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関連審決 審判1977-16500
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  上位概念 /  出願公開 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  翻訳文 /  優先権 /  援用権(援用) /  技術的意義 /  置換 /  実施 /  発明の範囲 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  異議申立 / 
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事件 昭和 58年 (行ケ) 59号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1986/10/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告 特許庁が昭和五二年審判第一六五〇〇号事件について昭和五八年一月一四日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とするとの判決二 被告 主文同旨の判決
当事者の主張
一 請求の原因1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和五〇年二月二七日、名称を「セルローズ繊維の分散染料による染色法」(後に、「セルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品の分散染料による染色法」と補正された。)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五〇年特許願第二五四四〇号)をしたが、昭和五二年九月二八日拒絶査定を受けたので、同年一二月六日、これに対する審判を請求し(同年審判一六五〇〇号として係属)、昭和五三年一〇月一七日出願公告(昭和五三年特許出願公告第三八七八七号)がなされたところ、【A】ほか三名から特許異議の申立があり、昭和五八年一月一四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年三月二三日原告に送達された。
2 本願発明の要旨 セルロ一ズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品において、その中のセルローズ繊維に次の一般式<12646-001>で表わされるアシル基を導入し、置換度を○・二〇乃至○・五〇とし、次いでこれに昇華転写捺染を行うことにより、分散染料で染色することを特徴とする、セルローズ繊維とポリニステル繊維との混紡又は交織製品の分散染料による染色法。但し、式中X1、X2、Y1、Y2及びZは、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、ニトロ基、メトキシ基又はアミノ基を表わす。
3 審決の理由の要点 本願発明の要旨は右2に記載のとおりであるが、異議申立人【A】の提示した本件出願前スイス連邦内に頒布された事実の明らかなスイス連邦特許出願第七一七一/七三号公告公報(以下「第一引用例」という。)には、全部又は一部が七ルローズ繊維からなる織物表面組織上の少なくとも一方の面を全部又は局部的に染色処理ないし圧力処理する前にセルローズ繊維を部分的に化学的改質し、担体上の分散染料を熱及び圧力を用いて織物表面組織へ転写する染色及び捺染方法が記載され、該セルローズ繊維の部分的な化学的改質は、アセチル化、ベンゾイル化、トシル化等によつて行うことができること、その織物が完全に木綿又は木綿とポリエステル繊維との混紡からなる織物であること、該アセチル化及びトシル化の置換度は〇・五〜一及び○・二〜〇・四であることがそれぞれ記載されている。また、同じく前記異議申立人の提示した本件出願前国内に頒布された事実の明らかな「テキスタイル・リサーチ・ジヤーナル」第四二巻第一号第四四頁ないし第五一頁(一九七二)(以下「第二引用例」という。)には、置換度〇・二〜〇・六のベンゾイル化セルローズ繊維について記載され、これが分散染料にて染色されること及びその吸湿性等の各種の性質について記載されている。
本願発明を第一引用例記載の発明と対比すると、両者はセルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品において、その中のセルローズ繊維にベンゾイル基を導入し、次いでこれに昇華転写捺染を行うことにより、分散染料で染色するセルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品の染色方法である点で軌を一にし、本願の発明は該ベンゾイル基の置換度を○・二〇ないし○・五〇とする点で、それについて記載されていない第一引用例のものとは一応相違する。
そこで、前記の相違点について検討すると、そのベンゾイル化と同様に、セルローズ繊維の化学的改質の一つであるアセチル化(「アシル化」とあるのは「アセチル化」の誤記と認める。)及びトシル化の場合に、その置換度が○・五〜一及び○・二〜○・四であることが第一引用例に記載されていることからみて、ベンゾイル化の置換度もそれらの範囲にすることは十分に示唆されているものと認められる上に、○・二〜○・六の置換度を有するベンゾイル化セルローズ繊維自体は第二引用例に記載されて本件出願前よく知られ、これが分散染料で染色されるものであることを考慮すると、前記ベンゾイル化の置換度を〇・二〇〜〇・五〇の範囲内のものとすることに格別の困難な理由があつたものとは認められず、適宜に行うことができる範囲のものと認められる(なお、一般に、範囲のある限定において、その範囲内に相当するものがある場合には、その点でそれらは一致するので、たとえ、その範囲の下限と上限を見いだしたとしてもそのことには格別の意味は認められないものであるから、本願発明の場合もその下限と上限を見いだしたことをもつて、それが格別のものとすることはできない。)。
そして、本願明細書の記載からみて、本願発明の効果は前記の置換度を有するベンゾイル化セルローズ繊維の有する性質に基づくものであり、該ベンゾイル化セルローズ繊維自体は本件出願前公知に属し、これが分散染料により染色され、またその他の性質もよく知られているものであることを考えると、本願発明において特別の効果が奏せられたものとは認められない。
したがつて、本願発明は、第一、第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められ、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決の取消事由-その一 審決は、第一引用例(審決が第一引用例として挙示する「スイス連邦特許出願第七一七一/七三号公告公報」は、正しくは、「スイス連邦特許出願公告第七一七一/七三号明細書」と表示すべきであるが、審判手続及び審決においても、本訴における当事者の主張においても、「公告公報」という表示が用いられているので、本判決もこれに従う。)について原告に意見陳述の機会を与えないまま、本願発明は同引用例及び第二引用例記載のものに基づいて容易に発明をすることができたとしたが、第一引用例は、審判手続に提出されず、原告はこれに対して意見陳述の機会を与えられなかつた。よつて、審判手続は、特許法第159条第2項により準用される同法第50条の規定に違反し、該手続に基づいてなされた審決は違法であり、
取り消されるべきである。すなわち、
