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関連審決 不服2002-11597
関連ワード 発明者 /  自然法則 /  製造方法 /  使用方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  クレーム /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10352号 審決取消請求事件
原告X
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 松縄正登,中西一友,渡邊豊英,岡田孝博,井出英一郎
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/04/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が不服2002−11597号事件について平成16年10月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨の判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたが拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:原告 発明の名称:「布帛布地・伸縮性布地・カットソー・皮・バイヤス表布地に左バイヤスと右バイヤスの交差張力を活用した,芯地・テープ・裏地の裁断と接着と縫製方法。」 出願番号:特願2000-400120号 出願日:平成12年12月28日 (2) 本件手続 手続補正:平成13年1月22日(乙12) 拒絶理由通知:平成13年11月22日(起案日。乙15) 手続補正:平成14年1月7日(乙17) 拒絶査定:平成14年4月11日(起案日。乙19) 審判請求:平成14年5月22日(不服2002-11597号。乙23) 拒絶理由通知:平成16年1月14日(起案日。乙24) 手続補正:平成16年3月12日(乙26) 審決日:平成16年10月18日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年11月6日(原告に対し) 2 上記乙26による手続補正後の特許請求の範囲請求項1の記載(請求項1に係る発明を「本願発明」という。なお,請求項2ないし6の記載及び願書に添付された図面の記載は省略。) 【請求項1】縦横90度で織られた正方形布帛布地・図1(a)3,4,5,6を45〜55度裁断でバイヤス(斜め)布地裁断(7)として左・布裁断で左バイヤス部(38)と右布裁断は右バイヤス部(39)で区別図4(a)〜(b)バイヤス裁断左側(43)もうバイヤス裁断右側(44)として伸縮性斜め変形無しの一方向にしたバイヤス表布地,図6(a)右バイヤス(66)左バイヤス(67),バイヤス接着芯地図2(e)左バイヤス芯地(14)と右バイヤス芯地(18),バイヤス接着テープ図4(a)左テープ(38)右テープ(39),バイヤス裏地図.3(c)左袖裏(36)右袖裏(35)地にバイヤス伸縮の裁断した布地。
3 審決の理由の要点 (1) 審決は,日本繊維新聞の2000年5月31日第1頁:「バイアス裁ちの新縫製方法開発」との記事(日本繊維新聞社刊。本訴乙1)を引用例として挙げた(引用例記載に係る発明を「引用発明」という。)。
(2) 審決は,次のように解釈を示した上で本願発明の要旨を認定した。
「本願発明の『正方形布帛布地・図1(a)3,4,5,6』は『正方形布地』,『バイヤス(斜め)布地裁断(7)として』は『バイヤス(斜め)布地裁断(7)してから』,『左・布裁断で左バイヤス部(38)と右布裁断は右バイヤス部(39)で区別図4(a)〜(b)』は『左布裁断で左バイヤス部と右布裁断で右バイヤス部に区別し』,『バイヤス裁断左側(43)もうバイヤス裁断右側(44)として』は『バイヤス裁断左側とバイヤス裁断右側として』,『バイヤス表布地,図6(a)右バイヤス(66)左バイヤス(67)』は『バイヤス表布地』,『バイヤス接着芯地図2(e)左バイヤス芯地(14)と右バイヤス芯地(18)』は『バイヤス接着芯地』,『バイヤス接着テープ図4(a)左テープ(38)右テープ(39)』は『バイヤス接着テープ』,『バイヤス裏地図.3(c)左袖裏(36)右袖裏(35)地』は『バイヤス裏地』,『バイヤス伸縮の裁断した布地』は『に裁断したバイヤス伸縮する布地』を,それぞれ意味するものといえるから,本願発明の要旨は,『縦横90度で織られた正方形布地を,45〜55度裁断でバイヤス(斜め)布地裁断してから,左布裁断で左バイヤス部と右布裁断で右バイヤス部に区別し,それぞれバイヤス裁断左側とバイヤス裁断右側として,伸縮性斜め変形無しの一方向にしたバイヤス表布地,バイヤス接着芯地,バイヤス接着テープ,バイヤス袖裏地に裁断したバイヤス伸縮する布地。』