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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成14ワ6205特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成17ワ12576職務発明対価支払等請求事件 判例 特許
平成8ワ7430 判例 特許
平成8ワ1099 判例 特許
平成20行ケ10458審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 承継 /  発明者 /  有用性 /  新規性 /  物質発明 /  進歩性(29条2項) /  技術的範囲 /  出願公開 /  化学構造 /  発明の利用 /  薬事法 /  後発医薬品 /  権利の濫用(権利濫用) /  存続期間 /  延長登録 /  製造承認 /  置換 /  業として実施 /  特許発明 /  実施 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  侵害するおそれ /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  独占排他権 /  特許権者の許諾 /  対価 /  請求の範囲 /  拡張 /  相当期間 /  期間の延長 / 
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事件 平成 8年 (ワ) 11205号
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裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1997/08/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
一 被告は、平成一一年における後発品の薬価基準収載日の翌日まで別紙物件目録記載の製剤を製造し又は販売してはならない。
二 被告は、平成一一年一一月二日まで、アシクロビルを有効成分とし、「単純疱疹」又は「骨髄移植における単純ヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」を薬効とする製剤につき、製造承認申請、かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又は製造若しくは販売をしてはならない。
三 被告は、平成一二年五月一一日まで、アシクロビルを有効成分とし、「帯状疱疹」を薬効とする製剤につき、製造承認申請、かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又は製造若しくは販売をしてはならない。
四 被告は、平成一二年六月一五日まで、アシクロビルを有効成分とし、「水痘」を薬効とする製剤につき、製造承認申請、かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又は製造若しくは販売をしてはならない。
事案の概要
本件は、別紙特許権目録中の一に記載の特許権を有していた(但し、後述する用途(薬効)については存続期間の延長登録がなされている。)原告が、本件特許発明にかかる物質であるアシクロビルの原末を入手、使用して、別紙物件目録記載の製剤(以下「本件製剤」という。)の製造承認申請のための試験を行い、本件製剤につき厚生大臣から製造承認を受けた被告に対し、
@ 右製造承認申請のための試験にアシクロビル原末を使用することは本件特許権を侵害し、本件特許権の存続期間満了後直ちに本件製剤を製造販売することは、かかる侵害行為に依拠して違法な早期参入の利益を取得することになるから、被告による本件製剤の製造販売は不法行為を構成し、右侵害行為がなければ不可能であるはずの本件特許権存続期間満了後相当期間の製造販売行為の差止めを認めるのが相当である、
A 被告は、本件特許権の存続期間の延長の対象となった薬効に関する製剤についても、その延長期間中に後発品として製造承認申請をし、延長期間満了後直ちに当該製剤の製造販売を開始する可能性が高い、
と主張して、民法709条に基づき第一の一記載の判決を、特許法100条1項に基づき同二ないし四記載の判決を求めた事案である。
一 争いのない事実等1 当事者(一)原告は、肩書地に本店を有する一八八〇年に設立された英国の製薬会社であり、医薬品の製造販売を主たる業務としている。
(二)被告は、肩書地に本店を有する会社であり、医薬品の製造販売を主たる業務としている。
