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関連審決 不服2002-21839
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  パリ条約 /  優先権 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  国際出願 / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10234号 審決取消請求事件
原告 アービトロンインコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士 浅村皓
同 浅村肇
同 小池恒明
同 岩井秀生
同 林鉐三
同 清水邦明
被告 特許庁長官小川洋
同指定代理人 藤内光武
同 新宮佳典
同 小曳満昭
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/07/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が不服2002-21839号事件について平成16年7月13日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文1,2と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,発明の名称を「放送セグメントを認識するための方法とシステム」とする発明につき,平成5年4月30日(パリ条約による優先権主張1992年4月30日,米国)を国際出願日とする特許出願(平成5年特許願第519540号)をし,平成14年6月25日付け手続補正書により補正(この補正後の請求項の数は4である。)を行ったが,同年8月7日付けの拒絶査定を受けたため,これに対する不服の審判請求をし,特許庁は,これを不服2002-21839号事件として審理した。その過程において,原告は,平成14年12月11日付け手続補正書により明細書の特許請求の範囲を補正した(以下,この補正後の明細書及び図面を「本願明細書」という。)。特許庁は,審理の結果,平成16年7月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日を付加),同月23日ころ,審決の謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(以下,この請求項1の発明を「本願発明」という。) 【請求項1】放送信号の認識に使用するための音声放送信号を特徴づけるシグネチャーを生成する方法であって, 各々が前記音声放送信号のうち対応する所定の周波数帯域に含まれる音声放送信号部分を表す複数の周波数帯域値を形成する工程と, 複数の比較値を生成するため前記複数の周波数帯域値の第1のグループの各々と,同一の対応する所定の周波数帯域内の前記音声放送信号部分を表す前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つと比較する工程であって,前記音声放送信号部分を表す前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つの各々は,少なくともその一部が前記複数の周波数帯域値の前記第1のグループの対応する一つによって表される前記音声放送信号の一部より前の放送である工程と, 前記複数の比較値を含む前記シグネチャーを形成する工程とを備えた,シグネチャーを生成するための方法。
3 審決の理由 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開平1-177796号公報(平成元年7月14日公開,以下「引用例1」という。)及び特開昭63-24786号公報(昭和63年2月2日公開,以下「引用例2」という。)の記載に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,とするものである。
審決が上記結論を導くに当たり認定した引用例1記載の発明(以下「引用発明」という。)の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
