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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成17ワ15327損害賠償請求事件 平成18ワ26540承継参加申立事件 判例 特許
平成13ネ959損害賠償請求控訴事件 判例 特許
平成14受1100損害賠償,商標権侵害差止等請求事件 判例 商標
平成11ワ23013特許権侵害差止等請求事件 判例 特許
平成6行ツ83審決取消 判例 実用新案
関連ワード 技術的範囲 /  実施料相当額 /  意匠権 /  消尽 /  権利の濫用(権利濫用) /  対象製品 /  特許発明 /  実施 /  耐用期間 /  社会通念 /  効用を終えた /  加工 /  交換 /  業として /  差止請求(差止) /  侵害 /  損害額 /  販売数量(販売数) /  実施料 /  実施権 /  対価 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 8年 (ワ) 16782号 特許権侵害差止等請求事件
原告 富士写真フイルム株式会社右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 中村稔
同 松尾和子
同 田中 伸一郎
同 吉田和彦右補佐人弁理士 【B】
同 【C】
被告 ケーアンドジェー株式会社右代表者代表取締役 【D】
被告 株式会社バトリーノンノン右代表者代表取締役 【E】 右両名訴訟代理人弁護士 松永渉
同 藤原力
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2000/08/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 一 被告ケーアンドジェー株式会社は、別紙目録(一)ないし(三)記載のレンズ付きフィルムユニットを輸入し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
二 被告株式会社バトリーノンノンは、別紙目録(二)及び(三)記載のレンズ付きフィルムユニットを製造し、販売し、又は販売のために展示してはならない。
三 被告ケーアンドジェー株式会社は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成九年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 被告株式会社バトリーノンノンは、原告に対し、金二三四二万八〇九六円及びこれに対する平成九年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 原告の被告株式会社バトリーノンノンに対するその余の請求を棄却する。
六 訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の一と被告ケーアンドジェー株式会社に生じた費用を被告ケーアンドジェー株式会社の負担とし、原告に生じた費用の一〇分の七と被告株式会社バトリーノンノンに生じた費用を被告株式会社バトリーノンノンの負担とし、原告に生じたその余の費用を原告の負担とする。
七 この判決は、第三項及び第四項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
原告の請求
一 主文第一ないし第三項と同旨。
二 被告株式会社バトリーノンノンは、原告に対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する平成九年五月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
事案の概要
被告らは、原告がその有する特許権、実用新案権及び意匠権実施品として日本国内及び大韓民国(以下「韓国」という。)で販売したレンズ付きフィルムユニット(いわゆる「使い捨てカメラ」)につき、これを購入した一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものをフィルムを詰め替えるなどして再度使用ができるようにした製品を輸入、製造又は販売している。本件は、原告が、被告らによる右製品の輸入、製造及び販売は原告の有する特許権、実用新案権及び意匠権侵害するものであると主張して、輸入、製造及び販売等の差止め及び損害賠償(平成九年五月三〇日付け訴え変更の申立書の送達の日の翌日以降の遅延損害金を含む。)を求めているのに対して、被告らが、特許権等の消尽などを主張して、これを争っている事案である。
一 当事者間に争いのない事実 1 当事者 原告は、写真フィルムの製造販売の分野において世界有数の大企業であるが、
各種レンズ付きフィルムユニットの製造販売についても業界最大手の地位にあるものである。被告ケーアンドジェー株式会社(以下「被告ケーアンドジェー」という。)は、日用品雑貨・キャンプ用品、旅行用品の販売及び輸出入等を目的とする会社であり、被告株式会社バトリーノンノン(以下「被告バトリーノンノン」という。)は、家庭用日用雑貨品の輸出入販売等を行う会社である。
2 原告の有する諸権利 (一)原告は、次の特許権、実用新案権及び意匠権を有する(これらを合わせて「本件諸権利」といい、個別にいうときは、左の番号に合わせて「特許権@」のように記載する。)。
@ 特許番号第一八七五九〇一号の特許権(昭和六二年八月一四日出願、平成六年一〇月七日登録) A 登録番号第一九三一三四九号の実用新案権(昭和六二年八月一九日出願、
平成四年九月二四日登録) B 登録番号第二〇一五四七二号の実用新案権(昭和六二年一月一九日出願、
平成六年四月二〇日登録) C 登録番号第二〇二〇七九七号の実用新案権(昭和六三年二月二二日出願、
平成六年六月六日登録) D 登録番号第七六〇九二二号の意匠権の本意匠及び類似七の意匠(本意匠は、昭和六二年一〇月九日出願、平成元年一月二四日登録。類似七の意匠は、平成四年五月一四日出願、平成六年八月五日登録。) E 登録番号第九一三八四二号の意匠権(平成四年八月一八日出願、平成六年九月九日登録) F 登録番号第九一九六四一号の意匠権の本意匠及び類似一の意匠(本意匠、
類似一の意匠とも、平成五年五月二四日出願、平成六年一一月二二日登録) (二)特許権@に係る明細書の特許請求の範囲及び実用新案権AないしCに係る明細書の実用新案登録請求の範囲の記載は、次のとおりである。
