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関連審決 審判1980-14918
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  新規性 /  秘密保持義務 /  容易に実施 /  新規性喪失(新規性の喪失) /  新規性喪失の例外(喪失の例外) /  刊行物に発表 /  出願公開 /  同一の発明 /  パリ条約 /  優先権 /  特許出願日 /  特許料(維持年金) /  文言解釈 /  置き換え /  実施 /  社会通念 /  優先期間 /  同意 /  拒絶査定 /  請求の理由 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 昭和 61年 (行ケ) 107号
裁判所のデータが存在しません。
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1987/06/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
この判決に対する上告のための付加期間を九〇日とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和六〇年一一月一九日、同庁昭和五五年審判第一四九一八号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は、主文第一項及び第二項同旨の判決を求めた。
請求の原因
原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯 原告は、一九七三年(昭和四八年)九月二四日、アメリカ合衆国特許商標庁に対し、名称を「フユーズ用一線式ホルダ及び同ホルダを製作する方法」とする発明について特許出願をし、右発明の明細書は、一九七四年(昭和四九年)一〇月二二日アメリカ合衆国特許公報に特許第三、八四三、〇五〇号として掲載された。原告は、右公報掲載の日から六月以内である昭和五〇年四月二一日、特許庁に対し、右と同一の発明(以下「本願発明」という。)について、特許法第30条第1項の適用を受けることを求めて特許出願(昭和五〇年特許願第四八五五四号)をしたところ、昭和五五年四月三日拒絶査定を受けたので、同年八月一九日、これを不服として審判の請求をし、昭和五五年審判第一四九一八号事件として審理されたが、昭和六〇年一一月一九日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、昭和六一年一月二二日原告に送達された(出訴期間として九〇日付加)。
二 本件審決理由の要点 本願発明の要旨は、本願発明の明細書の特許請求の範囲に記載されたとおりの「フユーズ用一線式ホルダ及び同ホルダを製作する方法」にあるものと認められるところ、これに対する原査定の拒絶理由の概要は、本願発明は、その特許出願日前に米国内において頒布された米国特許第三、八四三、〇五〇号明細書に記載された発明であるから、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないというものである。
請求人(原告)は、審判請求の理由において、「米国特許第三、八四三、〇五〇号明細書は、本願について特許法第30条第1項の規定を申請するに当たり、同条第四項の規定に基づいて提出した刊行物であるから、本願について当然同条第一項の規定の適用がなされるべきものである。しかるに、この刊行物を引用して本願につき拒絶すべきものとした原査定の拒絶理由は、違法である。」旨主張している。しかしながら、東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件判決(昭和五七年六月二二日言渡し)に、出願に係る発明が米国特許明細書に掲載されて公表された場合、その出願に対して特許法第30条第1項の規定の適用はできない旨判示されているから、本願発明について特許法第30条第1項の規定の適用を認めることができない。そして、本願発明は、前記米国特許第三、八四三、〇五〇号明細書に記載されたものと認められるので、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができないものと認める。