(1) 引用発明の内容 「テレビ放送の同一性を判別する方法に関するもので,放送される音声信号の所定の周波数帯域に含まれる音声信号を表す複数の周波数帯域値(バンドパスフィルタ23A-1〜23A-10でスペクトル分解された音声信号)を形成し,前記複数の周波数帯域値の各々を整流,積分した後サンプリングして前記音声信号を特徴づけるデータ(本願発明でいうシグネチャー)を形成し,当該データを使用して前記テレビ放送の同一性の判別がなされるのであるから,引用発明も,本願発明でいうのと同様,「放送信号の認識に使用するための音声放送信号を特徴づけるシグネチャーを生成する方法」ということができ,また,当該方法は,「各々が前記音声放送信号のうち対応する所定の周波数帯域に含まれる音声放送信号部分を表す複数の周波数帯域値を形成する工程とシグネチャーを形成する工程」とを備えているといえる。」 (2) 一致点 両者は,いずれも「放送信号の認識に使用するための音声放送信号を特徴づけるシグネチャーを生成する方法であって, 各々が前記音声放送信号のうち対応する所定の周波数帯域に含まれる音声放送信号部分を表す複数の周波数帯域値を形成する工程と, 前記シグネチャーを形成する工程とを備えた,シグネチャーを生成するための方法。」であること。
(3) 相違点 本願発明では,複数の比較値を生成するため複数の周波数帯域値の第1のグループの各々と,同一の対応する所定の周波数帯域内の音声放送信号部分を表す前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つと比較する工程であって,前記音声放送信号部分を表す前記複数の周波数帯域値の第2のグループの対応する一つの各々は,少なくともその一部が前記複数の周波数帯域値の前記第1のグループの対応する一つによって表される前記音声放送信号の一部より前の放送である工程を備え,前記シグネチャーを形成する工程を前記複数の比較値を含むシグネチャーを形成する工程としているところ,引用発明では,このような比較する工程,複数の比較値を含むシグネチャーを形成する工程を備えていないこと。
原告主張の取消事由の要点
審決は,引用例2の認定を誤ったことなどにより,本願発明の容易推考性についての判断を誤ったものであり,この誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
1 引用例2の認定の誤り 本願発明の重要な要件の一つは,時間的に前と後に放送された音声信号の同じ周波数帯域の値(音声周波数帯域値)同士を比較していることであるところ,審決は,引用例2に,ある映像フィールドあるいはフレーム中の各エリアの平均輝度を,前の「同じ」エリアの平均輝度と比較することが開示されていると認定している。
しかし,引用例2では,後のフィールドあるいはフレームの8×2の16ピクセルの各エリアの平均輝度と,前のフィールドあるいはフレームの平均輝度を比較する四つの異なる方法が開示され,その四つ目の方法(違うエリア同士の比較)が好適である旨が記載されており(10頁左下欄20行〜11頁左上欄13行),時間的に前と後に放送された信号の同じエリアの平均輝度同士を比較することを否定し,異なるエリアの平均輝度同士を比較することを良しとしているのであって,審決は,引用例2の記載事項の認定を誤っているものである。
2 容易推考性の判断の誤り 審決が認定した引用発明の内容,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は認めるが,次のとおり,本願発明は,引用発明に引用例2記載の発明を適用して当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(1) 音声信号と映像信号 ア @引用発明は,二つのテレビ放送(スタンダードとなる放送及び実際の放送)を比較して,その同一性を検出しているのに対し,A引用例2記載の発明は,一つのテレビ放送(実際の放送のみ)の中から,近接した2箇所(ミリセカンドオーダーの間隔)の信号を比較して,特異性(いかに異なるかのシグネチャー)を検出している。そして,同一性又は特異性を検出するために採用している信号は,引用発明では,テレビ放送における音声信号を表す複数の周波数帯域値であるのに対し,引用例2記載の発明では,映像の平均輝度である。
本願発明は,上記Aととを組み合わせたものであるが,上記のとおり,引用発明と引用例2記載の発明とは,その技術的思想を全く異にするものであり,これらを組み合わせることは,当業者にとって決して容易とはいえない。
イ 上記のように,引用発明(音声信号処理)と引用例2記載の発明(映像信号処理)とでは,取り扱う信号に違いがあるから,周波数帯,変調方式その他の技術的な取扱方法が異なり,両者は,技術分野を共通にするとはいえない。
