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関連審決 不服2001-696
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成16ネ2790損害賠償等請求控訴事件 判例 特許
平成20ネ10019特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
平成17行ケ10137審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成17行ケ10102審決取消(特許)請求事件 判例 特許
平成16ネ648損害賠償請求控訴事件 判例 特許
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  拒絶査定不服審判 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10109号 審決取消(特許)請求事件

原告 富士ゼロックス株式会社
訴訟代理人弁理士 吉田研二
同 石田純
同 志賀明夫
被告 特許庁長官 小川洋
指定代理人 秋月 美紀子
同 山口由木
同 高木彰
同 高橋泰史
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/07/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2001−696号事件について平成16年8月31日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文と同旨
事案の概要
本件は,後記本願発明の出願人である原告が,特許庁から拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が審判請求不成立の審決をしたため,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求原因 (1) 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「静電荷像現像用トナー,静電荷像現像剤及び画像形成方法」とする発明につき,平成11年3月1日に特許出願(特願平11-52537号,以下「本件出願」という。甲2)をしたところ,特許庁は,平成12年12月19日,拒絶査定をした。
そこで原告は,平成13年1月18日に拒絶査定不服審判の請求をし,同請求は不服2001-696号事件として特許庁に係属したが,その係属中の平成16年5月31日に特許請求の範囲変更等を内容とする手続補正をした。
特許庁は,同事件について審理した上,平成16年8月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年9月14日,原告に送達された。
(2) 発明の内容 平成16年5月31日付け手続補正書により補正された明細書(甲3。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された請求項は3項から成るが,うち請求項1(以下「本願請求項1」という。)の内容は,下記のとおりである。
記 「定着基材上に加熱定着するための静電荷像現像用トナーにおいて,定着画像表面の光沢度Gmが20%以上であり,かつ加熱定着手段としての定着部材の表面温度が140〜170℃の範囲における前記表面温度の差1℃当たりの前記光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下であり,前記定着画像表面の粗さを示す局部山頂の平均間隔Sが0.30mm以下であることを特徴とする静電荷像現像用トナー」 (3) 審決の内容 ア 審決の内容は,別添審決謄本のとおりである。その理由の要旨は,本願請求項1に係る発明は,その出願前に頒布された下記刊行物1〜6に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない,としたものである。
記 刊行物1:特開平8-314300号公報(甲4) 刊行物2:特開平10-282822号公報(甲5) 刊行物3:特開平9-34163号公報(甲6) 刊行物4:特開平8-194331号公報(甲7) 刊行物5:特開平10-123863号公報(甲8) 刊行物6:特開平8-334930号公報(甲9,公報番号は誤記訂正後のもの) イ 上記判断をするに当たり,審決は,刊行物2を主たる引用例とし,これに記載された発明(以下「刊行物2発明」という。)の要旨を下記のとおり認定した。
