関連審決 |
審判1980-8980 |
---|
関連ワード | 新規性 / 同一の発明 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 異議申立 / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
昭和
56年
(行ケ)
278号
|
---|---|
裁判所のデータが存在しません。 | |
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 1985/05/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和五六年七月一七日、昭和五五年審判第八九八〇号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。 |
|
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和四八年一月五日、アメリカ合衆国において昭和四七年五月三一日にした特許出願に基き優先権を主張して、名称を「ガス発生方法およびその組成物」とする発明(以下「本願発明」という。)の特許出願をし(昭和四八年特許願第四六二八号)、昭和五三年五月一一日公告された(特許出願公告昭五三ー一三五九六)。ところが、これに対して、昭和五三年七月一〇日訴外日本油脂株式会社から特許異議申立がなされ、同五四年一二月二〇日この特許異議の申立は理由があるとの決定と同時に、本出願について、拒絶査定があつた。そこで、原告は、特許庁に対し、昭和五五年五月一九日審判請求をし、昭和五五年審判第八九八〇号として審理されたが、昭和五六年七月一七日審判請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は、昭和五六年八月一二日原告に送達された。なお、原告のために出訴期間として三ケ月が附加された。 二 本願発明の要旨1 アルカリ金属アジド、および該アジドの実質的にすべてのアルカリ金属と反応するに充分な量の金属酸化物からなり、かつ前記金属酸化物の金属は、前記アジドのアルカリ金属以外の金属で、該アルカリ金属よりも起電力系列の低位にある金属からなることを特徴とする固体ガス発生組成物。 2 次の(イ)および(ロ)の各工程からなる、純窒素ガスを迅速に発生する方法。 (イ) アルカリ金属アジド、および該アジドの実質的にすべてのアルカリ金属と反応するに充分な量の金属酸化物からなり、かつ、前記金属酸化物の金属は、前記アジドのアルカリ金属以外の金属で、該アルカリ金属よりも起電力系列の低位にある金属からなる組成物を調整する工程;および(ロ) 前記組成物の温度を発火点以上に上昇させる工程。 三 審決理由の要点 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。 ところで、インオルガニツク ケミストリー第二巻第二号(一九六三年四月)第三六四ないし三六九頁(以下「引用例」という。)には、KN3一〇〇部とFe3O4一〇〇部とを均一に混合したペレツト及びそれを三六〇度Cに加熱、熱分解すると窒素ガスが発生することが記載されている。 そこで、本願の特定発明と引用例記載事項とを比較すると、前記KN3はアルカリ金属アジドの一種、またFe3O4はアルカリ金属以外の金属でアルカリ金属よりも起電力系列の低位にある金属の酸化物の一種であつて、引用例記載のペレツトはKN3の全てのKと反応するに充分な量のFe3O4を含むから、本願の特定発明の組成分は引用例記載のペレツトを構成する組成物を包含し、両者は同一である。 次に本願の第二番目の発明について検討すると、引用例にはKN3とFe3O4とを混合して組成物を調整しついで三六〇度Cすなわち発火点以上の温度に加熱して窒素ガスを発生させることが記載されているので、本願の第二番目の発明の構成要件がすべて開示されている。 なお、請求人(原告)は引用例には自動車類が急停止したとき、塔乗者を保護するための空気クツシヨンを数ミリ秒という短時間に膨脹させることは記載されていないと主張するが、前記したように、本願発明においては、自動車類の塔乗者保護用空気クツシヨンを膨脹させるためのものないしは方法であることは発明の構成要件となつていないので、前記請求人の主張は採用できない。 