関連審決 |
審判1970-5430 |
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関連ワード | 技術的思想 / 公然知られ(29条1項1号) / 公然実施(29条1項2号) / 頒布された刊行物 / 公開性 / 頒布性 / 複写物 / 同一の発明 / 技術情報 / 優先権 / 共有 / 実施 / 業として / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
昭和
50年
(行ケ)
97号
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1978/10/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が昭和五〇年三月一四日同庁昭和四五年審判第五四三〇号事件についてした審決を取消す。 訴訟費用は、被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
一 原告主文と同旨。 二 被告原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
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原告の請求原因
一 特許庁における手続 原告(旧商号レクサル・ドラツグ・アンド・ケミカル・コムパニー)は、名称を「改良重合方法」とする発明(以下、「本願発明」という。)につき、一九六三年(昭和三八年)八月二二日アメリカ合衆国においてした特許出願に基く優先権を主張して、昭和三九年七月二〇日特許出願をし、昭和四一年六月二五日特許出願公告がされたところ、同年八月二二日訴外旭ダウ株式会社より特許異議の申立があり、 昭和四二年五月一六日本願発明の特許請求の範囲を補正したが、昭和四四年一二月二三日拒絶査定を受けたため、昭和四五年六月二三日審判の請求をし、特許庁昭和四五年審判第五四三〇号事件として審理された結果、昭和五〇年三月一四日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は同年四月一六日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月が附加された。)。 二 本願発明の要旨(一) 補正前の要旨 モノビニル芳香族化合物、ゴム様物質及び連鎖調整剤を含有する原料混合物を攪拌しながら予備重合して、重合物質へ約一〇〜四五%の変換を行ない、次いでかくして得られる反応生成混合物を第二の重合工程に付して実質上完全に重合物質への変換を行なうゴムー変性重合体を製造するに当り、少なくとも一回の別の増加分の形で追加の連鎖調整剤を加え、かつ、前記のゴム様物質はポリブタジエンであることよりなる重合方法。 (二)補正後の要旨 モノビニル芳香族炭化水素化合物、ポリブタジエン及び、メルカプタン類、四塩化炭素、フツ素、有機二硫化物類及びキユメンからなる群から選ばれる連鎖調整剤からなる原料混合物を攪拌しながら予備重合して重合物質へ約一〇〜四五%の変換を行ない、 次いでかくして得られる反応生成混合物を第二の重合工程に付して実質上完全に重合物質へ変換を行なうゴム変性重合体を製造するに当り約一〇〜四五%の変換が達せられた後に上記の予備重合工程中で少なくとも一回の別の増加分の形で追加の連鎖調整剤を加えることを特徴とする重合方法。 三 本件審決の理由の要点(一) 本願発明の補正前及び補正後の要旨は前項掲記のとおりである。 (二) 拒絶査定の理由概要は、本願発明が、その優先権主張日前ベルギー国内において頒布された刊行物であるベルギー特許第六二〇一〇七号明細書に記載された技術内容と同一の発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するというものである。 ところで、審査官が拒絶査定において引用しているものは、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の原本である。 右原本は、一九六三年(昭和三八年)一月一一日以降公衆の閲覧に供せられているものであるところ、本願発明の優先権主張日は一九六三年八月二二日であるから、この原本は、本願優先権主張日前に公衆の閲覧に供されたものである。 ベルギー特許明細書は、本来、そこに記載された技術を公開することを一つの目的として、ベルギー特許庁で公開されているものであり、公開日より複写請求が可能な文書である。そして、その公開日は、ベルギー特許庁により該明細書上に明示されている。一方、主要な発明は一般に多数の国に出願されるようになつており、 また、ベルギー特許明細書は、通信、交通の発達、複写技術の進歩、複写の普及にともない、産業界において最も早く知ることのできる世界の技術や特許情報の情報源の一つとして注目されている。また、特許は、本来新規な発明に付与されるべき性質のものである。 