記 「加熱加圧定着手段により,記録材上に形成されたトナー画像を加熱加圧定着,記録材に定着画像を形成する画像形成方法に用いる非磁性トナーにおいて,定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃当たりの光沢度の変化の最大値は,0.8%/℃以下であり,定着ローラの周速が20乃至50mm/secの場合に光沢度(75度グロス)が20〜30の定着画像を形成するトナー。」 ウ 審決は,刊行物2発明についての前記認定を前提として,これと本願請求項1の発明との一致点及び相違点を,次のとおりとした。
(一致点) 定着基材上に加熱定着するための静電荷像現像用トナーにおいて,定着画像表面の光沢度が高く,加熱定着手段としての定着部材の定着温度範囲における,表面温度の差1℃当たりの定着画像表面の光沢度の変化率の最大値が1.8%/℃以下である静電荷像現像用トナーである点。
(相違点1) 本願請求項1に係る発明では,定着画像の光沢度Gmが20%以上であるのに対して,刊行物2記載の発明では,定着ローラの周速が20乃至50mm/secの場合に光沢度(75度グロス)が20〜30である点。
(相違点2) 本願請求項1に係る発明の定着部材の表面温度が140〜170℃の範囲で光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下であるのに対して,刊行物2記載の発明では,定着温度180℃付近の155〜190℃の範囲で光沢度の変化率の最大値が1.8%/℃以下である点。
(判決注:審決に「刊行物1」とあるのは「刊行物2」の誤記と認める。) (相違点3) 本願請求項1に係る発明では,定着画像表面の粗さを示す局部山頂の平均間隔Sが0.30mm以下であるのに対して,刊行物2には,定着画像表面の表面粗さについて記載されていない点。
(4) 審決の取消事由 しかしながら,審決は,以下に述べるとおり,刊行物2発明の技術内容の認定を誤った結果,本願請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)との一致点・相違点の認定を誤り,ひいては進歩性の判断を誤った違法があり,取消しを免れない。
ア(取消事由1:相違点1に係る判断の誤り) 審決は,定着画像の光沢度という構成要件について,相違点1の判断において,本願発明では入射角45度での光沢度が20%以上であるのに対して,刊行物2発明においても,トナーの特性や定着の条件等を調節することによって,本願発明と同様の光沢度を得ることは当業者が容易になし得たものである,と認定判断したが,誤りである。
(ア) すなわち,刊行物2発明のトナーは,従来の黒色トナーと同様の設計思想の下に,光沢度を低くして,記録紙の先端と後端あるいは表面と裏面の光沢度の差を減少させるものであり,甲12(説明図)に示す従来の黒色トナーと同様の挙動を示すトナーである。そして,このようなトナーを使用して定着ローラの周速を変えることにより,形成する画像の種類に応じて光沢度を変化させ,カラー画像にも対応するものである。
これは,本件明細書(甲3)の段落【0008】に「この方法は極端に光沢度を低下させて光沢度の差を減少させる方法である。しかし,カラートナーを透明フィルム等に定着する場合は,透明性を得ることができない。また,定着部材と定着基材との接触時間を増加させることにより,定着温度差を減少させ,光沢度差を低下させる方法があるが,この方法は複写機の高速化に対応できないなどの問題がある。」と記載されているとおり,従来技術そのものである。
(イ) ところで,審決は,「入射角45度で測定した光沢度は,75度で測定した場合より小さくなるので,刊行物2記載の発明は,本願発明より定着画像の光沢度は小さめといえる。」(5頁21行〜23行)と認定した。この認定のうち,入射角45度で測定した光沢度が,入射角75度で測定した場合より小さくなるとの点は正しいが,問題は,その差の程度である。両者の差は著しいものであって,審決の認定のように「小さめ」という程度のものではない。
甲14(原告作成の実験報告書)に示すとおり,入射角45度で測定した光沢度は,入射角75度で測定した光沢度に比べ,1〜3割程度となる。したがって,刊行物2発明のトナーでは光沢度(入射角75度)が20〜30であるが,入射角45度で測定した場合に光沢度は2〜3となる。さらに,本願発明では,定着温度140℃であるのに対して,刊行物2では,定着温度は180℃である。甲12(説明図)に示したように,定着温度が下がると光沢度は低下するため,刊行物2発明のトナーによる定着画像の140℃における入射角45度の光沢度は2〜3よりもさらに小さい値になる。
