関連審決 | 異議2003-73526 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成18行ケ10094審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成17行ケ10445審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 特許出願日 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 訂正明細書 / 合理的な理由 / 取消決定 / 国際出願 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10356号
特許取消決定取消請求事件
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原告 オリジン電気株式会社 訴訟代理人弁理士 三浦良和 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 佐野整博,井出隆一,一色由美子,井出英一郎,柳和子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/06/21 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が異議2003-73526号事件について平成16年10月27日にした決定を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:オリジン電気株式会社(原告) 発明の名称:「耐久性に優れた表面被覆プラスチック成形品」 特許出願日:平成8年6月28日(特願平9-504985。国際出願番号:PCT/JP96/01806。優先権主張日:平成7年6月30日・日本) 設定登録日:平成15年7月18日 特許番号:第3452935号 (2) 本件手続 異議事件番号:異議2003-73526号 訂正請求日:平成16年10月4日(本件訂正) 異議の決定日:平成16年10月27日 決定の結論:「訂正を認める。特許第3452935号の請求項1に係る特許を取り消す。」 決定謄本送達日:平成16年11月13日(原告に対し) 2 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載(以下「本件発明」という。下線部が訂正箇所。なお,請求項は1のみ。)【請求項1】ポリカーボネート樹脂,ABS樹脂,アクリル樹脂,塩化ビニル樹脂,ポリアミド系樹脂,ポリフェニレンオキサイド樹脂またはこれらを含有する樹脂アロイからなる群から選ばれる樹脂成形品に,下記(a)〜(d) (a)水酸基を含有せず1個以上の脂環式エポキシ基を有する重量平均分子量2,000〜30,000のアクリル樹脂100重量部に対し, (b)有機金属化合物0.01〜10重量部, (c)シラノール基を有するか,加熱または光照射によりシラノール基を生じるケイ素化合物0.01〜10重量部, (d)紫外線吸収剤0.01〜10重量部を含む硬化性樹脂組成物からなる塗料を直接塗布した表面被覆プラスチック成形品。 3 決定の理由の要点 (1) 決定は,本件訂正請求を適法として認めた上,以下のとおり,訂正後の本件発明の特許要件を検討した。 (2) 決定は,刊行物1〜5を掲げたが,そのうち,刊行物1は特開平4-136022号公報(本訴甲4),刊行物2は特開平5-132650号公報(本訴甲5),刊行物4は特開昭63-39931号公報(本訴甲6)である(以下,刊行物番号に対応して,各刊行物に記載された発明を「刊行物1発明」などという。)。 そして,決定は,刊行物1,2,4の記載内容を認定した。 (3) 決定は,本件発明と刊行物1発明を対比し,一致点を次のとおり認定した。 「刊行物1には,プラスチックスの塗装に使用されることが記載され,また,エポキシ基含有アクリル樹脂のエポキシ基として脂環式エポキシ基が記載されているから,両者は,樹脂成形品に,分子量において重複一致する脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂,有機金属化合物,シラノール基を有するケイ素化合物,紫外線吸収剤を含む硬化性樹脂組成物からなる塗料を塗布した表面被覆プラスチック成形品であり,それらの成分の配合割合において重複するものである点で一致(する。)」 (4) 決定は,本件発明と刊行物1発明の相違点を次のとおり認定した。 (A)「相違点1:本件発明では,樹脂として,ポリカーボネート樹脂,ABS樹脂,アクリル樹脂,塩化ビニル樹脂,ポリアミド系樹脂,ポリフェニレンオキサイド樹脂またはこれらを含有する樹脂アロイからなる群から選ばれるとするのに対し,刊行物1にはただ単に「プラスチックス」として,具体的な樹脂の記載がない点」 (B)「相違点2:本件発明では,脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂として,水酸基を含有せずとするのに対し,刊行物1には,水酸基について含有せずということの記載がない点」 (C)「相違点3:本件発明では,塗料を直接塗布とするのに対し,刊行物1では,常法により被塗布物に塗布とあり,トップコートクリアー塗料とすることが記載され,直接塗布とする記載がない点」 (5) 決定は,上記相違点について,次のとおり判断した。 (A)「相違点1について検討する。刊行物4には,本件発明と目的が同一である硬化性樹脂組成物からなる塗料を表面塗布した合成樹脂成形品が記載され,合成樹脂成形品として例示される樹脂には,本件発明と同一のものが記載されており,本件発明で特定される樹脂自体よく知られたものといえる。そして,本件発明の目的である耐擦傷性,耐候性は刊行物4に記載されるとおり,よく知られた課題であり,刊行物1にもプラスチックスに塗布することが記載され,耐候性,耐薬品性及び硬度,密着性に優れた塗膜を有する塗装物が得られるとあり,刊行物1のプラスチックスとして,本件発明で特定する樹脂に使用することは容易に想到し得たところといえる。」 (B)「相違点2について,刊行物1には水酸基を有せずとすることの記載はないが,刊行物2には,本件発明及び刊行物1とその構成において極めて類似する塗料が記載され,エポキシ基含有アクリル樹脂の具体例として水酸基を有しない脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂が記載されているところであり,そういった水酸基を有しないエポキシ基含有アクリル樹脂とすることに格別困難性は見出せず,本件明細書によっても水酸基を有せずとすることによる作用効果が認められないものである。」 (C)「相違点3について,塗料の塗布について,塗布される基材を下塗りするか,あるいはそういったことの必要性がなく,直接塗布するかは,当業者が基材の性質を見て適宜決めることに過ぎず,また,直接塗布というのは,塗布方法としては,一番容易な塗布の仕方といえるものであって,そのことによる作用効果も格別なものとはいえない。」 (D)「以上のとおり,上記相違点1〜3に格別なものはなく,当業者が適宜なし得るところのものであって,それらの組み合わせによる作用効果があるものともいえない。」 (6) 決定は,次のとおり結論付けた。 「本件発明は,刊行物1発明,刊行物2発明及び刊行物4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,本件発明の特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものである。」 |
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原告の主張(決定取消事由)の要点
決定は,相違点2,さらには相違点1及び3についての判断を誤ったものであり,違法であるから,取り消されるべきである。 1 取消事由1(水酸基関係の相違点の看過及び相違点2についての判断の誤り) (1) 刊行物1のエポキシ基含有アクリル樹脂に関する記載においては,アクリル樹脂が水酸基を必須成分としていないことは認める。したがって,決定が,「刊行物1には,水酸基について含有せずということの記載がない」としたことに誤りはない。 しかし,刊行物1では,本件発明とは逆方向の態様である「水酸基を有するエポキシ基含有アクリル樹脂」について利点を挙げて記載している。決定は,これを相違点として取り上げず,看過している。このように水酸基を有するものの利点が記載され,いわば推奨されているのであるから,当業者といえども,刊行物1の記載をみて,わざわざ水酸基を有しない脂環式エポキシ基含有アクリル樹脂を採用して本件発明の他の構成要件の態様(特定の樹脂成形品に直接塗布)とともに試みることは,容易ではない。 したがって,決定が看過した刊行物1の水酸基に関する記載を考慮したならば,決定の結論が異なるものとなっていたはずである。 (2) ちなみに,決定では,「本件明細書によっても水酸基を有せずとすることによる作用効果が認められないものである。」