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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成8ワ6677 判例 特許
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成14ワ3043特許権侵害差止請求事件 判例 特許
判例 特許
平成9ネ1476 判例 特許
関連ワード 発明者 /  物の発明 /  製造方法 /  使用方法 /  新規性 /  進歩性(29条2項) /  発明の利用 /  実施料相当額 /  薬事法 /  農薬取締法 /  後発医薬品 /  存続期間 /  延長登録 /  製造承認 /  不存在 /  業として実施 /  特許発明 /  実施 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  実施料 /  不法行為(民法709条) /  実施権 /  特許権者の許諾 /  発明の実施である事業 /  事業の準備 /  期間の延長 /  追認 / 
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事件 平成 9年 (ネ) 1563号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1998/10/28
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴人の当審で追加した請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 控訴人1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、平成一〇年七月二一日が経過するまで、原判決別紙目録記載の医薬品を販売してはならない。
3(当審で追加した請求)被控訴人は控訴人に対し、金三七五万〇五九一円を支払え。
4 訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
5 仮執行の宣言二 被控訴人主文と同旨
事案の概要
本件は、控訴人が被控訴人に対し、本件特許権(平成八年一月二一日存続期間終了)に基づき、又は被控訴人による不法行為の効果として、平成一〇年七月二一日が経過するまで原判決別紙目録記載の医薬品(以下「本件製剤」という。)の販売の差止めを求め、さらに当審における追加的請求として、本件特許権存続期間中に被控訴人がした本件製剤の製造使用につき、本件特許権侵害による不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実1 当事者及び本件特許権については、原判決事実及び理由欄第二(事案の概要)の一(争いのない事実)の1、2項(原判決四頁末行から一七頁一〇行目まで記載のとおりであるから、これを引用する。
2 存続期間中の本件製剤の製造使用 被控訴人は、本件特許発明と同一のメシル酸カモスタットを含む医薬品である本件製剤につき薬事法14条の定める製造承認の申請をするために、同法施行規則18条の3により、その申請書に添付する必要のある、@規格及び試験方法、A加速試験、B生物学的同等性試験(以下、右@ないしBを併せて「各種試験」という。)に関する資料の作成を目的として、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用した。
各種試験は、後発医薬品製造承認申請において必要な資料を得るための試験であり、その試験内容は、次のとおりである。
(一) 規格及び試験方法 性状試験、確認試験、定量法試験、製剤試験等を含み、当該医薬品の製剤の性状、品質の規定、有効成分の組成、含量等の規定を試験するものである。
(二) 加速試験 一定の流通期間中の品質の安定性を短期間で推定するために実施する試験であり、市販の製品と同じ包装を施した状態の検体を、気温摂氏四〇度、湿度七五パーセントの条件下で六か月以上保存し、試験開始時を含め四時点で検体の状態を確認するために(一)の規格試験の一部を行うものである。
(三) 生物学的同等性試験 先発品と生物学的に同等であることを証明するために実施する試験であり、健康人に臨床投与経路で一回投与し、適切な休薬期間をおいた交叉試験によって血中濃度を測定し、先発品と比較するものである。
3 製造承認の取得及び製造販売の準備 被控訴人は、本件特許権存続期間中から、本件製剤の製造、販売のための準備を開始していたところ、平成八年三月一五日、本件製剤につき製造承認を受けた。
二 争点1 被控訴人が、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用した行為が、本件特許権の侵害に当たるか。
(一) 右行為が、本件特許発明業として実施したことに当たるか。
(二) 右行為が、試験又は研究のためにする本件特許発明実施(特許法69条1項)に当たるか。
(三) 被控訴人が右行為によって製造した本件製剤が、控訴人の販売する本件特許権に係るメシル酸カモスタット製剤と市場で競合することがない故に、右行為が実質的違法性を伴わないものといえるか。
2 被控訴人による本件製剤の製造及び各種試験への使用行為が、本件特許権の侵害に当たるとした場合に、
(一) 控訴人は被控訴人に対し、本件特許権存続期間終了後に、本件特許権に基づき、又は本件特許権侵害不法行為の効果として、平成一〇年七月二一日が経過するまで本件製剤の販売の差止めを請求することができるか。
(二) 被控訴人が控訴人に対して支払うべき損害賠償額はいくらか。
三 争点に関する控訴人の主張の要点1(一) 争点l(一)について 物の発明において、その物を生産し、使用する行為は実施に当たり(特許法2条3項1号)、また、個人的あるいは家庭的な実施以外の実施を「業として実施」と解するのが通説であるから、被控訴人が、製造承認申請のため、本件特許発明と同一のメシル酸カモスタットを含む医薬品である本件製剤を製造し、各種試験に使用したことが、本件特許発明の「業として実施」に該当することは明白である。
被控訴人は、特許法67条2項の「その特許発明実施」等と「業として実施」が同じ意味であるとして、特許法の規定から本件製剤の製造、使用が「業として実施」に該当しないと主張するが、それが同一の意味であるとは解されないものであり、そのように解する必要もない。
(二) 争点1(二)について 被控訴人が本件製剤を製造し、各種試験に使用したことは、試験又は研究のためにする本件特許発明実施(特許法69条1項)に該当しない。
(1) 特許法69条1項の文言上は、同項が、試験研究のための特許発明実施一般に広く適用されるようにも読める。しかし、そのように解するとすれば、例えば、ある種の測定法に関する試験研究の方法そのものの特許発明に関しては、およそ侵害となるべき行為の想定が困難となり、あるいは大学や研究機関で行われる試験研究のすべてが特許権を侵害しないということにもなりかねない。
