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関連審決 審判1966-8041
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  自然法則 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  実質的に同一 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 昭和 52年 (行ケ) 14号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1983/10/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を九〇日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告は、「特許庁が昭和五一年八月一〇日に同庁昭和四一年審判第八〇四一号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めた。
二 被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
原告主張の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 アメリカ合衆国の法人である訴外ロエール・プロダクツ・コムパニー・インコーポレーテツドは、昭和三九年三月一四日、特許庁に対し、昭和三八年三月一四日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、名称を「細手の繊維の製造方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和三九年特許願第一四〇二四号)をしたが、昭和四一年七月二八日拒絶査定を受けたので、同年一一月一五日審判の請求をした。原告は、昭和四九年九月三日前記訴外人から右特許出願にかかる発明について特許を受ける権利を譲り受け、同月一三日付けで右譲受けによる承継を特許庁長官に届け出た。特許庁は、前記審判の請求に対し、これを同庁同年審判第八〇四一号事件として審理した上、昭和五一年八月一〇日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし、その謄本は、同年九月八日、原告に送達された。
二 本願発明の要旨 その素材から繊条が造られる複数個の細長い金属素材の各々を、実質的に一体的なマトリツクス体を形成するように素材と共に圧縮させることを許しかつ所望の時に金属素材から鞘を分離しえさせるために、前記金属素材の金属の物理的特性とは異なる物理的特性を有する金属によつて形成された管状鞘内にそれぞれ鞘入する工程と、各鞘入れされた金属素材を実質的に平行な関係に束ねる工程と、各金属素材の横断面をその最大横断寸法が約二五ミクロン以下である予定された繊条横断面まで減少させ、かつ鞘の材料によつて全ての金属素材をそれぞれ実質的に取囲んで個々の金属素材が互いに接触することを阻止するマトリツクを形成させるために、少くとも一回の圧縮工程にて前記各鞘入れされた金属素材を圧縮させられる工程と、
互に分離された繊条の索を形成させるために、各繊条を束ねられた関係に保持しながらマトリツクスを形成している鞘材料を除去する工程と、を具備する、複数個の繊条を造る方法三 審決理由の要点 本願発明の要旨は、前項記載のとおりのものと認める。
一方、特許第一六〇七六四号明細書(以下「引用例」という。)には、A1等の極めて細い金属線条の製作方法として、素材であるA1等の金属線条を銅等の比較的柔軟な外被管中に挿入する工程と、この外被管と金属線条とを圧縮して一体に固着させる工程と、外被管内に挿入固着された金属線条の多数を外被管と同じ材質の金属管、例えば銅管の中に平行に挿入する工程と、該金属線条の横断面直径を約一ミル(約二五・三ミクロン)まで減少させるために、前期銅管内に多数挿入された該金属線条に直径の縮少加工を施す工程と、所定の直径まで縮少された金属線条から外被管等の銅管材を溶解除去する工程と、から成る金属極細線の製造手段が開示されている。
そこで、本願発明と引用例のあとを対比すると、両者とも直径が約二五ミクロンである金属極細線の製造を目的としたものであり、その製造手段も、金属線条等の金属素材を、分離除去しうる金属外被管(管状鞘に相当する)に挿入し、挿入された金属素材を複数本平行にまとめ、これに素材の直径を減少する圧縮工程を施した後、外被管等の金属管材を分離除去するものであり、この点両者間に本質的な差があるとは認められない。ただ、本願発明では、庄縮工程により管状鞘の材料がマトリツクスを形成するのに対し、引用例には、この点につい明記されていないので、
一応この点で両者相違するものと認める。
つぎに、この相違点について検討すると、引用例のものにおいても、所定の直径まで最終的に縮少加工された金属線条はその外被管と一体的な構造になる旨説明されており(明細書第一二頁下欄)、また、その状態が第六図に図示されている。そして、特に、第六図に外被管が一体化されかつその中に複数の金属線条が互に接触することなく個々に取囲まれている状態が図示されていることからみて、この一体化された外被管材は、本願発明でいうマトリツクスに相当するものと認められるので、マトリツクスを形成する点に本願発明と引用例のものとに本質的な差異があるとは認められない。(なお、引用例のものは、加工された金属線条を水素雰囲気中で加熱処理しているが、これは、金属線条がA1線条であるため、加工硬化を起し、破断するおそれがあるため、加熱により軟化させるのを目的とした熱処理工程であつて、軟化させる必要のない金属線条の場合は、この熱処理工程は必要でなく、当業者は、金属線条の材質等に応じて適宜省略することができる程度のことと認められる。)また、本願発明の作用効果の点についても引用例のものと比較して特に顕著なものがあるとも認められない。
