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関連審決 審判1993-17247
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成10行ケ384審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  特許出願日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  異議申立 / 
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事件 平成 8年 (行ケ) 55号 審決取消請求事件
原告 株式会社ブリヂストン代表者代表取締役【A】
訴訟代理人弁理士【B】
同【C】
被告 特許庁長官【D】
指定代理人 【E】
同【F】
同 【G】
同 【H】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1999/11/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成5年審判第17247号事件について平成8年1月8日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨 主文と同旨2 請求の趣旨に対する答弁 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和59年4月24日に、発明の名称を「封止用組成物及び該組成物による封止方法」とする発明について特許出願をしたが、平成5年8月3日に拒絶査定を受けたので、平成5年9月1日、拒絶査定不服の審判を請求した。特許庁は、
平成5年審判第17247号事件としてこれを審理し、平成6年5月11日に特許出願公告(特公平6-35575号)をしたところ、特許異議申立てがあったので更に審理したうえ、平成8年1月8日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、同年2月28日に原告にその謄本を送達した。
2 本願発明の要旨となる特許請求の範囲(1)の項(以下、(1)の項に係る発明を「本願第1発明」という。)の記載「エチレンビニルアセテート共重合体に、シランカップリング剤および光増感剤を混和した電子材料を封止する封止用組成物」3 審決の理由 審決は、別紙審決書写し(理由部分)のとおり、本願第1発明の要旨は、特開昭58-60579号公報(甲第4号証。以下「引用例1」という。)及び特公昭46-41117号公報(甲第5号証。以下「引用例2」という。)記載の技術(それぞれ「引用発明1」、「引用発明2」ということがある。)に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定に該当し、
特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由のうち、1、2は認める。3は、相違点の認定を認め、その余は争う。4は、本願第1発明がオレフィン系重合体を架橋する点において引用例2記載の技術と軌を一にするとの認定を認め、その余を争う。
審決は、視覚的透明の向上という目的が、本願第1発明にはあるのに対し、引用発明1にも同2にもないことを看過したため、本来二つを組み合わせるべき動機付けのない引用発明1と同2とを組み合わせることが当業者にとって容易であるとの誤った判断に至り(取消事由1)、また、本願第1発明の奏する顕著な作用効果を看過し(取消事由2)、その結果、本願第1発明の進歩性についての判断を誤ったものであり、違法であるから取り消されるべきである。
1 取消事由1(構成の容易想到性の判断の誤り) 審決は、引用発明1において、引用発明2を適用し、有機過酸化物に代えて光増感剤を使用することは、当業者が容易に推考し得る程度のことに過ぎない旨認定判断しているが誤りである。
