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事件 昭和 50年 (ワ) 3925号
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裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1980/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 (甲事件)1 甲事件被告は別紙目録(一)または(一)′記載の方法によりタイヤを製造し、または右方法により製造されたタイヤを販売してはならない。
2 甲事件被告はその占有にかかる1項記載の方法により製造されたタイヤを廃棄しなければならない。
3 甲事件被告は甲事件原告ら六名各自に対しそれぞれ金四八万〇三九〇円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 甲事件原告らのその余の請求を棄却する。
(乙事件)5 乙事件被告らが特許第六七一七一六号の「子供乗物用タイヤーの製造方法」にかかる特許権に基いて乙事件原告に対し別紙目録(二)または(二)′記載の方法により玩具等用の車輪を製造し、または右方法により製造された車輪を販売することの差止請求権を有しないことを確認する。
(丙事件)6 丙事件被告は丙事件原告に対し金四一万三七三七円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
7 丙事件原告のその余の請求を棄却する。
(訴訟費用の裁判)8 甲事件で生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を甲事件原告らの、その余を甲事件被告の各負担とし、乙事件で生じた訴訟費用は全部乙事件被告らの負担とし、丙事件で生じた訴訟費用はこれを二分し、その一を丙事件原告の、その余を丙事件被告の各負担とする。
(仮執行宣言)9 この判決は1、2、3、6、8項にかぎり仮りに執行することができる。
事実及び理由
申立
(甲事件)甲事件原告ら1 甲事件被告は別紙目録(一)および(二)記載の方法によりタイヤを製造し、
または右各方法により製造されたタイヤを販売してはならない。
2 甲事件被告はその占有にかかる1項記載の方法により製造されたタイヤを廃棄しなければならない。
3 甲事件被告は甲事件原告ら各自に対しそれぞれ金九二万八三一五円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は甲事件被告の負担とする。
仮執行の宣言甲事件被告1 甲事件原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は甲事件原告らの負担とする。
仮執行免脱の宣言(乙事件)乙事件原告1 主文5項と同旨(ただし、差止対象は別紙目録(二)′によつて特定)。
2 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。
乙事件被告ら(ただし、被告【A】、同【B】、同【C】、同【D】、同【E】を除く)1 乙事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は乙事件原告の負担とする。
(丙事件)丙事件原告1 丙事件被告は丙事件原告に対し金九二万八三一五円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は丙事件被告の負担とする。
仮執行の宣言。
丙事件被告1 丙事件原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は丙事件原告の負担とする。
仮執行免脱の宣言
甲事件当事者双方の主張
A 甲事件原告らの請求原因1 【F】は昭和四八年一月九日左記特許権を取得したが、その後同年九月一七日有限会社山田にこれを譲渡し(譲渡契約は同年二月一五日)、同有限会社はさらに同四九年一一月一四日これを甲事件原告ら六名(以下、単に原告らという)および亡【G】(昭和四九年一〇月二一日死亡)の相続人である乙事件被告ら中右原告ら六名を除く被告【A】ら五名に譲渡し(譲渡契約は右【G】存命中の同年九月二日)、よつて原告らは爾来本件特許権につき各持分七分の一の割合による権利者である(残りの持分七分の一は右被告【A】ら五名にその相続分に応じて帰属した。)。
(1) 発明の名称 「子供乗物用タイヤーの製造方法」(2) 出願 昭和四二年八月一〇日(特願昭四二―五一三二六)(3) 公告 昭和四六年八月七日(特公昭四六―二七二九三)(4) 登録 昭和四八年一月九日(第六七一七一六号)(5) 特許請求の範囲「1 エチレン醋酸ビニール・コーポリーマー、発泡剤を主原料とし、これに架●剤、ステアリン、着色剤を加えて混練したものをドーナツ状体とし、これを割型で挾圧して発泡剤の発泡作用を促がせる程度に加熱した後割型を開き同時的に発泡剤の発泡を得て、ドーナツ状体をこれより大きく膨張させてタイヤーを造るようにしたことを特徴とする子供乗物用タイヤーの製造方法。」2 本件発明の構成要件およびその特徴は次のとおりである。
(一) 構成要件(付番中、(1)の(ハ)は便宜欠番とする)(1)(イ) エチレン醋酸ビニールコーポリマー(以下、EVAという)、
(ロ) 発泡剤を主原料とし、
(ニ) これに架橋剤(クレームの「●」は「橋」の誤り)、
(ホ)ステアリン酸(クレームの「ステアリン」は「ステアリン酸」の誤り)、
(ヘ) 着色剤を加えて(2) これらを混練し(3) えたものをドーナツ状体とし、
(4) これを割型で挾圧して発泡剤の発泡作用を促がせる程度に加熱した後(5) 割型を開き同時的に発泡剤の発泡を得て、ドーナツ状体をこれより大きく膨張させてタイヤーを造る。
(二) 特徴 本件特許発明が従来技術に比べて新規な点は右構成要件中の(1)の(イ)(ロ)、(4)、(5)の各要件としてクレームされている点にある。すなわち、
従来この種の中実のチユーブレスタイヤの製造原料としては再生ゴム、ラバースポンジ、プラスチツク(硬質合成樹脂)等が用いられていたのを(公報1頁1欄23行目から24行目)、本件特許発明ではEVAのようなこの分野では全く新しい原料と発泡剤とを用いることにした点および従来も割型を使用して原料を加熱する方法はあつたがそれは割型内で発泡膨張させるものであつたのを、本件特許発明では割型の容積いつぱいにドーナツ状体を挾圧し、加熱して、架橋剤と発泡剤との分解をえて、割型を開くと同時にドーナツ状体をこれより大きく膨張させてタイヤを造ることとしている点に本件特許発明の従来技術になかつた新規な特徴がある。
3 甲事件被告(以下、単に被告という)は業として昭和四九年一〇月五日から同五〇年六月三〇日までの間別紙目録(一)記載の方法(以下、旧イ号方法という)により、また右翌日からは同(二)記載の方法(以下、新イ号方法という)により、タイヤを製造し販売してきている。
4 新旧イ号方法はいずれも本件特許発明技術的範囲に属する。
(一) 旧イ号方法について 旧イ号方法の構成((1)の(ハ)を除く)を前記本件特許発明構成要件に照らしてみると、いずれも順次その対応付番号要件を充足していることが明らかである。
(二) 新イ号方法について 新イ号方法の構成は旧イ号方法のそれのうちその主原料の一つであるEVA合成樹脂をEPDMとLDPEとの混合合成樹脂とした点(各(1)(イ)の構成参照)を除き他は旧イ号方法と同じである。したがつて、新イ号方法の(1)(イ)の構成を除くその余の構成がすべて本件特許発明の(1)(イ)の構成要件を除くその余の構成要件をそれぞれ充足していることは多言を要しない。
そして、新イ号方法で使用する(1)(イ)のEPDMとLDPEとの混合樹脂は本件特許発明の(1)(イ)の構成要件となつているEVAと均等の物質であるから、実質上本件特許発明構成要件(1)(イ)を充足するものである。その所以は次に項を改めて述べる。
5 すなわち、新イ号方法において(1)(イ)の混合樹脂を使用するという構成は、以下述べるとおり、本件特許方法の(1)(イ)のEVAを使用するという要件と(一)課題目的が同一であり、(二)また両者の作用効果が同一であるため両者の置換が可能であり、(三)かつ右のような置換が可能であることは本件特許出願当時本件特許発明を知つた当業者であれば何人でも推考容易な自明の技術事項であつたのである。
(一) 目的課題の同一性 従来方法によるゴムタイヤは石などにあたると欠け易く力が加わると亀裂を生じ割れ易くクツシヨン性に欠けるものであつた。本件特許発明はこれらの欠点を除くことを技術的目的とするものであり(公報1欄25行目以下)、この点は新イ号方法も同じである。
(二) 作用効果の同一性(置換可能性)(1) 製造時間の短縮、製造方法の容易性、経済性 本件特許発明および新イ号方法(以下、両方法ともいう)とも従来方法に比し作業時間が半分以下となり、また原料が全く別個のものとなつたため有機過酸化物架橋反応によつて樹脂の発泡温度巾が広くなり製造が容易となつた。