このようなことから、特許法69条1項は、特許発明の技術的内容を確認する行為に限定して適用されるべきであるとするのが一般的な学説であり、そのような行為として、具体的には、特許発明の技術的効果を確認するための調査、特許の対象となっている技術についての新規性進歩性等の要件を確認するための調査、特許発明を迂回し特許権を侵害しないような技術を探索する行為、発明の改良を遂げ、
より優れた技術を開発するために行われる調査等が挙げられている。
これらの調査等は、特許法が、発明の開示を登録要件とし、特許発明の技術内容が当業者に理解されることを前提としていること、特許要件を具備しない技術が過誤登録されたときにこれを無効とすることは特許法の目的に沿うものであること、
開示された技術を基礎として改良を加える行為は特許法の目的に照らして奨励されるべきものであることから、これらにつながるものとして特許権の効力の範囲外とされるのである。
これに対し、特許発明の経済的効果を確認する行為等については、将来の販売目的のみのための実施であり、特許発明の技術的効果の確認、特許の要件の存否の確認を目的とするものではなく、まして、何らかの技術進歩を目的とする行為でもないから、特許法69条1項の対象外であると解すべきである。
しかるところ、後発医薬品製造承認申請において必要な資料を得るために行われる各種試験は、いずれも極めて単純な試験であり、本件製剤の製造承認を得るために、本件製剤が本件特許発明の化合物と同一であることを証明するデータを作成することのみを目的にして行われるものであって、これらの試験によって、本件特許発明の対象に何らかの改良、新しい知見ないし情報をもたらすものでないことは明白である。
仮に、服用しやすい剤型の工夫等の改良の端緒となる資料を得られる可能性があるとしても、その程度の本件特許発明の価値と比較してあまりにマイナーな改良にすぎないものは、特許権者の利益を犠牲にしてまで適法と評価されるような改良であるとはいい難く、特許法69条1項の試験研究には当たらない。
したがって、被控訴人が本件製剤を製造し、各種試験に使用したことは、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする実施」に該当する余地のないものであり、控訴人の本件特許権を侵害する行為であることは明らかである。
被控訴人は、後発医薬品について、製剤化の検討(製剤の処方、製造方法の検討)及び各種試験の遂行の過程で、後発品メーカーは、各種ノウハウを獲得し技術水準を高めるのであり、これはひいては社会一般の技術進歩にも貢献すると主張するが、後発品の製剤の処方、製法については、極めて特殊なものを除き、先発品の製剤を購入して分析することによって、これを可能とするだけのデータが得られ、
先発品と同じ製剤の製造をすることができるのであり、特別な検討は不要であるし、各種試験は、製剤化に関する新たな技術、ノウハウの開発とは無縁のものである。
(2) 昭和六二年法律第二七号による特許法改正の際に、特許権存続期間の延長登録制度(特許法67条2項、右改正当時は同条三項)が設けられたことも、右の解釈の妨げとなるものではない。
すなわち、同制度は、医薬品等の発明については、特許権自体は成立しても、薬事法等の許可を得るまでは特許権者といえども製造販売をすることができず、事実上特許期間が侵食される結果となって発明のインセンティブが不十分となることから設けられたものであり、アメリカ合衆国において、先発品メーカーの業界と後発品メーカーの業界との政治的な駆け引きの結果、五年を限度として特許権の延長を認めると同時に、製造承認を得るための試験は侵害を構成しないとする規定、先発品メーカーの特許権存続期間中は製造承認申請を行い得ないとする規定が新設されたことが、立法のきっかけとなったものである。その立法の際、アメリカ合衆国の新制度を研究したうえで、我が国の医薬品業界の技術開発の実態に即してどの程度の期間の延長が必要であるかが検討されたのであるが、医薬品を中心とする規制産業において、どの程度特許期間の延長を認めるべきかという問題と、特許権存続期間終了前に製造承認を得るために必要な試験の実施製造承認申請を認めるべきかという問題とは密接不可分の関係にあり、特許権存続期間中に後発品メーカーが製造承認に関わる行為を行い得る場合と禁止された場合とでは、製造承認を得るための審査に二年六か月かかる現状において、実質的に独占できる期間が変わってくるのであるから、この点も充分考慮されたものと考えられる。そして、当時、農薬取締法2条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験につき、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法69条1項にいう試験研究たる実施に当たらないとした東京地裁昭和六二年七月一〇日判決(無体裁集一九巻二号二三一頁)が存在し、学説の多くの賛同を得ていたのであるから、
仮に、立法者に、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を適法とする意思があれば、明文の規定を置くか、少なくとも疑義の生じないような手だてが講じられたはずである。それにもかかわらず、何らの措置も講じられなかったのであるから、右の当時の判例学説を前提として、特許権存続期間の延長登録制度が設けられたと解すべきであり、したがって、同制度が存在することは、被控訴人が本件製剤を製造し、各種試験に使用したことを違法と解することの妨げとなるものではなく、また、右の立法過程からみても、少なくとも既存の医薬品と同一であることを示すための生物学的同等性試験は、これを特許権存続期間中に行うことが違法であることは明白である。
(3) 各種試験の特許法69条1項該当性を肯定した裁判例中には、薬事法における製造承認の公益性を、同項の解釈において考慮するものがあるが、控訴人は、
薬事法上要求される試験が、特許権を侵害しないよう特許権存続期間終了後に行われるべきことを主張するにすぎないから、薬事法上の公益性を損なうものではなく、同項の解釈において薬事法上の公益性を考慮することは誤りである。
仮に、特許法で公益性を考慮する必要があるとしても、それは特許制度との関わりで論じられるべき公益性に限られるべきであり、それ以外の公益性を特許法の解釈で考慮する理由はない。薬事法は、医薬品の品質、有効性及び安全性の確保を目的とし、特許法は、発明の保護及び利用を図ることにより発明を奨励し、産業の発展に寄与することを目的とするものであるから、両者で考慮されるべき公益性の内容は全く異なり、特許法の解釈において、薬事法で論じられるべき公益性を考慮すべき理由は全く存しない。もとより、特許法施行令1条の3の規定が、薬事法における公益性を、特許法69条1項の解釈において考慮する根拠となるものではない。