これらを考慮すると、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の原本は、「外国で頒布された刊行物」に該当するというべきものであり、同明細書が公衆の閲覧に供された日である一九六三年一月一一日が、その頒布日に当ると解すべきである。この頒布日は、本願発明の優先権主張日より前の日である。 (三)補正前の本願発明とベルギー特許第六二〇一〇七号明細書記載の技術内容とが別発明であるとする根拠は見出せないし、また、補正後の本願発明も前記ベルギー特許明細書記載の技術内容と同一である。 (四)したがつて、本願発明は、特許法第29条第1項第3号の規定に該当するから、特許を受けることができない。 四 本件審決の取消事由 本件審決は、公開されたベルギー特許明細書(特許出願明細書原本)が外国において頒布された刊行物であり、その公開日が頒布の日であるとしているが、公開ベルギー特許明細書は、本来、特許法第29条第1項第3号にいう「外国において頒布された刊行物」に該当しないものであつて、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書(原本)をもつて本願発明の優先権主張日前ベルギー国において頒布された刊行物であるとした本件審決は、特許法の解釈、適用を誤つた違法があるから、取消されるべきである。 (一)公開ベルギー特許明細書は、特許法第29条第1項第3号の規定にいう「刊行物」ではない。 「刊行物」とは、一般に、印刷その他機械的又は化学的方法で多数複製された公開的な文書や図面等を指称するものとされている。換言すれば、刊行物であるためには、多数複製できるということと公開性ないし公然性が必須の要件であり、文書や図面等の内容を固定する複写技術がいかに進歩改良されようと、現に、当該文書や図面等が多数複製され不特定多数人に配布されうる状態に作成されているものでなければ、刊行物とはいえない。したがつて、特許出願の明細書としてタイプ打ちされた文書あるいは図面からなる一通のベルギー特許明細書原本は、本来、刊行物の性質を有するものではなく、それがベルギー特許庁に備え置かれて公衆の閲覧に供されることになつても原本である状態に変りはなく、公開されたことによつて直ちに刊行物に転換するものではない。ベルギー特許明細書は、被告の主張するように、技術情報源として価値があり、複写物の入手が容易であり、また公開日が容易に確定できるとしても、それを印刷その他機械的又は化学的方法で複写した場合に、その複写物が刊行物となりうるにすぎず、公開によつて複写物の存在時期が早められることはあつても、原本自体が刊行物に質的に変換するわけではない。 (二)公開ベルギー特許明細書は「頒布」されていない。 刊行物の「頒布」とは、不特定人が何時でもその内容を見ようと思えば見うる状態で現実に配布されたことである。公開ベルギー特許明細書は、前記のとおり刊行物でないから、本来、その配布ということはありえないし、それがベルギー特許庁において公開されたことをもつて、直ちに「頒布された」ということもできない。 ベルギー特許明細書については、それが公開され、不特定人の請求によりその複写物が交付された場合に、刊行物たる複写物の頒布があつたものと解しうる余地があるにすぎない。 (三)被告は、後記のとおり、本願発明の優先権主張日前に発行されたダーベント社のベルギアン・パテント・レポートにベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の抄録が登載されているから、右特許明細書の写しがダーベント社に頒布されたこと、 したがつて右特許明細書はすでに頒布されていたことが推定され、また、右特許明細書の技術内容はすでに世界の共有財産となつていた旨主張する。しかしながら、 右のベルギアン・パテント・レポートの存在はダーベント社が右特許明細書に何らかの方法で接近したことを窺わせるにしても、ダーベント社が右特許明細書の複写物を現実に入手したのか否か、その複写物を入手したとすれば、何時、いかなる手続、方法で入手したか等は全く不明である。また、右のベルギアン・パテント・レポートにより公表されたのは右特許明細書の抄録にすぎないから、これをもつて、 右特許明細書に開示された技術内容のすべてが、本願発明の優先権主張日前に完全に社会の共有財産となつていたものということはできない。 |
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被告の答弁
一 請求原因一ないし三の各事実は認める。 二 同四の主張は争う。本件審決に原告主張の違法はない。公開ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書原本は、特許法第29条第1項第3号の規定にいう「外国において頒布された刊行物」である。 (一)原告の主張する刊行物の定義は、明治二六年に制定された出版法第1条の規定に基くものであつて、情報化時代に入つた昭和三〇年代後半以降においては全くなじまないものである。刊行物は、本来、情報の伝達及び記録を目的とするものであるところ、情報の伝達及び記録の方法がマイクロフイルムや電子写真等の出現により大きく変化してしまつた以上、特許法第29条の「刊行物」の意味内容も原告主張のように限定されるべきものではなく、その公開日と内容が出版法における刊行物と同様に明確である情報源もまた刊行物であると解すべきである。