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関連審決 審判1997-5227
関連ワード 技術的思想 /  頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  発明の詳細な説明 /  着想 /  技術的意義 /  加工 /  構成要件 /  拒絶査定 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 191号 審決取消請求事件
原告 三菱マテリアル株式会社代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁理士 【B】、【C】、【D】、【E】、【F】
被告 特許庁長官【G】
指定代理人 【H】、【I】、【J】
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2000/06/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が平成9年審判第5227号事件について平成11年4月16日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文第1項同旨の判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告は、平成4年3月31日「切屑吸引式転削工具」なる発明(後に「切り屑排出装置を備えた正面フライス」と補正)について特許出願(平成4年特許願第77681号)をしたが、平成9年3月4日拒絶査定があったので、同年4月9日審判を請求し、平成9年審判第5227号事件として審理されたが、平成11年4月16日「本件審判請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年6月2日原告に送達された。
2 本願発明の要旨(請求項1に記載された発明(本願発明1)の要旨) 軸線を中心として回転する工具本体の先端外周側に切刃が所定間隔で配設され、
該切刃のすくい面に隙間を開けて切り屑案内部材が設けられ、前記工具本体の外周に略筒状の切り屑収納体が配設されて、この切り屑収納体の内周面と前記工具本体との間に切り屑排出空間を形成するとともに、前記切り屑収納体には第一貫通孔が形成され、前記切刃で生成された切り屑を前記隙間を通して切り屑排出空間内に誘導して前記第一貫通孔から排出するようにした切り屑排出装置を備えた正面フライスにおいて、
前記切り屑収納体には、前記切り屑排出空間内の切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に第二貫通孔が形成され、該第二貫通孔には該第二貫通孔から前記切り屑排出空間内に空気を噴出するエアージェットポンプが連結されていることを特徴とする正面フライス。
3 審決の理由の要点 (1) 本願発明の認定 本願発明の要旨は、前項のとおりと認める。
(2) 引用例 これに対し、原査定の拒絶理由において引用された、本件出願前日本国内において頒布された下記の刊行物にはそれぞれ次のことが記載されている。
◇ 実願昭60-200673号のマイクロフィルム(実開昭62-106708号公報参照、引用例1): ドリルの外周に配設されたダクト(3)には、ダクト空間内の端部(3B)に貫通孔を設け、該孔にノズルが取り付けられ、ダクト空間内に空気を噴出するようになした、ドリル(1)による穴あけ加工機の切り屑除去機構。
◇ 実公昭53-25274号公報(引用例2): 回転刃物体(8)の周囲に配設されたホッパー(A)には、ホッパーを貫通してエアノズル用の孔が形成され、該孔には、ホッパー内の切り屑排出空間内に空気を噴出するエアーノズルが連結されているようなされた、回転刃物体(8)を用いたルーターマシン等の加工機の集塵ホッパー装置。