以上のとおり、本願発明は引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
四 審決を取り消すべき事由 審決は、後記のとおり、引用例についての評価・認定を誤り、本願発明と引用例記載のものとの相違点を看過し、かつ、本願発明の作用効果を看過した結果、誤つて本願発明が引用例の記載から容易に発明することができたとしたものであるから、違法としてこれを取り消すべきものである。
(一) 引用例の評価(実施の能否)に関する誤りについて。
審決は、本願発明が、引用例に記載されたところから容易に発明できたものとして、特許法第29条第2項の規定により特許することができないとしているが、同条同項の規定が同項所定の発明の特許性を否定しているのは、そのような公知の発明等から容易にできる発明に一定期間排他的独占権を付与することが、特許法の精神に反するということをその理由とするものであるから、審決がその存在を理由として本願発明の進歩性を否定した引用例の発明は、少くとも技術的に実施可能な発明でなければならない。
ところが、引用例中において実施例として開示されたものは、引伸した銅管を、
水素雰囲気中において約三〇分間摂氏三五〇度の熱処理を施し、焼鈍を施す旨記載している(甲第五号証第一三頁下段第三ないし第五行、同第一〇ないし第一二行、
同第一四、一五行)が、水素は可燃性であり、しかも引火性が非常に高く、引火性物質と呼ばれているほどであり、その爆発範囲は気体の容積比で四ないし七四%であるから、水素雰囲気中において、約三〇分間、しかも摂氏三五〇度以上の熱処理を施すことは極めて危険であり、実際上このような条件下において熱処理を施すことはほとんど不可能である。また、このような高温度下で約三〇分間の長時間アルミニウムと銅に熱処理を施した場合、アルミニウムと銅との間に実用に供しえないほどの拡散を生じ、引用例に示された発明の目的である燃焼可能な純アルミニウム線条の製造は全く不可能である。原告が、甲第一〇号証及び甲第一二号証によつて立証したとおり、引用例の発明をその明細書に開示されたところに従つて追試したところ、引用例の発明の目的である「細キ線条例へバ写真閃光球ニ可撓性物質トシテ使用セラルル『アルミニユーム』又ハ之ト類似金属又ハ其等ノ合金ノ極メテ細キ線条」として実際に使用できるものを製造することは不可能であり、または、少くとも極めて困難である。
してみれば、引用例の発明は、単なるペーパーパテントであり、特許法第2条第1項の「発明」ということはできず、引用例は当業者に何物も教示するところがないから、審決の判断は、その前提において誤つているといわなければならない。
(二) 目的物である金属線条に関する相違点の看過について。
審決は、本願発明と引用例記載の発明との同一点の認定において、金属極細線の使用目的(用途)及び長さに関する両者の相違点を看過している。
すなわち、本願発明は、その明細書(甲第二号証)の発明の詳細な説明の欄に記載されているように、自動車タイヤのカーカス補強生地、ケーブル、フイルタ材等に使用するための主とし直径約一〇ミクロン以下の高強度の金属フイラメント(引張強さ八〇ないし一八〇キログラム/平方ミリメートル)商業的に大量生産することを目的としており、これに使用される線条の原料としては、ニオビウム、不銹鋼、ニツケル、タングステン、鉄、炭素鋼、クローム・ニツケル合金等、その物理的強度において、延性及び抗張力にすぐれたものが使用されており、金属繊条の長さも一五メートル以上である。
(なお、本願発明の明細書には、金属繊条の原料として「アルミニウム」が記載されている(甲第二号証第六頁第一三行)が、これがアルミニウムをその主たる構成要素とするアルミニウム合金を指称することは、本願発明の目的及び金属繊条の製造手段からみて明らかである。) これに対して、引用例には、「本発明ハ細キ線条例へバ写真閃光球ニ可撓性物質トシテ使用セラルル『アルミニユーム』又ハ之ト類似金属又ハ其等ノ合金ノ極メテ細キ線条ノ製法二関ス」(甲第五号証第一一頁下段第一五ないし第一八行)る旨記載されており、その実例として「本発明ハ『アルミニユーム』線条ノ製作ニノミ適用セラルルモノニ非ズシテ収置シアル所要ノ線条ニ対シ外被金属ヲ溶解スル化学液ガ悪影響ヲ及サザルモノナレバ『ネリウム』『マグネシウム』ノ如キ脆弱ナル金属ノ極メテ細キ線条ノ製作ニモ適用シテ充分可ナルモノナリ」との記載(同号証第一五頁上段第四ないし第九行)があり、さらに、「写真閃光球ニ於ケル可撓性物質トシテ純『アルミニユーム』線条ノ使用ヲ確実ナラシムル為ニハ該線条ガ容易ニ燃焼シ得ル如キモノタルコトヲ必要トス」という記載(同号証第一一頁下段第一九ないし第二一行)がある。そして、引用例の右各記載から明らかなように、引用例のものは、写真閃光球すなわちフラツシユバルブ中で燃焼させる発光体としての純度の高いアルミニウム線条の製造を目的としているものであり、そのような使用目的から、その形状は、瞬間的燃焼を可能ならしめる程度のもの、すなわち、長さ一メートルあたり一ないし二ミリグラム、直径約一ミル程度のものとせざるをえず、そのアルミニウムの引張強さは一七ないし三九キログラム/平方ミリメートルであつて、その長さも遥かに短いものであり、そのような軟弱な素材は、本願発明の目的物としては、到底使用することができない。
したがつて、審決は、右の相違点を看過したものといわなければならない。
(三) 引用例におけるマトリツクス形成に関する認定の誤りについて。
