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事件 平成 10年 (ワ) 2174号 損害賠償請求事件
原告 大鵬薬品工業株式会社 右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 松尾翼
同 奥野泰久
同 内田公志
同 西村光治
被告 メディサ新薬株式会社 右代表者代表取締役 【B】
被告 沢井製薬株式会社 右代表者代表取締役 【C】 右被告ら訴訟代理人弁護士 藤田健
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 1999/08/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
一 被告メディサ新薬株式会社は、原告に対し、金四四万九二五八円及びこれに対する平成六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告沢井製薬株式会社は、原告に対し、金二万九九〇四円及びこれに対する平成六年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
一 基礎となる事実(いずれも争いがないか弁論の全趣旨により認められる。)1 原告の特許権 原告は、別紙特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有していた(存続期間終了日平成一〇年二月一〇日)。
2 被告らの行為(一) 被告メディサ新薬株式会社(以下「被告メディサ新薬」という。)は、別紙物件目録中一記載の医薬品(以下「被告イ号医薬品」という。)の製造につき、薬事法14条に基づき厚生大臣に対して製造承認申請を行い、平成三年九月に製造承認を得た。
被告メディサ新薬は、右製造承認申請を行うために必要なデータを取得するために、被告イ号医薬品を製造し、昭和六三年一二月から平成元年八月にかけて規格試験、加速試験及び生物学的同等性試験を実施して被告イ号医薬品を使用し、このうち生物学的同等性試験は被告沢井製薬株式会社(以下「被告沢井製薬」という。)に委託して実施した(もっとも、右生物学的同等性試験については、以下、被告メディサ新薬が実施したものとして扱う。)。
(二) 被告メディサ新薬は、平成六年三月までに、被告沢井製薬が被告イ号医薬品を別の被包又は容器に分割充填して別商品名(別紙物件目録中二記載の医薬品。以下「被告ロ号医薬品」といい、被告イ号医薬品と併せて「被告医薬品」という。)で販売する小分け製造承認申請を行うために必要な規格試験を実施するために、被告ロ号医薬品を製造し、これを同社に譲渡した。
被告沢井製薬は、被告ロ号医薬品の製造につき、薬事法14条に基づき厚生大臣に対して小分け製造承認申請を行い、平成六年三月に製造承認を得た。被告沢井製薬は、右製造承認申請を行うために必要なデータを取得するために、平成三年九月から同年一二月の間に規格試験を実施して被告ロ号医薬品を使用した。
3 被告医薬品と本件特許権の関係 被告医薬品は、本件発明の技術的範囲に属し、原告が本件発明の実施品として製造販売している医薬品(商品名「ユーエフティー」、以下「原告医薬品」という。)と有効成分が同一のいわゆる「後発医薬品」である。
4 被告メディサ新薬が実施した生物学的同等性試験において求められる内容 被告メディサ新薬が実施した生物学的同等性試験においては、先発医薬品たる原告医薬品と、後発医薬品たる被告医薬品をビーグル犬に投与してテガフール、ウラシル及びフルオロウラシル(5ーFU)の三成分の血中濃度を測定したとき、両医薬品間のAUC(血中濃度ー時間曲線下面積)及びCmax(最高血中濃度)の平均値の差が二〇パーセント以内であって、その統計的精度(検出力)が〇・八以上であることが必要とされている(甲8)。
二 原告の請求の内容 本件は、原告が、被告らに対し、被告医薬品は本件発明の技術的範囲に属するから、@被告メディサ新薬が被告イ号医薬品を製造して試験に使用した行為、A被告メディサ新薬が被告ロ号医薬品を製造して被告沢井製薬に譲渡した行為、B被告沢井製薬が被告ロ号医薬品を試験に使用した行為が、それぞれ本件特許権を侵害するとして、損害賠償を請求した事案である。
三 争点1 被告らの行為は、特許法68条の「業として特許発明実施するものか。
