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関連ワード 特許を受ける権利 /  遡及 /  存続期間 /  特許発明 /  実施 /  正当な理由 /  実施料 /  相当因果関係 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  専用実施権 /  通常実施権 /  実施許諾(実施の許諾) /  設定登録 /  独占的通常実施権 /  事業の準備 /  対価 /  変更 / 
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事件 昭和 61年 (ワ) 3891号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1989/02/10
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告(反訴原告)は、別紙目録記載の特許専用実施権についての特許庁昭和五九年三月八日受付第〇〇〇五〇五号の専用実施権設定登録の抹消登録手続をせよ。
二 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、七六八六万八八五二円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年七月五日から、内金七一八六万八八五二円に対する昭和六三年九月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告(反訴被告)のその余の請求及び被告(反訴原告)の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決は、二項及び四項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨1 主文一項と同旨。
2 被告(反訴原告)(以下「被告」という。)は、原告(反訴被告)(以下「原告」という。)に対し、七七〇〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年七月五日から、内金七二〇〇万円に対する訴変更申立書送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
4 2項及び3項について仮執行の宣言。
二 本訴請求の趣旨に対する答弁1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨1 原告は、被告に対し、八〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
四 反訴請求の趣旨に対する答弁1 被告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
当事者の主張
一 本訴1 請求の原因(一) 原告は、昭和五八年一月一七日、訴外A(以下「A」という。)及び同B(以下「B」という。)から、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)についての特許を受ける権利(以下「本件特許を受ける権利」という。)を譲り受け、同年七月一五日に特許権設定の登録を受けて、
本件特許権の特許権者となった者である。
出願人 A及びB発明の名称 液体燃料組成物特許番号 第一一五五四六八号出願日 昭和五四年一〇月一七日出願公告日 昭和五七年八月三日登録日 昭和五八年七月一五日(二) 被告は、本件特許権について別紙目録記載の専用実施権(以下「本件専用実施権」という。)の設定登録(以下「本件登録」という。)を受けている。
(三) 本件登録がなされるに至った経緯は、次のとおりである。
(1) 被告は、昭和五八年三月末頃から、当時本件特許を受ける権利を譲り受けていた原告に対し、本件発明を実施して合弁事業を共同で遂行したい旨及びそのために頭金二〇〇万米ドルを支払うので本件特許権の実施許諾をしてほしい旨申し入れていたが、更に、同年四月九日、東京都内において、原告代表者C(以下「C」という。)に対し、合弁事業遂行のためには原告が日本の投資家企業に本件特許権を実施許諾する用意があることを示す書面が必要である旨申し入れるとともに、日本語ができないCに対し、範囲を本州地方とする独占的通常実施権を許諾する、昭和五八年四月九日から九〇日の期間に合弁契約が締結されなければ、九〇日の期間満了により契約は失効する旨記載された同日付の英文の書面(甲第一三号証の一)を訳文と称して提示し、その旨Cを誤信させ、右書面とは異なった内容、すなわち、本件特許権について範囲を日本全土とする専用実施権を無条件で設定する旨日本文で記載された同年七月三一日付「特許権の専用実施権設定契約書」(甲第一〇号の原本)に署名を求め、これに署名させた。更に、被告は、前同日、Cに対し、
