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事件 平成 10年 (ワ) 12572号 特許権侵害差止等請求事件
原告 豊生コンポジットミラー株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 加藤貞晴 右補佐人弁理士 【B】
被告 市光工業株式会社右代表者代表取締役 【C】 右訴訟代理人弁護士 堤 淳一
同 安田 彪
同 石田 茂
同 石黒保雄 右補佐人弁理士 【D】
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 1999/10/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
一 被告は、別紙物件目録(一)、(二)記載のバックミラーを製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
二 被告は、別紙物件目録(一)、(二)記載のバックミラー、その半製品(同目録(一)、(二)記載の構造を備えているが、製品として完成するに至っていないもの)及び成形用曲げ型を廃棄せよ。
事案の概要
本件は、後記の特許権について専用実施権を有している原告が、別紙物件目録(一)、(二)記載の自動車のバックミラー(同目録(一)、(二)記載の物件を、順に「被告物件一」、「被告物件二」といい、両者をあわせて「被告各物件」という。)を製造、販売等した被告の行為が、右専用実施権侵害するとして、被告に対し、右製造等の差止めと右バックミラー等の廃棄を請求した事案である。
一 争いのない事実1 原告の有する専用実施権 原告は、訴外【A】外一名の有する以下の特許権(以下「本件特許権」といい、
その発明を「本件発明」という。)の全部の範囲について、専用実施権の設定を受け、平成七年一一月二〇日、その旨の登録を受けた。
(一) 発明の名称 車輌用バックミラー(二) 登録番号 特許第一七四八二六八号(三) 出願日 昭和五九年三月二三日(四) 登録日 平成五年三月二五日(五) 特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの該当欄記載のとおり(以下、 右公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)2 本件発明の構成要件 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。
A 曲面体より成り上下方向を長手状とする矩形状のバックミラー本体の一側辺の上辺側寄りに位置する交点を設定すると共に、他側辺の下辺側寄りに位置する交点を設定し、かかる交点を結ぶ線の中間点と直交する斜行線を設定し、該斜行線上に中心点を位置させ、且つ交点を通過する所定半径にて円弧を描いて境界を設けると共に、同中心点より前記半径より大なる半径にて一側辺の下辺側寄りと交差すると共に、下辺の他側辺側寄りと交差する円弧を描いて境界を設け、バックミラー本体の上方他側辺側に偏在すると共に、略半分の面積を占める球面からなる後方視認区域と、バックミラー本体の下方一側辺側に位置する球面からなる下方視認区域と、
両区域を継続させる球面からなる接合区域とに区割形成し、
B 一方中間点を垂直に通過する線を設定し、該線上に中心点を位置させる後方視認区域の球面の曲率半径を所定の規格値と成し、
C 又同線上に中心点を位置させる下方視認区域の球面の曲率半径を後方視認区域の曲率半径より小と成し、又同線上に中心点を位置させる接合区域の球面の曲率半径を後方視認区域の曲率半径より小と成すと共に、下方視認区域の曲率半径より大と成し、前記境界部位の曲率半径を大なる曲率半径に小なる曲率半径を内接させて順次移行して継続する様にしたことを特徴とするD 車輌用バックミラー3 被告の行為 被告は、業として、被告各物件を平成八年五月ころから製造販売している。
4 被告各物件の構成 (一) 被告物件一a 車体から見るとやや縦長の矩形状をなす複合曲率ミラーであって、車体に取り付けた場合に、上側に約三分の二の面積を占める「球面部」と、その下側に滑らかに連続する「非球面部」によって構成され、
b 「球面部」は、ミラーのほぼ中心に位置する所望の点(M点)を設定し、このM点を通って、ミラーの曲面に対する接線に垂直な線上に所望の点(O点)を設定し、このO点を中心として半径を描く球面によって構成され、
