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関連審決 無効2004-35090
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  慣用技術 /  試行錯誤 /  技術常識 /  容易に想到(容易想到性) /  不存在 /  設定登録 /  請求の範囲 /  公知事実 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10101号 審決取消請求事件
原告 三和計器株式会社
訴訟代理人弁理士 朝日奈宗太
同 秋山文男
被告 株式会社ニッコー
訴訟代理人弁理士 鈴江正二
同 木村俊之
訴訟代理人弁護士 宇津呂雄章
同 今西康訓
同 宇津呂修
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2004-35090号事件について平成16年8月5日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,被告が原告の有する特許について平成16年2月13日付けで無効審判を請求したところ,特許庁が同年8月5日に後記本件特許を無効とする審決をしたことから,原告がその取消しを求めて提起した訴訟である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「タクシーの表示灯」とする特許第3235312号発明(平成5年12月27日原告と鐘淵化学工業株式会社とが特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成13年9月28日設定登録。その後平成15年11月17日に原告が鐘淵化学工業株式会社の持分取得,以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成16年2月13日付けで,本件特許の請求項1及び4に係る発明についての特許を無効にすることについて審判の請求をした。
特許庁は,同請求を無効2004-35090号事件として審理した結果,同年8月5日,「特許第3235312号の請求項1及び4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本は,同年8月17日原告に送達された。
(2) 発明の要旨 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲請求項1〜4記載の発明の要旨は,下記のとおりである。
記 「【請求項1】前面に透視窓を設けたケースと,赤色発光可能な発光ダイオードエレメントと緑色発光可能な発光ダイオードエレメントが封入されて構成された多色発光可能な発光ダイオード素子を縦横にマトリックス状に配置し,その表示面を前記透視窓に向けた状態で前記ケース内に立設収納したLED表示パネルと,タクシーの現在の状態を示すタリフの表示文字パターンを予め記憶させたメモリ回路を内蔵し,タクシーメータから出力される制御信号に基づいて前記LED表示パネルに,タクシーの現在の状態を示すタリフをドットマトリックス文字で表示する点灯制御回路と,を備え,「空車」は赤色,「割増」は緑色で表示を行い,他は橙色で表示するタクシーの表示灯。
【請求項2】LED表示パネルの周囲に輝度の高い赤色発光ダイオード素子を複数個配置して注意喚起用の補助照明部を構成し,LED表示パネルの表示文字が空車であるときに,当該補助照明部を点灯可能に構成してなる請求項1記載のタクシーの表示灯。
【請求項3】ケースの下面及び上面に通気孔を開設し且つケース下面に脚部を形成して,ケース内部を通過してケース下方からケース上方に抜ける通風路を形成してなる請求項1又は2記載のタクシーの表示灯。
【請求項4】ケース背面には乗客用タリフ表示部が設けられているとともに,この乗客用タリフ表示部が,タリフの全種類又は主たるタリフの内容が記載された透光板と,その背後の対応位置に配置された発光ダイオード素子とから構成されている請求項1,2又は3記載のタクシーの表示灯。」 (なお,被告から特許無効の請求をなされているのは,請求項1及び請求項4であるので,以下,上記【請求項1】,【請求項4】記載の発明を「本件発明1」,「本件発明4」という。) (3) 審決の内容 ア 審決の詳細は,別添審決謄本写し記載のとおりである。