2 本件特許(一)原告は、別紙特許権目録中の一に記載の特許権を有していた(但し、後述する用途(薬効)については、存続期間の延長登録がなされている。以下、存続期間満了前の権利も合わせ、「本件特許」ないし「本件特許権」という。)。
(二)本件特許の技術的範囲(1)本件特許の特許請求の範囲第一項の記載は、別紙特許権目録中の二に記載のとおりである。
(2)特許請求の範囲第一項記載の発明(以下「本件特許発明」という。)は、いわゆる物質発明であって、当該特定の物質についてその権利範囲が及ぶものである。
(三)アシクロビル(1)本件特許発明のうち、Xを酸素(O)、R1をヒドロキシ(OH)、R2をアミノ(NH2)、R3、R4、R6を水素(H)、R5をヒドロキシ(OH)、
とする物質をアシクロビルといい、これを化学構造式で表わすと別紙特許権目録中の三に記載のとおりである。
(2)アシクロビルについては、左の用途につき左の期間、それぞれ本件特許の延長が認められている(以下、存続期間の延長の対象となった用途(薬効)を合わせて「延長された薬効」という。)。
@ 「単純疱疹 骨髄移植におけるヘルペスウイルス感染症(単純疱疹)の発症抑制」(但し、「単純ヘルペスウイルスに起因する下記感染症 免疫機能の低下した患者(悪性腫瘍・自己免疫疾患など)に発症した単純疱疹」を除く。)の用途につき三年八月一日(平成一一年一一月二日まで)A 「帯状疱疹(但し、「水痘・帯状疱疹ウイルスに起因する下記感染症 免疫機能の低下した患者(悪性腫瘍・自己免疫疾患など)に発症した帯状疱疹」を除く。)の用途につき四年二月一〇日(平成一二年五月一一日まで)B 「水痘」の用途につき四年三月一四日(平成一二年六月一五日まで)3 被告の行為等(一)被告は、アシクロビルを有効成分とする本件製剤につき、平成八年三月一五日、厚生大臣から製造承認を得、平成八年七月に薬価基準収載を受け、本件製剤を製造販売している。
(二)被告は、本件製剤について「新有効成分含有医薬品」(薬事法14条3項
同法施行規則18条の3第1号に基づく「医薬品の製造又は輸入の承認申請に際し添付すべき資料について」(昭和五五年五月三〇日薬発第六九八号厚生省薬務局長通知)別表2―(1)の「1医療用医薬品」の欄の(1)。いわゆる「新薬」。以下「先発品」ということがある。)として本件製剤の製造承認を得たのではなく、
原告が発売していた「ゾビラックス」の承認に基づいて、「その他の医薬品」(いわゆる「後発品」。以下「後発品」ないし「後発医薬品」ということがある。)(前記通知別表2―(1)左欄の「1医療用医薬品」の欄の(8))として製造承認を受けたものである。
(三)既に製造承認を受けた医薬品と有効成分が同一の医薬品については、重複する種々のデータの提出が不要であることから、「その他の医薬品」の場合、「新有効成分含有医薬品」に較べて製造承認申請に際して提出すべき資料が大幅に免除されており、前記通知別表2―(1)右欄によれば、本件製剤の製造承認申請に際しては、本件製剤の物理的化学的性質並びに規格及び試験方法等に関する資料のうちの「規格及び試験方法に関する資料」及び安定性に関する資料のうちの「加速試験に関する資料」の提出が必要とされており、「規格及び試験方法に関する資料」を作成するためには、性状、確認試験・純度・定量、水分、pH、重量偏差試験、発熱性物質試験、不溶性異物試験、無菌試験の各試験項目についての測定が必要となる。また、「加速試験」は、開始時及び一か月、三か月、六か月経過時点の安定性を確認する。なお、「その他の医薬品」に該当する医薬品の場合、「生物学的同等性試験に関する資料」も通常要求されるが、本件製剤のような静注製剤については不要とされている(甲四)。
(四)被告は、本件製剤の製造承認申請のために、アシクロビル原末を入手し、これを使用した本件製剤を製造して、提出すべき資料の作成に必要な試験を行った。
二 当事者の主張1 請求第一項に関して(原告の主張)(一)被告は、製造承認申請のための試験の際に、本件特許発明の対象であるアシクロビル原末を使用して一定の薬効を有する本件製剤を製造し、これを利用して製造承認申請のための試験を行ったものであるから、被告の行為は、特許発明実施としての使用に該当し、本件特許権を侵害したことは明らかである。
(二)なお、被告の右行為は、特許法69条1項の「試験又は研究」のための行為としても許されるものではない。
(1)特許法の目的は、発明を公開させて技術の発達を促すことにあるが、試験又は研究のためにする実施が特許権により禁じられてしまうのでは、かかる特許法の目的の実現が妨げられてしまうため、試験又は研究のためにする実施をきわめて例外的に特許権の効力の範囲外としたものである。したがって、特許法69条1項にいう「試験又は研究」の意義は、右趣旨に沿い、限定して解釈されるべきであり、
