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事件 平成 8年 (ワ) 17460号 特許権侵害差止等請求事件
原告 テルモ株式会社 右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 吉原省三
同 小松勉
同 松本操
同 三輪拓也
被告 バイエルメディカル株式会社 右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/06/23
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告は、別紙目録記載の血液ガス分析用動脈血採血器を輸入し販売してはならない。
二 被告は、その占有する前項の物品を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金三億三六八七万二六八九円及び内金一億三七〇〇万円に対する平成八年九月二〇日から、内金一億九九八七万二六八九円に対する平成一一年八月三〇日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
六 この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
一 主文第一項と同旨。
二 主文第二項と同旨。
三 被告は、原告に対し、金七億五〇七六万二八八五円及び内金一億三七〇〇万円に対する平成八年九月二〇日から、内金六億一三七六万二八八五円に対する平成一一年八月三〇日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
一 争いのない事実等 1 原告は、医療用品等の製造販売を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
被告は、医療用品等の輸入販売を業とする株式会社である。
2 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、特許請求の範囲第1項記載の発明を「本件発明」という。また、本件特許権に係る明細書(甲二)を、
「本件明細書」という。)を有している。
登録番号 第一三七九四二三号 発明の名称 空気の除去および遮断機構付血液採取器 出願日 昭和五六年一月二三日 出願公告日 昭和六一年一〇月三一日 登録日 昭和六二年五月二八日 特許請求の範囲第1項 「管体からなる採取容器と、当該管体内に管体後端開口を閉鎖する閉鎖体とからなり、当該管体先端から血液が導入可能とされた血液採取器において、上記閉鎖体の少なくとも採取血液接触部に連通気孔を有し、水膨潤性高分子材料を含有するフィルター部材であって、水膨潤性高分子材料の乾燥時には空気透過性を有し、水膨潤性高分子材料の膨潤性には気密性を有するフィルター部材を設け、該フィルター部材を介して上記採取容器内部がその外部と連通することを特徴とする空気の除去および遮断機構付血液採取器。」 3 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。
(一) 管体からなる採取容器と、当該管体内に管体後端開口を閉鎖する閉鎖体とからなり、当該管体先端から血液が導入可能とされた血液採取器において、
(二) 上記閉鎖体の少なくとも採取血液接触部に連通気孔を有し、
(三) 水膨潤性高分子材料を含有するフィルター部材であって、水膨潤性高分子材料の乾燥時には空気透過性を有し、水膨潤性高分子材料の膨潤時には気密性を有するフィルター部材を設け、
(四) 該フィルター部材を介して上記採取容器内部がその外部と連通する (五) ことを特徴とする空気の除去および遮断機構付血液採取器。
4 本件発明の作用効果は、次のとおりである(甲二)。 本件発明によれば、ヘパリンを乾燥状態で内臓させるときでも、採取容器や採血針内に予め存在する空気の採取血液への混入が防止できる。この場合、例えば操作体2を所定位置にセットするだけで、容器内の空気の除去と、採取血液の外気からの遮断は、確実かつ自動的に行われることになる。このため採血手技は容易となる。この結果、ヘパリン溶液の血液希釈による弊害が防止され、正確なガス分析が行える。
5 被告は、別紙目録記載の血液ガス分析用動脈血採血器(以下「被告製品」という。)を輸入し販売している。
6 被告製品は、右構成要件のうち(一)、(二)、(四)及び(五)を充足する。
二 本件は、本件特許権を有する原告が、被告に対し、被告製品は本件発明の技術的範囲に属するから、被告製品の輸入及び販売は右特許権の侵害であると主張して、右輸入及び販売の差止め、被告製品の廃棄並びに右侵害による損害の賠償を求める事案である。
争点及びこれに関する当事者の主張
一 争点 1 被告製品が構成要件(三)を充足するか 2 損害の発生及び額 3 消滅時効の完成及びその中断 二 争点に関する当事者の主張 1 争点1について (原告の主張) (一) 被告製品のフィルター部材61(以下「本件フィルター」という。)は、ポリエチレン粒子の焼結体であり、右粒子間の空洞連通部には、カルボキシメチルセルロースナトリウム(以下「CMCーNa」という。)粒子が存在している(以下、被告製品中のCMCーNaを「被告CMCーNa」という。)。
CMCーNaは、水に触れると水分を吸収して膨潤する性質を有する高分子化合物であるところ、被告製品は、採血時に、本件フィルター中の被告CMCーNaが血液に接触して膨潤する。