タイヤの硬さ調節も本件特許方法ではEVAの酢ビ含有率と発泡剤の増減により、新イ号方法ではEPDMに対するLDPEの配分割合と発泡剤の増減により、
いずれも容易に調節されうる。(甲第二九号証一〇頁下段三行目から一八行目まで。なお、一般に成型材料として使用されるEVAの酢ビ含有量は一〇ないし二五パーセントである。)。
また、両方法ではタイヤ原料が充分発泡して膨張するため原料の量に比し大きな製品がつくれるし、割型が小さいものですむ点において経済性がある。
(2) タイヤの優秀性@ (化学構造の点からみて) 従来のゴムタイヤでは、ゴムの分子の主鎖に二重結合があり、このため熱により空気中の酸素あるいはオゾンと化学反応をおこすので劣化してタイヤの寿命が短い。
これに対し、本件特許方法によるEVAタイヤおよび新イ号方法によるEPDM、LDPEタイヤは主鎖に二重結合がないので、右の化学反応をおこさず寿命は長い(甲第七号証五八頁左欄から二行目、甲第二三号証四一三頁右欄図7、四一四頁左欄一行目以下、甲第二八号証八二一頁左欄下より四行目から八二二頁右欄七行目まで、甲第三一号証六七頁中段四行目より七行目までと左記各分子式参照)。
<12199―001><12199―002>A (架橋の点から) ゴムタイヤの場合硫黄架橋をするため、架橋結合点に硫黄が介在しこの部分で切断されやすい。したがつて、タイヤの寿命が短い(甲第二八号証八二七頁左欄一二行目より右欄下より八行目まで)。
これに対し、本件特許方法のEVAタイヤおよび新イ号方法のEPDM、LDPEタイヤはいずれも有機過酸化物架橋であるから架橋点が炭素と炭素との結合となりその結合が強固で切断されにくい。したがつて、タイヤの寿命が長い(甲第二八号証八三二頁右欄五行目より八三三頁左欄構造式まで、甲第二九号証一〇頁下段(f)項、甲第三〇号証二四七頁一〇行目より二七行目まで、同二四八頁(A)項)。
<12199―003>B (発泡の点から) 発泡によつてゴムタイヤに生ずる気泡は大きく、しかも気泡と気泡が連続しており、気泡が曲り全体として中心に向つて流れている。このこととゴムの性質とあいまつて気泡中のガスがぬけ易く、したがつてタイヤがやせて車輪からはずれ易い。
また気泡が不均一のため緩衡性が劣る。
これに対し、本件特許方法のEVAタイヤおよび新イ号方法のEPDM、LDPEタイヤにおいてはいずれもともに気泡が独立し、かつ小さく均一にできており、
かつガス透過性の小さいため(甲第七号証六二頁右欄一行目、一六行目、甲第三一号証六七頁中段八行目)、ガスがぬけにくく、右のような欠点がない。
C (原料の性質から) 従来のゴムタイヤに比べEVAタイヤおよびEPDM、LDPEタイヤはそれらの原料の性質からして耐磨耗性が優れている。したがつて、タイヤの表面の層が薄くても磨耗しにくいため、気泡が独立している点も加わつて、タイヤは吸水しにくい(甲第三二号証一二七頁上段後より二行)。
D (着色の可否の点から) 従来のゴムタイヤは硫黄架橋しているため残留硫黄があり色があせる。また原料の生ゴムは茶褐色であり再生ゴムは黒色であり、補強剤としてのカーボン、クレーその他老化防止剤等も通常黒等の色彩を有しているので、鮮明な着色ができない。
これに対しEVAタイヤ、EPDM、LDPEタイヤにおいては、EVAが無色透明(EPDM、LDPEは殆んど無色透明)であるから希望する鮮明な色に着色できる。また硫黄を使用していないので色があせることもない(甲第二九号証一一頁上段(g)項)。
E (重さ、臭気の点から) 従来のゴムタイヤは一般に重く、またゴムおよび硫黄化合物特有の悪臭がある。
これに対し、EVAタイヤ、EPDM、LDPEタイヤはゴムタイヤに比べて相当軽く、また悪臭がない(甲第二九号証一一頁上段(h)項)。
F (外見上の同一性) 両方法によるタイヤは外見上全く同一で区別がつかない。厳密な検査によりようやく区別されうるにすぎない(乙第一一号証、第一二号証、第一三号証の各一〜五)。
(三) 推考容易性(置換自明性)(1) 本件特許出願日(昭和四二年八月一〇日)以前である昭和三八年末頃、住友化学工業は米国U・S・Eラバー社のEPT(EPDM)「ロイヤレーン」のサンプル配布を開始し(甲第四号証)、続いて昭和三九年末頃アメリカのユニロイヤル社のEPDM「ロイアレン」を輸入し(乙第四号証の一)、昭和四一年一一月には印刷した「ロイアレン」の技術資料を一般に配布し、ロイアレンの販売活動に入つていた(甲第五号証)。
また、昭和四〇年六月日本で公表されていた「modern plastics」一九六五年六月号八四頁にはEEAならびにEPDM(プロピレン共重合体)がEVAと並べて記載され、それぞれの販売量が掲げられている(甲第六号証)。
ただし、右にいう「販売」は「量産」でないことはいうまでもないが、そのことはここでは関係がない。
(2) 昭和三九年五月二一日公告の特許公報においてEVA(エチレンとビニルアセテートとの共重合物)およびEPDM(エチレン、プロピレンおよび非共役ジエンモノマーの共重合物)それぞれについて、架橋剤(過酸化物)を添加して混合し加熱して架橋すること、および発泡剤(有機起泡剤)を加えて発泡さす方法が記述されている(甲第二六号証二頁左欄一八行から三一行目まで、右欄二二行から三八行目まで)。そして、ここにはこれらの架橋物(無発泡)が車タイヤの被覆織物成層物に用いられることもあわせて記載されている(同三頁左欄五行目)。
そのほか、EPDM、EVAがいずれもエチレンの共重合体であり、またモノマーの配合比率により多少の物性の相違があるが、いずれも良質のゴム弾性体となりうる性質を有し、発泡体タイヤとして使用する場合は、共通性が多いことが本件特許出願前に当業者に知られていた(甲第七号証、工業材料第一三巻第五号昭和四〇年五月の六二頁、甲第二三号証)。また、LDPEの物性もEVAの物性に近似していることも同じく当業者に知られていた(右甲第八号証の四六頁第四表)。
(3) EPDMと高密度ポリエチレン(HDPE)との混合物で発泡体を製造することは昭和三八年九月一三日出願の特許公報に記載されている(甲第二七号証一頁左欄末行目より右欄一三行目まで、二頁左欄三行目から一四行目まで)。すなわち、HDPEより低融点のLDPEとEPDMとの混合物の架橋発泡体の製造はさらに容易で当業者なら容易に推考しうるものであつた。
(4) また、EVAと、EPDMとLDPEのブレンドしたものとの類似性についても本件特許出願当時の当業者に知られていた(甲第二四号証「EPDMに相当するジエンとポリエチレンとブレンドして製造されたポランについて」、甲第二五号証「EPDMと高圧法ポリエチレン(LDPE)とのブレンドについて」)。
(5) げんに、本件特許出願後間もない昭和四二年秋頃、日本化薬株式会社の【H】らがEVAの代りにEPDMとLDPEを混合したものを用いてタイヤその他架橋発泡体を製造する実験をしたところ、本件特許方法によるタイヤの物性に匹敵する架橋発泡体をえた事実がある。
また、原告【I】も昭和四五年頃からEPDMとLDPEを混合した原料でタイヤを製造した事実もある。
(6) なお、EPDMはE(エチレン)六〇パーセント、P(プロピレン)四〇パーセント量のものしか市販されていない。
6 そうすると、被告は新旧イ号方法を実施することにより原告らの本件特許権(持分権)を侵害してきたものである。
なお、被告は現在は旧イ号方法の実施をやめているが、再びこれを実施するおそれのあるものである。すなわち、被告は原告らの警告によりやむなく甲事件訴訟提起直前にこれをやめ、窮余の策として訴訟対策上現在新イ号方法にあらためているにすぎない。両方法によつて製造したタイヤを比較しても外見上はもとより性質上も区別がつかない同一のものであるうえ(判別方法は厳密な化学検査による以外にない。)、その原料単価(キログラム当り)も旧イ号方法のEVAが二二〇円であるとすれば、新イ号方法のEPDMとLDPEとのブレンドものは二八〇円(後記別紙目録(二)′記載の被告主張の新イ号方法のブレンド割合だと三六〇円)であることが原告らの業務体験と調査によつて明らかであり、これらの情況からすると、被告がいつ旧イ号方法を再実施するか知れたものでない。
7 次に、被告の右本件特許持分権侵害行為は被告の過失によるものと推定されうる(特許法103条)。
したがつて、被告は右侵害行為によつて原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。
8 そして、原告らが蒙つた損害額は次のとおりである。
(一) まず、ここでは被告の得た利益額を損害額と推定しうるので(特許法102条1項)、被告が新旧イ号方法により製造したタイヤを販売してえた利益についてみるに、それは別紙損害額一覧表記載のとおり旧イ号方法によつた期間(昭和四九年一〇月五日から同五〇年六月三〇日まで)が三三六万二七三三円であり、新イ号方法によつた期間(昭和五〇年七月一日から同五一年六月二〇日まで)が三一三万五四七三円であるから、その合計は六四九万八二〇六円となる。
