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関連審決 異議2002-70659
関連ワード 発明者 /  製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  国内優先権 /  分割出願 /  優先日 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  同意 /  設定登録 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  取消決定 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10015号 特許取消決定取消請求事件
原告 三菱レイヨン株式会社
原告 三菱化学株式会社
両名訴訟代理人弁護士 上谷清
同 宇井正一
同 萩尾保繁
同 笹本摂
同 山口健司
同 弁理士 吉田維夫
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 城所宏
同 一色由美子
同 宮下正之
同 江藤保子
同 柳和子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/07/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2002-70659号事件について平成16年5月28日にした異議決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,発明の名称を「トナー」とする特許第3209991号発明〔昭和62年10月26日に出願した発明(優先権主張昭和61年11月5日・日本)の一部につき,平成8年5月27日分割出願をし,その分割出願に係る発明の一部につき,平成11年12月27日分割出願をし,平成13年7月13日,特許第3209991号として設定登録(以下「本件特許」という。)を受けた。なお,以下,本件特許の国内優先権主張日である昭和61年11月5日を「本件優先日」という。〕の特許権者である。
特許庁は,平成14年3月,キャノン株式会社外2社から,それぞれ本件特許について特許異議の申立てを受け,異議2002-70659事件として審理した。
原告らは,上記審理の過程で,同年6月26日付けの取消理由通知を受け,同年9月3日,上記特許の願書に添付した明細書の訂正の請求をした。特許庁は,上記事件を審理した結果,平成16年5月28日,「訂正を認める。特許第3209991号に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年6月19日,その謄本を原告らに送達した。
2 平成14年9月3日付けの明細書の訂正により訂正された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし3に係る発明(以下,請求項1に係る発明を「本件発明」という。)の要旨 【請求項1】少なくともバインダー樹脂および着色剤を,少なくとも混練および粉砕することにより得られるトナーであって,該バインダー樹脂が,その重合のための単量体と可塑剤の合計重量に対して10重量%以上の可塑剤が存在しない条件下に重合することによって得られる,スチレン及び/又はその誘導体,(メタ)アクリル酸エステルを主要な構成成分とするものであり,且つ,該バインダー樹脂のガラス転移点が50〜100℃であり,その残存モノマー量が110ppm 以下であることを特徴とする磁性を有さないトナー。
【請求項2】バインダー樹脂の残存モノマー量が90ppm以下であることを特徴とする請求項1記載のトナー。
【請求項3】バインダー樹脂のガラス転移点が50〜80℃であることを特徴とする請求項1または2記載のトナー。」 なお,本件発明は,上記のとおりの分割出願であって,昭和62年10月26日に出願されたものとみなされ,昭和62年法律第27号により改正された特許法の附則3条により上記改正前の特許法38条の適用を受けるので,請求項2及び3に係る発明は,本件発明のいわゆる実施態様項である。
3 決定の理由 決定は,別添異議の決定謄本写し記載のとおり,本件発明が,特開昭55-155362号公報(甲3,以下「引用例5」という。),特開昭61-179202号公報(甲4,以下「引用例6」という。),特開昭61-176604号公報(甲5,以下「引用例7」という。),特開昭60-44505号公報(甲6,以下「引用例9」という。)及び特開昭61-72258号公報(甲7,以下「引用例10」という。)に記載された発明(以下,順に「引用発明5」ないし「引用発明7」,「引用発明9」及び「引用発明10」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることできたものであるから,本件発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないので,平成6年法律第116号による改正特許法の附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の一部の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定によって,本件特許につき拒絶査定をしなければならないとした。
原告ら主張の決定の取消事由
決定中,本件発明と引用発明6及び7との一致点及び相違点についての認定は認める。
決定は,引用発明6及び7には残存モノマー量を低減させる動機付けがないことを看過し(取消事由1),引用発明6及び7と引用発明9との組合せを妨げる事情を看過し(取消事由2),本件発明の有する顕著な作用効果も看過し(取消事由3),その結果,本件発明について当業者が容易に発明することができたと誤った結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(残存モノマー量を低減させる動機付けがないことの看過) (1) 引用例6及び7には,残存モノマー量を110ppm以下に低減すべきであるとの動機付けが開示されていないから,引用発明6及び7に引用発明9を適用し,周知慣用の技術課題を加味して,相違点に係る本件発明の構成とすることが容易であるとした決定の判断は,誤りである。
