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関連審決 審判1998-5422
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  同意 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 27号 審決取消請求事件
原告 ローベルト・ボッシュ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング 代表者 【A】
同 【B】
訴訟代理人弁理士 【C】
同 【D】
被告 特許庁長官【E】
指定代理人 【F】
同 【G】
同 【H】
同 【I】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2000/06/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が、平成10年審判第5422号事件について、平成10年9月1日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた判決
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、1985年1月10日にドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和61年1月7日、名称を「内燃機関の混合気調量装置」とする発明(その後、名称を「内燃機関用の燃料と空気の混合気の組成を閉ループ制御する方法」と補正、以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭61-360号)が、平成9年10月31日に拒絶査定を受けたので、平成10年4月13日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を平成10年審判第5422号事件として審理したうえ、
平成10年9月1日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は同年10月7日、原告に送達された。
2 本願発明の要旨 触媒と、それぞれ気流の方向に見て触媒の前方及び後方に配置された酸素センサとを備え、混合気組成を示す尺度としての酸素センサの信号が異る時定数を有する閉ル-プ制御機能を介して混合気組成に作用を及ぼし、その場合前方の酸素センサの信号はすくなくともPI動作特性を有する閉ル-プ制御機能において比較的小さな時定数で処理され、また後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす内燃機関用の燃料と空気の混合気の組成を閉ル-プ制御する方法において、後方の酸素センサの信号を用いて前方の酸素センサの信号を処理する閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させることを特徴とする内燃機関用の燃料と空気の混合気の組成を閉ル-プ制御する方法。
3 審決の理由の要点 審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開昭58-72647号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された発明を「引用例発明」という。)、特公昭57-3815号公報(以下「引用例2」という。)及び特開昭59-147843号公報(以下「引用例3」という。)にそれぞれ記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、本願発明の要旨の認定、引用例1、引用例2及び引用例3の各記載を摘記した部分(審決書3頁14行〜8頁9行、9頁12行〜11頁10行、12頁14行〜16頁13行)の認定及び相違点の認定は認める。
審決は、引用例発明を誤認して、本願発明と引用例発明との一致点の認定を誤り(取消事由1)、また、引用例3記載の技術事項を誤認して、本願発明と引用例発明との相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、本願発明が、引用例1〜3記載の各発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は、引用例1に「第1の空燃比センサ24の信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また第2の空燃比センサ34の信号が比較的大きな時定数で第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼす」(審決書8頁18行〜9頁3行)ことが記載されていると認定したうえ、この認定を前提として、本願発明と引用例発明とが「前方の酸素センサの信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、
また後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす」(同18頁7〜12行)点で一致すると認定した。
しかしながら、引用例1には、第2の空燃比センサの信号を処理する閉ループ制御機能の時定数が、第1の空燃比センサの信号を処理する閉ループ制御機能の時定数より大きいことは記載されていないから、上記の引用例1の記載事項の認定及び本願発明と引用例発明との一致点の認定は誤りである。
(2) すなわち、「時定数」は、平成3年11月20日発行の「JIS工業用語大辞典(第3版)」に、「応答の速さを特徴づける定数で,時間の次元をもつもの.応答が次の式で表されるときには,係数 T をいう. T(dy/dx) +y=x ここに, y :出力信号,x :入力信号」(甲第8号証724頁、ただし、式「 T(dy/dx) +y=x」は、「T(dy/dt) +y=x」の誤記である。)と定義されており、時定数が小さいと応答が高速になり、大きいと応答が緩慢になるものである。