ウ また,被告が引用例2で開示されていると主張する「輝度平均(映像信号)」によるシグネチャー生成の技術を,音声信号を周波数分割している引用発明に,そもそも適用できるかどうか,適用できるとしてもどのように適用すればよいか,その効果等は,更なる研究を要する課題であり,単に「引用発明のように音声信号を利用したシグネチャーを生成するものにあっても有用であることが,当業者に明らかである。」とはいえない。
エ 映像の領域と分割した周波数帯とは,決して対応する技術的思想ではないから,引用発明に引用例2記載の発明を適用するに当たっては,「同じ」という表現があるからといって,映像の「同じ領域」を音声の「同じ周波数帯」に単に転用することは,決してあり得ない。
(2) 信号遅延 引用発明も本願発明も対応する同一の周波数帯域内の信号を用いている点は同じであるが,これを使用した技術的意義が異なる。すなわち,引用発明では,二つの信号の同一性を確認しているから,対応する同一の周波数帯域内の信号を用いるのは当然であるのに対し,本願発明においては,信号のある部分のシグネチャーを求めるために,本来なら異なる周波数帯域内の信号を使用したいところ,周波数の遅延時間差の問題でやむなく,同一の対応する周波数帯域内の信号を用いたものである。
本願発明において,複数の周波数帯域の信号を,同じ周波数帯域の信号同士で比較して複数のシグネチャーを作ったことには,信号遅延の影響を受けないという技術的意義がある。音声信号値については,比較的近い周波数の信号は同じ程度に遅延し,異なる周波数の信号は異なる信号遅延を有することが経験的に知られており,様々な条件下での音声信号の変動があっても,同じ周波数帯域の音声信号から比較して形成されたシグネチャーは,遅延の影響を受けない。
本願発明が依拠する「音声信号値の遅延は周波数によって変動する」という知見は,引用例1又は2のいずれにも開示されていないし,信号遅延の影響を受けないという本願発明の効果は,いずれの引用例からも予測することができない。
また,信号から得られる相対値を用いることと周波数による遅延誤差との関係は,学術的にも極めて大きな発見であり,決して当業者が容易に認識できるものではない。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 引用例2の認定の誤りについて 原告が主張する引用例2の記載は,エリアの平均輝度の比較において,「3.ある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度」が,「好ましくない」とする記載ではないし,まして,前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度と比較することを「否定する」ものではない。
逆に,引用例2には,時間的に前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度と比較することによりシグナチャーを作成することが明確に記載されている。
原告の主張は,引用例2記載の発明を正解しないでされたものであり,失当である。
2 容易推考性の判断の誤りについて 引用発明に引用例2記載の発明を適用し,相違点に係る本願発明の構成を得ることは,当業者にとって容易であったものである。
(1) 音声信号と映像信号 ア 引用発明と引用例2とで取り扱う信号に違いがあっても,以下の各点に照らせば,これらを組み合わせることは,当業者にとって容易である。
@引用発明は,音声信号の周波数帯域毎にシグネチャー生成のための信号処理をしている。A引用発明と引用例2記載の発明とは,ともに,放送信号の認識に関する発明であるという意味において,技術分野が共通している。B引用例2記載の発明において,「比較値を生成」していることの技術的意義(「比較値を生成」する構成の果たす役割)は,輝度信号を利用したシグネチャーを生成するものに限らず,引用発明のように音声信号を利用したシグネチャーを生成するものにあっても有用であることが,当業者に明らかである。
イ 引用発明に引用例2記載の発明にある「比較値を生成」する際には,引用発明が音声信号の周波数帯域毎に信号処理がなされているのであるから,周波数帯域毎に「比較値を生成」する処理を行うようにすること,すなわち,映像の「同じ領域」を音声の「同じ周波数帯」とすることが最も自然である。音声信号の場合には,サンプル時刻が相違していれば同一の周波数帯域の信号であっても相違しているのが普通であるから,引用発明に引用例2記載の発明の「比較値を生成」する構成を適用する際に,比較の対象を「時間的に離れた対応する周波数帯域値」としても,適切な信号が得られることは明らかであり,当業者は,該比較の対象を,あえて「対応しない周波数帯域値」とはしない。