c 「非球面部」は、「球面部」に連続して、M点を通る垂直断面線(AーA)上に、下方に至るに従って曲率半径が次第に小さくなる所望の湾曲線(L)を設定し、この湾曲線(L)を、O点を通って、直線OMに対して垂直に位置させた直線を回転軸として回転させることによって得られる複合曲面により構成され、
d 右の湾曲線(L)は、左記の設定式に基づいて設定されたものであって、その結果、「非球面部」が滑らかな曲面に形成される、
記 Y=Rcー Rc2ーX2+K(Xーa)3>0 ただし K =係数 Rc=基本球面の曲率半径 a =中心軸から変曲点までの距離e 自動車のバックミラー (二) 被告物件二a 車体から見ると上下辺及び左右辺がゆるやかな凸状に湾曲する横長の形状をなす複合曲率ミラーであって、車体に取り付けた場合に、内側に約四分の三の面積を占める「球面部」と、その外側に滑らかに連続する約四分の一の面積を占める「非球面部」によって構成され、
b 「球面部」は、ミラーのほぼ中心に位置する点(M点)を設定し、このM点を通って、ミラーの曲面に対する接線に垂直な線上に所望の点(O点)を設定し、このO点を中心として半径を描く球面によって構成され、
c 「非球面部」は、「球面部」の外側に連続して、M点を通る水平断面線(BーB)上に、外側に至るに従って曲率半径が次第に小さくなる湾曲線(L)を設定し、この湾曲線(L)を、O点を通って、直線OMに対して所望の角度(θ)に傾けた直線を回転軸として回転させることによって得られる複合曲面により構成され、
d 右の湾曲線(L)は、左記の設定式に基づいて設定されたものであって、その結果、「非球面部」が滑らかな曲線に形成される、
記 Y=Rcー Rc2ーX2+K(Xーa)3>0 ただし K =係数 Rc=基本球面の曲率半径 a =中心軸から変曲点までの距離e 自動車のバックミラー5 本件発明の構成要件と被告各物件の構成中の異なる部分(主要な点のみ)(一) 本件発明と被告物件一の異なる部分(1) 構成要件Aについてア 構成要件Aにおいては、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域は、斜めに配置されるのに対して、構成aにおいては、球面部と非球面部が水平線を境に垂直方向に配置されている。
構成要件Aでは、境界線が、交点を通過する所定半径にて円弧を描く線(正面図において円弧状)であるのに対して、構成aでは、境界線が、正面図において直線状である。
(2) 構成要件Cについて 構成要件Cにおいては、接合区域及び下方視認区域は、同一線上に中心点を位置させる異なった曲率半径の球面からなるのに対し、構成c及びdにおいては、接合区域及び下方視認区域は、球面としては存在しない。
(二) 本件発明と被告物件二の異なる部分(1) 構成要件Aについて(ア) 構成要件Aにおいては、全体形状が縦長の矩形であるのに対し、構成aにおいては、横長である。
(イ) 構成要件Aにおいては、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域は、斜めに配置されるのに対して、構成aにおいては、球面部と非球面部が垂直な線を境に水平方向に配置されている。
(2) 構成要件Cについて 構成要件Cにおいては、接合区域及び下方視認区域は、同一線上に中心点を位置させる異なった曲率半径の球面からなるのに対し、構成c及びdにおいては、接合区域及び下方視認区域は、球面としては存在しない。
二 争点 本件の争点は、被告各物件が、本件発明の均等の範囲に含まれるか否かである。
(原告の主張)1 本件発明と被告物件一について(一) 構成要件Aについて(1) 本件発明の構成要件Aと被告物件一の構成a中の異なる部分(主要な点)は、
以下のとおりである(争いはない)。
(ア) 構成要件Aにおいては、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域は、斜めに配置されるのに対して、構成aにおいては、球面部と非球面部が水平線を境に垂直方向に配置されている点で相違する。
(イ) 構成要件Aでは、境界線が、交点を通過する所定半径にて、正面図において、円弧を描いているのに対して、構成aでは、境界線が、正面図において直線状である点で相違する。
しかし、以下のとおり、被告物件一の構成aは、構成要件Aと均等の範囲に属するためのすべての要件を満たす。