したがつて、本願の二つの発明は引用例に記載された発明であつて、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることはできない。 四 審決取消事由1 手続上の違法 本願については、昭和五四年一二月二〇日付拒絶査定により、特許異議の決定に記載した理由によつて拒絶すべきものとされ、右特許異議の決定によれば、本願の特許請求の範囲一に記載された発明(以下「第一発明」という。)は引用例に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号により、特許を受けることができないとされている。 ところが、審決の拒絶理由は、前述の如く、本願の第一発明が、引用例と同一であるとの理由のほかに、特許請求の範囲二の発明(以下「第二発明」という。)も引用例に開示された発明と同一であることを理由として、特許法第29条第1項第3号により拒絶されるべきものとされている。 このように、審決は、拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由により、本願発明を拒絶すべきものとして、審判請求を成り立たないとしているのである。しかるに、特許法第159条第2項は同法第50条を審判の場合においても準用しているから、 審判において、拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由を発見したときは、審判官は、 その拒絶の理由を通知し、審判請求人に意見書を提出する機会を与えるべきであるにもかかわらず、審判においては、このような手続を欠いて審決がなされたものであるから、審決には手続上の違法があることが明らかである。 よつて、本件審決は、取り消されねばならない。 特許法第159条第2項が同法第50条を準用しているのは、審判の段階においても、拒絶査定と異なる拒絶の理由を発見し、これをもつて、出願を拒絶するときには、審判請求人(出願人)に弁明の機会を与えないと苛酷であり、審判官にも間違いがありうるからであるとされている。ところが本件においては、それに加え、 明細書の補正の機会を失うという、更に重大な不利益を受けることになるのである。すなわち、本願については、既に公告決定があつたので昭和五〇年改正後の現行法では、特許法第17条の3により、審判請求の日から三〇日間に限り補正が出来るが、本願については、昭和四八年の出願であるため、本条が適用されず、拒絶理由通知を受けたときに限り、特許法第64条により、補正することが出来るにすぎないのである。従つて、本件審判において、拒絶の理由が通知されなかつたことは、審判請求人の補正の機会を奪うこととなり、審判請求人(出願人)の権利を著しく害することとなつたのである。 特に、本件審判手続中において、審判請求人は、昭和五五年一二月一一日付尋問書に対する同五六年四月一三日付回答書において、拒絶理由通知を受けた機会に明細書特に特許請求の範囲を補正する意向を有することを明示しているのであるから、これを無視して、拒絶理由通知をなさず、審判は成り立たないとした本件審決は、著しい違法があるといわなければならない。 2 新規性判断の誤り 審決は、本願の二つの発明を、引用例に記載された発明と同一であるとするが、 次のように、本願の発明は、目的・構成・効果のいずれの点においても、引用例のそれと異なるものである。 (一) 目的について(1) 本願発明の目的は、発明の詳細な説明の冒頭に「本発明はガス発生組成物に関するものである。更に、本発明は、乗物が急に停止し、あるいは減速したときに、乗物内に塔乗者を保護するために空気クツシヨンを制動装置に取付けた場合に前記空気クツシヨンを膨脹させるための組成物に関するものである。」(公報二欄二ないし七行)と記載されているように、乗物の急停止などから生ずる二次的衝突から、塔乗者を保護するためのクツシヨンを急激に膨脹させるに必要なガスを発生させる組成物および方法にある。 