合弁事業の準備交渉のための委任状であると称して、その旨Cを誤信させたうえ、
弁理士に本件登録を委任する旨の日本文の委任状(甲第六号証の原本)を示し、これに署名させた。
また、被告は、昭和五九年二月二七日、台湾において、Cに対し、この付随契約書(甲第一一号証の一の原本)に署名してくれれば二週間以内に正式契約を締結して頭金二〇〇万米ドルを支払う旨の話をして、実施権設定の対価について、二〇〇万米ドルを頭金とし、被告から再実施許諾を受けた第三者が製造する製品一ガロン当り四米セントをロイヤリティーとする付随契約書に署名させた。
被告は、右特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書を利用して、
昭和五九年三月八日、本件登録の申請をし、同年四月二七日、本件登録を受けた。
(2) なお、右(1)でされた原、被告間の合意(契約)が、本件特許権について本件専用実施権を設定することではなく、独占的通常実施権を設定することであったことは、右契約の内容を英文で記載した書面に、いずれも専用実施権を示す訳語として使われる“sole and exclusive right(又はlisence)”あるいは“senyo-jisshiken”という言葉が使用されていないことから明らかである。
(四) 右に述べたとおり、本件専用実施権を設定する旨の契約は、成立していない。すなわち、原告代表者であるCは、前記特許権の専用実施権設定契約書等に署名しているけれども、これは、右(三)記載のとおり日本語を理解できないCが、
内容を理解しないまま署名したものであって、Cは、独占的通常実施権を設定する旨の意思表示をしたものである。
また、原告代表者Cには、本件登録の申請をする意思も弁理士をその代理人に委任する意思もなかったものであって、本件登録は、詐取された委任状に基づいてなされたものである。そして、原告は、本件専用実施権設定について、被告から対価の支払いを一切受けていないから、登録申請手続の瑕疵を理由とする本件登録の無効を主張するにつき正当な利益を有する。
したがって、本件登録は、根拠となる専用実施権設定契約が存在せず、また、登録申請手続に瑕疵があり、無効なものである。
(五) 仮に、原、被告間の前記契約が専用実施権設定の契約であったとしても、
右契約は、以下のとおり当初から効力を生じていないか、又は遡及的に効力を失っており、これに基づく本件登録は、無効なものである。
(1) 右契約には、本件専用実施権設定の効力は、本件専用実施権設定の対価のうち頭金二〇〇万米ドルが支払われることにより生じるとの停止条件が付されていた(甲第二二号証の一、第二九、第三〇号証及び第四三号証参照)が、被告は、右頭金二〇〇万米ドルの支払いをしない。したがって、本件契約は、効力を生じていない。
(2) 右契約は、被告が、本件専用実施権設定の対価として支払うべき頭金二〇〇万米ドルを支払う意思及び能力並びに本件発明の事業化を仲介する能力がないにもかかわらず、これがあるかのように装ってCをその旨誤信させ、同人に契約締結の意思表示をさせて成立したものであるから、右意思表示は、詐欺によるものとして取り消すことができる。原告は、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、被告に対し、詐欺を理由とする右契約取消の意思表示をした。したがって、右契約は、遡って効力を失った。
(3) 右契約は、被告が原告に対し、契約の締結直後に、本件専用実施権設定の対価として頭金二〇〇万米ドルを支払うことを内容とするものであった。そこで、
原告は、昭和五九年三月二二日以来右頭金の支払いを度々催告しているにもかかわらず、被告がその支払いをしないので、被告に対し、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、右契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、右契約は、遡って効力を失った。
(4) 右契約には、昭和五八年四月九日(又は同年七月一六日)から九〇日以内に、本件特許権を日本において実施するための合弁契約が締結されない場合には、
契約の効力が消滅するとの解除条件がついていた。現在に至るも、合弁契約は、締結されていない。したがって、右解除条件は、成就した。
