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事件 平成 7年 (ワ) 4566号 特許権侵害差止等請求事件
平成 9年 (ワ) 24447号 損害賠償請求事件
原告兼反訴被告 【A】(以下「原告」という。) 右訴訟代理人弁護士 品川澄雄
被告兼反訴原告 ミヤリサン株式会社(以下「被告」 という。) 右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 本間崇
同(本訴訴訟復代理人)田 中成志右訴訟復代理人弁護士 牧野知彦右補佐人弁理士 【C】
同 【D】
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
二 被告の反訴請求を棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを一〇分し、その九を原告の負担とし、
その余を被告の負担とする。
事実及び理由
請求
〔本訴〕 1 被告は、別紙物件目録記載の製剤を製造し、販売してはならない。
2 被告は、別紙物件目録記載の製剤を廃棄せよ。
〔反訴〕 原告は、被告に対し、金四〇〇〇万円及びこれに対する平成九年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
〔本訴〕 原告は、後記の特許権を有するが、別紙物件目録記載の製剤(以下「被告製剤」という。)を製造、販売した被告の行為が、右特許権を侵害するとして、被告に対し、特許権に基づき、被告製剤の製造等の差止めと廃棄を請求した。
〔反訴〕 被告は、原告に対し、本訴訴えの提起が不法行為を構成するとして、損害賠償を請求した(なお、反訴請求は一部請求である。)。
一 前提となる事実(当事者間に争いがない。)1 原告の有する特許権 原告は、以下の特許権を有している(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)。
(一) 発明の名称 整腸剤(二) 登録番号 特許第二〇八八七七四号(三) 出願日 昭和六一年一二月一一日(四) 登録日 平成八年九月二日(五) 特許請求の範囲 バクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性を有する酪酸菌〔クロストリジウムブチリクム(Clostridium butyricum)〕MU588-Sens1株の菌体の純化培養物、又はその純化培養物の培養で得られる内生胞子を有効成分とすることを特徴とする、バクテリオファージKM1感受性試験により酪酸菌の別異な迷入菌株の侵入の有無を確認できる安全性をもち且つ投与後の消化管内の定着、生息による整腸作用を確認できる特性をもつ細菌性食中毒の予防及び治療作用を有する整腸剤(六) 本件発明の内容 本件発明は、酪酸菌〔クロストリジウムブチリクム(Clostridium butyricum)〕(以下「酪酸菌」ということがある。)に感染するバクテリオファージKM1を発見したことを契機として、酪酸菌MU588株の中からバクテリオファージKM1に感染して溶菌するMU588-Sens1株を作出し、さらに、右菌株の菌体、内生胞子が整腸剤として有用であることを見出したことによってされた整腸剤(生物学的腸内殺菌剤)に関する発明である。
2 宮入菌 昭和八年、被告の前身の初代代表者の【E】は、腐敗菌に対し強力な拮抗現象を示す芽胞菌の一つとして、宮入菌を発見した。その後、被告は、各種の実験を経て、腸疾患の患者が内服する治療薬への利用に成功した。宮入菌は、抗腐敗性酪酸菌と命名された。 昭和四七年五月一六日、被告は、宮入菌を通商産業省工業技術院微生物工業研究所(以下「微工研」という。)に、微工研菌寄P-1467として寄託した。さらに、被告は、国際寄託当局に寄託し、受託番号微工研条寄第二七八九(国際寄託BP-2789)、微生物の表示をClostridium butyricum MIYAIRI 588(以下「M588」ということがある。)として受託された。
昭和五八年四月ころ、原告は、千葉大学の生物活性研究所の所長として、化学療法剤の研究開発に従事していたが、宮入菌の代謝産物等の研究を開始した。昭和五八年五月二六日、被告は、原告からの要請に応じ、被告が保有し、製剤に使用していたクロストリジウムブチリクム(Clostridium butyricum)MU588(以下これも「MU588」ないし「MU588親株」ということがある。)の砂保存株一本を、研究用として、千葉大学生物活性研究所に渡した。
以上の経緯から明らかなとおり、宮入菌、M588、MU588は、いずれも同じ菌株である。
3 被告の行為等 被告は被告製剤を整腸剤として製造販売している。被告製剤は、本件発明の構成要件をすべて充足する。
二 争点〔本訴請求〕1 先使用が成立するか。
(被告の主張)(一) 主位的主張 被告は、以下のとおり、本件発明の内容を知らないで自らその発明をし、原告による本件特許権に係る出願(以下「本件出願」という。)の際(昭和六一年一二月一一日)、現に日本国内において、その発明の実施に係る事業をしていたので、被告は原告の有する特許権につき、先使用による通常実施権を有する。
すなわち、被告が、現在製造、販売している被告製剤と、本件出願の際に製造、
販売していた生菌製剤は、同一の製剤である。実験結果(乙三八号証の一、二)によれば、「昭和四七年寄託したM588」と「本件出願日以前に製造された製剤から分離した菌株」と「被告製剤から分離した菌株」の三者について、各菌株の同定、形態学的、生化学的性状、バクテリオファージKM1に対する挙動は、すべて同一であり、相互に区別することは不可能であることが明らかにされている。
したがって、被告は、本件出願日以前から現在まで、昭和四七年五月一六日に微工研に寄託したM588ないしMU588を培養して得られる芽胞を有効成分として用いた生菌製剤を、被告製剤として、同一方法で一貫して製造販売していたのであるから、先使用が成立する。