(1) 特許権@ 「1 予め未露光フィルムを内蔵し、このフィルムに対してシャッタ手段を操作することにより、露光付与機構を通して露光を付与するようにし、撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニットにおいて、前記ユニット内のフィルム露光枠の一方側に未露光フィルムロールが配置され、フィルム露光枠の反対側に回転可能な巻芯を内部に有するパトロールが配置されており、未露光フィルムの一端と巻芯が予め固定されていること、前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯には、ユニットのフィルム巻取り操作手段を連結させ、前記シャッタ手段が操作された後に、前記未露光フィルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること、前記未露光フィルムロールは、該ユニットの製造工程で前記パトローネ内に収納された状態から引き出されて形成されており、該フィルムロールの中心部が中空状態で、未露光フィルムロール収納部に装填されていることを特徴とするレンズ付きフィルムユニット。」 「2 予め未露光フィルムを内蔵し、このフィルムに対してシャッタ手段を操作することにより、露光付与機構を通して露光を付与するようにし、撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニットにおいて、前記ユニット内のフィルム露光枠の一方側に未露光フィルムロールが配置され、フィルム露光枠の反対側に回転可能な巻芯を内部に有するパトロールが配置されており、未露光フィルムの一端と巻芯が予め固定されていること、前記パトローネ内に回転可能に支承された巻芯には、ユニットのフィルム巻取り操作手段を連結させ、前記シャッタ手段が操作された後に、前記未露光フィルムをパトローネ内に巻き込み可能としていること、前記未露光フィルムロールは、該ユニットの製造工程で前記パトローネ内に収納された状態から引き出されて形成されており、この未露光フィルムロールの収納部には、その内壁面の上下部分のみに未露光フィルムロールの最外周巻き面と接するように隆起した案内面を形成したことを特徴とするレンズ付きフィルムユニット。」 (2) 実用新案権A 「撮影機能を有し、フィルム供給室に未露光フィルムをロール状に巻回して収納し、撮影済みフィルムをフィルム巻上部材を操作することによつてフィルム巻取室に設けたフィルムパトローネ内に巻取るようにした撮影ユニット本体を、撮影機能部分を露出させる開口を有する外装体で被覆したレンズ付きフィルムユニットに於いて、該撮影ユニット本体のフィルム巻取室底部に、フィルム取出口を蔽う遮光部材が設けられ、かつ、この遮光部材の部分に対応する外装体の一部にミシン目が形成されて前記外装体の一部が切離し可能であることを特徴とするレンズ付きフィルムユニット。」 (3) 実用新案権B 「一端が巻取部に配置された光密なフィルムコンテナー中のフィルム巻芯に固定されており、他端はロール状にしてフィルム供給部に配置された未露光フィルムを内蔵し、このフィルムに対してシャッタ手段を操作することにより露光を付与するごとに前記フィルムコンテナー内に巻込まれるようにし、且つフィルム通路にフィルム移動に従動回動するスプロケットを配置したレンズ付きフィルムユニットにおいて、このスプロケット軸の近傍にシャッタを開閉させるシャッタ駆動部材と、フィルムの1コマ送りを規制すると共に、前記シャッタ駆動部材を係止する係止部材と、及び前記係止部材の上方に配置されこの係止部材を所定撮影枚数で不能化してフィルム巻取ノブの回動を可能にするフィルムカウンターとを配置すると共に、前記スプロケット軸と同軸上に前記シャッタ駆動部材と係合してシャッタ駆動部材をセットするカム部材と、1コマ送り完了時に前記係止部材を規制する切欠部を有する規制部材と、及びフィルムカウンターを駆動する一歯ギアとを配置し、係止部材が手動の前記フィルム巻取りノブに係脱することにより、フィルム巻取りノブの回動を制御すると共に、フィルムの1コマ送り完了時に前記カム部材とシャッタ駆動部材との係合が断たれると同時に、係止部材が規制部材の切欠部により規制され前記シャッタ駆動部材を係止してシャッタセットを終了することを特徴とするレンズ付きフィルムユニット。」 (4) 実用新案権C 「1 予め未露光のフィルムが装填され、該フィルムに対して露光を付与する露光付与機構とフィルム給送機構とを備えたレンズ付きフィルムユニットにおいて、
ユニットの外表面を覆う、少なくともレンズ部および操作部に開口をもつ、紙製の装飾を施された紙カバーと、該紙カバーに被覆され、合成樹脂で成型される本体カバーと、前記本体カバー内に設けられ、前記露光付与機構及び前記給送機構を含む機構部品とからなり、前記本体カバーには、前記機構部品の突出部との干渉を避ける厚さ減少用開口が形成されるとともに、前記紙カバーによつて、前記厚さ減少用開口が被覆されることを特徴とするレンズ付きフィルムユニット。
2 前記機構部品の突出部は、巻上げノブの一部である実用新案登録請求の範囲第1項に記載のレンズ付きフィルムユニット。
3 前記機構部品の突出部は、露光付与機構の膨出部である実用新案登録請求の範囲第1項に記載のレンズ付きフィルムユニット。」 (三)意匠権DないしFの意匠は、別紙意匠公報記載のとおりである。
3 被告らによる被告製品の販売等 (一)被告ケーアンドジェーは別紙目録(一)ないし(三)記載のレンズ付きフィルムユニット(以下、これらを総称して「被告製品」といい、個別に「被告製品(一)」などという。)を、被告バトリーノンノンは被告製品(二)、(三)を、いずれも日本国内において販売している(なお、被告ケーアンドジェーが現在も、被告製品の輸入販売を行っているかどうかは、争いがある。)。
(二)被告製品は、いずれも、原告が日本国内及び韓国において販売したレンズ付きフィルムユニットについてフィルムを入れ替えるなどの作業を行ったものであり、被告製品(一)は、表面に「写ルンです」とのみの表示がある原告製品(以下「原告製品(一)という。)を、被告製品(二)は、表面に「Super800」との表示がある原告製品(以下「原告製品(二)」という。)を、被告製品(三)は、中央に「標準パノラマ切替」との表示がある原告製品(以下「原告製品(三)」という。)を、それぞれフィルムを入れ替えるなどしたものである(以下、原告製品(一)ないし(三)を総称して「原告製品」という。)。
原告製品(一)ないし(三)の構造は、以下に述べる点を除き、被告製品(一)ないし(三)と同様である。
フィルムユニットの前カバー10と裏カバー11はフィルムユニットの本体9に前後から連結した後、本体9の底部と裏カバー11の底部を超音波により溶着して接合し、さらに撮影レンズ5からみて右側の本体9と裏カバー11の接合部分に二本のピン電極により、ここに超音波を施してピンが入った周囲を溶着し、それ以外の部分は本体9と裏カバー11に設けられたフック13とこれに対応する孔を結合することにより両者を固着している。
(三)被告バトリーノンノンは、原告が日本国内において販売した原告製品について、これを一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものを購入し、フィルムを入れ替えるなどの作業を行わせたものを、被告製品として販売している。被告ケーアンドジェーは、原告が韓国において販売した原告製品について、これを韓国の一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものを、韓国の詰替業者が購入してフィルムを入れ替えるなどの作業を行ったものを、右業者から輸入して、販売していた。
韓国の詰替業者が行い、被告バトリーノンノンが行わせている詰替え作業の手順は、次のとおりである。
(1) レンズ付きフィルムユニット1に紙カバーがついている場合にはこれを外す。
