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関連ワード 冒認出願(冒認) /  特許を受ける権利 /  承継 /  発明者 /  創作性(創作) /  共同発明 /  進歩性(29条2項) /  出願公開 /  同一の発明 /  発明の詳細な説明 /  補償金請求権 /  優先権 /  実質的に同一 /  名義変更 /  共有 /  着想 /  模倣 /  優先日 /  信義則 /  特許発明 /  実施 /  侵害 /  共同発明者 /  同意 /  混同 /  拒絶査定 /  拒絶理由通知 /  請求の範囲 /  変更 /  管轄 /  異議申立 /  職権調査 / 
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事件 平成 10年 (ワ) 10432号 特許を受ける権利の確認請求事件
原告 太和チエン機工株式会社右代表者代表取締役 A右訴訟代理人弁護士 楠眞佐雄
同 本郷誠右楠訴訟復代理人弁護士 田中正和右補佐人弁理士 B
被告C右訴訟代理人弁護士 中嶋邦明右補佐人弁理士 D
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2000/07/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 原告が、別紙目録一の2及び同目録二記載の発明についての特許を受ける権利について二分の一の共有持分を有することを確認する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
請求
原告が、別紙目録一の2及び同目録二記載の発明について特許を受ける権利を有することを確認する。
事案の概要
(争いのない事実等)(当事者間に争いがないか、後掲各証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる。) 一 原告は、チェーン及び運搬機械部品の製造販売等を目的とする株式会社である。
被告は、伸和工業の商号でプラスチック成型用の金型設計製作業を営んでいたE(以下「E」という。)の従業員として稼働していたが、平成一〇年八月ころ、同人の右事業を承継した者である。
二 原告は、Eに対し、平成八年六月又は七月ころ、チェーンカバーの金型の制作を依頼し、同金型は、同年九月一九日、原告に納入された。
三 その後、被告は、平成八年一〇月三日、別紙目録一の1記載の発明につき特許出願を行うとともに(甲9。以下「先願発明」という。)、同九年二月三日、先願発明に基づいて優先権を主張して、別紙目録一の2記載の発明につき特許出願を行った(甲8。以下「本件第一発明」という。)。他方、原告は、同八年一一月二〇日、別紙目録二記載の発明につき特許出願を行った(甲7。以下「本件第二発明」といい、これと本件第一発明とを合わせて「本件両発明」という。)。
四 原告は、本件両発明について、いずれも原告が特許を受ける権利を有していると主張し、被告はこれを争っている。
(争点) 一 本件訴えは訴えの利益があるか。
二 原告は本件両発明の特許を受ける権利を有するか。
争点に対する当事者の主張
一 争点一について 【被告の主張】 1 本件訴訟によって、原告、被告のいずれが本件両発明について特許を受ける権利を有するかを確認しても、特許出願の手続において特許査定を経なければ、
特許権は付与されない。また、特許庁は、原告の特許出願に対して、その特許を受ける権利、その他の特許要件を具備するかどうかを独自に審理して、その特許の付与の成否を判断するのであって、本件訴訟の結果如何は当事者ではない特許庁を法律的に拘束するものではないから、結局、本件訴えによって、原告が救済されるわけではない。
他方、原告は、被告が本件第一発明について特許を得たときは、冒認を理由に特許無効審判を請求してその有効性を争うことができる。また、原告の特許出願について被告の出願の後願である等の拒絶理由通知を受けたときは、意見書によって、また、拒絶査定を受けたときは、その不服審判、さらには審決取消訴訟において、本件第二発明の特許を受ける権利が原告にあり、原告に特許されるべきと主張することが法的に保障されている。
したがって、原告に、本件訴えの確認の利益はない。
2 特許要件の一つである特許を受ける権利の有無について、特許庁の審理、
判断に先立って、しかも東京高等裁判所以外の司法裁判所が認定、判断することは、特許庁と裁判所との権限分配に反し、また裁判管轄にも反し、制度的に許されないとともに、本件訴訟は、特許庁において行うべき諸手続を全く無視して、性急に司法判断を求めるものであるから、原告の即時確認の利益はない。
3 特許法は、特許権の付与前の特許出願人の保護としては、出願公開による補償金請求権以外には認めていない。
【原告の主張】 1 特許法33条1項は、「特許を受ける権利は、移転することができる。」と規定して、特許を受ける権利の具体的権利性を明確に認めている。特許を受ける権利は、発明を支配する実体法上の権利であるから、特許を受ける権利の存否を確認することは当然認められるはずである。特許権と特許を受ける権利とは別個のものであり、後者について独立に私権としての要保護性が認められるのであるから、
