審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成10ワ11453特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成15ワ4287損害賠償等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ3012特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成9ワ8955特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成9ワ938損害賠償等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 技術的思想 / 製造方法 / 公知技術 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 発明の利用 / 明瞭でない記載 / 分割出願 / 実施料相当額 / 対象製品 / 出願経過 / 均等 / 均等論 / 置き換え / 置換 / 置換可能性 / 同一の作用効果 / 置換容易性 / 容易に想到(容易想到性) / 意識的除外(意識的に除外) / 特許発明 / 実施 / 権原 / 加工 / 構成要件 / 侵害 / 実施料 / 不法行為(民法709条) / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 減縮 / 拡張 / 変更 / 釈明 / 訂正明細書 / |
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事件 |
平成
6年
(ワ)
22487号
損害賠償請求事件
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原告 住友電気工業株式会社右代表者代表取締役 A右訴訟代理人弁護士 久保田穰増井和夫右訴訟復代理人弁護士 橋口尚幸 被告 三菱マテリアル株式会社右代表者代表取締役 B右訴訟代理人弁護士 近藤惠嗣大平茂城山康文 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2000/02/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
一 原告の請求を棄却する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の請求
被告は、原告に対し、二億八二四五万円及び内金一億九五六〇万円に対する平成六年一二月七日から、内金八六八五万円に対する同八年七月一六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は、立方晶型窒化硼素(以下「CBN」という。)を含有する高硬度工具用焼結体についての二件の特許権の権利者である原告が、被告に対し、被告による焼結体製品の製造販売行為が原告の特許権の侵害に当たると主張して、不法行為による損害賠償及び不当利得の返還を求めている事案である。 一 争いのない事実1 甲特許権 原告は、次の特許権(以下「甲特許権」という。また、甲特許権に係る明細書(出願公告されたもの。甲一二)を、以下「本件甲明細書」という。)の特許権者である。 (一)(1) 発明の名称 高硬度工具用焼結体およびその製造法(2) 出願年月日 昭和五一年一二月二一日(3) 出願番号 昭和五一年特許願第一五四五七〇号(4) 出願公告年月日 昭和五七年一月二二日(5) 出願公告番号 昭和五七年特許出願公告第三六三一号(6) 登録年月日 昭和六〇年九月一三日(7) 特許番号 第一二八一三三二号(二) 甲特許権の特許請求の範囲1項の記載は次のとおりである(以下、これに記載された発明を「甲特許発明」という。)「立方晶型窒化硼素を体積%で80〜20%含有し残部が周期率表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物からなり、この混合物または化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなすことを特徴とする高硬度工具用焼結体。」(三) 右の特許請求の範囲1項の記載は、次のとおり分説できる(以下、各構成要件を「構成要件(1)」などという。)(1) CBNを体積パーセントで八〇ないし二〇パーセント含有すること(2) 残部が周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物(以下、「周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物」を「周期律表化合物」ということがある。)から成ること(3) この混合物又は化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなすことを特徴とする(4) 高硬度工具用焼結体2 乙特許権 原告は、次の特許権(以下、「乙特許権」という。また、乙特許権に係る明細書(訂正審決を経た後のもの。甲四五)を、以下「本件乙明細書」という。)の特許権者である。なお、乙特許権は、甲特許権に係る特許出願から分割された出願によるものである。 (一)(1) 発明の名称 高硬度工具用焼結体およびその製造法(2) 出願年月日 昭和五一年一二月二一日(3) 出願番号 昭和五六年特許願第三八一五九号(4) 出願公告年月日 昭和五七年一〇月二二日(5) 出願公告番号 昭和五七年特許出願公告第四九六二一号(6) 登録年月日 昭和六二年九月二八日(7) 特許番号 第一四〇〇〇三二号(二) 乙特許権の特許請求の範囲1項の記載は次のとおりである(以下、これに記載された発明を「乙特許発明」という。)「立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し残部が周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物を第1の結合相とし、Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として、該第1、第2の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が結合相中の体積で50%以上99・9%以下であることを特徴とする高硬度工具用焼結体。」(三) 右の特許請求の範囲1項の記載は、次のとおり分説できる(以下、各構成要件を「構成要件A」などという。)