関連審決 | 審判1995-14475 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 有用性 / 製造方法 / 新規性 / 29条1項3号 / 物質発明 / 出願公開 / 技術常識 / 先行技術 / 化学構造 / 優先権 / 名義変更 / 発明の要旨認定 / 実施 / 交換 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / |
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事件 |
平成
9年
(行ケ)
302号
審決取消請求事件
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原告 アプライド・リサーチ・システムズ・エイアールエス・ホールディング・ナムローゼ・フェンノートシャップ 代表者 【A】 訴訟代理人弁護士 鈴木修木村耕太郎弁理士 【B】 訴訟復代理人弁護士 深井俊至 被告 特許庁長官【C】 指定代理人 【D】 【E】 【F】 【G】 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2000/02/17 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
特許庁が平成7年審判第14475号事件について平成9年5月30日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 インテグレーテッド・ジェネティックス・インコーポレーテッドは、1983年11月2日米国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年10月31日にした特許出願(昭和59年特許願第504232号)の一部を分割して、平成5年6月30日発明の名称を「ヘテロポリマー系蛋白質」として特許出願したところ(平成5年特許願第162620号)、平成7年3月28日拒絶査定があったので、同年7月3日審判請求をし、平成7年審判第14475号事件として審理された。同社は1995年(平成7年)9月16日、上記出願に関する特許を受ける権利を原告に譲渡し、同年10月3日特許庁に名義変更届が出されたところ、平成9年5月30日、出訴期間90日が付加された上「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月4日原告に送達された。 2 本願発明の特許請求の範囲の記載(平成7年7月20日付け手続補正書記載の特許請求の範囲第1項の記載) hCGおよびLHからなる群から選択される組換えヒトタンパク質ホルモンであって、その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず、翻訳後に修飾されており、そして生物学的に活性である、上記組換えヒトタンパク質ホルモン。 3 審決の理由の要点 (1) 本願発明の特許請求の範囲第1項の記載は前項のとおりである。 ところで、上記特許請求の範囲に係る「組換えヒトタンパク質ホルモン」は化学物質であり、化学構造によって特定される化合物であることから、上記特許請求の範囲に記載された、「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず、」という事項は、化学物質として当然のことであり、上記「組換えヒトタンパク質ホルモン」の化学構造に何ら影響を与えるものではないので、本願発明の「組換えヒトタンパク質ホルモン」の必須の構成とは認められない。 してみると、本願発明の要旨とするところは、「hCGおよびLHからなる群から選択される組換えヒトタンパク質ホルモンであって、翻訳後に修飾されており、 そして生物学的に活性である、上記組換えヒトタンパク質ホルモン。」にあるものと解される。 (2) 引用例 これに対し、本件特許出願の審査における拒絶の理由に引用した本件出願前外国において頒布されたことが明らかな、Endo.vo188(1971)p,1045-1053(引用例1)又は、Endo.vo194(1974)p,1601-1606(引用例2)には、オルガノ社により市販されているヒト由来の粗HCGを参考文献に挙げ、その文献に記載された方法により更に精製したこと、及び、この精製されたHCGの生物的活性は、約12,000IU/mgであることが記載されている。 