(2) 本質的部分について 従来のバックミラーは、@鏡面の曲率が一定であるため下方部分の視認に困難を来す欠点、A曲率半径を規定値より小となした場合には通常の後方視認時において遠近感が失われて安全走行に支障を来す欠点、B成形後の鏡の縦断面の曲線のように順次移動させてそれぞれの曲率半径の中心点を設定するため、所定の曲率半径を有する鏡を製造するために使用される「のし型」の曲面形状を形成する際の製造が非常に困難であり、当業者において非現実的な手法として実現されていない欠点を有していた。このうち、@、Aについては、従来技術でも解決が図られていたので、本件発明は、@、Aの解決は当然に前提として、Bの解決も課題として取り込んだところに意味がある。そのために、本件発明は、同一線上に中心点を位置させ(このことにより、「のし型」表面の座標の位置の設定が容易になり、のし型の曲面形状を形成する際の製造が容易になる。)、曲率半径がより大きい区域、曲率半径がより小さい区域を内接させて順次移行して継続するようにすることを通してミラーを作製することを中心的な解決課題としているのであり、この点のみが本質的部分である。
したがって、前記構成中の異なる部分(ア)、(イ)は、いずれも、本質的部分ではない。
(3) 置換可能性置換容易性について 被告物件一は、曲率中心が同一直線上にあるという本質的部分を備えているので、「のし型」表面の座標の設定が容易になり、のし型の曲面形状を製造する際の製造が容易になるという作用効果を奏することができる。したがって、右部分を被告物件一のものに置き換えても、本件発明の作用、効果を達成することができ、置換可能性がある。
また、被告物件一において、「球面部と非球面部が水平線を境に垂直方向に配置される」という構成を選択しているが、後方視認区域等をいかに設定するかは、装着する車輌に応じて適宜決まる事項であり、また、「境界線が、正面図において直線状になる」という構成を選択することは、境界部分を直線にする点は従来技術によって開示されているのであるから、いずれも、当業者が、その置換について容易に想到できる。
(4) 公知技術との同一性等・意識的な除外について 被告物件一は、出願時の公知技術と同一でもなく、公知技術から当業者が容易に推考できた技術を集積したものではない。
また、本件特許の出願過程において、出願人は、一つのミラーにおいて曲率半径の異なる部分をいかにして円滑に継続させるか、実際の製造においてこれを実現可能なものとするかという課題を実現する見地から、「曲率半径の中心点を成形後の鏡の縦断面の曲線のように順次移動させて設定する」ものを、特許請求の範囲から意識的に除外したが、各区域を垂直に配置したミラーを意識的に除外したことはない。
(二) 構成要件Cについて(1) 本件発明の構成要件Cと被告物件一の構成c、dの異なる部分は、以下のとおりである(争いはない)。
構成要件Cにおいては、接合区域及び下方視認区域は、同一線上に中心点を位置させる異なった曲率半径の球面からなるのに対し、構成c及びdにおいては、接合区域及び下方視認区域は、球面としては存在しない。
(2) しかし、以下のとおり、被告物件一の構成c、dは、構成要件Cと均等の範囲に属するためのすべての要件を満たす。
接合区域及び下方視認区域が球面か否かの相違は、前記のとおり、本件発明の本質的部分ではない。このような置換によっても本件発明の作用効果は何ら異なるものではなく、置換は可能である(被告物件一においても、接合区域及び下方視認区域の曲率中心も同一線上にあるから、のし型の形成を容易にするという作用効果においても変わるところはない。)。従来技術に、これらの区域が球面でないものが存在することからすると、右置換は当業者にとって容易に想到できる。被告物件一は、出願時の公知技術と同一でもなく、公知技術から当業者が容易に推考できた技術を集積したものでもない。本件特許出願において、被告物件一の構成を有するものを意識的に除外していない。
2 本件発明と被告物件二について(一) 構成要件Aについて(1) 本件発明の構成要件Aと被告物件二の構成aの異なる部分は、以下のとおりである(争いはない)。
(ア) 構成要件Aにおいては、全体形状が縦長の矩形であるのに対し、構成aにおいては、横長である。
(イ) 構成要件Aにおいては、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域は、斜めに配置されるのに対して、構成aにおいては、球面部と非球面部が垂直な線を境に水平方向に配置されている。
(2) しかし、以下のとおり、被告物件二の構成aは、構成要件Aと均等の範囲に属するためのすべての要件を満たす。
