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関連審決 審判1979-11293
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  有用性 /  加工方法 /  新規性 /  公知技術 /  出願公開 /  技術常識 /  先行技術 /  発明の詳細な説明 /  援用権(援用) /  参酌 /  数値限定 /  技術的意義 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  同意 /  設定登録 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 / 
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事件 昭和 56年 (行ケ) 314号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1988/03/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、「特許庁が、昭和五六年一〇月二八日、同庁昭和五四年審判第一一二九三号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
請求の原因
一 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「放電加工用電極送り方式」とする発明(以下「本件発明」という。)について特許(昭和三五年九月六日特許出願、昭和四〇年一二月一〇日出願公告、昭和四一年七月一九日設定登録に係る特許第四七七六一三号。以下「本件特許」という。)を受けた特許権者であるところ、被告は、昭和五四年九月二八日、原告を被請求人として本件特許の無効審判を請求し、昭和五四年審判第一一二九三号事件として審理された結果、昭和五六年一〇月二八日、「本件特許を無効とする。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年一二月一六日原告に送達された。
二 本件発明の特許請求の範囲の記載 加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて前記電極に送りを与えるものにおいて、その送り用電動機の回転を階動的となし、かつ、その一階動による電極の送り長さを一μ以下としたことを特徴とする放電加工用電極送り方式。(別紙図面参照)三 本件審決理由の要点 本件発明の特許請求の範囲の記載は、前項記載のとおりであるところ、請求人(被告)は、本件特許を無効とすることについての審判を求め、その理由として、
本件特許は、特許法第36条第4項及び第五項(昭和五〇年法律第四六号による改正前の規定をいう。以下同じ。)に規定する要件を満たしていない明細書による特許出願に対し特許されたものであるとともに、特許法第29条第2項の規定に違反して特許されたものであるから、特許法第123条第1項第1号及び第三号に該当すると主張する。そして、請求人(被告)は、本件特許に係る特許出願が特許法第36条第4項に規定する要件を満たしていない理由として、本件特許が特許される以前の拒絶査定不服審判の審理において指摘された本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)の記載不備は依然として解消されず、一階動による電極の送り長さを一μ以下とした、という電極の階動送りの送り量の範囲の規定は、すなわち、その「一μ以下」をその字句のとおり、又は、これを「一μ〜〇・五μ程度」と解しても一μを上限とする規定は、いずれにしてもその規定の根拠を欠くものであり、その理由として加工長さは加工のいかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度といつたものでない旨を述べている。更に、同人は前記の拒絶査定不服審判の審理において補正した本件明細書に記載された実験例の説明が不適当な説明であつて、本件発明がその目的を達成することが認められる根拠としては不十分であると述べている。これに対して被請求人(原告)はそのように数値を限定した理由及びその限定による作用効果などは明確に本件明細書に記載してあり、本件明細書の発明の詳細な説明の項は特許法第36条第4項の規定を満たしていると反論している。また、請求人(被告)は、本件明細書が特許法第36条第5項を満たしていない理由として、特許請求の範囲の項でいう「一階動による電極の送り長さを一μ以下としたこと」は、その発明の詳細な説明の項の説明とあわず、これと矛盾した範囲を示すものであると述べ、「一μ以下」が「一μ〜〇・五μ程度」を意味するのであれば、そのように訂正すべきであると述べている。これに対して被請求人(原告)は、この特許請求の範囲の項にある「一μ以下」は、その明細書の文脈及びその内容からみて、「一μ〜〇・五μ程度」と疑いもなく同じ意味で使われており、その発明の詳細な説明の項の説明と一致していて何ら矛盾するところはないので、本件明細書の特許請求の範囲の項は特許法第36条第5項の規定を満たしている、と述べている。更に、被請求人(原告)は本件発明が特許される以前の拒絶査定不服審判の審理において明細書を全般にわたり補正し、その補正をもつてその審理を行つた審判官は十分なものとして特許すべきものとしたのであつて、このように拒絶査定不服審判において審理解決ずみの、特許法第36条第4項及び第五項に関する問題について、同様の主張を繰り返すのは不当であると述べている。
そこでまず、本件明細書につき、特許法第36条第4項及び第五項の規定の違反の有無に関して検討する。
特許法第36条第4項の規定違反について検討するに当つて、仮に被請求人(原告)が述べているように、本件明細書の特許請求の範囲の項にある「一μ以下」は「一μ〜〇・五μ程度」と解して本件明細書及び図面をみると、本件発明を構成する事項は一応、「加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて前記電極に送りを与えるものにおいて、その送り用電動機の回転を階動的となし、かつ、その一階動による電極の送り長さを一μ〜〇・五μ程度としたことを特徴とする放電加工用電極送り方式」であると認められる。
そして、本件発明の目的とするところは、本件明細書及び図面の記載からみて、放電加工における加工用電極の送り方式の改良に関し、より具体的には、加工速度を向上させるとともに加工面粗さを低減させることにあるものと一応認めることができる。そして、本件明細書の発明の詳細な説明の項をよくみると、本件発明を構成する事項をもつて、その発明の目的を達成しているとする重要な根拠は、その実施例の実験結果に関する記載を除けば、本件明細書に記載されている「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが、被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず、一〜〇・五μ程度であることが判明し、したがつて電極を階動的に送る場合にその一階動による送り長さを一μ以下とすれば送り過ぎて短絡等を生ずることなく常に適正な長さだけ送つて安定した加工が行なえることになる。」(昭和四〇年九月一六日付全文訂正明細書第三項第五行ないし第一三行。本件発明の特許公報(以下「本件公報」という。)第一頁右欄第一行ないし第八行)にあると考えられる。そして、本件発明は、本件明細書に「加工用電極の送りは連続的に行うと慣性により送り過ぎて放電間隙で短絡等を生ずるので階動的に送る方が望ましいことがよく知られている所である。」という記載があるので、上記の発明の目的を達成しているとする重要な根拠として挙げたもののなかでも本件発明の一番の特徴は、その一階動の送り量である「一μ以下」(これは、仮に被請求人(原告)の主張に従つてみると、本件明細書の文脈からみて、また、その内容からいつて「一μ〜〇・五μ程度」と解することができる。)にあると認められる。そして、その送り量をそのように定めた重要な根拠は、答弁書に述べているように本件発明の発明者が新しく見いだしたとする知見、すなわち、「電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが、被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工の如何に係らず、一μ〜〇・五μ程度である。」(これは上にその発明の目的を達成しているとする重要な根拠として挙げたものの一部である。)にあることは答弁書のみならず、本件明細書をみても判断できるところである。一方、請求人(被告)は、この知見に対して疑問を呈して上記したようなことを述べているので、これについて検討する。まず、その知見の後半にある「被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明した」という事実があつたか、なかつたかについて検討するに、本件特許出願前に発行された本件発明の発明者自身の著述にかかる文献である昭和三四年八月一日株式会社日本放電加工研究所発行の「放電加工について」(改訂第二版)(本訴の乙第一号証の一ないし五)において、その第一四一頁ないし第一四二頁に、加工間隙の加工されたため広がる大きさは主として加工条件(一発の放電エネルギーの大きさ)により変わり、
五〜一〇〇μである旨の記載がある。これは上記の事実とは表現が異なり直ちに上記事実と矛盾する記載といえないとしても、この加工条件により変わること、及びその量五〜一〇〇μからみれば上記の事実は疑わしいと考えられる。また、本件特許出願後の文献ではあるが、請求人(被告)が甲第六号証(本訴の甲第一一号証)として引用し、やはり本件発明者自身の著述に係る昭和五四年八月二五日社団法人未踏加工技術協会編集発行の「ワイヤカツト放電加工」の第一〇六頁には、上記の事実と異なる記載がある。すなわち、放電間隙長の広くなる程度は仕上げの加工ではほぼ三〜五μm程度とある。このように、本件特許出願の前後を通じて、上記の事実とは異なりこの事実が疑わしいと考えられることを記載した文献が存在するのに、上記の事実を支持するような文献は見当たらない。これらのことを含めて考えるに、放電加工における一発の放電のエネルギーの大きさにより加工される長さは変わるのが当然ではないかと考えられる。これにより加工される長さは加工が行われる条件(例えば、印加電圧、加工液など)によつて変わると考えるのが自然であり、加工いかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度の加工長さになるということは極めて疑わしいと考えざるを得ない。次に、上記した知見の前半にある「電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのである」とする点にも疑問がある。本件明細書をみると、電極の加工中の消耗、すなわち電極消耗について記載するところは見当たらない。これについて本件特許出願後三年以上経過した文献である昭和三八年一二月二〇日日刊工業新聞社発行の「放電加工技術便覧」(本訴の乙第二号証の一ないし五)ですらその第一〇八頁には、電極の消耗比が零であることは現にはない旨の記載がある。もつとも、同頁には電極の消耗比が〇・〇一位のものがあるとの記載があるが、本件明細書でいう一実施例の実験結果を示す例にあがつている黄銅材電極は、上記の文献「放電加工技術便覧」の第一一四頁の図2・17と図2・19、更に同文献の第三〇四頁(本訴甲第二七号証の三)の図5・6よりみると、六〇%〜一四〇%といつた消耗比をもつている。明細書に記載する実施例は発明者が発明として最も推奨すべきものと考えるものを書くものであるから、消耗比〇・〇一位というものよりも消耗比一程度のものを本件発明において主な対象としていると考えるべきである。このように本件特許出願当時においては、電極無消耗のものはなかつたのではないかと考えられる。そして、いわゆるワイヤカツト法のように電極の処女面を絶えず繰り出す加工法、すなわち見かけ上、電極消耗がない加工法も本件特許出願当時及びその後間もないころの文献にみることができないので、このような見かけ上、電極消耗がない加工法もまたなかつたのではないかと考えられる。してみると、本件特許出願当時としては、被加工体の加工される長さと同じ程度の大きさの電極の消耗について考慮するのが当然なのではなかつたかと考えられる。そう考えると、電極の消耗について何らの記載もないのも本件明細書の場合不審に思われ、また、上記した「電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよい」という説明には、本件特許出願当時の説明としては、強い疑問が生ずる。そうして、電極の消耗について考慮すれば、
電極を階動的に送る場合の説明も変わってくるべきではないかと考えられる。例えば、上記した文献「放電加工について」の第七二頁(本訴乙第一号証の三)の第3・55図及び同図の説明に示すような放電が起こつている可能性も当時としては当然に考えられたのであるから、このような放電が起こつていることを考えれば被加工体の加工される長さが一μ〜〇・五μ程度であつたとしても電極の階動的に送るその一階動の送り量が一μ以下でよいという説明だけにはならないと考えられる。つまり、この電極の消耗に関する面からも、上記した本件明細書のその構成でその目的を達するものとする重要な根拠として記載したと認められる、上記昭和四〇年九月一六日付全文訂正明細書第三項第五行なしい第一三行の記載(本件公報第一頁右欄第一行ないし第三行の記載)は、その内容が疑わしいものと考えられる。
以上のように、被加工体の加工された長さが、その加工いかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度であつたとすることは完全には否定できないまでも、そのことに極めて強い疑問が存在し、本件発明がその構成でその目的を達成する重要な根拠となる説明に強い疑問があるものと認められる。したがつて、それでもなお本件発明がその構成でその目的を達成しているという根拠に関する記載はその実施例の実験結果に関する記載に求める以外にはない。
そこで、本件明細書に記載されている本件発明の実施例の実験結果に関する記載についてみると、この記載にはいくつかの不備がある。なお、この実験結果に関する記載中にあるステツプモータはパルス電動機と同意語と解する。まず、本件発明は一階動による電極の送り長さは一μ〜〇・五μ程度をその対象にしていると認められるのに、実験はそれを約〇・八μ程度に設定した場合のみしか示されていない。これでは、その一階動による電極の送り長さの限界である一μの前後及び〇・五μ前後の場合についての実験例がないのでその一μ〜〇・五μ程度に限定する根拠が与えられないと考えられる。しかもまた、本件発明は電極の送りの駆動源として電動機を使用しており、その電動機としてパルス電動機を用いる場合と通常の連続回動する電動機を用いる場合とに分けて本件明細書に記載しており、両者は当然にその具体的構成は異なるものと考えられる。すなわち、クラツチ機構の有無、パルス形成回路の有無などについてその構成は異なる。更に、これら両者の電動機はその特性についても異なつていたのではないかと考えられる。すなわち、昭和三三年二月一八日に被請求人(原告)自身により特許出願された発明にかかわる特公昭三八―一一〇四八号特許公報(これは被請求人(原告)が乙第五号証として引用している。)にサーボ電動機(これは差電圧で動くとあり、昭和三三年二月一八日の時点では連続回転の電動機と解される。)の動作応答速度は速くてもせいぜい〇・一〜〇・〇五sec程度である旨の記載がある。