引用例2には、引用例1と同じ方法で精製されたHCGを更にSePhadex G-100のカラムクロマトグラフィーにかけた結果、1本だけの鋭いピークが観察されたことが記載されており、この結果は、上記精製されたHCGは単離精製されたといえるのに充分な程度に精製されたことを示しているものが記載されていると認められる。 なお、この精製方法に関する参考文献として、引用例1においては1つ、引用例2においては2つの参考文献が引用され、そこには、前記市販されている粗HCGを硫安、アルコール等による分別沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過の順で精製して精製されたHCGが得られたことが記載されている。 以上のように、引用例1又は2に記載の、分別沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過を用いて得られた、精製されたHCG(天然精製HCG)は、化学物質として把握されるに充分な状態まで精製されていたものと認められる。 (3) 対比、審決の判断 そこで、本願発明に係る、化学物質である組換えヒトタンパク質ホルモンhCGと、引用例1又は2に記載の、化学物質である天然精製HCGを比較する。 本願発明における化学物質であるヒトhCGの特定としての、@翻訳後に修飾されており、A生物学的に活性であり、B組換えタンパク質である、という要件について、それぞれ、天然精製HCGと比較検討すると、要件@に関しては、本願発明において具体的には、タンパク質に翻訳された後、糖鎖が付与され糖タンパク質になることを意味しており、他方、天然精製HCGもヒトの体内の細胞中でタンパク質が翻訳された後に糖鎖が付与されている糖タンパク質である。また、要件Aについても、天然精製HCGにも当然ホルモン活性がある。さらに、要件Bについては、本願発明において宿主細胞としてヒト細胞を含むので、これを用いた場合には、発現後天然精製HCGと同じ糖鎖が付与されるのであるから、本願発明において組換えという手法を採用したことで、天然精製HCGと、タンパク質としてはもちろんのこと、糖鎖レベルでみても相違する物質が取得できたとはいえない。 そうすると、本願発明に係る組換えヒトhCGは、天然精製HCGと区別できず、本願発明は引用例1又は2に記載の発明と同一である。 なお、請求人(原告)は、審判請求書において、引用例1又は2に記載の天然精製HCGは、他のヒトホルモンを含まないほど精製されておらず、夾雑タンパクを含まない点で本願発明は天然精製HCGと相違する旨主張しているが、たとえ、後者が多少夾雑タンパクを含んでいたとしても、その対象となる精製された化学物質としては同一であるので、本願発明により新規物質が提供されたわけでもなく、請求人の上記主張は理由がないものといわざるを得ない。 (4) 審決のむすび したがって、本願発明は引用例1又は2に記載された発明であるといえるから、 特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は、本願発明の要旨認定を誤り(取消事由1)、引用例と本願発明の対比を誤り(取消事由2)、その結果、「本願発明は引用例1又は引用例2に記載された発明であるといえるから、特許法29条1項3号に該当し、特許を受けることができない。」と誤って判断したものであるから取り消されるべきである。 1 取消事由1(要旨認定の誤り) (1) 審決は、「組換えヒトタンパク質ホルモン」は化学物質であり、化学構造によって特定される化合物であることから、本願発明の特許請求の範囲に記載された「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず」という記載事項は、化学物質として当然のことであり、「組換えヒトタンパク質ホルモン」の化学構造に何ら影響を与えるものではないので、本願発明の必須の構成要件とは認められないとしている。 しかしながら、化学構造がすべて解明されている低分子化合物の場合であればともかく、このような形式的な議論は、ヒトタンパク質ホルモンのような巨大な分子量を有する複雑な化合物には当てはまらない。例えば、hCG(ヒト絨毛膜生殖腺刺激ホルモン)の分子量についてみても、岩波「理化学辞典」第4版(甲第8号証)では「分子量は40660とされるが未確定」とあり、南山堂「医学大辞典」第17版(甲第9号証)では「分子量は約58,000」とあり、さらに「蛋白質核酸酵素」別冊31号(甲第10号証)では「hCGは分子量36,700」と記載されており、見解が統一されていない。