関連ワード | 自然法則 / 反復(反復可能性) / 技術的思想 / 創作性(創作) / 物の発明 / 方法の発明 / 使用方法 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 特許発明 / 実施 / 構成要件 / 請求の範囲 / 減縮 / |
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事件 |
昭和
57年
(ネ)
2566号
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1984/04/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
本件控訴を棄却する。 控訴費用は、控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
一 控訴人1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、原判決添付の別紙物件目録記載のメタルインサート及びインサート受金具を製造、販売してはならない。 3 被控訴人は、被控訴人の本店、倉庫、営業所に存する右2記載の各物件を廃棄せよ。 4 被控訴人は、控訴人に対し、金三六五万九三九二円及びこれに対する昭和五六年五月九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。 5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。 6 仮執行の宣言。 (なお、控訴人は、本訴請求中金員の支払いを求める請求を、当審において、右4の範囲に減縮した。)二 被控訴人 主文同旨の判決。 |
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当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるので、これを引用する。 一 原判決の八枚目表七行目の「一億二〇〇万円」を「三六五九万三九二三円」と、同表九行目、同裏五行目及び同裏九行目の各「一〇二〇万円」をいずれも「三六五万九三九二円」と、それぞれ訂正する。 二 控訴人の補足した主張1 本件発明の構成について ブレキヤスト鉄筋コンクリート板(PC板)に埋め込むインサートの取付方法に係る方法発明としての本件発明の要点は、型枠定盤に取り付けられた棒状のインサート支持治具とインサートとを、円筒状のパイプを仲介体として結合して、適度に固定することにある。仲介体であるパイプと被仲介体である支持治具との結合(以下「A結合」ともいう。)が先になされるか、仲介体であるパイプと被仲介体であるインサートとの結合(以下「B結合」ともいう。)が先になされるかの手順は、 本件発明においてはどちらでもよいのであつて、その点に本件発明の要点があるわけではなく、パイプという仲介体を利用してインサートを取り付けるというのが本件発明の要点なのである。 このことは、本件明細書の発明の詳細な説明及び添付図面の記載に照らし明らかである。すなわち、本件明細書中の発明の詳細な説明の項の記載、殊に「即ちこの発明はインサートの支持治具の外側からパイプで締付けてインサートを固定する方法を提供するものである。」との記載及び添付図面を参酌すると、インサート取付方法としての本件発明の要点は支持治具とインサートとを結合するのにパイプという仲介体を利用することにあることが明白である。しかも、右発明の詳細な説明に記載されている本件発明の目的(インサートをPC板に直角に埋め込むこと)から見ても、はたまた右発明の詳細な説明及び右添付図面に記載されている乃至は該記載によつて認められる本件発明の作用効果(コンクリートを攪拌するバイブレーシヨンによつてインサートの位置姿勢が影響を受けないこと、コンクリートミルクがパイプの内面に侵入するのを防ぎ得ること、インサートをPC板表面より深いところに、インサートとコンクリートとの接触面積が多くなるように〈これによつて大きな引つ張り強度が得られる。〉、しかもインサートの開口部がPC板表面に出ないようにして〈これによつてインサート開口部に錆が出るのを防ぎ得る。〉埋め込むことができること、コンクリート固化後PC板を型枠定盤から簡単に脱型できること、型枠定盤に取り付けられた支持治具はPC板の再製造にそのまま反復して使用することができること等)の点から見ても、パイプによる支持治具とインサートとの結合をAーB結合の手順でするかBーA結合の手順でするかはどうでもよいことであることが明白である。