もっとも、昭和五八年から五九年ころに掛けて、被告工場内で宮入菌(MU588菌株のいわゆるスムース菌)の増殖が生じず、いわゆるラフ型菌しか生じないという培養異常が発生した際に、被告は、緊急避難的な措置としてバクテリオファージKM1耐性菌を用いたことがあるが、昭和六〇年五月下旬から七月上旬ころに掛けて、培養タンクの分解洗浄をした後の遅くとも昭和六一年初頭以降は、純粋なMU588株からなる原菌末を使用して、被告製剤を製造していたので、本件出願前から、その発明の実施に係る事業をしていた点で消長を来さない。
(二) 予備的主張 仮に、製造、販売する生菌製剤が、昭和四七年寄託したM588ないしMU588と同一の菌株を培養して得られる芽胞を有効成分とする生菌製剤を用いたものではなく、本件出願後に変更した、MU588-Sens1株を有効成分する生菌製剤を用いたものであるとした場合であっても、なお、以下のとおり先使用が成立する。
すなわち、そもそも、本件発明に係るMU588-Sens1は、昭和四七年寄託したM588ないしMU588と、以下に述べる理由から、同一(後者が前者を包摂する関係に立つ。)の酪酸菌であるといえる。
MU588株とMU588-Sens1株との差異は、バクテリオファージKM1耐性菌の混合割合のみにあり、前者にはバクテリオファージKM1耐性菌が後者より多く含まれているというだけで、両者とも、有効成分であるバクテリオファージKM1感受性菌を含んでいる点では全く共通する(当事者間に争いがない。)。
したがって、MU588-Sens1株はその上位概念である親株MU588株に含まれる下位概念であるといえる(MU588株に係る発明とMU588-Sens1株に係る発明は、選択発明の関係にある。)。
先使用権の効力は、被告が本件出願前に実施していたMU588株を用いた製剤に係る実施形式に具現されていた技術的思想(発明)と同一性を失わない範囲内で、本件出願後に変更した実施形式であるMU588-Sens1株を有効成分とした技術思想にも及ぶというべきである。よって、先使用は成立する。
(原告の反論)(一) 主位的主張に対して 被告は、昭和四七年寄託したM588ないしMU588と同一の菌株を培養して得られる芽胞を有効成分として、右生菌製剤を、一貫して同一方法で製造し続けていると主張するが、右主張は、以下のとおり、根拠がない。
すなわち、実験結果(乙三八号証の一、二)は、@菌の集落の形態、色調に関する記載に相互に矛盾があること、AバクテリオファージKM1に対する菌の挙動に関する評価を誤っていること、Bクロスストリーク法によるバクテリオファージKM1感受性試験が技術水準の点で問題があること、C実験方法の選択を誤っていること、D被検対象とされている本件出願前の被告のミヤリサン製剤については、一〇年以上経過したものであり、第三者機関に寄託されていたものでもないから、適切なものか否か確認できないこと等の点で問題があるので、昭和四七年寄託したM588ないしMU588と同一の菌株を培養して得られる芽胞を有効成分として、
右生菌製剤を、一貫して製造し続けているとの根拠になり得ない。かえって、乙三八号証の溶菌曲線を見ると、昭和四七年の寄託に係るM588は、現在の被告製剤からの分離菌株と、バクテリオファージKM1に対する挙動において明らかに異なっている。
また、昭和五八年から五九年ころにかけて被告工場内で発生した培養異常の際に、被告がバクテリオファージKM1耐性菌を用いたことがあり、この事態は昭和六一年に至るまで解消されなかった。この事実によれば、被告が昭和四七年に寄託して以降、今日に至るまで一貫してMU588株を使用してきたとの主張は成り立たないことになり、その意味でも、先使用の主張は根拠がない。
(二) 予備的主張に対して 被告の予備的主張は、以下のとおり理由がない。
本件発明は、バクテリオファージKM1によって純化されたMU588-Sens1の純化培養物を有効成分とする整腸剤である。そもそも、MU588株とMU588-Sens1株とは、同一でないのであるから、実施形式が同一の範囲内にあるとはいえず、右先使用の主張は成り立たない。被告がその主張の根拠とするバクテリオファージKM1感受性菌と耐性菌の混合割合に関する各種実験はいずれも手法及び比率の算定方法において誤りがあり、到底採用できない。
2 職務発明に当たるか。
(被告の主張) 被告は、原告が在籍していた千葉大学の生物活性研究所に、被告の社員を受託研究員として出向させ、原告が宮入菌の代謝産物の研究をし、宮入菌の抗生物質耐性菌を得る研究をするに当たってその補助的な務めを果たさせたり、日本細菌学会等における宮入菌やバクテリオファージKM1に関する各種の共同研究の発表に被告の研究員を参画させたり、原告が主宰する生物学療法研究会に多額の寄付をしたり、バンコクにおける国際学会に原告が出席するに当たり、旅費や滞在費を負担したり、本件特許権をはじめとする原告名義の国内外の特許出願に関する費用をすべて負担したりするなど各方面における資金的援助を行った。
このような原告と被告の関係は、特許法35条の立法趣旨に照らせば、同条における「使用者」と「従業員」との関係に該当し、右関係に基づいてした原告の発明は職務発明に該当し、これについて取得した本件特許権につき、被告は法定の通常実施権を有するというべきである。
(原告の反論) 従業者のした発明が職務発明となるためには、使用者と従業者との間に雇用関係が成立していなければならないが、原告は出願当時千葉大学の教授であって、被告と原告との間に民法上の雇用関係や労働法上の労使関係は存していない。特許法35条の理念に照らしてみても、被告が原告等に提供した資金等の援助の事実をもって原告と被告との間に雇用関係が成立しているということはできない。
さらに、被告の原告側への寄付は、原告個人に対してされたものではなく、千葉大学に対してされ、文部省科学研究補助金から配分されていたもので、本件発明は、その一部を使用してされた。受託研究員にしても、原告の研究室に入学していたのであって、研究補助員として原告に雇用されていたわけではない。被告主張のその余の点についても、本件発明とは何ら関係ない。