その要旨とするところは,本件発明1,4は,実願昭50-158091号(実開昭52-70480号)のマイクロフィルム(審判甲1・本訴甲7,以下「甲7刊行物」という。),特開昭60-143392号公報(審判甲2・本訴甲8,以下「甲8刊行物」という。),特開平3-233491号公報(審判甲3・本訴甲9,以下「甲9刊行物」という。),実願昭63-33948号(実開平1-136995号)のマイクロフィルム(審判甲4・本訴甲10,以下「甲10刊行物」という。),特開平4-15685号公報(審判甲5・本訴甲11,以下「甲11刊行物」という。),「ハイヤー・タクシーに関する表示等の改正について(表示通達)」(平成元年7月21日東陸旅第2648号の2,東陸整第394号の2の2 関東運輸局東京陸運支局通達)(審判甲6・本訴甲13,以下「甲13刊行物」という。),「一般乗用旅客自動車運送事業用自動車の運賃等の表示について」(昭和57年6月7日高陸旅第421号高松陸運局長通達)(審判甲7・本訴甲14,以下「甲14刊行物」という。),実願平2-122927号(実開平4-79393号)のマイクロフィルム(審判甲8・本訴甲3,以下「甲3刊行物」という。),特開平3-255595号公報(審判甲9・本訴乙1,以下「乙1刊行物」という。),及び特開平5-205124号公報(審判甲10・本訴乙2,以下「乙2刊行物」という。)に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,その特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号に該当し,無効とすべきものであるというものである。
イ 一致点と相違点 なお,審決は,本件発明1と甲7刊行物に記載された発明(以下「甲7発明」という。)とを対比し,その一致点と相違点を,次のように摘示している。
一致点 「前面に透視窓を設けたケースと,表示面を前記透視窓に向けた状態で前記ケース内に立設収納した電気式の表示パネル(運行状態を外部に明示する表示器3)と,タクシーの現在の状態を示すタリフの表示文字パターンを予め内蔵し,タクシーメータから出力される制御信号に基づいて前記表示パネルに,タクシーの現在の状態を示すタリフを文字で表示する点灯制御回路と,を備えたタクシーの表示灯」 相違点a 「本件発明1の表示パネルは,赤色発光可能な発光ダイオードエレメントと緑色発光可能な発光ダイオードエレメントが封入されて構成された多色発光可能な発光ダイオード素子を縦横にマトリックス状に配置したLED表示パネルであるのに対し,甲第1号証の表示パネルは,何を用いているか特に記載がなく,不明な点」 相違点b 「本件発明1では,タクシーの現在の状態を示すタリフの表示文字パターンを予め記憶させたメモリ回路を内蔵し,かつ,前記LED表示パネルに,タクシーの現在の状態を示すタリフをドットマトリックス文字で表示する点灯制御回路を備えるのに対し,甲第1号証では,メモリ回路を用いておらず,表示パネルにタリフをドットマトリックス文字で表示するものでない点」 相違点c 「本件発明1では,「空車」は赤色・「割増」は緑色で表示を行い,他は橙色で表示するのに対し,甲第1号証では色彩についての開示がない点」 (4) 審決の取消事由 しかしながら,本件審決は,本件発明1と甲7発明との相違点についての判断を誤り(取消事由1〜3),本件発明1の商業的成功についての認定判断を誤り(取消事由4),また,本件発明4の進歩性の判断を誤った(取消事由5)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(相違点aについての判断の誤り) 審決は,前記相違点aについて,「甲第8号証(判決注,「甲3刊行物」)に記載されているように,「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示することは周知慣用技術である(他に必要であれば「実願平2-33868号(実開平3-125389号)のマイクロフィルム(判決注,甲4,以下「甲4刊行物」という。)」「実願平2-66593号(実開平4-23546号)のマイクロフィルム(判決注,甲5,以下「甲5刊行物」という。)」「実願昭62-52163号(実開昭64-22552号)のマイクロフィルム(判決注,甲6,以下「甲6刊行物」という。)」等を参照。)。一方,甲第1号証(判決注,「甲7刊行物」)記載の発明では表示装置は特に特定しておらず,タクシーの表示灯は車外に向けて文字情報を表示する手段であり,電気的に制御してタリフの表示ができればどのような表示手段でも採用できるものであり,周知の各種表示手段を適用することは,当業者が必要に応じて適宜選択する程度の設計的事項であると認められる。