これに対してパルス電動機では八〇〜一三〇パルス/secで動くものが昭和三五年五月二二日【A】・【B】共著に係る日刊工業新聞社発行の「工作機械の数値制御」(乙第三号証。本訴における甲第二三号証)の第九一頁に記載されている。もちろん、これだけでは資料不足であり、これらの記載された年月には相違があり、
また、動作応答速度の内容、パルス電動機の動作条件の細部の不明の点があるが、
本件特許出願時においては上のような記載及び当時の電動機に関する技術常識からして、両者の電動機にはその応答速度、位置決め精度などの特性に異なるものがあつたと考えるべきでなかつたかと思われる。してみれば、パルス電動機と通常の連続回転する電動機とではそれらの間の特性の相違、それらの電動機を使用する場合の構成の相違などがあるものと考えるべきであり、これらの相違がその発明の目的の達成に違いを与える可能性があると考えられるので、その一方の実施例のみの記載をもつて、その発明の構成でその発明の目的を達成する根拠となる実験例の記載とするには不適当であると認められる。更に、この一実施例の実験結果を比較する対象となつた本件明細書での従来の技術は通常の電動機を用いた連続的送りである。これは本件明細書の場合、本件特許出願の時に既に加工用電極を階動的に送る方が望ましいことがよく知られていたところであると本件明細書に記載しているのであるから、その一実施例の実験結果を比較すべき対象としては上の場合のみでなく、その一階動の送り量について本件明細書には記載がないが、そのよく知られていた加工用電極の階動的な送りの例との比較を行わなければ、明細書として統一がとれず、発明の効果の比較をより古い従来の技術との比較だけを行えばよいという不合理を生じ、適切な対比を行つたことにはならず、その発明の効果を十分に理解できないことになる。そのため、この実験結果の効果の対比の面からも、その一実施例の実験結果に関する記載はその電極及び加工体の材料が一例のみというのも不適当であるが、これを別にしても上記のような不備があるものと認められる。以上のように、本件発明の発明者が新しく見いだしたとする知見には疑問があり、これに基づく本件発明がその構成でその目的を達成するとする重要な根拠となる本件明細書に記載された説明にも強い疑問が残り、更に本件明細書に記載された一実施例の実験結果に関する記載にも不備があると認められる。そうして、本件明細書の全文を見てもその発明の構成でその発明の目的を達成するのに確信を抱かせるものを見いだすことはできない。そのため、その発明の構成をもつて十分に達成できその発明の効果を奏することが当業者に確信を抱かせるように記載したものと認めることはできず、結局先に一応認定した本件発明の目的及び本件発明を構成する事項については疑問があることになる。
したがつて、本件明細書の発明の詳細な説明には、その発明に属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載したものとは認められないので、本件特許出願は特許法第36条第4項の規定を満たしていないものと認める。
次に、先に仮定して論じたところの被請求人(原告)が述べている「一μ〜〇・五μ程度」という内容を特許請求の範囲の項に「一μ以下」と記載している点について検討すると、両者はそれなりに明瞭な内容をもつた記載と考えられ、その両者の内容に差異があるのも明瞭であると考えられる。すなわち、「一μ〜〇・五μ程度」とは本件明細書の記載からみて、「一μ〜〇・五μ」を指すのか、「一μ〜〇・五μの近くの値」を指すのか、「一μの近くの値〜〇・五μの近くの値」を指すのかのいずれかであると解されるのに対し、「一μ以下」とは本件明細書からは「一μ以下で電極の一階動としての送りが成り立つまでの小さな値まで」ということであると解され、両者の内容の差は数値範囲として明瞭に差がある。そして「一μ以下」を「一μ〜〇・五μ程度」の意味に使用する特別な理由は何も認められない。つまり、「一μ〜〇・五μ程度」のことを「一μ以下」と特許請求の範囲の項に記載したことは不適切でありこれは特許法第36条第5項の要件を満たしていると認めることはできない。
更に、これらの本件明細書が特許法第36条第4項及び第五項に違反しているということは本件発明が特許される以前に審理ずみであるので再度同旨の主張をするのは不当であると被請求人(原告)は主張するので、これについて検討する。
被請求人(原告)主張のように、確かに、本件発明が特許される以前の拒絶査定不服審判の審理において、上記してきたことと似たような趣旨の拒絶理由を通知し、これに対して被請求人(原告)が補正書を提出してその拒絶理由を解消した形になつている部分はあるが、この補正(いくつかの表現を訂正し内容を明瞭化しようとする所があるも、その重点は一実施例の実験結果に関する記載を補充した点であると認められる。)は上に論じたような不備があるのであり、特許無効の審判における審理において、特許出願の審査及び拒絶査定不服審判における審理において審理した内容と同旨の内容に関して審理することについては何ら拘束されることはないので、これに関する被請求人(原告)の主張は採用することができない。
以上のとおりであるので、上記のように論じたこと以外に特許法第36条第4項及び第五項並びに特許法第29条第2項に関して請求人(被告)が主張するところがあるが、これらの主張を検討するまでもなく上記した理由で、本件特許は、特許法第36条第4項及び第五項に規定する要件を満たしていない特許出願に対して与えられたものと認められるので、同法第123条第1項第3号の規定に該当し、その特許は無効とすべきものである。
四 本件審決を取り消すべき事由 本件発明の特許請求の範囲の記載並びに右特許請求の範囲中の「一μ以下」の文言の意義を本件審決認定のとおり「一μ以下で電極の一階動としての送りが成り立つまでの小さな値まで」を意味するものと解すべきことは認めるが、本件審決が、
本件特許をもつて特許法第36条第4項及び第五項に規定する要件を満たしていない特許出願に対して与えられたものであることを理由として、無効としたことは、
以下の各点においてその認定判断を誤つたものであるから、違法として取り消されるべきである。
1 特許法第36条第4項の要件を満たさないとする事由について(本件明細書中「発明の目的を達成する根拠」の記載に関するもの)(一) 本件審決は、本件発明において、送り用電動機の一階動による電極の送り長さを一μ以下としたことの根拠を示す明細書の「被加工体の加工された長さは、
多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず、一〜〇・五μ程度であることが判明し」た旨の記載事実が、本件特許出願前の文献(昭和三四年八月一日株式会社日本放電加工研究所発行の「放電加工について」(改訂第二版)の第一四一頁ないし第一四二頁。本訴乙第一号証の四)及び出願後の文献(昭和五四年八月二五日社団法人未踏加工技術協会編集発行の「ワイヤカツト放電加工」第一〇六頁。本訴甲第一一号証)の記載に照らして疑わしいと認定判断するが、この点の認定判断は、本件明細書において「一〜〇・五μ程度」とされている被加工体の加工された長さを、「加工されたために広がつた大きさ」(乙第一号証の四記載のg′)及び「放電間隙の広くなる程度」(甲第一一号証)と同意義に解した誤りである。すなわち、乙第一号証の四及び甲第一一号証に記載されている放電加工によつて広がつた大きさとは、放電がスパークアウトの状態に達したときに、累積した放電痕の深さによつて形成される放電間隙の広がりを指しているのである。このことは、乙第一号証の四中、第一四一頁の「第4・52図 加工間隙の成因」において、「加工されたため広がつた大きさg′」が、スパークアウトの状態に達した「加工されたために広がつた大きさ」を示していること(特に電極の左側の部分は、その方向へ電極が送られることがないので、スパークアウトの状態を示していることが明白である。)、また、甲第一一号証の第一〇六頁において、
放電加工によつて放電間隙長が広くなる原因につき、「放電によつて放電痕が形成され、ワイヤ電極と対向する加工面全面が放電痕で埋められたときは、放電間隙長さは広くなる。その広くなる程度は、放電によつて生じた放電痕の深さと等しいはずである。」(第一〇六頁下から第七行ないし第五行)と説明されていることに照らして明らかである。これに対して、本件明細書にいう「被加工体の加工された長さ」は、それらとは全く異なるものを指している。すなわち、本件明細書におけるそれに先立つ部分の記載をみると、放電加工においては、電極と被加工体の対向面中最も対向間隙の短い箇所が放電点となること、そこが放電によつて消耗すると次の放電は他の箇所へ移ること、放電が対向面に一様に行きわたると放電間隙が広まること、この広まりにより放電間隙の電圧が高くなること、電圧の上昇に応じて電極に送り与えると、所定の放電間隙に調整することができることが記載されている(甲第二号証第一頁左欄下から第八行ないし末行)。そして、電極と被加工体の対向面において最も対向間隙の短い箇所とは、電極と被加工体の双方に、放電加工によつて生じている噴山(甲第二六号証の二、三参照)の山頂どうしの距離のうち、
最も短いものを指すことが明らかである。すなわち、電極と被加工体には、右のような噴山が大小無数に存在し、山頂は種々の高さを有しているわけであるが、電極についても被加工体についても、そのような噴山は大小・高低さまざまなものが対向面の全体にわたつてほぼ一様に分布しているものと考えることができるから、放電は、電極と被加工体双方の最も高い山頂どうしの間で始まり、次第に低い山頂どうしの間に移つていくと考えることができる。本件明細書において、放電点が移動してそれが一様にいきわたると放電間隙が広まるとしている意味は、電極と被加工体との放電点となる山頂が、次第に高いものどうしから低いものどうしへと移つていく過程で放電間隙が広くなることを指し、かつ、その放電間隙の広まりは、放電間隙の電圧が高くなり、放電加工開始時の電圧との差電圧が生ずることによつて知ることができるので、電圧の上昇に応じて放電間隙を調整するために電極の送りが必要となることが認識されることを指しているものということができる。本件明細書は、右の説明に続けて、「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが」と述べている(甲第二号証第一頁右欄第一行ないし第二行)から、右にいう「被加工体の加工された長さ」とは、放電が進行する過程において、電極と被加工体の対向面の噴山の山頂間で放電点の移動が一わたり行われて放電間隙が広がつたとき、前記差電圧によつて確認されるその広がつた長さ分を指していることが明らかである(電極の消耗については、後述する)。しかも、本件明細書のこれに続く部分における記載をみると、「これ(一階動の送り長さ)は前述したように被加工体2の加工面を間歇的な放電により表面を一様に加工したときの加工長さに等しいか又はそれ以下である」(甲第二号証第一頁右欄第二七行ないし第二九行)とあり、右の記載が前記甲第二号証第一頁左欄下から第四行における「これ(放電)が対向面に一様に行きわたつたのち放電間隙は広まる」との記載を受けたものであることは明らかであるから、これによつてみても、「放電が一様に行きわたる」と「間歇的な放電により表面を一様に加工する」とは、同義に使われており、また、これによる「放電間隙の広まり」が、別の箇所では「加工長さ」と表現されていることを知り得るのである。この点、被告は、原告主張の右の「加工された長さ」を原告主張のように解するとしても、「所詮は放電痕の累積によつて形成される長さを指しているのである」旨主張し、乙第九号証を引用しているが、原告主張の前記「加工された長さ」は、間歇的な放電が被加工体の表面に一わたり並列的に、すなわち重複しない状態で行われた場合における「加工された長さ」を指しているものであつて、放電が被加工体の表面に上下・左右に重複・累積して生じた状態(すなわち・放電が被加工体の表面に、スパークアウトに至るまで複数わたり行われた状態)における「加工された長さ」を指しているものではない。その意味において、被告の右主張は、原告の主張に対する反論とはならない。
また、乙第九号証第一八頁の図解における「単発放電加工量」の図示は、極めて概念的に、かつ、誇張してなされているため誤解を生じかねないところがあるが、右図面を注意深くみれば、その図示においては、単発放電の放電痕が相互に重複して形成された状態が示されているから、これをもつて、本件発明における前記の「加工された長さ」を理解する参考資料とすることはできない。なお、同号証の他の頁(甲第七〇号証の二第三四頁ないし第三五頁)には、「荒加工電極一本では、仕上条件に切変えた場合、底面は極間制御によつて送り込めるので仕上るけれども、側面は間隙(クリアランス)が広すぎて仕上らない」旨の説明があり、このことからも、スパークアウトの状態における累積した放電痕の深さによつて形成される放電間隙の広がりと、極間制御の対象となる放電間隙の広がりとの間には、大きさにおいて明確な差異があることを知り得るのである。したがつて、本件明細書にいう「被加工体の加工された長さ」が、スパークアウトの状態に達したときに、累積した放電痕の深さによつて形成される放電間隙の広がりを指すものでないことは、もはや疑いのないところである。それゆえ、これを、乙第一号証の四及び甲第一一号証にみられるスパークアウトに達した状態での累積した放電痕の深さによつて形成される放電間隙の広がりと比較した本件審決には、比較の対象を誤つた違法があるものといわなければならない。先にみたような見地からすれば、本件明細書における「被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明した」旨の記載は、極めて自然に理解することができる。すなわち、多様にわたる加工において、かつ、加工条件を変えたとき、放電によつて形成される放電痕の深さには大いに差が生じるかもしれないが、被加工体に形成される噴山の山頂の高低の差の分布には、加工の態様により、また、加工条件のいかんにより、格別の差が生じるものではないと考えられるからである。そうすると、乙第一号証の四及び甲第一一号証の記載に照らして、本件明細書の右の部分の記載に疑問があるものとした本件審決の判断は、明らかに誤りであるといわなければならない。
(二) 本件審決は、本件発明において、一階動による電極の送り長さを前記のとおりとしたことの根拠を示す本件明細書の「電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのである」旨の説明は、電極の消耗を考慮していないが、本件特許出願後の文献(昭和三八年一二月二〇日日刊工業新聞社発行の「放電加工技術便覧」の第一〇八頁、第一一四頁、第三〇四頁。本訴乙第二号証の四)及び同出願前の文献(前掲「放電加工について」の第七二頁)の記載に照らすと、