本件フィルター内では、被告CMCーNaの粒子が空孔内で概ね個々に分散して存在しているから、空孔内に浸入してきた血液との接触は効率よく行われ、各粒子は血液を短時間で吸収する。そして、本件フィルター一個に含まれる被告CMCーNaの量(〇・〇〇四二グラム)と本件フィルターの空孔容積(〇・〇一五八立方センチメートル)から算出すると、本件フィルター内の被告CMCーNaの濃度は約二六・六重量パーセント又はそれを超えるものになるが、CMCーNaは、このような濃度では、取り込んだ血液とほぼ同体積の、全く流動性のないゲルになる。
また、被告CMCーNaは、過剰の溶媒が存在しても、溶解の進行は緩慢であり、膨潤状態は、長時間継続する。
このように、被告製品は、被告CMCーNaの膨潤により、長時間に渡りフィルター内部の気密性が保たれるから、構成要件(三)を充足する。 なお、被告は、被告製品中の被告CMCーNaは、血液に触れても、その全部が溶解するわけではないと主張するが、高分子の理論によると、水溶性高分子が溶媒に触れて、粒子状のものが残っている状態は、周囲に膨潤層が形成されていることに他ならないから、右主張によっても、被告CMCーNaはやはり膨潤していることになる。
(二) 被告CMCーNaは、置換度が約〇・四以上であるところ、一般に置換度が〇・四以上のCMCーNaは、水に溶解するとされている。しかしながら、
究極においては溶解する高分子材料であっても、その過程において水膨潤性を示し、右膨潤によって気密性を保つものであれば、右構成要件の「水膨潤性高分子材料」を充足する。
被告は、右構成要件の「水膨潤性高分子材料」は、水溶性高分子材料を含まないと主張するが、「膨潤」の概念が、一定限度で停止する有限膨潤とそうでない無限膨潤(溶解)の双方を含むことには異説がない。
このうち、前者は、高吸水性高分子のように化学的架橋によって三次元構造を形成する高分子物質における膨潤で、後者は、CMCーNaのように究極的には溶解に至る高分子物質における分子鎖の絡まり合いによる膨潤である。
高分子化学の領域では、水溶性高分子物質は、溶媒に溶解する場合、必ず、分子鎖の絡まり合いによる膨潤過程を経由するとされており、むしろ、膨潤状態が一般的で、溶解は、溶質に比べ溶媒が極めて多量に存在する場合、十分な時間等の条件が整ったときの究極的な状態である。
本件明細書にも、水溶性高分子材料を除外する記載はないし、右明細書中の「水と接触して、一〇分以内に自重の一〇〇〜一〇〇〇倍に膨潤するものであることが好ましい。」との記載も、例示にすぎず、これによって限定解釈されるものではない。また、水溶性高分子材料が膨潤することは周知の事実であるから、右明細書に水溶性高分子材料についての記載がないからといって、これを除外したものとはいえない。本件特許の出願過程においても、水溶性高分子材料は除外されていない。
なお、原告の関連米国特許は、本件特許を基礎とする対応特許ではないし、たとえ、対応特許である米国特許に、「水膨潤性高分子材料」について限定的な記載がされていたとしても、それを優先権主張の基礎にもなっていない日本特許の解釈に用いることはできない。
したがって、右構成要件の「水膨潤性高分子材料」には、水溶性高分子材料が含まれる。
(三) 被告CMCーNaは、CMCーNaである限り高分子である。被告CMCーNaが高分子材料の中で分子量が相対的に低いものであるとしても、高分子であることには変わりない。
(被告の主張) (一) 構成要件(三)にいう「水膨潤性高分子材料」とは、高分子材料の物性として、水に接触して固体のまま体積を増加して、本件発明の効果を実現するに十分なレベルに有限膨潤する水不溶性の高吸水性ポリマーを意味し、水と接触して溶解するような物質は、右の「水膨潤性高分子材料」に含まれない。
その理由は以下のとおりである。
(1) 「膨潤」とは、JIS用語事典やJIS用語集によると、「固体が液体を吸収し、その組織構造を変化することなく、容積が増大することをい」い、その意味するところは、固体が液体(の分子)を固体内に吸収するが、その固体としての組織構造には変化が無く、固体のまま容積が増大するということである。
(2) 本件明細書には、水溶性高分子材料や無限膨潤についての記載が無く、水溶性高分子材料によってどのように気密性を実現するかについての教示ないし示唆も全くない。また、右明細書に記載された実施例は全て有限膨潤をし、しかも、高い膨潤度を有した水溶解性でない高分子材料を列記している。さらに、右明細書の発明の詳細な説明には、「水と接触して、一〇分以内に自重の一〇〇〜一〇〇〇倍に膨潤するものであることが好ましい。」と記載されている。
(3) 右構成要件が、仮に水溶性高分子材料を含むとすると、溶解に至るプロセスで過渡的な状態で短時間、僅かに体積が増加するにすぎないような高分子材料をも含むことになり、本件発明を規定する構成要件明確性が失われる。
(4) 原告の出願した米国特許においても、右の「水膨潤性高分子材料」に対応して、「水不溶性であるが水膨潤性の高分子材料」という表現が用いられている。
(二)(1) 被告CMCーNaは、置換度が〇・八四と高いこと、分子量が小さいこと、ガンマ線の照射によりさらに分子量が小さくなっていること、極めて微細な粒子であること、本件フィルター内部に分散して存在し、塊を形成していないことから、過渡的膨潤すらせず、極めて大きな溶解速度で、水に溶解する。
したがって、被告CMCーNaは、「水膨潤性高分子材料」に当たらない。
(2) 被告製品において、採取した血液が本件フィルターの空洞連通部にある被告CMCーNa微粒子に接触すると、右微粒子の一部が表面から血液中に溶解し、それによって血液の粘性を著しく高め、粘性の高くなった血液が右空洞連通部の微細な空隙に浸透し、粘性が高められた血液とフィルター部材内部の摩擦抵抗によって、フィルター部材内の血液が動脈圧で移動することを妨げる。このようにして、血液との接触後二ないし五秒以内に、フィルター部材内部の気密性が実現される。