専ら純粋に技術の発展を目的とする試験又は研究のみが合法であると解すべきである。
(2)後発品の製造承認申請にあたって要求される「規格及び試験方法に関する資料」、「加速試験に関する資料」及び「生物学的同等性に関する資料」(静脈注射剤にあってはこの資料は免除されている。)は、後発品自体に関する試験によって得られるものであり、資料作成のために製造される製剤は、製品として発売されるものと同一のいわば製品サンプルである。このように、後発品の製造承認申請のための試験は、自らの製品サンプルに対しなされるものであり、製造承認申請に添付された資料は、製品サンプルに関するデータというべきものである。
そして、後発品は新有効成分を含有せず、医薬品の本質である有効成分の有効性、安全性は既に分かっているから、自らの製品サンプルに対しなされる製造承認申請のための試験には、当該発明の真の有用性を知るという意義は失われている。
このような医薬品の試験は、後発品の製造販売を目的とするものであり、純粋に医薬分野の技術の進歩を目的とするものではないから、69条1項の「試験又は研究」に当たらないことは明白である。
(三)(1)被告は、本件特許発明技術的範囲に属するアシクロビルを使用して本件製剤の製造承認を申請したものであるが、被告はかかる特許侵害によって初めて、平成八年七月の薬価基準収載にもとづく本件製剤の製造販売が可能となったものである。
すなわち、存続期間の延長のない用途について、本件特許の満了日である平成八年年三月一日より後に、剤型の検討のための試験を行い(少なくとも三か月程度は必要である。)、そのうえでアシクロビル製剤の製造承認申請のための試験(六か月の安定性試験を含む。)をし、その試験結果をまとめ(少なくとも一か月程度必要である。)、製造承認申請を行うとすれば、通常、製造承認を得るまでには申請後約一年半を要するので、アシクロビル製剤の薬価基準収載が可能となるのは、早くても平成一一年度の後発品の薬価基準収載、すなわち、平成一一年七月とならざるを得ない(七月の薬価基準収載のための申請は、通常三月末ないし四月初旬までに行われる必要がある。)。この場合には、アシクロビル製剤の製造販売の開始は早くても平成一一年七月以降にならざるを得ない。
(2)本件製剤の製造販売自体は本件特許の満了後の行為であるから、本件特許権の侵害行為そのものではない。しかしながら、被告が本件特許の存続期間中に本件製剤の製造承認申請のための試験を行ったことは明らかに本件特許権の侵害行為であり、このような特許権侵害行為を不可欠の前提とする、特許権存続期間満了前に取得した製造承認に基づき、特許権存続期間満了後に直ちに製造販売が開始できるという事態を容認するとすれば、本来得られるはずもない早期参入の利益を取得することを企図する特許権侵害者に対し、特許権侵害という歴然たる違法行為を奨励するに他ならず、ひいては、開発及び権利の取得に莫大な投資と極めて長い期間を要するこの種の特許権の価値を著しく減じることになる。
しかも、製造承認申請のための試験における特許権の実施および製造承認申請行為は全て秘密裡に行われ、特許権者は、厚生大臣により製造承認がなされた後に初めて侵害行為がなされたことを知りうるに過ぎず、実際には、かかる侵害行為を事前に差し止める妨害予防の機会はないから、かかる侵害行為に起因する早期参入を差し止め得るとしない限り、かかる侵害行為を抑止する法的手段は、実際上存しないことになってしまう。また、明白な特許権侵害によって被告が得た違法な早期参入利益は、直ちに特許権者の莫大な損害を意味するものであり、その回復は著しく困難であるから、かかる損害の発生を事前に差し止める必要性は高い。
よって、特許権存続期間中、被告による製造承認申請のための試験を差し止めることは、本来、特許権に基づく妨害予防請求権により認められているところ、このような救済を実効あらしめるために、実質的に唯一の手段として、当該特許権を侵害する不法行為がなければ不可能であるはずの特許権存続期間満了後の相当期間の製造販売行為の差止めを認めるのが相当であり、この救済を損害賠償に限ることは、損害の性質、莫大さ及び救済の緊急性等からみて不合理といわざるを得ない。
(3)したがって、被告が、本件特許の存続期間中の侵害行為に基づき、平成八年七月に薬価基準収載を受けて本件製剤の製造販売を開始する行為は、民法709条不法行為に該当し、しかも、かかる不法行為は特許権の侵害に依拠するものであるから、特別法に基づく差止請求権の趣旨を拡張して、特許権者に差止請求権を認めるのが相当である。
(被告の主張)(一)被告が本件製剤の製造承認申請のための試験にアシクロビル原末を使用したことが、本件特許権を侵害するとの主張は争う。