特許異議申立人【A】が提出した特許異議申立理由補充書(本訴の甲第六号証の一の二)には、証拠方法として「甲第二号証 スイス国特許出願第七一七一/七三号公告公報」と記載されている。これが審決が第一引用例として挙示したものである。しかし現実に右の「甲第二号証」として提出され、原告がその謄本の交付を受けたのは、スイス連邦の「PATEN-TSCHRIFT 560286」(特許第五六〇二八六号明細書。本訴の甲第三号証及び第六号証の三。以下「本件スイス特許明細書」という。)であつて、第一引用例ではない。
そして、本件スイス特許明細書は、一九七五年三月二七日に発行されたから、本件出願日以後のものであつて、本件出願日には公知の文献でなかつた。しかも、特許異議申立人【A】は、本件スイス特許明細書記載の発明の特許出願に基づく優先権を主張してわが国になされた特許出願の公開特許公報(昭五〇年特許出願公開第一八七七八号公報。本訴の甲第六号証の二)を審判手続において提出し、これを主たる証拠として用いて、本願発明は右公開特許公報記載の発明と同一の発明である(特許法第29条の2又は同第29条第1項第3号該当)と主張し、また、右発明から容易に発明をすることができた(同法第29条第2項該当)と主張したので、
原告は、右公開特許公報記載の発明が、本件出願前に公知のものといえない旨、及び本願発明と同一発明といえない旨を主張したが、第一引用例記載の発明については、右発明との関係での本願発明の進歩性の主張をしなかつたのである。
以上の主張に対し、被告は、第一引用例と本件スイス特許明細書とでは、記載の技術内容において変わりがなく、また、本件スイス特許明細書の第一頁に、第一引用例の出願番号や出願公告日が明記されているから、実質的にみれば、本件スイス特許明細書は第一引用例の写しとして提出されたものとみることができると主張する。
第一引用例と本件スイス特許明細書とでは、記載の技術内容において変わりがないことは確める。しかし、まず本件スイス特許明細書の第一頁には出願番号の記載はあるものの、出願公告日の記載はない(ちなみに、右第一頁●●の年月日は,「出願が公知にされた日」が記載されているにすぎない。)し、本件の場合は、たまたま内容面で変わりがないという結果になつたにすぎず、第一引用例のような公告公報と特許明細書とは本来別物であり、常に内容が一致するとは限らないものであるから、本件スイス特許明細書をもつて、第一引用例の代用とすることは許されない。
被告は、本件スイス特許明細書が第一引用例の写しとして提出されたとみることができることは、原告が本件スイス特許明細書を第一引用例と認識した上で答弁していることからみても、妥当であると主張するが、原告は、本件スイス特許明細書を第一引用例と認識して特許異議答弁書を作成したわけでないから、被告のこの主張も不当である。
仮に、本件スイス特許明細書が第一引用例の写しとして提出されたものとみるべきであるとしても、原告が第一引用例について意見陳述の機会を与えられなかつたことに変わりはない。すなわち、審決は、第一引用例が「セルローズ繊維の部分的な化学的改質は、アセチル化、ベンゾイル化、トシル化等によつて行うことができること」、及び「アセチル化の置換度が○・五〜一であること」を記載していると認定しているけれども、特許異議申立人【A】はこれらの記載を取り上げて主張しなかつたので、原告もこれらについて意見を陳述しなかつた。右特許異議申立人が右主張をしなかつたことは、同申立人が提出した第一引用例と同内容の本件スイス特許明細書の訳文中には、右の各記載が存在しなかつたことからも明らかである。
被告は、第一引用例について原告に意見陳述の機会が与えられていたと主張するが、右のことからすると、被告のこの主張も失当である。
5 審決の取消事由-その二 第一引用例及び第二引用例に審決認定の記載がなされていること、並びに、本願発明と第一引用例記載の発明との間に審決認定の一致点(本願発明と第一引用例記載の発明とがセルローズ繊維にベンゾイル基((アシル基はその上位概念))を導入する点で軌を一にするとの点を含む。)及び相違点があることは認めるが、審決は、本願発明において、ベンゾイル基の置換度を○・二〇ないし○・五〇の範囲内のものとしたことに格別の困難な理由があつたものと認められないと誤認し、かつ、本願発明が右構成を採用することにより奏する特段の作用効果を看過し、ひいて本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であり取り消されるべきである。
右取消事由について敷衍すると、次のとおりである。
(一) 本願発明は、セルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品を、色むらのないように、ただ一回の染色操作で一挙に、しかも堅牢に染着し、かつ製品にしなやかさを維持させることを目的としている。右目的の中でいう色むらなく染めるためには、セルローズ繊維の染料吸収性をポリエステル繊維の染料吸収性になるべく近づけ、染料吸収性をそろえることを前提とする。このような目的達成のために本願発明は、置換基を、前記本願発明の要旨中の一般式で規定するような狭い範囲のアシル基に限定し、置換度の範囲も○・二〇ないし〇・五〇という狭い範囲に限定したのである。
(二) これに対し、第一引用例記載の発明は、ただ染まればよいという程度のことを目的としている。なぜならば、第一引用例はその特許請求の範囲において、
「化学的改質」という文言を用いて広い概念で化学的処理を規定し、発明の説明中でもこれに対応して、「部分的改質は例えば無水マレイン酸を使うアリル化、ベンゾイル化、アセチル化などのエステル化によつて、又は無水燐酸を使い、及びセルローズの脂肪族又は芳香族のスルホン酸エステルの形成によつて、又は例えばメチル化、エチル化、シアノエチル化又はベンジル化などのエーテル化によつて行うことができる。」(第一欄第五三行ないし第五九行)と記載しているからである。すなわち、右記載から明らかなとおり、第一引用例記載の発明は、本願発明が、染色堅牢度の点で満足なものでないとして除外したアセチル化(酢酸でアシル化すること)(本願発明の特許公報((甲第一号証))第二欄第三五行ないし第三欄第四行参照)を含め、さらにスルホン酸エステル化及びシアノエチル化というような、アシル化とは全く異なるものまで含めている上、これらの「化学的改質」をすべて同等に扱つているのであるから、第一引用例は、特殊なアシル基を選んで用いることも、その置換度を狭い範囲に限定すべきことも開示ないし示唆するところがない。
したがつて第一引用例記載の発明は、本願発明のように、色むらがなく均一に染めるというデリケートな目的を持つものではないのである。
(三) 第一引用例が開示する「化学的改質」の中に、本願発明の範囲に入るベンゾイル化があるものの、これも、第一引用例の発明の説明中ただ一箇所で「ベンゾイル化」と記載しているだけ(第一欄第五四行)であつて、それ以外に本願発明のアシル化について何の説明もない。第一引用例記載の発明の実施例もすべて本願発明の範囲外のものである。
置換度についてみても、第一引用例には、アセチル化とトシル化の場合についての記載があるのみである。本願発明のアシル化は芳香族アシル化に属するのに対し、アセチル化はアシル化に属するものの脂肪族アシル化に属しているし、トシル化はアシル化にも属していない。したがつて、第一引用例記載の発明からは、本願発明の芳香族アシル化の場合に、置換度をどのような範囲にとどめるべきかは、全く予測することができない。審決が本願発明の芳香族アシル化のうちでベンゾイル化を例にとり、第一引用例の記載が、ベンゾイル化の置換度も「それらの範囲」にすることを十分に示唆している旨認定したのは、誤りである(審決のいう「それらの範囲」とは、具体的にどのような範囲を指すかが明らかでないが、仮に○・二〜○・四と○・五〜一の両者を合わせた○・二〜一の範囲を指すとすれば、それは極めて広い範囲を指すことになり、何ら限定していないのと同じことになるが、その点を措いて考えても、上述のような過誤がある。)。
