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事件 平成 12年 (ネ) 2450号 特許権侵害差止等請求控訴事件
控訴人 電気化学工業株式会社 代表者代表取締役 【A】
訴訟代理人弁護士 品川澄雄
同 滝井朋子
被控訴人 太平洋セメント株式会社 (旧商号) 秩父小野田株式会社 代表者代表取締役 【B】
被控訴人 株式会社小野田 代表者代表取締役 【C】
両名訴訟代理人弁護士 光石忠敬
同 光石俊郎
両名補佐人弁理士 田中康幸
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/01/31
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (一) 原判決を取り消す。
(二) 被控訴人らは、原判決別紙物件目録(原告主張)(一)記載の急結剤を製造し、販売し、販売のために展示してはならない。
(三) 被控訴人らは、原判決別紙物件目録(原告主張)(二)記載の「装置」並びにこれを構成するための「急結剤添加ノズル(Y字管)」及び「乾燥高圧空気による粉体急結剤供給機(Tクリート)」を製造し、販売し、貸し渡し、販売又は貸渡しのために展示してはならない。
(四) 被控訴人らは、上記(二)記載の物件及び(三)記載の各物件を廃棄せよ。
(五) 被控訴人らは、控訴人に対し、金8250万円及びこれに対する平成10年1月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(六) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
(七) 仮執行の宣言 2 被控訴人ら 主文と同旨
事案の概要
本件の事案の概要、前提となる事実、争点及びこれに関する当事者双方の主張は、次のとおり訂正、付加するほかは、原判決「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」(その引用に係る原判決別紙添付の物件目録(原告主張)(一)、同(二)、物件目録(被告主張)(一)(1)、同(一)(2)、同(二)、特許出願公告公報甲、
同乙、同丙を含む。)のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決の訂正 原判決8頁8行目の「本件供給装置』という」を「『本件供給装置』という」に、11頁1行目の「Inter-national」を「International」に、16頁7行目から8行目の「被告ら主張」を「被控訴人らの主張」に、17頁7行目の「ある物質の全量中で」を「ある物質の全質量中に」に、18頁7行目の「補助成分」を「補助的成分」に、20頁6行目の「270.20°」を「270.20.」にそれぞれ改める。
2 控訴人の主張 (一) 争点1(本件急結剤と本件甲発明の技術的範囲の属否)について 原判決は、@「本件甲発明の特許請求の範囲における『カルシウムアルミネート』は、酸化カルシウムと酸化アルミニウムとを組成成分とする物質を指し、
その中には、第三成分としてハロゲン元素が固溶したものを含み、また、工業的に製造する際に不可避的に混入した不純物を含有したものを含むものと解釈すべきであるが、他方、当業者の通念に照らして不純物であると理解される範囲を超える物質を含有するものは含まれないと解釈すべきである。すなわち、酸化ナトリウムについていえば、前記のとおり、約〇.三重量パーセント程度の割合を超えて含有するものは含まれないと解すべきである」(原判決42頁6行目〜43頁3行目)とした上、A「本件急結剤においては、酸化カルシウム、酸化アルミニウム、酸化ナトリウムを全体とした酸化ナトリウムの重量パーセントが前記の約〇・三重量パーセント程度を大きく超過するものであることは明らかである」(同44頁8行目〜11行目)から、B本件急結剤は本件甲発明における「カルシウムアルミネート」を含有するものとはいえず、本件甲発明の技術的範囲に属さないとした。
しかしながら、原判決が本件甲発明のカルシウムアルミネートを上記@のように解したことは、以下のとおり、誤りである。
