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事件 昭和 52年 (ワ) 1615号
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裁判所 名古屋地方裁判所
判決言渡日 1984/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 本訴について1 被告(反訴原告)らは、いずれも原告(反訴被告)に対し、別紙第一目録記載の製品「ウオーキングビーム式加熱炉」について、登録番号第〇九九九九三一号の特許権に基づき、その製造、販売の差止を求める権利を有しないことを確認する。
2 被告(反訴原告)らは、いずれも原告(反訴被告)が前項記載の特許権について特許法79条に基づく通常実施権を有することを確認する。
3 原告のその余の請求をすべて棄却する。
二 反訴について反訴原告(被告)らの請求をすべて棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、すべて本訴被告(反訴原告)らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
(本訴について)一 原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)1 本訴についての主文1、2項と同旨。
2 被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)らは、文書または口頭で原告の製造、販売する別紙第一目録記載の製品「ウオーキングビーム加熱炉」(以下「イ号製品」という。)が登録番号第〇九九九九三一号の特許権を侵害し、または侵害するおそれがある旨陳述したり、流布してはならない。
3 被告らは、原告に対し、各自一〇〇万円および被告ミツドランド・ロス・コーポレーシヨン(以下「被告ミツドランド」という。)はこれに対する昭和五二年一一月九日から、被告中外炉工業株式会社(以下「被告中外炉」という。)はこれに対する同年八月二日から、各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 3項につき仮執行の宣言。
二 被告ら1 原告の請求をすべて棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(反訴について)一 被告ら1 原告はイ号製品を製造、販売してはならない。
2 原告はイ号製品を廃棄せよ。
3 原告は、被告ミツドランドに対し、八四〇五万円およびこれに対する昭和五五年五月三一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 反訴費用は原告の負担とする。
5 仮執行の宣言。
二 原告1 被告らの請求をすべて棄却する。
2 反訴費用は被告らの負担とする。
当事者の主張
(本訴について)一 原告の請求原因1 差止請求不存在および先使用権の確認について(一) 被告ミツドランドは、次の特許権(以下これを「本件特許権」といい、その発明を「本件特許発明」という。)を有している。
登録番号 第〇九九九九三一号名称 「動桁炉」発明者 【A】出願日 昭和四三年八月二六日優先権主張 一九六八年二月二六日(特願昭四三―六〇五四二)公告日 昭和四六年一〇月一二日(特公昭四六―三四七六七)登録日 昭和五五年五月三〇日(二) 本件特許発明の願書に添付した明細書(補正後のもの)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
「工作物を交互に支持するための少なくとも二組のコンベアレール(64、94)と、該コンベアレールのうちの少なくとも一組(94)を他方のコンベアレール(64)に対して相対的に移動させるためのキヤリツジ(100)とを包合し、
前記コンベアレールの各々が複数個の工作物支持パツト(82)を有し、さらに前記キヤリツジ(100)の下側に沿つて延在する一対の平行桁(102)と、該平行桁(102)の下側に配設され該平行桁及び前記キヤリツジを支持しかつ鉛直方向に往復動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(160)と、該回転偏心輪による鉛直運動より独立して前記キヤリツジ(100)を水平方向に往復運動させるための水平駆動装置とを包合し、前記偏心輪のそれぞれが前記平行桁の下側の個所を支持するための回転自在な外周環(192)を有していることを特徴とする炉の耐火室を通して工作物を搬送する動桁型コンベア。」(別添特許公報参照)(三) 被告中外炉は、本件特許権についての専用実施権者である。
専用実施権設定の年月日 昭和五六年三月六日同登録年月日 昭和五六年八月二一日(四) 原告は現在イ号製品を製造、販売している。
(五)(1) 原告は本件特許出願に係る発明を知らないで、右発明の技術的範囲に属する別紙第二目録記載の製品「ウオーキングビーム式加熱炉」(以下「A製品」という。)を自ら発明し、本件特許権の優先権主張日(昭和四三年二月二六日)前である昭和四一年八月、これを富士製鉄株式会社広畑製鉄所(以下「広畑製鉄所」という。)に販売しようとしたのであるから、右特許出願の際、現に日本国内において、その発明の実施である事業をしており、または少なくともその事業の準備をしていたものである。すなわち、
(イ) 本件特許出願前における発明の完成について 本件特許発明の出願日は昭和四三年八月二六日(優先権主張一九六八年二月二六日)であるが、原告は昭和四一年八月三一日付で富士製鉄株式会社(以下「富士製鉄」という。)に対し富士製鉄広畑製鉄所大形工場用加熱炉見積仕様書(P―1691a)を提出しており、そのころ右見積書に記載もしくは添付された図面のとおりの加熱炉を発明したものである。
ところで、本件特許発明の特許請求の範囲の記載は前記のとおりであるから、右記載により本件特許発明構成要件を分説すると、次のとおりとなる。
本件特許発明は炉の耐火室を通して工作物を搬送する動桁型コンベアであつて、
(T) 工作物を交互に支持するための少なくとも二組のコンベアレール(64、
94)と、
(U) 該コンベアレールのうちの少なくとも一組(94)を他方のコンベアレール(64)に対して相対的に移動させるためのキヤリツジ(100)とを包含し、
(V) 前記コンベアレールの各々が複数個の工作物支持パツド(82)を有し、
(W) さらに前記キヤリツジ(100)の下側に沿つて延在する一対の平行桁(102)と、
該平行桁(102)の下側に配設され該平行桁および前記キヤリツジを支持しかつ鉛直方向に往復動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(160)と、
該回転偏心輪による鉛直運動より独立して前記キヤリツジを水平方向に往復運動させるための水平駆動装置とを包合し、
(X) 前記偏心輪のそれぞれが前記平行桁の下側の個所を支持するための回転自在な外周環(192)を有している。
そこで、本件特許発明の右構成要件と原告が実施または実施の準備をしていた前記広畑製鉄所向加熱炉仕様書記載の発明とを比較対照すると、別紙別表(一)のとおりとなる。
してみると、原告が発明した前記加熱炉の「鋼片搬送装置」は本件特許発明のすべての構成要件を過不足なく備えており、したがつて、また、原告の発明した加熱炉は別紙第二目録記載の構造を有するウオーキングビーム式加熱炉(すなわちA製品)であることが明らかである。
なお付言するに、A製品は別紙第二目録記載のとおり、四つの具体的構造を有するものであるが、この四つの構造は本件特許発明の特許請求の範囲に記載されていないのであるから本件特許発明の必須要件ではなく、本件特許発明との関係で原告のなした前記発明の内容を制限するものではない。
(ロ) 発明の実施または準備について 次に右見積仕様書の提出等受注のための諸行為が「その発明の実施である事業又はその事業の準備」に当ることは明らかである。
すなわち、原告は右見積仕様書提出より相当以前に富士製鉄から一二〇t/h加熱炉の見積依頼を受け、仕様書を示されて本件加熱炉(A製品)の設計に着手し、
必要な技術計算(偏心カムを含む。)および設計図の作成を行い、受注したら直ちに細部設計をして所定の納期に製造販売ができる程度の準備をし、原価見積書(昭和四一年八月二九日)を作成し、前記見積仕様書を富士製鉄に提出し、さらに右受注に備えて、下請会社に右加熱炉の各部分の見積依頼をし、特に大同機械株式会社には偏心カムを含む駆動部の図面等を示して見積仕様書を提出(昭和四一年一〇月一三日)させている。