A CBNを体積パーセントで八〇ないし四〇パーセント含有しB 残部がB1 周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物を第一の結合相とし、 B2 窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物から得られるアルミニウム化合物を第二の結合相として、 B3 該第一、第二の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなし、 B4 前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物が結合相中の体積で五〇パーセント以上九九・九パーセント以下であることを特徴とするC 高硬度工具用焼結体(四) 乙特許権の特許請求の範囲4項の記載は次のとおりである(以下、これに記載された発明を「乙特許方法発明」という。)「立方晶型窒化硼素粉末と周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物の粉末、及びTi2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物の粉末を混合し、これを粉末状でもしくは型押成型後、超高圧装置を用いて圧力20Kb以上、温度700℃以上の高圧、高温下で焼結せしめることを特徴とする立方晶型窒化硼素を体積%で80〜40%含有し、 残部は周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物、または相互固溶体化合物が結合相中で体積で50%以上99・9%以下であり、更にTi2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物からなり、これと前記周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物もしくはこれ等の混合物または相互固溶体化合物が焼結体組織中で連続した結合相をなす高硬度工具用焼結体の製造法。」3 被告製品(一) 被告は、昭和五八年ころから、商品名を「ボラニット」、「MBC」とし、 材種名を「MB一〇」、「MB二〇」、「MBX」、「MB一一一」、「MB八二五」、「MB八二〇」、「MB七一〇」及び「MB八三〇」とするCBN焼結体製品(以下、これらを合わせて「被告製品」という。)の製造販売をしている(なお、材種名「MB七三〇」なる製品は本件訴訟の対象とされていない。)。被告製品は、CBN焼結体と超硬合金とより成る二層構造体を支持体にろう付けした形で販売されている。 (二) 被告製品の構成のうち、CBN焼結体の組成は、別紙「物件目録」記載のとおりであり、酸化アルミニウム(Al2O3。「アルミナ」ともいう。)を含有している点に特徴がある(なお、被告製品におけるCBN焼結体の構造については、原告は「CBN成分は粒子より成っており、各粒子は一般的に互いに融着していない。」と主張し、被告は「少なくともCBN成分及び酸化アルミニウム成分は粒子より成っており、CBN粒子同士又はCBN粒子と酸化アルミニウム粒子は互いに結合し、骨格構造をなしている。」と主張している。)。 4 被告製品と原告の特許発明との対比(一) 被告製品は、甲特許発明の構成要件(1)及び(4)を充足する。 (二) 被告製品は、乙特許発明の構成要件A、B1、B4及びCを充足する。 二 争点1 被告製品が、甲特許発明の構成要件(2)及び(3)を充足し、その技術的範囲に属するか。 2 被告製品が、均等を理由として、甲特許発明の技術的範囲に属するか。 3 被告製品が、乙特許発明の構成要件B(柱書)、B2及びB3を充足し、その技術的範囲に属するか。 4 被告製品の製造方法が、乙特許方法発明の技術的範囲に属するか。 5 原告が被った損害及び損失の額三 争点に関する当事者の主張1 争点1(甲特許発明の構成要件(2)及び(3)の充足性)について(一) 原告の主張(1) CBNは、ダイアモンドに次ぐ硬さを有する物質であり、その硬さを利用して金属や超硬合金のように硬い材料を切削加工する工具に用いられる。CBN自体は粉体なので、工具に用いる場合には、これを適当な結合材とともに高温高圧下で焼結し、かたまり(焼結体)にしなければならない。結合材としては、従来はコバルト等の金属が使用されていたが、金属は耐熱性に欠けるので、使用により軟化し、 耐摩耗性が低下したり、金属が溶着して工具が損傷したりする欠点があった。 甲特許発明は、このような従来のCBN工具の欠点を取り除き、耐熱性及び耐摩耗性に優れた工具用焼結体を作ったものであり、その構成上の特徴は、結合材の種類及び量と、CBNとの結合態様にある。 結合材は、金属より耐熱性が良く、高強度の金属化合物で、しかも熱伝導率の良いものが使われる。これが、周期律表化合物であり、具体的にはチタンの炭化物や窒化物、タングステンの炭化物等である。 結合態様の特徴とは、結合材が焼結体組織中で連続した結合相となっているということである。すなわち、甲特許発明の焼結体では、強靱な耐熱性化合物がCBN粒子間に侵入して各粒子を取り巻き、全体として一つながりになっていて、CBN粒子同士が直接結合していない(ただし、CBN粒子同士が多少直接に結合し、結合材が分離して存在している箇所があっても差し支えない。)。これと対比される状態は、CBN粒子同士が直接結合し、CBN粒子間で形成された空所に結合材が取り込まれ、全体として結合材の池のようなものが多く点在しているという様相である。従来は、結合材は補助であって、できるだけCBN粒子が直接結合している方がよいと考えられていたが、甲特許発明は、その常識を覆し、右のような結合材を使用するときは、CBN粒子間の直接結合があまり多く生じないようにした方が、良好な工具用焼結体が得られることを見いだしたものである。 右の結合態様の特徴に伴い、結合材を連続したものとするため、結合材の量は少なくとも全体の二〇パーセント必要である。 (2) 被告製品は、次のとおり、甲特許発明の構成要件(2)及び(3)を充足する。 ア 被告製品には、チタン化合物が含まれているから、構成要件(2)を充足する。 なお、この構成要件は、周期律表化合物が必須の要件であることを述べているだけであり、他の物質を含んではならないという意味ではない。このことは、本件甲明細書に他の物質(酸化アルミニウム、窒化アルミニウム等)を副成分、追加的成分として含んでよい旨が開示され、アルミニウムを原料に添加する実施例も示されていること、被告製品に含まれる酸化アルミニウム等は、耐摩耗性が優れるという甲特許発明の焼結体の特徴を失わせるものではないこと(甲三七参照)から明らかである。したがって、被告製品が酸化アルミニウム等を含有することは、構成要件(2)の充足の妨げとなるものでない。 