関連審決 | 審判1997-2549 |
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関連ワード | 頒布された刊行物 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の判断 / 公知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 化学構造 / 置き換え / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
11年
(行ケ)
3号
審決取消請求事件
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原告 ソマール株式会社代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁理士 【B】 被告 特許庁長官【C】 指定代理人 【D】、【E】、【F】 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2000/05/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が平成9年審判第2549号事件について平成10年11月18日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、昭和62年6月19日、名称を「防菌剤」(後に「工業用防菌剤」と補正)とする発明(本願発明)について特許出願し(特願昭62-151365号)、平成6年6月22日出願公告されたが(特公平6-47524号)、特許異議があり、平成8年9月30日拒絶査定があったので、平成9年2月19日審判を請求し、平成9年審判第2549号事件として審理されたが、平成10年11月18日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年12月7日原告に送達された。 2 本願発明の要旨(A)一般式 R2 O R3 N-R1 ・M S (式中のR1は水素原子又は炭素数1〜8のアルキル基、R2及びR3はそれぞれ水素原子又はハロゲン原子、Mは硝酸マグネシウム又は塩化カルシウムである)で表されるイソチアゾロン錯化合物と、(B)式 Br | NO2-C-CH2-OH | Brで表される2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールとを、(A)成分と(B)成分の重量比が1:5ないし5:1になる割合で含有することを特徴とする工業用防菌剤。 3 審決の理由の要点 (1) 本願発明の要旨は前記のとおりと認める。 (2) 審判における拒絶理由 これに対して、審判において平成10年5月29日付けで通知した拒絶の理由の概要は、本願発明は、本件出願前に頒布された刊行物1ないし刊行物3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、というものである。 (3) 刊行物に記載された事項 特開昭62-10003号公報(刊行物1)には、式(I): Br | CH3-CH-C-NO2 | | OR Br(式中、Rは水素原子又はアセチル基を示す)で表される脂肪族ニトロアルコール誘導体と、下式(II): O X N-R′ (MYn) S m(式中、Xは水素原子又は塩素原子を示し、R′は低級アルキル基を示し、Mはアルカリ金属又はアルカリ土類金属原子を示し、Yは錯化合物を形成するのに十分な溶解度を有する陽イオンMとの化合物を形成する陰イオン原子又は基を示す。またmは1又は2の整数を示し、nは陰イオンYが陽イオンMの原子価を満たす数を示す)で表されるイソチアゾロン誘導体の一種以上とを、重量比9:1〜1:9で含有する工業用殺菌・殺藻剤が記載されており(特許請求の範囲第1、2項)、「低級アルキル基としてはC1〜C3アルキルが挙げられ、ハロゲンとしてはクロルが好ましい。・・5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンおよび2-メチル-3-イソチアゾロンの金属錯体が好ましい。通常、5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロン及び2-メチル-3-イソチアゾロンの3:1混合物のアルカリ土類金属錯体の水溶液・・を利用することが簡便である」と記載され(3頁右上欄1〜9行)、実施例には、5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロン及び2-メチル-3-イソチアゾロンの3:1混合物の塩化マグネシウム錯体と1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2とを、重量比2:1〜1:4で配合した工業用殺菌・殺藻剤は、スライム形成菌の生育抑制効果があり、さらに両者を併用することにより、それぞれ単独で使用する場合に比べ相乗的殺菌・防菌効果が得られることが示されているし、特公昭60-54281号公報(刊行物2)には、一般式 R1 O R2 