(四) 審決は「○・二〜○・五の置換度を有するベンゾイル化セルローズ繊維自体は第二引用例に記載され本出願前よく知られ、これが分散染料で染色されるものであることを考慮すると、前記ベンゾイル化の置換度を○・二〜○・五の範囲内のものとすることに格別の困難な理由があつたものとは認められず、適宜に行うことができる範囲のものと認められる。」旨認定、判断した。
しかしながら、第二引用例は、ベンゾイル化セルローズ繊維の機械的性質、例えば強度や伸度等について数値をもつて具体的に示しているものの、同繊維の染色については、ただベンゾイル化されたことを確かめる手段として、これを紹介しているにすぎない。詳しくいえば、ベンゾイル化えた繊維を分散染料溶液中に浸漬して繊維が一様に染まれば、一様にベンゾイル化されたと認められるとして、単一種類の繊維のドブ漬けを紹介しているにすぎないのである。第二引用例では、混紡又は交織製品の置換度と染色性との関係は全く説明していないことになる。また、第二引用例は、置換度が○・二〜○・六のものがよく染められると記載しているわけでもない。したがつて、第二引用例記載のものは第一引用例記載の発明と直接結び付くものではない。さらに第二引用例はセルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品を色むらなく染めるために、ベンゾイル基による置換度をどのようにすべきかについて、何ら開示するところがない。
本願発明の置換度が第二引用例記載のものから容易に定められるとする旨の審決の認定、判断は、本願発明の目的が、前記繊維製品がただ分散染料で染まれば足りるとしているものと誤解してなされたものである。
(五) 審決はまた、「本願発明の場合も(ベンゾイル化の置換度)の下限と上限を見いだしたことをもつて、それが格別のものとすることはできない」旨説示した。しかし本願発明は、異なる繊維間の染料吸収性などをそろえて色むらなく堅牢に染着させるために置換度を限定しただけではなく、置換基の種類との結び付きを要件としているのであるから、置換度の限定の点だけを取り上げてその限定は格別のものとすることはできないとした審決の説示は本願発明に妥当しない。仮に置換度の限定だけを取り上げてみても、第一引用例も第二引用例も、本願発明のような目的に沿つた置換度の限定を全く示唆していないのに対し、本願発明が色むらのないように堅牢に染着させるため置換度を限定したことをもつて格別のものとすることはできないとした審決の右説示は誤りである。
(六) 本願発明の作用効果について述べるに、本願発明の特許公報の発明の詳細な説明中に、本願発明の作用効果として、混紡又は交織製品を分散染料によつて色むらなく均一に、かつ堅牢に染着し、さらにセルローズ繊維の柔軟な風合いを残すことが記載されている。このうち染着性についてみると、セルローズ繊維の分散染料による染着性をポリエステル繊維のそれに近いものとすることができ、したがつて混紡又は交織製品を色むらなく均一に染めることができることになる。また、こうして染めたものは染色堅牢度の高いものとなる。さらに風合いについてみれば、
木綿繊維の持つしなやかさを残したものになる。
これに対し第一引用例記載の発明はただ染まればよいという程度のもので、染色の均一性も、染色堅牢度も、柔軟な風合いも全く意識にない。第二引用例記載のものは、混紡又は交織製品を対象にしていないから、染色の均一性は初めから問題にならないし、染色堅牢度も、柔軟な風合いも、全く問題にしていない。したがつて、第一引用例記載の発明も第二引用例記載のものも本願発明の作用効果を予測させるものではない。
以上によれば、「本願の発明において特別の効果が奏せられたものとは認められない。」とした審決は本願発明の前記作用効果を看過したものである。
(七) 取消事由-その二についての被告の主張に対する原告の反論は以下のとおりである。
被告は、第一引用例記載の発明と本願発明とが目的において同じであると主張し、その理由として、第一引用例記載の発明において用いられている化学的改質が一般に染色堅牢度と染色の均一性とを主な目的としていることを挙げている。
しかしながら、化学的改質は従来、繊維の強力性、防皺性(しわになりにくいこと)及び耐蝕性の向上を目的としてなされるのが一般であつたし、染色を目的として化学的改質の行われることはほとんどなく、ましてや染色の均一性や染色堅牢度の改良を目的として化学的改質をするということは全くなかつたし、また、霜降地のような、染色を不均一にして模様を出した布地が販売されているように、不均一に染めることを目的として工夫のなされることもあるから、化学的改質がすべて染色の均一性を目的としているということはできない。
被告はまた、第一引用例記載の発明の化学的改質においても、当然のこととして染色堅牢度や染色の均一性等を改善することが意識されており、期待できる効果の一つとなつていると主張する。
しかしながら、第一引用例記載の発明の化学的改質は、すべての化学反応を包含するほど広い内容のものであるため、その中に当然染色堅牢度の悪いものも、均一に染色できないものも含んでおり、染色堅牢度や染色の均一性を意識しているとはいえない。前記のとおり、第一引用例記載の発明はただ染まればよいという程度の大雑把な効果を実現しようとしているものなのである。
被告は、第一引用例にベンゾイル化以外のエステル化、例えばアセチル化、トシル化の場合に対する実施例が記載されていれば、それをもつてベンゾイル化についても十分に開示されているとみるべきであると主張するが、前述のとおり第一引用例記載の発明はただ染まればよいという程度の効果を実現しようとしているものであつて、染色の難易はもちろん、染色堅牢度などを全く問題にしていないのであり、このように化学反応によつて繊維を改質する場合をすべて包含させている第一引用例が特定の化学的改質であるべンゾイン化について十分に開示しているものとは到底考えられない。
被告は、第一引用例記載の発明に、ベンゾイル化の場合のみを他のエステル化、
例えばアセチル化及びトシル化の場合と区別し、積極的に排除する理由が見当たらないことを理由に、本願発明のベンゾイル化の置換度は、アセチル化及びトシル化の置換度から当業者が容易にこれを推考することができた旨主張する。
しかしながら、第一引用例にはベンゾイル化が他のニステル化と同様であるとする積極的記載がないのであり、べンゾイル化の置換度がアセチル化及びトシル化の置換度から推考できるとはいい難い。もともと、本願発明のベンゾイル化は芳香族アシル化に属し、他方、第一引用例の実施例一ないし三で行われているアセチル化は脂肪族アシル化に属し、実施例四で行われているトシル化はアシル化に属しない。このことに照らすと、第一引用例記載の発明は芳香族アシル化について全く開示していないということになる。脂肪族と芳香族の区別は有機化合物を分類する基準であり、別異の行動や性質を表すことが多い。したがつて、第一引用例記載の発明からは、芳香族アシル化を推考することは困難である。したがつてまた、本願発明の置換度が第一引用例記載の置換度から容易に推考することができたものとはいい難い。
被告は、第二引用例は、○・二〜○・六の置換度を有するベンゾイル化セルローズ繊維自体、及びこれが分散染料で染色されるものであることを示しているだけであると主張するが、そうであれば、第二引用例記載のものは第一引用例記載の発明とは直接結び付き得る関係にないから、本願発明をもつて、第一引用例記載の発明及び第二引用例記載のものから容易に推考し得たとはいえない。