(2) すなわち,引用例6及び7の表-5においては,残存モノマー量を680ppmから300ppmの領域において低減した場合に一部のトナー性能が改善されることが開示されているものの,その低減の程度は,せいぜい300ppmを下限とするものであって,それ以下に低減することを示すものではない。また,引用例6の表-3において,残存モノマー量を450ppmから210ppm程度にまで低減させているが,残存モノマー量330ppmの「樹脂R-11」では,不快臭気,画像濃度,オフセット性がいずれも◎であるのに対し,残存モノマー量が210ppmの「樹脂R-14」では,不快臭気は◎であって飽和しており,画像濃度は,オフセット性は×となっている。つまり,表-3を検討すると,残存モノマー量を330ppmから210ppmの領域において低減させた場合に,トナー性能が悪化していくことが明りょうに開示されているのである。
表-3と表-5が全体として示唆することは,残存モノマー量680ppmから300ppm程度に減少すれば不快臭気及び画像濃度の改善を導くが,300ppm以下という領域にまで低減した場合は,オフセット性の悪化をもたらすという知見であり,また,表1と表5が全体として示唆するところは,残存モノマー量を680ppmから300ppm程度に減少しても耐ブロッキング性に変化はないとの知見である。
一般に,化学の分野は,結果の予測可能性が非常に困難な領域であり,実証されていない領域を正確に予見することは極めて難しく,それゆえ,連続性を前提とする推定が破られて,構成に比例して効果が発生しなかったり,あるいは一定の数値領域から意外な効果が突如として生じることがまま観察される。このように,化学の分野において効果の予測が困難である以上,ある発明を意図する当業者は,先行する類似発明中の実施例による裏付けの有無等を細やかに参酌しながら当該先行例の示す知見の把握に努めるところである。
本件発明においても,引用例6及び7の内容に接した当業者は,たとい同引用例に,バインダー樹脂中の残存モノマー量が多いと一部のトナー性能の低下につながるという記載があったとしても,実験例に裏付けられた前述の表-3と表-5の内容を斟酌し,結局,引用例6及び7が示唆するところは,トナー性能の改善のためには,残存モノマー量を無限に低減するのではなくせいぜい300ppm程度までに低減すればよいこと,また逆に,それ以下に低減した場合はトナー性能を阻害するとの知見を得るのである。したがって,引用例6及び7には,残存モノマー量を110ppm以下に低減すべきであるとの動機付けが開示されていない。
(3) 被告は,引用例6の実施例9に記載される「樹脂R-66」「樹脂R-67」の残存モノマー量が270ppm,240ppm,引用例7の実施例4に記載される「樹脂R-19」の残存モノマー量が260ppmであるが,画像濃度,定着性,オフセット性,耐ブロッキング性,混練時と定着時の不快臭気についての効果がいずれも「◎」となっている旨主張する。しかし,原告らは,300ppmという数値を問題にしているのではない。問題なのは,引用例6及び7に残存モノマー量を110ppm以下といった領域にまで低減してトナー性能を向上させることの示唆が刊行物に開示されているか否かであり,引用例6及び7をみても,110ppm以下に残存モノマー量を低減するべきであるとの示唆は読み取れない。
2 取消事由2(引用発明6及び7と引用発明9との組合せを妨げる事情の看過) (1) 決定は,「前述のとおり,トナーの技術分野において,バインダー樹脂中の残存モノマー量をできるだけ少なくすることが,混練時及び定着時の臭気の発生の防止という点ばかりでなく,トナーの電気的性質の低下を防止するという点からも望ましいことは,本件優先権主張日前に既に周知であって,かつ刊行物9記載の発明(注,引用発明9)を,刊行物6及び7(注,引用発明6及び7)に記載された発明に適用することに何ら阻害要因はないから,残存モノマー量を110ppm以下とする程度のことは,当業者であれば容易になしうることである。」(決定謄本15頁下から第2段落)と判断したが,引用発明6及び7に引用発明9を適用する動機は存在しないから,上記判断は,その前提において誤りである。
(2) 引用発明6及び7においては,トナー性能,とりわけ,引用発明9との共通課題である臭気改善という課題は,残存モノマー量を300ppm程度とすることで解決されている。さらには,引用例6及び7には,残存モノマーをそれ以上低減しても臭気改善の効果は飽和していることが記載されている。したがって,これらの刊行物を参照するトナー技術の開発に従事する当業者は,臭気の問題は300ppmをもって解決されたと理解するところであって,殊更に,トナー用途が全く開示もされていない一般樹脂の文献である引用発明9に着目して,これと引用発明6及び7とを組み合わせようとの動機を持ちようがない。さらに,臭気以外のトナー性能について検討してみても,引用発明6及び7と引用発明9とを組み合わせる動機は生じようがない。
(3) 引用発明9の残存モノマーの低減方法は,非イオン界面活性剤を添加して蒸留する方法であるが,甲9〜11の各公開特許公報から明らかなとおり,界面活性剤がトナー性能を阻害することは,周知の事項であるから,当業者がこの方法をトナー用バインダー樹脂の製造に用いることはない。
現に,原告らは,引用例9の残存モノマーの低減方法で製造されたトナーの性能が極めて劣悪であることを追試によって実証し,この実験結果を,実験報告書Dにまとめて,本件異議手続の段階で,特許異議意見書(甲12)添付の参考資料として提出している。この実験で,原告らは,本件明細書の実施例1〜3に記載の組成に基づいて樹脂を製造した上,一方で,この樹脂に引用例9の実施例2に記載の方法で蒸留を加えたビニルポリマーを製造し,このビニルポリマーから,トナー(B)を製造し,他方で,本件発明の実施例1に記載があるのと同様の方法でビニルポリマーを合成し,このビニルポリマーから,トナー(B)を作成したのと同様の方法でトナー(C)を製造した。その結果,トナー(C)と比較して,トナー(B)の性能が極めて劣悪であったが,その原因は,トナー(B)においては,ビニルポリマーの製造に際して用いられた界面活性剤であるポリオキシエチレンオレイルエーテルがトナーに残留し,その帯電性,流動性,耐ブロッキング性を阻害したものと推測される。この実験結果に照らしても,当業者がトナー性能を損なう界面活性剤を使用する引用例9の方法をトナー用バインダー樹脂の製造に用いることはないことが明らかである。