審決は、引用例のものにおける一体化された外被管材が本願発明におけるマトリツクスに相当するものである旨認定しているが、このような認定は誤りである。
引抜加工を行う場合、ダイス中で素材の外周部に大きなせん断力変形が生ずるので、これを防止するため、従来、一般に、石鹸水、種油、シリンダ油等の潤滑剤が使用され、また、鋼材の場合には、素材表面に石灰や燐酸塩の皮膜を付したり銅メツキを施すことが行われていたが、本願発明は、このような潤滑剤等に代えてマトリツクス材料を使用することとしたものであり、引抜加工におけるダイス角及び断面減少率の関係から、右マトリツクスの具備しなければならない物理的必要条件は、次のとおりとしなければならないものである。
(1) 引抜加工を行う素材に比較して材質が軟かく、引抜工程における圧力下において流動媒質のような作用をすること。
(2) 素材に関係的に密着することにより、引抜工程中におけるダイス面と素材間の摩擦・摺動を防止すること。
(3) 複数本の素材を同時に引抜加工する場合、素材相互間の間隙を完全に充足して引抜工程中素材を連続的に固定かつ支持すること。
(4) 引抜加工中マトリツクスが一部で切断されて、素材がダイス面に直接接触することがないように相当な厚さがあること。
ところが、引用例中に示された「銅ノ如キ柔軟ナル外被管」すなわち「銅外被」について、引用例には、右のようなマトリツクスが具備すべき物理的必要条件に関してなんら言及されていないのみならず、かえつて、引用例の発明の目的は操作中における線条の酸化を防止するにある旨記載されており(甲第五号証第一一項上第一一行)、さらに、「又本発明ニ於テ銅外被ヲ使用スルコトニヨル利点ハ該銅外被ガ収置セシ『アルミニユーム』線条ヲ酸化ト潤滑油ニヨル変質ト及ビ破損トヨリ保護ヲナスニア」る旨記載ている(同号証第一五頁上段第一ないし第四行)ものであり、これらの諸点を総合すると、引用例に中に示された「銅外被」は、前記の物理的必要条件を具備した本願発明でいうマトリツクスにあたるものでないことは明らかである。
また、引用例中に開示された金属線条は、その使用目的からみて、写真閃光球内において、容易に燃焼しうることが、重要な必要条件であり、その純度は当然高いものでなければならない。このことは、引用例に「純アルミニユーム線条」と記載されている(例えば甲第五号証第一一頁下段第一九、二〇行、同第一二頁上段第七行等)事実からみても明らかである。ところで、このように純度の高いアルミニウム、例えば、純度九九、九九六%のアルミニウムの引張り強さは、同じく純度の高い銅、例えば、九九、九〇%の銅より小であり、伸びにおいてより大である。(なお、純度の高い銅においては、その差はより大である。)したがつて、このようにより強く、より伸びにくい外被管中に、より弱く、より伸び易い金属素材を収用して引抜加工を施した場合、このような外被材が本願発明でいう、いわゆる「マトリツクス」の機能を果しえないことは明らかである。
被告は、引用例のものは脆弱な金属線を柔軟な金属外被管に収置して引抜加工を施すもので、この点原告の主張する「より伸びにくい金属素材を、より伸び易い金属外被管に入れて引抜加工すること」と実質的に同一である旨主張しているが、
「脆弱」とは「もろくて弱いこと」等を、また、「柔軟」とは「やわらかなこと。
しなやかなこと」等を、それぞれ意味するものであるから、このことより、ただちに原告の主張するように結論することには、論理の飛躍がある。
また、被告は、引用例のものは純アルミニウム以外にアルミニウム合金やマグネシウム合金等の合金も金属素材に挙げており、アルミニウム合金を金属素材に用いた場合は、原告が主張している本願発明の製造法と全く同一になる旨の主張をしているが、引用例に記載されている発明の目的は、明らかに「写真閃光球ニ可撓性物質トシテ使用セラルル『アルミニユーム』又ハ之ト類似金属又ハ其等ノ合金ノ極メテ細キ線条ノ製法二関ス」るものであり、その目的に照し、ここにいわゆる「其等ノ合金」とは、写真閃光球においてフラツシユ用燃焼材として使用可能なもののみを指称すると解すべきものであつて、アルミニウム又はマグネシウムの純度が高いものでなければならない。このことは、引用例に「写真閃光球ニ於ケル可撓性物質トシテ純『アルミニユーム』線条ノ使用ヲ確実ナラシムル為ニハ該線条が容易ニ燃焼シ得ルモノタルコトヲ必要トス」という記載があり、また、純「アルミニユーム」と繰り返して述べていることからみて明白である。
さらに、被告は、「純アルミニウムとは工業用の純アルミニウムを意味し、この純アルミニウムには純度に応じて種々な規格があり、その機械的性質も、その加工の度合、熱処理の有無などによつて変るものである。したがつて、工業用純アルミニウムでも工業用純銅に比して抗張力がより強く、伸びがより低くなる場合がある」旨の主張をする。
被告の右主張は、工業用純アルミニウム中特に抗張力が強く伸びの低いもの及び工業用純銅中抗張力が弱く伸びの高いもののみを特に抽出して論議しているものであるが、乙第三号証の二第八六頁第五表をみると、アルミニウム板第一種(純度九九・五%)、同第二種(純度九九・三%)、同第三種(純度九九・〇%)及び同第四種(純度九八・〇%)のそれぞれにおいて、引張り強さはいずれも一一ないし一五キログラム/平方ミリメートルであり、甲第一六号証に示す純銅の引張り強さ、
すなわち、鋳造材で一四ないし二〇キログラム/平方ミリメートル、圧延材(四〇%加工)で三四ないし三六%、圧延後焼なまし材で二二ないし二五%より、(熱処理の有無を問わず)引張り強さにおいてより小さいことがわかる。また、伸びについては、乙第三号証の二第八頁第五表によれば、その純度のいかんを問わず、軟質のもので四ないし六%である。
これに対して、甲第一六号証によれば、圧延した銅材(四〇%加工)の伸びは五%であり、これを全体として判断すると、被告の主張は不正確のそしりを免れない。