本願発明においては、その要旨のとおり、「前方の酸素センサの信号はすくなくともPI動作特性を有する閉ループ制御機能において比較的小さな時定数で処理され」るので、混合気の組成に対して高速な閉ループ制御が行われ、他方、
「後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす」から、前方の酸素センサに係る高速な閉ループ制御機能の制御パラメータが、後方の酸素センサの信号によって緩慢に調整されることになり、その結果、本願明細書記載のとおり、「急激な制御作用をもたらすことなく、老朽化などによるドリフト現象を緩慢に補償して制御精度を向上させることが可能になる」(甲第7号証4欄32〜34行)ものである。
しかして、本願発明の要旨の上記各「時定数」及び「酸素センサの信号が異る時定数を有する閉ル-プ制御機能」との規定に係る「時定数」は、電子制御装置22内の閉ループ制御機能についてのものであり、閉ループ全体についてのものではない。
この点につき、被告は、本願発明の要旨の「異る時定数を有する」とは、
吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れも含む閉ループ制御機能の応答の速さが異なることを表したものであり、閉ループが電子制御装置22のみで構成されるものではないから、この応答の速さは、単に電子制御装置22の応答の速さのみに依存するものではなく、閉ループ全体としての応答の速さであると主張する。
しかしながら、本願発明の要旨の前示「前方の酸素センサの信号はすくなくともPI動作特性を有する閉ループ制御機能において比較的小さな時定数で処理され」との規定により、該「時定数」は、電子制御装置22内におけるPI動作特性を有する閉ループ制御機能(制御アルゴリズム、閉ループ制御回路)においてのものであることが明白である。
のみならず、本願明細書には、「本発明では、混合気の少なくとも1つの成分を調量する電子制御装置と、内燃機関の排気管に配置された第1の排ガス測定センサが設けられる。その排ガス測定センサの出力信号は、内燃機関の負荷、回転数あるいは温度などの他の動作量(パラメータ)とともに電子制御装置に入力され、その制御装置内で所定の時定数をもつ閉ループ制御を介して処理される。・・・この第2の排ガス測定センサの出力信号は電子制御装置に入力され、制御装置内で第1の閉ループ制御(制御アルゴリズム)と異なる時定数の閉ループ制御を介して処理される。」(甲7号証4欄9〜23行)、「又、特性値を格納するため、例えば混合器の基本制御値あるいは制御アルゴリズムの振幅並びに周波数に影響を与えるP、I成分のような制御パラメータを格納するためのEEPROM26が用いられる。」(同号証8欄43〜46行)、「例えば排ガス測定センサ20からの出力信号は高速(時定数が小さい)閉ループ制御回路で、排ガス測定センサ21からの出力信号は緩慢な(時定数が大きい)制御回路で処理される。」(同号証10欄8〜11行)との各記載があり、「制御アルゴリズム」とは、平成3年2月28日発行の【J】著「自動制御応用技術」に、「制御用ディジタル計算機は,・・・制御に必要な演算,すなわち制御アルゴリズムが実行される.一般的には,PID,すなわち比例,積分,微分等を含む微分方程式を,差分方程式に変え計算する.」(甲第9号証100頁11〜14行)と記載されているとおり、制御に必要な演算、すなわちPID(比例、積分、微分)などの演算をするものであるから、本願明細書のこれらの記載からも、本願明細書の「時定数」が、電子制御装置22内におけるPI動作特性を有する閉ループ制御機能(制御アルゴリズム、閉ループ制御回路)に係るものであることが明らかである。
したがって、被告の上記主張は失当である。
(3) 被告は、引用例発明において、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能が、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能に比べ、少なくとも排ガスが触媒コンバータ12を通過する時間分だけ、
応答が遅くなるから、引用例1に、「第1の空燃比センサ24の信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また第2の空燃比センサ34の信号が比較的大きな時定数で第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼす」ことが記載されていると主張するが、該主張でいう「時定数」は、吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れを含む全体が閉ループ制御機能であることを前提として、その閉ループにおける応答の時間を基礎するものであるから、上記(2)の本願発明における「時定数」とは意義が異なるものである。
また、被告は、引用例1の第2図に示された「第1の空燃比センサの出力A1」が、「第2の空燃比センサの出力A4」より速い周期で変化していることが、第2の空燃比センサ34の帰還信号による閉ループ制御機能の時定数が、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能の時定数より大きいことを示すものであると主張するが、触媒の後方に配置された第2の空燃比センサの出力A4の周期が、該触媒の前方に配置された第1の空燃比センサの出力A1の周期より長くなるのは、触媒が、混合気を浄化させる機能により信号の伝達を遅延させる効果を有するからであり、引用例発明において、出力A4の周期が出力A1の周期より長いからといって、上記(2)のとおり、電子制御装置22内におけるPI動作特性を有する閉ループ制御機能(制御アルゴリズム、閉ループ制御回路)に係るものである本願明細書の「時定数」と同意義における「時定数」が、第2の空燃比センサ34の帰還信号による閉ループ制御機能で大きく、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能では小さいとすることはできない。
