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関連審決 不服2003-1766
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  公知技術 /  分割出願 /  登録実用新案 /  文言解釈 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10106号 審決取消(特許)請求事件
原告X
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 内藤真徳
同 川向和実
同 小曳満昭
同 伊藤三男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/05/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2003-1766号事件について平成16年8月19日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が,その特許出願につき特許庁からなされた拒絶査定を不服として審判請求をしたところ,審判不成立の審決を受けたため,その取消しを求めて提起した訴訟である。
当事者の主張
1 請求の原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,平成12年12月29日,発明の名称を「耳栓及びイヤホーン」とする特許出願(甲3の(1)(2),以下「本件特許出願」という。)をした。その後原告は,平成14年6月25日に手続補正(甲4,以下「第1次補正」という。)を,平成14年11月8日に同じく手続補正(甲6,以下「第2次補正」という。)をしたが,平成15年1月14日に特許庁から拒絶の査定を受けた(甲7)ので,平成15年2月5日,これに対する不服の審判請求をするとともに,同じく手続補正(甲8,以下「第3次補正」という。)をした。
特許庁は,同請求を不服2003-1766号事件として審理した上,平成16年8月19日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年9月11日原告に送達された。
(2) 発明の要旨 ア 平成15年2月5日付け第3次補正書(甲8)に記載された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明の要旨は,下記のとおりである(以下の請求項1・2・3の発明を補正発明1・2・3という。)。
記 【請求項1】 「耳穴の内壁に密着して外耳道入り口付近を埋めることのできる鍔を有する背の高い帽子型の形状で,柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材で耳栓を成形し,耳栓の軸方向に通気孔を貫通させ,当該通気孔の装着時に於ける外側の開口部を漏斗状にし,当該開口部および開口部の延長としての底部が一般的な耳穴挿入式イヤホーンの音響発振用開口部を覆う構成である耳栓。」 【請求項2】 「前記耳栓の底部に,耳栓を形成する遮音材あるいは補強材を延長してイヤホーンを固定するための,側部を含む一部切り欠きを有する袋状のホルダーを形成して,耳栓を耳穴に挿入した状態のまま前記ホルダーにイヤホーンを挟み込んで耳栓に固定できるようにし,イヤホーンを取り外すことで耳栓を耳穴に挿入した状態のまま,外部音の聞き取りを可能にした請求項1に記載した耳栓。」 【請求項3】 「請求項1に記載した耳栓を取り外し可能な形態で取り付けたイヤホーン。」 イ なお本件審決は,次に述べるとおり,原告の第3次補正を却下し,原告の出願している発明のうち第2次補正(甲6)に係る特許請求の範囲記載の発明(以下「本願発明」という。)について判断しているが,その内容は下記のとおりである(以下の請求項1・2・3の発明を本願発明1・2・3という。)。
記 【請求項1】 「耳穴の内壁に密着して外字道入り口付近を埋めることのできる形状で,柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材で耳栓を成形し,耳栓の軸方向に通気孔を貫通させ開口部を漏斗状にした耳栓。」 【請求項2】 「前記耳栓の底部に,耳栓を形成する遮音材あるいは補強材を延長してイヤホーンを固定するための,側部を含む一部切り欠きを有する袋状のホルダーを形成して,耳栓を耳穴に挿入した状態のまま前記ホルダーにイヤホーンを挟み込んで耳栓に固定できるようんし,イヤホーンを取り外すことで耳栓を耳穴に挿入した状態のまま,外部音の聞き取りを可能にした請求項1に記載した耳栓。」 【請求項3】 「耳穴の内壁に密着して外字道入り口付近を埋めることのできる形状で,柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材で耳栓を成形し,耳栓の軸方向に通気孔を貫通させた耳栓を取り外し可能な形態で取り付けたイヤホーン。」 (3) 審決の内容 ア 審決の詳細は,別添審決謄本写し記載のとおりである。その要旨とするところは,補正発明1は,特表平5-501038号公報(審判「刊行物1」・本訴甲2,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項,17条の2第5項,126条4項,159条1項,53条1項の規定により,補正発明2・3を含めた第3次補正全体を却下すべきものとした上,補正前の本願発明1も,同様の理由により,引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項の規定により本願発明全体も特許を受けることができないというものである。
イ なお,本件審決は,引用発明を「耳導管の縁への挿入が制限され耳導管を充たす,外側表面が実質的に円筒形でその末端部に向って内方にわずかにテーパーがつけられた形状で,弾性があり圧縮からゆっくりと回復する柔軟重合体の発泡体でスリーブを成形し,該スリーブに通気管46を貫通する縦通路を設け,該縦通路の末端49は円錐形となっており,スリーブ43の先端側にある縦通路の末端49と該末端と連なるスリーブ43の底面は耳片41末端部の突出部を覆う構成であるスリーブ43」(審決3頁第3段落)と認定し,この引用発明と前記補正発明1とを対比・判断するに当たり,一致点及び相違点とした点は,次のとおりである。
<一致点> 耳穴の内壁に密着して外耳道入り口付近を埋めることのできる,柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材で耳栓を成形し,耳栓の軸方向に通気孔を貫通させ,当該通気孔の装着時に於ける外側の開口部を漏斗状にし,当該開口部および開口部の延長としての底部が音響伝達部材を覆う構成である耳穴挿入部材。
<相違点1> 耳穴挿入部材の外側表面形状に関し,補正発明1では「鍔を有する背の高い帽子型の形状」であるのに対し,引用発明1では「実質的に円筒形でその末端部に向って内方にわずかにテーパーがつけられた形状」である点。
<相違点2> 耳穴挿入部材に関し,補正発明1では「耳栓」であるのに対し,引用発明1では「スリーブ43」である点。
<相違点3> 耳穴挿入部材の,装着時における外側の開口部及び開口部の延長としての底部が,補正発明1では音響伝達部材の「音響発振用開口部」を覆うよう構成されているのに対し,引用発明1では音響伝達部材の「末端部の突出部」を覆うよう構成されている点。
(4) 審決の取消事由 しかしながら,審決は,第3次補正後の補正発明2・3について判断しなかった審理不尽があり(取消事由1),補正発明1と引用発明との相違点を看過し(取消事由2),補正発明1と引用発明との相違点1についての判断を誤った(取消事由3)結果,第3次補正を不当に却下し,仮に,第3次補正が却下されるべきであるとしても,本願発明1の進歩性の判断を誤り(取消事由4),第3次補正前の本願発明2の進歩性の判断を誤った(取消事由5)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由1(審理不尽) 本件特許出願に係る発明は第3次手続補正書に記載された【請求項1】〜【請求項3】記載の発明であるにもかかわらず,審決は,その【請求項1】に係る補正発明1のみを審理し,【請求項2】及び【請求項3】記載の発明である補正発明2・3について審理せず,何らの理由を示さないままなされたものであって,違法である。
被告が主張する東京高裁平成13年(行ケ)第105号事件についての判決は,審査の段階において拒絶されなかった請求項を含んでいながら原告が分割出願の手続をとらなかった事例であって,本件とは事例が異なる。
イ 取消事由2(相違点の看過) 補正発明1と引用発明とは,審決が認定した相違点1〜3のほか,@「開口部及び開口部の延長としての底部が一般的な耳穴挿入式イヤホーンの音響発振用開口部を覆う構成であって,補正発明1が連結部分を有することなく使用可能であり,汎用性を有する点」及びA「通気孔の外側の開口部を漏斗状にした点」においても相違するが,審決は上記@Aの相違点を看過したものである。
(ア) 上記@の点 審決は,引用発明について,「音響伝達部材末端部の突出部の音響発振用開口部も装着時に於ける外側の開口部及び開口部の延長としての底部に覆われることは明らかである」(審決5頁第1段落)としたが,引用発明は,突出部の形状と細長いプラスチック管46とのそれぞれが対になる構成で表されるものであって,「開口部の延長としての底部に覆われる」という文言によって表現される内容とは明らかに異なるものである。