電極の消耗を考慮しなくてよいとすることには疑問である旨認定判示するが、本件発明は、一階動による電極の送り量を定めるについて、電極の加工中の消耗を無視してよいとする考え方をとつているものではなく、また、本件明細書にもそのような記載はしていない。本件明細書における「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが、被加工体の加工された長さは、・・・・一〜〇・五μであることが判明し、」との記載は、それだけをみれば、電極の加工中の消耗を無視して、被加工体の消耗だけに言及していると誤解されるおそれもないとはいえないが、その前の部分から続けてこれを読めば、そのように誤解されるおそれはないものである。すなわち、本件明細書のその前の部分には、「本発明者の多岐にわたる実験結果によれば一階動による電極送り量は次の点を勘案して定めればよいことが判明した。」(甲第二号証第一頁左欄下から第一〇行ないし第八行)とあり、この文章と、前記の「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのである」との文章とが照応していることが知られる。そして、右の「次の点を勘案して定めればよい」とされる「次の点」をみてみると、「電極、被加工体の対向面においてもつとも対向間隙の短い箇所が放電点となり、そこが放電によつて消耗すると、次の放電は他の箇所へ移つていき、これが対向面に一様に行きわたつた後放電間隙が広まる」(甲第二号証第一頁左欄下から第七行ないし第四行)とあり、電極と被加工体の双方の放電による消耗が放電間隙の広がる原因として考えられることが明らかである。そして、本件明細書のそれに続く部分の記載によれば、「この広まりにより放電間隙の電圧間隙の電圧が高くなり、この電圧の上昇に応じて電極に送りを与え所定の放電間隙に調整してやればよい。」(甲第二号証第一頁左欄下から第三行ないし末行)とされているから、右の放電間隙の広まりは、直接長さとして計られるものではなく、電圧をもつて間接的に計られるものであることが分かる。電圧の変化に応じて電極に送りを与え、放電間隙を所定長に維持しようとする場合には、放電間隙が所定長である場合の電圧を基準電圧とし、放電加工中の放電間隙の電圧が基準電圧から乖離して差電圧を生じ、その差電圧が一定の値に達したとき、電極をその差電圧分だけ送つて、放電間隙の電圧を基準電圧に一致せしめるようにする方法がとられることになる。本件明細書の前記記載は、まさにそのことを示しているわけである。本件発明は、多岐にわたる実験において、右のような差電圧を観察した結果、電極と被加工体との対向面に放電が一様にいきわたつたときに生ずる差電圧が、放電間隙の広まりの長さに換算してみて一μ〜〇・五μであることを発見したものであり、これを、本件明細書のそれに続く部分の記載において「被加工体の加工された長さ」と表現していることが知られるのである。放電間隙の広まりを計るには、実際の問題として右のように差電圧を測定する以外には方法がない。そして、差電圧は、放電間隙の長さの変化によつて生ずるので、電極の消耗は当然にその変化の要素として含まれることになる。むしろ逆に、被加工体の加工された長さだけを差電圧をもつて測定することは不可能なのである。以上のようなことは、本件明細書を読む当業者にとつては、極めて容易に理解し得るところであり、そこに電極の消耗が無視されていると解すべき余地はないものというべきである。被告は、原告のいう放電が対向面に一様にいきわたつたときに放電を中止させ、放電開始前と放電中止後の被加工体の長さの差を計れば被加工体の加工された長さは測定可能である、と主張するが、本件明細書を読む当業者が、本件公報第一頁左欄下から第四行ないし末行における「これが対向面に一様に行きわたつたのち放電間隙が広まるから、この広まりにより放電間隙の電圧が高くなり、この電圧の上昇に応じて電極に送りを与え所定の放電間隙に調整してやればよい。」との記載に引き続いて、同頁右欄第一行ないし第四行の「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが、被加工体の加工された長さは、・・・一〜〇・五μ程度であることが判明し」の記載に接するとき、そこにいう「被加工体の加工された長さ」が、右被告主張のような方法で測定されたものであつて、差電圧によつて測定されたものではないと理解することは、到底考えられない。思うに、この場合、差電圧によつて加工間隙の広まりが測定されている以上、それをわざわざ使わないで、被告主張のような測定を試みる必要性は、どこにも感じられないからである。放電加工においては、電極の消耗を伴うという当業者の当然の常識を前提として、この分野の解説書においても、その点が省略され(乙第一号証の四の第一四一頁所載の図4・52図における電極の表示及び乙第九号証の二第一八頁所載の図1・5における各電極の表示参照)、また、特許明細書の記載上、その点にいちいち言及するのを省略する例は、この分野の明細書には少なくないように見受けられる。本件発明の発明者の発明に基づいて原告が別件出願した甲第四三号証及び甲第四五号証においても、そのような記載がみられる。すなわち、甲第四三号証の特許公報の第一頁左欄第一二行ないし第一五行には、「加工の進行にともなつて電極、被加工体が消耗して行くがその消耗にともなつて電極と被加工体との間隙が常に一定に保たれるように電極に送りを与える必要がある」と記載されているにもかかわらず、左欄下から第二行ないし第三行には、「加工の進行にともなつて、被加工体が消耗し、間隙が所定値より広まつたとすると」と記載して、電極の消耗を記載上省略している。しかしながら、「被加工体が消耗し」には、前後の文脈からみて、電極及び被加工体双方の消耗を含む趣旨であることが明らかである。また、甲第四五号証の特許公報の第一頁左欄第六行ないし第七行には、「被加工体は加工されると共に加工用電極も消耗するので」と記載されているのに対して、右欄第一行ないし第三行には「加工の進行にともなう被加工体の消耗によつて間隙が所定値より長くなつたとするとこれにより生ずるパルス電流が線輪4に流れてこれを励磁する。」と記載されている。しかしながら、この場合の「加工の進行にともなう被加工体の消耗」の中に、電極の消耗が含まれていることは明らかである。このような記載例に照らしても明白なように、一般に、明細書の記載は、当業者の常識による補足を見込んで省略的に書かれることがあり、それを非難する理由はないと思われるので、本件明細書の理解に当たつても、その一部分だけでなく、前後の記載を総合して、かつ、
当業者の常識に立脚して解釈されることが必要である。なお、本件審決は、「いわゆるワイヤカツト法のように電極の処女面を絶えず繰り出す加工法、すなわち見かけ上電極消耗がない加工法も本件特許出願当時及びその後間もないころの文献に見ることができないので、このような見かけ上電極消耗がない加工法もまたなかつたのではないかと考えられる。」と述べているが、この点の認定も明らかに誤りである。すなわち、本件特許出願当時において、既にワイヤカツト法は、米国特許第二、五二六、四二三号明細書(甲第二八号証)、米国特許第二、七九四、一一〇号明細書(甲第二九号証)、特公昭三一―四〇九九号特許公報(甲第三〇号証)及び井上潔著「放電加工について」(甲第三一号証二の第二六八頁)などの文献にもみられるように公知のことであり、かつ、電極消耗の影響の少ない円板上回転電極又はベルト上駆動電極を使用する放電加工法も、本件特許出願当時、米国特許第二、
五二六、四二三号明細書(甲第二八号証)、特公昭三一―四〇九九号特許公報(甲第三〇号証)、鳳誠三郎・倉藤尚雄共著「放電加工」(甲第三二号証の二の第七四頁及び第七七頁)、井上潔著「放電加工について」(甲第三一号証の二の第二六六頁ないし第二六七頁)などの文献にあるように公知のことであつたのであるから、
本件審決が「本件特許出願当時としては、被加工体の加工される長さと同じ程度の大きさの電極の消耗について考慮するのが当然ではなかつたかと考えられる。」としているのは、一つには本件発明の理解を誤り、二つには右の事実を誤認したことに基づくものであつて、その失当であることは明白である。
(本件明細書中「実施例の実験結果」の記載に関するもの)(三) 本件審決は、本件明細書に記載された実施例には、一階動による電極の送り長さを約〇・八μ程度に設定した場合の例しか示されておらず、一階動による電極の送り長さの限界である一μ前後及び〇・五μ前後の場合についての実験例がないので、本件発明において、一階動による電極の送り長さを前記のとおり「一μ以下」と限定したことの根拠が与えられていないとするが、この点の認定判断も誤りである。すなわち、本件発明は、加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動に従つて電極に送りを与える方式において、その送りを階動的にし、かつ、一階動の送り量を一μ以下としたものである。放電間隙の長さの放電加工中における変動は、これを直接計ることができないので、電圧(又は電流)によつて間接的にこれを計ることになる。つまり、放電間隙の所定長よりの変動(これを、本件明細書では、「被加工体の加工された長さ」と表現していることは、前述のとおりである。)を、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧によつて知る方法がとられるわけである。したがつて、放電間隙の所定長よりの変動に従つて電極に送りを与える方式とは、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式であるといいかえることができる。なお、被告は、本件明細書の実施例において、差電圧に基づく送り方式が示されていることを認めながら、所定長よりの変動に従つて電極に送りを与える態様としては、右差電圧に基づく送りのほか、放電間隙を流れる加工電流の変動に基づく送り(甲第四一号証の二第四七頁ないし第四八頁)とか、放電間隙の変動が適正な範囲となる程度の一定速度の送り等が本件特許出願時に公知であり、差電圧に基づく送りに限られるものではない、と主張するが、その主張は、以下述べるとおり失当である。まず、「放電間隙を流れる加工電流の変動に基づく送り」なるものについてみると、被告自身も、放電間隙の把握を電圧でみるか、電流でみるかは適宣適択しうる周知事項であつて(甲第四一号証の二の第四七頁下から第二行ないし第四八頁第八行)、両者間に格別な差はないことを認めているところであり、「放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式」には、「放電間隙の電流と基準電流との差電流に基づいて電極を追従送りする方式」が含まれることになるわけである。被告が右に引用する甲第四一号証の二の第四七頁下から第二行ないし第四八頁第八行の記載においても、加工用電極と被加工体との間の放電間隙の所定長よりの変動に従つて、電極に連続送りを与える方式において、差電圧又は差電流のいずれもが選択可能であることが示されている。したがつて、本件明細書において、差電圧に基づく送り方式が示されている以上、差電流に基づく送りも当然に開示されているものと解してよく、したがつてまた、本件発明の特許請求の範囲にいう「放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて電極に送りを与える方式」を、「放電間隙の電圧(又は電流)と基準電圧(又は基準電流)との差電圧(又は差電流)に基づいて電極を追従送りする方式」であると解することに何の妨げもないのである。
次に、「放電間隙の変動が適正な範囲となる程度の一定速度の送り」なるものについてみると、それは乙第一一号証の二記載の「定速送り」のものを指しているわけであるが、「定速送り」は、放電間隙の所定長よりの変動に関係なく、一定速度で電極を送るものであるから、「放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて電極に送りを与えるもの」には該当しない。したがつて、
本件発明の特許請求の範囲にいう「放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて電極に送りを与えるもの」の中に、被告の主張する「定速送り」のものが含まれると解すべき余地はない。
以上にみたところから明らかなように、本件特許出願前において、放電間隙の長さの放電加工中における変動は、電圧(又は電流)によつてしか計ることができず、したがつて、放電間隙の所定長よりの変動に従つて電極に送りを与える方式としては、放電間隙の電圧(又は電流)と基準電圧(又は基準電流)との差電圧(又は差電流)に基づいて電極を追従送りする方式しか考えられなかつたものである。
この点を詳述すれば、そもそも放電加工における放電間隙は、数ミクロンないし数十ミクロンという極短間隙である(甲第五五号証の二の第二九頁第一六行)。「間一髪」という表現があるが、その髪の毛でさえ一〇〇ミクロンの太さがあるのである。放電間隙がいかに狭いものかが理解されよう。放電加工に当たり、右のような狭い放電間隙の変動を、スケール等で直接測定しながら放電間隙の調節・制御を行うことは、到底不可能である(甲第五六号証の二の第一〇一頁第二行ないし第六行)。実用的に可能な方法としては、加工間隙の電圧(又は電流)と基準電圧(所定長に応じて定める。)との差電圧を観察して、間接的に放電間隙の変動を測定し、これに応じて放電間隙の調節・制御をする方法しかないのである(甲第五七号証の二の第二一五頁下から第八行ないし第六行)。放電加工に当たり、放電間隙の所定長からの変動を右の差電圧によつて間接的に把握し、それに基づいて電極に送りを与える技術としては、本件特許出願前、電極を連続的に送るものがあつた。甲第四号証がそれであるが、同号証には、「本発明装置は基準点を最良加工電圧である電源電圧の約1/2(これは実験結果により加工速度が最大となる点である)に近く選んでおけば、蓄電器Cの放電による加工電圧が基準点電圧より高いか又は低いかによつて、自動的に電動機を回転せしめて、電極と被加工体との間隙を自動的に調節して常に最良の加工電圧で動作せしめ得る」(甲第四号証の第一頁右欄第一三行ないし第一九行)との記載があり、放電間隙の所定長(右の場合、電源電圧の約二分の一に設定されている。)からの変動を差電圧をもつて把握することが明らかにされていて、これが、本件特許出願前における当業者の技術水準であつたことが知られるのである。したがつて、本件発明の特許請求の範囲における「加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて前記電極に送りを与える」との記載に接する当業者は、「放電間隙の所定等よりの変動」を、放電間隙の電圧と所定長に応じて設定した基準電圧との差電圧によつて把握し、それに従つて電極に送りを与えるものである趣旨に理解するわけである。所定長よりの変動を、スケール等で直接測定しながら電極に送りを与えるものと理解する当業者は皆無である。このことは、本件明細書における「6は定電圧電源装置でその電圧は前記放電間隙が所定の長さにあるときの放電間隙電圧に相等しく選定されてあり、かつ放電間隙電圧と逆極性となるようにして放電間隙ならびに電動機5に直列に接続されている。したがつて放電間隙が所定の長さにあるときは電動機5は回転することなく加工の進行により前述のように放電間隙が所定値より広まつたときは、そのときの放電間隙電圧と装置6の電圧との差電圧に基いて電動機5は回転を開始し電極1を送つて放電間隙を狭めることにより放電間隙の電圧と電源装置6の電圧とが平衡してその差電圧が零となつたときに停止する。」(甲第二号証第一頁右欄第一四行ないし第二四行)との記載によつて、ますます明瞭にされているものということができる。被告は、この点に関し、「加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動に従つて前記電極に送りを与える」技術としては、甲第五号証及び甲第六号証などの公知技術が存在するので、右記載に接する当業者が放電間隙の所定長よりの変動を放電間隙の電圧と基準電圧との「差電圧」によつて把握し、それに従つて電極に送りを与える趣旨にのみ解することはなく、むしろ文言どおり何らかの読み換えなしに理解するものである、と主張するが、後述のとおり、甲第五号証記載の切断機及び甲第六号証記載の研削機においては、いずれも加工に当たり放電間隙の所定長なるものを設定することがなく、したがつて、「放電間隙の所定長からの変動に従つて電極に送りを与えるもの」とみる余地がないから、被告の右主張はその前提において誤つている。そして、放電間隙の所定長よりの変動、すなわち放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式として、本件特許出願前知られていたのは、
