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関連審決 審判1972-5949
関連ワード 新規性 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  優先権 /  援用権(援用) /  特許出願日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  設定登録 /  請求の理由 /  拡張 /  変更 /  一事不再理 /  同一事実(同一の事実) /  除斥 /  公知事実 / 
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事件 昭和 50年 (行ケ) 148号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1982/03/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和四七年審判第五九四九号事件について昭和五〇年七月二二日にした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求める裁判
原告は、主文と同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
当事者の主張
(原告)請求の原因一 特許庁における手続の経緯 原告は、特許第五三一二四八号「改良密封機構を有する流体用継手」なる発明(特許出願日・昭和三七年八月一一日、優先権主張日・一九六一年八月一一日、特許登録の日・昭和四三年一一月一一日、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、被告は昭和四七年八月二四日右特許を無効にすることについての審判を請求した。この請求は昭和四七年審判第五九四九号事件として審理されたが、昭和五〇年七月二二日「特許第五三一二四八号発明の特許はこれを無効とする。」との審決があり、その謄本は同年八月三〇日原告に送達された。なお、出訴のための附加期間を三か月と定められた。
二 本件発明の要旨 相互に係合すべき雄部片及び雌部片から成る自己密封継手にして、雌部片は一端に環状肩を有し且つ他端に導管挿入手段を有する一般に円筒状の中空主体部と、該主体部内に固定支持され弁頭部を有する弁手段と、該主体部内に滑動し得べく載置され且つ前記弁頭部と滑動的に接触し得る環状端部を有するばね圧式弁スリーブと、前記主体部の一部に支持され且つその周囲を回転し得る内面に螺条を附したソケツトとから成り、雄部片は一端に外面螺条を有し且つ他端に導管挿入手段を有する一般に円筒状の中空主体部と、該主体部の端部近くに形成され一側が截頭円錐形座部を他側が環状肩を構成する環状内部突起と、該環状内部突起の内縁に形成され環状肩と主体部の一端の円筒状内表面と共に環状中空部を形成する軸方向に延びる接触部と、前記中空部内にプレス嵌めされその円筒状内表面と摩擦接触する放射状方向の外縁と軸方向の両側の側縁とを有する断面が三角形状の金属密封環とから成り、雄部片及び雌部片それぞれの螺条を係合させて前記ソケツトを回転することにより環状内部突起上の接触部が弁スリーブと接触してこれを座部から外し且つ前記密封環を雌部片主体部の環状肩と雄部片内部突起の環状肩との間で締付けることにより、雌部片及び雄部片が結合され得ることを特徴とする継手。(別紙図面参照)三 審決理由の要点 審決は、本件発明の要旨を前記のごとく認定したうえで、英国特許第五五五六九二号明細書(以下「第一引用例」という。)および米国特許第二五一四九七六号明細書(以下「第二引用例」という。)を援用し、(@)第一引用例のものがOリングの密封環であるのにたいし、本件発明が三角形状の金属密封環である点に差異があり、また(A)第一引用例の密封環は雌部主体部1の環状肩と雄部片内部突起3aの環状中空部3の間に締付けられているのに対し本件発明の金属密封環は環状肩部どうしの間に締付けられている点に差異があると認められるとし、さらに第二引用例の密封環が「雄部材4の中空部内に嵌入され、軸方向の両側縁を有する断面が三角形状の金属密封環にして、その密封環1を雄部材4の環状肩部と雌部材5の環状肩部との間で締付けるようにした密封環」であるものと認められるとし、「雄部材の環状肩部と雌部材の環状肩部の間で締付けるようにした三角形状の金属密封環がこの出願前公知であり、これを後者の(前記第一引用例の)衝合密封環の代わりに適用することによつてそれぞれがもつ効果の総和以上の格別の効果を奏するものと認められない以上、本件発明は第一引用例と第二引用例の発明にもとづいて容易に想到することができたものと認めるのが相当である。」と認定した。