2 被告らの行為は、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たるか3 被告らの行為は、実質的違法性を有しないものか。
4 損害額
争点に関する当事者の主張
一 争点1(被告らの行為が「業として特許発明実施するものか)について【原告の主張】 被告行為は、「業として」の実施に当たる。
【被告らの主張】 「業として特許発明実施するとは、製剤の試作や各種試験の段階を越えて、
商業的に製剤を製造、販売することにより現実に利益を得ることができる実施であることをいうのであり、その前段階の製剤の試作や各種試験のための実施は「業として」の実施に当たらない。
二 争点2(被告らの行為が試験又は研究のためにする特許発明実施に当たるか)について【被告らの主張】1 特許法69条1項の趣旨は、試験又は研究の段階においては特許権者が市場を独占する権利を何ら脅かすことがないから違法性がないためであり、だからこそ同項が規定する「試験又は研究」には、目的、対象、水準等に限定はないから、技術の進歩を目的とするものでなくとも、また販売を目的としたものであっても、同項に該当する。また、医薬品の製造承認申請のためにする医薬品の試作や各種試験の実施は、製剤のための配合処方を工夫し、その安全性を確認する一体のものであって、全体として技術の進歩に寄与する側面がある。さらに、医薬品の製造承認申請のために行う試験は、医薬品の安全性の確保等を目的とする極めて公共性の高いものである。
したがって、被告らの行為は、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たる。
2 原告は、被告メディサ新薬が実施した生物学的同等性試験が虚偽又はねつ造されたものであると主張するが、いずれも不当である(乙1、10、13)。
(一) 被告メディサ新薬が生物学的同等性試験を行った当時には、原告製剤をビーグル犬に投与したときの血中濃度データは何ら公表されておらず、何らかのデータを真似てデータをねつ造することなど不可能であった。
(二) ウラシルに関するデータ(甲12の図2)については、
(1) 被告メディサ新薬のデータがゼロから始まりゼロで終わっているのは、被告メディサ新薬のデータにおいては、測定値からビーグル犬の体内に常在するウラシル値を差し引いてグラフを作成しているからであり、何ら不当な点はない。
(2) 被告メディサ新薬の測定法については、被告メディサ新薬の用いた液体クロマトグラフ法(HPLC法)が、原告の用いたガスクロマトグラフーマスフラグメント法(GC/MS法)よりも測定精度が劣ることはない(甲30)。
(3) 被告メディサ新薬のデータにおいて原告医薬品と被告医薬品のCmaxデータが近似しているのは、そもそも後発医薬品においては、投与後の血中濃度のパターンが先発品のそれとできるだけ同じになるように研究開発されたものであり、パターンが類似するのは当然である。原告は右データが生じる確率は六パーセントにすぎないとするが、仮にそうであるならば、その六パーセントの事態が生じたにすぎない。また原告は、ばらつきが大きいから平均値が一致しにくいということについて何らの根拠に基づかずに主張しているにすぎない。
(4) 被告メディサ新薬のデータでは、測定値からビーグル犬に内在するウラシル値を差し引いて表示しているため、標準偏差がゼロを下回る箇所が生じるのは当然である。
(三) フルオロウラシルのデータ(甲12の図3)については、
(1) 被告メディサ新薬の再評価申請書に添付されたデータは、(2)で述べる誤記を除けば、その数値は当初の製造承認申請書に添付したデータと一致しており、何ら不当な点はない。
(2) 被告メディサ新薬の再評価申請書に添付されたデータでは単位の表記を〔ng/ml〕とすべきところを〔μg/ml〕とした誤記があるが、それを訂正すれば何ら不当な点はない。
(3) 被告メディサ新薬のデータの整数グラフと原告のデータの対数グラフが似ている点については、仮に被告メディサ新薬が原告のデータに似せようとしたのであれば、同じように対数グラフを作成して似ているデータとしたはずである。また、被告メディサ新薬の測定値が原告の測定値と異なっているのは、試験に用いたビーグル犬が異なる以上、当然生じるものであり、何ら不当な点はない。