ところで、原告は右受注ができなかつたけれどもその後昭和四四年八月(富士製鉄大分)、同年一〇月(日本鋼管福山)、昭和四五年一月(新日鉄釜石)、同年五月(日本鋼管福山)にそれぞれ右と同一の加熱炉について見積仕様書を作成して応札し、そのうち昭和四五年三月(新日鉄釜石)、同年八月(日本鋼管福山)、昭和五二年二月(日本鋼管扇島)にそれぞれ受注に成功し、製品を納入している。
そして、右受注、納入分に関する設計、見積、その他の作業は全て昭和四一年八月の富士製鉄広畑向見積仕様書の設計作業を基礎とし、右技術思想は前後一貫して生かされている。
以上によれば、原告は、本件特許出願の際、本発明の実施であるウオーキングビーム式加熱炉の事業をしていたものであり、少なくとも本発明の実施事業の準備をしていたものと認められるべきである。
殊に本件の場合、本製品が大規模な設備で価格が著しく高く、また引合から見積を経て受注、納品に至るまで相当の長期間を要し、大量生産製品とは異なる特殊事情があること、右応札によつて、原告の企業の信用上、受注すれば直ちに製造、販売することが確実に予想されるから、本発明の実施の意思が外部的、客観的に明らかに表示されているといいうること、本製品の設計に当り技術計算ならびに設計図の基本的核心部分が完成され、その後の発明の実施に受け継がれていること、下請に対しても受注に備えて具体的な見積依頼がなされ発注寸前の状態にあつたこと等の事実を総合すると、少なくとも「事業の準備」の段階であることは十分認められ、単なる試験、研究の段階とはとうていいえないのである。
また特許法79条によると、発明の実施である事業またはその準備は、特許出願の際「現に」行われていなければならないところ、原告は、昭和四一年八月ごろ右事業またはその準備を開始し、富士製鉄広畑分については受注に至らなかつたけれども、その後本件特許出願の際まで右実施の事業を継続する意思と能力を有し続け、
じ来今日に至るまで同一の加熱炉の引合を受け、見積、応札をなし、前記のとおり三件の受注に成功しているのであるから、原告の右実施の事業または準備は特許出願の際「現に」なされていたことが明らかである。
(2) イ号製品は本件特許発明技術的範囲に属する。
(3) イ号製品とA製品とは、本件特許発明との対比においては同一である。
もつとも、イ号製品とA製品とは別表(二)記載のとおり四つの相違点が存在しているが、右四つの構造もしくは方法はいずれも本件特許発明構成要件とは無関係の構造もしくは方法であり、また仮にそうでないとしても、右構造もしくは方法はいずれも本件特許発明の技術思想を具体化するための枝葉末節にわたる細部の構造等にすぎず、当業者が容易に取捨選択しうる常用の技術として相互に均等な公知のものであるから、結局本件特許発明との対比において同一であることを否定すべきものではない。
(4) したがつて、以上によれば、原告は本件特許権に対して特許法79条所定の先使用による通常実施権(以下単に「先使用権」という。)を有するのみならず、右通常実施権に基づきイ号製品の製造、販売をすることができる。
(六) また仮に原告が本件特許権に対して先使用権を有しないとしても、本件特許発明優先権主張日である昭和四三年二月二六日当時、既に公然実施されていたから被告らが原告に対し差止請求権の行使をすることは権利の濫用である。すなわち、
(1) 被告中外炉は、昭和四一年六月ごろから、東海製鉄株式会社との間で本件特許発明を利用したウオーキングビーム式加熱炉の売込方の商談を開始した。しかして、その後商談は成立し、被告中外炉は、右ウオーキングビーム式加熱炉一基を昭和四二年五月一九日前記東海製鉄株式会社にすえつけ、同炉は同年六月から稼動を開始した。
(2) そして、右東海製鉄株式会社は、昭和四一年六月以降現在に至るまで、本件特許に関し特許権者である被告ミツドランドとの間において何らの守秘義務を負つたこともないし、また被告中外炉との間においても本件特許に関し、昭和四一年六月以降何らの守秘義務も負担したことはない。
(3) 以上の事実によれば、本件特許発明の内容をなす発明は、遅くとも昭和四二年五月一九日以降前記東海製鉄株式会社において公然実施されていたと断ぜざるをえない。
(4) ところで、本件特許発明が出願前公知であつたか否かは昭和四三年二月二六日(優先権主張日)を基準日として吟味されるべきであるところ、右事実によれば本件特許発明は右昭和四三年二月二六日よりはるか以前である昭和四二年五月一九日以降我国において公然実施されていたことは明らかである。
そしてこの様に公然実施された発明は、たとえそれ以後特許としての成立要件の瑕疵が看過されて形式的に特許として成立したとしても、本来排他的権利性を有すべきものではなかつたのであるから、かかる特許に基づき第三者に対し差止請求権を行使することは権利の濫用である。
してみると、本件特許権に基づく差止請求権は適法に発生せず、つまるところ本件特許権に基づく差止請求権は存在しないのである。
(七) しかるに被告らは、原告が本件特許権に対して先使用権を有することを争い、原告がイ号製品を製造、販売することに対して差止を求めている。
(八) 以上により、原告は、被告らに対し、請求の趣旨1、2項記載のとおり、
本件特許権に基づく差止請求権の不存在確認と先使用権の存在確認を求める。
2 営業誹謗行為の差止請求について(一) 原告は電気炉等の製造販売を事業目的とする会社であり、被告らは工業炉等の製造、販売を事業目的とする会社であるので、原告と被告らは工業炉の製造、
販売に関して競争関係にある。
(二) 被告らは、被告中外炉の役員、社員に命じて、本件特許の出願公告後昭和五二年三月ごろまでの間、原告の製造、販売する工業炉の納入先である日本鋼管株式会社その他の顧客に対し、口頭で、「原告が製造、販売しているウオーキングビーム式加熱炉(電動式)は、被告ミツドランドの特許出願中の権利を侵害するものであり、貴社が右製品を購入すると、将来非常に迷惑をこうむることになるから、
注意してもらいたい。」旨を陳述、流布した。
さらに被告中外炉の取締役【B】は、被告らの指示を受けて、昭和五二年二月二八日、原告に架電し、原告が本件出願公告中の権利を侵害している旨警告し、同年三月一七日には、原告会社機械事業部高蔵製作所にきて、原告社員に対し、口頭で、「貴社は、被告ミツドランドの発明をそつくりイミテーシヨン(模倣)して同じ物を作つている。新日鉄釜石への納入炉について貴社の先使用権は認められないし、日本鋼管福山への納入炉は明らかなパテント侵害である。最近貴社が日本鋼管扇島から受注した加熱炉についても、右同様の構成を採用するなら国際的にもつと大問題になるだろう。
」等と強硬な言辞を使用して、原告の右製造、販売行為の停止を求めたものである。
(三) しかしながら、被告らは前記のとおり、本件特許権に基づく差止請求権を有していないものであるばかりか、原告は本件特許発明につき先使用権を有しているのであるから、被告らもしくは【B】の前記陳述中、原告がイ号製品を製造、販売することが本件特許権を侵害することおよび被告らが本件特許権に基づき原告の右製造、販売行為等を差止めうることの各事実はいずれも虚偽の事実であるとともに、原告の営業上の信用を害するものというべきである。
原告は被告らの前記行為によつて信用を低下せしめられ、原告製ウオーキングビーム式加熱炉の取引に支障を生ずる等営業上の利益を害せられる虞れがある。
(四) よつて、原告は、被告らに対し、不正競争防止法1条1項6号に基づき、
請求の趣旨2項記載のとおり、虚偽の事実の陳述、流布の差止を求める。
3 損害賠償請求について(一) 原告は、特殊鋼、工業炉等の分野については国内外におけるトツプメーカーであり、その優秀な技術は業界で高く評価されているが、被告らは前記不正競争行為により各製鉄所に対し、あたかも原告が外国特許権者の発明を盗用し、悪質な特許侵害をして顧客に迷惑をかけているかのごとき印象を与え、もつて原告の営業上の信用を著しく毀損したものである。
よつて、原告は、被告らに対し、不正競争防止法1条の2第1項に基づき、請求の趣旨3項記載のとおり、右無形損害の賠償の一部として各自一〇〇万円およびこれに対する不正競争行為の後であり、かつ訴状送達の日の翌日(すなわち被告ミツドランドは昭和五二年一一月九日であり、被告中外炉は同年八月二日である。)から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告中外炉は本件特許出願公告中の権利(仮保護の権利)につき、何らの法律的権限を有しないにもかかわらず、前記のとおり原告に対し強硬にイ号製品の製造、販売の停止を求め、原告の右営業を妨害した。そして、原告は右妨害を排除するため、有形無形の出捐を余儀なくされ、右損害は少なくとも一〇〇万円と見るのを相当とする。