(1) 本件甲明細書の、カルシウムアルミネートとしてはハロゲン元素が固溶したものが用いられる旨の記載(本件甲明細書3欄21行目〜26行目)は、本件甲発明のカルシウムアルミネートには、一般に第三成分が固溶したものも含まれることをハロゲン元素の固溶したものを例に挙げて記述したものと解すべきであって、それ以外の固溶体が除かれることをわざわざ記載したものではない。
被控訴人らは、カルシウムサルフォアルミネートが、CaO、Al2O3及びSO3の3成分から成る物質であるとした上で、控訴人の主張が本件乙明細書及び本件丙明細書の「カルシウムアルミネートに、・・・カルシウムサルフォアルミネートを併用することも可能である」との記載に照らして一貫しないと主張するが、カルシウムサルフォアルミネートは単一の化合物であって、カルシウムアルミネートの酸化ナトリウム固溶体のような2物質の混合物ではない。被控訴人らの出願に係る特開平11-21158号公報(甲47)にも、カルシウムアルミネート系急結剤とカルシウムサルフォアルミネート系急結剤とが区分される旨が記載されている(4頁右欄6行目〜9行目)。
(2) カルシウムアルミネート中に含まれる酸化ナトリウムについては、本件甲特許権の出願以前から、@酸化ナトリウムが約6.2重量パーセント固溶し得ることが明らかにされ、A本件カードに、標題として「Ca3Al 2O6 カルシウムアルミニウムオキサイド」と記載され、「資料は5.7重量パーセントのNa2Oを固溶体で含有する」ことが注記されており、Bセメント又はセメントのクリンカー中のカルシウムアルミネートに、例えば1.7重量パーセントの酸化ナトリウムの固溶が測定されたことが明らかにされている(原判決38頁4行目〜40頁3行目)のであり、本件甲発明は、セメント又はコンクリートを使用する技術として、これらの知見を有する技術分野に属しているのであるから、当該技術分野の当業者が、本件甲特許権の出願当時、カルシウムアルミネートという場合には、当然に幾ばくかの酸化ナトリウムが固溶しているものをも認識していたと考えるのが常識的である。
(3) 本件甲発明の急結剤は使用に際して加水されるが、カルシウムアルミネートが酸化ナトリウムの固溶体である場合には、加水によってまず固溶している酸化ナトリウムに由来するNa+が水中に溶け出し、その結果、酸化ナトリウムの抜けたカルシウムアルミネートが炭酸ナトリウムとともに水和反応に関与し、この水和反応によって急結性がもたらされるものである。したがって、本件甲発明に用いられるカルシウムアルミネートは、純粋物であろうと酸化ナトリウムの固溶体であろうと、急結性取得の技術的メカニズムも作用効果も同一であって、技術的差異は生じない。
酸化ナトリウムの固溶体であるカルシウムアルミネートであっても急結性を有することは、被控訴人太平洋セメント株式会社(旧商号・秩父小野田株式会社)の出願に係る特開平8-91896号公報(甲17)に記載されているほか、
同被控訴人の出願に係る特開平10-218646号公報(甲49)の表2〜4(5頁〜6頁)に、酸化ナトリウムを全く含有しないアルミン酸カルシウム(カルシウムアルミネート)系急結素材(試料1)と酸化ナトリウムを8.7重量パーセント含むアルミン酸カルシウム系急結素材(試料3、炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)を含む他の添加物配合の条件は同一)の表乾時間、プロテクター貫入抵抗値、ペーストフロー値にほとんど差がないことが示されていることに照らしても明らかである。
そして、このような技術的知見は、本件甲特許権の出願前から急結剤を含むセメント周辺製品に関わる技術分野の当業者に周知のものであった。
(4) カルシウムアルミネートを工業的に生産するときには、石灰石、生石灰、アルミナ、ボーキサイト、アルミ灰、粘土、珪石、蛍石等の原料を適宜組み合わせ、焼成又は溶融して製造するが、その際に融点を下げるために、例えば氷晶石(Na3AlF 6)等を添加する。そして、このように原料として天然物を用い、氷晶石等の融点降下剤を添加した場合には、生産されたカルシウムアルミネートは、酸化ナトリウムを初めとする種々の物質を固溶するものとなるが、これを表記する場合には、純粋物と同様に3CaO・Al2O3、12CaO・7Al 2O3、CaO・Al 2O3、11CaO・7Al 2O3・CaF 2等と表記する。このことは、被控訴人太平洋セメント株式会社の出願に係る特開平11-130499号公報(甲48)などにおいても同様である。