確かに、現在の技術ではタンパク質のアミノ酸配列を決定することは比較的容易であるが、タンパク質の化学構造は高次構造や糖鎖によっても異なるのであり、これらをすべて解明することは、少なくとも、出願時(1983年)の技術では必ずしも容易ではない。同じアミノ酸配列のタンパク質でも、高次構造や糖鎖の違いによって、その機能が発現したりしなかったりするから、仮にアミノ酸配列が解明されたとしても、それのみでタンパク質が「化学構造によって特定」されたことにはならない。 (2) さらに、「蛋白質核酸酵素」別冊31号(甲第10号証)は、「u-hCGが血清hCGあるいは胎盤絨毛細胞で生合成され分泌された胎盤性hCGと同一であるかどうかはまだ解決されていない」(172頁右欄から173頁左欄)と明記している。同じ「hCG」であっても、原材料が妊婦尿(u-hCG)であるか、 妊婦血清(血清hCG)であるか、胎盤絨毛(胎盤性hCG)であるかによって、 物質として異なる可能性がある。 (3) このように、「ヒトタンパク質ホルモン」の特定のためには、少なくとも出願時においては、原材料や精製方法などによって特定せざるを得ないのであり、ヒトタンパク質ホルモンが「化学構造によって特定される化合物である」との認識は誤りである。 したがって、本願発明の「組換えヒトタンパク質ホルモン」が「化学構造によって特定される化合物である」ことを前提にして、「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず、」という記載事項が「化学物質として当然のこと」であり、「組換えヒトタンパク質ホルモン」の化学構造に何ら影響を与えるものではないので、本願発明の必須の構成要件とは認められないとした審決の判断は、本願発明の特許請求の範囲の解釈を誤って、要旨認定を誤ったものである。 2 取消事由2(引用例と本願発明の対比の誤り) (1) 審決は、「本願発明に係る組換hCGは天然精製HCGと区別できず」、したがって「本願発明は引用例1及び引用例2に記載の発明と同一である」と判断している。 しかしながら、引用例1及び引用例2に記載の調製hCGは、精製が相当程度進んでいる点において、一見、本願発明の組換えhCGと差異がないように見えるかもしれないが、本願発明では、絶対的に他のヒト由来のホルモンないしタンパク質を含有しないのに対して、引用例1及び引用例2に記載の調製hCGは、他のヒト由来のホルモンないしタンパク質の夾雑が全く検出されないほどに精製されたものではない。 すなわち、「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず、」という記載事項は、遺伝子組換技術によって初めて可能となった本願発明の必須の構成要件であり、この要件を無視するのは許されないのであって、かかる要件の有無が、本願発明と引用例1及び引用例2に記載の技術との決定的な差異である。 (2) 審決は「本願発明において組換えという手法を採用したことで、天然精製HCGと、タンパク質としてはもちろんのこと、糖鎖レベルでみても相違する物質が取得できたとはいえない。」旨説示しているが、誤りである。 例えば「翻訳後に修飾されており」の要件について、審決は何ら根拠を示すことなく、「本願発明において宿主細胞としてヒト細胞を含むので、これを用いた場合には、発現後天然精製HCGと同じ糖鎖が付与される」としているが、結合する糖の種類、本数、長さ、枝分かれの仕方など、翻訳後修飾の具体的内容が、「天然精製」のhCGと組換えhCGとで同一であるかどうかは、引用例1や引用例2の記載からは全く分からない。 (3) 審決は、「たとえ、後者が多少夾雑タンパクを含んでいたとしても、その対象となる精製された化学物質としては同一であるので、本願発明により新規物質が提供されたわけでもなく」としているが、ホルモンは、極めて微量であっても人体に作用するものであるから、たとえわずかでも、所望のホルモン以外のホルモンが混入しているのは大問題である。 引用例1及び引用例2に記載の調製hCGと、本願発明の組換えhCGとは、単に製造方法が異なるにとどまらず、精製の程度が相対的か絶対的かの差異に由来して、その物質としての性質に顕著な差異を有するから、物質として区別されるべきである。 |
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審決取消事由に対する被告の反論
