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関連審決 不服2001-22732
関連ワード 特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  引用発明の認定 /  一致点の認定 /  周知技術 /  同一の発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  実施 /  加工 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10178号 審決取消請求事件
原告 THK株式会社
同訴訟代理人弁理士 石川泰男
同 塩島利之
同訴訟復代理人弁理士 松野雅弘
同 海田浩明
被告 特許庁長官中嶋誠
同指定代理人 関川正志
同 小川謙
同 宮下正之
同 杉山務
同 小池正彦
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/02/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-22732号事件について平成15年6月30日にした審決を取り消す。
争いのない事実等(証拠を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯 A及び株式会社ユニーデータは,平成5年3月5日,発明の名称を「自由曲線補間法」(その後,「データ処理手段」と補正された。)とする特許出願(特願平5-71219号,以下「本願」という。)をした(甲2)。株式会社ユニーデータは,平成10年8月6日,株式会社ユーエスシーに対し,本願に係る特許を受ける権利の持分を譲渡し,特許庁長官にその旨の届出がされた(甲3)。A及び株式会社ユーエスシーは,平成13年9月25日,本願に係る明細書(以下「本願明細書」という。)の補正をしたが(甲6),特許庁は,同年11月20日,本願について拒絶査定をした。
そこで,A及び株式会社ユーエスシーは,平成13年12月19日,拒絶査定不服審判の請求をするとともに(不服2001-22732号),本願明細書の補正をした(甲7)。Aは,平成14年9月2日,本願に係る特許を受ける権利の持分を放棄し(甲4),株式会社ユーエスシーは,平成15年4月7日,原告に対し,上記権利の全部を譲渡し(甲5),それぞれについて特許庁長官にその旨の届出がされたことにより,原告は,本願につき出願人の地位を承継した。
特許庁は,上記審判の請求について審理した結果,平成15年6月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同年7月18日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 平成13年12月19日付け手続補正後の本願明細書の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】 高速の軌跡制御手段,データ圧縮手段,あるいはアウトライン作成手段等に組み込まれる二次元点列補間方法を備えたデータ処理手段であって, 前記二次元点列補間方法には,二次元座標内に与えられた点列間を,4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定することにより,点列間を滑らかに補間する自由曲線補間法を用いたことを特徴とするデータ処理手段。」 3 本件審決の理由 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平4-134571号公報(甲8,以下「引用例」という。)記載の発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(一致点) データ圧縮手段に組み込まれる二次元点列補間方法を備えたデータ処理手段であって,前記二次元点列補間方法には,二次元座標内に与えられた点列間を,4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定することにより,点列間を滑らかに補間する自由曲線補間法を用いたデータ処理手段である点。
(相違点) 本願発明は,二次元点列補間方法が,データ圧縮手段以外に,「高速の軌跡制御手段,あるいはアウトライン作成手段等」に組み込まれるのに対して,引用発明は,「データ圧縮手段」に組み込まれるものである点。
原告主張に係る本件審決の取消事由
本件審決は,本願発明と引用発明との一致点を誤認して相違点を看過した結果,本願発明の進歩性の判断を誤ったものであり,これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
すなわち,本件審決は,本願発明と引用発明との対比において,「前記二次元点列補間方法には,二次元座標内に与えられた点列間を,4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定することにより,点列間を滑らかに補間する自由曲線補間法を用いた」点を一致点であると誤認し,後記相違点@ないしBを看過したものである。