(イ) 上記Aの点 補正発明1の漏斗状と引用発明の円錐形とは異なる形状であり,技術的思想の異なるものである。すなわち,引用発明の円錐形は,ボール42をソケット47に嵌合する際,ボール42を嵌合部に案内するために傾斜をつけたものである。本件明細書にも,球と凹部を嵌合させる例が記載されているが,連結手段を加えた場合の一例であり,連結手段を取り払った場合においても使用が可能である点で,補正発明1の漏斗状と引用発明の円錐形では技術的意味が異なる。
また,引用発明の円錐形の開口部に,市販されている一般的なイヤホーンをあてがおうとすると,孔径が小さすぎ,また,耳穴に挿入した耳栓が取り外しにくいものとなる。
さらに,引用発明において,プラスチック管46の延長である円錐部と耳穴の形状が一致せず,また,プラスチック管46は耳穴に挿入しやすい形に変形することは不可能であるから,耳栓がイヤホーンを包むように連結することは不可能である。
加えて,補正発明1は,上記Aに係る構成を具備することにより,一般的なイヤホーンの音響発振用開口部を覆い,イヤホーンを包み込むようにして密着し,イヤホーンの発信音を外部から遮断し,外界の雑音を遮断し,美しい音色での聞き取りを可能にする,通気孔を押しつぶすことなく確実に音響の伝達手段としての孔を確保し,美しい音色を伝達可能にする等の格別の効果を奏するものである。
ウ 取消事由3(相違点1についての判断の誤り) 審決は,補正発明1と引用発明との相違点1について,「耳穴挿入部材の外側表面形状を『鍔を有する背の高い帽子型の形状』とすることは,本件出願前に周知の事項である(例えば,登録実用新案第49106号公報,実願昭56-56451号(実開昭57-169312号)のマイクロフィルム,実願昭61-83695号(実開昭62-194332号)のマイクロフィルムを参照。)から,かかる周知の事項を引用発明に適用し,相違点1に係る補正発明1の構成とすることは,当業者にとって容易である。そして,相違点1により奏される効果にも格別のものは見いだせない」(審決4頁下から第3段落)と判断した。
しかしながら,補正発明1の耳穴挿入部材の外側表面形状は,鍔を有する背の高い帽子型の形状であることから,当該鍔は,漏斗状の開口部と一体で機能し,一般的なイヤホーンの音響発振用開口部を包むように覆うことを可能にし,使用後はその鍔部をつまみ持って耳穴より取り外すことができ,使い勝手を良くするものである。また,この形状により,イヤホーンに独立して存在する耳栓をリング状固定具により取り付け可能にすることができる。このような効果をもたらす相違点1に係る補正発明1は,容易に想到できたものではないから,これを容易とした審決の判断は誤りである。
エ 取消事由4(本願発明1の進歩性の判断の誤り) 仮に,第3次補正が却下されるべきであるとしても,補正前の本願発明1は,開口部が漏斗状である点が記載され,当該漏斗状の開口部は,市販されている一般的なイヤホーンを接合手段なしに組み合わせて使用可能とする,従来にはない技術的思想に基づくものであるから,その進歩性が肯定されるべきものである。
オ 取消事由5(本願発明2の進歩性の判断の誤り) 仮に,第3次補正が却下されるべきであるとしても,補正前の本願発明2が示すような技術的思想に基づく耳栓は,従来存在しなかったものであり,その進歩性が肯定されるべきである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)〜(3)の事実はいずれも認めるが,(4)は争う。
3 被告の反論 本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
(1) 取消事由1について 特許法49条は,「その特許出願に係る発明が・・・第29条・・・の規定により特許をすることができないものであるとき」は,「その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない」旨規定しており,この規定は,個々の請求項についてではなく,一つの特許出願について,拒絶査定という行政処分をなすべきことを規定したものと解され,審決は,この規定に従ってなされたものである。
この点に関しては,東京高裁平成13年(行ケ)第105号事件等が同旨の判示をしている。
(2) 取消事由2について ア 引用発明における「耳片41」は,耳穴に挿入して使用される一般的なイヤホーンであり,「音響発振用開口部」に相当するものを有していることは明らかであること,その音響発振用開口部が,耳穴挿入部材の装着時における開口部及び開口部の延長としての底部に覆われることも,図面の記載等から明らかであることからすれば,引用発明が補正発明1の「開口部及び開口部の延長としての底部が一般的な耳穴挿入式イヤホーンの音響発振用開口部を覆う構成」に相当する構成を有していることは明らかである。また,補正発明1が連結部分を有することなく使用可能であり,汎用性を有するとの点は,補正発明1に係る特許請求の範囲【請求項1】には記載されておらず,補正発明1の要件とはいえない。さらに,補正発明1は,引用発明のような連結部を具備するものを含んでいることも明らかである。