電極を連続送りするもののみであつて、電極を階動送りするものは知られていなかつた。右の方式において、電極の送りを階動的にする考え方は、本件発明の発明者が、@特願昭三五―二一四五七号(甲第四三号証、A特願昭三五―二七〇六〇号(甲第四四号証)、B特願昭三五―三六九八一号(甲第四五号証)及びC特願昭三五―三六九八〇号(甲第四六号証)の特許出願の明細書において初めて示したものである。すなわち、右の@特願昭三五―二一四五七号の明細書(甲第四三号証)によれば、放電間隙が常に一定に保たれるように電極に送りを与える従来の装置においては、直流電動機を用い、定電圧と間隙電圧の差に従つて電動機を制御することが行われているが、この種の電動機を使用する場合は、右の差電圧が零になるまで電動機が回転を続ける結果、回転時の慣性によつて電極の送りすぎがしばしば生じ、それによつて短絡を起こす結果、連続した安定な加工が行われなくなる欠点があることから、この欠点を解消するため、電極送り用電動機としてパルス電動機を用い、これによつて間歇的に、しかも所定の長さだけ電極を送るようにすることが提案されている(甲第四三号証第一頁左欄第一五行ないし第二八行)。また、A前記特願昭三五―二七〇六〇号の明細書(甲第四四号証)によれば、放電加工装置における従来の加工用電極の送り装置では、放電間隙の電圧と定電圧との差電圧に従う電流方向によつて電極に送りを与えることを普通としているが、かかる方式によれば、電極送り用の電動機は加工進行中の各時点において正逆いずれかの方向に連続的に回転していることになるので、回転時における慣性によつて、電極下降の際には電極が被加工体に接触して間隙を短絡する傾向が大きく、また、上昇の際には必要以上に間隙を広げることとなるなどのため、不安定な加工になる欠点があることから、この欠点を解消するため、電極の送りを間歇的に行うことが提案されている(甲第四四号証第一頁左欄第一五行ないし第二八行)。そして、右の@及びAの特許出願明細書においては、その提案の実現手段として、電極の送り用にパルス電動機を用いるものとしている。これに対して、B前記特願昭三五―三六九八一号の明細書(甲第四五号証)によれば、発明者自身がさきに提案した右のパルス電動機を用いる方法においても、加工用電極はかなりの大型であり相当の重量を有するため始動及び停止時に慣性による作動の遅れが生じ円滑な送りを期待できないとの欠点があることから、連続回転する通常の電動機を用い、その回転軸に回転を拘束するような装置を設けて、加工の進行に伴い間歇的に拘束を解除せしめて電極を追従させる方法が提案されている(甲第四五号証第一頁左欄第四行ないし第二一行)。
また、C前記特願昭三五―三六九八〇号の明細書(甲第四六号証)においては、放電加工に際して、その加工用電極を連続的に送ることなく、加工の進行に伴つて加工による消耗分だけ間歇的に送ることが望ましく、このためパルス電動機を用いることが考えられるが、電極部分は相当の重量を有しているため、現今のパルス電動機では円滑な間歇的送りが期待できず、また、この種の送り用電動機には相当の機械的強度が必要となるため使用に耐え得ないという欠点があるところから、パルス電動機を用いないで、パルス電動機によつて与えられるのと同様な間歇的な送りを加工用電極に与えることが提案されている(甲第四六号証第一頁左欄第五行ないし第一六行)。このように、放電間隙の所定長よりの変動、すなわち放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式において、電極を階動的に送ることを提案したものである右の各特許出願は、昭和三五年四月一日から同年九月一日までの間に、本件特許出願に先立つて出願されたが、本件特許出願の時点ではまだいずれも公告されていなかつた(なお、当時出願公開の制度はとられていなかつた。)から、世の中には知られていないものであつた。すなわち、放電間隙の所定長よりの変動を、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧により測定して電極を追従送りする方式において、その送りを階動的にすることは、本件特許出願当時、新規な技術的思想であつたのである。このことは、前記四件の特許出願が、本件特許出願後においていずれも特許されている事実(甲第四七号証ないし甲第五〇号証)に照らしても明らかであろう。確かに、本件明細書には、「周知のように放電加工に於ける加工用電極は加工の進行にともなつて被加工体に対して送入する必要があるが、その送りは連続的に行うと慣性により送り過ぎて放電間隙で短絡等を生ずるので階動的に送る方が望ましいことがよく知られている所である。このためその送り用電動機としてはパルス電動機を用いるなり、あるいは連続回転する電動機のその回転を間歇的に拘束する等の方法がとり得る。」(甲第二号証第一頁左欄発明の詳細な説明の項第三行ないし第九行)との記載があるが、これは、本件発明の発明者が、本件特許出願前、自らの発明に基づいてした前記四件の特許出願の明細書に記載されている発明者自身の知見を述べたものにすぎず、本件特許出願当時における当業者の技術水準を述べたものではない。その意味において、前記の記載中、「よく知られている所である。」との表現は適切でない。なぜなら、発明者自身によく知られていたにすぎず、世間には全く知られていなかつたからである。ところで、甲第五号証及び第六号証は、いずれも本件特許出願前の文献であつて、放電加工用の電極ないし被加工物に階動的な送りを与えることを示す記載のあるものである。しかしながら、甲第五号証は切断機、甲第六号証は研削機に係るものであつて、いずれも加工に当たり放電間隙の所定長なるものを設定することがなく、したがつて、「放電間隙の所定長からの変動に従う電極の階動送り」を行うものではない。それゆえ、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極ないし被加工物を追従送りする方式をとるものではなく、したがつてまた、連続送りの欠点を解消するため階動送りを用いるとの技術的思想を含むものではない。これを詳説するに、まず、甲第五号証についてみると、「本案装置に於て今電極1と被加工物2との間隙即ち極間距離が標準値の範囲内に在るとすると加工の進行に伴い、この極間距離は増大し、遂には標準値の範囲外に出ることとなる。そうするとコイル10を流れる電流が減少して鉄心9の吸引力は、スプリング12の張力に抗し難くなり接触片11が鉄心9から離れて接点14を接点13に接触させ電源Eから電動機Bに給電して取付台3を右方向即ち電極1に近づける方向に送り始める。」(甲第五号証第一頁左欄第二四行ないし同右欄第六行)との記載によつて明らかなように、
右装置は、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて被加工物を電極の方へ送るものではない。また、右装置は、放電間隙が開いても、これに追従して被加工物を電極の方へ送ることをせず、放電間隙が標準値の範囲外に出るまでこれを放置しておくものである。右の装置においては、放電間隙が前述のように標準値の範囲外に出るまで増大して、コイル10を流れる電流が著しく減少し、鉄心9の吸引力がスプリング12の張力に抗し得なくなり、接触片11が鉄心9から離れ、接点14が接点13に接触して始めて被加工物が電極の方へ送られるのであるから、その間加工電流は極度に減少し、その加工速度は著しく低いものになるとみることができる。また、「他方電動機Bが回ると回転スイツチAも回りブラシユ8は絶縁部7を外れて導体部分6に接触し、電源Eからの給電によつて電動機Bは接点14が接点13から離れても回転板5がほぼ一回転する間依然として回転を継続して送りを続ける。回転板5の一回転と送りの距離の関係を適当に採択して置けば極間距離は充分に標準値の中央或いは標準値の下限の近くにすることが出来る。」(甲第五号証第一頁右欄第七行ないし第一四行)との記載によつて明らかなように、一階動による被加工物の電極の方への送り量は回転板の一回転によつて決定される。しかも、これは、標準値の範囲外から、標準値の中央又は標準値の下限近くまでの相当に大きい量を送るものである。甲第五号証記載の装置は、被加工物送り用の電動機を正逆転させることなく、放電間隙が大きく開くのを待つて、被加工物を電極に近づける方向にのみ一方向に動かすものであるから、この点からも、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧によつて、電極を階動的に追従送りするものとは根本的に異なることが知られる。次に、甲第六号証についてみると、「加工法によつては電極をパルス送りすることが必要になる。例えば放電研削では、追従送りを用いられないことが多い。このことは次の例で説明される。平面の放電研削を考え、その面に凹凸があるとしよう。送り制御装置が一定の電極間隙を維持するならば凹凸は除去されない。電極を近づけるのは特定量だけとし、電極間隙が増大するのを補償するのは電極が工作物の表面から外れる限界の位置でだけとする必要がある。」(甲第六号証訳文第一頁第二行ないし第一一行)との記載によつて明らかなように、右装置は、一定の放電間隙を維持するために電極を追従送りすることを積極的に避け、
電極が工作物の表面から外れる限界の位置で特定量だけこれを送る、いわゆる切り込み送りをするものである。右の装置においては、加工が行われて放電間隙が増大するにつれ放電間隙の電圧が増大して、電極に接続されている駆動電磁石のコイルによる磁界がバネの強さより強くなると、電磁石が鉄片を引き付けてレバーを振動させ、つめ車を回して電極を送るものであるから(甲第六号証訳文第三頁第一行ないし第三行及び第二頁第八行ないし第一四行)、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を送るものでないことは明らかである。更に、右の装置は、一方向にしか動かないので不可逆的であるとされており(甲第六号証訳文第一頁下より第二行ないし第一行)、この点でも、前記差電圧により電極を階動的に追従送りするものとは根本的に相違するわけである。以上にみたところから明らかなように、本件特許出願当時、放電間隙の所定長からの変動を、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧をもつて測定し、それに基づいて電極を階動的に追従送りするものは、知られていなかつたのであり、先願として、本件発明の発明者自身の発明に係る四件の特許出願がなされていたにすぎなかつたのである。
そして、右四件の先願たる特許出願においては、発明者は、未だ一階動による電極の送り量をどれだけにすればよいかについての知見を得ていない。その課題を解決したのが、本件発明にほかならない。すなわち、本件発明は、既に電極を階動的に追従送りすることが知られていた技術水準のもとで、特に電極の送り量を一μ以下とすることに臨界的意義を発見してなされた発明ではなく、電極を階動的に追従送りする場合に、従来の連続送りのものに比して加工性能を向上させる効果があると思われる一階動の送り量が一μ以下であることを発見して、それを発明の構成要件としたものである。それゆえ、一階動の送り量が一μ以下である場合と一μ超である場合とで、そこに加工性能のうえに格段の相違があるというような意味での臨界的意義は、本件発明について問われる必要はない。一階動の送り量を一μ以下とする階動送りにより、従来の連続送りのものに比して加工性能の向上が認められるならば、特許性が認められてよいのである。もつとも、仮に万一、本件発明において、一階動による電極の送り長さを一μ以下としたことにつき、その一μの数値の臨界的意義が厳格な意味で問われるものであるとしても、本件発明は右数値につき臨界的意義を認めるのに充分である。すなわち、「計測と制御」誌第二巻八号(昭和三八年八月号)所載の【C】・【D】の「ステツプモータを使用した放電加工機の自動電極送り」なる報文(甲第二一号証)によれば、右報文の作成者は、ステツプモータを使用した電極送り機の有効性を調べるため、下りステツプ(一階動)の送り量を〇・五μ、一・五μ、1/6μの三種に設定して、放電加工の実験を行つている。
加工性能は、一般の例に従い、加工面の粗さと加工速度の関係によつて調べられている。右の実験結果は、同誌第一六頁左欄所載の第一六図に示され(同欄所載の第一五図も実験結果を示すものであるが、一階動の送り量を一・五μとした場合の結果が示されていないので、第一六図によることにする。)、同図には、一階動の送り量を前記のとおり三種に設定して実験を行つた結果が、縦軸に加工速度を、横軸に面粗さをとつたグラフをもつて示されているところ、右の第一六図に基づき、縦軸に加工速度を、横軸に一階動の送り量をとつて、同一の面粗さにおいて、一階動の送り量の相違により加工速度がいかに変化するかをグラフ化した甲第五三号証添付のグラフ(なお、甲第六五号証ないし第六九号証参照)によると、前記実験においては、加工面粗さが一〇μRmaxの加工条件では、一階動の送り量1/6μのときの加工速度が六〇mg/min、同じく〇・五μのときの加工速度が五〇mg/min、同じく一・五μのときの加工速度が三八mg/minであり、また、七μRmaxの加工面粗さでは、一階動の送り量1/6μのときの加工速度が四一mg/min、同じく〇・五μのときの加工速度が三五mg/min、同じく一・五μのときの加工速度が二九mg/minであるとの結果が得られており、以下加工面粗さが四μRmax及び二μRmaxの場合にも、一階動の送り量により加工速度に同様な変化が生じている。右の実験結果から判明するように、一階動の送り量が小さい方が加工速度が高く、一階動の送り量が大きくなるに従つて加工速度が低くなる。そして、前記グラフによつて認識されるように、一階動の送り量一・五μのあたりで曲線がフラツトになるのに対して、一階動の送り量〇・五μのあたりではかなり変化があるから、両者の中間の一階動の送り量一μのあたりを臨界と考えるのが相当であることが理解される。このような実験結果にかんがみるとき、本件発明が、加工性能を向上させる目的のもとに、一階動の送り量を一μ以下としたことについては、その数値に充分臨界的意義を見いだすことができるのである。ましてや、本件発明の右数値につき、厳格な臨界的意義を要求せず、加工性能の向上のうえにおいて有用な数値を示していれば足りるとする見地からすれば、右の実験結果により、その数値の有用性は容易に認識されるところである。
本件明細書には、一ステツプの送り長さを約〇・八μ程度に設定した実施例があるのみではあるが、本件発明の奏する作用効果を裏付けるものとしては、右の実施例のみで十分であると考える。すなわち、同一加工条件で加工速度を最大にするためには、放電間隙を、当該加工条件のもとにおいて最適とされる所定長に常に維持するようサーボする必要があり(甲第二一号証第一一頁左欄ないし右欄「2・1最大加工条件」の項参照)、連続送りは、この必要を満たそうとするものであるが、
送り過ぎて短絡を生ずる欠点を避けられない。これに代えて階動送りを用いる場合、一階動の送り長さを小さく設定して小刻みに送るほど連続送りに近くなり、放電間隙を所定長に維持する目的に沿うことになる。これに対して、一階動の送り長さを大きく設定するときは、その一階動分の送り長さに相当するだけ放電間隙が広がつてから電極を送ることになるので、放電間隙を所定長に維持するという目的からそれだけ離れることになり、当然加工速度は低下する。このような見地からみるとき、本件明細書の実施例に示す一階動の送り量〇・八μよりも、送り量を更に小さく設定するときは、右実施例の実験結果よりも更によい結果が得られることは明白である。この意味において、〇・八μより小さい送り量による実施例の記載がなくても、本件発明の効果を明らかにするうえにおいて欠けるところはない。