さらに,甲第6号証(判決注,「甲13刊行物」)及び甲第7号証(判決注,「甲14刊行物」)に記載されているように,通達により「空車」と「割増」は赤と緑に規定されていることから,赤色と緑色の表示は必須であり,この色は甲第1号証(判決注,「甲7刊行物」)に記載の発明のタリフの表示においても当然考慮すべき点と認められる。以上の点から,表示手段として赤色発光可能な発光ダイオードエレメントと緑色発光可能な発光ダイオードエレメントが封入されて構成された多色発光可能な発光ダイオード素子を縦横にマトリックス状に配置したLED表示パネルを用いることは周知であり,タクシーの表示灯に発光ダイオードを用いることも周知慣用技術であることから,甲第1号証(判決注,「甲7刊行物」)記載の発明において,表示パネルとして甲第2〜5号証(判決注,前記のとおり)に記載のLED表示パネルを適用することは,当業者が容易に想到し得た」(同23頁第2段落〜第4段落)と判断したが,誤りである。
(ア) まず,上記「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」(審決謄本23頁第2段落)に関し,確かに,甲3刊行物には,「第4図に示す如く,空車状態及び迎車状態などを表示する表示体(20)が,前後の表示面(21)(22)に発光ダイオード(23)(24)を配設して,これを点灯させるように構成されていると共に,同表示体(20)は運転者の手元操作により切換表示が行われる」(明細書1頁最終段落〜2頁第1段落)とし,LED表示体が従来技術として記載されているが,本件特許出願時,このようなLEDを用いたタクシーの表示灯は,市場に全く出回っていなかっただけでなく,カタログも存在せず,タクシーのタリフ表示体としては,ほぼすべてのタクシーに,フィルム形式のものが使用されていた。また,審決が引用する上記甲4刊行物及び甲5刊行物は,車両の屋根の上部に設置する車両用表示体に関するものであって,本件発明1の車内の「運転席前方のダッシュボード上に設置」(本件明細書〔甲22〕の段落【0002】)される表示灯とは全く異なり,甲6刊行物は,「取付式表示板・太陽電池集光板付室内バックミラー」(考案の名称)に関するものであって,ダッシュボード上に設置する空車表示とは別の装置であることが明記されている(明細書1頁最終段落)。したがって,甲3刊行物の上記記載及び甲4〜6刊行物を根拠に,「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」が周知慣用技術であったと認めることはできない。
(イ) 次に,上記(ア)のとおり,タクシーの表示灯にLEDを用いることが周知慣用技術であったと認めることができない以上,任意の文字から成る各種のタリフを多色表示することが可能な表示装置として,CRTやEL(electroluminescence)表示装置,プラズマ・ディスプレイ・パネルに代表される放電型表示装置,パッシブマトリックス方式やアクティブマトリックス方式の各種液晶表示装置など,様々な表示装置の中から,タクシーの表示灯として最適な表示装置を選択するには,多大な試行錯誤を要するのであって,本件特許出願時,わずか3色,地色の黒色を入れても4色しか表示できなかったLED表示パネルをあえて選択することは,「当業者が必要に応じて適宜選択する程度の設計的事項」(審決謄本23頁第3段落)であるということはできない。
また,審決が引用する甲3刊行物は,LED表示パネルについて,「発光ダイオード・・・を点灯する構造であるために,構造が複雑であるとともに消費電力が多く,また,表示の種類について制約を受けていた」(明細書2頁第2段落)との記載があり,LED表示パネルは,タクシーの表示灯としては不適切であるとして選択せず,液晶表示体を選択していることが読み取れるのであるから,甲7発明のタクシーの表示灯について,様々な表示装置の中からLED表示パネルを適用することを阻害するものというべきである。
(ウ) また,審決は,甲7発明のタクシーの表示灯にLED表示パネルを適用することにより奏することができる作用効果について,「適用に際して発生する効果,「タリフ表示の切替えを瞬時に行うことができるので,乗客降車後の次の顧客の獲得機会を逃すことが少ない。」,「LED表示パネルは照明ランプに比べて長寿命であり,営業途中で動作不能になるような事故が発生することはなく,長期間にわたって安定使用できる。」・・・は,LED表示パネル自体が持つ効果を商業的に表現しているのみであり,十分予測可能な範囲である」(審決謄本23頁下から第2段落)とした。
