関連審決 | 不服2002-16288 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 技術的思想 / アクセス / 進歩性(29条2項) / 周知技術 / 公知技術 / 出願公開 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 名義変更 / 着想 / 優先日 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 耐用期間 / 交換 / 拒絶査定不服審判 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 公知事実 / |
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事件 |
平成
17年
(行ケ)
10034号
審決取消請求事件
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原告 エルジー・エレクトロニクス・インコーポレーテッド 訴訟代理人弁護士 深井俊至 同 横井康真 同 弁理士 中西基晴 被告 特許庁長官小川洋 指定代理人 赤穂隆雄 同 久保田健 同 須原宏光 同 小曳満昭 同 宮下正之 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2005/06/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2002-16288号事件について平成16年6月25日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いがない事実
1 特許庁における手続の経緯 (1) 訴外インタランド・コーポレーション(以下「訴外会社」という。)は,昭和62年10月3日に出願された特願昭62-250562号〔優先権主張・1986年(昭和61年)10月3日(以下「本件優先日」という),米国〕の一部を分割して,平成11年6月18日,新たな特許出願(特願平11-173202号)をし,さらに,特願平11-173202号の一部を分割して,同年7月19日,発明の名称を「一体化したマルチ・ディスプレイ型のオーバーレイ制御式通信ワークステーション」とする発明につき新たな特許出願(特願平11-204569号。以下「本件出願」という。)をした。 訴外会社は,平成13年10月15日付け手続補正書及び平成14年5月9日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付した明細書の補正をしたが,特許庁は,同年5月24日,本件出願につき,拒絶査定をした。 (2) 訴外会社は,平成14年8月26日,上記拒絶査定を不服として,本件審判の請求をし,同請求は,不服2002-16288号事件として特許庁に係属した。 同事件の係属中,原告は,訴外会社から複数の会社を経由して,本件出願に関し特許を受ける権利の譲渡を受け,平成15年2月20日付け出願人名義変更届をもって,特許庁長官にその旨の届出をし,本件出願につき出願人の地位を承継した。 (3) 原告は,平成15年10月10日付け手続補正書により,本件出願の願書に添付された明細書の補正をしたが,特許庁は,平成16年6月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」とする審決をし,その謄本は,同年7月9日に原告に送達された。 2 平成15年10月10日付け手続補正書により補正された明細書(甲1ないし4。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1(以下「本件請求項1」という。)に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨 【請求項1】 装置であって,イメージを表示するためのディスプレイであって,ネットワークから受けるイメージ情報を表示することができる,前記のディスプレイと, 前記ネットワークに結合された通信ユニットであって,イメージ情報を前記ネットワークとの間で送受し,また前記ネットワークに結合したイメージ処理システムからのイメージ情報を受けることができる,前記の通信ユニットと, 該通信ユニットを制御するための制御ユニットであって,該制御ユニットが,中央処理ユニットと区分メモリ・システムとを含み,該メモリ・システムが,複数の共通および個人的なイメージをそれぞれ記憶するための共通作業空間メモリと個人作業空間メモリを含み,また前記装置は,前記ネットワークに結合した前記イメージ処理システムが前記装置の前記共通作業空間メモリをアクセスできるように制御され,また,前記装置は,前記イメージ処理システムが該装置の前記個人作業空間メモリをアクセスすることができないように制御され,前記装置の前記個人作業空間メモリが,前記イメージ処理システムでは見ることができないが前記装置によって見ることができる1つ以上の個人的イメージを含む,前記の制御ユニットと,を備え, 前記装置の前記中央処理ユニットの制御の下で,前記装置は,前記装置および前記イメージ処理システムにおける共通表示のために前記ネットワークに通信される共通イメージ情報を表示するように制御され,前記共通イメージは,前記装置によって編集され,該編集された共通イメージ情報は,前記装置および前記イメージ処理システムにおいて共通表示のために前記ネットワークに通信され, また,前記装置が,前記制御ユニットに結合されており,低電力モードで動作することができる電源であって,前記通信ユニットは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった,前記の電源,を備えること,を特徴とする装置 3 審決の理由 (1) 審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおりであり,その要旨は,本願発明は,特開昭60-1987号公報(甲6。以下「引用例1」という。)及び特開昭61-21668号公報(甲7。以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下,引用例1に記載された発明を「引用発明1」と,引用例2に記載された発明を「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に想到し得たものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。 (2) なお,審決が認定した,本願発明と引用発明1との一致点及び相違点は,それぞれ次のとおりである。 ア 一致点 「装置であって,イメージを表示するためのディスプレイであって,ネットワークから受けるイメージ情報を表示することができる,前記のディスプレイと,前記ネットワークに結合された通信ユニットであって,イメージ情報を前記ネットワークとの間で送受し,また前記ネットワークに結合したイメージ処理システムからのイメージ情報を受けることができる,前記の通信ユニットと,該通信ユニットを制御するための制御ユニットであって,該制御ユニットが,中央処理ユニットと区分メモリ・システムとからなるメモリ・システムとを含み,該メモリ・システムが,共通および個人的なイメージをそれぞれ記憶するための共通作業空間メモリと個人作業空間メモリを含み,また前記装置は,前記ネットワークに結合した前記イメージ処理システムが前記装置の前記共通作業空間メモリをアクセスできるように制御され,また,前記装置は,前記イメージ処理システムが該装置の前記個人作業空間メモリをアクセスできないように制御され,前記装置の個人作業空間メモリが,前記イメージ処理システムでは見ることができないが前記装置によって見ることがことができる1つ以上の個人的イメージを含む,前記の制御ユニットと,を備え,前記装置の前記中央処理ユニットの制御の下で,前記装置は,前記装置および前記イメージ処理システムにおける共通表示のために前記ネットワークに通信される共通イメージ情報を表示するように制御され,前記共通イメージは,前記装置によって編集され,該編集された共通イメージ情報は,前記装置および前記イメージ処理システムにおいて共通表示のために前記ネットワークに通信され,また,前記装置が,電源の供給を受けて動作状態となる装置。」である点 イ 相違点 (ア) 相違点1 「本願発明では,『複数』の『共通および個人的なイメージ』をそれぞれ『記憶』するための『共通作業空間メモリ』と『個人作業空間メモリ』とで『メモリ・システム』が構成されているのに対して,引用例1記載発明(注,引用発明1)では,『コモンディスプレイ用画像メモリ(18)』と『ワークディスプレイ用画像メモリ(19)』とに『記憶』される『共通および個人的な静止画像』が複数であるか否か明記されていない点。」 (イ) 相違点2 「本願発明では,『制御ユニット』に結合されている『電源』が『低電力モード』で動作することができる『電源』であって,『通信ユニット』は,該『電源』が『低電力モード』で動作している間,『ネットワーク』上の『通信』を『モニタ』しまた『遠隔のシステム』に対し通信できるようになっているにのに対して,引用例1記載発明(注,引用発明1)では,画像処理システムの電源が低電力モードで動作することについて明記されていない点。」 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,相違点2についての判断を誤ったものであり(取消事由),その誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。 1 相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤り (1) 本願発明における低電力モードでの通信について 審決は,本願発明の「該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」という構成について,「スタンバイ時には,該呼出信号検出回路及び応答(例えば,ACK応答)を返すために必要最小限の回路部にのみ電源を供給しておき,呼出信号が検出されたら必要最小限の電力で応答(例えば,ACK信号)を返すようにして,本願発明のように構成する」(審決謄本8頁第3段落)として,通信されるのはACK信号程度の応答信号であると認定したが,本願発明において,遠隔のシステムに対して通信されているのはイメージ情報であるから,上記認定は誤りである。 本願発明において遠隔のシステムに対して通信されているのがイメージ情報であることは,以下に述べるとおり,本件請求項1及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかである。 ア 本件請求項1においては,第2段落に通信ユニットの説明があり,該通信ユニットは,「イメージ情報を前記ネットワークとの間で送受」し,「また前記ネットワークに結合したイメージ処理システムからのイメージ情報を受けることができる」と記載されており,この記載を受けて,最終段落には,「前記通信ユニットは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」と記載されている。最終段落の「前記通信ユニット」は第2段落に説明された「通信ユニット」を前提とするものであるから,最終段落の「前記通信ユニット」で通信できるものは,イメージ情報であるというべきである。 また,本件請求項1の第4段落では,「前記装置は・・・前記ネットワークに通信される共通イメージ情報を表示するように制御され,」,「該編集された共通イメージ情報は,前記装置および前記イメージ処理システムにおいて共通表示のために前記ネットワークに通信され,」と記載され,その後,最終段落で「前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」と記載されているのであるから,第4段落との対比でも,最終段落にいう「通信できる」ものがイメージ情報であることは容易に理解できる。 イ さらに,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明にも,「本発明は,電子イメージを作り,捕捉し,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,伝送し,また別の方法で通信するユーザーの能力を最大にする」(段落【0001】),「本発明の目的は,改良したシステムを提供することにより従来の上述の制限を克服することであり,電子イメージを容易に捕捉し,作り,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,伝送し,また別の方法で通信するユーザの能力を最大にする改良システムを提供することである。」(段落【0013】)と記載されている。これらの記載からすれば,本願発明は,「電子イメージ」を作り,伝送し,通信などするユーザの能力を最大にする改良システムの提供を目的とするものであり,ネットワーク上で通信するものとして念頭に置かれているものが,イメージ情報(電子イメージ)であることは明らかである。 (2) 審決は,本願発明における低電力モードでの通信について,通信されるのはACK信号程度の応答信号であるとの認定に基づいて,本願発明の相違点2に係る構成は,当業者が容易に想到し得ることであるとしたが,この判断は,上記のとおり,本願発明についての誤った認定に基づくものであり,誤りである。 2 引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過 (1) 引用例2に基づく周知事項に関する認定の誤り 審決は,相違点2についての判断において,「データ伝送装置の節電を図るために,スタンバイ時(待ち受け受信時)には,呼出信号検出回路にのみ電源を供給して伝送路上に遠隔システムから自局を呼び出す呼出信号が送信されたか否かをモニターし,呼出信号を受信したときには,主電源をオン状態にして,データ通信に必要な各回路部に電源を供給して上記遠隔システムとの通信を可能にするデータ伝送装置は,引用例2に記載されているように従来周知の技術事項であり」(審決謄本8頁第3段落)と認定したが,この認定がまず誤りである。 引用例2(甲7)の「(b)従来技術とその欠点」の欄には,「データ伝送装置は電話回線を用いてデータを伝送する装置であるが,スタンバイ状態においても他の装置からのデータ伝送に備えて受信装置は常時動作状態にしておかなければならない。従来は,第3図にそのブロック図を示すようにネットワーク制御装置10,モデム装置11にはAC電源が,伝送制御装置12には補助電源が常時供給されていた。そのためスタンバイ時の電力消費も多く補助電源の電力容量も大きくせねばならず,ネットワーク制御装置10,モデム装置11等は常時作動しているため耐用期間も短くなるという欠点があった。」(1頁右下欄4行目〜15行目)と記載されている。 引用発明2の出願日は昭和59年7月9日であり,出願公開日は昭和61年1月30日である。上記従来技術の説明や,引用発明2の内容が,補助電源は呼出信号検出回路のみに電源を供給し,呼出信号検出回路63が他の装置からの呼出信号を検出すると呼出信号CIを発信するとともに補助電源2に主電源1をオンさせる,というものであることからも分かるように,本願発明の本件優先日である昭和61年10月3日当時は,補助電源は呼出信号検出回路のみに電源を供給し,呼出信号検出回路63が他の装置からの呼出信号を検出すると呼出信号CIを発信するとともに補助電源2に主電源1をオンさせる,との技術的思想は,周知というにはほど遠く,ようやく,引用例2によって昭和61年1月に開示されたというのが,正しい流れである。 すなわち,それ以前には,データ伝送装置の分野においては,受信装置も常時動作状態にしておかなければならない,との固定観念があったのである。引用発明2は,ようやく,この固定観念から一歩進んで,呼出信号検出回路が他の装置からの呼出信号を検出するまでは,補助電源は呼出信号検出回路のみに電源を供給することとし,呼出信号の検出によって主電源をオンする構成を採用したものである。 (2) 適用の困難性 引用例1(甲6)には,「第1図においては1は電子交換機(原告注:電話交換機の誤記である。)であり4つの地点2a,2b,2c,2dを伝送路3で結んでグラフィック会議を行なう形態を示している。4つの地点2a,2b,2c,2dは画像用伝送路と加入者線によって結ばれている。音声については電話交換網の加入者線4に接続され,交換機は4つの地点音声を加え合せて電話会議のための交換を行なう。」(2頁左下欄13行目〜20行目),「すでに各地点のコモンディスプレイに画像が表示されているとき,・・・各地点のコントローラは伝送路からコモンディスプレイ修正,加筆情報を受信するとコモンディスプレイの表示内容を修正加筆する。」(4頁右上欄3行目〜10行目)と記載されている。 上記の記載から明らかなように,引用発明1は,各地点の全コンピュータのすべての要素がオン状態であることを大前提とし,各地点に各コンピュータを操作する操作者がおり,音声と画像のやり取りを含め,遠隔地間でリアルタイムで会議ができるということを特徴とする発明である。引用発明1には,一部コンピュータが単に他のコンピュータからの信号を受けるまでは,当該信号受信回路のみに電力を供給して,待機状態にしておくという,引用発明2に開示された技術的思想は全くない上,そのような技術的思想は,すべての要素をオン状態にして,遠隔地間でリアルタイムで会議をするという,引用発明1に開示された技術的思想と相いれないものである。 引用発明1は,一部コンピュータを待機状態にしておくという,引用発明2に開示された技術的思想とは全く相いれない構成を採用しているから,当業者において,引用発明1に引用発明2を適用し,引用発明1の一部コンピュータを待機状態にする構成とすることは,容易に想到し得たことではない。 したがって,引用発明1に引用発明2を適用し得ることを前提とする,相違点2ついての審決の判断は誤りである。 3 低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過 (1) 審決は,「スタンバイ時(待ち受け受信時)に自局に呼出信号を送信した遠隔システムに対して必要最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すように構成することは当業者がその必要に応じて適宜為し得る事項に過ぎない」(審決謄本8頁第3段落)としたが,以下に述べるとおり,この判断は誤りである。 引用発明1に引用発明2を適用するということ自体,当業者が容易に想到し得たといえないことは,上記2(2)のとおりであるが,仮に,これが可能であったとしても,得られる構成はせいぜい,引用発明1の各コンピュータに呼出信号検出回路を設け,呼出信号が検出されたら,全要素をオン状態にして通信するという構成でしかあり得ない。 上記2(1)のとおり,引用発明2に至って,ようやく,全要素をオン状態にするという従来の固定観念から一歩進んで,呼出信号が検出されるまでは待機状態にして,呼出信号の検出によって,全要素をオン状態にするという技術的思想が生まれたのである。呼出信号の検出があっても,なお全要素をオン状態にせず,通信をするという技術的思想は,ここから更に進んだものであり,その着想自体,当業者が容易に考え付くというものではない。引用発明1に引用発明2を適用して,実際には公知例がない,「引用発明1の各コンピュータに呼出検出回路を設け,呼出信号が検出されるまでは待機状態にし,呼出信号が検出されたら全要素をオン状態にして通信をする」という構成を頭の中で想定し,更にそこから進んで,呼出信号が検出されてもなお全要素をオン状態にせず,低電力モードで通信をする,という構成を想到することが容易でないことは明らかである。 