関連審決 | 審判1997-21136 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成16ネ1589特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成12ネ2450特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成12ネ2645各損害賠償請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成14ネ2232特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成16ネ1664特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 発明者 / 改良発明 / 反復(反復可能性) / 有用性 / 物の発明 / 製造方法 / 新規性 / 共同研究 / 進歩性(29条2項) / 技術的範囲 / 試行錯誤 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 分割出願 / 出願経過 / 参酌 / 技術的意義 / 特許発明 / 実施 / 交換 / 構成要件 / 差止請求(差止) / 侵害 / 拒絶理由通知 / 請求の範囲 / 変更 / |
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元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
11年
(ネ)
5303号
特許権侵害差止請求控訴事件
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控訴人 雪印乳業株式会社 右代表者代表取締役 【A】 右訴訟代理人弁護士 品川澄雄 同 吉利靖雄右補佐人弁理士 青山葆 同 岩崎光隆 同 藤野清也 被控訴人 麒麟麦酒株式会社 右代表者代表取締役 【B】 右訴訟代理人弁護士 片山英二 同 北原潤一 同 林康司右補佐人弁理士 小澤誠次 同 川口嘉之 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2001/01/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
本件控訴を棄却する。 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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当事者の求めた裁判
一 控訴人 1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は、原判決別紙物件目録一記載の物件を製造し、使用してはならない。 3 被控訴人は、原判決別紙物件目録二記載の物件を製造し、販売してはならない。 4 被控訴人は、その所有に係る前二項記載の各物件を廃棄せよ。 5 被控訴人は、第3項記載の物件について、販売のために宣伝広告してはならない。 6 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。 7 仮執行宣言 二 被控訴人 主文と同旨 |
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事案の概要
本件の事案の概要、争いのない事実、争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。 一 原判決の訂正 原判決五頁九行目及び七頁七行目の「ゾジウム」を「ソジウム」に、二四頁一行目の「精製」を「精製すること」に、四〇頁五行目の「充たして」を「満たして」に、四一頁六行目の「得ているが」を「得ている」にそれぞれ改める。 二 控訴人の主張 1 本件発明の意義 本件発明の技術的範囲を明確にするために、まず、本件発明の意義について述べる。 (一) エリスロポエチン(EPO)は、赤血球精製生成促進因子とも呼ばれ、 骨髄に存在する赤血球系幹細胞に働いて赤血球系細胞への分化を促進させる一種のホルモンとしてその存在が知られており、天然界ではヒト尿中に多くの夾雑物とともに存在するものである。ヒト尿由来のエリスロポエチンの精製については、一九七七年(昭和五二年)に【C】(【C】博士)らの論文(「The Journal of Biological Chemistry Vol.252 No.15」、甲第一七号証、以下「【C】論文」という。)があるが、この論文に記載されたエリスロポエチン(以下「【C】EPO」という。)は、クロマトグラフィーの反復により精製されたもので、その純度が五〇パーセント程度にすぎなかったことが確認されており、このため、アミノ酸配列の決定及びモノクローナル抗体の作製は不可能であった。 これに対し、本件発明は、【C】EPOの更なる精製を妨げていた不純物であるタンパク質を除去することに成功し、初めて高純度エリスロポエチンを取得し、これを同定したものである。そして、本件発明に係る知見が学術雑誌に発表された一九八四年(昭和五九年)以降、エリスロポエチンの精製、アミノ酸配列の決定、遺伝子のクローニングが一挙に進展した。このように、本件発明は【C】論文に続く業績として多くの文献等で高く評価されており、また、モノクローナル抗体を用いるエリスロポエチンの精製方法は画期的で有用性の高い精製方法として、日本免疫学会が編纂した免疫実験操作法の教科書にも採用されている。 (二) 本件発明の技術的意義は次のとおりである。 本件発明の発明者らは、ヒト尿中のエリスロポエチンの精製純度を高めるため、 当初、特異性が高く、かつ精製効率の優れた方法である抗体アフィニティクロマトグラフィーを利用して精製しようとしたが、成功しなかった。