特許の付与が特許庁の専権であるとか、特許庁の判断が出てから事後的に是正すればよいとかいった、特許権と特許を受ける権利とを混同した被告の主張が、特許を受ける権利の確認の訴えの利益を否定する主張として的を得ていないことは明らかである。
2 本件第二発明に関して原告が最終的に特許権を獲得しようとすれば、被告による冒認の事実が認められなければならないが、特許付与前の異議申立の制度が廃止された現在においては、審査官による職権調査に任せるのみで冒認の事実を明らかにすることは実際上不可能である。これに対して、本件訴訟において特許を受ける権利が原告に帰属することを明らかにすれば、原告が最終的に特許権の付与を受けることができるのはほぼ確実であるから、原告にとって利益があることは明らかである。
3 被告は訴訟外で本件両発明を実施する旨言明しており、原告としては早期に権利関係の帰属を明確化しておかないと事後的には回復できない損害を被るおそれがある。
二 争点二について 【原告の主張】 1 本件両発明は、原告の元代表者であるF(以下「F」という。)が発明したものであり、原告は、Fから、本件第二発明の出願前に、本件両発明の特許を受ける権利を譲り受けたのである。
2 Fが本件両発明をするに至った経緯は次のとおりである。
(一) Fは、平成八年四月ころ、平田機工株式会社(以下「平田機工」という。)のGから、「第三四回機械工業見本市金沢96」に出品されていた大同工業株式会社製のチェーンカバーのサンプル(以下「大同サンプル」という。)を譲り受けた。
(二) Fは、大同サンプルを子細に調べて、研究した結果、大同サンプルには、@チェーンカバーをチェーンに取り付ける場合に非常に手間がかかること(カバーピースの半円弧状の係止用内方突出部にチェーンのリンクプレートの長手方向の一方半部を嵌合させる際、このリンクプレートの隣に位置するリンクプレートが嵌合の妨げとなるため、チェーンを屈曲させてカバーピースを嵌合した後チェーンを真っ直ぐに戻すという知恵の輪式の取付操作を各ピン位置ごとに繰り返す必要がある。)、A構造の異なる二種類のカバーピースを用意しなければならず、コストが高くつくこと、Bカバーピースの取り付けによってチェーンの屈曲がその長手方向の一つ置きのピン位置において規制されるため、屈曲がスムーズでなく、チェーンを屈曲させた際の屈曲部の許容最大曲率半径を大きなものにしてしまい、スプロケットの大型化を招くこと等の問題点があることがわかった。
(三) Fは、大同サンプルよりも取り付けが簡単なチェーンを作ることができないかと考え、右のような大同サンプルの問題点が、外リンクプレートにしかカバーピースの係止部を確保し得ない構造となっていることに起因することに気付いた。
そして、Fは、平成八年四月ころ、チェーンの各ピンの両端部をそれぞれ側方に延長して突出させ、一方カバーピースの両サイドカバー部にチェーンのピンの突出端部を嵌合させるピン嵌合孔を設け、ピンの両突出端部をピン嵌合孔に嵌合させることによってカバーピースを保持するようにすれば、右のような大同サンプルの問題点をすべて解決できることを考えついた。また、チェーンカバーの両サイドカバー部の内面がチェーンの外リンクプレートの外面と摩擦しないように、チェーンカバーのトップカバー部の下面に突起を形成することも考えついた。
このようにしてFは、本件両発明を完成させた。
(四) Fは、平成八年五月ころ、技術顧問的立場の訴外Hに自己が発明したチェーンカバーの図面化を依頼するとともに、同年六月ころ、原告事務所にEを呼び、大同サンプルを示しながら、Fの発明の内容を口頭で説明した。すなわち、@チェーンとしては、標準チェーンではなく、チェーンのピンの両端を外リンクプレートの外面よりも外方に比較的大きく突出させた特殊チェーンを用いること、Aこの特殊チェーンにおけるピンの両端突出部分をカバーピースの両サイドカバー部分に開けたピン嵌合孔に嵌合させること、Bカバーピースは大同サンプルと同じくチェーンに1ピッチで取り付けていく構造とすること、Cチェーンへのカバーピースの取り付けは、チェーンの上方からチェーンの側へと押し込んでカバーピースの両サイドカバー部を弾性変形で開かせ、取り付ける構造とすること、以上を口頭で説明した。
そして、Fは、Eに対し、それらの条件を満たすチェーンカバーを製作するための金型の製作を口頭で依頼した。
なお、このときの打ち合わせで、チェーンのピンの突出端部をピン嵌合孔に導入するためのピン端導入ガイド溝をカバーピースの両サイドカバー部に設けることが決められたが、これは、株式会社椿本チエイン(以下「椿本チエイン」という。)が考案した内容を一部取り入れたものである。
(五) その後、Eは、Fが口頭で指示したとおりの図面を作成してFのチェックを受け、平成八年九月一九日から金型を製作し、同年一〇月九日から製品の納入を開始した。
(六) 以上のように、本件両発明は、Fが完成したものであり、Eは、単にFの指示に基づき金型及び製品の製作を担当したにすぎない。
【被告の主張】 1 本件両発明は、Eが発明したものであり、被告は、Eから、本件第一発明の出願前に、本件両発明の特許を受ける権利を譲り受けたのである。
2 Eが、本件両発明をするに至った経緯は次のとおりである。
(一) Eは、平成八年七月末ころ、当時、原告の代表取締役であったFから、大同サンプルを提示され、このチェーンカバーはチェーンへの取り付けに非常に手間がかかるので、改良品を開発して欲しいとの依頼を受けた。