原告と被告らの間で締結された覚書(甲七号証)における、宮入菌の研究発展に向けた相互の協力という趣旨に照らしても、原告と被告との間に雇用関係が存在していたと解することはできない。
3 本件特許権に無効事由が存在することにより、本訴請求は権利濫用に該当するといえるか。
(被告の主張)(一) 冒認出願 本件発明の実体は、酪酸菌Clostridium butyricum MIYAIRI 588菌株を溶菌するという性質を持つバクテリオファージKM1を発見し、単離したという点にある。本件明細書の特許請求の範囲に、このバクテリオファージKM1を用いれば、
「酪酸菌の別異な迷入菌株の侵入の有無を確認できる」と記載されているように、
バクテリオファージKM1の発見が本件発明の中核である。
ところで、バクテリオファージKM1を発見したのは、原告ではなく、被告の社員である【F】(以下「【F】という」。)と【G】(以下「【G】」という。)である。しかし、原告は、【F】及び【G】らのバクテリオファージKM1の発見という新しい知見を横取りし、被告から千葉大学が研究用として分与を受けていた宮入菌(MU588株)をそのまま転用し、これにMU588-Sens1という別の名称を付けてカムフラージュし、前記のとおり特許請求の範囲を記載し、微工研や国際寄託当局を欺罔して、新たに発見され、単離された菌株であると誤信させた上、本件特許権を取得した。原告は、本件発明の中核をなすバクテリオファージKM1の真の発見者の一人である【F】からは、特許を受ける権利について、譲渡を受けることなく、また、【G】や日宝化学株式会社の【H】(以下「【H】」という。)からは、発明者の一員に加えることを承諾させることによって、彼らから特許を受ける権利の譲渡を受けたかのごとく装った。
さらに、本件出願については、原告が特許を受ける権利の譲渡を受けて単独の出願人となる代わりに、原告が本件特許権を取得した際には、後日被告に対して、右特許権に基づいて侵害訴訟を提起する等権利行使をしないことが黙示的に合意され、右合意に反して、原告が被告に対して権利行使した場合には、原告への特許を受ける権利を譲渡する旨の合意は当然に解除されるという解除条件が付与された。
このことは、本件出願において、原告、【G】、【H】が共同発明者とされているにもかかわらず、原告のみが出願人となり、出願手数料は被告が負担していたことから窺える。そして、原告が本訴を提起したことにより、右解除条件は成就したから、原告は特許を受ける権利を失った。
以上の事情からすると、本件出願は冒認出願であり、特許法38条に反するので、本件特許権は無効事由を有している。
(二) 未完成発明 本件明細書の発明の詳細な説明欄には、本件整腸剤の有効成分は、MU588-Sens1株であるが、同株は酪酸菌MU588親株よりクローニングによりバクテリオファージKM1に感受性のあるものを選択したものであると記載されている。
ところで、原告は、本件出願に際し、被告から研究用に分与を受けていたMU588株のアンプルに、MU588-Sens1株のラベルを貼って、微工研に寄託した。MU588-Sens1株を用いた整腸剤としての有効成分についての作用効果については、【H】が千葉大学の研究所へ受託研究員として出向していた当時にMU588株を用いて実験した際の実験結果の引き写しであって、MU588-Sens1株に関するものとしては、実験等により確認したものはない。
以上のとおり、本件発明は未完成発明であるので、本件特許権は、特許法29条1項柱書に違反し、無効事由を有している。
(三) 公知、刊行物公知、公然実施について 本件明細書の特許請求の範囲には、MU588-Sens1株は、バクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性を有すると記載されている。しかし、その親株であるMU588株が、バクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性があることは、本件出願のされた昭和六一年一二月一一日に先立つ学会発表や刊行物等において既に公知となっていた。
また、特許請求の範囲には、ファージKM1に感染すると、溶菌する感受性を有するMU588-Sens1株の純化培養物を有効成分とする整腸剤である旨記載されている。しかし、バクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性を有するMU588株のうちの少なくともスムーズ型を有効成分とする整腸剤は、本件出願前から、被告が製造、販売していたことからすると、本件発明は出願前から公然実施されていたといえる。
そうすると、本件特許権は、特許法29条1項各号に該当し、無効事由を有している。
(四) 特許法36条4項違反 本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、MU588-Sens1株の菌体の純化培養物をいかにして得るかについて、親株MU588からクローニングによりバクテリオファージKM1に感受性のあるものを選択して得る旨記載されている。しかし、その具体的方法については、開示がなく、当業者が容易にその実施をすることができる程度にその発明の目的、構成、効果が記載されているとはいえない。
したがって、本件特許権は、特許法36条4項に違反し、無効事由を有している。
(五) 進歩性の欠如 本件特許権に係る異議手続の中において、平成五年一月一一日付けの手続補正書により、本件整腸剤の有効成分について、「MU588-Sens1株の菌体又は内生胞子」から「MU588-Sens1株の菌体の純化培養物又はその純化培養物の培養で得られる内生胞子」へと補正された。右補正は、整腸剤の最も重要な要素である有効成分の内容を実質的に変更したものであるから、要旨変更に該当する。これにより、本件出願は右手続補正書を提出した時である平成五年一月一一日に繰り下がるから、結局本件発明は、昭和六三年六月一八日付公開公報により公知となり、右記載の公知の発明から容易に推考できることとなった。
したがって、本件特許権は、進歩性を欠如する点で無効事由を有している。