被告は,上記実験報告書Dは,本件発明外での実験例を示しているから検討に値しないと述べるが,実験報告書Dを提出した趣旨は,本件発明の方法で製造されたトナーの性能を立証するためではなく,引用例9の方法で製造されたトナーの性能が界面活性剤の残留のゆえに劣悪となることを立証するためであるから,被告の上記主張は的外れである。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過) (1) 本件発明は,残存モノマーを著しく低減することによって,それまで残存モノマー量との相関が全く認識されていなかった耐ブロッキング性と耐塩ビ可塑剤性が改善されることを見いだしたものである。化学の分野に属する発明が,従前,構成との関連が了知されていた効果ではあっても,その著しい改善を伴う場合,あるいは,従前,構成との関連が全く了知されていなかった異質な効果が生じることを発見した場合は,発明の構成に容易に想到し得たものとはいえず,当然に進歩性が認められてしかるべきである。
すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている実施例1(残存モノマー量200ppm)と同2(残存モノマー量110ppm)を比較すると明らかなように,耐ブロッキング性能が○(実用上支障なし)から◎(良好)へと,110ppmを境に大きく変化しており,本件発明は,耐ブロッキング性能の向上という効果を奏するものである。
被告は,引用例6及び7において,残存モノマーを低減することによって,溶融時の不快な臭気が少なく,かつ,トナーの一般的性質が優れたトナー用樹脂を提供するもので,そのトナーの一般的性質には,耐ブロッキング性を例示し,本件発明と同じ「◎」評価の優れたものである旨主張するが,引用発明6及び7は,耐ブロッキング性能と残存モノマー量の相関関係について何らの示唆をするものではない。
また,本件発明で残存モノマー量と耐塩ビ可塑剤性能の関係を検討すると,その比較例4(残存モノマー量700ppm)と実施例2(同110ppm)においては×(かなり悪い)から△(やや問題あり)と当該性能が向上しており,その実施例3(残存モノマー量90ppm)に至っては,さらに○(実用可能)にまで性能が向上している。つまり,本件発明は,残存モノマー量の低減によって耐塩ビ可塑剤性能の向上という効果を奏するものである。
(2) 決定は,「刊行物10(注,引用例10)には,ビニル系トナー用樹脂,特にスチレン-メタクリル酸エステル共重合体を主要樹脂成分とするトナーにおいて,『耐塩ビ汚染性』が,トナー特性の1つとして明記され,残存モノマーが多くなると,『耐塩ビ汚染性』が劣る傾向があることを明示し・・・,発明の効果として『耐塩ビ汚染性』に優れたものが得られることを開示しているものと認められる。そうすると,残存モノマーが少ないほど,『耐塩ビ汚染性』すなわち『耐塩ビ可塑剤性』も優れたものとなることを示唆することは明らかである。」(決定謄本15頁最終段落〜16頁第1段落)としている。
確かに,引用例10に,「耐塩ビ汚染性」が「トナー性能」の一つとして記載されていることは事実である。しかし,引用例10のどこにも,「残存モノマーが多くなると『耐塩ビ汚染性』が劣る傾向がある」旨の明示の記載はない。つまり,残存モノマーが多くなると「トナーの特性」を悪くする,という概括的な記載がされているだけであって,それらのトナー特性中でも「耐塩ビ可塑剤性」という特定された特性が劣ることについての記載はどこにもないのである。「トナー特性」といった概括的な記載があることをもって,そこにあらゆる個別具体的なトナーの特性を読み込み,進歩性の判断をするような粗雑な認定は許されない。
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(残存モノマー量を低減させる動機付けがないことの看過)について (1) トナー用樹脂中に残存モノマーが多いとトナーの性能低下につながることは,引用例6(甲4)の「本発明者らは溶融時の不快臭気とトナーの電気的性質を低下させる原因について検討したところ,・・・樹脂中に含まれる不純物が原因であることが分つた。この不純物には,単量体を重合して得られる樹脂に一般に残存する未反応の単量体,原料より持込まれた不純物,重合中に生成,特に重合開始剤の分解により生成した不純物などが考えられる。」(2頁右下欄第1段落)との記載等から明らかである。
そして,例えば,引用例9(甲6)には,「残存モノマーが存在すると溶融混練加工の場合やポリマー溶液の調製時に臭気が発生する問題につながることから,できるだけ減少させることが望まれる。」(1頁右下欄最終段落)との記載があり,特開昭53-4089号公報(乙1)には,「最終製品中のモノマー含有量を100ppm以下とすることは困難で,通常の場合100〜500ppmのモノマーを含有している。本発明は,モノマー含有量の低い良質のポリスチレンを得ることを目的としたもので・・・,モノマー含有量100ppm以下の高品質のポリスチレンを得るようにしたものである。」(2頁左上欄第2段落)との記載がある。
このように,化学物質を製造する際に発生する不純物ないし未反応物をできる限り減少させることが望まれることは技術常識であって,重合系樹脂において,臭気発生の問題を避けるために,残存モノマーをできるだけ減少させることが望ましいことは,本件優先日当時,既に技術常識であった。
(2) 原告らは,当業者において,引用例6及び7の内容に接しても,トナー性能の改善のためには,残存モノマー量を無限に低減するのではなくせいぜい300ppm程度までに低減すればよいこと,また逆に,それ以下に低減した場合はトナー性能を阻害するとの知見を得るのみである旨主張する。
しかし,引用例6の実施例9に記載される「樹脂R-66」「樹脂R-67」は,残存モノマー量が270ppm,240ppm(13頁表-9)であって,引用例6記載の発明の実施例であるが,「画像濃度(湿度60%と85%,定着性,オフセット性,ブロッキング性:いずれも◎」「混練時と定着時の不快臭気◎」(13頁表-9)という効果を有している。引用例6の実施例7に記載される「樹脂R-53」,「樹脂R-55」,引用例7の実施例4に記載される「樹脂R-19」も,同様である。結局,引用例6の実施例9に記載される「樹脂R-66」,「樹脂R-67」の残存モノマー量が270ppm,240ppm,引用例7の実施例4に記載される「樹脂R-19」の残存モノマー量が260ppmであるが,画像濃度,定着性,オフセット性,耐ブロッキング性,混練時と定着時の不快臭気についての効果がいずれも「◎」(良好)となっているから,原告らの上記主張は失当というほかない。
