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関連審決 審判1998-35267
関連ワード 発明者 /  確実性 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  明確性 /  着想 /  優先日 /  技術的意義 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 11年 (行ケ) 44号 審決取消請求事件
原告A
訴訟代理人弁理士 B
被告 テルモ株式会社代表者代表取締役 C
訴訟代理人弁理士 D
同 E
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2000/12/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第35267号事件について平成10年12月18日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は、発明の名称を「静脈留置針」とする特許第1965025号の特許(平成4年11月30日出願、平成6年11月24日出願公告、平成7年8月25日設定登録、以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は、平成10年6月15日、原告を被請求人として、本件特許に係る発明のうち請求項1に係る発明(以下「本件発明」という)の特許を無効にすることについて審判を請求した。特許庁は、これを平成10年審判第35267号事件として審理した結果、平成10年12月18日、「特許第1965025号発明の明細書の請求項第1項に記載された発明についての特許を無効とする。」との審決をし、平成11年1月20日、その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(請求項1) 「斜傾状に形成されて開口する刃先先端1を一端に備え、その内部を内腔5とされ、その後方他端が開口されてその内部を前記内腔とされた筒状を呈する合成樹脂からなる基部41を備える金属からなる内針3と、その一端を開口し、前記内針の刃先根部近傍を残して該内針の外周面に摺動可能に密接被覆され、その他端が拡開されて開口する前記基部41の先端に被着される基部4 2を備える合成樹脂からなる外針2と、からなり、前記内針の刃先根部6より該内針基部41に連結する近傍まで前記内針の外周面長手方向に溝7が任意の長さに形成されていることを特徴とする静脈留置針。」(別紙図面(1)参照) 3 審決の理由 審決の理由は、別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに、本件発明は、実願昭60-163406号(実開昭62-72649号)のマイクロフィルム(審決においても本訴においても甲第2号証。以下「引用刊行物1」という。)に記載された技術(以下「引用発明1」という。)及び実願平1-146846号(実開平3-85046号)のマイクロフィルム(審決においても本訴においても甲第3号証。以下「引用刊行物2」という。)に記載された技術(以下「引用発明2」という。)に基づき当業者が容易に発明できたものであり、特許法29条2項に該当し、特許を受けることができない、とするものである。
原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中、4(判断)の相違点Bについての判断、5(まとめ)を争い、その余は認める。
審決は、相違点Bの判断において、引用発明1と同2との組合せを妨げる事情及び本件発明の顕著な効果について判断をしないという誤りを犯し(取消事由1)、仮にこれが認められなかったとしても、相違点Bについての判断を誤り(取消事由2)、本件発明の顕著な効果を看過し(取消事由3)、その結果、本件発明が特許法29条2項に該当するとの誤った結論を導いたものであり、これらの誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、審決は、違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(判断遺脱) 原告は、審判段階で、平成10年9月25日付けの審判事件答弁書において、概略次のとおりの意見を述べた。
@ 引用発明1と同2とは発明の解決すべき課題が異なり、また、本件出願当時の技術水準の下では、両発明の組合せを妨げる状況があったので、両発明の組合せは容易でない。
A 引用刊行物2には、「内筒の刃先根部から溝が刻まれる」という技術思想は記載されていないから、引用発明1と同2とを組み合わせても本件発明には到達しない。