1 相違点@について 本願発明は,二次元座標内に与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間する,すなわち二次元座標内に離散的に点列が与えられ,与えられた点列から各区間の中間値を見積もるためにクロソイド曲線(クロソイドセグメント)群を作成するものである。
これに対し,引用発明は,二次元座標内に自由曲線が与えられ,与えられた自由曲線を,当該自由曲線に当てはめられるクロソイド曲線(クロソイドセグメント)群で近似し,これにより,データ圧縮を図るものであって,自由曲線上の多くの点の座標がディジタイザーにより点列データとして与えられるが,この点列データは,自由曲線に近似したクロソイドセグメントを作成するのに用いられており,点列間を補間するために用いられていない。
したがって,本願発明と引用発明とは,「本願発明が,二次元座標内に点列が与えられ,与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間するものであるのに対し,引用発明は,二次元座標内に自由曲線が与えられ,与えられた自由曲線をクロソイド曲線(クロソイドセグメント)群で近似するものである点」で相違する(相違点@)。
引用発明の点列は,与えられた自由曲線をクロソイド曲線で近似するにあたり,自由曲線の縮率が一定値とみなせる区間を定めるための自由曲線上の点列であり,本願発明の「点列間を補間すべく,二次元座標内に与えられた点」に相当するとはいえない。また,引用例全体の記載を参酌すると,上記のように,与えられた自由曲線に対して,これに当てはめられるクロソイドセグメントを作成する方法が記載されているから,引用例に,「クロソイド補間を利用した自由曲線図形」,「クロソイド補間による平面図形のデータ圧縮の実例」との記載があるからといって,本願発明の「与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間する自由曲線補間方法」が開示されているということはできない。なお,被告は乙第1号証の記載を引用するが,引用発明と乙第1号証記載の発明とは異なるから,乙第1号証に,4点P1〜P4を厳正に通る1本のクロソイド曲線を得るようにした4点補間法が記載されているからといって,引用例に,与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間する自由曲線補間方法が開示されているということはできない。
2 相違点Aについて 本願発明の特許請求の範囲には,「このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定する」という要件以外に,「4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述」すること,「二次元座標内で与えられた点列間をクロソイドセグメントで補間する補間方法」であるという要件が規定されている。また,本願明細書の発明の詳細な説明には,「次に,与えられた点列からクロソイドパラメータを求める方法について説明する。上記図1において,始点P0,終点P 1,始点における援線方向φ 0,終点における接線方向φ 1が与えられる」(甲2【0014】)と記載されている。さらに,四つのパラメータを求めるのには四つの条件が必要になることは,当業者の技術常識である。以上のとおりの発明の詳細な説明の記載,当業者の技術常識参酌して,特許請求の範囲を解釈すると,本願発明の上記の要件は,始点・終点の座標,始点・終点の接線方向の四つの条件から,クロソイド曲線の四つのパラメータを求めるものと解される。
これに対して,引用発明では,非常に多い点列データから平均化された一つのクロソイドセグメントのパラメータを決定する。引用発明をより詳しく説明すると,非常に多い点の座標がディジタイザーで与えられ,これらから接線方向・曲率などを求めて,ある範囲内でこれを平均的に近似するクロソイドセグメントのパラメータを決定する。
したがって,本願発明と引用発明とは,「本願発明が,始点・終点の座標,始点・終点における接線方向が条件として与えられ,この両端の条件から一つのクロソイドセグメントのパラメータを決定するのに対し,引用発明は,非常に多い点列データから平均化された一つのクロソイドセグメントのパラメータを決定する点」で相違する(相違点A)。
3 相違点Bについて 本願発明では,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向を一致させ,点列間を滑らかに補間している。
これに対して,引用発明では,引用例の第5図Aに示されるように,@-A及びB-Cの接続は比較的滑らかに連続した曲線であるから,各々前の接線方向の最終値を次の区間の初期値としているが,A-Bの接続は滑らかに連続していないことから,A-Bの接続点では接線方向を一致させていない。