このように,刊行物2発明のトナーは,定着部材の表面温度140℃において定着画像の光沢度Gm(入射角45度)が20%以上という本願発明の要件を全く満たさない。
入射角45度で比較すれば,刊行物2発明のトナーの光沢度は,著しく低いものなのである。
審決が認定するように「フルカラー画像においては,入射角75度の光沢度が50を越える高光沢度の画像を形成することは周知技術」(5頁25行〜27行)であったとしても,刊行物2発明のトナーは,定着温度180℃における定着によっても入射角45度に換算すれば2〜3という低い光沢度しか得られておらず,このように著しい差がある以上,単に定着条件を調整する等のことによって入射角45度で20%以上の光沢度を得ることは不可能である。
したがって,審決が,刊行物2発明においてトナーの特性や定着の条件を調節することによって「入射角45度での光沢度が20%以上となるようにすることは当業者が容易になし得た」(5頁下から4行〜3行)と判断したことは,誤りである。
イ(取消事由2:光沢度変化の最大値についての刊行物2発明の認定誤りに起因する,一致点及び相違点2の認定誤り並びに相違点2に係る判断の誤り) (ア) 審決は,刊行物2発明について,「定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値は,0.8%/℃以下」(3頁下から10行〜9行)であると認定した。
しかし,審決はかかる認定をするに当たり,刊行物2に記載された各実施例における光沢度の上昇が,155℃から190℃の間の特定の5℃の定着温度の上昇のときに起こったと仮定して,実施例に記載された光沢度の上昇を5で除して「温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値」を求めているが,そのような仮定をする根拠は全くない。したがって,根拠のない仮定に基づく上記認定は,明らかに誤りである。
(イ) そして,光沢度の変化率の最大値という構成要件について,審決の,一致点及び相違点2の認定並びに相違点2に係る本願発明の構成の容易想到性の判断は,刊行物2発明についての上記の誤った認定を前提としたものであるから,いずれも誤りである。
(ウ) 被告は,審決に上記(ア)のとおりの誤りがあることを認めながら,刊行物2発明と本願発明との間には,光沢度の変化率が小さいという点で実質的な差異はなく,本願発明が光沢度の変化率Gsの最大値を1.8%/℃と限定したことにも臨界的意義はなく,本願発明は従来からカラートナーに要望されていた特性を数値で規定したものにすぎないから,相違点2に係る審決の判断は結論において誤りはない,と主張するが,失当である。
すなわち,本願発明のトナーは,従来実現されなかった「光沢度(入射角45度)20%以上」(高い光沢度)と「光沢度変化率の最大値1.8%/℃以下」(小さい光沢度変化率)を同時に達成するものである。
これに対し,刊行物2発明のトナーは,光沢度変化率が小さいという点で本願発明と一致するとしても,光沢度が格段に低いものである。また,審決が周知技術として例示する他の刊行物においても,刊行物1,3に記載されたトナーは,刊行物2と同じく低い光沢度のトナーであって,定着速度及び定着温度等の定着条件を変化させても,光沢度(入射角45度)は20%以上とはならない。他方,刊行物4〜6に記載されたような光沢度の高いトナー(入射角45度の光沢度20%以上)では,光沢度変化率は大きいもの(最大値1.8%/℃以上)になる,というのが技術常識であった。
本願発明は,トナーに使用する樹脂の分子量や不溶分について従来のトナーと設計思想を変えることにより,従来実現されなかった,「光沢度(入射角45度)20%以上」(高い光沢度)と「光沢度変化率の最大値1.8%/℃以下」(小さい光沢度変化率)との両立を達成したものであり,そのための手段についても本件明細書に開示されている。本件明細書記載の実施例と比較例とにより,光沢度変化率の最大値1.8%/℃以下という数値の臨界的意義も示されている。
したがって,高い光沢度と小さい光沢度変化率は,技術的思想はそれぞれ周知の事項であっても,それを同時に達成する具体的手段を明示した本願発明は,従来からカラートナーに要望されていた特性を数値で規定したものにすぎないということはできず,当業者が容易に想到し得るものではない。審決の「刊行物2記載の発明において,定着温度の範囲の140〜170℃とし,この温度範囲で光沢度の変化率の最大値を1.8%/℃以下となるようにすることは当業者が容易になし得たものといえる。」(6頁2行〜5行)との判断は,誤りである。