にあるものと認められる。」 (3) 審決は,本願発明と引用発明とを対比し,一致点を次のとおり認定した。
「両者は『バイヤス伸縮の裁断した布地』である点で同じである。そして,引用発明には『布帛は縦横90度の角度で織られているが,それを45度裁ちで使うものがバイアス裁ち。』であると記載されていることから,引用発明のものも『縦横90度で織られた正方形布地を,45〜55度裁断でバイヤス(斜め)布地裁断した』である点において,本願発明と同じである。
そうすると,本願発明と引用発明とは,『縦横90度で織られた正方形布帛布地を,45〜55度裁断でバイヤス(斜め)布地裁断としたバイヤス伸縮の裁断した布地』である点で一致」 (4) 審決は,本願発明と引用発明とを対比し,相違点を次のとおり認定した。
「下記の2点において相違する。
(a) 本願発明が『布地を左布裁断で左バイヤス部,右布裁断で右バイヤス部に区別し,それぞれバイヤス裁断左側とバイヤス裁断右側とした』のに対し,引用発明にはこの点が明かでない点。 (b) 本願発明の布地が『伸縮性斜め変形無しの一方向にしたバイヤス表布地,バイヤス接着芯地,バイヤス接着テープ,バイヤス袖裏地』であるのに対し,引用発明には布地が特定されていない点。」 (5) 審決は,上記相違点について,次のとおり判断した。
(a)「相違点(a)について 一般に衣服の分野において,布地をバイアス裁断して,左右対称の二つの布地を作ることは,本件出願前周知の技術手段である(例えば,特開平10-168746号公報(図面第9図,同10図参照),特開平9-49108号公報(段落【0066】,【0067】参照)。」 (b)「相違点(b)について 一般に,バイヤス布地を,表布地,接着芯地,接着テープ,袖裏地等に用いることは,本件出願前周知の技術手段である(特開平10-168746号公報(2頁1欄38〜40行に「バイアス布地は,帯地,ハンドバッグや財布などの見回り品の表地や裏地,ネクタイ生地などに多用されている。」と記載されている),実願昭57-175991号(実開昭59-80415号)のマイクロフィルム(バイヤステープの例),特表平8-506773号公報(バイヤスベルトの例),特開平11-132290号公報(同),特開2000-37580号公報(伸縮性布地の例),特開2000-303202号公報(芯地の例),特開2000-54210号公報(接着芯地の例))。」 (c)「してみれば,本願発明は,引用発明に従来周知の技術手段を単に付加したにすぎないものであって,格別の困難性があるものとはいえない。」 (6) 審決は,次のとおり結論付けた。
「本願発明は,引用例に記載された技術手段に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 原告の審決取消事由に関する主張は,別紙【訴状・請求の原因】に記載のとおりである。これによれば,原告は,審決取消事由として,(1)一致点の認定の誤り(相違点の看過),(2)相違点(a)についての判断の誤り,(3)相違点(b)についての判断の誤りを主張するものと理解し得る。ただ,別紙【訴状・請求の原因】の文章自体が意味を把握し難いこともあって,原告が上記審決取消事由として具体的に主張する内容を理解するのは非常に困難である。
しかし,原告主張の審決取消事由のうち,(3)相違点(b)についての判断の誤りをいう主張は,次の2記載のように理解される。
2 原告主張の取消事由(相違点(b)についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点(b)について,次のように判断した。