したがって,原告主張の点は補正発明1と引用発明との相違点ではなく,その前提を欠くものである。
イ また補正発明1の漏斗状と引用発明の円錐形との形状の違いについて検討すると,引用発明の「縦通路の末端49」は,補正発明1の「装着時における外側の開口部」に相当することは明らかであって,該「縦通路の末端49」の形状は円錐形となっている。「漏斗」とは,「形状が朝顔の花に似,その筒口を瓶・徳利・壺などの口にはめ,上部から酒・醤油・油などの液体を注ぎ入れるのに用いる器具」(広辞苑第5版)とされており,「漏斗状」とは「漏斗」として用いられるものの形状を指すものと考えられる。そして,円錐形が漏斗の形状として一般的であるのは明らかであるから,引用発明の「縦通路の末端49」の形状,つまり,装着時における外側の開口部の形状は「漏斗状」ということができる。したがって,補正発明1の「漏斗状」と引用発明の「円錐形」とが構成において相違しないことは明らかである。
(3) 取消事由3について 原告の主張は,補正発明1が原告主張の効果を有していることをもって,相違点1の克服が容易ではないというものであるが,補正発明1が原告主張の効果を有していることは,相違点1の克服が容易ではないことを意味しないから,失当といわざるをえない。耳穴挿入部材の外側表面形状を「鍔を有する背の高い帽子型の形状」とすること自体は周知であり,一般に,同一分野に属する公知技術周知技術を組み合わせることは,当業者の通常の創意工夫の範囲内であること,引用発明に上記周知の形状を採用できない理由はないことからすれば,相違点1の克服が当業者にとって容易であることは明らかである。
(4) 取消事由4について 本願発明1の構成をすべて含み,更に他の構成要件を付加した補正発明1は,引用発明及び周知の事項に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本願発明1も,同様の理由により,引用発明及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5) 取消事由5について 上記(1)のとおり
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の要旨)・(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,以下においては,本件審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断することとする。
2 取消事由1について 原告は,審決は本件特許出願の【請求項1】に係る補正発明1のみを審理し,【請求項2】及び【請求項3】記載の発明である補正発明2・3について審理せず,何らの理由を示さないままなされたものであって,審理不尽の違法があると主張する。
しかしながら,特許法49条は,「審査官は,特許出願が次の各号の一に該当するときは,その特許出願について拒絶をすべき旨の査定をしなければならない。<以下略>」と規定しているが,この規定によれば,一つの特許出願に複数の請求項に係る発明が含まれている場合であっても,そのうちのいずれか一つでも特許法29条等の規定に基づき特許をすることができないものであるときは,その特許出願全体を拒絶すべきことを規定しているものと解すべきである。原告は,本件のように複数の請求項を含む特許出願にあっては,拒絶査定の場合であっても請求項ごとに判断すべきものと主張するが,拒絶査定に関する特許法49条文言解釈としては,前記のように解釈するほかはなく,採用することができない。
したがって,審決が,本件特許出願の補正発明1が特許法29条2項の規定に基づき特許をすることができないものであるとして,補正発明2・3について審理せず,理由を示さなかったこと自体は,違法ということはできない。
原告の取消事由1の主張は理由がない。
3 取消事由2について (1) 原告は,補正発明1と引用発明とは,@「開口部及び開口部の延長としての底部が一般的な耳穴挿入式イヤホーンの音響発振用開口部を覆う構成であって,補正発明1が連結部分を有することなく使用可能であり,汎用性を有する点」及びA「通気孔の外側の開口部を漏斗状にした点」においても相違するが,審決は上記@Aの相違点を看過したものであると主張するので,以下,検討する。
(2) まず,上記@の点について検討する。
