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関連審決 不服2002-12180
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  出願公開 /  技術常識 /  発明を特定する事項 /  発明の詳細な説明 /  出願経過 /  参酌 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10329号 審決取消請求事件
原告 SMC株式会社
訴訟代理人弁理士 千葉剛宏,弁護士 宮寺利幸
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 島愼二,大野覚美,田々井正吾,岡田孝博,井出英一郎
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/05/31
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が不服2002-12180号事件について平成16年8月2日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたが拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:エスエムシー株式会社(原告。平成15年3月4日前掲商号に更正。) 発明の名称:「ゲートバルブ」 出願番号:特願平11-167545号 出願日:平成11年6月14日 (2) 本件手続 出願公開:平成12年12月26日(甲6。「本願公開公報」) 拒絶理由通知:平成13年12月17日(起案日。甲8) 手続補正:平成14年2月8日(甲10。「本件手続補正@」) 拒絶査定:平成14年5月28日(甲11。「本件拒絶査定」) 審判請求:平成14年7月3日(不服2002-12180号) 手続補正:平成14年7月31日(甲13。「本件手続補正A」) 拒絶理由通知(最後):平成14年10月1日(起案日。甲14) 手続補正:平成14年12月9日(甲16。「本件手続補正B」) 審決日:平成16年8月2日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成16年8月21日(原告に対し) 2 本件手続補正Bによる補正後の特許請求の範囲請求項1の記載(以下,「本願請求項1」といい,この記載に係る発明を「本願発明」という。なお,請求項2ないし8の記載は省略。) 「駆動源と, 前記駆動源の駆動軸に連結され,該駆動源の駆動作用下に軸線方向に沿って変位する第1変位部材と, 前記第1変位部材と一体的に軸線方向に沿って変位するとともに,軸線方向に沿った変位終端位置において傾動自在に設けられた第2変位部材と, 前記第2変位部材に連結された弁ロッドを介して通路を開閉する弁ディスクと, 前記第1変位部材と第2変位部材とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段と, 前記第2変位部材と一体的に変位し,軸線方向に沿った変位終端位置において該第2変位部材が傾動する際に支点となる支持部材と, を備え, 前記位置決め保持手段は,前記第1変位部材と第2変位部材との間に介装されたばね部材と,前記第1変位部材の側面に係止されたピン部材と,前記第2変位部材の側面に形成され,前記ピン部材が係合する係合用溝部とを含むことを特徴とするゲートバルブ。」 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,引用例として,特開平9-269072号公報(本訴甲1)を示し(以下,同引用例に記載された発明を「引用発明」という。),同公報の段落【0015】の記載をA),【0017】の記載をB),【0018】の記載をC),【0019】の記載をD)として引用した上,引用発明を次のように認定した。
「上記A)〜D)の記載からみて,上記引用例の半導体製造装置用無摺動ゲートバルブは,駆動源であるシリンダー19のピストンロッド22に連結されたカムプレート23と,シリンダー19の駆動によりカムプレート23と一体的に軸線方向に変位し,その変位終端位置において傾動するステムホルダー15と,ステムホルダー15に連結されたステム8を介して流路口3を開閉するゲート2とを備え,ステムホルダー15と一体となったステム8の上端に結合されたローラーホルダー27の側面には,左右一対のカム用ローラー24が保持されるとともに,カムプレート23の下側には,側面にカム用ローラー24が係合するカム溝25を設けた左右一対のローラーカム26が設けられ,さらに,ステムホルダー15の左右両側下部には,ステムホルダー15と一体的に変位してステムホルダー15が傾動する際の支点となる支点ローラー18が軸支されているものと認められる。
また,特に上記C),D)の記載と第3図とからみて,上記カムプレート23とステムホルダー15とは,両者の間に介装されたスプリング30によって前記カム用ローラー24が前記カム溝25に押し付けられることにより,変位方向に沿って位置決めされた状態で一体的に保持されるから,これらスプリング30とカム用ローラー24とカム溝25とは,カムプレート23とステムホルダー15とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段として機能しているものと認められ,さらにこれらスプリング30とカム用ローラー24とカム溝25とは,軸線方向に沿った変位終端位置においてステムホルダー15の下降が停止した後,カムプレート23がさらに下降してカム溝25によりカム用ローラー24を後方にDだけ水平移動させ,これによりステムホルダー15が支点ローラー18を支点にして傾動するときの傾動手段としても機能しているものと認められる。