その際の開発の条件は、原告は開発費を負担しないが、伸和工業において改良品を開発した際には、原告が、伸和工業に対し、その金型の設計・製作、及びその金型を用いた製品の専属的かつ継続的な注文をするというものであった。
Eは、原告の右申し出を受け入れた。
(二) Eは、原告から依頼を受けたチェーンカバーの開発に着手し、平成八年八月一日に第一案の図面、同月二日に第二案の図面を、それぞれ作成すると共に原告に対しファクシミリ送信し、Fに対し、その内容を電話で説明した。
Eは、原告から依頼を受けた時点で、チェーンカバーの専門技術者として、チェーンのピンの両端を突出させる技術があること、ピンの突出部分をチェーンカバーのサイドカバー部の孔に嵌合させてチェーンカバーをチェーンに取り付ける技術があること、チェーンカバーをそのサイドカバー部の弾性変形で開かせて取り付ける技術があることを知っていたので、原告から依頼を受けた改良品を短時間で開発することができたのである。
Eは、同月一〇日ころ、Fから、電話で第二案の図面に基づき金型を製作してチェーンカバーを試作するようにとの注文を受けたので、その金型を製作するとともに、同月末ころ、原告に対し、五〇個ほどの試作品を納入した。
右試作品は、チェーンへの取付テストに合格したが、その際、Eは、Fから、チェーンカバーはチェーンに取り付けて単に駆動させるだけでなく、駆動時に案内面を摺動させて使用するとの説明を受け、同試作品の欠点に気がついた。すなわち、右試作品のサイドカバー部の下縁は、下に凸の円弧面となっていたところ、円弧面の下縁は案内面と線接触して摺動するので対摩耗性に劣り、また、案内面を摺動するとき、個々のトッププレートが不規則に進行方向の前後に揺動して、
各プレート部が連続することによって形成される搬送面が平坦に揃わない欠点があった。
そこで、EはFに対し、右欠点を説明し、その改善策として、下縁を円弧面からフラット面に変更することを提案し、同年九月八日、具体的なチェーンカバーの図面を作成し、同月一九日、原告に対し、先に納入した金型に右図面に従った修正を施して再び納入した。
(三) 以上のとおり、本件両発明は、Eが平成八年九月八日に図面を作成したことにより完成したのであり、Fは、Eに対して大同サンプルを提示しただけであり、同発明に至る何の知的創造にも関与していない。
原告は、平成九年三月ころになって、納入後伸和工業に対し預けていた金型の返還を求めるとともに、伸和工業の外注先から金型を引き上げ、本件両発明の発明者はFであると言い出したが、これは、同発明の実施品であるチェーンカバーが市場で認められ、販売の目処が立った段階で、原告がその利益の独占を図ろうとする意図に出たものであり、本件訴訟もその一環として提起されたものである。
争点に対する判断
一 先願発明、本件第一発明及び本件第二発明の関係について 1 先願発明、本件第一発明及び本件第二発明は、いずれも、物品搬送用コンベアチェーン等に用いられるローラーチェーンのカバーの改良に関する発明である(甲7ないし9)。
2 先願発明と本件第一発明は、その表現方法に若干の違いはあるものの、実質的に同一の発明である(甲8、9)。
3 本件第一発明と本件第二発明のそれぞれの特許出願の願書に添付された明細書中の特許請求の範囲の記載を比較すると、次の共通点と相違点がある(甲7、
8。なお、部材の表現は、本件第二発明に従い、それに対応する本件第一発明の表現は括弧内に記した。)。
(一) 共通点 @ チェーンカバーは、多数のカバーピース(トッププレート)からなり、該カバーピースは、チェーンの屈曲時外周となる側を覆うトップカバー部(プレート部)とチェーンの両側面を覆う一対のサイドカバー部(脚部)からなる。
A カバーピースの長さは、チェーン一ピッチ単位である。
B 両サイドカバー部には、チェーンのピンの突出端部が嵌合されるピン嵌合孔(軸穴)が設けられている。
C 両サイドカバー部の内面には、それぞれ、サイドカバー部先端開口部からピン嵌合孔に向けて次第にその両サイドカバー部間の距離が小さくなるように傾斜したピン端導入ガイド溝(ガイド面)が設けられている。
D チェーンのピンの突出端部を、ピン端導入ガイド溝の先端開口部からピン嵌合孔に向けて導入することにより、両サイドカバー部を外方に弾性的に撓み変形させ、その弾性復帰によって、ピンの両突出端部をピン嵌合孔内に嵌合させるようになっている。
(二) 相違点 @ 本件第一発明の特許請求の範囲がチェーンカバーのみの発明であるのに対し、本件第二発明のそれは、チェーンカバーにピンの端部を突出させた鋼製又はステンレス鋼製のチェーンを取り付けたカバー付きチェーンの発明である。
A 本件第一発明の特許請求の範囲が、請求項1において、a.チェーンカバーの搬送面をフラットとし、b.カバーピースの形状を、軸穴と同心の凸型円弧の前縁と、前縁形状に対応させた凹型円弧の後縁と特定し、c.請求項2において、カバーピースを樹脂製とし、d.請求項3において、サイドカバー部の下縁をトップカバー部と平行なフラット面とし、e.請求項4において、両サイドカバー部の前縁上端部間を塞ぐ補助覆い部をトップカバー部の前縁に連ねて設けているのに対し、本件第二発明の特許請求の範囲には、そのような記載はない。