なお、右一覧表において(イ)直径一二〇および一三〇ミリメートルのタイヤの一個当りの利益を一一円五四銭、(ロ)同一六〇ないし一七〇ミリメートルのタイヤのそれを一八円六〇銭とした根拠は次のとおりである。すなわち、(イ)前者について被告はこれを六円五〇銭であると主張している。しかし、この主張は原料EVAのキログラム単価を六〇〇円として原価控除してした計算であつて、右原価は不当に高い。通常三〇〇円以下で十分仕入れ可能である。ただ、ここでは被告の提出した仕入先からの請求書(乙第八号証の三一)に従いこれを四二〇円に訂正して計算し直すことにする。そうすると、タイヤ一個当りの利益は一一円五四銭になる。
(600-420)円×0.028kg=5.04円 6.50円+5.04円=11.54円 (ただし、0.028kgはタイヤ1個当りのEVA重量)(ロ) 後者についても被告はこれを一〇円五〇銭であると主張している。しかし、これを前同様の理由により計算し直すと一個当りの利益は一八円六〇銭となる。
(600-420)円×0.045kg=8.10円 10.50円+8.10円=18.60円 (ただし、0.045kgはタイヤ1個当りのEVA重量) また、右一覧表のうち新イ号方法により製造したタイヤの販売数量欄について、
(イ)昭和五〇年九月二一日から同年一二月三一日までの分(一覧表中の中欄の一部分)の内訳は直径一二〇と一三〇ミリメートルのものを八万一〇〇〇個、同一六〇と一七〇ミリメートルのものを九〇〇〇個と計上したが、これはそれ以前の被告も争わない製造実績から少くとも月間三万個は製造販売したものと推定して計算したものであり、(ロ)昭和五一年一月一日から同年六月二〇日までの分(一覧表中の下欄の分)の内訳数量は当時被告の主取引先である中筋発条製作所が倒産したことを考慮に入れ製造販売量を従来の三分の一と推定して計算したものである。
(二) ただ、原告らが本件特許権の持分各七分の一の権利者となつたのは前記のとおり昭和四九年一一月一四日である。したがつて、前記利益額のうち昭和四九年一〇月五日から同年一一月一三日までの合計四万三七三一個の製造販売分の利益は右期間中における権利者有限会社山田の蒙つた損害額と推定されるべき分である(被告の所為が右訴外会社に対する過失による権利侵害であることは原告らに対する場合と同様である。)。
しかし、原告らは昭和五一年二月二四日有限会社山田から右損害金の各七分の一ずつ(合計七分の六)の譲渡を受けており、同社は同年三月一一日被告に対し右債権譲渡の通知をした。
(三) そうすると、原告らが被告に対し請求しうる推定損害額は結局それぞれ前記利益額六四九万八二〇六円の七分の一である九二万八三一五円ずつとなる。
9 よつて、原告らは被告に対し(イ)請求趣旨1、2項記載のとおりの差止請求および(ロ)原告ら各自に損害金九二万八三一五円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
B 甲事件被告の答弁1 原告らの請求原因1は認める。
2 同2の(一)も認める。ただし、クレームにいう「架●剤」が如何なる物質であるか不明であるし、「ステアリン」を「ステアリン酸」の誤記というのは両物質が現存する以上疑問である。
また、原告らの構成要件の分説は「(6)ことを特徴とする子供乗物用タイヤーの製造方法」という要件を故意に脱落させている。
同2の(二)のうち従来技術に関する主張は認めるが、その余の点は争う。原告らの本件特許発明に対するみ方は後に述べるとおり誤つている。
3 同3は認めるが、ただ被告の実施した新旧イ号方法は正確には別紙目録(二)′、(一)′各記載のとおりである(なお、一般にこの種成型材料に用いるEVAの酢ビすなわちVA含有量は九ないし三二パーセントである。)。
4 同4ないし7は否認または争う。
5 同8(一)の損害に関する事実中、被告の旧イ号方法により製造販売したタイヤ数量が別紙損害額一覧表上欄中の該当欄記載のとおり二五万一五八七個と二万四七〇〇個であつたことは認めるが、その余は否認する。
被告が旧イ号方法により製造したタイヤを販売したことにより得た利益は別紙販売利益計算表記載のとおり直径一二〇および一三〇ミリメートル分について一個当り六円五〇銭、直径一六〇および一七〇ミリメートル分について一個当り一〇円五〇銭にすぎない。
C 甲事件被告の主張1 本件特許発明の特徴(一) 新規性(1) 本件発明に特許権が付与されたのは、それが「子供乗物用」のタイヤに関する製造方法であるところ(被告が付加主張している(6)の構成要件)に新規性があつたためであつて、その他の構成要件はすべて公知の技術であつた。このことはその出願経過によつて明らかである。すなわち、
(イ) 本件特許出願は昭和四五年一〇月三〇日特許庁審査官によつて拒絶理由通知を発せられているが(乙第一号証の二)、その理由とするところは、「この出願の発明は、その出願前、日本国内において頒布された下記の刊行物((1)特公昭三九―一七四三六号公報、(2)米国特許第三一九四八五四号明細書)に記載された発明に基いて、その出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、容易に発明することができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないものと認める。なお、エチレン醋酸ビニール共重合体の発泡体は前記引用例(1)および(2)において公知である。したがつて、本願発明は公知の材料を公知の方法で成型して子供乗物用タイヤーを製造したにすぎないものと認める。」というものであつた。
しかるところ、出願人は昭和四六年一月一二日要旨次のような意見書(同号証の三)を提出し、ようやく出願公告決定(同号証の四)を受けたのである。いわく、
「本願発明はポリエチレン醋酸ビニール・コーポリマー、発泡剤を主原料とし、架橋剤、ステアリン、着色剤を任意に加えて混練したものをドーナツ状体とし割型で挾圧して加熱発泡させるようにした子供用乗物タイヤーの製造方法にあり、両者(引用の(1)および(2)と)は大きく相違しており、仮令エチレン醋酸共重合体が公知であつても、これを子供乗物用タイヤーにおける製法に用いた例はなく、
この点に本願発明の新規な特徴がある。」と。
(ロ) また、【J】がかつて本件特許に対し異議を申立てた(乙第一号証の五の一、二)のにこたえた特許庁の昭和四七年九月六日付特許異議決定(右申立は理由がないと判断した決定。同号証の七)もその理由中で次のように述べている。すなわち、「仮りに、EVAをタイヤーの材料として使用することが示唆されたとしても、発泡剤を配合したEVAを、割型を使用して子供乗物用タイヤーを発泡形成する本願発明の「製造方法」は容易に示唆されるものとは認められない。(中略) したがつて、……EVAを多くの用途のうち特に子供乗物用タイヤーの材料として使用し、それを製造する本願発明は、上記甲第各号証から容易に示唆されるものとは認められない。」と。
(2) 以上のとおりであるから、本件特許方法における主原料であるEVAと発泡剤(構成要件(1)の(イ)と(ロ)と)すなわちEVAの発泡体が公知であつたことは明らかである。
(3) さらに、本件特許方法における割型挾圧膨張手段(構成要件(4)と(5))が公知であつたことは次の事実によつて明らかである。すなわち、
原告信栄化成株式会社、同中央ゴム工業株式会社、亡【G】(乙事件被告【A】ら五名の被相続人)らはかつて昭和四九年三月(原告らが本件特許権を譲受け取得する前)本件特許の無効審判請求をし、そのさい提出した同月一四日付無効審判理由補充書(乙第二号証の一)において自ら次のとおり主張している。いわく、「発泡成形体を製造する方法として割型を使用する方法は、ごく当り前の方法にすぎず、就中通常のゴムないしプラスチツク発泡成形体を製造する際に従来から使用されて来たごく普通の方法の一つである。」(五頁)、「これを要約すると、予め所望の形状に成形し、これを割型中で発泡剤の分解温度以上の温度で加熱した後に割型を開いて発泡体となすという極めて簡単なる方法を採用していることとなる。このような製造方法自体発泡体を製造する最も原始的な方法の一つであり、……原始的にして基本的な周知の方法の一つにすぎない。」(九頁)と。