(三) 争点1(三)について 特許法上、特許権者は業として特許発明実施をする権利を専有するとされており(同法68条)、実施とは、生産、使用、譲渡等をいうものである(同法2条3項1号)。すなわち、同法の趣旨、文理からいって、特許法69条等明文の除外事由に該当しない限り、特許権存続期間中に特許権者の許諾なく特許発明実施することが侵害に当たることは明らかであり、市場に出されるのが、特許権存続期間終了後であるからといって、特許権者が侵害を甘受しなければならない理由はない。
したがって、被控訴人が、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用した行為が、実質的違法性を伴わないということはできない。
2(一) 争点2(一)について(1) 本件特許権に基づく差止請求権についてア 被控訴人が、本件特許権存続期間中に本件製剤を製造し、各種試験に使用したことは、前記1のとおり、本件特許権を侵害する行為に当たるところ、被控訴人は、その侵害行為の結果として本件製剤につき製造承認を取得し、本件特許権存続期間終了後直ちに本件製剤を販売して利益を得ようとするものである。
このように、被控訴人が、本件特許権存続期間中の侵害行為に基づいて、存続期間終了後にその成果を得ようとする場合においては、控訴人は、特許権存続期問終了後も、存続期間中の侵害行為がなかったとすれば、現在あるであろう状態に戻すという限度において、本件特許権に基づく差止請求権を行使することができるものと解すべきである。
そして、本件製剤のような、医療用の後発医薬品については、後記(二)のとおり、各種試験に着手してから製造承認を取得するまでに少なくとも二年六か月を要するので、被控訴人が、本件特許権を侵害することのないようにするため、その存続期間終了の日の翌日である平成八年一月二二日に各種試験に着手したとすれば、
本件製剤につき製造承認を取得し得るのは、早くともその二年六か月後の平成一〇年七月二一日であり、被控訴人は、同日が経過するまでは本件製剤の販売ができないこととなる。
したがって、控訴人は被控訴人に対し、本件特許権に基づく差止請求権の行使として、平成一〇年七月二一日が経過するまで、本件製剤の販売の差止めを請求することができる。
イ 原判決は、特許権存続期間終了後は、もはや特許権に基づく差止請求権を行使することができないから、本件特許権に基づく差止請求が不適法である旨判示するが、それは誤りである。
すなわち、原判決は、特許権に基づく差止請求の訴えにおいて、特許権が有効に存続することを訴訟要件と解しているが、これは実体的な要件であって訴訟要件ではない。
のみならず、特許法は、発明について登録制度を設け、登録された発明に、一定期間に限り特許権という排他的独占的権利を付与するとともに、当該期間経過後は一般の自由利用に委ねることによって、発明の保護と発明の利用との調和を図り、
発明への意欲を喚起して、社会の発展への寄与を確保しようとするものである。したがって、特許法は、特許権存続期間内に特許権侵害により排他的独占的利益が害されたときは、たとえ、その事実が存続期間終了後に判明した場合であっても、特許権者に右存続期間内の被侵害利益を回復することを認めているものと解すべきである。特許権に基づく差止請求権は、同じく特許法に根拠を有するとはいえ、特許権そのものとは別個の権利であるから、特許権消滅後も特許権に基づく差止請求権が存続し、元特許権者は、存続期間中の侵害行為による損害の拡大を防止するため、これを行使し得るものと解することが可能である。
また、特許権存続期間終了後は特許権に基づく差止請求権を行使することができないとすれば、差止請求以外の特許権侵害に対する救済方法である不法行為に基づく損害賠償請求、不当利得返還請求が特許権存続期間経過後であっても認められることとの均衡を失する。この場合に、損害賠償請求、不当利得返還請求が存続期間経過後も認められる理由が、存続期間経過後である現在ないし将来の侵害行為ではなく、特許権存続期間中の侵害行為を対象とするからであるというのであれば、特許権存続期間終了後は特許権に基づく差止請求を容認できないとする理由も、特許権の不存在ではなく、現在ないし将来の侵害行為の不存在に求められるべきであるところ、本件において、被控訴人は、本来存続期間経過後に着手すべき後発品の製造販売の準備行為を存続期間経過前から開始しているという意味で、特許権存続期間中からの侵害行為が現在も継続しているのであり、現在ないし将来の侵害行為が不存在であるという事情は存在しないのである。
さらに、原判決は、特許権者が、特許権存続期間終了後も、後発品につき製造承認がされるまでの期間に相当する間に受ける利益を、事実上のものにすぎないと判示するが、被控訴人が本件製剤を製造し、各種試験に使用した行為は、特許権存続期間中の実施であって、特許権を侵害する違法な行為なのであり、特許権存続期間終了後直ちに後発品が販売されることによって控訴人が失う利益は、その特許権存続期間中の違法行為の結果であるから、事実上の利益として法的保護に値しないというものではない。
(2) 不法行為の効果としての差止請求権について 被控訴人が、本件特許権存続期間中に本件製剤を製造し、各種試験に使用したことは、前記1のとおり、本件特許権を侵害する行為であり、控訴人に対する不法行為に当たる。そして、前記(1)のとおり、控訴人は、本件特許権存続期間終了後、各種試験に着手してから製造承認を取得するまでに要する少なくとも二年六か月間は後発品メーカーの参入を受けずに市場を独占し得る利益を有していたところ、被控訴人の右不法行為によってこの利益が侵害されているのであるから、控訴人は、不法行為の効果として、本件製剤の販売の差止めを求めることができる。
原判決は、不法行為に基づく差止請求が、権利侵害が現に継続する場合に認められるとしながら、本件特許権が存続期間の終了によりすでに消滅しているから、本件において、不法行為の効果としての差止請求を認める余地はないとしたが、本件における被控訴人の不法行為たる侵害行為は、特許権存続期間中に本件特許権を侵害する意図の許に実行された本件製剤の製造、各種試験への使用から、特許権存続期間終了後の販売行為までの一連の一個の行為として捉えるべきであり、かかる侵害行為は現在まで継続しているのであるから、本件は権利侵害が現に継続する場合である。
(二) 争点2(二)について 被控訴人は、本件製剤の製造承認取得のため、本件特許権存続期間中に本件製剤を製造し、これを各種試験に使用して、本件特許発明実施し、本件特許権を侵害したものであるから、控訴人は被控訴人に対し、平成一〇年法律第五一号による改正前の特許法102条2項に基づき、少なくとも、本件特許発明実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額を損害賠償として請求をすることができる。そして、本件における実施料相当額は、各種試験に使用するために製造された本件製剤の製造販売価額と本件特許権存続期間終了後二年六か月の期間中の本件製剤の製造販売価額を合計した額に、新薬の特許発明につき非独占的な実施権を付与する場合の通常の実施料率を乗じて算出すべきである。