としているが,本件製造例1,実施例1でみられるように,本件発明の要旨に従い,本件発明が対象とする特定の樹脂成形品に塗料を直接塗布しても,初期密着性,耐温水密着性,耐溶剤性のいずれも合格の評価を得ている。確かに,水酸基を有する脂環式エポキシ基含有アクリル樹脂を用いた比較例があるにこしたことはないが,必ずしも要求されるわけではない。 比較例としては,甲7(原告の社員で発明者の一人であるPの実験証明書)を提出する。これによれば,水酸基を有する脂環式エポキシ基含有アクリル樹脂を用いた塗料組成物は,ABS樹脂素材及びポリカーボネート樹脂素材に直接塗布した場合,水酸基を有しない塗料組成物に比べ,明らかに耐温水密着性,耐冷熱サイクル性の点で劣っていることがわかる。甲7と本件発明の実施例の記載によれば,少なくとも特定の樹脂成形品に直接塗布する場合には,本件発明が刊行物1発明より劣った発明であるとはいえないのであって,水酸基を有せずとすることによる作用効果が認められる。 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) 刊行物4のコーティング用組成物は,刊行物1の硬化性組成物とは構成物質の全く異なる塗料であり(当然に本件発明に係る(a),(b)及び(c)とも異なる。),当業者といえども,刊行物4を刊行物1に組み合わせることは困難であり,刊行物4の塗料が本件発明に係るものと同じ樹脂成形品に塗布されて,耐候性,耐薬品性及び硬度,密着性に優れた塗膜を有する塗装物が得られることを根拠に,「刊行物1のプラスチックスとして,本件発明で特定する樹脂に使用することは容易に想到し得たところといえる。」と結論付けることは決してできない。 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り) 刊行物1では直接塗布とする記載がないとの相違点3についての判断として,決定は,「塗料の塗布について,塗布される基材を下塗りするか,あるいはそういったことの必要性がなく,直接塗布するかは,当業者が基材の性質を見て適宜決めることに過ぎず,また,直接塗布というのは,塗布方法としては,一番容易な塗布の仕方といえるものであって,そのことによる作用効果も格別なものとはいえない。」とした。 しかし,従来特定の被塗物に特定の目的で特定の塗料を塗布する際,直接塗布すると,例えば密着不良とか耐温水性不良などの理由で不都合があり,下塗り塗料,又は,さらに中塗り塗料の塗装を必要としていたが,下塗り塗料の使用には諸問題があり,技術の改良で下塗り塗料を必要としない直接塗布でも問題のない塗料を開発しても,前記判断に従えば,「一番容易な塗布の仕方といえるものであって,そのことによる作用効果も格別なものとはいえない」とされ,開発の成果である発明の保護が全く否定されてしまうこととなる。 本件発明に係る塗料の場合,2コートの場合の問題点を避け,樹脂基材に直接コートする1コート方法でも基材との密着性,耐擦傷性及び塗面外観が良好で,かつ,耐候性に優れる塗料を表面に被覆した樹脂成形品を提供することが目的である。そして,実施例1の結果からわかるように,所定の構成要件を満たすことにより,特定の樹脂成形品に直接塗布を可能とする塗料を完成させたものであり,始めから直接塗布でも間接塗布でも可能な場合における二者択一のように,容易になされた発明でないことは明らかである。 なお,刊行物4では合成樹脂成形品に塗料が直接塗布されていることは事実である。しかし,刊行物4発明では,刊行物1,さらには本件発明の塗料を構成するものとは全く異なる塗料を用いて直接塗布を実現している。被告は,刊行物4の実施例で合成樹脂成形品に直接塗布されているから,直接塗布自体は何ら困難性はない旨の反論をしているが,塗料の相違が全く無視されている。全く異なる塗料を用いれば,同一対象に同様に直接塗布しても同じような密着性などの塗装物が得られるという保証はないからである。 また,刊行物1の硬化性組成物は,実施例も含めてすべてトップコートクリアー塗料を意図したものであり,トップコートクリアー塗料とすることが一態様にすぎないというものではない。そして,刊行物1には,プラスチックス,さらには自動車,家電製品への直接塗布は,示唆もされていない。 |
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被告の主張の要点