したがつて、特許法第29条第1項第3号の「刊行物」とは、内容の公開を目的として作成された文書、図面等で、情報伝達のため機械的又は化学的方法によりこれと同一の文書、図面等が容易に作成できるものと解するのが相当である。 ところで、ベルギー特許明細書は、特許出願後三か月ないし六か月の間に公開され、その写しは複写物又はマイクロフイルムの形で容易に入手しうるシステムが完備しているものである。科学技術が急速に進歩している現代において、科学技術に関する情報をいかに早く入手するかは重要な問題であるが、ベルギー特許庁では、 特許分類として国際特許分類(IPC)のみを採用し、各国人がベルギー特許明細書を検索するのに便利なように配慮しており、また、ダーベント社が業としてその抄録を発行しているから、ベルギー特許明細書の内容を知ることは、きわめて容易であつて、書店から本を購入して技術情報を得る場合と何ら変りがない。右のとおり、ベルギー特許明細書は、世界において最も早く公開され、かつ、その写しも容易に入手しうる重要な技術情報であり、しかも、ベルギー国が公開しているものであるから、その公開時点も明確であつて信頼できるのである。したがつて、公開ベルギー特許明細書(原本)は刊行物ということができる。 (二)「頒布」の意味も、前記刊行物の意味内容の変化に伴つて当然に変化せざるをえないのであり、近年における複写技術の進歩は、格別の障害がない限り、原本の閲覧と同程度に写しの作成を容易にしているから、刊行物の「頒布」とは、需要があれば直ちにその写しを作成して交付できる体制が確立している状態であると解すべきである。 ベルギー特許明細書(原本)は、公衆の閲覧に供されるようになれば、何時でも誰でも、その複写物やマイクロフイルムを入手することのできる体制が確立されているから、その公開された時点で、「頒布された」ものというべきである。 (三)以上のとおり、本件審決がベルギー特許明細書を公開日に頒布された刊行物であるとしたことは正当であり、もし、右のような解釈を採らないとすれば、ベルギー特許明細書の公開によりすでに世界の共有財産となつている技術についてまで、日本においては、新規な技術として特許権を取得できることになり、特許法第29条の立法趣旨に反することが明らかである。 なお、公開ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書に記載された技術内容を抄録したダーベント社のベルギアン・パテント・レポートは、本願発明の優先権主張日の一九六三年(昭和三八年)八月二二日より前の日である同年一月一八日に発行され、同年三月三一日には日本の特許庁資料館に受入れられている。右の事実に照すと、本願発明の優先権主張日前に、右特許明細書については、その写しが作成され、ダーベント社に対し交付されていたものであり、したがつて、右特許明細書の頒布は事実行為としても存在していたことが推定され、また、それに記載された技術内容は、すでに完全に社会の共有財産になつていたものというべきである。 |
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証拠関係(省略)
理 由一 請求原因一ないし三の各事実、すなわち、本願発明について優先権を主張してされた特許出願から本件審決に至るまでの特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決の理由の要点については、いずれも当事者間に争いがない。 二 そこで、原告が請求原因四において主張する本件審決の取消事由の存否につき判断する。 本件における唯一の争点は、本件審決が、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の原本を、公開日に外国において頒布された刊行物であるとし、特許法第29条第1項第3号を適用したことの当否にあるが、当裁判所は、ベルギー特許明細書(原本)が公開され、公衆の閲覧に供されたからといつて、直ちにそれが特許法第29条第1項第3号の規定にいう外国において頒布された「刊行物」に該当するものではなく、本件審決は特許法の解釈、適用を誤つた違法があると判断するものである。その理由は次のとおりである。 (一)特許法第29条第1項の規定は、特許の要件を定めるにあたり、特許を受けることができない発明を列挙し、それが、発明すなわち一定の技術的思想であり、 かつ、同項第一号ないし第三号の三つの形式、すなわち、「公然知られた」、「公然実施された」、「頒布された刊行物に記載された」のいずれかの形象性を備えたものであるべきこととした。 したがつて、同項第三号に定める「刊行物」は、同項第一号及び第二号に定められたものとは区別され、一定の技術的思想を表現する形式としての、不特定又は多数の人に対する(公開性)頒布を目的とし(頒布性)、印刷、写真又は複写その他これに類似する手段により、原型、原本(オリジナル)から複製された文書、図面、写真等であると解するのが相当である。 ここにいう公開性は、秘密性からの脱却を意味し、複製されたものを広く配り渡す意を内容とする頒布性とは異なる。