関連審決 | 異議1998-74452 |
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関連ワード | 有用性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 発明の概要 / 参酌 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 交換 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / 独立特許要件 / 訂正明細書 / 取消決定 / |
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事件 |
平成
11年
(行ケ)
407号
特許取消決定取消請求事件
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原告 カースル産業株式会社代表者代表取締役 【A】 訴訟代理人弁理士 【B】 被告 特許庁長官【C】 指定代理人 【D】 同 【E】 同 【F】 同 【G】 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2000/11/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年異議第74452号事件について平成11年11月1日にした決定を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「排気口のフィルター装置」とする特許第2733708号の特許(平成2年9月22日に特許出願、平成10年1月9日に特許権設定登録、以下「本件特許」といい、その発明を「本件発明」という。)の特許権者である。 東洋アルミホイルプロダクツ株式会社から、本件特許の請求項1に係る発明の部分について特許異議の申立てがあり、その申立ては、平成10年異議第74452号事件として審理された。この審理の過程で、原告は、願書に添付した明細書の訂正(以下「本件訂正」という。)を請求したが、特許庁は、訂正を認めず、平成11年11月1日に、「特許第2733708号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし、同月18日にその謄本を原告に送達した。 2 特許請求の範囲請求項1(別紙図面A参照) (1) 本件訂正前の請求項1(以下、この発明を「訂正前発明」という。) 難燃性の不織布からなって、排気口より広いシート状のフィルター部材と、 前記排気口に直接被せた状態の前記フィルター部材の周辺部のみに散在的に配置されて、該フィルター部材を前記排気口の周辺部のみに止める強力磁石を備え個々に独立した複数のマグネットホルダーとからなることを特徴とする排気口のフィルター装置。 (2) 本件訂正後の請求項1(下線が訂正部分。以下、この発明を「訂正発明」という。) 難燃性の不織布からなって、排気口より広いシート状のフィルター部材と、 前記排気口に直接被せた状態の前記フィルター部材の周辺部のみに散在的に配置されて、該フィルター部材を前記排気口の周辺部のみに止める強力磁石及び該強力磁石が中央に配置される鉄製缶 を備えて、個々に独立した複数のマグネットホルダーとからなることを特徴とする排気口のフィルター装置。 3 決定の理由の要点 別紙決定書の理由の写し記載のとおり、(1)訂正発明は、実願昭63-35574号(実開平1-139811号)のマイクロフィルム(甲第7号証。以下「引用例1」という。)記載の考案(以下「引用考案1」という。別紙図面B参照)及び実願昭62-53583号(実開昭63-160917号)のマイクロフィルム(甲第8号証。以下「引用例2」という。)記載の考案(以下「引用考案2」という。別紙図面C参照)並びに周知の事実に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項に該当し、特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるから、同法120条の4第3項で準用する同法126条4項に適合しないので、本件訂正は認められないとしたうえで、(2)訂正前発明は、引用考案1及び周知の事実に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって、特許法29条2項の規定に違反してされたものであるから、同法113条2号に該当し取り消されるべきものである、と認定判断した。 |