よつて、原告は、被告中外炉に対し、右(一)の予備的請求として、民法709条に基づき、右損害金一〇〇万円およびこれに対する不法行為の後であり、かつ訴状送達の日の翌日である昭和五二年八月二日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否1 請求原因1項中、
(一)ないし(四)は認める。
(五)の(1)中、本件特許発明の特許請求の範囲の記載が原告主張のとおり分説されることおよび原告がイ号製品を昭和四七年二月に日本鋼管福山に、昭和五二年二月に日本鋼管扇島にそれぞれ納入したことは認めるが、その余はすべて不知もしくは争う。
仮に原告がその主張の日時にその主張どおりの見積仕様書を作成提出したとしても、原告の右見積仕様書は単なる設計図面にすぎないから、右事実をもつて原告が右見積仕様書記載の製品の発明を完成させたとはいえない。また仮に原告が富士製鉄へ作成提出した見積仕様書の製品がA製品だとすると、A製品が本件特許発明技術的範囲に属することは認める。
(五)の(2)は認める。
(五)の(3)、(4)は争う。
(六)は争う。
(七)は認める。
(八)は争う。
2 同2項中、(一)ならびに(二)中の被告中外炉の取締役【B】が昭和五二年二月二八日原告へ架電し、同年三月一七日、原告機械事業部高蔵製作所を訪れたことは認めるが、その余は否認する。
3 同3項はすべて争う。
三 被告らの主張および原告の主張に対する反論1 原告は本件特許権に対してイ号製品を製造、販売するための先使用権を有しない。
すなわち、原告が本件特許権に対してイ号製品を製造、販売するための先使用権を取得するためには、
(イ) 原告が富士製鉄広畑製鉄所に見積を行つた時点において、原告が実施可能な加熱炉の発明を完成していること(ロ) イ号製品と右(イ)の広畑製鉄所に見積つたものが同一であること(ハ) 原告の右(イ)の広畑製鉄所への見積が事業の準備に相当することの三つの要件を充足することが必要なところ、原告はこれらの要件をいずれも充足していないから、本件特許権に対してイ号製品を製造、販売するための先使用権を取得していない。
以下これをふえんする。
(一) 原告が富士製鉄広畑製鉄所に見積を行つた時点においては、原告は右の加熱炉について未だ発明を完成していなかつた。
(1) 特許法79条によると「特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし……」とある。したがつて、先使用権が成立するためには、原告が広畑製鉄所に見積を行つた時点において、既に右の発明を完成していなければならない。
しかるに原告は右の時点において未だ発明を完成していなかつた。
(2) 原告は、大同機械株式会社には偏心カムを含む駆動部の図面等を示して見積仕様書を提出(昭和四一年一〇月一三日)させ、受注に備えて発注寸前の状態にあつた旨主張しているが、原告会社の誰がいつ大同機械株式会社の誰に対してどの図面を示し、どのような依頼を行つたかの主張や証拠もない。またその内容についても全く不明である。
(3) したがつて、原告は加熱炉についていまだ発明を完成させていなかつたというべきである。
(二)(1) 前項記載のとおり原告が広畑製鉄所に見積つた加熱炉の発明はいまだ未完成のものであるが、仮に右加熱炉が実施可能な発明として完成しており、かつそれがA製品であるとしても、A製品とイ号製品とは同一のものではない。
すなわち先使用権の成立する範囲換言すれば特許権に対抗しうる権能を有する範囲は、先使用権が現に実施している発明もしくは考案をそのまま引続き実施させ、
もつて先願者と先発明者との間の調整をはかるものであることに照らすと、具体的に実施または準備していた製品に限るべきであつて、具体的に実施または準備していた製品が前後変更してはならないと解すべきところ、A製品とイ号製品とは別表(二)記載のとおり四つの相違点が存在し、その結果同表記載のとおりその作用効果に差異を生じているのであるから、A製品とイ号製品とは同一ではないというべきである。
(2) ところで、原告は、A製品とイ号製品との間の前記四点の差異につき、本件特許発明と無関係であるとか、公知である旨主張する。
しかしながら、
(イ) 本件特許発明において、偏心輪とその取付構造とを特許請求の範囲の記載と全く関係がない装置ということはできない。すなわち、本件特許請求の範囲には、「……四個の回転偏心輪(160)」と記載されており、この偏心輪は、偏心軸に取付けられ、その回転に応じて回転するものである。ところで、この偏心軸の回転による偏心輪の回転は、その間に、何らかの形において機構的に関連があるからである。それは、本件特許発明実施する場合にそのような機構的に関連を有している偏心輪を想定しているのである。したがつて、これをキイ留めにするか、一体構造にするかどうかは、本件特許発明実施するための不可欠の要素であつて、
全く無関係なものであるということはできない。先使用権は具体的な製品について有する権利であるから、どちらの構造を有している偏心輪を採用したかどうかは、
先使用権の範囲を決定するために必要なことである。
(ロ) 本件特許請求の範囲によると、「前記偏心輪のそれぞれが前記平行桁の下側の箇所を指示するための回転自在な外周環(192)を有している」と記載されている。この偏心輪(160)と外周環(192)を構成するについて、総コロ軸受にするかテーパーコロ軸受にするかは、右の構成を実施するために必要なことであつて、この関連を明らかにしないで、本件特許発明実施することはできない。
(ハ) 本件特許発明には、「キヤリツジ(100)の下側に沿つて延在する一対の平行桁(102)と、該平行桁及び」と記載されている。この平行桁の下部に外周環(192)を有する回転偏心輪(160)があつて、それが回転軸によつて回転するのであるが、その際平行桁の横振れ防止を設けることも、本件特許発明実施するためには必要なことである。
(ニ) 本件特許請求の範囲には「鉛直方向に往復動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(160)と」と記載されている。
右の往復動をさせるためには駆動方法が必要であり、本件特許発明実施するためにはこれまた必要不可欠のものである。
(ホ) そこで、原告は、これらのものは、すべて公知のものであると主張する。
しかしながら、同じ特許発明において、全く公知のものを含まない特許発明とは稀有のものであり、殆んどは、公知のものと新規のものとが結合し、または、公知のものの結合の仕方を変えることによつて新規な発明がなされることがあるのである。したがつて、その実施形式が公知であるということは、その装置のある部分が本件特許発明と全く無関係であるとする証拠となるものではないのである。本件特許発明が色々の公知のものの実施形式を採用して実施せられるのであつて、その具体的な実施形式が先使用である場合に、本件特許権との関係で先使用権という権能が与えられるのである。
(三) 原告は本件特許出願当時未だ事業の準備をしていなかつた。すなわち、
(1) そもそも先使用権制度は、国民経済上の理由と事業者および設備所有者保護の趣旨から誕生している。すなわち、既に実施されまたは準備されている事業設備等を取り壊すことが国民経済の立場から考えて好ましくないことが大きな柱となつている(【C】「工場所有権における先使用権について」民商法雑誌一一巻二号三頁)。
(2) ところで、原告は、「原告が昭和四一年八月三一日付で富士製鉄広畑製鉄所大形工場用加熱炉見積仕様書を提出しており、右見積書には本件発明と全く同一の加熱炉の図面および説明が記載されていたこと」および「原告が右見積書提出より相当以前に富士製鉄広畑製鉄所から一二〇t/h加熱炉の見積依頼を受け、仕様書を示されて本件加熱炉(A製品)の設計に着手し、必要な技術計算および設計図の作成を行い、受注したら直ちに細部設計をして所定の納期に製造、販売できる程度の準備をし、原価見積書を作成し、本件見積書を富士製鉄所に提出し、さらに右受注に備えて、下請会社に各加熱炉の各部分の見積依頼をし、特に大同機械株式会社には偏心カムを含む駆動部の図面等を示して見積仕様書を提出させた。」ことによつて、その事業の準備があつた旨主張する。
(3) しかしながら、仮に原告主張どおり右事実が存在したとしても、前記先使用権制度の趣旨に照らすと、見積仕様書を提出させただけの段階では、いまだ実施の事業またはその準備をしていたものということはできない。
