関連審決 | 無効2003-35004 |
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関連ワード | 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明の詳細な説明 / 参酌 / 置き換え / 交換 / 設定登録 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10298号
審決取消請求事件
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原告 日本無線株式会社 訴訟代理人弁理士 吉田研二,石田純,志賀明夫,堀江哲弘 被告 古野電気株式会社 訴訟代理人弁護士 内田敏彦,弁理士 小森久夫,村上辰一,小澤壯夫,井口和 仁 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/05/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が無効2003-35004号事件について平成16年3月9日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,特許を無効とする審決の取消しを求める事件であり,原告は無効とされた特許の特許権者,被告は無効審判の請求人である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「港湾監視システム」とする特許第2896704号(平成2年10月31日出願,平成11年3月12日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 (2) 被告は,平成15年1月10日,本件特許について無効審判の請求をした(無効2003-35004号事件として係属)。 (3) 特許庁は,平成16年3月9日,「特許第2896704号の請求項1に係る特許を無効とする。」との審決をし,同月19日,その謄本を原告に送達した。 2 請求項1に係る発明の要旨 「水上を移動する船舶に設けられ,GPS信号を受信して該船舶の位置,移動方向,及び移動速度を求めるGPS受信手段と, 該船舶に設けられ,該GPS受信手段に接続され,該船舶の位置,移動方向,及び移動速度に船名,船種等の個別情報を合せた,船舶情報を合成し,これを陸上の港湾監視局に向けて送信する送信手段と, 前記港湾監視局に設けられ,前記船舶情報を受信して各船舶の位置,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を得る船舶情報受信手段と, 前記港湾監視局に設けられ,港湾内の船舶のレーダ映像を出力するレーダ装置と, 前記港湾監視局に設けられた表示器と, 前記港湾監視局に設けられ,前記レーダ装置,前記船舶情報受信手段,及び前記表示器に接続されて,前記レーダ映像に,各船舶の位置に,船影,各船舶の移動方向,移動速度,及び前記個別情報を重ねて,前記レーダ映像と,各船舶の船影,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を前記表示器に表示させるレーダ映像処理手段と を有することを特徴とする港湾監視システム。」 3 審決の理由の概要 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は,当業者が刊行物に記載された発明,周知・慣用の技術手段に基づいて容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号に該当し,無効にすべきものである,というものである。 (1) 刊行物に記載された発明 ア 刊行物1(「CONFERENCE PROCEEDINGS OCEANS'90」(1990年9月24日〜26日,458〜463頁。本訴甲3,乙1。) 刊行物1には,請求人の翻訳(刊行物1と同一内容の審判甲1の翻訳)によれば,図面とともに,「たとえばNAVSTAR GPS・・・(図1)のような衛星を利用したシステムの導入により世界中で当たり前になるだろう。」(原文459頁左欄9〜12行。以下同様に原文について引用箇所を示す。),「本システム案においては,本システムを備えた各船舶は,その絶対位置を含み,識別,コース,速度といった衝突回避に役立ちそうなあらゆる情報を補完したメッセージを周期的に近隣の船舶に送信する。この基本情報は,どのメッセージにも常に含まれる。オペレータが命令を行う際に,オペレータが送信したいと思っているメッセージだけでなく,アドレス(オペレータが交信したいと思っている船舶の識別)も加えることができる。」(459左欄下から14行〜下から3行),「この方法では,以下の機能が与えられる。 - 擬似レーダ*。全ての船舶の位置を従来のレーダの場合と同様に,PPI・・・に表示することができるからである。 - 一般放送情報による自動置き換え。これは「擬似レーダ」の基本である。しかし,また,船舶の識別や速度ベクトルといった,いくつかの情報の要素で「ブリップ・・・を装飾」する。」(459頁右欄12〜22行),「オペレータは,本システムを図2に示すようなスクリーンの形で目にする。ちなみに,以下のことに注意すべきである。 - このスクリーンはオペレータの注意をそらすおそれのある補助的装置でないことが望ましい。このため,単一のスクリーン,つまりレーダのスクリーンを使えば,本システムを装備していない,あるいはその装備システムが役に立たない,動いている目標物のエコーを同時に表示するという利点が得られる。」(459頁右欄27〜39行),「* 擬似レーダ:移動体が自動的にその位置をラジオ(特に衛星)によって送信する航空概念。この情報は管制センターのパノラマ形スクリーンに送られ,通常のレーダの情報と置き換わる。」(459頁右欄脚注1〜7行),「通行管制センターとして局所的に動作する陸上システムを考えることが可能である。それは管制可能範囲を増すために岬で,戦略上重要な地点(例えばJobourgのGris Nez)に設置してもよい。」(460頁左欄4〜9行),「■ レーダで検知された本システム非装備船 灯台・海岸線:レーダおよび電子地図から得られたもの」(図2の説明),「3.本システムのスケーリング - メッセージの構造 交換されるメッセージの内容には第2節で簡単にふれたが,本システムの特徴をもう少しよく決定するためには,交換されるメッセージを詳細に定義しなければならない。これらのメッセージの各々には,以下の情報が含まれる。- 例えば22ビットで夫々符号化された,好適には緯度と経度による船舶の座標。これら座標は船舶無線航法により与えられる。(ワードの長さは地球での基準座標系において要求される精度によって決定される。)- 船の識別。これには約20ビットを利用してもよい。この情報は入力装置(スイッチ,キーボード,予め配線されたパネル,メモリ)により永久的に与えられる。この船の識別情報は,あて先情報を後で交換することが必要になった場合に必要である。この情報はまたラジオによる交信を容易にする。2〜3ビットの識別ワードを割り当てて,船の大きさと移動性を予測するのに有用な,例えばタンカーやフェリーといった船の種類を概略的に示してもよい。- 船舶の速度とコース。これは一般に船上で得られるものであり,夫々6ビットおよび8ビットで適正な精度をもって符号化できる。」(460頁左欄下から22行〜右欄11行),「- 最後に,従来のデータ送信技術に従って,この情報は受信器のある回路を始動するためのヘッダによって先行される。同様にこの情報はエラー修正ビット(メッセージの持続的くり返しはこの技術が必要不可欠であるわけではないことを意味しているが)およびエンド・オブ・メッセージ記号で補完される。位置および速度情報はNAVSTAR受信器から本システムに必要な精度(緯度に20ビットの2メッセージ,経度に20ビットの2メッセージ,東西方向の速度成分に20ビットの1メッセージ,南北方向の速度成分に20ビットの1メッセージ)よりもずっと高い精度をもって得られることに注意しなければならない。」(461頁左欄13〜32行),「本システムに割り当てられた通過帯域が2〜3メガヘルツの範囲であれば,このメッセージは20〜30マイクロ秒内に送信することができる。」(461頁左欄38〜41行),「受信器は,受信信号を解読しディスプレイコンソールと互換性のある形に変換する受信データ処理回路に受信信号を与える。」(461頁右欄37〜40行),「図2に示すように,オペレータは,スクリーン中央の自船(A)にその速度を方向と大きさで表すベクトルが付随しているのを目視する。近隣の船舶は同じディスプレイ上にその座標によって表示され,これにもまたその速度を符号化するベクトルが与えられるが,この情報はこれら船舶から受信したメッセージから抽出したものである。」(461頁右欄44〜53行),「あらゆる船舶の識別をスクリーン上に表示するのは恐らくは好ましくない。表示が過密になる恐れがあるからである。衝突回避システムによって与えられるこの識別情報が実際に必要なのは,当該船舶と交信するためにだけである。この場合,当該船舶の識別を自動的に読み取って送信メッセージのアドレスに組み込むために,マーカによってその船舶を選択するほうが簡単である。もし必要ならば,ラジオ交信の確立を容易にするために,マーカ選択されたブリップのみについてその識別情報をスクリーン上に表示することも可能である。識別に含まれる船舶の種類の情報(第3節参照)を利用して船舶の種類ごとに特定の符号を割り当ててもよい。