したがって,上記引用例には,『シリンダー19と,前記シリンダー19のピストンロッド22に連結され,該シリンダー19の駆動作用下に軸線方向に沿って変位するカムプレート23と,前記カムプレート23と一体的に軸線方向に沿って変位するとともに,軸線方向に沿った変位終端位置において傾動自在に設けられたステムホルダー15と,前記ステムホルダー15に連結されたステム8を介して流路口3を開閉するゲート2と,前記カムプレート23とステムホルダー15とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段と,前記ステムホルダー15と一体的に変位し,軸線方向に沿った変位終端位置において該ステムホルダー15が傾動する際に支点となる支点ローラー18と,を備え,前記位置決め保持手段は,前記カムプレート23とステムホルダー15との間に介装されたスプリング30と,前記ステムホルダー15と一体のローラーホルダー27の側面に保持されたカム用ローラー24と,前記カムプレート23のローラーカム26の側面に形成され,前記カム用ローラー24が係合するカム溝25とを含むゲートバルブ。』の発明が記載されているものと認める。」 (2) 審決は,本願発明と引用発明との一致点を次のように認定した。
「本願発明と引用発明とを対比すれば,引用発明の『シリンダー19』,『ピストンロッド22』,『カムプレート23』,『ステムホルダー15』,『ステム8』,『流路口3』,『ゲート2』,『支点ローラー18』,『スプリング30』は,それぞれ本願発明の『駆動源』,『駆動軸』,『第1変位部材』,『第2変位部材』,『弁ロッド』,『通路』,『弁ディスク』,『支持部材』,『ばね部材』に相当しているとともに,引用発明の『ローラーカム26』,『ローラーホルダー27』は,それぞれ『カムプレート23』,『ステムホルダー15』と一体の部材として,本願発明の『第1変位部材』,『第2変位部材』に相当している。さらに,引用発明の『カム用ローラー24』,『カム溝25』は,本願発明の『ピン部材』,『係合用溝部』に対応する『係合部材』,『係合溝』である。
したがって,本願発明は引用発明と, 『駆動源と, 前記駆動源の駆動軸に連結され,該駆動源の駆動作用下に軸線方向に沿って変位する第1変位部材と, 前記第1変位部材と一体的に軸線方向に沿って変位するとともに,軸線方向に沿った変位終端位置において傾動自在に設けられた第2変位部材と, 前記第2変位部材に連結された弁ロッドを介して通路を開閉する弁ディスクと, 前記第1変位部材と第2変位部材とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段と, 前記第2変位部材と一体的に変位し,軸線方向に沿った変位終端位置において該第2変位部材が傾動する際に支点となる支持部材と, を備え, 前記位置決め保持手段は,前記第1変位部材と第2変位部材との間に介装されたばね部材と,前記第1変位部材側,第2変位部材側の側面に形成された係合部材,係合溝とを含むゲートバルブ』 である点で一致する。」 (3) 審決は,本願発明と引用発明との相違点を次のように認定した。
「<相違点> 本願発明の『係合部材』は,第1変位部材の側面に係止されたピン部材であり,『係合溝』は,第2変位部材の側面に形成された係合用溝部であるのに対し,上記引用発明の『係合部材』は,ステムホルダー15と一体のローラーホルダー27(第2変位部材)の側面に保持されたカム用ローラー24であり,『係合溝』は,カムプレート23のローラーカム26(第1変位部材)の側面に形成されたカム溝25である点。」 (4) 審決は,上記相違点について,次のように判断した。
「相対移動する2つの部材の間に係合部材と係合溝とを設けるのに,これら係合部材と係合溝を前記2つの部材のそれぞれどちら側に設けるかは当業者が適宜選択しうる設計事項であるとともに,係合部材をどのような形で形成するか(ピン部材とするかローラーとするか)も当業者が適宜選択しうる設計事項である。さらに,係合部材を『係止』するのも『保持』するのも,『取り付ける』という点においては何ら変わりがない。
してみれば,上記引用発明において,『係合部材』をピン部材として,これを第1変位部材であるカムプレート23のローラーカム26の側面に係止し,『係合溝』を第2変位部材であるステムホルダー15と一体のローラーホルダー27の側面に設けることは,当業者が必要に応じて適宜容易に行うことができたものである。
また本願発明は,上記引用発明のようなハウジング20の外側面の垂直溝21を有するものを除外するものでないから,本願発明が奏する作用効果は,上記引用発明に示唆された事項から予測される程度以上のものではない。
したがって,本願発明は,上記引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」 (5) 審決は,次のように結論付けた。
「本願発明は,引用発明と上記各周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。本願は,請求項2〜8に係る発明について検討するまでもなく拒絶すべきものである。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