加えて、引用例1には、従来例に関し、「遅延時間を第2の空燃比センサの出力に応じて徐々に変化させているために、微妙な空燃比の調整が可能であるものの、第2の空燃比センサは触媒下流に設けられているため応答性が低く、」(甲第2号証「特許法第17条の2の規定による補正の掲載」1頁右下欄13〜17行)との記載があり、また、引用例発明につき、「本発明の目的は、下流側空燃比センサの制御速度を改善することで触媒上流の空燃比を迅速に理論空燃比に収束させ、エミッションの悪化の防止を図ることにある。」(同2頁左上欄4〜7行)との記載、及び引用例発明の「作用」として、「第2の空燃比センサの出力の反転時には、遅延時間が大きく変化し、この結果、第1の空燃比センサによる制御空燃比は迅速に大きく変化する。」(同頁右上欄6〜9行)との記載があって、これらの記載によれば、引用例発明における第2の空燃比センサ(後方センサ)の信号は、
第1の空燃比センサ(前方センサ)による制御空燃比を迅速に大きく変化させているのであるから、大きな時定数で緩慢に処理されるのではなく、むしろ高速に処理され、第1の空燃比センサの信号処理に作用を及ぼしているものということができる。
(4) 以上のように、審決のした引用例発明の認定及びこれを前提とする本願発明と引用例発明との一致点の認定は誤りである。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り) (1) 審決は、本願発明と引用例発明との相違点である「閉ル-プ制御機能を変化させる内容が、本件出願に係る発明は、閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させるのに対して、引用例1に記載されたものは、閉ル-プ制御機能のスキップの遅延時間を変化させるものである点」(審決書18頁19行〜19頁4行)の判断に当たり、引用例3に、「三元触媒と、第1酸素センサ21,39及び第2酸素センサ22,40とを備え、混合気組成を示す尺度としての酸素センサ21,22,39,40の信号が異なる時定数を有する閉ル-プ制御機能を介して混合気組成に作用を及ぼし、その場合第1酸素センサ21,39の信号はすくなくともPI動作特性を有する閉ル-プ制御機能において比較的小さな時定数で処理され、また第2酸素センサ22,40の信号が比較的大きな時定数で第1酸素センサ21,39の信号処理に作用を及ぼす内燃機関用の燃料と空気の混合気の組成を閉ル-プ制御する方法において、第2酸素センサ22,40の信号を用いて第1酸素センサの信号を処理する閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させて、理論空燃比より大きくずれたときにも速やかに理論空燃比に戻すようにした内燃機関用の燃料と空気の混合気の組成を閉ル-プ制御する方法」(同16頁15行〜17頁12行)が記載されていると認定したうえ、「引用例3に、空燃比のずれを設定空燃比に戻すことを目的として、別の酸素センサの信号を用いて閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させることが記載され、引用例2に、空燃比のずれを設定空燃比に戻すために、閉ル-プ制御機能の、@I成分のパラメ-タを変化させること、AP成分のパラメータを変化させること、Bスキップ時刻を変化させることが代替的に採用し得ることが記載されていることを考慮すれば、引用例1に記載されたものにおける、閉ル-プ制御機能のスキップの遅延時間を変化させることに代えて、引用例3に記載されたもののように、閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させる構成を採用することは当業者が容易に想到し得るものであり、触媒後方の酸素センサの信号を用いて触媒前方の酸素センサの信号を処理する閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させる構成とすること、即ち、上記相違点における本件発明に係る構成は当業者が容易になし得たものである」(同20頁4行〜21頁5行)と判断した。
しかしながら、次のとおり、審決の引用例3の記載事項の認定は誤りであり、引用例発明に引用例3の技術事項を適用して、相違点に係る本願発明の構成とすることが、当業者において容易になし得たとする判断も誤りである。
(2) すなわち、審決は、引用例3に「第1酸素センサ21,39の信号はすくなくともPI動作特性を有する閉ル-プ制御機能において比較的小さな時定数で処理され、また第2酸素センサ22,40の信号が比較的大きな時定数で第1酸素センサ21,39の信号処理に作用を及ぼす」ことが記載されていると認定したが、
引用例3には、第1酸素センサの信号と第2酸素センサの信号とが、異なる時定数で処理されるとの記載はない。
引用例3の「第1酸素センサに基づいて空燃比が理論空燃比より濃いか薄いかを判別し、第2酸素センサにより理論空燃比からのずれの大きさを判別してそのずれの大きさに基づいて供給燃料の増量あるいは減量割合を変化させる」(甲第4号証2頁右上欄8〜12行)、「本実施例にあっては、第1酸素センサ素子(39)と第2酸素センサ素子(40)は同時に同一排気ガスの酸素濃度を測定することとなり、より一層適切に空燃比制御を行うことができる。」(同5頁左下欄13〜17行)との各記載に照らせば、引用例3記載の発明において、第1、第2酸素センサは、空間的には分離されているものの、同一排気ガスの空燃比が濃いか薄いか、及びその理論空燃比からのずれの大きさを、同時に測定しなければならないものであり、機能的には一体不可分でなければならないものである。そして、その場合に、
理論空燃比からのずれの方向(濃いか薄いか)と、ずれの大きさを示す信号とを、