当業界における他の製品であるポルトランドセメントは、石灰石、珪石、粘土などをほとんど溶融する程度に焼成した焼塊(クリンカー)を粉砕して製造するが、このクリンカーの重要な成分がカルシウムアルミネートである。このようなセメント中に存するカルシウムアルミネートは、上記製造原料及び製造工程により種々の他物質を固溶しているが、工業的に生産されたカルシウムアルミネートとその実質において変わりはなく、やはり「カルシウムアルミネート(アルミン酸カルシウム)」と称せられている(甲48)。
すなわち、本件甲発明の技術分野において、工業的に「カルシウムアルミネート」という場合には、当然に種々の物質が固溶するものを包含しているのであって、その中でも、酸化ナトリウム固溶体は、製造過程から推測できるように最も普遍的な固溶体である。
したがって、本件甲発明にいう「カルシウムアルミネート」に、カルシウムアルミネートの酸化ナトリウム固溶体が含まれることは当然のことである。
(5) 被控訴人太平洋セメント株式会社の合併当事者会社の一つである小野田セメント株式会社の従業員による「カルシウムアルミネートを基材とした急結剤の水和反応」と題する論文(甲24)に記載されたカルシウムアルミネートは、酸化ナトリウム(Na2O)、SiO 2、Fe 2O3等が固溶したものである。
また、当業界では、本件甲特許権の出願前から、カルシウムアルミネートを用いた急結剤を「カルシウムアルミネート系急結剤」と称している(甲50)ところ、被控訴人らの出願に係る特開平11-21158号公報(甲47)には、
本件急結剤(T-ROCK)がカルシウムアルミネート系急結剤であり、それにはカルシウムアルミネート(CaO・Al2O3)が含有されている旨が記載されている。被控訴人らは、当該公報に、本件急結剤がカルシウムアルミネート系急結剤である旨記載されているのは、便宜上の区分であると主張するが、当該公報にそのような記載はない。
このように、被控訴人らも、酸化ナトリウム等を固溶したものがカルシウムアルミネートであることを認めているのであり、被控訴人らのこのような認識は、もとより当業者の認識とも一致するものである。
(二) 争点2(本件供給装置と本件乙又は丙発明の実施にのみ使用する物の該当性)について 原判決は、「本件供給装置は、本件乙又は丙発明の実施にのみ使用する物には当たらない」(原判決45頁8行目〜9行目)としたが、以下のとおり、誤りである。
すなわち、本件供給装置は、カルシウムアルミネートの酸化ナトリウム固溶体を含有する急結剤である本件急結剤の販売先に対し、その迅速強固な急結性に対応して不可欠な装置として供給されているものであるから、本件乙又は丙発明の実施にのみ使用されている。
また、「急結剤添加ノズル(Y字管)」及び「乾燥高圧空気による粉体急結剤供給機(Tクリート)」は、本件供給装置の中で、それが本件乙又は丙発明技術であるための本質的不可欠な技術要素であり、それゆえに本件乙又は丙発明の実施にのみ使用するものである。
3 被控訴人らの主張 (一) 控訴人の主張(一)に対する反論 (1) 控訴人は、本件甲明細書3欄21行目〜26行目の記載が、本件甲発明のカルシウムアルミネートには一般に第三成分が固溶したものも含まれることをハロゲン元素の固溶したものを例に挙げて記述したものと解すべきである旨主張するが、本件甲明細書には、ハロゲン元素以外の第三成分が固溶したものを示唆するような記載は一切ない。そのような記載がないのに、控訴人が上記の主張をすることは、公開された明細書に開示されていない事項までも本件甲発明の技術的範囲に属する旨を後になって主張するものであって、許されない。
なお、本件乙明細書及び本件丙明細書の「カルシウムアルミネートに、・・・カルシウムサルフォアルミネートを併用することも可能である」(本件乙明細書4欄4行目〜8行目、本件丙明細書4欄26行目〜30行目)との記載に照らせば、控訴人は、カルシウムサルフォアルミネートがカルシウムアルミネートに含まれないものとしていることが明らかであるところ、カルシウムサルフォアルミネートとは、CaO、Al2O3及びSO 3の3成分から成る物質であり、第三成分として酸化イオウ(SO 3)を含むものであるから、カルシウムアルミネートには一般に第三成分が固溶したものも含まれるとする控訴人の主張は一貫しない。控訴人は、カルシウムサルフォアルミネートが単一の化合物であるとも主張するが、誤りであり、控訴人の従業員による「3CaO・3Al2O3・CaSO 4-CaSO 4-CaO系膨張セメント硬化体の長期材令での諸性状」と題する論文(乙49)中の記述(127頁右欄下から23行目〜20行目)とも食い違う。