二 請求の原因に対する認容及び被告の主張1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由-その一は争う(ただし、審決挙示の第一引用例は、正しくは、「スイス連邦特許出願公告第七一七一/七三号明細書」と表示すべきものであることは認める。)。
第一引用例は、特許異議申立の段階において、その申立の理由の証拠方法として提示された(特許異議申立理由補充書((本訴の甲第六号証の一の二))第三貢第五行ないし第一三行、第一二頁第一九行ないし第一三頁第一行参照。)。
なるほど、同補充書に添付されていたのは本件スイス特許明細書であり、同特許明細書の書誌的な事項を記載した第一頁には、第一引用例の第一頁と異なる部分がある。しかし右特許明細書の第一頁には、第一引用例の出願番号や出願公告日が明記されているし、右特許明細書の技術内容は第一引用例の技術内容と同一であるから、実質的には、右特許明細書は第一引用例の写しとして提出されたととみることができる。原告も、右特許明細書を第一引用例と認識した上で、特許異議答弁書に基づき答弁をしているのであり、このことからしても、第一引用例に対する意見陳述の機会は原告に十分に与えられていたというべきである。
原告が特許異議答弁書において、第一引用例に対して部分訳のある箇所についてしか答弁していないのに対し、審決が、部分訳のない箇所、すなわち、アセチル化の置換度に関する記載をも含めて第一引用例を引用したことは原告主張のとおりである。けれども、特許異議申立人【A】の提出した証拠方法は第一引用例の全体であるから、原告が答弁しなかつたことをもつてして、第一引用例について、原告に意見陳述の機会が与えられなかつたとすることはできない。
3 請求の原因5の審決の取消事由-その二も争う。
(一) 原告は、第一引用例記載の発明と本願発明の目的が異なつている旨主張する(請求の原因5(一)、(二))。
しかしながら、本願発明の目的である染色堅牢度や染色の均一性等は、一般に二種以上の繊維からなる混紡又は交織製品を染色する場合に解決すべき課題として周知であり、換言すると、染色堅牢度や染色の均一性等を改善することは、混紡製品等を染色する前に行われる化学的改質処理における主要な目的となつている。第一引用例記載の発明の化学的改質においても、言及されてはいないが、当然のこととして染色堅牢度や染色の均一性等を改善することが意識されており、期待できる効果の一つとなつている。
なお原告は、霜降地のような不均一染色の場合を挙げて、化学的改質がすべて染色の均一性を目的としていないと主張するが、右の場合は例外的なものであつて、
一般的なものではない。
したがつて、本願発明と第一引用例記載の発明とでは、目的を異にするものではない。
(二) 原告は、第一引用例には、本願発明における芳香族アシル化に含まれるベンゾイル化についてただ一箇所に記載されているのみで、それも、対応する実施例が記載されていないし、その置換度についても記載がないから、結局第一引用例は芳香族アシル化については何ら開示するところがない旨主張する(請求の原因5(三))。
けれども、第一引用例には、化学的改質がアセチル化、ベンゾイル化、トシル化等のエステル化等により行われる旨の記載があり、かつエステル化のうちベンゾイル化のみが他のものと異なる作用効果を奏するとする積極的な理由が見当たらない以上、第一引用例にベンゾイル化以外のエステル化、例えばアセチル化、トシル化の場合に対する実施例が記載されていれば、それをもつてベンゾイル化についても十分に開示されているとみるべきである。したがつて、第一引用例にベンゾイル化の場合に対応する実施例が記載されていないということのみをもつて、ベンゾイル化が開示されていないとすることはできず、結局第一引用例は、芳香族アシル化に含まれるベンゾイル化について十分に開示しているものと解される。
また、第一引用例には、化学的改質がアセチル化、ベンゾイル化、トシル化等のエステル化等により行われる旨の記載があり、かつエステル化のうちベンゾイル化のみが他のものと異なる作用効果を奏するとする積極的な理由は見当たらない以上、ベンゾイル化以外のエステル化をベンゾイル化の場合の参考とすることができる理である。それゆえ、ベンゾイル化の最適な置換度については第一引用例に記載されてはいないが、アセチル化の場合に○・五〜一、トシル化の場合に○・二〜○・四という置換度が第一引用例に記載されている以上、この二つの場合の置換度を参考にしてベンゾイル化の最適な置換度を定めることは、当業者が実験的に選定し得る技術的事項に属するものと考えるべきである。そして、第一引用例は、アセチル化とトシル化の二つの場合の置換度について、理論的可能な範囲である○〜三のうち比較的低い方を示しているので、これを参考にすれば、ベンゾイル化の置換度も、一までの比較的に低い範囲内から選定されるべきであることを十分に示唆しているのである。
(三) 原告は、第二引用例には、本願発明のような混紡又は交織製品の置換度と染色性との関係について全く説明されていないことなどから、第二引用例記載のものは第一引用例記載の発明と直接結び付くものでない旨主張する(請求の原因5(四))。
しかし審決は、単に「○・二〜○・六の置換度を有するベンゾイル化セルローズ繊維自体」及び「これが分散染料で染色されるものであること」の二点が、本件出願当時公知であつたことを示す根拠として第二引用例を掲げたにすぎない。
第二引用例には右の二点が記載されていることが明らかである以上、前記(二)の末尾で述べたようにベンゾイル化の置換度を一までの比較的に低い範囲内から選定するに当たり、第二引用例の記載に基づきベンゾイル化の置換度を本願発明のように○・二〜○・五の範囲内のものにすることは、当業者にとつて実験的に容易になし得る事項であるといえる。
(四) 本願発明の奏する作用効果として原告が主張する、染色の均一性、染色堅牢度、柔軟な風合い(請求原因5の(六))は、混紡繊維の染色前処理における周知の課題であり、これらは、第一引用例記載の発明の化学的改質においても十分に意識されていたものと考えられる。そうすると、本願発明の作用効果は、第一引用例記載の発明のベンゾイル化を実施し、その際に最適な置換度を選定した結果における単なる属性の確認にすぎず、顕著な作用効果とすることはできない。
(五) 結局、本願発明は第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認定、判断した審決に誤りはない。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由-その一の存否について判断する。
1 原告は、審決が、第一引用例につき原告に意見陳述の機会を与えないまま、同引用例記載の発明と本願発明との対比判断を行つた旨主張する。原告の右主張は、
特許法第159条第3項により審判手続の段階における特許異議の申立に準用される同法第57条の趣旨とする特許出願人に対する答弁の機会の保障を実質上受けることができなかつた手続の違法をいうものであると解せられるから、そのような趣旨の主張として当否を検討する。
原告は、まず、特許異議申立人【A】が提出した特許異議申立理由補充書には証拠方法として第一引用例が記載されていたのに、現実に提出され、原告がその謄本の交付を受けたのは、本件スイス特許明細書であつたため原告は第一引用例に対する意見陳述の機会がなかつた旨主張する。