異なる時定数(異なる応答速度)で処理する技術的必然性はない。ずれの方向とその大きさは、同じ時定数で処理されて始めて意義のあるものとなり、異なる時定数で処理される場合には、ずれの方向とその大きさの信号が時間的に分離されてしまい、物理的な空燃比の検出ができなくなる。したがって、引用例3記載の発明では、第1酸素センサの信号と第2酸素センサの信号は、コントロールユニット24において同一の時定数で信号処理されていると考えるべきである。
被告は、この点につき、引用例3の第6図に、第1酸素センサ出力がVe1を中心として早い周期で変化しているのに対し、第2酸素センサ出力がVe2とVe3との間でゆっくりとした変化をしていることが示されているとして、引用例3に、第1酸素センサの信号と第2酸素センサの信号とが異なる時定数で処理されることが記載されていると主張するが、引用例3(甲第4号証)の第6図における、第1酸素センサ出力(b)と第2酸素センサ出力(c)の各周期はほぼ同じであり、被告主張はその前提自体が誤りである。
(3) したがって、引用例3記載の発明は、その構成、作用効果が本願発明と顕著に相違しており、引用例3記載の発明を引用例発明に適用したとしても、本願発明を容易に想到し得るものではない。
被告の反論の要点
審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 「JIS工業用語大辞典(第3版)」の「時定数」の解説(甲第8号証724頁)中の、式「T(dy/dx) +y=x」が、「 T(dy/dt) +y=x」の誤記であることは認める。
閉ループ制御機能は、吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れを含む閉じた系統によってその機能を生じるものであり、吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れを除外しては、閉ループ制御機能は成立し得ない。
本願発明の場合には、触媒19の前後に酸素センサ20、21を備えており、酸素センサ21を含む閉ループ制御機能は、酸素センサ21が触媒19の後方にあることから、触媒19も含んでその閉ループ制御機能が成立するものである。
しかして、本願発明の要旨の「異る時定数を有する」とは、このような、
吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れも含む閉ループ制御機能の応答の速さが異なることを表したものである。この応答の速さが、単に電子制御装置22の応答の速さのみに依存するものではなく、閉ループ全体としての応答の速さであることは、閉ループが電子制御装置22のみで構成されるものではないことからの当然の帰結である。そして、本願発明の要旨の「前方の酸素センサの信号は・・・閉ループ制御機能において比較的小さな時定数で処理され」とは、前方の酸素センサの信号が、時定数の小さい、すなわち、応答速度の速い閉ループ制御機能において処理されることを、「後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす」とは、後方の酸素センサの信号が、
時定数の大きい、すなわち、応答速度の遅い閉ループ制御機能で処理されて、前方の酸素センサの信号処理に作用することを表したものである。
本願発明の閉ループ制御機能についての、このような理解が、「急激な制御作用をもたらすことなく、老朽化などによるドリフト現象を緩慢に補償して制御精度を向上させることが可能になる」(甲第7号証4欄32〜34行)との本願発明の作用効果に沿うものであることは明らかである。
(2) 引用例発明は、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能と、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能とにより、燃料供給量あるいは空気供給量を補正して空燃比を制御するものである。そして、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能は、その閉ループ内に触媒コンバータ12が存在しないのに対し、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能は、その閉ループ内に触媒コンバータ12を含むものであって、排ガスは、触媒コンバータ12中の細い通路を通過し、混合され、浄化作用を受けることになる。
このような各閉ループの構成から、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能は、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能に比べ、少なくとも排ガスが触媒コンバータ12を通過する時間分は、応答が遅くなることは明らかである。
また、引用例1(甲第2号証)の第2図には、「第1の空燃比センサの出力A1」が、「第2の空燃比センサの出力A4」より、速い周期で変化していることが示されているが、このことも、第2の空燃比センサ34の帰還信号による閉ループ制御機能の応答速度が、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能の応答速度に比べて遅いこと、すなわち、第2の空燃比センサ34の帰還信号による閉ループ制御機能の時定数が、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能の時定数より大きいことを示すものである。
そして、引用例1に、「第1の空燃比センサの出力の反転に伴う燃料供給量あるいは空気供給量の補正処理の遅延時間を第2の空燃比センサの出力に関係して制御する」(同号証特許請求の範囲)と記載されているように、第2の空燃比センサ34の信号は第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼしているから、
審決が、引用例1に「第1の空燃比センサ24の信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また第2の空燃比センサ34の信号が比較的大きな時定数で第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼす」ことが記載されていると認定したことに誤りはない。