(4) 被告メディサ新薬のデータがHPLC法で測定されている点については、被告メディサ新薬では、これまで研究室で積み重ねられてきたノウハウや工夫によって、ウラシルとフルオロウラシルの分離を図るとともに夾雑物を除去することに成功し、測定下限を五ng/mlに下げることを可能としたのであり、何ら不当な点はない。また、それ以下の濃度については測定値をゼロとしたものであり、何ら不当な点はない。
(四) 被告メディサ新薬のデータの検出力(甲11の添付資料1の「4.総論」)についての原告の主張は、すべて原告が行った実験結果のみに基づくものにすぎない。原告の試験と被告メディサ新薬の試験とは使用したビーグル犬が異なるのであるから、原告の実験結果に基づく検出力と被告メディサ新薬の実験結果に基づく検出力とが異なっていても何の不思議もない。また、原告自身も、二〇匹のビーグル犬で生物学的同等性試験を行っている。
3 被告らが薬価収載申請をしたのは認めるが、それは、原告の本件特許権に明白な無効事由が存すると判断したからである。すなわち、被告沢井製薬は被告医薬品の製造販売について問題となる本件特許権及び別件の原告特許権について、平成四年三月二日に無効審判を申し立てたが、別件の原告特許権は無効となったものの、
本件特許権は原告の申し立てた訂正審判が認められ、無効とならなかった。被告らは、製造承認申請をした段階においては、本件特許権に明白な無効事由があればその存続期間中に被告医薬品の製造販売を行うこともあり得るが、無効であるとの確信が得られなければ存続期間の終了後に製造販売する意思であったのである。このような意思で製造承認申請のための試験を行うことは、実質的に違法ではない。
4 被告沢井製薬が行った規格試験は、小分け製造承認申請をするためであり、被告メディサ新薬の行った試験と一体のものとして、特許法69条1項の「試験」に該当する。
また、被告メディサ新薬が被告沢井製薬に対して行った被告医薬品の譲渡についても、無償であり、被告沢井製薬における「試験」のためのものであるから、特許法69条1項の「試験又は研究のためにする特許発明実施」に該当する。
【原告の主張】1 特許法69条1項によって試験研究のための特許発明実施について特許権の効力が及ばないとされるのは、当該行為によって技術進歩が認められる等、社会的に有用な効果が認められるからである。
しかし、後発医薬品製造承認申請のために行う試験には、医薬品に関する新たな知見を取得する可能性はないから、特許法69条1項の適用はない。
2 また、被告メディサ新薬が行った生物学的同等性試験の結果は、次の諸点において不合理であり、これらからすれば、虚偽又はねつ造したものといわざるを得ない。生物学的同等性試験の内容にこのようなデータが含まれている場合、被告メディサ新薬の行った試験は、その他の試験を含めて試験自体の意味がないことになるから、特許法69条1項にいう「試験研究」とは評価できない。
(一) ウラシルに関するデータ(甲12の図2)については、
(1) ウラシルは体内に常在する成分であるから、被告メディサ新薬のデータのようにゼロで始まりゼロで終わることはあり得ない(甲10)。
(2) 被告メディサ新薬のデータ作成は、HPLC法によって得られたとされている(甲11の添付資料1の「4.総論」)。原告ではHPLC法による正確な測定が困難であったことから、約一〇倍の高精度のGC/MS法を使用したわけであるが、
被告メディサ新薬はHPLC法を使用していながら原告の測定結果よりも精度の高い測定結果を得ており、不合理である。
(3) 原告医薬品と被告医薬品についてのCmaxの測定結果は、ばらつき(標準偏差)が大きい割には平均値が近似しており、極めて不自然である。統計上、このような近似が得られる確率はわずか六パーセントにすぎず、あり得ない結果である(甲19、21、29)。
(4) 被告メディサ新薬のデータのばらつきを標準偏差によって見ると、マイナスに達する部分があるが、ウラシルは体内に常在する成分であるから、マイナスになることはあり得ない。
(二) フルオロウラシルに関するデータ(甲12の図3)については、
(1) 被告メディサ新薬のフルオロウラシルに関するデータは、当初の製造承認申請書に添付されたもの(甲11の第11図)と、その後の再評価申請書に添付されたもの(甲12の図3)とで内容が異なっており、不合理である。
(2) 再評価申請書に添付された資料では、致死量を超えるCmaxが記載されており、不合理である。
(3) 被告メディサ新薬のデータを表示したグラフは、整数グラフで表示されたものであるが、原告が実施した生物学的同等性試験の対数グラフと酷似しており、不合理である(甲10)。
