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関連ワード 発明者 /  技術的範囲 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  明瞭でない記載 /  クレーム /  均等 /  均等論 /  特許発明 /  実施 /  社会通念 /  間接侵害 /  構成要件 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  請求の範囲 /  減縮 /  拡張 /  釈明 / 
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事件 昭和 58年 (ワ) 10323号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1988/10/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨1 被告は、別紙目録記載の製品(以下「被告製品」という。)を製造販売してはならない。
2 被告は、被告の所有する被告製晶及びその仕掛品を廃棄しなければならない。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 仮執行の宣言二 請求の趣旨に対する答弁 主文同旨
当事者の主張
一 請求の原因1 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有している。
特許番号 第一〇九七五八六号 発明の名称 コンタクト・レンズから蛋白質沈積物を取去る方法 出願日 昭和四九年四月二〇日(一九七三年四月二〇日及び一九七四年三月四日にアメリカ合衆国でした各特許出願に基づく優先権を主張) 公告日 昭和五三年一二月二三日 登録日 昭和五七年五月一四日2 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(昭和五五年三月六日付手続補正書によって補正したもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次の(一)及び(二)のとおりである(以下(一)記載の発明を「本件発明(一)」、(二)記載の発明を「本件発明(二)」という。)。
(一) ソフト・コンタクト・レンズを洗浄するのに十分な期間の間、有効量のプロテアーゼを含有する水溶液とソフト・コンタクト・レンズとを接触させることからなるソフト・コンタクト・レンズから蛋白質沈積物を除去する方法。
(二) 該水溶液が更に活性化有効量の非毒性サルファヒドリル基含有化合物を含んでいる右特許請求の範囲(一)記載のソフト・コンタクト・レンズから蛋白質沈積物を除去する方法。
3(一) 本件発明(一)及び(二)の構成要件は、右の特許請求の範囲の記載のとおりである。
(二) 本件発明は、ソフト・コンタクト・レンズの面上に沈積し、通常のデイリークリーナーによっては除去しえない蛋白質沈積物を除去する方法に関する発明である。ところで、蛋白質は、アミノ酸がペプチド結合によって多数結合した天然高分子化合物であるところ、本件発明で用いるプロテアーゼは、蛋白質に作用してペプチド結合の分解を促進する酵素であって、ソフト・コンタクト・レンズの物理的性質に影響を与えず、また毒性もなく、ソフト・コンタクト・レンズの面上に付着している蛋白質沈積物を容易かつ完全に除去して、レンズの白濁を取り除く作用を有している。
4 被告は、被告製品を業として製造販売しており、製造販売の目的で被告製品及びその仕掛品を所有している。
5 被告製品は、本件発明のプロテアーゼに当たる中性プロテアーゼを全成分中に二・一七パーセント含むコンタクト・レンズ洗浄用錠剤である。そして、被告製品の使用法は、定期的に週一回、その錠剤を蒸溜水を入れた二個のバイアルに各一錠あて入れて水溶液を作り、これにコンタクト・レンズを左右一個あて入れて一晩(四時間以上)浸漬することとされており、これにより、デイリークリーナーによる毎日の洗浄によっては除去しえない蛋白質沈積物によるコンタクト・レンズの白濁や黄変を除去するのである。したがって、被告製品は、特許法101条2号所定の本件発明の実施にのみ使用する物である。
6 なお、被告製品の使用対象であるコンタクト・レンズは、ソフト・コンタクト・レンズと酸素透過性ハード・コンタクト・レンズであるが、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズも、次に述べるとおり、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズに当たる。