「一般に,バイヤス布地を,表布地,接着芯地,接着テープ,袖裏地等に用いることは,本件出願前周知の技術手段である(特開平10-168746号公報(2頁1欄38〜40行に「バイアス布地は,帯地,ハンドバッグや財布などの見回り品の表地や裏地,ネクタイ生地などに多用されている。」と記載されている),実願昭57-175991号(実開昭59-80415号)のマイクロフィルム(バイヤステープの例),特表平8-506773号公報(バイヤスベルトの例),特開平11-132290号公報(同),特開2000-37580号公報(伸縮性布地の例),特開2000-303202号公報(芯地の例),特開2000-54210号公報(接着芯地の例))。」 (2) しかしながら,審決の判断は誤りである。
まず,審決が引用する特開平10-168746号公報(乙2)は,ネクタイに関する記載があるが,市販のネクタイは,表地及び芯地ともに左バイヤスであり,斜めねじれを生じるものである。しかし,本願発明に従って芯地をひっくり返して右バイヤスに直すと,ネクタイの斜めねじれは起きない。このように従来の技術は,布地が少なくてすむように,バイヤス布地は片方のバイヤスとすることしか考えつかなかった。本願発明は,このような考えを覆す方法で実現されたものである。
審決が引用する実願昭57-175991号(実開昭59-80415号)のマイクロフィルム(乙4)は,布地のものではなく,本願発明とは関係がない。
特開平11-132290号公報(乙6)は,伝動ベルト用カバー帆布の製造方法であり,本願発明の布地の裁断とは関係がない。
特開2000-37580号公報(乙7)は,本願発明者の発明であるが,本願発明とは関係がない。特開2000-303202号公報(乙8)は,芯地を水溶性接着樹脂により固定するもので,本願発明とは関係がない。特開2000-54210号公報(乙9)は,衣服の湾曲アームホールテープに関するもので,本願発明とは関係がない。
被告の主張の要点
1 審決の一致点及び相違点の認定に誤りはなく,相違点(a)についての判断及び相違点(b)についての判断にも誤りはなく,審決に瑕疵はない。
2 原告主張の取消事由(相違点(b)についての判断の誤り)に対して (1) 一般に,バイヤス布地を,表布地,接着芯地,接着テープ,袖裏地等に用いることが,本件出願前周知の技術手段であることは,審決で示した文献(乙2,4〜9)により明らかである。
さらに,周知例(乙31〜36)からも,バイヤス布地を表布地等の衣服のパーツあるいは製品として用いることが,本件出願前周知であることがいえる。
(2) また,本願発明の「バイヤス布地を伸縮性斜め変形無しの一方向にする」とは,左バイヤス布と右バイヤス布が中表あるいは中裏に重ねられた状態のバイヤス布が,左右方向と異なる方向(例えば,緯糸方向)には伸びないことを意味するものと解される。例えば,緯糸がポリウレタン糸等の伸びやすい糸で形成されていても,左右バイヤス布を貼り合わせれば,伸びる方向が交差して打ち消し合うので,斜め方向(ここでは,緯糸方向を意味する。)に伸びたり,ねじれたりすることはない。つまり,ここにいう「一方向」とは,左右の一方向のことを意味する。
そして,本願発明の「伸縮性斜め変形無しの一方向」にしたバイヤス布地は,左右二枚のバイヤス布を中表あるいは中裏に重ね合わせることによって達成されるものである。
(3) ところで,一般に,左右に裁断されたバイヤス布地を中表あるいは中裏に重ね合わせることが,本件出願前周知の技術手段であることは,審決で示した文献(乙5〜7)により,明らかである。
たとえば,乙34には,布製エプロンの制作に際し,基布をまず対角線に沿って中裏となるように二つ折りし,次に互いに重ねられた左右のバイヤス布の二等片の部分を糸かがりしてエプロンとする構成が開示されている。また,乙35には,バイヤステープを用いた袖の玉縁処理において,バイアステープを中表に合わせて,袖口の縁に取り付けることが示されている。このバイヤス布は,本願発明において,裁断線で中裏に折られた左右バイヤス布の構成と同じである。さらに乙37には,ネクタイの大剣部とその両側の翼状部からなる大剣部原形布片31において,大剣部が大剣部の最大幅寸法Wmを保持するように,その左右両側の翼状部を山折りにして,大剣部と翼状部とを中裏に重ね合わせる構成が示されている。ネクタイはバイヤス布から構成させているものであり(乙37),バイヤス布を中裏に重ね合わせるものであるから,この構成は,本願発明の左右バイヤス布の中裏に重ね合わせる構成に相当する。