このことは,審決において,相違点2に係る技術事項ないしそれに類似する技術事項について記載された文献等を一切挙げていないことからも明らかである。 (2) 被告は,乙1(特開昭56-89153号公報),乙2(特開昭58-78218号公報),乙3(特開昭59-195738号公報)及び乙4(特開昭61-120550号公報)の各文献(以下,各文献を「乙1文献」などという。)を提出して,相違点2に係る本願発明の構成が周知技術である旨主張するが,以下のとおり,上記各文献は,本願発明に係る上記構成が周知技術であることを何ら根拠付ける証拠ではないし,また,その立証趣旨からして,本訴において,提出が許されるものでもない。 ア 乙1文献ないし乙4文献の内容 (ア) 乙1文献に記載された技術は,引用例2に記載されている技術と同様,スタンバイ時には,呼出信号検出回路にのみ電源を供給して,伝送路上に遠隔システムから自局を呼び出す呼出信号が送信されたか否かをモニターし,呼出信号を受信したときには,主電源をオンにして,データ通信に必要な各回路部に電源を供給して,上記遠隔システムとの通信を可能にするという技術にすぎない。 (イ) 乙2文献に記載された技術は,通信を制御する装置とそれ以外の装置とで別の電源を用いており,本願発明のように,低電力モードで動作可能な一つの電源で,通信ユニットのみに電源を供給する低電力モードとその他の部分にも電源を供給する通常状態を作り出すものではない。 また,仮に,乙2文献に記載の技術が,本願発明におけるのと同様,低電力モードを有するものとみることができるとしても,その技術では,低電力モードにおいてデータを受信するのみであるから,この点においても,低電力モードでデータの送信まで行う,相違点2に係る本願発明の構成とは全く異なるものである。 (ウ) 乙3文献に記載された技術においては,電源ユニット1により常時電力がシステム制御部に供給され,通信制御部及びシステム制御部以外の部分については,システム制御部からの指令により,電源ユニット1以外のもう一つの電源ユニットをオン状態にすることによって,電力を供給している。 すなわち,乙3文献記載の技術では,電源に低電力モードと通常モードがあるわけではなく,乙2文献に記載の技術と同様に,二つの電源を備えて,システム制御部からの指令により,その一方をオン,オフとなるように切り替えているにすぎない。 (エ) 乙4文献に記載された技術も,乙2文献,乙3文献に記載の技術と同様の発想に基づき,二つの電源を備え,一方の電源からの電力供給状態と,他方の電源からの電力供給状態を作り出しているにすぎず,そこには,電源に低電力モードと通常モードを持たせるという技術的思想は全くない。 また,仮に,乙4文献に記載の技術が,本願発明におけるのと同様,低電力モードを有するものということができるとしても,その技術において,低電力モードで送信している情報は,「ホストコンピュータからの呼掛けに対して応答ができる」(2頁右下欄18行目〜19行目)との記載からも明らかなとおり,単なる応答信号にすぎない。したがって,この点においても,低電力モードでデータの送信まで行う,相違点2に係る本願発明の構成とは全く異なるものである。 イ 特許無効の抗告審判の審決取消訴訟においては,「審判の手続において審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因は,審決を違法とし,又はこれを適法とする理由として主張することができない」というのが判例であり(最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁),この判例の射程は,拒絶査定不服審判に対する審決取消訴訟にも及ぶものである。 乙1文献ないし乙4文献の提出は,周知技術の立証のためのものではなく,単に,本件優先日以前の公知技術の立証のためのものにすぎないから,本訴において,それらを提出することは許されない。 (3) 引用発明1は,通信を利用して遠隔地間で会議をするためのシステムであるところ,遠隔地との会議をするに当たって,通信部以外の部分であるディスプレイやスピーカー等に電力を供給しないという状態は,もはや会議と呼べる状態ではなく,引用発明1において全く想定できないものである。したがって,引用発明1に,乙1文献ないし乙4文献に開示されたスタンバイモード等の低電力化の技術を採用することは極めて困難というべきである。 |
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被告の反論
相違点2についての審決の判断は相当であり,審決に原告主張の取消事由は存在しない。 1 相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤りについて (1) 原告は,審決の判断は,本願発明についての誤った認定に基づくものであり,誤りである旨主張するところ,この主張は,本願発明における低電力モードでの遠隔のシステムに対する通信がイメージ情報の通信であることを前提にしている。 しかしながら,以下に述べるとおり,本願発明をそのように限定して解釈すべき理由はないから,原告の上記主張は,その前提において失当である。 (2) 本件請求項1には,「該電源が低電力モードで動作している間」における「通信ユニット」の動作については,「前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」との記載があるのみであり,通信できる対象がイメージ情報であることについては,何ら記載がない。 すなわち,本件請求項1の「イメージ情報を前記ネットワークとの間で送受し」,「ネットワークに通信される共通イメージ情報を表示する」とは,本件請求項1記載の文脈から明らかなように,いずれも,低電力モードではない通常の動作モード時の動作態様を表現したものであり,低電力モード時の動作を表現したものではない。 また,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明中,「本発明は,電子イメージを作り,捕捉し,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,伝送し,また別の方法で通信するユーザの能力を最大にする」(段落【0001】)との記載も,同記載中の「作り,捕捉し,操作し,注釈を施し,複写し,ファイルし,」とある部分に照らしてみれば,低電力モード時に通信される情報を開示しているのではないことが,明らかである。さらに,上記記載中の「別の方法で通信する」ことが,低電力モード時の通信方法を示唆しているものでないことも自明である。 