(一) 本件明細書には、「所謂ソフト・コンタクト・レンズを作るのに使う親水性又は部分的に親水性のプラスチック材料が提案されている。」(本判決添付の「特許法第64条の規定による補正の掲載」のとおり補正された同添付の特許公報(以下「本件公報」という。)一頁一欄三六行ないし二欄一行)と記載され、右「親水性又は部分的に親水性のプラスチック材料」の例として、「ポリヒドロキシエチルメタクリレートの三次元的な親水性重合体」(本件公報一頁二欄五行ないし六行)のほかに、「シリコーン及びその他の光学的に適当な可撓性材料で作られたレンズ」(同一頁二欄八行ないし九行)が挙げられている。また、本件明細書には、本件発明の解決課題として、第一に、ソフト・コンタクト・レンズは、水を吸収するために、洗浄剤がレンズ内に溜まってレンズの寸法や色を損ない、また、眼の組織を痛めやすく、更には、洗浄剤の成分が濃縮されることによって、装用者の眼に損傷を与えることがあること、第二に、ソフト・コンタクト・レンズは、装用を続けることによって、通常の洗浄方法では除去することができない汚れがレンズの表面に沈積してレンズが不透明になることを挙げているところ、本件明細書に開示されているシリコーンを素材としたコンタクト・レンズ(以下「シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズ」という。)も、右の二つの解決課題を有するものである。すなわち、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、酸素の透過性は最も優れていて、吸水性は少なく、軟らかいが、反発弾性が強く、光学性も非常に優れている。ただ、シリコーンは、それだけでは、面が疎水性であり、水濡れが悪く、
コンタクト・レンズとして眼内に装用すると、刺激が強く、光学性が悪いという欠点があるので、その表面に親水性処理が施され、部分的に親水性のものにして実用に供される。このように、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、その表面に親水性処理が施されているため、僅かではあるが吸水性があり、また、その表面に付着した汚れのうち、蛋白質沈積物は、通常の洗浄方法であるデイリークリーナーによる方法によっては除去することが不可能であり、酸素洗浄剤を用いることによって、はじめて除去することができる。したがって、このような部分的に親水性のあるシリコーン・ラバー・コンタクト・レンズも、素材をポリヒドロキシエチルメタクリレートとする典型的なソフト・コンタクト・レンズと同様に、本件発明の前述の第一及び第二の解決課題を有するものである。以上によれば、本件発明のソフト・コンタクト・レンズは、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズのように表面に親水性処理を施したプラスチックからなるものも含むことが明らかである。
ところで、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズとして現在市販されているものは、ポリシロキサニルメタクリレートを用いた東洋コンタクトレンズの製品(商品名「メニコンO2」。以下「メニコンO2」という。)やセルローズアセテートプチレートを用いた京都コンタクトレンズの製品などであるところ、メニコンO2は、水酸基を有しているため、親水性を有しており、ポリヒドロキシエチルメタクリレートを素材とするコンタクト・レンズと比べ程度は低いが吸水性があるから、
本件発明の前述の第一の解決課題を有するコンタクト・レンズといえるし、一方、
通常のデイリークリーナーによる洗浄によっては除去しえない蛋白質沈積物により、レンズ表面が白濁するという本件発明の前述の第二の解決課題も有している。
また、セルローズアセテートプチレートを素材とするコンタクト・レンズも、吸水性を有し、その構造中に水酸基を有する親水性の樹脂であって、本件発明の前述の第一及び第二の解決課題を有するコンタクト・レンズである。このように、これらの製品は、いずれもその構造中に親水性基を有するプラスチック材料や、プラスチックレンズの表面に親水性基を形成することによって親水性処理を行ったものを素材とするコンタクト・レンズであって、本件明細書にいう「親水性又は部分的に親水性のプラスチック材料」に該当するから、本件発明のソフト・コンタクト・レンズに含まれる。
(二) メニコンO2等の酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、本件明細書に明記されていないが、次に述べるとおり、本件明細書が具体的に例示しているソフト・コンタクト・レンズと均等である。