1 総論 (1) 化学物質発明の本質は、有用な化学物質の創製にある。すなわち、化学物質発明は「新規な化学物質を提供すること(創製)」及び「当該化学物質が有用であること」の2点に関するものである。 化学物質発明の場合、当該化学物質は、原料物質から化学合成、生物により生産された当該物質を単離・精製する又は遺伝子組換え細胞等を利用した生産で生成された当該物質を単離・精製する等の製法により取得される。一般的に、遺伝子組換法を含めいかなる製法を採用しようが、原料の純度、反応の不完全性、精製過程での分解等により、製造される化学物質は100%の純度のものを得ることは困難なことが多い。そこで、化学物質発明においては、単一の化学物質として特定するに足りる純度であって、有用性が確認されれば、発明が成立したとしている。それは、取得方法、純度がいかなるものであれ、有用性が確認された単一の化学物質として特定されていれば、明細書の記載に従って実施することにより単一の化学物質が提供されることとなるので、化学物質発明の本質である「新規な化学物質を提供すること(創製)」及び「当該化学物質が有用であること」の2点に沿うことになるからである。 すなわち、化学物質発明における「化学物質」とは、その絶対的純度により「化学物質」として認定されるのではなく、「単一の化学物質として特定するに足りる純度(精製度)」であれば、「化学物質」と認定される。 (2) 遺伝子工学を利用して製造される、いわゆる、組換えタンパク質と天然のものから精製された天然タンパク質における同一性について、特許庁の審査の運用指針は、「タンパク質が単離・精製された単一物質として公知である場合において、 製造方法により特定して記載された組換えタンパク質に係る発明は、上記公知のタンパク質と物質として区別できない場合、当該発明は新規性を有しない。」としている(乙第2号証84頁下から3行〜末行)。 先行技術である「精製タンパク質」と本願発明の「組換えタンパク質」は、共に、「物理的、化学的性質又は製造方法」によって特定されたものなので、「物理的、化学的性質又は製造方法」による特定により、単一の化学物質として両者を捉えることができるか、「化学物質」として捉えることができたなら、両者は同一の化学物質かという点を検討した上で新規性が判断される。 先行技術である精製タンパク質は、天然物から単離・精製されたものであり、化学構造式は不明であったとしても物性等の観点から単一物質として把握できるものであるから、「化学物質」に相当し、本願発明の「組換えタンパク質」は、遺伝子組換えによる製造方法で特定された「タンパク質」という「化学物質」に相当する。 次に、単離精製されたタンパク質と組換えタンパク質はその物性等において比較され、それが化学物質として同一であれば、両者のタンパク質は同一となる。ちなみに、細胞内で遺伝子の情報に基づきタンパク質が製造されるのは技術常識であり、遺伝子とタンパク質の情報は1対1対応するものである。そうすると、生体内の細胞で製造されたタンパク質を単離・精製したものと、組換えにより製造したものとでは、由来となる細胞及び遺伝子が同一であれば必ず同一のタンパク質となるのは明らかである。 先行技術の「単離・精製」という製造方法と本願発明の「遺伝子組換え」という製造方法の違いは、化学物質を特定する表現手段が異なるだけであり、それにより特定されるタンパク質に違いがあるはずがなく新規性がないことになる。 2 取消事由1に対して (1) 原告は、審決は発明の要旨認定を誤ったものであると主張するが、審決の認定に誤りはない。 本願発明の特許請求の範囲の記載を構成要件ごとに分けると、 @hCG及びLHからなる群から選択される組換えヒトタンパク質ホルモンであって、 Aその製造に用いられる可能性のある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず、 B翻訳後に修飾されており、 Cそして生物学的に活性である、 という@からCの構成要件すべてが、特許請求の範囲末尾の「組換えヒトタンパク質ホルモン」という構成要件を修飾、すなわち、特定する表現形式を有する。 @の構成要件をみると、これに記載されたhCG及びLHは、それぞれ絨毛性性腺刺激ホルモン、ヒト黄体形成ホルモンという単一の化学物質であり、「組換えヒトタンパク質ホルモン」とは、遺伝子組換えの方法により作成される「ヒトタンパク質ホルモン」という意味であることから、これら単一の化学物質たる群から「組換えヒトタンパク質ホルモン」が選択されていることは、遺伝子組換えで作成される「ヒトタンパク質ホルモン」が、単一の化学物質であるhCG又はLHのことであることを明示するものである。 次に、前述のように、特許請求の範囲の発明に係る「組換えヒトタンパク質ホルモン」は単一の化学物質なので、本願発明の要旨を認定するに当たり、A〜Cの構成要件がこれら単一の化学物質を特定するものとなっているか否かを検討する必要がある。