その原因は、エリスロポエチンに極めて類似したクロマトグラフ特性を示し、かつ強い免疫原性を有する不純物タンパク質にあると推定されたため、まずこれを除去するために、当該タンパク質と特異的に結合する抗体を選択し、この抗体を使用したアフィニティクロマトグラフィーによって当該タンパク質を除去することに成功した。次いで、@その余の不純物を除去するため、SDSーPAGE法を行い、EPO画分を切り出して不純物を含まないエリスロポエチン(ただし、SDSによって立体構造が変化したもの。以下「SDS変性EPO」という。)を得る、Aこれを用いてマウスを免疫してSDS変成EPOに特異的に結合する抗体を産生する脾臓細胞を得る、Bこれをマウスのミエローマ細胞と細胞融合させて、SDS変成EPOに特異的に結合する性質を有する抗EPO抗体(本件明細書の特許請求の範囲に記載の「SDS電気泳動を行ったエリスロポエチンで免疫した動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを細胞融合させたハイブリドーマ細胞より得られ、SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体」。以下「本件抗EPO抗体」という。)を産生するハイブリドーマ細胞を得るとの各工程を経て、本件抗EPO抗体を得た上、これを担体に保持させて、これを充填した抗体吸着カラムを用いて、SDS処理されたEPO含有液を精製することにより、高純度エリスロポエチンを取得することに成功したものである。 このように、本件発明は、SDS変成条件下で使用する本件抗EPO抗体を作製することができた点に技術的基礎を有するものであり、その精製方法をもって性質を規定した構成要件二aが本件発明の核心を成すものである。他方、精製過程で使用されるSDSは、不純物を除去することのみを目的とするものであって、SDS変性EPOを取得するためのものではない(甲第二六、第二七号証の各意見書)。 2 構成要件二aと他の構成要件との整合性について 原判決は、本件発明に係る酸性糖タンパク質は、必ずしも構成要件二aに掲げられた製造方法によって得られたものに限定されるものではなく、その製造方法によって特定される物と同一の構造ないし特性を有する限り、構成要件二aを充足するというべきであると控訴人の主張に沿った判断をしつつ、その構造ないし特性について、「本件発明に係る酸性糖タンパク質とは、SDS処理がされ、抗体に対する結合性やタンパク質の立体構造が天然のエリスロポエチンとは異なったエリスロポエチンであって、構成要件二aは、本件発明に係る酸性糖タンパク質が右のような天然のエリスロポエチンと異なる構造等を有することを示しているというべきである。」と判示するが、誤りである。 すなわち、構成要件二aの製法によって特定されるエリスロポエチンは、当該製法によって得られた物であると同時に、構成要件二bないし同二eの特性も兼ね備えたものでなければならないところ、仮に、本件発明の対象である酸性糖タンパク質が原判決の認定したようなSDS変性EPOであったとすると、次のとおり、この物質は、構成要件二b、同二d及び同二eを満たさないものとなる。 (一) 構成要件二bについて エリスロポエチンのような高分子タンパク質は、標的細胞上にあるそのタンパク質に固有の受容体(レセプター)に結合することにより生理活性を発現する。すなわち、生理活性タンパク質は鍵としての立体構造を有し、レセプターはその鍵穴に相当する立体構造を持っていて、当該タンパク質が予定された生理活性を発現するためには両者が適正に結合することが前提となる。ところが、SDSはタンパク質の変性剤であって、タンパク質に結合して、タンパク質のそれぞれが本来持っている多様な立体構造(アミノ酸鎖が複雑に折り畳まれた塊状構造)を線状の構造に変化させると同時に、タンパク質分子を負に帯電させる作用を有している。したがって、SDSが結合し、その立体構造及び電荷の強さが天然のエリスロポエチンと異なったものとなっているSDS変性EPOは、もはやEPOレセプターと適正な結合をすることができず、エリスロポエチン活性を発現することはないから、構成要件二bを満たさなくなる。 (二) 構成要件二dについて ゲル濾過法による分子量は、通常、未変性すなわち天然のままの立体構造を保持させた条件下での分子量を測定するものである。SDS処理によって立体構造が線状になるとストークス半径が大きくなることからSDS変性EPOは天然のエリスロポエチンより分子量が大きな値を取ることが理論的には予測される。ところが、構成要件二dでは、ゲル濾過法での分子量は四五,〇〇〇〜六五,〇〇〇と規定され、これは天然のエリスロポエチンと一致する数値である。エリスロポエチンのゲル濾過法による分子量が、天然のエリスロポエチンとSDS変性EPOとで同一ということはあり得ないから、構成要件二aの製法で得られる物質がSDS変性EPOであるとすれば、当該物質は構成要件二dを満たし得ないことになる。 さらに、このことは、甲第四三号証の実験からも裏付けられている。すなわち、 この実験は、被控訴人製剤から精製(ただし、精製過程ではSDS処理を行わない。)したエリスロポエチンをSDS処理した上、構成要件二dに規定するゲル濾過法による分子量の測定を試みたものであるが、その結果得られるクロマトグラフィーには、高分子側にシフトしたピークのほかに、構成要件二dを満たさない別の高分子ピークが出現することが確認された。この結果は、SDS処理によって変性したエリスロポエチンが構成要件二dを満たさない、本件発明の目的物質とは異なる物質であることを示すものである。なお、被控訴人製剤を構成要件二aの方法で精製して得られるEPOが構成要件二dを満たすことは甲第七号証の実験で明らかにされているところである。 (三) 構成要件二eについて SDSが結合したエリスロポエチンは単一化学物質として捕捉することはできない上、逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析においてエリスロポエチンとSDSとの結合状態を保持することは困難となるから、SDS変性EPOが単一ピークを示すことはあり得ない。すなわち、構成要件二aの製法で得られる物質がSDS変性EPOであるとすれば、当該物質は構成要件二eを満たし得ないことになる。 3 SDS除去工程について (一) 原判決は、本件発明が構成要件二aにおいて規定する「精製することによって得ることができ」との文言に、SDSの除去工程を経ることが示されていると解することはできず、本件明細書にはSDSを除去する工程が何ら記載されていないと判示するが、本件明細書には、SDS除去を伴う精製工程が詳細かつ明確に開示されている。すなわち、モノクローナル抗体等を用いるアフィニティクロマトグラフィーによる精製法は、@モノクローナル抗体の固定化、A抗体固定化担体への目的とする生理活性タンパク質の吸着工程、B生理活性タンパク質が吸着したゲルあるいは抗体固定化カラムの十分な洗浄、Cカラムからの生理活性タンパク質の溶出の各工程を含むものとして、慣用的かつ常とう的な手法とされていた(株式会社講談社発行「実験と応用アフィニティークロマトグラフィー」、甲第四二、第四九号証)ところ、次のとおり、本件明細書にはこれらの工程がすべて記載されている。 ア 抗EPOモノクローナル抗体の固定化 この工程は、モノクローナル抗体をカラムに詰めて早い通液速度がとれる多孔性粒子に固定化する工程であるところ、本件明細書には「抗EPOモノクローナル抗体は、固定化担体に結合させ、EPO吸着剤を作製する」(本件公報七欄三二行目〜三三行目)等と説明している。 イ 抗体固定化担体へのEPOの吸着工程 この工程では、抗体固定化アガロースゲルを生理活性タンパク質含有液中に投入し、一定時間撹拌する方法と、固定化抗体カラムにタンパク質含有液を通液する方法が常とう的に行われているが、本件明細書では後者の方法を採用し、「吸着カラムを使用する場合には、前記の尿処理液をカラムに通し、EPOを吸着し」(本件公報七欄九行目〜一〇行目)と記載している。 ウ EPOが吸着した抗体固定化カラムの十分な洗浄 モノクローナル抗体固定化担体は、エリスロポエチンを特異的に吸着する以外に、多孔質であることから多種多様な夾雑タンパク質や低分子物質を取り込んでいる。本件発明におけるSDSもその一つであり、不要物質として除去されるべき対象である。この点について、本件明細書は、「次にPBS二〇ml、〇・五MのNaCl二〇mlの順に二〇ml/hrでカラムを洗浄した」(本件公報一二欄三行目〜五行目)等と記載している。この操作は、アフィニティークロマトグラフィー法で普通に採用されている不純物を除去するための洗浄操作であって、SDS処理に使用されたSDSはこの洗浄工程でほぼ除去されるのである。 エ カラムからのEPOタンパク質の溶出 SDSを含む不要物質が洗浄除去されたカラムからエリスロポエチンを溶出することによってモノクローナル抗体によるEPOの精製が完成する。本件明細書の「〇・二M酢酸と〇・一五MのNaClとの混合液二〇mlを五ml/hrの流速で流し、溶出液として高純度のEPO(本件特許発明目的物の酸性糖タンパク質)を含む液を得た」(本件公報一二欄五行目〜八行目)等の記載がこれを示している。 (二) 右のとおり、本件明細書には、カラム洗浄工程としてSDSの除去工程が詳細に記載されている。そして、その操作は、アフィニティークロマトグラフィー法で普通に採用されている常とう的な工程であり、そのほかにSDSを除去するための格別の処理を行う必要がないから、本件明細書の特許請求の範囲においては、当業者が上記の各工程を含むものとして慣用的に用いている「精製」との用語を使用して「モノクローナル抗体を用いて・・・精製する」と記載したのであり、 この文言には、カラムの洗浄工程が当然に含まれ、その工程でSDSの除去が行われるのである。 被控訴人は、「精製」という文言それ自体、通常の国語の意味としてSDSの除去工程を経ることが含意されているとはいえない旨主張する。しかし、岩波書店発行の「広辞苑(第五版)」には、「精製」について「粗製品に手を加えて精良な品物にすること。純度の高いものにすること。」と記載されており、これが夾雑物や不要物を除去することを本来的に伴うことは明らかである。そして、本件発明が他の不純物質を含まないEPOを得ることを目的とするものであることは明らかであるから、SDSを初めとする試薬や化学物質を除去することは、当然「精製」の用語に含意されるというべきである。 例えば、株式会社南江堂発行の「蛋白質・酵素の基礎実験法」(甲第四一号証)には、SDSのような界面活性剤で処理された蛋白質標品からの界面活性剤の除去法として、@セロハンチューブやコロジオンバッグを用いる透析、A異方性半透膜を用いて、濃縮と希釈を繰り返す方法、B分子篩クロマトグラフィー、Cイオン交換樹脂などの吸着剤にタンパクを吸着させておいて、界面活性剤を含まない液で洗浄と溶離を行う方法などがあると記載されており、精製過程における界面活性剤の除去操作は当業者には周知の事項であることがうかがわれる。さらに、【D】博士の意見書(甲第五三号証の一)、【E】博士の鑑定意見書(同号証の二)及び【F】博士の鑑定意見書(同号証の三)は、いずれも、「精製」との文言は、原料中に含まれる目的のタンパク質を得るための一連の操作をいい、その過程で用いたSDSを除去することが含まれていると述べており、これが当業者の理解であることを裏付けている。 (三) なお、原判決は、本件発明の特許庁における審査の過程で控訴人が提出した平成四年一一月二四日付け意見書(乙第五号証の三)において、「本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります。」