(四) 本願発明の作用効果の看過について。
審決は、「本願発明の作用効果の点についても引用例のものと比較して特に顕著なものがあるとも認められない」と認定しているが、このような認定は合理的根拠に欠けるものである。
すなわち、まず、引用例に記載された発明の作用効果は、要素の多数個が銅管中に収置されるため熱処理の回数も減じ、「第二工程トシテ記述セシ如ク四本ノ『アルミニユーム』線条ヲ使用スル時ハ唯一本ヲ使用スル場合ニ対シ四倍ノ線条が生産セラルル」ため生産能率が高まり、生産費用の低減に資することと、収置されたアルミニウム線条を酸化と潤滑油による変質及び破損から保護することにあるものと考えられる。
これに対し、本願発明が有する作用効果としては、次に例示するものが考えられる。
i 引張強さが大であることによる作用効果 本願発明は、その明細書(甲第二号証)第三頁及び第一三頁以下の各実施例に記載されているように、直径約一〇ミクロン以下の不銹鋼繊条の商業的生産に初めて成功したものであり、その引張強さは八〇ないし一八〇キログラム/平方ミリメートルであるため、その大きい引張強さを利用して、その用途が非常に広い範囲に応用されうる効果がある。例えば、宇宙船のドツキングにおいて宇宙遊泳を行つた宇宙飛行士が使用した命綱は、本願発明にかかる不銹鋼繊条をより合せて製造されたものである。
ii 直径が極めて小さいことによる作用効果 本願発明の方法により製造された繊条は、その明細書に記載されているように、
その大部分が直径約一〇ミクロン以下であるため、高度の可撓性を有しており、そのため、在来の織物機械を使用して、そのままで、あるいは他の繊維と交織して布地を織ることが可能である。このようにして織られた布地は、極めて高強度であるため、例えば航空機タイヤのカーカス補強生地として好適である。
B 耐熱性に優れ、かつ不燃性であることによる作用効果 本願発明は、不銹鋼の繊条の製造を可能ならしめたものであり、この不銹鋼繊条によつて織成された布地は当然のこととして耐熱性に優れており、かつ不燃性である。このため、耐熱服、防災カーテン、不燃壁布等に使用することができる。
C 金属の性質そのままであり、導電性を有していることによる作用効果 本願発明は、前記のように、金属繊維の製造を実用上可能ならしめたものであり、その製品は、金属の性質をそのまま有し、導電性がある。このため、防電ジャンパー、防電ズボン、防電靴下等に使用しうる効果がある。
以上、本願発明の作用効果の一部を例示したが、本願発明は、金属繊条、特に直径約一〇ミクロン以下長さ約一五メートルの不銹鋼繊条の製造を商業的に可能ならしめた点にその特徴があり、本願発明の完成以前には、このような繊条は存在していなかつたことから、その効果は画期的なものであつて、引用例のものと比較して特に顕著なものである。
したがつて、審決は、本願発明の顕著な作用効果を看過したものである。
請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実は認める。
二 審決を取り消すべきものとする同四の主張は争う。原告主張の取消事由は、後記のとおり、いずれも理由がなく、審決にはこれを取り消すべき違法はない。
(一) 原告主張の取消事由(一)に対して。
原告は、引用例の発明が実施不可能であるとし、その理由として引用例における水素零囲気中での焼鈍処理は爆発の危険がある旨主張するとともに、原告において引用例の発明を追試したところ、金属線条を製造することができなかつた旨主張している。
しかし、一般に、金属を加熱処理する際、その保護ガスとしてアルゴン等の不活性ガスや窒素ガス、炭酸ガスとともに、水素ガスが使用されることは周知(乙第一号証第二八二ないし第二八五頁参照)であり、銅やアルミニウム合金等の非鉄金属の加熱処理に際してもその保護ガスとして水素ガスを用いることも、従来より行われている(乙第一号証三〇二、三〇三頁及び乙第二号証第八四五頁)ところである。このように、水素ガス雰囲気中での金属の加熱処理は、従来より一般に行われている常套手段であつて、管理を十分行えば爆発等の危険性はなく、したがつて、
水素雰囲気中での焼鈍は実施不可能である旨の原告の主張は失当である。
なお、原告の行つた引用例の発明の追試については、それがどのような条件で、
またどのような工程で行われたのかなんら開示されておらず、したがつて、被告はこの追試が引用例の記載どおりに行われたと認めることはできない。
(二) 同じく取消事由(二)に対して。
原告は、本願発明と引用例の発明とはその目的を異にしている旨主張し、その理由として、本願発明の金属フイラメントは、カーカス補強生地、フイルター等に使用されるものであつて、その長さも一五メートル以上と長く直径約一〇ミクロン以下で、かつ高強度(引張強さ八〇ないし一八○キログラム/平方ミリメートル)であるのに対し、引用例のアルミニウム線条は、写真閃光球の発光体に使用するものであつて、その形状も、長さが一メートル当り一ミリグラムで、直径が一ミル程度、引張強さが一七ないし三九キログラム/平方ミリメートルであつて、本願発明のものと対比して引用例のものは軟弱で、長さも短く、本願発明の目的物としては使用することができないものである旨主張している。
しかし、本願発明における金属フイラメントの引張強さが八〇ないし一八〇キログラム/平方ミリメートルであることは、本願発明の明細書になんら記載されていない事項であり、また、この種の金属フイラメントの強度は、金属の種類、加工手段、熱処理条件等により変るものであるから、金属の種類、熱処理条件等を明らかにしないで、単に金属フイラメントの強度について述べている原告の主張は無意味である。