次に一階動の送り量を、〇・八μを超え、一μに至るまでの送り量とした場合については、本件明細書にその実施例の記載はないが、送り量を〇・八μとした場合と、実験結果にほとんど差がないと考えられるので、〇・八μの実施例の記載があれば、本件発明の効果の理解には充分である。なぜならば、本件発明の特許請求の範囲に定める「一μ以下」との送り量は、電極と被加工体との対向面に放電が一様にいきわたつたときの放電間隙の広まりが一〜〇・五μ程度であるとの実験による知見に基づいて定められたものであるところ、その中間よりやや大きい数値である〇・八μを送り量とした実験結果があれば、送り量を一μまでの間においてそれより大きくした場合にもほぼ同様の結果が得られることが容易に推測されるからである。なお、甲第二一号証は、本件特許出願後の文献ではあるが、本件特許出願公告前に刊行されたものであるので、公告された本件明細書を読む当業者は、甲第二一号証の記載を参考にして本件明細書を理解することができたわけである。そして、
右甲第二一号証によれば、一階動による電極の送り量を1/6μ、〇・五μ及び一・五μとした場合の実験結果が明らかにされているのであるから、これを参考にして当業者が本件明細書における一階動の送り量を〇・八μとした実験結果をみれば、同じ条件のもとにその送り量を〇・八μから一μの間とした場合及び〇・八μ未満とした場合の結果をも容易に推測することができたものというべきである。
特許法第36条第4項の立法趣旨は、発明の公開(本件発明の場合は出願公告)に当たりその内容を当業者のよく理解し得るものとすることにあるから、公開の時点までに公知となつた技術や公刊された文献記載の技術は、当業者において明細書を理解するうえでの参考資料とされてよく、したがつてそれらを補つて本件明細書の記載が理解されるものである以上、同法第36条第4項の要請は、ますます満たされているものと解されるのである。したがつて、右の見地に立つてみても、本件明細書における〇・八μの実施例の記載は、一μ以下という限定に対して充分なものということができる。この点に関し、被告は、同法第36条第4項にいう「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」とは、当然、当該特許出願時における技術水準を前提とするものであり、原告の主張は同条同項が特許出願に当たつての要件であることを無視した議論であつて、本件のように、発明の核心たる「一μ以下」の意義そのものが問われているときに、その核心について、本件特許出願より約三年後に他人の努力の成果として著された報文を援用して明細書の開示に代えることなど許されるものではない旨主張するところ、特許法第36条第4項所定の「発明の詳細な説明」の記載については、発明の要旨の変更にならない限り補正が許され、補正に当たつては、実験結果や実施例の追加が許されるものであり、このような補正を認める趣旨は、出願公告される明細書に対する当業者の理解を容易ならしめるところにあるから、かかる補正が可能であることに思い及べば、補正に代わるものとして、出願公告前の文献による明細書の補充を認めてさしつかえないものと考えられる。したがつて、被告の右の主張は、特許法における明細書の補正の可能性を考慮していない点で、失当というほかない。また、被告は、原告の右の主張が、本件明細書における「一階動による電極送り量は無制限とするわけには行かない。何故ならば、もしその送り量が僅少に失すれば、電極、被加工体の放電間隙が適正値に至らないことにより、所定の放電は行ない得ず、また仮に放電したとしても放電電圧が大となる所から加工面粗は悪化し、逆に送りすぎるとすれば間隙が短絡してしまう恐れがあり、また放電電圧が低下するところから加工速度が低下する。」(第一頁左欄発明の詳細な説明の項第一〇行ないし第一七行)の記載内容と矛盾する旨主張するところ、確かに、右の記載だけからみると、一階動の電極の送り量だけが問題とされているかのように思われるかもしれないが、放電加工において、その加工速度を向上させることが課題であることを考えると、単位時間当たりの電極の送り長さが問題であることを理解することができる。そして、単位時間当たりの電極の送り長さlは、モータ応答速度fと一階動の送り量の長さuとの積に比例し、l=u・fとなり、u=l/fの式が導かれる。このことから、所望の送り長さlを得るためには、uが小さければ、これに反比例してfを大きくしなければならないことが分かる。しかしながら、fを大きくすることには、モータの応答性能による限界があり、このことは、uを小さくすることについて、モータの応答性能による限界があるということである。かくみてくれば、一階動の電極の送り量だけを考慮することはナンセンスであり、それは、常にモータの応答性能との関係において考慮されなければならないのである。
したがつて、本件明細書の「もしその送り量が僅少に失すれば、電極、被加工体の放電間隙が適正値に至らない」との記載も、前記の式におけるuの値が僅少に失することを述べているものであることが理解される。すなわち、モータの応答速度fmである場合、単位時間当たりの送り長さlmだけ電極を送るためには、一階動当たりの送り長さを、lm/fm以下にはできないわけであつて、「もし送り量が僅少に失すれば」とは、一階動の送り長さを、右の値以下にすることを指しているものにほかならない。したがつて、本件明細書の前記記載について、モータの応答限界との関係を述べたものではない、との被告の主張は失当である。更に、被告は、
一階動による電極の送り量を小さく設定しすぎて弊害を生ずるのであれば、本件発明の特許請求の範囲における「一μ以下」の下限近傍で右弊害を生ずることになり発明の詳細な説明と明らかに矛盾する旨主張するが、前述のとおり一階動による電極の送り長さをどこまで小さくすることができるかは、モータの応答性能によつて決定されるのであるから、本件発明の特許請求の範囲の記載においても、一階動による電極の送り長さの上限を定めることはできるが、その下限は、モータの応答性能に依存することとなるので、これを数値をもつて限定することはできないのである。本件発明の特許請求の範囲において、一階動による電極の送り長さを、「一μ以下」として、上限のみを定めて下限を定めなかつたのは、右の理由によるものである。
(四) 本件審決は、本件発明においては電極の送りの駆動源として電動機を使用しているところ、その電動機としてはパルス電動機と通常の連続回転式電動機とがあり、甲第二三号証及び第二五号証によれば両者の特性には異なるものがあつて、
それが発明の目的の達成に違いを与える可能性があるにもかかわらず、本件明細書においては、パルス電動機を使用した実施例の記載があるのみで、通常の連続回転する電動機を使用した場合についての実施例の記載がないから、発明の効果を確認するうえで不適当であるとする。確かに、電極の階動送りについては、パルス電動機を用いる方法のほか、連続回転する電動機を用い、その回転を間歇的に拘束する方法等があることは、本件明細書に記載のとおりであるが、本件特許出願当時においては、パルス電動機を用いる方法よりも、連続回転する電動機を用い、その回転を間歇的に拘束する方法による方が優れていると考えられていた。何ゆえなら、当時のパルス電動機により、重量を有する放電加工機の電極を含むヘツド部を支持し、かつ、間歇的送りを与えることには、相当の無理を伴うものであるのに対し、
連続回転する電動機を用い、その回転を間歇的に拘束する方法を用いれば、一定のトルクをもつて円滑な送りを与えることができると考えられるからである(甲第四五号証及び第四六号証参照)。また、本件特許出願後の文献ではあるが、ステツピング・モータについて基礎的・常識的な解説を加えている文献である甲第五四号証によれば、ステツピング・モータと直流モータのデイジタル駆動又はインクリメンタル駆動とを比較した場合、性能的には後者の方が優れていることが指摘されている(甲第五四号証の二第六四頁ないし第六九頁)。右のような事情を踏まえて考えるならば、本件明細書が、その実施例において示しているパルス電動機を用いた実験結果からして、直流電動機ないし連続回転する電動機を用いて、その回転を間歇的に拘束する方法によつた場合には、それと同等ないしそれ以上の実験結果が得られることは明らかである。したがつて、実施例としては、パルス電動機を用いた例を示せば足りるものというべきである。この点につき、被告は、原告の右の主張は誤りである旨反論し、発明者は有用な発明の公開の代償として独占権を付与されるものであるから、明細書において最良の結果をもたらす実施例の裏付けを開示すべき責務があるにもかかわらず、本件明細書の記載及び原告の右の主張によれば、より優れた効果が得られる連続回転する電動機を間歇的に拘束する実施例及び直流モータのデイジタル駆動又はインクリメンタル駆動を用いた実施例の裏付けを欠くことが明らかである旨主張する。被告の右主張は、特許法施行規則様式第16備考14ロ中の「必要があるときは、当該発明の構成が実際どのように具体化されるかを示す実施例を記載する。その実施例は、特許出願人が最良の結果をもたらすと思うものをなるべく多種類掲げて記載し」との記載に基づくものと思われる。しかしながら、実施例を記載する目的は、右の備考の記載によつて明らかなとおり、「当該発明の構成が実際どのように具体化されるかを示す」ことにある。それゆえ、本件明細書においても、本件発明が実際にどのように具体化されるかを示すため、パルス電動機を使用した例を示したものである。そして、パルス電動機を使用した例が記載されていれば、当業者が右記載から、直流電動機ないし連続回転する電動機を用いて、その回転を間歇的に拘束する方法によつた場合にも、同等ないしそれ以上の効果をもつて本件発明を具体化し得るものであることを容易に理解できるから、
本件明細書におけるその点の記載には何らの欠点も存在しない。原告は、パルス電動機を使用した実験によつて、本件発明を実際に具体化し得ること、及びその作用効果を確認した。これにより、直流電動機ないし連続回転する電動機を用いて、その回転を間歇的に拘束する方法については、実験してみるまでもなく、同等ないしそれ以上の効果をもつて本件発明を具体化し得ることが推認された。よつて、後者については、実験を行わなかつたのである。そして、実験をしていない事項について、実施例の記載を要求される筋合はないから、被告の前記主張は失当というほかない。
(五) 本件審決は、本件明細書では、その実施例の実験結果の比較対象として、
従来技術中通常の電動機を用いた連続的送りをとり上げているが、本件特許出願当時既に加工用電極を階動的に送る方が望ましいことが知られていたのであるから、
加工用電極の階動的な送りの例との比較をしなければ、発明の効果を十分に理解できない旨指摘するが、既に主張したとおり放電間隙の所定長からの乖離、すなわち放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式として、
本件特許出願前に知られており、かつ、実用に供されていたのは、連続送りのもののみであり、当時、階動送りのものは、公知の事項ではなかつたのである。つまり、そのような状況下においては、本件発明の比較例として、連続送りのもの以外には取り上げるものがなかつたわけである。甲第二一号証は、本件特許出願の日から約二年半が経過したのちに発行された「計測と制御」の昭和三八年八月号であるが、これに、「以上ステツプモータをサーボモータとして用いた放電加工機電極送り機について報告したが、フリツプフロツプを用いた方式でも、交流駆動を用いた方式でも現用の自動電極送り機をもつた放電加工機と比較して加工性能では同等以上の性能が得られることがわかつた。」(第一六頁右欄「7・結び」)と記載されていることからも明らかなように、連続送りのものとの比較において階動送りのものの性能を評価しており、このような文献からも、本件明細書において通常の連続送りのものを比較例としたのは正当であることを認識することができる。
2 特許法第36条第5項の要件を満たさないとする事由について 本件審決は、本件発明の特許請求の範囲にいう「一μ以下」とは、「一μ以下で電極の一階動としての送りが成り立つまでの小さな値まで」をいうものと解されるのであるが、「本件明細書の文脈からみ」、「また、その内容からい」うと、「一μ〜〇・五μ程度」を指すものと解することができ、そうすると、本件発明は、
「一μ〜〇・五μ程度」のことを「一μ以下」と特許請求の範囲に記載したことになるから、不適切であると判断する。しかしながら、本件発明の特許請求の範囲における「一μ以下」の記載は、本件審決が認定するように、「一μ以下で電極の一階動としての送りが成り立つまでの小さな値まで」の意味に解すべきものであつて、「一μ〜〇・五μ程度」のことを「一μ以下」と記載したものではなく、本件審決の認定は、右の点において既に誤つている。放電間隙の所定長からの乖離、すなわち放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式において、その送りを階動的にする場合、一階動の送り量は、モータが応対できる範囲において、できるだけ小刻みにする方がよいことは明らかである。なぜならば、
一階動の送りを与えるべき差電圧をできるだけ小さく設定し、それに応じて送りを与えるようにすれば、放電間隙の電圧を基準電圧に近いところに維持することができる、すなわち放電間隙を所定長に近いところに維持することができるからである。このようにみるならば、一階動の送り量の最小限をいくらにするのが適当かということを探究する意味はないことが知られる。すなわち、それは小さければ小さいほどよいのであるが、モータが応答できるかどうかということで限界があるというにとどまるのである。これに対して、一階動の送り量をどの程度まで大きくしてもさしつかえないかという送り量の最大限については、本件特許出願前これを示唆する何らの知識も得られなかつた。そこで、本件発明の発明者は、この点を究明すべく実験を行つた結果、電極と被加工体との対向面に一様に放電がいきわたつたときの放電間隙の広まりが一μ〜〇・五μ程度であることを発見し、これに基づいて、一階動の送り長さの最大限を一μとし、これ以下の送り長さをもつて電極を送る本件発明の方式を創案したものである。右の放電間隙の広まりの量は、加工屑の発生その他の理由により必ずしも規則的ではないが、一μ〜〇・五μ程度の範囲であるので、放電間隙をその所定長との乖離が一μを超えることのないように維持するようにすれば、加工速度の向上と加工面粗さの低減という放電間隙維持の目的を達成することができるわけであり、この見地に立つて、本件発明の特許請求の範囲においては、一階動による電極の送り量を「一μ以下」としたのである。なお、
「一μ以下」とは、「一μ以下限りなくゼロに近いもの」を意味するわけではない。本件発明は、放電加工用の電極の送りに関するものであるから、電極の送りに用いるモータが階動的に応答できる値までが限度である。この点は、本件審決が「一μ以下で電極の一階動としての送りが成り立つまでの小さな値まで」と認定しているところが正当であると考える。
このようにみると、本件発明の場合、「一μ」には電極の送り量の最大値を画することにおいて意味はあるが、それより小さい値による一層小きざみの送りを行うということについては、特に数値を限定する意味がないことが明らかである。そうすると、本件発明の特許請求の範囲において、一階動による電極の送り長さを「一μ以下」と表現したのはまさに正当であり、何ら特許法第36条第5項の規定に違反するところはないものといわなければならない。
被告の答弁
被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一 請求の原因一ないし三の事実は、認める。
二 同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であつて、原告主張のような違法の点はない。