レーダから得られるブリップは,オペレータが速度ベクトルのないことを速度ゼロと判断しないよう,また衝突回避システムにより対応船舶と協調操船に当たることができないことがわかるよう,完全に他とは区別できる符号を持っていなければならない。」(461頁右欄57行〜462頁左欄下から13行)との記載がされている。 イ 刊行物2(特開昭62-277582号公報。本訴甲4。) 刊行物2には,図面とともに,「この発明は,港湾内における事故防止,海上交通整理等のため,船舶の動きを陸上で集中監視する船舶監視装置に関する。」(1頁右下欄5〜7行),「一般に,港湾内等を航行中の船舶の動きを陸上で集中監視するのに,レーダ装置が使用されていた。すなわち,レーダ装置からの信号を計算機等に入力し,水上移動物の捕捉,追尾等の処理をして,位置・速力・大きさ等をディスプレイに表示するようにしている。」(1頁右下欄9〜14行),「低空における雨雲・濃霧が存在する場合,また波による海面反射がある場合,これらがノイズとなって小型船舶を確実に捕捉することができなかったり,また逆に,ノイズを船舶として捕捉することがあり,信頼の出来るシステムではないという問題があった。」(1頁右下欄18行〜2頁左上欄3行),「この発明は,上記問題点を解消するために,気象条件に比較的左右されにくい船舶の検知手段を,レーダ装置に併用している。」(2頁左上欄8〜10行)との記載がされている。 ウ 刊行物3(実願昭62-18178号(実開昭63-126909号)のマイクロフィルム。本訴甲5。) 刊行物3には,図面とともに,「本考案は,レーダと探照灯を用いて目標監視を行う目標監視装置に関するものである。」(明細書1頁12〜13行),「従来,港湾監視等の所定海域の船舶等の目標を監視する場合,あるいは航行する船舶が周辺海域の船舶,陸地等の障害物を監視する場合には一般にレーダ装置が用いられている。」(同頁15〜18行),「第2図は,レーダ装置1の表示画面の一例を示すものであり,6a,6b,6cは自動追尾されている追尾目標,7a,7b,7cは自動追尾されていない非追尾目標,8は探照灯を指向させる追尾目標を指定するためのカーソルである。」(明細書5頁2〜6行)との記載がされている。 (2) 審決の判断 ア 刊行物1の公知性について 刊行物1は,1990年9月24日から26日までに米国において開催された「OCEANS’90」の会議の参加者に頒布された刊行物であって,本件特許の特許出願前に頒布された刊行物であるということができる。 イ 対比・判断 (ア) 対比 本件発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,刊行物1に記載された「位置」(「position」),「コース」(「heading」),「速度」(「speed」),「NAVSTAR受信器」(「NAVSTAR receiver」),「識別」(「identity」),図2の記号「○」は,それぞれ本件発明の「位置」,「移動方向」,「移動速度」,「GPS受信手段」,「個別情報」,「船影」に相当する。 また,刊行物1に記載された「送信器」(「transmitter」)は,「陸上の港湾監視局に向けて送信する」点を除き,本件発明の「送信手段」に相当し,刊行物1に記載された「受信器」(「receiver」),「レーダ」(「radar」),「スクリーン」(「screen」)は,「港湾監視局に設けられ」る点を除き,それぞれ本件発明の「船舶情報受信手段」,「レーダ装置」,「表示器」に相当し,刊行物1に記載された「ディスプレイコントローラ」(「display controller」)は,「港湾監視局に設けられ」る点及び「前記レーダ映像に,各船舶の位置に,船影,各船舶の移動方向,移動速度,及び前記個別情報を重ねて」表示をする点を除き,本件発明の「レーダ映像処理手段」に相当する。 そうすると,本件発明と刊行物1に記載された発明とは,「水上を移動する船舶に設けられ,GPS信号を受信して該船舶の位置,移動方向,及び移動速度を求めるGPS受信手段」と,「該船舶に設けられ,該GPS受信手段に接続され,該船舶の位置,移動方向,及び移動速度に船名,船種等の個別情報を合せた,船舶情報を合成」し,これを送信する「送信手段」と,「前記船舶情報を受信して各船舶の位置,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を得る船舶情報受信手段」と,「船舶のレーダ映像を出力するレーダ装置」と,「表示器」と,「前記レーダ装置,前記船舶情報受信手段,及び前記表示器に接続されて」,「前記レーダ映像と,各船舶の船影,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を前記表示器に表示させるレーダ映像処理手段」とを有する「システム」である点で一致し,次の点で一応相違する。 