2 請求原因に対する認否 請求原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論 原告が,本願発明の進歩性についての審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,次のとおりいずれも失当である。
(1) 取消事由1について ア 刊行物2発明が前提とする技術は,フルカラー画像を得るためのトナーであり,上記目的を達成するためにこれを改良したものであって,カラートナーを黒色トナーと同様に設計しようとしたものではない。
そして,刊行物2発明は,定着画像の光沢度差を減少させるために光沢度を低くするとはしていないし,記録紙の先端と後端の光沢度の差を減少させることのみを目的とするものでもない。
また,刊行物2発明のトナーは,定着ローラの周速が120mm/秒の場合及び30mm/秒の場合に対応できるものであり,接触時間を増加させることにより,定着温度差を減少させようとするものでもなく,刊行物2には光沢度を高くするために定着ローラの周速を遅くする旨の記載(段落【0054】)はあるが,光沢度差を減少させるために定着ローラ周速を遅くするとはしていない。
したがって,刊行物2に記載されたトナーが,従来技術そのものであるということはできない。
イ 刊行物2発明のトナーが,入射角45度の光沢度20%以上という本願発明の構成要件を有していないことは審決も認めるとおりであるが,刊行物2発明のトナーが従来の黒色トナーと同様の挙動を示すトナーとはいえないことは,上記アのとおりであり,刊行物2発明のトナーが従来の黒色トナーの性状と同等のものであることを前提として,従来のカラートナーのような高光沢度を達成することは不可能であるとする原告の主張は前提において誤っている。
そして,刊行物2には,メルトインデックスやローラの調整により光沢度を高くできることが示されている(段落【0045】,【0048】,【0054】)のであるから,光沢度を高くすることが技術的に不可能であるとすることはできない。
刊行物2の段落【0029】に記載されるように,従来,カラーの光沢度は高い方が好ましいとされていたものであるし,画像は,その目的,用途,好み等により,必要とされる光沢度が異なってくるものといえる。また,入射角75度の光沢度が50を超える高光沢の定着画像を得ることは刊行物4〜6及び審決における周知例(甲7〜甲11)にも記載されるように周知であるし,入射角45度で光沢度28という高光沢度のものは,特開平6-175455号公報(乙1)に記載されているように従来から知られている程度のものである。
そもそも,本願発明はトナーに関する発明であるが,画像の光沢度は,刊行物2に記載されているように,定着機器や転写材料の表面特性によっても変わるものであり,トナー自体の設計のみで決められるものではない。
したがって,刊行物2記載の発明において,トナー特性,定着機器の構成,定着条件等の諸条件を調節して,定着画像の入射角45度の光沢度が20%以上となるようにすることは当業者にとって容易になし得たといえるのである。
(2) 取消事由2について ア「刊行物2発明の認定誤りに起因する一致点及び相違点2の認定の誤り」に対し (ア) 審決が,刊行物2発明について,「定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値は,0.8%/℃以下」であると認定したことが誤りであることは,認める。
しかしながら,以下に述べるとおり,「定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃あたりの光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下である」点において刊行物2発明は本願発明と一致しているという審決の認定は,結論において実質的に誤りはない。
刊行物2には,温度を変化させた際の貯蔵弾性率の変化が小さいほどグロス値(光沢度)の変化率も小さくなること,定着温度155℃と190℃における貯蔵弾性率の比(G'155/190)の値は180℃付近の定着温度の違いによる定着画像のグロス値の変化の度合いを判断する上で有効な指標となること,この値を0.95〜5,好ましくは1〜5にすることが,定着温度が変動しても定着画像のグロス値の変化を少なくする上で好ましいことが記載されており(段落【0040】,【0041】),具体的にはトナーNo.2としてG'155/190が1.3のものが記載されている(【表2】)。このように,刊行物2には,定着温度である180℃付近の155〜190℃の温度範囲で定着した場合の定着画像の光沢度の変化が小さいトナーが記載されているといえる。