引用発明の認定は,本願発明と引用発明との一致点及び相違点を認定する前提として極めて重要なものである。引用発明の認定を誤ると,その後の一致点,相違点,ひいては審決の結論自体の誤りを誘発する。しかし,審決は,<1>引用発明の認定を誤り(取消事由1),この誤った認定を前提として,それ以降の認定を行ったため,この誤りを端緒として,<2>本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り(取消事由2),<3>相違点を看過し(取消事由3),<4>相違点を誤認した(取消事由4)ものである(判決注:<1>の点は,<2>〜<4>の事由とは異なり,それ自体で直ちに取消事由になるものではない。しかし,原告の主張によれば,<1>の点は,取消事由となり得る<2>〜<4>の事由が生じた共通の原因であるとされ,<2>〜<4>の取消事由の前提問題となるものである。また,本件においては,本願発明の要旨認定自体に争いがあり,<2>〜<4>の前提問題ともいい得るものである。このような観点の下に,原告の主張どおり,<1>の点を取消事由1とした上,前提問題としての引用発明の認定及び本願発明の要旨認定の争点に関する主張を整理して摘示する。)。
1 取消理由1(前提問題-引用発明の認定の誤り等) (1) 審決の引用発明の認定は,引用例の装置におけるステムホルダー15が,その変位始端位置からその変位終端位置に至るまでの軸線方向(上下方向)に変位することに係る構造については,ステムホルダー15がカムプレート23と一体的に軸線方向に変位するという点だけを認定しているにすぎず,その具体的な構造及び機能については何ら認定していない。
よって,審決の前記認定は,ステムホルダー15が,その変位始端位置からその変位終端位置に至るまでの軸線方向に変位する場合における引用例の装置の必須の構造である垂直溝21,支点ローラー18及びスプリング30についての関係,役割,動作を総合的に判断していないのであり,結果的に引用発明の認定を誤ったものであり違法である。
(2)(a) 本願発明の「位置決め保持手段」とは,「第1変位部材と第2変位部材とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する」ものであり,具体的には「前記第1変位部材と第2変位部材との間に介装されたばね部材と,前記第1変位部材の側面に係止されたピン部材と,前記第2変位部材の側面に形成され前記ピン部材が係合する係合用溝部」と特定している。そして,より一層具体的には,「位置決め保持手段」は,「前記ピストンロッド64が上昇することにより,該ピストンロッド64とともにレバー部材78,変位部材80,弁ロッド24a,24bおよび弁ディスク26が一体的に上昇する。この場合,レバー部材78はばね部材84の弾発力によって下方側に押圧された状態にあり,前記レバー部材78の両側面に固着された一組のピン部材94が変位部材80の係合用溝部96の下端部96aに保持されることにより,レバー部材78と変位部材80とは,それぞれ,上下方向および前後方向(図3において,紙面と略直交する方向)の位置ずれを防止した所定位置に位置決め保持された状態にある。従って,レバー部材78および変位部材80は,前記所定位置に位置決め保持された状態で一体的に上昇する。」(甲6の段落【0042】)と記載されている。
したがって,本願発明では,「位置決め保持手段」は,積極的に「揺動を阻止する手段」を排除している(判決注:原告第3準備書面によれば,「揺動を阻止する手段」とは被告による表現であり,原告は,これに相当するものとして,「振れ防止」,「案内(ガイド)構造」,「振れ防止の構造」などと言っている。原告の主張中では,原告本来の表現のほかに,反論の必要上,被告による表現を用いている部分もある。)。本願発明では,「ばね部材」の弾発力で「第1変位部材」と「第2変位部材」とが一体的に位置決め保持され,揺動を阻止する手段を特定する必要はなかったのである。
しかも,本願公開公報では,従来技術の欠点として「ガイド溝」の存在が指摘されており(甲6の段落【0010】),本願発明の効果として,ガイド手段を不要にしたため部品点数を削減でき,ガイド溝を切り欠く工程も省略できるから製造コストを低減でき,塵埃の発生も抑制できると明確に記載されているのであって(甲6の段落【0063】,【0064】,甲16の段落【0062】),本願発明がガイド手段を設けない構造の装置であることを明細書全体として特定している。
なお,被告は,本願の請求項1には,本願発明が垂直溝と枢軸の接触を回避しているとする構成については,何ら記載されていないとし,「本願発明は,上記引用発明のようなハウジング20の外側面の垂直溝21を有するものを除外するものでない」との審決の認定に誤りはないと主張するが,請求項には,当該発明の特徴について記載するものであり,当業者にとっての従来技術,前提技術についてまで記載する必要はなく,明細書の記載も同様であって,事実,本願発明の装置における「案内構造」は,従来技術であった。
(b) これに対し,引用発明では,むしろ「揺動を阻止する手段」が必須である。
このことは,引用例(甲1)の請求項1に必須の構成要件として「左右の支点ローラが軸支され,左右の支点ローラが夫々左右両外側のシリンダーのハウジング外側面の垂直溝に上下動可能に嵌合され」と記載され,段落【0018】に「ベローズ14を圧縮して下降したステムホルダー15の左右両側下部に軸支された支点ローラー18がシリンダー19のハウジング20の外側面の垂直溝21の下端で停止し,ステムホルダー15に保持されたステム8の下降も停止する結果,ゲート2はストロークBで下降が停止する。」と記載されていることから明らかである。