四 審決の取消事由1 本件発明の技術内容の誤認 審決は、本件発明が第一引用例及び第二引用例に記載のものに基いて容易に発明をすることができたものとしているが、この判断は本件発明の技術内容を誤認したことによるもので違法である。
2 特許法第124条の規定違反 審決は、本件発明が、第一引用例の継手の密封環の代りに第二引用例の密封環を適用したものと同一で、両引用例から当業者が容易に想到することができたものとし、第二引用例については出願前頒布の認定をしているが、第一引用例についてはその点の認定をしていない。
しかるところ、第一引用例は、本件発明の特許出願前日本国内において頒布された刊行物ではない。第一引用例(英国特許第五五五六九二号明細書)が特許庁資料館に受入れられたのは昭和四〇年一一月一六日(甲第五号証)であるから、本件発明の特許出願についての優先権主張日(昭和三六年八月一一日)の遥か後のことである。
したがつて、第一引用例を本件発明の特許無効の原因となる刊行物として引用するには外国において頒布された事実によることになるが、この第一引用例をもつてする特許無効の主張並に証拠の申出がなされたのは、審判手続係属中の昭和四九年二月五日のことであつて、それは本件発明の特許権設定の登録の日(昭和四三年一一月一一日)から五年を経過した後であつた。
そして、右特許無効の主張の内容は、審決の認定、判断と同旨であり、右第一引用例はその無効事由の根幹をなすものとして提出され、その無効事由は、審判請求時(昭和四七年八月二四日)における無効事由とは別に、独立して本件特許を無効とする理由として追加主張されたものである。
しかしながら、右のような無効理由の追加主張は、以下に述べる理由により、特許法第124条の規定に照して許されないものであるから、その無効理由を採用して本件特許を無効とした審決は違法であり、取消さるべきである。
(一) 法第124条は、特許が外国公知刊行物記載の発明又はその発明から当業者容易のものについてされたとき(以下「外国公知の事実あるとき」という。)という法第29条第1項第3号又は同条第二項の規定違反のうちでもある特別の場合に限つて、特許権の設定登録の日から五年を経過した後は、右の事実を理由とする無効審判を請求することができないと規定している。しかして、外国公知の事実以外の事実あることを理由とする無効審判の請求期間については、法は何等規定せず、また、法第123条第2項が、特許無効の審判は特許権の消滅後においても請求することができると規定しているところからみて、無効審判の請求期間については全く制限がないのが原則であるから、本条は右原則に対する例外を規定するものであり、その解釈は、本条創設の趣旨及び法の規定する手続構造の全体に照らしてなされねばならない。
旧法(大正一〇年法律第九六号)においては、特許無効の審判は、登録の日から五年を経過したときは請求できないとされていたが、現行法は右除斥期間を廃止することとし、ただ旧法においては拒絶範囲を国内公知に限つていたものを現行法で外国公知まで拡げたことにより、権利の不安定があまりにひどくなることを防ぐ意味で、外国公知の事実あることを理由とする無効審判に限つて請求期間の制限をおいたというのが本条創設の趣旨である。
右の如き本条創設の趣旨からすれば、右五年の期間の経過後においては、特許権者は、その特許に対する外国公知の事実あることを理由とする無効の主張を受けることがないということでなければならない。そうとすれば、その無効の主張が排斥されるのは、新たなる審判の請求をもつてする場合であると、係属する審判における新たなる主張の追加によつてする場合であると、その間に異なる取扱をなすべき理由はない。
さらに特許発明が刊行物記載発明と同一又は当業者容易という主張は、その刊行物が特定されてはじめて審判の対象として特定するから、ただばくぜんと外国公知の事実があるという主張を右五年の期間内に出せばよいということでは、五年という期間をきつた意味はうすれ、特許権者の立場は十分に保護されたことにならない。従つて外国公知の事実あることの主張は、五年の期間内に刊行物が特定されなければ、その請求は法第124条の規定に違反するものとして取扱うのが本条創設の趣旨に合致する。
(二) 特許無効審判の対象が、特定の公知事実ごとに特定し、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすべきものと解すべきことについては、最高裁大法廷判決(昭四二(行ツ)第二八号、昭五一・三・一〇判決)の明示するところである。右判決が審判の対象の特定について述べるところは、旧法に基いてされたものではあるが、現行法にもそのままあてはめうるものであり、その趣旨を要約すれば次のとおりである。
