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関連審決 異議1997-73257
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11行ケ65特許取消決定取消請求事件 判例 特許
関連ワード 製造方法 /  29条1項3号 /  相違点の認定 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  択一的 /  優先権 /  参酌 /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 19号 特許取消決定取消請求事件
原告 三井化学株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 【B】
同 【C】
同 【D】
被告 特許庁長官【E】
指定代理人 【F】
同 【G】
同 【H】
同 【I】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2000/06/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が、平成9年異議第73257号事件について、平成10年12月4日にした決定のうち、「特許第2571280号の請求項1に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた判決
1 原告 主文と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成元年7月21日(優先権主張 同年1月24日・日本国)、名称を「エチレン系共重合体およびその製造方法」とする発明につき特許出願をし(特願平1-189044号)、平成8年10月24日に設定登録(特許第2571280号)を受けた。
出光石油化学株式会社、【J】、ダウ・ケミカル日本株式会社及び【K】は平成9年7月16日、ジェイエスアール株式会社は同月15日、それぞれ本件特許につき特許異議の申立てをし、平成9年異議第73257号事件として、特許庁に係属したところ、原告は、平成10年1月20日に、明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明を訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正請求」といい、本件訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。)をした。
特許庁は、同特許異議の申立てにつき審理したうえ、平成10年12月4日、「特許第2571280号の請求項1に係る特許を取り消す。同請求項2に係る特許を維持する。」との決定(以下「本件決定」といい、そのうち、請求項1に係る特許を取り消した部分を「本件決定部分」という。)をし、その謄本は、同月24日、原告に送達された。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載 (1) 本件明細書(設定登録時の明細書、以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載 エチレンから導かれる構成単位(a)を60〜96モル%の量で、かつ炭素数3〜20のα-オレフィンから導かれる構成単位(b)を4〜40モル%の量で、
含むエチレン系共重合体であって、(A)前記エチレン系共重合体の密度が0.85〜0.92g/p3であり、(B)135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]が0.1〜10dl/gの範囲にあり、(C)GPCにより測定した重量平均分子量と数平均分子量 との比 が1.2〜4の範囲にあり、(D)190℃における10s荷重でのMFR10 と、2.16s荷重でのMFR 2との比(MFR10 /MFR 2)が8〜50の範囲にある、ことを特徴とするエチレン系共重合体。
(2) 本件訂正請求に係る訂正明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載 エチレンから導かれる構成単位(a)を60〜96モル%の量で、かつ炭素数3〜20のα-オレフィンから導かれる構成単位(b)を4〜40モル%の量で、
含むエチレン系共重合体であって、(A)前記エチレン系共重合体の密度が0.85〜0.92g/p3であり、(B)135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]が0.1〜10dl/gの範囲にあり、(C)GPCにより測定した重量平均分子量と数平均分子量 との比 が1.2〜2.82の範囲にあり、(D)190℃における10s荷重でのMFR10 と、2.16s荷重でのMFR2との比(MFR 10 /MFR 2)が8〜50の範囲にある、ことを特徴とするエチレン系共重合体。