引用発明において,カム用ローラー24とゲート2とは,軸線方向に位置がずれており,ゲート2の自重により水平方向へのモーメントが働く。そこで,ステムホルダー15の移動方向に設けられた壁等に止め部材を設けたとしても,ゲート2を閉じるためのステムホルダーが傾動することの障害になることは明らかである上,水平方向へのモーメントによる振れを防止することはできない。支点ローラーを垂直溝で案内することによって,このような水平方向へのモーメントによる振れを防止することができるのである。この垂直溝を備える構造は,引用発明にとって必須のものである。
(c) このように,引用発明では「揺動を阻止する手段」を必須とし,本願発明では「揺動を阻止する手段」は必要とされない。審決では,この点に言及すべきであった。
(3) 本願の審査経過からも明らかなように,原告は,本願発明について,ガイド手段を設けないことが本願発明の特徴であることを明言してきたものであり,その点は被告も認識していたところである。この経緯からすれば,本願発明はガイド機構を設けることを排除するものでないとの被告の主張は,失当である。
2 取消理由2(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り) 本願発明の装置において,ピン部材94,係合用溝部96は,変位部材80とレバー部材78とが一体となって軸線方向に上下動する際に機能するものである。また,変位部材80とレバー部材78とが一体となって弁ディスク26が閉じる位置までに至った後,さらにレバー部材78だけが上昇して変位部材80,弁ロッド24が傾動する際に機能するのが,凹部48,支持ローラー46,ピン部材90,ローラ92,長孔88である。
審決が認定した本願発明の「ピン部材」,「係合用溝部」に相当するものは,本願発明の実施例である上記装置における「ピン部材94」,「係合用溝部96」であり,本願発明における「支持部材」に相当するものは,「凹部48」である。
審決の認定は,@引用発明の「支点ローラー18」が本願発明の「支持部材」に相当するとした点,A引用発明の「カム用ローラー24」が本願発明の「ピン部材」に対応する「係合部材」であるとした点,B引用発明の「カム溝25」が本願発明の「係合用溝部」に対応する「係合溝」であるとした点で誤りである。
このように,審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤った。
3 取消理由3(本願発明と引用発明との相違点の看過) 本願発明の位置決め保持手段とは,駆動源の作用下に,位置決め保持手段を介して第1変位部材と第2変位部材とが軸線方向に沿って変位(上下動)する際に,第1変位部材の側面に係止されたピン部材が,第2変位部材の側面に形成された係合用溝部に係合した上,第1変位部材と第2変位部材との間に介装されたばね部材の弾発力により,その係合がしっかり変位方向及び水平方向に確保(固定)され,第1変位部材と第2変位部材とが一体的に保持される手段をいう。そして,一体的に保持された第1変位部材と第2変位部材とは,ガイド溝等のガイド手段によって案内されることなく,軸線方向に沿って変位することができる。
これに対して,引用発明では,ステムホルダー15の左右両側下部に支点ローラー18が設けられ,この支点ローラー18は,シリンダー19のハウジング20の外側面垂直溝21により案内されるような構造となっている。
よって,ガイド手段の存在を否認し,かつ,その否認に基づいて第1変位部材と第2変位部材とをばね部材により変位方向に沿って位置決め保持する手段を備える本願発明と引用発明とは,その構造,機能において明らかに異なる。
審決は,このような本願発明と引用発明との明らかな相違点を看過した。
4 取消理由4(本願発明と引用発明との相違点の誤認) 審決は,前記2のとおり,引用発明のステムホルダー15と一体のローラーホルダー27(第2変位部材)の側面に保持されたカム用ローラー24が,本願発明の「係合部材」に相当し,引用発明のカムプレート23のローラーカム26(第1変位部材)の側面に形成されたカム溝25が,本願発明の「係合溝」に相当するとの誤った認定をした。審決は,この誤った認定を前提として,相違点を認定した。
「前記第1変位部材と第2変位部材とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め手段と,」の点において,本願発明と引用発明とでは,位置決め保持手段が全く相違しているのである。すなわち,引用発明では,位置決め保持手段として,シリンダー19の側面の垂直溝21を支点ローラー18が摺動することによって,上下動の際に左右に振れないように位置決めがされているのであり,この点において,両者における位置決め保持手段は相違している。
審決が,誤って一致点として認定したため,正しく相違点として認定すべき点,すなわち,両者における位置決め保持手段が全く異なっている点が認定されておらず,審決の相違点の認定は,それ自体正しい認定とはいえない。
審決は,前記のとおり相違点を認定したが,本願発明における位置決め保持手段,すなわち,ばね部材,ピン部材,係合用溝部から構成される位置決め保持手段は,引用発明にはない。審決の相違点の認定は,誤りである。
被告の主張の要点
1 取消理由1(前提問題-引用発明の認定の誤り等)に対して (1) 引用発明の位置決め保持手段が,スプリング30とカム用ローラー24とカム溝25だけで構成されるものでなく,他にステムホルダー15の揺動を阻止する手段を必要とすることは認める(しかし,それが特に垂直溝を用いた構造である必要はない。)が,このような揺動を阻止する手段は,本願発明においても必要なものであって,本願発明の位置決め保持手段も,第2変位部材80の揺動を阻止するローラ92,長孔88等の手段を必須のものとしているのである。
ところが,本願においては,請求項1を「…を含む」と記載することにより,本願発明の位置決め保持手段が,ばね部材とピン部材と係合用溝部だけでなく,それ以外の構成要素も含み得ることを示した上で,揺動を阻止する手段を,発明を特定する事項から除外しているのである。