2 ところで、特許法第159条第3項により審判手続の段階における特許異議の申立に準用される同法第55条第2項では、「特許異議の申立をするには、その理由及び必要な証拠の表示を記載した特許異議申立書を提出しなければならない。」と規定されており、特許法施行規則第38条により特許異議の申立の審査に準用される同規則第50条においては、第一項で「審判の請求書、答弁書、その他審判に関し特許庁に提出する書面には、必要な証拠方法を記載し、証拠物件があるときは、添付しなければならない。」と、第二項で「前項の証拠物件が書面であるときはその謄本を(中略)特許庁および相手方の数(中略)に応じて提出しなければならない。」と規定されている。そして、証拠方法たる書面の謄本の提出が要求されているのは、審判官による審査に資するとともに、相手方が答弁書において特許異議申立人提出の不利益な資料についてする弁明をより適確ならしめるためであると解すべきである。したがつて、書面の謄本が相手方に交付されなければならないことは当然のことであり、特許異議申立人が証拠方法として表示した書面を添付せず、また、その謄本を提出しない場合には、審判長は特許法第17条第2項に基づき同申立人に対し書面の添付、謄本の提出を催告し、もし同申立人が証拠方法として表示したものと異なる書面あるいは謄本を添付、提出した場合には、前記条項に基づきその差換えを求めるなど適宜な措置をとるべきことも、前記特許法施行規則第50条の規定の趣旨に照らし明らかである。
3 本件についてみるに、成立に争いのない甲第六号証の一の一、二、同号証の二ないし六及び弁論の全趣旨によると、本願発明に係特許出願に対して、【A】が昭和五三年一二月一九日受付で特許異議の申立をしたが、同人が昭和五四年一月一八日受付で提出した特許異議申立理由補充書において、本願発明は、その特許出願の日前の特許出願であつて本願発明の特許出願後に出願公開がされたもの(昭和四九年特許願第五五六八九号、昭和五〇年特許出願公開第一八七七八号)の願書に最初に添附した明細書に記載された発明と同一であり(特許法第29条の2該当)、また、本願発明は、その特許出願前に頒布された前記公開特許公報(右公開の日は本願発明の特許出願の日と同一であり、特許出願公開公報そのものは同日の午前零時に頒布されたものとみなされる。)記載の発明、右出願公開に係る特許出願における優先権主張の基礎となつた「スイス国特許出願第七一七一/七三号公告公報」記載の発明及び「テキスタイル・リサーチ・ジヤーナル第四二巻第一号第四四〜五一頁」記載のものと同一である(同法第29条第1項第3号該当)等の理由から特許を受けることができない旨主張し、証拠方法として、「甲第一号証 特開昭五〇-一八七七八号公開公報」、「甲第二号証 スイス国特許出願第七一七一/七三号公告公報(一九七四年八月三〇日公告)」、「甲第三号証 テキスタイル・リサーチ・ジヤーナル第四二巻第一号第四四〜五一頁」などと表示し、添付書類の目録の項に「甲第一号証 正副各一通」、「甲第二号証(訳文付)″」、「甲第三号証″」などと記載したこと(上記「〃」は「正副各一通」を受ける記号)、右「甲第二号証」が審決が挙示する第一引用例、「甲第三号証」が同第二引用例であること(以下特許異議申立人が提出した甲号各証は、本訴における甲号各証と区別するため、かぎ括弧を付する。)、ところが、実際に右特許異議理由補充書に「甲第二号証」として添付されたのは、本件スイス連邦特許明細書であり、提出されたのはその謄本であつて、第一引用例である前記公告公報は添付、提出されなかつたが、審判長は差換えを求めるなどの措置をとらなかつたことが認められる。
右認定の手続の経過に照らすと、審判長が第一引用例である前記公告公報を添付させ、また、その謄本を提出させず、したがつて、該謄本を原告に交付しなかつたにもかかわらず、審決が第一引用例に基づいて本願発明の特許要件の判断をしたことは、その判断を形成するための審判手続の進め方としていささか当を得ないものといわざるを得ない。
あるいは特許異議申立人【A】は本件スイス特許明細書を前記公告公報の代用として添付、提出し、審判長もそのようなものとして同明細書の謄本を原告に交付したのかもしれないが、およそ証拠方法について代用などという観念を入れる余地がないことは明らかであり、そのような取扱いをすることも相当ではない。
しかしながら、前掲甲第六号証の三及び成立に争いのない甲第四号証によれば、
第一引用例記載の発明は、名称を「全体又は部分的にセルローズ繊維よりなる織物平面構造物の染色及び捺染方法」とし、出願人へバーライン・アンド・カンパニー・エイ・ジー・ワツトビルが一九七三年(昭和四八年)五月二一日スイス連邦に特許出願したものであり、第一引用例の第一頁には、出願番号七一七一//七三、
出願日一九七三年五月二一日二四時、出願が公知にされた日一九七四年八月三〇日の各記載があり、第二、第三頁に全文明細書の記載があり、また、本件スイス特許明細書は、第一引用例記載の発明に関する特許明細書であり、その第一頁には、出願番号七一七一/七三、出願日一九七三年五月二一日二四時、出願が公知にされた日一九七四年八月三〇日、特許登録日一九七五年二月一五日、特許明細書発行日一九七五年三月二七日との記載及び右特許明細書発行日の下に「Auslege-shrift Nr.7171/73と符合する」との記載があり、第二、第三頁に全文明細書の記載があることが認められる(なお、右の「出願が公知にされた日」とは、出願公告日のことである。)。しかして、両者はその記載の技術内容において変わりがないことは、当事者間に争いがないところである。
右にみたところに照らすと、第一引用例と本件スイス特許明細書とは書面そのものとしてはもとより別個のものであり、各第一頁の書誌的事項も完全に一致するものではないが、原告は、特許異議申立人【A】が特許異議申立理由補充書において証拠方法として、「甲第二号証 スイス国特許出願第七一七一/七三号公告公報(一九七四年八月三〇日公告)」と記載したことと、第一頁に出願番号七一七一七三、出願が公知にされた日一九七四年八月三〇日とそれぞれ記載された本件スイス特許明細書の謄本を受け取つたことによつて、第一引用例の内容を知り得たものといい得るのであるのであり、成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨によると、現に原告は、特許異議の申立人【A】が提出した特許異議申立理由補充書の副本と共に、「甲第二号証」(第一引用例)と前認定のような関連性を有する本件スイス特許明細書の謄本を受け取つて、(昭和五四年七月一三日に、「甲第二号証」(第一引用例)の内容について、本願発明と対比させて、右申立人の右理由補充書における主張に対する反論を記載した特許異議答弁書を提出したことが認められるのであるから、原告が第一引用例の謄本の交付を受けなかつたということから、特許異議の申立、とりわけ第一引用例を援用して理由づけている部分に対する答弁の機会を実質上与えられなかつたということはできず、むしろ、右答弁の機会が与えられたかどうかという観点から前記事実関係を評価する限りにおいては、原告は本件スイス特許明細書の謄本の交付を受けることによつて第一引用例の謄本の交付を受けたのと同視することができるものというべきである。
4 原告は、仮に本件スイス特許明細書の謄本の交付を第一引用例の謄本の交付と同視し得るとしても、特許異議申立人【A】は本件スイス特許明細書について審決が認定するような記載の訳文を提出せず、また、この記載部分を取り上げて申立の理由を主張しなかつたから、原告は第一引用例の当該記載についての意見陳述の機会を与えられなかつた旨主張する(請求の原因4最終段の主張は上記の趣旨の主張を含むと解せられる。)。