(二)原告は、不法行為に基づき、本件製剤の製造販売の差止めを請求しているが、原告には現在侵害されている権利はない。
本件特許権はその存続期間の満了とともに既に消滅し、本来自由な第三者の行為を制限して原告が市場を独占することができる権利はないし、被告が本件特許権の存続期間満了後に本件製剤の製造承認申請及びそのための試験を行えば、原告がなお二年四か月市場を独占することができるというのは、医薬品の製造承認に日時がかかることによる原告の反射的利益に過ぎず、権利として保護されるものではない。
そもそも、特許期間満了後直ちに後発品による競争が開始されることは、特許法上当然のことであり、医薬品の特許権に限って、二年四か月もの間特許権の存続期間が延長されるのと等しい結果となるのは、明らかに不当である。
また、不法行為に基づく差止請求を認めることが一般論として可能であったとしても、特別法で特に認められた差止請求権が消滅した後で、一般法である民法の不法行為に関する規定によって差止請求権が認められる余地はない。
2 請求第二項ないし第四項に関して(原告の主張) 被告は、本件製剤について、存続期間の延長が認められた用途以外の用途につき、本件特許権を侵害することを顧みずに製造承認申請のための試験を行い、本件特許権の期間満了後直ちに本件製剤の製造販売を開始して違法に早期参入の利益を得ようとしている。そのような被告が、延長された薬効に関してのみ特許法を遵守して存続期間満了まで製造承認取得のための行為を一切行わないということは考えにくい。しかも、延長が認められた薬効は、原告が製造販売している「ゾビラックス錠二〇〇」「ゾビラックス錠四〇〇」「ゾビラックス軟膏五%」「ゾビラックス顆粒四〇%」に対応するが、これらの製剤は注射剤に比して市場での売上高が大きく、後発品メーカーにとって注射剤以上に魅力的な商品であるし、製造承認取得のための行為が秘密裡に行われ、原告を含む第三者はこれを知ることができないという事実に配慮すれば、延長された薬効についても、本件製剤におけるような事態を惹起するおそれは大きい。
したがって、被告には、本件特許発明技術的範囲に属するアシクロビルを使用等の行為により実験し、延長された本件特許を侵害するおそれがあるので、原告は、特許法100条1項に基づき、延長された薬効に関する製剤の製造承認申請、
かかる申請に関する資料作成のための試験、剤型検討のための試験又はその製造販売の差止めを求める権利を有する。
(被告の主張)(一)特許法67条2項は、特許権者が特許発明を「実施」できなかった場合に、
特許権の存続期間を延長することができる旨規定しているが、具体的には、特許権者が薬事法製造承認を得るために必要であった期間に限り、存続期間を延長するというものであって、製造承認を得るために必要な特許品の使用が「実施」に該当しないことを当然の前提としている。製造承認を得るための被告の行為が本件特許発明の「実施」に該当するとの原告の主張によれば、原告も「実施」していたことになり、本件特許の存続期間の延長は認められないことになる。
したがって、存続期間が延長された特許については、延長の対象となった薬効を有する製剤の製造承認を得るために必要な試験は、当該特許発明実施には当たらない。
(二)また、本件特許権は薬効別にその存続期間が延長されており、特許権の効力が当該薬効に限定されていることは明らかであって、存続期間の延長された特許権は用途発明と同一の効力しか有しない。後発品として製造承認申請をする際に提出すべき資料は、先発品との同等性確認に関する資料、規格及び試験方法に関する資料、加速試験に関する資料に過ぎず、延長された薬効の有無に関する試験データは提出しないのであるから、本件特許の対象であるアシクロビル原末を使用することはあっても、延長の根拠となる用途の実施はない。
したがって、延長された薬効についての後発品として、製造承認申請のための試験を行うことは、特定の薬効に限って存続期間が延長された本件特許権を何ら侵害するものではない。
(三)仮に、被告が後発品の製造承認申請のための試験にアシクロビル原末を使用することが形式的には本件特許発明の「業として」の「実施」に当たり、本件特許権の侵害を構成するとしても(もっとも、後発医薬品製造承認を求めるに必要な生物学的同等性確認の実験も、特許法69条1項の「試験又は研究」に該当すると考える余地がある。)、そのことから直ちに、特許権者による差止請求を認めるべきではない。