そうすると,本願発明が,位置決め保持手段における揺動を阻止する手段を,発明を特定するための必須の事項としていない以上,引用発明の認定においてもこのような揺動を阻止する手段に言及する必要がないことは当然である。
そして,引用例の装置のカム溝25は,図3から明らかなように,カム用ローラー24が嵌まり込むことのできる円弧状の曲面を有するものであって,カム用ローラー24が,スプリング30の働きによりこの曲面に強く係合することによって,シリンダー19の駆動作用下に変位するカムプレート23とステムホルダー15とを,変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持するとともに,ステムホルダー15が変位終端位置に至ったときに初めて,カム用ローラー24がカム溝25の山を乗り越えて移動できるように構成されているものであるから,審決が,「これらスプリング30とカム用ローラー24とカム溝25とは,カムプレート23とステムホルダー15とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段として機能している」と認定した点に誤りはない。
(2)(a) 原告は,本願発明につき,「ガイド機構を設けない」,「ガイド手段を不要にした」と主張するが,これらを特定する事項は,特許請求の範囲の請求項1には一切記載されていないから,本願発明が「第1変位部材と第2変位部材とを…一体的に保持する位置決め保持手段と,…を備え,…前記位置決め保持手段は,…ばね部材と,…ピン部材と,…係合用溝部とを含む」発明である以上,本願発明は,ガイド機構を設けなくてもよいものであることは確かとしても,ガイド機構を設けることを排除するものでもない。
本願の請求項1には,本願発明が垂直溝と枢軸の接触を回避しているとする構成については,何ら記載されていないのであるから,「本願発明は,垂直溝と枢軸の接触を回避し…」ということはできず,「本願発明は,上記引用発明のようなハウジング20の外側面の垂直溝21を有するものを除外するものでない」との審決の認定に誤りはない。
(b) 引用発明においては,スプリング30とカム用ローラー24とカム溝25が,カムプレート23とステムホルダー15とを,変位方向である図3の上下方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段として機能している。この機能は,本願発明におけるばね部材,ピン部材,係合用溝部から構成される位置決め保持手段の機能と全く異ならない。
また,引用発明は,垂直溝を必須の構成とするものではない。
2 取消理由2(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)に対して (1) 前述したように,位置決め保持手段に関する認定も含めて,審決における引用発明の認定に誤りはないから,本願発明と引用発明との対比において,原告の主張するような「案内構造」についてあえて言及しなければならない理由はない。
また,引用発明のカム用ローラー24が,本願発明のピン部材と同様に,カム溝25にスプリング30の付勢力によって強制的に係合されており,ステムホルダー15とカムプレート23とが上昇する際に両者を一体化して変位方向に保持するように機能しているのであるから,審決における一致点の認定にも誤りはない。
引用例には,支点ローラー18と垂直溝21に関して,「変位終端位置に至るまで左右に振れることなく案内される構造」,あるいは「案内構造」等の記載は,一切ない。引用例の装置では,支点ローラー18を垂直溝21の溝側面に当接させてステムホルダー15の図3における左方向への揺動を阻止することにより,スプリング30とカム用ローラー24とカム溝25とを,“カムプレート23とステムホルダー15とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段”として機能せしめているのであって,支点ローラー18と垂直溝21の溝側面は,ステムホルダー15を左右に振れることなく案内しているわけではない。
(2) 本願発明の実施例において,@本願発明の「支持部材」に相当するのは「支持ローラ46」であるから,引用発明の「支点ローラー18」は,本願発明の「支持部材」に相当する。また,引用発明の「カム用ローラー24」,「カム溝25」は,「スプリング30」とともにカムプレート23とステムホルダー15とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段であるから,引用発明の「カム用ローラー24」,「カム溝25」を,本願発明の「ピン部材」,「係合用溝部」に対応する「係合部材」,「係合溝」であるとした点,及び,引用発明の「スプリング30」を本願発明の「ばね部材」に相当するとした点にも誤りはない。
3 取消理由3(本願発明と引用発明との相違点の看過)に対して 引用発明の位置決め保持手段は,シリンダー19の作用下に,位置決め保持手段を介してカムプレート23とステムホルダー15とが軸線方向に沿って変位する際に,カムプレート23の側面に係止されたカム用ローラー24が,ステムホルダー15の側面に形成されたカム溝25に係合した上,カムプレート23とステムホルダー15との間に介装されたスプリング30の引っ張り力により,その係合がしっかり確保され,カムプレート23とステムホルダー15とが一体的に変位方向に保持される。このように,引用発明は,本願発明の位置決め保持手段と同じ機能を備えているから,一体的に保持されたカムプレート23とステムホルダー15とは,その相対的な揺動を阻止することにより,ガイド手段によって案内されることなく軸線方向に沿って変位することができる。しかも,支点ローラー18は,垂直溝21により案内されるものでないから,原告が相違点であると主張する点は,相違点ではない。