三 本件審決を取り消すべき事由 本願発明が米国特許公報に掲載された特許第三、八四三、〇五〇号明細書記載の発明と同一であることは認めるが、本件審決は、審査便覧に違背し、また、特許法第30条第1項の規定の解釈適用を誤つた結果、本願発明は、右明細書記載の発明と同一であるから特許を受けることができないとの誤つた結論を導いたものであり、違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 審査便覧違背について 審査便覧は、特許庁が、特許制度及び実用新案制度を運用するに当たり、すべての出願についての審査が一定の基準に従つて公平妥当、かつ、迅速に行われることが最も必要であるとの見地に立つて、審査の実務上必要な関係法令等を解説し、それを一定の分類によつて整理したものであるところ、昭和四七年九月一日改訂発行の同便覧一〇・三八Aには、国内又は外国で発行された「特許公報」を「図書、雑誌、新聞」とともに具体的に例示し、これら刊行物発表に係る発明について特許出願をし、特許法第30条第1項の規定の適用を受けようとするときには、特許出願に係る発明が刊行物に発表した発明であることを証明する書面を提出しなければならないとし、外国で発行された特許公報記載の発明について、特許法第30条第1項の規定の適用があることを明記していた。このように、審査便覧が、特許公報を特許法第30条第1項に規定する刊行物と認め、右公報の提出方法まで定めており、しかも、審査便覧自体が特許出願等の審査の基準として公表されているのであるから、出願人は、該基準に全面的に依拠して特許出願をし、したがつて、当該特許出願等の審査が完了するまですべからく該便覧の明示しているところに従つて処理して始めて当事者間の信頼関係を維持することができるものである。このように、審査の基準として十分検討したうえで公表し、出願人等も全面的に信頼しているところを、後に至つて突然何の予告もなく出願日に遡つて変更することは、一定の基準としての審査便覧の果たしている意義を根底から否定することになるのであつて、到底認めることができない。手続の準則としての特許法は、その改正に当たり、常にこの点に留意し、改正法の適用は、爾後の新規出願からに限り、継続中の特許出願については、すべて従前の例によるのが常であつた。してみると、審査便覧の定めるところも同様の建て前に従つて適用されるのが正しく、本願発明に対し、出願後に至り外国特許公報を特許法第30条第1項の刊行物に当たらないとし、審査便覧に反する扱いをすることは、出願人に不当に不公平な負担を課するだけでなく、公に表明した取扱いに反するものであつて、手続上許されないところであり、本件審決は、この点で取消しを免れない。なぜなら、本願発明に適用される出願時の審査便覧による定めがそのまま適用されていれば、本願発明には特許法第30条第1項の規定の適用が認められ、本願発明の対応する米国特許出願に係る特許公報が引用されることはなかつたからである。
2 法令の解釈適用の誤り 本件審決において、本願発明に対する特許法第30条第1項の規定の適用を否定した理由は、具体的に何ら示されておらず、
東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件に係る昭和五七年六月二二日言渡しの判決を示すのみであるから、右指摘の判決理由を本件審決理由に置き換えたものと解して右判決理由について検討するに、右判決において、特許公報に掲載公表されたことが特許法第30条第1項の刊行物発表に該当しないとする理由は、「けだし同条にいう「発表」とは、特許を受ける権利を有する者が自らの発表せんとする積極的な意思をもつて発表することであり、他人が発表することを容認するような消極的な意思が存在するだけでは同条にいう「発表」とはいえないからである。」というものである。ここでは「積極的意思」と「消極的意思」の区別がされているが、特許出願人は、すべからく特許を得ることを希望して出願をし、その過程において出願公告を経て始めて特許となるのである。したがつて、特許を得ようとする出願人は、特許公報に掲載されるよう積極的意思は持つているが、不幸にして特許要件を満たさないものと審査において判断された場合は、出願人の意思にかかわらず、特許公報に掲載してもらえないにすぎない。したがつて、「積極的」あるいは「消極的」という主観的要件によつて適用が左右されるのであれば、発明者及びその承継人である出願人は、「積極的」に米国特許公報に掲載されることを希求していたのであるから、なお特許法第30条第1項の規定の適用は、認められなければならない。