そして,「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という値は,例えば,この変化率Gsが1.8%/℃の場合,5℃上昇する間に光沢度は9%上昇したことになり,格別に小さい値というものでもなく,刊行物2記載のトナーもこの程度の値は有しているものである。
したがって,「温度差1℃あたりの光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下」という点において,本願発明と刊行物2記載の発明との間に実質的な差異はなく,審決の認定に誤りはない。
(イ) 上記のとおり,刊行物2には,「定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃あたりの光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下である」トナーが記載されていると認定した点に実質的に誤りはないから,この認定に基づく,一致点,相違点2の認定にも誤りはなく,相違点2の認定が誤りであるからその判断は誤りであるとする原告の主張は,根拠がない。
イ「相違点2についての判断の誤り」について 仮に,「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という点が相違点であるとしても,そもそも,カラー定着画像を形成する場合,定着温度差による定着画像の光沢度の変化を少なくしようという技術的思想は,刊行物2のみならず,刊行物1及び3にも記載されているように,本願出願前に周知であったといえるから,定着温度範囲を周知の範囲である140〜170℃とし,光沢度が周知である20%(入射角45度)以上となるような条件で画像形成を行う場合にも,定着温度差による光沢度の変化を少なくしようとすることは当業者が当然に行うことである。そして,本件明細書をみても,光沢度の変化率Gsの最大値として採用された1.8%/℃という数値の臨界的意義はないから,定着温度差により光沢度の変化を少なくする際,視感で許容し得る光沢度むらを考慮して,その変化率を最大値が1.8%/℃以下となるようにすることは,当業者が適宜に決定する設計的事項であるといえる。
当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容)及び(3)(審決の内容) の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
審決は,前記のとおり刊行物2発明と本願発明との一致点及び相違点1〜3を認定した上,各相違点について,刊行物1,3ないし6に記載された周知技術を知っている当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)にとって,刊行物2発明において各相違点に係る本願発明の構成となるようにすることは容易であるから,本願発明には進歩性がない,としたものである。
そこで,以下,原告主張の取消事由に沿って審決の適否について判断するが,事案にかんがみ,まず取消事由2から検討する。
2 取消事由2について (1)「刊行物2発明の認定誤りに起因する一致点及び相違点2の認定の誤り」の有無 ア 審決は,刊行物2発明について,「定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃当たりの光沢度変化の最大値は,0.8%/℃以下」であると認定したが,かかる認定は以下のとおり誤りであり,このことは,被告も認めているところである。
すなわち,刊行物2(甲5)の表4(27頁)には,「A3紙先端と後端のグロス差」の値が各実施例について示されている。審決は,この表4に示されたグロス差(光沢度差)に基づき,「光沢度の上昇が………特定の5℃の上昇のときに起こったと仮定する」として,「そのときの光沢度の変化は光沢度の変化の最大値となり,実施例1,2では2%/5℃であるから温度差1℃当たりでは0.4%/℃,実施例3〜7,10では3%/5℃であるから0.6%/℃,実施例8,9では4%/5℃であるから0.8%/℃となり,光沢度の変化の最大値は0.8%/℃となる。」(5頁18行〜23行)と認定した。
審決は,上記のとおり,光沢度の上昇が特定の5℃の上昇のときに起こったと仮定したが,刊行物2には,実施例の定着温度として「定着温度は180℃でリップル±3℃以内」(段落【0232】)と記載され,リップルとは,特開平10-186933号公報(乙2)に示すように,設定した定着温度からの上下のズレの幅であるから,リップルが「±3℃以内」の場合に生じ得る定着温度差は0〜6℃程度であり,この点において既に審決の上記仮定は誤っている。また,表4は「A3紙先端と後端のグロス差」を示したものであるが,紙の先端と後端との間での定着温度差が,0〜6℃の範囲内の何℃であったかも不明である。したがって,審決の上記認定は,証拠に基づかないものであって,誤りである。