◇ 特開平3-79214号公報(引用例3): 軸線を中心として回転する工具本体(1)の先端外周側に切刃(3)が所定間隔で配設され、該切刃のすくい面に隙間を開けて切り屑案内部材(14)が設けられ、前記工具本体の外周に略筒状の切り屑収納体(18)が配設されて、この切り屑収納体の内周面と前記工具本体との間に切り屑排出空間(21)を形成するとともに、前記切り屑収納体には第一貫通孔(18a)が形成され、前記切刃で生成された切り屑を前記隙間を通して切り屑排出空間内に誘導して前記第一貫通孔から排出するようにした切り屑排出装置を備えた正面フライス。
(3) 審決のした対比 そこで、本願発明1と引用例3に記載のものとを対比すると、両者には次の一致点及び相違点があるといえる。
一致点: 軸線を中心として回転する工具本体の先端外周側に切刃が所定間隔で配設され、
該切刃のすくい面に隙間を開けて切り屑案内部材が設けられ、前記工具本体の外周に略筒状の切り屑収納体が配設されて、この切り屑収納体の内周面と前記工具本体との間に切り屑排出空間を形成するとともに、前記切り屑収納体には第一貫通孔が形成され、前記切刃で生成された切り屑を前記隙間を通して切り屑排出空間内に誘導して前記第一貫通孔から排出するようにした切り屑排出装置を備えた正面フライス。
相違点: 本願発明1においては、切り屑収納体には、切り屑排出空間内の切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に第二貫通孔が形成され、該第二貫通孔には該第二貫通孔から前記切り屑排出空間内に空気を噴出するエアージェットポンプが連結されているのに対して、引用例3に記載のものにおける切り屑収納体においては、
それに対応する構成を欠いている点。
(4) 審決の判断 そこで、この相違点について検討する。
引用例1における「ダクト」及び引用例2における「ホッパー」は、工具本体の外周に配設され、切り屑の飛散を防止するとともに切り屑を収納する機能を有するものであるから、切り屑収納体と呼べるものであり、引用例1における「ノズル」も引用例2における「エアーノズル」も切り屑排出空間内にジェット状の空気を噴出するものであるからエアージェットポンプといえる。そして、切り屑が回転工具により遠心力を受ける工具周囲は切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置といえるから、引用例1におけるノズルを設けるため工具周囲に配設されたダクトに設けた貫通孔も引用例2におけるエアーノズルを設けるために工具周囲に配設されたホッパーに設けた孔も切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に形成された第二の貫通孔といえる。 してみれば、引用例1及び引用例2には、切り屑収納体には、前記切り屑排出空間内の切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に第二貫通孔が形成され、
該第二貫通孔には該第二貫通孔から前記切り屑排出空間内に空気を噴出するエアージェットポンプが連結されている切り屑収納体が記載されているといえる。
そして、引用例1及び引用例2における切り屑収納体も、回転工具により遠心力を受けて飛散する切り屑を収集するための切り屑収納体という点において、引用例3に記載の正面フライスに装着された切り屑収納体と同じ機能を有するものであるから、引用例3における切り屑収納体に代えて、引用例1及び引用例2の切り屑収納体を適用して上記相違点における本願発明1のように構成することは当業者ならば容易にできたものといわざるを得ない。
(5) 審決のむすび 以上のとおりであるから、本願発明1は、本件出願前日本国内において頒布された刊行物に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、本願発明1は特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
したがって、他の請求項の発明につき検討するまでもなく本件出願は拒絶すべきものである。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用例1及び引用例2の技術認定の誤り) 審決は、引用例1及び引用例2の技術内容を誤認しており、これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