(4) 被告メディサ新薬のデータ作成は、HPLC法によって行われているが、その測定下限(10ng/ml)よりも低い測定値が得られており、あり得ない結果である(甲10、13ないし15)。
(三) 被告メディサ新薬の製造承認申請書の記載によれば、被告の生物学的同等性試験は、ビーグル犬二〇匹を使って行われ、その結果検出力〇・八以上の結果が得られたとされている(甲11の添付資料1の「4.総論」)。しかし、すべての成分で検出力〇・八以上の結果が得られるには、最低限九〇匹分のデータが必要であり、被告メディサ新薬の右記載は虚偽である(甲22)。
3 さらに、被告メディサ新薬は平成四年四月及び平成六年四月の二回にわたって被告医薬品の薬価収載申請を行い、被告沢井製薬は、平成六年三月に被告医薬品の製造承認を得ると翌四月に薬価収載申請を行っている。右申請はいずれも厚生省の指導によって取り下げられたが、製薬会社は、薬価収載がなされると三月以内に当該医薬品を販売することが義務づけられているから、被告らが本件特許権の存続期間内に被告医薬品の製造販売を意図していたことは明らかである。
このような被告らが行った試験は、特許法69条1項の「試験又は研究のための特許発明実施」とはいえない。
4 被告メディサ新薬は、被告沢井製薬の小分け製造承認申請のために被告ロ号医薬品を製造し、譲渡し、それに基づいて被告沢井製薬は規格試験を行った。小分け製造承認とは、供給元から医薬品を購入し、商品名と包装を変えて販売する場合の製造承認であり、この場合、購入した者に義務づけられている試験は規格試験のみであり、加速試験及び生物学的同等性試験については供給元の試験結果を流用することが認められている。
しかし、まず、規格試験のみでは何ら新たな知見を取得することはないから、被告沢井製薬の行為は、特許法69条1項の「試験」に該当しない。
したがって、被告メディサ新薬が被告沢井製薬による小分け製造承認のために被告医薬品を製造し、譲渡した行為は、「試験又は研究のための特許発明実施」に該当しない。
三 争点3(実質的違法性の欠如)【被告らの主張】1 平成六年特許法改正法(平成六年法律第一一六号)附則5条2項の規定は、医薬品を製造販売するための準備行為(製剤の試作及び各種試験を行い製造承認の申請を行うこと)を含め、特許権の存続期間満了後に行う事業の準備のために特許権の存続期間中に特許発明実施することを適法とするものであり、特許権の侵害を構成しないことを前提としているから、被告らの行為には違法性がない。
2 本件特許権は、抗腫瘍剤についての発明であるが、被告らが行った試験においては被告医薬品を抗腫瘍剤として使用したわけではない。したがって、本件発明の実施といえないばかりか実質的に違法性がない。
【原告の主張】 被告らの主張は争う。
四 争点4(損害額)について【原告の主張】1 被告メディサ新薬は、被告イ号医薬品の製造承認申請のための試験に使用するために四二〇七カプセルの被告イ号医薬品を製造し、うち一二六〇カプセルを試験に使用した。
また、被告メディサ新薬は、被告沢井製薬が被告ロ号医薬品を小分け製造承認申請するための試験に使用するために三〇〇カプセルの被告ロ号医薬品を製造し、被告沢井製薬に譲渡した。
被告メディサ新薬が製造承認を取得した平成四年一月当時の原告医薬品の薬価は、一カプセル四九八円四〇銭であり、本件発明の実施料相当額は、薬価の二〇パーセントを下らないので、原告が被告メディサに対して請求し得る損害額は、四四万九二五八円を下らない。
2 被告沢井製薬は、被告ロ号医薬品の小分け製造承認申請のための規格試験に使用するために三〇〇カプセルの被告ロ号医薬品を被告メディサ新薬から譲り受けて、試験に使用した。
原告医薬品の平成四年一月当時の薬価及び本件発明の実施料相当額は1のとおりであるから、原告が被告沢井製薬に対して請求し得る損害額は、二万九九〇四円を下らない。
【被告らの主張】 原告の主張は争う。
当裁判所の判断
一 ある者が化学物質又はそれを有効成分とする医薬品についての特許権を有する場合において、第三者が、特許権の存続期間満了後に特許発明に係る医薬品と有効成分を同じくする医薬品(「後発医薬品」)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、次の理由により、