そして、引用例の発明の目的は、その明細書記載の「其ノ目的トスルトコロハ製作操作簡易ニシテ其ノ費用少ク多量生産ニ適シ、且操作中ニ於ケル線条ノ酸化ヲ防止シ以テ良質ノ線条ヲ製作シ得ベクセシメントスルニアリ」(甲第五号証第一一頁上段左より第三行ないし下段第一行)の記載内容から明らかなように、本願発明の目的と本質的に異なるところがなく、また、製造された引用例の金属線の用途についても、「例ヘバ写真閃光球ノ可撓性物質トシテ使用サレル」(甲第五号証第一一頁下段第一五、一六行)の記載から明らかなように、製造された引用例の金属線条は、一例として写真閃光球の可撓性物質に使用されるが、当然それ以外の用途にも供されうるものである。
一方、本願発明のものも、カーカス被強生地、ケーブル、フイルター等の用途が挙げられているように、広い用途に供されることが示唆されていることからみて、
種々の用途に供されるものと認められ、この点両者間に本質的な差があるとは認められない。
また、金属フイラメントの直径については、本願発明のものが二五ミクロン以下であるのに対し、引用例のものが約二五ミクロンであることからみて、両者はその直径を実質的に同じにしているといえる。
さらに、フイラメントの長さについては、引用例に具体的に記載されていないが、引用例のものも、本願発明と同様にフイラメント素材を複数回引抜加工して約二五ミクロンのフイラメントにまで径を縮少していること及び初め直径一二五ミルの金属桿は最終的には約一・一ミルの直径の金属極細線に引き伸されていることからみて、引用例の金属線条の長さは、加工直後ではかなりの長さになつているものということができ、そして、引き伸された金属極細線は、用途に応じて所定の長さに切断されているとはいえ、この点本願発明のものと異なるところがないから、
「引用例のアルミニウム線条の長さが、本願発明のものより遥かに短い。」旨の原告の主張は、根拠のない不当なものである。
なお、原告は、本願発明の明細書中に記載のアルミニウムはアルミニウム合金を指す旨主張しているが、一般に明細書中にアルミニウムと記載した場合、特に断り書がない限り純アルミニウムを意味し、このことは、本願発明の明細書中にニツケルとニツケル合金とを区別して記載していることからも明らかである。したがつて、この点原告の主張は妥当性に欠けているといわざるをえない。
(三) 同じく取消事由(三)に対して。
原告は、本願発明におけるマトリツクスの必要条件とし四点((1)ないし(4))を挙げ、これらのマトリツクスの条件について引用例になんら記載されていない旨主張しているが、これらのマトリツクスの条件については、本願発明の明細書にもなんら記載されていないから、原告の右主張は容認できない。
また、原告は、引用例の発明における外被管は本願発明のマトリツクスの機能を有していない旨主張し、その理由として、引用例は、より弱く伸び易い純アルミニウムを、より強くより伸びにくい銅の外被管中に収用して引抜加工を施すものであり、このようにして引抜加工を行つた場合、銅の外被管は本願発明のマトリツクスの機能を果たすことかできない旨主張している。
しかしながら、原告の右主張は、本願発明の明細書並びに引用例の記載内容を誤つて解釈したことによる主張である。すなわち、本願発明のマトリツクスは、本願発明の明細書の記載から明らかなように、引抜加工の圧力を受けて流動媒質のような作用をするものを指し、そして、本願発明は、そのマトリツクスを形成する材料(例えば銅)で外被管(鞘)を作り、この外被管の中へ外被管の金属とは異なる物理的特性を有する金属素材を鞘入れし、次で引抜加工を施すもので、原告の主張するようなマトリツクスと金属素材との関係(すなわち、強さ、伸び等の関係)については本願発明の明細書中になんら説明されていない。したがつて、原告の右主張は、本願発明の明細書の記載に基づかない不当な主張である。そして、本願発明の明細書に記載されているマトリツクス成形用外被管(鞘)と引用例の外被管とは、
両者の明細書の記載内容を検討する限り実質的に同一である。
なお、仮に本願発明において原告の主張するようなマトリツクス成形用外被管と金属素材との関係(すなわち、外被管はより弱く、より伸び易い金属で、金属素材はより強く、より伸びにくいこと)が本願発明の明細書から読みとれるとしても、
原告の右主張は、後記(ア)ないし(ウ)の理由により失当である。すなわち、
(ア)引用例のものは、その明細書の記載から明らかなように、脆弱な金属線を柔軟な金属外被管に収置して引抜加工を施すもので、この点原告の主張する「より伸びにくい金属素材を、より伸び易い金属外被管に入れて引抜加工する」ことと実質的に同一である。(イ)一方、原告は、引用例の金属素材をほしいままに九九・九九六%の高純度アルミニウムだけに決めつけているが、引用例のものは純アルミニウム以外にアルミニウム合金やマグネシウム合金等の合金も金属素材に挙げており、アルミニウム合金の中には、外被管の銅よりも、より強く、より伸びにくいアルミニウム合金があり、引用例のものがそのアルミニウム合金を金属素材に用いた場合は、原告が主張している本願発明の製造法と全く同一になる。(ウ)原告は、
引用例の純アルミニウムの純度を九九・九九六%と断定しているが、純アルミニウムとは工業用の純アルミニウムを意味し、この純アルミニウムには、純度に応じて種々な規格があり、その機械的性質も規格によつて異なるものである。そして、アルミニウムを含め、金属の機械的性質は、その加工の度合、熱処理の有無などによつて変るものである。例えば、工業用純アルミニウムでも冷間加工を施すと抗張力が二二キログラム平方ミリメートルと大になり、逆に伸びが五ないし一五%と低下する。一方、工業用の純銅の中には抗張力が一四ないし二〇キログラム/平方ミリメートルと低く、逆に伸びが四〇ないし七〇%と高いものがある(乙第三号証参照)。そして、このことは、冷間加工や熱処理により、工業用純アルミニウムでも工業用純銅に比して抗張力がより大で、伸びがより低くなる場合のあることを意味し、この点、原告の主張は不正確である。