1 同四1(一)の主張について 原告は、本件明細書にいう「被加工体の加工された長さ」とは、放電が進行する過程において、電極と被加工体の対向面の同じレベルの高さどうしの噴山の山頂間で放電点の移動が一わたり行われて放電間隙が広がつたときの、その広がつた長さ分を指しており、換言すれば、それは電極と被加工体との間において最も高いレベルの山頂どうしの間に放電が行われるときと、それが一わたり行われて、次に高いレベルの山頂どうしの間に放電が行われるときとの放電間隙の差、すなわち右両者の山頂のレベルの差を指していると主張する。しかし、「被加工体の加工された長さ」について原告の右主張のように解釈すべき根拠は本件明細書のどこにも見当たらない。原告は、本件明細書の第一頁左欄下から第八行ないし末行の記載に右主張の根拠を求めているが、そこには、「被加工体の加工された長さ」という用語は見当たらず、また、噴山の「最も高いレベルの山頂」とか「次に高いレベルの山頂」とかいう記載もない。したがつて、「最も高いレベルの山頂」と「次に高いレベルの山頂」のレベルの差を「被加工体の加工された長さ」という結論など右の記載部分から導き出せるものではない。
原告が引用する本件明細書の右記載部分には、放電加工においては、電極と被加工体の対向面中最も対向間隙の短い箇所が放電点となること、そこが放電によつて消耗する(すなわち、放電によつて溶融飛散して放電痕が生ずる。)と次の放電は他の箇所へ移ること、放電が対向面に一様にいきわたると放電間隙が広まること、
この広まりにより放電間隙の電圧が高くなること、電圧の上昇に応じて電極に送りを与えると所定の放電間隙に調整できることが記載されている。右の記載によると、放電が対向面に一様にいきわたつたのち放電間隙が広がると書かれているが明らかに誤りである。なぜならば、最も対向間隙の短い箇所が放電によつて消耗するとその時点で放電間隙は広がるのは理の当然であり、放電間隙が広がるためには放電が対向面に一様にいきわたることを必要としないからである。したがつて、右記載部分における「対向面に一様にいきわたつたのち」は、正しくは「対向間隙の最も短い箇所が放電によつて消耗すると」(放電間隙が広がる)とすべきところである。
かかる点に注意して右記載部分をみると、右記載部分は、結局、対向間隙の最も短い箇所が放電により消耗すると放電間隙が広がり、それが繰り返されることによつて放電間隙が次第に広くなり、それに応じて放電間隙の電圧が高くなるので、電圧の上昇に応じて電極に送りを与えると所定の放電間隙に調整することができることを記述しただけのものであつて、放電加工における公知の電極送りの方法を述べたものである(甲第四号証ないし第六号証参照)。また、原告は、放電間隙の広がりについて、対向面に分布する最も高い「レベル」の山頂どうしの間に一わたり放電が行われると、次にはその次に高いレベルの双方の山頂どうしの間で放電が行われることになり、それだけ放電間隙が広まり、それが一わたり行われると、更にその次に高いレベルの双方の山頂どうしの間で放電が行われることになり、放電間隙は更に広まることになると主張している。しかし、原告も認めているように、噴山は大小無数に存在し、高低さまざまであるから、最も高いものから最も低いものまで高さの異なるものが連続的に存在すると考えられ、したがつて、最も高い山頂とその次に高い山頂との差は限りなく零に近いと考えるのが常識であり、最も高い山頂が放電により消耗した時点で放電間隙はわずかであつても広がると考えるのが自然であり、次に、最も高い山頂が放電により消耗しこれが繰り返されて放電間隙が広がっていくのであつて、放電加工による放電間隙が連続的に広がるといわれるゆえんである。噴山はその山頂が最も高いものから最も低いものまで高さについて連続的に存在し、最も高い山頂が逐次に放電により消耗して、放電間隙が連続的に広がつていくのであるから、原告の右主張のように、最も高いレベルの山頂どうしの間に一わたり放電が行われることと次に高いレベルの山頂どうしの間に一わたり放電が行われることとを画する理由は全く存在しないのである。また、そのような「一わたり放電が行われる」ことを条件として放電間隙の広がり(加工長さ)を特定すること自体、加工に特別の条件を付することに帰し、「加工如何に係らず」加工長さが定まるとした本件明細書の趣旨に反することである。更に、原告のいう「最も高いレベルの山頂どうしの間に一わたり放電」の「一わたり」は実際の放電加工の態様とかけ離れた前提であつて誤りである。すなわち、噴山は、放電により被加工体の一部が加熱溶融し、圧力によつて溶融した部分が中央部から圧迫されて、周辺部から離脱飛散して形成されるものであり、この形成過程からみても噴山の高低はその時時の偶然的な要素により支配されるものであり、最も高いレベルの噴山の一つに放電が行われ、それにより形成された噴山がその時点でその加工面に存在する最も高いレベルの他の噴山よりも必ず低いということはあり得ない。原告は、本件明細書における「被加工体の加工された長さ」について前述のとおり、最も高いレベルの山頂と、次に高いレベルの山頂とのレベルの差を指すものであつてこれが、加工いかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度であると主張するが、前述のとおり、電極と被加工体との対向面における噴山は、その山頂が最も高いものから最も低いものまで高さについて連続的に存在するのであるから、原告の右主張のように「最も高いレベルの山頂」とか「次に高いレベルの山頂」とかを基準としてそれらのレベル差をもつて「被加工体の加工された長さ」を定義することなど基準そのものがあいまいで「長さ」そのものを特定することは不可能である。ところで、
放電加工における被加工体の加工された長さを定義する場合においてもいろいろな考え方が成り立ち、例えば、放電間隙における被加工体の噴山のうち最高位のものが放電により消耗したときに注目すれば最高位の噴山の山頂と次順位の噴山の山頂との差をもつて被加工体の加工された長さとみることができ、この場合の加工された長さは、限りなく零に近い値となることは明らかである。また、放電開始からスパークアウト直前までの加工に注目すれば、放電開始時点の最高位の噴山の山頂とスパークアウト直前における最高位の噴山の山頂との差をもつて被加工体の加工された長さとみることができる。この場合の加工された長さはスパークアウトの状態における「加工されたために広がつた大きさ」(例えば乙第一号証の四においては五μないし一〇〇μ)に限りなく近い値となる。いずれの場合においても、加工された長さが最大一μ、最少〇・五μ程度となるはずがなく、したがつて、被加工体の加工された長さが加工いかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度であるとする原告の主張は誤りである。更にまた、原告は、加工された長さが加工のいかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度となることについて、本件明細書にいう「被加工体の加工された長さ」が、放電による放電痕によつて形成される長さを指すものでなく噴山の山頂のレベル差を指し、被加工体に形成される噴山の山頂の高低の差の分布には、加工の態様により、また、加工条件のいかんにより、格別の差が生ずるものではないからであると主張する。しかしながら、原告が、加工された長さについて、
噴山の山頂のレベル差といつてみたところで、それは原告の主張によれば、電極と被加工体の対向面の同じレベルの高さどうしの噴山の山頂間で放電点の移動が一わたり行われて放電間隙が広がつたときの、その広がつた長さ分を指しているのであり、言い換えると、最も高いレベルの山頂どうしの間の放電が一わたり行われて、
放電痕の累積によつてそれらの山頂の加工が行われて次に高いレベルの山頂が新たに最も高いレベルの山頂となつたときの放電間隙の広がつた長さを指すのであるから、所詮は放電痕の累積によつて形成される長さを指しているのである(乙第九号証参照)。また、被加工体の加工された長さは、一μ〜〇・五μ程度に限られるものでないことは、先に指摘したとおりであるが、最大値を画するものは「スパークアウトの状態における加工されたために広がつた大きさ」であり、これが加工条件のいかんによつて変動することは明らかである(甲第一一号証及び乙第一号証参照)。更に、原告のいう噴山の山頂の高低の差の分布については、それ自体の意味が不明であるのみならず、その分布と被加工体の加工された長さとの関係が明らかでないのであるから、仮に差の分布が加工の態様により、また、加工条件のいかんにより格別な差がないとしても「被加工体の加工された長さ」が最大限一μ、最小限〇・五μ程度を画することにはならない。
以上のとおり、原告の主張する「被加工体の加工された長さ」も放電痕によつて形成される長さを指しているのであり、また、噴山の最も高いレベルの山頂どうしの間に放電が一わたり行われるときの「一わたり」についても限りなくスパークアウトの状態に近い状態に至るまでの放電を含むのであるから、本件発明の「加工された長さ」を、乙第一号証及び甲第一一号証における間隙の広がりと比較した本件審決に比較の対象を誤つたという違法はない。
2 同四1(二)の主張について 原告は、本件発明において、電極の消耗を無視してよいとの考えをとつておらず、本件明細書にそのような記載はしていないと主張する。しかしながら、本件明細書の記載によれば、一階動による電極の送り量を決めるに当たつて、被加工体の加工された長さによつて定め、電極の消耗については考慮に入れていないことは明らかである。すなわち、まず、本件明細書においては、「放電加工用電極」と「被加工体」とは用語として明瞭に区別されており、前者については「加工用電極」若しくは単に「電極」と略記されている箇所もあるが、「被加工体」については首尾一貫して同一用語を用いているのであるから、「被加工体の加工された長さ」についてのみ、「被加工体」とは被加工体と電極を含むと解することはできない。また、本件明細書のその余の部分においても、「被加工体の加工された長さ」についてそれが電極の消耗した長さを含むとの記述はないのであるから、右加工された長さとは、文言どおり被加工体のそれを指し、電極側の消耗した長さは含まないというべきである。また、原告は、本件発明は電極と被加工体との対向面に放電が一様にいきわたつたときに生ずる差電圧が、放電間隙の広まりの長さに換算してみて一μ〜〇・五μであることを発見したものであり、これを、本件明細書のそれに続く部分の記載において「被加工体の加工された長さ」と表現していると主張する。しかし、右差電圧が放電間隙の広まりの長さに換算してみて、一μ〜〇・五μであることを発見したなどということは本件明細書中に記載されておらず、これを「被加工体の加工された長さ」と表現していると読みとることはできない。原告はまた、
差電圧をもつて放電間隙の広まりを計れば、電極の消耗もその変化に含まれ、また、差電圧ではなく被加工体の加工された長さだけを測定するのは不可能であると主張するところ、原告のいう放電が対向面に一様にいきわたつたときに放電を中止させ、放電開始前と放電中止後の被加工体の長さの差を計れば被加工体の加工された長さは測定可能であり、原告の右主張も誤りである。
以上のように、本件明細書においては、電極の消耗については無視し、被加工体の加工された長さをもつて一階動による送り長さを決めていることが明らかである。なお、原告は、放電加工においては、電極の消耗を伴うという当業者の常識を前提として、明細書の記載上、その点にいちいち言及するのを省略する例は、この分野の明細書には少なくないといい、甲第四三号証及び第四五号証を指摘するが、
右は、いずれも電極の階動的送りの一階動による送り量をいかに定めるかについて論及するものではないので、本件発明のように、一階動による送り量をいくらに定めるか、また、それが一μ〜〇・五μという極めて微少な値を取り扱うものと事例が異なるものである。本件発明は、一μ〜〇・五μ程度という微少な値を論ずるものであるからこそ、本来電極の消耗も考慮すべきはずであるにもかかわらず、これを無視した本件明細書の記載は正に杜撰というほかなく、かかる明細書で発明を公開したことによる不利益は原告自らが負うべきものである。また、原告は、ワイヤカツト法のように電極の処女面を絶えず繰り出す加工法もなかつたとの本件審決の認定が事実誤認であると批難する。しかし原告の引用した文献のうち二点を除く他のすべては電極の処女面を絶えず繰り出す加工法を示すものではなく、原告の批難は当たらない。甲第二八号証及び第三〇号証はワイヤ電極を用いる加工法ではあるが、ワイヤ電極は繰り返し使われるので電極は消耗する。甲第二九号証及び第三一号証の二の第二六八頁記載のものはワイヤ電極の処女面を絶えず繰り出す加工方法ではあるが、この二つの文献が公知であつたからといつて、本件特許出願当時、電極の消耗について無消耗のものがあると当業者に広く認識されていたとはいい難い。また、原告が円板状電極、ベルト状駆動電極を使用する例として掲げた甲第二八号証、第三〇号証、第三二号証の二の第七四頁及び第七七頁並びに第三一号証の二の第二六六頁ないし第二六七頁記載のものはいずれも電極が繰り返し使われるものであつて処女面を絶えず繰り出すものではないので、電極は当然消耗するのである。ところで、本件審決の趣意は、本件特許出願の三年後の発行に係る「放電加工技術便覧」(乙第二号証)でさえ電極消耗比が六〇%〜一二〇%のものがあることを示しているのであるから、本件発明においても、電極消耗について考慮するのが当然であつたと考えられるとしたことにあるのであり、見かけ上電極消耗がない加工法が文献上たまたま公知であつたとしても、本件審決の右趣意に誤りはない。更に、付言するに、本件明細書によれば、被加工体の加工された長さは、「加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明」したというのである。当業者としては電極消耗がより大きい条件の加工の場合であつても、そうであるかとの疑問を抱くものであり、少なくとも電極について被加工体の消耗と同程度の消耗を考慮すべきであつたことに変わりはなく、本件審決の判断に誤りはない。