2 原告は、A製品は本件特許の特許請求の範囲構成要件を過不足なく備えているので、本件特許権の全範囲について先使用権を有すると主張する。
しかしながら、特許請求の範囲の記載は発明という「自然法則を利用した技術的思想創作」(特許法2条1項)を文書で記載したものであるが、A製品またはイ号製品は現実具体的な製品である。したがつて、特許請求の範囲に包含される製品(技術的範囲に属する製品)は、具体的には無数のものが考えられ、A製品またはイ号製品はそれぞれ別々のかつ唯一つのものである。したがつて、「自己が現に実施している発明は特許出願に係る発明の一部にすぎないような場合は、その実施している一部についてのみ本条の通常実施権を有するのであり、特許出願に含まれた発明の全部について通常実施権を有するのではない。」(特許庁編「工業所有権法逐条解説」)とか、「特許発明の方が包括的で実施されている発明がその特殊な場合―いわゆる上位下位の関係にある場合―とか、実施形式あるいは実施態様……の一部を実施する場合を意味する。」(【D】著「新版工業所有権法」)という理論が生まれてくるのであり、A製品もイ号製品も右の意味において実施形式であるに過ぎないのである。原告の主張によれば、特許発明の要件を過不足なく具備したA製品を発明したことにより、本件特許発明の全部につき通常実施権を有し、当然にイ号製品を製造、販売できることになるが、かかる原告の主張が失当であることは前記引用の理論に照し明らかである。
3 原告は、本件特許は優先権主張日である昭和四三年二月二六日当時既に公然実施されていたものであるから、被告らが原告に対し本件特許権に基づき差止請求権を行使することは権利の濫用である旨主張する。
しかしながら、元来当該発明が出願日当時公然実施されていたかどうかは特許庁において審査、審判される事項であり、裁判所は特許庁の審査、審判を前提としてその侵害性を審理判断するというのが特許法のたてまえである。一般に裁判所において公知公用を前提として技術的範囲が問題となるのは、特許庁において全く審理判断がなされていなかつた事件に関するものである。特許庁において一度審判された事項については裁判所は特許庁の判断を前提として審理しなければならないのである。そうでなければ、審判↓審決取消訴訟という審判、訴訟制度を無視することになるのである。
本件の場合、本件訴訟が係属中、特許庁において本件発明は公然実施されていない旨の審判が下され、また本件特許発明が無効でない旨の審決もなされているのであるから、裁判所としては、特許法の右原則に従い、特許庁の判断を尊重して審理を進めるべきである。原告主張の権利濫用論は特許庁の判断がなされていない場合の救済的理論にすぎないのである。
してみると、原告の前記主張は失当というべきである。
また従来の公知の判決例はいずれも当該発明が第三者の発明した公知文献と同一であることを理由として技術的範囲を限定しまたは権利の濫用としたのである。
しかるに、原告の前記主張は被告ミツドランドの発明を同じ被告である中外炉が販売して公然実施したというものであつて、前記公知の判決例と全く事情を異にするものであるから、本件特許発明技術的範囲を狭く解釈したり、権利の濫用としなければならない理由もない。
したがつて、かかる点からも原告の前記主張は失当である。
4 また原告は具体的な製品を表示することなく、本件特許権に対する先使用権の確認を求めているが、抽象的、一般的に先使用権の存在確認を求めることは失当である。
すなわち、本件の場合は、先使用権を主張する者が抗弁としてではなく、自ら原告として先使用権確認請求訴訟を提起してきたのであるからイ号製品を表示して、
その製品について先使用権のあることを主張すべきであり、イ号製品を表示することなく先使用権の確認を求めることは、失当というべきである。
5 被告らは原告の営業を誹謗する行為をしていない。すなわち、
(一) 【B】が原告主張の日時に原告に架電した内容は、
「電動式ウオーキングビーム炉は被告ミツドランドの特許であり、同特許を侵害するおそれがあるのではないか。」ということである。決して断定的なことを述べていないし、第三者にそのようなことを言いふらしたこともない。
(二) また仮に【B】が原告主張のとおり陳述したとしても、原告のイ号製品が本件特許発明技術的範囲に属することは当事者間に争いがなく、しかも原告がイ号製品について先使用権を有しないことは前記のとおりであるから、【B】の右陳述は営業誹謗行為に該当しない。
四 被告らの主張に対する原告の反論1(一) 被告らは、先使用権の範囲は現に実施または準備してきた形式ないし態様の範囲(すなわち具体的な製品)に限られるべきである旨主張する。
しかしながら先使用権の範囲は、特許法79条に「実施または準備している発明および事業目的の範囲内」と規定されていることおよび先使用権制度の趣旨に照らすと、先使用者が実施または準備していた「物」ではなく、あくまでその物に具体化されている「発明」であるというべきである。いいかえれば、先使用者は実施または準備していた具体的な「物」を証拠として、当該「物」に具現される発明(技術的思想)について先使用権を取得すると解すべきである。
してみると、先使用権の範囲を現に実施または準備してきた形式ないし態様の範囲(具体的な製品)に限られるとする被告らの主張は失当である。
(二) また仮に前同条の「実施または準備している発明」を「実施または準備していた形式ないし態様」と制限的に解するとしても、「実施または準備していた形式ないし態様」の「物」だけに制限的に解することは失当である。
けだし、かように前同条を解すると、同条の「特許出願に係る発明」との係わりを考慮する必要(余地)は全くなくなり、特許出願前に「実施または準備していた形式ないし態様」であるか否かの事実だけで、すなわち先使用権の基礎となる特許権が何であるかとは無関係に先使用権の有無が決せられることになるからである。
2 被告らは、A製品とイ号製品とは別表(二)記載のとおり四つの相違点があるから、仮にA製品について原告が先使用権を取得したとしても、イ号製品についてまで先使用権を取得しえない旨主張する。
しかしながら、
(一) 右四つの相違点は、原告が請求原因1項(五)(3)で主張したとおり、
本件特許請求の範囲記載の構成要件と全く無関係な装置部分に関するものであるから、本件特許発明との対比においては、いずれも有意の装置部分とはいえず、したがつてA製品とイ号製品とは本件特許発明からみれば同一の製品というべきである。
(二) また仮に右四つの装置部分の変更が本件特許発明構成要件に何らかの意味で関係するとしても、右四点の変更はいずれも本件特許発明の作用効果との対比において同等の機能ないし作用効果を有する範囲内での変更にすぎない。すなわちイ号製品の右四つの装置部分はいずれも次のとおり昭和四一年八月当時公知公用の技術であつた。してみると、原告は変更後の装置を使用したイ号製品についても先使用権を主張することができると解すべきである。
以下これをふえんする。
(1) ウオーキングビームを駆動する偏心輪と偏心軸の取付構造について 偏心輪とその軸を一体構造にする技術が右当時公知であることは、歯車とその軸を一体に取付ける等の技術が古くから知られていたことから見ても、あえて設明するまでもないところである。
本件先使用当時の公知文献を見るに、例えば、東洋ベアリング株式会社発行の一九六七年「NTN BALL AND ROLLER BEARINGS CAT・No.1050」のカタログ二七六頁の5図に歯車とその軸を一体構造とした小歯車つき軸の例が記載されているように、偏心軸とその輪を一体に取付けることは、いわば技術常識というべきである。
(2) 偏心輪のベアリング構造について 偏心輪と外周環の間にテーパーコロを左右対称に二列配置した複列テーパーコロ軸受構造にすることは、右当時の公知文献である昭和四〇年一〇月二五日オーム社発行「軸受の設計」一四七〜一五五頁等に記載されており、公知の技術であつた。
また、昭和三四年一月二九日特許庁資料館受入米国特許第二八五八一二二号公報(搬送装置)の第四図には、偏心輪のベアリング構造に関して、偏心輪(50)とそのスリブ(外周環)(51)の間にテーパーコロ(52)を左右対称に二列配置した複列テーパーコロ軸受構造が示されており、前記ベアリング構造を採用することは、右当時、公知の技術であつた。