この乗物の第一次衝突と第二次衝突との間隔は典型的な例としては、約六〇ミリセコンドである(公報二欄二四ないし二六行)から、その間に、相当量のガスを発生させ、そのガスの圧力によつて、クツシヨンの袋を膨脹させなければならないので迅速に相当量のガスを発生しうる条件をそなえていなければならない(公報二欄二二ないし二四行)。その他、発生するガスは、有害性、有毒性であつてはならず、袋を燃焼させたり、塔乗者に被害を与えない程度の温度でなければならないなどの条件を充足するものである必要がある(公報二欄二六ないし三二行)。右の如き条件を充足するガスとして、本願発明は、純粋窒素ガスを採用し、一定量のアルカリ金属アジドと一定量の金属酸化物を一定条件下で反応させることにより、迅速に爆発的に窒素ガスを発生させ、 短時間にクツシヨンの袋を膨脹させることに成功したのである。 (2) これに対して、引用例の目的は「一定容積真空系における圧力変化に従つて、選択された金属および金属酸化物の存在下における溶融KN3の熱分解が調査された。」(三六四頁四ないし五行目)と冒頭の要約の最初に記載されているように、溶融KN3の熱分解が、金属および金属酸化物の存在によつてどのように変化するかを調査し、その機構を解明して科学的成果を得ることにある。そして、その結果「分解割合は数桁増加することが観測された。添加物としての酸化物による増加は酸化物によるものではなくKN3分解の初期段階における酸化物より形成される金属の触媒活性によるものであつた。分解曲線の特性はこの金属の形成および形成された金属の触媒特性により決定された。」(三六四頁五ないし八行目)とある如く、溶融KN3の熱分解は、金属が触媒として作用し、その金属の触媒としての特性により変化すること、金属酸化物の場合には、酸化物そのものが作用するのではなく、これから形成される金属が触媒として作用することが分つたとされている。すなわち、引用例は、溶融、KN3の熱分解に関する研究報告に過ぎないのである。 したがつて、本願発明と引用例とは、その目的を異にすることは明白である。 (二) 構成について(1) 第一発明は、次の構成からなるものである。 @ アルカリ金属アジド、および該アジドの実質的にすべてのアルカリ金属と反応するに充分な量の金属酸化物からなること。 右の、反応するに充分な量の金属酸化物とは、アルカリ金属アジドに対する金属酸化物の量が化学当量に等しいかそれ以上数パーセントまでで、それより少ないのは勿論多くても本願発明の目的を達することはできない(公報四欄二五ないし三八行)。したがつて、アルカリ金属アジドの量に対して、金属酸化物の量が、化学当量以上、化学当量の一・一倍以下の割合となることを要する。明細書の実施例一ないし八は、すべてアルカリ金属アジドと金属酸化物との量は、当量関係にある組成物であり、両者が化学当量であることが最も望ましいことが理解出来る。 右のように、アルカリ金属アジドと金属酸化物の量が化学当量に等しいか、金属酸化物の量を、わずかに多くするのは、アルカリ金属アジドと金属酸化物の反応は、約三一〇ないし四三〇度Cで反応を開始する発熱反応であるから(公報三欄三六ないし四二行)、反応熱により温度が上昇し、自から反応を促進し、迅速な爆発的反応を起し、数ミリ秒という本願発明の目的に適した迅速な反応が可能となるからである。ところが、金属酸化物が、アルカリ金属アジドに対し、化学当量を著しく超えるときは、過剰の金属酸化物は、反応に不要なものであり、反応熱を吸収することとなり、右の如き迅速な反応が生じないこととなる。 A 前記金属酸化物の金属は、前記アジドのアルカリ金属以外の金属で核アルカリ金属よりも起電力系列の低位にある金属からなること。 B 固体ガス発生組成物であること。 なお、本願の明細書には、特に真空状態下のことについて記載はないが、前述の如き目的が読みとれる明細書全体の記載からすると、本願の組成物は大気圧又はそれに近い気圧下で使用されることを当然の前提としていることが明白である。また、本願発明においては、前述の如き乗物内の塔乗者を保護するためのものであるから、相当多量のガスの発生を必要とするので多量の原料を用いるものであることは明白である。実施例に示されている組成物も、一〇〇グラム以上となつている(公報六欄一三ないし一七行)。 (2) また、第二発明は、次の構成からなる。 @ アルカリ金属アジド、および該アジドの実質的にすべてのアルカリ金属と反応するに充分な量の金属酸化物からなり、かつ前記金属酸化物の金属は、前記アジドのアルカリ金属以外の金属で、該アルカリ金属よりも起電力系列の低位にある金属からなる組成物を調製する工程。 A 前記組成物の温度を発火点以上に上昇させる工程。 B 右各工程からなる純窒素ガスを迅速に発生する方法。 右の@の反応するに充分な量の金属酸化物の意味、原料組成物が多量であること及び大気圧及びそれに近い気圧中の反応であることについては、第一発明で説明したと同様である。 また、右のBの迅速に発生するとは、明細書の発明の詳細な説明の項に「前記のような空気クツシヨンを有効に作動させるためには、例えば二ないし三ミリセコンドという短時間に膨脹させなければならない。」(公報二欄二三ないし二四行)とあることから明らかなように数ミリセコンドの短い時間に爆発的に発生することを意味する。 (3) 引用例は、実験例が記載されているが、その内容は、KN3(アルカリ金属アジド)とFe3O4(金属酸化物)とを混合した一ミリグラム以下の少量からなる組成物を真空状態下において、一定温度(KN3の溶融点以上)に保つて、分解させると、窒素ガスが発生するということであり、KN3とFe3O4との重量比は一〇〇対一、一〇〇対五、一〇〇対一四、一〇〇対一〇〇の四例が記載されている(Fig2)。 (4) 本願発明と引用例とは、その構成の点において、次の差異がある。 @ 引用例は、真空状態下という特殊な条件下での反応であるが、本願発明は大気圧又はそれに近い気圧下での反応である。 A 本願発明では、前述の如く、金属酸化物は、アルカリ金属アジドに対して、化学当量またはそれを数パーセント超える割合を限度としているので、KN3とFe3O4に例をとれば、アルカリ金属アジドと金属酸化物の割合は、一〇〇対三六ないし一〇〇対三九である。即ち、本願発明の反応式は次のとおりであり(公報四欄八ないし一五行)、八モルのKN3と一モルのFe3O4が化学当量となるので、 その重量比は六四八・九六対二三一・五五即ち一〇〇対三五・六七であるから、その数パーセント増しとすると、せいぜい一〇〇対三九となる。 8KN3+Fe3O4=4K2O+3Fe+12N2 これに対して、引用例は、KN3とFe3O4との割合が一〇〇対一、一〇〇対五、一〇〇対一四、一〇〇対一〇〇の実験例しか記載しておらず本願発明の如く、 アルカリ金属アジドと反応するに充分な量の金属酸化物とからなる例は記載されていない。 B 引用例は、一ミリグラム以下という極く少量の試料(KN3およびFe3O4)を用いているのに対して、本願発明においては、相当多量の原料を用いている。 (三) 効果について(1) 本願発明の効果は、熱で反応を開始させると迅速に無害な低温のガスを大量に発生させるので、衝撃吸収用空気クツシヨンを膨脹させるために用いるに好適な組成物を得ることができ、かつ右のクツシヨン内に使用して好適なクツシヨン動作を行う方法を得ることができる点にある(公報三欄一九ないし三五行)。 (2) これに対して、引用例の場合の効果は、反応時間が、数十秒ないし百数十秒と長く、ゆつくり反応させるので、金属或いは、金属酸化物の存在がKN3の分解に対して、どのような触媒作用をするかの解明が可能となり、その科学的成果をあげることができた点にある。すなわち、金属或いは、金属酸化物が存在するとKN3の分解速度が増加し、この増加は金属の触媒作用によるもので、金属酸化物が存在する場合も金属酸化物から分解した金属が触媒作用するものであることが解明されたのである(引用例三六四頁四行ないし八行)。 (3) 右のように、本願発明では、数ミリ秒という迅速な反応であるのに対して、引用例が数十秒ないし百数十秒という差異が生ずるのは、前述した両者の反応条件の差によるものである。 すなわち、本願発明は、反応物の組成が化学当量に近いので、反応に関与しないものによる反応熱の吸収がなく、一旦反応が起ると反応熱が生じ、その反応熱により、温度上昇を来し、加速度的に反応が促進され、反応時間が短かくなるのである。 これに対して、引用例では、KN3とFe3O4との比が化学当量を著しく逸脱しているので、反応に関与しないものが多く、これが反応熱を奪うので、反応時の温度は、比較的低温に保持され、反応も極めて遅くなるのである。