相違点1 本件発明は「港湾監視システム」に関するものであり,船舶情報が「陸上の港湾監視局に向けて送信」され,「船舶情報受信手段」,「レーダ装置」,「表示器」及び「レーダ映像処理手段」が「港湾監視局に設けられ」るものであるのに対し,刊行物1に記載された発明ではこれが明らかでない点。 相違点2 本件発明は「前記レーダ映像に,各船舶の位置に,船影,各船舶の移動方向,移動速度,及び前記個別情報を重ねて」表示をするものであるのに対し,刊行物1に記載された発明ではこれが明らかでない点。 (イ) 判断 相違点1について検討すると,刊行物1には「通行管制センター」を陸上の岬等に設けることが示されており,また,港湾の船舶の監視を行うことは,刊行物2,3にも記載され,周知である。そうすると,刊行物1に記載された発明において,「通行管制センター」を陸上の港湾監視を行うものとし,相違点1のようにすることは当業者が適宜に行いうることである。 相違点2について検討すると,刊行物1には,「オペレータは,本システムを図2に示すようなスクリーンの形で目にする。・・・単一のスクリーン,つまりレーダのスクリーンを使えば,本システムを装備していない,あるいはその装備システムが役に立たない,動いている目標物のエコーを同時に表示するという利点が得られる。」(459頁右欄27〜39行),「- 一般放送情報による自動置き換え。・・・船舶の識別や速度ベクトルといった,いくつかの情報の要素で「ブリップ・・・を装飾」する。」(459頁右欄17〜22行),「あらゆる船舶の識別をスクリーン上に表示するのは恐らくは好ましくない。・・・この場合,当該船舶の識別を自動的に読み取って送信メッセージのアドレスに組み込むために,マーカによってその船舶を選択するほうが簡単である。もし必要ならば,ラジオ交信の確立を容易にするために,マーカ選択されたブリップのみについてその識別情報をスクリーン上に表示することも可能である。識別に含まれる船舶の種類の情報(第3節参照)を利用して船舶の種類ごとに特定の符号を割り当ててもよい。」(461頁右欄57行〜462頁左欄下から20行)等の記載がされており,これによれば刊行物1には,レーダのスクリーンを使ってエコーを同時に表示すること,船舶の識別や速度ベクトル等の情報の要素でブリップを装飾すること,船舶の選択に際してブリップをマーカ選択すること等が示されている。ここで,「ブリップ」(「blip」)とは,「レーダーのスクリーン上で飛行機・潜水艦その他の物体の位置を示す発光輝点」(「<パーソナル版>小学館ランダムハウス英和大辞典」昭和52年4月10日株式会社小学館発行)である。そうすると,刊行物1に記載された発明では,船舶等のエコー,ブリップが表示され,これに重ねて船舶の識別や速度ベクトル等も表示されているということができるから,刊行物1に「レーダ映像に,各船舶の位置に,・・・重ねて・・・表示させる」との直接的な記載がないとしても,この点で実質的な相違があるということはできない。 なお,被請求人は,刊行物1の「擬似レーダ:移動体が自動的にその位置をラジオ(特に衛星)によって送信する航空概念。この情報は管制センターのパノラマ形スクリーンに送られ,通常のレーダの情報と置き換わる。」(459頁脚注1〜7行),「一般放送情報による自動置き換え。これは「擬似レーダ」の基本である。」(459頁右欄17〜19行)との記載を挙げ,刊行物1に記載された発明は,レーダ映像の表示を消すことができるものであり,置き換えて表示するという,本件発明の重ね表示を排除した内容しか開示されていないと主張する。 しかしながら,上記のように,刊行物1には「オペレータは,本システムを図2に示すようなスクリーンの形で目にする。・・・単一のスクリーン,つまりレーダのスクリーンを使えば,本システムを装備していない,あるいはその装備システムが役に立たない,動いている目標物のエコーを同時に表示するという利点が得られる。」(459頁右欄27〜39行),「■ レーダで検知された本システム非装備船 灯台・海岸線:レーダおよび電子地図から得られたもの」(図2の説明)等の記載がされており,刊行物1に記載された発明では,レーダーで検知を行い,レーダのスクリーンを使って,エコーを同時に表示しており,位置情報,一般放送情報等による置き換えはレーダのスクリーンの映像の一部についてされ,他の部分ではエコーが同時に表示されるのであり,位置情報,一般放送情報等がレーダーのスクリーンの映像に重ねて表示されているということができる。本件請求項1には「重ね」方についての具体的な記載はされていないのであり,刊行物1に記載された発明では「重ね」表示がされていないということはできない。(本件特許明細書の発明の詳細な説明では,「重ね」方について,「レーダ映像処理機5は,・・・レーダ映像に,・・・重ねて,前記レーダ映像と,各船舶の船影,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を表示器7に表示させる。」