特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たり、
特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である(最高裁判所平成一一年四月一六日判決・裁判所時報一二四一号一三四頁、判例時報一六七五号三七頁参照)。
1 特許制度は、発明を公開した者に対し、一定の期間その利用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに、第三者に対しても、この公開された発明を利用する機会を与え、もって産業の発達に寄与しようとするものである。このことからすれば、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が広く益されるようにすることが、特許制度の根幹の一つであるということができる。
2 薬事法は、医薬品の製造について、その安全性等を確保するため、あらかじめ厚生大臣の承認を得るべきものとしているが、その承認を申請するには、各種の試験を行った上、試験成績に関する資料等を申請書に添付しなければならないとされている。後発医薬品についても、その製造の承認を申請するためには、あらかじめ一定の期間をかけて所定の試験を行うことを要する点では同様であって、その試験のためには、特許権者の特許発明技術的範囲に属する化学物質ないし医薬品を生産し、使用する必要がある。もし特許法上、右試験が特許法69条1項にいう「試験」に当たらないと解し、特許権存続期間中は右生産等を行えないものとすると、
特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が当該発明を自由に利用し得ない結果となる。この結果は、前示特許制度の根幹に反するものというべきである。
3 他方、第三者が、特許権存続期間中に、薬事法に基づく製造承認申請のための試験に必要な範囲を超えて、同期間終了後に譲渡する後発医薬品を生産し、又はその成分とするため特許発明に係る化学物質を生産・使用することは、特許権を侵害するものとして許されないと解すべきである。そして、そう解する限り、特許権者にとっては、特許権存続期間中の特許発明の独占的実施による利益は確保されるのであって、もしこれを、同期間中は後発医薬品製造承認申請に必要な試験のための右生産等をも排除し得るものと解すると、特許権の存続期間相当期間延長するのと同様の結果となるが、これは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超えるものといわなければならない。
二 そこでまず、被告メディサ新薬が自ら行った試験のための被告イ号医薬品の製造、使用について判断する。
1 弁論の全趣旨によれば、被告メディサ新薬が行った原告主張の被告イ号医薬品の製造及び使用は、本件特許権の存続期間中に薬事法14条に定める医薬品製造承認申請をするためのものであったと認められ、これ以外の目的で本件特許権の存続期間中に被告イ号医薬品が製造されたことを認めるに足りる証拠はない。
2(一) ところで被告メディサ新薬が行った生物学的同等性試験について、原告は、争点2に関する原告の主張2のとおり、虚偽又はねつ造したものであると主張している。
(二) 特許権の存続期間終了後には自由に特許発明を利用し得るという特許制度の根幹を維持するためには、右存続期間中に医薬品の製造承認申請のための試験を行い得る必要があることは前示のとおりであるところ、右試験の実施方法又は右試験結果の分析・評価が適正でなかったとしても、右試験が、特許権の存続期間が終了した後の当該発明の利用を目的として、薬事法上の製造承認申請に必要な資料を得るために行われたものである場合には、なお特許法69条1項の「試験」に当たると解するのが相当である。なぜなら、@試験というものは、その性質上、実施内容及び試験結果の分析・評価が適正でない場合も当然に起こり得るのであるから(だからこそ薬事法上も厚生大臣による審査が必要とされているのである。)、実施内容や分析・評価が適正でない場合には当該試験のための特許発明実施が許されないとしたのでは、試験を行うこと自体が阻害されることになり、ひいては特許権の存続期間の終了後に特許発明を利用することを妨げる結果となるからであり、A他方、このような場合に特許法69条1項の適用を認めたとしても、特許権存続期間中の特許権者による特許発明の独占的実施による利益を害することもないからである。