次に、右判決は、「出願公告は、特許庁長官が特許公報に所定事項を掲載して行なうものであつて(特許法第51条)、出願人(特許を受ける権利を有する者)の出願に係る発明を発表しようという積極的な意思に基づいてなされるものではない。特許を受ける権利を有する者が特許出願をするのは、それによつて特許権を取得するか、他人の特許権取得を阻止する(審査請求をしない場合)ことにあり、特許公報による出願公告又は出願公開により、出願に係る発明を発表することを意図してなされるものではないというべきである。」とし、特許公報による発明の発表に関する理は、「日本特許公報であつても、米国特許公報であつても異なるところはない。」としている。しかしながら、本件における問題は、米国における特許公報掲載であり、それは決して日本における特許公報掲載と同じ手続でなされているものではない。すなわち、米国特許法第122条は、特許商標庁の出願の秘密保持義務について、「出願人又は特許権者の同意なしにその出願に関するいかなる情報も漏らしてはならない。」とその基本原則を規定している。したがつて、出願の審査請求後は、出願人の意思とかかわりなく審査の手続過程が進行し、
出願公告も出願人の意思にかかわりなくされる日本の特許法とは全く異なつた態様で進行する。そして、日本の出願公告と本質的に異なるところは、米国においては、それに対応する出願公告制度がなく、かえつて、同特許法第151条の特許証の発行に関する規定において、一〇〇パーセント出願人の意思で発行がされる建て前になつており、同条第一パラグラフにおいては、「出願人が、法律に基づいて特許を受ける資格を有すると認められるときは、出願について特許通知書が出願人に交付又は郵送される。この通知書には、発行料金又はその一部を構成する金額が明記されている。この金額は、その後三か月以内に納付されなければならない。」と規定し、指定金額の納付を専ら出願人の意思にゆだねている。そして、納付の効果については、同条第二パラグラフで、「この金額の納付後速やかに特許証が発行される。しかし、所定の期間内に納付されないときは、その出願は、放棄されたものとみなされる。」と規定し、特許証の発行が出願人の指定料金の納付に係るものであることを明記している。すなわち、料金の納付が出願人の意思によつてなされると明細書を特許公報に掲載し、それと同日付で該公報を添付して特許証が発行されるのであつて、この公報掲載は、出願人が自己の明細書を公報に掲載して公表することの代償として特許証を受けるという積極的意思のもとに料金を納付して公報に掲載したものであり、日本国特許法のもとにおける公告とは本質的に性質を異にするものである。したがつて、本件審決引用の前記判決が「右の特許公報による発明の公表に関する理由は、日本特許公報であつても、"米国特許公報であつても異なるところはない。」との前提のもとになした判断は、
本件には適用の余地のないものであることが明らかであつて、米国特許公報の明細書の掲載については、特許法第30条第1項の規定の適用があるとするのが正しい解釈である。次に、法律の文言からみても、特許法第30条第1項は、同法第29条第1項第3号に規定する「刊行物」と全く同じ概念を採用したものであり、後者の刊行物の典型が特許公報であるところからすると、新規性に関する同法第29条第30条の「刊行物」を同一範囲のものとするとして規定していると解するのが法律の解釈として正しい態度である。更に、現行特許法第30条第1項が旧法(大正一〇年法律第九六号特許法をいう。以下同じ。)の該当規定になかつた事項を加えた趣旨は必ずしも明らかでないが、旧法にはなかつた発明者(出願人)保護の規定が積極的に加えられ、しかも、規定の文言上も特許公報を当然含む法律概念を採用するに至つたことにかんがみると、立法の経緯、一般学説、法律の文言解釈、審査便覧のいずれによるも、米国特許公報における特許明細書の掲載をもつて同条項の規定の適用ありと解するのが妥当である。また、以上のことを「発表」という点からみても、日本国特許法に基づいて特許出願をした場合には、出願人が審査請求をした後は、審査官による審査がなされ、明細書の記載に関する特許法第36条