すなわち、法が無効審判の手続について定めているところをみると、法は、そこで争われている特許無効の原因が特定されて、当事者らに明確にされることを要求し、審判手続においては、右の特定された無効原因をめぐつて攻防が行なわれ、かつ審判官の審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかであり、法第167条は、このような手続構造に照応して、確定審決に対し、そこにおいて現実に判断された事項につき対世的な一事不再理の効果を付与したものと考えられる。
そこで進んで右にいう無効原因の特定について考えるのに、法第123条第1項各号は、それぞれが、また、第一号に掲げられる各規定違反もそれぞれが、各別個独立の無効原因となるばかりでなく、右第一号中の法第29条の規定違反の如き場合には、さらに具体的に個別化することが必要である。右個別化については、特許制度に関する法の仕組みの全体に照らし、特に法第167条が、確定審決の効果の及ぶ範囲を同一事実及び証拠によつて限定すべきものとしていることとの関連を考慮して決定すべきものであるところ、ある発明が新規性を有するかどうかは、常に、公知事実との対比において判断すべきものとされるが、そのような公知事実は広範多岐にわたつて存在し、問題の発明との関連において対比されるべき公知事実をもれなく探知することは極めて困難であるのみならず、このような関連性を有する公知事実が存する場合においても、そこに示されている技術内容は種々様々であるから、新規性の有無も、これらの公知事実ごとに、各別に問題の発明と対比して検討し、逐一判断を施さねばならない。そうであるとすれば、無効審判における判断の対象となるべき無効原因もまた、具体的に特定されたそれであることを要し、
たとえ同じく発明の新規性に関するものであつても、例えば、特定の公知事実との対比における無効の主張と、他の公知事実との対比における無効の主張とは、それぞれ別個の理由をなすものと解さなければならない。
(三) 以上のとおり、無効審判の対象は公知事実ごとに特定されるのであるから、特定の公知事実との対比における無効の主張を理由とする審判と、他の公知事実との対比における無効を主張する審判とは、別個に請求しうべきものであることは疑いない。しかしながら一つの無効審判において、数個の公知事実をそれぞれ各別に無効とすべき特許発明と対比して無効を主張することも許される。法第123条の規定の趣旨からいつても、また、請求の趣旨の変更は許さないが請求の理由変更に制限をおかない法第131条第2項の規定の趣旨からしても、右の如き請求は、法が当然に予定するものと解される。
しかし、右請求における各公知事実ごとの無効の主張は、それぞれの主張を理由として各別個の審判を請求することもできるのであるから、対比すべき公知事実を数個含む請求は、各公知事実ごとの数個の請求を併合して請求しているものとみることができる。
しかして、法第131条第2項は、審判請求書の補正がその要旨を変更するものであつてはならないとしながらも、請求の理由についてはこの限りでない、と規定するので、特定の公知事実との対比による無効を主張して審判請求した後に、他の公知事実との対比による無効の主張を追加することも自由であるが、前述の解釈に基づけば、かかる主張の追加を求める手続は、特定の公知事実との対比における無効の請求に、他の公知事実との対比における無効の請求を併合するよう求める手続と解することができる。
外国公知事実との対比における無効の主張も、その主張だけを理由として独立して審判請求できるものであることは疑いないが、他の無効理由とともに一個の審判として請求することもでき、その場合には前述したとおり外国公知事実あることを理由とする請求と他の理由による請求とが併合して審判を求められているのであり、また、他の理由による無効審判が係属しているときに、外国公知事実あることを理由とする無効主張を右審判の対象として追加することは、他の無効理由による請求に、外国公知事実あることを理由とする請求を併合して審判することを求めたものと解されるのである。以上のような、無効審判の構造からすれば、外国公知事実あることを理由とする請求を、独立して請求した場合と、係属する審判に補正という形式で追加請求した場合とで、請求期間の制限という点で異なる取扱をなすべき根拠は見当らない。