(1) 「工具本体」についての認定の誤り 引用例1には、「プリント板の穴あけ加工などに使用する穴あけ加工機において、加工にともなって出てくる切り屑の中でドリルに巻き付いた切り屑を強制的に取り除くようにした切り屑除去機構に関するものである。」(明細書1頁17行〜2頁1行)、及び「ノズルから圧縮空気をドリル1に向けて噴出させ、ドリル1に巻き付いて取れなくなっている切り屑5を強制的に取り除く」(明細書3頁13行〜15行)との記載があり、第1図にも長尺な切り屑5が図示されており(本判決別紙引用例1図面)、切刃に巻き付くようにして切り屑が排出される。引用例2には、「木工用ルーターマシン等における集塵ホッパー装置に関する」(1欄25行〜26行)との記載があり、その切り屑は、被削材が木材であるから、いわゆる「おがくず」として粉状に発生する。
これに対して、本願発明1の正面フライスでは、切刃によってすくい上げられた切り屑が切刃と切り屑案内部材との隙間を経由して切り屑排出空間内に導かれる。
この切り屑排出空間は、工具本体と切り屑収納体の内周面との間に形成された空間であるが、切刃のすくい面が切り屑案内部材によって覆われた状態となっているため、切刃が直接的に切り屑収納体内の切り屑排出空間に露出するものではない。したがって、切り屑排出空間内に導き出された切り屑は、引用例1のようにもはや切刃に巻き付くことはない。また、引用例2に記載のものでは、本願発明1の切り屑案内部材のように切り屑をすくい上げようがない。
いずれの引用例のものにおいても、被削材の端縁付近を切削する場合には、カバーである「ダクト」や「ホッパー」は一部が被削材表面から飛び出してしまい、その隙間から切り屑が外に漏れることになるが、本願発明1においては、被削材の端縁付近において一部の切刃が被削材表面から飛び出した状態となったとしても、切り屑は切り屑案内部材との隙間を経由して確実に切り屑排出空間内に誘導され、切刃の付近から外に漏れるようなことはない。
(2) 「切り屑収納体」についての認定の誤り 審決は、「引用例1における『ダクト』及び引用例2における『ホッパー』は、
工具本体の外周に配設され、切り屑の飛散を防止するとともに切り屑を収納する機能を有するものであるから、切り屑収納体と呼べる」と認定している。
しかしながら、引用例1及び引用例2の「ダクト」や「ホッパー」は、単に工具本体を囲っているだけであり、該工具本体の切刃の付近は開放状態としている。したがって、引用例1のダクトや引用例2のホッパーは、切刃から直接遠心力によって飛散した切り屑をそれ以上外方に飛ばないようにする機能は有するものの、切り屑を収納する機能を有するものではない。
これに対して、本願発明1における「切り屑収納体」は、引用例1、2の「ダクト」や「ホッパー」のように工具本体の切刃からの遠心力による切り屑飛散を防止しているのではなく、切刃のすくい面を覆うように設けられた切り屑案内部材と一体的に機能し、該切り屑案内部材とすくい面との間を経由してこれらの上方にすくい上げられた切り屑を切り屑収納体内にまさに「収納」させるべく機能するものである。
(3) 「第二貫通孔」についての認定の誤り 審決は、「切り屑が回転工具により遠心力を受ける工具周囲は切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置といえるから、引用例1におけるノズルを設けるため工具周囲に配設されたダクトに設けた貫通孔も引用例2におけるエアーノズルを設けるために工具周囲に配設されたホッパーに設けた孔も切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に形成された第二の貫通孔といえる。」と認定している。
しかしながら、引用例1における「ダクト」も引用例2における「ホッパー」も、前述したように本願発明1における切り屑収納体としての機能を有するものではなく、工具本体の切刃の周囲を開放状態としてその外側を単に囲っているにすぎないから、該切刃から遠心力で直接飛散する切り屑をそれ以上外方に飛ばないようにしているだけの構成のものである。したがって、そのような「ダクト」や「ホッパー」に貫通孔を設けたとしても、本願発明1における「切り屑収納体」に形成した「第二貫通孔」としての機能を発揮するものではない。