3 同四1(三)の主張について 原告は、本件発明の「放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて電極に送りを与える方式」とは「放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づいて電極を追従送りする方式」であると主張するが誤りである。すなわち、本件明細書の実施例においては、右差電圧に基づく送り方式が示されてはいるが、所定長よりの変動に従つて電極に送りを与える態様としては、右差電圧に基づく送りのほか、放電間隙を流れる加工電流の変動に基づく送り(甲第四一号証第四七頁ないし第四八頁)とか、放電間隙の変動が適正な範囲となる程度の一定速度の送り等が本件特許出願時に公知であり、差電圧に基づく送りに限られるものではない。放電間隙の制御、調整をする方法としては、原告の主張する差電圧を観察する方法以外にもあることは、のちに甲第五号証及び甲第六号証に関して詳述するとおりである。本件特許出願時の技術水準としては、原告の主張する差電圧連続送り(甲第四号証)のみならず、電極(又は被加工体)の階動送りのほか、「差電圧に基づく階動送り」も当然含まれるものである。「加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて前記電極に送りを与える」技術としては、甲第五号証及び第六号証などの公知技術が存在するので右記載に接する当業者が放電間隙の所定長よりの変動を放電間隙の電圧と基準電圧との「差電圧」によつて把握し、それに従つて電極に送りを与える趣旨にのみ解することはなく、むしろ文言どおり何らの読み換えなしに理解するものである。また、原告の引用する本件明細書の記載も本件発明の必須の構成を示したものではなく単に一例であり、本件発明の特許請求の範囲の右記載について「差電圧」と読み換える理由とはなり得ないものである。更に、原告は、差電圧に基づいて電極を追従送りする方式は、本件特許出願前公知でなかつたとして、本件発明と同一発明者の四件の特許出願(甲第四三号証ないし第四六号証)を指摘する。しかし、既に指摘したとおり、本件発明は差電圧に基づく電極送りを前提とするものではなく、放電間隙の「所定長よりの変動にしたがつ」た電極送りを広く前提とするものであるから、原告の主張は意味がない。なお、原告は、甲第四三号証ないし甲第四六号証の四件の特許出願が、いずれも特許になつていることから、差電圧により電極を追従送りする方式において、その送りを階動的にすることは本件特許出願当時、新規な技術的思想であつたと主張するが、右四件の特許出願がその後特許になつたのは、差電圧により電極を追従送りする方式においてその送りを階動的にすることが新規であつたからではなく、それを実現する具体的な構成が加えられたことにより新規性が認められたからである。この点に関して、原告は、本件明細書中、「(加工用電極の)送りは連続的に行うと慣性により送り過ぎて放電間隙で短絡等を生ずるので階動的に送る方が望ましいことがよく知られている所である。」(甲第二号証第一頁左欄発明の詳細な説明の項第三行ないし第九行)との記述にいう「よく知られている所である。」の意味は、発明者自身によく知られていたにすぎず世間には全く知られていなかつた旨主張するが、甲第五号証及び第六号証からも明らかなように、放電間隙の所定長からの変動に従つて電極に送りを与える電極送り方式において、送り用電動機の回転を階動的とすることが公知であつたからこそ「よく知られている所である。」と記述したのであつて正に適切な表現である。そもそも、自分の発明を世間に公開するための特許明細書において、自分だけしか知らないことについて、わざわざ「よく知られている所である。」などと記述することはあり得ない。原告は、甲第五号証及び第六号証がいずれも本件特許出願前の文献で、加工用電極ないし被加工物に階動的な送りを与えることを示すものであることについて認めてはいるものの、いずれも差電圧に基づく追従送りではなく、また、連続送りの欠点を解消するため階動送りとするとの技術的思想を含まないと主張するが原告の右主張は誤りである。まず、差電圧に基づく階動送りであるかどうかについては、既に指摘したとおり、所定長よりの変動に応じた階動送りであれば足りるのであつて、甲第五号証及び第六号証はこれに該当するものである。また、甲第五号証及び第六号証の送りが階動的、すなわち一定量送り………停止………を繰り返えすものであるから、「その送りは連続的に行なうと慣性により送り過ぎて放電間隙で短絡等を生ずる」(甲第二号証第一頁左欄発明の詳細な説明の項第四行ないし第六行)という連続送りの欠点を解消できるものであり、右欠点を解消する技術的思想を当然に含むものである。
次に、甲第五号証及び第六号証についての原告の主張につき反論するに、まず、
原告は、甲第五号証について、放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づく送りではないと主張するが、原告の右主張がその前提において失当であることは既に指摘したとおりである。また、甲第五号証においては、コイル10を流れる電流は放電間隙の大きさに依存しているものであり、右電流が一定値(鉄心9の吸引力がスプリング12の張力に抗し難くなり接触片11が鉄心9から離れて接点14を接点13に接触させるときの右電流の値)を基準値として、これより減少(間隙は増大)すると送りが開始されるのである。すなわち、電流でみるか、電圧でみるかの相違はあるものの、放電加工の電極送りにおいて、放電間隙の把握を電圧でみるか、電流でみるかは適宜選択し得る周知事項であつて(甲第四一号証第四七頁下から第二行ないし第四八頁第八行)、両者に格別な差はない。原告はまた、甲第五号証の装置は「放電間隙が開いても、これに追従して被加工物を電極の方へ送ることをせず、放電間隙が標準値の範囲外に出るまで放置しておくものである」から送りが開始されるまでに加工電流が極度に減少し、加工速度は著しく低いものになる旨主張するが、原告の右の主張は甲第五号証を正しく理解していないことによる誤りである。まず、甲第五号証の装置においても、加工の進行に伴い極間距離が増大して標準値の範囲外に出ると電流が減少して被加工物の送りが開始されるのであるから追従送りであることは明白である。また、甲第五号証の標準値の範囲についても、これを適当に設定すれば、加工の進行によりほんのわずか極間距離が増大したことによる電流の減少をもつて送りを開始することができるのであるから、加工速度が著しく低くなるとの原告の主張は誤りである。更に原告は、甲第五号証の装置においては、一階動による送り量は回転板の一回転によつて決定されるから相当に大きい量を送るものであると主張する。しかし、甲第五号証において明記されているように、回転板の一回転と送りの距離との関係は適当に採択、すなわち一階動による送り量を必要なだけ小さな値とすることができるのであり、また、前述のように極間距離のわずかな増大に応じて送りを開始することもできるのであるから、一階動による送り量が大きいという原告の右の主張は誤りである。更にまた、原告は甲第五号証の装置は一方向送りであるから追従送りではないと主張するが、本件発明は電極の送り方向が一方向でなく両方向であることを条件としていないことは明らかであるので原告の右の主張も誤りである。また、甲第六号証に関し、原告は、
甲第六号証の装置は、平面の放電研削を考え電極が工作物の表面から外れる限界の位置で特定量だけこれを送る、いわゆる切り込み送りをするものである旨主張する。しかし、用途が放電研削であり、電極送りが右限界の位置で行われるものであつても、加工が行われて放電間隙が増大するにつれ放電間隙の電圧が増大して、電極に接続されている駆動電磁石のコイルによる磁界がバネの強さより強くなると、
電磁石が鉄片を引き付けてレバーを振動させ、つめ車を回して電極を送るものであるから(甲第六号証訳文第三頁第一行ないし第三行及び第二頁第八行ないし第一四行)、放電間隙の所定長からの変動に従つて電極に階動的送りを与えるものである。
更に、原告は、一階動の送り量が一μ以下である場合と一μ超である場合とで、
そこに加工性能の上に格段の相違があるというような意味での臨界的意義は、本件発明について問われる必要はないと主張するが、甲第五号証、第六号証から明らかなように、本件特許出願時には、電極を階動的に追従送りすることは公知であつたのであるから、特に電極の送り量を一μ以下とすることに臨界的意義がなければ、
本件発明は従来技術の延長線上に存し、特許性のある発明たり得ない。本件発明は、既に電極を階動的に追従送りすることが公知であるという技術水準のもとに一階動による電極送り長さを一μ以下としたものであるから、連続送りのものと比して加工性能を論じても無意味であつて、一階動による電極の送り長さを一μ以下としたことにつき、その一μの数値の臨界的意義が厳格な意味で問われるべきものである。なお、原告は、【C】・【D】の報文(甲第二一号証)を引用し、これにすべてを依拠させて本件発明における一μの数値の臨界的意義を説明しようとするが、本件発明における一μの数値の臨界的意義については、本来本件明細書に記載されるべきものであるから、原告は明細書の記載の指摘をなすべきであつて、仮に明細書の記載に多少の記述不足があるならば、それに代わる説明として十分な出願前の一般的技術書中の記載箇所を指摘すべきである。原告の引用する甲第二一号証、本件特許出願の約三年後のしかも他人の論文に係る文献であり、これをもつて、本件発明の最も重要な一μの臨界的意義を説明することなど許されないことであるとともに、本件明細書の発明の詳細な説明の項の記載が特許法第36条第4項の規定を満たし得ないいかに杜撰なものであるかを原告自らが暴露したものである。また、本件明細書についてかかる報文を参酌して一μの臨界的意義をくみとることを許すことは、一般に錯誤又は未完成の発明についてなされた特許出願を、後に他人の努力によつて得られた成果をもつて修正ないし完成することに帰し、有用な発明を公開した者にその代償としての独占権を付与するという特許法の趣旨に反するものである。なお、原告は、甲第二一号証報文の第一六図の実験結果から、一階動の送り量一μのあたりを臨界と考えるのが相当であると主張するところ、右第一六図の実験結果においても、一階動の送り量一μあたりを臨界とするとの著者の認定ないし記述はなく、また、一階動の送り量が小さい方が加工速度が高く一階動の送り量が大きくなるに従つて加工速度が小さくなるような傾向が読みとれるだけである。したがつて、右第一六図から一μが臨界的意義をもつとは理解することができない。原告も右事実は認めており、第一六図の結果を加工して甲第五三号証添付のグラフを示し、一μの臨界的意義を説明しようとしている。しかし、そのような書換えが当業者に自明のものとはいい難く、また、かかる書換えを経た結果においても、一μの内と外とで送り速度の顕著な差は見られない。更にいうならば、第一六図の実験は、ごく限られた実験条件(電極材料=黄銅、同寸法=外径・一〇ミリ、内径・六ミリ、被加工体材料=焼入れ鋼、電源電圧=二六〇V、平均電圧=一〇〇V、コンデンサ容量=〇・〇一μF、〇・〇二μF、〇・〇五μF、〇・四μF、〇・五μF等)のもとで行われたものであつて、加工条件のいかんにかかわらず、一階動による送り長さを一μとすることに臨界的意義を認めるには程遠いものである。
以上のように、本件発明においては、一μの臨界的意義が厳格な意味で問われているにもかかわらず、原告は本件明細書のこの点の記載について指摘することなく、それに代わる出願前の一般的技術書中の該当記載箇所についても指摘せず、また、原告の引用する本件特許出願後の報文においても、一μの臨界的意義を開示するものは存しない。なお、原告は、本件発明の奏する作用効果を裏付けるものとしては、送り量を約〇・八μ程度とした実施例のみで十分である旨主張するに当たり、階動送りを用いる場合、一階動の送り長さを小さく設定するほど連続送りに近くなり、放電間隙を所定長に維持する目的に沿うことになり、一階動の送り長さを大きく設定するとその一階動分の送り長さに相当するだけ放電間隙が広がつてから電極を送ることになるので、放電間隙を所定長に維持する目的から離れ加工速度は低下すると主張する。しかし、右の事項は本件明細書には記載されていない。すなわち、本件明細書においては、「一階動による電極送り量は無制限にするわけには行かない………もしその送り量が僅少に失すれば………所定の放電は行い得ず、また仮に放電したとしても放電電圧が大となる所から加工面粗は悪化し、逆に送りすぎるとすれば間隙が短絡してしまう恐れがあり、また放電電圧が低下するところから加工速度が低下する。」(甲第二号証第一頁左欄発明の詳細な説明の項第一〇行ないし第一七行)と記載しており、一階動による電極の送り量は小さすぎても大きすぎてもいけないとしているのである。更に、原告は、一階動の送り量〇・八μよりも、送り量を更に小さく設定するときは、右実施例の実験結果よりも更によい結果が得られるから、〇・八μよりも小さい送り量による実施例の記載は不要であると主張するが、原告主張のように一階動の送り長さを小さく設定するほど連続送りに近くなり放電間隙を所定長に維持する目的に沿うことになるのであれば、〇・八μより小さく設定した最良の結果をもたらす実施例を明細書に記載すべきことはいうまでもないことである。更に、原告は、一階動の送り量を〇・八μ超、一μまでの送り量とした場合については、送り量を〇・八μとした場合と、実験結果にほとんど差がないと考えられるので、〇・八μの実施例の記載があれば、本件発明の効果の理解には充分である旨主張する。しかし、一μの内と外で実験結果としていかなる差があるかを示すためには、〇・八μ超一μとした実施例の実験結果と、一μに近く、かつ、一μ超の場合の実験結果の比較が必要である。更にまた、原告は、
本件発明の特許請求の範囲に定める「一μ以下」との送り量は、"電極と被加工体との対向面に放電が一様にいきわたつたときの放電間隙の広まりが一μ〜〇・五μ程度である知見に基づいて定められたものであると主張するが、右放電間隙の広まりが加工のいかんにかかわらず一μ〜〇・五μ程度であるという知見自体が疑問であるから、この点からも、一μの内と外で行つた実験結果の比較を示さない限り、本件発明における「一μ以下」の「一μ」についての根拠が依然として不明である。原告は、公開の時点までに公知となつた技術や公刊された文献記載の技術は、当業者において明細書を理解するうえでの参考資料とされてよく、それらを補つて明細書の記載が理解され得る限りは、特許法第36条第4項の要請が満たされているものと解されると主張するが、同条項にいう「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」とは、当然、当該特許出願時における技術水準を前提とするものであり、原告の主張は同条項が特許出願に当たつての要件であることを無視した議論である。したがつて、本件のように、発明の核心たる「一μ以下」の意義そのものが問われているときに、その核心について、本件特許出願より約三年後に他人の努力の成果として著された報文を援用して明細書の開示に代えることなど許されるものではない。
4 同四1(四)の主張について 原告は、パルス電動機よりも、連続回転する電動機の回転を間歇的に拘束する方が優れており、ステツピング・モータよりも直流モータのデイジタル駆動又はインクリメンタル駆動の方が優れているから実施例としては、パルス電動機を用いた例を示せば足りると主張する。しかし、原告の右主張は誤りである。すなわち、明細書に記載する実施例は最良の結果をもたらすと考えるものを選ぶべきであるにもかかわらず本件明細書の記載及び原告の右主張によれば、より優れた効果が得られる連続回転する電動機を間歇的に拘束する実施例及び直流モータのデイジタル駆動又はインクリメンタル駆動を用いた実施例の裏付けを欠くことが明らかである。思うに、発明者は有用な発明の公開の代償として独占権を付与されるのであるから、明細書において最良の結果をもたらす実施例の裏付けを開示すべき責務があるのである。
5 同四1(五)の主張について 放電間隙の所定長よりの変動に従つて電極又は被加工体に階動的送りを与えるものが本件特許出願前公知であつたことは既に述べたとおりである。したがつて、公知の階動送りと本件発明の一μ以下の階動送りとの比較例がなければ当業者が本件発明の効果を理解することはできないものである。本件発明の実施例において一階動を〇・八μとした実験を行つているのであるから、ステツプモータの一ステツプ当たりの電極の送り量を(例えば、減速ギヤ比を変更する等して)一μとかそれ以上に設定して実験結果を得ることは可能であつたのである。なお、差電圧に基づいて階動的に電極送りを行う電極送りは本件特許出願前既に確立されていた。すなわち、右電極送りは、特願昭三五―二五四一五号(乙第一〇号証)の特許出願明細書に開示されており、本件特許出願前である昭和三五年五月二七日出願され、本件特許の出願公告前である昭和三九年七月二四日付で公告されている。この明細書(乙第一〇号証)によれば、「+-方向の入力設定電圧θ1、θ2を夫々+-方向のゲート回路の入力側に接続し、且該各ゲート回路に一定周波数のクロツクパルスを入力させるようにすると共に、該各+-方向のゲート回路の出力側をステツプモーターの駆動回路の入力側に接続し、該駆動回路の出力側をステツプモーターに接続し、該ステツプモーターの駆動軸に設けた電極送り機構を介して電極と被加工体との間隙による放電開始電圧を各ゲート回路に入力させ、前記+-方向の入力設定電圧θ1、θ2と比較してその偏差でステツプモーターを制御するようにしたことを特徴とするステツプモーターを用いた放電加工機電極自動送り装置。」の発明が特許出願され、公告されている。右の発明は、入力設定電圧θ1、θ2を基準電圧とし、放電開始電圧を間隙電圧とし、間隙電圧と基準電圧の差電圧に基づいてステツプモーターを階動的に回転して加工用電極に追従送りを与えるものである。当業者は、本件特許の公告により階動的電極送りの知識を受ける前に既に乙第一〇号証の公告により、知り得ているのであつて、本件明細書において、階動的送りについての「一μ以下」の臨界的意義が明確に記載されていない限り、本件明細書の公開により得る利益は皆無である。なお、原告は、本件特許出願後の報文である甲第二一号証において、連続送りとの比較において階動送りの性能評価をしていることからも、本件明細書においても同様の比較でよい旨主張するが、特許明細書は一般論文とは異なり、特許法第36条第4項及び第五項の規定があるのであつて、特許出願すべき発明が従来技術、先行技術に対していかに相違するかを明確にすることについて当然に要請されているものである。したがつて、本件明細書は比較例として階動送りの例を欠いているので、従来技術、先行技術との差異が明確でなく特許法第36条の規定に違反するものである。