(二) 本件特許発明における「架●剤」添加目的と作用の特異性 本件特許発明構成要件(1)(二)にいう「架●剤」なるものが如何なるものか専門辞書にも見当らず、当業界でもこれを使用する者はいない。ただ、本件特許発明の詳細な説明によるとその例としてダイカツプ(DCP)なる商品名を有する物質を挙げており、またそれが原料組成物を棒状にするときおよびドーナツ状に成型するときに凝固性を付与する作用を有している旨の記載が認められる(公報2頁3欄41行目から45行目までと4欄7行目から9行目まで)。そして、ダイカツプといえば当業界で周知の物質であり、これは一五〇度C以上の温度で架橋を行ない、一〇〇度Cていどでは架橋作用を示さないものである。また、その融点は三八度C前後である。しかるに、前記詳細な説明によると、本件特許発明では、ダイカツプは原料物質を一〇〇度前後に保つて棒状およびドーナツ状に成型する場合にこれに凝固性を与えるというのである。これでは「架●剤」添加の目的、作用は理解できない。また、前記のような「架●剤」の使用方法では、原料物質に架橋が生じないから、「糸片がからみ合つたような形態の拡大断面組織」(公報2頁4欄33、34行)を有する発泡体を得ることは不可能である(このような意味で本件発明は未完成ともいえる。)。
いずれにしても、本件特許発明における「架●剤」の添加目的と作用は技術的にみて理解困難であるが、少くとも「原料混練時」に凝固性を付与するものとされていることは明らかである。
(三) 結論 以上のとおり、本件特許発明は製造タイヤの用途以外に特段新規な技術と目すべきものもなく、かつその詳細な説明も一部理解不可能な未完成とも思われる技術記載があるものであるから、そのクレーム解釈は制限的になされるべきである。
2 本件特許発明と新旧イ号方法との対比(一) 旧イ号方法について 旧イ号方法は少くとも次の二つの点で本件特許発明構成要件を充足していない。
(1) まず、旧イ号方法は前記のような「原料混練時」(約一〇〇度C)に凝固性を付与するために必要な「架●剤」なる物質を全く使用していない(構成要件(1)(二)関係)。旧イ号方法では当業界周知の架橋剤を添加するのであつて、
これは混練し成型されたドーナツ状体の原料を「加熱プレスで挾圧加熱(一五〇ないし一八〇度C)している間」に作用させ、もつて原料物質たる合成樹脂分子間に橋架け反応を起させ巨大分子を得ることを目的としている。
(2) 次に、本件特許発明は「子供乗物用タイヤー」の製造方法に関するものであり(構成要件(6)関係)、この点こそ本件特許発明の新規な点であることはすでに述べたとおりである。
ところが、旧イ号方法はシヨツピングバツグ用タイヤの製造方法であつて、子供乗物用タイヤに関するものではない。
(二) 新イ号方法について(1) 新イ号方法も右に述べたと全く同じ理由で本件特許発明構成要件の一部を充足していない。
(2) のみならず、本件特許発明の主原料がEVAであるのに対し、新イ号方法のそれはEPDMとLDPEの混合剤である点において、新イ号方法は本件特許発明構成要件(1)(イ)をも充足していない。
原告らはこの点について両者の均等性を主張しているが到底賛同することができない。すなわち、本件特許発明におけるEVAが結果としてEPDMとLDPEとの混合剤と置換可能であつたとしても、後者を選択したのは被告の卓見であつて本件特許出願当時の技術水準からすると置換の自明性(推考容易性)はなかつた。
(イ)まず、そもそも本件特許出願前日本国内においてEPDMが製造販売された事実はない。EPDMはいずれも本件特許出願後である昭和四四年四月頃三井石油が、同四五年二月頃住友化学が、同年七月頃日本合成ゴムがそれぞれこれを製造販売したのが最初であり、これにより当業者が広くこれを知るようになつたものである。したがつて、当業者としても本件特許出願当時EVAを知つてEPDMとLDPEとの混合剤を推考しようにもできなかつたものである(東京高裁昭和三六年五月二三日判決取消集昭三四ないし三六年四七一頁参照)。(ロ)またもし出願当時右混合剤がEVAのいわゆる類似品として周知であつたのであれば、出願者は右混合剤をも特許請求の範囲(クレーム)に記載すべきであつた。これをしなかつた以上、右混合剤を意識的に除外したものと解するほかない。そして、このように出願人が意識的に除外した構成(物)についてはもはや均等を論ずることができないことはいうまでもない(大阪地裁昭和三六年五月四日判決下民集一二巻九二七頁参照)。
(三) 以上いずれにしても、新旧イ号方法は本件特許発明技術的範囲に属しない。
D 甲事件原告らの反論1 まず、被告主張の新イ号方法、ことにEPDMとLDPEとの配合率を七〇―五〇部対三〇―五〇部とする配合にすると、樹脂の溶融粘弾性が大きいため押出機、射出成形機のシリンダー内の摩擦抵抗が大きくて発熱が大となり温度が上昇し、シリンダー内で架橋剤、発泡剤が分解して、所期の発泡タイヤを得ることができない(検甲第一二ないし第一五号証参照)。被告は当初からブレンドされたものを仕入ているので、正確な配分等を知らないのである。
2 クレーム中の「架●剤」が架橋剤の誤記であることは、被告も主張しているとおり、本件特許発明の詳細な説明にその例としてダイカツプ(DCP)を挙げていることによつて明らかである。
また、その作用についても被告の主張は曲解である。構成要件(4)に「発泡剤の発泡作用を促がせる程度に加熱し」とあるのは、架橋剤を添加した場合には当然その架橋作用を促がす加熱をも含めた意味に理解すべきである。発泡と架橋とを促がす加熱が別個に存するわけではない。したがつて、本件特許発明において架橋剤は割型挾圧加熱の段階で原料物質の架橋作用をなすためのものであることは今更ことあたらしく述べるまでもなく自明のことである。
3 用途に関する被告の主張も失当である。本件特許発明クレーム中に「子供乗物用」とあるのはタイヤの一用途を例示しているにすぎない。性質構造の同じタイヤが子供乗物用に用いられた場合本件特許権の侵害となり、シヨツピングカーに用いられると侵害とならないというものではない。
4 なお、C被告の主張中、2(二)(2)(イ)の日本国内におけるLDPE製造販売の時期と会社名の主張は認める。
乙事件当事者双方の主張
A 乙事件原告の請求原因1 乙事件原告(以下、甲事件にあわせ単に被告という)がかねてから業として新イ号方法(ただし、被告主張のもの)を実施して玩具等用の車輪(タイヤ)を製造販売しているところ、右新イ号方法はなんら乙事件被告ら(以下、一部甲事件にあわせ、そのうち甲事件原告ら六名を原告らといい、その余の被告【A】ら五名を乙事件被告【A】らということがある。)の共有する本件特許の技術的範囲に属さず、それゆえなんら本件特許権を侵害するものでないことは甲事件において被告がるる述べたとおりである。
2 しかるに、乙事件被告らはこれを争つている。
3 よつて、被告は、乙事件被告らが本件特許権に基いて被告に対し新イ号方法(ただし、被告主張のもの)により玩具等用の車輪を製造し、または右方法により製造された右車輪を販売することの差止請求権を有しないことの確認を求める。
B 乙事件被告らのうち甲事件原告らの答弁 新イ号方法(たとえ、それが被告主張のとおりであるとしても)が本件特許の技術的範囲に属し、それゆえその業として実施が本件特許権の侵害となることは甲事件において原告らがるる述べたとおりである。
よつて、被告の右確認請求は理由がない。
丙事件当事者双方の主張
A 丙事件原告の請求原因等1 損害賠償請求(主位的請求)(一) 丙事件被告(以下、単に被告ということ甲乙事件の場合と同じ)が昭和四九年一〇月五日から同五一年六月二〇日までの間本件特許権の技術的範囲に属する新旧イ号方法(ただし、甲事件原告ら主張のもの)を実施して本件特許権を侵害したこと、右侵害行為が過失によつてなされたと推定されることは甲事件原告ら主張のとおりである。
(二) したがつて、右期間内に被告が右侵害行為によつて得た利益は右期間中の特許権者(昭和四九年一〇月五日から同年一一月一三日までは有限会社山田、同翌日から同五一年六月二〇日までは亡【G】の相続人である乙事件被告【A】ら五名―ただし、右五名の権利は合して持分七分の一のみ)が被告の前記権利侵害によつて蒙つた損害額と推定される。
そして、右全期間中における被告の得た利益が六四九万八二〇六円であることも甲事件原告ら主張のとおりである。
(三) しかるところ、前記有限会社山田の損害金の七分の一については、同社が昭和五一年二月二四日前記乙事件被告【A】らにこれを譲渡し、同年三月一一日被告にその旨を通知した。したがつて、乙事件被告【A】らが被告に対し請求しうる推定損害額合計は結局前記利益額六四九万八二〇六円の七分の一である九二万八三一五円である。
(四) 乙事件被告【A】らは昭和五四年六月三〇日丙事件原告に対し右損害金九二万八三一五円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を全額譲渡し、同五四年一二月二六日その旨被告に通知した。
(五) 被告の後記短期消滅時効の抗弁を否認する。
2 不当利得返還請求(予備的請求) かりに右譲受け損害金債権の支払請求が認められないとしても、被告が法律上の原因なくして前記九二万八三一五円の利得を得たこと、およびこれにより前記権利者らがこれと同額の損失を蒙つたことは明らかである。
そして、前記二つの損害金債権譲渡はいずれも右不当利得金返還請求債権の譲渡と解しうるところである。
3 結論 よつて、原告は被告に対し右譲受債権(損害金または不当利得金)九二万八三一五円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金または利息金の支払いを求める。