(1) 本願第1発明は、光増感剤を添加する点で引用発明1と相違し、有機過酸化物に代えて光増感剤を使用することによって、視覚的透明性の向上という目的を達成し、顕著な効果を奏するものである。これに対し、引用例1には、本願第1発明が目的とする視覚的透明性の改良については、何の示唆もなく、太陽電池が電子材料に含まれるという点での用途の重複はあるものの光増感剤や紫外線照射については全く触れられていない。また、光増感剤や紫外線照射による架橋が有機過酸化物を用いた架橋と容易な二者択一の手段として認識されていたとも認められない。一方、引用例2には、一般的なオレフィン重合体架橋についての紫外線照射による架橋方法が示されているが、用途の特定はなく、本願第1発明の視覚的透明性向上という目的の示唆もない。
このように、引用発明1に同2を組み合わせるべき動機付けがなく、したがって、これらを組み合わせることは、当業者が容易に推考し得る程度のこととはいえない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)(1) 本願第1発明は、引用例1の有機過酸化物による方法に代えて光増感剤と紫外線照射による方法を用いることにより、視覚的な透明性を得るという顕著な効果を奏するものである。
(2) 甲第8号証(平成4年5月1日改正、日本規格協会発行「JIS自動車安全ガラス JIS R 3211」)及び甲第9号証(特許第2545116号公報)によれば、ヘイズ値は、1%が発光表示であるエレクトロルミネッセンス表示の視認性のより優れた良好性の基準となっているとみることができる。
これを前提にした場合、甲第6号証(平成9年2月20日付実験報告書)及び甲第7号証(平成9年9月16日付実験報告書)によれば、本願第1発明の実施品である参考品C(甲第6号証)及び配合1〜配合4の積層物(甲第7号証)のヘイズ値は、0.7〜1.75%であり、本願明細書の実施例2においても0.8%であって、透明性向上の作用効果として十分に高い値である。また、甲第9号証中の実施例と比較しても、ヘイズ値の差は1.4%であって、視認性の向上が図られたことが裏付けられている。さらに、甲第7号証によれば、本願第1発明の実施品である「光増感剤」を用いた配合1〜4の積層物と引用例1に係る「有機過酸化物」を用いた配合5〜8の積層物のヘイズ値の差の平均は、2.39%である。したがって、本願第1発明が、視覚的な透明性を得るという顕著な効果を奏するものであることの立証は、十分というべきである。
(3) 本願第1発明は、その対象とする電子部品に太陽電池を含んでおり、その限度においては、引用発明1と異なるところはない。しかし、引用発明1は、太陽電池のみをその対象とするものであるのに対し、本願第1発明は、例えば液晶、太陽電池、エレクトロルミネッセンス、プラズマディスプレー等広く電子材料一般をその対象としているものであって、電子材料のうちのいずれかに特に限定されるものではなく、そこで求められる透明性は、電子材料一般につき求められる視覚的な透明性である。
したがって、両者におけるこの相異を無視して、両者がともに透明性を満足させるから、本願第1発明が引用発明1に比べて透明性につき顕著な効果を奏するとはいえないとする被告の主張は、失当である。
被告の反論の要点
審決の認定判断は、いずれも正当であり、取り消されるべき瑕疵はない。
1 取消事由1(構成の容易想到性の判断の誤り)について 電子材料の封止技術において、高分子材料を使用する以上は、高分子材料の改質技術である架橋手段等は当業者であれば熟知しているべき事項であるから、引用例1に光増感剤や紫外線照射について記載がなく、また、引用例2に用途の特定がないとしても、引用例1において架橋による効果が示され、引用例2に光増感剤を用いて紫外線照射により架橋することによって改質する技術が記載されている以上、
両引用例の記載に基づいて容易性を肯定したことに間違いはない。
なお、原告主張のとおり、光増感剤や紫外線照射による架橋が有機過酸化物を用いた架橋と容易な二者択一の手段として認識されていたわけではないとしても、オレフィン重合体を架橋する方法として、有機過酸化物を用いない場合に、特段の事情がない限り、ガンマ線や電子線を用いることなく、引用例2でその効果が確認されている紫外線を用いる方法を採用することは、同引用例の上記記載からみてごく当然のことである。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について(1) 本願第1発明は、透明性の改善のみを目的とするものでなく、また、本願明細書中には「視覚的透明性」なる用語は記載されていないから、視覚的透明性の確保が本願第1発明の目的であるとの原告の主張は、本願明細書の記載に基づかないものである。