すなわち、被控訴人は、本来本件特許権存続期間終了時より、各種試験に着手して後製造承認を取得するまでに要する期間の間は、本件製剤を製造販売できなかったのであり、その期間は、少なくとも加速試験に要する六か月と医療用後発医薬品製造承認に係る承認申請受理から承認までの標準的処理期間二年を併せた二年六か月である。ところが、被控訴人は、本件特許権侵害行為によって、本件製剤を製造販売できない本件特許権存続期間終了後二年六か月の間に本件製剤を製造販売し、不当に利益を得ようとしているのであるから、実施料相当額を算定するに当たって、右期間中の本件製剤の製造販売額を考慮すべきは当然である。
そして、これによって算出した実施料相当額は、次のとおりである。
ア 各種試験に使用するために製造された本件製剤の製造販売価額@ 各種試験に使用するための最低使用量(一錠当たり一〇〇ミリグラムとする)規格試験 二七〇錠加速試験 一〇八○錠生物学的同等性試験 一六錠合計 一三六六錠A 被控訴人が各種試験を行った期間を含む平成二年四月一日から平成八年三月三一日までの間の控訴人が製造販売するメシル酸カモスタット製剤(フォイパン錠)の薬価 一七三円B 製造販売価額 二三万六三一八円(173×1,366=236,318)イ 本件特許権存続期間終了後二年六か月の間の本件製剤の製造販売価額実勢価格による推定販売価額 三七一四万二四〇〇円ウ 実施料率製造販売価額の一〇パーセントエ 実施料相当額 三七三万七八七一円((236,318+37,142,400)×0.1=3,737,871)四 争点に関する被控訴人の主張1(一) 争点1(一)について 特許法68条が「特許権者は、業として特許発明実施をする権利を専有する。」と定めることから、第三者の行為が「業として実施」に該当するものでなければ、その行為はそもそも特許権の侵害行為に当たらない。
そして、本件で、控訴人が本件特許権の侵害であると主張するのは、被控訴人が、本件製剤についての製造承認申請の添付資料を作成する目的で、本件製剤を製造し、各種試験に使用した行為であるが、被控訴人は、本件特許権存続期間終了後に本件製剤を製造、販売するため、当該製造承認申請をしたものであり、右のような製造承認申請のためにする行為を含めて、特許権存続期間終了後に実施をするための準備行為は、「業として実施」に該当しない。
すなわち、「業として実施」に該当しない典型例とされている個人的、家庭的実施は、それが市場において特許権と競業関係に立たず、権利者の独占の外に位置させても権利者に何らの損害も与えないから、「業として実施」に該当しないものとされているのであるが、製造承認申請のためにする準備行為も、これと同様、
特許権者に何らの損害も与えない。製造承認の取得は、行政法規で定められた義務であり、その取得を目的として、医薬品を製造し、各種試験に使用することはそれ自体利益を目的とした行為ではないし、各種試験のうち当該医薬品を人間に投与する生物学的同等性試験にあっても、投与は健康人に対してするものであって、患者に投与して治療するものではないから、特許権者と競業する行為ではなく、その点で個人的実施と何ら変わるものではない。
また、特許法67条2項において「その特許発明実施」が、医薬品の発明の場合には、製造承認の申請行為を含む準備行為を明らかに除外する意味で用いられており、特許法等を改正する法律である平成六年法律第一一六号の附則(改正附則)5条2項、特許法79条においては、それぞれ「発明の実施である事業の準備をしている者」が「発明の実施である事業をしている者」と区別されているところ、ここでいう「その特許発明実施」、「発明の実施である事業」が、特許法68条の「業として実施」と同じ意味であることは明らかであるから、特許法の規定からも、準備行為が「業として実施」に該当しないことは明白である。
(二) 争点1(二)について 被控訴人が本件製剤を製造し、各種試験に使用したことは、試験又は研究のためにする本件特許発明実施(特許法69条1項)に該当する。
(1) 特許法69条1項は、特許発明実施が「試験又は研究」を目的にする場合には、特許権の効力が及ばない旨を定めているところ、その「試験又は研究」がいかなる目的を有するかによる限定は何ら付されていないから、客観的に「試験又は研究」に該当するものであれば、そのための特許発明実施には同項が適用される。
そして、各種試験は、たとえそれが製造承認申請において必要な資料を得るための試験であるとしても、自らが製造し将来市場に出そうとする製品の内容、性状、
機能等を調べるものであるから、典型的な「試験」行為である。
(2) 厚生省は、従前から、特許権存続期間終了後の実施に向けての製造承認申請を特許権存続期間中に受理していたが、同省薬務局審査課の各都道府県薬務主管課宛て平成七年六月二八日付事務連絡により、「先発品の特許期間満了日前の後発品の承認申請の取扱い」について、「特許期間の終了を見込み、承認審査の標準的処理期間を考慮して後発品の承認申請を行うことは差し支えないものとすること。」とした。このことからも、特許権存続期間終了前における製造承認申請のための準備行為が法的に問題のないことは明らかである。
(3) 控訴人は、各種試験が極めて単純な試験であり、これらの試験によって、
本件特許発明の対象に何らかの改良、新しい知見ないし情報をもたらすものでないと主張するが、各種試験は先発品によって確認された有効性及び安全性を単に追認するのではなく、後発品固有の技術開発並びに有効性及び安全性のある新たな製剤を生み出すという社会的寄与がある。
すなわち、後発品について、製剤の処方(有効成分を服用しやすくするための剤型や有効成分以外の配合物質を決定し、製剤化すること)とその製造方法を検討する「製剤化の検討」を経て、各種試験を遂行する過程で、後発品メーカーは、各種ノウハウを獲得し技術水準を高めるのであり、これはひいては社会一般の技術進歩にも貢献する。また、医薬品は、その宿命として、市販された後においても有効性及び安全性が絶えず監視されなければならないのであり、より多くのメーカーが、
当該医薬品について試験をすることは、各社それぞれの技術開発に加え、有効性及び安全性の面でも社会一般の利益に貢献するものである。