しかしながら,上記「タリフ表示の切替えを瞬時に行うことができるので,乗客降車後の次の顧客の獲得機会を逃すことが少ない」との効果は,タリフ表示部にドットマトリックス式のLED表示装置を用いることにより可能となったものであるが,甲7刊行物には,ドットマトリックス式のLED表示装置を用いることは開示されておらず,乙2刊行物は,表示装置一般に関するものであり,タクシーの表示灯において,上記の技術的課題を示唆するものではない。また,上記「LED表示パネルは照明ランプに比べて長寿命であり,営業途中で動作不能になるような事故が発生することはなく,長期間にわたって安定使用できる」との効果は,本件発明1が,タクシーの表示灯にLED表示パネルを用いることにより可能となったものであるが,甲7刊行物には,LED表示パネルを用いることは開示されておらず,甲8刊行物は,「運転者に安全な運転を行なわせるための車両用標識装置」(1頁左下欄〔発明の技術分野〕)に関するものであり,機械的駆動機構を採用することによる営業途中の動作不能を防止するという課題は存在せず,甲9〜甲11刊行物も,表示パネル一般に関するもので,当然このような課題は存在しない。
したがって,本件発明1の奏する作用効果は,充分予測可能なものということはできない。
(エ) さらに,審決は,「被請求人(判決注,原告)は答弁書において,“本特許権者は,運輸省(当時)に働きかけを行ない,その結果,黒地に赤,緑,燈となる本件発明1の表示灯を認める通達が出されている。このことからも,本件発明の出願当時,黒地に限定色の表示しかできないLED表示パネルをタクシーの表示灯に用いることができなかったことは,明らかである。”旨,述べている・・・。しかし,通達に採用されたことと本件発明が進歩性を有することは無関係である」(審決謄本24頁第2段落)とした。
しかしながら,本件特許出願時には,タクシーの表示灯としては,白地に赤文字又は赤地に白文字や白地に緑文字又は緑地に白文字などの配色しか採用することができず,黒地に限定色(赤,緑,橙)の表示しかできないLED表示パネルをタクシーの表示灯にそのまま用いることができないというのが当業者の技術常識であり,タクシーの表示灯として白色を表示できないLED表示パネルを使用しようとする動機付け自体が阻害されていたというべきである。
イ 取消事由2(相違点bについての判断の誤り) 審決は,前記相違点bについての判断において,「甲第8号証(判決注,「甲3刊行物」)に係わる前記被請求人の主張について,甲第8号証記載の発明は,LED表示パネルをタクシーのタリフとして用いる従来例の構成であり,発光ダイオードを点灯する場合,「構造が複雑であると共に消費電力が多く,また,表示の種類について制約を受けていた」という問題を解決するため,「液晶表示にて表示する表示部」を設ける構成ではなく,甲第1号証(判決注,「甲7刊行物」)に甲第2〜5号証(判決注,「甲8刊行物」以下)を適用するに橋渡しとなる技術としてなんら矛盾は生じ得ない」(同27頁第1段落)としたが,誤りである。
すなわち,上記のように,LEDを用いたタクシーの表示灯が記載された刊行物を根拠として,そのようなタクシーの表示灯が,当業者に周知慣用技術であったと認めることができないだけでなく,多色発光についても全く示唆されていない以上,甲3刊行物記載の発明は,甲7発明に甲8〜11刊行物記載の技術的事項を適用するための橋渡しとなる技術ということはできない。 ウ 取消事由3(相違点cについての判断の誤り) 審決は,前記相違点cについて,「甲第6号証(判決注,「甲13刊行物」)及び甲第7号証(判決注,「甲14刊行物」)に記載された通達により,「空車」を赤色とし,「割増」を緑色とすることが規定されている以上,通達に沿う構成を遵守することとなるから,その色を表示するような構成となすことは容易に想到し得た」(審決謄本27頁最終段落)と判断したが,誤りである。
すなわち,甲13刊行物及び甲14刊行物の各通達により「空車」や「割増」などの文字の色を特定のものとすることができたとしても,「通達に沿う構成を遵守することとなる」のであれば,地色を白色,又は赤や緑の地色に対して白抜き文字とするという構成についても遵守すべきであり,フィルム式のタクシーの表示灯では,これを遵守して地色を赤色又は緑色とし文字を白色としている。本件発明1では,「「空車」は赤色,「割増」は緑色で表示を行い,他は橙色で表示」するものであり,一つの発光ダイオード素子が赤色発光と緑色発光の素子から構成されているとすると,赤色発光素子を発光させると赤色,緑色発光素子を発光させると緑色,両方を発光させると橙色になり,この3色を表示するためには,文字以外の部分は両発光素子を発光させない黒色にするしか方法がなく,必然的に地色は黒色となる。上記各通達では,地色は白色,又は赤や緑の地色に対して白抜き文字としており,本件特許出願時,タリフ表示としてはそのほとんどが地色が赤色又は緑色で文字が白色であるフィルム式表示板しか使用されていなかったことを考慮すれば,地色が黒色となるLED表示パネルとする動機付けが阻害されていたというべきである。