イ 被告は,刊行物2発明における光沢度の変化の最大値を「0.8%/℃以下」であると認定したことの誤りを認めつつも,これが「1.8%/℃以下である」点において本願発明と一致しているという審決の認定は,結論において実質的に誤りはないと主張する。そして,その理由として,刊行物2の【表2】(24頁)には,トナーNo.2として「G'155/190」の値が「1.3」のものが記載されているように,刊行物2には,定着温度である180℃付近の155〜190℃の温度範囲で定着した場合の定着画像の光沢度の変化が小さいトナーが記載されていること,一方,本願発明の「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という値は,例えば,この変化率Gsが上限の1.8%/℃の場合,5℃上昇する間に光沢度は9%上昇したことになり,格別に小さい値というものでもなく,刊行物2記載のトナーもこの程度の値は有していると解されること,を主張する。
しかし,被告の上記主張は採用できない。その理由は以下のとおりである。
(ア) 刊行物2(甲5)には,下記の記載がある。
記 【0040】一般に,トナー画像の定着温度における貯蔵弾性率と定着画像のグロス値とは対応関係が見られる。例えば,貯蔵弾性率の値が大きいほど定着画像のグロス値は小さくなり,温度を変化させた際の貯蔵弾性率の変化率が小さいほどグロス値の変化率も小さくなる。従って,比(G'155/G'190)の値は180℃付近の定着温度の違いによる定着画像のグロス値の変化の度合いを判断する上で有効な指標となる。
【0041】本発明において,この(G'155/G'190)の値を0.95乃至5,好ましくは1乃至5にすることが,定着温度が変動しても定着画像のグロス値の変化を少なくする上で好ましい。……… 刊行物2の上記記載によれば,「G'155/190」の値は,グロス値(光沢度)の変化の度合いを判断する「有効な指標」であるとされているにすぎず,刊行物2が【表2】(24頁)において開示する「トナーNo.2」の「G'155/190」の値が「1.3」であることが,本願発明が光沢度の変化の度合いの指標として採用した「光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃」とどの程度重なり合っているのかは,何ら検証されていない。結局のところ,被告の上記主張は,刊行物2発明と本願発明とは,光沢度変化率が「小さい」という点で定性的に一致していることを指摘しているにとどまる。本願発明が光沢度変化率の最大値を「1.8%/℃以下」として数値限定したことの容易想到性を論ずるに当たっての一致点の認定としては,このような定性的な一致を認定しただけでは不十分であるといわざるを得ない。
(イ) 本願発明の構成要件のうち「定着部材の表面温度が140〜170℃の範囲で1℃当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」であるとの点は,「光沢度Gmが20%以上」という構成要件の条件下でのものである。そして,本件明細書の特許請求の範囲の記載では,本願発明の光沢度Gmが入射角を何度として測定したものであるかについて明記されていないが,発明の詳細な説明中の実施例に関する記載(段落【0082】)によればこれが入射角を45度として測定されたものであると解され,このことについて当事者間に争いがない。すなわち,本願発明において,光沢度の変化率が1.8%/℃以下であるとの要件は,光沢度(入射角45度)が20%以上という条件下でのものである。
一方,刊行物2の【表4】(27頁)によれば,「トナーNo.2」を用いた実施例3の光沢度は,「180℃定着画像のグロス」の「30mm/秒」の欄に示されているとおり,「23」である。そして,刊行物2の段落【0279】の「本発明に使用した光沢度測定器は,………製のPG-3D(入射角θ=75°)を使用し,………」との記載によれば,【表4】におけるグロス値は入射角75度で測定されたものである。原告作成の実験報告書(甲14)の表2によれば,入射角75度で20〜30の光沢度を有する定着画像は,入射角45度で測定すれば光沢度2〜3程度にすぎないと認められるから,刊行物2に,定着画像の光沢度の変化が小さいトナーが「トナーNo.2」として開示されているといえるとしても,それは,光沢度(入射角45度)Gmが20%以上である本願発明のものよりも,格段に低い光沢度の条件においてのものであると認められる。