6 同四2の主張について 原告は、電極に階動的に追従送りを与える場合に一階動の送り量は、小さければ小さいほどよいのであるが、モータが応答できるかどうかということで限界があるというにとどまると主張する。しかし、本件明細書の記載によれば、小さすぎてはいけないと記述している(甲第二号証第一頁左欄発明の詳細な説明の項第一〇行ないし第一五行参照)のであるから、原告の右の主張は、これと明らかに矛盾する。
原告は、一階動の送り量の最大限について、電極と被加工体との対向面に一様に放電がいきわたつたときの放電間隙の広まりが一μ〜〇・五μ程度であることが実験結果として分かつたことによると主張するが、右の事実については本件明細書中に明確な記載はなく、また、本件明細書でいう被加工体の加工された長さが加工のいかんにかかわらず、一μ〜〇・五μ程度であることが判明しという事実が極めて疑問であることは本件審決で説示されたとおりである。実験結果そのものが疑わしいのであるから、それに基づいて「一μ以下」の「一μ」を定めたという原告の主張は認めることができない。また、原告は、「一μ以下」の下限について、それは送り用モータが階動的に応答できる値までが限度であると主張する。しかし、右主張も本件明細書の記載に反するものである。すなわち、本件明細書においては、一階動による送り量(もちろんモータの応答できる値のことである。)が僅少に失すれば不具合(甲第二号証第一頁左欄発明の詳細な説明の項第一〇行ないし第一五行)であるとしているのである。
したがつて、本件特許の特許請求の範囲において「一μ以下」と記載したことは発明の詳細な説明の項の記載と明らかに矛盾するものであり、認めることはできない。
証拠関係(省略)
理 由(争いのない事実)一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件発明の特許請求の範囲の記載及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)二 本件審決の認定判断は、正当であつて、原告の主張は、以下説示するとおり、
理由がないものというべきである。
成立に争いのない甲第二号証(本件公報)によると、本件発明は放電加工における加工用電極の送り方式の改良に関するものであるところ、明細書の発明の詳細な説明の項の第二文には、まず、従来のこの種方式について、「周知のように放電加工に於ける加工用電極は加工の進行にともなつて被加工体に対して送入する必要があるが、その送りは連続的に行うと慣性により送り過ぎて放電間隙で短絡等を生ずるので階動的に送る方が望ましいことがよく知られている所である。このためその送り用電動機としてはパルス電動機を用いるなり、あるいは連続回転する電動機のその回転を間歇的に拘束する等の方法がとり得る。」との記載があり、これに続き、第三文に右の従来方式の欠点ないし問題点につき、「何れの電動機を用いた場合でも、その一階動による電極送り量は無制限とするわけには行かない。何故ならば、もしその送り量が僅少に失すれば、電極、被加工体の放電間隙が適正値に至らないことにより、所定の放電は行い得ず、また仮に放電したとしても放電電圧が大となる所から加工面粗は悪化し、逆に送りすぎるとすれば間隙が短絡してしまう恐れがあり、また放電電圧が低下するところから加工速度が低下する。このようにして電極に階動的に送りを与える場合の一階動における送り量は放電加工速度、加工面粗度等の加工性能を左右する重要な要素となり、もしこれが適正に設定されないとすれば階動的な送りの作用効果を失すると同時に、かえつて連続的送りの場合よりも加工性能が低下してしまうものである。」との記載のあることが認められる。
右認定の記載内容に徴すると、本件発明は、放電加工における加工電極の送りの方式として階動送り方式がよく知られていることを前提としたうえで、放電加工速度及び加工面粗度等の加工性能をより優れたものに改良するために、加工性能を左右する重要な要素である「一階動における送り量」をいかに適正に設定するかを目的ないし技術的課題としていることは明らかである。そして、前掲甲第二号証によると、この目的ないし技術的課題の解決について、本件明細書中の発明の詳細な説明の項の第四文及び第五文には、「実験結果によれば一階動による電極送り量は次の点を勘案して定めればよいことが判明した。すなわち被加工体と電極とを相対せしめた放電間隙で放電を行わせるときは、電極、被加工体の対向面においてもつとも対向間隙の短い箇所が放電点となり、そこが放電によつて消耗すると、次の放電は他の箇所に移つていき、これが対向面に一様に行きわたつたのち放電間隙が広まるから、この広まりにより放電間隙の電圧が高くなり、この電圧の上昇に応じて電極に送りを与え所定の放電間隙に調整してやればよい。」及び「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが、被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明し、したがつて電極を階動的に送る場合にその一階動による送り長さを一μ以下とすれば送り過ぎて短絡等を生ずることなく常に適正な長さだけ送つて安定した加工が行なえることになる。」と記載されていることを認めることができる。以上認定の事実に前示本件発明の特許請求の範囲の記載を総合すると、本件発明は、放電加工における加工電極の階動送りの方式がよく知られていることを技術的背景とし、放電加工速度及び加工面粗度等の加工性能をより優れたものに改良するために、加工性能を左右する重要な要素である「一階動における送り量」を一μ以下に設定するようにした点に特徴のある放電加工用電極送り方式の発明であることは明白というべきである。この点に関し、原告は、本件発明が差電圧に基づく電極送りを前提とするものとしたうえ、差電圧により電極を追従送りする方式においてその送りを階動的にすることは、本件特許出願当時、新規な技術的思想であり、公知の事項ではなかつたし、本件明細書中の発明の詳細な説明の項の前示第二文の記載は本件発明の発明者自身が、よく知つていることとしてその知見を述べたものにすぎず、世間には全く知られていなかつた旨主張し、本件発明と同一発明者の出願に係る特許出願(甲第四三号証ないし第四六号証)の各発明も差電圧により電極を追従送りするものにおいて、電極の送りを階動的にする点の新規性が認められたために特許されたものである旨の主張をする。しかしながら、成立に争いのない甲第四一号証の一ないし三(昭和二九年四月三〇日株式会社コロナ社発行の「放電加工」)によれば、本件特許前において差電圧に基づく送りの方式のほか、放電間隙を流れる加工電流の変動に基づく送り方式の存したことが認められ、かつ、本件発明の前示特許請求の範囲の記載文言においてもこの点の方式が限定されていないこと、並びに前認定の本件発明の技術的解決課題ないし目的に照らすと、本件特許請求の範囲中の「加工用電極と被加工体との対向によつて形成される放電間隙の所定長よりの変動にしたがつて前記電極に送りを与えるもの」を「放電間隙の電圧と基準電圧との差電圧に基づく電極の追従送りの方式のもの」に限定して理解すべき根拠は全く認められない。のみならず、成立に争いのない甲第四三号証ないし第五〇号証を総合すると、甲第四三号証ないし第四六号証は、いずれも本件発明と同一発明者による特許出願公告公報であり、本件特許出願に先立つ昭和三五年四月一四日ないし同年九月一日までの出願に係るものであり、その後昭和三九年一一月三〇日までに特許登録されたものであるところ、いずれも放電加工装置用電極送り装置若しくは制御装置に関する発明に係るものであり、それらの出願公告公報には、技術的背景として、本件発明と同じ階動的送りの技術が開示されているが、それぞれの発明には、右の電極の階動的送りの技術的事項に加えてそれぞれ固有の具体的構成が規定されており、これに基づくそれぞれ別個の発明として出願されていることが明らかであるから、原告が指摘する甲第四三号証ないし第四六号証の特許公報の記載内容を参酌しても、本件特許出願当時、放電加工用電極の階動的送りが、新規な技術的事項であつたとは到底認めることができず、原告の右主張は採用することができない。右のとおり、本件発明が、放電加工用電極の階動的送りの方式を技術的背景として、「一階動における送り量」を適正に設定するということを目的ないし技術的課題とした電極の階動的送りに関する改良を意図した発明であると理解すべきものであるとすると、本件審決が指摘するように、本件発明の特許請求の範囲における「一階動による電極の送り長さを一μ以下とした」点の数値限定のもつ技術的意義が審究されるべきは当然のことというべきところ、
前掲甲第二号証によれば、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、前認定に係る「被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明し、したがつて電極を階動的に送る場合にその一階動による送り長さを一μ以下とすれば送り過ぎて短絡等を生ずることなく常に適正な長さだけ送つて安定した加工が行なえることになる。」との記載のほか、一実施例の実験結果として、「ステツプモーターで一ステツプの送り長さを約〇・八μm程度に設定したとき、加工速度は約〇・四g/min、加工面粗さは約二〇μHmaxであつた。これを従来の通常の電動機を用いた連続的送りでは、同一加工条件で加工速度が約〇・二五g/min、加工面粗さが約三〇μHmaxであつた。」及び作用効果として、「一階動の送り長さを一μ以下とすることにより一階動で放電間隙を所定の長さにすることができ、送り過ぎ、送り不足を防止できる。したがつて短絡を減少させると共に常に所定の放電間隙を維持できるので、加工速度を向上させると共に加工面粗さを低減することができる。」との記載があるのみであつて、電極の送り量を「一μ以下」と限定したことによつて、本件発明の目的ないし技術的課題とした階動送りに関する改良がどのような効果として現れるのかを、具体的な実験結果に基づき開示した記載は全く見いだすことができない。この点、原告は、放電間隙の広まりの量は、一μ〜〇・五μ程度の範囲であるから、放電間隙をその所定長との乖離が一μを越えることのないように維持するようにすれば、加工速度の向上と加工面粗さの低減という放電間隙維持の目的を達成することができるから、本件発明の特許請求の範囲において、一階動による電極の送り量の最大値を「一μ」としたのであり、電極の送り量の小さい方の値は、
それが小さければ小さいほどよく、その最小値は電極を送るモータが階動的に送れる性能の限界できまるものであるから、最小値を特許請求の範囲において限定することには意味がない旨主張する。しかしながら、本件明細書の発明の詳細な説明の項には、前認定のとおり、「何れの電動機(パルス電動機あるいは連続回転する電動機の回転を間歇的に拘束する等の方法)を用いる場合でも、その一階動による電極送り量は無制限とするわけには行かない。何故ならば、もしその送り量が僅少に失すれば、電極、被加工体の放電間隙が適正値に至らないことにより、所定の放電は行い得ず、また仮に放電したとしても放電電圧が大となる所から加工面粗は悪化し」との記載があるから、右の記載と原告の右主張とを合理的に理解すると、一階動による電極の送り量を小さくすればするほど、加工速度及び加工面粗さの改良などの加工性能が向上するであろうことは推測されるが、右の発明の詳細な説明の項の記載に照らすと、一定の値より更に送り量が小さくなると、送り量が不足したり、あるいは連続送りに近くなつたりして、かえつて、加工性能を悪くすることが推測される。そして、この電極の送り量については、前認定のとおり本件明細書の発明の詳細な説明の項に「ここで電極の送り量は被加工体の加工された長さだけ電極が送られればよいのであるが、被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明し」との記載があるのであるから、加工性能が良好となる送り量の下限の範囲は、
〇・五μ程度と理解するほかはない。また、原告は、本件発明の明細書の詳細な説明の項における右「被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明し」との記載に基づいて「一μ」の上限値を設定した旨主張するが、本件発明の明細書の詳細な説明の項には、一μの数値について、どのような実験をし、具体的にどのような数値(差電圧)を得て、その数値がどのような根拠に基づき一μの放電間隙の広まりであると判定されるに至つたかについては、何らの記載もないうえに、実験結果を示すただ一つの実施例における一階動による電極の送り量は〇・八μだけであるから、上限値である一μの数値に臨界的意義を認め得るに足る記載はないものと認めざるを得ない。原告は、一階動による電極の送り量が〇・八μを越えて一μに至るまでは、それを〇・八μにした場合の実験結果とほとんど差がないと主張するが、
本件発明の明細書には、そのように理解し得る根拠となり得る記載はないし、このことは当業者の通常の技術常識をもつてしても知り得る事項であるとは認められない。
そうすると、本件明細書は、本件発明の明細書の特許請求の範囲において、「一階動による電極の送り長さを一μ以下」とした点について明細書の発明の詳細な説明に記載しない事項を特許請求の範囲としたものといわなければならない。なお、
原告は、本件特許出願の約三年後の文献である甲第二一号証(その成立に争いがない。)を挙示して、右の「一μ以下とした」数値の臨界的意義を説明するが、同号証の記載内容は、その具体的数値において、本件発明の明細書の前示実施例とは一致せず、不明瞭といわざるを得ず(この点を覆すに足りる証拠はない。)、したがつて、同号証は本件発明の明細書のこの点の記載が特許法第36条第5項の規定に違反するとの前記判断を動かすに足りない。のみならず、成立に争いのない乙第一号証の一ないし五(一九五九年八月一日発行の刊行物)及び甲第一一号証(昭和五四年八月二五日発行の刊行物)の記載に照らすと、本件明細書の発明の詳細な説明の項における「被加工体の加工された長さは、多種にわたる加工を行つた結果によると、その加工如何に係らず一〜〇・五μ程度であることが判明し」たとの事実については、本件審決の指摘するとおり疑問とせざるを得ず、更に、電動機としてパルス電動機と通常の連続回転式電動機を用いた場合にも、前記のような放電間隙となるのか、また、電極の消耗をも含めてそのような放電間隙であるというのかの点についても、疑義なしとしないが、それらの点について更に詳細な検討判断を加えるまでもなく、本件明細書が前認定説示のとおり特許法第36条第5項の規定を満たしていない以上、本件審決が、同法第123条第1項第3号の規定に該当するとして、本件特許を無効にしたことは正当であるというべきである。
(結語)三 以上のとおりであるから、本件審決に違法があることを理由に、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 武居二郎
裁判官 舟橋定之
裁判官 川島貴志郎