しかしながら、前掲甲第六号証の一の一及び同号証の二、三によると、前記特許異議申立人が提出した本件スイス特許明細書の訳文には、本件争点に関するものとして、「部分的な化学的改質はエステル化、例えばセルロースの脂肪族または芳香族スルホン酸エステルの生成を伴う無水マレイン酸等を用いるアセチル化、ベンゾイル化(中略)等によつて行うことができる。」(全文明細書原文第一欄第五三行ないし第五九行。訳文第一頁第一〇行ないし末行((訳文で原文の出所を「第一三〜第一九行」としたのは誤記と認める。)))、「まず第一に、完全に木綿または木綿とポリエステル繊維との混紡から成る織物が考慮される。」(同原文第二欄第五行ないし第八行。訳文第二頁第二行ないし第三行)、「次に、昇華性の分散染料を全面にわたつて成層させた型紙を織物上へ重ね、アイロンプレスを用いて二〇〇度Cで二〇秒間接触させ、織物上へ染料を転写する。」(同原文第二欄第二九行ないし第三三行。訳文第二頁第五行ないし第八行)、「このように前処理した織物のトシル化は置換度○・二〜○・四に相当する。」(同原文第三欄第一〇行ないし第一二行。訳文第二頁第一〇、第一一行)、「特許請求の範囲 1織物表面組織上で少くとも一方の面を全面的または局部的に染色処理ないし圧力処理する前にセルロース繊維を部分的に化学的改質することを特徴とする、熱および圧力を用いる分散染料の担体上への成層および織物表面組織への転写による全部また一部がセルロース繊維から成る織物表面組織の染色および捺染法。」(原文第三欄第三一行ないし第三九行。訳文第三頁第一行ないし第八行)の各記載があることが認められ、これを審決が認定した第一引用例の技術内容と対照すると、該技術内容のうち「アセチル化の置換度が〇・五〜一であること」は(本件スイス特許明細書の全文明細書の原文にその旨の記載は存する((前掲甲第六号証の三第一欄第六三、第六四行))が)、訳文中に対応する記載を欠いていることが明らかである(右訳文の存しないことは当事者間に争いがない。)。なお、原告は、訳文には、審決が認定した第一引用例の技術内容のうち「セルローズ繊維の部分的改質は、アセチル化、ベンゾイル化、トシル化等によつて行うことができること」の記載も欠いているもののように主張するが、前認定の訳文をみれば、右主張は事実に反する(アセチル化について、訳文における「セルロースの脂肪族または芳香族スルホン酸エステルの生成を伴う無水マレイン酸等を用いるアセチル化」という部分が化学的に意味をなさないかどうかの詮議はともあれ、アセチル化という化学的改質が表示されていることは明らかであるし、トシル化という化学的改質はその置換度と共に訳文上明記されているから、審決が認定した前摘記の技術内容についての訳文の記載を欠いているという原告の主張は採用できない。)。
ところで、特許異議申立人が特許異議申立書に添付すべき証拠方法たる書面であつて、外国語で書いたものには、その翻訳文を添付しなければならない(特許法施行規則第2条第2項)。これは、手続関係人が外国語に通じていることを一般的に期待することができないところから、書面の意味内容を明確にして手続の進行を図るため、外国語で書いた証拠方法たる書面を提出する手続関係人に訳文の添付を要求したものであつて、民事訴訟法第248条の規定と立法趣旨を共通にするものである。そして、外国語で書かれた文書であつて、訳文の添付のないものを採証の用に供することは相手方に証拠方法たる書面の意味内容を了知させないでした点で一般的に違法であり、このことは、部分訳が添付されている場合に訳文のない部分を採証の用に供することについても、同様であるというべきであるが、書面の意味内容が、手続関係人の主張、立証趣旨の陳述、他の証拠方法、部分訳の場合における訳出部分あるいは審判手続の全趣旨(特許異議の申立に対する審査を包含する審判手続の全過程に現れた一切の模様、状況)によつて明らかにされ、相手方もまた十分にこれを了知していたと認められる場合には、例外的に、前記のような違法性を帯びないものと解するのが相当である(証拠方法に関するものではないが、特許法第184条の4第4項のような特別の規定があれば、別論である。)。
本件において、前掲甲第六号証の一の一、二、同号証の二及び弁論の全趣旨によれば、特許異議申立人【A】が特許異議申立理由補充書に証拠方法の「甲第一号証」として添付し、原告においてその謄本の交付を受けた昭和五〇年特許出願公開第一八七七八号公報(右特許出願が第一引用例記載の発明の特許出願を基礎とする優先権の主張を伴うものであることはさきに認定したとおりである。)の明細書の項には、「アセチル化は○・五〜一の置換度まで行うことができる。」(第二頁右下欄第八、第九行)、「この様に前処理した織物のトルイジ化は○・二〜○・四の置換度に対応する。」(第三頁右下欄第一四行ないし第一五行。なお、「トルイジ化」は「トシル化」の誤記と認める。)との記載があること、右理由補充書の第四頁第一四行ないし第五頁第三行には、さきに右公開特許公報記載の発明を分説し、
「(b)全体または部分的にセルロース繊維よりなる繊維平面状構造物」、
「(d)該繊維構造物を染色および捺染する前にセルロース繊維の部分的化学的改質を行うことを特徴とする染色および捺染法である。」(第三頁第一九、第二〇行、第四頁第二行ないし第四行)としたのを受けて、「さらに(d)の部分的化学的改質には本願発明(ロ)の要件、即ちベンゾイル化が含まれることは甲第一号証第二頁左下欄下から第四行〜第二行の記載から明らかである。さらに甲第一号証第二頁右下欄第八行および第三頁右下欄末行にはアセチル化やトルイジ化(「甲第一号証」における「トシル化」の誤記をそのまま転記したものと認める。)の置換が○・二〜一・○程度の範囲で行われることが記載され、分散染料に染色されるようにするためのセルロースの部分的化学的な改質が、本願発明の要件(ハ)に示す置換度○・二〜○・五の範囲で行われることも述べられている。」と記載されており、右記載のうち、「アセチル化やトルイジ化の置換が○・二〜一・○程度の範囲」とあるのは、前記公開特許公報に記載されているアセチル化の置換度「〇・五〜一」、「トルイジ化(正しくは「トシル化」)」の置換度「○・二〜○・四」の両数値を合体表示したものであること、右理由補充書は右公開に係る特許出願が第一引用例記載の発明の特許出願を基礎とする優先権の主張を伴うものであるという関係にも言及し(第五頁第二〇行ないし第六頁第六行)、本願発明は右公開特許公報記載の発明とも第一引用例記載の発明とも同一である等の主張をしていることが認められる。
この認定事実に照らすと、第一引用例に「アセチル化の置換度は〇・五〜一であること」が記載されていることは、原告において十分に了知することができたものと認めるのが相当であり、したがつて、本件スイス特許明細書の訳文に右事実が記載されていなかつたから、原告は、特許異議の申立、とりわけ第一引用例の援用によつて理由づけられた部分に対する答弁の機会を実質上与えられなかつたとの原告の主張は理由がないものといわねばならない。
また、前認定のとおり特許異議申立人【A】は、特許異議申立理由補充書の中で、本願発明は、第一引用例記載の発明及び該発明の特許出願に基づく優先権を主張して出願された前記公開特許公報記載の発明と同一であるなどと主張し、その理由の一環として、右公開特許公報記載の発明におけるアセチル化の置換度とトシル化の置換度とを、両者を合体させた形においてではあるが、主張していたのであるから、第一引用例の技術内容(少なくとも審決が認定した範囲内の)を了知していた原告としては、右主張を契機にして答弁を第一引用例記載の発明におけるアセチル化の置換度にも及ぼすことは決して困難なことではなかつたものと認めるのが相当であり、第一引用例記載の発明のアセチル化の置換度そのものが主張されなかつたからといつて原告がその点について答弁の機会を実質上与えられなかつたということはできない。この点に関する原告の主張も理由がないというべきである。