(2) 本体9と裏カバー11との接合部分(この接合部分には超音波で接合された部分も含まれる)をこじ開けるか又は溶着部分を破壊して裏カバー11を本体9から引きはがす。
(3) 巻き上げノブ23の駆動軸に形成された複数の係合歯に係合させるために、市販のパトローネ21の軸孔の内壁の係合片の上部に、金属製の治具等により、右係合歯に歯合する複数の内歯からなるキー溝を形成する。
(4) 次に暗室の中で、フィルム2をパトローネ21から引き出してロール状フィルムとし、パトローネ21及び当該ロール状フィルム2をレンズ付きフィルムユニット1のパトローネ収納室22及び未露光フィルム収納部19に装填する。
(5) この装填の際に、あらかじめカウンターをゼロに置き、フィルム2のパーフォレーションをフィルム移動に従動するスプロケット31に係合させる。
(6) その後、裏カバー11を閉じてレンズ付きフィルムユニット1内の遮光を行う。レンズ付きフィルムユニット1を分解するときに、溶着部分を破壊したり、こじ開け操作により遮光部分が破壊された場合には、必要に応じて遮光を確実にするために、遮光性粘着テープを貼着する。
(7) 最後に、自ら準備した紙カバー14を外側にかぶせてフィルムユニットを完成する。
4 原告の諸権利と被告製品の関係 (一)原告製品は特許権@及び実用新案権AないしCの実施品であるところ、被告製品は、いずれも、実用新案権AないしCの技術的範囲に属する。また、被告製品は、特許権@に係る明細書の特許請求の範囲1項及び2項の記載のうち、「撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニット」を除く構成を充足する(被告らは、前記部分について充足性を争っている。)。
(二)原告製品(一)は意匠権Dの、原告製品(二)は意匠権Eの、原告製品(三)は意匠権Fの実施品であるところ、被告製品(一)は意匠権Dの意匠と、被告製品(二)は意匠権Eの意匠と、被告製品(三)は意匠権Fの意匠と、それぞれ同一ないし類似する。
二 本件における争点 1 被告製品は、特許権@の技術的範囲に属するかどうか(特許権@に係る明細書の特許請求の範囲1項及び2項の記載のうち、「撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニット」の構成を充足するかどうか。)。
2 原告製品の日本国内及び韓国における販売により本件諸権利は消尽したかどうか。
3 本件における原告の本件諸権利の行使は、権利濫用(民法1条3項)に当たるかどうか。
4 原告の被った損害額はいくらか。
三 争点についての当事者の主張 1 争点1(被告製品の特許権@の充足性)について(一)原告の主張 特許権@に係る明細書の特許請求の範囲1項及び2項の記載のうち、「撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニット」における「再使用できない」というのは、ユーザーによってである(特許権@の特許公報(甲四の二)5欄2行参照)。
被告製品は、ユーザーが再利用することのできないものであるから、特許権@の技術的範囲に属する。
(二)被告らの主張 被告製品は、撮影後にフィルムを取り出した後も再使用できるものであるから、
特許権@の技術的範囲に属さない。
2 争点2(国内消尽及び国際消尽の成否)について(一)被告らの主張 (1) 最高裁第三小法廷平成九年七月一日判決(民集第五一巻六号二二九九頁)は、国内消尽につき、「特許権者又は実施権者が我が国の国内において特許製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである。」と判示している。
被告バトリーノンノンは、原告が日本国内において販売した原告製品について、
これを一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものを購入し、フィルムを入れ替えるなどの作業を行わせたものを、被告製品として販売しているところ、右の原告製品については、原告の販売により原告製品に実施されている本件諸権利(特許権・実用新案権・意匠権)はその目的を達したものとして消尽し、もはや本件諸権利の効力は、被告バトリーノンノンによる被告製品の販売等の行為には及ばない。
(2) 前掲最高裁判決は、国際的消尽につき、「我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である。」と判示している。
被告ケーアンドジェーは、原告が韓国において販売した原告製品について、これを韓国の一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものを、韓国の詰替業者が購入してフィルムを入れ替えるなどの作業を行ったものを、右業者から輸入して、販売したものであるところ、原告は、韓国における原告製品の販売に際して、譲受人との間で当該製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意しておらず、また、原告製品にその旨を表示していないから、被告ケーアンドジェーによる被告製品の販売等の行為に対して、本件諸権利(特許権・実用新案権・意匠権)を行使することは許されない。
(3) 原告製品は、その主要部分は構造的にも価値的にも撮影機能の備えられたフィルムユニット本体であるから、消費者による撮影後、現像所において撮影済みフィルムが抜き取られた後も商品としての寿命が尽きるものではない。被告らは、単に原告製品につき消耗品であるフィルムを入れ替えるなどしているだけであって、
その構造に変更を加えているものではないから、被告らの行為をもって本件諸権利の実施品の製造ということはできない。
原告製品の寿命が失われていない以上、原告の実施したデザインも寿命を失っておらず、被告らが原告製品の紙カバーを外して、自ら準備した紙カバー14をかぶせる行為は、原告の実施したデザインの修理というべきものである。
(二)原告の主張 (1) 国内消尽及び国際的消尽の主張は、被告が主張立証することを要する抗弁というべきであるところ、この抗弁が成立するためには、被告が販売等した製品と、
特許権者等が販売した「特許製品」とが、特許法上同一と評価されなければならない。そして、それらが同一であるか否かは、権利者が流通においた製品の性質、被告が製品を入手したときの製品の状況、被告の行為、権利者の意思等の諸般の事情を総合考慮して、社会通念に照らし、特許権者等が販売した特許製品等と、被告が販売した製品とが特許法上同一といえるかどうかで判断されるべきであり、その判断をするに際しては、各消尽論の根拠として挙げられる事情が、当該被告製品に対して工業所有権を行使することについて、あてはまるかどうかを考慮する必要がある。例えば、国内消尽が問題になっている場合には、当該被告の行為に特許権を行使することが社会公共の利益と調和するか、そのような特許権の行使により特許製品の円滑な流通が阻害されるか、そのような特許権の行使を認めなくても、当該被告の行為につき、発明の公開の代償が確保されているといえるかどうか、という点を考慮することが必要である。このような観点から本件をみると、次に述べるような点から、被告製品は、原告製品と特許法上同一と評価することができないから、