また、引用例では、真空中の反応であるから、大気中におけるよりも気化が盛んに行われるから、 気化熱が奪われ、その物体が冷却されること及び一グラム以下という極めて少量の試料を用いているので、体積に比べて表面積が大きく表面から熱が放散し易いことなども、反応温度の上昇をおさえ、この反応を遅くする一要因となつている。 (四) 結論 以上の如く、本願発明は、その目的、構成、効果のいずれの点においても引用例と異なり、これを同一発明ということは到底出来ないこと明らかである。したがつて、これを同一とした審決が誤つており、違法たることは極めて明白である。 |
|
被告の答弁
一 請求の原因一ないし三の事実は認める。 二 同四の取消事由の主張は争う。 1 手続上の違法の主張について 原告の引用する特許法第159条第2項にいう、審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合とは、出願以来審査官において拒絶理由を通知して出願人に意見書提出の機会を与え、或は異議申立の理由に示されこれに対する答弁書提出の機会を与えるといつた処置が一度もとられたことのない全然新たな拒絶理由を審判で発見した場合のことをいつているのであつて、審査の段階で拒絶理由の通知がされ、或は異議申立において拒絶すべき理由として挙げられ、これに対し意見書又は答弁書提出の機会が与えられたが、拒絶査定の理由とされなかつた事項を審判で採用し、拒絶査定を維持する審決をする場合は、同規定に該当しないと解すべきものであるとされているのである(例えば、東京高裁判決、昭和四三年八月一六日言渡、行政事件裁判例集第一九巻第八・九号一三八〇頁以下参照)。 本件においては、審査の段階の特許異議申立において、第二発明についても、特許異議申立の理由として拒絶すべき理由が指摘され、答弁書提出の機会が与えられていたのであるから、審決には、原告の主張するような手続上の違法は存在しない。 それにも拘らず、審判の段階においては、第二発明についても新規性がないことについて、再度、原告の見解を聴取するために尋問書を発するという手続を念のためにとつているのであるから、尚更、原告の主張するような手続上の違法があるとの非難を受けるべきいわれはない。 ちなみに、この尋問書に対する原告の回答書において、原告は、本審決に示された判断の趣旨を是認する旨の見解を示していたことを指摘しておく。 仮に、百歩譲つて、原告の主張するような手続上の違法があるという前提に立つて審決をみても、特許請求の範囲一番目の発明に関する限り、特許法第29条第1項第3号に該当するとした原査定の判断をそのまま維持しているのである。そして、審決はこの第一発明に対する判断を示しただけでも、審判請求は成り立たない旨の結論とするべきものなのであるから、更に、第二発明についても原告に対する親切心から付加的に判断を示したからといつて、その結論に影響を及ぼすものではない。この点については、たとえ、第二発明が特許を受けることができるものである旨の判断を付加的に示した場合においても、第一発明についての原査定の判断を維持する旨の判断に基づく審決の結論が左右されるものではないことを考えれば容易に理解できることであろう。このように原告の主張する手続上の違法は、仮にあつたとしても、それが本件審決を取消すべき理由とすることができないものであることは明らかである。 以上述べたように、いずれにしても、この点に関する原告の主張は失当であるというほかはないものである。 2 新規性の判断について(一) 目的について 第一発明の目的はガス発生組成物を提供することであつて(第2欄第2行参照)、そして引用例の組成物はガスを発生するものであるから、両発明は目的において同一である。 なお、第一発明は特定の用途が要件になつているわけではないので、要件になつていない特定の用途に供したときに要求される迅速に爆発的に窒素ガスを発生させ、短時間にクツシヨンの袋を膨脹させる目的までもその目的として含めることはとうてい許されないというべきである。 (二) 構成について(1) 圧力条件について 組成物の構成に圧力条件が入るものではない。