ポリヒドロキシエチルメタクリレートを素材とする親水性のソフト・コンタクト・レンズ、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズ及び酸素透過性ハード・コンタクト・レンズ上に見出される蛋白質沈積物の主成分は、人の涙のリゾチームから成っている。このリゾチームの分子は、十七の全電荷を持ち、寸法三〇A×三〇A×四五Aの楕円体であるのに対し、ポリヒドロキシエチルメタクリレートの孔の直径は八・〇A±二・六Aであり、また、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズ及び酸素透過性ハード・コンタクト・レンズの孔の直径は、いずれも一一・〇A以下であるから、リゾチームは、右のコンタクト・レンズのいずれの材料中にも入り込むことができず、これらのコンタクト・レンズの表面にのみ沈積する。右の各コンタクト・レンズに蛋白質が沈積する機構は、正に帯電したリゾチームと負に帯電したレンズ表面との電荷の相互作用によるものであって、単なる付着や吸着に比べて結合力が強く、通常の界面活性剤を成分とするデイリークリーナーによっては、右の結合を切り離すことはできない。また、多数の蛋白質分解酵素の一つであるパパインは、二一二のアミノ酸から成る回転楕円体の酵素であり、その寸法は、
三〇A×三〇A×五〇Aであって、前記の各コンタクト・レンズの孔径より遥かに大きく、右のコンタクト・レンズのいずれの材料中にも入り込むことはできず、レンズの表面で蛋白質沈積物の除去を行う。したがって、プロテアーゼによる蛋白質沈積物除去のメカニズムは、蛋白質沈積物がみられる右のすべてのコンタクト・レンズについて同じであるから、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズも、本件明細書に明記されていないが、そこに具体的に開示されているソフト・コンタクト・レンズと均等であり、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズに当たる。
7 よって、原告は、被告に対し、本件特許権に基づき、被告製品の製造販売の差止め及び被告製品若しくはその仕掛品の廃棄を求める。
二 請求の原因に対する被告の認否及び主張1 (一)請求の原因1及び2の事実は認める。
(二) 同3のうち、プロテアーゼが蛋白質分解酵素であることは認めるが、その余の事実は否認する。
(三) 同4のうち、別紙目録二の使用対象レンズが原告主張のレンズのみに限定されるとの点は否認し、その余の事実は認める。被告製品は、ハード・コンタクト・レンズにも使用することができる。
(四) 同5及び6の事実は否認する。
2 本件発明は、ソフト・コンタクト・レンズに付着する蛋白質沈積物のみを除去する方法であるのに対し、被告製品は、その組成として蛋白質分解酵素である中性プロテアーゼのほかに、ムチン分解酵素、脂質分解酵素であるリパーゼ及び非イオン界面活性剤が配合されており、蛋白質沈積物のほか、ムチン、ムコ多糖類、脂肪、コレステロール類、化粧品、顔や指からの汚れ及びこれらの結合したものを除去することができるのであって、蛋白質沈積物を除去することのみに使用されるものではないから、被告製品は、本件発明の実施にのみ使用する物に当たらない。
3 被告製品は、ハード・コンタクト・レンズ、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズの洗浄にも使用されるが、ハード・コンタクト・レンズ及び酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズには含まれない。したがって、被告製品は、本件発明の実施にのみ使用する物ではない。
4 原告は、本件発明のソフト・コンタクト・レンズには、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズも含まれる旨主張するが、次に述べるとおり、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズには含まれない。