(3) ウオーキングビーム支持平行桁の横振れ防止構造について 偏心輪外周環には鍔がなく、別にビーム支持平行桁横振れ防止機構を設けた支持台で行なうようにすることは、前掲米国特許公報の第二図の(77、78、79)および(80)などで示される。すなわち「予防策として、可動ラツク(24)が炉中を左右に移動する、すなわち、管が移動するときに可動ラツク(24)が管の長さ方向と平行にあちらこちらへ移動するのを防止するために、ガイド機構が設けられている。この構造は第2図に示されている。2板の金属板(77、78)が台座(支持台)(79)から垂直に立ち上がつており、そして、炉を横切つて、すなわち、ラツク(24、25)と平行に延びている。第2図に示されるように、金属板(77、78)は2本の主ビーム(38、39)の間に延びているクロスビーム(80)が滑る細長いかいばおけを形成している。クロスビーム(80)は主ビーム(38、39)の下部フランジに固定されているので、主ビームの長手方向への動きを規制する。このことが可動ビーム(25)とこれを支持する台座の横振れを防止することになる。」(第八欄二五〜三九行目)なる記載により、右当時、右分野において、公知の技術であつた。
(4) 偏心軸駆動方法について モーターは中心連結軸に直接取付けられておらず、減速機を介して間接的に取付けられていることは、前掲米国特許公報の第九図の(79、74)および(75)で示される。すなわち「可動ラツク(25)の駆動装置は第九図に示されている。
モータ(73)がギア減速機(74)とシヤフト(75)を通して、主ビーム(38、39)それぞれに対応する2個の直角伝達駆動機構(76)を回転させる。
直角伝達駆動機構(76)がシヤフト(47)をそれぞれ駆動し、次に第4図に示されるように偏心輪(50)を駆動する。」(第四欄六一〜六六行目)なる記載により、右当時、右分野において、公知の技術であつた。
したがつて、以上によれば、原告がA製品の発明を実施した当時、イ号製品の右各装置部分の構造ならびに作用効果は、すべて公知であるばかりか、これらが本件特許発明との対比においてA製品の各装置部分と同等の機能ないし作用効果を有する慣用構造のものであることも原告を含む当業者が認識していたものであるから、
両者の構造の何れかを選択することは、いわゆる「単なる慣用手段の転換」に該るものであり、したがつて、右各装置部分が特許請求の範囲記載の構成要件であると仮定しても本件先使用権の消長をきたすことはありえないものである。
なお被告らは、同等の機能ないし作用効果の有無の判断基準について、例えば「キイで留めた構造」と、「一体構造」との同等を吟味するにつき、
(イ) 「キイで留めた構造」自体の作用効果と(ロ) 「一体構造」自体の作用効果をそれぞれ論じたうえで、各々に作用効果の相違があり、A製品とイ号製品とは異なると主張しているが、右主張は特許発明との関係(対比)を全く無視するもので失当である。本件特許発明との関係(対比)において機能ないし作用効果の差異を判断するためには、
(イ) 当該特許発明から生ずる作用効果(課題の解決)と(ロ) 特許発明に関する変更後の装置部分から生ずる作用効果(課題の解決)をそれぞれ比較対象して、作用効果に差異があるか否かを吟味すべきである。
(三) また仮にA製品およびイ号製品の各四つの装置部分から奏するとされる作用効果が被告ら主張のとおり別表(二)記載のとおりであるとしても、かかる作用効果は本件特許発明の作用効果中には全く含まれていない。すなわち、本件特許発明の作用効果は、
(1) 一回に複数の大きな鋼のスラブ、ブルームまたはビレツトを加熱して運搬する。それによつて工作物の一つ一つが全体にわたつて均一な温度に加熱される(2) 細長い工作物をたとえそれらが歪まされていても炉の中を横へ有効に運ぶ(3) 別々にも同時にも垂直方向および水平方向に往復動をさせられる(4) 炉内の熱へのスラブの全表面積の有効な露呈を許す(5) スラブ・サポートとの接触によつて起こされる加熱されたスラブ表面傷やチル点を実際上除去し、縮小させる(6) 一五〇〇〇〇〇一bの総負荷を能率的に処理し、かつ操作し整備するに容易である単純で堅牢なものであるであるが、これと四つの装置部分の各作用効果を対比すれば、そのことは自明のことである。
してみると、これらの四つの装置部分について設計の必要に応じて構造上の変化を加えても、原告の先使用発明と本件特許発明との間の同一性は一もそこなわれないのである。
五 原告の右主張に対する被告らの認否 本件特許発明の作用効果が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。
(反訴について)一 被告らの請求原因1 被告ミツドランドは本件特許権の特許権者であり、被告中外炉はその専用実施権者である。
被告中外炉の専用実施権設定登録年月日、本件特許発明の願書に添付した明細書(補正後のもの)に記載された特許請求の範囲の記載、本件特許発明の作用効果はいずれも本訴において原告が主張したとおりである。
2 原告は、本件特許発明技術的範囲に含まれるイ号製品を昭和四七年三月に日本鋼管株式会社福山製鉄所へ、昭和五一年九月に川崎製鉄株式会社へ、昭和五二年二月に日本鋼管株式会社福山製鉄所へそれぞれ販売した。
3 右三台のイ号製品の販売価額は三一億三五〇〇万円であり、その実施料相当額は八四〇五万円である。
被告ミツドランドは原告の右行為によつて右実施料相当額と同額の損害を蒙つたが、原告の右行為は故意または過失に基づくものである。
4 よつて、請求の趣旨記載のとおり、被告らは原告に対し、イ号製品の製造、販売の差止およびイ号製品の廃棄を求めるとともに、被告ミツドランドは原告に対し、右損害金八四〇五万円およびこれに対する本件特許発明の登録日である昭和五五年五月三一日から支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する原告の認否1 請求原因1、2項は認める。
2 同3項中、原告が被告ら主張のとおり合計三台のイ号製品を販売したことは認めるが、その余は否認する。
右三台の販売価額は合計で二三億一五〇〇万円であり、これを基にした実施料相当額は六七六四万五〇〇〇円である。
3 同4項は争う。
三 原告の抗弁 原告は本件特許権に対し先使用権を有しているからイ号製品を製造、販売することができる。また仮に原告が先使用権を有してないとしても、本件特許発明は出願前に公然実施されていたから、本件特許権に基づきイ号製品の製造、販売の差止を求めることは権利の濫用である。
原告の右主張の詳細は本訴において原告が主張したとおりである。
四 原告の抗弁に対する被告らの認否反論 原告の抗弁はいずれも争う。
原告主張の抗弁に対する被告らの反論は本訴において被告らが主張したとおりである。
証拠(省略)
理 由一 本訴について1 被告ミツドランドが本件特許権の特許権者であり、被告中外炉がその専用実施権者であること、本件特許発明の願書に添付した明細書(補正後のもの)の特許請求の範囲に原告主張のとおり記載されていること、原告が現在イ号製品を製造、販売していることはいずれも当事者間に争いがない。
2 成立に争いのない甲一〇、一四号証、証人【E】、同【F】の各証言によれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
(一) 加熱炉は分塊圧延された鋼片(スラブ、ブルーム、ビレツト)または連続鋳造された鋼片などを熱間圧延するため、その目的温度まで再加熱する設備であること。
(二) 加熱炉にはバツチ式と連続式があること、バツチ式加熱炉は鋼片を炉内で移動させず、定位置で加熱するものであつて、主に特殊サイズの厚板(例えば極厚板)などの加熱に使用される補助的な設備であり、
また連続式加熱炉は鋼片を炉の一端から装入し、炉内で移動させながら加熱して他端から抽出するものであつて、プツシヤー式、ウオーキングハース式、ウオーキングビーム式、回転炉床式、ローラーハース式等に分類されること。
(三) プツシヤー式加熱炉とは、ごく大まかに説明すれば、鋼片を炉の一端から順次装入し、プツシヤーにより押込むものであつて材料同士が押されて炉内の固定スキツド上を摺動、前進しながら加熱され、炉の他端から抽出される加熱炉であること、またウオーキングハース式加熱炉とは、ごく大まかに説明すれば、炉内に移動炉床と固定炉床を設け、このうち移動炉床が上昇↓前進↓下降↓後退の矩型運動を繰返し行うことによつて、炉の一端から装入した鋼片を摺動することなく搬送し、炉の他端から抽出する炉であること、さらにウオーキングビーム式加熱炉とは、ごく大まかに説明すれば、炉内に移動ビームと固定ビームを設け、移動ビームが上昇↓前進↓下降↓後退という矩型運動を行うことによつて炉の一端から装入した鋼片を摺動することなく搬送し、炉の他端から抽出する加熱炉であること、したがつてウオーキングハース式加熱炉とウオーキングビーム式加熱炉とは全く同じ鋼片の搬送機構を有しているが、ウオーキングハース式加熱炉は鋼片を上面からのみ加熱するのに対し、ウオーキングビーム式加熱炉は鋼片を上下両面から加熱する点において相違していること、ウオーキングハース式加熱炉はウオーキングビーム式加熱炉と呼ばれることもあること。