そして,バイヤス布地がねじれやすい特性を有することは,衣服制作の分野においては,自然法則として知られていることである。左右二枚に裁断されたバイヤス布の左バイヤス布の裏面と右バイヤス布の裏面を裁断線を線対称として重ね合わせると,左バイヤス布のねじれる方向と,右バイヤス布のねじれる方向がちょうど逆となって打ち消しあい,積層された状態のバイヤス布は,全体として平衡状態を保つようになることは,自然法則である。
してみると,左右のバイヤス布を中表あるいは中裏に重ね合わせることが,衣服制作の分野において,周知であることが広く知られており,上記のとおり左バイヤス布と右バイヤス布とを互いに中表あるいは中裏に重ね合わせることによって,バイヤス布のもつねじれ特性が解消することが,自然法則であることに照らすと,本願発明のように「バイヤス布地を伸縮性斜め変形無しの一方向にする」ことは,結局のところ,本件出願前周知の技術的事項であるものといえる。
そうすると,相違点(b)については,審決で判断したとおり,本件出願前周知の技術手段であるといえる。
当裁判所の判断
1 原告主張の取消事由のうち,相違点(b)についての判断の誤りについて,検討する。
(1) 審決は,前記のとおり,相違点(b)として,「本願発明の布地が『伸縮性斜め変形無しの一方向にしたバイヤス表布地,バイヤス接着芯地,バイヤス接着テープ,バイヤス袖裏地』であるのに対し,引用発明には布地が特定されていない点。」と認定した。しかし,審決は,前記のとおり,相違点(b)についての判断として,単に「一般に,バイヤス布地を,表布地,接着芯地,接着テープ,袖裏地等に用いることは,本件出願前周知の技術手段である。」ということを説示したのみである。
すなわち,審決は,相違点(b)のうち,本願発明の布地が「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」という点の容易想到性についての判断を全く示していないというほかない。
それにもかかわらず,審決は,相違点(a),(b)の判断を総合して,「本願発明は,引用発明に従来周知の技術手段を単に付加したにすぎないものであって,格別の困難性があるものとはいえない。」との結論を導いた。
したがって,審決には,必要な判断を遺脱し,結論を導くに必要な理由を示さなかった違法があるというべきである。
原告の主張は,必ずしも適切な表現がされているわけではないが,相違点(b)についての審決の判断について,審決が示した理由を争うものであり,上記判示と同旨の指摘をも含むものと解し得るものであり,原告主張の審決取消事由は理由があるというべきである。
(2) もっとも,審決の「本件出願前周知の技術手段である」との判断が,「バイヤス布地を,表布地,接着芯地,接着テープ,袖裏地等に用いること」ということのみならず,明記されてはいないものの,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」という点をも含めた判断であると善解することができないでもない。そこで,このように善解すべきものと仮定した上で,検討を加えておくこととする。
(2-1) 本願発明の特許要件の有無を検討するには,本願発明の要旨を認定した上で,引用例に記載された発明との対比判断がされるべきことはいうまでもない。
そこで,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」という構成をみるに,その文言自体において,その意味が特段の解釈や説明も要しないほど一義的に明確であるとは到底いえない。そうすると,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」との構成の有する技術的意義を確定しない限り,それが「周知の技術手段である」との判断もできないはずである。
しかしながら,審決は,前記のとおり,本願発明の要旨認定において,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」という構成をその文言のままで記載し,この点をそのまま相違点(b)の一部として認定して,判断に及んでいるのであって,その意義に関する解釈を示していないのであり,要旨認定として不備があるというほかない。
よって,審決は,この意味においても違法であるというほかない。