(4) 控訴人は、特許権存続期間の延長登録制度(特許法67条2項)が設けられたことが、特許権存続期間終了前における製造承認申請のための準備行為を違法とする解釈の妨げとなるものではないと主張するが、医薬品特許に特有の薬事法上の実施制限のため、製造承認までの準備期間は特許発明実施ができないことを理由として、その期問に相当する特許権存続期問の延長が制度的に確立したのであるから、後発会社の同じく製造承認申請のための準備行為を違法とするのは明らかに均衡を失するものである。控訴人は、特許権存続期間の延長登録制度が設けられた当時、東京地裁昭和六二年七月一〇日判決が存在していたのであるから、仮に、立法者に、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を適法とする意思があれば、明文の規定か疑義の生じないような手だてが講じられたはずであるとも主張するが、問題とされているのは、特許権存続期間終了後の実施に向けて同期間中に準備行為を開始することの適否であり、放置しておけば侵害者側が特許権存続期間中に製造販売を開始するおそれの十分あった事例に関する同判決とは、
問題が異なる。
特許権存続期間終了後の実施に向けて同期間中に準備行為を開始することは問題なく行われていたのであり、そのことは、右(2)の事務連絡によっても明らかである。
(三) 争点1(三)について 特許権者が独占の利益を享受するのは、特許権存続期間中における市場競争の場においてであるところ、各種試験に供した本件製剤が市場で控訴人の製剤と競合することはないから、控訴人には何ら損害は生じない。したがって、被控訴人が本件製剤を製造し、各種試験に使用した行為は実質的違法性を欠くものである。
2(一) 争点2(一)について(1) 本件特許権に基づく差止請求権について 本件特許権は、平成八年一月二一日に存続期間終了によって消滅したのであるから、本件製剤の製造承認申請のための準備行為が違法であるか否かを問わず、本件特許権に基づく差止請求が成立する余地がないことは明白である。
そして、控訴人は、本件特許権がすでに消滅したことを自認しているのであるから、本件特許権に基づく差止請求の訴えは、訴えの利益を欠くものである。
控訴人は、特許権存続期間中に侵害行為があった場合には、存続期間経過後においても、利益回復のために特許権に基づく差止請求が認められるとして縷々主張するが、法律上の根拠のない独自の議論であるにすぎない。
(2) 不法行為の効果としての差止請求権について 本件特許権は、平成八年一月二一日に存続期間終了によって消滅しており、その後の被控訴人の本件製剤販売行為が特許権侵害不法行為を構成することはあり得ない。
控訴人は、特許権存続期間中の本件製剤の製造、各種試験への使用から、特許権存続期間終了後の販売行為までを一連の一個の行為として捉えるべきであると主張するが、なぜそのように捉えるべきなのかが明らかでないし、仮に一連の一個の行為として捉えられたとしても、特許権存続期間終了後の行為までが違法とされる理由はやはり明らかではない。
結局、控訴人の主張はおよそ採り得ない議論である。
(二) 争点2(二)について 控訴人の主張のうち、各種試験に使用するための使用量が一三六六錠であったこと、フォイパン錠の薬価が一七三円であったことは認め、その余は争う。
争点に対する判断
一 争点l(一)について 被控訴人が、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用したのが、本件特許発明と同一のメシル酸カモスタットを含む医薬品である本件製剤につき、薬事法14条の定める製造承認の申請をするためであったことは、前示第二の一の2のとおりである。したがって、被控訴人の右行為は、本件製剤を製造販売するための準備行為として、被控訴人の事業活動の一環としてなされたことは明白であるから、それが控訴人による本件特許発明実施と市場において競業しないとしても、業として本件特許発明実施したことに当たるものといわざるを得ない。
特許法67条2項の「その特許発明実施」を同法68条の「業として実施」と同じ意味に解さなければならない理由はなく、また、平成六年法律第一一六号の附則(特許法改正附則)5条2項、特許法79条の規定も被控訴人の右行為が業として本件特許発明実施したことに当たるものと解することの妨げとなるものではない。
二 争点1(二)について1 特許法68条は、「特許権者は、業として特許発明実施をする権利を専有する。」旨定め、特許権が独占的排他権であって、特許権者の了解がなければ、業として特許発明実施することは、原則としてできないとの特許権の効力を明らかにしている。そして、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明実施には、及ばない。」旨を定める同法69条1項は、右のような原則に対して例外に当たる場合を定めたものであるところ、同項の「試験又は研究」という概念自体相当程度広範なものであるうえに、同項は、その「試験又は研究」の目的、「特許発明実施」の態様等につき何らの限定も伴っていない。しかしながら、右のような限定がないからといって、およそ「試験又は研究のためにする特許発明実施」の外形を有するあらゆる行為がこれに該当すると解することは相当ではない。なぜなら、特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的との関係において、
その例外たるべき合理的・実質的な根拠を伴わない特許発明実施についてまで、
特許権の効力を及ぼさないとする理由は見い出せず、同項がかかる場合までも同項該当行為に含める趣旨であるものとは考えられないからである。したがって、特定の特許発明実施が、その「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当するものであるかどうかは、特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的を考慮したうえで、当該特定の特許発明実施が、右の趣旨若しくは目的に沿い、又はこれに反しないものであるかどうか、あるいは右の趣旨又は目的に対して劣後するものではないと考えられる何らかの法的利益を実現するものであるかどうか等を検討することによって決せられるべきものと解される。
しかるところ、特許制度は、発明者にその発明を公開させ、その代償として、発明者に対し、一定の期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与することにより、発明に対する意欲を高め、発明を奨励するとともに、発明の公開をもって、社会一般の技術的進歩に役立たせることを制度の根幹の一つとするものであり、特許権が独占的排他権として構成される趣旨も、かかる制度目的に基づいて理解されるべきものである。