ウ 引用発明と引用例2記載の発明は,同じ技術分野に属し,同様の技術思想のものである。なお,引用例2には,音声シグナチュアについても記載されている。
(2) 信号遅延 「音声信号値の遅延は周波数によって変動する」という知見が引用例1又は2のいずれにも開示されていないとしても,異なった課題認識の下で同一の構成に到達することは十分にあり得ることであり,本願発明の発明者がどのような知見に依拠して本願発明の構成に到達したかは,引用発明から本願発明の構成に至ることが容易であったか否かとは関係しない。
また,信号「遅延の影響を受けない」という原告主張の効果は,引用発明と引用例2記載の発明に基づいて容易に想到される構成から必然的に得られる効果として,当業者が予測し得るものであり,本願発明の進歩性を肯定する根拠になり得るものではない。
当裁判所の判断
1 引用例2の認定の誤りについて (1) 甲第6号証によれば,引用例2には次の記載があることが認められる。
ア 特許請求の範囲(1) 「ディジタルにパラメータ表示されるセグメントにより認識するためセグメントの既知のサンプルからディジタルシグナチュアを構築し,前記シグナチュア形式に所定の定義済規則によって前記パラメータ表示されたセグメントを介しランダムフレーム個所の中から部分的に選択し,そして前記部分のフレーム個所に前記シグナチュアを結合させ,前記シグナチュアおよびシグナチュアの登録簿における結合するフレーム個所,認識するため特定のセグメントと識別する前記登録簿における各シグナチュアを記憶し,放送信号を監視し,前記監視信号をディジタルにパラメータ表示し,そして前記パラメータ表示された監視信号の各フレームに対し,結合可能なシグナチュアを前記登録簿からサーチし,前記シグナチュアと結合するフレーム個所情報を使用し,前記パラメータ表示された監視信号の専用フレームに対し前記結合可能な記憶されたシグナチュアのそれぞれを比較することからなる放送セグメントの連続パターン認識方法。」 イ 同(2) 「シグナチュアおよびパラメータ表示された信号は,前記セグメントおよび前記監視信号の映像部分から導出することからなる特許請求の範囲第1項記載の方法。」 ウ 同(4) 「シグナチュアおよびパラメータ表示された信号は,前記映像部分の輝度から導出することからなる特許請求の範囲第2項記載の方法。」 エ 同(5) 「シグナチュアおよびパラメータ表示された信号の各ディジタルワードは,少なくとも1つの対照領域の平均輝度に対し前記セグメントのフレームの選択された領域すなわち前記ディジタルワードのビットを提供する選択された各領域の平均輝度を比較して導出することからなる特許請求の範囲第4項記載の方法。」 オ 同(9) 「少なくとも1つの対照領域は,選択された領域のそれぞれに対し,前のフレームの対応する領域からなる特許請求の範囲第5項記載の方法。」 カ 同(10) 「少なくとも1つの対照領域は,選択された領域のそれぞれに対し,前のフレームの異なる予め選択された領域からなる特許請求の範囲第5項記載の方法。」 キ 「[実施例]・・・ 領域の数は,好適には16(しかしより多くのもしくは少い地域を使用し得る)の映像フィールドもしくはフレームが選択される。各領域の大きさは,好適には8×2の画素であるが,しかし他の大きさの領域を使用することもできる。各領域の輝度は,グレイスケールに絶対値として,例えば0-255になるように平均化される。この値は,下記のいずれかの値と比較することにより,0または1のビット値に対し正規化される。
1.全体フィールドまたはフレームの平均輝度, 2.フィールドまたはフレームのある領域での平均輝度, 3.ある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度,または 4.ある前のフィールドまたはフレームのある他の領域の平均輝度 比較を行うことでの選択において,ゴールはエントロピを最大化すること・・・例えば,領域間での相互関係を最小化することである。(相互関係は,1つの領域の輝度の値が他の領域と関係しもしくは従うように段階的に対比する。)このような理由のため,上記4つの比較は,現在のフレームの後の1〜4のフレームに存在する前のフレームとすることが好適である。同じ理由のため,前のフィールドまたはフレームにおける16領域と同様の,フィールドまたはフレームにおける16領域の分布は,フィールドまたはフレームの中央について非対称であることが好ましい。