と述べていることを、本件発明の対象がSDS変成EPOであるとの認定の論拠としている。しかし、この記載は、本来「本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化したものを経て精製 されたものであって 、かつ・・・」(傍線部が付加すべき部分)とすべきところを誤って記載した誤記である。立体構造の変化とエリスロポエチン活性の維持とが両立しないことは科学常識上明白であり、現に、右意見書の提出を受けた特許庁審査官は、平成六年六月二日付けの第二回拒絶理由通知書(乙第五号証の五)において、【C】論文を引用し、本件発明の対象である酸性糖タンパク質を【C】EPOと対比して本件発明の新規性及び進歩性を論じている。【C】EPOは天然EPOであって、SDSによって立体構造の変化したエリスロポエチンでないことは明らかであるから、担当審査官は、右意見書の誤記にもかかわらず、本件発明の対象をSDS変成EPOでないことを正しく理解し、その前提で特許に至ったことは明白である。 4 甲第五二号証の実験結果等について (一) 本件明細書の実施例に記載された常とう的な「精製」操作によりSDSが完全に除去され、その結果得られたエリスロポエチンがSDS変性EPOでないことは、甲第五二号証(控訴人の研究者作成の実験成績書)の実験によって裏付けられた。 すなわち、この実験は、ヒト尿由来のエリスロポエチンの精製を、本件明細書の実施例の記載のとおりに追試、再現し、その精製工程におけるSDSの挙動を追跡したものであって、精製工程は、@SDSを加えて変性させたエリスロポエチンを含有する原料液をカラムに通す負荷工程、AこのカラムをPBS、リン酸緩衝液及び食塩水で順次洗浄する洗浄工程、B目的とするエリスロポエチンを酢酸含有食塩水で溶出させる溶出工程から成るが、原料液に添加されたSDSは、右@の負荷工程及び右Aの洗浄工程における各流出液中にそのほぼ全量が回収され、右Bの溶出工程に入る前に、カラム中には既にSDSが存在しなくなっていることが確認された。この実験結果は、構成要件二aに記載された精製操作には、当然にSDS除去工程が含まれており、別途の格別のSDS除去工程を経ることなく、SDSが除去されることを意味するものである。 なお、被控訴人は、負荷工程及び洗浄工程におけるSDSの右回収量が計算上一〇〇パーセントでないからSDSは完全には除去されていない旨主張するが、このような回収実験では、カラムへの非特異的な結合や定量限界等に基づく実験誤差により回収率が一〇〇パーセントにならないのは通常のことであり、EPO溶出液中からSDSが検出されなかったことは右実験で確認されているから、被控訴人の右主張は失当である。 (二) また、同実験は、その精製の結果得られたエリスロポエチンについて、 抗体との反応性を確認することにより、これがSDS変性EPOではあり得ないことを明らかにしている。すなわち、構成要件二aに規定する本件抗EPO抗体は、 本件明細書に記載されているとおり、「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合力を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合を有する」(一四欄一行目〜四行目)という結合特性を有するものであるから、仮に、右実験の結果得られたエリスロポエチンがSDS変成EPOであるならば、本件抗EPO抗体に強く結合するはずである。ところが、右エリスロポエチンは、本件抗EPO抗体カラムには、負荷した試料の六〇ないし七〇パーセントしか結合せず、他方、天然のエリスロポエチンに強い結合性を示す抗EPO抗体カラムにはほぼ一〇〇パーセントが結合し、両抗体に対する結合性の相違は明確である。さらに、右実験の結果得られたエリスロポエチンを本件抗EPO抗体に九〇パーセント以上結合させるためには、これを改めてSDS処理し、変成させなければならならず、この変成エリスロポエチンはもはや天然のエリスロポエチンに強く結合する抗EPO抗体にはほとんど結合しないことが確認されている。以上の実験結果は、構成要件二aのとおりに精製されたエリスロポエチンはSDS変成EPOではあり得ないことを示すものであり、この実験の手法の妥当性は、前記甲第五三号証の一ないし三の各意見書においても支持されているところである。 なお、以上の点は、本件明細書に、本件発明の目的物質が本件抗EPO抗体に強い結合性を有する旨記載されていることと何ら矛盾しない。すなわち、上記の実験において、天然のエリスロポエチンの本件抗EPO抗体に対する結合性は種々雑多な夾雑タンパク質の共存によって妨害されるため、それらの共存下においては、抗体に三〇パーセント以下が結合するだけのゆるやかな結合性しか示さないが、本件特許の精製法を経て高度に精製されたEPOは、本件抗EPO抗体に対して七〇パーセント以上の結合性、すなわち強い結合性を示している。 (三) さらに、甲第五二号証の実験では、併せて、被控訴人製剤が構成要件二bないし同二eをすべて充足することが確認された。すなわち、この実験は、甲第七号証の一(控訴人の研究者作成の実験報告書)の実験を更に本件明細書の実施例に即した条件にするため、@甲第七号証の一の実験のように被控訴人製剤をそのまま用いるのではなく、本件明細書の実施例と同様の尿タンパク質の共存下で実施するため、被控訴人製剤にエリスロポエチンを含まないヒト尿濃縮物を添加することとし、また、A甲第七号証の一の実験では、アフィニティークロマトグラフィー後にその溶出液の透析を行ったが、これを透析に付することなく、構成要件二bないし同二eの充足について試験することとしたものである。そして、この実験の結果、右@の試料を本件明細書の実施例の記載に従って精製した精製物質は、上記各構成要件をすべて満たすことが確認された。 (四) エリスロポエチンは、高純度に精製されたときには、エリスロポエチンの分子同士が会合して会合体を形成する性質を有する。