したがって,本願発明と引用発明とは,「本願発明では,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向を一致させ,点列間を滑らかに補間しているのに対し,引用発明では,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向が一致しない場合があり,これにより滑らかに連続していない点」で相違する(相違点B)。
本願発明の特許請求の範囲中には,「点列間を滑らかに補間する」と記載されており,また,本願発明は,曲線の接線方向と曲率を連続的に変化させることによって,滑らかさを満足させながら補間を行うことを目的としている(甲2【0004】)から,継ぎ目で接線方向が一致しない部分がある引用発明が,点列間を滑らかに補間する本願発明と一致するということはできない。
被告の反論
本件審決の認定判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由には理由がない。
1 原告主張の相違点@について 確かに,引用発明のクロソイド曲線により表される値は,区切り点の間にある点列の値に対して近似したものとなるが,この近似は,補間の概念に含まれるものである。上記のような解釈は,引用例における「本発明は,クロソイド補間を利用した自由曲線図形の記録方法に関し」(甲8・1頁左下欄13〜14行),「本実施例はクロソイド補間による平面図形のデータ圧縮の実例を示しており」(同4頁左上欄5〜6行)の記載からも,首肯し得るものである。本願発明及び引用発明の発明者は同一人(A)であり,その発明者が,引用発明のものはクロソイド補間技術であると認めているのであるから,原告の前記主張は,発明者,すなわち,当業者の技術認識に反する主張であって不当なものである。また,本願発明と同一の発明者(A)の出願に係る乙第1号証には,4点P1〜P4を厳密に通る1本のクロソイド曲線を得るようにした4点補間法において,パラメータを近似計算により求めること(2頁右下欄1行〜3頁右上欄2行)が記載され,また,各点を厳正点として与える必要のない場合には,適当な誤差を設定することができること(3頁右下欄11〜14行)が記載されている。これらの記載によれば,与えられた点列間をクロソイド曲線で補間する場合,その曲線は,与えられた点列に厳正に一致するものでなくてもよく,このような近似の場合であっても補間の概念に入るものであることが明らかであり,これは当業者の技術常識といえるものである。以上のように,引用発明は,点列間をクロソイド曲線で滑らかに補間するものであり,二次元座標内に与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間する点で,本願発明と何ら差異はないから,この点で一致するとした本件審決の認定に誤りはない。
2 原告主張の相違点Aについて 本願発明に係る特許請求の範囲は,クロソイドセグメントのパラメータの値の決定について,「このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定する」と規定するにすぎず,原告主張のような「始点・終点の座標及び接線方向という四つの条件が与えられ,この四つの条件を満足する一つのクロソイドセグメントの四つのパラメータを求める」ことを規定していない。引用発明は,「クロソイド曲線は,“なめらかな連続曲線”であり,区切り点(中間点)において,曲率と方向とが連続になっている。即ち,前の区間の接線方向の最終値=次の区間の接線方向の初期値(φ=C0+C 1s+C 2s2→C 0),前の区間の曲率の最終値=次の区間の曲率の初期値(Cv=C 1+2 C 2s→C 1)となる」(甲8・2頁右下欄17行〜3頁左上欄4行)とするものであり,これは「クロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定する」本願発明と何ら相違するものではない。以上のように,原告の主張は,特許請求の範囲に基づくものではなく,失当である。
3 原告主張の相違点Bについて 引用発明は,前記したように,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向を一致させ,点列間を滑らかに補間しているのであるから,この点で一致するとした本件審決の判断に誤りはない。原告は,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向が一致しない場合があると主張するが,原告が主張する,継ぎ目で接線方向が一致しないとする部分,例えば,第5図Aにおける区間AとBの接続点は,滑らかに接続する必要のない部分であり,この部分を接線方向を一致するように滑らかに接続すると,不自然な形状の数字「3」が得られるものとなる。原告の主張は,滑らかに補間する必要のない部分をとらえて,その不一致をいうものであって,失当である。
当裁判所の判断
1 原告は,本件審決が本願発明と引用発明との一致点を誤認し,相違点@ないしBを看過した旨主張する。
(1) 引用例の記載 引用例(甲8)には,以下の記載がある。