(四) 同じく取消事由(四)に対して。
原告は、本願発明の効果は引用例のものと比較して特に顕著である旨主張し、その根拠として、@ 引張強度が大であること、A 直径が一〇ミクロン以下であること、B 耐熱性に優れていること、及びC 導電性を有すること、をそれぞれ挙げている。
しかるに、引用例のアルミニウムやアルミニウム合金等の線条(フイラメント)も、それぞれ固有の強度を有しているものであり、その強度は金属の種類、加工手段、熱処理条件等によつて変るものである。したがつて、不銹鋼繊条の強度だけを挙げて引用例のものと対比することは無意味である。また、直径については、本願発明のものはその特許請求の範囲に記載されたとおり、約二五ミクロンであるから、この点両者は実質的に同一である。
なお、耐熱性と導電性ついて、引用例のものも、程度の差こそあれ本願発明のフイラメントと同様に具備している固有の性質であり、本願発明のものとその性質上特に顕著な差があるとはいえない。
したがつて、本願発明の効果は、引用例のものに比して特に顕著である旨の原告の主張は失当である。
証拠関係(省略)
理 由一 原告主張の請求の原因一ないし三の各事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について検討する。
(一) 引用例の評価(実施の能否)の誤りに関する主張について。
まず、原告は、引用例記載の発明は実施不可能であるから、引用例は当業者に何物も教示するところがない旨主張しているので、この点について考えるに、原告の右主張によれば、原告が実施不可能であると主張するのは、引用例に実施例として記載されている場合についてであることが明らかである。
しかし、後記のとおり、引用例は、その実施例以外にも開示するところがあるとみるのが相当である。すなわち、成立について争いのない甲第五号証によれば、引用例には、実施例の記載のほか、その「特許請求ノ範囲」の項に、「本文ニ詳記シ図面ニ明示セル如ク比較的脆弱ナル金属ノ線条又ハ桿状体ヲ比較的柔軟ナル金属ノ管中ニ収置シテ之レヲ一聯ノ『ダイス』ヲ通シテ所定ノ直径トナル迄引伸ス第一工程ト同ジク柔軟ナル金属管中ニ第一工程ニ於テ形成セルモノノ複数個ヲ収置シテ之レヲ一聯ノ『ダイス』ヲ通シテ所定ノ直径二縮少スル迄引伸ス第二工程ト及ビ該第二工程ニ於テ形成セルモノヨリ外被タル該柔軟ナル金属ヲ除去スル第三工程トヨリ成ル線条製作方法」(同号証第一五頁上段第一〇ないし第一八行)という記載があり、また、「発明ノ詳細ナル説明」の項に、「本発明ハ細キ線条例ヘバ写真閃光球ニ可撓性物質トシテ使用セラルル『アルミニユーム』又ハ之ト類似金属又ハ其等ノ合金ノ極メテ細キ線条ノ製法ニ関ス」(同号証第一一頁下段第一五、一六行)、
「斯カル細キ糸条ノ製作ハ従来甚ダ困難ニシテ且莫大ナル費用ヲ要セシモノナリ此処ニ於テ本発明ハ斯クノ如キ極メテ細キ純『アルミニユーム』条線又ハ之レニ類似スル他ノ金属ノ製作ヲ容易且費用低廉ナラシメントスルモノナリ」(同号証第一二頁上段第四ないし第九行)、「又本発明ハ『アルミニユーム』線条ノ製作ニノミ適用セラルルモノニ非ズシテ収置シアル所要ノ線条ニ対シ外被金属ヲ溶解スル化学液ガ悪影響ヲ及サザルモノナレバ『ネリウム』『マグネシウム』ノ如キ脆弱ナル金属ノ極メテ細キ線条ノ製作ニモ適用シテ充分可ナルモノナリ」(同号証第一五頁上段第四ないし第九行)との各記載があることが認められ、引用例の右各記載によれば、引用例に記載の技術は、要するに、単独では引き伸して極めて細い線条にすることが困難な金属線を、引き伸し易い金属の外被管を利用して一緒に引き伸すことにより、極めて細い線条にすることができるというものであることが、十分に理解できるのである。
したがつて、引用例は右の技術を教示しているといえるから、引用例に記載の事項から実施例のみ取り上げてそれが実施不可能であることを論じても、それによつて引用例が何物も教示しないとすることはできず、原告の右主張は誤りといわなければならない。
なお、原告は、甲第一〇号証及び甲第一二号証を根拠として引用例に実施例として記載されたものが実施不可能であると強調するので、この点について付言すると、一般に、引用例のような特許明細書においては、そこに実施例が記載されている場合においても、その実施例には現実に実施するときにおける条件が細部にわたつて全て記載されているとは限らないものであり、その実施例に記載のものを現実に実施するに際しては、そこに記載された条件のほかにさらに他の条件を必要に応じて適宜採用して実施を行うべきものであることは明らかである。ところで、本件について、引用例に記載の実施例をみると、そこにはアルミニウム線条を製作するための条件が記載されているが、その条件のほかに現実に実施するに際して考慮されるべき条件、例えば引き伸すべきアルミウム線条の物理的性質、前処理の有無及びその処理条件、ダイスと引抜線条との間に使用する潤滑剤並びに引抜速度等、細部の条件ついては記載がないから、そこに記載の条件がアルミニウム線条を製作するための条件の全てであると解することはできない。そして、引用例における実施例に記載の条件は、いずれも技術常識あるいは自然法則に反するものでなく、技術的には実施可能であることが一応推認できるから、他の条件を考慮せずに、そこに記載の条件のみ基づいて二、三の実験を試みたところ満足すべき結果が得られなかつたとしても、そのことから直ちに実施例に記載のものが実施不可能であると断定することはできないのである。
そうすると、いずれもその成立につい争いのない甲第一三号証及び甲第一七ないし第二〇号証の各記載により、甲第一〇号証及び甲第一二号証の各写真が引用例に対応する米国特許第二二一五四七七号明細書の実施例に記載の条件に従つて実施されたところに関するものであることは認められるとしても、それをもつて直ちに引用例に記載の発明が実施不可能であると断定することはできないものといわなければならず、したがつて、引用例に記載の発明は実施不可能であるから引用例は当業者に何物も教示しないとする原告の主張は、右の観点においても根拠を欠くものといわなければならない。