(一) 本件発明は、第一に、親水性のソフト・コンタクト・レンズが、一五〇重量パーセントまでの水を吸収することができるという性質を有するために、他の場合には洗浄のために使うことができる組成物がレンズ内に滞留して眼及びレンズに悪影響を与えること、第二に、レンズの着用者の眼を傷つけないような普通の洗浄方法によっては取り除くことができない蛋白質沈積物がレンズの表面に付着し、徐々にレンズを不透明にし、更に、レンズが不透明になる前でも、レンズの着用者の眼に対する刺激が増加し不快の念を与えるということ、の二つの課題を解決するため、「プロテアーゼ含有水溶液」という解決手段を提供したものである。すなわち、含水性コンタクト・レンズにおける問題点の解決とコンタクト・レンズ表面に付着する蛋白質除去とを目的として本件クレームがなされたのである。しかし、コンタクト・レンズは、眼に直接適用されるものであるから、その表面に眼から分泌する蛋白質が沈積することは、ソフト・コンタクト・レンズであろうとハード・コンタクト・レンズであろうと当然のことであって、このことが本件発明の発明者によってはじめて発見されたということではない。後述のとおり特許異議の申立がなされた後、原告が特許請求の範囲減縮した理由も、本件発明が含水性コンタクト・レンズにおける特有の問題点(洗浄剤のレンズ内滞留)を解決したものであることにある。親水性のレンズであっても含水性のないものは、レンズに洗浄剤が侵入することはないから、前記の問題は生じない。したがって、含水性のないレンズは、たとい、可撓性あるいは親水性であっても、本件クレームにいうソフト・コンタクト・レンズとはいえない。本件溌明のソフト・コンタクト・レンズが含水性を有するものでなければならないことは、本件明細書に、本件発明のソフト・コンタクト・レンズについて、「親水性レンズは、水を吸収する能力が顕著で、それに伴って極めて良好な機械的な強さを持つ軟質の塊に膨潤し、……、所定の流体内に平衡させた時、形及び寸法を保持することが出来る点で、眼科に特に有用である。」(本件公報一頁二欄一一行ないし一六行)、「親水性ソフト・コンタクト・レンズが一五〇重量%までの水を吸収することが出来るという性質の為に、他の場合には洗浄の為に使うことが出来る組成物が吸収され……、洗浄剤が次第にレンズ内に溜まる。」(同欄一九行ないし二五行)と説明されていることからも明らかである。
そうすると、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、含水性がないから、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズに含まれない。この点に関して、原告は、
ソフト・コンタクト・レンズとハード・コンタクト・レンズの分類基準を親水性の有無に求めている。しかし、エンサイクロペディア・オブ・ケミカル・テクノロジー(乙第七号証)によれば、コンタクト・レンズは、ハード・コンタクト・レンズ、フレキシブル・コンタクト・レンズ及びソフトハイドロジェル・コンタクト・レンズに分類され、ハード・コンタクト・レンズであって親水性のものも存在することが認められるところ、このような親水性のハード・コンタクト・レンズが本件クレームにいうソフト・コンタクト・レンズに含まれるとは考えられないから、親水性があれば本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズに当たるとする原告の主張は、理由がない。本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズは、前記分類のハイドロジェル・コンタクト・レンズを意味するものである。
(二) 本件発明の特許出願は、すべてのコンタクト・レンズを発明の対象としてなされたが、その後特許異議の申立てがあり、原告は、昭和五五年三月六日付手続補正書で特許請求の範囲減縮して、「コンタクト・レンズ」を「ソフト・コンタクト・レンズ」と補正し、それに伴う明細書の補正もした。したがって、右の特許請求の範囲減縮により、本件発明の対象は、ソフト・コンタクト・レンズに限定されたのであり、ソフト・コンタクト・レンズに含まれないものを対象とする洗浄方法は、本件発明の技術的範囲から除かれたことになる。
(三) 原告は、本件発明のソフト・コンタクト・レンズは、本件明細書に具体的に示されているものに限定されず、その均等物をも含む旨主張するが、均等論の適用の根拠が不明確であり、また、その結果も不当である。原告主張の根拠は、解決課題の同一であるが、本件発明の解決課題は含水性コンタクト・レンズに沈積する蛋白質の除去ということであって、蛋白質除去一般を課題としているものではない。また、前述の補正の経緯に照らしても、均等論によって特許請求の範囲拡張することを認めるべきではない。
三 被告の主張に対する原告の反論1(一) 被告の主張2について 被告製品を週一回定期的に使用する目的は、毎日の洗浄では除去しえない蛋白質沈積物を除去することにあるから、たとい、被告製品がレンズに付着する蛋白質以外の汚れをも除去するとしても、そのことによって、被告製品の製造販売が本件特許権の間接侵害を構成しないことにはならない。また、本件明細書には、本件発明の方法を実施するに当たって、プロテアーゼの活性を高めるための活性剤を加えて用いる方法(本件発明(二)の方法)はもちろん、潤滑剤、緩衝剤、安定剤、殺菌剤等プロテアーゼの作用とは別個の作用を行う薬剤を同時に加えて用いる方法も、