(2) 控訴人は、本件甲発明の技術分野の当業者が、本件甲特許権の出願当時、カルシウムアルミネートという場合には、当然に幾ばくかの酸化ナトリウムが固溶しているものをも認識していたと考えるのが常識的であると主張するが、この主張は争う。
なお、本件甲発明は、ポルトランドセメントのクリンカー中のカルシウムアルミネートを、急結剤の原料として用いることを想定していない。
(3) 控訴人は、本件甲発明に用いられるカルシウムアルミネートが、純粋物であろうと酸化ナトリウムの固溶体であろうと、急結性取得の技術的メカニズムも作用効果も同一であって、技術的差異は生じない旨主張するが、次のとおり、誤りである。
控訴人は、上記主張の根拠として、被控訴人太平洋セメント株式会社の出願に係る特開平10-218646号公報(甲49)の表2〜4(5頁〜6頁)に、酸化ナトリウムを全く含有しないアルミン酸カルシウム(カルシウムアルミネート)系急結素材(試料1)と酸化ナトリウムを8.7重量パーセント含むアルミン酸カルシウム系急結素材(試料3)の表乾時間、プロテクター貫入抵抗値、
ペーストフロー値にほとんど差がないことが示されていることを挙げるが、同各表は、急結性に大きな影響を与えるアルミン酸ソーダ、炭酸ソーダ、無水石膏及び石灰を合計で50重量パーセント含んだデータであり、これによっては酸化ナトリウムを全く含有しないアルミン酸カルシウムと酸化ナトリウムを8.7重量パーセント含むアルミン酸カルシウムの急結性とを直接対比することはできないのみならず、急結剤としての作用には、凝結の促進のほかにリバウンド率の低減、初期強度の向上等が挙げられるが、これらの作用に差異がないかどうかは、上記各表によっては明らかにならない。
また、【D】ほか1名による「THE INFLUENCE OF Na2O ON THE HYDRATION OF C3A.」と題する論文(そのU、甲第42号証)には、N 0.25 C2.75A(0.25Na 2O・2.75CaO・Al 2O3)の水和で、水和開始から32分後においてもかなりの酸化ナトリウムが水中に溶け出さずに残っていることが、同論文(そのT、甲第41号証)には、酸化ナトリウム(Na2O)が最初の発熱ピークを遅くすること、
純粋なカルシウムアルミネート(C3A)の水和ではC 2AH 8が生成せず、Na 2Oを含有するN0.25 C2.75 Aの水和ではC 2AH 8が生成することが示されており、さらに、
【E】ほか3名による「3CaO・Al2O3-Na 2O系固溶体の水和反応」と題する論文(甲第27号証)に純粋のカルシウムアルミネート(CaO・Al2O3)と3CaO・Al 2O3-Na 2O系固溶体との水和反応(水和活性)及び水和生成物が相違することが示されていることに照らしても、純粋のカルシウムアルミネートと酸化ナトリウム固溶体のカルシウムアルミネートとが、急結性取得の技術的メカニズムや作用効果において同一であるということはできない。
(4) 控訴人は、カルシウムアルミネートを工業的に生産するときには、酸化ナトリウムを初めとする種々の物質を固溶するものとなると主張するが、工業的に生産されるカルシウムアルミネートが、ほとんどの場合酸化ナトリウムの固溶体となるという事実はない。また、カルシウムアルミネートの工業的生産の際に融点降下剤を添加すること、まして氷晶石(Na3AlF 6)を使用することは、当業者にとって常識ではない。
さらに、本件甲発明が、ポルトランドセメントのクリンカー中のカルシウムアルミネートを、急結剤の原料として用いることを想定していないことは上記(2)のとおりである。