(2-2) 審決には示されていないが,本願発明に関する願書に添付された明細書及び図面の記載に照らし,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」という構成のもつ技術的意義の認定を試みた上で,周知の技術手段といえるかについて検討する。
(a) まず,「伸縮性」とは,引用例(乙1)にも,「布帛生地をバイアス裁ちすることで伸縮性を確保し,」,「布帛は縦横90度の角度で織られているが,それを45度裁ちで使うものがバイアス裁ち。」,「布帛のバイアス裁ちは縦横自由自在に伸縮することができる」と記載されているように,バイヤス布地が一般的に備えている伸縮性のことであると認められる。
(b) 次に,「斜め変形無しの一方向」なる文言の意味は,それ自体からは明らかでなく,技術的にみて,いかなる現象を意味するのかを一義的に理解することはできない。
そこで,本願明細書(乙26)及び図面の記載を参酌すると,次のような記載がある(適切でない表記もあるがそのまま引用する。)。
(b-1) 「斜め変形」なる用語に関係する記載としては,次のものがある。
「【0002】【従来の技術】従来,バイヤス布地は縦斜めに伸び上り,図1(b)その伸び上りは図7(a)〜(K)の片方ドレープ71は縦地織1方向斜めドレープで不均衡斜めドレープ71が出来てスカートの裾上衣の裾やズボンの裾71はねぢれて左右対称でない,又縫製使用のバイヤステープ図1(a)8方向伸び(e)9方向一方向バイヤスで出来ており,ミシン機も一方向布送りで糸縫でギャク伸びとなり一方向バイヤステープ8と9縫い合せは布は蝸牛り型ねぢれ現象が起る。」 「【0003】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,従来のバイヤス裁断や縫製方法では図7(a)〜(k)に示すドレープ71ように,斜めドレープ現象71で中央ドレープは縦糸織方向1が強く横糸織方向がたるみ織糸なので片寄ドレープ斜めとなる。さらにミシン機の送りで縫合は蝸牛りねぢれ縫上りで左右対称に縫製することは出来ない。」 (b-2) 「一方向」なる用語に関係する記載としては,次のものがある。
「【0008】即ち,請求項1記載の発明は,布帛布地のバイヤス裁断方法であって,縦,横90度で織られた正方形布帛布地(3,4,5,6)を45度〜55度裁断でバイヤス(斜め)布地裁断(7)として,左-右裁断で左バイヤス部と,右-左裁断は右バイヤス部として区別,図4(a)〜(b)バイヤス裁断左側(43),もう一方バイヤス裁断右側(44)として伸縮性二方向にした,バイヤス表布地,バイヤス接着芯地バイヤス接着テープ,バイヤス裏地に裁断した布地。」 「【0018】…図4(a)左右縦布帛布に接着芯地37の左側371をバイヤス方向左下方38の381に左-右にカットテープに切断し,次に接着芯地37の右側372にバイヤス方向右下方,39の391にカットテープに切断して,バイヤス左接着テープとバイヤス右接着テープを形成して二方向テープの裁断方法。図4(b)の布帛縦布地40に横芯地41上を横芯地41下を縫合せ42を縦主布地40と横地接着芯地は41上と41下縫合せ42で接着した2枚の布地が1枚布として衣類の左バイヤス43と右バイヤス44で切断して先の伸縮性バイヤス二方向38と39テープと伸縮性バイヤス二方向衣類の裁断方法。」 なお,特許請求の範囲の記載として,次のものがある。
「【請求項2】バイヤス芯地(54)とバイヤステープ(55,56)の接着するシャツ襟縫製方法において縦織バイヤス芯地右下方バイヤス布(54)を右バイヤス部,バイヤステープ(55,56)左下方バイヤスは左バイヤス縦織部1として右バイヤス芯地と左バイヤステープを交差で重ね合せて接着した布地の伸縮張力を安定伸縮を保つ交差バイヤス芯地とバイヤステープ左右伸張のねぢれを起さない縫い図5(a)〜(g)の表布地,芯地,裏地に接着して縫合せる事を前提した裁断による縫製方法。」 