また、原告は、引用例の実施例に記載の場合においてはアルミニウムと銅との間に拡散が生ずると主張するが、現実に実施する場合においてもし拡散が生ずる虞れがあれば、拡散が生ずるような条件を避け、あるいは、拡散を防止する手段(例えば圧延油などの使用)をとるなどの対策を講ずることは、当業者にとつて技術上当然の処置であるとみるのが相当であるから、引用例に記載の場合には拡散が生じ、
その実施ができないということはできず、原告の右主張も前示認定判断を左右するに足るものではない。
(二) 目的物である金属線条に関する相違点の看過の主張について。
1 まず、原告は、本願発明は自動車タイヤのカーカス補強生地、ケーブル、フイルタ材等に使用するための高強度の金属フイラメントを製造することを目的とするのに対し、引用例に記載のものは写真閃光球すなわちいわゆるフラツシユバルブ中で燃焼させる発光体としての純度の高いアルミニウム線条の製造を目的とするから、本願発明における金属繊条と引用例記載のものとは使用目的を異にすると主張する。
しかしながら、当事者間に争いのない本願発明の要旨によれば、本願発明における金属繊条には用途についての限定は付されていないことが明らかである。一方、
成立について争いのない甲第二号証によれば、本願発明の明細書の発明の詳細な説明中には、金属繊条の用途に関して、「本願発明はこのような繊条を安直に造る改良された方法を内容とし、改良された生地、ケーブル、フイルター材、超伝導体等用の金属その他の実用的な高強度の繊条を初めて商業的に可能とするものである」(同号証第三頁第一三ないし第一七行)との記載があり、また金属繊条の材質に関して、「従つて繊条(1)が本方法によつて造られるもとの原料の例としてはニオビウム、不銹鋼、ニツケル、タングステン、鉄、アルミニウム、炭素鋼、クローム・ニツケル合金、その他適当な引き得る材料がある。」(同号証第六頁第一〇ないし第一四行)との記載があることが認められる。本願発明の明細書のこれらの記載によれば、本願発明における金属繊条については、その材質は多岐にわたる種類のものが存在し、また、用途も原告の主張するような特定のものに限られないことが明白であり、したがつて、本願発明における金属繊条が特定の使用目的を持つものに限定されると解することはできない。
他方、引用例には、前認定のとおり、前記(一)に摘示した各記載があり、これによれば、「写真閃光球」は線条の用途に関する例示として述べられているにすぎず、また、線条の材質も高純度アルミニウムに限られるものでないことが明らかであるから、
引用例に記載の線条の用途を写真閃光球の発光体に限られるものとすることはできない。
そうすると、本願発明における金属繊条と引用例に記載のものとはその使用目的を異にするということはできないから、原告の右主張は理由がない。
しかも、前記甲第二号証の前記記載によれば、本願発明における金属繊条はアルミニウムより構成する場合があることは明らかであり、この場合においては引用例に記載のアルミニウム線条と差異がないことになるから、この点からみても、本願発明における金属繊条と引用例に記載のものとが使用目的を異にするという原告の主張は根拠を欠くものといわなければならない。
また、原告は、右の点に関し、本願発明の明細書に金属繊条の原料として記載されている「アルミニウム」がアルミニウムを主たる構成要素とするアルミニウム合金を指称することは本願発明の目的及び金属繊条の製造手段からみて明らかであると主張するが、前記甲第二号証によれば、本願発明の明細書においては、合金については、「クロム・ニツケル合金」(同号証第六頁第一三、一四行)のように合金であることが明示されており、一方、これとは別に「ニツケル」(同号証第六頁第一二行)という金属単体の形の記載があることが認められるから、合金と金属単体とは区別して記載されているということができ、したがつて、アルミニウムについても、それが合金であれば当然に合金であることが明示されているはずであるから、本願発明の明細書における「アルミニウム」はその文言どおりアルミニウムそのものを意味すると解するのが合理的であり、原告の右主張は理由がないものといわなければならない。
(なお、引用例には金属線条について「『アルミニウム』又ハ之ト類似金属又ハ其等ノ合金」(前記甲第五号証第一一頁下段第一六、一七行)と記載されており、これはアルミニウム合金をも指示しているから、いずれにしても、原告の右主張は理由がない。)2 つぎに、原告は、本願発明における金属繊条の長さは長く、一五メートル以上であるのに対し、引用例に記載のものはその長さも遥かに短いと主張するが、前記本願発明の要旨によれば、本願発明における金属繊条については長さに限定が付されていないことが認められるから、本願発明における金属繊条についてそれが所定の長さであることが発明の構成要件であるということはできず、したがつて、本願発明における金属繊条と引用例におけるものとの間に長さの点で差異があるという原告の主張も採用できない。
(三) 引用例におけるマトリツクス形成に関する認定の誤りの主張について。
まず、原告は、引用例は本願発明でいうマトリツクスを教示しないと主張する。
前記甲第五号証によれば、引用例には、引抜作業後の状態を示す横断面図として、四本の線条が個々に分れた状態で一体的な組織の中に存在しているものが示されており(同号証第一六項第六図)、また、「発明ノ詳細ナル説明」には、右図面に関して「(17)ハ次ニ収置セル『アルミニム』線条ガ所定ノ細サトナル迄一聯ノ『ダイス』ヲ通過スルコトニヨリ第七図ニ示ス如キ極メテ細キ線状(18)トナル迄引伸ス此処ニ於テ(17)ハ第六図ニ示ス如ク一体的ナル構造ニナリタル際前記要素(14)ノ外被ハ収置シテアル『アナミニユーム』線条ノ断面積ノ縮少ヲナス効果ヲ有スルモノナリ」(同号証第一二頁下段第一五ないし第二一行)という記載があることが認められる。