相違点1〜3は,すべて格別なものといえないので,決定における認定判断に誤りはなく,決定を取り消すべき理由は存在しない。 1 取消事由1(水酸基関係の相違点の看過及び相違点2についての判断の誤り)に対して 刊行物1は,水酸基含有を必須とするものではなく,水酸基を有しないエポキシ基含有アクリル樹脂も記載されており,相違点2として「本件発明では,…水酸基を含有せずとするのに対し,刊行物1には,水酸基について含有せずということの記載がない」としたことに何ら誤りがない。 また,刊行物2には,水酸基を有しない脂環式エポキシ基含有アクリル樹脂が実施例として明瞭に記載されており,刊行物1及び2には,水酸基を含有していないエポキシ基含有アクリル樹脂が記載されている。 水酸基を含有せずとする作用効果も明瞭ではなく,相違点2は格別なものとはいえない。 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)に対して 刊行物1及び4は,共にプラスチックを塗装対象としており,それらを結びつけることに困難性はない。 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)に対して 刊行物4には,樹脂成形品に直接塗布することが記載されており,また,刊行物1及び2にも直接塗布を含む通常の塗布方法が記載されているのであるから,刊行物1に記載の硬化性組成物をプラスチックに直接塗布することに何ら困難性は認められないし,そのことによる効果も格別とはいえない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(水酸基関係の相違点の看過及び相違点2についての判断の誤り)について (1) 甲4によれば,刊行物1に記載された脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂は,水酸基を必須成分とせず,水酸基を含有しないものを除外するものではないことが認められる(原告も,水酸基を必須成分としていないこと自体は争わない。)。そうであれば,決定に原告が主張するような相違点の看過があるということにはならない。 一方,甲5によれば,刊行物2には,プラスチックス等の塗装に使用される硬化性組成物であり,かつ,エポキシ基含有化合物を有効成分とする組成物である点で,刊行物1に記載の硬化性塗料組成物と共通する組成物が記載されており,特に,段落【0028】〜【0030】には,水酸基を有しない脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂Aが具体的に示されていることが認められる。 そうすると,当業者としては,刊行物1における脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂として,水酸基を含有しないものが最適なものであると考えるか否かはともかく,水酸基を含有しないものを,少なくとも選択肢の一つとして考えることに困難はない上,刊行物2のような構成が極めて類似する塗料につき,水酸基を有しない脂環式エポキシ基を有するアクリル樹脂が具体的に示されているのであるから,両者から,相違点2に係る構成に想到することは容易であったというべきである。 なお,刊行物1及び2において,水酸基を含有するものの利点を記載する部分があるとしても,甲4及び5により,刊行物1及び2の記載の趣旨を検討するならば,水酸基を含有しないものを除外したり避けるべきことをいうものとは解されない。したがって,上記のように水酸基を含有するものの利点を記載する部分があることが,直ちに,水酸基を含有しないものに想到することの阻害要因となるものとまではいえない。 (2) 決定の「本件明細書によっても水酸基を有せずとすることによる作用効果が認められないものである。」との説示について検討しておく。 (2-1) まず,本件明細書(甲3添付の訂正明細書)において,本件発明の作用効果についてどの程度の裏付けをもって記載されているかをみる。 本件明細書の発明の詳細な説明欄の背景技術の項には,「耐擦傷性および耐候性が良好かつ塗面外観が良好な成形品であって,ポリカーボネート樹脂,製品基材の樹脂特性に適合し,基材との密着性,耐擦傷性および塗面外観が良好で,かつ耐候性に優れる塗料を表面に被覆したポリカーボネート樹脂成形品の開発が熱望されている。」との記載が,発明の開示の項には,「本発明者等は,…塗料が…極めて優れた密着性を有し,かつ硬化性樹脂組成物から得られた塗料を直接塗布した表面被覆プラスチック成形品が耐擦傷性,耐候性等に優れることを見出し,本発明を完成させるに至った。」との記載が,産業上の利用可能性の項には,「本発明により提供される特定の塗料を直接塗布した表面被覆プラスチック成形品は,耐擦傷性,耐熱性,基材との密着性及び塗面外観が良好で,かつ耐候性に優れた塗膜を有する。」との記載がそれぞれ存在する。 