エ 取消事由4(本件発明1の商業的成功についての認定判断の誤り) 審決は,本件発明1の商業的成功について,「本件出願の公開後に本件発明と似た多くのタクシー表示灯が各社から販売されているとしても,そのことをもって本件発明がパイオニア発明であるとはいうこともできないし,商業的成功は,社会のニーズ,販売方法,宣伝活動等によって大きく影響されるものである。
被請求人主張のように,商業的成功があったとしても,本件発明の進歩性を認めることはできない」(審決謄本28頁第1段落)としたが,誤りである。
すなわち,本件発明1は,単にLED表示パネルを用いたタクシーの表示灯という点のみで,商業的成功を収めているのであり,進歩性を否定すべき理由はない。本件発明1のタクシーの表示灯は,その発売開始後,複数のタクシー会社で採用され,また,他の複数のメーカーも追随してLEDを用いたタクシーの表示灯の販売を行なっているのであり,当業者の間で長らく未解決であったニーズを充足し,かつ,それにより商業的利益を得ているものであることは明らかであって,その商業的成功は,本件発明1の進歩性を裏付ける根拠として考慮されるべきである。
オ 取消事由5(本件発明4の進歩性の判断の誤り) 上記のとおり,本件発明1と甲7発明との相違点a〜cについての審決の判断は誤りであるから,「相違点a〜cについては,すでに検討したとおりである」(審決謄本28頁下から第2段落)として,本件発明4の進歩性を否定した審決の判断も誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)(2)(3)の各事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論 本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1) 取消事由1について ア 甲3〜6刊行物は,「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯」という点で共通し,これらの刊行物には「発光ダイオードを多数配列したLEDにより表示すること」が記載され,殊に,甲3刊行物の「従来の技術」欄に「従来,タクシーなどの車輌では,第4図に示す如く,空車状態及び迎車状態などを表示する表示体(20)が,前後の表示面(21)(22)に発光ダイオード(23)(24)を配設して,これを点灯させるように構成されていると共に,同表示体(20)は運転者の手元操作により切換表示が行われるものが存在する」(明細書1頁最終段落〜2頁第1段落)との記載,上記各刊行物の頒布時(甲6刊行物の頒布時は,本件特許出願の4年半以上前の平成元年である。),刊行物の数等に照らせば,「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」(審決謄本23頁第2段落)を周知慣用技術であるとした審決の認定に誤りはない。
イ 甲3刊行物は,本件特許出願前に日本国内において頒布された刊行物であり,甲7発明に甲8〜11刊行物記載のLED表示パネルを適用する動機付けを示唆するものというべきであり,その適用を阻害する要因も存在しない。
ウ 甲7発明のタクシーの表示灯に周知のLED表示パネルを適用することは容易であり,そうである以上,その奏する作用効果も当業者に予測可能である。
エ 原告が引用する通達は,本件特許出願前にタクシーの表示灯に限定色(赤,緑,橙)のLED表示パネルを採用することが技術的に不可能ないし相当に困難だったことを意味するものではない。限定色(赤,緑,橙)のLED表示パネル自体は,本件特許出願前に周知であり,技術的見地からみた場合には,タクシーの表示灯に周知のLED表示パネルを適用することを阻害する要因はなく,通達等の規制の存在ないし不存在と,技術的見地からみた発明の容易想到性の判断とは,無関係というべきである。
(2) 取消事由2について 「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」(審決謄本23頁第2段落)は少なくとも公知であるから,当該公知事実に接した当業者が,甲7発明に甲8〜11刊行物記載のLED表示パネルを適用することは容易というほかなく,また,甲3刊行物は,その適用の動機付けを示唆するものである。