本願明細書には、実施例2にヘイズ値が記載されていること以外には、本願第1発明における「透明性」の意味を「視覚的透明性」に限定して解釈できる記載がない。また、本願第1発明の適用対象には、必ずしも「視覚的透明性」が要求されない用途も含まれる。したがって、本願第1発明の課題のひとつである「透明性」を「視覚的透明性」に限定して解釈すべき理由はない。
本件明細書には、紫外線照射のものが有機過酸化物によるものに比べて透明度が改善されたことについて、何の記載もないから、引用例1の有機過酸化物による方法に代えて光増感剤と紫外線照射による方法を用いることにより、視覚的な透明性を得るという顕著な効果を奏する旨の原告の主張も、本願明細書の記載に基づかないものである。
光線透過率と透明性とが必ずしも一致しない性質であることは認めるが、本願第1発明は、対象とする電子部品として、太陽電池を主たる対象として含んでおり、
引用発明1においても、太陽電池において透明性の向上を図ることを目的としているのであるから、本願第1発明が引用発明1に比べて透明性につき顕著な効果を奏するとはいえない。
(2) 甲第6号証の実験報告書の実験データは、限定された条件で試験された1例ずつが示されたものにすぎず、本願第1発明の中から視覚的透明性が最も優れたものを1例選び、対象として透明度の劣る引用例1のものを1例選び、両者を比較したものではないかとの疑念が生じるので、上記実験データによって、「光増感剤」を用いる方法の方が、「有機過酸化物」を用いる方法に比べて視覚的透明性が優れていることは裏付けられていない。
また、甲第7号証の実験報告書の結果は、同一の樹脂を用い、類似の実験条件で行った乙第2号証(特開昭57-196747号公報)の例Bの組成物と比較して、得られたヘイズ値に大きな違いがあるから、上記実験報告書は、有機過酸化物と光増感剤との効果の差を示すものとして信ぴょう性を欠いている。
当裁判所の判断
1 取消事由1(構成の容易想到性の判断の誤り)について(1) 引用例1には、カップリング剤及び有機過酸化物を含有するエチレン系共重合樹脂からなる太陽電池用充填接着シート及びそれを用いる接着方法の技術に関し、
その具体例として、エチレン-酢酸ビニル共重合体に第3ブチルパーオキシベンゾエート、γ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン、2-ヒドロキシ-4-n-オクチルベンゾフェノン及びテトラキス-[メチレン-3-(3’5’-ジ第3ブチル-4’-ヒドロキジフェニル)プロピオネート]メタンをドライブレンドした混合物及び該混合物をシートに成形し、このシートを用いて太陽電池モジュールを挾持し、これをガラス板及びポリフッ化ビニルシートの間に置き、真空ラミネータを用いて加熱し貼り合わせた後、さらに、加熱して有機過酸化物を分解させてエチレン-酢酸ビニル共重合体を架橋させるとともに外部保護材と接着してモジュールを製造する方法に係る技術が記載されていること、引用例2には、「オレフィン重合体成形物の紫外線架橋による改質方法」の技術に関し、エチレン等のオレフィンのホモポリマーあるいは該オレフィンと酢酸ビニル等との共重合体に光増感剤を添加し、紫外線を照射して改質する方法に係る技術が記載されていること、本願第1発明と引用例1の組成物とを対比すると、前者が光増感剤を添加するのに対し、後者が有機過酸化物を添加する点において相違することは、当事者間に争いがない。
また、上記争いのない事実によれば、本願第1発明と引用例1の組成物とを対比すると、エチレン-ビニルアセテート共重合体にシランカップリング剤を混和した電子材料を封止する封止用組成物である点において一致することが認められる。
甲第5号証(引用例2)には、「従来、オレフィン重合体を架橋する方法としては、有機過酸化物の分解による化学的方法と、高エネルギー線を照射する方法が知られており、高エネルギー線を照射して架橋する方法には、ガンマ線や紫外線を照射する方法が含まれている。これらのうち、紫外線を照射して架橋する方法は、殺菌燈のような水銀ランプを照射源に使うため、人体への危険性が少なく、取扱いも比較的容易であるという利点がある。紫外線照射によるオレフィン重合体の架橋効率は光増感剤の添加によって著しく向上されることが知られている。」(1欄37行目〜2欄10行目)との記載があり、これによれば、オレフィン重合体を架橋する方法として、従来から、有機過酸化物の分解による化学的方法と、高エネルギー線を照射する方法が知られており、後者として知られたものの中に紫外線を照射する方法が含まれること、紫外線照射によるオレフィン重合体の架橋効率は光増感剤の添加によって著しく向上することが知られていたことが認められる。