このように、被告製品は、「膨潤」によって気密性が保たれるわけではなく、本件発明とは、作用の原理を異にする。
(3) 原告は、二六・六パーセントのような高濃度のCMCーNaは、膨潤するだけで、溶解しないと主張するが、本件フィルター内に血液が浸入してきた際、被告CMCーNa粒子の一部のみが血液に接触して溶解し、血液の粘度を高め、右血液がフィルターの気密性を実現しているのであって、被告製品中の被告CMCーNaの全体が短時間に溶解しているわけではない。CMCーNaが水と接触して二六・六パーセントの高濃度溶液になるには、非常に長い時間を要する。
また、血液は、被告CMCーNaと共に、本件フィルターの三分の一ないし三分の二の長さにまで浸入するが、仮に、CMCーNaの膨潤によってフィルター内部の気密性が実現されているとすると、血液は本件フィルターの入口で止まるはずである。
さらに、本件フィルターには、体積比にして空洞連通部の一七パーセントの量の被告CMCーNa粒子が分散されているから、右フィルターを被告CMCーNa粒子の膨潤によって完全に塞ぐためには、被告CMCーNa粒子の体積が約五倍にならなければならず、かつ、膨潤が血液との接触後直ちに起こり、二ないし五秒以内にフィルターの気密性が実現されなければならないところ、CMCーNa粒子に水を加えても、体積が何倍にも増加するような現象は観察されない上、被告CMCーNaがこのような迅速な膨潤を起こすこともない。
(三) 被告CMCーNaは、CMCーNaの中でも分子量が低く、「高分子材料」に当たらない。
2 争点2について (原告の主張) (一) 被告は、平成五年九月一〇日から平成一一年三月三一日までの間に、
又は、平成五年九月一〇日から平成七年一二月三一日までの間及び平成八年七月二九日から平成一一年三月三一日までの間に、被告製品を少なくとも五七八万〇八八〇本販売した。
(二) 原告が被告製品と同種の血液ガス測定用採血キット一個を販売した場合の売上利益は、少なくとも一四七・七六一円である。したがって、五七八万〇八八〇本に一四七・七六一円を乗じた八億五四一八万八六〇九円が原告の失った売上利益になる。
(三) 原告が右製品を販売するための販売費及び一般管理費は、右製品の売上高の一〇パーセントである。したがって、右製品一本当たりの単価一七八・九一円に五七八万〇八八〇本を乗じた額の一〇パーセントである一億〇三四二万五七二四円が販売費及び一般管理費となる。
(四) よって、右(二)から右(三)を差し引いた金額である七億五〇七六万二八八五円が原告の被った損害になる。
(五) なお、原告のように血液ガス測定用採血キットのみを単品で販売している企業と、被告のようにその分析装置もセットで一括販売している企業とで、採血器の市場が二分されているわけではなく、被告のセットにも、原告の血液ガス測定用採血キットが用いられていることは明らかである。
(被告の主張) (一) 被告の被告製品の販売本数は認める。
(二) 原告の売上利益については否認する。原告の全商品の粗利益は、売上の五〇パーセント程度にすぎず、また、アメリカ合衆国の医療機器及び器具製造事業の売上総利益の基準がほぼ四五パーセントであることからすると、原告の製品の売上総利益率は五〇パーセントを上回ることはないというべきである。
また、販売費及び一般管理費については、原告の全製品の平均である約三五パーセント又はそれ以上である。被告は、原告のように血液ガス測定用採血キットのみを単品で販売しているのではなく、その分析装置もセットで一括販売し、追加的な訓練、教育のサポートを提供している。原告が被告の売上を奪うためには、
販売網の拡大や追加的訓練、教育サポート等の追加的費用が必要であって、これらが、原告の平均の販売費及び一般管理費を超えることは明らかである。
(三) 原被告以外にも被告製品と同種の製品を販売している会社があり、被告を除く全発売元の販売数に対する原告以外の発売元のシェアは平成九年度に約三割に達している。また、被告の製品である「マイクロ・ライト」も、被告製品に代替しうる。
特に、右会社のうち、ラジオメータートレーディングとAVLは、被告と同様に分析装置もセットで一括販売し、追加的な訓練、教育のサポートを提供している。
したがって、仮に被告製品が販売されなかったら、原告製品ではなく、
右各会社の製品が被告製品に代替したはずである。
そうすると、被告製品と原告製品は、市場において、完全な代替品として競合していないから、特許法102条1項本文は適用されないし、仮に適用されたとしても、右の事情は、同項ただし書に該当するから、少なくとも、五〇パーセント以上控除されるべきである。
3 争点3について (被告の主張) (一) 原告の本訴損害賠償請求権のうち、被告の平成八年一月一日から同年七月二八日までの被告製品の販売に対するものについては、本件訴状において請求されておらず、本訴における請求の拡張日前に三年が経過したから、消滅時効が完成している。
(二) 原告は、本件訴状において、「被告は少なくとも売上の二〇%以上の利益を得ていることはたしかであるので、原告はこれと同額の損害を蒙ったものと推定される。」と主張しており、平成五年九月一〇日から平成七年一二月三一日までの間の被告製品及び「マイクロ・ライト」の販売による損害のうち、その売上の二〇パーセントに相当する部分に明示的に限定して損害賠償を請求した。
また、右二〇パーセントに相当する部分のうち、「マイクロ・ライト」の損害として請求されていた部分は、後に取り下げられた。
したがって、本件訴状で請求されていた右二〇パーセントに相当する部分のうち、「マイクロ・ライト」の損害として請求されていた部分を除く部分についてのみ、時効が中断しており、その余の部分は、本訴における請求の拡張日前に三年が経過したから、消滅時効が完成している。