2 取消事由2(引用発明6及び7と引用発明9との組合せを妨げる事情の看過)について (1) 原告らは,引用発明9の残存モノマーの低減方法について,界面活性剤がトナー性能を阻害することは周知の事項であるから,当業者がこの方法をトナー用バインダー樹脂の製造に用いることはない旨主張する。
しかし,引用発明9(甲6)の残存モノマーの低減方法は,非イオン界面活性剤を添加して蒸留する方法であるが,「その使用量はポリマー100重量部に対し0.001〜1重量部の範囲が好ましい。・・・1重量部超えて用いても効果は増進せず,不経済であるうえ,ポリマー中に界面活性剤等が取り込まれ,汚染されるおそれがあるために好ましくない。」(2頁右下欄第1段落)と記載されているとおり,通常はポリマー中に界面活性剤等が取り込まれず,汚染されないようにするのであって,非イオン界面活性剤がポリマー中に残存しないことを前提としているものである。
(2) また,トナー製造方法に関し,特開昭60-73545号公報(乙7,以下「乙7公報」という。)では,HLBが1ないし15の非イオン活性剤を添加することが,特公昭60-30939号公報(乙8,以下「乙8公報」という。)では,引用例9(2頁左下欄14行目)に記載されたと同じ非イオン界面活性剤「ソルビタンモノステアレート」が用いられることが記載されており,これらの記載によれば,非イオン界面活性剤がトナー製造に用いられていることが明らかである。
したがって,残存モノマーの除去のために非イオン界面活性剤を用いていることを根拠に,トナー用バインダー樹脂に適用することはできないとする原告らの主張は,この点でも理由がない。
(3) なお,原告らが提出する実験報告書D(甲12)は,本件発明での残存モノマー110ppm以下であるものでない,本件発明外での実験例を示しているにすぎないから,検討に値しない。
3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1) 引用例5(甲3)には,「上記の様に樹脂の溶融物性をコントロールすれば,保存性,定着性,オフセット防止性の良い磁性トナーが得られる。しかし,樹脂中に樹脂合成用の溶媒,単量体成分が多量に含まれる場合には,トナーはオフセットを発生し,また,保存性,流動性,耐刷性も悪くなる。そのため,樹脂中に含まれる低分子量物質をできるだけ少なくすることが必要で,本発明者等の検討によれば,それらの含有量は0.1重量%未満とする必要がある。」(3頁右上欄第2段落)との記載があり,ここで「保存性」が良いこととは,トナーの保存時に凝集しブロック状にならない性質であって,耐ブロッキング性の改善と同意義である。
引用例6には,上記のとおり,残存モノマーを低減することによって,溶融時の不快な臭気が少なく,かつ,トナーの電気的性質が優れたトナー用樹脂を提供する旨記載され,そのトナーの電気的性質の一つとして「ブロッキング性」が例示され,本件発明と同じく,優れたものであるとされている。引用例7においても,引用例6とほぼ同様である。
したがって,残存モノマーを低減することによって,耐ブロッキング性が改善されることは,予測し得る程度のものであって,異質な効果とはいえない。
(2) 引用例10では,本件発明の「耐塩ビ可塑剤性」に相当する「耐塩ビ汚染性」が,トナー特性の一つとして明記され,残存モノマーが多くなると,「耐塩ビ汚染性」が劣る傾向があることを明示し,発明の効果として「耐塩ビ汚染性」に優れたものが得られることを開示しているから,残存モノマーが少ないほど,「耐塩ビ汚染性」すなわち「耐塩ビ可塑剤性」も優れたものとなることを示唆することは明らかである。
そもそも,不純物は,トナー用バインダー樹脂に限らず,例えばファインな材料分野において,当然に,存在しないことが好ましいことであるから,不純物として知られる「残存モノマー」によって,「耐塩ビ可塑剤性」にどのような悪影響が発生するかを検討し,その上限値を特定することに技術的困難性はない。
(3) トナー用バインダー樹脂の分野において,臭気の改善及び耐ブロッキング性のためにトナー用バインダー樹脂中の残存モノマーはできるだけ減少させることが好ましいことが周知となっているところ,本件優先日前,残存モノマー量が少ない方が耐塩ビ可塑剤性も優れたものとなることが示唆されていたのであるから,残存モノマー量を「110ppm以下である」とする構成自体に推考困難性がない以上,原告ら主張の本件発明の効果は,いずれも,予測し得る範囲内の効果にすぎない。
当裁判所の判断
1 相違点についての判断 (1) 本件発明と引用発明6及び7が,「少なくともバインダー樹脂および着色剤を,少なくとも混練および粉砕することにより得られるトナーであって,該バインダー樹脂が,その重合のための単量体と可塑剤の合計重量に対して10重量%以上の可塑剤が存在しない条件下に重合することによって得られる,スチレン及び/又はその誘導体,(メタ)アクリル酸エステルを主要な構成成分とするものであり,且つ,該バインダー樹脂のガラス転移点が50〜100℃であり,磁性を有さないトナー。」(決定謄本13頁最終段落)である点で一致しているが,他方,「バインダー樹脂中の残存モノマー量について,本件発明が,『110ppm以下である』と特定するのに対して,刊行物6記載の発明(注,引用発明6)では,最も低減させたものでも210ppmの残存モノマーが存在しており,或いは刊行物7記載の発明(注,引用発明7)では,最も低減させたものでも260ppmの残存モノマーが存在しているが,刊行物6及び7の何れにも,110ppm以下に低減することは記載されていない点。」(14頁第1段落)で相違していることは,当事者間に争いがない。
(2) 周知の技術課題について ア 引用例5(甲3,特開昭55-155362号公報)には,次の記載がある。