(六)(1) 被告は、本件登録が無効であるか、又は本件登録の原因関係である右契約が効力を生ぜず若しくは遡及的に消滅すべきものであることを知りながら、
あえて本件登録を残存させ、登録の日から本件口頭弁論終結の日までの四年六か月以上、原告が本件特許権を第三者に対し実施許諾するなどして使用収益することを妨害した。原告は、被告の右行為により、本件特許権の価値が減少したことによる損害を被ったが、その額は、少なくとも七二〇〇万円を下らない。すなわち、本件特許権の価格は、被告に対する独占的通常実施権設定の対価のうちの頭金二〇〇万米ドルを下ることはないところ、本件特許権の存続期間は一五年であり、被告による妨害の期間は、四年六か月以上であるから、被告の妨害行為により本件特許権の財産的価値は一五分の四・五(四年六か月)以上減少した。したがって、原告の被った損害は、一米ドルを一二〇円として、七二〇〇万円を下らない。
二〇〇万(米ドル)×四・五÷一五×一二〇(円)=七二〇〇万(円)(2) 原告は、被告が、本件登録の抹消登録手続に応じないため、米国の弁護士及び日本の弁護士である原告訴訟代理人に委任して、訴訟外で被告に本件登録の抹消登録手続をすることを求め、仮処分申請をし(当庁昭和六一年(ヨ)第二五一二号)、更に、本訴の提起を余儀なくされたものであるところ、その費用として少なくとも五〇〇万円以上を支払っている。したがって、原告は、被告の行為により、
少なくとも五〇〇万円の損害を被った。
(七) よって、原告は、被告に対し、本件特許権に基づき、本件登録の抹消登録手続を求め、かつ、前記不法行為による損害金七七〇〇万円及び内金七二〇〇万円に対する訴変更申立書送達の日の翌日から、内金五〇〇万円に対する請求の趣旨変更の申立書送達の日の翌日である昭和六一年七月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 請求の原因に対する被告の認否(一) 請求の原因(一)及び(二)は認める。
(二) 同(三)のうち、被告が、東京都内において、Cと会見したこと、その際、Cに対し、原告主張の英文の書面(甲第一三号証の一)を提示したこと、右書面に実施の範囲として本州全域との記載が存したこと、右書面の契約の日付が昭和五八年四月九日であること、Cが特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書に署名したこと並びに被告が昭和五九年三月八日本件登録の申請をし、同年四月二七日本件登録を受けたことは認め、その余は否認する。
なお、被告がCと会見したのは、昭和五八年四月八日であり、原告が署名した特許権の専用実施権設定契約書は、甲第一〇号証の原本ではなく乙第一号証の一、委任状は、甲第六号証の原本ではなく乙第一号証の二である。
(三) 同(四)のうち、原告が、特許権の専用実施権設定契約書に署名したこと、本件専用実施権設定について被告から対価の支払いを一切受けていないことは認め、その余は否認する。
(四) 同(五)のうち、原告が、本件専用実施権設定について被告から対価の支払いを一切受けていないこと及び昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、被告に対し、詐欺を理由とする契約取消の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。
(五) 同(六)は否認する。
3 被告の主張(一) 被告は、昭和五七年春頃、訴外D(以下「D」という。)から、当時本件発明の特許出願人であったA及びBを紹介され、同人らから、本件発明を日本で実施する企業を探すことを依頼され、同人らとの間において、本件特許権について被告を権利者とする専用実施権を設定し、被告が、本件特許権を事業化する企業に対して通常実施権を許諾したうえ、右企業から受け取る対価の中から一二〇万米ドルを専用実施権設定の対価として同人らに支払う旨の合意をした。
(二) 被告は、A及びBが、昭和五八年一月一七日、本件特許を受ける権利を原告に譲渡したことから、同年三月末、台湾において、原告の代表者であるCとの間において、被告が、原告から本件特許権についての専用実施権の設定を受けたうえ、本件特許権を事業化する企業に対して通常実施権の許諾をし、原告に対し、専用実施権設定の対価として、右企業から受け取る対価の中から二〇〇万米ドルを、
被告と右企業との通常実施権許諾契約締結時及びプラント着手時に各三〇%並びに製品の完成時に四〇%に分割して支払う旨の口頭の合意をした。