他方、試験結果に基づいて製造承認申請を行う際に、試験結果と異なる虚偽のデータを記載して申請を行った場合には、右試験は、もはや製造承認申請に必要なものとはいえず、そのような試験及び製造承認申請を特許権の存続期間中に行う必要性も認められないから、特許法69条1項の適用はないと解するのが相当である。
(三) 以下、右の観点から、原告主張の諸点について検討する。
(1) ウラシルに関するデータ(甲12の図2)についての主張について(争点2に関する原告の主張2(一))ア 原告は、ウラシルは体内に常在する成分であるからウラシルの値がゼロで始まりゼロで終わっている点があり得ない測定結果であると主張し、甲10にも同様の記載がある。しかし、乙1によれば、被告メディサ新薬では、ウラシルの日内変動データに基づいて、体内に常在するウラシルの値を測定値から差し引いてグラフ化しているものと認められるから、このような方法自体についての適不適の議論はあり得るとしても、右グラフが試験結果と異なる虚偽のデータを記載したものとはいえない。
イ 原告は、被告メディサ新薬が使用したHPLC法によっては正確な測定が困難であったことから、約一〇倍の精度のGC/MS法を使用したが、被告メディサ新薬はHPLC法を用いていながら原告よりも精度の高い数値を得ている点を不合理であると主張する。しかし、右原告の主張によっても、HPLC法によっては正確な測定ができないとしているにすぎないから、右データの信頼性については議論があり得るとしても、右の点から被告が試験結果と異なる虚偽のデータを記載したものとはいえない。
ウ 原告は、被告メディサ新薬のデータにおける原告医薬品と被告医薬品のCmaxの測定結果が、ばらつきが大きな割には平均値が近似しており、極めて不自然であり、このような事態が生じる統計的確率は六パーセントにすぎないからあり得ない測定結果であると主張し、甲19及び20にはこれに沿う記述がある。
しかし、被告医薬品は原告医薬品の後発医薬品として、血中濃度が原告医薬品と近似するように開発されたものであるから、両者のデータが近似しているからといって不合理とはいえない(乙13)。
また、原告が主張する統計的確率については、甲19においては、右確率は、原告医薬品と被告医薬品とが同一の医薬品であることを前提として、被告メディサ新薬のデータから読み取れる両医薬品のCmaxの平均値及び標準偏差値から両医薬品の差について両側t検定を行ったところ、±〇・〇七五という非常に小さな検定統計量が得られたが、これが生じる確率は六パーセントにすぎないとしている。しかし、甲19記載のいわゆるt分布は、両医薬品が全く同一の医薬品であることを前提とした場合に、両者のCmaxの差の平均値を無限回測定した場合の各測定値が分布する確率曲線を示したものであって、曲線の両端ほど生じる確率が低くなり、通常、実際の測定値のt値が九五パーセント信頼区間より外にある場合には、生じる確率が五パーセント以下しかないとして「両医薬品が同一である」との前提命題が棄却されるというものである。このように、t分布が、両医薬品が同一であるということを前提とした確率曲線である以上、±〇・〇七五というt値が得られることは、そのような測定値が右前提の下で十分にあり得る事態であることを示すにすぎず、逆に両医薬品のCmaxが一致しないのが自然であることを前提とする原告の主張は、右のt分布の前提に反するものというべきである(仮に原告主張のように解するならば、t値が大きくなるほど生じる確率が高くなることになり不合理である〔乙13〕。)。
したがって、右の点から被告メディサ新薬が試験結果と異なる虚偽のデータを記載したものとはいえない。
エ 原告は、被告メディサ新薬のデータのばらつきを標準偏差によって見ると、測定値がマイナスに達している部分があるが、これはあり得ない事態であると主張する。しかし、原告が実施した実験であるとする甲29の図3のグラフによっても、一部測定値がマイナスになっている部分があると認められるから、原告の右主張は採用できない。
(2) フルオロウラシルに関するデータ(甲12の図3)についての主張について(争点2に関する原告の主張2(二))ア 原告は、被告メディサ新薬の当初の製造承認申請書に添付されたデータ(甲11の図11)と、再評価申請書に添付されたデータ(甲12の図3)で内容が異なっており不合理であると主張するが、両者のグラフを比較すると、次にイで述べる単位表記の点のほかは、横軸の表記の仕方が異なるにすぎず、内容上の相違点はないと認められるから、不合理な点はない。