「【請求項3】布帛表布地(縦,横織)でジャケットを縫製する時に接着芯地を左バイヤスと右バイヤス交差で接着する方法で縫製する方法において,図2(a)〜(e)まず前身頃(16)の内側にバイヤス芯地接着するバイヤスの縦織(1)方向の右バイヤスに接着し,その上部G襟(15)も同じく右方向の右バイヤスに接着して,次に向い合う見返し部,その上部,上襟(11)も右から方向バイヤス芯地(13)を接着すると前身頃付下襟(G襟)は右織の右バイヤス(17)と見返付上襟(13)右織の右バイヤスは地縫いでひっくり返す図2(e)と交差は見返し芯(14)と上襟芯(13)左バイヤスで反転で向い合う接着芯地は左バイヤス芯地と右バイヤス芯地がバイヤス交差する方法は布帛布地にバイヤス方向のねぢれや折れ皺を少なくする為に接着芯地の交差によって襟の伸縮性を利用した襟返りはバイヤス芯地張力を使用した2枚の左,右バイヤス芯地は交差して,横織糸伸縮性によるバイヤス芯地を裁断をして接着による縫製方法。(図2)」 「【請求項4】伸縮性布地,ポリウレタン糸布,又はニット地のゴムの様な斜方向の伸縮不安定布地に左バイヤスと右バイヤス片面接着芯地(21,24,26,27,33,34)を左バイヤスと右バイヤスを裁断して,主布地の伸縮不安定布(19,20,22,23,25,31,32)に向って接着して,次はそのバイヤス芯地接着と反対方向,バイヤス裏地(28,30,35,36)がバイヤスの反対伸縮の交差による請求項2〜3記載のバイヤス芯地とバイヤス裏地の反対バイヤス張力による伸縮性自由布地のポリウレタン布とニット布地の裁断をして接着による縫製前の裁断方法(図3)」 「【請求項5】バイヤステープを布帛布地でバインダーテープ(46)作りの方法でバイヤス左テープ(46)とバイヤス右テープ(47)の中央の右よりにポリウレタン布(48)テープを重ねてジグザグステッチ(49)を形成して,RIB伸縮機能として見頃(45)の首囲,襟囲,袖囲,裾囲にバインダーテープの一方向伸び用布帛(横糸伸縮)バインダーテープとすることを特徴とするバイヤス布地の左側裁断布と右側裁断布にポリウレタン布テープをジグザグステッチで縫い合せた布帛布バインダーテープ。」 (b-3) 上記記載の意味内容は,必ずしも明確であるとはいえず,「斜め変形無しの一方向」なる文言で表される構成の技術的意義を一義的に確定して理解することは困難であるというほかない。
(b-4) 一義的に確定して理解することが困難な中,あえて解釈を試みる。
「斜め変形」については,上記記載に照らし,一応,横糸のたるみに起因して,バイヤス裁断の方向に対して斜めの方向に変形することと解し得ないではない。
また,上記記載によれば,「伸縮性二方向」,「伸縮性バイヤス二方向」という表現は,左,右バイヤスと関連づけて説明されており,「二方向」とは,上記の左,右バイヤスに見られる斜め変形(互いに逆方向の斜め変形となる。)のことを指していると解されるから,「斜め変形無しの一方向」とは,一応,上記斜め変形が生じないような構造と解される。そして,「左バイヤス」と「右バイヤス」の交差(図2(e)などから,縦糸の方向が交差するように重ねることを意味していると考えられる。),及び,これらの接着(接着剤による接着ではなく,縫着による一体化の意味であろうと考えられる。)に言及し,また,交差により,斜めねじれ変形が防げるとしていることからすると,「右バイヤス」と「左バイヤス」を,縦糸又は横糸同士が交差するように重ね合わせて一体化することによって,上記斜め変形を防止しようとしているものと認められなくはない。
(c) 以上によれば,「伸縮性斜め変形無しの一方向」とは,その意義を一義的に確定することは困難であるが,一応,「右バイヤス」と「左バイヤス」を縦糸又は横糸同士が交差するように重ね合わせて一体化した構造を指している,との解釈が成り立ち得ないではない。
(d) そこで,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」との構成が以上のように解し得るとして,これが「本件出願前周知の技術手段である」といい得るかについて検討する。
審決は,周知の技術手段であることの根拠として,前記のとおり,乙2及び乙4〜9を摘示している。