(以下、特許請求の範囲の請求項1記載の発明を「本件発明1」といい、本件訂正に係る本件発明1を、特に「訂正に係る本件発明1」という。) 3 本件決定の本件決定部分に係る理由の要点 本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、(イ)訂正に係る本件発明1が、
1988年発行の 【L】編「Transition Metals and Organometallics as Catalysts for Olefin Polymerization,Proc.Int.Symp.Humbrlng,1987」291〜301頁(以下「引用例」という。)のうちの、294頁第4表の6番目に記載された重合体の発明(以下「引用例発明」という。)であって、特許法29条1項3号の規定により、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正請求は認められないとし、(ロ)本件発明1の要旨を、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載のとおりと認定したうえ、本件発明1が引用例に記載された発明であって、特許法29条1項3号の規定に違反して特許されたものであるから、取消しは免れないとした。
原告主張の本件決定部分取消事由の要点
1 本件決定の本件決定部分に係る理由中、訂正請求の適否についての判断における、引用例の記載事項の認定(決定書4頁5行〜5頁8行)のうち、Mnが41000であること(同5頁7行)が示されているとの部分を除くその余の部分、異議申立人出光石油化学株式会社が異議甲第3号証として提出した平成9年7月10日付実験証明書(本訴甲第8号証、以下「出光実験証明書」という。)の記載自体についての認定(同5頁9行〜6頁13行)、訂正に係る本件発明1と引用例発明との一致点及び相違点の認定(同9頁6〜19行)は認める。
本件決定は、訂正請求の適否についての判断中の、訂正に係る本件発明1と引用例発明との相違点についての判断において、出光実験証明書記載の実験(以下「証明書実験」という。)が、引用例の294頁第4表の6番目に示された実験(以下「引用例実験」という。)の追試として不適切であることを看過し、証明書実験の結果に基づいて引用例発明を認定した誤りにより、該相違点についての判断を誤って(取消事由)、訂正に係る本件発明1が引用例発明と同一であり、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正請求が認められないとした結果、本件発明1の要旨の認定を誤ったものであるので、本件決定中、本件決定部分は違法として取り消されなければならない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り) (1) 本件決定は、訂正請求の適否についての判断において、訂正に係る本件発明1と引用例発明との一応の相違点として認定した「訂正後の特許請求の範囲、請求項1に係る発明(注、訂正に係る本件発明1)が(A)〜(D)の特徴を有することを規定しているのに対して、刊行物1の第294頁第4表第6番目に記載された重合体の発明(注、引用例発明)はそのような特徴を有することを具体的に明らかにしていない点」(決定書9頁13〜18行)につき、出光実験証明書に記載された証明書実験を、引用例実験の適切な追試実験として採用して差し支えないとし、証明書実験の結果、すなわち、「重合時間を60分としたときの結果:4-メチルペンテン-1含有量5.8モル%、樹脂密度0.8946g/p3、極限粘度[η]1.47dl/g、数平均分子量(Mn)40800、重量平均分子量(Mw)77500、分子量分布(Mw/Mn)1.90、メルトフローレートMFR20.67、MFR10 8.17、MFR 10 /MFR 212.2」(同5頁18行〜6頁5行)及び「重合時間を110分としたときの結果:4-メチルペンテン-1含有量5.3モル%、樹脂密度0.8981g/p3、極限粘度[η]1.48dl/g、数平均分子量(Mn)46600、重量平均分子量(Mw)87400、分子量分布(Mw/Mn)1.87、メルトフローレートMFR20.51、MFR 10 6.53、MFR 10 /MFR212.8」(同6頁6〜13行)を引用して、「刊行物1の第294頁第4表第6番目に記載の重合体は、具体的記載がないだけで、特許異議申立人提出の実験証明書(注、出光実験証明書)に記載された、樹脂密度0.8496g/p3 、135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]1.47、GCPにより測定した重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)1.90、190℃における10s荷重でのMFR10 と、2.16s荷重でのMFR 2との比(MFR10 /MFR 2)12.2の物性値あるいはそれに近い物性値を有しているというべきである」(決定書12頁1〜11行)とした。
しかしながら、このように、証明書実験の結果を引用して、訂正に係る本件発明1が引用例に記載された発明(引用例発明)と同一であるとするためには、