3(一) 弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲一六号証、一七号証の三、四、一九号証の二ないし四、証人【G】の証言により直正に成立したものと認められる甲六号証の一ないし一二四、二〇号証、二三号証の一、二、証人【E】の証言により真正に成立したものと認められる甲四、五、九、一一号証、証人【F】の証言により真正に成立したものと認められる甲一五号証、甲一七号証の一、二、一八号証、一九号証の一ならびに証人【E】、同【H】、同【F】、同【G】の証言を総合すれば、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。
(1) 原告会社機械事業部東京販売部(以下「東京販売部」という。)は、昭和四一年五月二〇日ごろ、富士製鉄から広畑製鉄所向の大形工場用の第二号連続式鋼片加熱炉(以下「加熱炉」という。)(容量一〇〇t/h)の引合(見積依頼)を受け、同月二三日ごろ原告会社事業部高蔵製作所(以下「高蔵製作所」という。)に見積設計および原価見積の指示をなした。
そこで高蔵製作所は、同月二三日ごろから同月二七日ごろにかけて、同社社員【G】を中心として、在来のプツシヤー式加熱炉の見積設計作業を行い、見積仕様書を東京販売部に送付するとともに、加熱炉製造原価の見積も行い、原価見積書を東京販売部に提出した。その結果東京販売部は、同月三一日ごろ、富士製鉄に対し高蔵製作所から提出のあつた見積仕様書(甲六号証の二五)等を提出した。
その後、昭和四一年七月一九日ごろ、東京販売部の【H】、高蔵製作所の【G】らが広畑製鉄所に赴き、広畑製鉄所熱管理課の【I】掛長らとプツシヤー式加熱炉の基本仕様についての打合せを行つたが、その際、右【G】らは、広畑製鉄所が加熱炉の処理能力を一〇〇t/hから一二〇t/hに高めようとしており、それに伴い加熱炉の基本仕様をプツシヤー式からウオーキングハース式(ただし上下焚)に変更し、しかもウオーキングハース式加熱炉の上下駆動方式につき「油圧に替わるよいものがあればそれにしたい。」旨の意向を有していることを知つた。
そのため、高蔵製作所では、右打合せの翌日から【G】が中心となり、ウオーキングハース式加熱炉の上下動駆動を電動式とするウオーキングハース式加熱炉(ただし上下焚、以下これを「電動式ウオーキングビーム式加熱炉」という。)の見積設計作業に入つたが、同年八月一〇日ごろ、東京販売部は富士製鉄から広畑向ウオーキングハース式加熱炉(上下焚)(一二〇t/h)の引合を受け、同月一三日、
その見積設計および原価見積を高蔵製作所に指示したため、高蔵製作所はその完成に向けて全力を注ぎ、見積仕様書等を作成し、東京販売部に提出した。また同じころ、高蔵製作所は電動式ウオーキングビーム式加熱炉の原価見積を行ない、東京販売部に原価見積書を提出した。
以上の作業の結果、東京販売部は、同年八月三一日ごろ富士製鉄に対し、電動式ウオーキングビーム式加熱炉の原価見積書、設計図(甲六号証の一一九、一二〇、
一二一)、見積仕様書(甲六号証の四九)を提出した。
そのころからその後にかけて右【G】は、右電動式ウオーキングビーム式加熱炉のウオーキングビーム機構、電動機容量計算書、バーナ間引き動作、移動ビーム動作、燃料ガス配管系統図等の電動式ウオーキングビーム式加熱炉の説明資料の作成をなし、同年九月一三日ごろ、右説明資料を持参し、広畑製鉄所へ電動式ウオーキングビーム式加熱炉の説明のため出頭した。
またそのころ、原告は、受注に備えて大同機械株式会社に偏心カムを含む駆動部分の見積仕様書を提出してもらつたのを始めとして、例えばレキユペレーターや油圧装置等に関して各下請会社に見積を依頼し、受注の準備を一層進めた。
しかるに、昭和四一年九月二〇日、原告会社大阪支店【J】が加熱炉の打合せのために広畑製鉄所に赴いた際、広畑製鉄所は原告に対し、ウオーキングビーム式加熱炉の上下動駆動機構を電動式から油圧式に変更するほか数点につき再検討を要請したので、原告は、前記【G】を中心として同月二一日ごろから同月二五日ごろにかけてウオーキングビーム式加熱炉の変更やそれに伴う追加見積設計作業等を行い、東京販売部に提出した。
東京販売部は、同月二七日、油圧式ウオーキングビーム式加熱炉の原価見積書、
設計図、見積仕様書(甲六号証の一〇)等を富士製鉄に提出した。
(2) 以上のとおり、原告は富士製鉄からの受注に成功するための諸々の努力をなしたが、同年一一月一九日ごろ、原告が受注できないことが判明した。
しかしながら、原告は、富士製鉄から引合を受けた際に作成した見積仕様書等を整備保存したのみならず、その後も昭和四二年に二件(ただし、いずれも上下動駆動装置は油圧式である。)、昭和四三年に二件(ただし、いずれも上下動駆動装置は油圧式である。)、昭和四四年に六件(ただし、うち二件の上下動駆動装置は電動式であり、その余のそれは油圧式である。)、昭和四五年に七件(ただし、うち三件の上下動駆動装置は電動式であり、その余のそれは油圧式である。)、昭和四六年に二件(ただし、いずれも上下動駆動装置は油圧式である。)等毎年ウオーキングビーム式加熱炉に応札を続け、うち昭和四二年および昭和四三年に各一件(ただし、いずれも上下動駆動装置は油圧式である。)、昭和四五年に三件(ただし、
うち二件の上下動駆動装置は電動式であり、その余のそれは油圧式である。)、昭和四八年に二件(ただし、いずれも上下動駆動装置は油圧式である。)、昭和五一年および昭和五二年に各一件(ただし、いずれも上下動駆動装置は電動式である。)の受注に成功した。
(3) また前記のとおり、原告は富士製鉄からの受注に成功しなかつたが、もし同社から受注した場合には、原告が提出した見積仕様書(甲六号証の四九)を基に富士製鉄との間で細部の打合せを行つて最終的な仕様を確定し、それに伴い最終製作図(工作設計図)を作成し、それに従つて加熱炉を築造する予定であつた。
(二) また前掲甲六号証の一ないし一二四によれば、原告が右当時製造、販売しようとしていた電動式ウオーキングビーム式加熱炉は別紙第二目録記載のA製品であることが認められ、これに反する証拠はない。
(三) したがつて、以上認定の事実にA製品が本件特許発明技術的範囲に含まれること(このことは当事者間に争いがない。)を併せ考えると、原告は、本件特許発明の内容を知らずに昭和四一年八月三一日ごろまでの間にA製品を自ら発明し、本件特許出願の際(具体的にいえば昭和四三年八月二六日であり、また優先権主張によれば同年二月二六日である。)、現にその発明の実施事業の準備をしていたものと認めるのが相当である。
(四) この点に関し、被告らは、原告が広畑製鉄所に見積仕様書を提出した時点ではいまだ発明を完成していなかつた旨主張する。
しかしながら、「発明とは自然法則を利用した技術的思想」(特許法2条1項)であるから、本件のごとく物の発明において発明が完成したといえるためには、単に課題の提示だけでその物の具体的構成が示されていないものや解決方法について述べられていてもその物の構成によつてその解決がもたらされないものを除くものの、その物を製造するに足りる完全な製作図面もしくはその物自体が製造されていなければならないと解すべきではなく、製作図面等によつて課題の解決をもたらす具体的な物の具体的構成が示され、それによつて物の製造が一応可能となつている状況に至れば、物の発明としては完成しているというべきである。
これを本件について見るに、原告は富士製鉄から電動式ウオーキングビーム式加熱炉の引合を受け、同社に対し、見積仕様書(甲六号証の四九)等を提出したのであるが、右見積仕様書等によれば、当業者は当時原告が解決せんとしていた課題がいかなるものであり、またその課題を解決すべく具体的製品の基本的核心部分の構造がいかなるものかを読みとることができ、しかも証人【E】、同【G】、同【K】の各証言によれば、右見積仕様書等とその基礎となつた甲六号証に綴られた各種の計算もしくは図面を併せれば原告が当時製造しようとしていた電動式ウオーキングビーム式加熱炉の製造も可能であると認められるから、かかる事実を総合すれば、原告が右見積仕様書等を富士製鉄に提出したころには、原告は電動式ウオーキングビーム式加熱炉の発明を完成したと認めるのが相当である。
したがつて、以上によれば、前記被告らの主張は失当である。