補正発明1と引用発明を対比すると,その構成及び機能からみて,補正発明1の「外耳道入り口付近」,「耳穴」,「柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材」,「通気孔」,「装着時に於ける外側の開口部」,「漏斗状」及び「底部」は,順次,引用発明の「耳導管の縁」,「耳導管」,「弾性があり圧縮からゆっくりと回復する柔軟重合体の発泡体」,「縦通路」,「縦通路の末端49」,「円錐形」及び「底面」に相当すると認められ,また,補正発明1の「耳栓」と引用発明の「スリーブ43」とは,「耳穴挿入部材」である点で,補正発明1の「一般的な耳穴挿入式イヤホーン」と引用発明の「耳片41」とは,「音響伝達部材」という点で共通すると認めることができるから,補正発明1の「耳穴の内壁に密着して外耳道入り口付近を埋めることのできる」こと及び「開口部および開口部の延長としての底部」は,それぞれ,引用発明の「耳導管の縁への挿入が制限され耳導管を充たす」こと及び「縦通路の末端49と該末端と連なる耳穴挿入部材の底面」ということができる。したがって,「両者(判決注,補正発明1及び引用発明)は,『耳穴の内壁に密着して外耳道入り口付近を埋めることのできる,柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材で耳栓を成形し,耳栓の軸方向に通気孔を貫通させ,当該通気孔の装着時に於ける外側の開口部を漏斗状にし,当該開口部および開口部の延長としての底部が音響伝達部材を覆う構成である耳穴挿入部材』という点で一致」(審決3頁最終段落)するとした審決の一致点の認定に誤りはない。
そうすると,引用発明に係る耳穴挿入部材の通気孔は,「通気孔の装着時に於ける外側の開口部を漏斗状にし,当該開口部および開口部の延長としての底部が音響伝達部材を覆う構成」を備えるものであり,上記@の「一般的な耳穴挿入式イヤホーン」は,音響伝達部材として特異な形状を有するものとは認められない。
そして,刊行物1(甲2)に,「本発明は補聴器の使用者が使い捨てできる取付け具の使用に関し,このため本発明はイヤホーン,音響又は再生ヘッドフォン,その他のような任意の音伝達装置を含んでいる」(3頁右上欄第2段落),「この新規な使用者-使い捨て可能取付け具は,耳内補聴器,・・・その他の音伝達装置と共に用いることのできるスリーブを備えている」(同第3段落)と記載されているように,引用発明は,「一般的な耳穴挿入式イヤホーン」を対象とすることが明らかであるから,その「開口部および開口部の延長としての底部」が,「一般的な耳穴挿入式イヤホーンの音響発振用開口部」を覆うことができるものと認められる。
また,上記@の「補正発明1が連結部分を有することなく使用可能」との点については,補正発明1は,耳栓とイヤホーンとを結合する構成について何ら規定するものではないから,上記主張は,補正発明1の要旨に基づかないものであり,失当というほかない。
したがって,上記@の点が相違点であるということはできない。
(3) 次に,上記Aの点について検討する。
ア 刊行物1(甲2)に,審決が認定した引用発明である「耳導管の縁への挿入が制限され耳導管を充たす,外側表面が実質的に円筒形でその末端部に向って内方にわずかにテーパーがつけられた形状で,弾性があり圧縮からゆっくりと回復する柔軟重合体の発泡体でスリーブを成形し,該スリーブに通気管46を貫通する縦通路を設け,該縦通路の末端 49 は円錐形 となっており ,スリーブ43の先端側にある縦通路の末端49と該末端と連なるスリーブ43の底面は耳片41末端部の突出部を覆う構成であるスリーブ43」(審決3頁第3段落,下線付加)が記載されていることは,当事者間に争いがなく,補正発明1と引用発明を対比すると,その構成及び機能からみて,補正発明1の「装着時に於ける外側の開口部」,すなわち上記Aの「通気口の外側の開口部」は,引用発明の「縦通路の末端49」に相当するものであると認められる。そして,審決は,補正発明1の「漏斗状」は引用発明の「円錐形」に相当する(同頁第4段落)とした上,補正発明1と引用発明とは,「耳穴の内壁に密着して外耳道入り口付近を埋めることのできる,柔軟にして,かつ,徐々に形状を復元する性質の発泡素材で耳栓を成形し,耳栓の軸方向に通気孔を貫通させ,当該通気孔の装着時 に於ける 外側 の開口部 を漏斗状 にし ,当該開口部および開口部の延長としての底部が音響伝達部材を覆う構成である耳穴挿入部材」(同頁最終段落,下線付加)の点で一致すると認定したのであるから,原告が相違点であると主張する上記Aの点について,一致点として認定したものである。
ところで,「漏斗」とは,「形状が朝顔の花に似,その筒口を瓶・徳利・壺などの口にはめ,上部から酒・醤油・油などの液体を注ぎ入れるのに用いる器具」(広辞苑第5版)を意味し,「漏斗状」とは「漏斗」として用いられるものの形状を指すものであるところ,円錐形は,漏斗の形状として一般的であることは当裁判所に顕著であるから,「漏斗状」は,円錐形を含むものであると認められる。したがって,上記Aの点が相違点であるということはできない。