B 丙事件被告の答弁と抗弁1 丙事件原告の主位的、予備的各請求原因のうち、甲事件と共通する部分に対する認否は甲事件における被告のそれと同一である。
その余の主張のうち、被告に丙事件原告主張のような債権譲渡通知があつたことは認めるが、その余は否認または争う。
2 丙事件原告の主張する譲受け債権のうち昭和四九年一〇月五日から同年一一月一三日までの間に生じたというもと有限会社山田の損害金債権は三年の短期消滅時効にかかつている。
すなわち、丙事件原告の主張によると、右損害金は昭和五一年二月二四日有限会社山田が乙事件被告【A】らに譲渡し、同年三月一一日被告にその旨通知したというのであるから、右乙事件被告【A】らがおそくともこの時点で損害および加害者を知つたこと明らかである。しかるに、右乙事件被告【A】らはその後三年の間(遅くとも昭和五四年三月一一日までの間)なんら被告に右損害金債権の行使をしなかつた。
よつて、被告は右消滅時効援用する。
証拠〔省略〕
理 由
甲事件について
1 原告ら主張のような内容の本件特許権が存し、原告ら六名がその主張のような経過によりそれぞれ右特許権の七分の一(合計七分の六)の持分権を有していること(残余の七分の一の持分権は亡【G】の相続人である乙事件被告【A】ら五名がその相続分に応じこれを有していること)は当事者間に争いがない。
2 また、被告が業として昭和四九年一〇月五日から同五〇年六月末日まで旧イ号方法を実施し、さらに同翌日からは新イ号方法を実施して、タイヤを製造販売してきたことも当事者間に争いがない(ただし、右新旧イ号方法の正確な内容については争いがあるが、この点についてはここでは暫らくおく。)。
3 原告らは右新旧イ号方法はいずれも本件特許発明技術的範囲に属する旨主張するので検討する。
一 まず、本件特許発明構成要件について考える。
(1) 本件公報(成立に争いない甲第二号証)によると、本件特許発明構成要件は次のとおり分説するのが相当である(なお、符番中、(1)の(ハ)は便宜欠番とする。)。
(1)(イ) エチレン醋酸ビニールコーポリマー(以下、EVAという。Eはエチレン、VAはビニールアセテートの略称。)、
(ロ) 発泡剤を主原料とし、
(ニ) これに架●剤、
(ホ) ステアリン、
(ヘ) 着色剤を加えて(2) これらを混練し(3) えたものをドーナツ状体とし、
(4) これを割型で挾圧して発泡剤の発泡作用を促がせる程度に加熱した後(5) 割型を開き同時的に発泡剤の発泡を得て、ドーナツ状体をこれより大きく膨張させてタイヤーを造る(6) ようにしたことを特徴とする子供乗物用タイヤーの製造方法
(2) (イ)ただし、右において、「架●剤」は架橋剤の誤記と認め、また「ステアリン」はこの場合「ステアリン酸」を指すものと認め、以下そのように呼称する。けだし、「架●剤」なるものは存在せず、かつ本件公報の詳細な説明欄(2欄19行目)には「架●剤」の例として商品名ダイカツプ(DCP)を挙げている一方、成立に争いない甲第七号証(六二頁表12)には「ダイカツプ40C3」はEVAの架橋剤であるとの記載が認められ、また、「ステアリン」は正確にはステアリン酸のグリセライドのことであつてステアリン酸とは別の物質ではあるが、他方、両者はいずれも「工業用ステアリン」の意味で使用されることがあり(以上につき化学大辞典五巻一三〇頁、一三二頁参照)、このことに本件特許発明が工業的な製法に関するものであることとをあわせ考えると、クレームにいう「ステアリン」は工業用のステアリン酸を指称していると解するに十分であるからである。また、クレームにいう「醋酸」は「酢酸」の往時の用語であり、両者同一であることも多言を要しないところである。
(ロ)ところで、本件公報の記載中にはその他にも単に右のような表現上の点ではなく、実質上の点でもいくつかの疑義が存し、このことはクレームの解釈ひいては新旧イ号方法との対比にも影響なしとしないので、次に予めその疑点を指摘検討する。(a)まず、本件公報によると、架橋剤は原料物質を棒状にするときおよびドーナツ状の成型するときに適当な凝固性を付与する作用をするものであるとの趣旨の記載があること被告主張のとおりである(事実欄第二C1(二))。そして、このような記載は、架橋剤が原料物質を硬化させる物質であるという趣旨では首肯できるが(架橋剤はEVAのような線状高分子を互いに化学結合で結びつけ、三次元網状構造の高分子物質をつくる働らきをする物質である。化学大辞典二巻三二四頁。なお、原告らの第二A5(二)(2)Aの主張も参照。)その作用時点の説明についてはその温度条件等の点で被告主張のような疑念がある(事実欄第二C1(二)。被告代表者本人尋問の結果参照)。しかし、他方、本件公報中には「発泡剤の発泡で膨張したタイヤーA4は……糸片がからみ合つたような形態の拡大断面組織を呈して、……」との記載(4欄33、34行目)も認められ、右の記載は発泡時に同時に架橋作用が行われることを述べていると解されないでもない。要するに、本件公報には一部被告指摘のような不正確と思われる記載もないではないが、
いまこれを当業者の常識に照らし全体的に通覧すると、本件特許明細書における架橋剤の説明は同剤の周知の作用を記載したにすぎず他意はないものと解するのが相当で、前記のような部分的な疑念だけで本件特許発明実施不能または未完成のものであるとする被告の主張は採用できない。(b)また、本件クレームによると、
本件発明では主原料であるEVAと発泡剤に架橋剤、ステアリン酸、着色剤を添加することは必須の要件と解されるような表現がとられているのに、その詳細な説明ではこれらは「必要に応じて」添加する任意的助剤であるかのように記載されており、両者に齟齬が存する(公報2欄2、3行目、4欄17、18行目)。しかし、
この点はクレームの記載文言によつて理解するのが相当である。(c)ところが、
本件公報が、主原料EVAについてその詳細な説明欄で僅かにその例として商品名ウルトラセンを挙げているだけで、EVA中のVA(酢ビ)含有量についてなんら特定開示していない点は留意しておくに値する事柄である(証人【H】の証言および弁論の全趣旨によると、商品ウルトラセンにも品番があり、昭和四二年当時には六三〇、六三一、六三三、六三四の四種があり、それぞれのVA含有率は異なるが公表されていないことが認められる。)。けだし、一般にEVAのような高分子物質の成形技術における成形条件は使用する原料およびその成分配合率に応じて、その最適条件が異なるので、成形技術は理論よりも実際上の試行錯誤で得た経験によつてのみ確立されるものであるからである(プラスチツク成形加工便覧四三五頁参照。換言すると、ポリマーすなわち高分子物質は多数のモノマーすなわちポリマーをつくる出発物質の重合しているものであつて、重合の程度、重合の仕方が線状か枝分れ状か等によつてその物性は違つてくるから、当該ポリマーを分子式で特定しただけではその物性―本件でいえばタイヤとして最適の物性―が特定したとはいえないとともに、逆に所望の物性を得るためには種々の構成のポリマーについて実験を重ねてその結果をみないと予測し難い点が多いわけである。EVAについてもVA含有量の小さいものはポリエチレンに近い可塑性を示すが、VA含有量が四〇―五〇パーセントになるとゴム類似の弾性を示すことが明らかにされている。成立に争いない甲第二三号証一二五頁参照。)。したがつて、本件の場合でも、EVA中のVA含有量の特定は一般的には発明開示上重要な要素といわなければならない。
しかるに、これを明らかにしていない本件特許発明は右の点において直ちに特許法36条4項に反するとはいえないとしても、主要な原材料の特定について極めて不徹底な開示に終つていることは否めないところである。
二 そこで、次に以上のような点を念頭に置き旧イ号方法の構成を本件特許発明構成要件に対比し検討する。
(1) 旧イ号方法の特定 旧イ号方法については当事者双方に別紙目録(一)と(一)’の記載を比較して明らかなように部分的に主張上の相違がある。そこで、按ずるに、目録(一)’のAの相違点は、それにもかかわらず両者セルマイクCEを使用する構成においては共通であり、かつ本件クレームとの関係では(一)’記載のように限定してもそのことだけで双方の利害に影響することはない。同Bの相違点も被告主張の温度範囲が原告主張の範囲内で限定されただけであり、かつ右限定は本件クレームとの関係では前記Aの場合と同旨のことがいえる。同Cの相違点については、被告代表者本人尋問の結果により、新旧イ号方法を実施して製造されたタイヤはすべてシヨツピングカート用として販売されたことが認められるので、これを示す趣旨で被告の主張を正当として採用すべきである。
そこで、ここでは以上のような点を勘案し、旧イ号方法としては、少くとも本件特許発明と対比する限りにおいては被告主張の目録(一)’の記載のとおりのものとして検討するのが相当であり、かつそれで十分であると考えられる。