(1)特許制度は、発明者ないし特許権者に独占的な実施権を与えて、市場独占による経済的利益を得させることで発明の奨励を行おうとするものであるが、その独占期間は限定されており、期間経過後は、第三者に当該発明の自由な利用を許すことが前提となっている。独占的実施権(特許法68条)の実効化のため特許権者に与えられる差止請求権(同法100条)は、結局は、特許権の存続期間中に、発明者(特許権者)が当該発明を独占して経済的利益を得ることを認めるために必要な手段として法定されたものであって、それ自体絶対的なものではない。したがって、たとえ特許権の存続期間中に形式的に侵害を構成する行為があっても、特許権の存続期間中は特許権者が独占している市場に出ないことが明らかで、特許権者の経済的利益が何ら損なわれない場合には、特許権者に差止請求権を認めるべき理由も必要性もない。
厚生省は、後発品の製造承認は特許権の存続期間が満了してから行うこととしており、被告が延長された特許期間中に事業を開始することはなく、その期間中に市場独占による原告の経済的利益は全く害されない。
(2)そればかりか、仮に存続期間満了後直ちに後発品に対して製造承認がなされても、実際の製造販売が可能となるのは更に先のことである。後発品を健康保険の対象医薬品として販売するためには、毎年一回(七月)しか行われない薬価の追補に収載されることが必要であるが、それに間に合わせるには三月一四日までに製造承認を受けなければならず、それ以降の製造承認であった場合には、翌年七月の収載まで待たなければならない。原告の市場独占の利益は、延長された特許期間は勿論、更に四か月ないし一年四か月もの間、完全に守られている。
原告の請求が認められるならば、後発医薬品製造承認を得るのに相当の日時を要する結果、医薬品について特許権者により市場独占期間が法の定めなく事実上延長されることになるし、医薬品特有の事情による特許権者の不利益は、特許期間の延長制度によって解消が図られており、医薬品の特許権についてのみ、更なる延長を認めるべき理由はない。
(3)したがって、後発品の製造承認申請のための試験にアシクロビル原末を使用することが本件特許発明実施に当たるとしても、かかる行為に違法性はない。また、原告の請求は、二重の特例を求めようとするものであって権利の濫用である。
(四)そもそも被告は、延長された薬効について、後発品として製造承認の申請をするかどうかは全く未定であるし、実際の製造承認は、延長された存続期間の満了後にしかなされず、被告による製造販売はそれ以降であるから、差止請求権の前提たる「侵害又はそのおそれ」はない。
当裁判所の判断
一 請求第一項について 被告は、その事業の一環として本件製剤の製造承認申請のための試験を行うに際し、本件特許の技術的範囲に属するアシクロビル原末を使用して、本件製剤を製造したのであるから、被告の行為は、本件特許発明業として実施に該当する。
しかしながら、被告の右行為は、以下に述べるとおり、特許法69条1項に規定する「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当し、本件特許権の効力は及んでいなかったものと解される(なお、被告は、本件製剤の製造承認申請のための試験が特許法69条1項の「試験又は研究」に該当するか否かについては、第二、二2中の被告の主張(三)冒頭部分以上の明確な主張は行っていないが、後発品の製造承認申請のための試験の際に本件特許発明実施を行った事実は被告の主張するところであり、同事実に特許法69条1項を適用するか否かを判断することは裁判所の職責であって、右条項を適用することに弁論主義違背の問題はない。)。
1 特許権者は、業として特許発明実施をする権利を専有し(特許法68条本文)、特許権は独占排他権であるから、特許権者の了解なくして特許発明業として実施することは原則としてできない。
他方、特許法の目的が発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する(特許法1条)ことにあることからすれば、独占排他権である特許権の効力も、特許権を保護することによる発明者又はその権利の承継人の利益と、特許権という独占権を認めることによるマイナスの効果を抑え、社会一般の利益とのバランスを図るという産業政策上の見地から制限されることがあるのは当然である。
しかも、特許制度は我が国の諸法制の一分野であって、他分野と関係なく存在するものではなく、他分野の法制と整合、調和して存在すべきものであり、現に特許法は、32条69条2項・三項、93条などに見られるように、公益目的から特許権の成立及び内容に種々の制限を加える規定を置いており、特許法が目的として掲げるところも、関係する諸制度との整合、調和を考慮した上での発明の保護、産業の発達への寄与と解すべきものであり、そうであってこそ、特許権者の利益と社会一般の利益との調整を図ることができるものである。