イ 原告は,上記Aの点において補正発明1と引用発明との相違する理由として,(ア) 補正発明1の漏斗状と引用発明の円錐形とは異なる形状であり,技術的思想の異なるものであること,すなわち,引用発明の円錐形は,ボール42をソケット47に嵌合する際,ボール42を嵌合部に案内するために傾斜をつけたものであり,第3次補正に係る本件明細書(甲8)にも,球と凹部を嵌合させる例が記載されているが,連結手段を加えた場合の一例であり,連結手段を取り払った場合においても使用が可能である点で,補正発明1の漏斗状と引用発明の円錐形では技術的意味が異なること,(イ) 引用発明の円錐形の開口部に,市販されている一般的なイヤホーンをあてがおうとすると,孔径が小さすぎ,また,耳穴に挿入した耳栓が取り外しにくいものとなること,(ウ) 引用発明において,プラスチック管46の延長である円錐部と耳穴の形状が一致せず,また,プラスチック管46は耳穴に挿入しやすい形に変形することは不可能であるから,耳栓がイヤホーンを包むように連結することは不可能であること,(エ) 補正発明1は,上記Aに係る構成を具備することにより,一般的なイヤホーンの音響発振用開口部を覆い,イヤホーンを包み込むようにして密着し,イヤホーンの発信音を外部から遮断し,外界の雑音を遮断し,美しい音色での聞き取りを可能にする,通気孔を押しつぶすことなく確実に音響の伝達手段としての孔を確保し,美しい音色を伝達可能にする等の格別の効果を奏するものであることを挙げる。
ウ そこでまず,上記(ア)について検討すると,原告が指摘する事項は,引用発明の通気管46の縦通路の末端49を円錐形にする目的や補正発明1の実施例の存在を示すものであるが,仮に補正発明1の漏斗状と引用発明の円錐形とに係る技術的思想が異なるとしても,そのことは,外形的形状を規定した補正発明1の「漏斗状」と引用発明の「円錐形」に係る上記認定を何ら左右するものではない。次に,上記(イ)の点について検討すると,そもそも審決が認定した引用発明は,具体的寸法や材質が特定されているものではなく,原告が主張するような,孔径が小さすぎ,また,耳穴に挿入した耳栓が取り外しにくい形状のものに特定すべき理由はないから,原告の主張は前提において誤りである。さらに,上記(ウ)の点は,上記Aの「通気口の外側の開口部」に対応する引用発明の「縦通路の末端49」とは異なる部分に関するものであり,上記認定を何ら左右しない。上記(エ)の点は,原告主張の上記Aの構成が奏する効果をいうものであるところ,「漏斗状」が円錐形を含むものであることは上記のとおりであり,そうである以上,補正発明1の上記Aの構成が奏する効果は,引用発明と異なるものであるとは認められない。
(4) 以上検討したところによれば,上記@Aの点は,いずれも相違点であるとは認められず,審決に相違点の看過があるということはできないから,原告の取消事由2の主張は理由がない。
4 取消事由3について 原告は,補正発明1の相違点1に係る構成はその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が容易に想到できたものではないと主張するので検討する。
耳穴挿入部材の形状として,「鍔を有する背の高い帽子型」のものが周知であることは,原告も明らかに争わないところである。他方,引用発明が一致点に係る「耳穴挿入部材」であることは上記3(2)のとおりであるから,引用発明の耳穴挿入部材の形状に,周知の「鍔を有する背の高い帽子型」を採用して相違点1に係る構成とすることは,耳穴挿入部材という観点からすれば同一の技術分野に属するものとして,当業者が容易に想到し得ることである。
したがって,審決の相違点1についての判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は理由がない。
5 取消事由4について 原告は,仮に,第3次補正が却下されるべきであるとしても,第3次補正前の本願発明1は,開口部が漏斗状である点が記載され,当該漏斗状の開口部は,市販されている一般的なイヤホーンを接合手段なしに組み合わせて使用可能とする,従来にはない技術的思想に基づくものであるから,その進歩性が肯定されるべきものであると主張する。しかしながら,本願発明1の構成をすべて含み,更に他の構成要件を付加したものに相当する補正発明1の進歩性を否定した審決の判断に誤りがないことは,上記2〜4のとおりである。そうである以上,本願発明1も,同様の理由により,進歩性が否定されることは当然のことであり,原告の取消事由4の主張も理由がない。
6 取消事由5について 原告は,仮に,第3次補正が却下されるべきであるとしても,第3次補正前の本願発明2の進歩性が肯定されるべきものであると主張する。しかしながら,本願発明1が特許法29条2項の規定により特許を受けることができない以上,その特許出願全体を拒絶すべきであることは,上記2で述べたとおりであるから,原告の取消事由5の主張も理由がない。
7 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