(4) 「エアージェットポンプ」についての認定の誤り 審決は、「引用例1及び引用例2には、・・・第二貫通孔には該第二貫通孔から前記切り屑排出空間内に空気を噴出するエアージェットポンプが連結されている切り屑収納体が記載されているといえる。」と認定している。
しかしながら、引用例1のダクト及び引用例2のホッパーに設けられているのはいずれも「ノズル」であり、「エアージェットポンプ」ではない。この「エアージェットポンプ」に関して、機械工学便覧(参考資料1)B5-97頁右欄「4・2・2 噴流ポンプ」の項によれば、「噴流ポンプ」又は「ジェットポンプ」として、「噴出する流体によって他の流体を連れ出すポンプ」と定義され、B5-98頁の図222に、本件願書添付の図1(本判決別紙本願発明図面)に示すエアージェットポンプ22と同形の外周ノズル形噴流ポンプが図示されている。本願発明1では、エアーの噴出力によって他の流体(空気)を連れ出しているため、エアージェットポンプと称しているが、引用例1、2の「ノズル」はエアーを直接噴出させるものであり、「エアージェットポンプ」ではない。
この「ノズル」の適用形態に関しても、引用例1では、「ノズルから圧縮空気をドリル1に向けて噴出させ、ドリル1に巻き付いて取れなくなっている切り屑5を強制的に取り除く」(明細書3頁13行〜15行)と記載され、引用例2では、
「エヤーノズル5を、その先端が刃物体8へ向くように設ける。」(2欄22行〜24行)と記載され、その第1図にはノズル5がホッパーAの内壁面から内方に突出して刃物体8に向けられた状態のものが明確に図示されている(本判決別紙引用例2図面)。すなわち、引用例1,2の「ノズル」は、いずれも工具本体の切刃の部分に直接圧縮空気を吹き付けて、切り屑を吹き飛ばすものであり、本願発明1における「エアージェットポンプ」のように、切刃から切り屑案内部材との隙間を経由して導き出されてきた切り屑を収納する「切り屑収納体」の「切り屑排出空間内に空気を噴出する」ものではない。
2 取消事由2(進歩性の判断の誤り) 審決は、「引用例3における切り屑収納体に代えて、引用例1及び引用例2の切り屑収納体を適用して上記相違点における本願発明1のように構成することは当業者ならば容易にできたものといわざるを得ない。」と判断し、その理由として、
「引用例1及び引用例2における切り屑収納体も、回転工具により遠心力を受けて飛散する切り屑を収集するための切り屑収納体という点において、引用例3に記載の正面フライスに装着された切り屑収納体と同じ機能を有する」との点を挙げている。
しかしながら、前項の(2)で述べたように、引用例1のダクトも引用例2のホッパーも、本願発明1における「切り屑収納体」としての機能を有するものでなく、その機能の相違に基づき前述のような点で相違するので、引用例1のダクトや引用例2のホッパーを引用例3における切り屑収納体に代えるという着想自体が生じない。
すなわち、前項の(4)のとおり、引用例1や引用例2に記載の技術は、切刃に直接空気を吹き付けて、切刃に巻き付くようにして排出される切り屑を吹き飛ばすことを目的とし、そのために、切刃の付近を開放状態としてダクトやホッパーで切刃を囲っているのであり、本願発明1における「切り屑収納体」内の切り屑排出空間における切り屑の排除性を高めるという課題は見いだし得ない。
さらに、本願発明1においては、「切り屑排出空間内の切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に第二貫通孔が形成され、該第二貫通孔に該第二貫通孔から前記切り屑排出空間内に空気を噴出するエアージェットポンプが連結されている」のであって、そのエアージェットポンプからの噴出空気は工具切刃には向いていない。つまり、切り屑排出空間内で飛散する切り屑に向かって切り屑収納体の内周面から空気を噴出させるのであり、工具の刃先は、「工具本体の先端外周側に切刃が所定間隔で配設され」ている。この点、本願発明の図1(本判決別紙本願発明図面)からも明らかなように、切刃3a、3bに噴出空気は向けられていない。これに対して、引用例1及び引用例2のものは、前述したように工具刃先に向けて空気を噴射しており、本願発明1との構成上の相違は明白である。