本件発明の方法で精製されたエリスロポエチンも同様である。この会合体は生体に存在するEPO受容体に結合できないためエリスロポエチンとしての生理活性を示さないが、SDS処理すると復元されることが確認されている。すなわち、EPOの会合体はSDSの存在下では会合体の形態を保ち得ず、単量体に戻るのである。したがって、本件発明の方法によって精製したエリスロポエチンが会合体を形成するという事実は、これがSDSと結合したエリスロポエチンでないことを意味している(甲第五〇号証)。 三 被控訴人の主張 1 本件発明の意義について エリスロポエチン(EPO)は、赤血球系前駆細胞の分化・増殖を促進する糖タンパク質(糖鎖構造を有するタンパク質)であり、主として腎臓から産生され、 生体の赤血球の恒常性維持において中心的な役割を担っているものである。EPOの純化、発展の歴史は、一九〇六年に赤血球増加作用を有する体液性因子の存在が推定されたことに始まり、一九五三年にその存在が実証されたことから、エリスロポエチンの純化の試みが開始された。当初はエリスロポエチンを抽出する素材について試行錯誤があったが、【C】博士と【G】博士の共同研究グループは、一九七六年、ヒト再生不良性貧血患者の尿を用いて高純度のヒト尿由来のEPOを精製することに成功し、その結果は一九七七年(昭和五二年)に【C】論文として発表された。米国アムジェン社は、【G】博士の協力を得て、【C】EPOを使用して研究を行い、一九八三年(昭和五八年)にエリスロポエチンの遺伝子クローニングに成功し、その成果に基づいて遺伝子組換えによる大量生産が開始され、エリスロポエチンの臨床応用への途が開けるに至った。こうして、平成二年には、被控訴人により遺伝子組換EPOが腎性貧血治療のための画期的なバイオ新薬として販売が開始され、現在に至っている。なお、米国ジェネティック・インスティチュート社も【C】博士の協力を得てエリスロポエチンの遺伝子クローニングを達成し、同社から技術供与を受けた中外製薬株式会社も遺伝子組換EPOを販売しており、現在、 エリスロポエチン製剤の国内市場は、被控訴人と中外製薬株式会社が二分している状況である。 これに対し、本件発明に係る控訴人の研究成果は、エリスロポエチンの純化の発展史の中で特筆すべき画期的な貢献をしたものとは一般に認められていない。なぜなら、本件発明を技術的観点から見た場合の本質は、【C】論文記載の精製法を改良し、本件抗EPO抗体を用いることによってエリスロポエチン精製の簡便化、収率の向上を達成したものにすぎなかったからである。本件発明は、エリスロポエチンのアミノ酸配列の解明、遺伝子クローニングや遺伝子組換技術によるエリスロポエチンの製造の契機となったものではない。 2 構成要件二aと他の構成要件との整合性について 控訴人は、本件発明の対象がSDS変成EPOであるとすると、この物質は構成要件二b、二d及び二eを満たさないことになる旨主張するが、この主張は、本件発明は天然のエリスロポエチンと異なる立体構造を有し、かつ、エリスロポエチン活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするとの出願審査の過程での控訴人の陳述や、本件明細書の記載、すなわち、本件発明の目的物である酸性糖タンパク質は「SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する」との記載に反したものであって、失当である。 さらに、控訴人の右主張の論法は、本件発明の各構成要件相互間に矛盾がないことを大前提とするものであるが、本件発明のように、公知の物質であったEPOの製法の改良発明にすぎなかったものを、分割出願を通じて新規な物の発明に改変し、更に補正を重ねて特許を取得しようとすれば、結果として構成要件相互間に矛盾が生じてもやむを得ないことである。 なお、特許庁も、被控訴人が控訴人を被請求人として請求した本件特許の無効審判事件(平成九年審判第二一一三六号事件)につき平成一二年五月二四日にした審決において、「特許明細書の記載及び出願経過、出願当時の技術常識を参酌すれば、本件特許請求の範囲に規定された酸性糖タンパク質は、SDS処理によって立体構造が変化したままのEPOであると認定するのが相当である」(乙第一七号証一五頁二二行目〜二四行目)と認定しており、控訴人が本訴においても前記二の3(二)、(三)において主張している、@本件発明における「精製することによって得ることができ」との文言がSDS除去工程を経るものであるとの主張、A控訴人が本件の出願経過で提出した平成四年一一月二四日付け意見書の記載は誤記であって、担当審査官は、本件特許の対象がSDS変成EPOではないと認識して特許を認めたとの主張をいずれも排斥している。 3 SDS除去工程について 原判決が正当に判示するとおり、構成要件二aにいう「精製することによって得ることができ」との文言に、通常の国語の意味としてSDS除去工程を経ることが示されているとは到底考えられない。また、控訴人は、本件発明の審査過程において提出した平成四年一一月二四日付け意見書の記載は誤記である旨主張するが、 本件発明の発明者らが、その当時、既に、SDS処理によるエリスロポエチンの構造変化の可能性を認識していたことは後述のとおりであるから、当該記載は、本件発明の目的物を天然のエリスロポエチンと区別するために意識的に述べたものとみるのが最も自然であり、控訴人の右主張は事実をわい曲するものというべきである。 4 甲第五二号証の実験結果等について 控訴人は、甲第五二号証の実験成績書によって、本件明細書に記載された実施例のとおりの精製工程を通じてSDSが除去されることが裏付けられた旨主張し、 その根拠として、原料液に加えたSDSが原料液の抗体カラムへの負荷工程及びカラムの洗浄工程でほぼ全量回収されたことを挙げる。