なお、原告は、引用例発明における第2の空燃比センサの信号が、第1の空燃比センサによる制御空燃比を迅速に大きく変化させているのであるから、大きな時定数で緩慢に処理されるのではなく、むしろ高速に処理され、第1の空燃比センサの信号処理に作用を及ぼしていると主張するが、引用例1の「第2の空燃比センサの出力の反転時には、遅延時間が大きく変化し、この結果、第1の空燃比センサによる制御空燃比は迅速に大きく変化する」(甲第2号証「特許法第17条の2の規定による補正の掲載」2頁右上欄6〜9行)という記載は、従来例に関する「遅延時間を第2の空燃比センサの出力に応じて徐々に変化させている」(同1頁右下欄13〜15行)との記載と対比されているものであり、第2の空燃比センサ(後方センサ)の信号が、第1の空燃比センサ(前方センサ)の信号処理に比較して、高速に処理されていることを意味するものではない。
2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について 原告は、引用例3に、第1酸素センサの信号と第2酸素センサの信号とが異なる時定数で処理されるとの記載はないと主張するが、引用例3(甲第4号証)の第6図には、第1酸素センサ出力がVe1を中心として早い周期で変化しているのに対し、第2酸素センサ出力がVe2とVe3との間でゆっくりとした変化をしていることが示されており、このことに鑑みて、引用例3に、第1酸素センサの信号と第2酸素センサの信号とが異なる時定数で処理されることが記載されていると認定したことに誤りはない。
また、原告は、引用例3記載の発明において、第1、第2酸素センサが、同一排気ガスの空燃比が濃いか薄いか、及びその理論空燃比からのずれの大きさを、
同時に測定しなければならないものであり、機能的には一体不可分でなければならないと主張するが、引用例3の記載(甲第4号証4頁左下欄6行〜5頁左上欄6行)から、第2酸素センサ素子(22)の出力電圧が、基準電圧(Ve2)と基準電圧(Ve3)の間であるかぎり、第1酸素センサ素子(21)の帰還信号による独自の閉ループ制御機能により、燃料と空気の混合気の組成を制御していること、及び第2酸素センサ素子(22)の出力電圧が、基準電圧(Ve2)以上となり、又は基準電圧(Ve3)以下となったときは、第2酸素センサ素子(22)の帰還信号による閉ループ制御機能により、第1酸素センサ素子(21)の帰還信号による閉ループ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメータの少なくとも一つを変化させていることが認められ、引用例3記載の発明の、第1、第2酸素センサ素子の信号は、それぞれが閉ループ制御機能において処理されているものであり、第1、第2酸素センサ素子は互いに独立したセンサということができるから、原告の上記主張は誤りである。
それのみならず、審決は、本願発明と引用例発明との相違点である「閉ル-プ制御機能を変化させる内容が、本件出願に係る発明は、閉ル-プ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメ-タの少なくとも一つを変化させるのに対して、引用例1に記載されたものは、閉ル-プ制御機能のスキップの遅延時間を変化させるものである点」(審決書18頁19行〜19頁4行)につき、引用例3に「閉ループ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメータの少なくとも一つを変化させる」点が記載されているから、引用例発明の閉ループ制御機能のスキップの遅延時間を変化させることに代えて、引用例3の「閉ループ制御機能のP成分あるいはI成分のパラメータの少なくとも一つを変化させる」技術を採用し、本願発明の構成とすることは容易に想到し得ると判断したのであって、引用例3に、触媒前方の酸素センサが比較的小さな時定数で処理され、触媒の後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす点が記載されていることを理由として、該技術を引用例発明に適用し、本願発明の構成することが容易に想到し得るとしたものではない。
したがって、原告の主張は、いずれにせよ失当である。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 「時定数」が、原告主張のとおり、「応答の速さを特徴づける定数で、時間の次元をもつもの」であって、時定数が小さいと応答が高速になり、大きいと応答が緩慢になることは、被告において明らかに争わないところである。
しかして、本願発明は、前示本願発明の要旨のとおり、「触媒の前方及び後方に配置された酸素センサとを備え、混合気組成を示す尺度としての酸素センサの信号が異る時定数を有する閉ル-プ制御機能を介して混合気組成に作用を及ぼし、その場合前方の酸素センサの信号はすくなくともPI動作特性を有する閉ル-プ制御機能において比較的小さな時定数で処理され、また後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす」ものであるところ、審決は、引用例1にも、「第1の空燃比センサ24の信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また第2の空燃比センサ34の信号が比較的大きな時定数で第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼす」(審決書8頁18行〜9頁3行)ことが記載されていると認定したが、引用例1(甲第2号証)に、当該事項を直接記載した部分を見い出すことはできない。
しかるところ、被告は、本願発明の要旨の「異る時定数を有する」とは、
吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れも含む閉ループ制御機能の応答の速さが異なることを表したものであり、閉ループが電子制御装置22のみで構成されるものではないから、この応答の速さは、単に電子制御装置22の応答の速さのみに依存するものではなく、閉ループ全体としての応答の速さであるとしたうえ、引用例発明において、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能は、その閉ループ内に触媒コンバータ12が存在しないのに対し、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能は、その閉ループ内に触媒コンバータ12を含むものであり、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能は、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能に比べ、少なくとも排ガスが触媒コンバータ12を通過する時間分は、応答が遅くなるから、審決の前示認定に誤りがないと主張するので、その主張の当否につき検討する。
(2) 平成3年2月28日発行の【J】著「自動制御応用技術」(甲第9号証)には、「計算機直接制御を対象としたディジタル制御系は,図5.1に示すようにディジタル制御部,D-A変換器,A-D変換器,サンプラから成るディジタル計算機と,操作部および検出部に大別できる.同図において,操作部より制御量を調整し,制御対象の物理量を検出部により検出する部分は,アナログ制御系と同一である.検出部出力をサンプラを通して入力し,A-D変換器により,アナログ量をディジタル量に変換して,帰還数値とする.制御に必要な目標数値と帰還数値が,ディジタル制御部に入力される.ディジタル制御部では,制御に必要な演算が実行され,その結果をD-A変換器により,ディジタル量をアナログ量に変換して操作部に出力する.制御用ディジタル計算機は,プログラムにより,検出量および制御量等の入出力処理を実行するとともに,制御に必要な演算,すなわち制御アルゴリズムが実行される.一般的には,PID,すなわち比例,積分,微分等を含む微分方程式を,差分方程式に変え計算する.」(同号証100頁2〜14行)との記載があり、この記載と図5・1(同頁)とによれば、同文献には、制御対象からの物理量の検出値に対応する帰還値と、目標値とを、ディジタル制御部で比較演算し、
その結果を操作部に与えて制御対象をフィードバック制御(すなわち、閉ループ制御)するディジタル制御系において、制御に必要な演算(制御アルゴリズム)として、該帰還値と目標値とを用いたPID(比例、積分、微分等を含む微分方程式)の実行がディジタル制御部でなされることが示されているものと認められるところ、同文献が、自動制御に関する一般的な解説書と認められることに鑑みれば、そのような構成とすることが、閉ループ制御系における制御対象の制御の基本構成として、慣用的な技術手段であり、また、そのことは、同文献自体の発行時は本願出願に係る優先権主張日の後ではあるものの、同優先権主張日当時においても妥当するものと認められる。さらに、同文献に開示されたものは、制御部においてディジタル制御を行うことが前提とされているが、目標値、帰還値、操作部に与える信号の意味は、それがディジタル信号であるか、アナログ信号であるかによって変わるものではないから、前示のことは、制御部がアナログ制御を行うものにおいても、
同様であるというべきである。
(3) しかして、前示本願発明の要旨において、「異る時定数を有する閉ル-プ制御機能」を介して混合気組成に作用を及ぼす酸素センサの信号のうち、前方の酸素センサの信号は、「すくなくともPI動作特性を有する閉ル-プ制御機能」において、比較的小さな時定数で処理されるものとされているところ、「PI動作特性を有する閉ル-プ制御機能」とは、制御に必要な演算(制御アルゴリズム)として、比例、積分演算の実行をする閉ル-プ制御機能をいうものと考えられるから、
前示(2)で認定した閉ループ制御系における制御の基本構成に照らし、酸素センサの信号による数値(帰還値)を用いて、該制御アルゴリズムを実行する部分、すなわち、閉ループ制御系の制御部における機能を意味するものと解さざるを得ない。したがって、本願発明において、前方の酸素センサの信号は、閉ループ制御系の制御部において、比較的小さな時定数によって処理されるものであると認められ、そうであれば、これとの整合上、後方の酸素センサの信号が、前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼすために、比較的大きな時定数によって処理されるのも、閉ループ制御系の制御部においてであると解するのが相当である。
平成3年11月20日発行の「JIS工業用語大辞典(第3版)」(甲第8号証)には、「時定数」につき、「応答の速さを特徴づける定数で,時間の次元をもつもの.応答が次の式で表されるときには,係数 T をいう. T(dy/dx) +y=x ここに、
y :出力信号, x :入力信号」(同号証724頁、ただし、式「 T(dy/dx) +y=x」が、「 T(dy/dt) +y=x」の誤記であることは、当事者間に争いがない。)との解説が掲載されているところ、これによれば、「時定数」は、ある物理量に関係した処理に係る、当該物理量についての入力信号と出力信号とを規定して定義されるものであることが認められる。そして、このことに照らしても、本願発明における、比較的小さい、又は、比較的大きい時定数を有する閉ループ制御機能が、各酸素センサの検出信号(帰還信号)を入力信号として、前示制御アルゴリズムの実行等の処理を行う閉ループ制御系の制御部の機能を意味することが明らかである。