しかるときは、控訴人が主張する特許発明の技術的内容を確認する行為、具体的には、特許発明の技術的効果を確認するための調査、特許の対象となっている技術についての新規性進歩性等の要件を確認するための調査、特許発明を迂回し特許権を侵害しないような技術を探索する行為、発明の改良を遂げ、より優れた技術を開発するために行われる調査等は、概ね控訴人が主張するとおり、右の特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的に沿うものであるか、又は、少なくとも、その制度目的との関係において、特許権を独占的排他権として構成した趣旨に反しないものとして、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当するものと解される。
しかしながら、同項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当する行為が、右のような特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的そのものに由来するものに限られると解することはできない。なぜなら、発明者に対し、発明の公開の代償として、一定の期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめることも特許制度の根幹の一つであって、特許法の枠内における解釈のみからしても、このような他の制度目的との関係において、同項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当する行為の範囲を検討すべき場合があり得ることは当然であるのみならず、前示のとおり、
特許法69条1項の「試験又は研究」という概念が広範なものであり、また、同項が「試験又は研究」の目的、「特許発明実施」の態様等につき何らの限定も伴わないことに鑑みれば、前示の特許法が特許権を独占的排他権として構成した趣旨又は目的が、直接には特許法がその目的とするところではない社会一般の利益、より具体的には、他の法令がその目的として保護する公益との比較衡量において、これに対し譲歩しても不当とは解されない場合として、同項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当すると認めるべき行為も存在するものというべきであるからである。
控訴人は、特許法で公益性を考慮する必要があるとしても、それは特許制度との関わりで論じられるべき公益性に限られるべきであり、それ以外の公益性を特許法の解釈で考慮する理由はないと主張し、本件証拠中にもこれと同旨の見解を述べ、
あるいは示唆する論考が存在する。しかし、特許制度は、もとより我が国の諸法制の一分野であって、他の諸法制と無関係に存在するものでないことはいうまでもなく、したがって、特許法に基づく特許権者の利益にしたところで、特許法を含む我が国の諸法制全体によって構成される種々の法益の一つとして、他の法益、なかんずく公益との調整を欠くことのできないものであるし、また、かかる調整があり得ることを前提として、その存在意義が認められるものである。このように特許法に基づく特許権者の利益であっても、特許法がその直接の目的とするところではない公益との調整を図ることが必要であることは、特許法上、1条の「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする。」との定めのうちに既に示唆されているものというべきであるし、公益との調整を図る見地から特許権の成立を否定し、あるいはその効力を制限する規定である同法32条69条2項1号、三項、93条等において現実化しているところである。とりわけ、同法69条1項と同様、特許権の効力が及ばないとする文言の規定によってその制限がなされている同条二項一号、三項においては、
その制限をすることによって保護しようとする公益の内容(国際交通の混乱の防止、医療の混乱の防止)が具体的に明らかとなっており、かつ、それが特許法が直接その目的とするところではない公益であることからみても、特許制度との関わりで論じられるべき公益性以外の公益性を特許法の解釈で考慮する理由はないとする控訴人の立論が成り立たないことは明白である。そうすると、「試験又は研究」の目的、「特許発明実施」の態様等につき何らの限定も伴わない同法69条1項は、これらの規定と同様に、他の法令がその目的として保護するものを含む公益との調整を図る見地から、特許権の効力を制限する趣旨も包含する規定であると解することが自然である。
2 そこで、被控訴人が、本件製剤を製造し、各種試験に使用した行為について、
これが特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当するかどうかを検討する。
(一) 被控訴人が、本件特許発明と同一のメシル酸カモスタットを含む医薬品である本件製剤につき、薬事法14条の定める製造承認の申請をするために、同法施行規則18条の3により、その申請書に添付する必要のある各種試験(@規格及び試験方法、A加速試験、B生物学的同等性試験)に関する資料の作成を目的として、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用したこと、各種試験が、後発医薬品製造承認申請において必要な資料を得るための試験であることは、前示第二の一の2のとおりであり、各種試験の試験内容も前示第二の一の2の(一)ないし(三)のとおりである。これらの事実によれば、被控訴人が、各種試験のために、本件製剤を製造し、使用した行為は、「試験又は研究のためにする特許発明実施」の外形を有するものと認められる。
(二) ところで、薬事法は、医薬品の製造業の許可を受けた者でなければ、業として、医薬品の製造をしてはならない旨(同法12条1項)、厚生大臣は、基準を定めて指定する医薬品を除き、医薬品を製造しようとする者から申請があったときは、品目ごとにその製造についての承認を与える旨(同法14条1項)、製造業の許可の申請者が製造しようとする物が製造承認を要するものであって、製造承認を受けていないときは、その品目に係る製造業の許可を与えない旨(同法13条1項)をそれぞれ定めており、これらの規定によれば、結局、業として医薬品を製造しようとする者は、厚生大臣が基準を定めて指定する医薬品を除き、品目ごとに厚生大臣の製造承認を得る必要があることになる。そして、同法14条2項は、製造承認は、申請に係る医薬品の名称、成分、分量、構造、用法、用量、使用方法、効能、効果、副作用等を審査して行うものとし、同条三項は、製造承認申請をしようとする者は、厚生省令の定めるところにより、申請書に資料を添付して申請しなければならないとしており、本件製剤につき製造承認申請をしようとする被控訴人は、右各規定の定めに従って、厚生省令である薬事法施行規則18条の3により申請書に添付する必要のある資料を得るために、本件製剤を製造して各種試験に使用したものである。