しかし、同号証を精査すれば明らかなように、原料液としてヒト尿を使用した実験においては、負荷液中のSDS量が二二・七一〇〇rであるのに対し、非吸着液及び洗浄液から回収されたSDS量は二二・五〇八六rで、差引〇・二r(〇・八八パーセント)が回収されておらず、原料液として被控訴人製剤を使用した実験では、負荷液中のSDS量が七三・四二五〇rであるのに対し、非吸着液及び洗浄液から回収されたSDS量は七二・〇一八六rで、差引一・四r(一・九二パーセント)が回収されていない。そして、カラムに保持された後に溶出されるタンパク質の量は明らかにされていないが、おおむね〇・二r程度と推察されるから、回収されなかったSDSは、このタンパク質に結合している可能性があるのであって、右実験結果は、控訴人の右主張を何ら裏付けるものではない。 次に、控訴人は、右実験の結果得られたエリスロポエチンが、本件抗EPO抗体との反応性に照らせば、SDS変性EPOではあり得ない旨主張するが、甲第五二号証には、右実験において精製して得られたエリスロポエチンは、本件抗EPO抗体と強く結合した旨が明記されており、これは、むしろ右エリスロポエチンがSDS変性EPOであることを示すものにほかならない。 また、甲第五二号証には、天然のエリスロポエチンに強い結合性を示すという抗EPO抗体(R6、R12)が使用されているが、この抗体は、もともとSDS処理を経たエリスロポエチンに基づいて作製された抗体であって、これが天然のエリスロポエチンに、しかも天然のエリスロポエチンのみに強い結合性を有するものであるかどうかは疑わしい。その他、同実験では、@精製に供した尿試料の量、A精製に用いたカラムのサイズ、抗体の種類、B初発試料、洗浄液、溶液画分中のタンパク質量等が不明である上、尿由来精製物のSDS電気泳動、ゲル濾過等のデータがないなどの問題があり、この実験は追試不能なものであるから、その信憑性には重大な疑問がある。 さらに、控訴人は、甲第五二号証において、被控訴人製剤に尿粉を添加しSDS処理を行った後に透析、遠心、希釈を行い、本件抗EPO抗体によって精製することによって得られた物について、本件抗EPO抗体との反応性を実験しているが、 これは被控訴人製剤そのものではない。すなわち、この精製物は、SDS処理という来歴を有するがゆえにその構造がSDS処理前の立体構造とは異なっていることが強く示唆されるのであり、このことは、本件発明の発明者ら及び甲第五二号証の作成者の一人の執筆に係る一九八九年(平成元年)発表の文献(乙第一八号証)において、「SDS処理はEPOの構造に損傷を与えるのかもしれない」と記載し、 SDS処理が、その除去の有無とは関係なく、SDS処理を経たという来歴によってエリスロポエチンに構造変化を来す可能のあることを指摘していることからも根拠付けられる。 |
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当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断するものであるが、その理由は、控訴人の当審における主張に対し後記二及び三のとおり判断するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第三 当裁判所の判断」のとおり(ただし、七二頁末行、七四頁一行目及び七七頁八行目の「精製」を「精製すること」に改める。)であるから、これを引用する。 二 構成要件二aと他の構成要件との整合性について 控訴人は、構成要件二aによって特定される本件発明の対象がSDS変成EPOであるとすると、構成要件二b、同二d及び同二eを満たさないこととなるから、本件発明の対象はSDS変成EPOではない旨主張する。 確かに、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するに際して、他の構成要件との整合性を参酌することは当然であるが、本件発明においては、その対象となる物質がSDS変成EPOであることが、本件明細書の記載から明確に読み取れるものであって、かつ、控訴人が出願過程で特許庁審査官に提出した平成四年一一月二四日付け意見書(乙第五号証の三)にもその旨が明確に示されていることは、 前示(原判決六六頁八行目ないし七一頁一行目)のとおりである。 これを補足すると、本件発明の特許出願に対しては、特許庁審査官から、平成四年八月二五日付け及び平成六年六月二日付けの二回にわたる拒絶理由通知が発せられており(二回目の拒絶理由通知においては、【C】論文が引用文献として挙げられている。)、これに対し、控訴人は、平成四年一一月二四日付けの手続補正書及び意見書、平成六年九月五日付けの手続補正書及び意見書を提出したものであるが、右一回目の手続補正書(乙第五号証の四)によって、明細書の発明の詳細な説明中に「以上実施例1〜3で得られたEPO(本発明の目的物の酸性糖タンパク質)は、いずれも下記の特性を有する。@SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体(注、すなわち本件抗EPO抗体)に強い結合性を有する」との記載が追加されるとともに、同日付け意見書(乙第五号証の三)で「SDS処理によりタンパク質の立体構造が変化することにより、タンパク質の抗原性が変化したEPOに対して結合性を有しているモノクローナル抗体によって、初めて本願発明の目的が達成可能となったのであり、・・・本願発明は、EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります」と説明している。