(三) 被告は、平成一一年八月三〇日の本件弁論準備期日において、右時効援用した。
(原告の主張) (一) 原告は、本件訴状において、「被告は平成五年一月以降、本件特許発明侵害することを知り少なくとも過失によりこれを知らないで、被告製品を次の通り販売した。」と主張し、本件訴状提出までの全損害を請求した。したがって、
原告の本訴損害賠償請求権のうち、被告の平成八年一月一日から同年七月二八日までの被告製品の販売に対するものについても、本件訴状の提出により時効が中断している。
(二) 原告が一部請求の明示をしたと被告が右(二)で主張する部分は、損害額の算定に当たって、推定の根拠となる被告の利益が少なくとも売上額の二〇パーセント以上あるとの主張をしたものであって、損害額の一部を請求したものではないし、少なくとも、一部請求であることを明示したものではない。したがって、被告が右(二)で主張する部分についても、本件訴状の提出により時効が中断している。
当裁判所の判断
一 争点1について 1 被告製品中の被告CMCーNaが、構成要件(三)の「水膨潤性高分子材料」を充足するか判断する。
(一) 「膨潤」の意義について 証拠(甲二〇、乙一〇の一ないし三、乙一一の一ないし三、乙一二の一ないし三)によると、「膨潤」は、「固体が液体を吸収し、その構造組織を変化することなく、容積が増大すること」を意味するものと認められるが、証拠(甲一〇ないし一三、二〇、二一)によると、文献において、水溶性の高分子が溶媒に接触して溶解に至るまでに溶媒を吸収して膨らんだ状態を「膨潤」と表現しているものが多く存することからすると、「膨潤」には、水溶性高分子材料が溶解に至る過程でその体積を増加させる現象が含まれるものと認められる。
(二) 構成要件(三)の「水膨潤性高分子材料」に水溶性の物質が含まれるかどうかについて 右(一)で認定したとおり、水溶性高分子材料が溶解する過程で膨潤することがあるから、水溶性高分子材料であるからといって、膨潤しないということはできない。
本件特許請求の範囲には、水溶性の物質を除外する旨の限定はなく、また、証拠(甲二)によると、本件明細書にも水溶性の物質を除外する旨の記載はない。なお、証拠(甲二)によると、右明細書に、「水膨潤性高分子材料の膨潤度としては、常温〜体温程度にて、水と接触して、一〇分以内に自重の一〇〇〜一〇〇〇倍に膨潤するものであることが好ましい。」(12欄八ないし一一行)との記載があることが認められるが、右記載は、本件発明を実施するのに好ましい材料を例示したもので、それ以外の物質を除外するものとは認められない。
本件発明の作用効果は、前記第二の一4のとおりであるところ、水溶性高分子材料であっても、右材料の膨潤によりフィルターの気密性が実現されれば、
本件発明の作用効果を奏するから、このような物質を除外する理由はない。
以上によると、「水膨潤性高分子材料」は、水に溶解するものであっても、溶解する過程で膨潤し、膨潤によってフィルターの気密性が実現され得る高分子材料を含むものと解される。
なお、被告は、「水膨潤性高分子材料」を右のように解すると、構成要件明確性が失われると主張するが、右のように解したとしても、本件発明に属するものと属さないものとが不明確になるとはいえないから、構成要件明確性が失われるということはできない。
また、証拠(乙一三の一及び二)と弁論の全趣旨によると、原告は、本件特許の出願後に、血液採取器に関する別個の特許を出願したこと、右特許に基づく優先権主張をした米国特許において、「水膨潤性高分子材料」に対応して「The water insoluble but water-swellable polymeric material」(水不溶性であるが水膨潤性の高分子材料)という表現を用いたことが認められるが、右事実は、本件特許とは別個の原告が出願した特許に関する事実であって、何ら右認定を左右するものではない。
(三) 被告CMCーNaの「水膨潤性高分子材料」充足性について (1) 「水膨潤性」を充足するかどうかについて ア 被告CMCーNaの置換度が〇・四以上であることは当事者間に争いがないところ、証拠(甲四の一ないし三、甲九)によると、置換度が約〇・四以上のCMCーNaは、水溶性を示すことが認められる。
しかし、証拠(甲四の一ないし三、甲九ないし一四)によると、一般にCMCーNaは水に触れて膨潤すること、水溶性のCMCーNaが溶解する場合、溶解する前に膨潤状態を経ることが認められる。
イ 被告は、被告CMCーNaは、置換度が〇・八四と高く、分子量が低く、塊を形成しない極めて微細な粒子であることから、右のようなCMCーNaの一般的な物性が当てはまらず、膨潤過程を経ずに溶解すると主張する。
証拠(乙一四の一及び二)によると、被告CMCーNaの置換度が〇・八四であることが認められるが、証拠(乙一六の一ないし三)によると、最も広く用いられているCMCーNaは、置換度が〇・七から一・二の範囲のものであることが認められる。また、証拠(乙一の三)によると、CMCーNaについて、
〇・八四を含んだ幅の置換度について記載している文献において、置換度が〇・八四のCMCーNaが特殊なものである旨の記載はないものと認められる。そして、
他に、置換度が〇・八四のCMCーNaについて、一般的な物性が当てはまらない特殊なCMCーNaであると認めるに足りる証拠はない。