薬事法は、「医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療用具の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、医療上特にその必要性が高い医薬品及び医療用具の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とする。」(同法1条)ものであって、同法が医薬品の製造につき製造承認を要するものとする規制を行い、その申請に係る医薬品について所定の審査を行うのは、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して、保健衛生の向上を図るためであると解される。そうすると、製造承認の申請者が、申請書に添付する必要のある資料を得るために行う各種試験の目的も、同じく、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保することに帰着することは明らかである。
控訴人は、後発医薬品製造承認申請において必要な資料を得るために行われる各種試験は、いずれも極めて単純な試験であり、本件製剤の製造承認を得るために、本件製剤が本件特許発明の化合物と同一であることを証明するデータを作成することのみを目的にして行われるものであると主張するところ、仮に各種試験にその主張のような側面があるとしても、そのような各種訣験についての資料の添付が要求され、製造承認に係る審査の対象とされるのは、既に製造承認を経て医薬品としての品質、有効性及び安全性が確認されている先発医薬品に係るデータを利用しつつも、後発品自体についての品質、有効性及び安全性を確認して、将来後発品の投与を受けることとなる多数の者の安全を確保するためであることは明らかであり、その意味で、後発品についての製造承認のための審査や、その申請のために行う各種試験が、内容的に先発医薬品の場合と異なるからといって、薬事法におけるその意義の点で相違があるものということはできない。そして、このような製造承認による医薬品製造の規制、審査及びそのための各種試験が、薬事法の実現しようとする法的利益と直接関係するものであり、かつ、多数の者の生命身体の安全に直接関わる極めて公益性の強いものであることは論ずるまでもないところである。
(三) 右のとおり、本件において被控訴人が実施した各種試験は、本件特許発明実施に当たるものではあるが、薬事法の目的とする極めて強い公益の実現に関わるものである。それのみならず、前示の各種試験の内容等に照らすと、製造承認申請をしようとする者が各種試験を行うためにする特許発明実施において、製造された製剤は、患者に投与されることなく各種試験を行う過程で費消されるのであるから、その特許発明実施によって、製造承認申請をしようとする者に直接収益がもたらされるわけではなく、また、特許権者側の特許発明実施と競業するものでもないから、特許権者が、その特許発明実施するという側面において受ける実質的損害は皆無である。もっとも、この点は、特許権存続期間中に各種試験を経ることによって、後発品メーカーが存続期間終了後直ちに市場に参入することをもって特許権者の損害と捉えるのであれば別の結論に至ることになるが、そのように解することが許されないことは次に述べるとおりである。
(四) 製造承認を得るために、各種試験に着手してから製造承認申請を経て製造承認を取得するまでの間に、各種試験の期間及び審査期間等としてある程度の日時を要し、その間、医薬品の製造が規制されることはやむを得ないことであるが、仮に、特許権存続期間中に、製造承認申請を目的として、各種試験のために特許発明実施することが特許権の侵害に当たる行為であるとすれば、製造承認申請をしようとする者は、特許権存続期間終了後に各種試験に着手しなければならず、その後各種試験の期間及び審査期間等を経て、当該薬剤の製造販売を行い得るまでには、
控訴人の主張によれば二年六か月を要し、その間、特許権者であった者は、特許権存続期間が終了したにもかかわらず、その存続中と同様、当該発明を独占的排他的に実施し得る結果となる。しかしながら、先に述べたとおり、発明者に対し一定期間を限って、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめることも特許制度の根幹の一つであることを考えれば、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して保健衛生の向上を図るという、特許法の目的とは全く無縁というべき薬事法の目的に基づく規制が存するために、特許権者であった者が、特許権存続期間終了後においてまで、社会一般の財産となるべき発明を独占し、自由競争を阻害するようなこととなる事態は、特許法の観点からみても直ちに容認されるべきではないといわなければならない。
まして、右のような薬事法の目的に基づく規制から医薬品を製造できない期間がやむを得ず生じることを根拠に、特許権存続期間終了後直ちに他者によって当該発明が実施され、特許権者であった者の発明の実施と市場において競合することが、
あたかも、特許法によって特許権者に認められた期間的な利益を侵害するものであるかのようにいう控訴人の主張は到底許容されるものではない。薬事法上の規制は、医薬品の品質、有効性及び安全性を確保して保健衛生の向上を図るという同法の目的に基づくものであって、当該医薬品に係る特許権者がその製造販売を独占的に行うことを保障することを目的とするものではないから、仮にその規制の影響で特許権者に何らかの利益が生じるとしても、それは単なる反射的利益にすぎず、法的利益とはなり得ないものである。
(五) 以上の各点を総合すれば、薬事法製造承認の制度を設けて保護しようとする公益の内容が、前示の特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないしその前提をなす制度目的との比較衝量において劣後するものとは考えられず、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請を目的として、各種試験のために特許発明実施しようとする場面においても、かかる限度に止まる限り、これに対し特許権の効力が及ばないものとすることにより、特許権を独占的排他権として構成した趣旨ないし制度目的が、右薬事法の実現しようとする公益の前に譲歩するものとすることが不当であるとは到底解されない。のみならず、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請の目的で各種試験のためにする特許発明実施に対しては特許権の効力が及ばないものとすることは、一定の期間を限って、発明者に対し、業としてその発明を独占的に実施する権利である特許権を付与するものとする一方で、右の一定期間経過後は、何人も自由にその発明の実施をすることができるものとして、これを自由競争のための社会一般の財産に帰せしめるという特許制度の他の目的にも符合するものである。