特許法69条1項は、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明実施には、及ばない。」旨を明らかにしているところ、前記のような特許法の立法趣旨に鑑みると、特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明実施」の意味の解釈にあたっては、特許法自体の諸規定と特許制度に関連する諸制度とを、特許権者の利益と第三者ないしは社会一般の利益との調整という観点から考量して決するべきものと解される。
2(一)特許制度は、特許権者に業として特許発明実施をする権利を専有させ、
経済的利益を独占させることで発明を奨励することを一つの根幹とするものであるから、特許権者又は特許権者の許諾を受けた者の実施行為と直接競業することになる実施行為や、譲渡の対価及び使用による便益の対価の収受並びに製造物の蓄積・保存等の直接の利益を目的とする実施行為は、試験又は研究の名目で行われたとしても、特許法69条1項所定の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当しないことは当然である。
(二)他方、特許法は、技術の進歩を図り、産業の発達に寄与することを目的とするから、技術を次の段階に進歩させることを目的とする試験又は研究のための実施が、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たることは明らかであるし、特許法が発明の利用をその公開によって図っているのは、関心のある第三者に発明の内容に接することを可能にして社会一般の技術水準を特許発明の水準にまで向上させることを目的としているのであるから、明細書に開示されたところに基づいて、その特許発明実施を追試験し、実施上の問題点を認識、
解決し、効率的な実施の具体的条件を探求するための試験又は研究、言い換えれば、当該特許発明の技術レベルに達するための試験又は研究のための特許発明実施も、特許法69条1項により、特許権の効力が及ばないものと解するのが相当である。
(三)また、右のような専ら技術水準の向上に資するための試験又は研究ばかりではなく、特許発明実施可能であるか否か、従来技術と対比して新規性進歩性があるか否かを確認するための試験又は研究、すなわち、結果如何によっては、特許の異議あるいは無効審判請求の証拠とすることを目的とし、特許権者の利益に反することとなる試験又は研究も、所定の要件を具備した発明に対してのみ特許権による保護を与え、誤って要件を具備しない発明が特許登録された場合には、異議・無効審判請求等の手続により特許の効力を消滅させることを予定している特許制度全体の趣旨や、特許制度自体を健全に維持、運営するという社会一般の利益という観点からすれば、特許法69条1項所定の「試験又は研究」に該当するものとして、
そのための特許発明実施には特許権の効力が及ばないものと解するのが相当である。
3 更に、前記1及び公益目的に資する試験又は研究も特許法69条1項所定の「試験又は研究」に含まれると解されること(前記2(三))に加え、以下の諸点に鑑みると、被告が行った本件製剤の製造承認申請のための試験も、特許法69条1項所定の「試験又は研究」に該当し、その際の特許発明実施には特許権の効力が及ばないと解するのが相当である。
(一)特許権の存続期間は法律で定められ、一定の要件を具備した特許権については存続期間の延長も認められているが、存続期間が経過すれば、何人であっても特許されていた発明を自由に実施することができ、前日までの特許権者はそれを制限することはできない。
それは、発明を公開した者に対し、その代償として一定期間、業としてその発明を実施する権利を専有させるが、その期間経過後は、一般社会の誰もがその発明を実施することができるものとすることによって競争が可能な状態を回復し、特許権者の利益と一般社会の利益との調和を求めつつ、技術の進歩と産業の発達を図る特許制度のもう一つの根幹を具体化したものであり、そのことは、当該発明の技術の発展への貢献の度合、発明の過程で投下された資金や労力、発明の実施がもたらす利益の多寡等の観点から見た発明の価値の高低に関係するものではない。
(二)右のように、特許権の存続期間の経過により、特許されていた発明を自由に実施することができるといっても、それは特許法上の制約がないというに過ぎず、