(三) Cは、右(二)の合意に基づき、同年四月八日、東京において、本件特許権の専用実施権設定契約書(乙第一号証の一)、専用実施権設定登録のための委任状(乙第一号証の二)及び専用実施権設定登録申請書(乙第一号証の三)に署名をし、被告に交付した。
なお、原、被告間の契約は、右のとおり、日本文の契約書によるものであるところ、これには専用実施権を設定する旨が明記されているから、原、被告が合意した内容は、独占的通常実施権の許諾ではなく、専用実施権の設定である。
(四) 被告とCは、昭和五九年二月二七日、台湾において、本件専用実施権設定の条件が(二)のとおりであると確認し、その旨の付随契約書(乙第二号証)を交わした。
(五) 以上のとおり、本件登録は、原、被告間の本件専用実施権設定契約に基づいてされた有効な登録である。
(六) また、右(二)ないし(三)に述べたところによると、本件専用実施権の設定料二〇〇万米ドルは、被告が日本の企業に通常実施権の再許諾をし、日本の企業からその対価を受け取ったうえ、その対価の中から三回に分割して支払う約定であったところ、被告は、いまだ通常実施権の再許諾をしていないから、設定料の支払時期は到来しておらず、原告のした解除は効力を生じていない。
4 被告の主張に対する原告の認否(一) 被告の主張(一)は争う。
(二) 同(二)は、A及びBが、昭和五八年一月一七日、原告に対し、本件特許を受ける権利を譲渡したことは認め、その余は否認する。
(三) 同(三)のうち、Cが被告主張の各書面に署名し、被告に交付したことは認める。ただし、Cが本件特許権の専用実施権設定契約書等に署名したのは、昭和五八年四月九日である。
(四) 同(四)のうち、原告とCとが、付随契約書を取り交わしたこと自体は認め、その余は否認する。
(五) 同(六)のうち、被告が通常実施権の再許諾をしていないことは認め、その余は否認する。
二 反訴1 請求の原因(一) 原告は、被告に対し、本件本訴を提起しているところ、これは、本訴の被告の主張のとおり理由のないものであり、不当訴訟である。被告は、原告の不当な訴訟提起により、弁護士である被告訴訟代理人に委任して本訴を遂行することを余儀なくされたところ、そのため着手金及び報酬としてそれぞれ九〇四万五〇〇〇円、合計一八〇九万円支払うことを約したが、右金員は、原告による右不当訴訟の提起と相当因果関係にある損害である。したがって、被告は、原告に対し、右損害の内金五〇〇万円の支払いを求める。
(二) 原告は、被告に対し、正当な理由がないにもかかわらず、本件専用実施権について処分禁止の仮処分を申請したうえ、仮処分決定を得てその執行をし、更に、本件本訴を提起した。被告は、当時本件特許権について通常実施権を再許諾するため交渉をしていたが、原告の右一連の不法行為により、右交渉相手及び被告の協力者の被告に対する信用が失墜し、また、被告自身も精神的打撃を受けた。これらにより受けた被告の損害は、少なくとも一〇〇〇万円を下らない。したがって、
被告は、原告に対し、右損害の内金一〇〇万円の支払いを求める。
(三) 原告がした前項記載の一連の不法行為により、本件特許権について通常実施権を再許諾するためなどに費やした被告の努力及び経費の価値が半減し、かつ、
本件専用実施権の残存期間が二年六か月間減少したため、被告は、少なくとも四〇〇〇万円の損害を被った。したがって、被告は、原告に対し、右損害の内金二〇〇万円の支払いを求める。
(四) よって、被告は、反訴請求の趣旨のとおりの判決を求める。
2 請求の原因に対する原告の認否 請求の原因のうち、原告が、被告に対し、本件専用実施権について処分禁止の仮処分を申請したうえ、仮処分決定を得てその執行をし、更に、本件本訴を提起したことは認め、その余は否認する。
証拠関係(省略)
理 由
本訴抹消登録請求について
一 本訴請求の原因(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。被告は、
本訴の被告の主張のとおり、本件登録は、原、被告間の専用実施権設定契約に基づきされた有効なものである旨主張するので、以下この点について検討する。
被告が、東京都内において、Cと会見したこと、その際、Cに対し、原告主張の英文の書面(甲第一三号証の一)を提示したこと、右書面に実施の範囲として本州全域との記載が存したこと、右書面の契約の日付が昭和五八年四月九日であること、Cが特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書に署名したこと並びに被告が昭和五九年三月八日本件登録の申請をし、同年四月二七日本件登録を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。