5 なお、第一引用例については、原告に本件スイス特許明細書の謄本がその訳文と共に交付されることによつて、原告においてその意味内容を十分に了知することができたものと認められ、原告に対する答弁の機会の保障も何ら欠けるところがなかつた以上、審判官において第一引用例を引用した拒絶の理由を通知するというような措置を別途に講ずる必要はなかつたものと思料することを付言しておく。
6 以上によると、原告主張の審決の取消事由-その一は理由がないことに帰する。
三 原告主張の審決の取消事由-その二の存否について判断する。
1 第一引用例及び第二引用例に審決認定の記載がなされていること、並びに、本願発明と第一引用例記載の発明との間に審決認定の一致点(本願発明と第一引用例記載の発明とがセルローズ繊維にベンゾイル基((アシル基はその上位概念))を導入する点で軌を一にするとの点を含む。)及び相違点があることは当事者間に争いがない。
2 原告は、本願発明と第一引用例記載の発明との目的の相違を主張する(請求の原因5(一)、(二))。
成立に争いのない甲第一号証によると、本願発明の特許公報の発明の詳細な説明に、分散染料は、合成繊維殊にポリニステル系合成繊維に対して優れた染着性を示すが、セルローズ繊維に対しては染着性を示さないため、セルローズ繊維とポリエステル繊維の混紡又は交織製品を分散染料によつて色むらなく、堅牢に染着するための従来技術には種々な難点があつたところ、本願発明は、セルローズ繊維とポリニステル繊維との混紡又は交織製品を分散染料で染色するに際し、色むらのないように、ただ一回の染色操作で、堅牢に、かつセルローズ繊維の良好な風合いを失うことなく染めることを目的とし、右目的を達成するため、右混紡又は交織製品において、その中のセルローズ繊維にアシル基を導入し、置換度の範囲を○・二〇ないし○・五〇の範囲に限定し、本願発明の要旨に記載のとおりの構成を採用した(第一欄下から第二行ないし第四欄第一七行)との趣旨の記載がなされていることが認められる。
しかし他方、前掲甲第四号証によると、第一引用例の全文明細書の発明の説明においては、次のとおりの記載があることが認められる。すなわち、「セルローズ繊維と合成繊維、例えば木綿繊維とポリエステル繊維とから成る交織織物又は交織編物を分散染料で染色又は捺染する際には、木綿は染まらないか又は貧弱にしか染まらないために、相当の困難が起こる。」(第一欄第九行ないし第一三行)、「実際には乾式染色及び捺染は、(中略)天然又は再生セルローズから成る編織物では非常な困難があつた。」(第一欄第三一行ないし第三五行)、「本発明は、天然又な再生セルローズ繊維を含む繊維平面構造物の乾式染色及び捺染方法を提供することを目的としており、それによつて特に分散染料に対して良好な染色性を得ることができる。本発明による方法は、染色又は捺染前に、繊維平面構造物の少なくとも一面の全体又は局部においてセルローズ繊維の部分肘な化学的改質を行うことを特徴としている。」(第一欄第三六行ないし第四五行)、「本発明による方法は、すべて木綿から成るか、又は木綿とポリエステル繊維との混紡糸から成る織物又は編物に特に適している。」(第二欄第五行ないし第八行)、「(本発明の実施例1によると)洗濯安定性の良い一様な、また満足な着色が得られる。」(第二欄第三三行ないし第三四行)と記載されている。
これらの記載によると、第一引用例記載の発明も、セルローズ繊維とポリエステル繊維などの合成繊維とから成る交織織物又は交織編物を分散染料で乾式染色又は捺染するに際し、セルローズ繊維はポリエステル繊維に比して染着性が悪いことから、セルローズ繊維を部分的に改質して染着性を改良することを目的としたものということができる。
そして、第一引用例記載の発明は、右記載に明示されているように、一様に着色され、かつ洗濯安定性の良い着色物を得ることを目的としていることはもちろん、
さらに、例えば着色物が洗濯により、あるいは光等により容易に変色又は脱色等を生ずるようでは、染着改善処理の技術的意義は著しく低いといわざるを得ないから、染着改善処理において着色堅牢性を顧慮することは、当業者が当然に行うべきものということができ、したがつて、第一引用例に記載の発明も染色の均一性及び染色堅牢度の改善を目的とするものというべきである。
もつとも右甲第四号証によると、第一引用例はその全文明細書の特許請求の範囲において、「化学的改質」という広い概念をもつて構成を規定し、発明の説明中でも「部分的な化学的改質は、例えば無水マレイン酸を使うアリル化、ベンゾイル化、アセチル化などのエステル化によつて、又は無水燐酸を使い、及びセルローズの脂肪族又は芳香族のスルホン酸エステルの形成によつて、又は例えばメチル化、
エチル化、シアノエチル化又はベンジル化などのエーテル化によつて行うことができる。(下略)」(第一欄第五三行ないし第六二行)と記載されていることが認められるのであつて、第一引用例記載の発明のうちの化学的処理には種々のものが含まれており、したがつて、各処理ごとにその効果の達成の度合いが異なることが当然予測され得るところであるが、そうであるからといつて、逆にそれらの処理の目的そのものが本質的に相違すると直ちにはいうことができない。
なおまた、第一引用例においては、本願発明が目的の一つとした、セルローズ繊維の良好な風合いを失うことがなく染めることができるとの点の明示の記載がないことが、前掲甲第四号証によつて認められるが、商品化に当たつて風合いを残すことは自明の事柄であり、その点が包含されることによつて本願発明の目的が全体として非予測性を帯びるという筋合いのものではない。
以上によれば、本願発明と第一引用例記載の発明の目的の相違をいう原告の主張は失当とすべきである。
3 原告は、第一引用例は本願発明の芳香族アシル化について何も開示していない旨主張する(請求の原因5(三))。
そして、前掲甲第一号証によると、本願発明の特許公報の発明の詳細な説明第四欄第二八行ないし第四三行に、「この発明では、セルローズ繊維に対し一般式<12646-002>で表わされる、芳香族アシル基を導入する。ここで、X1、X2、Y1、Y2及びZは、水素原子、ハロゲン原子、アルキル基、ニトロ基、メトキシ基、及びアミノ基のうちの何れかである。上記式1に属するアシル基の具体例を挙げると、それは例えば、ベンゾイル基、ハロゲン化ベンゾイル基、アルキルベンゾイル基、ニトロベンゾイル基、メトキシべンゾイル基、及びアミノベンゾイル基等である。」との記載があることが認められる。この記載に照らすと、本願発明の芳香族アシル化は、ベンゾイル基、又は右に定義された置換基X1、X2、Y1、Y2及びZを有する置換ベンゾイル基を、セルローズ繊維に導入することによつて行われるものということができる。
これに対し、第一引用例の全文明細書の発明の説明第一欄第五三行ないし第六二行を引用して前記2に判示したとおり、第一引用例には、セルローズ繊維をベンゾイル化すること、すなわちベンゾイル基を導入することをセルローズ繊維の改質処理の一つとして明示する記載がある。さらに、第一引用例の出願日である一九七三年五月ニ一日より前の一九七二年に発行された第二引用例には、後で判示するように(後記4)、木綿糸すなわちセルローズ繊維にべンゾイル基を導入すること、及びベンゾイル基を導入する手段が具体的に記載されていて、右のことは公知の事実というべきであり、このことに照らしても、第一引用例には、本願発明の芳香族アシル化に含まれるベンゾイル化について開示されているものということができる。
もつとも、第一引用例の全文明細書の発明の説明第一欄第五三行ないし第六二行の記載中には「無水マレイン酸を使うアリル化」というような趣旨不明瞭な記述が混在しているが、それにもかかわらず、ベンゾイル化、アセチル化などのエステル化による部分的な化学的改質という技術内容が明確に開示されていることは否定できない。