4 取消理由4(本願発明と引用発明との相違点の誤認)に対して 位置決め保持手段に関する認定も含め,審決の認定に誤りはなく,審決の相違点の認定に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消理由1(前提問題-引用発明の認定の誤り等)について (1) 本願発明の要旨認定について 本件においては,そもそも本願発明の要旨認定,特に,「位置決め保持手段」の技術的意義の理解自体において,争いがある。
すなわち,審決は,「本願発明は,上記引用発明のようなハウジング20の外側面の垂直溝21を有するものを除外するものでない」との説示にみられるように,本願発明は,揺動を阻止する手段を発明を特定する事項から除外しており,ガイド機構を設けることを排除するものではないという前提に立って,引用発明を認定し,本願発明と引用発明との一致点及び相違点を認定したものであることが明らかである。そして,被告は,これと同旨の主張をする。
これに対し,原告は,前記のとおり,本願発明は,積極的に「揺動を阻止する手段」を排除しており,ガイド手段を設けない構造の装置である旨を主張する。
そこで,本願発明の要旨認定に関する争点について検討する。
(a) 本願請求項1の記載は,前記第2,2のとおりである。このうち,「位置決め保持手段」に関する部分を抜粋すると,(α)「前記第1変位部材と第2変位部材とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する位置決め保持手段」,(β)「前記位置決め保持手段は,前記第1変位部材と第2変位部材との間に介装されたばね部材と,前記第1変位部材の側面に係止されたピン部材と,前記第2変位部材の側面に形成され,前記ピン部材が係合する係合用溝部とを含む」という記載となっている。
(b) 上記(α)においては,「位置決め保持手段」が,第1変位部材と第2変位部材とを変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持する際に,ガイド手段の利用については特に記載がなく,少なくとも,ガイド手段の利用を否定することは記載されていない。また,(β)においては,「位置決め保持手段」が,「ばね部材と,…ピン部材と,…係合用溝部とを含む」(下線は判決が付した。)と規定されており,「位置決め保持手段」が,ばね部材,ピン部材及び係合用溝部「のみ」で構成されると規定されているわけではなく,むしろ,「を含む」という表現から,列挙された部材以外のものも構成要素として存在し得るとの趣旨が理解される。
そうすると,本願発明の「位置決め保持手段」は,「ばね部材」,「ピン部材」及び「係合用溝部」以外に,「ガイド手段」を設けることを否定してはおらず,「ガイド手段」を用いる場合をも含むものと解される。
なお,特許出願に係る発明の要旨認定は,特段の事情のない限り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないというべきである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁)。
本願請求項1の記載は,上記の点を含め,その記載自体から,技術的意義が一義的に明確に理解することができるものであり,また,以下の判示に照らせば上記でいう誤記にも当たらないことは明らかであって,上記特段の事情があるものとは認められない。
よって,本願発明の要旨としては,「位置決め保持手段」において「ガイド手段」を設けることは,否定されないものというべきである。
(c) 原告は,本願明細書の発明の詳細な説明における段落【0042】,【0010】,【0062】〜【0064】の記載を引用して,前記第3,1のとおり主張する。
確かに,本願明細書の段落【0042】には,前記主張において原告が引用する記載があり,段落【0010】には,従来技術の欠点として「ガイド溝」の存在が指摘され(甲6),段落【0062】〜【0064】には,本願発明の効果として,ガイド手段が不要となったことから,部品点数の削減,製造工程の簡素化,製造コストの低減,塵埃の発生の抑制という効果があることが記載されている(【0062】は甲16,【0063】【0064】は甲6)。また,段落【0011】には,ガイド手段を不要とすることによる部品点数の削減,製造コストを低減,塵埃等の発生抑制などの目的が記載されている。
(c-1) しかし,本願請求項1の記載は,その記載自体から,技術的意義が一義的に明確に理解することができるものであり,本願発明の要旨認定において,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許される場合に該当しないことは,前判示のとおりであるから,本願明細書の発明の詳細な説明の記載を理由とする原告の主張は,採用することができない。