化学物質に係る発明である以上、その構成要件が必須といえるのは、その構成要件により特定された「化学物質」の構成、すなわち、その化学構造に影響を与えるものでなくてはならない。そうでなくては、「化学物質」を特定するものとならないからである。Aの構成要件は、このような観点でみると、何ら化学構造に影響を与えるものではないし、Aの構成要件は上述のように本願発明が「ヒトタンパク質ホルモン」という単一の化学物質であることから、当然の事項でもある。 (2) 原告は、上記Aの構成は、遺伝子組換えによるほかは実現不可能な構成として本願発明における必須の構成要件であると主張する。しかし、本願発明が「製造方法」「混合物」の発明であればAのような構成要件が必須の構成要件となることもあるが、前述したように本願発明は「化学物質」の発明であり、これが必須の構成要件とならないのは、前述のことから明らかである。 審決は、本願発明は化学構造によって本願発明が特定されるものであるといっているのではなく、本来化学構造によって特定されるものであるが、それによって特定することができない場合には、その物理的性質、製造方法によって、化学構造を特定することになることを述べている。現に審決は、本願発明の「組換えヒトタンパク質ホルモン」について、「組換え」という文言から「製造方法」により化学物質を特定したものと認定している。この「製造方法」を意図する「組換え」という構成は、化学構造を特定するものであって、本願発明の必須の構成要件である。しかし、上記Aの構成要件は、何ら「組換えヒトタンパク質ホルモン」の化学構造を特定するものではないことは明らかで必須の構成要件となり得ないのは、前述のとおりである。 3 取消事由2に対して (1) 引用例2では、天然物から抽出・精製された市販のhCGを原料とし、これをα、βのサブユニットに解離し、それぞれ精製した上で、再結合されている。 α、β各ユニットの精製には、Sephadex G-100のカラムクロマトグラフィー(ゲル濾過)が使用され、このカラムクロマトグラフィーにおいて、鋭いピークがみられることから、純度の高いものが得られたことは明らかであり、再構成されたhCGの純度が高いことは、引用例2には、「ここに記述したサブユニット調製物は交差汚染がほとんどないことが示され得るため、多くの生物学上の目的及び免疫学上の目的に適している。」(1605頁左欄30〜34行)と記載されていることからも裏付けられる。 (2) また、引用例2の精製は、その参考文献No.10(Mol Cell Biochem 2: 97, 1973。乙第8号証)に記載されている精製方法を知った上で行われているが、 この参考文献では、hCGのポリペプチド鎖の配列決定が行われ、しかも、ここで決定された配列は、その15年後に発行された「蛋白質核酸酵素」別冊31号(甲第10号証)に記載されたhCGの配列と全く同じである。このような正確なアミノ酸配列を決定するには、相当程度の純度に精製されていなければ困難であり、他のタンパク質ホルモンは、無視できる程度しか混入していなかったということを示唆している。 (3) さらに、引用例2の精製の出発材料であるhCG(オルガノン社)(引用例2の1601頁右欄9〜13行参照)は、薬業時報社発行「医薬品要覧」(乙第9号証)702頁に示されるように、本件出願前、医薬品として我が国においても販売されている。この精製の出発材料でさえ、わずかでも他のホルモンが含まれていると大問題とされる医薬品として販売され、医薬品グレードの精製度を有するのであるから、実質的に「その製造に用いられる可能性のある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず、」にまで精製されたhCGが引用例2に記載されているものといえる。 |
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当裁判所の判断
取消事由1について判断する。 1 甲第3号証(本願発明の出願公開公報)によれば、本件明細書中に次の記載があることが認められる。 @【産業上の利用分野】「本発明は組換えDNA技術を用いてヘテロポリマータンパク質を生産することに関する。」(2欄36ないし37行) A【従来の技術】「組換えDNA技術によって、各種のポリペプチド鎖が細菌、酵母および培養哺乳動物細胞のような宿主細胞内で発現されてきた。」(2欄39行ないし41行) B【発明が解決しようとする課題】「本発明は…複数のサブユニットから構成される生物学的に活性なヘテロポリマータンパク質を提供し、各サブユニットはそのサブユニットをコードする異種DNAを含むところの…発現ベクターを有する細胞により合成される。」