(2) 対比 そこで、両者を対比するに、旧イ号方法における構成中、(1)の(イ)(ロ)(ニ)(ホ)(ヘ)、(2)、(3)、(4)、(5)の各構成はいずれも本件特許発明の各対応符番構成要件を充足することが明らかである(旧イ号方法の右各構成は右各対応構成要件を商品名、機械等を特定することによつて具体化したものであり、いずれもその下位概念をもつて示されているものにほかならない。なお、
(1)の(ハ)の構成は単なる付加と解すべきことはいうまでもない。)。もつとも、構成要件(1)(イ)のEVAについてはそのVA含有量が明示されていない点において先に一(2)(ロ)(c)で説示したような問題も存するが、それにもかかわらず右要件が旧イ号方法の(1)(イ)の構成を包摂していることは明らかで、その要件該当性を否定することは困難である。
次に、(6)の用途の相異について考える。
思うに、本件特許発明は製造方法の発明すなわちタイヤの製造手段に特徴を有する発明であつて、用途に発明の特徴を有するいわゆる用途発明ではない。したがつて、本件特許発明構成要件(6)にいう「子供乗物用タイヤ」を右に表現されている用途にのみ限定して解釈することは相当でない。乳母車、三輪車、自動車等の子供乗物に代表されるような車のチユーブレス中実タイヤを指称していると解すべきである。したがつて、旧イ号方法の(6)の構成にいう「シヨツピングカート用タイヤ」は前記要件(6)を充足していると考える。また、このような帰結は次のように説明することも可能である。すなわち、旧イ号方法の(6)の構成は製造されたタイヤが結果としてシヨツピングカート用のものとして販売されたにすぎず、
該タイヤはそれ自体としては子供乗物用に供しうるタイヤであることには相違ないから、構成分説上の表現は別として、実質的には子供乗物用タイヤにほかならない。
(3) 結論 そうすると、旧イ号方法は本件特許発明技術的範囲に属する。
三 次に新イ号方法の構成を本件特許発明構成要件に対比し検討する。
(1) 新イ号方法の特定 新イ号方法についても当事者双方に別紙目録(二)と(二)’の記載を比較して明らかなような主張上の相違がある。そして、右相違点のうち目録(二)’のB、
C、D、Eで指摘されている部分については先に旧イ号方法の特定に関して説示したと同一の理由によりここでは被告の主張する目録(二)’の特定表現に従つて差し支えないと考えられる。
残るAの相違点、すなわち、EPDMとLDPEとの配合割合数値については、
双方の主張は互いに重なる部分すらないから前記のような解決方法も相当でなく、
かついずれが事の真相であるかを認定するに足る的確な証拠もない。ただ、原告らはこの点について被告主張のような割合の配合にすると所期の発泡タイヤを得られない旨主張し(事実欄第二D1参照)、かつ前掲証人【H】の証言中にも、被告主張のようなブレンド割合によつた場合、技術的に、所期の発泡タイヤが絶対に得られないとは断言できないが、少くとも自分が試みたさいには失敗した、との証言があり、これを裏付けるような検証物(検甲第一二ないし第一五号証)も提出されており、これに対し被告側からは特段適切有効な反論反証はない。したがつて、ここでは(1)(イ)の構成を原告主張の目録に従うこととする。
(2) 対比 そこで、両者を対比するに、新イ号方法における構成中、(1)の(ロ)(ニ)(ホ)(ヘ)、(2)、(3)、(4)、(5)、(6)の各構成がいずれも本件特許発明の各対応符番構成要件を充足していることは旧イ号方法に関する先の説示と同一の理由により明らかである。
しかし、新イ号方法の(1)(イ)の構成主原料(EPDMとLDPE)が本件特許発明の(1)(イ)の構成要件である主原料(EVA)と相違することもまた明らかである。
したがつて、新イ号方法は全体としては本件特許発明構成要件を充足していないといわなければならない。
(3) 原告らの均等の主張について しかるところ、原告らは、新イ号方法は主原料EVAをEPDMとLDPEの混合剤に置換しただけで他は全く本件特許発明構成要件を具備する方法であつて、
本件特許発明方法と均等の方法であると主張するので以下その当否について検討する。
まず、本件において、講学上いわゆる均等の主張の成立要件とされているもののうち置換可能性(または作用効果同一性)の要件については、その正確な論議は暫らくおき、新イ号方法により製造されたタイヤの物性がEVAタイヤのそれと結果として置換可能な程度に類似していることは被告もほぼこれを認め争つていないことがその弁論の全趣旨に照らして認められる(事実欄第二C2(二)(2)二段目の措辞参照)。
そこで、ここではさらにすすんで置換自明性(推考容易性)の存否について検討する。
(一) EVAとEPDM、LDPE混合物がともにその化学構造上ゴムのように主鎖を形成する炭素原子に二重結合部分がなく、また両者の化学構造式も一見して類似点の多いことは原告ら主張のとおりである(事実欄第二A5(二)(2)@)。また、
結果として新イ号方法によるタイヤの物性が本件特許発明方法によると思われるEVAタイヤのそれと類似していることは弁論の全趣旨により原告ら主張のとおりのものと認められる検甲第一七号証の二、三の各一、二によつて確認しうるところであつて、被告もこのことを特に争つていないこと前記のとおりである。
しかし、このようなことだけで本件における推考容易性の肯認しえないことはもちろんである。
(二) 思うに、ある発明(またはその実施)が他の発明から推考容易であるといいうるのはどのような場合であるかは必ずしも明らかではない。ただ、特許の許否にかかわる特許要件として推考容易性の存否を考える場合は(すなわち、特許法29条2項の場合は)、当該出願発明が他の公知発明から一応の推測が可能な場合であれば、たとえその推測が実際に可能なものであるかどうかについては相当の実験追試を行わなければわからないような場合であつても、推考容易性を肯認してよいと考えられるが、これに対し、本件のような侵害訴訟において、ある実施行為が他の特許発明から推考容易であるか否かを決する場合の基準は右のような程度の推測可能性だけでは足りず、当該他の特許発明をみれば特段の実験追試を試みるまでもなく当業者であれば当然に推測できると解される程度の推考容易性がなければならないと解するのが相当である。けだし、もともと前者は二つの技術思想相互の比較の問題であるのに対し、後者は一つの技術思想に対するある具体的な実施行為の当てはめの問題であつて、比較論としてもその本質を異にするのであるが、そのことは暫らくおくとしても、前者で要請される推考容易性は前示の特許法29条2項の明文を根拠とし、かつ右法条項は特許法1条の趣旨に基き特許要件として技術の自然的な進歩以上のいわば飛躍的進歩を期待したための要件と理解されうるのでいきおい推考容易性の巾は広く解する方が妥当であるのに対し、後者すなわち本件の場合の推考容易性は、もともとクレームの文言を当該発明の特徴等に照らし実質的に拡張解釈するために講学上定立された要件であつて、クレームそのものが出願人自からの意思によつて定められ公開されたもので、第三者にとつてはいわば公布された法規にも似た性格のものであることからすると、右要件を前者のようにゆるやかに解すると、一方では当該特許権を出願人の期待した以上のものとし、他方では近接技術を実施する第三者の地位を不安定にすることになりかねないので、クレームの実質的解釈による拡張範囲も前者の場合より狭く考えるのが妥当であるからである。
また、これを本件技術分野の面から考えてみても、一般に低分子化合物における二つの化合物相互の物性の相違は比較的容易に予測が可能であるが、本件のような高分子化合物の場合は、先に説示したとおり(3一(2)(ロ)の(c)参照)、
一方ではその物性は「造つてみなければわからない。」といつた要素が存し、その予測性に不透明な点があり、他方では高分子化合物は単にそのモノマーの化学式によつて特定されうるものではなく、その重合のあり方、共重合の組合わせ等々により極めて多種類のものが近似の物質として存在するのであるから、いまこの分野で低分子化合物の場合と同様に考えると推考容易な範囲が極めて多数となり、一般的には相当でないと考えられるところである。