上記発明の詳細な説明には,低電力モード時の動作について,唯一,「電源14は,スタンバイ(またはスリープ・モード)低電力モードを有しており,このモードにより,ワークステーション1は,電話回線109及びデジタル・ネットワーク117の如き通信ラインをモニタし,そして正常の“オン”状態の時よりも少ない電力を消費するが全ての要素が活性の状態で遠隔要求に応答することが可能となる。」(段落【0050】)との記載があるが,ここにもイメージ情報に関する言及はなく,単に「遠隔要求に応答する」と記載されているにすぎない。したがって,この記載も,本願発明における低電力モードでの遠隔のシステムに対する通信を,イメージ情報の通信に限定して解釈すべきことの根拠にはならない。なお,上記記載中における,「正常の“オン”状態の時よりも少ない電力を消費するが全ての要素が活性の状態で遠隔要求に応答することが可能となる。」は,本件出願の優先権主張の基礎である米国特許出願(出願日・1986年10月3日,出願番号914,924)の明細書(乙5)の対応部分の誤訳であり,それは,「遠隔要求に応答可能であるが,全ての要素が活性な正常の“オン”状態の時よりも少ない電力しか消費しない」といった程度の趣旨で書かれた記載であると考えられる。 他に,本件明細書には,本願発明における低電力モードでの遠隔のシステムに対する通信を,イメージ情報の通信に限定して解釈すべきことの根拠となる記載はない。 (3) なお,本願発明において,低電力モードで通信するものもイメージ情報であると解したとしても,そのような構成も,当業者において本件優先日当時の周知技術から容易に想到し得るものにすぎないから,相違点2の克服が容易であるとした審決の判断に誤りがないことには,変わりがない。 すなわち,乙2文献ないし乙4文献に示されるように,いわゆる低電力モードにおいても,通信機能については,通常時と同様の機能を確保するという技術は周知であったのであり,そのような周知技術を,通常時においてイメージ情報の通信を行う引用発明1に採用すれば,低電力モードにおいてもイメージ情報を通信する構成が実現されることは明らかであるところ,当業者において,そのような周知技術を採用できない理由はない。 2 引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過について (1) 引用例2に基づく周知事項に関する認定の誤りについて 審決が引用例2により認定した周知の技術事項は,乙1文献にも開示されているものであり,その認定に誤りはない。 なお,審決は,「呼出信号を受信したときには,主電源をオン状態にして,データ通信に必要な各回路部に電源を供給」(審決謄本8頁第3段落)する点を含めて周知の技術事項を認定したが,本件優先日当時,その点が周知であったか否かは,審決の結論に影響を及ぼすものではない。審決は,相違点2に係る本願発明の構成,すなわち,「低電力モードで動作することができる電源であって,前記通信ユニットは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった,前記の電源」という構成(以下「構成B」と呼ぶ。)が容易想到であると判断したものであるから,本件において問題となるのは,本件優先日当時,構成Bの容易想到性を根拠付ける周知技術が存在したか否かである。この観点からみると,乙1文献ないし乙4文献の記載によれば,本件優先日当時,引用発明1と同じ電子通信の技術分野において,本願発明における低電力モードに相当するモードを設けることにより,消費電力の節減を図ること自体が周知であったことは明らかである。また,乙2文献ないし乙4文献によれば,本件優先日当時,上記低電力モードに相当するモードで動作している間,「ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できる」装置が周知であったことも明らかである。 (2) 適用の困難性について 引用発明1に引用例2等に開示された周知の技術事項を適用することは,当業者において容易に想到し得たことである。すなわち,引用例1は,電話会議実行時のシステムの処理動作について記載しているものであって,待機状態時のことまで触れているものではないが,本件優先日当時,電源を利用する装置・システム全般にわたり,待機状態時にパワーセーブ(低電力化)を図ることが,当業者の間で常時志向の事項となっていたことは議論の余地のないところであり,引用発明1においても,電話会議実行時でない待機状態時に,パワーセーブ(低電力化)を図ることを阻害する要因は見当たらない。 したがって,引用発明1に対して,引用例2及び乙1文献ないし乙4文献に示されているような,データ通信(伝送)装置において通信制御部にのみ電源を供給し,表示装置等のデータ通信に必要のない他の装置には電源を供給しないようにすることにより,システム全体の低電力化を図ろうとする周知の技術事項を適用することに,格別の阻害要因はない。 3 低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過について 原告は,引用発明1に引用発明2を適用できたとしても,本願発明における低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できるとの構成は,当業者が容易に考え付くというものではないにもかかわらず,審決が,「スタンバイ時(待ち受け受信時)に自局に呼出信号を送信した遠隔システムに対して必要最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すように構成することは当業者が適宜に為し得る事項に過ぎない」(審決謄本8頁第3段落)と判断したのは,誤りである旨主張している。 しかしながら,本件優先日当時,引用発明1と同じ電子通信の技術分野において,本願発明における低電力モードに相当するモードを設けることにより,消費電力の節減を図ること自体が周知であったこと,また,上記低電力モードに相当するモードで動作している間,「ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できる」装置が周知であったことは,前記2(1)のとおりである。したがって,審決の上記判断が誤りであるということはできず,原告の上記主張は失当である。 なお,審決は,低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できる点の明示的記載がない引用例2を周知例として挙げ,低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できる点は,当業者が適宜なし得る事項である,との論理で相違点2の克服が容易であるとしたが,乙2文献や乙3文献に示されるように,低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できることが周知の技術事項であったということができる以上,そのような論理を待つまでもなく,相違点2の克服は容易であったといえるのであり,審決の上記論理の当否は,審決の結論には影響を及ぼさない。 |
