対する認否と被告らの主張
一 請求の原因第一項、第二項1は認める。同項2のうち、本件発明が抗原抗体反応を利用した、梅毒の血清学的検査法のうち、担体凝集反応検査を行うにあたり、
「非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白」、「健康家兎睾丸成分」及び「生物に由来する担体」を用いて被検血清中の対応する非特異抗体を吸収することを特徴とする検査法であることは認めるが、その余は争う。被検血清中に存在する可能性のある非特異抗体は右の三種に対するものに限られないし、この三種に対する非特異抗体と反応してこれを吸収除去しうる物質は右の三種に限られるものでもない。同第三項は否認する。もつとも、被告研究所が商品名「TPHA―KIT(KW)」なる梅毒の担体凝集反応検査用試薬を業として製造して、これを被告協和に販売し、被告協和がこれを業として他に販売しているが、右KITの内容はすべて否認する。
すなわち、別紙目録(1)、(2)、(4)及び(5)の製品は製造、販売しているが、被検血清の吸収とは関係がないし、(3)は製造ないし販売をしていない。そして(1)ないし(5)の製品を一括して、本件特許権の間接侵害を構成する、被告試薬であるとするのは誤りである。同第四、五項は争う。
二 原告の本件特許権の間接侵害に関する主張は、以下のとおり、すべて失当である。
1 「吸収用液」について(一) 被告試薬のうち、「吸収用液」は、原告の主張自体から本件特許権の間接侵害を構成しない。
すなわち、
(1) 特許法第101条2項は、その発明の実施にのみ使用する物を業として製造販売することをもつて間接侵害としているから、本件特許権の間接侵害が成立するためには、本件発明の前記構成要件(一)、(二)A、B、C、(三)のすべてを充足した検査方法にのみ使用される物でなければならないところ、被告試薬中の「吸収用液」は、右要件(二)、Cを欠くことは原告自ら認めるところであるから、右(二)、Cを欠く検査方法に用いられる吸収用液をもつて、右(二)、Cを必須の要件とする本件発明の間接侵害ということはできない。
(2) ところが、原告は、被告試薬中の「抗原対照(非感作血球)」が前記(二)、Cの要件である「上記担体」すなわちヒツジ赤血球で構成され、これが右「吸収用液」とともに被検血清の吸収に用いられる場合があるから、結局右「吸収用液」は前記構成要件をすべて充足した検査方法にのみ使用することになり、本件発明の間接侵害となる旨主張する。しかしながら、右「抗原対照(非感作血球)」が原告主張のように被検血清の吸収に用いられるというのは、後記のように事実に反するうえ、原告の主張によつても、右抗原対照が被検血清の吸収に用いられるのは、非特異抗体の不存在を確認するための対照試験において陽性反応を示した場合に限られ、陰性反応が示された場合にはこれを吸収に用いないことを前提としており、後者すなわち陰性反応が示された場合、被検血清の吸収に用いられるのは右吸収用液のみであり、右吸収用液が前記要件(二)、Cを欠くことは前記のとおり原告の自認するところであるから、右吸収用液は本件発明の実施にのみ使用されるものではないことに帰着する。
(二)被告吸収用液には、前記要件(二)、Aなる「任意の非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白」を含まない。
すなわち、本件発明は、単に任意の非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物(成分)を用いるものではなく、これから抽出された蛋白そのものを用いることが必須の要件であるところ、被告吸収用液には、非病原性トレポネーマ属の破壊菌体の上清及び菌培養液加熱上清を入れており、右上清には蛋白以外に多糖類、脂質等の成分を含むものであつて、本件発明のように蛋白を抽出していない。
(三) 被告吸収用液には、前記要件(二)、Bなる「健康家兎睾丸成分」を含まない。
すなわち、被告吸収用液においては、動物臓器に対する抗体がその動物の他臓器あるいはその動物以外の他動物の臓器でも吸収されうるところから、被検血清の家兎睾丸成分に対する抗体を吸収するため、牛心臓成分を入れているにすぎない。
2 「抗原対照(非感作血球)」について(一)被告試薬のうち、「抗原対照(非感作血球)」は、原告の主張自体から本件特許権の間接侵害を構成しない。