したがって、引用例3記載の正面フライスにおいて引用例1、2記載のノズルを適用するとしても、切刃のすくい面を覆うように切り屑案内部材が設けられているのであるから、切り屑案内部材を撤去しない限り不可能であり、そのような構成とすることは、切刃からすくい上げられる切り屑を切り屑案内部材によって切り屑排出空間に誘導した後に空気によって排出するという技術的思想を無に帰するに等しい。
審決取消事由に対する被告の反論
1 取消事由1に対して (1) 「工具本体」について 引用例1に記載のものにおいても、切り屑は、適宜の長さになると折れたり破断して分離し、空気の流れに乗って集塵用ダクトに吸い込まれるものであり、引用例2の木工用ルータマシン等は、本願発明1の工具本体と同様に、短い切り屑を飛散させるものである。
したがって、引用例1及び2に記載のものも、引用例3に記載のものと同様に、
切り屑を空気流によって排出するものであるから、正面フライス工具との間に、原告が指摘するような構成上の相違、及び対象とする切り屑の態様における相違があるとしても、このような相違は、審決の結論に影響を及ぼさない。
原告は、いずれの引用例のものにおいても、被削材の端縁付近を切削する場合には、切り屑が外に漏れることになるが、本願発明1では、切り屑は切り屑案内部材との隙間を経由して確実に切り屑排出空間内に誘導され、切刃の付近から外に漏れるようなことはない、旨主張する。しかしながら、本願発明1においては、単に「工具本体の外周に略筒状の切り屑収納体が配設されて」とされているのみであって、工具本体の外周と切り屑収納体との間隔が特定されているものではない。引用例2に記載のものにおいて、ホッパーの開口部は、上下からの空気の漏れがない程度に設計されるものであり、引用例1に記載のものも、その目的からして、ダクトの開口部とドリルとの間隔は、切り屑の落下が防止できる程度に設計されるものである。そうすると、引用例1及び引用例2に記載のものは、いずれも、ダクト又はホッパーの開口部と工具との間隔が切り屑の落下を防止する程度に設計されるものであって、この点において、本願発明1の構成と異ならない。
(2) 「切り屑収納体」について 本願発明1の必須の構成要件としての「切り屑収納体」は、その請求項1に記載されたとおりの「工具本体の外周に略筒状の切り屑収納体」であって「その内周面と工具本体との間に切り屑排出空間を形成する」機能を有するものを切り屑収納体と称している。
引用例1のダクト及び引用例2のホッパーはいずれもそれと同様の構成及び機能を有するものであるから、本願発明1の切り屑収納体に相当するものであるから、
審決の認定に誤りはない。
(3) 「第二貫通孔」について (2)で述べたように、引用例1のダクトも引用例2のホッパーも「切り屑収納体」である。引用例1におけるノズルを設けるためダクトに設けた貫通孔、及び引用例2におけるエアーノズルを設けるためにホッパーに設けた穴は、いずれも、切り屑排出空間内に空気を噴出する装置を連結するものである以上、「第二貫通孔」と称し得ない理由はなく、ノズル連結孔が本願発明1の第二貫通孔に相当するとした審決の認定に誤りはない。
(4) 「エアージェットポンプ」について 本願発明1における「エアージェットポンプ」は、その機械工学上の定義はともかく、本願発明1において利用されている機能は、第二貫通孔から切り屑を排出するため空気を噴出するという機能に尽きる(本願明細書の発明の詳細な説明中の【0025】1〜2行及び【0041】2〜3行参照)。
一方、引用例1及び引用例2におけるノズル7あるいはエアーノズル5も、切り屑を排出するために空気を噴出するという機能を有する。エアーの噴出方向は、引用例1に記載のものにおいては、工具回転軸と直角方向に向けられ(本願発明1と同じ)、引用例2に記載のものにおいては、工具の切削刃方向に向けられているが、ノズルから噴出される空気は、切り屑排出空間すなわち切り屑収納体の内周面と工具本体の間に形成される空間に噴出される。