証明書実験が、引用例頒布当時の技術水準に基づく引用例実験そのものであることを要するところ、次のとおり、証明書実験は、引用例頒布当時の技術水準に基づくものではなく、引用例実験そのものでもなく、また、実験結果を見ても、証明書実験を引用例実験の適切な追試実験として採用することには合理性がないことが明白である。
したがって、相違点につき、証明書実験の結果を引用して、訂正に係る本件発明1が引用例に記載された発明と同一であるとした本件決定の判断は誤りである。
(2) 証明書実験が引用例頒布当時の技術水準に基づくものではないことについて 引用例が頒布された1988年当時、「Polymer Communications,1988,vol 29,June」(甲第20号証)180〜183頁に示されるように、かなりの高活性を有するメチルアルモキサン(メチルアルミノキサン、以下「MAO」という。)の調整方法が知られていたところ、この高活性のMAOを用いて引用例実験を正確に追試した結果は、原告従業員ら作成の「実験報告書(6)」(甲第19号証)記載のとおりであって、活性は12400gポリマー/mol Zr・s、MFR10 /MFR 2値は7.1、極限粘度[η]は0.94dl/gであった。
該追試実験は、引用例が頒布された当時の最高水準に近いMAOを用いて行った引用例実験の最も適切な追試実験であるということができるところ、その実験結果に係るMFR10 /MFR 2値及び極限粘度[η]は、証明書実験の結果(MFR10 /MFR 2値が12.2及び12.8、極限粘度[η]が1.47dl/g及び1.48dl/g)と大きく相違しており、このことは、証明書実験が引用例頒布当時の技術水準を考慮した引用例実験の追試であるとはいえないことを示すものである。
(3) 証明書実験が引用例実験そのものではないことについて (a) 本件決定は、引用例に、引用例実験の結果として、「Mnが41000であること」(決定書5頁7行)が示されていると認定するが、引用例(甲第5号証)294頁第4表に、実験結果として示されているデータ中には、Mn(数平均分子量)に係る数値はなく、該「41000」は、Mη(粘度平均分子量)の値であって、引用例には、引用例実験の結果として、引用例発明のMηが41000であることが示されているのである。Mηは、[η](極限粘度)に基いて算出される値であって、株式会社サン分析センター従業員作成の「見解書」(甲第13号証)4頁に記載されたとおり、「[η]=4.6×10-4(Mη)0.73」との関係がある。
他方、証明書実験における[η]は、1.47及び1.48であるから、この数値に基づき、上記関係式から求めたMηの値は、63000及び64000である。
したがって、引用例実験と証明書実験とでは、実験結果中のMη(粘度平均分子量)の値に、実験誤差とはいい得ない大きな相違があるから、証明書実験が引用例実験そのものであるといえないことは明らかである。
この点につき、被告は、[η]とMηとの関係式には多くものがあり、
上記特定の関係式に依存した原告の主張は客観性に乏しいと主張するが、原告従業員作成の「見解書」(甲第7号証)に参考資料2として添付されている「Makromol.Chem.,Rapid Commun.9,457-461(1988)」に、引用例の著者である【L】教授自身が引用例とほぼ同時期に発表した論文の記載(461頁)があり、
それからは、同教授が、関係式「[η]=4.6×10-4(Mη)0.73」を用いて、
[η]から[Mη]を算出していることが窺われる。
(b) 出光実験証明書には、証明書実験で使用したMAO(メチルアルミノキサン)につき、「アルベマール社から市販されているメチルアルミノキサンの濃度1.45モル/リットルのトルエン溶液を窒素雰囲気中で保存し、そのまま用いた。」(甲第8号証1頁25〜26行)との記載があり、この記載に照らして、証明書実験は、平成9年当時、アルベマール社から市販されていたMAOを用いてなされたことが明らかである。
しかるところ、原告従業員ら作成の「実験報告書(5)」(甲第18号証)記載のとおり、平成9年にアルベマール社から市販されていたMAOを用いた場合の触媒の重合活性は、15800gポリマー/mol Zr・s程度であるから、証明書実験における触媒の重合活性も、15800gポリマー/mol Zr・s前後であったものと推認される。
これに対し、引用例実験における触媒の重合活性は、3546gポリマー/mol Zr・sであるから、引用例実験と証明書実験とでは、実験結果中の触媒の重合活性の値に、実験誤差とはいい得ない大きな相違があり、証明書実験が引用例実験そのものであるといえないことは明らかである。
この点につき、被告は、MAOの重合活性の相違が、製造されるエチレン系共重合体の構造にまで影響を与えるものではないと主張する。
しかしながら、原告従業員作成の「見解書」(甲第7号証)に参考資料5として添付されている特開平3-74410号公報の実施例1〜3及び比較例1〜4に、エチレンとプロピレンの共重合において、触媒の重合活性が高くなれば、