(4) しかして、平成8年8月8日付手続補正書(甲第6号証)による補正を経た後の本願明細書(甲第7号証)(以下単に「本願明細書」という。)の発明の詳細な説明には、「作用」として、「本発明では、混合気の少なくとも1つの成分を調量する電子制御装置と、内燃機関の排気管に配置された第1の排ガス測定センサが設けられる。その排ガス測定センサの出力信号は、内燃機関の負荷、回転数あるいは温度などの他の動作量(パラメータ)とともに電子制御装置に入力され、その制御装置内で所定の時定数をもつ閉ループ制御を介して処理される。さらに本発明では第1の排ガス測定センサの背後下流に配置された排ガス触媒と、排気管に配置された第2の測定センサが設けられる。この第2の測定センサが第2の排ガス測定センサとして構成され、排気管中、触媒の背後下流に配置される。この第2の排ガス測定センサの出力信号は電子制御装置に入力され、制御装置内で第1の閉ループ制御(制御アルゴリズム)と異なる時定数の閉ループ制御を介して処理される。即ち、第1の排ガス測定センサの信号は、本来の混合気組成の閉ループ制御を行なうために、小さな時定数で処理され、一方第2の排ガス測定センサの信号は、主にドリフト等による制御パラメータの変動を調整したりあるいは触媒の監視の目的のために、大きな時定数で処理される。」(甲第7号証4欄9〜28行)との記載があり、また、「実施例」として、「排ガス中に含まれる有害物質を減少させる方法は、浄化方法を用いた排ガス触媒を用いることであり、それにより一酸化炭素(CO)、炭化水素(CH)及び酸化窒素(NOx)の3つの全ての有害成分を顕著に崩壊させることができる。この方法がうまくいく前提としては、内燃機関が理論化学的な空気燃料混合気により十分正確に駆動されていることで、・・・3つの有害物質成分を崩壊させるためのラムダ(λ)値(空気比ないし空気過剰率)の許容誤差はわずかなものにしなければならず、その精度のために混合気調節を閉ループ制御(注、「開ループ制御」の誤記と認められる。)によって調節せず、閉ループ制御によって調節することが必要となる。」(同4欄45行〜5欄8行)、「第4図は本発明の装置の詳細な実施例が図示されており、」(同7欄36〜37行)、
「電子制御装置22は、中央演算ユニット(CPU)23、メモリ(RAM)24、固定メモリ(ROM)25、不揮発性メモリ(EEPROM)26、タイマ27並びに入出力ユニット(I/O)28、29、30、31を有する。・・・入出力ユニット28には内燃機関の種々の動作量(パラメータ)・・・並びに第1の排ガス測定センサ20からの出力信号ラムダ(λ1)、並びに第2の排ガス測定センサ21からの信号ラムダ(λ2)が入力される。これらのセンサ20、21は排ガス中における酸素含有料(注、「酸素含有量」の誤記と認められる。)を検出する酸素センサとして構成され、空気比に関する情報を供給する。・・・重要なことは、触媒19の前後に配置された2つの排ガス測定センサ20、21からの信号が電子制御装置22に入力され、そこで混合気の制御に用いられることである。入出力ユニット29は燃料供給を行う操作機器17を駆動する信号並びに空気バイパス路15を操作する操作機器16を駆動する信号を供給する。・・・又、特性値を格納するため、例えば混合器(注、「混合気」の誤記と認められる。)の基本制御値あるいは制御アルゴリズムの振幅並びに周波数に影響を与えるP、I成分のような制御パラメータを格納するためのEEPROM26が用いられる。」(同8欄7〜46行)、「第5図(a)、(b)に図示されたフローチャートは、本発明による装置の制御の流れを示すものであり、」(同8欄50行〜9欄1行)、「ステップ58において信号処理が行われる。即ちセンサ21からの信号の変動振幅、センサ信号の平均値などが求められる。続いてステップ59でラムダ値が触媒の窓において最適な位置にあるかどうかが判断される。・・・最適位置でない場合には、ステップ60で調整が可能かどうかが判断される。・・・調整ができる場合にはステップ61において学習効果が与えられる。・・・触媒の窓における最適位置が守られるまで学習が行われるので、閉ループ制御となる。従って『緩慢な(時定数の大きな)ラムダ制御』と『学習効果』は同じ意味となる。続いてステップ62においてラムダ制御機能のパラメータの調整が行われる。その場合、異なるパラメータ調整が可能である。その2つの例をあげると、センサ信号の平均値が触媒の窓における最適位置と一致しない場合には、ラムダ平均値に対する基本制御値を変化させることができる。他の調整は変動振幅が非常に大きい場合、例えば高速ラムダ制御器の比較成分を変化させることができる。続いてステップ63でセンサ20を用いた通常の高速ラムダ制御が行われる。このように排ガス測定センサ20、21からの両出力信号に基づいて行われる閉ループ制御は、異なる制御時定数で行なわれる。例えば排ガス測定センサ20からの出力信号は高速(時定数が小さい)閉ループ制御回路で、
排ガス測定センサ21からの出力信号は緩慢な(時定数が大きい)制御回路で処理される。その場合、緩慢な閉ループ制御回路は高速の閉ループ制御回路に対し回路的にみてカスケード制御を行なう。」(同9欄31行〜10欄13行)との各記載があるところ、これらの記載並びに第4図及び第5図(a)、(b)の図示は、本願発明において、前方の酸素センサの信号が、閉ループ制御系の制御部において、比較的小さな時定数によって処理され、後方の酸素センサの信号が、前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼすため、同様に閉ループ制御系の制御部において、比較的大きな時定数によって処理されるとの前示認定に整合するものと認められ(なお、
「閉ループ制御系の制御部」は、第4図に係る実施例においては「電子制御装置22」に相当する。)、その他、本願明細書(甲第7、第6号証)に、前示認定に齟齬する記載は見当たらない。
(5) 被告は、本願発明の要旨の「異る時定数を有する」とは、吸気管、内燃機関、排気管中の混合気や排ガスの流れも含む閉ループ制御機能の応答の速さが異なることを表したものであり、この応答の速さは、単に電子制御装置22の応答の速さのみに依存するものではなく、閉ループ全体としての応答の速さであると主張するところ、該主張は、本願発明において、触媒前方の酸素センサと電子制御装置、
吸気管、内燃機関及び排気管等からなる第1の経路と、触媒後方の酸素センサと電子制御装置、吸気管、内燃機関、排気管及び触媒等からなる第2の経路とを取り上げ、それぞれの経路中の各装置全体によって閉ループ制御機能が構成されるとしたうえで、本願発明の要旨の「異る時定数を有する」とは、当該2つの経路に係る制御機能において、応答の速さが異なることを表したものとする趣旨であると解される。