イ 構成要件(3)は、CBN以外の残部が焼結体組織中で連続した結合相をなすということであり、残部には周期律表化合物以外の物質(アルミニウム化合物等)が含まれるから、これを含めた全体として残部が連続していることを意味している。そして、被告製品においてCBN以外の残部が連続していることは、CBN以外の物質を溶かすと焼結体がばらばらになることや、透過型電子顕微鏡写真、オージェ電子分光法等による分析結果(甲六、一三、二〇、三四参照)から明らかである。したがって、被告製品は構成要件(3)を充足する。 (二) 被告の主張(1) 構成要件(2)の「からなる」という表現は、それ以外のものを含まないという意味であり、CBN以外の残部が、周期律表化合物のみであるということである。 また、甲特許権の出願経過からも、CBNを除く残部として周期律表化合物以外の成分が含まれないものを、甲特許権の対象としたといえる。これに対し、被告製品には、CBN以外の成分として、周期律表化合物(チタン化合物)だけでなく、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム及び硼化アルミニウムを含んでいる。したがって、被告製品は構成要件(2)を充足しない。 (2) 構成要件(3)は、周期律表化合物が連続した結合相をなすこと、すなわち、CBNの各粒子が周期律表化合物によって取り巻かれていることを要件としている。 これに対し、被告製品の焼結体組織中においては、CBN粒子同士又はCBN粒子と酸化アルミニウム粒子とが互いに結合しており、チタン化合物が連続した結合相となっていないから、構成要件(3)を充足しない。 2 争点2(甲特許発明に係る均等の成否)について(一) 原告の主張 仮に、酸化アルミニウム等が含まれていることを理由に、被告製品が甲特許発明の構成要件を充足しないとしても、以下のとおり、被告製品は甲特許発明の均等物として甲特許発明の技術的範囲に属する。 (1) 甲特許発明の本質的部分は、CBNの量を限定し、結合材として、従来のコバルト等の金属の代わりに、周期律表化合物を相当程度用いるという技術的思想にある。そして、被告製品は、この技術的思想をそのまま用いているのであるから、甲特許発明と被告製品との異なる部分は、甲特許発明の本質的部分でない。 (2) 甲特許発明の構成要件の一部を酸化アルミニウム等に置き換えても、被告製品は、甲特許発明の実施品と同一の目的を達し、同一の作用効果を有するから、置換可能性があるといえる。 (3) 甲特許発明の構成要件の一部を酸化アルミニウム等に置き換えることは、被告製品の製造時点において当業者が容易に想到することができたものであり、置換容易性が認められる。 (4) 被告製品は、甲特許権の出願時の公知技術から容易に推考できたものでない。 (5) 甲特許権の出願手続において、被告製品の構成が意識的に除外されるような事情はなかった。 (二) 被告の主張 以下のとおり、原告の均等の主張は失当である。 (1) 本件甲明細書の記載によれば、甲特許発明の本質的部分は、CBNの各粒子が周期律表化合物により取り巻かれている点にある。これに対し、被告製品ではこの構成が欠けているから、本件において均等論を適用する余地はない。 (2) 本件甲明細書には、酸化アルミニウムを使用すると甲特許発明の本質を損なう旨が記載されているから、甲特許発明におけるCBN以外の残部が被告製品のものと置換可能であるとはいえない。 (3) 置換可能性がない以上、置換容易性を論ずる必要はない。 (4) 被告製品が甲特許発明と均等であるとすれば、甲特許発明は公知技術をその技術的範囲に含むことになるから、本件で均等を主張することは許されない。 (5) 本件甲明細書には、酸化アルミニウムにつき欠点がある旨が記載されており、 結合相の材料として酸化アルミニウムが意識的に除外されていたことは明らかである。 3 争点3(乙特許発明の構成要件B(柱書)、B2及びB3の充足性)について(一) 原告の主張(1) 乙特許発明は、甲特許発明の利用発明であり、結合材の種類及び量と、CBNとの結合態様を特徴とするものである。 結合材として周期律表化合物を用いること、結合相が連続していることは、甲特許発明と同様である。 乙特許発明において第二の結合材成分を添加するのは、焼結時におけるCBNの変態(他の型の窒化硼素結晶になること)を防止し、また、CBN粒子と結合相との結合を強くして、焼結体の耐摩耗性、靭性を増加させるという、結合材の性質改善のためである。 以上の特許請求の範囲の要件が充たされている以上、付加的に他の物質が含まれていても、乙特許権の侵害を免れることはない。 (2) 被告製品が乙特許発明の構成要件A、B1、B4及びCを充足することは争いがなく、その他の構成要件も次のとおり充足するから、被告製品は乙特許発明の技術的範囲に属する。 ア 構成要件B2は、アルミニウム化合物が、窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物から得られる化合物であることを要件としている。右の「得られる」に関しては、いつ得られたかは問題とされていないから、窒化チタンアルミニウム等から「得られる」種類のアルミニウム化合物が焼結体中に存在していれば、仮にそれが原料として加えられたものであったとしても、そのことを理由に乙特許発明の技術的範囲に属さないことにはならない。 被告製品に含まれる三種のアルミニウム化合物は、いずれも窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムとチタンの金属間化合物から「得られる」化合物である。この点は、原料としてアルミニウム粉末を使用して高温高圧処理をすると焼結体中にアルミニウム化合物が得られた旨の原告による実験結果や専門家の意見書(甲九、 三三、三五)に示されたとおりである。また、原告の実験(甲四四)によれば、被告製品の原料としては、酸化アルミニウム以外にもアルミニウムの金属間化合物が用いられており、被告製品中の酸化アルミニウムは、原料として使用されたものよりも、焼結工程中に生成したものが多いと判断される。 したがって、被告製品においては、焼結工程中に生成するアルミニウム化合物(酸化アルミニウム、窒化アルミニウム及び硼化アルミニウム)が第二の結合相を形成しているから、構成要件B2を充足する。 イ 構成要件B3は、第一の結合相及び第二の結合相が一体となって、CBN粒子をつなぎとめているということである。 被告製品のCBN粒子が互いに融着していないことは、結合材は溶解するがCBNは溶解しない酸により被告製品の焼結体を処理したところ、これが粉末化したという実験結果や、CBN粒子は互いにつながっていないし、酸化アルミニウム粒子を介して結合しているともいえないという、透過型電子顕微鏡写真、オージェ電子分光法等に基づく分析の結果(甲六、一三、二〇、三四)から明らかである。