得られた共重合体中のコモノマー(プロピレン)含量が高くなることが示されている(同公報では、重合活性がAl活性で示されているが、これを引用例実験と同じZr活性に換算しても、結果は変わらない。)のと同様、引用例実験においては、MAOの重合活性が高ければ、コモノマーである4-メチルペンテン-1含量が増加するのである。また、MAOの重合活性の相違によって、共重合体の[η](極限粘度)にも変化が生じる。
したがって、MAOの重合活性の相違が、製造されるエチレン系共重合体の構造にまで影響を与えるものではないとする被告の主張は誤りである。
(4) 証明書実験を引用例実験の適切な追試実験として採用することには合理性がないことについて (a) 証明書実験におけるMAOを用いた触媒は、引用例実験におけるものよりもはるかに高活性であると推認されること、そうであれば、証明書実験におけるコモノマー(4-メチルペンテン-1)含量が、引用例実験におけるそれよりも高くなるはずであることは、いずれも上記(3)の(b)のとおりであるが、両実験の結果による4-メチルペンテン-1含量(引用例実験:6.1mol%、証明書実験:5.8mol%及び5.3mol%)はそうなっていない。因みに、上記(2)の「Polymer Communications,1988,vol 29,June」(甲第20号証)に示されたMAOを用いて引用例実験を正確に追試した結果においては、原告従業員ら作成の「実験報告書(6)」(甲第19号証)記載のとおり、重合活性は12400gポリマー/mol Zr・s、4-メチルペンテン-1含量は11.6mol%であり、証明書実験の結果においては、上記(3)の(b)のとおり、重合活性はこれより高いと推認されるのに、4-メチルペンテン-1含量ははるかに低いものとなっている。
したがって、出光実験証明書に記載された4-メチルペンテン-1含量は不自然なものである。
(b) 上記(3)の(a)のとおり、引用例には、Mn(数平均分子量)に係る数値はなく、Mη(粘度平均分子量)が41000であることが示されているものであるところ、一般にMηとMnとでは、大きな相違があるはずであるのに、出光実験証明書に記載されたMn(数平均分子量)は40800及び46600であって、上記引用例記載のMη(粘度平均分子量)の値と近似しすぎており、このことは、出光実験証明書に記載されたMn(数平均分子量)の値が不自然であることを示すものである。
(c) このように、証明書実験の結果は不自然なものであり、これを引用例実験の追試実験として採用することには合理性がない。
被告の反論の要点
1 本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
2 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は、引用例に、引用例発明に係る引用例実験の結果として、「Mnが41000であること」が示されているとした本件決定の認定に対し、引用例に実験結果として示されているデータ中には、Mn(数平均分子量)に係る数値はなく、
Mη(粘度平均分子量)が41000であることが示されていると主張する。
しかしながら、引用例(甲第5号証)293頁9行目には、同294頁第4表の「Mη」とも見える「Mn」の表記を用いて「mean molecular weights(Mn)」と記載されており、これは、同表の下部の「mean molecular mass」と、語句が一致してはいないものの、いずれにせよ「平均分子量」を意味するものである。そして、仮に、原告主張のとおり、同表の平均分子量が粘度に関するものであるとすれば、その説明として粘度に関する語句(例えば「viscosity」)を用いるのが自然であるが、かかる表記はない。また、粘度平均分子量(viscosity average molecular weight)は、「Mv」と表記するのが普通であり、「Mη」と表記することはまれである。したがって、同表の「Mη」とも見える表記はMn(数平均分子量)と見るのが合理的である。
(2) また、原告は、証明書実験における[η]の値から、「[η]=4.6×10-4(Mη)0.73」との関係式に基づいて、Mηの値を算出し、それが63000及び64000であると主張するが、昭和45年6月30日発行の岡叡太郎外1名著「プラスチック材料講座(4) ポリエチレン樹脂」(乙第13号証)48頁の表3・4「ポリエチレン溶液粘度式のおもなもの」に示されているとおり、該関係式には多くものがあり、上記特定の関係式に依存した原告の主張は客観性に乏しいものである。
(3) さらに、原告は、平成9年にアルベマール社から市販されていたMAOを用いた証明書実験における触媒の重合活性が15800gポリマー/mol Zr・s前後であったものと推認され、引用例実験における触媒の重合活性3546gポリマー/mol Zr・sとの間に大きな相違があるから、証明書実験が引用例実験そのものであるといえないと主張する。
しかしながら、次のとおり、MAOの重合活性の相違が、製造されるエチレン系共重合体の構造にまで影響を与えるものではないから、原告の主張は失当である。