しかしながら、本願発明において、吸気管、内燃機関、排気管(前示第2の経路については、これに加えて触媒)等が、閉ループを形成すること自体はそのとおりであり、これらの装置中の混合気や排ガスの流れを除外しては、燃料と空気の混合気の組成の閉ループ制御は成立し得ないということができるが、それは、それらの装置中の混合気や排ガスの流れが、閉ループ制御における制御対象として不可欠であるという趣旨においてであって、それらの装置が、該制御対象からの物理量の検出値(帰還値)と目標値とを、制御アルゴリズムにより比較演算し、その結果を操作部に与えて制御対象を制御すること、すなわち、閉ループ制御系それ自体でないことは明らかであるから、吸気管、内燃機関、排気管(第2の経路については、これに加えて触媒)を含めて、閉ループ制御機能が構成されると観念することは誤りであるといわざるを得ない。
それのみならず、前示(3)のとおり、「時定数」は、ある物理量に関係した処理に係る、当該物理量についての入力信号と出力信号とを規定して定義されるものと認められるところ、本願発明において、時定数を、被告主張のように、前示第1、第2の経路に係る吸気管、内燃機関、排気管(第2の経路については、これに加えて触媒)等を含めた閉ループ全体の応答の速さとした場合には、いかなる物理量のいかなる処理に伴う入力信号と出力信号を規定したものであるかが不明瞭であるといわざるを得ない。
したがって、被告の前示主張を採用することはできない。
(6) 被告は、引用例発明において、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能は、その閉ループ内に触媒コンバータ12が存在しないのに対し、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能は、その閉ループ内に触媒コンバータ12を含み、第2の空燃比センサ34からの帰還信号による閉ループ制御機能は、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能に比べ、少なくとも排ガスが触媒コンバータ12を通過する時間分は、応答が遅くなるから、引用例1に、「第1の空燃比センサ24の信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また第2の空燃比センサ34の信号が比較的大きな時定数で第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼす」ことが記載されていると主張する。
しかしながら、該主張は、その前提として、第1の空燃比センサ24に係る(触媒コンバータ12を含まない)第1の経路(閉ループ)、及び第2の空燃比センサ34に係る(触媒コンバータ12を含む)第2の経路(閉ループ)を取り上げ、触媒コンバータ12を含めて第2の経路に係る閉ループ制御機能を観念している点において(なお、このことより、触媒コンバータのほか、内燃機関、排気管等を含めて第1、第2の経路に係る閉ループ制御機能を観念していることが窺われるが、その点においても)、また、そのような閉ループ制御機能の理解の基で、時定数を観念している点において、前示(5)において述べたと同様の誤りがあるといわざるを得ない。
排ガスの組成に変化が生じたときに、その変化を、触媒の前に配置されたセンサが先に検出し、触媒の後ろに配置されたセンサによる検出が、排ガスが触媒を通過する時間分だけ遅れることは、いわば当然の現象であるが、触媒の前に配置されたセンサの信号が比較的小さな時定数で処理され、触媒の後ろに配置されたセンサの信号が比較的大きな時定数で処理されるということが、そのような単に2つのセンサの検出時点が相違することを意味するものでないことは、前示の説示から明らかである。
また、被告は、引用例1の第2図に示された「第1の空燃比センサの出力A1」が「第2の空燃比センサの出力A4」より速い周期で変化していることを、
第2の空燃比センサ34の帰還信号による閉ループ制御機能の時定数が、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能の時定数より大きいことを示す根拠として主張する。
しかしながら、前示(3)のとおり、「時定数」は、ある物理量に関係した処理に係る、当該物理量についての入力信号と出力信号とを規定して定義されるものと認められるところ、引用例発明における「第1の空燃比センサの出力」及び「第2の空燃比センサの出力」は、共に、排ガスの空燃比(組成比)という物理量を信号としたものであり、それに関係した処理(引用例発明の制御部における処理)との関係で入力信号となるものであるから、その両者の周期を比較したところで、第2の空燃比センサ34の帰還信号による閉ループ制御機能の時定数と、第1の空燃比センサ24からの帰還信号による閉ループ制御機能の時定数との大小の比較とならないことは明白である。
(7) 以上のとおり、被告の主張する事実によっては、引用例1に、「第1の空燃比センサ24の信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また第2の空燃比センサ34の信号が比較的大きな時定数で第1の空燃比センサ24の信号処理に作用を及ぼす」ことが記載されていると認めることはできず、そうであれば、審決が、引用例1に、そのように記載されていると認定したことは誤りであり、したがって、本願発明と引用例発明とが、「前方の酸素センサの信号は・・・比較的小さな時定数で処理され、また後方の酸素センサの信号が比較的大きな時定数で前方の酸素センサの信号処理に作用を及ぼす」点で一致すると認定したことも誤りであるといわざるを得ない。
2 よって、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中康久
裁判官 石原直樹
裁判官 長沢幸男