そして、控訴人は、平成六年九月五日付けの右二回目の手続補正書(乙第五号証の七)をもって、構成要件二a中に「SDS処理をしたエリスロポエチンに結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体を用いて、あらかじめSDS処理を行なったエリスロポエチン含有液を精製することによって得ることができ」との部分を新たに加える補正をし、実施例においても、原料はすべてSDS処理されたものに変更するとともに、同日付け意見書(乙第五号証の六)において、右のように補正された構成要件二a等において引用例(【C】論文)の【C】EPO(これがSDS変成EPOでないことは明らかである。)と相違する旨を説明している。 そうすると、右のような本件明細書の記載並びに出願過程における補正及び意見書提出の経緯を総合すれば、控訴人は、右補正により、本件発明の対象物質を、SDSによって立体構造の変化したエリスロポエチンとして規定し、先行文献である【C】論文に記載された天然のエリスロポエチンと本件発明に係るエリスロポエチンとが異なるものであるとしたことが明らかであり、本件発明に係るエリスロポエチンがSDSを除去して立体構造の回復したエリスロポエチンであるとする控訴人の主張は、右のような明細書の記載及び出願経過に反するものというべきである。 この点について、控訴人は、平成四年一一月二四日付け意見書の「本願発明は、 EPOのなかでも特にこのような立体構造が変化し、かつ、EPO活性を有する酸性糖タンパク質を対象とするものであります」との記載は誤記であり、かつ、本件明細書の発明の詳細な説明中、同日付け補正によって付加された「以上実施例1〜3で得られたEPO(本発明の目的物の酸性糖タンパク質)は、いずれも下記の特性を有する。@SDS処理を行ったエリスロポエチンに対して強い結合性を有し、 天然のエリスロポエチンに対してはゆるやかな結合性を有する抗エリスロポエチンモノクローナル抗体に強い結合性を有する」との記載は、「SDS処理された時」といった趣旨の言葉を補って解釈すべきである旨主張する。しかし、控訴人が誤記等であるという右の各点は、前後の文脈等から一義的に理解できる単純な誤字脱字に類するものではなく、原文の意味を大きく変更するものであって、しかも、右補正の当時、本件特許出願において、本件発明が天然のエリスロポエチンとして公知の物質であった【C】EPOとどのように異なるのかが問題とされ、この点が審査の帰すうに明らかに重要な影響を及ぼす内容であったということができ、このような重要な記載について、控訴人のいうような単純な誤記等が生じたとは考えられない。 以上のとおり、本件明細書の記載及び出願経過から、構成要件二aによって特定されるエリスロポエチンは、SDS変成EPOであることが明確に理解できるものに限定されるべきである。そうすると、構成要件二aの解釈が右のようにされることを前提として他の構成要件が整合的に解釈されるべきであって、SDS変成EPOが構成要件二a、同二b及び同二eと現実に両立し得るかどうかを判断するまでもなく、この点の控訴人の主張は理由がないというべきである。 三 SDS除去工程について 控訴人は、本件明細書には、アフィニティークロマトグラフィーによる常とう的な精製法の一工程であるカラム洗浄工程としてSDS除去工程が詳細かつ明確に記載されており、したがって、構成要件二aにいう「精製することによって得ることができ」との文言はSDS除去工程を含むものである旨主張する。 一般に、あるタンパク質がその含有液を精製することによって得ることができるといった場合における「精製」との文言が、夾雑物や不要物を除去することを意味することは明らかであり、不要物には、精製過程で必要な前処理のために添加された物質の除去をも含むこともあり得るところである。しかし、何が除去すべき不要物であり何が精製対象物であるかは、当該精製の目的との関係で定まることであるから、SDSの結合したSDS変成EPOを得ることが目的であれば、SDSの解離が「精製」に含意されないことは当然であって、右目的を前提とするならば、結局、本件特許請求の範囲における「精製」の文言は、SDSの解離を含まないものとして解釈すべきものである。控訴人主張の甲第五三号証の一ないし三(それぞれ【D】博士、【E】博士及び【F】博士の意見書ないし鑑定意見書)には、構成要件二aの「精製」は、当然にSDSの除去を含むものと理解すべきである旨の記載があるが、いずれも、精製によって取得すべき目的物がSDSによって変成されていないエリスロポエチンであることを前提とするものであるから、採用することができない。 そこで、次に、本件明細書に記載された精製工程がSDS除去工程といい得るかどうかについて判断するに、控訴人の主張する本件明細書(甲第二号証)に記載の洗浄工程は、一般的な意味において不純物を取り除くための工程として記載されているにすぎず、例えば、エリスロポエチンと結合していないSDSのような不要物質がこの工程で除去されることはあっても、エリスロポエチンと結合しているSDSを現実に解離するものであることまでが記載されていると認めることはできない。この点について、控訴人は、甲第五二号証の実験において、本件明細書に記載された精製工程を再現した結果、SDSが除去されていることが確認された旨主張するが、同号証が、エリスロポエチンと結合したSDSの解離までも裏付けるものでないことは後述するとおりである。 したがって、本件明細書には、エリスロポエチンと結合したSDSの解離工程が記載されていると認めることはできず、この点の控訴人の主張も理由がないというべきである。 四 甲第五二号証の実験結果等について 控訴人は、本件明細書の実施例に記載されたとおりの精製操作によりSDSが完全に除去されること、その精製物質はSDS変性EPOではないことが裏付けられる旨主張するので、以下判断する。 