B 本件発明によれば、(a)外針先端の位置を正確に把握することができ、これにより穿刺不足あるいは穿刺しすぎといった失敗を防止できる、(b)内針の刃先根部から溝を形成するので、穿刺時抵抗を最小にすることができる、という顕著な効果が得られ、これらの効果は、引用刊行物1及び同2には記載されておらず、また容易に予測できるものでもない。
ところが、審決は、上記Aについては一応の判断を示しているものの、@及びBについては一切判断しておらず、この判断遺脱は、審決の結論に影響を及ぼす蓋然性があるから、審決は、違法なものとして取り消されるべきである。
2 取消事由2(相違点Bの判断の誤り) (1) 引用発明2について 引用刊行物2の第1図(別紙図面(3)参照)は、「注射針の内筒(1)に溝を刻み、その上に分離が可能な透明な外筒(3)を付ける」という実用新案登録請求の範囲(1)記載の発明の一実施例として説明されたものであって、特に「刃先根部」に技術的意義を見出したことを示しているものではないから、引用刊行物2の第1図の溝(2)がたまたま刃先根部に到達しているとしても、引用刊行物2に「溝は内針の刃先根部より形成する」という技術的思想が開示されているということはできない。
そうすると、引用発明2は、本件発明の特徴である「溝が内針の刃先根部より形成されている」構成を備えていないから、仮に引用発明1と同2との組合せが可能であるとしても、組合せによって本件発明に到達することはない。
(2) 引用発明1と同2との技術課題の相違について 引用発明2における内筒及び外筒と、本件発明や引用発明1における内針及び外針とは、その果たすべき役割が全く異なるものである。そのため、引用発明2には、本件発明や引用発明1には存在する、外針(外筒)が血管内に達したことを確認するという課題が存在せず、そこでは、むしろ、それを課題とすること自体が不可能である。
より具体的にいえば、引用発明2の注射針は、単針であって、しかも、例えば、採血に使用する場合には、その単針の一部が単に血管に達したかどうかを確認するためのものであって、針先の一部が血管内に入っていれば足りるタイプの通常の注射針である。これに対して、引用発明1のそれは、内外針を備えた留置針であり、外針が血管内に確実に入ったことを確認するためのものである。更にいえば、引用発明2においては、単に注射針が血管内に入ったことがわかればよいだけなのに対して、本件発明においても引用発明1においても、外針(外筒)が血管内に達したことが確認されなければならず、内針外周に形成した溝を介して血液を逆流させることによって、確認の実現が図られているのである。
したがって、通常の注射針であって、内針と外針からなるものではない引用発明2は、内針と外針からなる留置針で、外針(外筒)が血管内に達したことを確認するといった課題を持ち合せておらず、技術的課題が明確に異なるのであるから、引用発明2の注射針と、本件発明や引用発明1の留置針とを「血管内へ薬液等を送通する医療用針」ということで同一視することはできない。
(3) 出願当時の技術水準に基づく引用発明1と同2との組合せの困難性について (イ) 静脈留置針については、本件出願当時のみならずその後も、穿刺時抵抗が最優先に考えられ、針先部分は聖域であり、穿刺時抵抗を増大させるような針先の加工はタブー視されていた。
本件出願当時のみならずその後も、穿刺時抵抗を小さくすることが静脈留置針の分野において最大の技術的関心事であったことは、当業界のトップメーカーである被告が出願した特許出願、例えば、特開平6-197961号公報(甲第6号証。優先日平成4年11月13日)に、「従来の血管穿刺器具50では、金属製外管52の先端と、金属製内針51の外面との間に、段差hが形成され、この段差が穿刺時に患者に苦痛を与えることがあった」(【0003】段落)、「この血管穿刺器具1では、内針3の外面と外管3の先端との間に、段差および隙間が実質的に形成されないので、穿刺時に患者に与える苦痛が少ない」(【0011】段落)と記載されていることからも明らかである。
このような状況にあって、静脈留置針に、引用発明2のような溝を形成することは、外針と内針との間に隙間を作ることで穿刺時抵抗を増大することに通じ、出願当時の静脈留置針の技術分野においては到底考えられないことであった。
引用発明1の発明者も、上記のことに鑑みて、穿刺時抵抗の小さい側孔タイプを選択したものと推察される。
(ロ) 被告は、留置針の開発における技術的要請は、穿刺抵抗の低減の一点に絞られるわけではなく、血管確保の容易性・確実性、血管への適合性、大流量の確保、逆流血液確認の容易性その他の要請もある旨主張する。