このように,光沢度の絶対値において,刊行物2記載のものは本願発明よりも格段に小さなものであるから,刊行物2記載の「トナーNo.2」を用いた実施例3における光沢度の変化の程度と,本願発明における光沢度の変化の程度とを単純に同等視することはできないのであって,「光沢度の変化の最大値が1.8%/℃以下」という点において本願発明と刊行物2記載の発明との間に実質的な差異はない,とする被告の主張を採用することはできない。
ウ したがって,審決が,刊行物2に記載された発明として「定着温度である180℃付近の155〜190℃における温度差1℃当たりの光沢度の変化の最大値は,0.8%/℃以下である」ことを認定し,この認定に基づいて,「加熱定着手段としての定着部材の定着温度範囲における,表面温度の差1℃当たりの定着画像表面の光沢度の変化率の最大値が1.8%/℃以下である点」を一致点として,また,「本願請求項1に係る発明の定着部材の表面温度が140〜170℃の範囲で光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下であるのに対して,刊行物1記載の発明では,定着温度180℃付近の155〜190℃の範囲で光沢度の変化率の最大値が1.8%/℃以下である点」を相違点2として認定した点は,誤りといわざるを得ない。
(2)「相違点2についての判断の誤り」について 上記(1)で検討したとおり,本願発明において特定される「定着部材の表面温度が140〜170℃の範囲で1℃当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という要件は,光沢度(入射角45度)Gmが20%以上という前提条件下においてのものであると認められるから,本願発明を想到することが当業者によって容易であるか否かを判断するためには,刊行物2発明のものよりも格段に高い光沢度である,「定着画像表面の光沢度(入射角45度)Gmが20%以上」であるトナーにおいて,「定着部材の表面温度が140〜170℃の範囲で1℃当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という要件を満たすようにすることが当業者にとって容易であるか否かが検討されるべきである。
しかるに,審決は,定着画像表面の光沢度(入射角45度)Gmが20%以上であるような高い光沢度のトナーにおいて,定着温度の範囲140〜170℃における光沢度の変化率の最大値を1.8%/℃以下となるようにすることが容易であるか否かを検討していないことが明らかである。したがって,審決が,「定着温度として,140〜170℃付近の温度は通常用いられているから,刊行物2記載の発明において,定着温度の範囲を140〜170℃とし,この温度範囲で光沢度の変化率の最大値を1.8%/℃以下となるようにすることは当業者が容易になし得た」(審決6頁1行〜5行)と判断したことは,根拠を欠き,誤りというべきである。
(3) 被告は,刊行物1〜3にみられるように,カラー定着画像を形成する場合,定着温度差による定着画像の光沢度の変化を少なくしようという技術的思想は従来周知であり,定着温度範囲を周知の範囲である140〜170℃とし,定着画像の光沢度を周知である20%(入射角45度)以上となるような条件で画像形成を行う場合にも,定着温度差による光沢度の変化を少なくしようとすることは当業者が当然に行うことである,と主張する。
しかしながら,本件各証拠を通じてみても,本願発明と同視し得る程度の高い光沢度の定着画像が得られ,かつ,定着温度差による光沢度の変化が少ないトナーが従来知られていることを示すところはない。定着温度差による定着画像の光沢度の変化を少なくすることが従来周知の技術課題であるとしても,定着画像の光沢度が高い場合においてかかる課題を解決する手段が示されていないのであるから,「定着画像表面の光沢度(入射角45度)Gmが20%以上」であるトナーにおいて,「1℃当たりの光沢度の変化率Gsの最大値が1.8%/℃以下」という要件を満たすようにすることが当業者にとって容易であるとすることはできない。
よって,被告の主張は採用の限りでない。
3 結論 以上のとおりであるから,原告が主張する取消事由2には理由があり,この点に関する審決の認定判断の誤りはその結論に影響を及ぼすことは明らかである。よって,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 岡本岳
裁判官 上田卓哉