(原告の反論)(一) 冒認出願について 発明者は発明の着想実施確認を行った者を特定して決められるところ、【F】は発明の着想にも実施確認にも何らの貢献をしていない。仮に、【F】がバクテリオファージKM1を発見したと解した場合であっても、そのことのみをもって【F】を本件発明の発明者であるということはできない。
また、バクテリオファージKM1は、そもそも本件出願前には公知であったのみならず、本件発明との関係では、バクテリオファージKM1感受性を有する酪酸菌を得るための材料に過ぎない。したがって、右発見をもって、本件発明をしたことにはなり得ない。
よって、本件出願は冒認出願ではない。
(二) 未完成発明について MU588-Sens1株とMU588株は、前者がバクテリオファージKM1を指標にして純化されているのに対し、後者がそうではない点で異なる。バクテリオファージKM1を指標にして純化された純化培養物であるMU588-Sens1株は公知ではなく、しかもこのような純化培養物を有効成分とする整腸剤は優れた整腸作用を有し、酪酸菌に属する毒素生産菌と区別できるという作用効果を有するので、本件発明は特許性がある。
また、被告の指摘する【H】らの実験については、原告が【H】らを指導しつつ自らも行ったので、その成績が一致するのは当然である。その際用いた菌は、MU588株から誘導したMU588-Sens1株であったが名称の点で分類同定ができていなかったにすぎない。原告は、右実験を、本件発明に係るMU588-Sens1株に関する実験であると認識していた。MU588-Sens1株の有効成分に関する作用効果も確認されていた。
したがって、本件発明は未完成発明ではない。
(三) 公知、刊行物公知、公然実施について バクテリオファージKM1感受性菌を含んでいるということと、バクテリオファージKM1で純化されているということとは別のことを意味する。後者について、
これが公知であることを認めるに足りる資料はなく、MU588-Sens1株の菌体の純化培養物を有効成分とする整腸剤は本件出願時には新規性を有していた。
したがって、本件発明が公知、刊行物公知、公然実施であったとする被告の主張はいずれも理由がない。
(四) 特許法36条4項違反について 本件明細書の発明の詳細な説明欄には、MU588-Sens1株は、MU588株よりクローニングによりバクテリオファージKM1に感受性のあるものを選択したものである旨記載され、当該技術分野における通常の知識を有する者であれば、何の困難を伴うこともなく本件発明の有効成分である当該純化培養物を得ることができる。本件特許権は、特許法36条4項に違反するという、無効事由を有しない。
(五) 進歩性の欠如について 本件発明の有効成分であるMU588-Sens1株の菌体の純化培養物は出願当初の明細書に開示されているので、当該補正は要旨変更には該当しない。すなわち、出願当初の明細書には、「本発明はバクテリオファージKM1で規定される酪酸菌〔クロストリジウム・ブチリクム〕MU588-Sens1株の菌体又は内生胞子・・・を有効成分とすることを特徴とする・・・整腸剤を要旨とする。なお、
ここで『バクテリオファージKM1で規定される』とは、この酪酸菌MU588-Sens1株がバクテリオファージKM1に感染され且つ溶菌される感受性を有することを意味する。」「本発明で用いられる酪酸菌MU588-Sens1株は酪酸菌MU588親株(微工研菌寄七七六五号)よりクローニングによりバクテリオファージKM1に感受性のあるものを選択したものである。」と記載され、MU588-Sens1株はバクテリオファージKM1に感受性のあるものを選択したものであることが明確に定義されているのであるから、当該補正は要旨変更には当たらない。本件特許権は、進歩性を欠如した無効事由を有するものではない。
4 本訴請求は、原・被告間の合意に反してされた点で、権利濫用ないし信義則違反に当たるか。
(被告の主張) 前記3(一)のとおり、本件出願に際し、原告は特許を受ける権利の譲渡を受けて単独の出願人となる代わりに、原告が本件特許権を取得した際には、後日被告に対して、右特許権に基づいて侵害訴訟を提起する等権利行使をしないことが黙示的に合意されていた。また、被告は、原告が本件発明に先立ってされた寄託に利用した菌株の正当な保有者であり、原告を信頼して好意的に、右菌株を分与した。しかも、バクテリオファージKM1の発見者である【F】及び【G】は、現在、被告に勤務している。さらに、被告及びその業務提携先の日宝化学株式会社は、原告のために、研究資料、人的スタッフ、実験環境及び資金、出願手数料、菌株の寄託手数料のほとんどすべてを負担し、千葉大学に対する寄託研究費の寄付を行っていた。
右の事情を考慮すると、原告の被告に対する本訴請求は、権利の濫用ないし信義則違反に該当し、許されない。
なお、昭和六二年一二月、原告、被告及び日宝化学株式会社との間で、宮入菌の研究発展に関する覚書が合意され、宮入菌に関する発明につき、原告が特許権等を有し、被告が対価を支払って専用実施権の設定を受け、付帯条項として被告が出願のための費用を負担することとされていた。しかし、右の対価の具体的な定めがまとまらず、被告からの出願費用負担の履行がされなかったために、原告が右合意を解除した経緯があるが、右解除の意思表示があっても、なお、特許権の取得に当たって締結された原、被告間の黙示の合意まで、当然に効力が失われるものではない。
(原告の反論) 原告、被告及び日宝化学株式会社との覚書には、共同して発明の権利を維持、防御する旨の規定があるにもかかわらず、被告は、これに反して、本件出願手続において、異議申立てをし、特許成立の阻止を図った。被告が、右異議申立ての際に示された、本件発明の特許性に影響を与える公知文献を発見したのであれば、被告は、覚書の右規定の趣旨に沿って原告に協力すべきであったにもかかわらず、そうしなかった以上、被告は本件特許権に関する全権利を放棄したというべきである。
仮に、被告に本件発明に関する権利が残存しているとしても、被告は原告に対し、本件特許権の実施に関し、対価を支払う義務が生じているにもかかわらず、右義務を履行しなかった。右経緯を考慮するならば、本件請求は権利濫用に当たらない。