(c-2) なお,原告は,本願明細書の段落【0042】の記載を引用した上で,本願発明は,積極的に揺動を阻止する手段を排除していると主張し,これが失当であることは,上記のとおりであるが,仮に,同段落の記載により,ばね部材,ピン部材及び係合用溝部のみにより,レバー部材78及び変位部材80が,所定位置に位置決め保持された状態で一体的に上昇するものであることを把握できると仮定しても,この記載は,あくまでも,本願発明の一実施例に係る技術事項についての理解を左右するにとどまるのであって,本願発明としての「位置決め保持手段」が,ばね部材,ピン部材及び係合用溝部のみから構成され,揺動(振れ)を阻止する手段を積極的に排除しているものと解釈すべきことにはならない(なお,本願発明の実施例の図1,2,7,8によれば,ピン部材94は,ばね部材84の軸線上にはなく,外れた位置に配置されていることが認められる。そうすると,第2変位部材80が第1変位部材78から離れる方向に向けてばね部材84により弾発されるとき,第2変位部材80にはピン部材94を支点とする回動力が働くことになる。そうであれば,第1変位部材78と第2変位部材80との間に両者の相対的な揺動を阻止する手段が介在していないとすれば,第2変位部材80は,揺動するのが通常であろうと認められる。技術常識に照らせば,このように考えられるにもかかわらず,揺動が生じることを否定するに足りる証拠は見当たらない。したがって,そもそも,本願明細書の上記記載から,直ちに,ばね部材,ピン部材及び係合用溝部のみにより,レバー部材78及び変位部材80が所定位置に位置決め保持された状態で一体的に上昇するものと解すること自体に,無理があるというべきである。)。
(c-3) 原告が主張するように,本願発明につき,ガイド手段がなくても成立する発明であると構成するにとどまらず,ガイド手段が不要なもの(ガイド手段を設けないもの)に限定して構成するものであるならば,本願請求項1のように記載するのではなく,その趣旨に従って記載が工夫されるべきである。
原告は,前記第3,1(3)において,本願の審査経過について主張しているので,ここで検討しておく。
本願の審査経過(出願経過)の概要は,前記第2,1(2)に記載のとおりであるが,原告は,本件手続補正Aで,特許請求の範囲の記載として,「ガイド手段によって案内されることなく前記第2変位部材と一体に変位し,…支点となる支持部材と,」(甲13)というように,「ガイド手段によって案内されることなく」という文言を挿入し,ガイド手段を除外しようとするものと解される記載をした。しかし,この補正に対しては,特許庁から拒絶理由通知(最後)により,記載が不明瞭という拒絶理由が示されるとともに,<補正等の示唆>として,「請求項1の「〜なく」という表現の前提構成について再検討することが望ましい。」との示唆がされた(甲14)。この趣旨は,ガイド手段を除外しようとする方向性は是認した上で,前提構成を再検討し,適切な記載に改めるよう示唆がされたものと解される。
しかし,原告は,本件手続補正Bにおいて,「ガイド手段によって案内されることなく」との文言を削除してしまい,従前の請求項2を請求項1に繰り上げたことから,前記のような本願請求項1のような記載となったものである(甲16)。その結果,本願請求項1には,ガイド手段に関する記載がなくなり,ガイド手段の利用を否定することは記載されないことになった上,「位置決め保持手段」が,「ばね部材と,…ピン部材と,…係合用溝部とを含む」(下線は判決が付した。)というように,「ばね部材」,「ピン部材」及び「係合用溝部」に限定されない記載になったものである。
そうすると,原告は,特許請求の範囲の記載において,ガイド手段の除外という趣旨の記載を実現しようと試みたにもかかわらず,しかも,特許庁から上記の示唆を受けたにもかかわらず,最終的に,あえて「ガイド手段によって案内されることなく」という記載を削除して,本願請求項1の記載に至ったものというべきであって,この経緯に照らせば,本願発明の要旨認定としては,むしろ,「位置決め保持手段」においては,ガイド手段を設けることは否定されないという理解(前記(b))が裏付けられるものというべきである。
仮に,原告が,審査過程における意見書等において,ガイド手段を設けないことが本願発明の特徴であることを明言しているとしても,本願請求項1の記載に照らしても,審査経過(出願経過)に照らしても,特許請求の範囲にそのように理解し得る記載として反映されていると解することができないことは,明らかである。
(2) 引用発明の認定について (a) 引用発明では,ステムホルダー15の左右両側下部に支点ローラー18が設けられ,この支点ローラー18は,シリンダー19のハウジング20の外側面垂直溝21により案内されるような構造となっていることが認められる(甲1)。
さらに,引用例の記載(甲1の記載中,審決が引用した前記A),B),C),D)の記載や図3の記載)からすれば,引用例の装置のカム溝25は,カム用ローラー24が嵌まり込むことのできる円弧状の曲面を有するものであって,カム用ローラー24が,スプリング30の働きによりこの曲面に強く係合することによって,シリンダー19の駆動作用下に変位するカムプレート23とステムホルダー15とを,変位方向に沿って位置決めした状態で一体的に保持するとともに,ステムホルダー15が変位終端位置に至ったときに初めて,カム用ローラー24がカム溝25の山を乗り越えて移動できるように構成されているものと認められる。
また,上記C)の記載中の「ステムホルダー15はその左右両側下部の支点ローラー18を支点にして図6に示すように傾動し」との記載によれば,ステムホルダー15は,支点ローラー18を支点にして傾動するものと認められる。
そうすると,前記第2,3(1)に記載した引用発明についての審決の認定は,是認し得るものである。
(b) 原告は,審決の引用発明の認定について,前記第3,1(1)のとおり主張する。
しかしながら,ステムホルダー15とカムプレート23の軸線方向への変位は,部材の動きであって,当業者であれば,ステムホルダー15とカムプレート23とが一体的に軸線方向に変位することを変位に係る具体的な構造及び機能と切り離して理解できることは明らかである。よって,引用発明をステムホルダー15とカムプレート23の軸線方向への動きの観点から認定するに当たり,変位を生じるための具体的な構造や変位の機能を併せて認定しなければならないという理由はない。