1 甲第五二号証によれば、同号証の実験は、ヒト再生不良性貧血患者尿を調製した尿タンパク質粉末を試料とするものと、被控訴人製剤(エスポー皮下用六〇〇〇)に尿粉を添加・混合したものを試料とするものとが含まれること、実験の手順は、これらの試験試料を、本件明細書に記載された手順に従って、SDS処理をした後、本件抗EPO抗体を用いて精製し、その間回収されたSDSの定量測定を行うとともに、精製物質について、抗EPO抗体との反応性を酵素免疫吸着法(ELISA)によって測定するとともに、構成要件二bないし同二eに対応して、比活性、SDSーPAGE法での分子量及びゲル濾過法での分子量の測定並びに逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析をしたものであること、以上の実験の結果、まず、SDSの回収量については、貧血患者尿を試料とするものでは、負荷液中のSDS量二二・七一〇〇r中、非吸着液及び洗浄液からは計二二・五〇八六rが、被控訴人製剤を試料としたものでは、負荷液中のSDS量七三・四二五〇r中、非吸着液及び洗浄液からは計七二・〇一八六rが、それぞれ回収され、他方、EPOの溶出液からはSDSが検出されなかったこと、次に、再生不良性貧血患者尿由来の精製物質の抗EPO抗体との反応性(負荷量に対するEPOの結合量の割合)については、本件抗EPO抗体の場合が七二・三パーセント、「天然エリスロポエチンに強い結合性を示す」とされるR6抗体及びR12抗体の場合がそれぞれ一〇六・〇パーセント、九八・七パーセントであったが、当該精製物質を更にSDS処理したものでは、本件抗EPO抗体との反応性が八六・九パーセント、R6抗体及びR12抗体ではいずれも〇パーセントとの数値が得られたこと、右各精製物質について、比活性、SDSーPAGE法での分子量及びゲル濾過法での分子量の測定並びに逆相カラムを装置した高速液体クロマトグラフィー分析をした結果は、いずれの試料によるものも、それぞれ構成要件二aないし同二dの範囲内の数値及び構成要件二eを充足するクロマトグラフィー分析によるピーク形成を示したこと、以上の事実を認めることができる。 2 以上認定の実験方法及び結果に基づいて判断するに、ヒト再生不良性貧血患者尿を調製した尿タンパク質粉末を試料とした右実験は、基本的に本件明細書に記載されたEPOの精製法を追試、再現することを意図したものということができるが、その精製物質が、控訴人の主張するように、SDS変成EPOではないことを裏付けるものと評価することはできないというべきである。 すなわち、控訴人は、右実験によって得られた精製物質がSDS変成EPOでないことの理由として、まず、原料液に添加されたSDSは、負荷工程及び洗浄工程における各流出液からほぼ全量が回収された点を挙げる。しかし、同実験の結果を精査すると、貧血患者尿生成物を試料とした実験では〇・二〇一四r(負荷液中のSDS総量の〇・八八パーセント)のSDSが、被控訴人製剤を試料とした実験では一・四〇六四r(同一・九二パーセント)のSDSが回収されていないことは、 その収支計算から明らかである。この点について、控訴人は、このような計算上の非回収分は、カラムへの非特異的な結合や定量限界等に基づく実験誤差に由来する旨主張するが、微量のSDSであっても、実験に供された微量のエリスロポエチンとの結合を維持し、その立体構造が変化した状態を保持している可能性を否定することはできない以上、右計算上の未回収分が非特異的な結合や実験誤差等によるものとして無視することのできる程度のものとは認められず、そもそもそのような誤差を与える実験は、SDSの全量が解離、除去されたかどうかを検証するものとしては不適切なものであるというほかはない。 なお、控訴人は、EPO溶出液中からSDSが検出されなかったことは、最終精製物質がSDS変性EPOでないことを示す旨主張するが、SDS変成EPOがSDSと結合したままの状態で溶出され、かつ、溶出液中でもEPOとSDSとの結合が保持される場合には、溶出液中からSDSが検出されないこともあり得るのであるから、溶出液中からSDSが検出されなかったことは、最終的な精製物質がSDS変成EPOであることと何ら矛盾するものではなく、控訴人の右主張は失当である。 3 次に、控訴人は、右実験の結果得られた精製物質がSDS変成EPOであれば、本件抗EPO抗体と強く結合するはずであるのに、右精製物質は、本件抗EPO抗体とは六〇ないし七〇パーセントしか結合せず、他方、天然EPOに強い結合性を示す抗EPO抗体にはほぼ一〇〇パーセントが結合したことから、これがSDS変成EPOでないことが裏付けられた旨主張する。しかし、この実験の信憑性(特に、R6、R12抗体の抗原特性)について、被控訴人の指摘するような疑問があることは別論として、仮に、右の実験結果において、控訴人の主張するとおり、 当該精製物質の抗EPO抗体特性が、SDS変成していないエリスロポエチンであることを示すものであるとしても、本件明細書の記載並びに出願過程における控訴人の補正及び意見書提出の経過から、本件発明の対象である酸性糖タンパク質がSDS変成EPOであることが明確に示されていることは前示のとおりであって、この認定を覆すには足りないというべきである。すなわち、甲第五二号証の実験が右のような控訴人主張のとおりの結果を示すものであるとすれば、本件明細書の実施例を忠実に再現したにもかかわらず、本件明細書に記載された対象物質(SDS変成EPO)が得られなかったというにすぎず、そのような実験結果があるからといって、特許発明の技術的範囲の解釈を変更することは許されないというべきである。 以上のとおり、甲第五二号証の実験結果は、その実験によって得られた精製物がSDS変成EPOでないことを示すものであるとの控訴人の主張は理由がない。 4 控訴人は、本件発明の方法によって精製したエリスロポエチンが会合体を形成するという事実は、これがSDS変成EPOでないことを示すものである旨主張するが、この主張も、前同様、本件発明の対象がSDS変成EPOであるとの前記認定を左右するものとはいえない。 五 結論 以上のとおり、控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 長沢幸男 |
裁判官 | 宮坂昌利 |