本件発明の実施の態様であり、本件発明の技術的範囲に属することが明らかにされている(本件公報三頁六欄一一行ないし三二行)。したがって、被告製品がムチン分解酵素やリパーゼ(脂質分解酵素)を含んでいるとしても、そのことによって、
被告製品を用いる洗浄方法が本件発明の技術的範囲から除外されることになるものではない。
2 被告の主張3について 被告は、被告製品はハード・コンタクト・レンズにも使用される旨主張するが、
ハード・コンタクト・レンズの汚れは、普通、デイリークリーナーにより容易に除去されうるのであって、その洗浄に被告製品を用いる必要性はないから、被告製品の説明書にハード・コンタクト・レンズの洗浄にも使用することができる旨記載されているとしても、現実には、ハード・コンタクト・レンズに用いられることはなく、少なくとも、ハード・コンタクト・レンズについての被告製品の使用は、社会的、経済的にみて実用的な用途とはいえない。また、被告は、被告製品は、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズにも使用しうる旨主張するが、従来、ある特許発明の方法の実施に使用する以外に実用的用途が知られていなかった物について、新たに別用途が開発された場合、間接侵害が成立しなくなるのは、その新たに開発された用途が、社会経済的にみて、明らかに別異の用途である場合に限られなければならないところ、被告製品の酸素透過性ハード・コンタクト・レンズヘの用途は、
かかる意味での別異の用途ではない。すなわち、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、前述のとおり、部分的に親水性のプラスチック素材からなるレンズであるところ、本件発明は、通常のデイリークリーナーでは除去することができないこのレンズ面上の白濁沈積物を除去するのであるから、これと同一の被告製品の用途が、間接侵害の成立を妨げるに足りる他の用途といえないことは明らかである。
3(一) 被告の主張4(一)について 被告は、コンタクト・レンズの表面に沈積する蛋白質沈積物の除去という課題は、ハード・コンタクト・レンズについても等しく当てはまるとしているが、ハード・コンタクト・レンズについては、毎日の装用を終わってデイリークリーナーによる洗浄を行うと、他の汚れと共に蛋白質も除去され、レンズの表面は清浄なものとなるのであり、通常の洗浄により除去されない蛋白質沈積物によるレンズの白濁という問題は、ソフト・コンタクト・レンズに特有の課題である。また、親水性のソフト・コンタクト・レンズは一五〇重量パーセントまでの水を吸収する旨の本件明細書の記載は、ポリヒドロキシエチルメタクリレートという本件明細書に例示されている一つのコンタクト・レンズの素材例についての説明であって、本件発明のソフト・コンタクト・レンズの範囲を規定するものではない。
(二) 同4(二)について 本件明細書の発明の詳細な説明には、特許出願当初からソフト・コンタクト・レンズの洗浄方法が記載されていたが、その特許請求の範囲には、本件発明の洗浄方法の対象を単に「コンタクト・レンズ」と記載しており、この記載は、ハード・コンタクト・レンズをも包含するかのような不明瞭な記載であったから、原告は、特許法64条の規定に基づき、明瞭でない記載釈明としての補正をしたのであって、特許請求の範囲減縮としての補正をしたのではない。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証及び第二二号証によれば、本件発明(一)、(二)の構成要件は、それぞれ請求の原因2(一)、(二)のとおりであると認められる。
二 被告が被告製品(ただし、使用対象レンズの点を除く。)を製造販売していることは、当事者間に争いがない。
三 被告製品が本件発明の実施にのみ使用する物であるか否かについて以下判断する。
1 前掲甲第一号証及び第二二号証によれば、(1)本件発明は、第一に、親水性のソフト・コンタクト・レンズが、一五〇重量パーセントまでの水を吸収することができるという性質を有するために、他の場合には洗浄のために使うことができる組成物がレンズ内に吸収、濃縮され、ソフト・コンタクト・レンズを眼に着用したときに放出されて、眼の結膜及び角膜の傷つきやすい組織を傷め、また、レンズ内に溜まって、寸法、色等を含めレンズの物理的な特性に影響を与えて、レンズ自体を傷つけ、汚すという結果を招くことがあること、第二に、レンズの着用者の眼を傷つけないような普通の洗浄方法、例えば、普通の塩水に浸けること又は煮沸することによっては取り除くことができない