これらの相違は、前記のとおり、本件発明の本質的部分ではない。このような置換によっても本件発明の作用効果は何ら異なるものではないので、置換は可能である。また、従来技術には、これらの区域が球面でないものが存在することからすると、右置換は当業者にとって容易に想到できる。被告物件二は、出願時の公知技術と同一でもなく、公知技術から当業者が容易に推考できた技術を集積したものでもない。本件特許出願において、被告物件二の構成を有するものを意識的に除外していない。
(二) 構成要件Cについて(1) 本件発明の構成要件Cと被告物件二の構成c、dの異なる部分は、以下のとおりである(争いはない)。
構成要件Cにおいては、接合区域及び下方視認区域は、同一線上に中心点を位置させる異なった曲率半径の球面からなるのに対し、構成c及びdにおいては、接合区域及び下方視認区域は、球面としては存在しない。
(2) しかし、以下のとおり、被告物件二の構成c、dは、構成要件Cと均等の範囲に属するためのすべての要件を満たす。
これらの区域が球面か否かの相違は、前記のとおり、本件発明の本質的部分ではない。このような置換によっても本件発明の作用効果は何ら異なるものではないので、置換は可能である(被告物件二においても、接合区域及び下方視認区域の曲率中心も同一線上にあるので、「のし型」の形成を容易にするという作用効果において変わるところはない。)。従来技術には、これらの区域が球面でないものが存在することからすると、右置換は当業者にとって容易に想到できる。被告物件二は、
出願時の公知技術と同一でもなく、公知技術から当業者が容易に推考できた技術を集積したものでもない。本件特許出願において、被告物件二の構成を有するものを意識的に除外していない。
(被告の主張)1 本件発明と被告各物件について(一) 構成要件Aについて(1) 本件発明の構成要件Aと被告各物件の構成aの異なる部分は、「争いのない事実」5(一)(1)及び(二)(1)のとおり、@構成要件Aにおいて、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域は、斜めに配置されるのに対して、構成aにおいて、球面部と非球面部が水平線又は垂直な線を境に垂直方向又は水平方向に配置されている点(被告物件一、二)A構成要件Aにおいて、境界線が、交点を通過する所定半径にて、正面図において、円弧を描いているのに対して、構成aにおいて、境界線が、
正面図において直線状である点である(被告物件一)。
(2) 以下のとおり、被告各物件の構成aは、いずれも、構成要件Aと均等の範囲に属しない。
本件発明の本質的部分は、出願前の公知技術の状況、本件特許の出願経過等に照らすと、@前輪部分の下方一側面を視認するために「斜行線」を設定すること、A右「斜行線」に沿って、いずれも球面からなる後方視認区域、下方視認区域、及び、右両区域を継続する接合区域の三つの区域を形成すること、Bこれらの三つの球面の曲率半径の中心点が同一線上に位置することの三点にあるというべきであるから、被告各物件の構成a中の異なる部分は、いずれも、本質的部分における相違である。
被告各物件は、前輪の下方部分の視認を可能にするという作用効果もないから、
置換可能性がない。
従来技術では、いずれも本件発明のような各区域の配置はされていないから、当業者にとっても容易想到性があるとはいえない。
(二) 構成要件Bについて 本件発明の中間点(実施例の図面中M点)と被告各物件のほぼ中心に位置する所望の点(M点)とは異なる。被告各物件の構成bは、本件発明の構成要件Bを充足しない。
(三) 構成要件Cについて 本件発明の構成要件Cと被告各物件の構成cの異なる部分は、「争いのない事実」5(一)(2)及び(二)(2)のとおり、構成要件Cにおいては、接合区域及び下方視認区域は、同一線上に中心点を位置させる異なった曲率半径の球面からなるのに対し、被告各物件の構成c及びdにおいては、接合区域及び下方視認区域は、球面としては存在しない点である。
以下のとおり、被告各物件の構成cは、構成要件Cと均等の範囲に属しない。
すなわち、被告各物件の前記異なる部分は、いずれも、本質的部分における相違であり、置換可能性もないし、置換容易性もない。
(四) 構成要件Dについて 本件発明は、トラックやバス等の大型車輌に装着されるバックミラーであるが、
被告各物件は乗用車に装着されるバックミラーである点で異なる。
争点に対する判断
一 まず、被告各物件の構成aは、構成要件Aの均等の範囲に属するか否かについて検討する。
本件発明の構成要件Aと被告各物件の構成aとの異なる部分(ただし、主要なもの)は、@構成要件Aにおいては、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域は、