4 しかしながら、両者の相違点のうち@については、チェーンが鋼製又はステンレス鋼製であることは一般的であり、本件第一発明のチェーンカバーもピン端部を突出させたチェーンを用いることが予定されている(甲8【0027】、【0034】及び【図3】参照)。また、両者の相違点のうちAについては、本件第二発明の特許出願の願書に添付された明細書又は図面に、a.チェーンカバーの搬送面をフラットとすること(甲7【0027】参照)、b.カバーピースの形状を、
軸穴と同心の凸型円弧の前縁と、前縁形状に対応させた凹型円弧の後縁とすること(同【0027】参照)、c.カバーピースを樹脂製とすること(同【0020】参照)、d.サイドカバー部の下縁をトップカバー部と平行なフラット面とすること(同【図4】(ロ)参照)、e.対のサイドカバー部の前縁上端部間を塞ぐ目隠し延長板部15をトップカバー部の前縁に連ねて設けること(同【0027】参照)が示されている。
また、本件第二発明の特許出願の願書に添付された明細書の発明の詳細な説明中には、側方へのカバーピースのガタツキを規制するため、カバーピースのトップカバー部の内面部に、チェーンの左右の内リンクプレート間に摺動自在に突出される位置決め用の突起が設けられているが(甲7【0026】)、そのような構成は、本件第一発明の特許出願の願書に添付された明細書の発明の詳細な説明中にも、補強リブとして開示されている(甲8【0028】)。
したがって、本件第一発明と本件第二発明とは、それらの特許請求の範囲を比較すれば、前記のような違いがあるものの、それぞれの特許出願の願書に添付された明細書又は図面に記載された発明は、実質的に同一であると見るのが相当である。
5 以上より、先願発明、本件第一発明及び本件第二発明は、いずれも実質的に同一の発明であると認められる。なお、本件訴えにおいて、原告が特許を受ける権利を有することの確認を求めている対象は、単に本件両発明の明細書の特許請求の範囲に記載された発明に限定しているのではなく、本件両発明の特許出願の願書に添付された明細書又は図面に記載された発明全体についてであると解される。
二 争点一(訴えの利益)について 1 発明者は、発明をすることにより、特許を受ける権利を取得する(特許法29条1項柱書き)が、人間の知的活動の所産である発明が創作と同時に財産的価値を有することは明らかである。また、同法33条1項は、「特許を受ける権利は、移転することができる。」と特許を受ける権利の譲渡性を認めている。したがって、特許を受ける権利には財産権的な側面があると解されるから、特許を受ける権利の存否ないし帰属について紛争が生じた場合には、その紛争当事者の一方は、
他方当事者を相手として、裁判所に対し、自己に特許を受ける権利が存することの確認を求めることができるものと解するのが相当である。
本件において、原告は、被告が出願した本件第一発明について、自己に特許を受ける権利が帰属すると主張している。他方、前記したように、本件第一発明と本件第二発明とは実質的に同一の発明であるから、被告が本件第一発明について特許出願しているということは、原告が本件第二発明について特許を受ける権利があることを否定していることにほかならず、そのことは、被告の本件訴訟態度に照らしても明らかである。したがって、原告と被告との間には、本件第一発明及び本件第二発明に関する特許を受ける権利の帰属について紛争が生じており、原告が自己にあると主張する本件両発明の特許を受ける権利について、不安や危険が現存すると認められる。
そして、本件訴えによって、原告が本件両発明の特許を受ける権利を有することを確認できた場合には、今後、原被告間において、本件両発明の特許を受ける権利が原告と被告のどちらに帰属するかという現在生じている紛争から派生して生じるであろう紛争を、抜本的に予防することが期待できる。例えば、証拠(甲13、証人F)と弁論の全趣旨によれば、原告は、現在、本件両発明の実施品を販売していると認められるから、被告が出願した本件第一発明が特許登録された場合には、被告から原告に対する同権利侵害を理由とする紛争が生じると予想されるところ、本件訴訟で原告が勝訴すれば、将来におけるそのような紛争を抜本的に予防することが期待できる。
また、本件第二発明は、先願発明と実質的に同一であるから、形式的には、特許法41条3項29条の2に基づき、その特許出願を拒絶されることになる。そして、本件において原告の勝訴判決が確定したとしても、同判決における裁判所の判断が、特許庁の判断に拘束力を及ぼさないことは、被告が主張するとおりである。しかしながら、本件第二発明の特許出願に対して右法条を理由とする拒絶理由通知拒絶査定がなされた場合には、原告は、それらに対する不服審判等において、同判決を一資料として提出することができる。
さらに、被告が出願した本件第一発明が特許登録された場合には、原告は、同権利に対する無効審判を提起して、右判決をその証拠方法として提出することができる。
なお、特許を受ける権利を有しない第三者が真の権利者に無断で特許出願をしたような場合(特許を受ける権利共有者の一人が他の共有者に無断で単独名義で出願した場合も含む。)には、特許法上は明文の規定を欠くが、本来は、特許を受ける権利を有することを確認する確定判決を得た者が、判決を添付して特許庁長官に対して出願人名義の変更を届け出ることによって、出願人の名義を変更できることが望ましい。
以上のことからすると、本件訴えには訴えの利益があるものと認められる。
2(一) 被告は、原告が出願した本件第二発明が特許権として成立するか否かに本件訴えは影響を及ぼさず、むしろ原告が本件訴えで主張することは、特許庁における審査・審判過程において主張すべきであるとして、本件訴えの訴えの利益を否定する(前記第三、一【被告の主張】1参照)。