別言すれば、結合手順の相違によつて、本件方法発明の目的適合性や作用効果に消長はないことが本件明細書中の発明の詳細な説明の記載及び添付図面によつて明らかとされているのである。 ところで、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定められなければならないことは言うまでもないが、明細書の特許請求の範囲の記載の全てが当該特許発明の構成要件の記載であるとは限らない。そこには当該特許発明の構成要件ではないことも当該特許発明の説明のため記載されることがある。 明細書の特許請求の範囲の記載のうちどの部分が当該特許発明の構成要件の記載であり、どの部分がそうでないかは、明細書の発明の詳細な説明の項の記載や願書に添付した図面の記載や当該特許発明に係る技術分野における技術水準や出願にいたつた過程等を適宜参酌してこれを判断しなければならないことは当然であつて、当該記載が当該特許発明の目的達成のため必須のものについての記載でもなければ、 当該発明所期の作用効果と関係のあるものについての記載でもないならば、当該記載は、当該特許発明の構成要件の記載ではないと言わなければならない。このことは手順の記載についてもあてはまり、手順の記載だからといつて当然にその例外をなすものではない。方法発明の場合、手順の記載は、多くの場合当該発明の構成要件をなすであろうが、それは多くの場合、記載の手順によらなければ当該発明の目的を達し得ず、当該発明所期の作用効果を得られないからにほかならない。手順の記載だからと言つてこれを特別扱いにし、手順の記載は当然に当該発明の構成要件であるとするのは誤りである。 右の観点から本件明細書の特許請求の範囲の記載をみれば、そのうちのA結合とB結合の手順としてAーB結合を記載した部分は、本件特許発明の構成要件に関しない記載部分であると言わざるを得ないのである。すなわち、右特許請求の範囲には、PC板におけるインサート取付方法として、支持治具とインサートとを固定するために仲介体としてパイプを利用することが記載されていて、これが本件発明における必須の核心的要件であり、これによつて本件発明は十分に特定されるのである。そこには、偶々、仲介体であるパイプの利用方法の具体的説明がAーB結合による場合を例にとつてなされているが、BーA結合の手順による場合を例にとつて記載されてもよかつたのである。本件明細書の特許請求の範囲における右の手順ないしは経時的順序に係る記載は、方法発明としての本件発明を特定しこれを特徴付けるところの、仲介体としてのパイプを利用するという新規なインサート取付方法についての、単なる具体的な使用方法を説明したものであるにすぎず、したがつて、該部分は、本件発明を構成しこれを特定する要素を記載したものとはいえず、 結合手順の相違によつて本件発明の同一性が左右されるものではない。 この点に関し、被控訴人は、BーA結合の手順による方がAーB結合の手順によるよりもインサート取付の作業能率が上がるから、結合手順の相違は作用効果の相違を生ぜしめるとし、これをもつて結合手順の問題を本件特許発明の構成要件とする論拠の一つとしている。なるほどBーA結合の手順による方がAーB結合の手順によるよりもインサート取付の作業能率は上がる。しかしこれは分かり切つたことであつて当然すぎる程当然のことである。さればこそ控訴人も当初から、本件特許方法を実施するPC板製造業者に対して、控訴人において予めB結合をしたもの、 すなわちパイプにインサートをセツトしたものを販売してきているのである。それゆえインサート取付作業の能率の問題は、本件発明所期の作用効果としては考慮外に置かれた問題であり、本件発明所期の作用効果とは無関係である。そもそもインサートの取付けをAーB結合によつてするかBーA結合によつてするかの手順の問題のごときは、いずれの手順にせよ、これを「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」とは言えないのであつて、およそ発明たり得ないのであるから、発明の要素の一部ともなり得ないものである。そうだとすれば、本件発明所期の作用効果に関係のない作用効果を問題とし、およそ発明たり得ないものを発明の要素の一つとする被控訴人の前記主張が謬見であることは明らかである。しかも、 本件発明の特許出願前の従来技術との対比によつて本件発明を考察しても、本件発明のインサート取付方法が従前のものと決定的に違う点は、支持治具とインサートとを結合するため仲介体としてパイプを利用することにあるのであつて、右のようにパイプを利用することによつて取付工程における作業能率上の利点を放棄してしまうことは夢想だにしなかつたものということができる。