不透明又は部分的に不透明な材料(蛋白質沈積物)がレンズの表面に付着し、その材料がレンズの面上に徐々に溜まることによって、レンズを不透明にし、更に、レンズが不透明になる前でも、レンズの着用者の眼に対する刺激が増加し不快の念を与えるということ、以上二つの課題を解決することを目的として、前記本件発明(一)及び(二)の構成を採用し、これにより、右の目的を達成したものであること、(2)本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズは、親水性又は部分的に親水性のプラスチック材料を素材とするものであり、その具体例としては、弾力的で軟らかく透明なヒドロゲルの外観を持つ水性反応媒質中のポリヒドロキシエチルメタクリレートの三次元的な親水性重合体、又はシリコーン及びその他の光学的に適当な可撓性材料で作られたレンズがあり、その利点は、いずれも軟らかさ及び光学的な適性を有するレンズであること、また、
本件発明の実施例において使用されているバウシュ・アンド・ロム社のコンタクト・レンズも、前記のポリヒドロキシエチルメタクリレートを素材とする軟らかいレンズであること、更に、本件明細書には、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズが軟らかいレンズであることの記載はあっても、硬いレンズをも含むことを示唆するに足りる記載は一切存しないこと、以上の事実が認められる。また、成立に争いのない甲第七号証の一ないし七によれば、わが国においては、一般に硬いレンズをハード・コンタクト・レンズ、軟らかいレンズをソフト・コンタクト・レンズと分類していることが認められ、そして、成立に争いのない乙第七号証及び乙第一四号証の一によれば、一九七九年(昭和五四年)に米国で発行されたエンサイクロペディア・オブ・ケミカル・テクノロジー第三版第六巻では、「コンタクト・レンズは、一般に、ハード・レンズ、フレキシブル(可撓性)・レンズ及びソフト・ハイドロジェル・レンズに分類することができる。これら三種のレンズのすべてに酸素透過性のものがあり、また、ハード及びフレキシブル・レンズには疎水性のレンズがある。」としたうえで、ポリメチルメタクリレート、セルロースアセテートブチレートはハード・レンズに、シリコン・レンズはフレキシブル・レンズに、ポリヒドロキシエチルメタクリレートはソフト・ハイドロジェル・レンズにそれぞれ分類されていることが認められる。このように、米国における分類は、必ずしもハード・コンタクト・レンズとソフト・コンタクト・レンズの二分類ではないが、米国においても、ハード・レンズは、硬い、可撓性の無いものを指し、軟らかく可撓性のあるレンズは、フレキシブル・レンズ又はソフト・ハイドロジェル・レンズに分類されていることは明らかであって、これら二種のレンズがわが国で一般にいうソフト・コンタクト・レンズに相当するものと認められる。以上によれば、本件発明の「ソフト・コンタクト・レンズ」は「ソフト」という言葉が意味するとおり、
軟らかいレンズを意味するものであって、硬いレンズはこれに含まれないものと認めるのが相当である。
2 被告製品が酸素透過性ハード・コンタンクト・レンズにも使用される洗浄剤であることは、当事者間に争いがないところ、前掲乙第七号証によれば、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズの一種であるセルローズアセテートプチレートを用いたコンタクト・レンズは、ハード・コンタクト・レンズに分類されるものであることが認められ、また、成立に争いのない甲第一六号証の一ないし三によれば、東洋コンタクト・レンズから販売されている酸素透過性ハード・コンタクト・レンズの一種であるメニコンO2にしても、ビッカース硬度がDryで八・六、Wetで七・六である(ハード・コンタクト・レンズは、Dryで二三・〇、Wetで二一・三である。)のに対し、親水性のソフト・コンタクト・レンズ及びシリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、軟らかすぎて硬度の計測が不能であることが認められる。してみれば、メニコンO2等の酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、硬いレンズであって、ハード・コンタクト・レンズに分類されるべきものである以上、本件発明にいう「ソフト・コンタクト・レンズ」には当たらないものというべきである。