してみれば、引用例1及び引用例2におけるノズル(エアーノズル)を「切り屑排出空間内にジェット状の空気を噴出するエアージェットポンプ」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
原告は、引用例1及び2に記載の技術は、ノズルによって工具刃先に直接エアーを吹き付けているのであって、本願発明1のエアジェットポンプのように切り屑排出空間内にエアーを供給するものではない、旨主張するが、引用例1に記載されたノズルは、第1図からも明らかにダクト3で形成された切り屑排出空間内に空気を噴出しており、引用例2に記載のものは、「ホッパー内へ圧縮空気を噴射する」(2頁3欄17〜18行)ものである。
2 取消事由2に対して 上記のとおり、引用例1及び引用例2の認定に誤りはないから、相違点に関する審決の判断に誤りはない。
具体的には、引用例1には、従来技術として「ダクト3は、加工のためにスピンドル2が下降してくると、スピンドル2の端部2Aを覆うように構成されており、
ダクト3の端部3Aには集塵ダクト4が接続されている。集塵ダクト4は図示を省略した真空集塵機に接続されており、切り屑5を強制的に吸い出していく。」(明細書2頁15〜20行)と記載されていることから、切り屑は空気の流れに乗って集塵用ダクトに吸い込まれるものであり、引用例1に記載のものも、本願発明1と同様、切り屑を強制的に吸い出すものを従来技術として、これを改良したものである。引用例2の木工用ルータマシン等は、「前記のように構成したホッパー内へ圧縮空気を噴射するので、ホッパーの上下から空気が漏れるおそれはなく、集塵機への吸引が効果的に行われて集塵効果が著しく向上される」(2頁3欄17行〜4欄1行)と記載されているように、本願発明1と同様、切り屑の吸引による集塵を前提とし、この効果を高めるものである。
本願発明1と引用例3に記載された発明との相違は、工具本体の外周に配設された切り屑収納体に第二貫通孔が形成されているか否か、及びこの第二貫通孔に連結するエアージェットポンプが有るか否かにすぎず、引用例1の「ダクト」又は引用例2の「ホッパー」が、引用例3に記載の「切り屑収納体」と同様の機能を有するものである以上、引用例3に記載された発明の切り屑収納体に、引用例1又は引用例2記載のダクト又はホッパー内に空気を噴出する技術を適用するのには何らの困難性もない。
当裁判所の判断
1 本願発明1について 甲第2号証の1ないし4(本件願書に添付された明細書(当初明細書)及び図面並びに平成7年3月20日付け、平成8年9月30日付け及び平成9年5月8日付け各手続補正書)によれば、従来の切り屑排出装置を備えた正面フライスでは、切り屑収納体には1つの貫通孔だけが設けられており、そこに吸引機が接続されている構成であるため、排除されない切り屑が、被削材の表面や前記工作機械上、あるいはそれらの周辺に飛散又は滞留する傾向があったこと、本願発明1は、この問題点を解決するため、その要旨に記載の構成を採用し、具体的には切り屑収納体に第二貫通孔を設け、そこにエアージェットポンプを連結して切り屑排出空間に大量の空気を噴出させることにより、切り屑の排除性を高めた正面フライスであることが認められる。
2 取消事由1について (1) 「工具本体」に関する主張について 本願発明1の「切り屑収納体」は、その要旨によれば「工具本体の外周に略筒状の切り屑収納体が配設されて、この切り屑収納体の内周面と前記工具本体との間に切り屑排出空間を形成する」というものであるところ、甲第3号証及び甲第4号証によれば、引用例1には、「ダクト3は、・・・スピンドル2の端部2Aを覆うように構成されており、ダクト3の端部3Aには集塵ダクト4が接続されている。集塵ダクト4は図示を省略した真空集塵機に接続されており、切り屑5を強制的に吸い出していく。」(明細書2頁15〜20行)との記載があり(本判決別紙引用例1図面参照)、引用例2には「前記のように構成したホッパー内へ圧縮空気を噴射するので、ホッパーの上下から空気が漏れるおそれはなく、集塵機への吸引が効果的に行われて集塵効果が著しく向上される」(2頁3欄17行〜同頁4欄1行)との記載があることが認められる(本判決別紙引用例2図面参照)。