(3) 取消事由3について 本件発明1に係る特許請求の範囲【請求項1】は,単に「「空車」は赤色,「割増」は緑色で表示を行い,他は橙色で表示する」と記載され,地色を黒色とすることは記載されていないから,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,失当である。また,技術的見地からみた場合には,タクシーの表示灯に周知のLED表示パネルを適用することを阻害する要因がないことは上記(1)エのとおりである。
(4) 取消事由4について そもそも,商業的成功のような非技術的要因は,あくまでも,進歩性の一般的判断手法を補強し又は傍証的に利用することができるものにすぎず,本件発明1の進歩性を基礎付けるものではない。
(5) 取消事由5について 上記のとおり,本件発明1と甲7発明との相違点a〜cについての審決の判断に誤りはなく,「相違点a〜cについては,すでに検討したとおりである」(審決謄本28頁下から第2段落)として,本件発明4の進歩性を否定した審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の要旨)・(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下においては,本件審決の適否につき,原告の取消事由ごと判断することとする。
2 取消事由1について (1) 原告は,まず,甲3刊行物の上記記載及び甲4〜6刊行物を根拠に,「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」(審決謄本23頁第2段落)が周知慣用技術であったと認めることはできないと主張する。
そこで,甲3刊行物について見ると,本件特許出願より1年以上前である平成4年7月10日頒布の甲3刊行物には,「本考案は,タクシー等の車輌内部に設置して空車状態や迎車状態等の状態表示ができる車輌用表示体に関するものである」(明細書1頁下から第2段落),「従来,タクシーなどの車輌では,第4図に示す如く,空車状態及び迎車状態などを表示する表示体(20)が,前後の表示面(21)(22)に発光ダイオード(23)(24)を配設して,これを点灯させるように構成されていると共に,同表示体(20)は運転者の手元操作により切換表示が行われるものが存在する」(同1頁最終段落〜2頁第1段落)と記載され,これらの記載によれば,「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示することが開示されていると認めることができる。また,本件特許出願より2年以上前である平成3年12月18日頒布の甲4刊行物,及び同じく1年以上前である平成4年2月26日頒布の甲5刊行物には,車両の上部に設置するものではあるが,「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示することが記載され,同じく4年以上前である平成元年2月6日頒布の甲6刊行物には,「取付式表示板・太陽電池集光板付室内バックミラー」(考案の名称)に関するものではあるが,「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示することが記載されている。そして,タクシーの表示灯が,車両の内部,外部で使用されていることは当裁判所に顕著であり,本件発明1において,タクシーの表示灯の設置場所について,特に限定はないから,ダッシュボード上に設置する空車表示と限定して解釈することはできない。そうすると,本件特許出願より1年ないし4年以上前に頒布された甲3〜5刊行物のタクシーの表示灯についての上記各記載から,「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」は,慣用技術であったかどうかは別として,本件特許出願時に周知技術であったことは優に認めることができるというべきである。