(5) 控訴人は、被控訴人らの出願に係る特開平11-21158号公報(甲47)に、本件急結剤(T-ROCK)がカルシウムアルミネート系急結剤であり、それにはカルシウムアルミネート(CaO・Al2O3)が含有されている旨が記載されているなどとして、被控訴人らが、酸化ナトリウム等を固溶したものがカルシウムアルミネートであることを認めていると主張するが、当該公報に、本件急結剤がカルシウムアルミネート系急結剤である旨記載されているのは、便宜上の区分であり、そこでいう「カルシウムアルミネート系」とは本件甲発明の「カルシウムアルミネート」ではない。
(二) 控訴人の主張(二)に対する反論 本件供給装置並びに「急結剤添加ノズル(Y字管)」及び「乾燥高圧空気による粉体急結剤供給機(Tクリート)」が本件乙又は丙発明の実施にのみ使用するものである旨の主張は争う。
当裁判所の判断
1 争点1(本件急結剤と本件甲発明の技術的範囲の属否)について (一) 当裁判所も、本件急結剤は、本件甲発明に係る特許請求の範囲における「カルシウムアルミネート」に該当する物質を含んでいないから、本件甲発明の技術的範囲に属さないと判断する。その理由は、次のとおり訂正、付加するほかは、
原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の「一 争点1について」(原判決32頁2行目〜45頁3行目)のとおりであるから、これを引用する。
(二) 原判決の訂正 原判決32頁6行目から7行目の「特許発明請求の範囲」を「特許請求の範囲」に、34頁11行目の「270.20°」を「270.20.」にそれぞれ改める。
(三) 控訴人の当審における主張に対する判断 (1) 控訴人は、本件甲明細書3欄21行目〜26行目の記載が、本件甲発明のカルシウムアルミネートには一般に第三成分が固溶したものも含まれることをハロゲン元素の固溶したものを例に挙げて記述したものと解すべきであって、それ以外の固溶体が除かれることをわざわざ記載したものではないと主張する。
しかしながら、本件甲明細書にハロゲン元素以外の第三成分を一般的に示唆するような記載が一切ないことは前示(原判決35頁3行目〜9行目)のとおりであり、上記部分の記載中にも、ハロゲン元素が固溶したものが単なる例示であるとの趣旨を読み取り得る表現はない。そして、カルシウムアルミネート(アルミン酸カルシウム)は、前示(上記(一)による訂正後の原判決34頁9行目〜35頁3行目)のとおり、「CaAl2O4(=CaO・Al 2O3)=158.04 およびCa 3Al 2O6(=3CaO・Al2O3)=270.20. そのほかにもCaOとAl 2O3の違った割合の物質やそれらにH2Oの付加したものがある」と定義ないし一般的な説明がされるものであるから、通常含まれる種類及び割合の不純物が混入していることを別とすれば、そのようなものとして当業者に認識されているものと認めるのが相当である。したがって、本件甲明細書の特許請求の範囲に記載された「カルシウムアルミネート」についても、
上記不純物としてであれば格別、そうでなければ、第三成分として、明細書に記載のない一般の物質が固溶したものまで含まれると解することはできない。
(2) 本件カードの記載や、各文献の、酸化ナトリウムが約6.2重量パーセント固溶し得る旨、あるいはセメント又はセメントのクリンカー中のカルシウムアルミネートに一定量の酸化ナトリウムが固溶している旨の記載が、不純物として約0.3重量パーセント含まれる程度を超えて酸化ナトリウムを含有するものも、本件甲発明の「カルシウムアルミネート」であると解する根拠となり得ないことは、
前示(原判決40頁5行目〜42頁5行目)のとおりである。
なお、本件甲発明において、急結剤を工業的に製造するに当たっては、
例えば炭酸カルシウム及びアルミナを工業原料として合成することを想定しており、ポルトランドセメントのクリンカー中の成分である「カルシウムアルミネート」を原料として用いることを想定していないことは上記(同41頁9行目〜42頁2行目)のとおりであるから、仮に、本件甲発明がセメント又はコンクリートと同一の技術分野に属しているとしても、その技術分野の当業者が、本件甲発明における「カルシウムアルミネート」として、セメント又はセメントのクリンカー中のカルシウムアルミネートと同程度の酸化ナトリウムを含有するものをも認識するとは解されない。