(2) 上記事実の下では、引用例1の組成物の有機過酸化物に代えて、光増感剤と紫外線を用いることが、当業者にとって容易になし得るところであったことは、極めて明らかである。引用例1に架橋による好ましい効果が示され、引用例2に、架橋の方法として、有機過酸化物を用いるもの以外のものの代表的な例として光増感剤と紫外線を用いるものが示されている以上、オレフィン系重合体の性質向上を目ざす当業者にとって、有機過酸化物を用いる方法に代えて光増感剤と紫外線を用いる方法を採用してみることに、格別の困難があるとは考えられないからである。
本願第1発明の目的の独自性を根拠とする原告の主張は、仮に上記目的が原告主張のとおりのものであったとしても、原告主張の目的以外の目的は上記置換えの動機付けとならないという、何の根拠もない前提に立つものであり、採るを得ない。
2 取消事由2(顕著な効果の看過)について(1) 甲第2号証(特公平6-35575号公報)、甲第3号証(平成7年5月26日付手続補正書)によれば、本願明細書には、次の記載があることが認められる。
(イ) 「本発明は電子材料、例えば液晶、太陽電池、エレクトロルミネッセンス、
プラズマディスプレー等の電子材料を封止する封止組成物及び該組成物による電子材料の封止方法に関するものである。すなわち、本発明は液晶、太陽電池、エレクトロルミネッセンス、プラズマディスプレー等のモジュールをガラス、金属、プラスチックス等の間に強固に封止し、種々の環境条件、とくに衝撃、温度の変動サイクルによる熱膨張及び収縮、水分の浸入から上記の素子を保護して、その安定した使用を可能にするものである。また、本発明は透明であり且つ強固なものであり、
ガラス、金属、プラスチックス等に良好に接着する安価な封止用組成物を提供するものであり、液晶、太陽電池、エレクトロルミネッセンス、プラズマディスプレー等の大型モジュール化を可能にせしめるものである。」(2欄7行〜3欄6行)(ロ) 「従来、これら封止用組成物としてはシリコーン樹脂、エポキシ樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、酢酸セルロース等が用いられ、またエチレン-酢酸ビニル共重合体も一部では用いられて来た。封止用樹脂は一般に外部(例えば水、大気など)と素子や結線との接触を防止してその劣化を抑制するほか、打撃、雹の落下など機械的衝撃から素子を保護するための緩衝機能も非常に重要である。また、素子あるいは他の基板、窓材とは良好かつ安定に接着するほか、その封止プロセスも簡便であることが要求される。さらに加えて例えば密材(透明なガラス、高分子フィルム等)との接着、封止に用いられる場合には高度の透明性が要求される。」(3欄7行〜18行)(ハ) 「これらの状況に鑑み近年エチレン-酢酸ビニル共重合体が封止材として用いられるに至った。この樹脂(以下EVAと略称)はポリビニルブチラールと同様熱可塑型であり、熱圧着により素子の封入が可能であるが、従来のものは(1)ガラス等との接着を得るためシラン系カップリンク剤をEVAフィルム又はガラス等の表面に塗布するタイプであるため、被着体と接着するまでの時間に制約があり、例えば2〜3昼夜放置してからガラスと接着すると煮沸試験により著しく接着力が低下する、(2)そのままでは透明度が不足で、光学的用途には不向きなものであるという欠点がある。」(3欄39行〜49行)(ニ) 「本発明はEVA系のこれらの欠点を大巾に改良したものであり、EVAに適量の架橋剤又は光増感剤、さらには多官能架橋助剤、シランカップリング剤等を加えた組成物から成る。本発明による組成物はEVAの融点以上の温度で加熱架橋することにより透明性にすぐれ、機械的強度が大きいものである。また、カレンダー、押出、インフレーション法などの成膜法により成膜されたフィルム、シートは貯安性が大であり、製造後通常の室温、湿度下で貯蔵された場合被着体との接着力低下もほとんどみとめられないなど極めてすぐれた性質を有し、液晶素子、太陽電池、エレクトロルミネッセンスをはじめ各種ブラスラマディスプレー電子材料の封止及びガラス、金属、プラスチックス相互間の接着に有用である。