事実、本願特許請求の範囲一の組成物の記載において圧力条件は規定されていない。その他、どのような圧力条件下で調整したものなのか、どのような圧力条件下で反応させて使用されるものなのか、圧力条件に関係する規定は何もない。 したがつて、原告主張の圧力条件の相違は、本願第一発明と引用例のものとの相違点として取上げる余地はない。 なお、両者のガスを発生する反応機構に格別の相違はないが、引用例における真空条件は、この発生するガスの量の測定を容易にするためのものと解されるので、 それによつて両組成物が別個の発明となるものではない。 (2) 反応するに充分な量について 第一発明で規定するアルカリ金属アジドと金層酸化物の量的関係の、アルカリ金属アジド、および該アジドの実質的にすべてのアルカリ金属と反応するに充分な量の金属酸化物からなる関係は、KN3とFe3O4の混合物については、両者は8KN3+Fe3O4↓4K2O+3Fe+12N2の反応を生ずるから、KN3一〇〇部に対してFe3O4三六部以上の量的関係を規定したものである。一〇〇対三六ないし一〇〇対三九であることを規定したと主張することができる根拠となるような化学当量以上数パーセントまでなどの上限の量を規定する要件は見当らないのである。そうしてみると、引用例のKN3一〇〇部およびFe3O4一〇〇部の混合物は本願第一発明で規定するアルカリ金属アジドと金属酸化物の量的関係を満足するものであることは明らかである。 なお、原告が摘示した公報の四欄二五ないし三八行の記載は、「ガス発生組成物の単位重量当りのガス発生量が低下する。」と、ガスが発生しなくなることを示す内容ではなく、ガス発生組成物を提供するという目的までを達することができない根拠となるような内容ではないことを念のため付言しておく。 (3) 原料の使用量について 第一発明は原料の使用量が要件となつていないので、相当多量の原料を用いることは第一発明の要旨とは直接関係がないことである。 原告は、引用例は一ミリグラム以下という極く少量の試料を用いているというが、Fe3O4のKN3に対する配合割合を変えたKN3とFe3O4の混合物(その中の一つとしてKN3一〇〇部およびFe3O4一〇〇部の混合物がある)を殆んどが一ミリグラムより小さいペレツトになるように調整したもの(一頁左欄下から一五ないし一三行)について、その一ミリグラムより小さいペレツトは、試料がその殆んどが一ミリグラムより小さいペレツトの混合物であることを示しているのであつて、試料全体が一粒のペレツトからなることを意味するものでないから、原告の主張は失当である。 (三) 効果について 既に述べたとおり、両発明の間には構成上の差異を認めるべき余地はないのであるから、両発明の間に構成上の差異に基づく効果上の差を生ずるはずはない。 (四) 以上の通り、第一発明は、その目的、構成、効果のいずれの点においても引用例のものと異なるところはなく、両者は同一の発明であるとした本件審決の判断に誤りはない。 |
|
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一ないし三の事実は当事者間に争いがない。 二 そこで、原告が主張する取消事由の存否について検討する。 1 手続上の違法の主張について 本件出願について、原査定は第一発明についてのみ引用例の発明と同一であるから拒絶すべきものとしているのに対し、審決は、第一発明に対する原査定を維持するとともに、第二発明に対しても、引用例の発明と同一であるから拒絶すべきものとする判断を示しており、この点については、特許法第159条第2項により準用する同法第50条の規定に基づく拒絶理由通知の手続が執られていないことは、被告も明らかにこれを争つていないところである。 ところで、前掲争いない事実によれば、本件出願は特許法第38条ただし書による併合出願であり、複数の発明が一体となつた一個の出願であつて、二以上の発明は一体として取扱わなければならないから、二以上の発明のうち一発明について拒絶理由があるときは、同法第49条の規定によつて、その併合出願全部について拒絶すべき旨の査定をしなければならないものである。 