しかし、たとい、被告が主張するように、穿刺抵抗の低減以外にも技術的要請があるとしても、穿刺抵抗低減の要請は、被告がその製品宣伝において第一番目に挙げるほど、最も重要な技術的要請であったものであり、これらを同列に置く被告の主張は間違いである。
(ハ) 以上のとおり、引用発明1に同2を取り入れることは、穿刺抵抗を増大させることに通じるため、本件特許出願時の当業者にとって容易に着想できることではなかった。そうした中にあって、原告は、穿刺抵抗が若干増大するというデメリット(短所)があるにしても、それを上回って余りある顕著な効果があることに着目して、本件発明を完成させたのである。
したがって、出願時の技術水準を看過し、本件発明の進歩性を否定した審決は、判断を誤ったものである。
3 取消事由3(顕著な効果の看過) 本件発明には、その顕著な効果として、@「溝が内針の刃先根部より形成されている」ことによって、外針の先端が静脈腔内に達していることが確認でき、外針を確実に静脈腔内に挿入留置させることができること、A「内針の刃先根部より溝が形成されていること」により、穿刺時抵抗を最小にすることができるということ、B「溝が内針の刃先根部より形成されている」ことにより、内針の血液取入口(刃先先端)と外針の血液取入口(溝の先端)との距離を最小にできるということ、がある。これらの効果は、引用発明1及び同2のいずれからも予測できない本件発明特有の顕著な効果である。したがって、本件発明を、引用発明1及び同2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとすることはできない。
被告の反論の要点
審決の認定判断は、いずれも正当であり、審決を取り消すべき理由はない。
1 取消事由1(判断遺脱)について 原告主張の@ないしBの意見のうち、引用発明1及び同2の組合せの容易さに関する@は、単に原告独自の見解を披瀝しているという以上のものではない。また、発明の効果に関するBも、引用例に記載された事項とは無関係の説明図に基いた、原告独自の見解を示しているにすぎず、本件発明が予測できない格別の効果を奏するものでないことは明らかである。このような状況の下で、審決書記載の理由によって本件発明の進歩性を否定した審決には、何らの判断の遺脱もない。
2 取消事由2(相違点Bの判断の誤り)について (1) 引用発明2について 引用刊行物2には、当該考案の「内筒と外筒とが分離できる針」を示す第1図に、当該内筒の外表面に刻む溝を刃先根部から形成することが示されているから、引用発明2に関する審決の認定に誤りはない。
そもそも、医療用針による薬液等の血管内への注入は、当然ながら、薬液等の注入操作の間、薬液等の送通経路となる針の開口部全体を血管内に留置することによって行われるから、引用刊行物2の第1図が設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているか否かはともかくも、同刊行物に記載された技術、すなわち、引用発明2が、外筒も内筒といっしょに血管内に穿刺され、内筒の刃先根部から形成されている溝とそれを覆う外筒で形成される空間内へ先端の空隙を通じて血液の逆流を直ちに生ぜしめるものであることは容易に理解できることである。
(2) 引用発明1と同2との技術課題の相違について (イ) 原告は、引用発明2は、針先の一部が血管内に入っていれば足りる注射針であると主張するが、誤りである。
引用発明2の注射針は、その針先の内筒部分及び外筒部分のいずれもが血管内に穿刺されるべく構成されていて、これにより内筒の刃先根部から形成されている溝とそれを覆う外筒で形成される空間内へ先端の空隙を通じて血液の逆流を直ちに生ぜしめ、この流出血液の視認により、内筒及び外筒からなる注射針の針先が血管内に入ったことが確かめられるようにしたものであるから、原告が主張するような針先の一部が血管内に入っていれば足りる注射針ではなく、内筒及び外筒からなる針先全体が血管内に入るべく構成されていて、溝を通じての血液流出が内筒及び外筒からなる注射針の針先が血管内に入っていることを示すように構成されている注射針である。
また、このように、内筒及び外筒からなる針先全体が血管内に入るべく構成されていて、溝を通じての血液流出が注射針の内筒及び外筒からなる針先が血管内に入っていることを示すように構成されている引用発明2は、その外筒が留置針における外針ではないという点、すなわち、血管内に留置されるものとして構成されているか否かの違いを除けば、内筒と外筒とから構成される注射針の針先が血管内に入っていることを確認するという技術的課題においても、本件発明や引用発明1と異なるところがない技術である。