〔反訴請求〕 5 原告の本訴請求は不法行為を構成するか。
(被告の主張) 原告は、被告から分与を受けたMU588株について、MU588-Sens1株として寄託した上で、本件特許権を取得した。原告は、前記1ないし2記載のとおり、被告に先使用等による通常実施権が成立することを知りながら、また、本件特許権に前記3記載の無効事由があることを知りながら、さらに、前記4記載のとおり、権利の濫用ないし信義則違反に該当する事情がありながら、あえて被告に対して訴えを提起した。
以上の事情によれば、原告が被告に対して本件訴えを提起した行為は、不法行為に該当する。
(原告の反論) 本件発明について被告に先使用等による通常実施権が成立しないことは前記1ないし2記載のとおりであり、本件特許権に無効事由がないことは前記3記載のとおりであり、原告の本訴請求が権利濫用ないし信義則違反にならないことは前記4記載のとおりである。
原告は、被告に対し、原告と被告らの間で締結された覚書を遵守するように何度も求めたにもかかわらず、被告がこれに応じず、かつ、被告製剤が本件発明の技術的範囲に属するにもかかわらず被告はこれを否定するという態度を採り続けた。原告は、本件出願後の被告製剤が本件特許権を侵害しているとの確信を持っていたのであり、このような正当な特許権の行使が不法行為と評価されることはない。
6 被告の被った損害額はいくらか。
(被告の主張) 被告が被った損害額は、金四四〇二万五〇〇〇円であり、その内訳は以下のとおりである。反訴請求は一部請求である。
(一) 弁護士費用及び弁理士費用(成功報酬を含む。) 合計三〇〇〇万円(二) 本訴応訴のために要した諸費用 四〇二万五〇〇〇円(三) 名誉毀損による無形損害 一〇〇〇万円 被告の代表取締役社長であった【I】は、本件訴訟提起を契機として株主代表訴訟を提起されるなどして、心労により死亡した。同社長の苦痛は法人そのものの苦痛である。また、本件訴訟提起により長年にわたり国民に親しまれてきたミヤリサンの信用が落ちた。
(原告の反論) (三)について否認し、その余は不知。
争点に対する判断
〔本訴請求について〕一 先使用の成否1 被告の主張に係る先使用の成否について検討する(なお、被告製剤が、本件発明の構成要件のすべてを充足することについては当事者間に争いがない。)。
被告は、本件出願日である昭和六一年一二月一一日より前から、昭和四七年に寄託したM588ないしMU588と同一の菌株を培養して得られる芽胞を有効成分とした生菌製剤を、一貫して同一方法で製造し続けているので、先使用が成立する旨主張する。まず、この点について判断する。
証拠(甲三、九、乙一二、一三、二一、三七の一ないし三、三八の二、四一、四三ないし四六、五〇の五及び六、六六、七六の二の三、七七ないし七九)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告は、昭和一五年以来一貫して、宮入菌を用いた製薬を製造、販売していた。被告は、昭和四三年一〇月三日にミヤBM細粒について、昭和四五年三月三一日にミヤBM錠について、昭和六一年三月二四日に強ミヤリサン錠について、いずれも製造承認を受けて製造していた。
(二) 被告は、昭和四七年五月一六日、宮入菌を、微工研に、微工研菌寄第一四六七号(微工研菌寄P-1467)として寄託した。さらに、被告は、国際寄託当局に寄託し、受託番号微工研条寄第二七八九(国際寄託BP-2789)、微生物の表示をClostridium butyricum MIYAIRI 588として受託された(以下「元菌株BP-2789」ということがある。)。被告は、これ以後今日に至るまで、五年ごとに右宮入菌の継代培養を行って、保存管理を継続している。元菌株BP-2789は、昭和三〇年代に大正製薬が酪酸菌の開発を開始し、同社の酪酸菌と区別するため、元菌株BP-2789が糖分解のパターンのU型に属していたことから、被告において、元菌株BP-2789を「MU588株」と表示するようになった。以後の被告の製造に係る製剤には、MU588株が用いられている。
(三) ところで、昭和五八年ころから五九年ころに掛けて、被告製剤の原末製造中に、その詳細は不明であるが、MU588株と異なる菌(以下「ラフ型菌」ということがある。)が混入し、MU588株(ラフ型と区別するためスムース型ということがある。)を培養できない事態が生じた。被告は、その原因を解明するべく調査を行った結果、昭和五九年一一月ころ、MU588株を溶菌するバクテリオファージKM1の存在を確認し、このバクテリオファージKM1により宮入菌が溶菌されたため、MU588株スムース型が培養できなくなり、逆にバクテリオファージKM1に対して非感受性を有するラフ型菌が増殖することを確認した。
(四) 被告はその解決手段として培養タンクの洗浄を含めた改修作業を昭和六〇年五月下旬から同年七月上旬ころまで実施した結果、同年一一月には培養工程が正常化したことが確認された。もっとも、被告は、一時的に、バクテリオファージKM1耐性菌を用いて、製剤を製造したことがあった。そして、被告は、昭和六一年初頭には、MU588株の菌株を培養して得られる芽胞を有効成分とした生菌製剤の製造を再開し、現在に至っている。
(五) 後記二1(一)に記載するとおり、「被告が、本件出願日である昭和六一年一二月一一日より前である昭和六一年一二月八日に製造したことが明らかな強ミヤリサン錠(02N121製剤)から分離した菌株」と、「被告が、現在製造している被告製剤と同一と解される菌株」すなわち「@ミヤBM錠(平成七年一月三一日製造、製造番号03W011)、AミヤBM細粒(平成七年二月二一日製造、製造番号18W022)、
B強ミヤリサン錠(平成七年二月二一日製造、製造番号03W021)から分離した各菌株」とを対比すると、菌株はすべて、形態学的特徴、生化学的特徴、バクテリオファージKM1に対し感受性があり溶菌することにおいて、いずれも区別することができない。