そうして、第一発明に対する審決の判断が後記認定のように正当であることにかんがみれば、第二発明に対する審決の判断の当否ひいては手続上の違法の有無について論ずるまでもなく、拒絶の査定は維持されるべく、審決を取消すことはできないというべきである。そうすると、その余の判断に及ぶまでもなく、第二発明に対して拒絶理由通知による意見書提出及び補正の機会を与えなかつた手続上の違法をいう原告の主張は採用することができない。 2 新規性の判断について(一) 引用例記載の技術内容 成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例は、真空中において金属および金属酸化物の存在下における溶融アジ化カリウムの熱分解を実験調査した論文であり、アジ化カリウムと添加物とをめのう乳鉢内で高度に均一に混合し、この混合物を小ペレツトにして実験に供している。そして、この添加物としてFe3O4を用い、アジ化カリウムとFe3O4の割合を一〇〇対一、一〇〇対五、一〇〇対一四および一〇〇対一〇〇にして温度三六〇度Cでアジ化カリウムを分解させ、窒素ガスを発生させた実験例が示されており、また、Fe3O4を用いたアジ化カリウムの分解では、Fe3O4は還元されて鉄金属になることが述べられている。 ところで、カリウムはアルカリ金属の一種であるからアジ化カリウムは第一発明でいうアルカリ金属アジドの一種であり、また、鉄はカリウムよりも起電力系列(イオン化列)が低位の金属であるから、Fe3O4は第一発明でいう金属酸化物の一種である。 したがつて、引用例には、第一発明でいうアルカリ金属アジドと金属酸化物とを右各割合で混合した固体ガス発生組成物が示され、またこの組成物を真空中で三六〇度Cで分解させることが示されているということができる。 (二) 第一発明と引用例のものとの異同 成立に争いのない甲第二号証および前掲甲第三号証ならびに弁論の全趣旨によつて、原告主張に従い、目的、構成、効果にわたつて第一発明と引用例の技術とを比較検討すれば、次のとおりである。 (1) 目的について 引用例のアジ化カリウムとFe3O4とを混合した組成物が、アジ化カリウムを分解させて窒素ガスを発生させるためのものであることは明らかであり、他方第一発明はガス(窒素ガス)発生組成物であるから、共に窒素ガスを発生させるための組成物であつて、この点両者は同じである。 原告は本願明細書の発明の詳細な説明の記載をあげて、第一発明は乗物内の搭乗者を保護するためのクツシヨンを急激に膨脹させるに必要なガスを発生させるための組成物を目的とする旨主張するが、その特許請求の範囲には、アルカリ金属アジドと、これと反応するに充分な量の特定の金属酸化物とからなる固体ガス発生組成物自体が記載されているのみで、その用途に関して何ら記載がなく、右クツシヨンを膨脹させるために用いる組成物である旨の限定は付されていないし、本願明細書の詳細な説明も、その冒頭に「本発明はガス発生組成物に関するものである。更に………」と一般的な説明の記載に続いて原告の主張する用途の記載があるばかりで、必須な用途限定の記載とは俄かにし難く、また、アルカリ金属アジド組成物は専ら衝撃吸収用空気クツシヨンを膨脹させる用途に用いることが自明であるとの証拠もない。したがつて、原告の右主張は採用することができない。そうすると、発明の目的において第一発明と引用例のものとが異なるものとすることはできない。 (2) 構成について(イ) ガス発生組成物の反応時の圧力について 第一発明は特許請求の範囲の記載のとおり、固体ガス発生組成物そのものの発明であり、そこには該ガス発生組成物の用途、使用法等については何ら限定がされていないのであるから、該ガス発生組成物の反応時の圧力条件が限定されていると解することはできない。そうしてみれば、第一発明の要旨外の事項を挙げて引用例との相違をいうものであつて原告の主張は採用できない。 (ロ) アルカリ金属アジドと金属酸化物との配合割合について 引用例にはアジ化カリウムとFe3O4との一〇〇対一〇〇の量比の混合物を実験に供したことが示されている。ところで、引用例にはFe3O4はアジ化カリウムの分解で鉄金属に還元されることが記載されているので、両者は次の化学反応を生起するものと認められる。 