しかし、被告が主張するような事情があることは、特許を受ける権利の存否ないし帰属について現に紛争が生じている場合に、特許庁での審判手続を待たずに、裁判所に対し自己に特許を受ける権利があることの確認を求める利益があることを否定するものではないというべきである。本件訴えの利益を、将来より適切な紛争解決手段があり得ることを理由に否定することはできないものと解される。
さらに、原告が本件訴訟で勝訴判決を得た場合には、少なくとも、特許庁における審査・審判手続において、同判決を一資料として提出することが可能であることは既に判示したとおりである。
(二) 被告は、特許庁と裁判所との権限分配を問題視するが(前記第三、一【被告の主張】2参照)、本件訴えは、本件第一発明及び本件第二発明が特許要件を備えた特許登録されるべき発明であるか否かを判断の対象とするものではないから、被告の右主張は失当である。
(三) 被告は、特許権の付与前の特許出願人の保護としては、出願公開による補償金請求権以外にないと主張するが(前記第三一【被告の主張】3参照)、出願公開による補償金請求権は、出願公開後に第三者が特許出願に係る発明を実施することに対して特許出願人に認められた権利であって、特許を受ける権利の存否ないし帰属に争いがある場合の紛争解決手段の問題とはかかわりのないことであるから、 右主張は採用することができない。
三 争点二(原告は本件両発明の特許を受ける権利を有するか)について 1 証拠(甲13、証人F、証人E及び後掲各証拠)によれば、以下の事実が認められる。
(一) 平成八年四月当時、原告の主たる業務は、チェーンの製造、販売であったが、年商の約八五パーセントは平田機工株式会社に対するチェーンの卸販売であった。
平田機工では、ガラス製ブラウン管の搬送ラインにチェーンを用いていたが、チェーンの一般的な材質である鋼ではブラウン管に傷が付く一方、当時存在したプラスチック製のチェーン(椿本チエインの「プラチェーン」)では張力が弱いため、原告は、平田機工からブラウン管の搬送ラインに用いても傷が付かず、なおかつ張力が強いチェーンはないかと要望されていた。
(二) 平田機工のGは、平成八年四月一九日から二二日までの間に金沢市で開催された「第三四回機械見本市金沢96」を見学し、その際、大同サンプルを入手した(甲1ないし3)。
Gは、右見本市の帰りに、その入手した大同サンプルを、原告に手渡した。
(三) 大同サンプルは、甲11(大同工業出願に係る特開平八-二三一〇一七号公開特許公報)に記載された発明の実施品であり、概要次のような構成を有していた。
@ チェーン上にフラットな搬送面を作り出す樹脂製のチェーンカバーであって、チェーンカバーは外観一種類の多数のカバーピースからなっている。
A カバーピースは、チェーンの屈曲時外周となる側を覆うトップカバー部とチェーンの両側面を覆う一対のサイドカバー部からなる。
B カバーピースの長さは、チェーン一ピッチ単位である。
C カバーピースのサイドカバー部に、凸型円弧の前縁と、前縁形状に対応させた凹型円弧の後縁とが設けられている。
D 両サイドカバー部の前縁上端部間を塞ぐ補助覆い部を前記プレート部の前縁に連ねて設けている E また、カバーピースの外観は一種類であるが、その構造は、凸状の円弧面からなる左右側面の内側にチェーンの外リンクプレートの前端面に沿う形状からなる突出部を有しているものと、凹上の円弧面からなる左右側面の内側に外リンクプレートの後端面に沿う形状からなる突出部を有しているものとの二種類がある。
F カバーピースをチェーンに装着するには、右二種類のカバーピースのそれぞれの突出部を、隣接する外リンクプレート間に形成される鼓状隙間に嵌め込むようにする。
(四) 当時、原告の代表者であったFは、大同サンプルを見て、それが、平田機工の前記要望に合致したものであったため、先を越されたとの念を強くしたが、大同サンプルを詳細に観察し、それには、チェーンへの取り付けに非常に手間がかかるという欠点があることに気がついた。すなわち、大同サンプルは二種類のカバーピースを交互に嵌めていくが、嵌めようとする外リンクプレートの隣に位置する外リンクプレートが嵌合の妨げとなるため、チェーンを屈折させてカバーピースを嵌合してチェーンを真っ直ぐに伸ばすということを繰り返さないと装着できないような構造になっていた(甲7)。
(五) Fは、右欠点を解決すべき手段を考えた末、大同サンプルは標準のチェーンに取り付けるようになっているが、標準のチェーンよりもピンを長くし、両サイドカバー部に、チェーンのピンの突出端部が嵌合されるピン嵌合孔を設けて、
その穴にピンを嵌合させて取り付けるという解決手段を考えついた。
(六) その後、Fは、右考えを製品化すべく、平成八年六月又は七月ころ、
Eを原告事務所に招き、Eに対し金型の製作を依頼した。
その際、Fは、Eに対し、大同サンプルを見せるとともに、前記Fが考えついた内容を口頭で説明し、外観的には大同サンプルとほぼ変わらないチェーンカバーにするとともに、カバーピースの両サイドカバー部に、チェーンのピンの突出端部が嵌合されるピン嵌合孔が設けられたチェーンカバーを製造できるような金型を製作するよう指示した。