(a) MAOは、所詮触媒系の一成分であって、当業者が任意に調製して重合を行うような性格のものであり、MAOの重合活性がエチレン系共重合体の特性を変える特別な触媒系の成分として認識されているものではない。仮に、MAOの重合活性がエチレン系共重合体の構造を本質的に変え得るようなものなら、専らMAOの活性に依存したエチレン系共重合体の構造を変える技術開発の指向が当然にあるはずであるが、実際には、そのような開発指向は皆無に等しい。
また、平成7年6月15日発行の高分子学会編「新高分子実験学第2巻 高分子の合成・反応(1)」(乙第8号証)に、「Kaminskyらは,MAOを助触媒に用いると重合活性が飛躍的に向上することを見い出した。この新しい触媒系では,単に,ビスシクロペンタジエニル配位子の構造を変えるだけで,アタクチックから高アイソタクチックあるいは高シンジオタクチックにいたるまで,ポリオレフインの立体規則性を自由に制御することもできる。」(同号証281頁下から8〜4行)との記載があり、ポリオレフインの立体規則性を自由に制御するためには、
ビスシクロペンタジエニル配位子、すなわち、遷移金属系触媒成分であって、引用例実験の「Et(lnd)2ZrCl 2」に相当する触媒成分の選択が重要であることが示されており、助触媒であるMAOは、主に重合度や重合開始などに影響するようなものと見るべきである。
同文献には、さらに、「用いる触媒系により,その連鎖分布は異なり,また,分子量,分子量分布,位置反転の割合なども大きく異なる。その結果,類似の立体規則性やコモノマー組成のポリマーでも,物性に大きな差異を生じる場合が多い。したがって,ポリオレフィンの合成に際しては,目的に応じた触媒系を選択することが肝要である。」(同号証283頁下から2行〜286頁下から9行)との記載もあって、ポリマーの構造を変えるためには、「触媒系」、すなわち、触媒と助触媒の各触媒成分であって、引用例実験の「(Et(lnd)2ZrCl 2」と「MAO」の各成分に相当するものの選択が重要であることが示されており、助触媒であるMAOの活性が格別重視されているわけではない。
(b) いずれも原告自身の特許出願に係る特開平2-167303号公報(乙第9号証)、特開平2-167308号公報(乙第10号証)、特開平2-167309号公報(乙第11号証)及び特開平2-167311号公報(乙第12号証)には、引用例実験と同様、エチレンビスインデニルジルコニウムジクロリド(Et(Ind)2ZrCl 2)とメチルアルミノキサン(MAO)とを触媒として、エチレンと4-メチルペンテン-1との共重合体を製造した例が、合計16例記載されているところ、これらの各例を分析すれば、Et(Ind)2ZrCl 2とMAOとの触媒系において、重合体の構造を変える支配因子は、重合温度、重合圧力等の重合条件であって、MAOの種類が与える影響は殆ど認められないこと、また、該触媒の重合活性が上昇した場合、極限粘度[η]が上昇する傾向、すなわち、重合体の分子量が増加する傾向が認められるにすぎないことが理解される。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点についての判断の誤り)について (1) 引用例294頁の第4表に、2種の異なるジルコノセンとメチルアルモキサンによる、4-メチルペンテン-1(M)とエチレン(E)との共重合を、[Zr]:2×10-6モル/リットル、[Al]:2.1×10-2モル/リットル、エチレン圧:2バール、溶剤:トルエン、容量:250ミリリットル、温度:30℃の条件下で行ったデータが示され、同表の6番目には、遷移金属化合物としてEt(lnd)2ZrCl2を用い、重合溶液中のM/E比3.45で行った場合、
活性3546g重合体/モルZr・s、重合体中のMが6.1モル%である共重合体(引用例発明)が示されていること(決定書4頁7行〜5頁8行)は、当事者間に争いがない。
そして、この争いのない事実と、同表を含む引用例(甲第5号証)の記載及び弁論の全趣旨によれば、引用例発明は、触媒としてEt(Ind)2ZrCl 2(ジルコノセンの1種であるエチレンビスインデニルジルコニウムジクロリド)2×10-6mol/lと、メチルアルモキサン(MAO)2.1×10-2mol/lとを用い、前示エチレン圧、溶剤及びその容量、温度による重合条件下で、4-メチルペンテン-1とエチレンとを、重合溶液中の4-メチルペンテン-1:エチレンの比を3.45として重合反応させる実験(引用例実験)の結果、得られた共重合体であること、引用例発明中の4-メチルペンテン-1含量は6.1mol%であること、前示触媒の重合活性は3546gポリマー/mol Zr・s(前示触媒中のEt(Ind)2ZrCl 21モルに対し、1秒間に、3546gの共重合体が生成されることを意味する。)であることが認められる。
なお、同表には、生成された共重合体につき、「Mη」(粘度平均分子量)であるか、「Mn」(数平均分子量)であるかが必ずしも明瞭ではない符号と、それに対応する数値も掲載されており、引用例発明については、該数値は41000とされているところ、このデータにつき、原告は、引用例発明のMη(粘度平均分子量)が41000を示すものであると主張し、被告は、引用例発明のMn(数平均分子量)が41000を示すものであると主張するが、この点についての判断はしばらく措くこととする。