特許要件に関する同法第29条等所定の要件が職権で判断され、拒絶理由が存在しないことが確かめられて始めて出願公告をすべき旨の決定がされ、特許公報に掲載されることになつており、このため、特許法のもとにおける特許出願公告は、出願人が当初考えた明細書の内容と相当程度の変更を受け、かつ、実際に公告される時期も出願人の考えている時期と大幅に変わつて来る場合が多く、したがつて、特許公報に掲載されることをもつて、出願人が出願に係る発明を「発表」するというには、通常の意味からややかけ離れたものであると感ぜざるを得ないところがあるのに対し、米国特許法における特許公報掲載は、日本におけるそれと本質的にその態様を異にするものであることは、前述のとおりであつて、許可通知書が出願人に交付される段階で明細書の内容は確定しており、公表される明細書の内容はこのように確定しているため、特許料納付により発行される公報が出願者の意向と無関係に変更されることは全くないのみならず、その発行も特許証と同日付で発行され、しかも、特許証の発行は、特許料の納付後速やかになされるのである。このように、
米国における特許公報は、最終的に明細書の内容が確定し、その確定した内容の明細書が公表されることの代償として特許権を得ようと決意した出願人(米国の場合、出願人は常に発明者である。)が特許料を納付することにより、速やかに発行されるものである。以上のように、米国における特許公報掲載は、出願人が公表されることを認容した内容そのままの明細書が、その後速やかに発行されているので、発明者がいわゆる専門誌あるいは研究機関誌に掲載して発表する場合と何ら変わりのないもので、「公表」の典型的一事例である。また、特許法第30条第1項は、単に「刊行物に発表し」と規定し、発表の対象が「刊行物」であることを規定するのみで、そこに発表する発明者の主観的意図については何も規定していない。
したがつて、発明者の主観的意図を推定したうえで、その内容により同項を適用したり、不適用とすることは違法である。もともと、特許権を取得することは、一方において当該発明の実施に関する専用権を取得するとともに、他方においては、当業者が容易に実施をすることができる程度に記載した当該発明の明細書を公開することをその代償とするものであり、特許出願に係る明細書は、一方において権利取得の対象となる発明の内容を記載すると同時に、専用権取得の代償としての技術公開の書面でもあるわけであつて、特許出願に係る明細書については、常に当該発明の内容を公開するための書面であることを発明者は当然の前提として意識しており、この点を無視して、特許出願に係る明細書の公報は特許法第30条第1項の規定の適用の対象外であるとするのは、法律の規定文言を無視した解釈で許されない。本件の場合、先の特許出願をしたのは米国においてであり、当該出願が特許されても、日本国における権利取得は何もできないのであるから、これを目して、権利取得に係るものであるから特許法第30条第1項の規定の適用はないということは、この点においても誤つたものであることが明らかである。
被告の答弁
被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一 請求の原因一、二の事実は、認める。
二 同三の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。
1 審査便覧違背の主張について 審査便覧は、審査便覧のはしがき(甲第四号証の二)に記載されているとおり、
特許及び実用新案制度を運用するに当たり、すべての出願について、その審査が一定の基準に従つて、公平妥当、かつ、迅速に行なわれるために、審査の実務上必要な関係法令、例規、取決め、文例などを解説したものであつて、その「一定の基準」は、法律、規則、命令のいずれでもなく、単に特許庁内部の運用基準にすぎない。したがつて、審査便覧違背があつたと仮定しても、法令違反ではないから、本件審決が審査便覧に違背したことを理由にその取消しを求める原告の主張は、理由がない。ちなみに、特許庁において制定した審査便覧について展望すると、特許法第30条第1項の「刊行物に発表し」に関する取扱いについては、一〇・三八A(甲第四号証の三)において、「特許を受ける権利を有する者が、国内または外国で発行された図書、雑誌、新聞、特許公報等の刊行物に発表し」と記載されていたが、特許公報に掲載されることが、同条項にいう「刊行物に発表」したことに該当しないとする取扱いが漸増し、昭和五二年に右審査便覧一〇・三八Aの項は削除された。また、出願に係る発明が特許公報に掲載されて公表されることは、特許法30条第1項にいう「刊行物に発表し」には該当しない旨の特許庁の審決に対して、
これを支持する東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件判決(昭和五七年六月二二日言渡し)が確定しており、その取扱いは、定着している。