(ロ) 審決は、本件発明と引用発明1とが、内針外周に形成した溝を介して血液を逆流させることによって外針(外筒)が血管内に達したことを確認するという点で共通することを前提として、本件発明と引用発明1との構成上の相違点B、
すなわち、内針(内筒)の外周面長手方向に形成した溝への血液の取り入れ部分の構造の相違の判断に当たり、血管内へ薬液等を送通する医療用針が血管内に適切に入っていることを確認するための技術であり、産業上の利用分野の観点からも、また、その属する技術分野の観点からも、本件発明及び引用発明1と極めて密接な関連性を有する引用発明2を判断資料としているのである。
技術の転用の容易性は、ある技術分野に属する当業者が当該技術分野における技術開発を行うに当たり、技術的観点からみて類似する他の技術分野に属する技術が存在する場合において、その技術を転用することを容易に着想できるか否かの観点から判断されるべきものであり、転用する技術が適用の対象となる技術的思想創作を構成する複数の構成要件と一致していない限り転用できないなどということはできない。
(3) 出願当時の技術水準に基づく引用発明1と同2との組合せの困難性について 本件出願当時においては、技術の進歩により外針先端の厚みが減少され、
そのまま皮膚穿刺が可能となっていたのであり、引用発明1と同2との組合せを妨げるような状況があったとの原告主張には何ら正当性がない。
留置針の開発における技術的要請は、穿刺抵抗の低減の一点に絞られるわけではない。原告が提示した甲第9号証ないし第13号証及び第19号証の記載にもあるように、血管確保の容易性・確実性、血管への適合性、大流量の確保、逆流血液確認の容易性等といった数多くの技術的要請もある。さらには、このような技術的要請を満たす加工精度に優れた製品を、いかに安価に、かつ容易に製造するかという製造技術上の要請もある。解決すべきテーマの一つとして穿刺抵抗の低減という技術的要請が存在するからといって、例えば血管確保の容易性・確実性等の他の技術的要請に適った技術の適用が妨げられるなどとはいえないことは明らかである。
本件明細書には、その請求項2に記載された第2の発明として、外針に引用発明1における「側孔」に相当する「流通孔13」を穿孔する構成を採用した発明が記載されていて、当該第2の発明の構成により本件発明と同じく発明の所期の目的(発明が解決しようとする課題)を達成できることが説明されているのであるから、この点で本件発明が格別の効果を奏したかのような原告主張は自己撞着したものというほかない。引用発明1の「側孔」に代え、同じく逆流血液を溝に導入する引用発明2を転用することに何ら技術的困難はない。
3 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)について 原告主張の顕著な効果@は、引用発明1の留置針が同様に奏する効果に他ならない。顕著な効果Aは、逆流血液を「側孔」から溝に導入する構造に代え、「内筒の外表面に刻む溝を刃先根部から形成する」構造として逆流血液を溝に導入している引用発明2を転用することによって、同じく達成される効果である。
顕著な効果Bも、「内筒の外表面に刻む溝を刃先根部から形成する」構造として逆流血液を溝に導入し、これによって「直ちに、溝を通じて血液の流出があり、血管内に注射針が入ったことが確かめられる」としている引用発明2を転用することによって、同じく達成される効果である。
要するに、原告主張の顕著な効果は、いずれも、引用刊行物1及び同2の記載事項に基いて当業者が容易に把握することができる効果にすぎないのである。
当裁判所の判断
1 取消事由2(相違点Bの判断の誤り)について (1) 引用発明1について 甲第2号証によれば、引用刊行物1には、「血管内留置針の外筒先端近くに側孔を作り、内筒外面に溝を作ったもの」(実用新案登録請求の範囲)、「従来の血管内留置針は、図1のように、テフロンなどの血管内壁を損傷しにくい材質を用いた外筒(ア)と金属製の内筒(イ)よりなるものであり、これを図2のように外筒(ア)まで血管(ウ)内に刺入した後、内筒(イ)のみを抜去し、外筒(ア)をさらに挿入する。この際内筒(イ)が血管内に達したことは、内筒(イ)への血液の逆流(エ)により確認できるが、外筒(ア)に関しては確認できない。」(明細書1頁10行〜17行)、「本考案は、血管確保の成功率を高めるためになされたものであり、これを図4図5により説明すれば外筒(オ)の先端近くに側孔(カ)を作り、その部に一致する内筒(キ)の外面から基部にかけて溝(ク)を作ったものである。本考案はこのような構造であるから、図6のように、内筒(キ)のみならず外筒(オ)も血液の逆流(ケ)により血管内に達したことを確認でき・・・なお内筒の材質としては、金属のみならず合成樹脂をその一部又は全部の構成に用いて溝を作りやすくしても良い。」(補正された明細書2頁14行〜3頁5行)との記載があることが認められ(審決書4頁5行〜5頁11行参照)、このことは、原告の認めるところでもある(別紙図面(2)参照)。