しかして、外国公知事実あることを理由とする審判を独立して特許登録後五年を経過した後に請求すれば、法第124条によりその請求を不適法として却下するのであるから、それと同じ請求を右五年の期間経過後に係属する審判に追加したときも、その追加請求を審判の対象から排除するのが、法の予定するところとみるべきである。すなわち係属する審判に、特許登録後五年を経過した後において、外国公知の事実との対比における無効主張の追加を内容とする補正書が提出されたときは、同じ理由による独立した新たな請求がなされたと同視すべき場合に相当するとして、法第124条の法意にてらし、法第131条第2項の規定にかかわらず、その補正は却下されるべきである。
(四) 旧法時において、審判請求の際には具体的事実は示されず除斥期間経過後に証拠が補充され、その証拠により特許が無効とされても不適法ではないとした大審院判決がある(昭一八(オ)七六一号、昭二一・七・八第三民事部判決、審決公報号外二四号第四九三〜第四九六頁)。しかしながら、旧法第85条は、無効審判の請求に対し全面的に期間的制限をおいていたのであつて、特定の理由についての請求にのみ請求期間の制限をおく現行法第124条に、旧法第85条の解釈をそのままあてはめるべきではなく、前述した現行法第124条の創設の趣旨及び無効審判の審理の構造との関連からみて、両規定の請求期間の制限の趣旨は全く異なるものと解すべきであるから、本件の場合に右判決をあてはめることは適当でない。
(五) 審決は、第一引用例を重要な証拠とする無効の主張に対して、国内公知を主張するものか外国公知を主張するものかを明らかにした上で、国内公知を主張するものであればその事実の証明がないことを理由として申立不成立とし、外国公知を主張するものであれば、前述した法第124条の解釈に従い、その主張を審判の対象から排除すべきであつた。
しかるに、審決は、その主張を採用して、本件発明の特許を無効としているのであるから、違法である。
(被告)請求の原因の認否と主張一 請求の原因一ないし三の事実は認める。
二 同四について1 その1の主張は争う。
2 その2の主張は争う。
(一) 原告は、その主張の根拠の一つとして最高裁大法廷判決(昭四二(行ツ)第二八号)を挙げているが、この判決は、特許庁がなした審決を東京高裁において違法と主張するときに、特許庁において審理判断されなかつた公知事実について主張することはできないというものである。したがつて、審決の理由において判断の必要上特定された公知事実以外のものによる主張が必要とあれば、別個の無効審判として特許庁に請求すべきことを示唆したものと解される。この判決の判旨から、
直ちに「一個の審判請求の審理過程中において公知事実を追加提出したときに、それらを本質的に別個の請求とすべきものである。」との結論を導くことはできないのである。
ところで、無効審判における公知事実とは、当該発明に関する公知事実のことであつて、本質的には無限的に存在する。この無限ともいうべき公知事実の中から取捨選択してどれを最適のものとして選定するかは、審理終結の段階に至るまで、一般には予測すら困難である。
第131条第2項は「請求の理由は要旨を変更するものでもよい」という趣旨の規定をしており、また、同法第153条は「審判においては当事者又は参加人が申立てない理由についても審理することができる」と規定しているところからも明らかなように、公知事実変更が生じることは特許無効判断をする場合に回避することができないものである。
したがつて、一つの請求において公知事実変更をすることは当然認められるべきものであつて、これを、「本質的に別個の追加の請求とすべきである。」という原告の論拠は誤りである。
(二) 法第124条の規定について、特許登録の日から五年を経過した後は、現に継続中の審判においても、外国公知文献による無効理由の追加補正を排除するよう解釈すべきであるとする根拠の一つは、権利の不安定があまりにもひどくなるということである。
しかしながら、権利に値しないものまでも安定させ、保護するという趣旨でないことは、特許法の目的に徴しても明らかであるし、現行法(昭和三四年法)の制定に当つては、原則として除斥期間を廃止したこと、しかも特許性を欠除する特許発明については特許権の存続中に限らず特許権の消滅後においても無効処分にすることができるとした規定に徴しても明らかなことである。
(三) 更に、法第124条にいう特許出願前外国公知刊行物であつても、当該特許登録五年経過以前に日本国内において頒布され何人もが知り得る状態下にあつたものと、五年経過後に外国で頒布されていた事実を初めて知り得たものとの場合では、異つた扱いがされるべきである。何故ならば、前者の場合は無効審判請求について法第124条の規定の適用を受けずに適法に請求できるのであり、後者の場合は制限を受けるからである。