これに対し、Eは、カバーピースの肉厚の両サイドカバー部にピン嵌合孔が開いているだけでは、両サイドカバー部を広げることが困難であり、プラスチックであるチェーンカバーが破壊するおそれがあるから、チェーンを円滑にはめ込むため、両サイドカバー部の内面に、サイドカバー部先端開口部からピン嵌合孔に向けて次第にその両サイドカバー部間の距離が小さくなるように傾斜したピン端導入ガイド溝を付けてはどうかとアドバイスした。
また、Fは、その後のEとの打合せの中で、使用時にチェーンカバーが左右にぐらつくかもしれないという問題に気が付き、Fはそれを解決する手段として、カバーピースのトップカバー部内面部に、左右の内リンクプレート間に摺動自在に突出される位置決め用の突起を設け、チェーンの内リンクプレートを基準にしてカバーピースが左右に振れないようにすることを考えついた。Fは、その際、Eに対し、右突起を設ける位置を、瓢箪型をしているチェーンの一番高いところに設けることが有効だと伝えた。
(七) Eは、平成八年八月末ころ、金型を完成し、試作品と共に、原告に納入したが、その際、Eは、Fから、チェーンカバーはチェーンに取り付けて単に駆動させるだけでなく、駆動時に案内面を摺動させて使用するとの説明を受け、同試作品の欠点に気がついた。すなわち、右試作品のサイドカバー部の下縁は、下に凸の円弧面となっていたところ、円弧面の下縁は案内面と線接触して摺動するので対摩耗性に劣り、また、案内面を摺動するとき、個々のトップカバー部が不規則に進行方向の前後に揺動して、トップカバー部が連続することによって形成される搬送面が平坦に揃わない欠点があった。
そこで、EはFに対し、右欠点を説明し、その改善策として、サイドカバー部の下縁を円弧面からフラット面に変更することを提案し、Fは同提案を受け入れた。
Eは、同年九月一九日、原告に対し、金型にサイドカバー部の下縁がフラット面となるような修正を施し、金型を再度納入した(甲4の1)。
(八) その後、Eは、Fに対し、右金型により製作されるチェーンカバーに化体された発明を共同発明として、特許出願するよう申し出たが、Fは、その発明は自己の単独発明であると考えていたため、同申し出を拒絶した。そして、Fは、
右拒絶に対する見返りとして、右金型に基づく製品をEに製造させることとし、Eは、平成八年一〇月九日以降、原告に対し、同製品を納入していった(甲5)。
(九) 被告は、平成八年一〇月三日、先願発明につき特許出願を行うとともに(甲9)、同九年二月三日、先願発明に基づいて優先権を主張して、本件第一発明につき特許出願を行った(甲8)。
他方、原告は、同八年一一月二〇日、本件第二発明につき特許出願を行った(甲7)。
2 右1記載の事実が認められ、右認定に反する証拠は、前掲各証拠に照らし、採用することができない。なお、右認定に関し、次のとおり補足する。
(一) 被告は、Eは、Fから、大同サンプルは取り付けにくいので、改良品を開発するよう頼まれ、改良品を開発した場合には、原告がEに対し、その金型の設計・製作及びその金型を用いた製品の専属的かつ継続的な注文をするという条件で右依頼を承諾した上で、大同サンプルの改良品をすべて単独で開発したものであり、Fから大同サンプルの改良品の開発依頼を受けて数日後に、EがFに対し、乙3と4の図面を送付したと主張し、証人Eもその旨証言している。
しかしながら、仮に、FがEに対し単に大同サンプルは取り付けにくいので改良品を開発して欲しいと開発依頼したのだとすれば、乙3と4は、Eが大同サンプルの改良品を開発し終え、初めてFに対しその開発内容を提示する図面となるところ、右各図面は、チェーンカバーの正面図や断面図はなく、何の説明書きもない外観側面視の概略図面しかないのであって、右のような趣旨の図面としては、
あまりにも簡略すぎるといわざるを得ない。
また、乙3と4に記載されたチェーンカバーは、標準のチェーンよりも長いピンを有する特殊なチェーンと対になって用いられるものであるところ、証人Eの証言によっても、そもそも、EはFからチェーンカバーの開発依頼を受けたにすぎない者であり、しかも、当時、ピンが標準のものよりも長い特殊なチェーンは、椿本チエインからしか市販されていないと認識していたというのであるから、
そのようなEが、Fに対し、標準のチェーンを前提としないチェーンカバーを提案するとは考えにくい。
また、証人Fと証人Eの各証言によれば、FがEに対し、金型の製造を依頼する際に、大同サンプルを提示して、チェーンカバーの外観形状は、大同サンプルと同様にして欲しいとEに指示したことが認められるところ、乙3は、外観一種類のカバーピースからなる大同サンプルとは明らかに異なり、二種類の外観を有するカバーピースからなるチェーンカバーである。このようなFの指示と異なる外観形状のチェーンカバーを提案した理由として、証人Eは、大同工業が大同サンプルを実施品とする特許を出願しているはずだから、大同サンプルとは異なる形状としたと証言するが、乙3のカバーピースのサイドカバー部にはピン嵌合孔が設けられており、明らかに大同サンプルとその構造を異にする。したがって、それにもかかわらず、Eが、Fの指示に反して大同サンプルと異なる外観形状を有するカバーピースからなるチェーンカバーを提案することは不自然である。
以上のことからすると、乙3と4が被告が主張するような図面であると証言する証人Eの証言は信用することができない。
したがって、乙3、4及び同証拠に関する証人Eの証言は、前記認定を左右するものではない。