乙特許発明は、CBN粒子を多量に用い、それをコバルト等の金属で結合した従来のCBN焼結体工具の代わりに、CBNの量を抑え、相当量の耐熱性化合物を結合材とした焼結体工具を提供したものであり、その組成の結果が「結合相の連続」として現れるものである。そして、被告製品も、CBNの量を抑え、耐熱性化合物を結合材としているのであるから、「結合相の連続」が存在することも、当然である。 したがって、被告製品中において結合相は連続しているから、被告製品は構成要件B3を充足する。 ウ 被告製品中の酸化アルミニウムのうち最初から原料として加えたものが第二の結合相に当たらないとしても、これは特許要件を具備した構成の上に付け足したものにすぎない。なお、酸化アルミニウムの問題点に関して述べた本件乙明細書中の記載は、第一の結合相としては好ましくないということであって、副成分として使用することを排除するものでない。 したがって、酸化アルミニウムの存在を理由に、被告製品が構成要件B(柱書)を充足しないとして乙特許権の侵害を免れることはない。 (二) 被告の主張(1) 乙特許発明の構成要件B2の「得られる化合物」とは、窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物を原料として用い、焼結の結果として得られた化合物を意味する。このことは、乙特許権に係る訂正の経過からも明らかである。これに対し、被告製品中の酸化アルミニウムは、焼結体の原料粉末として添加されたものであり、焼結前のアルミニウムが変化したものでないから、第二の結合相ではない。 したがって、被告製品には第二の結合相が存在しないから、構成要件B2を充足しない。 (2) 乙特許発明の構成要件B3は、第一の結合相の連続、すなわち、結合相のうち第一の結合相が焼結体組織中で連続し、第二の結合相はこの連続性を阻害せずにこの連続した結合相中に分散していることをいうと解釈される。また、この「連続」とは、CBN粒子のまわりを結合相が取り巻き、CBN粒子同士が互いに接触していないことを意味するものである。これに対し、被告製品の第一の結合相は連続していないし、仮に、乙特許発明の結合相の連続につき、第一及び第二の結合相の両者を合わせた部分が全体として連続していればよいと解釈しても、被告製品の結合相は連続していない。 被告製品において、CBN粒子同士が直接に、又は、酸化アルミニウム粒子を介して結合していることは、被告製品につきCBN及び酸化アルミニウム以外の成分をすべて溶解してもその形状を維持していたという実験や、透過型顕微鏡写真、オージェ電子分光装置等による分析の結果(乙八、二〇)から明らかである。原告の実験において被告製品が粉末化したのは、酸化アルミニウム成分をも溶解したためである。 したがって、被告製品は構成要件B3を充足しない。 (3) 構成要件B(柱書)は、「残部が・・・であることを特徴とする」との文言で規定されており、特許請求の範囲に記載されたCBN、第一の結合相及び第二の結合相以外の成分が含まれる場合は、乙特許発明の構成に含まれないということである。特に、酸化アルミニウムに関しては、本件乙明細書において、高温下での熱伝導率の著しい低下という欠点が明らかにされており、焼結体の成分から意識的に除外されているといえる。 これに対し、被告製品中の酸化アルミニウムは、その存在によって焼結体が優れた靭性を持つようになるという特別な効果を有しており、有効成分として積極的に添加されているものである。 右のとおり、被告製品は、乙特許発明の焼結体とは合金の発明として異なるものであって、構成要件Bを充足するものではない。 4 争点4(乙特許方法発明の構成要件の充足性)について(一) 原告の主張(1) 乙特許方法発明により製造される物は乙特許発明の対象物と同じであるので、 これを「A」とすると、乙特許方法発明の構成要件は次のとおり分説できる。 @イ CBN粉末とロ 周期律表第4a、5a、6a族遷移金属の炭化物、窒化物、硼化物、硅化物若しくはこれらの混合物又は相互固溶体化合物の粉末、及びハ 窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物の粉末を混合し、 A これを粉末状で若しくは型押成型後B 超高圧装置を用いて圧力二〇キロバール以上、温度摂氏七〇〇度以上の高圧、 高温下で焼結せしめることC を特徴とする「A」の製造法(2) 乙特許発明につき述べたとおり、被告製品は「A」に該当する。 (3) 被告製品の製造方法は次のとおりである。 イ CBN粉末とロ 第4a族遷移金属であるチタンの窒化物である粉末とハ 窒化チタンアルミニウム及びアルミニウムとチタンの金属間化合物であるチタンアルミニウム(TiAl3)の粉末とニ 若干量の酸化アルミニウムの粉末とを混合し、 ホ 高圧高温下で焼結する。 (4) 被告製品の製造方法と乙特許方法発明との違いは、原料として酸化アルミニウム粉末を追加することだけであるが、その添加によっては特段の効果を生ぜず、むしろ加えない方がよいのであるから、被告製品の製法がこれを侵害することは明らかである。 (二) 被告の主張 被告製品が乙特許発明の焼結体でない以上、被告製品の製造方法が乙特許方法発明に該当することはない。 5 争点5(原告の損害及び損失の額)について(一) 原告の主張(1) 被告製品の販売額 被告製品の一か月当たりの販売額は、各年度(四月一日から翌年三月末日まで)につき、平均して少なくとも次の金額に達している。 昭和五九年度 三〇〇万円同 六〇年度 七〇〇万円同 六一年度 一一〇〇万円同 六二年度 一五〇〇万円同 六三年度 二一〇〇万円平成 元年度 二九〇〇万円同 二年度 三八〇〇万円同 三年度 三九〇〇万円同 四年度 四二〇〇万円同 五年度 四一〇〇万円同 六年度 四六〇〇万円同 七年度 四二〇〇万円同 八年度 四五〇〇万円(2) 甲特許権の侵害による損害ないし損失ア 原告は被告に対し、平成五年七月一六日から同八年七月一五日までの間(甲特許権に基づく請求を追加する前の三年間)につき、被告製品の販売による被告の利益額を、原告が被った損害として請求できる。右期間の販売総額は一五億六二〇〇万円であり、被告の利益率は一〇パーセントを下らないから、右期間の被告製品の製造販売による原告の損害は一億五六二〇万円である。 さらに、被告はその後も甲特許権の侵害行為を継続しているところ、平成八年七月一六日から同年一二月二一日(特許期間満了の日)までの間の被告製品の販売額は二億二五〇〇万円であるから、右同様に計算すると、右期間についての原告の損害は二二五〇万円となる。 イ 昭和六一年七月一六日(甲特許権に基づく請求を追加する一〇年前の日)から平成五年七月一五日までの間の被告製品の製造販売に対しては、原告は被告に対し、不当利得の規定に従って、実施料相当額を請求することができる。