斜めに配置されるのに対して、構成aにおいては、球面部と非球面部が水平線を境に垂直方向に配置されている点(被告物件一)、又は垂直な線を境に水平方向に配置されている点(被告物件二)、A構成要件Aでは、境界線が、交点を通過する所定半径にて円弧を描く線(正面図において円弧状)であるのに対して、構成aでは、境界線が、正面図において直線状である点(被告物件一)である。
二 そこで、右異なる部分が、本件発明の本質的部分でないか否かについて判断する。
1 本件出願前の公知技術 証拠(甲二ないし六、乙一一及び一四)によれば、本件特許出願当時、一枚の鏡のみで広範な視界を確保する公知技術については、以下のものが存在した。
すなわち、@後方の視界を広くするために、曲率の小さい凸状の鏡面を採用したミラー、A後側方の視界を広くするために、車輌中心線から遠ざかるにしたがい、
曲率を次第に縮小した凸状のミラー、B車輌前輪下部付近の視界を確保するために、一定の曲率の球面と同一放物線上にある部分からなるミラー、C大型車輌の後写鏡で、後方の死角を解消するため、中央部分の曲率を大きくした球面部と周辺部分の曲率を徐々に小さくした非球面部からなるミラー、D大型車輌で、車輌両側下部の死角を解消するために、サイドのバックミラーの下部を屈曲したミラーなどが公知技術として存在していた。
2 本件明細書の発明の詳細な説明欄の記載 証拠(甲一五)によれば、従来のバックミラーでは、「鏡面の曲率が一定であるため特に前輪部分に対応する下方側面を視認することができず、該部分が死角となって前輪巻き込み事故の多発を招来する結果となっていた。そこで下方部分の視認を可能にするためバックミラーの曲率半径を規定値より小となして視認範囲を広範に設定することも考えられるが、かかるバックミラーでは通常の後方視認時において遠近感が失われて安全走行に支障を来す欠点を有していた。」(二欄一二行以下)という従来例における問題点を解決するため、「要するに本発明は、ーーーバックミラー本体1の上方他側辺2辺に偏在すると共に、略半分の面積を占める球面からなる後方視認区域4と、バックミラー本体1の下方一側辺6側に位置する球面からなる下方視認区域7と、両区域を継続させる球面からなる接合区域8とに区割形成したので、後方視認区域4において通常の遠近感により車輌の後方を明確に視認することが出来ると共に、下方視認区域7により従来死角部分とされていた車輌直下の斜め外方の前輪部分一帯を明確に視認することが出来る。」(四欄三五行ないし五欄一二行)という本件発明の特徴の一つが記載されている。
3 本件発明の出願経過(一) 本件発明に係る出願当初の明細書(乙一)の特許請求の範囲には、「曲面体より成るバックミラー本体を、上方内辺側に偏在すると共に略半分の面積を占める後方視認区域と、バックミラー本体の下方外辺側に位置する下方視認区域と、両区域を継続せしめる接合区域とに区割形成せしめ、後方視認区域から下方視認区域へ至るに従い曲率半径を小ならしめる様にしたことを特徴とする車輌用バックミラー」と記載され、発明の詳細な説明の欄には、「本発明は車輌用のバックミラーにおいて1体のバックミラー内にて後方および下方死角部分を視認可能ならしめる様にした車輌用バックミラーに関するものである。従来、トラック、バス等の大型車両に装着されている広視界バックミラーは運転席から車輌の両側に沿って後方を安全視認するのに使用されているが、鏡面の曲率が一定であるため特に前輪部分に対応する下方側面を視認することができず、該部分が死角となって前輪巻き込み事故の多発を招来する結果となっていた。そこで下方部分の視認を可能にするためバックミラーの曲率半径を規定値より小ならしめて視認範囲を広範に設定せしめることも考えられるが、かかるバックミラーでは通常の後方視認時において遠近感が失われて安全走行に支障を来たす欠点を有していた。本発明はかかる欠点に鑑み、曲面体より成るバックミラー本体を、上方内辺側に偏在すると共に略半分の面積を占める後方視認区域と、バックミラー本体の下方外辺側に位置する下方視認区域と、両区域を継続せしめる接合区域とに区割形成せしめ、後方視認区域から下方視認区域へ至るに従い曲率半径を小ならしめて成る車輌用バックミラーを提供して上記欠点を解消せんとしたもの」であると記載されている。