(三) そこで、これら本件の特殊性を念頭においてあらためて本件をみるに、本件では、(イ)まず、先に述べたとおり、本件特許発明におけるEVAの開示がVA含有量不明すなわち物性不明のままであるためこの種成型用高分子物質の開示としては極めて不徹底なものとなつている点に留意しなければならない(因みに、甲第二三号証では商品名レバプレンはVA含有量四〇―五〇パーセントと、同第二六号証でもEVAはVA含有量三〇―七〇パーセントと明示されている。)。したがつて、本件特許発明は少くともことEVAに関する均等の問題に関しては擬律すべきクレームの要件自体が不分明であるという欠陥を蔵しており、それがゆえにこれから推考しうる他の類似物質の範囲もまたばく然としたものにならざるをえないということができる(この場合、開示された特許発明すなわち具体的には公報から推考するということと、当該特許発明実施方法によつて造られたと思われる具体的現実的な物を目前にしてその結果から彼此試行錯誤を重ね置換可能方法を推考し具体化するということとは別である。)。(ロ)また、本件発明出願当時ウルトラセン(本件特許発明がEVAの実施例として開示したものの商品名。なお、このような特定でも不十分であることも先に述べたとおりであるが。)と置換可能な高分子重合体として新イ号方法におけるようなEPDM二〇―四〇部、LDPE八〇―六〇部の割合による混合剤が公知公用であつたとの確証もない(原告ら提出の甲号証中、第六号証はEEA、EPとEVAの比較、第七号証はEVAの用途はEPラバーの用途と共通していること、第二三号証はレバプレン―VA含有量四〇―五〇パーセントのEVA―とEPTの物性の類似性、第二四号証はジエンとLDPAとを配合したものからつくつたフイルムの袋とEVAからつくつた袋の性能の比較、第二五号証はEPDMとLDPEが良好な相溶性を示し、その配合物を架橋することが可能であること、第二六号証はVA含有量七〇―三〇パーセントのEVAとエチレン含有量五〇―五パーセントのエチレン、プロピレン、コーポリマーのそれぞれを発泡剤、架橋剤と混合して発泡成形したものは車タイヤの被覆織物成層物の用途があること、第二七号証は中圧法ポリエチレンとEPDMを用いたスポンジの製造法についてそれぞれ明らかにした文献であつて、前記のような両者の置換可能性自体を明らかにしたものではない。)。
(四) そうすると、本件特許発明の要件である「EVA」の代りに新イ号方法の構成である「EPDM二〇―四〇部、LDPE八〇―六〇部の混合剤」を用いることは、前記(イ)(ロ)の点からして、必らずしも容易に推考することのできない技術事項であつたと解される。
そして、前掲証人【H】の証言も右の見解に反する見解を述べているものではない(かえつて、同証人は両者の置換を推考することが容易であるかどうかは自分には判らない、と述べている。)。
したがつて、原告らの均等の主張は爾余の点について判断するまでもなく、その一要件とされる推考容易性がにわかに認め難いため失当というほかない。
(五) 結論 してみると、新イ号方法は本件特許発明技術的範囲に属しない。
4 以上のとおりであるから、被告は業として旧イ号方法を実施していたことにより原告らの本件特許持分権を侵害していたものであり、かつ被告が現行の新イ号方法を旧イ号方法に戻すことは技術的には極めて簡単なことであること等の点に照らすと被告は将来旧イ号方法を実施するおそれなしとしないと認められるが、被告が新イ号方法を実施していることは何ら原告らの本件特許持分権を侵害するものではない。
5 そこで、すすんで原告らの旧イ号方法に関する本件特許持分権侵害に基く損害賠償請求について検討する。
一 被告が昭和四九年一〇月五日から同五〇年六月末日まで業として旧イ号方法を実施したことが原告らの各七分の一の割合により本件特許持分権を侵害するものであつたことは上来説示のとおりであり、また右侵害行為は過失によるものと推定される(特許法103条)。
二 よつて、次に右侵害行為によつて原告らの豪つた損害額と推定されうる被告の右侵害行為により得た利益額について検討する(同法102条1項)。
被告が前記の期間中に直径一二〇および一三〇ミリメートルのタイヤを二五万一五八七個、直径一六〇および一七〇ミリメートルのタイヤを二万四七〇〇個製造販売したことは当事者間に争いがない。ただ、その利益計算中、その一個当りの利益を原告らは一一円五四銭と一八円六〇銭であると主張するのに対し、被告は六円五〇銭と一〇円五〇銭であると主張し争つている。
そして、右双方主張の額の差は、原告控除の一つの要素である原料EVAの仕入価額を原告らは一キログラム当り四二〇円であると主張するのに対し被告はこれを六〇〇円であるとしていることにのみ起因し、他の計算諸元は当事者間に争いがないことが双方の主張に照らし明らかである。しかるところ、成立に争いない乙第八号証の三一に証人【K】の証言および弁論の全趣旨を総合すると、右EVAの仕入単価は原告ら主張のとおり四二〇円を超えるものでないことが認められる。
被告代表者本人は、この点につき、被告がこれを六〇〇円というのはリスクを加算したためであると弁疎しているがその趣旨が不明確であるから採用しない。
そうすると、被告が旧イ号方法実施により得た前記期間内の利益は原告ら主張のとおり合計三三六万二七三三円(これを七分すると四八万〇三九〇円。円未満切捨)となる。
ただし、右利益のうち昭和四九年一〇月五日から同年一一月一三日までの期間中に得た分は原告らが自ら蒙つた損害額と推定することはできず、それは右期間中の本件特許権者であつた有限会社山田の蒙つた損害であること原告ら主張のとおりである。しかし、原告ら六名がその主張のとおりその後右訴外会社から同社の右推定損害金を各七分の一の割合で譲り受け(残り七分の一は亡【G】の相続人乙事件被告【A】ら五名がその相続分に応じ譲り受け)、同社はそのことを被告に通知したことについては被告も弁論の全趣旨に照らし明らかに争つていないことが認められるのでこれを自白したものとみなしうる。
そうすると、原告らが各自被告に対して請求しうる損害金は結局それぞれ前記全利得金額の七分の一である四八万〇三九〇円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金となる。
乙事件について
A 乙事件被告らのうち甲事件原告らに対する請求について 被告が業として新イ号方法を実施することが何ら原告らの本件特許持分権を侵害しないことは甲事件で説示したとおりである。
また、原告らが右権利に基き被告の新イ号方法実施差止請求権があると主張し争つていることも明らかである。
そうすると、被告の乙事件での請求すなわち原告らが本件特許持分権に基いて被告の新イ号方法実施行為を差止める請求権がないことの確認を求める請求は理由がある。
B 乙事件被告らのうち被告【A】ら五名に対する請求について 被告【A】らは適式の呼出しを受けながら本件口頭弁論期日に出頭せず、かつ答弁書その他の準備書面を提出しないから、同被告らは被告の請求原因事実を自白したものとみなす。
そして、右事実によると被告の乙事件被告【A】らに対する請求は全部理由がある。
丙事件について
1 丙事件原告の損害賠償請求(主位的請求)について一 被告が業として旧イ号方法を実施したことが本件特許権の侵害行為であること、しかし新イ号方法を実施してきたことは何らその侵害行為にならないこと、および前記侵害行為は被告の過失によるものと推定しうることは甲事件において説示したとおりである。
また、被告が旧イ号方法を実施して得た利益が合計三三六万二七三三円であること、その七分の一である四八万〇三九〇円のうち昭和四九年一〇月五日から同年一一月一三日(以下、便宜前半の期間という)までに得た利益が有限会社山田の損害金と推定され(その七分の六の帰趨については甲事件で判示ずみ)、翌日から同五〇年六月末日(以下、便宜後半の期間という)までの分が亡【G】(昭和四九年一〇月二一日死亡)の相続人である乙事件被告【A】らにその相続分に応じ各損害金と推定されること、そして、右前半分の損害もその後右乙事件被告【A】ら五名にその相続分に応じて譲渡され、その頃その旨被告に通知されたこと、以上の事実もすでに甲事件で認定したとおりである。
次に、成立に争いない甲第四四号証と弁論の全趣旨によると、右乙事件被告【A】らが昭和五四年六月三〇日丙事件原告に右損害金全額四八万〇三九〇円とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を譲渡したことが認められ、また昭和五四年一二月二六日その旨被告に通知したことは当事者間に争いがない。
二 しかるところ、被告は右前半の期間中の譲受け損害金について三年の短期消滅時効援用するところ、被告の右時効の抗弁は上来認定の事実関係に照らし正当である。
三 そうすると、丙事件原告が被告に対し請求しうる損害金は結局前記四八万〇三九〇円から右前半の期間分を控除した額とこれに対する昭和五一年六月二一日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金である。
そこで、右控除すべき前半の期間中の損害金すなわち被告の得た利益の七分の一について検討するに、
(イ) まず、成立に争いない乙第九号証の一ないし七、被告代表者本人尋問の結果と様式体裁によつて真正に成立したと認める同第一〇号証の一に右尋問の結果を総合すると、被告が前半の期間に旧イ号方法を実施して製造販売したタイヤは直径一二〇ミリメートルのもの合計四万〇四三一個であることが認められる(なお、被告は右のほか昭和四九年一〇月五日直径一三〇ミリメートルのTRタイヤ三三〇〇個を製造販売していることが認められ、これを合算すると四万三七三一個となり、
右個数は甲事件原告らの主張とも一致する。事実欄第二A8(二)参照。しかし、