イ 原告は、再評価書に添付されたデータでは、致死量を超えるCmaxが記載されているとするが、乙1によれば、再評価書に添付されたデータの単位表記である〔μg/ml〕は〔ng/ml〕の誤記であると認められ、〔ng/ml〕を単位とすれば再評価書添付のデータに致死量を超えるCmax値は記載されていないから、不合理な点はない。
ウ 原告は、被告メディサ新薬のデータが示された整数グラフと原告が実施したフルオロウラシルに関する対数グラフの形状が酷似していると主張するが、整数グラフと対数グラフの形状が類似しているからといって、被告メディサ新薬が試験結果と異なる虚偽のデータを記載したものとはいえない。
エ 原告は、被告メディサ新薬が使用したHPLC法では一〇ng/ml以下の測定がなし得ないはずであるのに、被告メディサ新薬のデータではそれができており不合理であるとする。しかし、甲14、15によれば、HPLC法によって血漿中のフルオロウラシル濃度を測定し、検量線を作成したところ、正確な検出下限は一〇ng/mlであったというのであり、それ以下であっても物理的な測定は可能であるが、検量線の信頼性がないにとどまるというのであるから、被告メディサ新薬のデータの信頼性の有無については議論があり得るとしても、右データから、試験結果と異なる虚偽のデータを記載したものとはいえない。
(3) 原告は、被告の生物学的同等性試験の検出力について、被告が使用した二〇匹のビーグル犬では試験上要求される検出力〇・八の基準を満たし得ないにもかかわらず、被告メディサ新薬は右基準を満たしたとしている点が虚偽であると主張する。
しかし、検出力の大小は、各検体の分散(ばらつき)の程度によって大きく左右されるところ、原告は、自己の試験に用いたビーグル犬についての試験結果のみに基づいて例数による検出力の大小を主張するものにすぎないから、同じ原告医薬品についてのウラシル及びフルオロウラシルのCmax値自体が原告による試験と被告による試験とで大きく異なっていること(甲10の表5)、原告は全項目で所要の検出力を確保するには九〇匹の例数が必要であるとするが、原告自身、二〇匹で生物学的同等性試験を行っていること(甲7)、被告メディサ新薬は薬事法による審査を経た上で製造承認を得ていることを併せ考慮すれば、原告主張の例数では所要の検出力を確保し得ないと認めるに足りない。したがって、右の点をもって被告メディサ新薬の製造承認申請書の記載が虚偽であるとはいえない。
(4) 以上のとおり、被告メディサの行った生物学的同等性試験が適正なものであったか否かについては議論があり得るが、被告メディサ新薬が、試験結果と異なる虚偽のデータを製造承認申請書に記載したものとはいえない。
3(一) もっとも、原告は、被告メディサ新薬は本件特許権の存続期間中に薬価収載申請を行っているから、被告らには当初から本件特許権の存続期間中に被告医薬品を製造販売する意図があったと主張し、このような場合には特許法69条1項は適用されないと主張しているので、この点について検討する。
(二) 乙3、11及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 平成三年九月七日、被告メディサ新薬が被告イ号医薬品について製造承認を得た。
(2) 翌平成四年三月二日、被告沢井製薬は、被告医薬品を製造販売する上で問題となる原告の有する本件特許権及び別件特許権(特公昭六一ー一一二〇五号)について無効審判を申し立てた。
(3) 同年四月、被告メディサ新薬は、被告イ号医薬品について、薬価収載申請をした(その後取下げ)。
(4) 翌平成五年一二月二四日、原告は、本件特許権及び別件特許権について、訂正審判を申し立てた。
(5) 翌平成六年三月一二日、被告沢井製薬は、被告ロ号医薬品について製造承認を得た。
(6) 同年四月、被告メディサ新薬及び被告沢井製薬は、被告医薬品について薬価収載申請を行った(その後取下げ)。
(7) 平成八年四月二六日、本件特許権について、訂正を認める審決がなされた。
(8) 同年七月三〇日、別件特許権について、訂正を認めない審決がなされた。
(9) 同年八月三〇日、別件特許権について特許を無効とする審決がなされた。
(10) 同年一〇月八日、本件特許権について特許を無効としない審決がなされた。