本発明に用いられるEVA樹脂としては酢酸ビニル含量が5〜50%、好ましくは15〜40%のものが使用される。酢酸ビニル含量が5%より少ないと樹脂の耐候性および透明性に問題があり、また40%を越すと樹脂の機械的性質が著しく低下するほか、成膜が困難になり、フィルム、シート相互のブロッキングが生ずる。但し封止材として裏面に用いられたりするときは透明性は本質的に重要ではなく、この目的には15%以下の樹脂を用いてもよい。」(3欄末行〜4欄20行) 上記認定の事実によれば、本願第1発明は、液晶、太陽電池、エレクトロルミネッセンス、プラズマディスプレー等の電子材料を封止する封止組成物及び該組成物による電子材料の封止方法に関するものであり、従来封止剤として用いられてきたエチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)の有していた接着力の低下と透明度不足という欠点を克服し、特許請求の範囲1の項記載の構成を採用することによって、
透明性に優れ、機械的強度が大きく、接着力低下もほとんどない封止組成物を提供するというものであることが認められる。
(2) 次に、本願第1発明の「透明性」の技術的な意味内容について検討する。
(イ) 甲第2号証によれば、本願明細書には、「さらに加えて例えば密材(透明なガラス、高分子フィルム等)との接着、封止に用いられる場合には高度の透明性が要求される。」(3欄16行〜18行)、「そのままでは透明度が不足で、光学的用途には不向きなものであるという欠点がある。本発明はEVA系のこれらの欠点を大巾に改良したものであり、」(3欄48行〜4欄1行)との記載があること、
本願第1発明の実施例である実施例2の性質については、「照射したもののガラス込みのヘイズ値(曇値)を積分式濁度計TC-SP(東京電色社製)を用いて測定した。紫外線処理品は0.8、未処理品は3.1であって大幅に改良され、封止用透明樹脂としてすぐれたものであることがわかった。」(7欄17行〜21行目)との記載があること、実施例3に関して、「紫外線未照射のパネルではヘイズ値が高いのみならず、鋼球の落下により陥没がみられた。また、シートにトリメチロールプロパンを含まない系では紫外線未照射ほどでないが、やはりヘイズ値が劣り、
強度も不十分であった。」(8欄17行目〜21行目)との記載があることが認められる。
他方、弁論の全趣旨によれば、「ヘイズ」とは、一般に、「透明なプラスチックの内部または表面の不明瞭なくもり様の外観」といったことを意味するものであり、甲第9号証及び弁論の全趣旨によれば、「ヘイズ値」とは、「曇値」とも称され、フィルムに可視光を照射したときの全透過光に対する拡散透過光の割合であり、ヘイズ値が小さいほどフィルムの透明性に優れているものであることが認められる。
以上によれば、本願第1発明にいう「透明性」とは、光学的透過性ではなく、視覚的透明性を意味するものであると認めるのが相当である。
(ロ) 本願明細書中には「透明性」の用語は記載されていても、「視覚的透明性」なる用語は記載されていないことは、被告主張のとおりであるが、上記「透明性」が正確には「視覚的透明性」であることが、本願明細書の記載によって認められることは上記のとおりである。視覚的透明性の確保が本願第1発明の目的であるとの原告の主張を、本願明細書の記載に基づかないものであるとする被告主張は採用できない。
(3) そこで、本願第1発明に、視覚的透明性を向上させるという顕著な効果があるか否かについて検討する。
(イ) 甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、実施例2について、エチレン-酢酸ビニル重合体に、シランカップリング剤としてγ-メタクリロキシプロピルトリメトキシシランを、光増感剤としてベンゾインイソプロピルエーテルを含有する組成物(両面エンボスシート)に高圧水銀灯で紫外線照射の処理をして未処理品とヘイズ値を比較したところ、未処理品は3.1であるのに対して、紫外線処理品は0.8となっており、大幅にヘイズ値が改良された旨の記載があることが認められる。