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原告主張の決定取消事由の要点
決定の理由中、2頁2行目から5頁3行目の「相違する」まで、5頁18行目から7頁2行目までは認め、その余は争う。 決定は、引用考案1及び同2と訂正発明との相違点並びに訂正発明の顕著な作用効果を看過したため、訂正発明についての進歩性の判断を誤って本件訂正を不適法とし(取消事由1)、また、引用考案1と訂正前発明との相違点及び訂正前発明の顕著な作用効果を看過したため、訂正前発明についての進歩性の判断を誤ったものであって(取消事由2)、この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点及び顕著な作用効果の看過による訂正発明の進歩性判断の誤り)について (1) 構成要件の分説 訂正発明の特許請求の範囲を、個々の構成要件に分けると次のとおりである。 (構成要件1)難燃性の不織布からなって、排気口より広いシート状のフィルター部材と、 (構成要件2)前記排気口に直接被せた状態の前記フィルター部材の (構成要件3)(フィルター部材の)周辺部のみに散在的に配置され、該フィルター部材を前記排気口の周辺部のみに止める強力磁石 (構成要件4)及び該強力磁石が中央に配置される鉄製缶を備えて、個々に独立した複数のマグネットホルダーと、 (構成要件5)からなることを特徴とする排気口のフィルター装置。 訂正発明の最大の特徴点は、構成要件2及び同3を採用したことにあり、これらは、引用例1にも、2にも開示されていない。構成要件4は、引用例2にも一応開示されているが、正確にいえば、同引用例に開示されているものとの間に、相違点がある。 (2) 構成要件2について 訂正発明の構成要件2は、フィルター部材を、これを支持するための枠体、 支持部材等を用いることなく、排気口に直接かぶせることを内容としている。これに対し、引用例1及び同2を含む従来技術においては、フィルター部材を構成する不織布やフィルター主体(7)を排気口に取り付けるにあたっては、これらを支持する枠体、ガード用金網等の支持部材を必須の構成要件としている。 引用例1には、確かに、「レンジフード(B)の開口部(4)に配設して枠体(2)表面を全面的に被覆可能な大きさに形成された1枚の不織布からなるフィルター主体(7)」(甲第7号証1頁5行〜8行)と記載されている。しかしながら、引用例1に記載された実施例の内容、及び第6図、第7図から判断すると、フィルター主体(7)は枠体(2)の表面を全面的には被覆しておらず、吸気側開口部(4)を覆うガード用金網(5)の表面を全面的に被覆しているのみである。また、引用例1の作用の部分には、「レンジフード開口部(4)に配設したフィルター主体(7)の4隅部及び周辺部、中央部の適宜箇所を複数個の磁石片(9)(9)・・・(9)を用いて枠体(2)表面に密着させるだけの簡単な作業で」とも記載されている(5頁7行〜11行。)。これらの記載から判断すると、引用例1においては、ガード用金網(5)もフィルター部材を支持する枠体の一部に含まれるものと解される。 さらに、引用例1には、「フィルター主体(7)は要所を磁石片(9)(9)・・・(9)に固定されているので、レンジフード(B)の駆動時におけるファンの吸気作用によるフィルター主体(7)中央部の撓み変形を確実に防止する」との記載がある(5頁14行〜17行)のみならず、明細書及び図面のいずれにも、フィルター主体(7)を、レンジフードの開口部に直接取り付けることの記載を欠いている。また、引用例2においても、フィルター部材(2)の取付けにあっては、これを支持する枠部(1)を必須の要件としている。 これは、従来は、枠体、枠部、ガード用金網、支持部材(以下、単に「枠体」という。)を用いない場合には、フィルター部材を安定して排気口に固定できず、さらにフィルター部材が、通過する風によって換気扇やレンジフードの内部に引き込まれるおそれがあると考えられていたため、フィルター部材の使用にあたっては、枠体を使用することを必須の要件としており、引用考案1もこれに従ったことによる。