@ 「樹脂中に含まれる樹脂合成用の溶媒や単量体が0.1重量%未満にすることが,本発明(注,引用発明5)の達成に不可欠であることを見い出したのである。この様な樹脂を用いれば,加熱ローラー表面にシリコンオイルを供給しなくてもオフセットが防止でき,合わせて定着性,保存性,流動性,耐刷性に優れた磁性トナーを得ることができる。」(2頁左下欄下から8行目〜2行目) A 「上記の様に樹脂の溶融物性をコントロールすれば,保存性,定着性,オフセット防止性の良い磁性トナーが得られる。しかし,樹脂中に樹脂合成用の溶媒,単量体成分が多量に含まれる場合には,トナーはオフセットを発生し,また,保存性,流動性,耐刷性も悪くなる。そのため,樹脂中に含まれる低分子量物質をできるだけ少なくすることが必要で,本発明者等の検討によれば,それらの含有量は0.1重量%未満とする必要がある。」(3頁右上欄8行目〜16行目) イ 引用例6(甲4,特開昭61-179202号公報)には,次の記載がある。
@ 「(1)重合性ビニル基を有する単量体を重合開始剤として過酸化物を用いて懸濁重合させてガラス転移温度が50ないし100℃のトナー用樹脂を製造する方法において,重合が実質的に終了した後,重合系にアルカリ金属の水酸化物と溶解性パラメータが11ないし15の有機溶剤を添加し,得られる樹脂のガラス転移温度以上の温度で樹脂が加水分解しない範囲の熱処理する工程を含むことを特徴とするトナー用樹脂の製造方法。」(特許請求の範囲第1項) A 「本発明(注,引用発明6)は電子写真,静電記録,静電印刷などにおける静電荷像を現像する乾式現像方式,すなわちカスケード法,毛ブラシ法,磁気ブラシ法,インプレッション法,パウダークラウド法などで使用されるトナーの結着剤として溶融時の不快な臭気が少なく,かつ電気的性質がすぐれたトナー用樹脂の製造法に関する。」(1頁右下欄5行目〜11行目) B 「単量体単独または混合物,特に単量体としてスチレンまたはその誘導体を多く含む単量体を過酸化物を用いて懸濁重合で製造された従来のトナー用樹脂はトナーの製造の際の溶融混練工程およびトナーの使用の際の定着工程で溶融状態となったとき不快な臭気が発生するため問題とされ,また電気的性質の湿度依存性が大きく良好なトナーを得られず,その改善が望まれていた。」(2頁左下欄11行目〜19行目) C 「本発明者らは溶融時の不快臭気とトナーの電気的性質を低下させる原因について検討したところ,・・・・・樹脂中に含まれる不純物が原因であることが分った。この不純物には,単量体を重合して得られる樹脂に一般に残存する未反応の単量体,原料より持込まれた不純物,重合中に・・・生成した不純物などが考えられる。」(2頁右下欄1行目〜11行目) D 「本発明で最も重要なことは,重合が実質的に終了した後,アルカリ金属の水酸化物とSP値が11ないし15の有機溶剤を重合系に添加し,得られる樹脂のTg以上の温度で,樹脂が加水分解しない範囲のアルカリ・溶剤処理をすることにより,溶融時の不快臭気となり,またトナーの電気的性質に悪影響を及ぼす不純物を除去することにある。」(5頁左上欄10行目〜17行目) ウ 引用例7(甲5,特開昭61-176604号公報)には,次の記載がある。
@ 「(1)重合性ビニル基を有する単量体を懸濁重合させてガラス転移温度が50ないし100℃のトナー用樹脂を製造する方法において,重合が実質的に終了した後,重合系に溶解性パラメータが11ないし15の有機溶剤を添加し,得られる樹脂のガラス転移温度以上の温度で熱処理する工程を含むことを特徴とするトナー用樹脂の製法。」(特許請求の範囲第1項) A 「本発明(注,引用発明7)は電子写真,静電記録,静電印刷などにおける静電荷像を現像する乾式現像方式すなわちカスケード法,毛ブラシ法,磁気ブラシ法,インプレッション法,パウダークラウド法などで使用されるトナーの結着剤として溶融時の不快な臭気が少なく,かつ電気的性質がすぐれたトナー用樹脂の製法に関する。」(1頁右下欄4行目〜10行目) B 「単量体単独または混合物,特に単量体としてスチレンまたはその誘導体を多く含む単量体を懸濁重合で製造された従来のトナー用樹脂はトナーの製造の際の溶融混練工程およびトナーの使用の際の定着工程で溶融状態となったとき不快な臭気が発生するため問題とされ,また電気的性質の湿度依存性が大きく良好なトナーを得ることができないと問題となっており,その改善が望まれていた。」(2頁左下欄10行目〜18行目) C 「本発明者らは溶融時の不快臭気とトナーの電気的性質を低下させる原因について検討したところ,・・・・・樹脂中に含まれる不純物が原因であることが分った。この不純物には,単量体を重合して得られる樹脂に一般に残存する未反応の単量体,原料より持込まれた不純物,重合中に副反応により生成する不純物が考えられる。」(2頁右下欄1行目〜11行目) D 「本発明で最も重要なことは,重合が実質的に終了した後,SP値が11ないし15の有機溶剤を重合系に添加し,得られる樹脂のTg以上の温度で熱処理することにより溶融時の不快臭気となり,またトナーの電気的性質に悪影響を及ぼす不純物を除去することにある。」(4頁右下欄2行目〜7行目) エ 引用例10(甲7,特開昭61-72258号公報)には,次の記載がある。
@ 「この乳化重合は,重合率が99重量%以上になるまで進められるのが好ましく,特に99.9重量%以上になるまで進められるのが好ましい。重合率が小さく,残存モノマーが多くなるとトナーの特性,特に保存安定性が劣る傾向がある。」(3頁左下欄8行目〜12行目) A 「重合開始剤が少なすぎると重合性単量体が完全に重合せず,トナー中に残り,トナーの特性を悪くする。」(5頁左下欄6行目〜8行目) B 「本発明(注,引用発明10)により,乳化重合法を利用して,解像度,画像濃度,階調性が優れると共に,特に,クリーニング性,帯電安定性,ブロッキング性に優れ,さらに耐塩ビ汚染性及び定着性にも優れた乾式現像に適した電子写真用トナーを得ることができる。」(12頁右下欄4行目〜8行目) オ 上記各記載を総合すると,トナーの技術分野において,トナー用結着樹脂の溶融時と定着時の不快臭気と電気的性質低下の原因が不純物にあること,その不純物としては,単量体重合後に残存する未反応の単量体(モノマー)などが挙げられること,そこで,単量体重合されたトナー用樹脂中に残存する単量体(モノマー)を少なくすると,溶融時等の不快臭気及び電気的性質低下を防ぎ,トナー性能を向上させることができることが,本件優先日当時,既に周知の事実となっていたと認めるのが相当である。
したがって,「トナーの技術分野においては,バインダー樹脂中の残存モノマーを低減させて,不快な臭気発生を防ぐとともに,トナー性能を向上せしめることは,本件優先権主張日前から周知の技術課題である。」(決定謄本14頁第5段落)とする決定の認定に誤りはない。
(3) 引用例9(甲6,特開昭60-44505号公報)には,次の記載がある。