(3) 控訴人は、本件甲発明に用いられるカルシウムアルミネートが純粋物であろうと酸化ナトリウムの固溶体であろうと、急結性取得の技術的メカニズムも作用効果も同一であり、このような技術的知見は、本件甲特許権の出願前から急結剤を含むセメント周辺製品に関わる技術分野の当業者に周知のものであったと主張する。
そして、控訴人は、その理由として、カルシウムアルミネートが酸化ナトリウムの固溶体である場合には、加水によってまず固溶している酸化ナトリウムに由来するNa+が水中に溶け出し、その結果、酸化ナトリウムの抜けたカルシウムアルミネートが炭酸ナトリウムとともに水和反応に関与する旨主張するが、カルシウムアルミネートの酸化ナトリウム固溶体を加水した場合に、このような機序を経ることを認めるに足りる証拠はない。のみならず、【D】ほか1名による「THE INFLUENCE OF Na2O ON THE HYDRATION OF C 3A.」と題する論文(そのU、甲42)中の「表U 水中でのN0.25 C2.75 Aの水和におけるX線及び化学分析結果」には、N0.25 C2.75 A(0.25Na 2O・2.75CaO・Al 2O3)の水和において、Na+濃度が水和開始から3分後に0.58mmol/l、32分後に1.22mmol/l、200分後に1.86mmol/l、410分後に2.40mmol/lであったこと、N0.25 C2.75 Aが水和開始から32分後に「強」であり、410分後に「極弱」であったこと(同号証訳文)が記載されており、このように水和開始から32分が経過してもかなりの量の酸化ナトリウムが水中に溶け出さずに残っていること、410分後においてさえ、「極弱」とはいえN0.25 C2.75 Aの存在が確認されたことは、控訴人主張のように、カルシウムアルミネートの酸化ナトリウム固溶体を加水した場合に、まず固溶している酸化ナトリウムに由来するNa+が水中に溶け出し、その結果、カルシウムアルミネートの酸化ナトリウムが抜けるというような機序を経るとはいえないことを示している。
また、被控訴人太平洋セメント株式会社(旧商号・秩父小野田株式会社)の出願に係る特開平8-91896号公報(甲17)には「この焼成物中のC12A7、C3A中には0.5〜5%のNa2Oが含有される。このNa2Oを固溶もしくは置換したC12A7、C3Aは、Na2O無添加の場合に比べ低温時における水和活性の低下が低く、低温時にも非常に水和活性に優れた性能を示すカルシウムアルミネート系の結晶質の焼成物となる。この高水和活性物質をセメントモルタルやコンクリートに添加した場合、・・・凝結、硬化を促進することができる。」(3頁左欄34行目〜45行目)との記載があり、酸化ナトリウムの固溶体であるカルシウムアルミネート自体が急結性を有することが示されているが、だからといって、その急結性取得の技術的メカニズムが酸化ナトリウムを全く含まないカルシウムアルミネートと全く同一であるといえるわけではない。
さらに、同被控訴人の出願に係る特開平10-218646号公報(甲49)の表1〜4(4頁〜6頁)には、酸化ナトリウムを全く含有しないアルミン酸カルシウム(カルシウムアルミネート)(CA)を50重量パーセント、アルミン酸ソーダ(Na2O/Al 2O3モル比1.0、SiO 3量2%、焼成温度1150℃、γ-NA/(NA+γ-NA)0.48)を10重量パーセント、炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)を15重量パーセント、無水石膏を10重量パーセント、石灰を15重量パーセント配合した急結材(試料1)と、酸化ナトリウムを8.7重量パーセント含むアルミン酸カルシウム(NCA)を50重量パーセント配合し、他は試料1のものと同様、アルミン酸ソーダ(同)を10重量パーセント、炭酸ソーダを15重量パーセント、無水石膏を10重量パーセント、石灰を15重量パーセント配合した急結材(試料3)とで、それぞれの表乾時間、プロテクター貫入抵抗値及びペーストフロー値に大差がないことが示されている。しかしながら、同各表には、上記試料3の急結材と同様、酸化ナトリウムを8.7重量パーセント含むアルミン酸カルシウム(NCA)を50重量パーセント配合し、試料3のものと同様、アルミン酸ソーダを10重量パーセント、炭酸ソーダを15重量パーセント、無水石膏を10重量パーセント、石灰を15重量パーセント配合したが、アルミン酸ソーダの種類が試料3のものと異なる急結材のうちに、表乾時間、プロテクター貫入抵抗値又はペーストフロー値において上記試料3の急結材と有意差があるもの(試料6、