(2) 引用発明2について (イ) 甲第3号証によれば、引用刊行物2には、「注射針の内筒(1)に溝を刻み、その上に分離が可能な透明な外筒(3)を付ける。以上の如く構成された、血管用の針」(実用新案登録請求の範囲請求項1)、「この発明は、注射針が血管内に入ると毛細管現象により溝に沿って血液が流れ、容易に血管内に注射針が入っていることが確かめられ、針刺しに失敗しないようにしたものである」(明細書1頁13行〜16行)、「溝を付けることにより、血管内に注射針が入ると、直ちに、溝を通じて血液の流出があり、血管内に注射針が入ったことが確かめられる」(明細書2頁6行〜8行)、「(イ)溝は多数付けられる。(ロ)外側のカバーの材質は、ポリエチレン、ウレタンなど透明であれば良い。・・・(ニ)針は透明な材質でも良い。」(明細書2頁14行〜19行)との記載があることが認められ(審決書5頁13行〜6頁11行参照)、このことは、原告の認めるところでもある(別紙図面(3)参照)。
(ロ) 甲第3号証(引用刊行物2)の図面第1図によれば、刃先を上にして、内筒、溝、外筒を組み合わせた状態の注射針が記載されていること、内筒の外周には、縦に1本の溝が設けられ、その上端は内筒の刃先根部に達していることが認められる。
(ハ) 以上によれば、「甲第3号証には、溝は内筒の刃先根部から形成され、外筒は、一端を開口されている点が、甲第3号証に開示されている。」(審決書13頁15行〜17行)とした審決の認定には、誤りはないことが明らかである。
(ニ) この点について、原告は、引用刊行物2の第1図において、溝が内筒の刃先根部に到達していることを認めつつ、第1図の溝がたまたま刃先根部に到達しているからといって、引用刊行物2には「溝は内針の刃先根部より形成する」という技術的思想が開示されているということはできない旨主張する。
しかしながら、審決は、引用刊行物2の実用新案登録請求の範囲に記載された考案自体を引用しているわけではなく、引用刊行物2の上記記載と第1図から、溝が内筒の刃先根部から形成され、外筒は、一端を開口されているという技術事項を認定しているのであるから、この引用の趣旨を離れて、引用刊行物2の実用新案登録請求の範囲に記載された考案自体を前提に、審決の認定を論難する原告の主張が失当であることは明らかである。
(3) 引用発明1と同2との技術課題の相違について (イ) 引用発明1は、内針、外針を備えた留置針に係るものであり、この種の針においては、外針を血管内に留置しなければならないことから、内針外周に形成した溝から血液を逆流させることによって外針が血管内に達したことを確認するというものである。これに対して、引用発明2は、本来、通常の注射針であり、内針と外筒(外針)を備えてはいるものの、外筒(外針)は、内針が血管内に達したかどうかを確認するためだけに存在し、外筒(外針)の存在を通じて、内針外周に形成した溝から血液を逆流させることによって、内針が血管内に達したことを確認するというものである。
そうすると、引用発明1と同2の間には、対象とする注射針に相違があり、その結果、両発明が、使用目的、技術目的においても異なった側面を有することは確かであるものの、両者は、血管内へ薬液等を送通する医療用針に関するものである点では共通しており、かつ、注射針を血管内に確実に入れるための技術である点でも共通であるから、医療用針を業務として取り扱う当業者が、引用発明1の認識を前提に引用刊行物2に接した場合、通常の注射針ではあるものの上記構成及び作用を有する引用発明2の存在に気付き、これを、引用発明1の留置針に転用すべく、引用発明2の技術を採択し、本件発明に想到することには、格別の困難はないものというべきである。
(ロ) 原告は、引用発明2の注射針は、引用発明1のような留置針ではなく、単針であって、しかも、例えば採血に使用する場合には針先の一部が血管内に入っていれば足りるタイプの通常の注射針であるとし、引用発明1とは技術的課題が異なるから、両発明を組み合わせることは困難である旨主張する。
しかしながら、まず、引用刊行物2を検討しても、引用刊行物2には、
「血管内に注射針が入ると、」と記載されているのであって、引用発明2が、針先の一部が血管内に入っていれば足りるタイプのものであることをうかがわせる記載を見出すことはできない。
また、仮に、引用発明2の注射針が本来針先の一部が血管内に入っていれば足りるタイプのものであることが業界の常識であったとしても、少なくとも、