何故なら,このことは,対称的に位置する領域間のより多くの相互関係が存在するこのような方法での映像フレームの比較を行うことは,経験を主として決定するからである。」(10頁左下欄20行〜11頁左上欄13行) ク 「どのような比較を使用しても,1のビット値は,問題の領域の輝度が比較領域の輝度を上回るように反転する。・・・このようにして得られた16の値は,パラメータ表示した“フレームシグナチュア”を作成する。」(11頁右上欄6行〜20行) (2) これらの記載によれば,引用例2には,「ある前のフィールドまたはフレームのある他の領域の平均輝度」を比較することのほかに,「ある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度」を比較することも開示されており,その技術内容を特許請求の範囲第9項として特定していることが認められる。そうすると,同じエリアの平均輝度を比較することは,いずれが好適かの比較においては最適とされないものの,これが否定されていないことは明らかであり,原告が指摘する記載(10頁左下欄20行〜11頁左上欄13行)も,その内容に照らし,前のフィールド又はフレームにおける同じ領域の平均輝度を比較することを否定している記載でないことが明らかである。
したがって,前記認定したところからすれば,引用例2には,「放送信号の認識に使用するための放送信号を特徴づけるシグネチャーを作成する方法について,映像情報の映像フィールドもしくはフレームに16の領域を選び,各領域の輝度の平均値を求め,当該各領域の輝度平均値とある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度とを比較して複数の比較値を生成し,複数の比較値を含むシグネチャーを生成することが記載されている」とした審決の認定に誤りはなく,その認定の誤りをいう原告の主張は,失当である。
2 容易推考性の判断の誤りについて (1) 音声信号と映像信号 引用例2に,「放送信号の認識に使用するための放送信号を特徴づけるシグネチャーを作成する方法について,映像情報の映像フィールドもしくはフレームに16の領域を選び,各領域の輝度の平均値を求め,当該各領域の輝度平均値とある前のフィールドまたはフレームにおける同じ領域の平均輝度とを比較して複数の比較値を生成し,複数の比較値を含むシグネチャーを生成すること」が記載されていることは前記のとおりであるところ,比較値の生成の技術は,必ずしも映像のみに限定されるものではなく,音声を含めた放送信号に共通するものであるから,引用例2に接した当業者であれば,そこから,「放送信号の時間的に離れたフレームにおける同じ領域の値を比較して複数の比較値を生成し,当該複数の比較値を含むシグネチャーを生成する」という技術事項が開示されていることを理解することができ,この技術を引用発明におけるシグネチャーを形成する工程として採用することに想い到ることは容易であるということができる。そして,当業者がこれを引用発明に適用するに当たっては,引用発明が音声信号の周波数帯域ごとに信号処理を行うものであることからすれば,同じ領域の値,すなわち周波数帯域ごとに比較値を生成する処理を行うように構成するのが自然であるといえるのであって,そうすると,引用例2の上記技術事項を引用発明に適用することにより,相違点に係る本願発明の構成を得ることは容易になし得るものと認めることができる。
なお,引用例2の記載から,映像のみならず音声を含めた放送信号に関する上記技術事項が開示されていると理解することができることは,引用例2に,「この発明は,放送信号におけるキューやコードに依存することなく連続パターン認識により,リアルタイムで広告放送のような放送セグメントを認識する方法,装置およびシステムを提供するものである。」(甲第6号証7頁左上欄19行〜右上欄3行),「音声“「フレーム」シグナチュア”を使用するとすれば,同一方法で処理できるため映像フレームシグナチュアと同様のフォーマットで前記音声フレームシグナチュアを構築することができる。このような音声シグナチュアは,放送無線セグメントを認識するために使用可能であり,また疑わしいデータの含まれる率が高い映像セグメントの識別を確認するために使用可能である。」(同11頁左下欄18行〜右下欄6行)などの記載があり,音声シグネチャーが映像シグネチャーと同一の方法で処理することができ,放送無線セグメントを認識するために使用可能であるとして,映像を用いた比較値の生成の技術が,音声についても当てはまることが開示されていることからも,裏付けることができるといえる。