(二) 出願人は、審査の過程において、昭和六三年九月二九日付で、拒絶理由通知に対する意見書(乙三)を提出し、拒絶理由通知記載の各引例につき、@実開昭五四ー一二〇九五〇号公報の引例は、「車輌に取り付けた場合、車輌の外側方のみを視認できるのみであり、ーーー本願の様に、従来死角とされていた車輌直下の斜め外方の前輪部分一体(帯)を明確に視認せしめる」ものではないとし、A特開昭五四ー一五三四四八号公報の引例も、「本願の様に、従来死角とされていた車輌直下の斜め外方の前輪部分一体(帯)を明確に視認せしめるものではない」旨の意見を述べ、さらに、同日付けで、手続補正書(乙四)を提出し、下方視認区域と接合区域の構成を限定した。
(三) また、出願人は、拒絶査定不服審判の過程において、平成三年二月二五日付で、意見書(乙七)を提出し、@実願昭五一ー六一四六八号(実開昭五二ー一五三二五二号)のマイクロフィルムの引例(乙一一)は、「車両の外側方及び下方のみの物体が確認出来るのみであり、ーーー本願の様に、従来死角とされていた車両直下の斜め外方の前輪部分一帯を明確に視認すると共に、鏡面上を移行する物体の映像を一定の比率にて移行して映像の繋がりを自然にし、且つ歪みのない映像を得るミラーの各曲率半径を設定する際の設定条件を簡易にすることには何ら対応できない」、A特開昭五四ー一五三四四八号公報の引例(甲四)は、「複数の曲率半径の相互の曲率半径を、大なる曲率半径の内周に小なる曲率半径の外周を接する様にした点において一部共通する」が、「本願の様に各曲率半径の中心点を同一直線上に位置するだけで、各曲率半径を円滑に継続させて繋げられるようにしたものとは、
全く構成を異にしている」旨の意見を述べている。
出願人は、右同日付で、手続補正書(乙八)を提出し、出願当初の明細書の特許請求の範囲において、バックミラーにおける、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域の各区域の区割形成の設定条件、右各区域の球面の曲率半径の数値について限定した。しかし、本件発明における各区域の基本的な配置は変更されていないし、従来死角とされていた車輌直下の斜め外方の前輪部分一帯を視認しようとする作用効果についても何ら変更は加えられていない。
(四) 本件特許出願は、平成三年八月二七日付で、手続補正書が提出され、バックミラー本体の一側辺の上辺側寄りに位置する交点と、他側辺の下辺側寄りに位置する交点を結んだ斜行線を基礎とした曲率半径の中心点の設定方法及び各視認区域の配置方法を明確にする旨補正された上、平成四年一〇月二日に特許査定された。
4 以上のとおり、@本件特許出願前の公知技術の状況及び本件発明の詳細な説明欄の記載に照らすならば、「後方視認区域、下方視認区域及び接合区域を斜めに配置し、下方視認区域を下方一側辺に偏在させたこと」は、本件発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分であると解するのが相当であり、また、A本件特許出願の経緯、すなわち、本件発明に係る出願当初の明細書の特許請求の範囲においては、後方視認区域及び下方視認区域を偏在させることのみが記載され、どのように偏在させるかについては、一切記載されていなかったが、実願昭五一ー六一四六八号(実開昭五二ー一五三二五二号)のマイクロフィルム及び特開昭五四ー一五三四四八号公報の引用例を示された拒絶理由を受けた後、手続補正をして、「斜行線を設定しーーーその斜行線に沿って、後方視認区域、下方視認区域及び接合区域を形成すること、」「各区域がいずれも球面であること」等に限定して、ようやく特許査定された手続経緯に照らすならば、「後方視認区域、下方視認区域及び接合区域を斜めに配置し、」「下方視認区域をバックミラー本体1の下方一側辺6側に偏在させたこと」は、本件発明の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分であると解すべきである。
三 そうすると、被告各物件の構成aは、構成要件Aにおいては、後方視認区域、
下方視認区域及び接合区域は、斜めに配置されるのに対して、構成aにおいては、
球面部と非球面部が、水平線を境に垂直方向に配置され(被告物件一)、又は垂直な線を境に水平方向に配置されている(被告物件二)点で相違しており、右相違部分は、本質的部分であるというべきである。
四 結論 以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、被告各物件が本件発明の技術的範囲に属するということはできない。したがって、原告の本件請求は、いずれも理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 沖中康人
裁判官 石村智