公開性と頒布性とが異なることは、たとえば訴訟記録その他の事件記録が、広く閲覧に供され、また謄写が認められ、公開性を有するものでありながら、頒布を目的としたものではなく、頒布性を有しないことに徴しても明らかである。また、頒布性は、頒布の対象物が本来有する頒布を目的とするとの属性自体を意味し、したがつて、それが現実に「頒布された」こととは異なる。 なお、刊行物は、その内容たる技術的思想が定稿その他の一定の外形に客観化された後(原型、原本ないしオリジナルの成立)これにもとづいて、又はこれとともに、頒布の目的をもつて複製されるにいたつたものを指称すると解すべきである。 そして、その原型、原本ないしオリジナルは、ときに、複数存し、また、多様であろうが、本来、不特定又は多数の人に対する頒布を目的とするとの属性を有しない(もつとも、それらが、上述のようにして複製されたものと、外形内容ともに同一であり、頒布についても後者とことさらに差異が意識されず、したがつて、両者を特に区別する意味のないような特別の場合には、両者を同等視して差支えないこともあろう。)。 原告は、ある文書等が刊行物といえるためには、それが多数複製され不特定多数人に配布されうる状態に作成されていなければならない旨主張するが、需要に応じその都度複写されて交付される一通の複写物であつても、頒布性の目的を有するかぎり、刊行物に該当する場合があり、必ずしも多数が複製されていなければならないとする理由はない。一方、被告は、一通の文書等であつても、それが内容の公開を目的として作成されたもので、その写しが容易に作成交付できるものは「刊行物」に該当し、需要があれば、直ちにその写しを作成交付できる状態をもつて「頒布された」というべきである旨主張するが、内容の公開を目的として作成された文書等であつても、それ自体が不特定又は多数の人に対する頒布を予定されていない性質のものを刊行物ということができないことは、上述したところから明らかである。 (二)成立に争いのない甲第六号証の四、乙第八号証の三、第九号証の六、第一○号証の二及び弁論の全趣旨によれば、ベルギー国においては、特許出願に対し無審査主義を採つているため、一般に、ベルギー特許庁に毎月月の初日からその一五日までにされた出願については当該月の後半に、毎月の後半月の末日までにされた出願についてはその翌月の前半に特許が付与され、付与日から三か月以後に、公開日を記載した特許出願明細書が公衆の閲覧に供され(但し、請求によつて、特許の付与及び公開を出願後六か月まで遅らせることができる。)、このようにして公開された書類については何人もその複写物ないしマイクロフイルムを請求することができるものとされており、ベルギー特許庁は、公開された特許明細書を複写して請求者に送付しているが、事務の遅れのため、請求者に現実に送付されるのが公開日より数か月ないし一年近く遅れる場合もあることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。 右の認定事実に徴すると、ベルギー特許明細書は、出願後約三か月ないし六か月の間に公衆の閲覧に供され、公開日以後は何人もその写しを入手することができるが、右明細書自体(原本)は、ベルギー特許庁に終始備え置かれ、他に頒布されるものではないことが明らかである。そうとすれば、一般に、公開ベルギー特許明細書は、その写しが他に頒布されることはあつても、原本そのものは頒布される性質のものではないから、特許法第29条第1項第3号の規定にいう外国において頒布された「刊行物」に該当するものではないといわざるをえない。そして、本件において、ベルギー特許第六二〇一〇七号明細書の原本について他に右と異なる事実を認めるに足りる証拠もないから、これをもつて、公開日に外国において頒布された「刊行物」であるということはできない。 (三)被告が、公開ベルギー特許明細書を「頒布された刊行物」と解すべきであると主張する根拠は、要するに、ベルギー特許明細書は世界で最も早く公開される重要な技術情報であり、その写しもきわめて容易に入手でき、それに記載されている技術内容は公開後直ちに世界の共有財産となるものであるから、これと同一の特許権を付与すべきでないことは、特許法第29条の立法趣旨に照し明白であるという点にある。しかしながら、本来、すでに世に知られた技術的思想に対しては特許権を付与すべきものではないとしても、特許法は、先行の技術的思想が存在し、これが、同法第29条第1項各号に定める形式を備え客観化されたときに、本件についていえば「刊行物」の形式をとつたときに、はじめて、それが特許の要件判断の基準とされうるものと規定しているのであつて、単純に、一定の技術的思想が存したことを、いかなるかたちであれ肯認しうれば足りるとしているものではないから、 被告の主張は、採用する限りではない。 三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 荒木秀一 |
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裁判官 | 橋本攻 |
裁判官 | 永井紀昭 |