(本件特許掲載公報4欄16〜21行)と本件請求項1と同様の記載がされている他は,その「(作用)」の項に「レーダ映像と合成し表示する」(本件特許掲載公報3欄41行)と記載されているに過ぎない。そして,「合成し表示する」ことは刊行物1に記載された発明も同様である。)したがって,被請求人のこの主張は根拠のあるものということができない。 被請求人は,また,刊行物1の「レーダから得られるブリップは,オペレータが速度ベクトルのないことを速度ゼロと判断しないよう,また衝突回避システムにより対応船舶と協調操船に当たることができないことがわかるよう,完全に他とは区別できる符号を持っていなければならない。」(462頁左欄下から20行〜下から13行),「この場合,・・・マーカによってその船舶を選択するほうが簡単である。もし必要ならば,ラジオ交信の確立を容易にするために,マーカ選択されたブリップのみについてその識別情報をスクリーン上に表示することも可能である。」(461頁右欄63行〜462頁左欄下から23行)との記載を挙げ,刊行物1に記載された発明においてはレーダ映像の表示が行われていないと主張する。 しかしながら,刊行物1に記載された発明において船舶に対して符号を用いて表示を行っているとしても,このことは刊行物1に記載された発明において他のものに対してレーダ映像が表示されていないことにはならない。刊行物1に記載された発明においてレーダーのスクリーンを使ってエコーを表示しており,レーダー映像を表示していることは上記のとおりである。したがって,被請求人のこの主張も根拠のあるものということができない。 したがって,本件発明は,当業者が刊行物1に記載された発明,周知・慣用の技術手段に基づいて容易に発明をすることができたものである。 (3) 審決のむすび 以上のとおりであるから,本件発明は,当業者が刊行物1に記載された発明,周知・慣用の技術手段に基づいて容易に発明をすることができたものであり,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであって,同法123条1項2号に該当し,無効にすべきものである。 |
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当事者の主張の要点
1 原告主張の審決取消事由 審決は,本件発明と刊行物1に記載された発明との相違点2の判断を誤り,本件発明が刊行物1に記載された発明,周知・慣用の技術手段に基づいて容易に発明をすることができたとの誤った判断をしたものであるから,違法として取り消されるべきものである。 (1) レーダ映像について ア 本件発明の港湾監視システムは,「港湾監視レーダマイクロ波帯の電波を送信し,船舶からの反射信号を受け,表示器に船舶の映像として表示させるレーダ装置を有している。」(本件特許公報2欄13行ないし3欄1行)ものであり,「前記表示器の映像に,雨や雪及び波などの雑音も表示され,管制官が船舶の映像を雑音と区別して見分けることが難しい。」(同3欄3行ないし6行)との課題を解決しようとするのであるから,本件発明のレーダ映像とは,受信エコーをそのままスクリーン上に表示する生レーダ映像を意味する。 イ 審決は,「刊行物1に記載された「ディスプレイコントローラ」は,・・・本件発明の「レーダ映像処理手段」に相当する。」,「本件発明と刊行物1に記載された発明とは,・・・「船舶のレーダ映像を出力するレーダ装置」と,「表示器」と,「前記レーダ装置,前記船舶情報受信手段,及び前記表示器に接続されて」,「前記レーダ映像と,各船舶の船影,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を前記表示器に表示させるレーダ映像処理手段」とを有する「システム」である点で一致し,」と認定し,「刊行物1に記載された発明では,レーダで検知を行い,レーダのスクリーンを使って,エコーを同時に表示しており,位置情報,一般放送情報等による置き換えはレーダのスクリーンの映像の一部についてされ,他の部分ではエコーが同時に表示されるのであり,位置情報,一般放送情報等がレーダのスクリーンの映像に重ねて表示されているということができる。」と判断したが,このような審決の認定判断に照らすと,審決は,本件発明のレーダ映像が,生レーダ映像だけでなく,デジタル的にノイズを除去し,シンボル化の処理をされた位置情報(位置シンボル)等を含むと解釈していると考えられる。 ウ 本件発明のレーダ映像は,極めて原理的に,単にレーダ装置から出力された生レーダ映像を意味するのであって,シンボル化の処理をされた位置情報(位置シンボル)を含むものではないから,審決は,対比の判断の前提となる本件発明のレーダ映像の解釈において,そもそも誤っている。 (2) 「重ねて・・・表示させる」について ア 本件発明は,「前記レーダ映像に,各船舶の位置に,船影,・・・を重ねて,前記レーダ映像と,各船舶の船影,・・・に表示させる」というものであり,「船影等が重ねられる位置は生レーダ映像そのものの各船舶の位置である」ことが本件発明の特徴的事項であって,本件発明は,生レーダ映像をそのままスクリーン上に表示しながら,対応する各船舶の位置に,船舶から送られた情報に基づいた船影等を重ね表示するのである。 イ 審決は,「刊行物1に記載された発明では,船舶等のエコー,ブリップが表示され,これに重ねて船舶の識別や速度ベクトル等も表示されているということができるから,刊行物1に「レーダ映像に,各船舶の位置に,・・・重ねて‥・表示させる」との直接的な記載がないとしても,この点で実質的な相違があるということはできない。」と判断した。確かに,刊行物1には,図2に,単一のスクリーン上にGPS受信器を装備した装備船とこれのない非装備船との両者を同時に表示しているものが記載されているが,GPS受信器装備船においては,GPS情報に基づく船舶の識別や速度ベクトル等を表示しているのに対し,非装備船においては,そもそもGPS情報が存在しないから,生レーダ映像をシンボル化した位置シンボルをそのまま表示しているにすぎない。 ウ 本件発明は,生レーダ映像をそのままスクリーン上に表示しながら,対応する各船舶の位置に,船舶から送られた情報に基づいた船影等を重ね表示するものであるが,刊行物1には,このような2つの映像の重ね表示については,開示も示唆もされていないから,審決が,「レーダ映像に,各船舶に位置に,・・・重ねて・・・表示させる」点で「実質的な相違があるということはできない。」と判断したことは誤りである。 (3) したがって,審決は,「レーダ映像」の解釈を誤り,また,「重ねて・・・表示させる」との点の判断を誤り,その結果,本件発明は,当業者が刊行物1に記載された発明,周知・慣用の技術手段に基づいて容易に発明をすることができたとの誤った判断をした。 2 被告の反論 「レーダ映像」及び「重ねて・・・表示させる」についての審決の認定判断に誤りはなく,本件発明は,当業者が刊行物1に記載された発明,周知・慣用の技術手段に基づいて容易に発明をすることができたとの判断に誤りはない。 (1) レーダ映像について 刊行物1のレーダスクリーン上には,既存のレーダから得られる灯台,海岸線等を含むレーダ映像を少なくとも含んでいるから,その部分では本件発明のレーダ映像と同一のものが表示されているのであり,また,刊行物1の図2の記号「■」はエコーを意味するが,このような表示は,説明上又は見やすさを優先させるために単純な図形により図面化して紙面上に表記したということができるから,刊行物1の実際のレーダ画像と本件発明のレーダ画像とは全く同一である。 したがって,刊行物1のレーダスクリーン上には,本件発明のレーダ映像と同じものが表示されているから,審決が,本件発明のレーダ映像について誤った解釈をしたということはできない。 (2) 「重ねて・・・表示させる」について 本件発明の「重ねて・・・表示させる」とは,請求項1に記載されているように,「レーダ映像に,各船舶の位置に,船影(記号「○」)等を重ねて表示させる」ことであり,その一態様が「レーダ映像と合成し表示する」(本件公報3欄41行)ことである。 刊行物1には,ディスプレイコントローラにおいて,灯台等を含むレーダ画像と装備船の位置情報等(図2では記号「○」とベクトル)とが合成されてレーダスクリーン上に表示されているが,装備船の位置においては,そのエコーと位置情報等とが合成されて表示され,結果として,その位置には位置情報等(記号「○」とベクトル)が表示されているのであって,この場合,装備船の位置においては,そのエコーが記号「○」に置き換えられていようと,エコーがそのまま表示されていようと,合成されていることに変わりはなく,また,スクリーン上,装備船の位置には位置情報等(記号「○」とベクトル)が重ねて表示されているから,レーダスクリーン上では,「レーダ映像に,各装備船の位置に,位置情報等が重ねて表示されている」ということができるのである。 したがって,審決が,「刊行物1に記載された発明では,船舶等のエコー,ブリップが表示され,これに重ねて船舶の識別や速度ベクトル等も表示されているということができるから,刊行物1に「レーダ映像に,各船舶の位置に,・・・重ねて・・・表示させる」との直接的な記載がないとしても,この点で実質的な相違があるということはできない。」