すなわち、原告の主張によると、前記のとおり、右抗原対照が被検血清の吸収に用いられるのは、非特異抗体の不存在を確認するための対照試験において陽性反応を示した場合に限られ、陰性反応の場合には、これを吸収に用いないことは原告の自認するところであり、右抗原対照が非特異抗体の吸収に使用されず、他の用途があることを認めているから、結局、原告の主張はそれ自体本件特許権の間接侵害を構成しない。ちなみに、右対照試験なるものは、本件発明が前提とする「病原性TPの感作担体凝集反応検査」とは全く別個で、関係がないものである。
(二) 右抗原対照は、被検血清の吸収に用いられるものではない。
すなわち、被告らの使用書(甲第四号証の四)から明らかなとおり、対照試験に際しては、吸収用液で八〇倍に希釈した被検血清を〇・五ミリリツトルだけトレイに分注し、これに抗原対照液を〇・〇五ミリリツトル加え、合計〇・五五ミリリツトルとするが、仮に、これが陽性反応を示し、血球と非特異抗体がトレイの底に沈澱したとしても、この程度の量では、その上清のみを分離することがきわめて困難であり、仮に、スポイト等で上清のみを分離することができたとしても、分離した上清の量はせいぜい〇・三ないし〇・四ミリリツトルであり、この種の検査にあつては、八〇倍に希釈した被検血清を〇・五ミリリツトル使用することが確立(原生省の梅毒血清反応検査指針でも明らかにされている。)されているのであり、しかも仮に〇・四ミリリツトルの上清がとれたとしても、非特異抗体が吸収されつくしているか否かを調べるために、この上清自体につき再度抗原対照を用いて対照試験を実施する必要があり、そのため更に二分しなければならないから、本試験及び対照試験に用いられる被検血清の量は最大でもそれぞれ〇・二ミリリツトルとなり、
これでは正確な検査を期待できるものではない。現に、被告らは、対照試験の結果陽性反応を示したときには、サービスチエツクとして当該被検血清の送付を受け、
再検をすることにしているが、再検に当たつては、吸収用液による非特異抗体の除去操作のほか、モルモツト腎煮沸乳剤及びウシ赤血球煮沸浮遊液よりなる吸収試薬を加えて非特異抗体の完全除去(ダビツトソンの吸収)をはかつている。
3 「TPHA抗原(感作血球)」について 被告試薬のうち、「TPHA抗原(感作血球)」は、梅毒の血清学的検査法における抗原試薬であり、吸収完了後の被検血清に添加して反応をみるためのものであつて、それ自体被検血清の吸収に用いられるものではなく、吸収方法の如何を問わず、抗原試薬として梅毒の血清学的検査法において用いられるものであるから、本件発明の実施にのみ用いられるものではない。
4 「参考陽性血清」について 被告試薬のうち、「参考陽性血清」は、「抗原対照」とともに本件発明が前提とする「病原性TPの感作担体凝集反応検査」とは全く別個である対照試験用のものであり、本件発明とは無関係のものである。
5 「溶解液」について 被告試薬のうち、「溶解液」は、単なる蒸留水であり、その用途が多方面にわたることはいうまでもない。
被告らの主張に対する原告の反論
一 被告試薬のうち、「抗原対照(非感作血球)」は、被検血清中に右血球そのものに反応する非特異抗体の有無を確認する目的を有するが、それは吸収目的に対する関係では別個の目的ということはできず、他の用途を有するものということはできない。
二 本件発明にいう「菌体破壊物から抽出された蛋白」は、被告らが主張するように「多糖類等の他成分から分離した蛋白質」と同義に解するべきではなく、「菌体破壊物から抽出された液化成分すなわち液化蛋白」と解すべきものである。すなわち、一般に「蛋白」なる語は、多糖類等の極微量成分の存在を捨象し、総体的に「蛋白」と称されているうえ、本件特許明細中の実施例の説明からも原告主張のように解すべきことは明らかである。
証拠関係(省略)
理 由一 原告が本件特許権の特許権者であり、本件特許明細書及び出願公告後の手続補正書による特許請求の範囲の記載が原告主張のとおりであることは、いずれも当事者間に争いがなく、右事実に、いずれも成立に争いがない甲第八号証(本件特許公報)、同第一〇号証(手続補正書)を総合すると、本件発明は、次の構成からなるものと認められる。
(一) 抗原として生物に由来する感作担体を使用する病原性トレポネーマ・パリーダムの感作担体凝集反応検査に於て、