2 法令の解釈適用の誤りの主張について 原告は、米国特許明細書に発明を掲載したのは、出願人の積極的意思によつてなしたものであり、同公報掲載については、特許法第30条第1項の規定の適用があるとするのが正しい解釈であり、この見地からみても、本件審決は取り消されるべきである旨主張する。しかし、米国特許法第151条の規定は、特許証の発行費用の負担義務が出願人にあることを明らかにしたものであつて、米国特許商標庁の特許料金に関する手続を定めたものである。したがつて、出願人による同法条に定める料金の納付行為は、出願人による右義務の履行であつて、特許証取得のためのものにすぎない。すなわち、米国特許商標庁は、法令に従つて、所定期間内における出願人による右義務の履行後、特許明細書を発行し、右義務の履行がなければ、出願は放棄されたものとみなし、特許明細書を発行しないだけのことである。その際には、出願人において、出願に係る発明を積極的に発表する意思の有無にかかわりなく、特許を受ける意思さえあれば(手続を完遂しさえすれば)特許明細書は発行されることになるのである。また、出願人による特許証の発行料金又はその一部を構成する金額納付後、特許商標庁長官の権限により、特許明細書を掲載した特許公報が印刷されるのであつて、同公報の発行は、発明を公表するために特許商標庁が行うものであつて、出願人の、出願に係る発明を発表しようという積極的な意思に基づいてなされるものでないと解される。してみれば、本件審決が、東京高等裁判所昭和五六年(行ケ)第二二号事件(昭和五七年六月二二日判決言渡し)において判示された理由をもつて、本願発明に対し特許法第30条第1項の規定の適用を認めないとしたのは正当である。更に、特許法第30条第1項の規定の趣旨は、特許出願をすることなく、自ら発明を公開した者が、その後、その発明について特許出願をした場合、特許を受けることができないとすることは、その者にとつて酷であり、また、産業の発達に寄与するという特許法の目的に反する結果となることから、同条項の要件を具備した場合には、
発明が公開されていることを理由に特許出願を拒絶されることがないことを明らかにしたものであると解される。したがつて、同条項の解釈、適用は、その趣旨に合うよう必要な限度に留めるべきであり、発明者を必要以上に保護したり、社会一般に不測の損害を与える結果を生じさせることがあつてはならない。そこで、米国特許明細書についてみると、外国に特許出願をした者が、当該発明について日本国に特許出願をするに当たり、パリ条約第4条所定の優先期間が経過したにもかかわらず、外国において出願公開のために発行した特許公報を特許法第30条第1項にいう刊行物であるとして、同条項の適用を認めた場合、特許を受ける権利を有する者に対して、優先権主張の利益のほか、更に重ねて保護を与えることになり、他面、
当該発明の日本語による公開が日本国における出願日から一年六月を経過した後になされることによつて、優先権主張を伴う特許出願がなされた場合と比較して遅延し、それだけ第三者に不利益を与える弊害を生ずることになる。してみれば、特許を受ける権利を有する者が、特定の発明について特許出願をした結果、その発明を公開すべく特許公報に掲載されることは、特許法第30条第1項にいう「刊行物に発表し」には該当しないものと解すべきである。そして、この理は、米国特許明細書に対しても該当する。
証拠関係(省略)
理 由(争いのない事実等)一 本件に関する特許庁における手続の経緯及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがなく、本願発明が原告の特許出願に係る本件米国特許公報記載の発明と同一であることは原告の認めるところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)二 本件における実質的な争点は、帰するところ、原告主張の本件米国特許公報が特許法第30条第1項にいう刊行物に当たるか否かにある。よつて、審案するに、