そこで,これらを順次みるに,乙2には,筒状の織物布地Bから裁断されたバイアス布地について記載されており,「バイアス布地は,帯地,ハンドバッグや財布などの身廻り品の表地や裏地,ネクタイ生地などに多用されている。」(段落【0002】)と記載されている。乙4には,「通気性を有する発泡シートの両面にバイアス布地が貼着された内芯を,別のバイアス地で被包糸着したことを特徴とするウエスト芯。」(実用新案登録請求の範囲)と記載され,乙5には,織帆布に代わる「単体フィルムとそのフィルムを強化するための手段を含んだ積層体を含んでなる製帆用の材料にして,当該強化手段が可撓性弾性高分子マトリックスの中に交差モノフィラメントを含んでいることを特徴とする材料。」(【特許請求の範囲】)と記載されている。また,乙6には,「予めバイアス状にカットされた複数の切尺反を自動的又は半自動的に接合して,接合品質が安定した長尺反の巻きロールに形成する…伝動ベルト用カバー帆布の製造方法」(段落【0008】)との記載があり,乙7には,「1枚または2枚の布地の裏面に芯地が接着された2枚の布地を縫製する縫製方法において,重ねた2枚の布地の一方の布地の芯地の端部または芯地を有しない他方の布地の端部の縫製部上に,伸縮性糸布テープをその長さ方向に1/7〜1/8伸長させた状態で当接させ,そのテープ上に第1ステッチを形成して2枚の布地と伸縮性糸布テープとを縫い合わせ,第1ステッチで1枚の布地を折り返し,その縫い代上で布地の端縁と第1ステッチとの間に第2ステッチを形成して2枚の布地を縫製する」(段落【0009】)と記載されている。そして,乙8には,「襟台ベース」を「バイアス裁ち」によって製作する旨(段落【0031】)が記載され,乙9には,バイアステープ等から成るテープの一側縁に沿って,これらのテープより幅の細い,細幅テープを重ね,これを縫い付けて「端打ちテープ」とする旨が記載されている。
しかし,上記をはじめとする乙2及び乙4〜9の記載からは,「伸縮性斜め変形無しの一方向にした」との構成に相当し又は共通する構成を見出すことはできない。
また,乙31〜36をも考慮するとしても,これらからは,バイヤス布地が周知であることが理解されるだけであり,上記解釈による「伸縮性斜め変形無しの一方向とした」構成が周知であることを認めることはできない。
したがって,審決が「伸縮性斜め変形無しの一方向とした」という点をも含めて「本件出願前周知の技術手段である」との認定判断をしたものと善解するとしても,その認定判断を是認することはできない。
(3) 被告の主張について,検討しておく。
(a) 被告は,前記第4,2(2)のとおり主張する。
しかし,「バイヤス布地を伸縮性斜め変形無しの一方向にする」ことを,「左バイヤス布と右バイヤス布が中表あるいは中裏に重ねられた状態のバイヤス布が,左右方向と異なる方向(例えば,緯糸方向)には伸びないこと」の意味に解すべき根拠が不明である。前判示のとおり,そもそも,本願発明の要旨において,「左バイヤス布」,「右バイヤス布」の技術的意味内容は不明であるし,これらを重ね合わせるかどうかも不明である。また,「バイヤス布地を伸縮性斜め変形無しの一方向にする」の技術的意味も不明であり,あえて解釈するとしても,前記(2)(2-2)(a)ないし(c)に記載したように解し得る余地があるにすぎないのであって,少なくとも,被告が主張するような意味であると断ずることはできない。
(b) 被告は,前記第4,2(3)のようにも主張し,結局のところ,「バイヤス布地を伸縮性斜め変形無しの一方向にする」ことは,本件出願前周知の技術であるという。
しかし,前記(2)(2-2)(a)ないし(c)に記載したように解し得る余地があるにすぎないのであって,これによれば,「伸縮性斜め変形無しの一方向」とは,「右バイヤス」と「左バイヤス」を縦糸又は横糸同士が交差するように重ね合わせて一体化した構造を指しているというべきであって,単に,中表あるいは中裏に重ね合わせるだけでなく,一体化することが必要であるとして,このことによって斜め変形を防止しているものと解される。したがって,被告の主張は,採用の限りではない。
証拠に関して補足しておくと,乙5,6は,バイヤス布地を重ね合わせるものではないから,バイヤス布地を中表あるいは中裏に重ね合わせることが記載されているとは認められない。また,乙7は,布地3と布地4の間に伸縮性芯地2を重ね合わせるものであるが,布地3,4が,左右バイヤスであるかどうかは不明である。
また,乙34は,単に,二つ折りとしたものであり,一体化していないものである。乙35には,袖口とバイヤステープとを中表に合わせることが記載されているものの,左右二枚のバイヤス布地を,中表あるいは中裏に重ね合わせて一体化するものではない。乙37は,ネクタイの大剣部とその両側の翼状部とを中裏に重ね合わせる(翼状部を折り返す)ことが記載されているが,左右二枚のバイヤス布地を,中表あるいは中裏に重ね合わせて一体化するものではない。したがって,被告は,乙5〜7,34,35,37を挙げるが,これらから「バイヤス布地を伸縮性斜め変形無しの一方向にする」ことが周知であったと認めることはできない。