@ 「1.ビニル系ポリマー粉粒体の水性スラリーを懸濁分散剤,および非イオン界面活性剤またはポリプロピレングリコールあるいはその誘導体の存在下に蒸留することを特徴とするポリマー中の残存モノマーの低減方法。」(特許請求の範囲の第1項) A 「本発明(注,引用発明9)は,ビニル系ポリマーの粉粒体(粉体または粒子の意)中の残存モノマーの低減方法に関する。ビニルポリマー,特にメタクリル酸メチルやスチレン系のポリマーは押出し賦型してペレット状で製品化され,成形材料として多量に用いられている。」(1頁右下欄2行目〜8行目) B 「ところで,一般にビニルモノマーは100%の重合率で重合させることは不可能であり,条件にもよるが多かれ少なかれポリマー中にモノマーが残留する。押出し賦型する場合には溶融状態のポリマーを真空ベント方式で吸引することにより低減することが可能であるが,粉粒体の状態のままでは,真空吸引等による方法によっても残存モノマーは殆ど減少しない。残存モノマーが存在すると溶融混練加工の場合やポリマー溶液の調製時に臭気が発生する問題につながることから,できるだけ減少させることが望まれる。」(1頁右下欄9行目〜20行目) C 「本発明の対象となるビニル系ポリマーの例としては,メタクリル酸エステル,アクリル酸エステル,芳香族ビニル化合物,アクリロニトリル,酢酸ビニル等の重合体あるいは共重合体が挙げられるが,これに限定されることはなく,任意のビニル系ポリマーに適用しうる。」(2頁左上欄13行目〜18行目) D 実施例2として,スチレン,アクリル酸ブチル及びジビニルベンゼンを含むモノマー混合物15kgを,脱イオン水30kg,メタクリル酸メチルとメタクリル酸スルフォプロピルのカリウム塩との共重合体である分散剤4.5g及び硫酸ナトリウム75gからなる水相をオートクレーブに仕込み,撹拌を行ないながらジャケットに80℃の温水を循環して9時間重合し,平均粒径0.28mmのビーズを得たこと,このビーズ中の残存モノマーはスチレンが0.23%,アクリル酸ブチルが0.05%であったこと,このビーズのスラリー中に,ポリオキシエチレンオレイルエーテル(HLB6.2)23gを添加したのち,ジャケットに蒸気を通し,4.9kgの水を留出せしめたところで冷却し,製品ビーズを得たこと,ビーズ中の残存モノマーはスチレンが0.0025%,アクリル酸ブチルが0.0018%で蒸留により大幅に減少していたこと(3頁右下欄3行目〜4頁左上欄5行目) 上記記載によれば,引用例9には,ビニル系ポリマー粉粒体の水性スラリーを,懸濁分散剤,並びに,非イオン界面活性剤又はポリプロピレングリコールあるいはその誘導体の存在下に蒸留することにより,樹脂(スチレン-アクリル酸エステル共重合体)中の残存モノマー量を43ppm(スチレン0.0025%,アクリル酸ブチル0.0018%)にまで低減するとともに,溶融混練時の臭気の発生を防止するという効果を奏するという発明が開示されているものである。
(4) 上記(2)認定のとおり,単量体重合されたトナー用樹脂中に残存する単量体を少なくすると,溶融時等の不快臭気及び電気的性質低下を防ぎ,トナー性能を向上させるという周知の技術課題があったことに,上記(3)認定のとおり,引用発明9が,本件発明に係るバインダー樹脂と同等の組成の樹脂において,溶融時に発生する臭気の問題を,樹脂中の残存モノマー量を43ppmにまで低減することによって解決していることを併せ考慮すると,引用発明6及び7に,引用発明9を組み合わせて,バインダー樹脂中の残存モノマー量を110ppm以下とし,相違点に係る本件発明の構成にすることは,それを妨げる特段の事情がない限り,当業者が容易に想到し得るものというべきである。
2 取消事由1(残存モノマー量を低減させる動機付けがないことの看過)について (1) 原告らは,引用例6及び7には,残存モノマー量を110ppm以下に低減すべきであるとの動機付けが開示されていないとし,かえって,引用例6の表-3において,残存モノマー量を450ppmから210ppm程度にまで低減させているが,残存モノマー量330ppmの「樹脂R-12」では,不快臭気,画像濃度,オフセット性がいずれも◎であるのに対し,残存モノマー量が210ppmの「樹脂R-14」では,不快臭気は◎であって飽和しており,画像濃度は,オフセット性は×となっている,つまり,表-3を検討すると,残存モノマー量を330ppmから210ppmの領域において低減させた場合に,トナー性能が悪化していくことが明りょうに開示されている旨主張する。
(2) 引用例6の表-3によると,@アルカリ・溶剤処理時間を15分,60分,120分,180分,240分にして,トナー用樹脂を調製したところ,調製された各樹脂トナー(以下,順に「樹脂R-10」,「樹脂R-11」,「樹脂R-12」,「樹脂R-13」,「樹脂R-14」という。)の残存単量体は,順に「450ppm」,「330ppm」,「290ppm」,「250ppm」,「210ppm」に低減したこと,Aアルカリ・溶剤処理時間を60分として調製された「樹脂R-11」のトナーは,混練時と定着時の不快臭気,画像濃度,オフセット性,定着性,耐ブロッキング性がいずれも◎(良好)であったこと,Bアルカリ・溶剤処理時間を120分として調製された「樹脂R-12」のトナーは,混練時と定着時の不快臭気,画像濃度,定着性,耐ブロッキング性がいずれも良好であるが,オフセット性が「○」であったこと,Cアルカリ・溶剤処理時間を180分として調製された「樹脂R-13」のトナーは,不快臭気,定着性,耐ブロッキング性は◎であったが,画像濃度が○,オフセット性が△であったこと,Dアルカリ・溶剤処理時間を240分として調製された「樹脂R-14」のトナーは,不快臭気,定着性,耐ブロッキング性は◎であったが,画像濃度が,オフセット性が×であったことが認められる。
上記記載によれば,残存モノマー量が330ppm,290ppm,250ppm,210ppmと低減していくにつれて,画像濃度,オフセット性が悪化していることが認められる。