訂正発明は、このような従来の固定観念を打ち破って発想されたもので、「開口部に設けられたガード用金網等の補助部材(枠体の一種)を介することなく、フィルター部材を排気口に直接被せる」ことを特徴としている。もちろん、 枠体を使用しないと、排気口に対してフィルター部材を固定する部分が限られ、フィルター部材が、通過する風によって換気扇やレンジフードの内部に引き込まれ、 さらには、フィルター部材が破れるおそれがあるので、これについては実際に使用して安全性を確認している。 (3) 構成要件3について 構成要件3は、フィルター部材の周辺部のみに散在的に配置され、フィルター部材を排気口の周辺部のみで止める強力磁石からなることを内容としている。すなわち、訂正発明においては、枠体が設けられていないのであるから、フィルター部材は排気口の周辺部で固定することになる。これによって、「フィルター部材は排気口の中央部に密着固定されていないので、使用により、油煙等の汚れによる重さで、フィルター部材の中央部が垂れ下がり、これをフィルター部材の交換の目安とすることができる」(甲第2号証第6欄2行〜5行)という顕著な作用効果を奏する。 これに対し、引用考案1では、フィルター主体(7)の中央部を磁石片(9)で止めているので、このような効果が生じることはない(なお、引用考案2では、各フィルターは枠部(1)で固定されているので上記の作用効果は生じないし、その示唆もない。)。 また、訂正発明は、引用考案1のようにフィルター主体の周辺部のほかに中央部も磁石で固定した場合と比較すると、以下のような顕著な作用効果をも発揮する。強力磁石はフィルター部材の周辺部のみに散在的に配置されているので、磁石を中央部にも配置したものに比較して、フィルター部材の交換の際に手が汚れたり、付着した油によって磁石が滑って落下したりするおそれが少ない。また、磁石をフィルター部材の中央に配置すると、周辺部に比較してより強い熱を受けるので、長年の使用によって磁石の磁力が低下し、フィルター部材の保持力が弱まるのに対し、強力磁石をフィルター部材の周辺部のみに散在的に配置しているので、磁石の磁気の低下をより少なくすることができる。 (4) 構成要件4について 構成要件4は、鉄製缶の中央に強力磁石が配置されていることである。確かに、引用例2の第4図には、断面コ字状とした取付金具(4a)、接着剤や両面粘着テープを用いて固着された永久磁石片(4)を用いてフィルター部材(2)をレンジフードに装着することが記載され、この取付金具(4a)の材質に明確な説明はないが、鉄であると推定されるので、構成要件4については、引用例2に一応の開示がなされていることになる。 しかしながら、引用例2に記載されているのは、引用考案2に係るレンジフード用フィルターをレンジフードに直接固定するためのものであるから、訂正発明のように、フィルター部材の上からかぶせるものとは、多少用途が相違する。すなわち、訂正発明においては、マグネットホルダーはフィルター部材を介して排気口の周囲に取り付けるので、必ず隙間が生じるため、より強い吸着力を有するマグネットホルダーである必要がある。 もっとも、本件特許の特徴は、構成要件2及び同3にあり、構成要件4が補助的なものであることは、事実である。 (5) まとめ 以上のように、引用例1、2には、訂正発明の重要な構成要件2及び同3の部分については全く開示がなく、その示唆もない。そして、訂正発明は、構成要件2及び同3を有することによって、フィルター部材を支持するための枠体、支持部材等を用意する必要がないこと、及びフィルター部材の垂れ下がりによってフィルター部材の交換の目安とすることができることという従来にない効果を有しているので、当業者が容易に訂正発明に想到することができたものということはできず、 特許法29条2項の規定に該当しない。したがって、本件特許の訂正請求は、特許出願の際独立して特許を受けることができるものであるので、決定は、その認定を誤っており、取り消されるべきである。 2 取消事由2(相違点及び顕著な作用効果の看過による訂正前発明の進歩性判断の誤り)について 決定は、訂正前発明は、強力磁石がマグネットホルダーを備えている点で引用考案1と相違するとし、マグネットホルダーは周知のものであるから、この相違点の克服に格別困難性があるとすることができないとしている。 訂正前発明は、前記の構成要件4が抜けるだけで、他の構成要件1ないし3、 5については訂正発明と同じである。