引用例(甲第5号証)には、以上のほか、引用例実験に係る詳細な重合条件又は実験結果を示す記載は見当たらない。
(2) 本件決定は、出光実験証明書、並びに原告が提出した「実験報告書(1)」(甲第9号証)及び「実験報告書(3)」(甲第10号証)のそれぞれにつき、「刊行物1(注、引用例)の第294頁第4表に示された実験(注、引用例実験)の追試実験の内容と・・・実験結果が示されている。」(決定書5頁15〜17行、6頁18〜20行、8頁1〜3行)と認定したうえ、訂正に係る本件発明1と引用例発明との相違点についての判断に当たって、「そこで、これらの実験(注、出光実験証明書記載の証明書実験と、原告提出に係る「実験報告書(1)」及び「実験報告書(3)」にそれぞれ記載された実験を指す。)のいずれが適切な追試実験として採用できるかについて検討する。・・・いずれの実験報告書を適切な追試実験として採用するかを決定する際に、それらに記載された4-メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値を参酌することに問題はない。そして、特許異議申立人提出の実験証明書(注、出光実験証明書)に示された4-メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値は、刊行物1に示された値に近いのに対し、特許権者提出の実験報告書(1)にはこれらの値が示されておらず、特許権者提出の実験報告書(3)に示された4-メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値は、刊行物1に示された値から大きくかけ離れている。してみれば、特許異議申立人提出の実験証明書を採用しても差し支えないことになる。」(同10頁10行〜11頁20行)として、出光実験証明書記載の証明書実験を、引用例実験の「適切な追試実験」として採用し、そこに記載された証明書実験の結果(決定書5頁18行〜6頁13行)に則って、「刊行物1の第294頁第4表第6番目に記載の重合体(注、引用例発明)は、具体的記載がないだけで、特許異議申立人提出の実験証明書に記載された、樹脂密度0.8496g/p3 、135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]1.47、GCPにより測定した重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)1.90、190℃における10s荷重でのMFR10 と、2.16s荷重でのMFR2との比(MFR 10 /MFR 2)12.2の物性値あるいはそれに近い物性値を有しているというべきである。・・・従って、訂正後の発明(注、訂正に係る本件発明1)は、刊行物1(注、引用例)に記載された発明であり」(同12頁1〜20行)としたものである。
(3) 本件決定は、このように、証明書実験が引用例実験の追試実験として適切であることを根拠として、引用例に全く記載のない実験結果である、引用例発明の樹脂密度、135℃のデカリン中で測定した極限粘度[η]、GCPにより測定した重量平均分子量(Mw)と数平均分子量(Mn)との比(Mw/Mn)及び190℃における10s荷重でのMFR10 と2.16s荷重でのMFR 2との比(MFR10 /MFR 2)が、それぞれ、証明書実験の実験結果として出光実験証明書に記載された各値と同一、又はそれに近い物性値であると認定したうえ、それを前提として、訂正に係る本件発明1が引用例発明と同一であると判断したものであるが、そのような認定判断が成り立ち得るためには、その前提として、少なくとも、証明書実験において採用された実験の諸条件や実験の方法等が、引用例に記載があるものであれば、その記載に従っていなければならないことはもとより、引用例に明示の記載がないものであっても、それが引用例実験において当然採用されたものであろうとの蓋然性が存在すること、すなわち、当該条件や方法等が、引用例実験の施行当時(具体的には、引用例の頒布時期である1988年当時)の技術水準の範囲内におけるものであって、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時の技術常識に沿うものであることが必要であり、特許異議申立てに対する決定等において、前示のような認定判断をする場合には、
かかる点の認定を経たうえで、これをなすべきものといわなければならない。
しかして、出光実験証明書(甲第8号証)には、前示引用例実験の諸条件に係るものとして、使用試薬に関する記載(同号証1頁14行〜2頁2行)があり、また、実験方法に係るものとして、使用装置及び重合方法に関する記載(同2頁3〜22行)があるところ、該使用試薬、使用装置及び重合方法についての記載に係る具体的な事項は、いずれも引用例に明示の記載がないものであるから、前示のように、それらが、引用例実験の施行当時の技術水準の範囲内であり、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時の技術常識に沿うものであることの認定を要するものというべきである。