N-R3 S(式中R1及びR2は水素原子又はハロゲン原子、R3はメチル基、n-オクチル基、又はベンジル基を示す)で表されるイソチアゾロン誘導体と、ハロゲン化脂肪族ニトロアルコールを含有する殺菌剤が記載されており、実施例には2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールと2-メチル-5-クロロ-イソチアゾリン-3-オンを重量比15:85で含有する殺菌剤が記載され、イソチアゾロン誘導体とハロゲン化脂肪族ニトロアルコールの相乗効果により、単独に使用した場合よりスライム発生を抑制することが記載されているし、特開昭60-139601号公報(刊行物3)には、3-ハロゲノ-3-ニトロ-2,4-ペンタンジオールとイソチアゾロン錯化合物又はイソチアゾロン誘導体錯化合物とを有効成分として含有する防菌剤が記載され、実施例1、 2には5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレート及び2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートの3:1混合物又は2-オクチル-4-クロロ-3-イソチアゾロンカルシウムクロライドと、3-ブロモ-3-ニトロ-2,4-ペンタンジオールを含有する防菌剤が、比較例4には5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンと2-メチル-3-イソチアゾロンとの3:1混合物と3-ブロモ-3-ニトロ-2,4-ペンタンジオールを含有する防菌剤が記載され、イソチアゾロン錯化合物を含有する実施例1は、比較例4の錯化合物ではないイソチアゾロン誘導体を含有するものに比較し、抄紙工程後の廃水の菌増殖防止及びスライム発生防止、製紙用塗工液の菌増殖防止効果が優れ、紙切れ回数が減少し、保存後のイソチアゾロン錯化合物の分解率が低いことが示されている。 (4) 審決のした対比 そして、本願発明と刊行物1に記載の発明とを比較すると、両者は、一般式 R2 O R3 N-R1 S (式中、R1がアルキル基、R2又はR3は水素原子又はハロゲン原子)であるイソチアゾロンと、アルカリ土類金属と陰イオン原子又は基から成る塩との錯化合物並びにジブロム置換脂肪族ニトロアルコールを含有する工業用殺菌剤である点で一致し、 @ ジブロム置換脂肪族ニトロアルコールが、本願発明においては、「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」であり、イソチアゾロン錯化合物と2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールとの重量比が5:1ないし1:5であるのに対し、刊行物1に記載の発明ではジブロム置換脂肪族ニトロアルコールが「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」であり、イソチアゾロン錯化合物との重量比が4:1〜2:1である点、 A 本願発明は、イソチアゾロン錯化合物を構成するアルカリ土類金属塩Mが、「硝酸マグネシウム」又は「塩化カルシウム」であるのに対し、刊行物1には、このようなアルカリ土類金属塩が具体的には記載されていない点、 で相違する。 (5) 相違点についての審決の判断 相違点@について 刊行物2には、殺菌剤において2-メチル-5-クロロ-イソチアゾリン-3-オンと、2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール(脂肪族ニトロアルコール)を併用することが記載され、両者の併用によりスライム発生の抑制に相乗効果が奏されることが記載され、刊行物1には、「脂肪族ニトロアルコール」を特定のイソチアゾロン誘導体と併用すると、相乗効果が得られることが記載されている。 そして、刊行物1又は刊行物2に記載の「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」と「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」は化学構造が類似する化合物であるから、刊行物1に記載の発明において、「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」に代えて、イソチアゾロン誘導体との相乗防菌効果が刊行物2により認められる「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」を用いることは当業者が容易に想到し得ることである。 そして、配合するイソチアゾロン錯化合物と、2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールとの重量比は、最適な効果が得られるよう、実験により当業者が適宜決定し得ることにすぎない。 相違点Aについて 刊行物3には、イソチアゾロン錯化合物と臭素化脂肪族ニトロアルコールとから成る防菌剤において、イソチアゾロンの錯化合物を形成するアルカリ土類金属の塩として、「硝酸マグネシウム」及び「塩化カルシウム」が示されているので、刊行物1に記載のイソチアゾロン錯化合物を構成しているアルカリ土類金属塩として、 これらの化合物を選ぶことは、格別の創意を必要とするものとは認められない。 