(二)A 任意の非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白B 健康家兎睾丸成分C 上記担体を用いて被検血清を吸収することを特徴とする(三) 梅毒の血清学的検査法二1 被告研究所が商品名「TPHA―KIT(KW)」なる梅毒の担体凝集反応検査用試薬を業として製造して被告協和に販売し、被告協和がこれを業として他に販売していること、右試薬中に、別紙目録(1)、(2)、(4)及び(5)の製品が含まれ、これを製造販売又は販売していることは、被告らの自認するところであり、いずれも成立に争いがない甲第四号証の一ないし四によれば、被告らの製造販売又は販売する右試薬中には、その成分内容は別として、製品名「吸収用液」なる製品(以下、「被告ら吸収用液」という。)が含まれていることが認められ、これを覆えすに足る証拠はない。
2 ところで、原告は、右被告ら吸収用液には、吸収原物質の一つである健康家兎睾丸成分が含有されている旨主張するので検討する。
(一) まず、成立に争いがない甲第一一号証(原告会社臨床検査薬研究部長【A】作成の試験報告書)によると、同号証は、被告ら吸収用液について、免疫学的定性試験により、健康家兎睾丸成分の存在を確認した報告書であるところ、その試験方法は、オクタロニー法によつたものであつて、すなわちゲル状寒天内において、その中央に一個、その周囲に直径二・五ミリメートルの小穴を八ミリメートルの間隔で六個、計七個の穴を穿孔し、中央の穴には予め作製された抗家兎睾丸成分免疫血清(以下、抗睾丸血清という。)を抗血清として入れ、また周囲の穴には、
予め作製された家兎睾丸成分、被告ら吸収用液(濃縮液)及び原告会社製吸収液(濃縮液)を、穴ごとに別異に、それぞれ抗原として入れ、相対して拡散させ、抗原抗体反応によつて生じた沈降線の有無、数、形状、濃淡、沈降線同士の融合状態を観察することによつて、被告ら吸収用液につき、健康家兎睾丸成分の存在を確認しているものであることが認められる。
(二) そして、同号証によれば、抗睾丸血清は、抗原である家兎睾丸成分との間では単一の沈降線を形成し、被告ら吸収用液及び原告吸収液(いずれも濃縮液)との間ではそれぞれ二本の沈降線を形成し、しかもこの二本の沈降線のうち、外側に形成された沈降線は右の家兎睾丸成分との間で形成された単一の沈降線と融合しているから、被告ら吸収用液には家兎睾丸成分が含まれていると判定し、また、右二本の沈降線のうち、内側に形成された沈降線は被告ら吸収用液及び原告吸収液の沈降線同士で融合しているから、被告ら吸収用液及び原告吸収液の両者に共通に含まれているとされる家兎血清成分によるものであると推定される旨報告されていることを認めるに十分である。
(三) ところで、右定性試験において採用されているオクタロニー法は、標準物質として用いる抗原と被検物質とをゲル状寒天内の別々の位置から、右抗原とのみ反応する特異抗体が含まれている抗血清に反応させ、右抗原と抗血清との間にできる特異な沈降線が、被検物質中の抗原と右抗血清との間にできる沈降線と融合していることによつて、右標準物質と同一の物質が被検物質中にも含まれる旨判定したものであることは同号証の記載から明らかであるところ、およそ右定性試験を実施するにあたつては、右定性試験に供された標準物質として用いる抗原が、免疫学的に充分純度の高いものであり、また右定性試験に供された抗血清が目標とする標準物質として用いる抗原とのみ反応する特異抗体を含むものであることが前提でなければならない。なんとなれば、標準物質として用いる抗原に不純物が含まれているとすれば、実際上何が抗原として作用しているか明らかでなくなるのみならず、かかる不純な抗原を免疫注射した動物に産生される抗体は右不純物に対する非特異な抗体である可能性もあり、また仮に標準物質に用いる抗原が免疫学的に充分純度の高いものであつても、これを動物に免疫注射する際、外来の抗原分子が吸着する可能性もあつて、動物に産生される抗体が目標とする特異抗体とは限らないからであり、したがつて抗原を純化することなく、もしくは抗血清の特異性を高めることなくしてオクタロニー法による定性試験を実施しても、その結果は標準物質として用いる抗原と抗血清との間に複数の沈降線を生じたり、あるいは右抗原と抗血清との間に生じた沈降線が目標とする特異抗体との特異的な沈降線ではなく、実際は他の不純物質と不特異抗体との反応によるものであつたりすることになり、ために被検物質と抗血清との間に生じた沈降線を右の標準物質たる抗原と抗血清との間に生じた沈降線と対比して、沈降線の有無、数や形状、濃淡、融合状態等を観察しても、
もともと基準となるべき沈降線がどれであるかが明らかでない以上、定性試験としての意味がないことは、見易い道理であるからである。