(3) ところで,引用例6(甲4)には,「アルカリ・溶剤処理では樹脂の加水分解に注意する必要がある。単量体がスチレンまたはその誘導体のみよりなる樹脂の場合には問題がないが,上記のアクリル酸アルキルエステル,メタクリル酸アルキルエステル,ビニルエステルなどを用いる場合は処理におけるアルカリの添加量が多すぎたり,時間が長すぎたりすると,加水分解する恐れがある。加水分解するとトナーとしての電気的性質および加熱ローラー定着方式におけるオフセット性が低下するので,加水分解しない範囲での処理とすることが重要である。」(5頁左下欄2行目〜13行目),「表-3と表-1の結果よりトナーの溶融時と定着時の不快臭気はいずれもアルカリ・溶剤処理により改良された。高湿時の画像濃度もアルカリ・溶剤処理により改良されたが,処理時間が長すぎると樹脂が加水分解してやや低下の傾向を示し,またオフセット性が低下しするので,この場合120分までの処理が好ましい。」(8頁右上欄下から2行目〜左下欄5行目)との記載があり,同記載によれば,オフセット性の低下の原因は,処理時間が長すぎると樹脂が加水分解することによるものであることが認められ,残存モノマー量の低減とオフセット性の低下に因果関係があるとはいえない。
また,画像濃度については,引用例6の実施例9の記載をみると,アルカリ・溶剤処理の時間を30分としたままで,メチルアルコールの添加量を3段階に変化させると,その添加量が多くなるに従って,残存モノマー量が520ppm(樹脂R-65),270ppm(樹脂R-66),240ppm(樹脂R-67)と低減し,不快臭気が○から◎に変わり,画像濃度,オフセット性,定着性,耐ブロッキング性は◎のまま変化していないことが認められ,上記認定の事実によれば,条件次第では,画像濃度においても,残存モノマー量の低減により悪化しないということができる。
さらに,上記(2)によれば,「樹脂R-10」,「樹脂R-11」,「樹脂R-12」,「樹脂R-13」,「樹脂R-14」の不快臭気,定着性,耐ブロッキング性は,いずれも◎であって変化しておらず,飽和状態にあるかのようにみえなくもない。
しかしながら,引用発明6では,トナー性能の判定を「◎」,「○」,「」,「△」,「×」の5段階表示としており,「◎」は「良好」で「○」に優っているということであるが,性能が「○」のレベルを超えると,すべて「◎」となり,「◎」をそれ以上に分析して評価しているわけではないから,「樹脂R-10」,「樹脂R-11」,「樹脂R-12」,「樹脂R-13」,「樹脂R-14」の不快臭気,定着性,耐ブロッキング性がいずれも◎であったからといって,不快臭気,定着性,耐ブロッキング性に変化がないとはいえない。
上記1(2)オ認定のとおり,単量体重合されたトナー用樹脂中に残存する単量体(モノマー)を少なくすると,溶融時等の不快臭気及び電気的性質低下を防ぎ,トナー性能を向上させることができることが,本件優先日当時,周知の事実であったことにかんがみると,「樹脂R-13」,「樹脂R-14」の不快臭気,定着性,耐ブロッキング性は,「樹脂R-10」,「樹脂R-11」,「樹脂R-12」より改善されている可能性もうかがえるのである。
(4) そうすると,不快臭気,画像濃度,オフセット性,定着性,耐ブロッキング性のいずれについても,残存モノマー量が300ppm以下になったからといって,性能が悪化するとはいえない。
したがって,引用発明6及び7の内容に接した当業者は,トナー性能の改善のためには,残存モノマー量を無限に低減するのではなくせいぜい300ppm程度までに低減すればよいこと,また逆に,それ以下に低減した場合はトナー性能を阻害するとの知見を得るところであり,引用例6及び7には,残存モノマー量を110ppm以下に低減すべきであるとの動機付けが開示されていないとの原告らの主張は,採用できない。
(5) 原告らは,300ppmという数値を問題にしているのではない,問題なのは,引用例6及び7に残存モノマー量を110ppm以下といった領域にまで低減してトナー性能を向上させることの示唆が刊行物に開示されているか否かであり,引用例6及び7をみても,110ppm以下に残存モノマー量を低減するべきであるとの示唆は読み取れない旨主張する。
しかしながら,300ppmという数値を問題にしていたのは,ほかならぬ原告らである。そもそも,引用例6及び7に残存モノマー量を110ppm以下といった領域にまで低減してトナー性能を向上させるとの記載がないことは,決定が認めるところであり,それゆえに,決定では,その点を相違点として扱っているのである。問題なのは,引用発明6及び7に引用発明9を適用して上記相違点に係る本件発明の構成にすることを妨げる事由が記載されているか否かであり,上記判示のとおり,残存モノマー量が200ppm〜300ppmの範囲において,残存モノマー量が低減してもトナー性能が必ずしも悪化しておらず,少なくとも一部の性能について,より良好となっている可能性がある。したがって,原告らの上記主張は,失当というほかない。
(6) そうすると,原告らの取消事由1の主張は採用することができない。
3 取消事由2(引用発明6及び7と引用発明9との組合せを妨げる事情の看過)について (1) 原告らは,引用発明6及び7においては,トナー性能,とりわけ,引用発明9との共通課題である臭気改善という課題は,残存モノマー量を300ppm程度とすることで解決されている,さらには,引用例6及び7には,残存モノマーをそれ以上低減しても臭気改善の効果は飽和していることが記載されている,したがって,これらの刊行物を参照するトナー技術の開発に従事する当業者は,臭気の問題は300ppmをもって解決されたと理解するところであって,殊更に,トナー用途が全く開示もされていない一般樹脂の文献である引用発明9に着目して,これと引用発明6及び7とを組み合わせようとの動機を持ちようがない,さらに,臭気以外のトナー性能について検討してみても,引用発明6及び7と引用発明9とを組み合わせる動機は生じようがない旨主張する。
しかしながら,上記2(3)に認定したとおり,刊行物6,7において,「樹脂R-10」,「樹脂R-11」,「樹脂R-12」,「樹脂R-13」,「樹脂R-14」の不快臭気,定着性,耐ブロッキング性がいずれも◎であったことは,不快臭気,定着性,耐ブロッキング性に変化がないというよりも,「樹脂R-13」,「樹脂R-14」において残存モノマー量が低減することでより改善されている可能性がうかがわれるのであるから,当業者が,残存モノマー量を300ppm程度とすることで技術課題が解決したと理解するということはできない。したがって,原告らの上記主張は,その前提を欠くものであり,採用の限りでない。
(2) 原告らは,引用発明9の残存モノマーの低減方法は,非イオン界面活性剤を添加して蒸留する方法であるところ,界面活性剤がトナー性能を阻害することは周知の事項であるから,当業者がこの方法をトナー用バインダー樹脂の製造に用いることはない旨主張する。