したがつて、本件発明の実施の際、インサート取付工程における作業能率を考慮して、先ずパイプにインサートをセツトし、次いでこれを支持治具に圧入固定するという手順によるのは至極当然のことであり、このBーA結合による手順は、本件発明が当然のこととして予定している手順というべきである。 2 本件イ号物件が本件発明の実施にのみ使用する物であることについて 特許法第101条第2号にいう「その発明の実施にのみ使用する物」に当たるか否かは、当該の物が、産業上、その発明の実施の他に使用することができないか否かによつて定まるものと解するのが相当である。したがつて、当該の物が、技術的に、その発明の実施の他に使用することができないかもしくは不適当である場合のみならず、経済的に(価格、手数の点のみならず商慣習、取引慣行等もこの見地から問題になる。)、その発明の実施のほかに使用することができないかもしくは不適当である場合も、産業上、その発明の実施のほかに使用することができない場合に当たるものというべきであるから、当該の物は「その発明の実施にのみ使用する物」に当たるものというべきである。 しかして、被控訴人は、原判決添付の別紙実施例目録の第一図及び第四図のもの(以下「第一図実施例」、「第四図実施例」という。)については現実に実施したものであると主張するので、これについて反論する。 (一) 第一図実施例について 第一図実施例は、在来工法における壁面用としても天井用としても、技術的に採用し得ないものである。仮に被控訴人主張のとおりこれを現実に実施したことがあるとしても、それは本件特許権紛争対策ないしは本件訴訟対策として、施工者に特に依頼して採用してもらつたものと推認せざるを得ない。 しかして、本件イ号物件中のインサート受金具(支持治具)については、被控訴人において他に使用するとして主張するのは第一図実施例のみであり、これが通常行なわれないものである以上、右インサート受金具は本件発明の実施のほかに使用されないものであることは明らかである。 (二) 第四図実施例について 被控訴人は、昭和五五年頃から、在来工法における天井用インサートとして「カラーホール」という商品名のインサートを製造販売している。 右「カラーホール」なるインサートは、本件イ号物件のメタルインサートとは似て非なるものであつて、形態、仕上げが異なるのみならず、専ら在来工法においてのみ使用され、PC板工法には使用されることがない。しかして、「カラーホール」のインサート本体と本件イ号物件のインサート本体を比較すれば、製造原価において前者ははるかに安価なものであるうえ、インサート業界の商慣習上、インサート本体及びスリーブと受具は一組をなす商品であつて、その一方のみを切り離して販売することはない。 ところで、第四図実施例として被控訴人が図示したフランジ付きのインサート受金具は、前記のように安価である「カラーホール」のインサート受金具であつて、 これを「カラーホール」よりは高価である本件イ号物件のメタルインサートと組み合わせて第四図実施例のようにして用いることは、経済的見地から到底考えられないことであり、もしそのようなことが真実なされたとすれば、被控訴人において本件特許権紛争対策ないしは本件訴訟対策のため特に施工者に依頼して採用してもらつたものと推認せざるを得ない。なお、被控訴人が第四図実施例を現実に実施したことを立証するとして提出した乙第四号証における「カラーホール」は、PC板工法に使用されることのないものであつて、これをもつて本件イ号物件が本件特許発明以外の方法に使用される証拠とすることはできない。 三 被控訴人の補足した主張 本件イ号物件は本件発明の実施にのみ使用されるものではなく、原判決添付の別紙実施例目録記載のとおりにも使用されるところ、右使用の実例としては、第一図実施例として埼玉県坂戸市の坂戸団地建設に際して現場打設に際し実施したことを、同第四図実施例として東京ガスのTASビル、東芝本社ビル、元加賀ビル、ホテルワシントン等のビル建築に際して実施したことをあげることができる。なお、 乙第四号証に示された物件は「カラーホール」という商品名で販売されているものであるが、本件イ号物件と「カラーホール」とはなんの差異もなく、単に商品名が変わつたものであるにすぎない。 |
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証拠(省略)