と判断したことに誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 レーダ映像について (1) 本件明細書(甲2)の特許請求の範囲には,前記第2の2のとおりの記載があり,これによれば,本件発明のレーダ映像は,レーダ装置から出力されて,港湾内の船舶を対象とするものであり,また,レーダ映像処理手段から表示器に表示され,各船舶の位置に,船影,各船舶の移動方向,移動速度及び個別情報を重ねるものであるということができるが,これ以外の構成を要件とはしていないから,特許請求の範囲の記載からは,本件発明のレーダ映像が生レーダ映像に限定されると認めることはできない。 (2) 以上のように,特許請求の範囲の記載からは,本件発明のレーダ映像が生レーダ映像に限定されると認めることはできないものであるが,念のために,発明の詳細な説明の記載についてみるのに,本件明細書の発明の詳細な説明には,「(従来の技術)従来,この種の港湾監視システムは,港湾監視レーダマイクロ波帯の電波を送信し,船舶からの反射信号を受け,表示器に船舶の映像として表示させるレーダ装置を有している。(発明が解決しようとする課題)しかし,上述の従来の港湾監視システムでは,前記表示器の映像に,雨や雪及び波などの雑音も表示され,管制官が船舶の映像を雑音と区別して見分けることが難しい。従って,この従来の港湾監視システムでは,港湾内を航行する船舶の運航状態を安全に正確に管制できるものとは言い難い。本発明の課題は,表示器の映像に,雨や雪及び波などの雑音が表示されても,該表示器上で船舶の映像をそれ等の雑音と区別して見分けることができるようにした港湾監視システムを提供することにある。本発明のもう一つの課題は,表示器に,各船舶の移動方向,移動速度,及び船名,船種等の個別情報を表示させるようにした,港湾内を航行する船舶同士の衝突の防止に適した港湾監視システムを提供することにある。」(2欄12行ないし3欄16行),「レーダ装置4は,港湾監視局Bに設けられ,港湾内の船舶Aのレーダ映像を出力する。」(4欄12,13行),「レーダ装置4によって受信された船舶Aのレーダ映像データは,レーダ映像処理機5に供給される。そして,レーダ映像処理機5に供給された,船舶Aのレーダ映像データは,先ほどレーダ映像処理機5に供給された船舶Aの船舶情報(移動速度,移動方向,船名,船の種類)と合成される。」(4欄31行ないし36行),などの記載があるが,これらの記載からは,レーダ映像が「生レーダ映像」に限定されると認めることはできず,他にレーダ映像を「生レーダ映像」に限定して解釈しなければならないような記載はない。 そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本件発明のレーダ映像が生レーダ映像に限定されると認めることはできない。 (3) したがって,本件発明のレーダ映像は,生レーダ映像に限定されるというものではないから,本件発明のレーダ映像についての審決の解釈に誤りはない。 2 「重ねて・・・表示させる」について (1) 本件発明の特許請求の範囲には,「GPS信号を受信して該船舶の位置,移動方向,及び移動速度を求めるGPS受信手段」,「該GPS受信手段に接続され,該船舶の位置,移動方向,及び移動速度に船名,船種等の個別情報を合せた,船舶情報を合成し,これを陸上の港湾監視局に向けて送信する送信手段」,「前記船舶情報を受信して各船舶の位置,移動方向,移動速度,及び前記個別情報を得る船舶情報受信手段」との記載があり,また,「港湾内の船舶のレーダ映像を出力するレーダ装置」との記載があるものの,レーダ映像から各船舶の位置を求める旨の記載はないから,「前記レーダ映像に,各船舶の位置に,船影,各船舶の移動方向,移動速度,及び前記個別情報を重ねて」との構成における「各船舶の位置」とは,上記船舶情報受信手段が船舶情報を受信して得た「各船舶の位置」を意味するものと認められる。確かに,GPS受信手段の精度が極めて高く,レーダ映像との位置合わせができていれば,その結果として,船影等が重ねられる位置がレーダ映像そのものの船舶の位置になるであろうとは推測に難くないが,この点は,特許請求の範囲で特定された構成となっていないのであって,船影等が重ねられる位置は,あくまでも,船舶情報を受信して得た各船舶の位置,すなわちGPS信号を受信して求めた各船舶の位置である。 そうすると,本件発明が,生レーダ映像をそのままスクリーン上に表示しながら,対応する各船舶の位置に船舶から送られた情報に基づいた船影等を重ね表示するとの構成にまで限定しているものということはできない。 (2) 次に,刊行物1(甲3,乙1)に記載された発明についてみる。 ア 刊行物1には以下の記載がある。 「この方法では,以下の機能が与えられる:- 擬似レーダ*。全ての船舶の位置を,従来のレーダの場合と同様に,PPl(Plan Position Indicator=平面位置表示器)上に表示することができるからである。 - 一般放送情報による自動置き換え。