原告はまた、第一引用例には、アセチル化とトシル化の場合の置換度についての記載があるのみで、本願発明の芳香族アシル化の場合の置換度については、何ら示唆するものではない旨主張し(請求の原因5(三)末尾)、このことをもつて、第一引用例は本願発明の芳香族アシル化のうちのベンゾイル化を開示するものでないことの根拠とする。なるほど、前掲甲第四号証によれば、第一引用例では芳香族アシル化のうちのベンゾイル化の置換度についての記載のないことが認められる。しかし、後に判示する(後記4)ように、第一引用例に記載の前記ベンゾイル化について、第二引用例に記載の置換度を採用することは、当業者にとつて格別に困難な理由があつたとは認められないのである。したがつて、原告主張のように、芳香族アシル化の場合の置換度が第一引用例に記載のないことをとらえて、第一引用例は本願発明のベンゾイル化を開示するものではないとすることはできない。
4 原告は、審決が、第二引用例から本願発明の置換度が容易に定められる旨認定、判断したのは誤りである旨主張する(請求の原因5(四))。
前判示のとおり、第一引用例には、アセチル化の置換度が○・五〜一、トシル化の置換度が○・二〜○・四であることの記載があるが、このことに照らすと、置換基の種類によつて採用すべき置換度が相違するものと解されるから、右二つの場合の置換度から、本願発明のベンゾイル化の置換度を○・二〇〜○・五〇とすることが十分に示唆されているとは認め難いところである。
しかしながら、成立に争いのない甲第五号証によると、第二引用例には次の記載、すなわち、「印度綿紡績糸を平均して○・二から○・六にわたる低い三段階の置換度に部分的にベンゾイル化して、木綿の繊維構造と他の望ましい特性を維持させた。」(第四四頁要約欄第一、第二行)、「ベンゾイル化した糸を五%のセリトンフアストオレンジCR(重量基準)により、八五から九〇度Cで約一時間、一対五〇の材料対液比(浴比)で染色した。処理の均一を示す均一な染色が得られた。」(第四五頁右欄第五行ないし第九行)との記載があることが認められる。
これらの記載からすると、○・二から○・六の置換度を有するベンゾイル化木綿は、分散染料で染めることができること、また、右置換度においては、木綿としての望ましい特性を維持されることが、本件出願時において公知のものであつたということができる。
そして、右のような置換度において木綿をベンソイル化した際の染着性及び特性の維持は、ポリエステル繊維との混紡又は交織によつて影響を受けるものとは認められないのであつて、第一引用例記載の発明において、木綿すなわちセルローズ繊維をベンゾイル化してその染色性を改善する際、第二引用例に記載の置換度を採用することは、当業者にとつて容易に推考し得たものということができる。
原告はこの点に関し、第二引用例は、置換度の○・二〜○・六のものがよく染められると記載しているわけでもないし、また、セルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品を色むらなく染めるために、ベンゾイル基による置換度をどのようにすべきかについて、何ら開示するところがないと主張する。なるほど前掲甲第五号証によると、第二引用例には、原告主張の右の二点についての記載又は開示がないことが認められるが、右に判示したところに照らすと、このことをもつてしても、第一引用例記載の発明において、セルローズ繊維をべンゾイル化してその染色性を改善する際、第二引用例に記載の置換度を採用することが、当業者にとつて容易に推考し得たものであるとの前記判断を何ら覆すものではないというべきである。
5 以上みてきたところによると、本願発明と共通する目的を達成するため、セルローズ繊維とポリエステル繊維との混紡又は交織製品において、その中のセルローズ繊維にベンゾイル基を導入し、次いでこれに昇華転写捺染を行うことにより、分散染料藁色する点で本願発明と一致する構成を有する第一引用例記載の発明に、セルローズ繊維にベンゾイル基を導入する置換度を開示している第二引用例記載のものにおけるベソゾイル化の置換度○・二〜○・六の範囲内である○・二〇〜○・五〇の置換度を取り入れ、本願発明のように構成することは、当業者にとつて容易になし得たものということができる。
原告は、「本願発明の場合も(ペンゾイル化の置換度)の下限と上限を見いだしたことをもつて、それが格別のものとすることはできない」とした審決の誤りをいうが(請求の原因5(五))、審決は、本願発明が置換度を限定しただけでなく、
置換基の種類との結び付きを要件としていることを踏まえて右の判断を示していることは明らかであるから、審決の趣旨を別異に理解して審決を攻撃する原告の主張は理由がないし、また、さきに判示したとおり、本願発明におけるベンゾイル化の置換度の下限と上限の限定は当業者にとつて格別困難なものであつたとは認められず、また、その数値的限定によつてもたらされる作用効果も普通に予期される程度を越えるものでないこと次段で述べるとおりであるから、右限定を格別のものでないとした審決の判断は正当であつて、原告の前記主張は理由がない。
6 そこで、本願発明の奏する作用効果についてみるに、原告は、第一引用例記載の発明は、ただ染まれぱよいという程度のもので、染色の均一性も、染色堅牢度の点も意識に置いていないのに対し、本願発明は、混紡又は交繊製品を分散染料によつて色むらなく均一に、かつ堅牢に染着することができるという作用効果を奏する旨主張する(請求の原因5(六))。しかしながら、仮に、本願発明が、染色の均一性及び染色堅牢度の点で、第一引用例における実施例で具体的に開示されたものに比して優れた作用効果を奏し得るとしても、さきにみた第二引用例記載の置換度を第一引用例記載の発明のベンゾイル化に適用することによつて、当然奏せられるものと認めるべきであるから、右作用効果は、第一引用例記載発明及び第二引用例記載のものから予期し得る程度の作用効果というべきである。
原告はまた、本願発明において、木綿繊維の持つしなやかさを残すという作用効果のあることを主張し、前掲甲第一号証によると、本願発明の特許公報の発明の詳細な説明に、「ところが、この発明方法に準じてアシル化されたセルローズ繊維では、下記第一表(本判決別紙第一表)のとおり、これらの特性値が未処理布と余り変らぬ値を示している。これによつて、この発明方法によるものが、風合いにおいてすぐれていることが推定できる。」(第八欄第八行ないし第一三行)との記載が存することが認められる。しかしながら、さぎに判示したとおり、第二引用例には、○・二から〇・六にわたる低い三段階の置換度に部分的にベンゾイル化したものは、木綿の繊維構造と他の望ましい特性が維持されることが開示されていて(前記4)、右のようにベンゾイル化したものにおいて風合いについても望ましい特性が維持されることの示唆がなされているものと解されるし、また、本願発明の特許公報の前記第一表の記載においては、ベンゾイル化綿布の置換度が低いほど、その伸長特性値、圧縮特性値、曲げ特性値、剪断特性値といつた物理的性質が、未処理木綿布のものに近いことを示しているのであり、このように、木綿の改質度が低いほど未処理布の物理的性質に類似することは、ベンゾイル化に限らず、他の改質においても通常予期されることである。そうすると、原告の主張するしなやかさの維持の点の作用効果も、特に予期し得ないものではないというべきである。
7 以上によると、本願発明は、第一引用例及び第二引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものということができ、これと同旨の審決の認定、判断に違法はなく、原告主張の審決の取消事由-その二も理由がない。
四 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
裁判官 蕪山嚴
裁判官 竹田稔
裁判官 塩月秀平