もつとも証人【K】の証言によれば、現実に電動式ウオーキングビーム式加熱炉をつくるためには、さらに最終製作図(工作設計図)を作ることが必要であり、それには相当の日時を要することを認めることができ、しかも原告が右最終製作図をつくつてなかつたことは前記のとおりであるが、いまだ右事実をもつて発明が完成していないといえないことは前記のとおりであるから、右事実は前記認定を左右するものではない。
(五) また被告らは、原告は見積仕様書を提出したにすぎないから、いまだ事業の準備をしていたことにならない旨主張する。
しかしながら、先使用の制度は、特許発明出願の際、現に善意に国内において該特許発明と同一の技術的思想を有していただけでなく、さらに進んでこれを自己のものとして事実的支配下に置いていた者について、公平の見地から出願人に権利が生じた後においてもなお継続して実施する権利を認めたものと解すべきであり、かかる趣旨からすると、先使用権が発生するための要件である「事業の準備」をなしていたといいうるためには、いまだ試作や試験、研究の段階では足りないものの、
当該発明を完成し、その発明を実施の意図をもつて現実にその実行に着手した実績が客観的に認識されればそれで足りると解すべきである。
これを本件について見るに、前記認定の事実によれば、原告は富士製鉄に電動式ウオーキングビーム式加熱炉の見積仕様書等を提出したもののいまだ同社から注文を受けてなかつたため最終製作図は作成されていなかつたが、同社から注文を受け、広畑製鉄所との間で細部の打合せを行えば最終製作図面を製作可能な段階まで準備していたのであり、右事実に弁論の全趣旨および証人【G】の証言によつて認められる、ウオーキングビーム式加熱炉は引合から受注、納品に至るまで相当の期間を要し、しかも大量生産製品ではなく個別的注文をえて始めて生産にとりかかるものであり、あらかじめ部品等を買い備えるものでないことを併せ考えれば、原告が富士製鉄から引合を受け前記認定のとおり準備した以上、単なる試作、試験もしくは研究の域を越えて、現実にその準備に着手したというべきである。
してみると、原告の右行為は「事業の準備」に該るというべきであるから、これに反する前記被告らの主張は失当である。
4 ところで、特許法79条の規定によれば、先使用権の効力の及ぶ範囲は、先使用者が「その実施又は準備している発明及び事業の目的の範囲」であるが、ここにその実施または準備している「発明の範囲」とは必ずしも現に実施している構造のものに限られず、現に実施または準備してきた構造により客観的に表明されている発明の範囲にまで及ぶものと解すべきである。けだし、かように解することが前同条の文理にかなううえ、先使用者が発明の同一性をそこなわない範囲において実施してきた構造を変更した場合に、この変更した構造のものに先使用権の効力が及ばないとすることは、先使用者に構造の些細な変更をも許さず当初のものを強いる結果となり、先使用者にとつてあまりにも酷な結果を紹来し、特許権者と先使用者との間の公平を欠くものといわなければならないからである。
かかる観点に立つて、原告がA製品を発明したことによつて取得する先使用権の範囲について検討する。
一 本件特許発明の特許請求の範囲に原告主張のとおり記載されていることは前記のとおり当事者間に争いがなく、右争いのない特許請求の範囲の記載と、いずれも成立につき争いのない甲一号証の一(本件特許公報)および同号証の二(手続補正書)によれば、本件特許発明は、炉の耐火室を通して工作物を搬送する動桁型コンベアであつて、
(1) 工作物を交互に支持するための少なくとも二組のコンベアレール(64、
94)と、
(2) 該コンベアレールのうちの少なくとも一組(94)を他方のコンベアレール(64)に対して相対的に移動させるためのキヤリツジ(100)とを包含し、
(3) 前記コンベアレールの各々が複数個の工作物支持パツド(82)を有し、
(4)(イ) さらに前記キヤリツジ(100)の下側に沿つて延在する一対の平行桁(102)と、
(ロ) 該平行桁(102)の下側に配設され該平行桁および前記キヤリツジを支持し、かつ鉛直方向に往復動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(160)と、
(ハ) 該回転偏心輪による鉛直運動より独立して前記キヤリツジを水平方向に往復運動させるための水平駆動装置とを包含し、
(5) 前記偏心輪のそれぞれが前記平行桁の下側の個所を手持するための回転自在な外周環(192)を有している。
という構成要件に分説される。
二 ところで、A製品が別紙第二目録記載のとおりであることは前記のとおりであるから、A製品の構造と本件特許発明の右構成要件を比較対象すれば、A製品の技術思想が本件特許発明の全範囲に及ぶことが明らかである。
もつともA製品は、別紙第二目録1ないし4の装置部分を予定するものではあるが、本件特許発明の特許請求の範囲には、
(1) 単にウオーキングビームを駆動する装置として「回転偏心輪(160)」と記載されているだけであつて、該「偏心輪」と「偏心軸」の取付構造についてまでは何らの記載もないこと(2) 「偏心輪のそれぞれが……回転自在な外周環(192)を有し」と記載されているのみであつて、該「偏心輪」と「外周環(192)」とを回転自在とするためのベアリングの構造については何らの記載もないこと(3) 「平行桁の下側の個所を支持するための回転自在な外周環(192)」と記載されているだけであつて、ウオーキングビーム支持平行桁の横振れ防止構造については何らの記載もなされていないこと(4) 「鉛直方向に往復動させるための……回転偏心輪(160)」と記載されているのみであつて、「偏心輪駆動方法」については何らの記載もないことが明らかであり、右事実によれば、前記四つの装置部分はいずれも本件特許発明の必須要件ではなく、原告の取得した先使用権の範囲を何ら制限するものではない。
またこのことは、次のことからも明らかである。
すなわち、本件特許発明の作用効果が、
(1) 一回に複数の大きな鋼のスラブ、ブルームまたはビレツトを加熱して運搬する、それによつて工作物の一つ一つが全体にわたつて均一な温度に加熱される。
(2) 細長い工作物をたとえそれらが歪まされていても炉の中を横に有効に運ぶ。
(3) 別々にも同時にも垂直方向および水平方向に往復動をさせられる。
(4) 炉内の熱へのスラブの全表面積の有効な露呈を許す。
(5) スラブ・サポートとの接触によつて起こされる加熱されたスラブ表面傷やチル点を実際上除去し、縮小させる。
(6) 一五〇〇〇〇〇一bの総負荷を能率的に処理し、かつ操作し整備するに容易である単純で堅牢なものである。
ことはいずれも当事者間に争いがないところ、本件特許発明の右作用効果が前記四つの装置部分を備えることによつてもたらされる作用効果でないことは、本件特許発明の右作用効果と被告らの主張する右四つの装置部分によつてもたらされる作用効果(具体的には別表(二)記載のとおりである。)とを比較対象することによつて明らかである。してみると、結局右四つの装置部分は本件特許発明構成要件の一部を構成しているものではないというべきである。
したがつて、以上検討してきたところによれば、原告はA製品を発明したことによつて本件特許発明の技術思想と全く同一の発明をしたことになり、本件特許発明に含まれるすべての実施形式の先使用権を取得したことになるというべきである。
5 そこで以上の前提に立つて、原告がイ号製品を製造、販売しうべき先使用権を有するか否かについて検討するに、原告がA製品を発明することによつて本件特許発明に含まれるすべての実施形式について先使用権を取得したことは前記のとおりであり、このことにイ号製品が本件特許発明技術的範囲に含まれる(このことは当事者間に争いがない。)ことを併せ考えれば、A製品とイ号製品が別表(二)記載の構造もしくは方法において相違していることが本件特許発明との間でいかなる意味を有するかを検討するまでもなく、原告がイ号製品を製造、販売するにつき先使用権を有することは論理上明らかである。
してみると、被告らに対し、イ号製品の製造、販売の差止請求不存在確認を求める原告の請求は理由がある。
6 原告が本件特許発明のすべての実施形式について先使用権を有していることは前記のとおりであり、右事実に、原告が前記のとおりA製品の製造、販売の準備をしていたことからすると、原告の取得する先使用権実施形態は製造、販売だけに限定されず、すべての実施形態に及ぶと解すべきであることを併せ考えると、原告は本件特許権に対して、実施形式のみならず実施形態においても何らの制限を受けない先使用権を取得したというべきである。