証拠(乙一六の一ないし三)によると、水溶液の粘度は分子量によって左右され、分子量が大きいと粘度が高くなり、小さいと低くなることが認められるところ、証拠(乙一五)によると、被告CMCーNaは、一パーセント水溶液の粘度が一四センチポアズ、四パーセント水溶液の粘度が一四三センチポアズであると認められる。しかるところ、証拠によると、一パーセント水溶液において、粘度が一四センチポアズ以下のCMCーNaに触れている文献(乙一の三、乙一の四)や、二パーセント水溶液において一〇〇センチポアズ以下のCMCーNaに触れている文献(甲四の一ないし三)があるが、右文献において、右粘度のCMCーNaが特殊なものである旨の記載はないことが認められる。また、証拠(乙一六の一ないし三)によると、分子量の小さいCMCーNaにおいては、四パーセント水溶液の粘度の最大値が五〇センチポアズである旨の文献があるが、被告CMCーNaの粘度は、右文献に記載されたものよりも高い。そうすると、被告CMCーNaの分子量が、一般に用いられているCMCーNaとは異なる小さいものとは認められない。
塊を有しない微細なCMCーNaについては、CMCーNaの一般的な物性が当てはまらないことを認めるに足りる証拠はない。
以上によると、被告CMCーNaが、通常のCMCーNaが有する一般的物性を有しない特殊なCMCーNaであるとは認められないから、水に触れて膨潤するものと認められる。
ウ 証拠(甲二一、三七、乙二五、二七)によると、ゲルとは、ゾル(コロイド溶液)がジェリー状に固化したもので、「膨潤」に当たることが認められるところ、証拠(甲三九、乙二八、検乙三)と弁論の全趣旨によると、濃度一六重量パーセントの被告CMCーNaと水の混合物の入ったバイアル瓶を横転させると、十数秒間流動しないことが認められるから、これは、ゲル又はゲルに近い状態であると認められる。なお、乙二八には、網目構造があるものがゲルであり、網目構造があるかどうかは、ゲル弾性があるかどうかで判断することができる旨の記載があるが、証拠(甲二一、三七、検甲二)によると、ゲルであるからといってゲル弾性があるとは限らないと認められるから、右記載はその前提において採用できないばかりでなく、右の濃度一六重量パーセントの被告CMCーNaと水の混合物にゲル弾性が見られないことを認めるに足りる証拠もない。また、証拠(乙二八、検乙三)によると、濃度一六重量パーセントの被告CMCーNaと水の混合物の入ったバイアル瓶を横転させると、十数秒間流動しなかった後に流動することが認められるが、証拠(乙一の三、乙二五)によると、CMCーNaのゲルは、チキソトロピー(ゲルがゾルになる現象)の性質を示すことが認められるから、右のように流動するからといって、右CMCーNaと水の混合物の状態がゲルではないとはいうことはできない。
証拠(甲二三、乙二四、検甲一)によると、原告が、置換度が〇・七二であるガンマ線照射をした粉末状のCMCーNaを用いて、乳酸リンゲル液に右CMCーNaを溶解する実験をしたこと、右実験において、右CMCーNaは、
濃度が一五重量パーセント以上になると、乳酸リンゲル液を吸収して、吸収した乳酸リンゲル液とほぼ同体積のゲル状態になり、少なくとも約一時間右状態を持続したことが認められる。以上の事実は、被告CMCーNaと同様にガンマ線が照射され、被告CMCーNaと置換度が近似するCMCーNaがゲル状態になることを示しているから、被告CMCーNaが一定の濃度に達するとゲル状態となる旨の右認定を裏付けるものということができる。
エ 証拠(乙六ないし八、一八、一九、二一、二二、三二、検乙一、検乙四)によると、米国のマーケスト・メディカル・プロダクツ・インク、ハウザー・ケミカル・リサーチ・インク及びハウザー・ラボラトリー・インク並びに株式会社関西新技術研究所が、CMCーNaの溶解実験を行ったことが認められるが、
これらの実験は、いずれの実験も、CMCーNaに対する水の量が明らかでないか、又は、CMCーNaに対して相対的に多い量の水を使用しており、CMCーNaの濃度は、後記(四)認定の被告製品中の濃度よりもはるかに低いから、膨潤したCMCーNaが多量の水によって短時間のうちに溶解し、膨潤状態を観察できなかった可能性が否定できない。また、これらの実験結果には、被告CMCーNaが溶媒に接触し透明になったことをもって、被告CMCーNaが膨潤することなく溶媒に溶解したとするものがあるが、証拠(甲二三、検甲一、二)によると、ゲル状態のCMCーNaは肉眼でほぼ透明であることが認められるから、肉眼で透明に見えるからといって、溶解したということはできないというべきであって、これに反する乙三〇の記載は採用できない。以上によると、これらの実験によっては、被告CMCーNaが膨潤しないと認めることはできない。
オ 以上によると、被告CMCーNaは、水を吸収して膨潤するものと認められ、膨潤によってフィルターの気密性が実現され得るものと認められるから、「水膨潤性」の要件を充足する。
(2) 「高分子材料」を充足するかどうかについて 右(1)イのとおり、被告CMCーNaの分子量が、一般に用いられているCMCーNaとは異なる少ないものとは認められないところ、証拠(乙一六の一ないし三)によると、CMCーNaの分子量は、九〇〇〇〇から七〇〇〇〇〇の範囲内にあることが認められるから、被告CMCーNaの分子量は、その下限である九〇〇〇〇を上回っているものと認められる。そうすると、このような高い分子量をもつ被告CMCーNaが、「高分子材料」に当たることは明らかである。
(3) 以上によると、被告CMCーNaは、構成要件(三)の「水膨潤性高分子材料」を充足する。
(四) 被告製品が「膨潤時に気密性を有する」を充足するどうかについて (1) 前記(三)認定のとおり、被告CMCーNaは、水膨潤性高分子材料であるところ、前記(三)(1)ウのとおり、濃度約一六重量パーセントの被告CMCーNaと水の混合物は、膨潤又はそれに近い状態となっており、また、被告CMCーNaと同様にガンマ線が照射され、被告CMCーNaと置換度が近似するCMCーNaを乳酸リンゲル液に溶解した場合には、濃度が一五重量パーセント以上では、膨潤状態が少なくとも約一時間持続するものと認められる。また、証拠(甲二一)によると、文献に、線状高分子は、濃度が約一〇パーセント以上からさらに増加した状態では、ゲルと呼ばれる膨潤状態になるとの記載があることが認められる。