(四) そこで、右(三)の観点から、前記甲第一一号証(報告書)の基礎となつた定性試験を検討すると、同号証の記載に徴すると、右定性試験を実施するに先立つて、標準物質となるべき家兎睾丸成分についてあらかじめ十分な分離精製処理を施すなど純化をはかる手段を講じたこと、したがつてまた作製使用された家兎睾丸成分が抗原として免疫学的に充分純度が高いか否かの検定が行われたこと及び作製使用された抗睾丸血清についてあらかじめ非特異抗体を除去するなど特異性を高める手段を講じたこと、したがつてまた作製使用された抗睾丸血清についての特異性の有無に関する検定が行われたことを、いずれも認めることができないうえ、同号証添付の実験写真を仔細に観察すると、標準物質たるべき家兎睾丸成分と抗睾丸血清との間には、同号証の定性試験報告者が観察した沈降線のほか、さらに抗睾丸血清寄りにもう一本薄い沈降線が確認され、単一の沈降線が確認されたとする右報告者の試験報告は右の点で誤りを含むものといわざるをえず、成立に争いがない乙第一五号証(被告研究所研究部副部長【B】作成の試験報告書)によれば、甲第一一号証に準拠して作成された家兎睾丸成分、被告吸収用液(濃縮液)及び原告会社製吸収液(濃縮液)のほか健康家兎血清(NRS)を抗原とし、同じく同号証に準拠して作製された抗睾丸血清のほか抗健康家兎モルモツト血清(抗NRS)を抗体として、オクタロニー法による定性試験をしたところ、家兎睾丸成分と抗睾丸血清との間に複数本の沈降線を生じ、単独で特異的な沈降線はこれを確認できなかつたことが認められ、及び成立に争いのない乙第一三号証の一、二によれば被告ら吸収用液中には「健康家兎睾丸成分」が含まれていないことを窺い知ることができること、並びに以下に述べるところを斟酌すれば、右甲第一一号証をもつて、直ちに、
被告ら吸収用液に健康家兎睾丸成分が存在するものと断定することはできない。
そして、右事実関係に照らすと、抗原と抗血清との間に、複数個の沈降線が確認されるときは、少なくともその複数個の沈降線に相当する数だけの独立した抗原抗体反応がなされたものとみるべきであるから、甲第一一号証及び乙第一五号証に示された定性試験において作製使用された標準物質たる家兎睾丸成分は、複数個の抗原を含むこととなるところ、そのうちのどの沈降線が本来の標準物質によるか明らかでなく、右各定性試験において作製使用された抗睾丸血清も、したがつて右複数個の抗原に対応する複数個の抗体を含むのであるから、そのうちのどの抗体が特異抗体であるかは、結局、明らかでないといわなければならない。
のみならず、前顕乙第一五号証によると、標準物質たるべき家兎睾丸成分と抗睾丸血清との間に生じた複数本の沈降線は、健康家兎血清(NRS)と右抗睾丸血清との間に生じた複数本の沈降線と相互に融合するものであることが観察されることが認められるから、標準物質たるべき家兎睾丸成分と抗睾丸血清との間の複数本の沈降線は、抗原が家兎睾丸成分に由来するのか、あるいは健康家兎血清に由来するのかの区別もできないという結果を招来するものといわなければならない。
(五) これを要するに、右甲第一一号証によつては、直ちに、被告ら吸収用液中に健康家兎睾丸成分が含まれているとは断じ難く、他に、被告ら吸収用液中に健康家兎睾丸成分が含まれていると認めるに足る証拠はない。
3 そうだとすれば、原告が別紙目録(1)ないし(5)の製品を、一体として、
本件特許権の間接侵害を構成する被告試薬である旨主張している以上、被告ら吸収用液中に健康家兎睾丸成分のほか原告が主張するその余の成分が含有されるか否かを判断するまでもなく、被告らが被告試薬を製造販売又は販売しているとする原告の主張を肯認することはできない。
三 よつて、被告らによる被告試薬の製造販売又は販売が、本件特許権の間接侵害を構成するか否かを考究するまでもなく、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
追加
目録(1)凍結乾燥した梅毒感作ヒツジ赤血球より成る抗原剤(製品名「TPHA抗原(感作血球)」)(2)凍結乾燥した非感作ヒツジ赤血球(同「抗原対照(非感作血球)」)(3)リン酸緩衝食塩液に非病原性トレポネーマ属の菌体破壊物から抽出された蛋白、家兎睾丸成分その他の物質を添加して成る被検血清希釈・吸収用液(同「吸収用液」)(4)凍結乾燥した梅毒陽性血清(同「参考陽性血清」)(5)精製水より成る右(1)、(2)及び(4)の復水用液(同「溶解液」)によつて構成される梅毒の担体凝集反応検査用の試薬(付属器具を含む商品名「TPHA―KIT(KW)」)以上
裁判官 秋吉稔弘
裁判官 伊藤博
裁判官 塚田渥