(三) ところで、第三者が、特許権の存続期間満了後に特許発明に係る医薬品と有効成分を同じくする医薬品(以下「後発医薬品」という。)を製造して販売することを目的として、その製造につき薬事法14条所定の承認申請をするため、特許権の存続期間中に、特許発明技術的範囲に属する化学物質又は医薬品を生産し、これを使用して右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験を行うことは、特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当であることは前記のとおりであるが、
第三者が、特許が無効とされた以後に特許発明に係る後発医薬品を製造して販売することを目的として、後発医薬品の製造を行い、それを使用して同様の試験を行うことも、特許法69条1項にいう「試験又は研究のためにする特許発明実施」に当たり、特許権の侵害とはならないものと解するのが相当である。なぜなら、@特許を無効とすべき旨の審決が確定した場合には、特許権は初めから存在しなかったものとみなされ(特許法125条本文)、当該技術は何人も自由に利用し得ることになるところ、この場合でも後発医薬品の製造販売には一定期間の試験を行った上で製造承認申請を行う必要があることに変わりはなく、A第三者の行う特許発明実施が右製造承認申請を行う上で必要な範囲にとどまる限り、たとえ特許が無効とならなかった場合でも、特許発明の独占的実施による利益は確保されることに変わりはないからである。
(四) しかるところ、前記1及び(二)で認定した事実からすれば、被告メディサ新薬は、各試験当時、本件特許権の存続期間が終了した後又は本件特許権が無効となった後に被告医薬品を製造販売することを意図していたと認められ、被告メディサ新薬が前記のとおり薬価収載申請を行ったことは、右認定を覆すものではない。
したがって、原告の右主張は採用できない。
4 以上によれば、被告メディサ新薬の行った被告イ号医薬品の製造及び使用は、
特許法69条1項の「試験又は研究」に該当するものとするのが相当である。
三 次に、被告メディサ新薬が被告沢井製薬に対し、被告ロ号医薬品を製造した上譲渡し、被告沢井製薬において被告ロ号医薬品を使用して小分け製造承認申請のための試験を行った行為について検討する。
1 弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 「小分け」とは、「既製の医薬品をその容器又は被包から取り出し、当該医薬品の品質に変化を加えることなく、他の容器又は被包に分割充てんする行為」であり、このような小分けによる医薬品の製造販売の承認が小分け製造承認である。
(二) 小分け製造承認申請においては、申請者が必ず自ら行うことを義務づけられている試験は規格試験だけであり、加速試験及び生物学的同等性試験については、
供給元の試験結果を流用することが認められている。
(三) 本件において被告メディサ新薬は、被告ロ号医薬品を製造の上、被告沢井製薬に譲渡し、被告沢井製薬は小分け製造承認申請に必要な資料を得るために、右被告ロ号医薬品を使用して規格試験を行った。
2 先に一で述べたところからすれば、右1(三)における被告沢井製薬の行った規格試験は、@本件特許権の存続期間中に被告沢井製薬が製造承認申請をするために必要な試験であり、A被告沢井製薬は譲受けに係る被告ロ号医薬品を規格試験に供しただけであるから本件特許権の存続期間中の原告の独占的実施の利益を害することもなく、特許法69条1項の「試験」に当たるというべきである。そして、この点は、先に二3で述べたとおり、被告沢井製薬の意図が、本件特許権が無効となった後の被告ロ号医薬品の製造販売を意図するものであったとしても同様である。
そして、被告メディサ新薬が行った被告ロ号医薬品の製造及び譲渡は、@被告沢井製薬の右試験の実施のために行われたものであって、A本件特許権の存続期間中の原告の独占的実施の利益を害することもないといえるから、特許法69条1項の「試験又は研究のための特許発明実施」に当たり、原告の特許権を侵害しないというべきである。
結論
以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないから、主文のとおり判決する。
(平成一一年五月二五日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 高松宏之
裁判官 安永武央