国内消尽ないし国際的消尽の抗弁は成立しない(右に述べたこと及び以下に述べることは、特許権のみならず、実用新案権及び意匠権についても同様に当てはまる。)。
(2) 原告製品は文字どおり「再利用できない」ようにされている「一回使用カメラ(single use camera)」であり、その客観的構造上、繰り返して使用され得ないものであるから、消費者が内蔵されたフィルムの撮影を終えて原告製品を現像所に送り、現像所が当該製品の蓋をこじあけ、フィルムを取り出した段階で、原告製品の寿命は終わっており、その段階で、「レンズ付きフィルム」ではなくなったといえる。したがって、その後右の形骸品を加工して、本件諸権利の権利範囲に属するレンズ付きフィルムを製造した場合には、それは原告製品とは、社会通念上別製品であるから、本件諸権利を侵害することになる。
消費者は、原告製品につき、使用可能枚数を撮り終り、これを現像取次店に出した段階で、原告製品のうちフィルム以外の部分については、所有権を放棄している(原告が原告製品につきリサイクル事業を始めるまでは、それらは実際に廃棄されていた。)。したがって、フィルムが取り去られた段階で、原告製品の経済的な価値は、ほぼ完全に喪失されたといえる。しかも、フィルムの取り去られた原告製品を再利用するのは相当な困難があるから、フィルムの取り去られた原告製品は極めて金銭的な価値が低いものであり、商品としての生命は完全に終わったといえる。
右のとおり、原告製品は、現像所がフィルムを取り終わった段階で、商品としての生命は終わったものである。したがって、その後、右の原告製品が加工され、本件諸権利の権利範囲に属するレンズ付きフィルムが製造されれば、それが当該権利を侵害することになることは疑問の余地がない。
(3) 使用済みの原告製品について、韓国の詰替業者が行い、被告バトリーノンノンが国内の業者に行わせている詰替え作業は、極めて複雑な工程であり、それ自体、新たな製造行為と評価すべきものである。
特許権@及び実用新案権AないしCは、いずれも「レンズ付きフィルム機構と内蔵されているパトローネ入りフィルムの組合せ」を特許請求の範囲ないしは実用新案登録請求の範囲としており、あらかじめ装填された未露光フィルムがその本質的要素であることは明らかである。被告製品は、使用済みの原告製品のフィルムを入れ替えることにより、特許権@及び実用新案権AないしCの必須の構成要素であり、技術思想の根幹をなす未露光フィルム等を新たに付与したものであるから、特許法上、原告製品との同一性を欠くものと評価すべきである。
意匠権DないしFの意匠は、いずれもカメラ本体とそれを覆う紙箱状の外装体に係るものであるところ、被告製品は、新たに製造した外装体によりカメラ本体を覆わせているものであるから、意匠を新たに形成させる行為を行ったものというべきである。
(4) 被告製品は、原告製品と比べて、欠陥の多いものであり、この意味でも、社会通念上、原告製品とは異なる製品と評価されるべきものである。
(5) 被告らは、被告製品につき被告ら独自の商標を用いており、また、被告製品に製造元として自己の名称を表示しているものであって、これらに照らせば、被告ら自身も、被告製品と原告製品が別製品であると認識した上で、被告製品を販売しているというべきである。
(6) 原告は、原告製品発売以来一貫して、原告製品が現像後は消費者の手に戻らないことを明確にしており、その後レンズ付きフィルムは社会的に定着したものであって、一般消費者もその点を、完全に認識していることは公知の事実である。したがって、原告がリサイクルないし部分的なリユースを開始する以前、すなわち使用済みの原告製品を廃棄していた時点では、消費者は、使用済みの原告製品を単なるゴミと認識していた。近年は、原告は、使用済みの原告製品につきリサイクルないし部分的なリユースを行っており、広報活動を通じてそのことを世の中に知らしめていることから、一般消費者の多くは、使用済みの原告製品が何らかの形でリサイクルないしリユースされていることを認識している。
(7) 原告は、原告製品が繰り返し使用されてはならないとの認識の下で原告製品を販売していたものであるから、原告が、原告製品販売時に、使用済みの原告製品につき、第三者によって加工がされた上で販売されることを許諾していたと認める余地はない。また、原告製品が市場において譲渡される際には使用済みの原告製品を用いて詰替え品が製造されることは想定されていないから、原告製品の寿命が終了した後にこれを用いて詰替え品を製造することができる権利を譲受人が取得することを前提として、原告製品の取引行為が行われているとは到底いえない。したがって、本件において、被告製品に対する本件諸権利の行使を認めても、何ら、市場における商品の自由な流通ないしは特許製品の円滑な流通も害されない。また、原告製品は、消費者が使用を終えて現像取次店に持ち込んだ段階で製品の寿命が終了するものであり、原告が原告製品の販売により得る本件諸権利についての対価は、
原告製品の右寿命の終了までに対応するものである。原告製品は繰り返して使用されてはならない製品であるから、原告において、原告製品を販売するときに、使用済みの原告製品を用いて詰替え品が製造されることを想定して、価格設定をすることは不可能である。右のとおり、本件においては、国内消尽を肯定すべき理由として最高裁第三小法廷平成九年七月一日判決(民集第五一巻六号二二九九頁)が挙げる点がいずれも欠けているから、国内消尽が成立する余地はない。
(8) また、本件においては、国外で販売した原告製品について国外で詰替え品が製造されて我が国に輸入されることが国際取引の状況から予想されるものとはいえないから、原告が、韓国での原告製品の販売時に、詰替え品の我が国での販売禁止を留保せず、製品に表示しなかったからといって、我が国における被告製品の販売を黙示的に許諾したと解することは到底できない。したがって、本件においては、
国際消尽を肯定すべき理由として前掲最高裁判決が挙げる点が欠けているから、国際消尽が成立する余地もない。
(9) 以上のとおり、あらゆる点からみて、原告製品と被告製品とは、社会通念に照らし、特許法(工業所有権法)上同一でない製品であり、また、最高裁判例の判示する国内消尽及び国際消尽の前提となる要件を欠くから、本件において国内消尽ないしは国際的消尽論の抗弁が成立する余地はない。
3 争点3(権利濫用の成否)について(一)被告らの主張 仮に本件諸権利が消尽していないとしても、本件における原告の諸権利の行使は、権利の濫用として許されない。すなわち、ゴミ問題が深刻化する現代社会にあって、原告は、原告製品の使用後のゴミ処理・リサイクル処理の努力を怠りながら、その一方で、本件諸権利を行使して被告らのリサイクル活動を禁じようとしているのであって、そうした原告の行為は、社会公共の利益の見地からして許されるべきではない。すなわち、原告の被告らの行為に対する本件諸権利の行使は、権利濫用(民法1条3項)に当たり、許されない。
(二)原告の主張 原告は、原告製品についてリサイクルのための体制を既に作り上げ、約七割を回収し、再利用又は再資源としての活用を行っており、原告がゴミ処理・リサイクル処理の努力を怠っているという被告らの主張は事実に反する。他方、被告らの行為は自らの営業上の利益のためであり、リサイクルの工程も、例えば再利用できないものについて再資源として活用するようなことは何ら考慮していないなど、環境問題を真剣に意識しているとはいえない。すなわち、原告の被告らの行為に対する本件諸権利の行使は、権利濫用に当たらない。