証拠によると、膨潤したCMCーNaが均一に溶けるには相当の時間を要すること(甲四の一ないし三、甲二九)、CMCーNaは、溶解に先立って膨潤現象があるため、最初、水で濡らされると塊状になりやすいこと(甲一一)、CMCーNaを均一に溶解させるには、CMCーNaを徐々に水に加え、強力に撹拌することが必要であること(甲一〇、一一)、溶媒が少ない場合、CMCーNaの溶解は膨潤過程で止まり、糸状高分子のゲル相と、ほとんど溶媒のみからなる液相が平衡を保つこと(甲一一)が認められる。以上のとおり、一般にCMCーNaは膨潤状態が継続することが知られている。
以上によると、被告CMCーNaは、水に接した場合、その濃度が一六重量パーセントを大幅に上回る場合には、相当な時間(少なくとも約一時間以上)膨潤状態を維持するものと認められる。
(2)ア 証拠(乙一四の一)によると、本件フィルターの孔の容積は、約〇・〇一五八立方センチメートルであること、本件フィルターを脱イオン水中で煮沸して、右フィルターから被告CMCーNaを溶出し、被告CMCーNaの重量を測定したところ、右重量が約〇・〇〇四二グラムであったことが認められる。また、証拠(甲一九)によると、原告が、沸騰水で本件フィルターから被告CMCーNaを抽出し、右フィルターに被告CMCーNaが残存していないことを確認した上、被告CMCーNaの重量を測定したところ、右の重量の平均は約〇・〇〇三七グラムであったことが認められる。
以上によると、本件フィルター内の被告CMCーNaの全重量は、
少なくとも約〇・〇〇三七グラムはあるものと認められる。
そうすると、被告製品中の被告CMCーNaの重量濃度の平均は、
右の約〇・〇〇三七グラムを、フィルターの体積である約〇・〇一五八立方センチメートルで除した約二三・四重量パーセントであると認められる。
証拠(乙八、乙一四の一、二)によると、被告製品には、孔が閉じていて血液と接触しない被告CMCーNaが存することが認められるが、右の約二三・四重量パーセントという重量濃度は、被告CMCーNaの全重量を本件フィルターの孔の容積全体で除したものであって、血液と接する部分も接しない部分も含んだ平均値であるから、反対の事情が認められない限り、血液と接する部分の被告CMCーNaの重量濃度と一致するものと推認される。
乙八及び乙一四の二においては、本件フィルターを水洗いして、洗い出された被告CMCーNaの重量に基づいて、血液と接触する被告CMCーNaの重量を求めているところ、その重量は、それぞれ、平均約〇・〇〇一三グラム(乙八の表1の下から五番目の欄の平均値)、〇・〇〇一二二グラム(乙一四の二)であったことが認められる。しかし、証拠(乙一四の二)によると、血液と接触するが、本件フィルター内に付着して、水によって洗い流されない被告CMCーNaが存することが認められるから、被告CMCーNaを水で洗い流しただけで、
血液と接触する被告CMCーNaをすべて抽出できるということはない(乙一四の二においては、この洗い流されない被告CMCーNaの重量を補正して、右の数値を求めているが、その過程は不明である。)。したがって、右の数値を採用することはできない。
証拠(乙二九)によると、リンゲル液及び血液を本件フィルターに浸入させる実験を行い、右実験結果から、本件フィルター内の被告CMCーNaのうち平均約一二パーセントが血液に溶解し、血液中の被告CMCーNaの濃度の平均値が二パーセント、最大値が四ないし六パーセントであると算出されたことが認められる。そして、右実験結果では、四パーセントCMCーNaがCMCーNaを含まないフィルターを通過する時間とリンゲル液及び血液が本件フィルターに浸入する時間の対比から血液が本件フィルターに浸入した場合の粘度を求め、この粘度から右一二パーセントという数値を求めているが、四パーセントCMCーNaがCMCーNaを含まないフィルターを通過する場合とリンゲル液や血液がCMCーNaを含む本件フィルターに浸入する場合では、フィルターや浸入する液体の状態が大きく異なるから、単純に時間を対比することによって粘度を求めることができるとは解されない。したがって、右数値を採用することはできない。
また、証拠(乙三三)によると、株式会社関西新技術研究所が、被告製品中の被告CMCーNaの濃度を測定したところ、右濃度が〇・七ないし一・一重量パーセントであったことが認められるが、右測定は、単に本件フィルターを通過した乳酸リンゲル液に溶解した被告CMCーNaの濃度を測定するにとどまり、フィルター内に付着している被告CMCーNaについては何ら考慮していないから、右測定結果が本件フィルター内の被告CMCーNa濃度を示しているとは認められず、右数値を採用することはできない。
その他、右反対の事情を認めるに足りる証拠はない。
イ 証拠(甲七、八、二三、乙二九、三一、三四)によると、被告製品は、採血後、フィルターの内部まで血液が浸入するが、途中で浸入が止まること、
血液の浸入後、被告製品中の被告CMCーNaは、血液と共に本件フィルターの途中まで移動すること、そのため、本件フィルターの入口からフィルターの長さの二〇パーセントの幅における被告CMCーNaの量に比して、次の二〇パーセントの幅における被告CMCーNaの量は約二倍になっていること、本件フィルター内部の被告CMCーNa濃度の最大値は、フィルターの入口付近のCMCーNa濃度の約二倍であること、以上の事実が認められる。そして、以上の事実に加え、血液中には水以外の物質も含まれていることを考慮すると、本件フィルターの気密地点(血液が止まる地点)における被告CMCーNaの水に対する濃度は、フィルターの重量濃度の平均である約二三・四重量パーセントをはるかに上回る濃度になっていると認められる。