上記のように,本件発明の作用効果として種々挙げられているが,その裏付けとしては,本件明細書において,1つの実施例と4つの比較例が挙げられて,「耐擦傷性」,「耐候性」,「初期密着性」,「耐温水密着性」,「耐溶剤性」,「耐冷熱サイクル性」,「硬度」,「耐熱性」という異なる8項目について測定したことが記載されている。しかし,その測定結果は,比較例については上記すべての項目について評価が示されているが,肝心の本件発明の実施例については,「初期密着性」,「耐温水密着性」,「耐溶剤性」の3項目についてしか測定結果の評価が示されていない。本件発明の実施例についてのみ,測定項目の一部しか明細書で開示しないことの合理的な理由は見いだせない。しかも,上記の3項目について,本件発明の実施例と比較しているのは,比較例1のみであり,この比較では,アクリル樹脂が「脂環式エポキシ基を有する(実施例1)か,有しない(比較例1)か」という観点の比較となっている。このほかに,「水酸基の有無」や「直接塗布か否か」による作用効果の違いを比べ得るような記載は見当たらない。 以上によれば,本件明細書においては,「耐擦傷性」や「耐候性」が本件発明の中心的な作用効果として位置付けられていることが明らかであるにもかかわらず,その作用効果の裏付けるとなる記載が存在しないのであり,結局は,本件発明の作用効果の全般にわたってこれを裏付ける記載が十分でないというほかない。なお,一般に,発明の格別な作用効果を示すため,比較例との対比がされることが多いが,上記のとおり,本件明細書においては,対比が不十分であることは否めない。 (2-2) 上記のような本件明細書の記載に照らせば,「本件明細書によっても水酸基を有せずとすることによる作用効果が認められないものである。」との決定の説示が誤りであるということはできない。 なお,原告は,当審において,「水酸基の有無」という観点から実施例と比較例を対比した甲7(実験証明書)を提出するが,そもそも,上記のように,本件明細書に記載されていない事柄であるというだけでなく,甲7においても,実験結果として示された項目は,「初期密着性」,「耐温水密着性」,「耐冷熱サイクル性」,「耐溶剤性」,「硬度」であって,「耐擦傷性」や「耐候性」については,記載がなく,上記(2-1)で指摘した問題点を免れるものではない。 そうすると,「本件発明は刊行物1発明より劣った発明」(被告準備書面(第1回)3頁下から3行目)とまで断定し得るかは疑問であるとしても,本件発明の作用効果に関する決定の認定に誤りがあるとはいえない。 (3) 原告主張の取消事由1は,理由がない。 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について 甲6によれば,確かに,刊行物4に記載されたコーティング用組成物は,刊行物1に記載された硬化性組成物とは異なる材料である。 しかし,相違点1は,塗布の対象物に関するものであるところ,甲6によれば,刊行物4には,少なくとも,ポリカーボネート,ABS樹脂成形品が明記され,これらの太陽光等による光劣化に対する耐候性の改良,成形品表面の耐擦傷性の向上を図って,コーティング用組成物を特定して,これを樹脂成形品に直接塗布することにより表面被覆した樹脂成形品が記載されていることが認められる。 一方,刊行物1には,硬化性組成物の適用目的につき,「耐候性,耐薬品性および硬度,密着性に優れた塗膜を有する塗装物をうることができる」(甲4の12頁左上欄8〜10行目)と記載され,その用途につき,「たとえば…自動車…家電用品,プラスチックスなどの各種塗装,とくに耐久性の要求される用途の塗装に使用される組成物」(甲4の1頁右下欄の下から6〜3行目)と記載されている。 そうすると,刊行物1に記載された硬化性組成物の塗布の対象物となる樹脂成形品として,刊行物4に記載されたポリカーボネート,ABS樹脂成形品を適用することは,上記の適用目的等に照らし,容易であるというべきであり,相違点1についての決定の判断に誤りはない。 よって,原告主張の取消事由2は,理由がない。 3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について (1) 刊行物4には,その表面にコーティング用組成物が直接に塗布されてなる樹脂成形品が記載されている(刊行物4では合成樹脂成形品に塗料が直接塗布されていることは,原告も争わない。)。 ところで,塗布されてなる被膜と樹脂成形品との間の密着不良等の許容し難い問題が生じない限り,直接塗布の方が下塗り塗装を必要とする間接塗布よりも工程数が少ないため生産効率が高く,経済的でもあることは,自明のことである(甲3に添付の本件明細書2頁にも,背景技術として,「2コート」には工程が複雑になるとの問題があることが指摘されている。)