これらの記載からすると、引用例1のダクト及び引用例2のホッパーは、工具本体の外周に配設されており、ダクト及びホッパーの内周面と工具本体の間の空間内の切り屑を吸引、排出するものと認められるから、同空間を切り屑排出空間に対比し得ないものではないし、ダクト及びホッパーが切り屑収納体に相当するものとし得ない合理的理由もない。前記記載からすると、引用例1、2に記載のものは、工具本体との間に切り屑排出空間を形成する切り屑収納体を有するものであって、切り屑を収納し、排出する点で本願発明1及び引用例3に記載の発明と相違するものではないというべきである。工具本体の構造が異なり、これに伴い切り屑の態様が本願発明1と異なるとしても、上記判断は左右されない。
取消事由1(1)の主張は理由がない。
(2) 「切り屑収納体」に関する主張について 引用例1のダクト及び引用例2のホッパーが本願発明1の切り屑収納体に相当するものであることは前項に説示のとおりであり、取消事由(2)の主張も理由がない。
原告は、「引用例1のダクトや引用例2のホッパーは、切刃から直接遠心力によって飛散した切り屑をそれ以上外方に飛ばないようにする機能は有するものの、切り屑を収納する機能を有するものではない。」と主張するが、原告主張の「切り屑をそれ以上外方に飛ばないようにする機能」とは切り屑を収納する機能にほかならず、原告のこの主張も理由がない。
(3) 「第二貫通孔」に関する主張について 本願発明1においては、「切り屑収納体には、前記切り屑排出空間内の切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に第二貫通孔が形成され」たものである。
引用例1のダクト及び引用例2のホッパーが切り屑収納体に相当すること、並びにこれらと工具本体の間に形成される空間が切り屑排出空間に相当することは、前記(1)に説示のとおりである。したがって、「引用例1におけるノズルを設けるため工具周囲に配設されたダクトに設けた貫通孔も引用例2におけるエアーノズルを設けるために工具周囲に配設されたホッパーに設けた孔も切り屑が工具本体の遠心力によって飛散する位置に形成された第二の貫通孔といえる。」とした審決の認定を誤りとすることはできない。
(4) 「エアージェットポンプ」に関する主張について (4)-1 甲第2号証の1ないし4によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、「連結パイプ21のフランジ部21aには切り屑排出空間15内に空気を供給する第一のエアージェットポンプ(空気供給機構)22の排気口22bが接続されている(【0025】)、「エアージェットポンプ22,23は、円筒状をなす本体24に、その側壁部を周方向に一周する環状の空気室24aを設け、この空気室24aから本体24の内周面先端側に向けてテーパー状をなす空気噴出路24bを形成するとともに、前記内周面を空気噴出路24bの開口部近傍にて最も縮径し、この開口部から基端側および先端側に向けて徐々に拡径したもので、本体24の基端部および先端部が、それぞれ前記吸気口22a,23aおよび排気口22b,23bとされている。」(平成7年3月20日付け手続補正書によって補正された【0026】)及び「エアージェットポンプ22,23においては、エアーホース27から供給された圧搾空気が空気室24aから空気噴出路24bを介して本体24の先端側に高速で噴出し、かつこの空気の噴出部が縮径されているので、該噴出部の圧力が低下する。しかも、噴出する空気の慣性力により本体24基端側の空気が引っ張られるため、吸気口22a,23a側の空気が大量に吸引され、排気口22b,23b側へと排出される。」(【0032】)との記載があり、本件願書には図1(本判決別紙本願発明図面参照)が添付されていることが認められる。
これらの記載及び図面からすると、本願発明1の要旨にあるエアージェットポンプにおいては、圧搾空気が空気噴出路24bを介して先端側に高速で噴出され、それによって生じる吸引力によって大量の空気を吸気口22aから吸引し、排気口22aから切り屑排出空間15内へ広範囲に噴出するものであるものと認められる。