(四) また、今日のような情報化時代において、航空機或は各種通信機器の発達により地球上のどの地点における情報も瞬時にして各地に伝達されることを考えると、法第124条の外国公知の例外規定は、できるだけ制限的に解釈するのが特許法の目的に通うものである。
(五) 更に、現行法の制定にあたり、特許庁の審議会においては、特許無効の審判請求については外国文献の場合も含めて除斥期間制度を廃止すべきであるとされていたものが、国会の法案審議の過程において、改めて第124条の規定が復活されるに至つた経緯がある。してみると、法第124条の規定の存在は重大な疑問を有する規定と認められる。したがつて、同条の「審判は……することができない。」との明文は、文字通り解釈して、「審判を請求した」ものには適用されないとすることが現行法改正の趣旨にそうものである。
(六) 以上の諸点を勘案すると、唯一の特許無効の例外規定である法第124条の規定の適用については、特許として保護に値しないものはできるだけ排斥するように縮小解釈するのが相当であり、したがつて、同条にいう「審判を請求することはできない。」とあるのは、「証拠として提出することはできない。」とまで拡張解釈すべきではなく、条文の文字通りの意味、すなわち「審判請求を特許庁に提起する時点において外国公知刊行物を証拠として引用することはできない。」と解釈すべきである。
したがつて、原告の主張は理由がない。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、原告の主張する審決取消事由の存否について検討する。
原告は、審決取消事由の一つとして、審決には特許法第124条の規定に違反する違法があると主張しているので、まずこの主張について判断する。
1 成立に争いのない甲第三号証ないし第七号証と前記当事者間に争いのない事実によれば、次の事実関係を認めることができる。
本願発明は、一九六一年八月一一日アメリカ合衆国においてなされた特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三七年八月一一日特許出願され、昭和四三年六月二八日の出願公告を経て、昭和四三年一一月一一日特許権設定登録(特許第五三一二四八号)されたものである(以下、この特許を「本件特許」という。)。
被告は、昭和四七年八月二四日本件特許を無効とすることについて審判を請求した(昭和四七年審判第五九四九号事件)。この請求の理由は、本件発明が、実公昭三六ー四〇七一号公報(特許庁における甲第一号証)の「自己封鎖カプリング」にみられる封緘環を、米国特許第二五一四九七六号明細書(特許庁における甲第二号証、当審における甲第四号証、すなわち第二引用例)の「電子放電装置の容器のシーリング」にみられるシーリング、或は米国特許第一九〇六八二六号明細書(特許庁における甲第三号証)の「管継手」にみられるガスケツトに単に置換したか、又は単に組合せたにすぎないもので、当業者ならば容易に発明をすることができたものであり、法第29条第2項の規定により特許を受けることができないことを要旨とするもので、証拠方法として、前記特許庁における甲第一号証ないし第三号証が申出、添付されていた。
その後、昭和四九年二月五日に至つて、被告は右審判手続において無効審判請求補充書と題する書面を提出した。その内容は、「請求人(本訴被告)はさきに無効審判を請求したが、ここにまた、英国特許第五五五六九二号明細書(特許庁における甲第四号証、当審における甲第三号証、すなわち第一引用例)及び米国特許第二六〇四五〇七号明細書(特許庁における甲第五号証)を補充し、無効事由をより明確にする。」というもので、無効理由については、「特許庁における甲第一号証及び第四号証にみられる本件特許出願前公知である管継手の密封機構を特許庁における甲第二号証、第三号証及び第五号証等で公知である密封機構に置換えることは、
当業者にとつて容易なことであり、この間に何らの新規性ないし進歩性を見出すことはできない。」ことを要旨とするものであり、証拠方法として前記特許庁における甲第四号証及び第五号証が申出、添付されていた。
右の特許庁における甲第四号証(第一引用例)は、英国特許明細書であるが、その完全明細書受理の日は一九四三年九月二日であり、同年中に英国において印刷、
頒布されていた。しかしながら、この刊行物が特許庁資料館に受入れられたのは昭和四〇年一一月一六日のことであつた。