。そうすると,特定の硬化性組成物を特定の樹脂成形品の表面被覆材として適用する場合において,直接塗布を試みることは,上記のような特段の事情のない限り,否定されるべき理由はないというべきである。 そうすると,前記相違点1,2について検討したところに従い,刊行物1発明において,塗布の対象物をポリカーボネート樹脂成形品などの本件発明で特定された樹脂成形品とし,塗料として本件発明で特定された硬化性樹脂組成物とした上で,刊行物4において,その表面にコーティング用組成物が直接塗布されてなるポリカーボネート樹脂成形品が記載されていることや前記自明の事項をも考慮して,上記の硬化性樹脂組成物を上記ポリカーボネートなどの樹脂成形品に直接塗布することを試みることは,容易に想到し得たものというべきである。 なお,刊行物1には,硬化性組成物につき,トップコートクリアー塗料として使用されることの記載があるが,直接塗布自体を積極的に否定するものとは解されず,直ちに,上記の直接塗布を試みることを阻害するに足りるものであるとはいえない。 (2) 原告は,特定の樹脂成形品に直接塗布を可能とする塗料を完成させることの困難性を主張し,刊行物4における塗料と,刊行物1発明や本件発明の塗料とが異なることを指摘する。 (2-1) 検討するに,甲3(本件明細書)によれば,従来から,特に自動車用ヘッドランプカバーには,耐熱性に優れるポリカーボネート樹脂が使用されていること,ポリカーボネート樹脂が本質的に耐候性に劣り,耐擦傷性及び耐薬品性にも劣るため,何らかの保護が必要なこと,ポリカーボネート樹脂のみならず他のプラスチックからなる成形品についても,紫外線による製品劣化を防止し耐擦傷性を付与することは,製品の外観を維持しかつ製品の寿命を延ばせる点で有効であるから,ポリカーボネート樹脂,製品基材の樹脂特性に適合し,基材との密着性,耐擦傷性及び塗面外観が良好で,かつ,耐候性に優れる塗料を表面に被覆したポリカーボネート樹脂成形品の開発が熱望されていることは,本件出願当時,本件発明の属する技術分野においてよく知られた事項であったことが認められる。 そして,刊行物1,2に記載された硬化性組成物につき,ポリカーボネート樹脂成形品に直接塗布するコーティング用組成物として採用し,直接塗布を試みること,ひいては,本件発明の構成に想到することは,容易であったといい得ることは,前判示のことから明らかである。 (2-2) 原告の上記主張は,樹脂成形品と直接塗布を可能とする塗料との適切な組合せを完成させることで,本件発明のような格別の作用効果を発揮するものであるとの趣旨にも理解し得るので,検討しておく。 甲3(本件明細書)を精査しても,直接塗布の効果としては,前記「2コート」の問題を回避し得ることを読み取り得るほかは,的確な記載は存在しない。もとより,前記のとおり,本件発明と比較例との対比により,「直接塗布か否か」による作用効果の違いを裏付けるような記載は見当たらない(前記のとおり,直接塗布の場合には,特に密着性が問題となり得ると思われる。「直接塗布か否か」による違いを示す対比資料ではないが,密着性に関する本件明細書中の裏付け資料をみても,次のとおり,本件発明の実施例が比較例との対比において格別に密着性に優れることを明確にし得るものではない。すなわち,本件明細書の表-3によれば,実施例1及び比較例1ともに「初期密着性」は合格である。もっとも,「耐温水密着性」では,比較例1が不合格となっているが,表-1によれば,比較例1は,ポリカーボネート樹脂素材において,合格となっている。その他,表-2(ABS樹脂素材)によれば,比較例2〜4は,すべて「初期密着性」,「耐温水密着性」ともに合格となっている。)。 そして,取消事由1に関して判示したとおり,そもそも,本件明細書は,本件発明の作用効果の全般にわたってこれを裏付ける記載が十分でないというほかないのであって,本件発明で目的とされた作用効果の達成がどの程度に実現されたものか,十分に開示されていない。 そうすると,原告の上記主張は,本件明細書の記載に基づかない一般論の域を出ない主張であるというほかなく,本件発明の相違点3に係る構成による作用効果が格別なものと認めることはできない。そして,相違点1ないし3に係る点の組合せによる本件発明の作用効果が格別なものであることもまた認めるには足りない。 (3) 原告主張の取消事由3は,理由がない。 4 結論 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 佐藤達文 |