4 争点4(原告の損害額)について(一)原告の主張(1)被告ケーアンドジェーの販売による損害額 被告ケーアンドジェーは、平成六年六月から平成九年一二月まで、被告製品(一)ないし(三)を合計一四万二六五二個(内訳、通常の詰替えカメラ一二万一二六七個、白黒セピア詰替えカメラ二万一三八五個)販売し、その売上高は七三〇八万七三〇五円(内訳、通常の詰替えカメラ六一八五万〇八〇五円、白黒セピア詰替えカメラ一一二三万六五〇〇円)である。
原告は、次のとおり、損害を主張する。
@ 原告は、原告製品の販売により、原告製品一個当たり少なくとも五〇円の利益を得ている。したがって、被告ケーアンドジェーの販売数量一四万二六五二個に五〇円を乗じた七一三万二六〇〇円が損害となる(特許法102条1項、実用新案法29条1項、意匠法39条1項)。
A 被告ケーアンドジェーは、被告製品の販売により、少なくとも販売額の一〇パーセントの利益を得た。したがって、右販売額七三〇八万七三〇五円の一〇パーセントに相当する七三〇万八七三〇円が原告の損害となる(特許法102条2項
実用新案法29条2項、意匠法39条2項)。
B 原告製品は、発売以来市場において非常な好評を博し、高い売上げを記録しているものであるところ、本件諸権利は、原告製品の基本的な構成に係るものであり、本件諸権利をそれぞれ単独で許諾した場合における実施料は、特許権@については販売額の七パーセント、実用新案権Bについては五パーセント、実用新案権A、C、意匠権DないしFについては各三パーセントを下回ることはなく、これらの権利の複数を一個の製品に実施する場合の実施料としても販売額の一〇パーセントを超えるものである。したがって、被告ケーアンドジェーによる被告製品の販売額七三〇八万七三〇五円の一〇パーセントに相当する七三〇万八七三〇円が原告の損害となる(特許法102条3項、実用新案法29条3項、意匠法39条3項)。
原告は、被告ケーアンドジェーに対して、右損害のうち五〇〇万円を請求する。
(2)被告バトリーノンノンの販売による損害額 被告バトリーノンノンは、平成七年一一月から平成九年一〇月まで、被告製品(二)、(三)を合計六六万四八〇五個販売し、その売上額は三億〇五六七万一〇〇〇円である(なお、被告バトリーノンノンは、準備書面(七)(平成一〇年一月二九日付け)において右販売数量、販売額を自白しながら、その後、準備書面(一六)(平成一二年一月三一日付け)においてこれを翻しているが、右自白が真実に反してされたことの証明がないから、自白の撤回は許されない。) 原告は、次のとおり、損害を主張する。
@ 原告は、原告製品の販売により、原告製品一個当たり少なくとも五〇円の利益を得ている。したがって、被告バトリーノンノンの販売数量六六万四八〇五個に五〇円を乗じた三三二四万〇二五〇円が損害となる(特許法102条1項、実用新案法29条1項、意匠法39条1項)。
A 被告バトリーノンノンは、被告製品(二)、(三)の販売により、少なくとも販売額の一〇パーセントの利益を得た。したがって、右販売額三億〇五六七万一〇〇〇円の一〇パーセントに相当する三〇五六万七一〇〇円が原告の損害となる(特許法102条2項、実用新案法29条2項、意匠法39条2項)。
B 原告製品は、発売以来市場において非常な好評を博し、高い売り上げを記録しているものであるところ、本件諸権利は、原告製品の基本的な構成に係るものであり、本件諸権利をそれぞれ単独で許諾した場合における実施料は、特許権@については販売額の七パーセント、実用新案権Bについては五パーセント、実用新案権A、C、意匠権DないしFについては各三パーセントを下回ることはなく、これらの権利の複数を一個の製品に実施する場合の実施料としても販売額の一〇パーセントを超えるものである。したがって、被告バトリーノンノンによる被告製品(二)、
(三)の販売額三億〇五六七万一〇〇〇円の一〇パーセントに相当する三〇五六万七一〇〇円が原告の損害となる(特許法102条3項、実用新案法29条3項、意匠法39条3項)。
原告は、被告バトリーノンノンに対して、右損害のうち三〇〇〇万円を請求する。
(二)被告らの主張 被告ケーアンドジェーが、平成六年六月から平成九年一二月まで、被告製品(一)ないし(三)を原告主張の数量販売し、その売上高が原告主張のとおりであることは、認める。
被告バトリーノンノンの平成七年一一月から平成九年一〇月までの被告製品(二)、(三)の販売数量、売上高についての原告主張は争う。被告バトリーノンノンは、平成七年一一月から平成九年一〇月まで、被告製品(二)、(三)を、合計五三万六六三八個(内訳、通常の詰替えカメラ三三万一一九四個、白黒セピア詰替えカメラ二〇万五四四四個)販売し、その売上高は二億九二七六万三二〇五円(内訳、通常の詰替えカメラ一億三九六九万二五三〇円、白黒セピア詰替えカメラ一億五三〇七万〇六七五円)である。
原告の主張する原告製品一個当たりの利益額は、争う。原告は、原告製品を回収してリサイクルするための回収システムを構築し、これを運営維持するために多額の費用を要しているはずであり、原告製品の原価においてこの費用を考慮するときには、原告製品一個当たりの利益額は相当程度減少するはずである。
原告の主張する被告製品の利益率は、否認する。被告らは、いずれも被告製品の販売によっては利益を得ておらず、むしろ損失を出している。被告らは、経費をかけて被告製品の販路を開拓し、営業努力によりようやく被告製品の販売が軌道に乗りかけた時に、原告から本件訴訟が提起されたことで、被告製品を取り扱う小売店が激減し、販路を閉ざされたもので、結局被告製品の販売による利益を得られるに至らなかったものである。
原告の主張する本件諸権利の実施料相当額は、否認する。統計資料においては、
複合的な権利を含む場合の高率事例であっても、八パーセントの事例が最も多いのであって、これに照らしても、原告の主張する一〇パーセントという実施料率は高率にすぎる。
被告らの販売した被告製品のうち白黒セピア詰替えカメラは、セピア色に印画できるフィルムに詰め替えたことにより、通常の詰替えカメラより高額で取引できるようになったものであり、原告製品においてこれに対応する商品のない、被告らの独創に係る商品である。したがって、白黒セピア詰替えカメラについては、本件諸権利の技術的範囲に属するとしても、被告らの独創がその売上げに寄与していることを考慮すべきである。
当裁判所の判断
一 争点1(被告製品の特許権@の充足性)について 特許権@に係る明細書の特許請求の範囲1項及び2項には、「撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニット」の記載があるが、同明細書の詳細な説明には、従来技術の問題点を解決する試みの例として「レンズ付きフィルムユニットに三五ミリ幅のフィルム(一三五フィルム)を用いる試みがなされている。また、この三五ミリ幅のフィルムとして、国際標準規格(ISO:一〇〇七ー一九七九年版)で規定されたパトローネ付きのものを用いて、レンズ付きフィルムユニットを分解又は破壊しなくては、これを取り出せないような構造にしておくと、ユーザーには再利用できず、フィルム現像所では現行の現像処理システムを使用することができるレンズ付きフィルムユニットが考えられる。」との記載があり(特許公報(甲四の二)4欄39行〜5欄5行)、また、本件特許発明実施例の説明として、「裏蓋3は、本体基部2に超音波溶着などによって固着され、ユーザーはこれを取り外すことができないようになっている。」との記載がある(同特許公報8欄15行〜17行)。これらの記載に照らせば、特許請求の範囲1項及び2項における「再使用できない」というのは、レンズ付きフィルムユニットを購入した一般消費者によって再使用できないという意味である。