これは「擬似レーダ」の基本である。しかし,また,船舶の識別や速度ベクトルといった,いくつかの情報の要素で「ブリップ(レーダの信号映像)を装飾」する。 - 送信情報の交換。これにより,2隻以上の船舶がラジオ電話によって交信を行わなくとも協調して操船を行うことができる。 オペレータは,本システムを図2に示すようなスクリーンの形で目にする。ちなみに,以下のことに注意すべきである。 - このスクリーンはオペレータの注意をそらすおそれのある補助的装置でないことが望ましい。このため,単一のスクリーン,つまりレーダのスクリーンを使えば,本システムを装備していない,あるいはその装備システムが役に立たない,動いている目標物のエコーを同時に表示するという利点が得られる。 - この同じスクリーンと装置全体は,単一の基準座標系において動作することによって,電子地図**と完全に共用できる。それゆえに,海岸線や,ブイ,灯台などの表示が可能である。 -通行管制センターとして局所的に動作する陸上システムを考えることが可能である。それは管制可能範囲を増すために岬で,戦略上重要な地点(例えばJobourgのGris Nez)に設置してもよい。 図2-表示例 ○ 本システム装備船+速度ベクトル A 前方視認性を高めるために中央からずらした自船 ■ レーダで検知された本システム非装備船 灯台・海岸線:レーダおよび電子地図から得られたもの」(459頁右欄13行ないし460頁左欄10行,図2の説明) 「受信器は,受信信号を解読しディスプレイコンソールと互換性のある形に変換する受信データ処理回路に受信信号を与える。先述のように,ディスプレイコンソールはレーダと衝突回避システムに共用されるその船のレーダ・スコープであってもよい。図2に示すように,オペレータは,スクリーン中央の自船(A)にその速度を方向と大きさで表すベクトルが付随しているのを目視する。近隣の船舶は同じディスプレイ上にその座標によって表示され,これにもまたその速度を符号化するベクトルが与えられるが,この情報はこれら船舶から受信したメッセージから抽出したものである。」(461頁右欄), 「ここで提案したシステムは実際には,低性能データ送信システムであり,既存の諸システム(無線航法,レーダ,電子地図)を最大限に利用する,その仲介として動作しうるものである。 このシステムは衝突回避においてかなりの補助を与えるはずである。その導入コストはあまり大きくない。各船舶に以下を装備することに限られるからである。 - 短レンジ単一周波数トランシーバ, - 全方向性アンテナ, - 既存のレーダおよび無線航行システムと接続するための回路, - 送信データ入力回路および受信データ処理回路。」(463頁左欄) イ 上記の記載によれば,刊行物1に記載された発明は,単一のスクリーン,つまりレーダのスクリーンを使えば,本システムを装備していない,あるいはその装備システムが役に立たない,動いている目標物のエコーを同時に表示するという利点が得られること,図2は表示例であり,記号「■」がレーダで検知された本システム非装備船を表すこと,刊行物1に記載された発明は,既存のレーダシステムを最大限利用することが認められ,そうであれば,刊行物1に記載された発明は,レーダで検知されたシステム非装備船をスクリーン上に表示しながら,船舶から受信したメッセージから抽出した各船舶の位置に船影等を重ねて表示しているということができる。 (3) 本件発明は,上記(1)のとおり,生レーダ映像をそのままスクリーン上に表示しながら,対応する各船舶の位置に船舶から送られた情報に基づいた船影等を重ね表示するとまでの構成に限定するものではなく,より一般的に,レーダ映像をスクリーン上に表示しながら,船舶情報を受信して得た各船舶の位置に船影等を重ねて表示する構成までも含むものである。そして,刊行物1に記載された発明は,上記(2)のとおり,レーダで検知されたシステム非装備船をスクリーン上に表示しながら,船舶から受信したメッセージから抽出した各船舶の位置に船影等を重ねて表示しているものである。そうすると,本件発明と刊行物1に記載された発明とは,「レーダ映像に,各船舶の位置に,・・・重ねて・・・表示させる」点において,実質的な相違があるとはいえないから,審決の判断に誤りはない。 3 したがって,審決に,原告の主張するような認定判断の誤りはないから,原告の主張する審決取消事由は,理由がない。 |
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結論
以上のとおりであって,原告の主張する審決取消事由は理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塩月秀平 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 野輝久 |