8KN3+Fe3O4=4K2O+3Fe+12N2 そして、これは両者の化学反応における化学当量がアジ化カリウム一〇〇重量部に対しFe3O4三六重量部であることを意味する。したがつて、引用例のアジ化カリウム一〇〇対Fe3O4一〇〇の量比は、Fe3O4の量がアジ化カリウムの実質的にすべてのカリウムと反応するのに充分な量であるということができる。 原告は、第一発明でいう「アルカリ金属アジドの実質的にすべてのアルカリ金属と反応するに充分な量の金属酸化物」とは、アルカリ金属アジドに対する金属酸化物の量が化学当量に等しいかそれ以上数パーセントまでの量のことであつて、引用例の右量比はその範囲外である旨主張する。しかしながら特許請求の範囲にはそのような数値的限定があるものとはみられない。もつとも本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「組成物に過剰のアジドが存在すると、完全な反応が起らず、アルカリ金属が生成し、これは前記のような理由で望ましくない。したがつて、組成物中の金属酸化物の量はアジドのアルカリ金属のすべてと反応するに充分な量でなければならない。アジドの反応を完全にするためには、金属酸化物の量を化学当量よりわずか(数パーセント)に多くすることが望ましい。化学当量よりも過剰の金属酸化物を含有する混合物とは、金属酸化物の量が理論化学当量によつて表わされる量よりも多い混合物を意味する。しかし、金属酸化物の量が化学当量よりも数パーセント以上多くなると、反応率が低下し、ガス発生組成物の単位重量当りのガス発生量が低下する。」(公報4欄二五ないし三八行)との記載がある。しかしながら、この記載は、金属酸化物の量はアジドのアルカリ金属のすべてと反応するに充分な量でなければならないことを規定しているものの、その上限を規定しているものとは解されず、「金属酸化物の量を化学当量よりもわずか(数パーセント)に多くすることが望ましい。」の記載は、あくまでも所望事項であつて、これが必須要件を示すものとすることはでき難い。したがつて、原告の右主張は採用することができない。 (ハ) 原料の使用量について 原告は、第一発明は相当多量の原料を用いるのに対し、引用例は極く少量の試料を用いる点で両者が相違する旨主張するが、第一発明はその特許請求の範囲記載のとおり固体ガス発生組成物そのものの発明であつて、組成物を構成する成分と成分間の量比は一応限定されているものの、成分の絶対量については何ら限定がなく、 またそこには前記のとおり、該ガス発生組成物の用途、 使用法等について何らの限定がないのであるから、該ガス発生組成物の各成分の絶対量がおのずから限定されていると解釈する余地はない。そうすると、この点に関する原告の主張は、要旨外の事項をいうものであつて採用することができないものである。 (3) 効果について 前記のとおり、第一発明と引用例との間には構成上の相違がなく、したがつて、 両者の間に構成上の相違に基く効果上の相違が存するとは考えられない。 原告が主張する効果は、第一発明の固体ガス発生組成物を特定の用途に供した場合について奏する効果であり、いつてみれば、該組成物を構成する成分を特定範囲の量比にした場合(アルカリ金属アジドに対する金属酸化物の量を化学当量に等しいか、それ以上数パーセントまでにした場合)についての効果であり、かかる特定の用途に用いること、および成分の量比を特定の範囲内に限定することは前記のとおり第一発明の構成要件となつていないのであるから、これを根拠として第一発明が格別の効果を奏するものとすることはできず、原告の主張は採用できない。 (三) 発明の同一性 そうすると、第一発明が引用例記載の発明と同一であるとした審決の判断には誤りがないといわねばならない。 三 したがつて、本件出願が特許法第38条ただし書による併合出願であることを考慮するとき、その余の判断に及ぶまでもなく、審決の取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却せざるをえない。よつて、訴訟費用の負担および上告のための附加期間につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判官 | 舟本信光 |
---|---|
裁判官 | 杉山伸顕 |
裁判官 | 八田秀夫 |