ア 「〔産業上の利用分野〕本発明は,クロソイド補間を利用した自由曲線図形の記録方法に関し,標準文字・数字等の情報処理分野,型紙・パターン作成等の加工分野,魚類・木の葉の形状解析・分類等の科学技術分野に適用することができる。」(1頁左下欄12〜17行) イ 「本発明は,上記に鑑みてなされたものであって,クロソイド曲線を用いることにより,自由曲線を描くのに必要なデータを圧縮し,データ処理の迅速化を実現することを目的とする。」(1頁右下欄14〜17行) ウ 「〔課題を解決するための手段〕本発明は上記の目的を達成するために,曲率が曲線の長さに比例してなめらかに変化するクロソイド曲線を採用し,自由曲線を何本かのクロソイド・セグメントで近似して,そのつながりとして表現することにより,曲線を記録するのに必要なデータの数を従来の方法に比べて大幅に圧縮する自由曲線図形の記録方法を提供するものである。このクロソイド曲線は,曲率(曲率半径の逆数)が曲線の長さに比例して変化する曲線であり,…C0,C 1,C 2, sの4個のクロソイド・データを与えることにより,第7図に示す1本のクロソイド曲線を描くことができる」(1頁右下欄18行〜2頁右上欄3行) エ 「こうして記録されたクロソイド・データを用いて図形を再現させるには,別発明によるクロソイド・ジェネレータを用いることにより,正確にクロソイド軌跡を発生させることができる。」(2頁左下欄6〜9行) オ 「@クロソイド・ジェネレータ 例えば,XYプロッターによりクロソイド曲線を描くためには,上記した4個のクロソイド・データ(C0,C 1,C 2, s)から,XYプロッタを実際に駆動するためのデータ(クロソイド補間データ)に変換する必要がある。その方法の1つとして,コンピュータのソフトウエアによってデータを変換し,XYプロッタを駆動する方法がある。他の方法としてはデータ変換のための装置(ファームウエア或いはハードウエア)を用いて同様の動作をさせる方法もある。これらをクロソイド・ジェネレータという。本発明は,記録方法に関するものであるが,再生側に,上記の如きクロソイド・ジェネレータを用いることを前提としている。」(2頁左下欄15行〜右下欄9行) カ 「Aクロソイド連結図形とデータ 第2図に示した表のデータに基づいて第1図に示す曲線が描かれる。この第1図に示すクロソイド連結図形100は,8個の曲線(直線を含む)によって構成されているから,32個(4×8)のクロソイド・データが必要となる。しかしながら,この例におけるクロソイド曲線は,“なめらかな連続曲線”であり,区切り点(中間点)において,曲率と方向とが連続になっている。即ち,前の区間の接線方向の最終値=次の区間の接線方向の初期値(φ=C0+C 1s+C 2s2→C 0),前の区間の曲率の最終値=次の区間の曲率の初期値(Cv=C 1+2C 2s→C 1)となる。上記の如く,曲線の接線方向C 0及び曲率C1をそのまま引き継げばよいから,2番目以降の区間については,C 0,C 1のデータを改めて与える必要がない。4番目の区間は直線であるからC2=0とし,更に,C1=0とする必要がある。しかし,3番目の曲率の最終値は0になるから,C1=0としてもよいが,他の場合と同様に最終値をそのまま引き継げばよい。以上により,32個のクロソイド・データのうち,18個のクロソイド・データのみ与えれば良いことになる。換言すると,なめらかな自由曲線図形の場合は,データ数をさらに減少(圧縮)させることができる。」(2頁右下欄10行〜3頁左上欄18行) キ 「第4図で示すように数字の“3”を例にとると,4本のクロソイド曲線で表示され,データ数は16個(4×4)に減少(圧縮)できる(因に点列データは39点であるから,xとyデータでは78個になる)。この場合,第5図Aに示すように,数字の“3”が4区間(データ数16個)に区分されている。@-A及びB-Cの接続は比較的なめらかに連続した曲線であるから,各々前の最終値を次の区間の初期値とすることができる。従って,第5図Bに示すようにAとCのC0,C1についてはデータ不要となり,4データ圧縮され12データに減少される。」(3頁左下欄16行〜右下欄8行) ク 「次に,数字の“8”に対するデータ圧縮を例に取って説明する。第6図Aは,数字の“8”の原図形であり,この数字の“8”に関しては,第6図Bに示すように5つに区切られることになる(5本クロソイド)。しかしながら,多少の誤差(ずれ)を許容すれば,連結図形として,前の最終値を次の初期値とする方法を用いることにより,S字状の曲線を表現することができる。従って,第6図Cに示すように3本のクロソイドに圧縮することができる。以上の如く,本実施例はクロソイド補間による平面図形のデータ圧縮の実例を示しており,この方法は,文字,数字など比較的ゆるやかなカーブを持つ図形の表現に適しており,円弧,直線も包含できるので,幾何図形と自由曲線との共存を測ることも可能である。」(3頁右下欄14行〜4頁左上欄10行) (2) 本願発明と引用発明との対比 ア まず,引用発明は,クロソイド補間を利用することにより,曲線を記録するのに必要なデータ数を従来の方法に比べて大幅に圧縮する自由曲線図形の記録方法を提供するものであるから(記載アないしウ),「データ圧縮手段に組み込まれる二次元点列補間方法を備えたデータ処理手段」ということができる。