右期間の販売総額は二四億四五〇〇万円であり、その実施料率は二・五パーセントとするのが相当であるから、右期間の実施料相当額は六一一〇万円(端数切捨て)である。 ウ よって、原告は被告に対し、右ア及びイの合計額二億三九八〇万円及び内金二億一七三〇万円に対してはその請求をした後である平成八年七月一六日から、内金二二五〇万円に対してはこれに係る請求を追加した後である同九年七月七日から、 各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。 (3) 乙特許権の侵害による損害ないし損失ア 原告は被告に対し、平成三年一一月一六日から同六年一一月一五日までの間(本件訴えを提起する前の三年間)につき、被告製品の販売による被告の利益額を、原告が被った損害として請求できる。右期間の販売総額は一五億一六五〇万円であり、被告の利益率は一〇パーセントを下らないから、右期間の被告製品の製造販売による原告の損害は一億五一六五万円である。 さらに、被告は本訴提起後も乙特許権の侵害行為を継続しているところ、平成六年一一月一六日から同八年七月一五日までの間の被告製品の販売額は八億六八五〇万円であるから、右同様に計算すると、右期間についての原告の損害は八六八五万円となる。 イ 昭和五九年一一月一六日から平成三年一一月一五日までの間の被告製品の製造販売に対しては、原告は被告に対し、不当利得の規定に従って、実施料相当額を請求することができる。右期間の販売総額は一七億五八〇〇万円であり、その実施料率は二・五パーセントとするのが相当であるから、右期間の実施料相当額は四三九五万円である。 ウ よって、原告は被告に対し、右ア及びイの合計額二億八二四五万円及び内金一億九五六〇万円に対しては平成六年一二月七日(訴状送達の日の翌日)から、内金八六八五万に対してはこれに係る請求を追加した後である同八年七月一六日から、 各支払済みまで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める。 (4) なお、被告の行為は、甲特許権及び乙特許権の侵害であるが、原告は、被告が二件の特許権を侵害しても一件の特許権を侵害した場合を超える損害又は不当利得の請求をしないこととする。 (二) 被告の主張 すべて争う。 |
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争点に対する判断
一 争点1(甲特許発明の構成要件(2)及び(3)の充足性)について1 被告製品が甲特許発明の構成要件(2)(残部が周期律表化合物から成ること)を充足するかどうかについて検討する。 (一) 構成要件(2)にいう「残部」とは、甲特許発明の特許請求の範囲の記載に照らせば、甲特許発明の焼結体からCBNを除いた部分を意味している。そして、特許請求の範囲の「残部が・・(中略)・・からなり」との記載をその文言どおり解釈すれば、甲特許発明の焼結体は、CBNが八〇ないし二〇パーセント、残部である周期律表化合物が二〇ないし八〇パーセントという組成を有するものであることが明らかである。すなわち、構成要件(2)は、特許請求の範囲の文言自体から、甲特許発明の焼結体におけるCBN以外の残部は周期律表化合物のみであり、他の成分(殊に、酸化アルミニウム)を含むものではないと解釈するのが相当である。 なお、右の解釈は、原料中に含まれる不純物、製造過程で生じ得る副生物等、意識的に含有させたものではなく、不可避的に含まれることのある成分が焼結体中に存在することまでをも排除するものではないが、これが存在するとしても、全体から見て無視し得る程度のわずかな量(右の組成を実質的に変更することのない量)に限られると解すべきである。 (二) 構成要件(2)を右のように解釈すべきことは、次のとおり、本件甲明細書の発明の詳細な説明の記載からも裏付けることができる。 (1) 本件甲明細書には、酸化アルミニウムにつき、高温下での熱伝導率が著しく低下するという大きな欠点を有する旨の記載がある(甲特許権に係る特許公報(甲一二)3欄二七ないし三二行目)。 (2) 本件甲明細書に記載された実施例のうち、甲特許発明の焼結体につき、その原料だけでなく、焼結体自体の含有成分が具体的に開示されているのは、実施例1のみである。これによれば、焼結体の成分中、CBN以外の残部としては、周期律表化合物である窒化チタン及び硼化チタンのみが検出されており、また、顕微鏡写真によれば、CBN粒子の間隙は窒化チタンで埋められているというのであって、甲特許発明の焼結体が、CBN以外の残部として、周期律表化合物以外の成分を含むことをうかがわせる何らの示唆もない。 (三) さらに、証拠(甲二の1、一二、二四、乙一、一五、一六)により認められる甲特許権の出願経過に照らしても、次のとおり、甲特許発明の構成要件(2)を右(一)のように解釈すべきであるといえる。 (1) 甲特許発明は、出願公告される前に拒絶理由通知を受けたため、その一部につき分割出願をする(分割されたものが乙特許権となった。)とともに、全文訂正明細書を提出するなどの経過を経て登録に至ったものである。 すなわち、分割出願前の特許請求の範囲には、CBN以外の残部が周期律表化合物を「主体としたものからなり」と記載されていたところ、特許庁の審査官は、 「主体とある以上、『周期率・・・化合物』以外に他の成分が含有すると認められるが、その成分が具体的に示されていないから、本願発明の構成が不明りょうである」ことを理由に、特許出願を拒絶すべき旨の拒絶理由通知を行った。これに対し、原告は、右の拒絶理由を解消するために、「『周期律・・・化合物を主体」なる表現は、これの化合物が結合相の全部を占めるか、もしくは更に他の添加物も含むと云う意味の表現ですが・・(中略)・・本願に対し全文訂正明細書を提出し、 更に本願特許請求の範囲の1部を分割出願致します」との意見書を提出し、明細書の補正及び分割出願の手続を行った。そして、右の全文訂正明細書によるもの(周期律表化合物が結合相の全部を占めるもの)が甲特許権として、分割出願されたもの(他の添加物も含むもの)が乙特許権として、それぞれ特許査定を受けた。 (2) 右の出願経過に照らせば、CBN以外の残部として周期律表化合物以外の成分を含むものは、甲特許発明の技術的範囲から除外されたと解するのが相当である。 (四) ところで、本件甲明細書の発明の詳細な説明の欄には、周期律表化合物以外の金属相を含むものであってもよい、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム等の化合物も結合相の副成分として甲特許発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有してもよい、アルミニウム等を添加物として含むものであってもよい旨の記載がある(甲特許権の特許公報(甲一二)6欄二八行目ないし7欄一行目)。