原告は、本願発明は、(A)成分と(B)成分とを組み合わせることにより予想外の効果を奏するものであるから、刊行物1ないし刊行物3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものではないと主張しているので、以下この点を検討する。 本願明細書には、特定のイソチアゾロン錯化合物と2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールを含有する防菌剤と、2,2-ジブロモ-2-ニトロメチルエタノールを含有する防菌剤を用い、抄紙工程後の排水における菌増殖防止及びスライム発生防止効果を比較した実験結果が示されているが、比較実験に用いたイソチアゾロン錯化合物は「5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートと2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートとの重量比3:1混合物」と「2-オクチル-4-クロロ-3-イソチアゾロンカルシウムクロライド」の2種である。 本願発明で用いるイソチアゾロン錯化合物は、特許請求の範囲に一般式で示された化合物であり前記したイソチアゾロン錯化合物以外のこれらとは置換基が異なる種々の化合物を含むものであるが、比較実験に用いたのは前記した2種だけであり、一般式で示されるイソチアゾロン錯化合物において、R1が炭素数2〜7、R2が塩素以外のハロゲンである錯化合物については防菌効果が何ら示されていない。 防菌剤において、相乗防菌効果は特定の2以上の防菌性化合物間で生じる特異な生物的効果であるので、化学構造から予測することは困難であるといわざるを得ない。 そして、本願発明の防菌剤が含有するイソチアゾロン錯化合物は置換基が異なる多数の化合物を含むものであるので、明細書に示された実験結果から、特許請求の範囲で定義されるイソチアゾロン錯化合物すべてについて、相乗防菌効果を予測することはできない。 また、原告は、意見書において、イソチアゾロン錯化合物の残存率に関する比較実験結果を示し、本願発明は、2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールと併用した場合は、残存率が高く、製剤の安定性が高く長期貯蔵性に優れるという効果を奏すると主張しているが、イソチアゾロン錯化合物としては「5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートと2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートとの重量比3:1混合物」を用いた実験結果を示すにすぎず、特許請求の範囲で定義されるイソチアゾロン錯化合物すべてについて、 2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールと併用したときの長期安定等の効果が該比較実験の結果によって裏付けられるとすることはできない。 したがって、原告の前記主張は認められない。 よって、本願発明は本件出願前に頒布された前記刊行物1ないし刊行物3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (6) 審決のむすび 以上のとおりであるから、本件出願は、審判手続で通知した前記拒絶の理由によって拒絶すべきものである。 |
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原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(相違点の判断の誤り) (1) 審決は、本願発明の(A)成分が刊行物1記載の発明の式(II)で表されるイソチアゾロン誘導体錯化合物と一致していることを前提とし、本願発明の(B)成分と刊行物1記載の発明の式(I)で表される脂肪族ニトロアルコール誘導体とが相違していることを認めた上で、刊行物1記載の1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2と本願発明及び刊行物2の2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールとは化学構造が類似するから、前者に代えて後者を用いることは当業者が容易に想到し得ると判断したが、誤りである。 下記に示すように、1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2と2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールとは前者が炭素数3のプロパノールの誘導体であるのに対し、後者は炭素数2のエタノールの誘導体であり、その基本構造自体が異なる。 