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当裁判所の判断
1 原告は,審決は,相違点2についての判断を誤ったものである(取消事由)旨主張し,その理由として,@相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤り,A引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過,B低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過を挙げるので,以下,順次判断する。 (1) 相違点2についての判断の前提となる本願発明の認定の誤りについて ア 審決は,本願発明における低電力モードでの通信について,通信されるのはACK信号程度の応答信号であるとの認定に基づいて,本願発明の相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できることであるとしたが,原告は,本願発明において,遠隔のシステムに対して通信されているのはイメージ情報であるから,上記認定は誤りである旨主張する。 イ そこで,検討すると,本件請求項1には,低電力モードでの動作について,「前記通信ユニットは,該電源が低電力モードで動作している間,前記ネットワーク上の通信をモニタしまた遠隔のシステムに対し通信できるようになった」と規定されているだけであり,本件請求項1には,低電力モード時に通信ユニットがどのような通信動作をするかについて,これを限定する記載はないから,本願発明の低電力モードでの動作には,前記通信ユニットの動作に矛盾しない,通常の通信動作がすべて含まれるものと解される。 一方,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,低電力モードについて,「電源14は,スタンバイ(またはスリープ・モード)低電力モードを有しており,このモードにより,ワークステーション1は,電話回線109及びデジタル・ネットワーク117の如き通信ラインをモニタし,そして正常の“オン”状態の時よりも少ない電力を消費するが全ての要素が活性の状態で遠隔要求に応答することが可能となる。」(段落【0050】)と記載されており〔なお,この記載は,本件出願の優先権主張の基礎となる米国特許出願(出願日・1986年10月3日,出願番号914,924)に係る明細書(乙5)に記載の「Power supply 14 has a standby (or sleep mode) low power mode that allows workstation 1 to monitor thecommunication lines, such as telephone line 109 and digital network 117, and respond to remote requests but to consume lower amounts of power than whenin the normal "on" state, with all components active.」(21頁15行目〜20行目)とある部分の誤訳であり,正しくは,「電源14は,ワークステーション1が電話回線109及びデジタル・ネットワーク117の如き通信ラインをモニタし,遠隔要求に応答可能であるが,全ての要素が活性な正常の“オン”状態の時よりも少ない電力しか消費しないところの,スタンバイ(またはスリープ・モード)低電力モードを有している。」という趣旨の記載であると解される(乙5訳文)〕,これ以外に,低電力モードでの動作に関する記載は見当たらない。 そうすると,「遠隔要求に対する応答」が通常の通信動作に含まれるのは明らかであるから,本願発明における低電力モードでの通信は,「遠隔要求に対する応答」を含むものであるということができる。 ウ 本願発明における低電力モードでの通信が「遠隔要求に対する応答」を含むものであることは上記のとおりであるから,本願発明における低電力モードでの通信についての審決の認定に誤りはなく,したがって,その点の認定に誤りがあることを前提とする原告の主張は,その前提を欠き,失当である。 原告は,本願発明における低電力モードでの通信は「イメージ情報」の通信である旨主張するが,上記低電力モードでの通信が「遠隔要求に対する応答」を含むものである以上,上記低電力モードでの通信に「イメージ情報」の通信が含まれるか否かは審決の結論に影響を及ぼすものではなく,その点については判断の限りでない。 (2) 引用発明1に引用発明2を適用することの困難性の看過について ア 引用例2に基づく周知事項に関する認定の誤りについて 審決は,引用例2に開示された,「データ伝送装置の節電を図るために,スタンバイ時(待ち受け受信時)には,呼出信号検出回路にのみ電源を供給して伝送路上に遠隔システムから自局を呼び出す呼出信号が送信されたか否かをモニターし,呼出信号を受信したときには,主電源をオン状態にして,データ通信に必要な各回路部に電源を供給して上記遠隔システムとの通信を可能にするデータ伝送装置」(審決謄本8頁第3段落)が,本件優先日当時,周知の技術事項であったと認定したのに対し,原告は,引用例2に記載された上記技術が周知事項であったということはできない旨主張する。 しかしながら,乙1文献(特開昭56-89153号公報)には,スタンバイ制御回路に関して,「ディジタル端末のように主装置間との通信制御が全てディジタル信号によって行われる通信装置においては,発信要求の監視,着信要求信号の受信のための制御回路は常に給電しておく必要がある。従来,このような通信装置においては発信要求の監視及び制御信号の送信・受信を行う制御回路のみ給電しておき他の回路の電源をオフにしておき,この制御回路が通信状態であると認めたとき,他の回路の電源をオンにする方法が採用されている。」(1頁右下欄2行目〜12行目)と記載されており,スタンバイ時に,制御信号の送信・受信を行う制御回路のみ給電して,他の回路の電源をオフにしておき,通信状態では他の回路の電源をオンにすることが開示されているから,乙1文献のこのような記載をも参酌すれば,審決が上記技術を周知事項であったと認定したことに,誤りはないというべきである。