前記被告代表者本人尋問の結果によるとTRタイヤはソリツドタイヤであつて旧イ号方法を実施して造られたものでないことが認められるのでこれを算入することはできない。)。
(ロ) したがつて、これによつて被告の得た利益の七分の一は計算上六万六六五三円(円未満切捨)となる(右タイヤ一個当りの利益は甲事件で認定したとおり一一円五四銭である。)。
40,431×11.54×(1/7)=66,653 そうすると、前示の控除を経た損害金額は差引四一万三七三七円となる(480,390-66,653=413,737)。
2 丙事件原告の不当利得返還請求(予備的請求)について一 丙事件原告の不法行為に基く損害金請求のうち前記1において当裁判所が理由なしとした金額相当部分については、次に不当利得返還請求の当否について検討する必要がある。
しかし、そのうち被告が新イ号方法を実施したことにより得た利得は正当な営業によつて得たものであつて、特段法律上の原因なく得た利得でないことは前記の説示によつて明らかであるしまた旧イ号方法の実施により得た利得中損害金としては時効消滅した前半の期間中の分についても、当時有限会社山田が被告の右利得に因つてこれと同額の損失を生じたことを認めるに足る確証がない(一般に、特許権者は、他人が当該特許権侵害により何ほどかの利得を得た場合、これに因り右利得と同額の損失を生じたとみなければならない合理的な理由はない。損害賠償請求の場合に侵害者の利得額即権利者の損害額とみられるのは特許法102条1項所定の推定規定が存するからにほかならないことはいうまでもない。)。
二 そうすると、丙事件原告の不当利得返還の予備的請求は爾余の判断をなすまでもなくすべて理由がない。
結論
よつて、甲事件原告らの差止と損害金請求は上来説示の範囲でこれを認容し(なお、主文1、2項に関し、差止対象となる旧イ号方法の特定について部分的に双方の主張に争いの存することは既に述べたとおりであるが、差止請求が将来に関するものであり、その性質上、必要以上に詳細にこれを特定することは徒らに執行段階で混乱を招き原告らに必要以上の不利益を負担させることが考えられ、ことに本件ではその実施方法中の主原料の割合の特定は技術上必らずしも容易でないことも慮り、その特定はあるていど巾を持たせるのが相当である。そして、このような配慮は弁論の全趣旨に照らし原告らの申立外の事項と解さなければならないほどのことではない。そこで、主文には双方の主張を選択的に並記して特定することとする。
また、本件のように特許権が数名の者によつて準共有されている場合、そのうちの一部の者のみが侵害者に対し差止請求権を行使しうることはいうまでもない。すなわち、甲事件のような差止訴訟を準共有者全員による必要的共同訴訟と解する必要はない。大判大正一〇年七月一八日民録二七輯一三九二頁等参照)、その余を棄却し、乙事件原告の差止請求不存在確認請求を認容し(なお、この場合の新イ号方法の主文上の特定についても前記旧イ号方法の場合と同旨の見地から双方の主張を選択的に並記して特定する。また、乙事件における乙事件原告の甲事件原告らとの間で求める差止請求不存在確認請求は、甲事件における甲事件原告らの乙事件原告に対する新イ号方法差止請求と同一事件のように思われる。したがつて、前者について二重起訴禁止規定の牴触または確認の利益不存在の疑いが存する。しかし、
本件記録によれば、当初両事件が起訴されその口頭弁論が併合された段階において差止の対象とされていたのは、必らずしも明らかでない点もあるが、甲事件が旧イ号方法、乙事件が新イ号方法であつたと解される。そして、甲事件原告らが新イ号方法をも差止の対象としたのは昭和五三年二月一五日付第九回準備書面による訴の追加的変更によつてであることが明らかである。したがつて、(イ)右後になされた甲事件の新イ号方法差止給付請求は執行力を付与される点において先行乙事件の新イ号方法差止請求不存在確認請求より請求の範囲が大であり両者同一でないから二重起訴に該当しないと解する余地もあり、(ロ)また、両事件の右各請求は当初から弁論を併合して審理されていたから実質上互いに本訴反訴の関係にあるとみて差支えない場合であり、それが故に、特段両請求に対する裁判所の判断が区々になるおそれはなく、かつ両請求についてともに実体的判断をしてもそれが訴訟経済に反するわけでもない。(ハ)また、両事件で対象とされている新イ号方法は部分的には双方の主張が喰い違つていること前示のとおりであるから、厳密にいえば両事件の請求はなお別異のものであるといえなくもない。そうだとすれば、本件では乙事件の確認の訴を却下するよりは、むしろすすんでその実体判断をするのが当事者の訴旨にもかない相当であると考えられる。また、乙事件を必要的共同訴訟と解し、被告適格者を本件特許権の準共有者全員と考える必要はない。したがつて、その一部の者すなわち乙事件被告【A】ら五名についてその余の被告らすなわち甲事件原告ら六名と別に扱いいわゆる欠席判決をなすことはもとより適法である。)、
その余を棄却し、丙事件原告の損害金請求も上来説示の範囲で認容し、その余を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法89条92条93条を、仮執行宣言につき同法196条を各適用し、甲、丙事件被告の仮執行免脱宣言の申立はこれを付するのは相当でないからこれを却下し、主文のとおり判決する。
追加
(イ)目録(一)(甲、丙事件原告ら主張の旧イ号方法)(1)(イ)樹脂として酢酸ビニール含有量一〇―二〇%のエチレン酢酸ビニールコーポリマー一〇〇部(ロ)発泡剤としてアゾジカルボンアミド(三協化成製セルマイクCE)一・五―二部又はアゾジカルボンアミドの混合発泡剤(三協化成製セルマイクCAP)二・五―五部(ハ)発泡助剤(ただし発泡剤にアゾジカルボンアミドを使用した場合にのみ必要)として酸化亜鉛〇・五―一部又はステアリン酸亜鉛二―三部(ニ)架橋剤としてaa’ビス(タシヤリブチルパーオキシ・イソプロピール)ベンゼン(化薬ヌーリー製パーカドクス一四又は日本油脂製ペルオキシモンF)〇・六―一・二部又はジクミルパーオキサイド(化薬ヌーリー製カヤクミルD又は日本油脂製パークミルD又は米国ハーキユラス社製ダイカツプR)一―二・五部(ホ)ステアリン酸一部(ヘ)着色剤適量を重量割合でもつて混合機でドライブレンドする(2)これをスクリユー式押出機(八〇―一一〇度C)で混練しペレツトに成形する(3)これを射出成形機(八〇―一一〇度C)でドーナツ状に成形する(4)これを割型内に入れ加熱プレスで挾圧加熱(一五〇―一八〇度C)する(5)所定時間後割型を開くと同時に発泡膨張したタイヤを造る(6)ことを特徴とするタイヤの製造方法目録(二)(甲、丙事件原告ら主張の新イ号方法)(1)(イ)樹脂としてエチレン・プロピレン・ターポリマー(EPDM)二〇―四〇部及び低密度ポリエチレン(LDPE)八〇―六〇部(ロ)発泡剤としてアゾジカルボンアミド(三協化成製セルマイクCE)一・五―二部又はアゾジカルボンアミドの混合発泡剤(三協化成製セルマイクCAP)二・五―五部(ハ)発泡助剤(ただし発泡剤にアゾジカルボンアミドを使用した場合にのみ必要)として酸化亜鉛〇・五―一部又はステアリン酸亜鉛二―三部(ニ)架橋剤としてaa’ビス(タシヤリブチルパーオキシ・イソプロピール)ベンゼン(化薬ヌーリー製パーカドクス一四又は日本油脂製ペルオキシモンF)〇・六―一・二部又はジクミルパーオキサイド(化薬ヌーリー製カヤクミルD又は日本油脂パークミルD又は米国ハーキユラス社製ダイカツプR)一―二・五部(ホ)ステアリン酸一部(ヘ)着色剤適量を重量割合でもつて混合機でドライブレンドする(2)これをスクリユー式押出機(八〇―一一〇度C)で混練しペレツトに成形する(3)これを射出成形機(八〇―一一〇度C)でドーナツ状に成形する(4)これを割型内に入れ加熱プレスで挾圧加熱(一五〇―一八〇度C)する(5)所定時間後割型を開くと同時に発泡膨張したタイヤを造る(6)ことを特徴とするタイヤの製造方法目録(一)’(甲、丙事件被告主張の旧イ号方法)左のとおり訂正するほか目録(一)の記載と同一。
A(1)(ロ)後半の三協化成製セルマイクCAPは使用しないものとする。
B(2)および(3)の「(八〇―一一〇度C)」とある部分を「(七〇―一〇〇度C)」とする。
C(6)の「タイヤ」を「シヨツピングカート用タイヤ」とする。
目録(二)’(甲、丙事件被告主張の新イ号方法)左のとおり訂正するほか目録(二)の記載と同一。
A(1)(イ)の「二〇―四〇部」「八〇―六〇部」をそれぞれ「七〇―五〇部」「三〇―五〇部」とする。
B(1)(ロ)前半の「一・五―二部」の次に「(ただし、これに限定されない)」を附加し、同後半の三協化成製セルマイクCAPは使用しないものとする。
C(1)(ニ)前半の「〇・六―一・二部」の次に「(ただし、これに限定されない)」を附加する。
D(2)および(3)の「(八〇―一一〇度C)」とある部分を「(七〇―一〇〇度C)」とする。
E(6)の「タイヤ」を「シヨツピングカート用タイヤ」とする。
<12199―004>
裁判官 畑郁夫
裁判官 上野茂
裁判官 中田忠男