(2) 原告は,様々な表示装置の中から,タクシーの表示灯として最適な表示装置を選択するには,多大な試行錯誤を要するのであって,本件特許出願時,わずか3色,地色の黒色を入れても4色しか表示できなかったLED表示パネルをあえて選択することは,「当業者が必要に応じて適宜選択する程度の設計的事項」(審決謄本23頁第3段落)であるということはできないと主張する。しかしながら,「「空車」,「賃走」等のタクシーの現在の状態を車外に知らせるためのタクシーの表示灯において,発光ダイオードを多数配設したLEDにより表示すること」は,本件特許出願時に周知技術であったことは上記(1)のとおりであり,また,「甲第3(判決注,「甲9刊行物」)及び4号証(判決注,「甲10刊行物」)に記載されているように,表示パネル一般の分野において,赤色発光可能な発光ダイオードエレメントと緑色発光可能な発光ダイオードエレメントで構成された多色発光可能な発光ダイオード素子を縦横にマトリックス状に配置したLED表示パネルは周知であり,甲第5号証(判決注,「甲11刊行物」)に記載されているように,赤色発光可能な発光ダイオードエレメントと緑色発光可能な発光ダイオードエレメントが封入されて構成された多色発光可能な発光ダイオード素子を縦横にマトリックス状に配置したLED表示パネルも周知である」(審決謄本22頁最終段落〜23頁第1段落)ことは,原告の自認するところである。そうすると,甲7発明のタクシーの表示灯に甲8〜11刊行物記載の周知のLED表示パネルを適用することは,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に想到し得たものと認められる。
原告は,甲3刊行物には「発光ダイオード・・・を点灯させる構造であるために,構造が複雑であると共に消費電力が多く,また,表示の種類について制約を受けていた」(明細書2頁第2段落)との記載があり,LED表示パネルは,タクシーの表示灯としては不適切であるとして選択せず,液晶表示体を選択していることが読み取れるのであるから,甲7発明のタクシーの表示灯について,様々な表示装置の中からLED表示パネルを適用することを阻害するものであると主張する。しかしながら,甲3刊行物の上記記載は,「(ロ)従来技術 従来,タクシーなどの車輌では,第4図に示す如く,空車状態及び迎車状態などを表示する表示体(20)が,前後の表示面(21)(22)に発光ダイオード(23)(24)を配設して,これを点灯させるように構成されていると共に,同表示体(20)は運転者の手元操作により切換表示が行われるものが存在する。(ハ)考案が解決しようとする課題 ところが,上記表示体(20)は発光ダイオード(23)(24)を点灯する構造であるために,構造が複雑であると共に消費電力が多く,また,表示の種類についても制約を受けていた」(明細書1頁最終段落〜2頁第2段落)との記載の一部であり,当該記載は,タクシーの表示灯において発光ダイオードが使用されていたこと及び発光ダイオードの構造と消費電力についての特徴を記載したものである。発光ダイオードの構造が複雑であり,その消費電力が多いことは,これを用いる際に考慮しなければならない要因ではあるが,その解決が困難であると認めることはできないから,タクシーの表示灯において,機械式の表示装置に代えてLED表示パネルを適用することを阻害するほどのものとまでは認められない。
したがって,原告の上記主張は採用の限りではない。
(3) 原告は,本件発明1の奏する「タリフ表示の切替えを瞬時に行うことができるので,乗客降車後の次の顧客の獲得機会を逃すことが少ない」との効果及び「LED表示パネルは照明ランプに比べて長寿命であり,営業途中で動作不能になるような事故が発生することはなく,長期間にわたって安定使用できる」との効果は,予測可能なものではない旨主張する。
しかしながら,実願昭61-15001号(実開昭63-57693号)のマイクロフィルム(乙3)及び実願昭60-133853号(実開昭62-41175号)のマイクロフィルム(乙4)によれば,機械式表示装置と比較した場合,LED表示装置は,電子式に切換が行われていることから,切替に優れ,長寿命であり,故障が少ないことは,本件特許出願時,当業者の技術常識であったと認めることができ,原告主張の上記各効果は,いずれも,LED表示装置をタクシーの表示装置として使用した場合に,当業者が上記技術常識から当然に予測し得る効果にすぎないというほかはない。したがって,原告の上記主張も採用することができない。
(4) 原告は,本件特許出願時には,タクシーの表示灯としては,白地に赤文字又は赤地に白文字や白地に緑文字又は緑地に白文字などの配色しか採用することができず,黒地に限定色(赤,緑,橙)の表示しかできないLED表示パネルをタクシーの表示灯にそのまま用いることができないというのが当業者の技術常識であり,タクシーの表示灯として白色を表示できないLED表示パネルを使用しようとする動機付け自体が阻害されていたと主張する。