訂正発明は、先に述べたように、構成要件2、3に発明の特徴部分があるのであって、構成要件4は実施の実情に合わせて付加したものであるから、訂正発明の重要な構成要件ではない。 したがって、仮に、何らかの理由により、訂正発明が特許法120条の4第3項で準用する同法126条4項の規定に適合しないものであるとしても、訂正前発明は、それ自体、当業者が従来技術から容易に想到することができないものであって、特許法29条2項に該当せず、十分に特許性を有する。 3 原告は、本件発明の出願後に、本件特許に係る排気口のフィルター装置の製造販売を開始し、これによって、ある程度の商業的成功を収めている。近年は、多数の業者により、本件特許を用いた商品が販売されるようになったため、競業者に悩まされている。この点も進歩性の判断に加味されるべきである。 |
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被告の反論の要点
決定の認定判断は、正当であり、決定に取り消されるべき理由はない。 1 取消事由1について (1) 構成要件2について 引用考案1の「フィルター主体(7)」は、その使用時に、必要に応じてレンジフード開口部の形状に合わせて自由に裁断される、フィルター枠を用いないものである。一方、訂正発明の「フィルター部材」も、「不織布10を鋏11等で所定広さに切断し、レンジフード12の排気口12a・・・に被せ、」られる(甲第24号証添付の訂正明細書3頁24行〜25行)ものであるから、両者は、フィルター枠を用いないフィルター部材である点、及び、このフィルター部材をそのまま開口部に直接かぶせ、数個の磁石で装着固定する点で一致する。 原告は、引用考案1は、フィルター主体(7)を排気口に取り付けるための、これを支持する枠体、ガード用金網、支持部材を用意しているのに対し、訂正発明は、これらの枠体を用いないでフィルター部材を排気口に直接かぶせるものであるから、両者は、この点で相違している旨主張する。 しかしながら、原告のいう「枠体」がフィルター部材を貼り付ける「フィルター枠」の意味であるとすれば、引用考案1も、フィルター枠を用いていないから、訂正発明と異ならない。また「枠体」が、フィルター部材を取り付けるため、 又は清掃のために取り外し可能なアタッチメント的な部材の意味であるとしても、 引用考案1に記載された枠体(2)は、排気口の周辺部を構成するためのレンジフードに一体的な部材であって、原告の主張するようなフィルター部材を取り付けるための取り外し可能なアタッチメント部材のようなものではない。いずれにせよ、原告の主張は失当である。 (2) 構成要件3について 原告は、引用考案1は、「フィルター主体(7)」を、磁石によって、その中央部も止めているので、排気口の周辺部のみを止めている本件訂正発明とその構成及び効果の点で相違していると主張する。 しかしながら、引用考案1では、磁石片(9)は、「フィルター主体(7)をレンジフード開口部(4)の枠体(2)表面に密着固定するために使用されるもの」であり、 また「フィルター主体(7)上の適宜箇所から枠体(2)に任意に吸着させて、該フィルター主体(7)を固定するもの」であるから(甲第7号証9頁8行〜14行)、磁石片(9)は、少なくとも「排気口の周辺部」である「枠体(2)」に任意に止められるものであれば足りるのである。 確かに、甲第7号証の13頁3行ないし8行には、「更に、フィルター主体(7)の中央部を磁石片(9)(9)・・・(9)で固定しておくことにより、・・・吸気作用によるフィルター主体(7)中央部の撓み変形を確実に防止することができる。」と記載されているが、これは、より良い使用態様について記載されているものにすぎない。 そして、引用例1の図1を参酌するならば「適宜箇所から枠体(2)に任意に吸着」の意味するところは、訂正発明の「周辺部のみに散在的に配置」とその表現が異なるだけで実質的には同じ意味であることが明らかであり、両者は構成要件3の点でも何ら相違するところがない。 また、原告は、引用考案1が磁石を中央部にも配置するものであるとの前提に立って、磁石を「周辺部のみに散在的に配置」する訂正発明の作用効果について縷々主張する。しかしながら、この主張の上記前提自体が上述したとおり失当であり、訂正発明と引用考案1とは、磁石の配置の点で何ら相違がないから、その作用効果の点でも何ら相違はない。 (3) 構成要件4について 原告は、構成要件4について、訂正発明においては、マグネットホルダーはフィルター部材を介して排気口の周囲に取付けるので、必ず隙間が生じ、より強い吸着力を有するマグネットホルダーである必要があるので、引用考案2に記載されたものとは、多少用途が相違するとして、「強力磁石が中央に配置される鉄製缶」の有用性について主張する。 しかしながら、このようなマグネットホルダーは、引用例2にみられるように周知のものである。また、乙第1号証の第3頁には、「磁石式紙おさえ」に関し、「導磁性材料で形成された磁力増強用の導磁部材で比較的浅底の有底角筒部(4)」と記載されているように、鉄製などの導磁部材で磁力を増強することも周知・慣用手段である。 2 取消事由2について 原告は、仮に、本件特許の訂正請求が認められないとしても、訂正前発明も当業者が従来技術から容易に想到し得ないものであるから、特許性を有する旨主張する。 しかしながら、訂正発明が特許法120条の4第3項で準用する同法126条4項に規定する、いわゆる「独立特許要件」を満たさないことは上記のとおりであり、訂正発明と比べて構成要件4の「鉄製缶」の構成がないだけの訂正前発明も特許性を有しないことは明らかであるから、この点に関する決定にも何ら誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 訂正発明の概要 甲第24号証(訂正請求書)によれば、訂正請求書に添付された訂正明細書に記載された訂正発明の概要は、次のとおりであると認められる。 (1) 技術的課題(目的) 訂正発明は、換気扇あるいはレンジフードの排気口(なお、換気扇、レンジフード本体から見た場合には吸気口に相当する)にフィルター部材を装着する排気口のフィルター装置に関するものである(訂正明細書1頁20行〜22行)。 換気扇あるいはレンジフードは周囲から水蒸気、ほこり及び油煙等を吸い込み、汚れが酷く掃除が大変であるので、該換気扇あるいはレンジフードの排気口に不織布等からなるフィルターを備えるフィルター装置(通常、換気扇カバーあるいはレンジフードカバーと言われている)を取り付け、該フィルター装置によって吸入する空気に含まれる油煙及び水蒸気等を捕集することが行われていた。このようなフィルター装置は・・・合成樹脂製あるいは金属製からなって前記排気口に装着する枠体と、該枠体を外側から覆う不織布からなるフィルター部材と、該フィルター部材を前記枠体に止める仮止め手段からなって、埃、煙、油あるいは水蒸気等でフィルター部材が汚れるとフィルター部材のみを交換するようにしていた(訂正明細書1頁23行〜2頁7行)。 しかしながら、油煙等によってフィルター装置の枠体も汚れるので適当に清掃する必要があり、さらには一旦枠体にフィルター部材を取り付けてから排気口に装着するので、該フィルター装置の交換が面倒であった。特に、レンジフードにおいては、その大きさ、形がまちまちであり、数百種類に及んでいる。従って、それに対応してフィルター装置を製作することは至難である。また、アルミシートあるいは塩ビシートをプレス成形した枠体に不織布等が貼付されて一体となった換気扇カバーも販売されているが、使用によって汚れれば前記枠体を捨てるので資源の無駄が生じるし、コスト高になると同時に、換気扇、レンジフード等に合わせて極めて多種類のものを製造する必要があるという問題点があった(2頁9行〜18行)。 訂正発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、換気扇、レンジフードの種類に関係なく装着でき、しかもその交換も安価に行なえる排気口のフィルター装置を提供することを目的とする(2頁19行〜21行)。 (2) 構成 上記の目的を達成するため、請求項1記載のフィルター装置は、難燃性の不織布からなって、排気口より広いシート状のフィルター部材と、前記排気口に直接被せた状態の前記フィルター部材の周辺部のみに散在的に配置され、該フィルター部材を前記排気口の周辺部のみに止める強力磁石及び該磁石が中央に配置される鉄製缶を備えて、個々に独立した複数のマグネットホルダーとからなる構成を採用した(2頁23行〜27行)。 (3) 作用効果 訂正発明にかかる排気口のフィルター装置は、排気口の周囲を排気口より大きいフィルター部材が覆い、その周辺部のみを個々に独立したマグネットホルダーによって固定しているので、張った状態でフィルター部材を取り付けることが容易であり、排気と共に吸引される油等はフィルター部材によって捕捉される。