イ また,引用例の第1図に示す平面上のクロソイド連結図形100は,八つのクロソイド曲線を区切り点において接線方向が一致するように滑らかに接続させて構成されているところ,各クロソイド曲線は同第2図に示された四つのパラメータで記述されたデータを圧縮して記録され,そのように圧縮して記録されたデータをクロソイド・ジェネレータにより再生して利用すること(記載エ,オ,カ)が記載されているから,第2図記載の記録されたクロソイドデータにより,第1図記載の図形を再生して利用する場合,区切り点の列を与えられた点列とし,その点列間を四つのパラメータにより記述されたクロソイドセグメントで補間し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定して,滑らかに点列間を補間していることは明らかである。
さらに,引用例の第5図Bには,数字の“3”が4本のクロソイド曲線で表された,また,同第6図Bには,数字の“8”が5本のクロソイド曲線で表された,クロソイド補間による平面データの圧縮の実例が記載されており(記載キ,ク),これらの場合も,上記と同様に,区切り点の列を与えられた点列とし,その点列間を四つのパラメータにより記述されたクロソイドセグメントで補間し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定しているので,滑らかに点列間を補間していることは明らかである。なお,数字“3”の場合,クロソイドセグメントAとBの間を滑らかにしていないのは,数字“3”は滑らかな曲線で表されない形状を持っている部分があることから,その部分を滑らかに補間していないものと考えるのが自然である。
したがって,引用発明は,「前記二次元点列補間方法には,二次元座標内に与えられた点列間を,4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定することにより,点列間を滑らかに補間する自由曲線補間法を用いた」ものであるということができる。
ウ 以上のとおりであるから,本願発明と引用発明とは,「データ圧縮手段に組み込まれる二次元点列補間方法を備えたデータ処理手段であって,前記二次元点列補間方法には,二次元座標内に与えられた点列間を,4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述し,このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定することにより,点列間を滑らかに補間する自由曲線補間法を用いたデータ処理手段」である点で一致すると認められ,これと同旨の本件審決の認定に誤りはない。
(3) 原告主張の相違点@について 原告は,まず,本願発明が,二次元座標内に点列が与えられ,与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間するものであるのに対し,引用発明は,二次元座標内に自由曲線が与えられ,与えられた自由曲線をクロソイド曲線(クロソイドセグメント)群で近似するものである点で相違する旨主張する。
確かに,引用例には,データの圧縮に関して,「与えられた任意の曲線をクロソイド曲線により表現するには,曲線の縮率を求め,該縮率が一定値と見なせる幾つかの区間に分ければよい。以下にその手順を説明する。(a)ディジタイザーにより,曲線(図形の輪郭)の点列データ(xとy座標)をコンピュータに取り込む。(b)次に,下記の式に従って各線分の方向の差分Δφと線分の長さΔsより曲率Cvを求める(第3図参照)。…(c)曲線の長さsに対して曲率Cvをプロットして表示(CRT表示)する(第4図参照)。…(d)次に,各区間毎に最小自乗法により,ばらついたデータを直線(1次式)で表示する(クロソイド・セグメント)。
第4図に示すように,この直線の傾きが縮率Cuになる。また,各直線の最初の曲率Cvの値がC1となる。(e)曲線の最初のスタート方向(Co)は図形が原図形と重なるように適当に定める。」(甲8・3頁左上欄20行〜左下欄15行)との記載があるから,引用例には,データの圧縮,記録の場面について,二次元座標内に自由曲線が与えられ,与えられた自由曲線をクロソイド曲線(クロソイドセグメント)群で近似するという発明が記載されているということができる。
しかしながら,同時に,引用例には,圧縮,記録されたデータの再生に関して,二次元座標内に点列が与えられ,与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間するという発明が記載されていることは,前記のとおりであるから,この点を本願発明と引用発明との一致点として認定したことに何ら誤りはなく,原告の上記主張は採用できない。