以上の経緯を経て、特許庁は昭和五〇年七月二二日本件特許を無効にするとの審決をした。その理由の要旨は、本件発明が、第一引用例記載の継手の密封環の代りに第二引用例記載の密封環を適用したものと同一で、両引用例から当業者が容易に想到することができたもので、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるというのであつた。
2 原告は、特許庁が、第一引用例を重要な証拠とする無効の主張について、これを排除することなく、その主張、証拠を採用して、本件特許を無効とするとの審決をしたのは、法第124条の規定に違反する違法がある、
と主張する。
前記認定の事実によれば、本件発明の特許出願についての優先権主張日は一九六一年(昭和三六年)八月一一日であり、第一引用例は英国特許明細書で遅くとも一九四三年(昭和一八年)中には英国において印刷、頒布されているから、これが本件発明の特許出願前に外国において頒布された刊行物であることは明らかである。
そして、この刊行物が特許庁資料館に受入れられたのは昭和四〇年一一月一六日のことであり、それ以前にこれが日本国内において頒布されたとの事実を認めるに足る証拠はないから、これが本件発明の特許出願前に日本国内において頒布された刊行物に該らないこともまた明らかである。
ところで、法第124条は、「特許が特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明又はその発明に基いてその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができた場合における発明についてされたときは、その特許についての前条第一項の審判は、特許権設定の登録の日から五年を経過した後は、請求することができない。」と規定しているが、この規定は、旧特許法(大正一〇年法律第九六号)が現行法(昭和三四年法律第一二一号)に改正されるに当り、旧特許法に規定されていた特許無効審判請求についての五年の除斥期間(第85条)が廃止されることとなり、また、特許無効の理由となるべき刊行物の範囲(第84条第1項第1号第57条第1号第1条第4条第2号)が外国において頒布された刊行物にまで拡張されることになつたことから、それでは余りに権利関係が不安定になるので、一定の限度でその不安定化を防止する必要があるとの要請に基づくものであつて、当該特許が特許出願前に外国において頒布された刊行物に記載された発明又はその発明に基いて当業者が容易に発明をすることができる発明についてなされたものであるときには、その場合に限つて、時日の経過による権利関係安定の要請を、真に特許して保護するに値する発明保護の要請に優先させたものと解される。換言すれば、ここに規定された発明についてなされた特許に限つては、特許登録の日から五年を経過した場合に、それだけの時日を経過したことによる権利関係の安定化を優先させ、本来は無効原因があるにかかわらず、もはや当該特許が無効とせられることはないとした趣旨のものと解される。
そうすれば、法の明文の規定は、「審判は、……請求することができない。」とされているけれども、この規定は、当該無効審判請求が請求の当初から外国頒布刊行物に記載の発明又はその発明に基いて当業者が容易に発明をすることができた発明であることを理由に特許の無効を主張している場合にとどまらず、たとえ既に他の無効理由によつて適法に無効審判の請求がなされ、その審判手続が現に係属中であるとしても、特許登録の日から五年を経過した以上は、その後において新たに右の外国頒布刊行物による無効理由を根拠に当該特許の無効を主張することはできないと解するのが相当である。
これを本件についてみると、前示認定のとおり、本件特許登録の日は昭和四三年一一月一一日で、初めて外国頒布刊行物である第一引用例を根拠に本件特許を無効とすべき旨の主張がなされたのは昭和四九年二月五日のことであるから、その間に既に五年以上を経過しており、これが法第124条の規定によつて法律上許されない主張であることは明らかである。
しかるに、審決は、右の主張を採用し、本件発明が、右の第一引用例記載の継手の密封環の代りに第二引用例記載の密封環を適用したものと同一で、両引用例から当業者が容易に想到することができたものであるとしているのであるから、この点において違法であり、この違法は審決の結論に影響を及ぼすものといわなければならない。
そうすれば、その余の審決取消事由について判断するまでもなく、審決は違法であつて取消を免れない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 石澤健
裁判官 藤井俊彦
裁判官 清野寛甫
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