そして、このフィルター部材の周辺部はマグネットホルダーによって固定されているので、容易にフィルター部材の交換を行うことができる(3頁8行〜13行)。 そして、換気扇あるいはレンジフードの全ての形状に対しても容易に対応でき、さらには、その取付けは、フィルター部材の交換のみで済むので、極めて経済的である。さらには、フィルター部材は排気口の中央部に密着固定されていないので、使用により、油煙等の汚れによる重さで、フィルター部材の中央部が垂れ下がり、これをフィルター部材の交換の目安とすることができる(5頁6行〜11行)。 2 取消事由1(相違点及び顕著な作用効果の看過による訂正発明の進歩性判断の誤り)について (1) 構成要件2について 原告は、引用例1は、フィルター部材を支持するための枠体等の支持部材を必須の構成要件としており、この点において訂正発明と相違する旨主張するが、失当である。 @ 甲第7号証によれば、引用例1には、「本考案は、レンジフードの吸気側開口部を覆って、油煙や蒸気に含まれるミスト上の油滴や塵埃等によるレンジフードの汚れを防止する簡易タイプのレンジフード用フィルターの構造に関するものである。」(甲第7号証2頁2行〜6行)、「従来のレンジフード用フィルターは、いずれもフィルター枠を有する成型品であるため、フィルター主体の汚れが進んだ時点で使い捨てられ・・・高価に過ぎるという問題点がある。」(3頁9行〜14行)、「また、形状・寸法が固定されていて融通性がないため、・・・多種・多様なフィルターを用意する必要があり、使用者にとっても所有のレンジフードに適合する品種のフィルターを選択しなければならないという不都合があった。」(3頁15行〜4頁4行)、「本考案は、レンジフード(B)の開口部(4)に配設して(レンジフードの)枠体(2)表面を全面的に被覆可能な大きさに形成された1枚の不織布からなるフィルター主体(7)と、該フィルター主体(7)を枠体(2)表面に密着固定させる複数個の磁石片(9)(9)…(9)とからなる構成に特徴を有するものである。」(4頁12行〜18行)、「上記構成により、レンジフード開口部(4)に配設したフィルター主体(7)の4隅部及び周辺部、中央部の適宜箇所を複数個の磁石片(9)(9)…(9)を用いて枠体(2)表面に密着させるだけの簡単な作業で、該枠体(2)表面をフィルター主体(7)によって全面的に被覆する状態で確実に装着することができ」(5頁7行〜13行)、「レンジフード用フィルター(A)のフィルター主体(7)は方形状とした1枚の目付の小さい不織布からなり、このフィルター主体(7)の縦横寸法は、 レンジフード(8)の吸気側開口部(4)を覆うガード用金網(5)の下面及び側周面全面から枠体凹部(3)の開口部(4)周辺までを連続して被覆し得る大きさに形成されている。」(7頁10行〜17行)、「本考案のレンジフード用フィルターによるときは、・・・従来と比較して遙かに安価に作成できる上、フィルター主体(7)はフィルター枠による制約もなく、必要に応じてレンジフード開口部(4)の形状に合わせて自由に裁断できるので、あらゆる種類のレンジフードに装着することができる。」(12頁8行〜19行)との各記載があることが認められる。 上記各記載によれば、訂正発明と、引用考案1は、いずれも、レンジフード用フィルターに関するものであり、従来のレンジフード用フィルターには、それがフィルター部材を支持するための枠体を備えていたことから、使用によって汚れた枠体を捨てることによる資源の無駄やコスト高、レンジフードの種類に応じた多種類のものを製造する必要などの問題点があったため、これを解決することを課題とし、これを解決するための構成として、フィルター部材を支持するための枠体を使用することなく、シート状のフィルター部材(フィルター主体)を、レンジフードの排気口(レンジフード本体から見れば吸気口)に直接かぶせ、これを磁石(片)で止める、との構成を採用する点で一致することが明かである。 A 原告は、引用例1に記載の「枠体(2)」は、訂正明細書に記載の「枠体」と同じく、フィルター部材(フィルター主体)を支持するための部材を意味すると解し、引用例1に記載の「ガード用金網(5)」もこの意味における「枠体」といえるとしたうえ、これを前提に、引用考案1は従来例と同じくフィルター部材を支持するための部材を必須の構成要件としている旨主張する。 