(4) 以上のとおり,いずれにしても,審決の相違点(b)についての判断は,是認し得ない。
2 補足説明 本願発明の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記のとおりであり,読点の用い方が不適切でかつ統一性がなく,後記のような用語の不適切さもあって,理解が極めて困難なものである。そして,本願明細書(乙26)の記載を含めてみても,前判示の「伸縮性斜め変形無しの一方向」のほか,「左布裁断」,「右布裁断」,「左バイヤス」,「右バイヤス」,「バイヤス裁断左側」,「バイヤス裁断右側」,「左-右裁断」,「右-左裁断」など,原告以外の者が正確な意味を一義的に理解し得ないような,独自の用語ないし表現というべきものが多用され,これらにつき,特許請求の範囲においてはもとより,本願明細書においても,定義付け等がされているわけでもない。したがって,図面を参照しながら,独自の用語ないし表現の意義を推測していくほかのない状況にあり,しかも,図面を参照したからといって,一義的に意義を確定することが困難な部分も少なくない。そして,全体として,文章自体の理解に極めて難渋するものである。
ところで,特許庁審判官は,平成16年1月14日付けで拒絶理由通知書(乙24)を発しており,その拒絶理由として特許法36条6項2号を挙げ,本願発明の特許請求の範囲の記載に不備があるとした。そこでは,特許請求の範囲の記載に使用された用語の意味が明りょうでないこと(数多くの用語が指摘されている。),それぞれの用語同士の関係が明りょうでないこと,読点の使用方法に問題があること,全体として何を意味するのか明りょうでないことなど,多くの点が具体的に指摘されている。そして,同拒絶理由通知書では,原告に対し,特許請求の範囲の記載について,主語と述語の関係及び用語の修飾関係を明りょうにすること,裁断する前の布と裁断した後の布が明りょうに区別されるように表現すること,用語はできるだけ統一すること,補正に当たっては,意味の通るクレームに補正することなどが指導されている。
上記拒絶理由通知の内容は,誠にもっともかつ適切である。この拒絶理由通知に対応してされた手続補正書が乙26であるが,乙26を精査しても,上記拒絶理由がほとんど解消されておらず,依然として,特許請求の範囲の記載は,不明りょうであり,発明の詳細な説明欄を参酌しても,本願発明の技術的意義を明確に理解することは極めて困難である。
ところが,審決では,進歩性の問題として処理されたものであって,既に判示したように,審決には,相違点(b)の判断において瑕疵があることは明らかであるが,そもそも,審決の本願発明の要旨認定自体,本願明細書の記載と整合しないと解される部分もあって,直ちにその全体を是認することが困難である。このようになった原因は,本願発明の特許請求の範囲の記載,本願明細書の記載に不明りょうな部分が残っており,本願発明の技術的意義を明確に理解し得ないにもかかわらず,審決では,それを放置したまま,進歩性の判断に進んだため,結果として独自の要旨認定となった可能性が高く,さらにその要旨認定の上に立って進歩性の判断をしたため,一層の混乱,矛盾を生じているものと認められる。
既に判示したところに照らせば,本願については,そもそも特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載が特許法36条6項2号及び4項1号の要件を満たしているということ自体,甚だ疑問であって,本判決確定後に再開される審判においては,この観点から本願が拒絶されるべきか否かも検討されてしかるべきである。審決を取り消すに当たってあえて付言するものである。
3 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由のうち,相違点(b)についての判断の誤りをいう主張は,理由があるので,その余の取消事由について判断するまでもなく,審決は,取消しを免れない。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文