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 イ 適用の困難性について 原告は,引用発明1は,各地点の全コンピュータのすべての要素がオン状態であることを大前提とし,各地点に各コンピュータを操作する操作者がおり,音声と画像のやり取りを含め,遠隔地間でリアルタイムで会議ができるということを特徴とする発明であって,一部コンピュータが単に他のコンピュータからの信号を受けるまでは,当該信号受信回路のみに電力を供給して待機状態にしておくという,引用例2に開示されたような技術的思想を全く有していない上,そのような技術的思想は,すべての要素をオン状態にして遠隔地間でリアルタイムで会議をするという引用発明1の技術的思想と相いれないものである旨主張する。 しかしながら,引用例1(甲6)には,原告が主張するような構成の遠隔静止画像会議システムが開示されていることが認められるが,引用例1は,電話会議実行時のシステムの処理動作について記載しているものであり,待機状態時のことまで触れているものではない。待機状態時に低電力化を図ることは,引用発明1の課題や構成と何ら矛盾するものではなく,むしろ,当業者が一般に志向することと考えられるのであって,引用発明1において,電話会議実行時でない待機状態時に,低電力化を図ることを阻害する要因は見当たらない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (3) 低電力モードで通信する構成を想到することの困難性の看過について ア 審決は,引用例2に開示された周知の技術事項を前提として,「スタンバイ時(待ち受け受信時)に自局に呼出信号を送信した遠隔システムに対して必要最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すように構成することは当業者がその必要に応じて適宜為し得る事項に過ぎないものと認められるから,引用例1記載発明(注,引用発明1)に,呼出信号検出回路を設け,スタンバイ時には,該呼出信号検出回路及び応答(例えば,ACK応答)を返すために必要最小限の回路部にのみ電源を供給しておき,呼出信号が検出されたら必要最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すようにして,本願発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得る程度のものと認められる」(審決書謄本8頁第3段落)と判断しているところ,原告は,呼出信号の検出があってもなお全要素をオン状態にせず,通信をするという技術的思想は更に進んだものであり,その着想自体,当業者が容易に考え付くというものではないから,引用発明1に引用発明2を適用しても,本願発明における低電力モードで通信をするという構成を想到するのは,容易でない旨主張する。 イ しかしながら,乙4文献(特開昭61-120550号公報),乙2文献(特開昭58-78218号公報)及び乙3文献(特開昭59-195738号公報)には,以下の技術事項が開示されている。 (ア) 乙4文献に開示された技術事項 乙4文献には,次のとおりの記載がある。 a 「商用交流電源に接続された電力容量が大きな第1の電源と,この第1の電源から電力が供給され,外部のホストコンピュータと情報交換を行う端末機本体回路と,前記商用交流電源に接続された電力容量が小さい第2の電源と,この第2の電源から電力が供給され,外部のホストコンピュータからの呼掛けに対して予め設定された応答のみを行う回線自動応答制御回路と,装置の制御モードを各種設定するためのモード指定スイッチと,このモード指定スイッチによって前記ホストコンピュータとの情報交換を行わないモードが指定されたとき前記第1の電源のみを前記商用交流電源から切離す電源制御手段と,前記第1の電源が前記商用交流電源に接続されているときには前記端末機本体回路の前記ホストコンピュータとの情報交換を可能とし,かつ前記第1の電源が前記商用交流電源から切離されているときには前記回線自動応答制御回路の前記ホストコンピュータに対する応答を可能にする回線制御手段とを設けたことを特徴とするオンライン端末機」(1頁左下欄5行目〜右下欄4行目) b 「集中処理を行うことが多いオンライン端末機では長時間に亙って業務処理を行わない場合があるが,この場合でも電源を常にオン状態にしていなければならず,電力消費が大きくなる問題があった。この発明はこのような問題を解決するために考えられたもので,長時間に亙って業務処理を行わないときには本体の電源をオフ状態にすることができ,従って電力の消費量を極力抑えることができ,しかもこの間におけるホストコンピュータからの呼掛けに対しては支障なく応答ができ,ホストコンピュータに対して常に正常状態を維持できるオンライン端末機を提供することを目的とする。」(2頁右上欄9行目〜左下欄1行目) c 「端末機本体回路を駆動するための電力容量の大きい第1の電源を切り離しても電力容量の小さい第2の電源が回線自動応答制御回路に接続された状態にあり,この回線自動応答制御回路によってホストコンピュータからの呼掛けに対して応答ができる。」(2頁右下欄14行目〜19行目) 上記の記載によれば,乙4文献には,長時間にわたって業務処理を行わないときには,本体の電源をオフ状態にする,いわゆるスタンバイモード時に,給電状態にある回線自動応答制御回路によってホストコンピュータからの呼掛けに対して応答する技術が開示されていると認められる。なお,一般的に応答という場合には,データ送信を要求する信号を受信して要求されたデータを送信することも含まれると考えられるが,乙4文献に記載の技術における応答が要求されたデータを送信することを含むものであるか否かは,乙4文献の記載上明らかではない。 (イ) 乙2文献に開示された技術事項 乙2文献には,次のとおりの記載がある。 a 「通信回線を利用してメモリ間の自動転送を基本としたドキュメント交換を行うテレテックス装置において,少なくとも通信制御装置側の装置とワードプロセッサ側装置とで電源を別電源に構成し,通信制御装置側の電源は常時投入状態としたことを特徴とするテレテックス装置。」(1頁左下欄5行目〜10行目) b 「本実施例のテレテックス装置はこのように構成されて,CCU9,CCU・IF14,PRT・IF8,PRT・SC15に対しては,常時,第2電源16から電力が供給されて24時間通信機能が確保される。