ウ 以上によると、採血後、本件フィルターの気密地点における被告CMCーNaの濃度は、一六重量パーセントを大きく超えているから、右地点において被告CMCーNaは、相当な時間(少なくとも約一時間以上)膨潤状態を維持するものと認められる。
(3) 以上述べたところからすると、本件フィルターの気密性は、被告CMCーNaの膨潤によって実現されているものと認められる。
なお、被告は、膨潤により気密性が実現されているのであれば、血液はフィルターの入口で止まるはずであると主張するが、前記(三)(1)ウ認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、膨潤した被告CMCーNaは、吸収した溶媒と同程度にしか体積が増加しないため、フィルターの入口付近の被告CMCーNaが膨潤しただけでは、フィルターの孔が閉塞されるとは限らないと認められる。そして、この場合、フィルターの入口付近の被告CMCーNaは、血液によって本件フィルターの内部に移動し、フィルター内部の被告CMCーNaと相俟って、フィルター内部で気密性を実現すると認められるから、フィルターの入口付近で血液が止まらないからといって、被告CMCーNaが膨潤していないとはいえない。
(4) 被告は、本件フィルターの気密性は、被告CMCーNaが溶解した溶液の粘性で実現していると主張する。
しかしながら、証拠(乙二八)によると、フィルターの気密性が溶液の粘度で実現されている場合には、フィルターの入口から気密地点まで徐々に濃度を増したCMCーNa溶液が連続的に存在すると認められるが、証拠(甲二三、検甲一)によると、CMCーNaは、気密地点においてポリエチレン粒子間に帯状に付着しており、連続的に存するとは認められない。
また、膨潤する物質であるCMCーNaを多量に用いながら、これを溶解状態にして気密性を保つというのは、膨潤によって気密性が容易かつ確実に実現できることからすると、極めて不自然である。
以上に加え、右(1)ないし(3)で認定した事実によると、被告の右主張はこれを採用することができない。
(5) 被告は、本件フィルターを被告CMCーNa粒子の膨潤によって完全に塞ぐためには、被告CMCーNa粒子の体積が約五倍にならなければならず、かつ、膨潤が血液との接触後直ちに起こってフィルターの気密性が実現されなければならないところ、CMCーNa粒子に水を加えても、体積が何倍にも増加するような現象は観察されない上、被告CMCーNaがこのような迅速な膨潤を起こすこともないと主張する。しかし、右(3)認定のとおり、被告CMCーNaは、膨潤によって吸収した溶媒と同程度に体積が増加し、右(3)認定のようにしてフィルターの気密性を実現するものと認められるから、被告の右主張は採用できない。
(6) 以上によると、被告製品は、構成要件(三)の「膨潤時に気密性を有する」を充足する。
(五) したがって、被告製品は、構成要件(三)を充足するから、被告製品は、本件発明の構成要件を全て充足し、その技術的範囲に属するものと認められる。
よって、被告による被告製品の輸入及び販売は本件特許権を侵害するものである。また、被告には、右侵害につき過失があったものと推定されるから、被告には、右侵害によって生じた損害を賠償すべき責任がある。
2 争点3について (一) 弁論の全趣旨によると、本訴損害賠償請求権のうち、被告の平成八年一月一日から同年七月二八日までの被告製品の販売に対するものについては、原告が本件特許権の侵害による損害を知った日から三年が経過したものと認められる。
原告は、本件訴状に、「被告は平成五年一月以降、本件特許発明侵害することを知り少なくとも過失によりこれを知らないで、被告製品を次の通り販売した。」との記載があるから、本件訴状によって本件訴状提出日までの損害を請求したと主張するが、本件訴状には、右記載に続けて、被告の平成五年ないし平成七年の被告製品の販売額が記載され、右期間の販売額の二〇パーセントに相当する額が、平成一〇年法律第五一号による改正前の特許法102条2項による損害額又は同条一項により推定される損害額とされていること、原告の平成八年以降の損害の発生については本件訴状に何ら記載がないことは当裁判所に顕著であるから、原告は、本件訴状において、被告の平成五年一月一日から平成七年一二月三一日までの被告製品の販売による損害のみを請求していることは明らかであって、全損害額のうち明示的にその一部である右の期間の損害を請求しているものと認められる。したがって、本件訴状の提出によっても、平成八年一月一日から同年七月二八日までの期間の損害賠償請求権については消滅時効が中断しない。
よって、右期間の損害賠償請求権については、消滅時効が完成したものと認められる。
被告が、原告に対し、平成一一年八月三〇日の本件弁論準備期日において、右時効援用したことは当裁判所に顕著である。
以上の次第で、本訴損害賠償請求権のうち、被告の右期間の被告製品の販売に対するものについては、時効により消滅したものと認められる。
(二) 本件訴状に、「被告は少なくとも売上の二〇%以上の利益を得ていることはたしかであるので、原告はこれと同額の損害を蒙ったものと推定される。」との記載があることは当裁判所に顕著であるところ、本件訴状によると、右記載は、損害額の算定根拠についての原告の主張であると解することができ、全損害額のうち、その一部である売上の二〇パーセントのみを請求することを明示した記載とは認められない。
したがって、被告が平成五年九月一〇日から平成七年一二月三一日までの間に被告製品を販売したことによる本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求権は、全体として本訴の提起によって時効が中断したものと認められる。