しかし、前記認定及び甲第7号証によれば、訂正明細書に記載の「枠体」は、フィルター装置の一部としての部材であり、引用例1では「フィルター枠」がこれに相当すること、引用例1に記載の「枠体(2)」は、レンジフード本体の枠体を意味し、「ガード用金網(5)」は、このレンジフード本体の枠体の一部としての部材であって、フィルター装置の一部をなす部材ではないことが明らかである。 確かに、引用例1に記載の「ガード用金網(5)」は、フィルター部材と接してはいるが、それは、フィルター装置の取付けの対象となるレンジフードの一部であることによるものであって、フィルター装置の一部だからではない。したがって、引用考案1は、前記のとおり、フィルター部材を支持するための枠体を使用することなく、フィルター部材を、レンジフードの排気口に直接かぶせるものである点において、訂正発明と異なるものではないから、原告の主張を採用することはできない。 なお、原告は、引用考案2についても、フィルター部材を支持する枠体等の支持部材を必須の構成要件としている点において、訂正発明と異なる旨主張する。しかしながら、引用考案2は、磁石を鉄製缶に相当する取付金具に配置して用いることが記載されている例として引用されたものであって、その引用に当たり、枠体の有無は問題とされていない。また、引用考案2に枠体があることは、これを引用考案1と組み合わせる発想の妨げとなるものではない。原告の主張は失当である。 (2) 構成要件3について 原告は、引用考案1は、磁石でフィルター主体(7)の中央部も止めているので、排気口の周辺部のみを止めている訂正発明とその構成及び作用効果において相違する旨主張する。 甲第7号証によれば、引用例1の明細書の考案の詳細な説明中には、磁石によりフィルター部材を止める位置について、「レンジフード開口部(4)に配設したフィルター主体(7)の4隅部及び周辺部、中央部の適宜箇所を複数個の磁石片(9)(9)…(9)を用いて枠体(2)表面に密着させるだけの簡単な作業で、該枠体(2)表面をフィルター主体(7)によって全面的に被覆する状態で確実に装着することができ(る)」(5頁7行〜13行)、「(9)(9)…(9)は磁石片であって、フィルター主体(7)をレンジフード開口部(4)の枠体(2)表面に密着固定するために使用されるものである。 これらの磁石片(9)(9)…(9)は、前記レンジフード開口部(4)に配設されたフィルター主体(7)上の適宜箇所から枠体(2)に任意に吸着させて、該フィルター主体(7)を固定するものである。」(9頁8行〜14行)との各記載があることが認められる。 上記各記載によれば、引用考案1においては、磁石によりフィルター部材を止める位置は、格別限定されておらず、フィルターの周辺部を含め適宜の個所でよいものとされているということができるから、この中には、訂正発明と同じく、 「フィルター部材の周辺部のみ」で止めるものも含まれることになる。上記記載中には、磁石を置く位置につき「中央部」との記載があるが、これは、止めるべき「適宜箇所」の例示の一つであって、中央部を止める箇所に含むもの(実施例はこれに当たる。)、あるいは、中央部のみで止めるもの、に限定する意味を持たないことが明らかである。 そうすると、磁石を置く位置に関し、訂正発明が本件考案1と相違するのは、「フィルター部材の周辺部のみ」に置いたものを包含する本件考案1の定める多数の中から、「フィルター部材の周辺部のみ」に置いたものを選択したところにあることが明らかである。しかしながら、上記選択により予想困難な顕著な効果が生ずると認めることはできないから、これをもって、訂正発明の進歩性の根拠とすることはできない。 原告は、訂正発明は、磁石をフィルター部材の周辺部のみに配置するものであるため、フィルター部材は、排気口の中央部に密着固定されていないので、使用により、油煙等の汚れによる重さで、フィルター部材の中央部が垂れ下がり、これをフィルター部材の交換の目安とすることができるという顕著な作用効果を奏する旨主張する。 しかしながら、磁石で止める位置の間隔の長短に応じてフィルター部材が垂れ下がることは自明であるから、この点をとらえて本件発明に格別顕著な効果であるということはできない。 