従って,CCU9内のメモリに記憶されたドキュメントデータは主管局の管理の下に相手装置のCCU9内のメモリに転送される一方,相手装置より送られてくるデータはCCU9内のメモリに貯えられる。」(2頁右下欄5行目〜12行目) c 「常時は,通信機能を遂行する機器のみに電力を供給する一方,他の機器の電源は遮断することにより,テレテックス業務としての24時間運用が保証される一方,他の機器には使用時のみ電源が投入される結果,稼働時間が短くなり,寿命の延長と,信頼性の向上が行われると共に,消費電力の低減が可能となる。」(3頁左上欄10行目〜16行目) 上記の記載によれば,乙2文献には,通信制御装置側の電源にのみ常時投入状態としておき,他の機器の電源は遮断した状態で,メモリに記憶されたデータの交換を可能とする技術が開示されていると認められる。 なお,原告は,乙2文献に記載の技術では,低電力モードで受信のみ行い,送信は行っていない旨主張するが,乙2文献に記載されたテレテックス装置は,24時間通信機能が確保され,低電力モードで送信及び受信を行っているものであり,このことは,上記記載から明らかである。 (ウ) 乙3文献に開示された技術事項 乙3文献には,次のとおりの記載がある。 a 「文書作成,文書伝送及びシステム制御に必要な情報を入力する入力部と,文書作成に必要な情報を表示する表示部と,文書情報を記録する出力部と,文書情報を記憶する外部記憶部と,文書情報の送受信を制御する通信制御部と,システム全体を制御するシステム制御部とによって構成された文書作成編集機能及び通信機能を有する文書作成通信端末装置において,通信制御に不必要な各部の電源を接続及び切断するスタンバイモード選択手段と,該スタンバイモード選択手段が電源を切断した時の前記表示部の表示情報を格納する不揮発性格納手段と,前記スタンバイモード選択手段が電源を接続した時に前記不揮発性格納手段に格納した表示情報を表示部を(注,「表示部に」の誤記と認める。)表示する表示制御手段とを設けたことを特徴とする文書作成通信端末装置」(1頁左下欄5行目〜20行目) b 「このような文書作成通信端末装置にあっては,24時間全自動運用,すなわちオペレータの介在なしに文書の送信及び受信をできることが望ましい。しかしながら,文書作成業務(ローカルオペレーション)については24時間行われる訳ではなく,例えば昼休み,夜間及び休日等には使用されない。したがって,通信制御に不必要な入力部(キーボード),表示部(キャラクタデイスプレイ),出力部(プリンタ)等については,夜間等人のいないときには電源を切断しておくことが電力節約になる。」(2頁左上欄4行目〜16行目) c 「この装置の電源部Gは,通信制御に不必要な入力部A,表示部B,出力部C及び外部記憶装置Dに必要なDC又はAC電圧を,給電路(電源)を接続及び切断するスタンバイモード選択手段Hを介して給電し,また通信制御に必要な通信制御部E及びシステム制御部FにDC電圧を常時給電する。」(2頁左下欄1行目〜7行目) 上記の記載によれば,乙3文献には,スタンバイモード時に,通信制御に必要な通信制御部に常時給電しておき,オペレータの介在なしに文書の送信及び受信を可能とする技術が開示されていると認められる。 (エ) なお,原告は,乙1文献ないし乙4文献は,新たな公知技術の立証のためのものであるから,本訴におけて提出が許されるものではないと主張するが,上記各文献は,審決のした容易想到性の判断を基礎付ける周知の技術事項が存在したとの主張を裏付けるための証拠であり,本件審判において審理判断されなかった公知事実を立証しようとするものではない。したがって,被告が,本訴において,これら証拠に基づき周知の技術事項の存在を主張することは許されるというべきであり,原告の上記主張は採用することができない。 ウ 原告は,引用例2,乙1文献ないし乙4文献に記載された技術は,通常の電源とは別に電源を設け,動作モードによって切り替えるものであるから,本願発明における低電力モードで動作可能な電源とは異なるものである旨主張するが,本件請求項1には,「電源」について,一つであって,低電力モードと通常モードの切り替えが可能なものというような構成の限定はされていないから,引用例2及び上記各文献に記載された,通常の電源とは別の電源を設け,二つの電源により全体を稼働させている装置において,その一つの電源を切断した状態で通信制御部等のみに給電する電源が,本願発明における低電力モードで動作可能な電源に該当しないとはいえない。 原告の上記主張は採用することができない。 エ 審決認定の引用例2に記載の周知の技術事項(審決のこの点の認定に誤りがないことは,上記(2)アに説示したとおりである。)に加え,乙2文献ないし乙4文献に開示された技術事項を併せてみれば,スタンバイ時に電源を供給する回路部分に,遠隔システムからの呼出信号の検出回路部だけでなく,これに対する応答回路部をも含める技術事項は,本件優先日当時,当業者には周知であったと認められるから,スタンバイ時に電源を供給する回路部分について,遠隔システムからの呼出信号の検出回路部のみとするか,これに対する応答回路部も含めるかは,当業者が適宜選択し得る事項であったということができる。 原告は,引用発明1は,通信を利用して遠隔地間で会議をするためのシステムであって,通信部以外の部分であるディスプレイやスピーカー等に電力を供給しないという状態は,引用発明1において全く想定できないことであるから,引用発明1に,乙1文献ないし乙4文献に開示されたスタンバイモード等の低電力化の技術を採用することは極めて困難というべきである旨主張するが,この点の原告の主張は,上記(2)イに説示したところと同様の理由により,理由がないというべきである。 そうすると,引用発明1に引用例発明2を適用できたとしても,本願発明における低電力モードで遠隔のシステムに対し通信できるとの構成は,当業者が容易に考え付くというものではないとして,審決の上記アの判断の誤りをいう原告の主張は,理由がない。 (4) 以上の検討結果によれば,相違点2について,「引用例1記載発明(注,引用発明1)に,呼出信号検出回路を設け,スタンバイ時には,該呼出信号検出回路及び応答(例えば,ACK応答)を返すために必要最小限の回路部にのみ電源を供給しておき,呼出信号が検出されたら必要最小限の電力で応答(例えば,ACK応答)を返すようにして,本願発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得る程度のもの」(審決謄本8頁第3段落)であるとした審決の判断に誤りがあるとはいえない。 2 以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 青蜉] |
裁判官 | 宍戸充 |