なお,原告は,引用発明の点列は,与えられた自由曲線をクロソイド曲線で近似するにあたり,自由曲線の縮率が一定値とみなせる区間を定めるための自由曲線上の点列であり,本願発明の「点列間を補間すべく,二次元座標内に与えられた点」に相当するとはいえない旨主張する。しかしながら,データの圧縮,記録の場面においては,引用例記載の点列は,与えられた自由曲線をクロソイド曲線で近似するにあたり,自由曲線の縮率が一定値とみなせる区間を定めるための自由曲線上の点列であるといえるとしても,圧縮,記録されたデータの再生の場面についてみれば,引用発明の点列は,「点列間を補間すべく,二次元座標内に与えられた点」に相当することは前記のとおりである。
また,原告は,引用例には,与えられた自由曲線に対して,これに当てはめられるクロソイドセグメントを作成する方法が記載されているから,「クロソイド補間を利用した自由曲線図形」,「クロソイド補間による平面図形のデータ圧縮の実例」との記載があるからといって,「与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間する自由曲線補間方法」が開示されているということはできない旨主張する。しかしながら,一つの刊行物に複数の発明が記載されていることはいうまでもなくしばしばあることであり,現に,本件においても,引用例には,データの圧縮,記録に関する発明のみならず,圧縮,記録されたデータの再生に関する発明も記載されていることは前記のとおりである。したがって,引用例に,与えられた自由曲線に対して,これに当てはめられるクロソイドセグメントを作成する方法が記載されているからといって,それ故に,引用例に「与えられた点列間をクロソイドセグメントで滑らかに補間する自由曲線補間方法」が開示されていないということができないことは明らかである。
(4) 原告主張の相違点Aについて また,原告は,発明の詳細な説明の記載,当業者の技術常識参酌して,特許請求の範囲を解釈すると,本願発明が,始点・終点の座標,始点・終点における接線方向が条件として与えられ,この両端の条件から一つのクロソイドセグメントのパラメータを決定するのに対し,引用発明は,非常に多い点列データから平均化された一つのクロソイドセグメントのパラメータを決定する点で相違する旨主張する。
本願発明の四つのパラメータについては,特許請求の範囲に「4つのパラメータによってクロソイドセグメントを記述し」,「このクロソイドセグメントのパラメータを一つのクロソイドセグメントとその次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で両者の接線方向が一致するようにパラメータの値を決定する」という構成が記載されている。上記構成には,原告のいう「始点・終点の座標,始点・終点における接線方向が条件として与えられ,この両端の条件から一つのクロソイドセグメントのパラメータを決定すること」も含まれると解されるが,必ずしもこれに限定されるわけではなく,引用例に記載されるように(前記記載カ),第2図に示した表のデータ(Co,C 1,C 2, sの四つのパラメータ)によってクロソイドセグメントを記述する際,区切り点(中間点)において,前の区間と次の区間の各曲率・接線方向が等しくなるようにパラメータを決定するというものも,上記構成に含まれることは明らかである。したがって,原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであり,採用できない。
なお,本願明細書には,実施例として,「与えられた点列からクロソイドパラメータを求める方法について説明する。上記図1において,始点P0,終点P 1,始点における接線方向φ 0,終点における接線方向φ 1が与えられる」と記載されているが(甲2【0014】),これは本願発明の一実施態様を記載したものにすぎないから,本願発明を上記態様のもののみに限定解釈することは許されない。
(5) 原告主張の相違点Bについて さらに,原告は,引用例の第5図AのA-Bの接続点では接線方向を一致させていないことを挙げて,本願発明では,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向を一致させ,点列間を滑らかに補間しているのに対し,引用発明では,一つのクロソイドセグメントと次のクロソイドセグメントとの継ぎ目で接線方向が一致しない場合があり,これにより滑らかに連続していない点で相違する旨主張する。
しかしながら,引用例の第5図Aに示される数字“3”の場合,クロソイドセグメントAとBの間を滑らかにしていないのは,数字“3”は滑らかな曲線で表されない形状を持っている部分があることから,その部分を滑らかに補間していないものと考えるのが自然であって,本来滑らかに補間すべきところを,滑らかにしていないというものではない。したがって,そのような部分を引用発明の認定に際して考慮すべきではなく,原告の上記主張は採用できない。
(6) まとめ したがって,本件審決がした本願発明と引用発明との一致点の認定に誤りはなく,相違点の看過をいう原告の主張はいずれも採用できない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由には理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 嶋末和秀
裁判官 沖中康人