3 争点2について (一) 被告が平成五年九月一〇日から平成七年一二月三一日までの間及び平成八年七月二九日から平成一一年三月三一日までの間に、被告製品を合計で五七八万〇八八〇本販売したことは、当事者間に争いがない。
(二) 証拠(甲二七)及び弁論の全趣旨によると、原告が販売している本件発明の実施品である「プレザパック」(以下「原告製品」という。)の一本当たりの単価は、平均で一七八・九一円であることが認められる。
証拠(甲三一ないし三六(いずれも枝番を含む))により認められる原告会社の規模や後記(五)で認定した原告の市場占有率からすると、原告は、右(一)の本数の原告製品を製造販売する能力を有していたものと認められる。
(三) 証拠(甲三一ないし三六(いずれも枝番を含む))によると、原告の第七九期(平成五年四月一日から平成六年三月三一日まで)ないし第八四期(平成一〇年四月一日から平成一一年三月三一日まで)の売上原価の平均は、売上高の四七・七パーセントであることが認められる。右事実及び弁論の全趣旨によると、原告製品一本当たりの売上原価は、原告製品の単価の平均である一七八・九一円の四七・七パーセントである八五・三四円であると認められる。
なお、原告従業員作成の「計算書」と題する書面(甲二八)は、原告製品の製造販売による粗利益を、卸売価格の八二・五パーセントとするものであるが、右認定の原告全体の売上原価の平均と比してあまりにも高率である上、原告は、それを裏付ける商業帳簿等の証拠を何ら提出していないから、右書面の記載を直ちに信用することはできない。
(四) 証拠(甲三一ないし三六(いずれも枝番を含む))によると、原告の第七九期ないし第八四期の販売費及び一般管理費の平均は、売上高の三六・二パーセントであることが認められ、この事実と弁論の全趣旨によると、原告製品一本当たりの変動経費は、原告製品の単価の平均である一七八・九一円の一〇パーセントに当たる一七・九円と認められる。
なお、被告は、原告のように血液ガス測定用採血キットのみを単品で販売しているのではなく、その分析装置もセットで一括販売し、追加的な訓練、教育のサポートを提供していると主張する。仮にそうであるとしても、証拠(乙三六)と弁論の全趣旨によると、採血キットの単体の商品と、分析セットと一括で販売されている採血キットとは、採血器としては違いがなく、代替性があるものと認められるから、原告が被告の売上を奪うために、被告と同様の販売方法を採らなければならないとまで認めることはできず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(五) 証拠(甲二七)によると、原告製品は、被告以外の第三者の製品とも競合していたこと、平成八年度における血液ガス測定用採血キットの市場占有率は、原告が六三・二パーセント、被告が一一・六パーセント、その他の会社が二五・二パーセントであったことが認められ、右事実によると、被告の販売数量のうち、その二八・五パーセント(被告を除く全発売元の販売数に対する原告以外の発売元の市場占有率)に相当する数量については、被告の本件侵害行為がなくとも、
他の企業が販売し、原告が原告製品を販売することができないという事情があったものと認められる。
なお、被告は、「マイクロ・ライト」についても、被告製品に代替したと主張するが、「マイクロ・ライト」の販売額を認めるに足りる証拠はないから、
「マイクロ・ライト」が存したことを理由に、被告の本件侵害行為がなくとも原告が原告製品を販売することができなかった事情が存すると認めることはできない。
また、被告は、原告のように血液ガス測定用採血キットを単体で販売している製品と、被告のようにその分析装置をもセットで一括販売している製品は、
市場において完全な代替品として競合していないと主張するが、前記(四)のとおり、採血キットの単体の商品と、分析セットと一括で販売されている採血キットは、採血器としては違いがなく、代替性があるものと認められるから、市場で競合しないと認めることはできない。
さらに、弁論の全趣旨によると、被告製品のうちイ号製品は低濃度ヘパリン製品であるところ、原告は、平成五年には、低濃度ヘパリン製品を販売していなかったものと認められるが、低濃度ヘパリン製品とそうでない製品とは代替性がないとまで認めるに足りる証拠はない。
他に、被告の本件侵害行為がなくとも原告が原告製品を販売することができなかった事情を認めるに足りる証拠はない。
(六) 以上によると、原告は、特許法102条1項により、次の式による三億一二七六万九〇二一円を、原告が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。
(178.91-85.34-17.9)*5,780,880*0.715=312,769,021 (七) 右認定に係る原告が原告製品を販売することができないという事情があったものと認められる部分(二八・五パーセントの部分)については、実施料相当額の賠償が認められるところ、弁論の全趣旨によると、被告による被告製品の販売価格は、二〇七円ないし二一一円(平均二〇九円)であることが認められる。また、証拠(乙三五)と弁論の全趣旨によると、実施料率は七パーセントが相当であると認められる。
以上によると、原告は、特許法102条3項により、次の式による二四一〇万三六六八円を、原告が受けた損害の額として、その賠償を請求することができる。
209*5,780,880*0.285*0.07=24,103,668 (八) 右(六)と(七)の合計額は、三億三六八七万二六八九円となる。 二 以上の次第で、原告の本訴請求は、主文掲記の限度で理由がある。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 岡口基一
裁判官 榎戸道也