他の法令による規制を受けることがありうることは当然である。本件のような医薬品については、薬事法による規制を受けるものであり、同法によれば、厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品以外の医薬品を製造し、輸入しようとする者は、厚生大臣の承認を受けることを要するものであり(同法12条1項13条1項14条1項23条)、厚生大臣は、医薬品等につき、これを製造しようとする者からの申請があったときは、品目毎にその製造についての承認を与える(同法14条1項)もので、承認には、申請に係る医薬品等の名称、成分、分量、用法、用量、効能、性能、副作用等を審査して行う(同条二項)ものとされ、右承認を受けようとする者は、厚生省令で定めるところにより、申請書に臨床試験の試験成績に関する資料その他の資料を添付して申請しなければならない(同条三項)。
本件においては、被告は、本件製剤の製造承認申請に必要な資料を得ようとして、本件特許権の技術的範囲に属するアシクロビル原末を使用して本件製剤を製造し、「規格及び試験方法に関する資料」及び「加速試験に関する資料」を得るための各種試験を行い、これによって得た資料を添付していわゆる後発品の製造承認を申請し、本件製剤の製造承認を得たものである。もっとも、被告は、右試験のためにその限りで本件特許発明実施したが、これによって直接収益を得たわけではなく、本件特許発明実施によって原告と直接競業したものでもない。
(三)薬事法は、医薬品等の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うこと等により保健衛生の向上を図ることを目的とする(薬事法1条)ものであり、同法に基づく医薬品の製造承認のための審査は、医薬品の有効性や安全性の確保を目的とする極めて公益性の強いものであって、その承認申請に添付すべき審査資料を得るための各種試験が要求されるのも、同様に医薬品の有効性や安全性を確保し、国民の保健衛生の向上に資するという目的を達成するためである。
薬事法が、後発品製造者に対しても、その製造承認にあたり、一定の年月を要する「規格及び試験方法に関する資料」及び「加速試験に関する資料」(生物学的同等性に関する資料も要求されるが、本件製剤では免除されている)を得るための各試験の実施とそのデータの添付を求め、相当の期間をかけて審査を行うのは、ひとえに将来後発品を投与されるであろう多数の患者の安全を確保するため、既に充分な資料による審査を経、市販後六年間のデータに基づく再審査でも承認を拒絶する事由のないことを確認された先発品と品質において同等であり、同様の有効性、安全性があることを担保するためであり、当該医薬品に関する特許権者又は先発品製造業者の独占的地位を保障することを目的とするものでは決してない。
(四)他方、本件製剤の製造承認申請のための試験が本件特許権の侵害にあたるとの原告の主張を前提とし、本件特許権の存続期間満了に右試験を開始すべきものとすれば、原告の計算によれば、剤型の検討のための試験に少なくとも三か月、その後に行う本件製剤の製造承認申請のための試験に六か月、その試験結果をまとめるのに少なくとも一か月がそれぞれ必要となり、製造承認を得るまでには申請後約一年半を要するので、それまでで、存続期間満了後合計二年四か月を要することとなり、更にアシクロビル製剤の薬価基準収載が可能となるのは、早くても平成一一年七月とならざるをえず、この場合には、本件製剤の製造販売の開始は早くても平成一一年七月以降となる。
このような結果は、原告が、特許権の存続期間満了後もなお本件特許発明を排他的に実施することができることと同様であり、立法目的を異にする薬事法上の規制の効果によって、特許期間経過後は誰もがその発明を自由に実施することができるとする特許法の根幹の一つの例外を設けることになる。
(五)このように、薬事法が医薬品について製造承認を要するものとするのは、医薬品の品質、有効性及び安全性の確保を目的とするものであり、発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、産業の発達に寄与するという特許法の目的とは別のものであるけれども、医薬としての有効成分を有する物質の発明及び医薬品の発明の実施薬事法による規制は実際上関係する面があり、特許権の存続期間の延長登録の理由とする処分として薬事法14条1項等の承認が定められている(特許法施行令1条の3)など、薬事法に基づく規制と特許制度の調整が必要なことは、
特許法自体が予定しているところである。