9、10、13、14)が存在することも示されている。そうすると、急結性は、
カルシウムアルミネートのほか、アルミン酸ソーダの種類によっても左右されることがうかがわれるから、試料1の急結材と試料3の急結材の表乾時間、プロテクター貫入抵抗値及びペーストフロー値に大差がないからといって、直ちに、急結性取得の技術的メカニズムが、酸化ナトリウムの固溶体と酸化ナトリウムを全く含まないカルシウムアルミネートとで全く同一であるということはできない。
したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
(4) 控訴人は、カルシウムアルミネートを工業的に生産するときには、種々の物質を固溶するものとなり、原料として天然物を用い、氷晶石等の融点降下剤を添加する製造過程から、酸化ナトリウム固溶体は最も普遍的な固溶体であると推測される旨主張する。
そして、控訴人の出願に係る特開平5-24893号公報(乙5)には、カルシウムアルミネートの工業的な製造に関し、「一般的なガラスの融剤である、フッ化カルシウム、氷晶石、及びフッ化アルミニウム等を加えることは、非晶質の融点を下げることから好ましい」(3欄20行目〜23行目)との記載があるが、控訴人の出願に係る特開昭50-16717号公報(乙16)に、実施例10として、純度94.0パーセントの生石灰52部と、純度86.7パーセントの白ボーキサイト48部を用いて無定形カルシウムアルミネートを製造したことが記載されており(6頁右下欄8行目〜末行)、その成分表(同欄)中に酸化ナトリウムの記載がなく、同表の成分比率の合計は99.8パーセントとされているから、その残余の成分全部が酸化ナトリウムであると仮定しても0.2パーセントであるにすぎない。そうすると、この実施例は、前示(原判決37頁7行目〜11行目)のとおり、不純物として酸化ナトリウムを約0.3重量パーセント程度以上の割合で含むものは、本件甲発明における「カルシウムアルミネート」として当業者に認識されないことを裏付けるものであって、特開平5-24893号公報に上記記載があるからといって、カルシウムアルミネートを工業的に生産するときに、融点降下剤として氷晶石(Na3AlF 6)を添加することや、製造されるカルシウムアルミネートに氷晶石に由来する酸化ナトリウムが前示0.2〜0.3重量パーセント程度を超えて存在することが常態であると認めることはできない。
なお、控訴人は、ポルトランドセメントのクリンカーにも言及するが、
上記(2)のとおり、本件甲発明において、ポルトランドセメントのクリンカー中の成分である「カルシウムアルミネート」を原料として用いることは想定しておらず、
当業者が、本件甲発明における「カルシウムアルミネート」として、セメント又はセメントのクリンカー中のカルシウムアルミネートと同程度の酸化ナトリウムを含有するものをも認識するとは解されない。
(5) 控訴人は、被控訴人らも、酸化ナトリウム等を固溶したものがカルシウムアルミネートであることを認めていると主張し、その根拠として、まず、小野田セメント株式会社の従業員による「カルシウムアルミネートを基材とした急結剤の水和反応」と題する論文(甲24)を挙げるが、同論文に記載されたカルシウムアルミネートの化学組成を表示した第1表(4頁)に示された酸化ナトリウム(Na2O)の割合が0.2〜0.3重量パーセントにすぎないことは、前示(原判決37頁6行目〜7行目)のとおりである。