甲第8号証(平成4年5月1日改正、日本規格協会発行「JIS自動車安全ガラス JIS R 3211」)によれば、自動車の合わせガラスの耐摩耗性について、摩耗による曇値すなわちヘイズ値が2.0%以下でなければならないと規定していることが認められ、甲第9号証(平成8年10月16日発行、特許第25455116号公報)によれば、発光表示であるエレクトロルミネッセンス表示の視認性について、ヘイズ値1%以下となるときに良好なものとしていることが認められ、したがって、本願第1発明の特許出願日である昭和59年4月24日の当時においても、1%以下のヘイズ値であれば、高い視覚的な透明性を有するものと考えられていたということができる。
そうすると、本願第1発明に係る組成物は、実施例において、未処理のヘイズ値が3.1%であったのに対し、紫外線処理後には0.8%のヘイズ値を示したというのであるから、これによる限り、視覚的な透明性を著しく向上させる発明であることになる。
(ロ) 視覚的透明性のこのような著しい向上は、引用例1及び2の記載から、本願第1発明の効果として予測することの困難なものである。すなわち、甲第4号証によれば、引用例1には、架橋によって視覚的透明性の向上を実現し得ることを述べる記載もこれを示唆する記載もないことが明らかであり、甲第5号証によれば、引用例2には、紫外線照射による架橋の透明性に与える影響については、「このようにして架橋されたオレフィン重合体または共重合体フィルムは、透明性がほとんどそこなわれず、衝撃強度が著しく向上し、」(5欄16行目〜18行目)として、
むしろ、その程度はともかく、悪化させる方向に働く旨が記載されているだけで、
これを向上させることを予測させる記載のないことが認められるからである。
(ハ) 紫外線照射のものが有機過酸化物によるものに比べて透明度が改善されたことについて、本願明細書に記載されていないことを根拠とする被告の主張は、主張自体失当である。すなわち次のとおりである。
本願第1発明は、前記2(1)認定のとおり、従来封止剤として用いられてきたエチレン-酢酸ビニル共重合体(EVA)の有していた接着力の低下と透明度不足という欠点を克服し、特許請求の範囲1の項記載の構成を採用することによって、視覚的透明性に優れ、機械的強度が大きく、接着力低下もほとんどない封止組成物を提供するというものであって、引用発明1の改善を目ざすものではなく、むしろ、同引用例においても未処理とされているものの改善を同引用例の採用した方法とは別の方法で行おうとするものであるから、進歩性の判断において比較の対象になるべきは、上記未処理品であって、これを有機過酸化物によって架橋したものではない。したがって、本願明細書に、紫外線照射によるものが有機過酸化物によるものに比べて透明度が改善されたことについての記載がないのはむしろ当然であって、
何ら異とするに足りない。
その他引用発明1を比較の対象とすることを前提とする被告の主張は、いずれも本件にとって無用の議論というべきである。
(ニ) 上に述べてきたところによれば、本願第1発明に特許性を認めるための格別な効果の有無の判定に当たっては、視覚的透明性につき引用発明1においても本願第1発明においても未処理品とされているもの(架橋されていないもの)を出発点としつつ、かつ、引用例1にも同2にも本願第1発明のものが未処理品に比べて視覚的透明性が向上するであろうことをうかがわせる記載はないことを前提に行われなければならないものというべきである。すなわち、より正確にいえば、他ではなく、本願第1発明の構成のものとして出願時に予測された視覚的透明性と、同発明の構成のものが現実に示す視覚的透明性との比較によって行わなければならないものというべきである。
ところが、審決がこのような仕方で判定を行っていないことは、格別な効果の有無につき、「明細書の記載からみて、有機過酸化物による方法に代えて光増感剤と紫外線照射による方法を用いることにより、格別な効果が生ずるものと認めることはできない。」としか審決が述べていない事実と本訴における被告の主張自体からして明らかであり、この誤りが審決の結論に影響を及ぼすものであることも明らかである。したがって、審決は、違法として取消しを免れない。
3 結論 以上によれば、本訴請求は、理由がある。そこで、これを認容して審決を取り消すこととし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 山田知司
裁判官 宍戸充