Br H H Br H | | | | |O2N-C-C-C-H O2N-C-C-OH | | | | | Br OH H Br H 1,1-ジブロモ-1- 2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール ニトロプロパノール-2 水素原子とメチル基の相違は、生物に対する生理的な作用の上では、決して同一に取り扱い得るような差異とはいえない。卑近な例を挙げれば、炭素数2のエタノールは、アルコール飲料として汎用されているが、炭素数3のプロパノール(正確にはイソプロパノール)は、特異臭、刺激作用を有するので、到底飲料にはならず、消毒薬として利用されているにすぎない。 (2) したがって、刊行物1に、式(I)で表される脂肪族ニトロアルコール誘導体を式(II)で表されるイソチアゾロン誘導体と組み合わせた工業用防菌剤が記載されていたとしても、これに基づいて本願発明の容易想到性を認めることはできない。 2 取消事由2(顕著な効果の看過) (1) 本願発明は、優れた防菌効果に加えて、抄造の際の紙切れを伴うことのない工業用防菌剤を目的としたものである。審決は、本願明細書には、イソチアゾロン錯化合物として、「5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートと2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートとの重量比3:1混合物」と、「2-オクチル-4-クロロ-3-イソチアゾロンカルシウムクロライド」の2種を用いた比較実験(比較例)が示されているだけであるが、本願発明で用いるイソチアゾロン錯化合物は、更に広範囲の化合物を含む一般式で示されているので、これのみでは、本願発明全体についての効果が裏付けられているとすることはできないとして、本願発明の効果を否定しているが、誤りである。 (2) 明細書中に示す比較例は、本願発明の必須構成要件を備えていないものについて、その必須構成要件を備えている本願発明との効果上の差異を明らかにする目的で示すものであるから、当該必須構成要件の技術的有意性が分かる範囲で示せばよく、特許請求の範囲に記載されている発明のすべてに対応する比較例を示す必要はない。 本願明細書には、実施例1における(B)成分として、2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールの代わりに、それと類似した化学構造を持つ2,2-ジブロモ-2-ニトロメチルエタノールを用いた場合に、白水の菌数が多く、紙切れを生じたことを示す比較例(比較例1)、実施例2における(B)成分として2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノールの代わりにそれと類似した化学構造を持つ,2-ジブロモ-2-ニトロメチルエタノールを用いた場合に、白水の菌数が多く紙切れを生じたことを示す比較例(比較例2)、(A)成分のみ又は(B)成分のみを用いた場合に白水の菌数が多く紙切れを生じたことを示す比較例(比較例3)、実施例1における(A)成分としてマグネシウムナイトレートの混合物を用いる代わりに、 その対応する遊離化合物5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンと2-メチル-3-イソチアゾロンとの混合物を用いた場合に、白水の菌数が多く、紙切れを生じ、しかも塗工液中の生菌数が多いことを示す比較例(比較例5)、実施例1における(A)成分として5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートと2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートとの混合物の代わりに、それと類似した化学構造を持つ2-メチル-3-イソチアゾロンを用いた場合に、白水の菌数が多く、紙切れを生じ、かつ塗工液中の生菌数が多くなっていることを示す比較例(比較例6)が記載されているので、 これらによって、本願発明における相乗防菌効果を十分に認めることができる。 (3) 被告の準備書面中には、白水中の菌数について本願発明の実施例1の防菌剤(イ)は「102>」で、実施例2の防菌剤(ロ)は「1.4×102」となっているが、「102>」は100に近い数を含む値であるから格別顕著な差ではないとの主張部分がある。 しかしながら、出願当初の明細書の実験結果の記載に際しては、公知の防菌剤との対比評価上、「102>」という表示で十分と考えていたが、それを更に具体的数値で表示すれば、平成7年6月12日付け手続補正書(甲第17号証。これは、 特許法64条1項の要件を満たしていないという理由で補正却下されている。)の補正の内容(12)に示されているように、防菌剤(イ)の白水中の菌数は「4×100」であり、防菌剤(ロ)とは明らかに有意差が認められる。また、公告時明細書には紙切れ回数として7日間における回数のみを示してあるが、上記手続補正書に示された結果によれば、これを1か月間延長した場合に明らかな有意差が認められる。 (4) 刊行物1には、紙切れを少なくするためにどのような構成をすればよいかを示唆する記載はなく、本願発明の課題について何も記載のない刊行物1の発明に基づいて、当業者が本願発明を容易に発明することができたとはいえないし、刊行物1にいう相乗効果は、特定の生菌に対する殺菌、殺藻効果に関するものであって、 抄造工程における紙切れ防止効果という異質の効果についてのものではない |