もっとも、前記1(六)記載のように、Fは被告に対し、金型の製作を依頼する際、その内容を大同サンプルを示しながらも口頭でしか説明していないから、そのような説明を受けたEが、後日、Fに対し、Fの依頼内容を確認する意味で、乙4に記載されているような、簡略なチェーンカバーの図面を送付したことは十分に考えられるところである。なお、口頭弁論終結後に被告から提出された乙12ないし14について念のために検討しておくと、乙12によれば、Eは、平成八年八月五日の時点で、サイドカバー部の下縁を円弧面とする以外は最終製品と同じ特徴を有するチェーンカバーの図面を作成し、公証人による確定日付を得ていることが認められるが、右書証は、それ以上に、Eが右図面に記載されたチェーンカバーをすべて開発したことまで示すものとはいえない。また、乙13及び14によれば、Eが本件と無関係の他の製品について図面を作成して公証人による確定日付を取得していたことが認められる(被告が同時に提出した証拠説明書によれば、乙12ないし14は、Eが特に不正競争防止法の形態模倣に係る紛争に備えて、自ら創作した製品の作成時期の公証を得るようにしていたものだという。)が、仮にそれらに記載された製品がEの開発に係るものであるとしても、それをもって本件の製品についてもEが開発したものであることを裏付けることにはならない。したがって、右各書証は、前記認定を左右するものではない。
(二) 証人Fは、平成八年四月当時から、椿本チエインから販売されているサイドカバー部にピン嵌合孔が設けられているチェーンカバーを知っていたと証言している。
しかしながら、同証言によれば、右チェーンカバーは、甲10(椿本チエイン出願に係る特開平八-一二一五四二号公開特許公報)記載の発明の実施品であると認められるところ、甲10には、チェーン2ピッチに一つのカバーピースが対応する形状のものであるものの、サイドカバー部にピン嵌合孔が設けられるとともに、両サイドカバー部の内面には、ピン端導入ガイド溝が設けられ、サイドカバー部の下縁をトップカバー部と平行なフラットな面としたカバーピースが開示されている。したがって、仮にFが右チェーンカバーの構造を念頭に置いて大同サンプルの改良品を考えたのだとすれば、チェーンカバーのサイドカバー部にピン嵌合孔を開けることを考えつくのと同時に、両サイドカバー部の内面にピン端導入ガイド溝を設け、サイドカバー部の下縁をトップカバー部と平行なフラット面とすることも考えついたはずである。
ところが、両サイドカバー部の内面にピン端導入ガイド溝を設け、サイドカバー部の下縁をトップカバー部と平行なフラット面とすることをEが提案したことについては、証人Fも認めるところであり、以上からすれば、平成八年四月当時にFが甲10の椿本チエインのチェーンカバーを知っており、それに基づいて大同サンプルの改良をしたというには疑問がある。
しかし、このことを理由にFはEに対し大同サンプルの改良品の開発を依頼しただけと考えると、椿本チエインの右チェーンカバーを知っていたFが、なぜそのような抽象的な開発依頼しかしなかったのかという疑問が生じる。
以上のことからすると、結局、Fは、平成八年四月当時、椿本チエインの右チェーンカバーを知らなかったか、仮に知っていたとしても、それを大同サンプルの改良に役立てることを思い至らなかったものと認めるのが相当である。
(三) 被告は、チェーンカバーに位置決め用の突起を設けることはEが考えついたと主張し、証人Eは、Fから開発依頼を受けた初期の段階でそのことを考えついたと証言している。
しかし、位置決め用の突起は、使用時にチェーンカバーが左右にぐらつくことを防止するものであって、チェーンカバーを取り付けにくいという課題とは異質なものである。したがって、Eが、被告が主張するように大同サンプルは取り付けにくいからと改良品を開発するよう依頼されたにすぎないのであれば、位置決め用突起を考え出すには、何らかの契機が必要であったと考えられるところ、証人Eの位置決め用の突起を考えついたとの証言は極めて概括的であり、その経緯等は明らかでない。
これに対し、原告は、位置決め用突起を設けることはFが考えついたと主張し、証人Fもその旨供述しているところ、その供述内容は、証人Eと比較して具体的で説得的である。そして、原告は、チェーンとチェーンカバーをセットにして販売するのであるから、Fが、チェーンに取り付けた後のチェーンカバーの作動状況について関心を抱いたとしても十分首肯できることである。
以上のことからすると、位置決め用突起はFが考えついたものと認められるのであり、この点に関する証人Eの証言は信用することができない。
3(一) 以上を前提に本件両発明の発明者を検討するに、前記事実関係からすれば、本件発明の契機として大同サンプルが存在していたことからすると、大同サンプルの構成と異なる点を考えついた者が本件両発明の発明者であると考えられる。
(二) 大同サンプルの構成は、前記1(三)記載のとおりであり、大同サンプルとの比較において、本件両発明は次の点で特徴を有していると認められる。
@ チェーンのピンを標準のチェーンよりも突出させ、サイドカバー部に当該ピンを嵌合させるためのピン嵌合孔を設けている。
A カバーピースは一種類の構造のものである。
B 両サイドカバー部の内面には、それぞれ、サイドカバー部先端開口部からピン嵌合孔に向けて次第にその両サイドカバー部間の距離が小さくなるように傾斜したピン端導入ガイド溝が設けられている。
C 両サイドカバー部の下縁はトップカバー部と平行なフラット面である。