本件発明1は,地色について明示的な記載はないが,一般に,LEDの消灯時の色は黒であるという技術常識に照らせば,地色は黒色であると認めることができる。しかしながら,LEDの輝度を十分確保して,地色以外は,甲13刊行物及び甲14刊行物の各通達に従い,「空車」は赤色,「割増」は緑色,他は橙色でLEDを発光表示させた場合,地色が白の場合に比較し,見やすさに問題が生じるとは認められないから,LED表示パネルをタクシーの表示灯に採用することに,技術上の阻害要因があったとは認められない。そして,一般乗用旅客運送事業者に対し,甲13刊行物及び甲14刊行物の各通達に記載された規制があり,その改定がなければLED表示パネルをタクシーの表示灯にそのまま用いることができないとの認識が当業者にあったとしても,通達上の規制が発明に係る研究開発を制限するものでないことは明らかであるから,本件発明1を発明するに際して,上記各通達により動機付け自体が阻害されていたと認めることはできず,原告の上記主張も採用することができない。
(5) 以上検討したところによれば,審決の相違点aについての判断に誤りはなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。
3 取消事由2について 原告は,LEDを用いたタクシーの表示灯が当業者に周知慣用技術であったと認めることができないだけでなく,多色発光についても全く示唆されていない以上,甲3刊行物記載の発明は,甲7発明に甲8〜11刊行物記載の技術的事項を適用するための橋渡しとなる技術ということはできないと主張する。
しかしながら,LEDを用いたタクシーの表示灯が本件特許出願時に当業者に周知技術であったことは,上記2(1)で説示したとおりであり,多色発光可能な発光ダイオード素子を縦横にマトリックス状に配置したLED表示パネルも周知であることは,上記2(2)のとおりである。他方,甲3刊行物には,発光ダイオードの構造が複雑であり,その消費電力が多いとの問題を解決するため(明細書2頁第2段落),タクシーの現在の状態を示すタリフを液晶により表示する表示体(同1頁「実用新案登録請求の範囲」)が記載されている。また,甲7発明として,「前面に表示窓を設けた筐体10と,表示面を前記表示窓に向けた電気式の表示器3と,タクシーの現在の状態を示す「空車」や「割増」等のタリフの表示文字パターンを予め内蔵し,タクシーメータから出力される制御信号に基づいて前記表示器3に,タクシーの現在の状態を示すタリフを文字で表示する点灯制御回路と,を備えたタクシーの表示灯」(審決謄本11頁第3段落)を認めることができることは原告の自認するところである。そうすると,甲3,7〜11刊行物に接した当業者は,甲7発明のタクシーの表示灯に,甲3刊行物の液晶による表示体を適用できるのと同様に,甲8〜11刊行物記載の周知のLED表示パネルを適用することを容易に想到することができるというべきであり,甲3刊行物記載の発明は,甲7発明に甲8〜11刊行物記載の技術的事項を適用するための橋渡しとなる技術ということができるから,原告の上記主張は採用することができない。
したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。 4 取消事由3について 原告は,甲13刊行物及び甲14刊行物の各通達では,地色は白色,又は赤や緑の地色に対して白抜き文字としており,本件特許出願時,タリフ表示としてはそのほとんどが地色が赤色又は緑色で文字が白色であるフィルム式表示板しか使用されていなかったことを考慮すれば,地色が黒色となるLED表示パネルをする動機付けが阻害されていたというべきであると主張する。
しかしながら,上記各通達に記載された規制があり,その改定がなければLED表示パネルをタクシーの表示灯にそのまま用いることができないとの認識が当業者にあったとしても,これが阻害要因になるものとは認められないことは,上記2(4)のとおりであるから,原告の取消事由3の主張も理由がない。
5 取消事由4について 原告は,本件発明1の商業的成功は,本件発明1の進歩性を裏付ける根拠として考慮されるべきであると主張するが,甲7発明並びに甲8〜11刊行物,甲13,14刊行物及び乙1,2刊行物に記載された発明に基づいて本件発明1の構成が容易に想到可能である以上,その構成から奏される効果も当業者であれば当然予測し得るものであり,原告が主張する本件発明1の商業的成功は,本件発明1の進歩性を基礎付けるものではない。したがって,原告の取消事由4の主張も理由がない。
6 取消事由5について 上記のとおり,本件発明1と甲7発明との相違点a〜cについての審決の判断に誤りはなく,その誤りを前提とする原告の取消事由5の主張も理由がない。
7 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