(4) この点に関連して、原告は、出光実験証明書の、証明書実験で使用したMAO(メチルアルミノキサン)に関する、「アルベマール社から市販されているメチルアルミノキサンの濃度1.45モル/リットルのトルエン溶液を窒素雰囲気中で保存し、そのまま用いた。」(甲第8号証1頁25〜26号証)との記載に照らして、証明書実験は、平成9年当時にアルベマール社から市販されていたMAOを用いてなされたものであり、当該MAOを用いた証明書実験の触媒の重合活性は15800gポリマー/mol Zr・s前後であったものと推認されるから、証明書実験は、触媒の重合活性が3546gポリマー/mol Zr・sである引用例実験そのものとはいえないと主張する。
そして、出光実験証明書の当該記載文言に照らせば、証明書実験は、触媒であるMAOについて、証明書実験の施行日当時(出光実験証明書(甲第8号証)には、証明書実験の施行日の記載がないが、その作成日付が平成9年7月10日であることに鑑みて、その頃に行われたものと推認される。)、アルベマール社から市販されていたものを用いてなされたものであることが認められるところ、当該使用に供されたMAOと同一のものが、引用例の頒布時期である1988年当時も市販されていたこと、その他、当該MAOが引用例実験施行当時の技術水準の範囲内であることについては、出光実験証明書(甲第8号証)に記載がなく、また、その点を認めるに足りる証拠もなく、本件決定においても何ら言及されていない。
そうすると、原告の該主張は、要するに、証明書実験で使用されたMAOが、引用例実験施行当時の技術水準の範囲内のものではないことをいうものであるから、少なくとも、当該技術水準の範囲内であることの認定を本件決定が経ていないことを指摘するものとして、その余の点の当否にかかわらず、その限度で理由がある。
(5) それのみならず、前示(2)のとおり、本件決定においては、少なくともその説示に見る限り、出光実験証明書記載の証明書実験と、原告の「実験報告書(1)」及び「実験報告書(3)」記載の実験とのいずれかが、二者択一的に、引用例実験の追試実験として適切であるかのような前提に立ったうえで、専ら、共重合体の4-メチルペンテン-1含有量および数平均分子量Mnの値、すなわち実験結果において、証明書実験の方が、原告の「実験報告書(1)」及び「実験報告書(3)」記載の実験よりも、引用例実験の実験結果に近いことを理由として、証明書実験を引用例実験の追試実験として適切であると判断したものであり(なお、この判断は、引用例に、共重合体の数平均分子量Mnの値が記載されていること、すなわち、前示の「Mη」(粘度平均分子量)であるか、「Mn」(数平均分子量)であるかが必ずしも明瞭ではない符号が、「Mn」であることを前提とするものであるが、
その点の当否は措くこととする。)、前示原告主張の実験に使用したMAOの点だけでなく、それ以外の点も含め、出光実験証明書の使用試薬、使用装置及び重合方法についての記載に係る具体的な事項が、引用例実験の施行当時の技術水準の範囲内であり、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時の技術常識に沿うものであることを認定したうえで、証明書実験を、引用例実験の追試実験として適切であると判断した形跡は窺われない。
また、出光実験証明書(甲第8号証)にも、前示使用試薬、使用装置及び重合方法についての記載に係る具体的な事項が、いずれも引用例実験の施行当時の技術水準の範囲内であり、かつ、引用例の記載の趣旨に反しない限度で、その当時の技術常識に沿うものであることを窺わせる記載は存在せず、他に、この点を認めるに足りる証拠も存在しない。
(6) そうすると、証明書実験が引用例実験の追試実験として適切であることを根拠として、引用例に記載のない引用例発明の樹脂密度等が、証明書実験の実験結果として出光実験証明書に記載された値と同一、又はそれに近い物性値であるとしたうえ、それを前提として、訂正に係る本件発明1が引用例発明と同一であるとした本件決定の認定判断には、誤りがあるといわざるを得ない。そして、この誤りは、訂正に係る本件発明1が、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、本件訂正請求が認められないとし、本件発明1の要旨を、本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載のとおりと認定したうえ、本件発明1が引用例に記載された発明であって、取消しは免れないとした本件決定部分の結論に影響するものであることは明らかである。
2 以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条
民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 田中康久
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利