D トップカバー部の内面部に位置決め用突起が設けられている。
(三) そして、前記1記載の事実に照らせば、右@、A及びDはFが考えついたものであり、B及びCはEが考えついたものと認められるから、結局、本件両発明は、FとEが共同して創作したものであり、右両名の共同発明と見るのが相当である。
したがって、本件両発明が発明された時点で、FとEは、本件両発明についての特許を受ける権利共有するに至ったものと認められる。 そして、各自の共有持分は二分の一と見るのが相当である。
4(一) なお、本件第一発明と本件第二発明の特許出願に対しては、ともに甲10及び甲11を引用文献等として、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知が発せられているところである(甲16、乙8)。
しかしながら、発明者の認定においては、当該発明に係る内容が客観的に特許性を有しているかという観点を捨象して、検討すべきであると考えられるから、前記認定を左右するものではない。
(二) 原告は、本件両発明においては、右@及びAが重要なのであって、B及びCをEが考えついたとしても、そのことゆえに、Fが本件両発明を単独で発明したことは否定されないと主張するようである。
しかしながら、Eが考えついたB及びCは、Fから示された@及びAの着想を製品化するに当たり当然に考え出される設計事項にすぎないということはできず、そこには、一定の創作的工夫が見られるから、Eも発明者と見るのが相当である。なお、仮に、客観的にはそのような工夫に進歩性がないということがいえたとしても、そのこと故に、Eが共同発明者でなくなるものではないことは、前記(一)に判示したことと同様である。
5 弁論の全趣旨によれば、Fは、本件第二発明の特許出願に先だって、本件両発明の特許を受ける権利共有持分を原告に譲渡したものと認められる。
ところで、特許法33条3項は、「特許を受ける権利共有に係るときは、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡することができない。」と定めており、また、同法38条は、「特許を受ける権利共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、特許出願をすることができない。」と定めている。
E又は被告が、Fに対し、Fが本件両発明の特許を受ける権利について有する共有持分を原告に譲渡することにつき、明示的に同意を与えていたと認めるに足る証拠はない。しかし、特許法33条3項特許を受ける権利共有に係る場合に、各共有者がその持分権を譲渡するには共有者の同意を得ることを要するとしたのは、共有に係る発明が特許権として登録されるに至ったときには、各共有者は他の共有者の同意を得ないでその特許発明実施することができる(同法73条2項)ことから、どのような者が共有者となるかは、当該特許発明実施して市場利益を得ようとする他の共有者にとって重大な競争上の利害関係を有することを考慮したことによるものである。ところで、前記認定事実と弁論の全趣旨によれば、Fは、本件両発明の発明当時、いわゆる同族会社である原告の代表者であって、チェーンの製造販売等に関する経済活動において、原告の代表者として行動してきたものであること、Eは、そのことや本件両発明が前記1記載のような過程を経て発明されたことを認識した上で、原告に対し、それら発明の実施品であるチェーンカバーを納入していたと認められる。一方、被告もまた、先願発明及び本件第一発明につき、Eから特許を受ける権利承継したとして、自らを出願人として特許出願を行っているものであるが、右承継についてFないし原告の同意を得た事実ももとより存在しない。以上のような事情に、特許法33条3項の趣旨を併せ考慮すると、
被告は、信義則上、Fが原告に対し自己の有する特許を受ける権利共有持分を譲渡したことについて異議を述べることはできないと解するのが相当である。
また、本件両発明の特許出願について、その実体に即して出願人の名義変更が行われた場合には、被告は、信義則上、特許を受ける権利共有者であるF及びEないしこれらの者の承継人である原、被告が当初の特許出願を共同でしていないことについて、異議を述べることはできないものというべきである。。
6 以上より、原告は、本件両発明の特許を受ける権利について二分の一の共有持分を有していると認められる。
四 よって、原告の請求は、主文第一項掲記の限度で理由があると認められるから、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一二年五月二日)
追加
目録一1次の記載によって特定される発明(一)発明の名称ローラチエン用トッププレート(二)出願日平成八年一〇月三日(特願平八-二六二九六四号)2次の記載によって特定される発明(一)発明の名称ローラチエン用トッププレート(二)出願日平成九年二月三日(特願平九-二〇五四五号)(三)優先権主張番号特願平八-二六二九六四号(四)優先日平成八年一〇月三日(五)優先権主張国日本(六)公開日平成一〇年六月一六日(特開平一〇-一五七八二一号)二次の記載によって特定される発明1発明の名称カバー付きチェーン2出願日平成八年一一月二〇日(特願平八-三二五九五六号)3公開日平成一〇年六月二日(特開平一〇-一四七四一二号)
裁判長裁判官 小松一雄
裁判官 高松宏之
裁判官 安永武央