以上の当事者間に争いのない事実並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、第六号証、第八号証ないし第一〇号証、第一一号証の一、成立に争いのない甲第一二号証の一、第一四号証の一、第一七号証の一、第二四号証の一、乙第一号証の一ないし三、第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第一六号証の一、第二二号証の一、第二六号証の一、第二九号証及び第三〇号証の各一、第三四号証の一、乙第三号証の一、二、第六号証(ただし、後記信用しない部分を除く。)、末尾三行及びCの署名部分については弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第七号証の一、三枚目末尾八行については前記甲第二九号証の一及び乙第六号証により真正に成立したことが認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第一三号証の一並びに被告本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)によると、被告主張の専用実施権設定契約について、次の事実が認められる。
1 被告は、昭和五七年五月又は八月頃、台湾において、友人のDの紹介で、当時本件特許の出願人であったA及びBと個別に会い、同人らから、本件特許を受ける権利(登録後は本件特許権)を日本の企業に譲渡するための仲介を依頼され、これを切掛けとして本件発明の事業化について種々折衝した結果、同年暮頃、同人らとの間で、本件特許権について被告を権利者とする専用実施権を設定したうえ、本件特許権を事業化する企業に対して被告が通常実施権の再許諾をし、右企業から受け取る対価の中から一二〇万米ドルを専用実施権設定の対価として同人らに支払う旨の合意をした。
2 原告は、昭和五八年一月一七日、A及びBから、本件特許を受ける権利を譲り受けた。被告は、右譲渡を知り、原告との間においてA及びBとの合意と同様の契約を締結することを希望し、同年三月末頃から原告と折衝を始めたが、原告代表者Cに対し、同月三〇日付の英文の書面(甲第一二号証の一。ただし、「専用実施権」の語は日本語で記載されていた。)をもって、原告が必要なノウハウを、日本側企業が金銭をそれぞれ出資して合弁会社を設立し本件発明を事業化する、誠実性の証として二〇〇万米ドルを三回に分けて原告に支払う、その支払方法は、契約書作成時及びプラント建設開始時各三〇%、装置作動テスト終了時四〇%とする旨の専用実施権設定の条件を呈示した。更に、被告は、同年四月九日、東京において、
Cに対し、本件発明について、範囲を日本国本州地方とする専用実施権を設定する、その他の専用実施権設定の条件は別に定める旨の「専用実施権設定契約書」なる英文の書面(甲第一三号証の一)を呈示し、右内容の契約を締結するよう申し入れた。Cは、右申し入れを承諾し、被告と専用実施権設定契約を締結することとし、被告の用意した日本文の契約書(乙第一号証の一)に署名するとともに、本件発明が特許された場合に専用実施権設定登録を弁理士に委任する趣旨で、日本文の委任状(乙第一号証の二)に署名して被告に交付した。なお、専用実施権設定の条件については、右特許権の専用実施権設定契約書3条により別に定めることとされた。
3 前記特許権の専用実施権設定契約書及び委任状は、Cの英文の署名が日本語の記名と重なっていたため、弁理士の指示で、同年七月三一日付のものが再度作成されたが(甲第一〇号証及び甲第六号証)、その際、専用実施権の範囲が日本全土と改められた。また、Cは、被告の求めに応じて、同年八月二九日付法人国籍証明書を被告に送付したが、これに、「本文書と共に署名された上記委任状は、Eを受任者とし、日本の企業家集団との間の合弁事業遂行交渉を委任するためにのみ署名されたものである。」との記載を付加して署名し、法人国籍証明書を送付したことにより直ちに専用実施権の登録がされるべきものではないことを表明した。
4 Cは、前記英文の専用実施権設定契約書を受領後、その末尾に「本契約書は、
昭和五八年四月九日より九〇日の期間中に正式な合弁契約が締結されない場合は九〇日の期間満了をもって失効する。」との記載を付加して被告に送付し、被告は、
右英文の書面をDにタイプして貰い(甲第一四号証の一)、これに異議なく署名して同年五月二〇日頃、Cに送付した。ただし、右タイプした書面では、右九〇日の起算日は、原告が特許権を得た日と変更されている。