2 以上認定した事実によれば、被告は、本件出願日である昭和六一年一二月一一日より前から、昭和四七年寄託したM588ないしMU588と同一の菌株を培養して得られる芽胞を有効成分とした生菌製剤を、一貫して同一方法で製造し続けていることが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
もっとも、昭和五八年ころから昭和五九年ころまでの被告工場内の培養工程における、いわゆるラフ型菌の発生及びいわゆるスムース型菌の不発生という不測の事故を契機として、遅くとも昭和六一年初頭ころまでバクテリオファージKM1耐性菌を製剤に用いたことがあったが、これらは暫定的な措置に過ぎず、昭和六〇年五月下旬ないし七月上旬に掛けて培養タンクが洗浄されて以後(遅くとも昭和六一年初頭以降)は、純粋な感受性菌MU588株を用いて、被告製剤を製造していたのであるから、同事実は、被告が出願日以前から現在まで、同一菌株を培養して製剤を製造、販売しているとの認定に消長を来すものではない。
そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、被告は、本件特許権について、先使用に基づく通常実施権を有することになり、原告の被告に対する請求は理由がないことになる。
権利濫用の有無1 以上のとおり、被告製剤を製造、販売する被告の行為は、先使用に基づく通常実施権による適法な行為であり、その余の点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないことになるが、当裁判所は、本件特許権が無効事由等を有していることにより、原告の請求が権利濫用に該当するか否かについても、念のため、以下検討する。
証拠(甲一の一、二、乙一八ないし二〇、二四、三八の一、二、五四、五五、六三、七五の一、二)によれば、以下の事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 本件明細書の特許請求の範囲には、バクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性を有する酪酸菌〔クロストリジウムブチリクム(Clostridium butyricum)〕MU588-Sens1株の菌体の純化培養物、又はその純化培養物の培養で得られる内生胞子を有効成分とすることを特徴とする、バクテリオファージKM1感受性試験により酪酸菌の別異な迷入菌株の侵入の有無を確認できる安全性をもち且つ投与後の消化管内の定着、生息による整腸作用を確認できる特性をもつ細菌性食中毒の予防及び治療作用を有する整腸剤と記載されている。また、本件明細書における「発明の詳細な説明」八欄三一行ないし三五行には、本件発明におけるMU588-Sens1株は、親株であるP-7765のMU588株からクローニングによりバクテリオファージKM1に感受性のあるものを選択したものであると記載されている。
ところで、原告は、被告から分与を受けていたMU588株につき、これを有効成分とした抗腫瘍剤について昭和五九年八月二三日特許出願したが、これに先立つ同月三日、酪酸菌MU588を微工研に寄託した(微工研菌寄第七七六五号=FERM P-7765。以下「P-7765」ないし「親株P-7765」ということがある。)。また、特許請求の範囲記載のMU588-Sens1株については、本件出願に先立つ昭和六一年一二月五日に、微工研に、MU588-Sens1として寄託され(微工研菌寄第九〇七〇号)、さらに酪酸菌(Clostridium butyricum)MU588-Sens1として国際寄託に移管された(微工研条寄第一六一二号=FERM BP-1612。以下「BP-1612」ということがある。)。
(二) 実験結果(乙三八号証の二)を詳細に検討すると、「被告が、本件出願日である昭和六一年一二月一一日より前である昭和六一年一二月八日に製造したことが明らかな強ミヤリサン錠(02N121製剤)から分離した菌株」と、「MU588-Sens1株」とは、形態学的特徴及び生化学的特徴において一致し、また、バクテリオファージKM1に対する挙動(感受性)において、区別することができないことが明らかである。
右実験の内容及び結果は、以下のとおりである。すなわち、右実験においては、
@BP-2789(被告の寄託に係るMU588株)、AP-7765(原告の寄託に係るMU588株)、BBP-1612(MU588-Sens1株)、CミヤBM錠(昭和六〇年七月三日製造(製造番号5M71)及び平成七年一月三一日製造(製造番号03W011))、
ミヤBM細粒(平成七年二月二一日製造(製造番号18W022))、強ミヤリサン錠(昭和六一年一二月八日(02N121製剤)及び平成七年二月二一日製造(製造番号03W021))の五つの被告製剤から分離した各菌株、さらにD対照用として岐阜大学医学部附属嫌気性菌実験施設に保存されているClostridium butyricum ATCC-19398を使用して、各菌株の同定、それらの形態学的、生理生化学的性状、及びバクテリオファージKM1に対する挙動を比較する実験を行った。
この結果は、以下のとおりである。
(1) 五%馬脱繊血加変法GAM寒天培地上で行われた各菌株の集落形態を観察したところ、平板上で、各菌株はいずれも酪酸菌に特徴的な白色でスムース型の集落を形成しており、菌や芽胞(内生胞子)には同一の形態学的特徴が認められた。糖分解試験及び生理生化学的性状試験の結果によると、ATCC-19398菌株以外は、すべて同一の生化学的性状を有するものとされた。
(2) そして、各平板に接種し、生じた一〇〇個ずつの集落を任意に選択して、これに対して、クロスストリーク法(白金耳でファージ液をプレート上に引き、それが乾いてから菌液をファージと直交するように引いて、交差部分の溶菌を見る方法。
乙六の六)によるバクテリオファージKM1感受性試験を実施した結果、クロスストリーク法により、バクテリオファージKM1非感受性標準株ATCC-19398以外は、
すべての集落においてバクテリオファージKM1感受性を示すことが明らかになった。