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審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対して 本願発明の「B成分」と刊行物1に記載のプロパノール誘導体との差異は、本願発明の出願時明細書の特許請求の範囲記載の一般式(II)において、Rが水素原子であるかメチル基であるかの違いにすぎず、本願発明と刊行物1に記載の発明は、 組み合わせる化合物が非常に類似した関係にある。 刊行物2は、本願発明の「B成分」をイソチアゾロン誘導体と組み合わせることが公知であることを示しており、刊行物3は、刊行物1記載の式(II)で示されるイソチアゾロン錯化合物の概念に含まれる、イソチアゾロンの硝酸マグネシウム錯体又は塩化カルシウム錯体、すなわち本願発明の「A成分」が公知であることを示したものである。 審決ではこれらのことを考慮して、刊行物1に記載の工業用殺菌剤において、式(I)の化合物(Rが水素原子)に代えて、刊行物2に記載の一般式(II)で示された化合物(ただしR5が水素原子、X、R4が共にBr)、すなわち「2,2,-ジブロモ-2ニトロエタノール」を採用するのは、当業者にとって容易になし得ることであると判断したものである。 2 取消事由2について 2種以上の成分を含む殺菌剤の発明における進歩性の判断においては、特定の化合物の組合せが、類似した他の公知の化合物の組合せに比較し、顕著な効果を奏する場合に進歩性が認められるべきである。本願発明は、イソチアゾロン錯化合物と特定の化合物とを組み合わせたものであるが、これは、イソチアゾロン錯化合物と、特定の化合物を他の公知の類似の化合物に置き換えた組合せのものに比べ、格別顕著な効果をもたらすものではない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 本願発明の要旨及び乙第1号証(本件出願公告公報)によれば、本願発明は、2種の防菌性を持つ化合物、すなわち、イソチアゾロン錯化合物((A)成分)と2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール((B)成分)を組み合わせて含有させることにより相乗効果を発揮させた、特に紙パルプ製造における工業用水に対して好適に使用される工業用防菌剤に関するものであることが認められる(同公報の発明の詳細な説明の欄の「産業上の利用分野」の項)。 (2) 刊行物1に記載の「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」は式(I)で表され、刊行物2に記載の「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」(本願発明の(B)成分)は式(II)で表される。 Br CH3 | | O2N-C- C-OH (I) | | Br H Br H | | O2N-C-C-OH (II) | | Br H これら2つの化合物は、OH基を有しない末端の炭素原子が2つのブロム基と1つのニトロ基を有し、これに直接結合する炭素原子がOH基を持つ点が共通構造になっている。 (3) これら2つの化合物と近縁の脂肪族ハロゲン化ニトロアルコールを殺菌成分として含む殺菌剤は、種々知られているが(刊行物2、3(甲第4、第5号証)の記載などから明らかである。)、これらの殺菌剤の発明の例をみると、同一炭素原子がハロゲン原子とニトロ基を有し、この炭素原子に直接結合する炭素原子がOH基を有する脂肪族アルコールである特徴構造を持っているということができる。 その構造のうち、OH基を有する炭素原子に結合する水素原子の1つは低級アルキル基による置換が可能となっており、OH基を有する炭素原子における、原子又は基を結合可能な位置は、水素原子に代えてメチル基によって置換されても、脂肪族ハロゲン化ニトロアルコールの特徴構造は変わらないのであり、このことは、刊行物2(甲第4号証)、特開昭56-152402号公報(乙第2号証)及び特開昭60-84203号公報(乙第3号証)において、殺菌剤の発明においては、定義された化合物の範囲においては置換基が変わっても同様の殺菌性を持つものとされ、これら関連化合物が1つのまとまりで表現されているところから明らかである。 例えば、刊行物2(甲第4号証)には、イソチアゾロン系殺菌剤と共に用いて相乗効果を奏するハロゲン化脂肪族ニトロアルコールが一般式(II)で表されており、 X R5 | | O2N-C-C-OH (II) | | R4 H (式中、R4は水素原子、ハロゲン原子、低級アルキル基又は低級ヒドロキシアルキル基、R5は水素原子又は低級アルキル基、Xはハロゲン原子) 式(II)の化合物として、Xがブロムで、R4、R5がそれぞれ異なっている殺菌剤、R5が水素原子である殺菌剤、R5がメチル基である殺菌剤などが具体的に記載されている。 (4) これらの殺菌剤の発明の例をみると、「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」と「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」の2つの化合物においては、OH基を有さない末端の炭素原子が2つのブロム基と1つのニトロ基を有し、これに直接結合する炭化水素がOH基を有する構造が、殺菌剤として作用する化合物の主要部であることが明らかである。そうすると、「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」と「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」の2つの化合物は、OH基を有する炭素原子がメチル基を有するか水素原子を有するかの違いがあるが、両者はこのような主要構造を有し、かつこれが共通構造となっているものということができる。 そして、上記のような化学構造の主要部が共通のものを類似化合物としてとらえるのは、化学の分野において技術常識と認めるべきであり、「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」と「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」は類似化合物であるとした審決の認定に誤りはなく、刊行物1に記載のイソチアゾロン錯化合物と組み合わせる化合物として、「1,1-ジブロモ-1-ニトロプロパノール-2」に代えて類似化合物である「2,2-ジブロモ-2-ニトロエタノール」を用いることは当業者が容易になし得るとした審決の判断にも、誤りがあるとすることはできない。 (5) 原告は、「エタノール」と「イソプロパノール」の例を挙げて、水素原子とメチル基の相違は生理的な作用の上で同一に扱い得る差異ととすることはできないとも主張する。 しかしながら、例えば、甲第4号証(刊行物2)には、「1-クロロ-1-ニトロプロパノール-2」と「2-クロロ-2-ニトロエタノール」が同等の殺菌剤として記載されており(3欄26行〜28行)、殺菌剤の分野では、2種類の殺菌性化合物において炭素鎖にメチル基が1個余分に結合しているとしても同じ殺菌性を示す例が既に知られているものと認められるのであり、原告の上記主張は理由がない。 2 取消事由2について (1) 乙第1号証によれば、本願発明の公告時明細書に「5-クロロ-2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートと2-メチル-3-イソチアゾロンマグネシウムナイトレートとの混合物」と「2,2-ジブロモ-2-ニトロメチルエタノール」を用いた「防菌剤(ロ)」が、本願発明の実施例2として記載されていることが認められる(同公報3頁)。これは、該防菌剤の各成分が、刊行物1に記載の式(I)で示される脂肪族ニトロアルコール(Rが水素原子)と、 式(II)で示されるイソチアゾロン誘導体(R′がメチル基、Xが水素原子及び塩素原子、MYnが硝酸マグネシウム)にそれぞれ包含され、これは「工業用殺菌・殺藻剤」の構成成分であるから、本願発明の実施例2の「防菌剤(ロ)」は、刊行物1に記載の発明の実施例に相当することが明らかである。 (2) そして、乙第1号証によれば、本願発明の公告時明細書においては、同一のイソチアゾロン錯化合物を用いた、公告時明細書記載の「防菌剤(イ)」(実施例1)と「防菌剤(ロ)」の実験結果(32℃の恒温器に5日間の保存後の結果)は、白水中の菌数(個/ml)は、「防菌剤(イ)」が「102>」なのに対して「防菌剤(ロ)」は「1.4×102」であり、紙切れ回数は「防菌剤(イ)」が0回なのに対して「防菌剤(ロ)」は1回とされていることが認められる(本願発明の特許公報4頁左欄の表)。また、この実験結果によれば、菌増殖防止試験による5日後の生菌数は共に「102>」であって、両者に差異がないとされていることが明らかである。 ここにおける白水中の菌数「102>」は100に近い数を含む値であり、この値と「1.4×102」との差は、複数の成分を含む殺菌剤において、単独成分よりも優れた効果をもたらす複数の組合せ例がある場合、それらの組合せ例の中で、 組合せによって変動する菌数測定値の変動範囲内の違いの程度にすぎないと認めるべきであり、格別顕著な差であると評価することはできないとするのが相当である。 このことは、甲第5号証(刊行物3)において、刊行物3の5頁に記載の試験2に、本願発明の「(A)成分」に相当する化合物として、一般式においてR1がメチル基、R2が水素原子、R3が塩素原子、Mが硝酸マグネシウムである化合物とR1がメチル基、R2、R3が水素原子、Mが硝酸マグネシウムである化合物との混合物、及びR1がオクチル基、R2が塩素原子、R3が水素原子、Mが塩化カルシウムである化合物を使用して調整した防菌剤(実施例1、2及び第2表)において、白水中の菌数「102以下」及び「4.5×102」は同程度の効果を示す実施例として記載されていることからも、明らかである。 (3) したがって、白水中の菌数の「102>」と「1.4×102」との差は、 前者が後者に比し格別優れているというべきほどの差異ではないというべきであり、本願発明の実施例1の「防菌剤(イ)」の効果も、刊行物1に記載の発明の実施例に相当する本願発明の実施例2の「防菌剤(ロ)」の効果に比し格別優れているものということはできない。 (4) 原告は、白水中の菌数の、防菌剤(イ)「102>」と防菌剤(ロ)「1.4×102」との間に格別顕著な効果の差はないとしたことについて、平成7年6月12日付け手続補正書(甲第17号証)による明細書に記載の白水中の菌数によれば防菌剤(イ)は「4×100」であり防菌剤(ロ)との間に明らかに有意差が認められるとも主張する。しかし、しかし、乙第7号証によれば、上記手続補正は平成8年9月30日付けの決定により却下されていることが認められるから、原告のこの主張は、結局本願明細書の記載に基づかないものであり、理由がない。 (5) なお、同一のイソチアゾロン錯化合物を用いた、公告時明細書記載の「防菌剤(イ)」と「防菌剤(ロ)」の実験結果による紙切れ回数は、「防菌剤(イ)」が0回であるのに対し「防菌剤(ロ)」は1回とされていることは、前記のとおりである。しかしながら、紙切れは、通常菌の増加によって発生するスライムによって引き起こされるものであり、紙切れ回数の減少は、菌数の減少があればそれに付随して生じるものであるから、紙切れが1回か0回かという差異は、効果があるとされる殺菌剤の組合せ例の中で起こり得る程度の微差にすぎないものと認めるべきである。 原告は、平成7年6月12日付け手続補正書でした手続補正に基づき、試験期間を1か月間延長した場合の紙切れ回数には明らかに有意の差が認められ、防菌剤(イ)と防菌剤(ロ)との間に格別顕著な効果の差がないとすることはできないと主張する。しかし、この手続補正が平成8年9月30日付けの決定により却下されていることは前判示のとおりであるから、原告のこの主張も本願明細書の記載に基づかないものであって、理由がない。 (6) 原告は、刊行物1には、紙切れを少なくするためにどのような構成をすればよいかを示唆する記載はなく、本願発明の課題について何も記載のない刊行物1の発明に基づいて、当業者が本願発明を容易に発明することができたとはいえず、刊行物1にいう相乗効果は、特定の生菌に対する殺菌、殺藻効果に関するものであって、抄造工程における紙切れ防止効果という異質の効果についてのものではない旨主張する。 しかしながら、甲第3号証によれば、刊行物1に記載の殺菌・防菌剤は抄紙工程に使用することができる防菌剤であり、その工程において殺菌、防菌のために用いられる工業用のものであることが認められ(刊行物1の発明の詳細な説明の欄の「産業上の利用分野」の項)、刊行物1に記載の発明は、抄紙工程における殺菌、 防菌性の向上という共通の課題を有していることが明らかである。したがって、刊行物1に「紙切れ防止」が課題として明記されていないからといって、それだけの理由で、刊行物1に他の公知技術を組み合わせて本願発明を容易に想到することができなかったとすることはできない。 また、甲第3号証によれば、刊行物1には紙切れ防止効果について明記されていないが、「紙切れ防止」は殺菌、防菌剤を抄紙工程に用いたときに奏される防菌に伴う効果の一つであって、刊行物1に記載の殺菌剤が「紙切れ防止」効果を奏することは、容易に予測し得ることであるものと認められる。 すなわち、甲第3号証によれば、刊行物1には「紙パルプ工業における抄紙工程や各種工業における冷却水系統には、細菌や真菌によるスライムが発生し、生産品の品質低下や生産効率の低下などの損失を与えることが知られている」との記載があることが認められ(発明の詳細な説明の欄の「従来の技術」の項)、さらに実施例5の項には、殺菌剤を抄紙工程に用いたところ、スライムの発生が減少し、製品の品質が安定し、良好に操業することができたとの記載のあることも認められる。 一方、抄紙工程においては、菌の増加によってスライムが発生し、このスライムが紙質の低下や紙切れの原因となり、生産性の低下、経済的損失を招来することはよく知られており、抄紙工程においてはこれらの問題を解決するために防菌剤を使用し、その効力を紙切れ回数あるいは連続抄紙時間で表すことも普通に行われているものと認められる(甲第5号証、甲第8号証、乙第5号証)。 このように、刊行物1に殺菌剤は抄紙工程で用いられて有効であると記載されており、殺菌と紙切れの関係も知られていることからすると、抄紙工程で紙切れが減少することは当業者が容易に予想し得ることと認められるのであって、原告主張のように、「殺菌、殺藻効果」と「紙切れ防止効果」とは関連づけられないということはできない。 (7) 以上のとおりであり、審決には本願発明の効果の顕著性を看過した誤りがあるとする取消事由2も理由がない。 |
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結論
結局、原告主張の審決取消事由はすべて理由がなく、原告の請求は棄却されるべきである。 (平成12年5月9日口頭弁論終結) |
裁判長裁判官 | 永井紀昭 |
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裁判官 | 塩月秀平 |
裁判官 | 橋本英史 |