(六)右(一)ないし(五)の諸点、とりわけ、特許権の存続期間経過後は何人も特許されていた発明を実施することができることは特許制度の根幹の一つであること、薬事法が、後発の医薬品の製造承認の申請に一定の期間を要する実験によるデータを添付することを求め、一定の期間をかけて審査するのは、後発品が先発品と品質において同等であり、同様の有効性、安全性があることを担保するためであり、当該医薬品に関する特許権者又は先発品製造者の独占的地位を保障することを目的とするものではないこと、薬事法に基づく規制と特許制度の調整が必要なことは特許法自体が予定していること、被告は本件製剤の製造承認申請のための試験に本件特許発明実施したが、これによって直接収益を得たわけでもなく、本件特許発明実施によって原告と直接競業したものでもないこと、更に前記1及び2(三)を考慮すれば、薬事法に基づき、いわゆる後発品の製造承認の申請に添付する目的で、必要な試験としてされた特許発明実施は、それが特許権の存続期間内に後発品の製造販売を開始するためのものでない限り、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当し、特許権の効力は及ばないものと認めるのが相当である。
(七)被告は、本件製剤につき薬事法14条所定の製造承認を得たが、実際に本件製剤の製造販売のため薬価基準の収載を受けたのは、本件特許権の存続期間の経過後であり、本件製剤が本件特許発明技術的範囲に属することを認めていることからすれば、被告が本件製剤の製造承認申請のための試験を行ったのは、本件特許権の存続期間経過後に製造販売する目的であり、存続期間中に製造販売する目的はなかったものと認定することができる。
4 以上のとおり、被告が、本件特許権の存続期間中に行った本件製剤の製造承認申請のための試験は、特許法69条1項に規定する「試験又は研究」に当たり、本件特許権の効力が及ぶものではないから、違法性はない。
したがって、この点を前提とした、請求第一項の請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。
二 請求第二項ないし第四項について1 右一のとおり、特許の対象となった化学物質を有効成分とする後発品の製造承認申請のための試験は、当該特許権の存続期間中に右製剤を製造販売する目的がない限り、特許法69条1項所定の「試験又は研究」に該当すると解すべきであるところ、右一3(七)のとおり、被告には、本件特許権の存続期間中に本件製剤を製造販売する目的はなかったものと認められるのであるから、延長された薬効に関するアシクロビル製剤についてもその延長期間中に製造販売するものとは認められず、延長期間中に右アシクロビル製剤の製造承認申請のための試験及びその製造販売の差止めを求める原告の主張には理由がない。したがってまた、製造承認申請のための試験が特許権の侵害を構成することを前提とした製造承認申請自体の差止請求も理由がない。
2 また、剤型検討のための試験は、後発医薬品製造業者による製剤化のための基材その他の配合物の配合処方の検討であるから、医薬品として有効性を有し新規物質の特許発明技術的範囲に属するアシクロビルを、医薬品として使用する際の具体的条件を探求するための試験、すなわち、前記一2(二)に記載した「試験又は研究」に他ならず、本件特許権の効力が及ぶものではない。よって、この点に関する原告の請求も理由がない。
三 以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法89条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙特許権目録一(1)登録番号 第一〇九〇八二〇号(2)発明の名称 置換プリン(3)出願 昭和五一年三月一日(特願昭五一―二二〇四九号)(4)出願公開 昭和五二年九月三日(特開昭五二―一〇五一九五号)(5)出願公告 昭和五六年八月三日(特公昭五六―三三三九六号)(6)登録 昭和五七年三月三一日二 特許請求の範囲第一項の記載式(1)<33929-001>〔式中Xは硫黄或は酸素であり;R1はハロゲン、アジド、メルカプト、低級アルキルチオ、アミノ、ヒドロキシまたは低級アルキルアミノであり;R2は水素、ハロゲン、アミノまたはアジドであり;R3は水素であり;R4は水素であり;R5は水素、ヒドロキシ、アミノ、ヒドロキシ低級アルキル、ベンゾイルオキシ、または基―〇〇C・R7(但し、R7は場合によりカルボキシ基により置換されていてもよい炭素原子一〜四個を有するアルキル基である)であり;そしてR6は水素であり;但しXが酸素であり、R2、R3、R4、およびR6が水素であり、かつR5が水素またはヒドロキシであるときには、R1はアミノまたはメチルアミノではなく;またR2が水素であるときには、R1は塩素ではない〕で示される置換プリン或はその塩。
三 アシクロビル1 化学構造式<33929-002>2 なお、右1の化学構造式は、
左の化学構造式と同一の物質を指すものである。
<33929-003>物件目録「点滴静注用ナタジール」を品名とする一本につきアシクロビル二五〇mgを含有する注射薬
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