また、控訴人は、上記主張の根拠として、被控訴人らの出願に係る特開平11-21158号公報(甲47)をも挙げるところ、同公報には、「高強度吹付けコンクリート」(特許請求の範囲)の発明が記載され、発明の詳細な説明に「急結剤はその主成分で分類すると、・・・無機塩系のものと、・・・鉱物系に分類される。鉱物系のものは、一般に主成分であるカルシウムアルミネート(CaO-Al2O3)によって、エトリンガイトの急激な発生と、セメント中のC 3S,C 2Sの水和を促進することによって急結性を得る。成分として石膏を含まないものは、カルシウムアルミネート系急結剤であり、石膏成分を含むものはカルシウムサルホアルミネート系急結剤として区分され、後者のほうが一般的に長期強度発現性に優れている。」(4頁左欄末行〜右欄10行目)、「本発明で用いる急結剤は、CaOが53〜70重量%、Na2Oが5〜20重量%、Al 2O3が20〜40重量%の化学組成を有し、8CaO・Na2O・3Al 2O3・・・を50重量%以上含むNa 2O-CaO-Al 2O3系組成物と、アルミン酸アルカリ、炭酸アルカリ、石灰、石膏および水酸化アルミニウムから選ばれる無機塩類を混合してなる」(同頁右欄20行目〜26U行目)、「この本発明で用いる急結剤は、カルシウムアルミネート系急結剤に属し、すでに知られているものである」(同欄28行目〜30行目)、「(実施例1〜2)・・・急結剤としては、カルシウムアルミネート系急結剤(カルシウムアルミネート系、商品名T-ROCK、鰹ャ野田製)を用いた」(5頁右欄9行目〜12行目)との各記載がある。
そして、これらの記載によると、同公報に記載された高強度吹付けコンクリートの発明の実施例は急結剤として本件急結剤(T-ROCK)を用いるものであるところ、同公報においては、同発明で用いる急結剤を「カルシウムアルミネート系急結剤」と称していることが認められるが、上記各記載によれば、同公報は、急結剤を主成分によって無機塩系のものと鉱物系のものとに大別した上、鉱物系のものを、主成分における石膏(CaSO4・2H 2O)成分の含有の有無を基準として、カルシウムサルフォアルミネート(カルシウムサルホアルミネート)系急結剤とカルシウムアルミネート系急結剤とに類別したものであることも認められるから、その記載に係る「カルシウムアルミネート系急結剤」は、主成分が鉱物系の急結剤であって、
かつ、それが石膏成分を含有しないものという程度の意味で用いられていることが明らかである。したがって、同公報において、本件急結剤を「カルシウムアルミネート系急結剤」と称しているからといって、控訴人主張のように、本件急結剤中のCaO、Na2O、Al 2O3から成る物質が、本件甲発明における「カルシウムアルミネート」であることまで認めているということはできない。
また、同公報には「鉱物系のものは、一般に主成分であるカルシウムアルミネート(CaO-Al2O3)によって、・・・急結性を得る」との記載もあるが、この記載は上記カルシウムサルフォアルミネート系急結剤とカルシウムアルミネート系急結剤の双方を含んだ主成分が鉱物系である急結剤全般についての説明であるから、その説明中の「カルシウムアルミネート(CaO-Al2O3)」も、そのような広い範囲のCaO及びAl2O3を含む物質を表現したものであることが認められ、そうすると、これが本件甲発明における「カルシウムアルミネート」と同じ物質を意味するものということはできない。
したがって、被控訴人らも、酸化ナトリウム等を固溶したものがカルシウムアルミネートであることを認めているとの控訴人の主張は採用することができない。
2 争点2(本件供給装置と本件乙又は丙発明の実施にのみ使用する物の該当性)について (一) 当裁判所も、本件供給装置が本件乙又は丙発明の実施にのみ使用する物に当たらないと判断する。その理由は、原判決「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の「二 争点2について」の「1」(原判決45頁5行目〜47頁6行目)のとおりであるから、これを引用する。
(二) そして、本件供給装置が本件乙又は丙発明の実施にのみ使用する物に当たらない以上、本件供給装置を構成するための「急結剤添加ノズル(Y字管)」及び「乾燥高圧空気による粉体急結剤供給機(Tクリート)」が本件乙又は丙発明の実施にのみ使用するものに当たらないことも明らかである。
3 結論 以上によれば、控訴人の被控訴人らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。
よって、本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法67条1項本文、61条を適用して、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 石原直樹
裁判官 宮坂昌利