また、前掲甲第一六号証の一ないし三によれば、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、酸素透過係数がポリヒドロキシエチルメタクリレートを素材とするソフト・コンタクト・レンズと同程度に高く、形状が硬いため、より角膜の代謝を阻害しないコンタクト・レンズとして、商品化されて以来高い評価を得ていることが認められ、右認定の事実によれば、被告製品の酸素透過性ハード・コンタクト・レンズヘの用途は、社会通念上、経済的、商業的ないしは実用的な用途であると認めることができる。したがって、被告製品は、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズには含まれない酸素透過性ハード・コンタクト・レンズにも使用される洗浄剤であるから、この点において本件発明の実施にのみ使用される物ということはできない。この点に関して、原告は、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズの素材として本件明細書に開示されているシリコーンにより作られたシリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、表面に親水性処理が施されているため、僅かではあるが吸水性があり、また、表面に付着した汚れのうち、蛋白質沈積物は、通常の洗浄方法であるデイリークリーナーによる方法によって除去することが不可能であり、酵素洗浄剤を用いることによって、はじめて除去することができるのであって、このような部分的に親水性のコンタクト・レンズも、原告主張の本件発明の前記第一及び第二の解決課題を有するものであるところ、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズとして現在市販されているポリシロキサニルメタクリレートを用いたメニコンO2及びセルローズアセテートブチレートを用いた京都コンタクトレンズの製品も、いずれも表面が親水性を有しており、ポリヒドロキシエチルメタクリレートを素材とするコンタクト・レンズと比べ程度は低いが吸水性があり、本件発明の第一の解決課題を有し、かつ、通常のデイリークリーナーによる洗浄によっては除去しえない蛋白質沈積物により、レンズ表面が白濁するという本件発明の第二の解決課題も有しているから、前記のシリコーン・ラバー・コンタクト・レンズと同じく本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズに含まれる旨主張する。しかしながら、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズは、前説示のとおり、軟らかいレンズを意味するものと解すべきところ、成立に争いのない甲第一三号証の一ないし三及び前掲甲第一六号証の一ないし三によれば、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、軟らかいレンズであると認められるのに対し、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、前説示のとおり、硬いコンタクト・レンズであるから、両者を同列に論じえないのみならず、また、前掲甲第一号証及び第二二号証によれば、本件明細書には、本件発明にいうソフト・コンタクト・レンズの素材として、ポリヒドロキシエチルメタクリレートとシリコーン及びその他の光学的に適当な可撓性材料が挙げられているが、これらの素材で作られるコンタクト・レンズについて、「こう云う親水性ソフト・レンズが一五〇重量%までの水を吸収することが出来ると云う性質の為に、他の場合には洗浄の為に使うことが出来る組成物が吸収され、濃縮さえされ、ソフト・コンタクト・レンズを目にはめた時、後で放出される。この放 出は吸収よりずっと遅いことがあり、その為、洗浄剤が次第にレンズ内に溜まる。このように溜まったことにより、遂には寸法、色等を含めてレンズの物理的な特性に影響が出る。これはコンタクト・レンズ自体を傷つけ又は汚し、或いは結膜及び角膜の傷つき易い組織を傷めると云う有害な結果を招くことがある。硬質コンタクト・レンズは、目立つ程の水を吸収せず(即ち〇・〇一乃至〇・四%)、従って硬質コンタクト・レンズの分野では有効な防腐剤(Preservatives)を使うことによって問題は生じない。」(本件公報一頁二欄一八行ないし三四行)と記載されていることが認められ、他方、前掲甲第一三号証の一ないし三によれば、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、表面が親水性処理されているだけで、中の素材が疏水性であることが認められ、以上認定の事実によみと、シリコーン・ラバー・コンタクト・レンズは、本件発明のソフト・コンタクト・レンズの素材として本件明細書に開示されているシリコーンにより作られたものであり、かつ、前認定の本件発明の第二の解決課題を有するとしても、親水性処理されたレンズの内側に洗浄剤が吸収されるというようなことはほとんど起こりえないのであるから、前認定の本件発明の第一の解決課題を有するコンタクト・レンズであると認めることは困難であり、更に、前掲甲第一六号証の一ないし三によれば、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズの一つであるメニコンO2は、素材が疎水性であって、表面が親水性処理されているものの、その吸水率は、