別紙目録(一)ないし(三)の記載によれば、被告製品は、前カバー10と裏カバー11が本体9に前後から一部はフック13で連結された後に遮光性粘着テープで固着されるなどの構成をとるものであって、一般消費者がフィルムを露光させることなく詰め替えることが困難な構造となっているから、撮影後にフィルムを取り出した後は再利用できないものというべきである。したがって、被告製品は、特許請求の範囲1項及び2項における「撮影後にフィルムを取り出したのちは再使用できないようにされたレンズ付きフィルムユニット」という構成を充足するものであり、特許権@の発明の技術的範囲に属する。
二 争点2(国内消尽及び国際消尽の成否)について 1 国内消尽について (1) 特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内において当該特許発明に係る製品(以下「特許製品」という。)を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達したものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を使用し、譲渡し又は貸し渡す行為等には及ばないものというべきである(最高裁平成七年(オ)第一九八八号同九年七月一日第三小法廷判決・民集第五一巻六号二二九九頁参照)。
(2) しかしながら、特許製品がその効用を終えた後においては、特許権者は、当該特許製品について特許権を行使することが許されるものと解するのが相当である。けだし、@ 一般の取引行為におけるのと同様、特許製品についても、譲受人が目的物につき特許権者の権利行使を離れて自由に業として使用し再譲渡等をすることができる権利を取得することを前提として、市場における取引行為が行われるものであるが、右にいう使用ないし再譲渡等は、特許製品がその効用を果たしていることを前提とするものであり、年月の経過に伴う部材の摩耗や成分の劣化等によりその効用を果たせなくなった場合にまで譲受人が当該製品を使用ないし再譲渡することを想定しているものではないから、その効用を終えた後の特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても、市場における商品の自由な流通を阻害することにはならず、A 特許権者は、特許製品の譲渡に当たって、当該製品が効用を終えるまでの間の使用ないし再譲渡等に対応する限度で特許発明の公開の対価を取得しているものであるから、効用を終えた後の特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても、特許権者が二重に利得を得ることにはならず、他方、効用を終えた特許製品に加工等を施したものが使用ないし再譲渡されるときには、特許製品の新たな需要の機会を奪い、特許権者を害することとなるからである。
右にいう特許製品がその効用を終えた場合とは、年月の経過により特許製品の部材が物理的に摩耗し、あるいはその成分が化学的に変化したなどの理由により当該製品の使用が実際に不可能となった場合がその典型であるが、物理的には複数回の使用が可能であるにもかかわらず保健衛生上の観点から再度の使用が禁じられているもの(例えば、使い捨て注射器や使い捨てコンタクトレンズ等)など、物理的にはなお使用が可能であっても一定回数の使用により社会通念効用を終えたものと評価される場合をも含むものと解される(物理的な摩耗や成分変化等により使用が不可能となった特許製品は、通常、廃棄されるので、特許法上の問題を生ずることはほとんど想定できないが、社会通念効用を終えたにもかかわらず物理的には使用が可能な製品については、その再使用や再譲渡に対して、特許権者からの権利行使が許されるかどうかが問題となり得る。)。このような場合において、特許製品が効用を終えるべき時期は、特許権者ないし特許製品の製造者・販売者の意思により決せられるものではなく、当該製品の機能、構造、材質や、用途、使用形態、取引の実情等の事情を総合考慮して判断されるべきものである。
(3) また、当該特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を取り除き、これを新たな部材に交換した場合にも、特許権者は、当該製品について特許権を行使することが許されるものと解するのが相当である。けだし、このような場合には、当該製品は、もはや特許権者が譲渡した特許製品と同一の製品ということができないからである。もっとも、特許発明を構成する部材であっても消耗品(例えば、電気機器における電池やフィルターなど)や製品全体と比べて耐用期間の短い一部の部材(例えば、電気機器における電球や水中用機器における防水用パッキングなど)を交換すること、又は損傷を受けた一部の部材を交換することにより製品の修理を行うことによっては、いまだ当初の製品との同一性は失われないものと解すべきである。
(4) 主張立証責任に関しては、特許権者による権利行使に対して、相手方は、抗弁事実として、その対象となっている製品が特許権者等により譲渡された特許製品に由来することを主張立証すれば、消尽を理由として特許権者の権利行使を免れることができ、これに対して、特許権者は、再抗弁事実として、当該対象製品が、特許製品として既に効用を終えたものであること又は特許製品における特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を交換したものであることを主張立証することにより、消尽の成立を否定することができるものと解するのが相当である。
(4) そして、右の(1)ないし(3)に述べたところは、特許権のみならず、実用新案権及び意匠権についても同様に当てはまるものである。
2 国際消尽について 我が国の特許権者又はこれと同視し得る者が国外において特許製品を譲渡した場合においては、特許権者は、譲受人に対しては、当該製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意した場合を除き、譲受人から特許製品を譲り受けた第三者及びその後の転得者に対しては、譲受人との間で右の旨を合意した上特許製品にこれを明確に表示した場合を除いて、当該製品について我が国において特許権を行使することは許されないものと解するのが相当である(前掲最高裁第三小法廷平成九年七月一日判決)。しかしながら、右のような場面においても、当該特許製品がその効用を終え、あるいは特許製品において特許発明の本質的部分を構成する主要な部材が交換されたときには、特許権者による権利行使は許されると解するのが相当である。けだし、@ 国外での経済取引においても、譲受人は譲渡人が有していたすべての権利を取得することを前提として取引行為が行われるものであり、その点は特許製品についても同様であるが、それは、特許製品がその効用を果たしていることを前提とするものであるから、その効用を終えた後の特許製品に特許権の効力が及ぶと解しても、国際取引における商品の自由な流通を阻害することにはならず、A 譲受人又は譲受人から特許製品を譲り受けた第三者が、その効用を終えた後の特許製品を我が国に輸入し、あるいは我が国において使用ないし譲渡することは、特許権者において当然に予想されるところではないというべきであり、また、B 特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を交換した製品は、もはや特許権者が譲渡した特許製品と同一の製品ということができないからである。