また、実施例5として、焼結体の原料として酸化アルミニウム粉末を体積で二〇パーセント配合する実施例が示されている。本件甲明細書の右記載をみるときには、甲特許発明の焼結体には、周期律表化合物以外の成分(殊に、酸化アルミニウム)を含んでいても差し支えのないものと解する余地があるようにも見える。 しかし、甲特許発明の焼結体は、特許請求の範囲の記載自体から、周期律表化合物以外の成分を含むものではないと明確に解釈できることは、右(一)のとおりであって、発明の詳細な説明中の右記載はこれと矛盾するということができる。そして、特許請求の範囲の記載から特許発明の技術的範囲を明確に解釈できる場合においては、これと矛盾する記載が発明の詳細な説明中にあるとしても、特許請求の範囲の記載が優先するのであり、発明の詳細な説明中の記載に基づいて、特許請求の範囲の文言から理解される特許発明の技術的範囲を拡張して解釈することは許されないというべきである。 また、本件甲明細書中の右の記載は、前記(三)(1)に述べた分割出願をするに当たり、周期律表化合物以外の成分を含む場合に関する記述として甲特許権に係る明細書から本来削除されるべきものが、削除されずにそのまま放置されたものにすぎないと解することが可能である。 右のとおり、本件甲明細書の発明の詳細な説明の欄の右記載は、周期律表化合物以外の成分(殊に、酸化アルミニウム)を含む場合でも甲特許発明の技術的範囲に属するとの原告主張を基礎付ける理由となるものではない。 (五) 被告製品の組成は、別紙「物件目録」記載のとおりであり、CBN以外の残部には、構成要件(2)の周期律表化合物に該当するチタン化合物に加え、アルミニウム化合物が合計で少なくとも一二体積パーセント含まれている。 甲特許発明は、原料中に含まれる不純物、製造過程で生じ得る副生物等の不可避的な成分が存在することを排除するものではないが、被告製品におけるアルミニウム化合物は、その量に照らし、甲特許発明の構成要件の属否の判断に影響を与えない不可避的成分であるということはできない。 2 以上によれば、被告製品は、甲特許発明の構成要件(2)を充足しないから、甲特許発明の技術的範囲に属さない。 二 争点2(甲特許発明に係る均等の成否)について1 右一で検討したとおり、被告製品は、アルミニウム化合物を含有する点において、甲特許発明と構成を異にするということができる。 ところで、特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等をする製品又は用いる方法と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解される(最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁)。 そこで、被告製品が甲特許発明と均等といえるかどうかにつき検討する。 2 右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。 これを本件についてみるに、本件甲明細書の発明の詳細な説明の欄には、従来技術による焼結体、すなわち、CBNを金属で結合した焼結体は、切削工具として使用した場合、結合金属相の高温での軟化による耐摩耗性の低下や、被削材金属が溶着しやすいために工具が損傷するという欠陥があった旨(甲特許権に係る特許公報(甲一二)2欄二四ないし三三行目)、甲特許発明は、熱伝導率が極めて高いというCBNの優れた特徴を生かすために、高強度でしかも熱伝導率が高い周期律表化合物を結合相として使用したものである旨(同2欄三三行目ないし3欄二六行目)、甲特許発明を有用ならしめる特徴として、周期律表化合物が焼結体組織上で連続した相をなすことが挙げられる旨(同4欄八ないし一六行目)の記載がある。 これによれば、甲特許発明の本質的特徴は、CBN以外の残部が熱伝導率の高い周期律表化合物のみから成り、これが焼結体組織中で連続した結合相となっている点にあると解することができる。 これに対し、被告製品は、別紙「物件目録」記載のとおり、周期律表化合物以外に、アルミニウム化合物を一二体積パーセント以上含むものであるから、甲特許発明とは本質的部分を異にするというべきである。 3 さらに、前記一1(三)で述べた甲特許発明の出願経過に照らすと、周期律表化合物以外の成分を含むものは分割出願されて別の特許発明とされたのであって、甲特許発明の技術的範囲からは意識的に除外されたものということができる。 4 右によれば、被告製品が甲特許発明と均等と認めることはできない。 三 争点3(乙特許発明の構成要件B(柱書)、B2及びB3の充足性)について1 被告は、被告製品に酸化アルミニウムが含まれていることなどを理由に、被告製品が乙特許発明の技術的範囲に属さないと主張している。そこで、(1)まず、被告製品中の酸化アルミニウムが乙特許発明の構成要件B2(窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと前記第4a族の金属間化合物から得られるアルミニウム化合物を第二の結合相とすること)にいう第二の結合相に該当するどうかについて検討し、(2) 次いで、酸化アルミニウムが第二の結合相に該当するとはいえない場合に、酸化アルミニウムの存在を理由に、被告製品が構成要件B3(第一、第二の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなすこと)又は構成要件B(柱書)(残部がB1、B2、B3及びB4であること)を充足しないと解すべきか、あるいは、 酸化アルミニウムは単なる付加であって、その存在は乙特許発明の技術的範囲への属否の判断に影響を与えないものと解すべきかについて検討することとする。 2 構成要件B2は、焼結体中に第二の結合相としてアルミニウム化合物が含まれ、かつ、これが窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物から「得られる」ものであることを要件としている。右の「得られる」の要件に関しては、次のとおりに解するのが相当である。 (一) 本件乙明細書の発明の詳細な説明中には、アルミニウムの含有に関し、次の旨の記載がある。 (1) 耐熱性や強度の点からみると、酸化アルミニウムは優れた性質を有しており、 常温近辺での熱伝導度も比較的高いが、高温下での熱伝導率が著しく低下する。これは切削工具等の高温での特性が問題になる用途では大きな欠点である。