本件発明のソフト・コンタクト・レンズの素材であるポリヒドロキシエチルメタクリレートが四三ないし六七重量パーセントであり、ハード・コンタクト・レンズが一・三重量パーセントであるのに対し、右ハード・コンタクト・レンズの吸水率とほぼ等しい一・四重量パーセントであることが認められ、右認定の事実によると、
少なくともメニコンO2等の酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、吸水性のソフト・コンタクト・レンズとは、この点で全く異なるのであって、洗浄液がレンズ内に吸収され、眼の組織を傷め、また、レンズの物理的な特性に影響を与えるという前認定の本件発明の第一の解決課題を有するコンタクト・レンズとは異なるものであると断じざるをえない。以上によれば、原告の前記主張は、採用することができない。また、原告は、(1)本件発明のソフト・コンタクト・レンズは、本件明細書に具体的に示されているものに限定されず、その均等物をも含む、(2)従来、ある特許発明の方法の実施に使用する以外に実用的用途が知られていなかったものについて、新たに別用途が開発された場合、間接侵害が成立しなくなるのは、
その新たに開発された用途が、社会経済的にみて、明らかに別異の用途である場合に限られなければならないところ、被告製品の酸素透過性ハード・コンタクト・レンズヘの用途は、通常のデイリークリーナーでは除去することができないこのレンズ面上の白濁沈積物を、本件発明と同一の方法により除去するものであるから、別異の用途ではなく、間接侵害の成立を妨げるに足りる他の用途とはいえない旨主張するが、前説示のとおり、本件明細書に実施例として開示されているポリヒドロキシエチルメタクリレート並びにシリコーン及びその他の光学的に適当な可撓性材料で作られたレンズは、いずれも軟らかいレンズであるのに対し、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは、硬いレンズであるから、そもそもこの点において本件明細書に具体的に示されたものと均等とみることは相当ではない。また、前掲甲第二号証及び乙第一二号証の一によれば、原告は、本件発明の出願公告後の昭和五五年三月七日、本件明細書の特許請求の範囲について、従来「コンタクト・レンズ」の洗浄方法について特許を求めていたものを「ソフト・コンタクト・レンズ」の洗浄方法と補正したことが認められ、他方、前掲乙第七号証によれば、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズの存在は、昭和五四年には一般に知られていたことが認められるのであり、右認定の事実によれば、当時ハード・コンタクト・レンズに分類される酸素透過性ハード・コンタクト・レンズが存在したのに、右の補正は、あえて特許請求の範囲の「コンタクト・レンズ」を「ソフト・コンタクト・レンズ」と補正したのであるから、たとい、右の補正が、原告主張のとおり明瞭でない記載釈明であるとしても、右補正により、ハー・コンタクト・レンズに分類されていた酸素透過性ハード・コンタクト・レンズは本件発明ドの対象とするコンタクト・レンズには含まれないことを明らかにしたものといわざるをえない。したがって、
原告の右主張は、いずれも採用するに由ないものというべきである。
四 以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、
理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
特許公報、補正書(省略)目録一 左の組成を有するコンタクト・レンズ洗浄用錠剤1 ムチン分解酵素(放線菌Streptmyces属起源) 二・九〇%2 中性プロテアーゼ(糸状菌Aspergilus属起源) 二・一七%3 リパーゼ(不完全菌Caudida属起源) 〇・三七%4 非イオン界面活性剤 一・〇〇%5 EDTA―二Na 一・四五%6 食塩 五〇・六八%7 ホウ酸 一四・四八%8 ホウ砂 一八・一〇%9 ビヒクル 八・四九%(商品名 バイオクレンファイブ)二 使用対象レンズソフト・コンタクト・レンズ、酸素透過性ハード・コンタクト・レンズ