理 由 当裁判所も控訴人の本訴請求は理由がなくこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、原判決の理由を次のとおり削除し、及びこれに付加するほかは原判決の理由欄の記載のとおりであるので、これを引用する。 一 原判決の一七枚目表二行目の「もつとも、」を、「右特許請求の範囲の記載にあつては、支持治具にパイプを挿入する工程とパイプにインサートを圧入する工程が右のとおりの経時的順序に従つてなされる方法が記載されていること自体は控訴人も自認しているところであるが、控訴人は、右の経時的順序は本件発明の本質的特徴をなす点ではなく、本件明細書の特許請求の範囲の記載中右の経時的順序の説明に係る部分は、本件発明の構成要件を記載したものとして理解さるべきものではない旨主張する。確かに、」と訂正する。 二 同一七枚目裏二行目の「明らかであり、」から同裏一一行目(末行)の「明らかである。」までの部分を、「明らかである。しかしながら、これらの記載は、前示のとおり本件明細書中に積極的に開示されている先ず支持治具にパイプを挿入した後インサートを圧入する方法による場合にも当然あてはまる事柄を記載したものなのであるから、右のような記載があるからといつて、前示のとおりの発明に本件特許権が成立したものと認めることの妨げとなるものではない。もつとも本件明細書中の右のような記載から、そこに示された作用効果が右のような経時的順序によらず、先ずインサートをパイプに圧入し、しかるのちこれを型枠定盤にとりつけた支持治具に挿入した場合にも奏されるものであることは、当業者において容易に理解できるであろうことは十分首肯し得るところであり、本件明細書の発明の詳細な説明の中には、特許請求の範囲に記載されたような経時的順序によるか否かを問うことなく、支持治具の外側からパイプで締め付けてインサートを型枠定盤に固定する方法としてのより広い発明が開示されているものと認める余地がないわけではない。しかしながら、明細書に開示した発明のどの部分について特許権による保護を受けるべき発明として出願するかは出願人の自由に属することであり、そのような範囲を明示するものとして特許請求の範囲に記載された発明が、それ自体明瞭に把握できるものであつて、明細書中に開示された広い発明の中に包含されている以上、当該広い発明自体が特許性を有するものであり、これを特許請求の範囲のものに限定した構成自体は技術的に無意味であると評される場合であつたとしても、特許権の保護は特許請求の範囲に記載された発明に対してのみ及ぶものであつて、右のように限定した構成が特許請求の範囲に記載されていることをもつて、特許発明の構成とは関係がなく、特許発明を特定する機能を有しないものとすることはできないといわねばならない。これを本件発明についていえば、本件特許は、インサート支持治具、パイプ及びインサートに関する物の発明ではなく、インサート取付方法に関する方法の発明についてなされているものであつて、支持治具にパイプを挿入する工程と右パイプにインサートを圧入する工程とを右の順序に行うことを構成要件とし、このような構成要件を備えることによつて特定された範囲の発明を特許発明として成立したものといわねばならない。控訴人の前記主張は採用し得ない。」と訂正する。 三 同一九枚目裏八行目の末尾に、「控訴人は、この点について、支持治具にパイプを挿入する工程とパイプにインサートを圧入する工程の手順をいかなる順序とするかはなんらの発明力も要しない程度の事項であつて、先ずパイプにインサートをセツトしておくことの方が作業能率上好ましいことは自明のことであるから、右のような効果の差があることをいうのは誤りである旨主張する。しかしながら、控訴人の右主張は、本件発明が前示のような物に関する発明であるとすれば、あるいは採用し得るものであるとしても、本件発明は方法の発明であり、前示のとおり先ず支持治具にパイプを挿入することを構成要件の一としているのであり、先ずパイプ(スリープ)にインサート(インサート本体)を圧入する被控訴人製品の取付方法は、これと構成を異にするものであるから、工程の手順をいかなる順序とするかはなんらの発明力をも要しない程度のことであるとしても、被控訴人製品の取付方法は、本件特許発明の権利範囲に属しないものといわなければならない。」と付加する。 四 同二〇枚目表五行目から九行目までを削る。 以上のとおり、控訴人の請求は、控訴人主張のその他の点について判断するまでもなく失当であり、これを棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法第95条、第89条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 高林克巳 |
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裁判官 | 杉山伸顕 |
裁判官 | 八田秀夫 |