そして、このエアージェットポンプは、原告主張のとおり、「噴出する流体によって他の流体を連れ出すポンプを噴流ポンプ又はジェットポンプという」との機械工学上の定義とも一致するジェットポンプであると認められる(「機械工学便覧」(日本機械学会編1987。参考資料1)B5-97頁右欄「4・2・2 噴流ポンプ」の項及びB5-98頁の図222参照)。
(4)-2 一方、甲第3号証及び甲第4号証によれば、引用例1には「ノズルから圧縮空気をドリル1に向けて噴出させ、ドリル1に巻き付いて取れなくなっている切り屑を強制的に取り除く」(明細書3頁13〜15行)、「ノズル7の先端はドリル1に向けられる。」(4頁2行)との記載があること、引用例2には圧縮空気を噴射させる「エヤーノズル5を、その先端が刃物体8に向くように設ける。」(1頁2欄22〜24行)との記載があることが認められる。そうすると、引用例1のノズル及び引用例2のエアーノズルはともに、ダクト内のドリル又はホッパー内の刃物体(いずれも切刃に相当)に向けて圧縮空気を噴出するものであって、
「噴出する流体によって他の流体を連れ出すポンプ」(ジェットポンプ)とはいえないものと認めることができ、これら引用例におけるノズルからの圧縮空気の噴出は、本願発明1におけるエアージェットポンプからの大量の空気の噴出とはその向けられる場所及び量において異なるものというべきである。
(4)-3 したがって、本願発明1のエアージェットポンプは引用例1のノズルや引用例2のエアーノズルと同視し得ないものであって、引用例1における「ノズル」も引用例2における「エアーノズル」も切り屑排出空間内にジェット状の空気を噴出するものであるからエアージェットポンプといえる。」とした審決の認定部分は誤りである。
3 取消事由2について 引用例1のノズル及び引用例2のエアーノズルがエアージェットポンプに相当しないことは、前記説示のとおりである。
しかも、甲第3、第4号証によれば、引用例1及び2に記載のものにおいては切刃自体が回転しており、回転に伴い切刃の位置が変化するものではないことが認められ(本判決別紙引用例1図面及び引用例2図面参照)、ノズルないしエアーノズルが切刃に直接空気を吹き付けることに技術的意義があるものと認められる。これに対し、本願発明1及び引用例3に記載の発明では、「軸線を中心として回転する工具本体の先端外周面に切刃が所定間隔で配設され」ているため(審決の一致点の認定)、工具本体の回転により切刃の位置は時々刻々と変化するものであり、また切り屑は切り屑排出空間に誘導されているものであって、切刃に直接空気を吹き付ける必要がないし、そのようにするのは、切刃の位置が変わることと切り屑案内部材があるため困難である。実際、本願発明1においては、第二貫通孔にノズルではなくエアージェットポンプが連結されており(本願発明1の要旨)、これにより切り屑排出空間内に大量の空気が噴出され、内部の切り屑が第一貫通孔に誘導されるものとなっている。
すなわち、引用例3に記載の発明には、切刃に向けて空気を吹き付ける必要性がなく、吹き付けることも困難であり、また、引用例1及び引用例2が切り屑収納体(ダクト、ホッパー)を備えているにしても、そこにはジェットポンプの吸引力を利用して切り屑排出空間の広範囲に大量の空気を噴出させるエアージェットポンプは連結されていない。そうすると、ノズル又はエアーノズルを連結した引用例1又は引用例2の切り屑収納体を、引用例3に記載のものの切り屑収納体に適用して本願発明の1の構成とすることは当業者といえども容易ではないというべきである。
したがって、「引用例3における切り屑収納体に代えて、引用例1及び引用例2の切り屑収納体を適用して上記相違点における本願発明1のように構成することは当業者ならば容易にできたものといわざるを得ない。」とした審決の判断は誤りである。
結論
以上のとおりであり、取消事由1の一部及び取消事由2は理由があり、そこにおける審決の認定、判断の誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、原告の請求は認容されるべきである。
(平成12年6月15日口頭弁論終結)
裁判長裁判官 永井紀昭
裁判官 塩月秀平
裁判官 橋本英史