5 被告は、前記のとおり専用実施権設定の対価について、当初二〇〇万米ドルを三回に分けて支払うとの申込みをしていたが、同年六月一二日、Cに対し、「日本の特許庁が特許証を貴方に与えてから二〇日以内に第一の契約を締結することになります。」と記載した同日付の書簡(甲第一七号証の一)を送付し、また、被告とともに原告と交渉していたDも同日、Cに対し、「日本側とアメリカ側間の契約は、…日本において日本の特許庁から特許権の付与があって後二〇日以内に署名され、前契約に従い誠実性の証としての金が同時に支払われます。」とのテレックス(甲第一六号証の一)を打った。その後、Cと被告は、専用実施権設定契約書3条により別に定めることとされた専用実施権の設定条件について種々交渉をし、前記英文の専用実施権設定契約書に記載された九〇日の期間経過後の日である昭和五九年二月二七日、台湾において、専用実施権設定料を二〇〇万米ドル、特許権使用料を被告から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当り四米セントとする付随契約書(乙第二号証)を交わしたが、右契約書には、二〇〇万米ドルの支払方法については何の記載もなかった。なお、この契約書についても、被告からCに対し、英訳文が交付されていた。
6 被告は、原告が、昭和五八年七月一五日、本件発明について特許権の設定登録を受けたので、昭和五九年三月八日、弁理士に委任し、前記専用実施権設定契約書、付随契約書、法人国籍証明書及び委任状を利用して本件登録を申請し、同年四月二七日に登録を受けたが、原告に対し、右登録の事実を告げず、かつ、専用実施権の設定料を全く支払わなかった(被告が、専用実施権の設定料を全く支払わなかったことは、当事者間に争いがない。)。そのため、原告は、同年三月二二日、仲介人を介して被告に対し、右設定料の不払いに抗議し、右不払いの理由を二四時間以内に回答しない場合は被告との契約を解消する旨申し入れ、更に、本件登録の事実を知って、同年一一月二五日付テレックスをもって、本件登録を直ちに取り下げるよう申し入れた。
以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によると、原、被告間に本件登録に対応する専用実施権設定契約が締結されたことを認めることができる。
二 そこで、原告の、設定料不払いを理由とする右専用実施権設定契約解除の主張について検討する。
被告は、専用実施権の制定料二〇〇万米ドルについて、被告が日本の企業に通常実施権の再許諾をし、日本の企業からその対価を受け取ったうえ、その対価の中から三回に分割して支払う約定であった旨主張し、乙第六号証及び被告本人の供述中には右主張に沿う部分が存するが、前認定の事実によると、被告は、昭和五八年三月三〇日付の書面により、設定料二〇〇万米ドルを三回に分けて支払う旨の条件を提案していたところ、締結された専用実施権設定契約においては、専用実施権設定の条件については、別に定めるものとされ、それを受けて昭和五九年二月二七日に付随契約が締結され、同付随契約においては、設定料は二〇〇万米ドルとされたが、その支払方法については何らの定めもなされていないというのであるから、右乙第六号証及び被告本人の供述によっても、設定料の支払時期、方法について被告主張のような合意がなされたものと認めることはできず、他に被告主張の合意を認めるに足りる証拠はない。してみると、設定料二〇〇万米ドルの支払いについては、民法の原則どおり、期限の定めはなく、専用実施権の登録申請と同時履行の関係に立つことになるが、本件専用実施権の登録に必要な書類が、昭和五九年二月二七日の付随契約成立時までには被告に交付されていたこと、右書類に基づき本件登録が昭和五九年四月二七日になされたこと、被告が、専用実施権の設定料を全く支払わなかったこと、そのため原告が、同年三月二二日、仲介人を介して被告に対し右設定料の不払いに抗議し、右不払いの理由を二四時間以内に回答するよう申し入れたことは、前項で認定したとおりであり、右申入れは、設定料の支払いを催告したものと解されるところ、成立に争いのない甲第三一号証の一、二によると、原告は、被告に対し、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。そうすると、前記専用実施権設定契約は、被告の専用実施権設定料二〇〇万米ドルの不払いにより解除されたというべきである。したがって、原告の解除の主張は、理由がある。
本訴損害賠償請求について