(特許訂正明細書(甲四五)二六頁左欄四四ないし四八行目)(2) 原料の処理とか焼結工程から必然的に混入してくるニッケル、コバルト、鉄のような、いわゆる不可避的成分は、乙特許発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有することができる。また、第一の結合相の成分以外に、酸化アルミニウム、窒化アルミニウム等の化合物も焼結時に生成する場合がある。さらに、乙特許発明による焼結体では、CBNの合成に使用され、高温高圧下で六方晶型窒化硼素及びCBNに対して溶解性を有すると信じられる元素、例えばアルミニウム等を添加物として含むものであってもよい。(同二七頁右欄二〇ないし三〇行目)(3) CBN粒子は加熱により六方晶型窒化硼素に逆変態を起こす可能性があるので、六方晶型窒化硼素に対して触媒作用を有する元素が混合粉末中に添加されていると、この逆変態を防止する効果があると考えられる。発明者らは、この考え方に基づいて特にアルミニウムについて効果を確認する実験を行った。アルミニウムを添加する方法としては、例えば、アルミニウムと窒化チタンを混合し、窒化チタン中の窒素に対して相対的に過剰なチタンとアルミニウムとを反応させて、アルミニウムの金属間化合物を生成させ、この粉末をそのままCBNと混合する結合材原料とする方法があり、この方法では加えたアルミニウムが結合材中に均一に分散した状態となり、少量の添加でその効果が発揮される。別の方法としては、あらかじめアルミニウムの金属間化合物粉末を作成して、原料混合時に加えてもよい。このようにして作成したアルミニウムを添加した焼結体とこれを含まない焼結体とを比較すると、アルミニウムを含むものの方が、CBN粒子と結合相との結合強度が強いと考えられる。また、切削工具としての性能を比較すると、アルミニウムを含有する方が耐摩耗性、靭性ともに優れていた。(同二七頁右欄三一行目ないし二八頁左欄一五行目)(4) アルミニウムの含有による効果が現れるのは、焼結体中に〇・一重量パーセント以上のアルミニウムを含む場合であった。アルミニウムの含有量が焼結体中に重量で二〇パーセントを超えると、焼結体の硬度が低下して耐摩耗性が悪くなり、特にアルミニウムが過剰で焼結体の結合相中に純粋なアルミニウムの形で存在すると、焼結体の硬度は著しく低下する。(同二八頁左欄一六ないし二一行目)(二) 証拠(甲四一ないし四三、四五、四六、乙二六)によれば、乙特許権は、被告が請求した無効審判手続において特許を無効とする審決がされた後、原告による訂正の請求を認める旨の訂正審決がされ、それにより右の無効審決が取り消されたものであるところ、右の訂正の経過については、次の事実が認められる。 (1) 原告は、特許請求の範囲の減縮を目的として、乙特許発明に係る特許請求の範囲の記載のうち、「Al、Siまたは、これらを含む合金、化合物を第2の結合相として」とあるのを、「Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物から得られるAl化合物を第2の結合相として」と訂正することを求めた。 (2) 原告は、明瞭でない記載の釈明を目的として、発明の詳細な説明の記載のうち、「Al2O3, MgO, AlN, Si3N4等の化合物も結合相の副成分として本発明の焼結体の特徴を失わない範囲で含有しても良い」とあるのを、「Al2O3, AlN等の化合物も焼結時に生成する場合がある」と訂正することを求めた。 (3) 原告は、明瞭でない記載の釈明を目的として、訂正前の明細書に記載された実施例のうち、酸化アルミニウム粉末を原料として二〇体積パーセント含む実施例4、及び、焼結体の原料中体積で四〇パーセントを占める結合材粉末中に酸化アルミニウムを二〇重量パーセント含む実施例5を削除することを求めた。 (4) 訂正審決においては、右(1)のとおり訂正が求められた特許請求の範囲の記載に関し、「『・・・から得られるAl化合物を第2の結合相とし・・・』は、焼結体中に形成される第2の結合相を構成する化合物名を、焼結の際に用いた原料粉末である結合材原料(Ti2AlNまたはAlと前記第4a族の金属間化合物)によって特定したものに相当」することなどを理由として、右(1)ないし(3)の点を含め、原告が請求したとおりに乙特許発明の明細書及び図面を訂正することが認められた。 (三) 乙特許発明において、第二の結合相としてアルミニウム化合物を含有させるのは、本件乙明細書の右(一)(3)の記載に照らすと、焼結体を切削工具として使用する場合の耐摩耗性、靭性を向上させるためであると認められる。ところが、酸化アルミニウムは、内部の結合が強固であるため、これが材料として加えられたとしても、乙特許発明が期待する右のようなアルミニウムの働きを十分にしないことは、 原告が自認しているところである(平成八年七月一五日付け原告第六準備書面一八頁参照)。 (四) 右の(一)ないし(三)によれば、焼結体中に含まれる酸化アルミニウムのうち、焼結時に生成したものは、窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物から「得られる」アルミニウム化合物であって、乙特許発明にいう第二の結合相に該当する余地のあるものであるのに対し、原料として添加された酸化アルミニウムは、第二の結合相に当たらないというべきである。 (五) そこで、被告製品中の酸化アルミニウムが、焼結時に生成したものであるか原料として添加されたものであるかにつき検討する。 (1) 被告は、被告製品に含有された酸化アルミニウムは原料として加えられたものであると主張するが、これを裏付ける直接的な証拠はない(なお、原告が提出した「鑑定書」と題する書面(甲六)には、「不溶性アルミニウム(アルミニウム酸化物)の大部分は、アルミニウム酸化物として添加されたものと判断される」旨の記載があるが、これは右書面の作成者の推測を述べたものにとどまり、これのみをもって被告製品中の酸化アルミニウムが原料として加えられたものであると認めることはできない。)。 (2) 証拠(甲九、三三、四四)によれば、結合材の原料として窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物を使用した場合には、焼結過程において酸化アルミニウムが生成するということができるから、被告製品中の酸化アルミニウムはすべて焼結時に生成したものであり、第二の結合相に当たる可能性もあり得る。 しかしながら、乙特許発明においては、酸化アルミニウムを積極的に生成させているわけではなく、焼成過程において生成するものが焼結体中に含まれることになるというものである。