(3) 各試験菌株及びATCC-19398につき、任意に三個ずつの集落(A-1〜I-3)を選出し、各サンプル名が不明になるように盲検化して継代培養し、各集落についてクロスストリーク法によるバクテリオファージKM1感受性試験を行ったところ、ATCC-19398に相当するC-1〜C-3株のみバクテリオファージKM1に耐性であり、他はすべてバクテリオファージKM1感受性を示し、増殖阻止形態も同一で全く区別がつかなかった。
(4) 盲検化された菌株から、各一株(A-2〜I-2及び例外的な集落形態のD-3:BP-2789)を選択し、バクテリオファージKM1が各菌株の増殖へ与える影響を濁度により比較した(溶菌曲線)結果、ATCC-19398に相当するC-2株のみバクテリオファージKM1添加後も増殖を続けたが、それ以外の菌株はバクテリオファージKM1感染後三〇ないし四〇分後に増殖が停止した後、OD値(濁度:各菌株が対数増殖期初期に当たる600nmにおける濁度。OD600と示されている。)が〇・一ないし〇・二まで低下し、その後上昇した(菌体が完全に溶菌しないため、OD値が0まで低下するものはなかった。)。
(5) 濁度の実験で用いた一〇の菌株を107cells塗抹した後、中央部にバクテリオファージKM1を塗抹し、嫌気培養すると、C-2株以外のすべての菌株で中央部にバクテリオファージKM1による巨大な溶菌斑が生じ、その中に耐性株の集落が数個から数百個観察された。
さらに、得られた集落に対してクロスストリーク法によるバクテリオファージKM1感受性試験を行ったところ、バクテリオファージKM1に対する耐性化が生じていることが確認された。
(6) なお、採用されたクロスストリーク法については、実験の性格上、白金耳に付着したすべての菌体がバクテリオファージKM1と接触する保証はないため、バクテリオファージKM1の線と交差後も感受性菌による集落が散見されたこと、また実験者によって被検菌の阻止の様子が異なることも確認された。
(三) 以上のとおり、実験結果(乙三八号証の二)によれば、C-2株(ATCC-19398)以外の菌株はすべて、形態学的特徴、生化学的特徴、バクテリオファージKM1に対する挙動(感受性があり溶菌すること)において、いずれも区別ができないことが明らかである。そうすると、「BP-1612(MU588-Sens1株)」と「昭和六一年一二月一一日より前である昭和六一年一二月八日に製造したことが明らかな02N121製剤から分離したMU588株」とは、形態学的特徴及び生化学的特徴において一致するということができ、さらにバクテリオファージKM1に対する挙動(感受性)、すなわち、バクテリオファージKM1によって溶菌するという点でも、区別することができない。
なお、原告は、乙三八号証の二((5)の実験)において、被告の昭和四七年寄託に係る元菌株BP-2789のMU588株のみが耐性菌の出現の数が多く、被告が本件出願後に製造した製剤からの分離菌よりも耐性菌の数が多いことを根拠として、現在の被告製剤と元菌株BP-2789とは異なる菌株であると主張する。しかし、前記のとおり、クロスストリーク法によるバクテリオファージ感受性に関する実験では、その差を見出すことができないのであり、原告の主張は採用できない。
(四) 次に、本件発明における「MU588-Sens1株」と「MU588株」の異同に関して実施したその他の実験について吟味する。
(1) 甲一三号証について 甲一三号証によれば、@P-7765より出願公告公報記載の方法に従って純化培養して得られたMU588-Sens1株、A平成七年に購入された被告の整腸剤(ミヤBM細粒)より分離した酪酸菌、BMU588(おそらくP-7765のものと推認される。)、C東京大学分子細胞生物学研究所より分与された、対照菌としての酪酸菌IAM19001のバクテリオファージKM1に対する挙動に関する実験がされ、右実験によると、@ないしBについての、バクテリオファージKM1による溶菌曲線において、BのMU588株の溶菌曲線は不完全で多数の耐性菌の存在が明らかであり、@のMU588-Sens1株及びAのミヤBM細粒からの分離菌については同じように、バクテリオファージKM1感染後定型的な溶菌曲線を描いて溶菌されたとあり、MU588株とMU588-Sens1株が耐性菌の含有の多寡に違いがあるかのような指摘がされている。
しかし、右実験では、接種菌数を同一にしたとの記載はなく(〇時の時点でのOD値から見てMU588株の接種菌数が多い。)、最初のOD値もファージ添加時のOD値も同一ではないなど、溶菌の程度に影響を与える要因となる条件が同一でないことから、各溶菌曲線からいずれもバクテリオファージKM1感受性があることは判明できても、それ以上に溶菌の程度や耐性菌の数の比較まで正確には行うことはできないというべきであって、MU588-Sens1株とMU588株との菌株の異同を判別する実験として適切なものとは認められない。
(2) 甲二六号証によれば、大阪発酵研究所等から原告に分与されたMU588-Sens1株(IFO14810)とBP-2789株に相当するものを用いて、バクテリオファージKM1(+)と(-)の寒天培地(プレート)に、嫌気培養した右両供試菌をレプリカして培養して、コロニー数を確認する実験を実施したところ、BP-2789株に相当するものはMU588-Sens1(IFO14810)株に比較して、耐性菌の含有率が高いという結果になったとされる。
しかし、同実験では、コロニーが耐性菌のものであるか否かについて確認されているとはいえないこと、培地を作成する際に五〇度の温度で作成していることが実験結果に影響を与えているともいえること(ファージは温度が高いことにより不活化される余地がある。乙六一及び六二)から、右結果がMU588-Sens1株とMU588株との菌株の異同を判別する実験として適切なものとは認められない。
(3) 甲三一号証によれば、BP-1612(MU588-Sens1株)と元菌株BP-2789について、寒天培地上に菌株を塗布して、かつファージ液を滴下する方法による感受性試験が実施され、その結果、ファージゾーンに出現したコロニーの数は、どのファージ濃度でも、元菌株BP-2789の方がBP-1612よりも明らかに多く、元菌株BP-2789は耐性菌を多く含有するとしている。さらに、ファージ濃度が高いと出現耐性コロニーが減るのは、外因性溶菌によるものと帰結している。