(3欄第5行ないし11行) C【課題を解決するための手段】「(本発明の)好適な実施態様では、真核細胞を用いてタンパク質を合成し、このタンパク質が翻訳後に、最適にはグリコシル化によって、修飾される。このタンパク質はホルモン、最適にはhCG、黄体形成ホルモン(LH)…などの性ホルモン…のような分泌タンパク質である。…(宿主)細胞はサルまたはマウスの細胞である。」(3欄13行ないし30行) D用途「本発明によって作られるhCGは、例えばヒトの生殖に関係する多数のよく知られた医療用途を有している。」(16欄36行ないし38行) 2 このように、本願明細書中には、本願発明による「組換えヒトタンパク質ホルモン」であるhCG(ヒト絨毛膜生殖腺刺激ホルモン)及びLH(黄体形成ホルモン)は、好適な実施態様において、宿主として「サル」又は「マウス」細胞を使用して産生されることが記載されているところ、この好適な実施態様に従って遺伝子組換技術により「hCG」及び「LH」の遺伝子を組み込んだ「サル」又は「マウス」の宿主細胞を培養すると、宿主である「サル」又は「マウス」細胞自身の遺伝子から翻訳・産生されるタンパク質・ホルモン、及び組換えにより宿主細胞に組み込まれた「hCG」及び「LH」遺伝子から翻訳・産生されるもの以外は、他のタンパク質・ホルモンは産生されないことは自明であり、「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず」との条件は自ずと充足されることとなるから、「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず」との事項は、文理上その記載どおりに解することができることは明らかである。 3 「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず」との本願発明の構成の技術的意味について検討するに、まず、前記1で認定した本願明細書のDの記載からも明らかなように、 本願発明の対象であるhCG及びLHは診断薬、治療薬等の医薬用途に使用されるものであり、被告もこの点を争っていない。 そして、診断薬、治療薬は、たとえ微量であっても許容限度を超える量の不純物含むと、診断や治療に好ましくない影響を及ぼす可能性を否定することができないのは、本願発明の属する技術分野における技術常識に属することは自明のことである。したがって、hCG及びLHが、「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず」との限定が充足されれば、少なくともそれらが不純物として認識される診断・治療の用途においては、不純物としての「他のヒトタンパク質」、「他のホルモン」の悪影響が防止されるという効果をもたらすことからすると、上記限定が技術的に意味を持たないとすることはできない。 4 被告は、本願発明の特許請求の範囲に記載の「組換えヒトタンパク質ホルモン」であるhCG、LHは単一の化学物質であるところ、化学物質に係る発明である以上、その構成要件が必須といえるためには、その構成要件により特定された化学物質の構成、すなわち、その化学構造に影響を与えるものでなくてはならない旨主張する。 しかしながら、「組換えヒトタンパク質ホルモン」であるhCG及びLHが化学物質であるといえるとしても、当該化学物質の有用性は、その化学構造のみに依存するのではなく、当該化学物質の化学構造以外の構成要件、例えば不純物の含有量により左右される場合のあることは上記3で説示したとおりであるから、被告の主張は理由がない。 5 そうすると、審決が本願発明の必須の構成要件でないとした「その製造に用いられる可能性がある宿主細胞由来以外の他のヒトタンパク質を含まず、他のホルモンを含まず」との限定を、発明の要旨の認定に際して無視することは許されないというべきである。審決は、右限定が発明の構成要件ではないと誤認したものというべきであり、この誤認は、引用例1、2との対比において本願発明の新規性を否定した審決の結論に影響を及ぼし得るものであり、審決取消事由1は理由がある。 |
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結論
以上のとおり、原告主張の審決取消事由1は理由があり、その余について判断するまでもなく、原告の請求は認容すべきである。 (平成12年2月3日口頭弁論終結) |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 市川正巳 |