しかしながら,上記1(3)に認定したとおり,引用例9(甲6)には,非イオン界面活性剤を使用することによる残存モノマー低減の技術が記載されているのであり,また,同引用例には,「本発明(注,引用発明6)において用いる非イオン界面活性剤やポリプロピレングリコールあるいはその誘導体は,前記懸濁分散剤の働きを補助すると共に,蒸留中の発泡や突沸を防ぎ,蒸留操作を安定化する効果を有するものである。」(2頁左下欄3行目〜7行目),「非イオン界面活性剤ならびにポリプロピレングリコールまたはその誘導体・・・の使用量はポリマー100重量部に対して0.001〜1重量部の範囲が好ましい。...1重量部を越えて用いても効果は増進せず,不経済であるうえ,ポリマー中に界面活性剤等が取り込まれ,汚染されるおそれがあるために好ましくない。」(2頁右下欄4行目〜13行目)との記載があって,同記載によれば,非イオン界面活性剤は,残存モノマー低減に関して長所と短所を有し,ポリマー中に界面活性剤等が取り込まれ,汚染されるおそれがあるので,これを残留させないように工夫して使用すべきことが記載されているものである。
また,乙7公報においては,非イオン界面活性剤を添加したトナーの製造の技術が,乙8公報においては,引用例9に記載されたのと同じ非イオン界面活性剤「ソルビタンモノステアレート」を含有させるトナーの製造の技術が記載されており,また,原告ら提出に係る甲9〜11の公開特許公報を検討しても,いずれも界面活性剤をトナー製造に使用することが前提の記載であり,その他,本件全証拠を検討しても,界面活性剤をトナー製造に使用することができないことを論じた記載を見いだすことができない。
したがって,本件優先日当時,界面活性剤をトナー製造に使用し得ることは周知の事実であったものというべきであり,これに反する原告らの上記主張は,失当である。
(3) 原告らは,引用例9の残存モノマーの低減方法で製造されたトナーの性能が極めて劣悪であることを追試によって実証し,この実験結果を,実験報告書Dにまとめて,本件異議手続の段階で,特許異議意見書(甲12)添付の参考資料として提出し,当業者がトナー性能を損なう界面活性剤を使用する刊行物9の方法をトナー用バインダー樹脂の製造に用いることはないことが明らかである旨主張するが,上記実験結果は,上記周知の事実に反するものであり,また,その実験の手法が網羅的なものでなく,非イオン界面活性剤の短所への配慮を尽くしたものとはいえないから,その結論を採用することができない。
(4) そうすると,原告らの取消事由2の主張は採用することができない。
4 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について (1) 上記1(2)オ判示のとおり,一般に,トナーの技術分野において,単量体重合されたトナー用樹脂中の残存モノマー量を少なくすると,トナー性能が向上することは,本件優先日当時,周知の事実である。そして,個別的にみても,不快臭気及び耐ブロッキング性は,残存モノマー量と相関関係があることが明らかであって,残存モノマー量が低減すれば,当然に,不快臭気及び耐ブロッキング性も減少することが予想されるのであり,本件全証拠によっても,原告ら主張の300ppmあるいはその付近において,上記相関関係が変わる可能性があることをうかがわせるものはない。
(2) 耐塩ビ可塑剤性(耐塩ビ汚染性)については,原告らは,本件発明に係る実施例と比較例との評価結果(本件明細書の表1)について,比較例4(残存モノマー量700ppm)と実施例2(同110ppm)においては×(かなり悪い)から△(やや問題あり)と当該性能が向上しており,その実施例3(残存モノマー量90ppm)に至っては,さらに○(実用可能)にまで性能が向上しているから,本件発明は,残存モノマー量の低減によって耐塩ビ可塑剤性能の向上という効果を奏する旨主張する。
しかしながら,本件明細書(甲2-2)の発明の詳細な説明の段落【0017】には,「製造したトナーにつき,それぞれTgを測定し,耐ブロッキング性,耐塩ビ可塑剤性,臭気を評価した。得られた結果を表1に示す。」との記載があるから,表1はTg(ガラス転移点)を基準として評価したものである。そして,本件明細書(甲2-2)の発明の詳細な説明によると,実施例1〜3,比較例1〜4の実験において,懸濁重合後の樹脂の処理条件を種々変えてみたところ,一方で,Tgが変化し,他方で,残存モノマー量あるいは耐塩ビ可塑剤性が変化しており,その結果が上記のとおりであるというのであって,この表から直ちに残存モノマー量と耐塩ビ可塑剤性との相関関係を認めることは困難である。
耐塩ビ可塑剤性は,実施例1(残存モノマー量200ppm)及び実施例2(同110ppm)では△(やや問題あり),実施例3(残存モノマー量90ppm)及び実施例2(同80ppm)では○(実用可能)となっているが,前二者は樹脂のTgが65℃,67℃であるのに対し,後二者ではそれがいずれも68℃である。そして,比較例2〜4においては,Tgが60℃〜63℃の場合に,耐塩ビ可塑剤性がすべて×(臭気著しい)となっており,Tgと耐塩ビ可塑剤性との相関関係がうかがわれるのである。結局,樹脂のTgを抜きにして,残存モノマー量と耐塩ビ可塑剤性とが相関関係があるとの結論を導くことはできないものというべきである。
しかも,△(やや問題あり)と○(実用可能)との差がどの程度のものなのか,◎とどれほど異なるのか,などといった事項が全く不明である。したがって,耐塩ビ可塑剤性が著しく改善したとも,異質な効果が生じたともいい難いところである。
(3) そうすると,不快臭気及び耐ブロッキング性に係る効果は,本件発明の構成を採用すれば当然に予測できる範囲内の効果であって,原告ら主張のような異質な効果であるとはいえず,また,耐塩ビ可塑剤性能の向上については,本件発明において顕著な作用効果を奏するものとはいい難いのであるから,原告らの取消事由3に係る主張は,採用の限りでない。
5 以上のとおり,原告ら主張の取消事由1ないし3は理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。なお,本件発明について進歩性があるか否かを検討すれば足り,いわゆる実施態様項である請求項1及び2に係る発明については,これを検討するまでもない。
よって,原告らの請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青柳馨
裁判官 宍戸充