引用例の右図面及びそれに関する右記載によれば、引用例に記載の発明おいては、引抜作業によつて外被管は引き伸された各線条を取り囲んで一体的に形成された組織になることが当業者にとつて十分理解できる。そして、この一体的に形成された組織が本願発明における「実質的に一体的なマトリツクス体」に相当するものであることは明らかである。
したがつて、引用例は本願発明でいうマトリツクスを教示しないという原告の主張は理由がない。
つぎに、原告は、引用例に記載の発明における外被管は本願発明でいうマトリツクスの機能を果しえないと主張する。
前記甲第二号証によれば、本願発明の明細書には、金属繊条に関して、前記のように「ニオビウム、不銹鋼、ニツケル、タングステン、鉄、アルミニウム、炭素鋼、クローム・ニツケル合金」が例示されており、また、外被管については、「さや(14)は、引くダイスのところ誘発する圧力を受け大体に於いて流動媒質のような作用をする適当なマトリツクス材料を以つて造るものとする。このようなマトリツクス材料の例は銅及び鉄などの金属である。」(同号証第七頁第五ないし第九行)との記載があることが認められ、一方、前記甲第五号証によれば、引用例には、引き伸す線条に関して、前記のように「『アルミニユーム』又ハ之ト類似金属又ハ其等ノ合金」が記載されており、また、外被管に関して、「銅ノ如キ柔軟ナル外被管」(同号証第一二頁上段第九行)及び「柔軟ニシテ可延性アル金属例へバ銅ノ如キモノヨリナル外被管」(同号証第一二頁下段第二、三行)との各記載があることが認められるから、本願発明において引き伸すべき金属素材としてアルミニウムを用い外被管として銅管を用いる場合については、本願発明は、金属繊条及び外被管の点で、引用例に記載の場合と差異がないことになる。
また、本願発明における金属繊条の製造工程についても、引用例のものと相違するとは認められない。
すなわち、本願発明における「その素材から繊条が造られる……管状鞘内にそれぞれ鞘入れする工程」(前記甲第四号証第一頁第四ないし第一一行)は、引用例に記載の発明における「比較的脆弱ナル金属ノ……直径トナル迄引伸ス第一工程」(前記甲第五号証第一五頁上段第一一ないし第一三行)に相当し、同じく本願発明における「各鞘入れされた金属素材を実質的に平行な関係に束ねる工程と、各金属素材の……金属素材を圧縮させる工程」(前記甲第四号証第一頁第一一ないし第二〇行)は、引用例における「柔軟ナル金属管中ニ……縮少スル迄引伸ス第二工程」(前記甲第五号証第一五頁上段第一四ないし第一六行)に相当し、また、本件発明における「互いに分離された……鞘材料を除去する工程」(前記甲第四号証第一頁第二〇ないし第二頁第二行)は、引用例における「第二工程ニ於テ形成セル……金属ヲ除去スル第三工程」(前記甲第五号証第一五頁上段第一六ないし第一八行)に相当することは明らかである。
そうすると、結局、本願発明は、金属繊条、外被管及び金属繊条の製造工程のいずれにおいても引用例に記載の発明と差異がない場合が存在することになるから、
本願発明における外被管がマトリツクスの機能を果すものであれば、引用例に記載の発明においても外被管は当然マトリツクスの機能を果しているものとみることができる。
したがつて、引用例記載のものにおいて外被管がマトリツクスの機能を果しえないとする原告の主張は失当といわなければならない。
(四) 作用効果の看過の主張について。
原告は、審決が本願発明の顕著な作用効果を看過していると主張する。
しかしながら、前記(二)及び(三)に説示したとおり、本願発明は、金属繊条外被管及び金属繊条の製造工程のいずれにおいても、引用例に記載の発明と差異がない場合が存在するものであるから、本願発明の作用効果の点についても、引用例に記載の発明と差異がない場合が存在するものとみるのが相当である。
なお、原告は、本願発明の顕著な効果として、@ 引張強さが大であること、A 直径が極めて小さいこと、B 耐熱性に優れかつ不燃性であること、C 金属の性質そのままであり導電性を有すること、を例示しているので、これらの点についてみるに、@及びBの点については、引き伸される金属が不銹鋼であることに由来するものであつて、それを不銹鋼に限定されない本願発明の作用効果とみることはできないばかりでなく、これらは不銹鋼の有する性質から容易に予測することができるものであり、Aの点については、引用例にも直径が一ミルすなわち約二五ミクロンのものが記載されている(前記甲第五号証第一二頁上段第三行)から、引用例の場合と差異がなく、また、Cの点については、引き伸される金属素材の有する性質そのものであるから、特にこれを本願発明による顕著な効果ということはできない。
したがつて、いずれにしても、本願発明が顕著な作用効果を有するとすることはできず、この点に関する原告の主張も理由がない。
以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がないものであり審決には、これを取り消すべき違法の点はないといわなければならない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための付加期間につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条第158条第2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 石澤健
裁判官 楠賢二
裁判官 岩垂正起