そうすると、薬事法に基づく製造承認申請の申請書に添付する資料の作成を目的とし、そのために必要な各種試験のために特許発明実施することは、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当するものとして、特許権の効力が及ばないものと解するのが相当である。
3 昭和六二年法律第二七号により、特許権存続期間の延長登録制度(特許法67条2項67条の2ないし同条の四)が設けられたことも、製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明実施することが、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当することを裏付けるものということができる。
すなわち、特許権存続期間の延長登録制度は、薬事法に基づく製造承認を含む(特許法施行令1条の3第2号)「その特許発明実施について安全性の確保等を目的とする法律の規定による許可その他の処分」を受けることが必要であるために、その特許発明実施をすることが一定期間以上できなかった場合に、一定の限度内で当該期間に相当する期間、特許権存続期間を延長することをその趣旨とするものであるが、かかる制度が設けられた以上、特許権者は、特許権存続期間のうち、自らの製造承認申請のために侵食された期間に相当する期間の補填を受け、原則として特許法の定める特許権存続期間と同じ期間だけ当該発明の独占的排他的な実施を確保し得ることとなったのであるから(延長登録制度上の最長・最短期間の制限のために、現実には特許法の定める特許権存続期間と同期間とならないことがあり得るものとしても、それは同制度内部の問題であるにすぎない。)、その上さらに、製造承認申請をしようとする者が特許権存続期間中に各種試験のために特許発明実施することが特許権侵害に当たるものとして、延長された特許権存続期間の終了後においてまで当該発明の独占的排他的な実施の期間を生じさせることは、
およそ合理的な説明のなし難いことであるといわなければならない。
この点につき、控訴人は、延長登録制度の立法当時、農薬取締法2条に基づく農薬登録を得る目的でなされた試験につき、技術の進歩を目的とするものでなく専ら販売を目的とするものである場合には、特許法69条1項にいう試験研究たる実施に当たらないとした東京地裁昭和六二年七月一〇日判決(無体裁集一九巻二号二三一頁)が存在し、学説の多くの賛同を得ていたのであるから、仮に、立法者に、特許権存続期間中における後発品の製造承認申請のための試験を適法とする意思があれば、明文の規定を置く等の手だてが講じられたはずであるにもかかわらず、何らの措置も講じられなかったのであるから、右の当時の判例学説を前提として、特許権存期間の延長登録制度が設けられたと解すべきである等と主張し、本件証拠中にもこれと同旨の見解を述べる論考が存在するが、同項は、右立法前から、その「試験又は研究」の目的、「特許発明実施」の態様等につき何らの限定も伴っていなかったことに鑑みれば、右立法当時の立法者意思が製造承認申請のための試験を同項から除外するというものであれば、むしろ、その旨を明文の規定により明らかにしたはずであると考えるのが自然である。また、主張の地方裁判所の判決一例があったからといって、それが一般論として説くところが当時の確立した判例であったといえないことも明白である。したがって、右主張は到底採用できるものではない。
また、本件証拠中には、特許法は、そもそも先発メーカーと後発メーカーとの間に二〇年(特許権存続期間)プラスαのタイム・ラグを予定しているものとして、
特許権者であった者の延長された特許権存続期間の終了後の当該発明の独占的排他的な実施の期間を説明しようとする論考もあるが、特許法上、延長登録制度の適用を受ける特許権に限って、かかるプラスαが付与されることを相当とする実質的な根拠は見い出し難い。
4 以上のとおり、薬事法に基づく製造承認申請の申請書に添付する資料の作成を目的とし、そのために必要な各種試験のために特許発明実施することは、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当するものと解すべきであるから、被控訴人が、本件製剤につき製造承認申請をするために、薬事法施行規則18条の3により、その申請書に添付する必要のある各種試験に関する資料の作成を目的として、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用して、本件特許発明実施をしたことが本件特許権を侵害するものということはできない。
三 控訴人の本件請求は、いずれも、被控訴人が、本件特許権存続期間中に、本件製剤を製造し、各種試験に使用して、本件特許発明実施をしたことが本件特許権を侵害するものであることを前提とするものであるから、右行為が本件特許権を侵害するものといえない以上、その余の点について判断するまでもなく理由がないものである。
したがって、原判決が、控訴人の、被控訴人による不法行為の効果としての差止請求を棄却したことは相当であるから、該請求に係る控訴は棄却すべきであり、また、控訴人が当審で追加した不法行為に基づく損害賠償請求は棄却すべきである。
これに対し、原判決が、控訴人の本件特許権に基づく差止請求の訴えを不適法であるとして却下した点については、その理由とするところが、本件特許権の存続期間終了後は、控訴人は本件特許権に基づく差止請求権を有しないというものであり、要するに控訴人が訴訟物とした実体法上の権利が不存在であるという点にあるのであるから(なお、当審の判断も結局はかかる結論に至るものである。)、その不存在である所以が当該権利の存否に関わる事実の有無によるものであると、法律上の判断によるものであるとにかかわらず、控訴人の請求を理由なしとして棄却すべきであったのであり、不適法としてその訴えを却下したことは誤りというべきである。しかしながら、仮に右の理由で、原判決を取り消したとしても、原判決が右訴えに係る訴訟物である本件特許権に基づく差止請求権が不存在であるとの判断をし、当審も結局これと同じ判断をするものであって、事件につき更に弁論をする必要はないから、民事訴訟法三〇七但書を適用して、当審において自判すべきところ、当審の判断に従って請求棄却の判決をするものとすれば、控訴人にとって原判決よりも更に不利益な判決をすることになって、控訴人のみの控訴に係る本件においては同法304条に反することとなる。したがって、かかる場合においては単に控訴棄却の判決をすべきものと解するのが相当である。
以上の次第で、本件控訴を全部棄却するとともに、控訴人が当審で追加した請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条67条1項本文を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 田中康久
裁判官 石原直樹
裁判官 清水節
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