(2) 原告は,引用発明と引用例2記載の発明とは,技術的思想が異なり,技術分野も共通にするといえないとして,両者を組み合わせることは容易でない旨主張する。しかし,引用発明も引用例2記載の発明も,ともに放送信号の認識に使用するための放送信号を特徴づけるデータ(シグネチャー)を生成する方法に関するものであるから,両発明は,その具体的な構成において相違するとしても,技術的思想において異なるところはなく,放送信号の認識のための技術という点で技術分野を共通にするものであることは明らかであり,原告の上記主張は失当である。
また,原告は,引用例2の「輝度平均(映像信号)」によるシグネチャー生成の技術を,音声信号を周波数分割している引用発明に適用できるかどうか,どのように適用すればよいかなどは,当業者に明らかであるとはいえない旨主張する。しかし,前記のとおり,引用例2に開示され,引用発明に適用するのは,「放送信号の時間的に離れたフレームにおける同じ領域の値を比較して複数の比較値を生成し,当該複数の比較値を含むシグネチャーを形成する」という比較値を用いたシグネチャー生成の技術であって,映像信号によるシグネチャー生成のみに限定された構成ではなく(しかも,引用例2には,音声シグネチャーが映像シグネチャーと同一の方法で処理することができ,放送無線セグメントを認識するために使用可能であることが開示されていることは,前記のとおりである。),当業者にとって,引用例2の上記技術事項を,引用発明におけるシグネチャーを形成する工程として採用することに何ら困難性はないのであり,原告の上記主張も理由がない。
さらに,原告は,映像の領域と分割した周波数帯とは対応する技術的思想ではないから,引用発明に引用例2記載の発明を適用するに当たって,映像の「同じ領域」を音声の「同じ周波数帯」に転用することはあり得ないとも主張する。しかし,引用発明においては,音声信号の周波数帯域ごとに信号処理がされているのであるから,引用発明におけるシグネチャーを形成する工程として,引用例2の「同じ領域の値」を比較する技術を適用するに際しては,「同じ領域」に相当する周波数帯域ごとに比較値を生成する構成とするのが自然であって,原告の上記主張は失当である。
(3) 信号遅延 原告は,本願発明は,複数の周波数帯域の信号を,同じ周波数帯域の信号同士で比較して複数のシグネチャーを作ったことにより,信号遅延の影響を受けないという技術的意義を有するものであり,本願発明が依拠する「音声信号値の遅延は周波数によって変動する」という知見は,引用例1又は2のいずれにも開示されておらず,信号遅延の影響を受けないという本願発明の効果は,いずれの引用例からも予測することができないなどと主張する。
甲第3号証によれば,本願明細書(25頁19行〜26行)には,音声信号の遅延に関して,次の記載があることが認められる。
「表Iはまた,主としてテレビジョン音声信号の音声内容に基づくシグネチャー生成技術に対する周波数帯域の有益な選択を表している。帯域1ないし16の各々は,30Hzの帯域幅を有している。しかしながら,帯域及び/又は帯域幅の異なる選択を採用し得ることがわかる。各帯域Bnに対しBadjを生成する際,周波数の差異に基づく時間遅れの差による歪をも最小化するために,近接する帯域からの値を用いることが好ましい。即ち,大きく異なる周波数の信号は,大きく異なる周波数遅延を引き起こし,相対的に近接した周波数の信号は,一般に,小さな位相遅延となる。」 この記載によれば,信号遅延の影響を受けないという効果は,同じ周波数帯域の音声信号からシグネチャーを形成すれば,必然的にもたらされるものと解される。そうすると,引用例2の技術事項を引用発明に適用し,同じ周波数帯域の音声信号からシグネチャーを形成する構成とすることにより,信号遅延の影響を受けないようになることは当然である。したがって,原告の主張する本願発明の上記効果は,引用発明と引用例2記載の発明に基づいて容易に想到し得る本願発明の構成から,当然に生じるものであって,予測し得ない程の顕著なものとはいえず,本願発明の進歩性を基礎づけるものとはいえない。
(4) 以上のとおりであって,本願発明は,引用発明及び引用例2記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の認定判断に,誤りはないというべきである。
3 結論 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却し,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 三村量一
裁判官 古閑裕二