また、酸化アルミニウムを生成するための酸素の供給源は、 原料粉末に吸着していたもの並びに反応系における固溶酸素及び酸化アルミニウム以外の酸化物、水酸化物に限られるところ、本件乙明細書には、原料中の酸素をできるだけ取り除くためにあらかじめ真空中での加熱脱ガス処理をすべきである旨が記載されている(特許訂正明細書(甲四五)二七頁左欄一五ないし三九行目)ことからみて、反応系中に多量の酸素が存在しているとは考えがたい。さらに、第二の結合相に関しては、原告自身が、乙特許権の出願過程で提出した意見書(乙一九)において、「結合相の区別に関しては、TiNとAlとTiの化合物を第2相として含むが、これは1μ以下の極めて微細なものであって結合相中に均一に分散しているためにTiN相との判別は第7図の如き写真では困難であります」と述べているところである。 右によれば、焼結により酸化アルミニウムが生成するとしても、その量は、不純物とみなし得る程度の少ない量にとどまると解される。また、このような酸化アルミニウムは、原料粉末中に分散して存在する微量の酸素から生成するものであるから、焼結体の結合相中に分散した微細な粒子として存在するものということができる。 (3) これに対し、被告製品には、別紙「物件目録」記載のとおり、酸化アルミニウムが七ないし一二重量パーセント含まれている。また、証拠(甲二〇、三四、乙二〇)によれば、被告製品中の酸化アルミニウムは、ある程度の大きさを持った粒子として存在していると認められる。 そうすると、被告製品中の酸化アルミニウムのうち少なくとも相当部分は、原料として添加されたものと推認できるから、これは第二の結合相に該当しないというべきである。 (六) したがって、被告製品は、第一の結合相にも第二の結合相にも該当しない成分である酸化アルミニウムを含有していると認められる。 3 次に、酸化アルミニウムの存在を理由に、被告製品が乙特許発明の構成要件B3(第一、第二の結合相が焼結体組織中で連続した結合相をなすこと)又は構成要件B(柱書)(残部がB1、B2、B3及びB4であること)を充足しないと判断すべきか、それとも、被告製品中の酸化アルミニウムは、単なる付加にすぎず、これが含有されていても乙特許発明の技術的範囲への属否の判断に影響を及ぼさないものであるかについて検討する。 (一) 構成要件B3にいう結合相の「連続」が、結合相がCBN粒子間に侵入して各粒子を取り巻き、全体として一つながりになっていて、CBN粒子同士が直接結合していない状態を意味していることは、当事者間に明らかに争いがない。 また、結合相に関して、本件乙明細書には、熱伝導率が高いというCBNの優れた特徴を生かすために、第一の結合相には高強度でありかつ熱伝導率の高い周期律表化合物が用いられること(特許訂正明細書(甲四五)二六頁左欄二〇ないし四四行目)、第一の結合相は、高硬度のCBN粒子間の隙間に侵入して連続した結合相の状態を呈していること(同頁右欄二四ないし三三行目)、第二の結合相として、 窒化チタンアルミニウム又はアルミニウムと第4a族の金属間化合物から得られるアルミニウム化合物を第一の結合相に含有させること(同二七頁右欄一一ないし一三行目)、第一及び第二の結合相が焼結体組織中で均一に混合して連続した結合相をなすこと(同欄一三ないし一五行目)、アルミニウムが結合材中に均一に分散した状態になることにより、焼結体の耐摩耗性及び靭性が優れたものになること(同二八頁左欄四ないし二一行目)が記載されている。 右によれば、焼結体中に第一及び第二の結合相のいずれにも当たらない物質が含有されている場合においては、これが存在していても結合相の連続性を害するといえないとき、すなわち、これが存在していてもCBN粒子が熱伝導率の高い周期律表化合物で取り巻かれていると認められるときであれば、当該成分の存在は単なる付加であって、その存在によって乙特許発明の技術的範囲に属するか否かの判断が左右されることはないといえる。これに対し、そのような物質が結合相の連続性を害する態様で存在しているとき、すなわち、これが存在することにより、CBN粒子が熱伝導率の高い周期律表化合物で取り巻かれるといえなくなるときは、結合相の連続という乙特許発明の構成要件B3を欠くことになるから、これを単なる付加ということはできず、その存在を理由に乙特許発明の技術的範囲に属することが否定されるというべきである。 (二) 被告製品には、右2でみたとおり、第一及び第二の結合相のいずれにも当たらない酸化アルミニウムが含有されているところ、本件乙明細書には、前記2(一)(1)のとおり、酸化アルミニウムは、高温下で熱伝導率が著しく低下するので、 切削工具等の特性が問題になる用途では大きな欠点である旨の記載がある。右の記載は、酸化アルミニウムが第一の結合相としては不適当である旨を述べたものであり、乙特許発明の焼結体に酸化アルミニウムが含有されることを直ちに排除するものではないが、結合相の連続という構成要件B3を充足するというためには、酸化アルミニウムの存在態様が、CBN粒子と第一の結合相の熱伝導性に悪影響を与えるものでないことを要すると解すべきである。 そこで、被告製品における酸化アルミニウムの存在態様についてみると、証拠(甲二〇、三四、乙二〇)によれば、酸化アルミニウムはある程度の大きさを持った粒子の形で存在し、その少なくとも一部はCBN粒子と接している状態にあることが認められる。そうすると、被告製品のCBN粒子が周期律表化合物によって取り巻かれていること(被告製品における酸化アルミニウムが結合相の連続性を害さない態様で存在していること)については、これを認めるに足りる証拠がないといわざるを得ない。 (三) したがって、被告製品に含まれた酸化アルミニウムは「単なる付加」ではなく、その存在により被告製品の結合相が「連続」しているとはいえない状態にあるから、被告製品が構成要件B3を充足していると認めることはできない。 (四) さらに、以上によれば、被告製品にはその存在によって乙特許発明の技術的範囲へ属することの妨げとなる酸化アルミニウムが含まれているから、被告製品は、乙特許発明の構成要件B(柱書)(残部がB1、B2、B3及びB4であること)を欠くということもできる。 4 以上のとおり、被告製品は、乙特許発明の技術的範囲に属さない。 四 争点4(乙特許方法発明の構成要件の充足性)について 原告の主張によれば、乙特許方法発明は、乙特許発明の焼結体を製造する方法に係るものである。 ところが、右三において判示したとおり、被告製品は乙特許発明の焼結体に当たらないので、その余の点について判断するまでもなく、被告製品の製造方法が乙特許方法発明の技術的範囲に属すると認めることはできない。 五 以上によれば、原告の請求はすべて理由がないから、主文のとおり判決する。 (口頭弁論の終結の日 平成一一年一一月三〇日) |
裁判長裁判官 | 三村量一 |
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裁判官 | 長谷川浩二 |
裁判官 | 大西勝滋 |