しかし、右実験では、培地又はファージゾーンに出現したコロニーが耐性菌であるかどうかの確認がされていないこと、耐性菌ではなく、感染を受けなかった感受性菌が存在している可能性を全く捨象している点で疑義があること、各実験につきシャーレ一枚ずつしか行われておらず、実験結果の正しさを検証することができないことなどから、右結果は、必ずしも適切な実験によるものとはいえない。
(4) 甲三五号証によれば、元菌株BP-2789、MU588-Sens1株(BP-1612)、MU588-Res1株(BP-1611)、MU588株(P-7765)、
被告の本件出願後の製剤(ミヤBM錠、強力ミヤリサン錠)が供試菌とされ、@ファージ液を塗布した寒天培地上に被検菌を塗布し、出現コロニー数を計測する実験、A菌株塗布培地上へのファージ液滴下による感受性試験、B画線菌液上へのファージ滴下による感受性試験が各実施され、その結果、Aではファージゾーンに出現したコロニーの数は、少ない方からBP-1612、P-7765、BP-2789、BP-1611の順であった、ファージゾーンに出現したコロニー数は、BP-2789株がBP-1612株より明らかに多かった、BP-1611株ではファージゾーンが出現しなかった、P-7765株の耐性コロニー数は、BP-1612株とBP-2789株との中間であった、製剤中の菌株はいずれもBP-1612株と同程度のファージ感受性が示された、としている。
しかし、右実験では、甲三一号証と同様に、培地又はファージゾーンに出現したコロニーが耐性菌であるかどうかの確認がされていないこと、耐性菌ではなくて、
感染を受けなかった感受性菌が存在している可能性を全く捨象している点で疑義があること、Bの実験については、接種する菌の量についての条件が開示されていない点及び菌とファージの接触が十分である保証がない点等で十分な実証がされているとはいい難いことなどから、右結果は、必ずしも適切な実験によるものとはいえない。
(5) 乙三九号証には、本件出願における拒絶理由通知に対する原告提出の意見書に添付された参考資料1のClostridium butyricum各菌株のクロスストリーク法を用いた溶菌試験結果が示されており、MU588株はバクテリオファージKM1塗抹部位に耐性菌が残っているのに、MU588-Sens1株は同部位に耐性菌が残っていないとしている。
しかし、クロスストリーク法によって、接種菌体中に溶菌しない菌体が確認された場合、それだけではこれがバクテリオファージKM1耐性菌であるのか、感受性菌であるが、感染を免れた菌であるかを判別することはできないことに照らすならば、右結果は、必ずしもMU588株とMU588-Sens1株とが異なるという根拠とはなり得ない。
右各実験結果は、いずれも各菌株がバクテリオファージKM1に感受性を有しているということを示すものではあるが、各菌株の異同について確定的に判別するものとしては不十分であり、結局、MU588-Sens1株とMU588株が明確に判別できる程度に異なるものということはできない。
(五) また、本件出願の前後、学会や刊行物等において、@MU588株はバクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性があること、AMU588株を用いた整腸剤は、右性質を指標として、別異の迷入菌の侵入の有無及び消化管内の定着、生息による整腸作用の確認ができること、がいずれも発表されている(特に、
乙七五号証の一、及び乙七五号証の二のスライド10。乙六の二、三、二四、五四、
五五、七五号証)。
2 以上(一)ないし(五)において認定した事実を総合すれば、MU588株を用いた02N121製剤は、MU588-Sens1株の純化培養物を有効成分とする本件発明に係る整腸剤と同一のものということができる。
そうすると、本件発明は、バクテリオファージKM1に感染すると、溶菌する感受性を有するMU588-Sens1株の純化培養物を有効成分とする整腸剤であるが、@親株であるMU588もバクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性を有し、これを有効成分とする整腸剤は、被告が出願前から製造販売していたこと(確かに、「02N121製剤」が本件出願日より前に販売されたか否かは不明であるが、右製剤と同一の製剤が本件出願日より前に販売されたことは容易に推認される。)、AMU588-Sens1株の純化培養物を有効成分とする整腸剤とMU588株を用いた02N121製剤とは同一のものということができること、Bさらに、MU588株がバクテリオファージKM1に感染すると溶菌する感受性があることについては、本件出願の昭和六一年一二月一一日より前に、既に学会発表や刊行物等で発表されていたこと等の事実に照らすならば、本件発明は出願前から公然実施され、また、既に公知となっていたといえるから、本件特許権は無効事由を有することが明らかである。
したがって、無効事由を有する本件特許権に基づく原告の請求は、権利濫用に当たり、許されないことになる。
〔反訴請求について〕 訴えの提起が違法な行為というためには、当該訴訟において提訴者の主張した権利関係又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるというべきである。
本件全証拠によっても、本訴請求において、原告の主張した権利関係又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠き、そのことを原告が知っていたか、又は通常人であれば容易にそのことを知り得たと認めることはできず、結局、原告による本件訴えの提起を違法とまでは解することができない。
したがって、被告の反訴請求は、理由がない。
〔結論〕 以上のとおり、本訴、反訴各請求は、いずれも理由がない。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 沖中康人
裁判官 石村智