そのタイプのものにおいても、針先の全部が血管内に入る方が好ましいことは明らかであり、このタイプのものについても針先の全部が血管内に入ることを確認する技術が開示されることも十分あり得ることであるから、引用刊行物2にそのような技術が開示されている限り、これと引用発明1と組み合わせることに格別の困難はないというべきである。そして、審決が同刊行物から引用したのが、まさしくこのような技術であったのである。すなわち、次のとおりである。
引用刊行物2に、「この発明は、注射針が血管内に入ると毛細管現象により溝に沿って血液が流れ、容易に血管内に注射針が入っていることが確かめられ、針刺しに失敗しないようにしたものである」、「溝を付けることにより、血管内に注射針が入ると、直ちに、溝を通じて血液の流出があり、血管内に注射針が入ったことが確かめられる」との記載があることは前示のとおりであり、ここに「注射針が血管内に入ると毛細管現象により溝に沿って血液が流れ」、「血管内に注射針が入ると、直ちに、溝を通じて血液の流出があり、」という場合の「注射針」が、針先の内筒部分のみならず外筒部分をも含んでいることは、明らかである。なぜならば、外筒部分が、血管の壁を通過して、血管内に入らなければ、血液が溝を逆流することはあり得ないからである。そして、引用刊行物2に、外筒部分が内筒の刃先根部にしか及んでいないもの、すなわち内筒針先全部が血管内に入ることを確認するものが記載されていることは明らかであり(別紙図面(3)参照)、これこそが審決が同刊行物から引用した発明(引用発明2)なのである。
原告の主張を採用し得ないことは明らかである。
(4) 出願当時の技術水準に基づく引用発明1と同2との組合せの困難性について 原告は、引用発明1において、引用刊行物2の第1図に示される刃先根部に溝を形成する事項を取り入れることは、穿刺抵抗を増大させることに通じるから、引用発明2を組み合わせることが当業者にとって容易でなかった旨主張する。
しかしながら、仮に、刃先根部に溝を形成することが、穿刺抵抗を増大させるおそれを伴うものであったとしても、針先の先部を確実に血管内に入れることも重要な課題であるから、現実の実務の場で、どちらの課題をどの程度重視するかという選択の問題が残ることはあり得ても、穿刺抵抗が増大するかもしれないとの一事のみで、引用発明1に同2を組み合わせてみようとの発想が妨げられるものでないことは明らかというべきである。
原告の上記主張も採用できない。
2 取消事由3(本件発明の顕著な効果の看過)について 原告主張の本件発明の効果は、いずれも、引用発明1及び同2を組み合わせて本件発明の構成を採用するすることになれば、得られることの自明な効果である。したがって、取消事由3についての原告の主張も、採用の限りでない。
3 取消事由1(判断遺脱)について 原告は、審決段階における原告の意見である、@引用発明1と同2とは発明の解決すべき課題が異なり、また、本件出願当時の技術水準の下では、両発明の組合せを妨げる状況があったので、両発明の組合せは容易でない、B本件発明によれば、(a)外針先端の位置を正確に把握することができ、これにより穿刺不足あるいは穿刺しすぎといった失敗を防止できる、(b)内針の刃先根部から溝を形成するので、
穿刺時抵抗を最小にすることができる、という顕著な効果が得られ、これらの効果は、引用刊行物1及び同2には記載されておらず、また容易に予測できるものでもない、との点について判断をしておらず、判断の遺脱がある旨主張する。
しかしながら、審決書によれば、「そして甲第2号証及び甲第3号証のものは、いずれも外針・内針を有する注射針に関するものであるから、相違点Bについて甲第2号証の留置針に甲第3号証の上記事項を適用することは当業者が容易になしえたことである。」(13頁18行〜14頁2行)と記載されているから、審決が、出願当時の技術水準は両発明の組合せを妨げる状況にあったとする原告の主張を採用しなかったことは明らかである。また、Bの効果の点については、前記認定判断のとおり、本願考案の構成を採用すれば、得られることの自明な効果であったものであり、審決においても、同様に判断し、審決書には、上記のとおり記載するにとどめたものであることがうかがわれる。
したがって、審決書の記載の明確性はともかく、上記意見についての判断がなされていることは明らかであるから、審決に判断遺脱があるとする原告の主張は、失当である。
4 以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、
その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 山田知司
裁判官 宍戸充