また、原告は、フィルター部材の周辺部に加えてその中央部も磁石で固定した場合に比較すると、訂正発明は、フィルター部材の交換の際に手が汚れたり、付着した油によって磁石が滑って落下する等のおそれが少ない、あるいは、磁石が強い熱を受け、長年の使用によって磁石の磁力が低下することがない等の作用効果も発揮される旨、主張する。 しかしながら、原告の主張する上記作用効果は、中央部を磁石で固定しない構成を採用した場合の自明の作用効果であり、訂正発明の進歩性の根拠にはなり得ない。中央部に磁石を配置しない場合には、中央部に磁石を配置した場合の「フィルター主体(7)中央部の撓み変形を確実に防止することができる。」(甲第7号証5頁16行〜17行)との作用効果は達成できなくなるから、汚染防止と撓み変形防止のどちらを優先するかは、単なる選択の問題に過ぎず、同様に、磁石の加熱による劣化を避けるかどうかも、単なる選択の問題にすぎない。 以上のとおり、上記の各点は、いずれも訂正発明の進歩性を根拠付けるものではない。決定が「フィルター部材の周辺部のみ」に磁石を置く選択をした点を訂正発明の引用考案1に対する相違点として認定していない点をとらえて、誤りをいうことは可能であるが、この誤りが決定の結論に影響を及ぼすものでないことは、 上述したところから明らかである。原告の主張は採用できない。 (3) 構成要件4について 甲第8号証によれば、レンジフードのフィルターを止めるための磁石として、「磁石が中央に配置された鉄製缶」を備えた磁石を使用することが記載されていることが、乙第1号証によれば、磁石が中央に配置された鉄製缶にマグネットホルダーを設けることが記載されていることが、それぞれ認められ、これらによれば、磁石が中央に配置された鉄製缶を備えたマグネットホルダーは本件出願前に周知であったものといえるから、そのような周知な鉄製缶を備えることに、当業者が想到することが困難であったと認めることはできない。 原告は、引用例2において、訂正発明の構成要件4の中央に強力磁石が配置されている鉄製缶が開示されていることを認めながら、引用例2の磁石がレンジフードに直接取り付けられるのに対し、訂正発明におけるマグネットホルダーは、フィルター部材を介して取り付けるものであるため、より強い吸着力を有することが要求される点において相違する旨主張する。しかしながら、磁石の吸着力を用途に応じてどの程度のものとするかは、当業者の設計事項にすぎないというべきであるから、右用途の相違は、訂正発明に想到することを困難とするものとはいえない。 この主張も採用できない。 3 取消事由2(相違点及び顕著な作用効果の看過による訂正前発明の進歩性判断の誤り)について 訂正発明と、訂正前発明とは、前者が「強力磁石が中央に配置される鉄製缶を備える」のに対し、後者は、このような鉄製缶について格別の限定が存在しない点で相違するにすぎないから、前記2のとおり、訂正発明の進歩性が認められない以上、訂正前発明につき進歩性が認められる余地はない。訂正前発明の進歩性を否定した決定の認定判断に誤りはない。 4 原告は、本件発明の進歩性の判断に当たっては、本件発明が商業的成功を収めているものであること、本件特許出願の後に、本件特許に係る製品の製造販売を開始したが、その後多数の企業が競合製品の販売を始め、現在これら競合製品に悩まされていること等の事情を考慮すべきである旨主張する。しかしながら、訂正発明及び訂正前発明は、いずれも、従来技術に基づいて容易になしえたものであることは前記説示のとおりであり、原告が指摘する上記事情は、これが認められたとしても、上記進歩性についての判断を左右するに足りるものではない。原告の主張は採用することができない。 5 以上によれば、原告主張の決定取消事由は、いずれも理由がなく、その他、 決定の認定判断にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。 |
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よって、本訴請求は、理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担に
つき行政事件訴訟法求7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
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裁判官 | 宍戸充 |
裁判官 | 阿部正幸 |