したがって、特許権者は、特許製品について販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を譲受人との間で合意したことや右の旨を特許製品に明示したことに代えて、差止め等を求める対象製品が、特許製品として既に効用を終えたものであること又は特許製品における特許発明の本質的部分を構成する主要な部材を交換したものであることを主張立証することにより、当該対象製品について特許権を行使することができる。そして、右の点は、特許権のみならず、実用新案権及び意匠権についても同様に当てはまるものである。
3 本件についての検討 (一) 本件においては、原告製品は特許権@、実用新案権AないしC及び意匠権DないしFの実施品であるところ、被告バトリーノンノンは、原告が日本国内において販売した原告製品について、これを一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものを購入し、フィルムを入れ替えるなどの作業を行わせたものを、被告製品として販売している。被告ケーアンドジェーは、原告が韓国において販売した原告製品について、これを韓国の一般消費者が使用後に現像所に持ち込んだものを、韓国の詰替業者が購入してフィルムを入れ替えるなどの作業を行ったものを、右業者から輸入して、販売していた。したがって、被告らの販売する被告製品は、いずれも原告が日本国内又は韓国において販売した原告製品に由来するものである。また、韓国における原告製品の販売に際して、原告が譲受人との間で当該製品の販売先ないし使用地域から我が国を除外する旨を合意しておらず、また、原告製品にその旨を表示していないことは、当事者間に争いのないところであるから、前記のような国内消尽及び国際消尽の成立を妨げる事情が認められない限り、原告は、被告製品につき本件諸権利を行使することができないこととなる。
(二) この点について、原告は、(1) 原告製品は再利用できない「一回使用カメラ」であり、消費者が内蔵されたフィルムの撮影を終えて原告製品を現像所に送り、現像所においてフィルムが取り出された段階でその寿命は終わっている、(2) 被告製品は、特許権@及び実用新案権AないしCの必須の構成要素であり、技術思想の根幹をなす未露光フィルム等を新たに付与したものであるから、原告製品との同一性を欠く、(3) 意匠権DないしFの意匠は、いずれもカメラ本体とそれを覆う紙箱状の外装体に係るものであるところ、被告製品は、新たに製造した外装体によりカメラ本体を覆わせているものであるから、意匠を新たに形成させる行為を行ったものである、などと主張している。そこで、原告の右主張の当否について検討する。
(三) 前記の争いのない事実、証拠(甲一一、一二)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(1) 原告製品は、フィルムユニットの前カバー10と裏カバー11をフィルムユニットの本体9に前後から連結した上、本体9の底部と裏カバー11の底部を超音波により溶着して接合するなどされており、原告製品に内蔵されたフィルムの撮影を終えた消費者がフィルムユニット本体から撮影済みのフィルムを露光させることなく取り出すことは困難な構造となっている。
(2) 原告製品は、撮影後に現像所においてフィルムを取り出す際にフック等の連結部材が破壊される上、新たなフィルムを装填するために裏カバーを本体から外すとフック、超音波溶着部分等が破壊されることから、原告製品のフィルムを入れ替えた上で裏カバーを再び装着した製品は、遮光性の低下など、原告製品に比べて品質、性能が劣るものとならざるを得ない。
(3) 原告製品は、昭和六二年の発売当初から、いわゆる「使い捨てカメラ」として販売されている。原告製品を購入した消費者は、内蔵されたフィルムの撮影を終えた後は、これをフィルムユニット本体ごと現像取次店に持ち込み、現像を経て完成された写真とネガフィルムを受領するものであって、フィルムユニット本体は返還されない。このように、撮影後、フィルムユニット本体が消費者の手元に残らないことは、原告製品が市場において広く受け入れられ、大量の製品が販売されるのに伴って(ちなみに、平成九年においては五〇〇〇万個を超える売り上げを記録している。)、一般消費者の間で広く認識されるに至り、被告らが被告製品の販売を始めた平成六年の時点においては既に社会一般における共通認識となっていた。
(四) 右認定事実によれば、原告製品は、これを購入した消費者が内蔵されたフィルムの撮影を終えて、現像取次店を経由して現像所に送り、現像所において撮影済みのフィルムが取り出された時点で、社会通念上、その効用を終えたものというべきである。したがって、本件においては、原告製品に実施されている特許権@、
実用新案権AないしC及び意匠権DないしFについて、国内消尽及び国際消尽の成立を妨げる事情が存在するというべきであるから、原告が被告製品についてこれらの権利を行使することは許されるものである。
(五) また、本件諸権利のうち意匠権DないしFに関しては、前記の争いのない事実によれば、フィルム詰替え作業において、原告製品において右各意匠権の意匠を構成する主要な部分である紙カバーを外した上、自ら準備した紙カバー14を取り付けたというのであるから、被告製品は、意匠の本質的部分を構成する主要な部材を交換したもので、原告製品と同一の製品と評価することはできず、この点からも、国内消尽及び国際消尽の成立は否定される。
(六) 被告らは、原告製品は現像所において撮影済みフィルムが抜き取られた後も商品としての寿命が尽きるものではなく、被告らが原告製品の紙カバーを外して、自ら準備した紙カバー14をかぶせる行為も原告の実施したデザインの修理であると主張するが、原告製品は、現像所において撮影済みフィルムが抜き取られた時点において、社会通念上その効用を終えたものであり、意匠権DないしFに関しては、被告らが原告製品の紙カバーを外して自ら準備した紙カバー14をかぶせる行為により被告製品は原告製品と同一性を失っていることは、前に説示したとおりである。被告らの主張は、採用できない。