特許法第30条第1項は、同法第29条第1項新規性喪失に関する規定の例外規定と解せられるところ、同法第30条第1項の規定によると、刊行物で新規性喪失の例外となるものは、「特許を受ける権利を有する者」が「発表し」た刊行物に限られるのであつて、ここに、特許を受ける権利を有する者が発表したとは、同法条の文言に照らし、その発表の態様から、特許を受ける権利を有する者が主体的にその発明について発表行為(公表行為)をしたものと社会通念上認め得る場合をいうものと解するを相当とし、当該刊行物の発表の態様が社会通念上叙上の趣旨に当たらない場合は同条項の発表に該当せず、その規定の適用を受け得ないものというべきである。このことは、同条項において新規性喪失の例外をなすものとして上記例と並列的に示されている「特許を受ける権利を有する者」が「試験を行い」又は「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会において文書をもつて発表する」との行為態様と対比し、十分に肯認することができる(なお、付言するに、このように解することは、「刊行物」の意義を特許法第29条第1項第3号のそれと別異に解するものでないことはいうまでもないところであり、未頒布の刊行物が同条項第三号に該当しないのとの同断である。そして、叙上の意味で特許法第30条第1項の刊行物に該当しないものであつて、それが特許を受ける権利を有する者の意に反して発表された場合は、同条第二項の規定によりその発明は救済を受け得ることとなる。)。ところで、本件米国特許公報は、原告がアメリカ合衆国特許商標庁に特許出願をし(右出願行為が特許権の取得を目的とするものであつて、発表行為に当たらないことは論ずるまでもない。)、特許権取得の過程において同国特許商標庁が発行した刊行物であつて、その発表の態様からみると、本件米国特許公報は、原告の特許出願に係る発明の明細書として、同国特許商標庁が発表した刊行物と認められ、本件特許公報をもつて社会通念上前説示の意味で特許を受ける権利を有する原告が発表した刊行物とは到底認め得ないものというべきである(なお、米国特許公報が特許を受ける権利を有する者の意思に反して発行されたものといい得ないことは論ずるまでもないところである。)。原告は、米国特許公報が我が国の特許公報と同視し得ないもので、特許法第30条第1項の刊行物に当たる旨るる主張するが、米国特許公報がその主張の手続経過のもとに発行されるものであつても、我が国の特許公報が特許庁が主体的に発行する刊行物と認められるのと同様、
その発行態様において同視し得るものというべく、米国特許公報をもつて前段認定と異なる性質の刊行物と認めることはできない。そうすると、本件米国特許公報について特許法第30条第1項の刊行物に該当せず、同条項の規定の適用がないとした本件審決の判断に誤りはないというべきである。なお、原告は本件審決が特許庁編集に係る審査便覧に記載したところに違背し、本件米国特許公報について特許法第30条第1項の規定を適用しなかつた点を取消事由として主張するが、審査便覧は、法令的性格を有するものではなく、特許庁が特許制度等を運用するに当たつて、出願に対する審査が一定の基準に従つて、公平妥当、かつ、迅速に行われることが必要であるとの観点から、実務上必要な関係法令、例規、取決め、文例などを解説し、これを一定の分類によつて整理したものであつて、いわば特許庁内部における審査、審判の運用基準にすぎないものであるから、たとい、審査便覧が外部に公表されたとしても一般の参考に供する以上の意義を有するものとは認めることはできない。したがつて、審査便覧に記載された基準と異なる取扱いがなされたとしても、その取扱いが法令違背となる場合には、その法令に違背する点を端的に争えば足りるものというべく(現に、原告は、この点について前判示のとおりその主張をしている。)、単に審査便覧に違背したことそれ自体は何ら審査、審判を違法ならしめるものということができない。それゆえ、この点に関する原告の主張は、採用する限りでない。
そうであるとすれば、本件審決には、原告主張の違法の点はなく、本件審決の認定判断はその結論において正当というべきである。
(結語)三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。
よつて、これを棄却することとし、訴訟費用について行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を、上告のための付加期間の付与について同法第158条第2項の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 武居二郎
裁判官 高山晨
裁判官 川島貴志郎
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