加えて,本願発明の「位置決め保持手段」において「ガイド手段」を設けることは否定されないものというべきであることは,前判示のとおりであるから,引用例の垂直溝21,支点ローラー18及びスプリング30についての関係,役割,動作を総合的に判断していないことを根拠にして,審決における引用発明の認定の誤りをいう原告の主張は,採用することができない。
(3) 以上のとおり,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2 取消理由2(本願発明と引用発明との一致点の認定の誤り)について (1) 本願発明及び引用発明の認定について,前記1に判示したところに照らせば,「本願発明と引用発明とを対比すれば,引用発明の『シリンダー19』,『ピストンロッド22』,『カムプレート23』,『ステムホルダー15』,『ステム8』,『流路口3』,『ゲート2』,『支点ローラー18』,『スプリング30』は,それぞれ本願発明の『駆動源』,『駆動軸』,『第1変位部材』,『第2変位部材』,『弁ロッド』,『通路』,『弁ディスク』,『支持部材』,『ばね部材』に相当している」との審決の認定は,是認し得るものである。
さらに,前認定に照らせば,引用発明の「カム用ローラー24」及び「カム溝25」と本願発明の「ピン部材」及び「係合用溝部」とは,「カムプレート23」(本願発明の「第1変位部材」)と「ステムホルダー15」(本願発明の「第2変位部材」)を「係合部材」と「係合溝」との係合関係により位置決め保持する点で一致するといえる。よって,「引用発明の『カム用ローラー24』,『カム溝25』は,本願発明の『ピン部材』,『係合用溝部』に対応する『係合部材』,『係合溝』である。」とした審決の認定も是認し得るものである。
そうすると,審決における本願発明と引用発明との一致点の認定に誤りがあるとはいえない。
(2) 原告は,@引用発明の「支点ローラー18」が本願発明の「支持部材」に相当するとの認定が誤りであると主張する。
しかしながら,既に判示したところに照らせば,引用発明の「支点ローラー18」は,ステムホルダー15と一体的に変位し,軸線方向に沿った変位終端位置においてステムホルダー15が傾動する際に支点となるものであることが認められる。そして,本願請求項1においては,「支持部材」に関し,「前記第2変位部材と一体的に変位し,軸線方向に沿った変位終端位置において該第2変位部材が傾動する際に支点となる支持部材」と規定されているにすぎないことからすれば,引用発明の「支点ローラー18」が本願発明の「支持部材」に相当するとした審決の認定は,是認し得るものである。
仮に,本願発明の実施例の記載によれば「支持部材」に相当するものが「凹部48」であると理解し得るとしても,そのことは,本願発明の「支持部材」の一具体化例を示すものにすぎず,直ちに,本願発明の「支持部材」を「凹部48」に限定して解釈すべきものではない。この点により審決の認定の正当性を否定し得るものではない。
(3) 原告は,A引用発明の「カム用ローラー24」が本願発明の「ピン部材」に対応する「係合部材」であり,B引用発明の「カム溝25」が本願発明の「係合用溝部」に対応する「係合溝」であるとする認定も誤りであると主張する。
しかしながら,既に判示したところに照らし,原告の主張は,採用の限りではない。
仮に,引用発明の「カム用ローラー24」や「カム溝25」が,本願発明の実施例の装置におけるピン部材90,ローラ92及び長孔88のような機能を奏するとしても,そのことは,引用発明の「カム用ローラー24」及び「カム溝25」が,「カムプレート23」(本願発明の「第1変位部材」)と「ステムホルダー15」(本願発明の「第2変位部材」)とを,「係合部材」と「係合溝」との係合関係により位置決め保持するという点で,本願発明の「ピン部材」及び「係合用溝部」と一致するということと矛盾するものでもない。
また,そもそも,本願発明の実施例の装置において,本願発明の「ピン部材」,「係合用溝部」に相当するものが,「ピン部材94」,「係合用溝部96」であるとしても,そのことは,本願発明の「ピン部材」や「係合用溝部」の一具体例を示すものにすぎず,直ちに,審決の認定を否定する理由となるものでもない。
(4) 以上のとおり,原告主張の取消事由2は,理由がない。
3 取消理由3(本願発明と引用発明との相違点の看過)について 原告の取消理由3の主張は,前記第3,3のとおりであって,本願発明及び引用発明の認定に関する前記原告の見解を前提として,審決に両者の相違点の看過があると主張するものである。
しかし,既に判示したとおり,本願発明の「位置決め保持手段」が,ばね部材,ピン部材及び係合用溝部のみから構成され,ガイド手段の存在を否定するものであると限定して解釈すべき理由はないのであるから,原告の上記主張は,採用することができないことが明らかである。
4 取消理由4(本願発明と引用発明との相違点の誤認)について 原告の取消理由4の主張は,前記第3,4のとおりであって,取消事由3と同旨の見解を前提とするほか,前記のA引用発明の「カム用ローラー24」が本願発明の「係合部材」であるとする認定や,B引用発明の「カム溝25」が本願発明の「係合溝」であるとする認定が誤りであるとの原告の主張を前提として,本願発明と引用発明との相違点の認定に誤りがあるというものである。
しかし,既に判示したとおり,原告が前提とする主張が採用し得ないのであるから,原告の取消事由4の主張も理由がないというほかない。
5 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文