三 争点3(権利濫用の成否)について 前記の争いのない事実、証拠(甲九、甲一二、乙一一)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告らは、消費者による原告製品の使用後、現像所においてフィルムが取り出されて、その効用を終え、経済的にも無価値となったものを回収した上で、フィルムを入れ替えるなどして被告製品として販売しているものであり、確かに原告自身による原告製品のリサイクルシステムが整備されていない場合には、被告らの行為は、資源の再利用及び廃棄物の減量化という観点から社会的に評価し得るものである。しかし、右の点を考慮しても、被告らによる被告製品の販売等の行為に対して、原告が本件諸権利を行使することが権利の濫用として許されないと解することはできない。
また、被告らは、ゴミ問題が深刻化する現代社会にあって、原告は、原告製品の使用後のゴミ処理・リサイクル処理の努力を怠りながら、その一方で、本件諸権利を行使して被告らのリサイクル活動を禁じようとしていると主張するが、証拠(甲九、一二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、原告製品についてリサイクルシステムを構築、運営しているものであって、使用済みの原告製品の多くを回収し、新たに原告製品を製造するための資源として再利用していることが認められるものであって、これによれば、被告らの主張はその前提を欠き、採用できない。
四 争点4(原告の損害額)について(一)被告ケーアンドジェーが、平成六年六月から平成九年一二月までの間、被告製品(一)ないし(三)を合計一四万二六五二個販売し、その売上高が七三〇八万七三〇五円であることは、争いがない。
証拠(乙一八ないし二〇、二二)及び弁論の全趣旨によれば、被告バトリーノンノンは、平成七年一一月から平成九年一〇月まで、被告製品(二)、(三)を、合計五三万六七三八個(内訳、通常の詰替えカメラ三三万一一九四個、白黒セピア詰替えカメラ二〇万五五四四個)販売し、その売上高は二億九二八五万一二〇五円(内訳、通常の詰替えカメラ一億三九六九万二五三〇円、白黒セピア詰替えカメラ一億五三一五万八六七五円)であることが認められる。原告は、被告バトリーノンノンは準備書面(七)(平成一〇年一月二九日付け)において販売数量を六六万四八〇五個、売上高を三億〇五六七万一〇〇〇円と主張したから、後にこれと異なる主張をすることは自白の撤回に該当し許されないと主張するが、右準備書面には、「別紙被告バトリーノンノンに関する計算表について説明する(ただし、平成八年一一月から平成九年一〇月期の決算が未了のため金額の正確性には欠ける点ご考慮されたい。また、訴状添付目録(二)及び(三)の物品以外の物品についての金額も若干含まれている可能性もある。)。」と記載されているものであり、また、右準備書面において主張された販売数量、売上高は証拠(乙一八ないし二〇)により認定された前記販売数量、売上高と異なるものであるから、前記認定と異なる限度において、
被告バトリーノンノンの主張は、真実に反し、錯誤に基づいてされたものとして撤回を許されるというべきである。
(二)次に、右の販売数量、売上高を前提として原告の被った損害額につき検討するに、まず、本件諸権利の実施料相当額については、前記の争いのない事実に証拠(発明協会研究所編「実施料率〔第4版〕」。甲一六)及び弁論の全趣旨により、
本件諸権利の内容とそれが原告製品において占める役割、原告製品が社会的に大きな関心を集め、市場において好評を博して多額の売上高を記録したこと、被告製品の販売数量、売上高等の事情を総合考慮すれば、被告製品(一)ないし(三)についての本件諸権利を合わせたものに対する実施料相当額は、各製品につき販売額の八パーセントと認めるのが相当である。なお、被告らは、被告製品のうち白黒セピア詰替えカメラについては、被告らの独創が売上げに寄与していることを考慮すべきであると主張するが、白黒セピア詰替えカメラが通常の詰替えカメラと比較して販売額が高額であるというのであれば、右実施料率の下で白黒セピア詰替えカメラの販売により被告らの取得する利益もそれに応じて多額になるのであるから、通常の詰替えカメラの場合と同一の実施料率を認定する妨げとなるものではない。また、本件損害賠償請求に係る被告ケーアンドジェーの被告製品の販売期間(平成六年六月から平成九年一二月まで)については、特許権@(平成六年一〇月七日登録)、実用新案権C(平成六年六月六日登録)、意匠権Dのうち類似七の意匠(平成六年八月五日登録)、意匠権E(平成六年九月九日登録)及び意匠権F(平成六年一一月二二日登録)が、期間の一部につき登録前となるが、本件諸権利はいずれもレンズ付きフィルムユニットに関するものであって密接に関連する内容であり、このうち特許権@が本件諸権利の中心をなす権利として単独でも少なくとも販売額の五パーセントを実施料相当額と認め得るものであることからすれば、実用新案権Cの登録後で特許権@の登録前においては、登録済みの権利を合わせたものに対する実施料相当額は五パーセント(証拠(乙二二)によれば、実用新案権Cの登録前に被告ケーアンドジェーが販売した被告製品はない。)、特許権@の登録後においては、登録済みの権利を合わせたものに対する実施料相当額は販売額の八パーセントと、評価し得るものと認められる。そして、証拠(乙二二)によれば、被告ケーアンドジェーが特許権@の登録日である平成六年一〇月七日より前に販売した被告製品の販売額は三〇六万三八四五円、同日以後に販売した被告製品の販売額は七〇〇二万三四六〇円と認められる。
そうすると、特許法102条3項、実用新案法29条3項及び意匠法39条3項によれば、原告の被った損害額は、被告ケーアンドジェーについては、特許権@の登録前の販売額三〇六万三八四五円に五パーセントを乗じた一五万三一九二円と特許権@の登録後の販売額七〇〇二万三四六〇円に八パーセントを乗じた五六〇万一八七六円の合計額である五七五万五〇六八円、被告バトリーノンノンについてはその販売合計額である二億九二八五万一二〇五円に八パーセントを乗じた二三四二万八〇九六円と認められる。
原告は、特許法102条1項、実用新案法29条1項、意匠法39条1項に基づく損害の主張において、原告利益が原告製品一個当たり五〇円と主張し、特許法102条2項、実用新案法29条2項、意匠法39条2項に基づく損害の主張において、被告利益が被告製品の販売額の一〇パーセントと主張するが、これらを認めるに足りる証拠はない。
(三)右によれば、原告の被告ケーアンドジェーに対する損害賠償請求は理由があり、被告バトリーノンノンに対する損害賠償請求は主文第四項記載の限度で理由がある。
五 結論 また、被告ケーアンドジェーは、被告製品の輸入、販売は既にやめており、現在はこれを行っていないと主張するが、この点については同被告による輸入、販売が全面的に中止されたことを認めるに足りる証拠はなく、また、被告ケーアンドジェーが販売先小売店や消費者に対して被告製品の販売を取りやめたことを通知したなどの事実の主張立証もされていないから、原告が被告ケーアンドジェーに対して被告製品の輸入、販売等の差止めを求める利益は失われていないというべきである。
以上によれば、原告の被告ケーアンドジェーに対する請求はいずれも理由があり、被告バトリーノンノンに対する請求は、主文第二項及び第四項記載の限度で理由がある。
よって、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 三村量一
裁判官 和久田道雄
裁判官 田中孝一