一 前記のとおり本訴請求の原因(一)及び(二)は当事者間に争いがない。被告本人尋問の結果によると、被告が本件登録当時、通常実施権の再許諾をすべき日本の企業を登録後短期間に見付ける目途はなかったこと、また、現在までこのような企業を見付けることができないでいること及び前記専用実施権設定契約締結時、被告には、二〇〇万米ドルの専用実施権設定料を支払う能力がなかったことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実及び前記第一、一で認定した事実を総合すると、被告は、本件登録の原因をなす前記専用実施権設定契約が解除により遡及的に消滅すべきものであることを知りながら、あえて本件登録をしてこれを残存させ、登録の日である昭和五九年四月二七日から記録上明らかな本件口頭弁論終結の日である昭和六三年一〇月二四日まで四年と三六六分の一八〇年の間(昭和六三年が閏年であるため、一年を三六六日として計算する。)、原告が本件特許権を第三者に対し実施許諾するなどして使用収益することを妨害したものというべきである。そして、原告が、被告の右不法行為により被った損害は、七一八六万八八五二円(一円未満四捨五入)であると認められる。すなわち、前記第一、一で認定した事実によれば、本件特許権の価格は、被告に対する専用実施権設定の設定料二〇〇万米ドルを下ることはないというべきであり、当事者間に争いのない本件特許権の出願の日(昭和五四年一〇月一七日)及び出願公告の日(昭和五七年八月三一日)からすると、本件特許権の存続期間は出願公告の日から一五年であり、前記のとおり被告による妨害の期間は、四年と三六六分の一八〇年であるから、被告の妨害行為により本件特許権の財産的価値が一五分の(四+三六六分の一八〇)だけ減少したというべきである。したがって、原告の被った損害は、一米ドルを一二〇円として(本件口頭弁論終結時において、一米ドルが少なくとも一二〇円以上であることは、公知の事実である。)、七一八六万八八五二円となる。
二〇〇万米ドル×(四+一八〇÷三六六)÷一五×一二〇円=七一八六万八八五二円二 弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したことが認められる甲第三五号証ないし第三八号証及び第四四号証によると、原告は、被告が本件登録の抹消登録手続に応じないため、米国の弁護士及び日本の弁護士である原告訴訟代理人に委任して、訴訟外で被告に本件登録の抹消登録手続をすることを求め、仮処分申請をし(当庁昭和六一年(ヨ)第二五一二号)、更に、本訴の提起を余儀なくされたものであるところ、その費用として少なくとも五〇〇万円以上を支払っていることが認められる。そして、本件の事案の難易、請求額及び認容額その他諸般の事情に照らすと、右費用五〇〇万円は、前記第二、一の被告の不法行為相当因果関係を有する損害であるというべきである。
反訴について
被告の反訴請求は、原告の本訴請求及び前記仮処分申請が不当訴訟に当たることを前提とするものであるが、前記第一及び第二で認定したとおり原告の本訴請求のうち本件登録の抹消登録を求める請求(前掲甲第三五号証によると、この請求は、
本件専用実施権の処分禁止を求めた前記仮処分申請の本案に当たるものと認められる。)はすべて理由があり、損害賠償請求についても七七〇〇万円の請求のうち七六八六万八八五二円について理由があると認められるのであって、到底不当訴訟ということはできないから、その前提を欠き、理由がないことが明らかである。
よって、原告の本訴請求のうち、被告に対し、本件登録の抹消登録手続を求
める部分及び損害金七六八六万八八五二円及び内金五〇〇万円に対する不法行為後の日である昭和六一年七月五日から、内金七一八六万八八五二円に対する記録上明らかな訴変更申立書送達の日の翌日である昭和六三年九月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから、右限度において認容し、その余の本訴請求及び反訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法89条92条ただし書の規定を、
仮執行の宣言について同法196条1項の規定を適用して、主文のとおり判決する。
目録本件特許権の専用実施権受付日 昭和五九年三月八日受付番号 〇〇〇五〇五登録日 昭和五九年四月二七日原因 昭和五八年七月三一日契約専用実施権者 E範囲地域 日本全土期間 特許権の有効期限内容 製造ならびに販売対価の額 (1) 専用実施権設定料金額 二〇〇万米ドル(2) 特許権実施料金額 専用実施権者から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当り四米セント