そして、かかる場合には、原告はA製品もしくはイ号製品等具体的な製品を表示することなく、本件特許権に対する先使用権そのものの存在確認を求めることができると解すべきであり、しかも原告の先使用権の取得について原告と被告らとの間で争いがある以上、本件特許権に対する先使用権の存在確認を求める原告の請求は理由がある。
これに反する被告らの主張は採用しない。
6(一) 原告と被告らが工業炉の製造、販売に関して競争関係にあることは当事者間に争いがない。
(二) 原告は、「被告らが本件特許の出願公告後昭和五二年三月ごろまでの間、
日本鋼管株式会社その他の顧客に対し、口頭で、『原告が製造、販売しているウオーキングビーム式加熱炉は被告ミツドランドの出願公告中の権利を侵害するものである。』旨の虚偽の事実を陳述、流布した」旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
もつとも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲二二号証の一、
二によれば、原告は昭和五一年八月二日、新日本製鉄株式会社から同社釜石製鉄所向ウオーキングビーム式加熱炉をめぐつて被告ミツドランドとの間で特許侵害紛争が生じた場合原告が責任をもつて処理する旨の念書の差入を要求され、同年同月一一日付で右趣旨の念書を作成し新日本製鉄株式会社に提出したことを認めることができるが、いまだ右事実のみによつては前記原告の主張を認めることができず、他に原告の前記主張を認めるに足りる証拠はない。
また被告中外炉の取締役であつた【B】が昭和五二年二月二八日原告に架電したことおよび同年三月一七日高蔵製作所に来訪したことはいずれも当事者間に争いがなく、右争いのない事実に証人【E】の証言ならびに弁論の全趣旨を併せれば、原告は、被告ミツドランドの意向を受けた被告中外炉の取締役であつた右【B】から、原告が当時日本鋼管株式会社扇島製鉄所に建設中であつた電動式ウオーキングビーム式加熱炉が被告ミツドランドの出願公告中の権利を侵害しているから製造、
販売を止めるよう要求されたことを認めることができる。
しかしながら、不正競争防止法1条1項6号所定の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ陳述シ又ハ流布スル行為」とは、競争関係にある相手方に関する虚偽の事実を相手方の取引者等に陳述、流布するものであつて、相手方に対し直接虚偽の事実を陳述することは含まないと解するのが相当である。
してみると、前記【B】の原告に対する陳述は、仮にその内容が虚偽であつたとしても、同法1条1項6号所定の「他人ノ営業上ノ信用ヲ害スル虚偽ノ事実ヲ陳述」したことに該当しないというべきである。
したがつて、不正競争防止法を根拠とする原告の主張はいずれも失当である。
7 次に原告は、仮保護の権利につき何らの権限も有しない被告中外炉の前記【B】が原告に対しウオーキングビーム式加熱炉の製造、販売の停止を求めることは不法行為になる旨主張する。
右【B】が原告に対しウオーキングビーム式加熱炉の製造、販売の停止を要求したことは前記のとおりであるが、右【B】は仮保護の権利者である被告ミツドランドの意向を受けて原告に対し右製造、販売の停止を要求したこともまた前記のとおりであり、しかも仮保護の権利者が仮保護の権利を侵害していると思料される者に対して侵害行為の停止を求めることは、その手段もしくは態様が悪質である等特別の事情の存しない限り不法行為にならないと解するのが相当であるから、右停止を要求した【B】の言動に特に悪質であることを認めるに足りる証拠のない本件においては、右【B】の要求は不法行為に該当しないというべきである。
してみると、原告の前記主張は失当である。
二 反訴について 被告ミツドランドが本件特許権を有し、被告中外炉がその専用実施権を有すること、原告がイ号製品を製造、販売していること、イ号製品が本件特許発明技術的範囲に含まれることはいずれも当事者間に争いがないが、原告がイ号製品を製造、
販売することについて先使用権を有することは前記のとおりであるから、被告らの本件特許権もしくは専用実施権に基づく差止請求はすべて失当である。
三 まとめ 以上によれば、原告の本訴請求は、差止請求不存在確認および先使用権確認を求める限度で理由があるから、この限度で認容するが、原告のその余の請求および被告らの反訴請求はすべて失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担については民訴法89条92条
93条1項を適用して主文のとおり判決する。
追加
第一目録中第2図〜第6図、第二目録中図面一部、別紙(一)(二)及び付表(一)〜(四)、手続補正書及び特許広報(省略))イ号図面説明書一図面の説明第1図は加熱炉の側面断面図第2図は加熱炉の平面断面図第3図は加熱炉の横断面図第4図はコンベアレール駆動用の上下動駆動機構と水平動駆動機構の平面図第5図は往復キヤリツジの詳細を示す加熱炉の部分断面図第6図は回転偏心輪の拡大断面図二図面の詳細な説明工作物(80)を交互に支持するための少なくとも二組のコンベアレール(64、94)と、該コンベアレールのうちの少なくとも一組(94)を他方のコンベアレール(64)に対して相対的に移動させるためのキヤリツジ(100)とを包含し、前記コンベアレールの各々が複数個の工作物支持パツド(82)を有し、更に前記キヤリツジ(100)の下側に沿つて延在する一対の平行桁(102)と、該平行桁(102)の下側に配設され該平行桁(102)及び前記キヤリツジ(100)を支持し、かつ鉛直方向に往復動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(160)と、該回転偏心輪(160)による鉛直運動より独立して前記キヤリツジ(100)を水平方向に往復運動させるための水平駆動装置(158)とを包含し、前記回転偏心輪(160)のそれぞれが前記平行桁(102)の下側の個所を支持するための回転自在な外周環(192)を有していることを特徴とする炉(20)の耐火室(22)を通して工作物(80)を搬送するようにした左記の構造を有するウオーキングビーム式加熱炉。
1キヤリツジ(ウオーキングビーム)を駆動する偏心輪(160)と偏心軸の取付構造は、一体構造になつている。
2偏心輪(160)のベアリング構造は、偏心輪(160)と外周環の間にテーパーコロを左右対称に2列配置している。
3キヤリツジ(100)(ウオーキングビーム)支持平行桁(102)の横振れ防止構造は、偏心輪(160)の外周環には鍔がなく、別にビーム支持平行桁横振れ防止を設けた支持台で行なうようにしている。
4偏心軸駆動方法は、モーターが中心連結軸に直接取付けられておらず、減速機を介して間接的に取付けられている。
以上<12412-001>第二目録別添図面に見られるように、工作物(80)を交互に支持するための少なくとも二組のコンベアレール(64、94)と、該コンベアレールのうちの少なくとも一組(94)を他方のコンベアレール(64)に対して相対的に移動させるためのキヤリツジ(100)とを包含し、前記コンベアレールの各々が複数個の工作物支持パツド(82)を有し、更に前記キヤリツジ(100)の下側に沿つて延在する一対の平行桁(102)の下側に配設され、該平行桁(102)及び前記キヤリツジ(100)を支持し、かつ鉛直方向に往復動させるための少なくとも四個の回転偏心輪(160)と、該回転偏心輪(160)による鉛直運動より独立して前記キヤリツジ(100)を水平方向に往復運動させるための水平駆動装置(158)とを包含し、前記回転偏心輪(160)のそれぞれが前記平行桁(102)の下側の個所を支持するための回転自在な外周環(192)を有していることを特徴とする炉(20)の耐火室(22)を通して工作物(80)を搬送するようにした左記の構造を有するウオーキングビーム式加熱炉。
1キヤリツジ(100)(ウオーキングビーム)を駆動する偏心輪(160)と偏心軸の取付構造は、それぞれ単体のものをキイで留めた構造となつている。
2偏心輪(160)のベアリング構造は、偏心輪(160)と外周環の間に多数のニードルローラを単列に入れ、ローラの両側を側板で留めた総コロ軸受になつている。
3キヤリツジ(100)(ウオーキングビーム)支持平行桁(102)の横振れ防止構造は、偏心輪(160)外周環の両側に鍔がつけてあり、この鍔の間に平行桁の下部レールが嵌る構造となつている。
4偏心軸駆動方法は、中心軸に二組のモーターと電磁ブレーキを直接取付けた構造になつている。
<12412-002>
裁判官 加藤義則
裁判官 澤田経夫
裁判官 綿引
裁判官